(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022166897
(43)【公開日】2022-11-04
(54)【発明の名称】電縫鋼管、及び、その電縫鋼管の素材となる鋼板
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20221027BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20221027BHJP
C21D 8/02 20060101ALN20221027BHJP
C21D 9/46 20060101ALN20221027BHJP
【FI】
C22C38/00 301Z
C22C38/58
C22C38/00 301F
C22C38/00 301W
C21D8/02 B
C21D8/02 C
C21D9/46 T
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021072301
(22)【出願日】2021-04-22
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】田島 健三
(72)【発明者】
【氏名】荒牧 信助
(72)【発明者】
【氏名】藤城 泰志
(72)【発明者】
【氏名】福士 孝聡
【テーマコード(参考)】
4K032
4K037
【Fターム(参考)】
4K032AA01
4K032AA04
4K032AA08
4K032AA11
4K032AA14
4K032AA16
4K032AA19
4K032AA21
4K032AA22
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4K032AA26
4K032AA27
4K032AA29
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4K032AA35
4K032AA36
4K032BA01
4K032BA03
4K032CA03
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4K032CD01
4K032CD02
4K032CD03
4K032CD06
4K032CE01
4K032CE02
4K037EA01
4K037EA05
4K037EA09
4K037EA11
4K037EA13
4K037EA14
4K037EA15
4K037EA17
4K037EA18
4K037EA19
4K037EA20
4K037EA22
4K037EA23
4K037EA25
4K037EA27
4K037EA31
4K037EA32
4K037EA36
4K037EB11
4K037FA03
4K037FB10
4K037FC01
4K037FC02
4K037FC03
4K037FC04
4K037FD01
4K037FD02
4K037FD03
4K037FD04
4K037FE01
4K037FE02
(57)【要約】
【課題】優れた強度、優れた低温靭性、優れた耐HIC性及び優れた変形能を有する電縫鋼管を提供する。
【解決手段】上記電縫鋼管は、質量%で、C:0.030~0.100%、Si:0.03~0.60%、Mn:0.30~1.60%、P:0~0.030%、S:0~0.0020%、Al:0.005~0.500%、N:0.0005~0.0100%、Nb:0.005~0.080%、Ti:0.005~0.200%、Ca:0.0001~0.0100%、O:0~0.0050%を含有し、実施形態で規定する式(1)~式(3)を満たす。ミクロ組織は、面積率で90~98%のポリゴナルフェライトと、硬質相とからなり、実施形態で規定する式(4)を満たす。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材部は、質量%で、
C:0.030~0.100%、
Si:0.03~0.60%、
Mn:0.30~1.60%、
P:0~0.030%、
S:0~0.0020%、
Al:0.005~0.500%、
N:0.0005~0.0100%、
Nb:0.005~0.080%、
Ti:0.005~0.200%、
Ca:0.0001~0.0100%、
O:0~0.0050%、
Ni:0~1.00%、
Mo:0~0.50%、
V:0~0.200%、
Cr:0~1.00%、
Cu:0~1.00%、
Mg:0~0.0020%、
希土類元素:0~0.0200%、及び、
残部:Fe及び不純物、
からなり、式(1)~式(3)を満たし、
前記母材部のミクロ組織は、
面積率で90~98%のポリゴナルフェライトと、
パーライト、ベイナイト及びマルテンサイトの1種以上からなり、面積率で2~10%の硬質相と、
からなり、
前記母材部の肉厚中央部を含み、前記母材部の肉厚方向であるT方向に延びる辺の長さが200μmであり、前記母材部の管軸方向であるL方向に延びる辺の長さが200μmである矩形観察領域において、
前記T方向に延びる線分であって、前記L方向に等間隔で配列され、前記矩形観察領域を前記L方向に10等分する9本の線分をT1~T9と定義し、
前記L方向に延びる線分であって、前記T方向に等間隔で配列され、前記矩形観察領域を前記T方向に10等分する9本の線分をL1~L9と定義し、
前記線分T1~T9と、前記ポリゴナルフェライト及び前記硬質相の界面である硬質相界面との交点個数A1と、前記線分L1~L9と前記硬質相界面との交点個数A2とが式(4)を満たす、
電縫鋼管。
0.20≦C+Si/24+Mn/6+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/3+Nb/3≦0.35 (1)
0.020≦Nb+V+Ti≦0.085 (2)
Ca/S≧2.0 (3)
A1/A2≦1.8 (4)
ここで、式(1)~式(3)の各元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【請求項2】
請求項1に記載の電縫鋼管であって、
前記母材部は、質量%で、
Ni:0.01~1.00%、
Mo:0.01~0.50%、
V:0.001~0.200%、
Cr:0.01~1.00%、
Cu:0.01~1.00%、
Mg:0.0001~0.0020%、及び、
希土類元素:0.0001~0.0200%、からなる群から選択される1種以上を含有する、
電縫鋼管。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の電縫鋼管であって、
肉厚が10~25mmであり、
外径が100~800mmである、
電縫鋼管。
【請求項4】
鋼板であって、
質量%で、
C:0.030~0.100%、
Si:0.03~0.60%、
Mn:0.30~1.60%、
P:0~0.030%、
S:0~0.0020%、
Al:0.005~0.500%、
N:0.0005~0.0100%、
Nb:0.005~0.080%、
Ti:0.005~0.200%、
Ca:0.0001~0.0100%、
O:0~0.0050%、
Ni:0~1.00%、
Mo:0~0.50%、
V:0~0.200%、
Cr:0~1.00%、
Cu:0~1.00%、
Mg:0~0.0020%、
希土類元素:0~0.0200%、及び、
残部:Fe及び不純物、
からなり、式(1)~式(3)を満たし、
ミクロ組織は、
面積率で90~98%のポリゴナルフェライトと、
パーライト、ベイナイト及びマルテンサイトの1種以上からなり、面積率で2~10%の硬質相と、
からなり、
前記鋼板の板厚中央部を含み、前記鋼板の板厚方向であるT方向に延びる辺の長さが200μmであり、前記鋼板の圧延方向であるL方向に延びる辺の長さが200μmである矩形観察領域において、
前記T方向に延びる線分であって、前記L方向に等間隔で配列され、前記矩形観察領域を前記L方向に10等分する9本の線分をT1~T9と定義し、
前記L方向に延びる線分であって、前記T方向に等間隔で配列され、前記矩形観察領域を前記T方向に10等分する9本の線分をL1~L9と定義し、
前記線分T1~T9と、前記ポリゴナルフェライト及び前記硬質相の界面である硬質相界面との交点個数A1と、前記線分L1~L9と前記硬質相界面との交点個数A2とが式(4)を満たす、
鋼板。
0.20≦C+Si/24+Mn/6+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/3+Nb/3≦0.35 (1)
0.020≦Nb+V+Ti≦0.085 (2)
Ca/S≧2.0 (3)
A1/A2≦1.8 (4)
ここで、式(1)~式(3)の各元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【請求項5】
請求項4に記載の鋼板であって、
質量%で、
Ni:0.01~1.00%、
Mo:0.01~0.50%、
V:0.001~0.200%、
Cr:0.01~1.00%、
Cu:0.01~1.00%、
Mg:0.0001~0.0020%、及び、
希土類元素:0.0001~0.0200%、からなる群から選択される1種以上を含有する、
鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、電縫鋼管、及び、鋼板に関し、さらに詳しくは、パイプラインに用いられる電縫鋼管、及び、その電縫鋼管の素材となる鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
海底に敷設されるパイプラインは、複数の鋼管(ラインパイプ)で構成される。海底に敷設されるパイプラインは、天然ガスや原油等の、パイプライン内部を通る生産流体から高い圧力を受ける。パイプラインはさらに、波浪による繰り返し歪みと海水圧とを外部から受ける。したがって、パイプラインを構成する鋼管(ラインパイプ)には、強度及び低温靱性が求められる。したがって、ラインパイプとして、電縫鋼管が用いられる場合、電縫鋼管には、優れた強度及び優れた低温靭性が要求される。
【0003】
さらに、パイプライン内部を流れる生産流体は、硫化水素等の腐食性ガスを含有する場合がある。したがって、パイプライン用途の電縫鋼管には優れた強度及び優れた低温靱性だけでなく、優れた耐HIC性も求められる。
【0004】
電縫鋼管の強度、低温靭性及び耐HIC性を高める技術が、国際公開第2016/047023号(特許文献1)及び特開2005-290546号公報(特許文献2)に提案されている。
【0005】
特許文献1に開示された電気抵抗溶接鋼管用鋼帯は、質量%で、C:0.02~0.06%、Si:0.1~0.3%、Mn:0.8~1.3%、P:0.01%以下、S:0.001%以下、V:0.04~0.07%、Nb:0.04~0.07%、Ti:0.01~0.04%、Cu:0.1~0.3%、Ni:0.1~0.3%、Ca:0.001~0.005%、Al:0.01~0.07%、N:0.007%以下、残部Fe及び不可避的不純物からなり、かつ、C、Nb、V、及びTiの含有量が式(1)の条件を満足する成分組成を有する。ここで、式(1)は、[C]-12([Nb]/92.9+[V]/50.9+[Ti]/47.9)≦0.03%である。さらに、特許文献1に開示された鋼帯は、フェライト面積率が90%以上である。この鋼帯では、鋼の組織をフェライト単相とすることにより、耐HIC性を高める。さらに、Nb、V、Tiを高濃度で含有することにより、微細析出物を析出させて鋼帯の強度を高める、と特許文献1には記載されている。
【0006】
特許文献2に開示された電縫鋼管用熱延鋼板は、質量%で、C:0.01~0.12%、Si:0.01~0.8%、Mn:0.6~1.8%、P:0.02%以下、S:0.01%以下、Ti:0.001~0.05%、Nb:0.01~0.10%、Ca:0.0001~0.005%、Al:0.01~0.06%、N:0.006%以下、O:0.006%以下を含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなり、かつ式(1)で定義されるA値が20~80である化学組成を有する。ここで、式(1)は、A={C-(12/93×Nb+12/48×Ti)}/C×100である。さらに、長手方向の伸び4%が得られる応力と同方向の引張強度の比率SRが89%以下である。この鋼板では、A値が20以上となるように成分を限定することにより、溶接HAZの結晶粒の粗大化を抑制し、低温靭性を高める、と特許文献2には記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開第2016/047023号
【特許文献2】特開2005-290546号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで、パイプラインの海底への敷設方法として、リーリング工法がある。リーリング工法では、複数の鋼管(ラインパイプ)が連結された長尺のパイプラインを陸上で予め製造して、リールバージ船のスプールに巻き取る。巻き取られたパイプラインを、海上でスプールから巻き戻して、海底に敷設する。
【0009】
上述のリーリング工法において、パイプラインに用いられる電縫鋼管には、巻き取り及び巻き戻しによる引張応力及び圧縮応力が作用する。この場合、電縫鋼管の変形能が低ければ、局部座屈が発生する場合がある。局部座屈は電縫鋼管の破断の起点となり得る。そのため、局部座屈の発生が抑制されることが好ましい。したがって、パイプライン用途の電縫鋼管には、強度、低温靱性及び耐HIC性だけでなく、優れた変形能が求められる。
【0010】
特許文献1及び2に開示された鋼帯及び熱延鋼板では、電縫鋼管の強度、低温靭性及び耐HIC性に関する言及はあるものの、強度、低温靱性、耐HIC性と共に、変形能も高めることに関する検討がされていない。
【0011】
本開示の目的は、優れた強度、優れた低温靭性、優れた耐HIC性及び優れた変形能を有する電縫鋼管、及び、その電縫鋼管の素材となる鋼板を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本開示による電縫鋼管は、
母材部は、質量%で、
C:0.030~0.100%、
Si:0.03~0.60%、
Mn:0.30~1.60%、
P:0~0.030%、
S:0~0.0020%、
Al:0.005~0.500%、
N:0.0005~0.0100%、
Nb:0.005~0.080%、
Ti:0.005~0.200%、
Ca:0.0001~0.0100%、
O:0~0.0050%、
Ni:0~1.00%、
Mo:0~0.50%、
V:0~0.200%、
Cr:0~1.00%、
Cu:0~1.00%、
Mg:0~0.0020%、
希土類元素:0~0.0200%、及び、
残部:Fe及び不純物、
からなり、式(1)~式(3)を満たし、
前記母材部のミクロ組織は、
面積率で90~98%のポリゴナルフェライトと、
パーライト、ベイナイト及びマルテンサイトの1種以上からなり、面積率で2~10%の硬質相と、
からなり、
前記母材部の肉厚中央部を含み、前記母材部の肉厚方向であるT方向に延びる辺の長さが200μmであり、前記母材部の管軸方向であるL方向に延びる辺の長さが200μmである矩形観察領域において、
前記T方向に延びる線分であって、前記L方向に等間隔で配列され、前記矩形観察領域を前記L方向に10等分する9本の線分をT1~T9と定義し、
前記L方向に延びる線分であって、前記T方向に等間隔で配列され、前記矩形観察領域を前記T方向に10等分する9本の線分をL1~L9と定義し、
前記線分T1~T9と、前記ポリゴナルフェライト及び前記硬質相の界面である硬質相界面との交点個数A1と、前記線分L1~L9と前記硬質相界面との交点個数A2とが式(4)を満たす。
0.20≦C+Si/24+Mn/6+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/3+Nb/3≦0.35 (1)
0.020≦Nb+V+Ti≦0.085 (2)
Ca/S≧2.0 (3)
A1/A2≦1.8 (4)
ここで、式(1)~式(3)の各元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【0013】
本開示による鋼板は、
質量%で、
C:0.030~0.100%、
Si:0.03~0.60%、
Mn:0.30~1.60%、
P:0~0.030%、
S:0~0.0020%、
Al:0.005~0.500%、
N:0.0005~0.0100%、
Nb:0.005~0.080%、
Ti:0.005~0.200%、
Ca:0.0001~0.0100%、
O:0~0.0050%、
Ni:0~1.00%、
Mo:0~0.50%、
V:0~0.200%、
Cr:0~1.00%、
Cu:0~1.00%、
Mg:0~0.0020%、
希土類元素:0~0.0200%、及び、
残部:Fe及び不純物、
からなり、式(1)~式(3)を満たし、
ミクロ組織は、
面積率で90~98%のポリゴナルフェライトと、
パーライト、ベイナイト及びマルテンサイトの1種以上からなり、面積率で2~10%の硬質相と、
からなり、
前記鋼板の板厚中央部を含み、前記鋼板の板厚方向であるT方向に延びる辺の長さが200μmであり、前記鋼板の圧延方向であるL方向に延びる辺の長さが200μmである矩形観察領域において、
前記T方向に延びる線分であって、前記L方向に等間隔で配列され、前記矩形観察領域を前記L方向に10等分する9本の線分をT1~T9と定義し、
前記L方向に延びる線分であって、前記T方向に等間隔で配列され、前記矩形観察領域を前記T方向に10等分する9本の線分をL1~L9と定義し、
前記線分T1~T9と、前記ポリゴナルフェライト及び前記硬質相の界面である硬質相界面との交点個数A1と、前記線分L1~L9と前記硬質相界面との交点個数A2とが式(4)を満たす。
0.20≦C+Si/24+Mn/6+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/3+Nb/3≦0.35 (1)
0.020≦Nb+V+Ti≦0.085 (2)
Ca/S≧2.0 (3)
A1/A2≦1.8 (4)
ここで、式(1)~式(3)の各元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【発明の効果】
【0014】
本開示による電縫鋼管は、優れた強度、優れた低温靭性、優れた耐HIC性及び優れた変形能を有する。本開示による鋼板は、上述の電縫鋼管の素材に適する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】
図1は、本実施形態による電縫鋼管及び鋼板の連続冷却変態曲線図である。
【
図2】
図2は、本実施形態による電縫鋼管と同じ化学組成を有し、化学組成中の各元素含有量が式(1)~式(3)を満たすものの、ミクロ組織が異なる電縫鋼管のミクロ組織の模式図である。
【
図3】
図3は、本実施形態による電縫鋼管のミクロ組織の模式図である。
【
図4】
図4は、
図3を用いて、本実施形態によるF4(=A1/A2)の求め方を説明するための模式図である。
【
図5】
図5は、
図2を用いて、本実施形態によるF4(=A1/A2)の求め方を説明するための模式図である。
【
図6】
図6は、本実施形態による電縫鋼管の製造工程の一例を示すフロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明者らは、パイプライン用途の電縫鋼管の強度、低温靭性、耐HIC性及び変形能について調査及び検討を行った。
【0017】
初めに、本発明者らは、強度、低温靱性及び耐HIC性を高めつつ、さらに、十分な変形能も得られる電縫鋼管について、化学組成の観点から検討を行った。その結果、電縫鋼管の母材部が、質量%で、C:0.030~0.100%、Si:0.03~0.60%、Mn:0.30~1.60%、P:0~0.030%、S:0~0.0020%、Al:0.005~0.500%、N:0.0005~0.0100%、Nb:0.005~0.080%、Ti:0.005~0.200%、Ca:0.0001~0.0100%、O:0~0.0050%、Ni:0~1.00%、Mo:0~0.50%、V:0~0.200%、Cr:0~1.00%、Cu:0~1.00%、Mg:0~0.0020%、希土類元素:0~0.0200%、及び、残部:Fe及び不純物、からなる化学組成であれば、優れた強度、優れた低温靭性、優れた耐HIC性及び優れた変形能が得られる可能性があると考えた。
【0018】
しかしながら、母材部の化学組成中の各元素含有量が上述の範囲内であっても、必ずしも、強度、低温靭性、耐HIC性及び変形能の全てが十分に高まらない場合があることが判明した。そこで、本発明者らはさらに検討を行った。その結果、母材部の化学組成中の各元素含有量が上述の範囲内であることを前提として、さらに、次の式(1)~式(3)を満たすことにより、強度、低温靱性、耐HIC性及び変形能がさらに高まることを見出した。
0.20≦C+Si/24+Mn/6+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/3+Nb/3≦0.35 (1)
0.020≦Nb+V+Ti≦0.085 (2)
Ca/S≧2.0 (3)
ここで、式(1)~式(3)の各元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。以下、式(1)~式(3)について説明する。
【0019】
[式(1)について]
電縫鋼管の変形能を高めるためには、電縫鋼管の母材部のミクロ組織において、ポリゴナルフェライトの面積率を高めることが有効である。母材部のミクロ組織がポリゴナルフェライト主体であれば、電縫鋼管の変形能が高まる。さらに、ポリゴナルフェライトが微細であれば、電縫鋼管の強度が高まる。
【0020】
F1=C+Si/24+Mn/6+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/3+Nb/3と定義する。F1は、電縫鋼管の母材部のミクロ組織に関する指標である。電縫鋼管の母材部の化学組成中の元素のうち、C、Si、Mn、Ni、Cr、Mo、V、及びNbはいずれも、母材部が上述の化学組成の電縫鋼管の連続冷却変態曲線図(Continuous Cooling Transformation Diagram:CCT線図)のS曲線(フェライト領域、パーライト領域、及び、ベイナイト領域)に影響を与える。
【0021】
図1は、本実施形態による電縫鋼管の連続冷却変態曲線図(CCT線図)である。つまり、
図1は、母材部の化学組成中の各元素含有量が上述の範囲内である電縫鋼管のCCT線図である。
図1中、Fはフェライトノーズ、Pはパーライトノーズ、及びBはベイナイトノーズを示す。
【0022】
図1を参照して、C、Si、Mn、Ni、Cr、Mo、V、及びNbで構成されるF1が0.35を超えれば、母材部の化学組成中の各元素含有量が上述の範囲内であり、かつ、式(2)及び式(3)を満たす場合であっても、
図1中のS曲線は右側にシフトし過ぎる。この場合、電縫鋼管の変形能が低下する。この理由は次のとおりである。
【0023】
F1が高すぎて、S曲線が右側にシフトし過ぎた場合、冷却曲線C1がフェライトノーズ(フェライト領域)に入るときの温度が低くなる。この場合、パーライト、ベイナイト及びマルテンサイト等の硬質相の生成量が多くなる。そのため、母材部のミクロ組織において、ポリゴナルフェライトの面積率が低くなる。その結果、電縫鋼管の変形能が低下する。
【0024】
一方、F1が0.20未満であれば、母材部の化学組成中の各元素含有量が上述の範囲内であり、かつ、式(2)及び式(3)を満たす場合であっても、S曲線が
図1中の左側にシフトし過ぎる。この場合、冷却曲線C1がフェライトノーズ(フェライト領域)に入るときの温度が高くなる。そのため、鋼材の温度が高い状態でオーステナイトからフェライトに変態する。このときの相変態の駆動力は小さい。そのため、フェライト変態核は生成されにくい。一方で、鋼材の温度が高いため、フェライト粒の成長は速い。その結果、生成したポリゴナルフェライト粒が粗大化する。その結果、電縫鋼管の強度が低下する。
【0025】
F1が0.20~0.35であれば、母材部の化学組成中の各元素含有量が上述の範囲内であり、かつ、式(2)及び式(3)を満たすことを前提として、
図1中の各相のS曲線(フェライト、パーライト、ベイナイト)がCCT線図において適切な位置に配置される。この場合、
図1に示すとおり、冷却曲線C1が適切な温度でフェライト領域に入り、主としてフェライト領域を通りながら鋼材を冷却することができる。そのため、電縫鋼管の母材部において、微細なポリゴナルフェライト主体の組織が生成される。その結果、優れた強度及び優れた変形能を得ることができる。
【0026】
[式(2)について]
電縫鋼管の強度を高めるためにはさらに、Nb、V及びTiの炭化物、窒化物及び炭窒化物等による析出強化を活用することが有効である。
【0027】
F2=Nb+V+Tiと定義する。電縫鋼管の母材部の化学組成中の元素のうち、Nb、V及びTiはいずれも、炭化物、窒化物及び炭窒化物(以下、炭化物、窒化物及び炭窒化物を総称して「炭化物等」ともいう)を形成する。そのため、Nb、V及びTiの炭化物等の析出強化により、電縫鋼管の強度が高まる。したがって、F2は、電縫鋼管の強度の指標である。
【0028】
F2が0.020未満であれば、母材部の化学組成中の各元素含有量が上述の範囲内であり、かつ、式(1)及び式(3)を満たす場合であっても、Nb、V及びTiの炭化物等の析出が不十分となる。その結果、電縫鋼管の強度が十分に高まらない。一方、F2が0.085を超えれば、母材部の化学組成中の各元素含有量が上述の範囲内であり、かつ、式(1)及び式(3)を満たす場合であっても、電縫鋼管の強度が過剰に高まる。この場合、電縫鋼管の低温靭性及び耐HIC性が低下する。
【0029】
F2が0.020~0.085であれば、母材部の化学組成中の各元素含有量が上述の範囲内であり、かつ、式(1)及び式(3)を満たすことを前提として、電縫鋼管において強度、低温靭性及び耐HIC性を高めることができる。
【0030】
[式(3)について]
電縫鋼管の耐HIC性を高めるためには、Caを含有して、電縫鋼管中のMnS等の硫化物の形態を制御することが有効である。電縫鋼管中の介在物のうち、硫化物は製造工程中の圧延時に伸長しやすい。伸長した硫化物には水素が集積しやすい。水素が集積した硫化物は、割れの基点となりやすい。したがって、硫化物の形成及び伸長はなるべく抑えられる方が好ましい。
【0031】
F3=Ca/Sと定義する。F3は電縫鋼管の耐HIC性の指標である。電縫鋼管の母材部の化学組成中の元素のうち、Ca及びSは硫化物の形態制御に影響する。具体的には、S含有量を抑えれば、硫化物の形成を抑えることができる。また、CaはSと結合し、CaSを形成する。そのため、Ca含有量を増やせば、Mnと結合するSが低減される。そのため、MnS等の硫化物の形成が抑制され、硫化物の伸長が抑制される。そのため、硫化物への水素の集積が抑制され、割れの発生が抑制される。その結果、電縫鋼管の耐HIC性が高まる。
【0032】
F3が2.0未満であれば、母材部の化学組成中の各元素含有量が上述の範囲内であり、かつ、式(1)及び式(2)を満たす場合であっても、硫化物の形態制御が不十分となる。そのため、電縫鋼管の耐HIC性が十分に高まらない。
【0033】
F3が2.0以上であれば、母材部の化学組成中の各元素含有量が上述の範囲内であり、かつ、式(1)及び式(2)を満たすことを前提として、電縫鋼管において耐HIC性を高めることができる。
【0034】
以上のとおり、母材部の化学組成中の各元素含有量が上述の範囲内であり、かつ、式(1)~式(3)を満たせば、電縫鋼管の強度、低温靱性、耐HIC性及び変形能をある程度高めることができた。しかしながら、依然として耐HIC性が十分に高まらない場合があることが判明した。そこで、本発明者らは、上述の構成を有する電縫鋼管において耐HIC性が十分に高まらなかった原因を調査した。その結果、本発明者らは、次の知見を得た。
【0035】
上述の構成を有する電縫鋼管では、母材部のミクロ組織がポリゴナルフェライト主体である。より具体的には、母材部のミクロ組織は、ポリゴナルフェライト主体であり、残部は硬質相である。ここで、硬質相は、パーライト、ベイナイト及びマルテンサイトからなる群から選択される1種以上からなる。
【0036】
電縫鋼管の母材部において、硬質相は、電縫鋼管の母材部の管軸方向にバンド状に延びて生成されやすい。
図2は電縫鋼管の肉厚方向(T方向)及び管軸方向(L方向)を含む断面でのミクロ組織の模式図である。
図2を参照して、電縫鋼管のミクロ組織は、ポリゴナルフェライト20と、硬質相10とを含む。ここで、化学組成中の各元素含有量が上述の範囲内であって、式(1)~式(3)を満たす電縫鋼管であっても、
図2に示すように、複数の硬質相10がL方向に延在している場合がある。このようにバンド状に延びた硬質相は、割れの起点となりやすい。そのため、延在した硬質相が多く存在すれば、電縫鋼管の耐HIC性が低下する。
【0037】
以上の知見から、本発明者らは、ミクロ組織中の硬質相の形状に注目した。そして、検討の結果、次の知見を得た。
図3を参照して、化学組成中の各元素含有量が上述の範囲内であって、式(1)~式(3)を満たす電縫鋼管の、T方向及びL方向を含む断面でのミクロ組織において、ポリゴナルフェライトの面積率、及び、硬質相の面積率が
図2と同程度であっても、硬質相10のL方向の長さが短ければ、つまり、硬質相がバンド状に延びていなければ、硬質相10は割れの起点になりにくい。そのため、耐HICが高まる。
【0038】
以上の知見に基づいて、本発明者らは、ミクロ組織内の硬質相の形状と耐HIC性との関係について、さらに検討を行った。その結果、次の知見を得た。
【0039】
図4を参照して、電縫鋼管の母材部の肉厚中央部を含み、T方向に延びる辺の長さが200μmであり、L方向に延びる辺の長さが200μmである矩形観察領域を、矩形観察領域SQと定義する。矩形観察領域SQにおいて、T方向に延びる線分であって、矩形観察領域SQをL方向に10等分する線分をT1~T9と定義する。同様に、L方向に延びる線分であって、矩形観察領域SQをT方向に10等分する線分をL1~L9と定義する。つまり、線分T1~T9及び線分L1~L9により、矩形観察領域SQを10×10の微小矩形領域に区画する。
【0040】
線分T1~T9と、矩形観察領域SQ内の硬質相10と母相(ポリゴナルフェライト)20との界面(以下、硬質相界面ともいう)との交点a1(
図4及び
図5中で「◇」印)の合計の個数を、交点個数A1(個)と定義する。線分L1~L9と、矩形観察領域SQ内の硬質相界面との交点a2(
図4及び
図5中で「●」印)の合計の個数を、交点個数A2(個)と定義する。
【0041】
このとき、交点個数A1の交点個数A2に対する比(=A1/A2)が次の式(4)を満たせば、硬質相10のL方向長さが十分に短い。そのため、化学組成中の各元素含有量が上述の範囲内であって、式(1)~式(3)を満たし、ポリゴナルフェライトの面積率と硬質相の面積率とが適切であることを前提として、十分な耐HIC性が得られる。
A1/A2≦1.8 (4)
【0042】
なお、
図3のミクロ組織例の場合、
図4に示すとおり、A1/A2は1.4となる。一方、
図2のミクロ組織例の場合、
図5に示すとおり、A1/A2は6.0となる。
【0043】
以上の知見に基づいて、本実施形態による電縫鋼管、及び、鋼板は完成した。本実施形態による電縫鋼管、及び、鋼板は、次の構成を有する。
【0044】
[1]
母材部は、質量%で、
C:0.030~0.100%、
Si:0.03~0.60%、
Mn:0.30~1.60%、
P:0~0.030%、
S:0~0.0020%、
Al:0.005~0.500%、
N:0.0005~0.0100%、
Nb:0.005~0.080%、
Ti:0.005~0.200%、
Ca:0.0001~0.0100%、
O:0~0.0050%、
Ni:0~1.00%、
Mo:0~0.50%、
V:0~0.200%、
Cr:0~1.00%、
Cu:0~1.00%、
Mg:0~0.0020%、
希土類元素:0~0.0200%、及び、
残部:Fe及び不純物、
からなり、式(1)~式(3)を満たし、
前記母材部のミクロ組織は、
面積率で90~98%のポリゴナルフェライトと、
パーライト、ベイナイト及びマルテンサイトの1種以上からなり、面積率で2~10%の硬質相と、
からなり、
前記母材部の肉厚中央部を含み、前記母材部の肉厚方向であるT方向に延びる辺の長さが200μmであり、前記母材部の管軸方向であるL方向に延びる辺の長さが200μmである矩形観察領域において、
前記T方向に延びる線分であって、前記L方向に等間隔で配列され、前記矩形観察領域を前記L方向に10等分する9本の線分をT1~T9と定義し、
前記L方向に延びる線分であって、前記T方向に等間隔で配列され、前記矩形観察領域を前記T方向に10等分する9本の線分をL1~L9と定義し、
前記線分T1~T9と、前記ポリゴナルフェライト及び前記硬質相の界面である硬質相界面との交点個数A1と、前記線分L1~L9と前記硬質相界面との交点個数A2とが式(4)を満たす、
電縫鋼管。
0.20≦C+Si/24+Mn/6+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/3+Nb/3≦0.35 (1)
0.020≦Nb+V+Ti≦0.085 (2)
Ca/S≧2.0 (3)
A1/A2≦1.8 (4)
ここで、式(1)~式(3)の各元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【0045】
[2]
[1]に記載の電縫鋼管であって、
前記母材部は、質量%で、
Ni:0.01~1.00%、
Mo:0.01~0.50%、
V:0.001~0.200%
Cr:0.01~1.00%、
Cu:0.01~1.00%、
Mg:0.0001~0.0020%、及び、
希土類元素:0.0001~0.0200%、からなる群から選択される1種以上を含有する、
電縫鋼管。
【0046】
[3]
[1]又は[2]に記載の電縫鋼管であって、
肉厚が10~25mmであり、
外径が100~800mmである、
電縫鋼管。
【0047】
[4]
鋼板であって、
質量%で、
C:0.030~0.100%、
Si:0.03~0.60%、
Mn:0.30~1.60%、
P:0~0.030%、
S:0~0.0020%、
Al:0.005~0.500%、
N:0.0005~0.0100%、
Nb:0.005~0.080%、
Ti:0.005~0.200%、
Ca:0.0001~0.0100%、
O:0~0.0050%、
Ni:0~1.00%、
Mo:0~0.50%、
V:0~0.200%、
Cr:0~1.00%、
Cu:0~1.00%、
Mg:0~0.0020%、
希土類元素:0~0.0200%、及び、
残部:Fe及び不純物、
からなり、式(1)~式(3)を満たし、
ミクロ組織は、
面積率で90~98%のポリゴナルフェライトと、
パーライト、ベイナイト及びマルテンサイトの1種以上からなり、面積率で2~10%の硬質相と、
からなり、
前記鋼板の板厚中央部を含み、前記鋼板の板厚方向であるT方向に延びる辺の長さが200μmであり、前記鋼板の圧延方向であるL方向に延びる辺の長さが200μmである矩形観察領域において、
前記T方向に延びる線分であって、前記L方向に等間隔で配列され、前記矩形観察領域を前記L方向に10等分する9本の線分をT1~T9と定義し、
前記L方向に延びる線分であって、前記T方向に等間隔で配列され、前記矩形観察領域を前記T方向に10等分する9本の線分をL1~L9と定義し、
前記線分T1~T9と、前記ポリゴナルフェライト及び前記硬質相の界面である硬質相界面との交点個数A1と、前記線分L1~L9と前記硬質相界面との交点個数A2とが式(4)を満たす、
鋼板。
0.20≦C+Si/24+Mn/6+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/3+Nb/3≦0.35 (1)
0.020≦Nb+V+Ti≦0.085 (2)
Ca/S≧2.0 (3)
A1/A2≦1.8 (4)
ここで、式(1)~式(3)の各元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【0048】
[5]
[4]に記載の鋼板であって、
質量%で、
Ni:0.01~1.00%、
Mo:0.01~0.50%、
V:0.001~0.200%、
Cr:0.01~1.00%、
Cu:0.01~1.00%、
Mg:0.0001~0.0020%、及び、
希土類元素:0.0001~0.0200%、からなる群から選択される1種以上を含有する、
鋼板。
【0049】
以下、本実施形態による電縫鋼管、及び、鋼板について詳述する。ここで、鋼板とは、電縫鋼管の製造に用いられる鋼板であり、電縫鋼管の素材に相当する。元素に関する「%」は、特に断りがない限り、質量%を意味する。
【0050】
[電縫鋼管の構成]
本実施形態による電縫鋼管は、母材部と、電縫溶接部とを有する。母材部は円筒状である。電縫溶接部は電縫鋼管の管軸方向(長手方向)に延在している。
【0051】
[化学組成]
本実施形態による電縫鋼管の母材部の化学組成は、いずれも次の元素を含有する。
【0052】
C:0.030~0.100%
炭素(C)は、鋼材の強度を高める。C含有量が0.030%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、C含有量が0.100%を超えれば、Cは炭化物及び炭窒化物を過剰に形成する。過剰な炭化物及び炭窒化物は割れの起点となり得る。したがってこの場合、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、電縫鋼管の耐HIC性及び低温靭性が低下する。したがって、C含有量は0.030~0.100%である。C含有量の好ましい下限は0.032%であり、さらに好ましくは0.035%であり、さらに好ましくは0.038%である。C含有量の好ましい上限は0.090%であり、さらに好ましくは0.080%であり、さらに好ましくは0.070%である。
【0053】
Si:0.03~0.60%
シリコン(Si)は、鋼を脱酸する。Si含有量が0.03%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Si含有量が0.60%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、電縫鋼管の強度が過剰に高まる。その結果、電縫鋼管の耐HIC性及び低温靭性が低下する。したがって、Si含有量は0.03~0.60%である。Si含有量の好ましい下限は0.05%であり、さらに好ましくは0.08%であり、さらに好ましくは0.10%であり、さらに好ましくは0.15%である。Si含有量の好ましい上限は0.50%であり、さらに好ましくは0.40%であり、さらに好ましくは0.35%であり、さらに好ましくは0.30%である。
【0054】
Mn:0.30~1.60%
マンガン(Mn)は、鋼材の焼入れ性を高め、電縫鋼管の強度を高める。Mn含有量が0.30%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Mn含有量が1.60%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、電縫鋼管の耐HIC性が低下する。したがって、Mn含有量は0.30~1.60%である。Mn含有量の好ましい下限は0.40%であり、さらに好ましくは0.50%であり、さらに好ましくは0.60%であり、さらに好ましくは0.70%であり、さらに好ましくは0.80%であり、さらに好ましくは0.85%である。Mn含有量の好ましい上限は1.50%であり、さらに好ましくは1.40%であり、さらに好ましくは1.35%であり、さらに好ましくは1.30%であり、さらに好ましくは1.25%である。
【0055】
P:0~0.030%
燐(P)は不純物である。Pは粒界に偏析して、電縫鋼管の耐HIC性及び低温靭性を低下する。したがって、P含有量は0~0.030%である。P含有量の好ましい上限は0.025%であり、さらに好ましくは0.020%であり、さらに好ましくは0.015%であり、さらに好ましくは0.010%である。P含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、P含有量の過剰な低減は製造コストを高める。したがって、通常の工業生産を考慮すれば、P含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.001%であり、さらに好ましくは0.002%である。
【0056】
S:0~0.0020%
硫黄(S)は不純物である。SはMnと結合してMnSを形成する。MnSは、電縫鋼管の耐HIC性を低下する。したがって、S含有量は0~0.0020%である。S含有量の好ましい上限は0.0018%であり、さらに好ましくは0.0015%であり、さらに好ましくは0.0010%である。S含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、S含有量の過剰な低減は製造コストを高める。したがって、通常の工業生産を考慮すれば、S含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.0001%であり、さらに好ましくは0.0002%である。
【0057】
Al:0.005~0.500%
アルミニウム(Al)は、鋼を脱酸する。Al含有量が0.005%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Al含有量が0.500%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、Al窒化物が粗大化する。その結果、電縫鋼管の耐HIC性及び低温靭性が低下する。したがって、Al含有量は0.005~0.500%である。Al含有量の好ましい下限は0.010%であり、さらに好ましくは0.012%であり、さらに好ましくは0.015%である。Al含有量の好ましい上限は0.400%であり、さらに好ましくは0.300%であり、さらに好ましくは0.200%であり、さらに好ましくは0.100%であり、さらに好ましくは0.080%であり、さらに好ましくは0.050%であり、さらに好ましくは0.030%である。
【0058】
N:0.0005~0.0100%
窒素(N)は、窒化物及び炭窒化物を形成して、加熱工程中のオーステナイト結晶粒の粗大化を抑制する。つまり、ポリゴナルフェライトを微細化する。その結果、電縫鋼管の耐HIC性及び低温靭性が高まる。Nはさらに、固溶強化により電縫鋼管の強度を高める。N含有量が0.0005%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、N含有量が0.0100%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、窒化物及び炭窒化物が粗大化する。この場合、電縫鋼管の耐HIC性及び低温靭性が低下する。したがって、N含有量は0.0005~0.0100%である。N含有量の好ましい下限は0.0010%であり、さらに好ましくは0.0015%であり、さらに好ましくは0.0020%である。N含有量の好ましい上限は0.0090%であり、さらに好ましくは0.0080%であり、さらに好ましくは0.0070%であり、さらに好ましくは0.0060%であり、さらに好ましくは0.0050%である。
【0059】
Nb:0.005~0.080%
ニオブ(Nb)は、鋼材中のC及び/又はNと結合して微細なNbの炭化物等を形成する。微細なNb炭化物等は、オーステナイト結晶粒の粗大化を抑制する。そのため、ポリゴナルフェライトを微細化する。その結果、電縫鋼管の耐HIC性及び低温靭性が高まる。微細なNb炭化物等はさらに、析出強化により電縫鋼管の強度を高める。Nb含有量が0.005%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Nb含有量が0.080%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、Nb炭化物等が粗大化する。その結果、電縫鋼管の耐HIC性及び低温靭性が低下する。したがって、Nb含有量は0.005~0.080%である。Nb含有量の好ましい下限は0.008%であり、さらに好ましくは0.010%であり、さらに好ましくは0.013%であり、さらに好ましくは0.020%であり、さらに好ましくは0.025%である。Nb含有量の好ましい上限は0.075%であり、さらに好ましくは0.070%であり、さらに好ましくは0.065%であり、さらに好ましくは0.060%であり、さらに好ましくは0.055%であり、さらに好ましくは0.050%である。
【0060】
Ti:0.005~0.200%
チタン(Ti)は、鋼材中のC及び/又はNと結合して微細なTiの炭化物等を形成する。微細なTi炭化物等は、オーステナイト結晶粒の粗大化を抑制する。そのため、ポリゴナルフェライトが微細化する。その結果、電縫鋼管の耐HIC性及び低温靭性が高まる。微細なTi炭化物等はさらに、析出強化により電縫鋼管の強度を高める。Ti含有量が0.005%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Ti含有量が0.200%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、Ti炭化物等が粗大化する。その結果、電縫鋼管の耐HIC性及び低温靭性が低下する。したがって、Ti含有量は0.005~0.200%である。Ti含有量の好ましい下限は0.007%であり、さらに好ましくは0.009%であり、さらに好ましくは0.010%である。Ti含有量の好ましい上限は0.180%であり、さらに好ましくは0.150%であり、さらに好ましくは0.130%であり、さらに好ましくは0.100%であり、さらに好ましくは0.080%であり、さらに好ましくは0.050%であり、さらに好ましくは0.040%であり、さらに好ましくは0.030%であり、さらに好ましくは0.020%である。
【0061】
Ca:0.0001~0.0100%
カルシウム(Ca)は、MnS等の硫化物の形態を制御して、硫化物を球状化する。その結果、電縫鋼管の耐HIC性が高まる。Ca含有量が0.0001%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Ca含有量が0.0100%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大なCa酸化物が形成される。その結果、電縫鋼管の耐HIC性及び低温靭性が低下する。したがって、Ca含有量は0.0001~0.0100%である。Ca含有量の好ましい下限は0.0005%であり、さらに好ましくは0.0010%であり、さらに好ましくは0.0015%である。Ca含有量の好ましい上限は0.0080%であり、さらに好ましくは0.0070%であり、さらに好ましくは0.0060%であり、さらに好ましくは0.0050%であり、さらに好ましくは0.0040%である。
【0062】
O:0~0.0050%
酸素(O)は不純物である。Oは酸化物を形成して、電縫鋼管の耐HIC性及び低温靭性を低下する。したがって、O含有量は0~0.0050%である。O含有量の好ましい上限は0.0045%であり、さらに好ましくは0.0040%であり、さらに好ましくは0.0035%であり、さらに好ましくは0.0030%であり、さらに好ましくは0.0025%であり、さらに好ましくは0.0020%である。O含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、O含有量の過剰な低減は製造コストを高める。したがって、通常の工業生産を考慮すれば、O含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.0001%であり、さらに好ましくは0.0002%であり、さらに好ましくは0.0005%である。
【0063】
本実施形態による電縫鋼管の母材部の化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、不純物とは、電縫鋼管を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、又は製造環境などから混入されるものであって、本実施形態による電縫鋼管に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0064】
[任意元素(optional elements)について]
本実施形態による電縫鋼管の母材部の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Ni、Mo、V、Cr及びCuからなる群から選択される1種以上を含有してもよい。これらの元素は任意元素であり、いずれも、電縫鋼管の強度を高める。
【0065】
Ni:0~1.00%
ニッケル(Ni)は、任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Ni含有量は0%であってもよい。含有される場合、つまり、Ni含有量が0%超である場合、Niは鋼材の焼入れ性を高め、電縫鋼管の強度を高める。Niが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Ni含有量が1.00%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、電縫鋼管の強度が過剰に高まる。その結果、電縫鋼管の耐HIC性及び低温靭性が低下する。したがって、Ni含有量は0~1.00%である。Ni含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.03%であり、さらに好ましくは0.05%であり、さらに好ましくは0.08%であり、さらに好ましくは0.10%である。Ni含有量の好ましい上限は0.80%であり、さらに好ましくは0.50%であり、さらに好ましくは0.40%であり、さらに好ましくは0.30%であり、さらに好ましくは0.20%である。
【0066】
Mo:0~0.50%
モリブデン(Mo)は、任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Mo含有量は0%であってもよい。含有される場合、つまり、Mo含有量が0%超である場合、Moは鋼材の焼入れ性を高め、電縫鋼管の強度を高める。Moはさらに、鋼材中のC及び/又はNと結合して微細なMoの炭化物等を形成する。微細なMo炭化物等は、析出強化により、電縫鋼管の強度を高める。微細なMo炭化物等はさらに、オーステナイト結晶粒の粗大化を抑制する。そのため、ポリゴナルフェライトが微細化する。その結果、電縫鋼管の耐HIC性及び低温靭性が高まる。Moが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Mo含有量が0.50%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、電縫鋼管の強度が過剰に高まる。その結果、電縫鋼管の耐HIC性及び低温靭性が低下する。Mo含有量が0.50%を超えればさらに、Mo炭化物等が粗大化する。そのため、電縫鋼管の耐HIC性及び低温靭性が低下する。Mo含有量が0.50%を超えればさらに、電縫鋼管の耐HIC性が低下する。したがって、Mo含有量は0~0.50%である。Mo含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.03%であり、さらに好ましくは0.05%である。Mo含有量の好ましい上限は0.40%であり、さらに好ましくは0.30%であり、さらに好ましくは0.20%であり、さらに好ましくは0.10%である。
【0067】
V:0~0.200%
バナジウム(V)は、任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、V含有量は0%であってもよい。含有される場合、つまり、V含有量が0%超である場合、Vは鋼材中のC及び/又はNと結合して微細なVの炭化物等を形成する。微細なV炭化物等は、析出強化により、電縫鋼管の強度を高める。微細なV炭化物等はさらに、オーステナイト結晶粒の粗大化を抑制する。そのため、ポリゴナルフェライトが微細化する。その結果、電縫鋼管の耐HIC性及び低温靭性が高まる。Vが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、V含有量が0.200%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、V炭化物等が粗大化する。そのため、電縫鋼管の耐HIC性及び低温靭性が低下する。したがって、V含有量は0~0.200%である。V含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.001%であり、さらに好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.010%であり、さらに好ましくは0.015%である。V含有量の好ましい上限は0.180%であり、さらに好ましくは0.150%であり、さらに好ましくは0.130%であり、さらに好ましくは0.100%であり、さらに好ましくは0.090%であり、さらに好ましくは0.070%であり、さらに好ましくは0.050%であり、さらに好ましくは0.030%である。
【0068】
Cr:0~1.00%
クロム(Cr)は、任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Cr含有量は0%であってもよい。含有される場合、つまり、Cr含有量が0%超である場合、Crは鋼材の焼入れ性を高め、電縫鋼管の強度を高める。Crが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Cr含有量が1.00%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、電縫鋼管の強度が過剰に高まる。その結果、電縫鋼管の耐HIC性及び低温靭性が低下する。したがって、Cr含有量は0~1.00%である。Cr含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.05%であり、さらに好ましくは0.10%であり、さらに好ましくは0.15%である。Cr含有量の好ましい上限は0.80%であり、さらに好ましくは0.50%であり、さらに好ましくは0.40%であり、さらに好ましくは0.30%であり、さらに好ましくは0.25%である。
【0069】
Cu:0~1.00%
銅(Cu)は、任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Cu含有量は0%であってもよい。含有される場合、つまり、Cu含有量が0%超である場合、Cuは鋼材の焼入れ性を高め、電縫鋼管の強度を高める。Cuが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Cu含有量が1.00%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、電縫鋼管の強度が過剰に高まる。その結果、電縫鋼管の耐HIC性及び低温靭性が低下する。したがって、Cu含有量は0~1.00%である。Cu含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.05%であり、さらに好ましくは0.10%であり、さらに好ましくは0.15%である。Cu含有量の好ましい上限は0.80%であり、さらに好ましくは0.50%であり、さらに好ましくは0.40%であり、さらに好ましくは0.30%であり、さらに好ましくは0.25%である。
【0070】
本実施形態による電縫鋼管の母材部の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Mg及び希土類元素からなる群から選択される1種以上を含有してもよい。これらの元素は任意元素であり、いずれも、鋼を脱酸及び脱硫する。
【0071】
Mg:0~0.0020%
マグネシウム(Mg)は、任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Mg含有量は0%であってもよい。含有される場合、つまり、Mg含有量が0%超である場合、Mgは鋼を脱酸及び脱硫する。Mgが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Mg含有量が0.0020%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、酸化物が凝集又は粗大化する。その結果、電縫鋼管の耐HIC性及び低温靭性が低下する。したがって、Mg含有量は0~0.0020%である。Mg含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.0001%であり、さらに好ましくは0.0003%であり、さらに好ましくは0.0005%であり、さらに好ましくは0.0007%であり、さらに好ましくは0.0010%である。Mg含有量の好ましい上限は0.0019%であり、さらに好ましくは0.0017%であり、さらに好ましくは0.0015%である。
【0072】
希土類元素:0~0.0200%
希土類元素(REM)は、任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、REM含有量は0%であってもよい。含有される場合、つまり、REM含有量が0%超である場合、REMは鋼を脱酸及び脱硫する。しかしながら、REM含有量が0.0200%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大な酸化物が形成される。その結果、電縫鋼管の耐HIC性及び低温靭性が低下する。したがって、REM含有量は0~0.0200%である。REM含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.0001%であり、さらに好ましくは0.0003%であり、さらに好ましくは0.0005%であり、さらに好ましくは0.0007%であり、さらに好ましくは0.0010%である。REM含有量の好ましい上限は0.0180%であり、さらに好ましくは0.0150%であり、さらに好ましくは0.0130%であり、さらに好ましくは0.0100%であり、さらに好ましくは0.0080%であり、さらに好ましくは0.0050%であり、さらに好ましくは0.0030%であり、さらに好ましくは0.0020%である。
【0073】
本実施形態において、REMとは、周期律表中の原子番号57のランタン(La)から原子番号71のルテチウム(Lu)に、イットリウム(Y)、及びスカンジウム(Sc)を加えた17種の元素の総称である。REMの含有量は、これらの元素の1種以上の総含有量を意味する。
【0074】
[パラメータ式について]
電縫鋼管の母材部では、さらに、化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内であることを前提として、式(1)~式(3)を満たす。
0.20≦C+Si/24+Mn/6+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/3+Nb/3≦0.35 (1)
0.020≦Nb+V+Ti≦0.085 (2)
Ca/S≧2.0 (3)
ここで、式(1)~式(3)の各元素記号には、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【0075】
以下、各式(1)~式(3)について説明する。
【0076】
[式(1)について]
F1(=C+Si/24+Mn/6+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/3+Nb/3)はCCT曲線図のS曲線(フェライト領域、パーライト領域、及び、ベイナイト領域)に影響を与える。具体的には、F1が高すぎれば、化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内であり、かつ、式(2)及び式(3)を満たす場合であっても、
図1中のフェライト、パーライト及びベイナイトのS曲線が、
図1中の右側にシフトし過ぎる。この場合、冷却曲線C1がフェライト領域に入る温度が低くなる。その結果、硬質相の生成量が多くなり、ポリゴナルフェライトの面積率が低くなる。その結果、電縫鋼管の変形能が低下する。
【0077】
一方、F1が0.20未満であれば、化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内であり、かつ、式(2)及び式(3)を満たす場合であっても、S曲線が
図1中の左側にシフトし過ぎる。この場合、冷却曲線C1がフェライト領域に入る温度が高すぎる。そのため、ポリゴナルフェライト粒が粗大化する。その結果、電縫鋼管の強度が低下する。
【0078】
化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内であり、かつ、式(2)及び式(3)を満たすことを前提として、F1が0.20~0.35であれば、
図1中の各相のS曲線(フェライト、パーライト、ベイナイト)がCCT線図において適切な位置に配置される。この場合、
図1に示すとおり、冷却曲線C1が適切な温度でフェライト領域に入り、主としてフェライト領域を通りながら鋼材を冷却することができる。そのため、微細なポリゴナルフェライト主体の組織が生成される。その結果、電縫鋼管において、優れた強度及び優れた変形能を得ることができる。
【0079】
F1の好ましい上限は0.33であり、さらに好ましくは0.31であり、さらに好ましくは0.29である。F1の好ましい下限は0.21であり、さらに好ましくは0.23であり、さらに好ましくは0.25である。F1の数値は、小数第3位を四捨五入して得られた値とする。
【0080】
[式(2)について]
F2(=Nb+V+Ti)は、析出強化に基づく強度の指標である。F2が0.020未満であれば、化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内であり、かつ、式(1)及び式(3)を満たす場合であっても、析出強化が十分に発揮されない。そのため、電縫鋼管の強度が十分に高まらない。一方、F2が0.085を超えれば、化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内であり、かつ、式(1)及び式(3)を満たす場合であっても、電縫鋼管の強度が過剰に高まる。そのため、電縫鋼管の耐HIC性及び低温靭性が低下する。
【0081】
F2が0.020~0.085であれば、化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内であり、かつ、式(1)及び式(3)を満たすことを前提として、電縫鋼管において優れた強度、優れた耐HIC性及び、優れた低温靭性を得ることができる。
【0082】
F2の好ましい下限は0.025であり、さらに好ましくは0.030であり、さらに好ましくは0.035であり、さらに好ましくは0.040である。F2の好ましい上限は0.080であり、さらに好ましくは0.075であり、さらに好ましくは0.070である。F2の数値は、小数第4位を四捨五入して得られた値とする。
【0083】
[式(3)について]
F3(=Ca/S)はMnS等の硫化物の形態制御に基づく耐HIC性の指標である。F3が2.0未満であれば、化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内であり、かつ、式(1)及び式(2)を満たす場合であっても、硫化物の形態制御が不十分となる。そのため、電縫鋼管の耐HIC性が十分に高まらない。
【0084】
F3が2.0以上であれば、化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内であり、かつ、式(1)及び式(2)を満たすことを前提として、電縫鋼管の耐HIC性が十分に高まる。
【0085】
F3の好ましい下限は2.5であり、さらに好ましくは3.0であり、さらに好ましくは3.5である。F3の上限は特に限定されないが、たとえば12.0である。F3の数値は、小数第2位を四捨五入して得られた値とする。
【0086】
[ミクロ組織について]
本実施形態による電縫鋼管の母材部のミクロ組織は、面積率で90~98%のポリゴナルフェライトと、面積率で2~10%の硬質相とからなる。硬質相は、パーライト、ベイナイト及びマルテンサイトの1種以上からなる。なお、本明細書でいう「母材部のミクロ組織」は、熱影響部を除く母材部のミクロ組織を意味する。
【0087】
[ポリゴナルフェライトの面積率について]
本実施形態による電縫鋼管の母材部のミクロ組織は、ポリゴナルフェライト主体の組織である。ポリゴナルフェライトの面積率は90~98%である。
【0088】
ミクロ組織がポリゴナルフェライト主体の組織、つまり、ポリゴナルフェライトの面積率が90%以上の組織であれば、化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内であって、上記式(1)~式(3)を満たし、硬質相の形状が後述の式(4)を満たすことを前提として、電縫鋼管の変形能が高まる。ポリゴナルフェライトの面積率の好ましい下限は91%であり、さらに好ましくは92%であり、さらに好ましくは93%である。
【0089】
なお、ポリゴナルフェライトの面積率の上限は特に限定されない。しかしながら、本実施形態の母材部の化学組成の場合、ポリゴナルフェライトの面積率の上限はたとえば、98%である。ポリゴナルフェライトの面積率の上限は97%であってもよいし、96%であってもよい。
【0090】
[硬質相の面積率について]
硬質相は、上述のとおり、パーライト、ベイナイト及びマルテンサイトからなる群から選択される1種以上からなる。硬質相の面積率が高すぎれば、電縫鋼管の変形能が低下する。したがって、硬質相の面積率は10%以下である。なお、硬質相は少ない方が好ましい。しかしながら、硬質相の面積率の過剰な低減は製造コストを高める。したがって、通常の工業生産を考慮した場合、硬質相の好ましい下限は2%である。したがって、硬質相の面積率は2~10%である。なお、硬質相がパーライト、ベイナイト及びマルテンサイトのうちの複数の相である場合、硬質相の面積率は各相の面積率の合計である。硬質相の面積率の好ましい上限は9%であり、さらに好ましくは8%であり、さらに好ましくは7%である。硬質相の面積率の下限は3%であってもよいし、4%であってもよい。
【0091】
[ポリゴナルフェライトの面積率及び硬質相の面積率の測定方法]
ポリゴナルフェライトの面積率及び硬質相の面積率は、次の方法で測定される。電縫鋼管の母材部のうち、電縫溶接部から周方向に90°ずれた位置の肉厚中央部(つまり、熱影響部を除く母材部分)から、試料を採取する。
【0092】
採取された試料の観察面をコロイダルシリカ研磨剤で30~60分研磨する。研磨された試料に対して、EBSP-OIM(商標)を用いたKAM(Kernel Average Misorientation)法により、次の方法でポリゴナルフェライトの面積率(%)、及び、硬質相の面積率(%)を求める。なお、KAM法によるポリゴナルフェライトの面積率、及び、硬質相の面積率を測定するときの観察視野は、200μm×500μmとする。観察倍率は400倍とし、測定ステップは0.3μmとする。
【0093】
KAM法では、測定データのうち、任意の1つの正六角形のピクセルを中心のピクセルとする。この中心のピクセルに隣り合う6個のピクセルを用いた第一近似(全7ピクセル)、又は、これらの6個のピクセルのさらにその外側の12個のピクセルも用いた第二近似(全19ピクセル)、又は、これら12個のピクセルのさらに外側の18個のピクセルも用いた第三近似(全37ピクセル)について、各ピクセル間の方位差を求める。求めた方位差を平均し、得られた算術平均値をその中心のピクセルの値とする。この操作をピクセル全体に対して行う。第三近似により隣接するピクセル間の方位差5°以下となるものをマップに表示させる。本実施形態では、視野範囲の全面積に対する、方位差第三近似1°以下と算出されたピクセルの面積分率をポリゴナルフェライトの面積率(%)と定義する。ポリゴナルフェライト以外の相は、硬質相であるとみなす。次式により、求められる面積分率を硬質相の面積率(%)と定義する。
硬質相の面積率(%)=100(%)-ポリゴナルフェライトの面積率(%)
【0094】
[硬質相形状規定(式(4))について]
本実施形態による電縫鋼管では、化学組成中の各元素含有量が上述の範囲内であり、かつ、式(1)~式(3)を満たし、ミクロ組織が面積率で90~98%のポリゴナルフェライトと、2~10%の硬質相とからなることを前提として、さらに、ミクロ組織中の硬質相の形状が次のとおりとなる。
【0095】
図4を参照して、電縫鋼管の母材部の肉厚中央部を含み、母材部の肉厚方向であるT方向に延びる辺の長さが200μmであり、母材部の管軸方向であるL方向に延びる辺の長さが200μmである領域を矩形観察領域SQとする。
【0096】
図4は、本実施形態によるF4(=A1/A2)の求め方を説明するための矩形観察領域SQの模式図である。
図4を参照して、矩形観察領域SQにおいて、T方向に延びる線分であって、矩形観察領域SQをL方向に10等分する線分をT1~T9と定義する。同様に、L方向に延びる線分であって、矩形観察領域SQをT方向に10等分する線分をL1~L9と定義する。つまり、線分T1~T9及び線分L1~L9により、矩形観察領域SQを10×10の微小矩形領域に区画する。
【0097】
線分T1~T9と、ポリゴナルフェライト及び硬質相の界面である硬質相界面との交点個数をA1とし、線分L1~L9と硬質相界面との交点個数をA2とする。本実施形態による電縫鋼管では、上記A1及びA2が次の式(4)を満たす。
A1/A2≦1.8 (4)
【0098】
F4=A1/A2と定義する。F4は、電縫鋼管のミクロ組織における硬質相の形状の指標である。F4が1.8超であれば、母材部の化学組成中の各元素含有量が上述の範囲内であり、かつ、式(1)~式(3)を満たし、母材部のミクロ組織において、ポリゴナルフェライトの面積率が90~98%であり、硬質相の面積率が2~10%である場合であっても、硬質相がL方向に延在する。そのため、電縫鋼管の耐HIC性が十分に高まらない。
【0099】
F4が1.8以下であれば、母材部の化学組成中の各元素含有量が上述の範囲内であり、かつ、式(1)~式(3)を満たし、母材部のミクロ組織において、ポリゴナルフェライトの面積率が90~98%であり、硬質相の面積率が2~10%であることを前提として、L方向に延在する硬質相の生成が十分に抑制される。そのため、電縫鋼管の耐HIC性が十分に高まる。F4の好ましい上限は1.7であり、さらに好ましくは1.6であり、さらに好ましくは1.5である。F4の下限は特に限定されないが、たとえば1.0である。F4の数値は、小数第2位を四捨五入して得られた値とする。
【0100】
[F4の求め方]
上記F4は、次の方法で求められる。上記A1及びA2の測定は、上述の矩形観察領域SQにおいて実施する。電縫鋼管の母材部のうち、電縫溶接部から周方向に90°ずれた位置の肉厚中央部(つまり、熱影響部を除く母材部分)を通るように母材部の管軸方向(L方向)に平行、かつ、肉厚方向(T方向)に平行に切断して、上述の矩形観察領域SQを含む試料を採取する。採取した試料の表面のうち、母材部の管軸方向(L方向)に平行な断面に相当する表面を観察面とする。
【0101】
観察面を研磨した後、3%硝酸アルコール(ナイタール腐食液)にてエッチングする。エッチングされた観察面を500倍の光学顕微鏡を用いて、任意の5つの矩形観察領域SQの写真画像を生成する。各矩形観察領域SQにおいて、ポリゴナルフェライトと、硬質相とは、相ごとにコントラストが異なる。したがって、コントラストに基づいて、各相を特定する。各矩形観察領域SQにおいて、上述の手順に従って、線分T1~T9と、線分L1~L9とを描く。任意の5つの矩形観察領域SQにおける、線分T1~T9と、ポリゴナルフェライト及び硬質相の界面である硬質相界面との交点a1の総個数を求め、A1と定義する。任意の5つの矩形観察領域SQにおける、線分L1~L9と硬質相界面との交点a2の総個数を求め、A2と定義する。得られたA1及びA2に基づいて、F4を求める。
【0102】
[電縫鋼管の用途について]
本実施形態による電縫鋼管はパイプライン用途に利用可能であり、特に、硫化水素等の腐食性ガスに曝されるサワー環境のパイプライン用途に好適である。本実施形態による電縫鋼管の肉厚は特に限定されない。本実施形態による電縫鋼管は、肉厚が10mm以上の厚肉の電縫鋼管であっても、優れた強度、優れた低温靭性、優れた耐HIC性、及び、優れた変形能が得られる。本実施形態による電縫鋼管の肉厚の下限はたとえば10mmである。本実施形態による電縫鋼管の肉厚の上限はたとえば、25mmである。
【0103】
本実施形態による電縫鋼管の外径は特に限定されない。本実施形態による電縫鋼管の外径の下限はたとえば、100mmであってもよく、110mmであってもよく、114mmであってもよい。本実施形態による電縫鋼管の外径の上限はたとえば、800mmであってもよく、700mmであってもよく、660mmであってもよい。
【0104】
[電縫鋼管の強度について]
本実施形態による電縫鋼管の好ましい降伏強度YSは、415~550MPaである。本実施形態による電縫鋼管の降伏強度YSのさらに好ましい下限は450MPaであり、より好ましくは480MPaであり、より好ましくは500MPaである。本実施形態による電縫鋼管の降伏強度YSのさらに好ましい上限は550MPaであり、さらに好ましくは545MPaであり、さらに好ましくは540MPaである。
【0105】
[降伏強度YSの測定方法]
本実施形態による電縫鋼管の降伏強度YSは、次の方法で求めることができる。本実施形態による電縫鋼管から試験片(引張試験片)を採取する。具体的には、本実施形態による電縫鋼管の母材部のうち、電縫溶接部から周方向に90°ずれた位置の肉厚中央部(つまり、熱影響部を除く母材部分)から管軸方向の引張試験片を採取する。引張試験片の厚さは、電縫鋼管の肉厚に相当する。引張試験片の横断面は弧状であり、引張試験片の長手方向は、鋼管の管軸方向と平行である。引張試験片のサイズは特に限定されない。API規格の5CTの規定に準拠して、常温(24℃)にて引張試験を実施する。試験結果に基づいて、電縫鋼管の降伏強度YS(MPa)を求める。
【0106】
[電縫鋼管の低温靭性について]
本実施形態による電縫鋼管では、好ましくは、-20℃での吸収エネルギーが300J以上である。-20℃での吸収エネルギーの好ましい下限は310Jであり、さらに好ましくは330Jであり、さらに好ましくは350Jである。本実施形態による電縫鋼管の-20℃での吸収エネルギーの好ましい上限は特に限定されないが、たとえば500Jである。
【0107】
[低温靭性試験]
本実施形態による電縫鋼管の-20℃での吸収エネルギーは、次の方法で求めることができる。本実施形態による電縫鋼管の電縫溶接部から周方向に90°ずれた位置での肉厚中央部からJIS Z2242(2018)の標準試験片に準拠したVノッチ試験片を作製する。Vノッチ試験片の長手方向は、電縫鋼管の管軸方向及び肉厚方向に垂直な方向(つまり周方向)である。試験片のうち、シャルピー衝撃試験において割れの伝播方向が電縫鋼管の管軸方向となるように、電縫溶接部に相当する部分にVノッチを作製する。Vノッチ試験片の横断面は10mm×10mmであり、Vノッチの深さは2mmである。Vノッチ試験片を用いて、JIS Z2242(2018)に準拠したシャルピー衝撃試験を-20℃で実施し、-20℃での吸収エネルギーを求める。
【0108】
[電縫鋼管の耐HIC性について]
本実施形態による電縫鋼管では、好ましくは、後述する耐HIC性評価試験を実施したときの割れ長さ率CLR(Crack Length Ratio)が15%以下である。割れ長さ率CLRのさらに好ましい上限は14%であり、さらに好ましくは13%であり、さらに好ましくは10%である。本実施形態による電縫鋼管の割れ長さ率CLRの好ましい下限は特に限定されないが、たとえば0%である。
【0109】
[耐HIC性評価試験]
本実施形態による電縫鋼管の割れ長さ率CLRは、次の方法で求めることができる。本実施形態による電縫鋼管の電縫溶接部から周方向に90°ずれた位置での母材部から、HIC試験片を採取する。採取位置から管周方向に採取された円弧状の部材を展開して平板状とする。HIC試験片のサイズは幅20mm×長さ100mm×肉厚(mm)である。得られたHIC試験片を用いて、NACE-TM0284に準拠したHIC試験を実施する。具体的には、Solution A液(5mass%NaCl+0.5mass%氷酢酸水溶液)に100%のH2Sガスを飽和させた試験液中に、HIC試験片を96時間浸漬する。96時間浸漬後の試験片について、超音波探傷機にてHICの発生の有無を測定する。この測定結果に基づいて、下記式により割れ長さ率CLR(%)を求める。
CLR(%)=(割れの合計長さ/試験片長さ)×100(%)
【0110】
[電縫鋼管の変形能について]
本実施形態による電縫鋼管では、好ましくは、一様伸びが5.0%以上である。一様伸びのさらに好ましい下限は5.5%であり、さらに好ましくは6.0%であり、さらに好ましくは7.0%である。本実施形態による電縫鋼管の一様伸びの好ましい上限は特に限定されないが、たとえば13.0%である。
【0111】
[一様伸びの測定方法]
本実施形態による電縫鋼管の一様伸びは、次の方法で求めることができる。本実施形態による電縫鋼管から試験片(引張試験片)を採取する。採取した引張試験片を用いて、上述の降伏強度YSの測定方法と同様に、引張試験を実施する。試験結果に基づいて、電縫鋼管の一様伸びを求める。
【0112】
[鋼板について]
本実施形態による鋼板は、本実施形態の電縫鋼管の製造に用いられる鋼板であり、電縫鋼管の素材となる。したがって、本実施形態の鋼板の構成は、本実施形態の電縫鋼管の母材部の構成と同じである。具体的には、本実施形態の鋼板は、質量%で、C:0.030~0.100%、Si:0.03~0.60%、Mn:0.30~1.60%、P:0~0.030%、S:0~0.0020%、Al:0.005~0.500%、N:0.0005~0.0100%、Nb:0.005~0.080%、Ti:0.005~0.200%、Ca:0.0001~0.0100%、O:0~0.0050%、Ni:0~1.00%、Mo:0~0.50%、V:0~0.200%、Cr:0~1.00%、Cu:0~1.00%、Mg:0~0.0020%、希土類元素:0~0.0200%、及び、残部:Fe及び不純物、からなり、式(1)~式(3)を満たす。ミクロ組織は、面積率で90~98%のポリゴナルフェライトと、パーライト、ベイナイト及びマルテンサイトの1種以上からなり、面積率で2~10%の硬質相と、からなる。鋼板の板厚中央部を含み、鋼板の板厚方向であるT方向に延びる辺の長さが200μmであり、鋼板の圧延方向であるL方向に延びる辺の長さが200μmである矩形観察領域において、交点個数A1と、交点個数A2とは式(4)を満たす。
【0113】
[鋼板でのポリゴナルフェライトの面積率及び硬質相の面積率の測定方法]
鋼板のミクロ組織中のポリゴナルフェライトの面積率及び硬質相の面積率は、次の方法で測定できる。鋼板の板厚中央部から、試料を採取する。採取された試料を用いて、電縫鋼管の場合と同様にポリゴナルフェライトの面積率及び硬質相の面積率を測定する。
【0114】
[鋼板でのF4の求め方]
鋼板でのF4は、次の方法で測定できる。鋼板の板厚中央部を含み、鋼板の板厚方向であるT方向に延びる辺の長さが200μmであり、鋼板の圧延方向であるL方向に延びる辺の長さが200μmである領域を矩形観察領域SQとする。その他の測定方法は、電縫鋼管でのF4の測定方法と同じである。
【0115】
[製造方法]
本実施形態による電縫鋼管及び鋼板の製造方法について説明する。なお、以下に説明する製造方法は一例であって、本実施形態による電縫鋼管及び鋼板の製造方法はこれに限定されない。つまり、上述の構成を有する電縫鋼管及び鋼板が製造できれば、以下に説明する製造方法に限定されない。ただし、以下に説明する製造方法は、本実施形態による電縫鋼管及び鋼板の好適な製造方法である。
【0116】
図6は、本実施形態による電縫鋼管の製造工程の一例を示すフロー図である。
図6を参照して、本製造方法では、上述した化学組成を満たす溶鋼を用いて、素材であるスラブを製造する(素材準備工程:S0)。製造されたスラブを加熱炉で加熱する(加熱工程:S1)。加熱されたスラブに対して熱間圧延を実施して、鋼材を製造する(熱間圧延工程:S2)。製造された鋼材をランアウトテーブル(ROT:Run Out Table)を用いて冷却する(ROT冷却工程:S3)。ROT冷却工程(S3)では、初めに、水冷装置で鋼材を冷却する(第1冷却工程:S31)。第1冷却工程後、鋼材に対して第1冷却工程での冷却速度よりも遅い冷却速度で、引き続き冷却を実施する(第2冷却工程:S32)。ROT冷却工程(S3)後の鋼材を巻取る(巻取り工程:S4)。以上の製造工程により、電縫鋼管の素材となる鋼板が製造される。
【0117】
さらに、鋼板を用いて電縫鋼管を製造する(製管工程:S5)。製管工程では、成形ロールを用いて鋼板を円筒状の素管(オープンパイプ)に成形する。成形された素管では、鋼板の板幅方向が、素管の周方向となるように成形されている。素管の長手方向に延びる突合せ部を電縫溶接する(溶接工程)。以上の製管工程により、電縫鋼管を製造する。以下、それぞれの工程について詳しく説明する。
【0118】
[素材準備工程(S0)]
上述の化学組成を有する素材を準備する。具体的には、上述の化学組成を有する溶鋼を製造する。溶鋼を用いて、素材(スラブ)を製造する。連続鋳造法により鋳片を製造してもよい。溶鋼を用いてインゴットを製造し、インゴットを分塊圧延して素材(スラブ)を製造してもよい。
【0119】
[加熱工程(S1)]
加熱工程(S1)では、製造されたスラブを加熱炉で加熱する。加熱炉でのスラブの加熱温度T(℃)は周知の温度で足り、たとえば、1200~1300℃である。在炉時間t(分)は特に限定されないが、たとえば、150~400分である。本明細書において、在炉時間t(分)とは、加熱炉にスラブを装入後、加熱炉からスラブを取り出すまでの時間である。
【0120】
加熱工程(S1)ではさらに、次の式(5)で定義されるF5が2300以上となるようにする。
F5=(T+273.15)×log(t)/(Mn+5×Mo) (5)
式(5)中のTは加熱工程(S1)での加熱温度(℃)であり、tは在炉時間(分)である。式(5)中の各元素記号には、スラブの化学組成、つまり、電縫鋼管の母材部の化学組成、及び、鋼板の化学組成のうちの対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
【0121】
バンド状に延在する硬質相は、局所的に存在し、管軸方向に伸びる偏析帯に沿って生成されやすい。本実施形態の化学組成において、偏析しやすい元素はMn及びMoである。Mn及びMoは焼入れ性を高める元素である。そのため、後述する熱間加工工程において、局所的に管軸方向に伸びたMn及び/又はMoの偏析帯が存在すれば、偏析帯近傍の組織が硬質相になりやすい。そのため、硬質相が偏析帯に沿って生成され、管軸方向に延在してしまう。
【0122】
このようなMn及びMoの局所的な偏析を抑制するためには、電縫鋼管の化学組成、及び、鋼板の化学組成中のMn含有量及びMo含有量を低下させることが有効である。しかしながら、本実施形態による電縫鋼管、及び、鋼板においては、上述のとおり、電縫鋼管の強度、耐HIC性及び低温靭性を向上させるために、上述に規定するMn含有量及びMo含有量が必要である。
【0123】
そこで、本実施形態では、スラブ中のMn含有量及びMo含有量を考慮した加熱条件でスラブを加熱することにより、熱間圧延前のスラブにおいて、Mn及びMoを均一に拡散させて、Mn及びMoの偏析帯を抑制する。具体的には、スラブ中のMn含有量及びMo含有量を考慮した加熱条件式F5が2300以上となるように、加熱温度及び在炉時間を設定する。
【0124】
スラブの化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内であり、かつ、式(1)~式(3)を満たすことを前提として、F5が2300未満である場合、他の製造条件を満たしていても、熱間加工直後の鋼板に局所的にバンド状に延在する硬質相が生成されてしまう。そのため、硬質相の形状が式(4)を満たさないミクロ組織が生成されてしまう。
【0125】
F5が2300以上であれば、他の製造条件を満たすことを前提として、バンド状に延在する硬質相が十分に抑制される。そのため、硬質相の形状が式(4)を満たす。
【0126】
F5の好ましい下限は2400であり、さらに好ましくは2500であり、さらに好ましくは2600であり、さらに好ましくは2700であり、さらに好ましくは2800である。F5の上限は特に限定されない。しかしながら、F5の上限は13700であってもよく、10000であってもよく、5000であってもよい。
【0127】
[熱間圧延工程(S2)]
熱間圧延工程(S2)では、加熱工程(S1)後のスラブに対して熱間圧延を実施して、鋼材を製造する。圧延工程では、粗圧延工程と仕上げ圧延工程とを備えてもよい。一列に並んだ複数の圧延スタンド(各圧延スタンドは一対のワークロールを有する)を含むタンデム式の圧延機を用いた圧延を実施してもよい。また、一対のワークロールを有するリバース式圧延機を用いた圧延を実施してもよい。仕上げ圧延温度(℃)は、周知の温度で足り、たとえば、950℃以下である。
【0128】
[ROT冷却工程(S3)]
ROT(ランアウトテーブル)冷却工程(S3)では、熱間圧延工程(S2)で製造された鋼材を冷却する。ROT冷却工程(S3)は、第1冷却工程(S31)と第2冷却工程(S32)とを備える。
【0129】
[第1冷却工程(S31)]
初めに、熱間圧延工程後の鋼材に対して、鋼材の表面温度が725℃になるまで第1冷却を実施する。つまり、第1冷却停止温度ST1は725℃である。第1冷却工程の冷却方法はたとえば、水冷装置による水冷である。第1冷却工程(S31)において、鋼材の板厚中央部における平均冷却速度V1(℃/s)を8℃/s超とする。
【0130】
母材部の化学組成、及び、鋼板の化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内であり、かつ、式(1)~式(3)を満たす場合であっても、平均冷却速度V1が8℃/s以下の場合、鋼材の表面のフェライト変態のタイミングと、板厚中央部のフェライト変態のタイミングとのばらつきが大きくなる。ROT冷却工程(S3)では、鋼材の表面から板厚中央部に向かって、フェライト変態核の生成が進行する。そのため、フェライト変態の進行にともなって、フェライトから未変態のオーステナイトにMn及びMoが排出される。この場合、加熱工程(S1)において、スラブ中のMn及びMoを十分に拡散した場合であっても、局所的にMn及びMo偏析帯が生成され、バンド状に延在する硬質相の生成が促進されてしまう。
【0131】
平均冷却速度V1が8℃/s超であれば、鋼板表層のフェライト変態のタイミングと、板厚中央部のフェライト変態のタイミングとのばらつきが十分に抑制される。つまり、鋼板が均一に冷却されやすくなる。そのため、Mn及びMoの局所的な偏析帯の生成が抑制され、その結果、バンド状に延在する硬質相の生成が抑制される。その結果、鋼板のミクロ組織において、硬質相の形状が式(4)を満たす。
【0132】
[第2冷却工程(S32)]
第2冷却工程(S32)では、第1冷却工程(S31)で冷却した鋼材に対して、鋼材の表面温度が後述の巻取り温度ST2になるまで、冷却する。第2冷却工程(S32)において、鋼材の板厚中央部における平均冷却速度V2(℃/s)を8℃/s以下とする。平均冷却速度V2が8℃/s超である場合、CCT線図において、鋼材の温度がフェライト領域を通過して、パーライト領域、ベイナイト領域及び/又はマルテンサイト領域に到達する。この場合、ポリゴナルフェライトの面積率が低下する。その結果、電縫鋼管の変形能が十分に高まらない。
【0133】
平均冷却速度V2が8℃/s以下である場合、CCT線図において、鋼材の温度がフェライト領域を通過する。そのため、ポリゴナルフェライトの面積率が十分に高まる。その結果、電縫鋼管の変形能が十分に高まる。
【0134】
[巻取り工程(S4)]
巻取り工程(S4)では、ROT冷却工程(S3)により冷却された鋼材を巻取り、コイル状の鋼板を製造する。
【0135】
ROT冷却工程(S3)終了後の鋼材は、巻取り処理される。巻取り時の鋼材の表面温度(以下、巻取り温度という)ST2はたとえば、450~650℃である。
【0136】
以上の製造工程により、本実施形態による(電縫鋼管の素材となる)鋼板が製造される。以上の製造工程により製造された鋼板のミクロ組織は、面積率で90~98%のポリゴナルフェライトと、面積率で2~10%の硬質相とからなる。硬質相は、パーライト、ベイナイト及びマルテンサイトの1種以上からなる。さらに、硬質相の形状が式(4)を満たす。そのため、本実施形態による鋼板は、電縫鋼管に製管された場合、優れた強度、優れた低温靭性、優れた耐HIC性及び優れた変形能を有する。
【0137】
[製管工程(S5)]
製管工程(S5)では、コイル状の鋼板を巻き戻しながら、電縫鋼管を製造する。具体的には、鋼板を連続した成形ロールによる曲げ加工により筒状(オープンパイプ)にする。続いて、オープンパイプの幅方向端部同士(突合せ部)を接触させ、加圧しながら、高周波誘導加熱による電縫溶接を実施する(溶接工程)。溶接工程後の鋼管を用いて、必要に応じて、電縫溶接部に対して周知のシーム熱処理を実施する。
【0138】
以上の製造工程により、本実施形態による電縫鋼管を製造する。以上の製造工程により製造された電縫鋼管の母材部のミクロ組織は、面積率で90~98%のポリゴナルフェライトと、面積率で2~10%の硬質相とからなる。硬質相は、パーライト、ベイナイト及びマルテンサイトの1種以上からなる。さらに、硬質相の形状が式(4)を満たす。そのため、本実施形態による電縫鋼管は、優れた強度、優れた低温靭性、優れた耐HIC性及び優れた変形能を有する。
【実施例0139】
表1に示す鋼種番号A~Xの溶鋼を連続鋳造してスラブを製造した。
【0140】
【0141】
表1中の「-」は、対応する元素含有量が検出限界未満であったことを示す。つまり、対応する元素が含有されていなかったことを意味する。たとえば、鋼種番号AのNi含有量は、小数第3位で四捨五入した場合に「0」%であったことを意味する。表1に記載の元素以外の残部はFe及び不純物であった。鋼種番号A~Xの複数のスラブを用いて、表2に示す試験番号1~27の電縫鋼管を製造した。
【0142】
【0143】
具体的にはスラブを、加熱炉で加熱した。加熱温度T(℃)、在炉時間t(分)及びF5は、表2に示す通りであった。加熱されたスラブに対して、熱間圧延を実施した。熱間圧延工程において、仕上げ圧延温度は950℃以下であった。熱間圧延後の鋼材に対して、ROT冷却を実施した。ROT冷却工程では、表2に示す平均冷却速度V1(℃/s)にて、第1冷却停止温度ST1:725℃まで冷却した。第1冷却工程後、表2に示す平均冷却速度V2(℃/s)にて、表2に示す巻取り温度ST2(℃)まで冷却した。得られた鋼材を表2に示す巻取り温度ST2(℃)にて巻取り、鋼板を製造した。
【0144】
鋼板を用いて上述の周知の方法で製管し、肉厚が10~25mmであり、外径が100~800mmである電縫鋼管を製造した。
【0145】
[評価試験]
試験番号1~27の電縫鋼管に対して、母材部のミクロ組織観察(ポリゴナルフェライトの面積率、硬質相の面積率、硬質相の形状)、引張試験、低温靭性試験、及び、耐HIC性評価試験を実施した。試験番号1~27の鋼板に対して、ミクロ組織観察(ポリゴナルフェライトの面積率、及び、硬質相の面積率、硬質相の形状)を実施した。
【0146】
[ミクロ組織観察]
各試験番号の電縫鋼管の母材部、及び、各試験番号の鋼板において、EBSP-OIMを用いて、母材部のポリゴナルフェライトの面積率、及び、硬質相の面積率を測定した。さらに、各試験番号の電縫鋼管の母材部及び鋼板において、硬質相の形状の観察をした。
【0147】
[ポリゴナルフェライトの面積率、及び、硬質相の面積率について]
各試験番号の電縫鋼管の母材部のうち、電縫溶接部から周方向に90°ずれた位置の肉厚中央部(つまり、熱影響部を除く母材部分)から、試料を採取した。
【0148】
採取された試料の観察面をコロイダルシリカ研磨剤で30~60分研磨した。研磨された試料に対して、EBSP-OIMを用いたKAM法により、上述の方法でポリゴナルフェライトの面積率(%)、及び、硬質相の面積率(%)を求めた。なお、KAM法によるポリゴナルフェライトの面積率、及び、硬質相の面積率を測定するときの観察視野は、200μm×500μmとした。観察倍率は400倍とし、測定ステップは0.3μmとした。
【0149】
なお、各試験番号の鋼板の板厚中央部から、試料を採取した。採取された各試料に対して、上述のポリゴナルフェライトの面積率及び硬質相の面積率の測定を実施した。その結果、各試験番号の鋼板のポリゴナルフェライトの面積率及び硬質相の面積率は、対応する試験番号の電縫鋼管のポリゴナルフェライトの面積率、及び、硬質相の面積率と同じであった。
【0150】
[硬質相の形状の観察について]
A1及びA2の測定は、上述の矩形観察領域SQにおいて実施した。各試験番号の電縫鋼管の母材部のうち、電縫溶接部から周方向に90°ずれた位置の肉厚中央部(つまり、熱影響部を除く母材部分)を通るように母材部の管軸方向(L方向)に平行、かつ、肉厚方向(T方向)に平行に切断して、上述の矩形観察領域SQを含む試料を採取した。採取した試料の表面のうち、母材部の管軸方向(L方向)に平行な断面に相当する表面を観察面とした。
【0151】
観察面を研磨した後、3%硝酸アルコール(ナイタール腐食液)にてエッチングした。エッチングされた観察面を500倍の光学顕微鏡を用いて、任意の5つの矩形観察領域SQの写真画像を生成した。各矩形観察領域SQにおいて、ポリゴナルフェライトと、硬質相とは、相ごとにコントラストが異なる。したがって、コントラストに基づいて、各相を特定した。各矩形観察領域SQにおいて、上述の手順に従って、線分T1~T9と、線分L1~L9とを描いた。任意の5つの矩形観察領域SQにおける、線分T1~T9と硬質相界面との交点a1の総個数を求め、A1と定義した。任意の5つの矩形観察領域SQにおける、線分L1~L9と硬質相界面との交点a2の総個数を求め、A2と定義した。得られたA1及びA2に基づいて、F4を求めた。
【0152】
なお、各試験番号の鋼板の板厚中央部を含み、鋼板の板厚方向であるT方向に延びる辺の長さが200μmであり、鋼板の圧延方向であるL方向に延びる辺の長さが200μmである領域を矩形観察領域SQとした。矩形観察領域SQに対して、各試験番号の電縫鋼管と同様の方法でF4を求めた。その結果、各試験番号の鋼板のF4値は、対応する試験番号の電縫鋼管のF4値と同じであった。
【0153】
[引張試験]
各試験番号の電縫鋼管から引張試験片を採取した。具体的には、電縫鋼管の母材部のうち、電縫溶接部から周方向に90°ずれた位置の肉厚中央部(つまり、熱影響部を除く母材部分)から管軸方向の引張試験片を採取した。引張試験片の厚さは、電縫鋼管の肉厚に相当した。引張試験片の横断面は弧状であり、引張試験片の長手方向は、鋼管の管軸方向と平行であった。引張試験片を用いて、API規格の5CTの規定に準拠して、常温(24℃)にて引張試験を実施した。試験結果に基づいて、電縫鋼管の降伏強度YS(MPa)及び一様伸び(%)を求めた。降伏強度YSが415MPa以上であれば、電縫鋼管の強度が高いと判断した。一様伸びが5.0%以上であれば、電縫鋼管の変形能が高いと判断した。
【0154】
[低温靭性試験]
各試験番号の電縫鋼管の電縫溶接部から周方向に90°ずれた位置での肉厚中央部からJIS Z2242(2018)の標準試験片に準拠したVノッチ試験片を作製した。Vノッチ試験片の長手方向は、電縫鋼管の管軸方向及び肉厚方向に垂直な方向(つまり周方向)であった。試験片のうち、シャルピー衝撃試験において割れの伝播方向が電縫鋼管の管軸方向となるように、電縫溶接部に相当する部分にVノッチを作製した。Vノッチ試験片の横断面は10mm×10mmであり、Vノッチの深さは2mmであった。Vノッチ試験片を用いて、JIS Z2242(2018)に準拠したシャルピー衝撃試験を-20℃で実施し、-20℃での吸収エネルギーを求めた。-20℃での吸収エネルギーが300J以上であれば、電縫鋼管の低温靭性が高いと判断した。
【0155】
[耐HIC性評価試験]
各試験番号の電縫鋼管の電縫溶接部から周方向に90°ずれた位置での母材部から、HIC試験片を採取した。採取位置から管周方向に採取された円弧状の部材を展開して平板状とした。HIC試験片のサイズは幅20mm×長さ100mm×肉厚(mm)であった。得られたHIC試験片を用いて、NACE-TM0284に準拠したHIC試験を実施した。具体的には、Solution A液(5mass%NaCl+0.5mass%氷酢酸水溶液)に100%のH2Sガスを飽和させた試験液中に、HIC試験片を96時間浸漬した。96時間浸漬後の試験片について、超音波探傷機にてHICの発生の有無を測定した。この測定結果に基づいて、下記式により割れ長さ率CLR(%)を求めた。CLRが15%以下であれば、耐HIC性に優れると判断した。
CLR(%)=(割れの合計長さ/試験片長さ)×100(%)
【0156】
[試験結果]
表3に試験結果を示す。
【0157】
【0158】
表1~3を参照して、試験番号1~17の電縫鋼管、及び、鋼板は、化学組成が適切であり、かつ、式(1)~式(3)を満たし、製造条件も適切であった。そのため、各試験番号の電縫鋼管の母材部のミクロ組織は、面積率で90~98%のポリゴナルフェライトと、面積率で2~10%の硬質相とからなる組織であった。硬質相は、パーライト、ベイナイト及びマルテンサイトの1種以上からなった。さらに、各試験番号の電縫鋼管において、F4は式(4)を満たした。そのため、降伏強度YSは415~550MPaであり、電縫鋼管の強度が高かった。一様伸びが5.0%以上であり、電縫鋼管の変形能が高かった。-20℃での吸収エネルギーが300J以上であり、電縫鋼管の低温靭性が高かった。さらに、電縫鋼管の母材部のCLRが15%以下であり、電縫鋼管の耐HIC性が高かった。
【0159】
一方、試験番号18は、F1が0.20未満であった。つまり、F1が式(1)を満たさなかった。そのため、降伏強度YSが415MPa未満であった。その結果、電縫鋼管の強度が低かった。
【0160】
試験番号19は、F1が0.35を超えた。つまり、F1が式(1)を満たさなかった。そのため、ポリゴナルフェライトの面積率が90%未満であり、硬質相の面積率が10%を超えた。そのため、電縫鋼管の一様伸びが5.0%未満であり、電縫鋼管の変形能が低かった。さらに、降伏強度YSが550MPa超であり、電縫鋼管の強度が高すぎた。さらに、加熱工程において、F5が2300未満であった。そのため、F4が1.8を超え、硬質相の形状が式(4)を満たさなかった。そのため、電縫鋼管の母材部のCLRが15%超であり、電縫鋼管の耐HIC性が低かった。
【0161】
試験番号20は、F3が2.0未満であった。つまり、F3が式(3)を満たさなかった。そのため、電縫鋼管の母材部のCLRが15%超であり、電縫鋼管の耐HIC性が低かった。
【0162】
試験番号21及び27は、F2が0.020未満であった。つまり、F2が式(2)を満たさなかった。そのため、降伏強度YSが415MPa未満であった。
【0163】
試験番号22は、F2が0.085を超えた。つまり、F2が式(2)を満たさなかった。そのため、降伏強度YSが550MPa超であり、電縫鋼管の強度が高すぎた。そのため、-20℃での吸収エネルギーが300J未満であり、電縫鋼管の低温靭性が低かった。さらに、電縫鋼管の母材部のCLRが15%超であり、電縫鋼管の耐HIC性が低かった。
【0164】
試験番号23は、ROT冷却工程において、第1冷却工程の平均冷却速度V1が8℃/s以下であった。そのため、F4が1.8を超えた。つまり、硬質相の形状が式(4)を満たさなかった。そのため、電縫鋼管の母材部のCLRが15%超であり、電縫鋼管の耐HIC性が低かった。
【0165】
試験番号24は、ROT冷却工程において、第2冷却工程の平均冷却速度V2が8℃/sを超えた。そのため、ポリゴナルフェライトの面積率が90%未満であり、硬質相の面積率が10%を超えた。その結果、電縫鋼管の一様伸びが5.0%未満であり、電縫鋼管の変形能が低かった。
【0166】
試験番号25は、加熱工程において、F5が2300未満であった。そのため、F4が1.8を超えた。つまり、硬質相の形状が式(4)を満たさなかった。そのため、電縫鋼管の母材部のCLRが15%超であり、電縫鋼管の耐HIC性が低かった。
【0167】
試験番号26は、F1が0.35を超えた。つまり、F1が式(1)を満たさなかった。そのため、ポリゴナルフェライトの面積率が90%未満であり、硬質相の面積率が10%を超えた。そのため、電縫鋼管の一様伸びが5.0%未満であり、電縫鋼管の変形能が低かった。さらに、降伏強度YSが550MPa超であり、電縫鋼管の強度が高すぎた。
【0168】
以上、本開示の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本開示を実施するための例示に過ぎない。したがって、本開示は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。