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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022166957
(43)【公開日】2022-11-04
(54)【発明の名称】燃料電池電位制御装置
(51)【国際特許分類】
   H01M 8/04313 20160101AFI20221027BHJP
   H01M 8/04537 20160101ALI20221027BHJP
   H01M 8/04858 20160101ALI20221027BHJP
   H01M 8/0432 20160101ALI20221027BHJP
   H01M 8/10 20160101ALN20221027BHJP
【FI】
H01M8/04313
H01M8/04537
H01M8/04858
H01M8/0432
H01M8/10 101
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021072415
(22)【出願日】2021-04-22
(71)【出願人】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100110227
【弁理士】
【氏名又は名称】畠山 文夫
(72)【発明者】
【氏名】深谷 徳宏
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 隆男
【テーマコード(参考)】
5H126
5H127
【Fターム(参考)】
5H126BB06
5H127AA06
5H127AB04
5H127AC05
5H127BA02
5H127DB42
5H127DB47
5H127DB53
5H127DB63
5H127DB68
5H127DB69
5H127DC43
(57)【要約】
【課題】出力密度や発電効率を犠牲にすることなく、カソード触媒の劣化を最小限に抑制することが可能な燃料電池電位制御装置を提供すること。
【解決手段】固体高分子形燃料電池に対する負荷要求Pと、時刻iにおける総電圧V(i)を取得する。次に、V(i)に基づいて、時刻iにおけるカソード側貴金属系触媒粒子の酸化物及び水酸化物の総量M(i)を算出する。次に、M(i)がε1未満である時には、燃料電池の上限電位VHを減少させ、及び/又は、下限電位VLを増加させる。M(i)がε2(≧ε1)以上である時には、VHを増加させ、及び/又は、VLを減少させる。次に、Pに基づいて、出力電流IP及び出力電位VPにより定まる制御点を設定する。VH>VPでない時は、時刻(i+1)における電圧V(i+1)としてVHを出力する。VL<VPでない時は、V(i+1)としてVLを出力する。さらに、VL<VP<VHである時は、V(i+1)としてVPを出力する。
【選択図】図7
【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)固体高分子形燃料電池に対する負荷要求Pを取得し、前記Pをメモリに記憶させる第1手段と、
(B)少なくとも前記固体高分子形燃料電池の時刻iにおける総電圧V(i)を取得し、前記V(i)を前記メモリに記憶させる第2手段と、
(C)少なくとも前記V(i)に基づいて、前記時刻iにおけるカソード側の貴金属系触媒粒子に含まれる貴金属酸化物及び貴金属水酸化物の総量M(i)を算出し、前記M(i)を前記メモリに記憶させる第3手段と、
(D)前記M(i)が第1閾値ε1未満(又は前記M(i)が前記ε1以下)である時には、前記固体高分子形燃料電池の電位範囲Vrの上限電位VHを減少させ、及び/又は、前記Vrの下限電位VLを増加させ、
前記M(i)が第2閾値ε2(≧ε1)以上(又は前記M(i)が前記ε2超)である時には、前記VHを増加させ、及び/又は、前記VLを減少させ、
増加又は減少後の前記VH及び/又は前記VLを前記メモリに記憶させる第4手段と、
(E)前記Pに基づいて、出力電流IP及び出力電位VPにより定まる制御点を設定し、前記制御点を前記メモリに記憶させる第5手段と、
(F)VH>VPでない時(又は、VH≧VPでない時)は、時刻(i+1)における電圧V(i+1)として前記VHを出力し、
L<VPでない時(又は、VL≦VPでない時)は、前記V(i+1)として前記VLを出力し、
L<VP<VHである時(又は、VL≦VP≦VHである時)は、前記V(i+1)として前記VPを出力する第6手段と
を備えた燃料電池電位制御装置。
【請求項2】
前記第2手段は、前記V(i)に加えて、前記固体高分子形燃料電池の前記時刻iにおける電流I(i)及び直流抵抗R(i)を取得し、前記I(i)及び前記R(i)を前記メモリに記憶させる手段を含み、
前記第3手段は、
次の式(1)に基づいて、前記時刻iにおける前記固体高分子形燃料電池の触媒電位Vcat(i)を算出し、
次の式(3)に基づいて、前記M(i)を算出する手段を含む
請求項1に記載の燃料電池電位制御装置。
【数1】
但し、
cellは、前記固体高分子形燃料電池のセルの積層数、
cellは、前記セルの面積。
【数2】
但し、
θ1(i)は、前記時刻iにおける前記貴金属系触媒粒子の表面に吸着している貴金属酸化物の被覆率、
θ2(i)は、前記時刻iにおける前記貴金属系触媒粒子の表面に吸着している貴金属水酸化物の被覆率、
θ3(i)は、前記時刻iにおける前記貴金属系触媒粒子の内部に存在している貴金属酸化物の被覆率、
Γは、単位表面積当たりの最大表面被覆酸素量(定数)、
ΔTは、計算ステップ幅、
α11~α37は、それぞれ、適合係数、
PMは、貴金属系触媒粒子の総表面積。
【請求項3】
前記第3手段は、
次の式(2)に基づいて、前記時刻iにおける前記固体高分子形燃料電池の触媒電位Vcat(i)を算出し、
次の式(3)に基づいて、前記M(i)を算出する手段を含む
請求項1に記載の燃料電池電位制御装置。
【数3】
但し、Ncellは、前記固体高分子形燃料電池のセルの積層数。
【数4】
但し、
θ1(i)は、前記時刻iにおける前記貴金属系触媒粒子の表面に吸着している貴金属酸化物の被覆率、
θ2(i)は、前記時刻iにおける前記貴金属系触媒粒子の表面に吸着している貴金属水酸化物の被覆率、
θ3(i)は、前記時刻iにおける前記貴金属系触媒粒子の内部に存在している貴金属酸化物の被覆率、
Γは、単位表面積当たりの最大表面被覆酸素量(定数)、
ΔTは、計算ステップ幅、
α11~α37は、それぞれ、適合係数、
PMは、貴金属系触媒粒子の総表面積。
【請求項4】
前記第2手段は、前記固体高分子形燃料電池の前記時刻iにおける温度Te(i)をさらに取得し、これを前記メモリに記憶させる手段を含み、
前記第3手段は、前記Te(i)を用いて前記M(i)を補正する手段を含む
請求項2又は3に記載の燃料電池電位制御装置。
【請求項5】
前記第4手段は、
次の式(4)に基づいて前記VHを決定する手段、及び/又は、
次の式(5)に基づいて前記VLを決定する手段
を含む請求項1から4までのいずれか1項に記載の燃料電池電位制御装置。
【数5】
但し、
H0は、上限電位の基準値、
L0は、下限電位の基準値、
β1~β4は、それぞれ、適合係数。
【請求項6】
前記第2手段は、前記固体高分子形燃料電池の前記時刻iにおける温度Te(i)をさらに取得し、これを前記メモリに記憶させる手段を含み、
前記第4手段は、前記Te(i)を用いて前記VH0及び/又は前記VL0を補正する手段を含む
請求項5に記載の燃料電池電位制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池電位制御装置に関し、さらに詳しくは、燃料電池に対して負荷要求があった時に、要求通りの電力が出力され、発電効率が相対的に高くなり、かつ、カソード触媒の劣化が最小限に抑制されるように、燃料電池を制御することが可能な燃料電池電位制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子形燃料電池は、電解質膜の両面に触媒を含む触媒層が接合された膜電極接合体(Membrane Electrode Assembly,MEA)を備えている。触媒層は、電極反応の反応場となる部分であり、一般に、白金等の触媒粒子を担持したカーボンと固体高分子電解質(触媒層アイオノマ)との複合体からなる。
固体高分子形燃料電池において、触媒層の外側には、通常、ガス拡散層が配置されている。ガス拡散層の外側には、さらにガス流路を備えた集電体(セパレータ)が配置される。固体高分子形燃料電池は、通常、このようなMEA、ガス拡散層、及び集電体からなる単セルが複数個積層された構造(燃料電池スタック)を備えている。
【0003】
固体高分子形燃料電池を車載動力源として用いた場合、車両の走行状況に応じて固体高分子形燃料電池の電圧が大きく変動する。固体高分子形燃料電池が低負荷状態にある場合、発電効率は高くなるが、カソード触媒は高電位状態に曝されるためにカソード触媒から触媒成分が溶出しやすくなる。一方、固体高分子形燃料電池が高負荷状態にある場合、発電効率は低くなるが、カソード触媒は低電位状態に曝されるために溶出した触媒成分がカソード触媒の表面に再析出しやすくなる。そのため、カソード触媒が高電位状態と低電位状態に繰り返し曝されると、カソード触媒が次第に劣化するという問題がある。
【0004】
そこでこの問題を解決するために、従来から種々の提案がなされている。
例えば、特許文献1には、燃料電池の運転ポイントにおける出力電圧が上限電圧値を超えると判断されたときに、運転ポイントにおける出力電圧に代えて上限電位が燃料電池の出力電圧となるように燃料電池を発電させる燃料電池システムが開示されている。
特許文献2には、アイドルストップ状態を解除して低負荷のアイドル状態に燃料電池システムを移行する際に、燃料電池スタックの電圧が所定電圧以下となるように燃料電池スタックから取り出す電流を設定する燃料電池システムが開示されている。
【0005】
特許文献3には、燃料電池の起動時に酸化剤極に酸化剤ガスが存在すると判定された場合には、燃料電池の出力電圧を所定の上限値以下に制限する燃料電池システムの制御装置が開示されている。
特許文献4には、燃料電池の出力電圧をその開放端電圧よりも低い高電位回避電圧を上限として高電位回避制御する制御手段を備えた燃料電池システムが開示されている。
【0006】
特許文献5には、燃料電池システムのアイドルストップ状態時に、燃料電池セルの最大セル電圧が予め設定された上限電圧以下となるように酸化剤ガス供給手段を稼動させる燃料電池システムが開示されている。
特許文献6には、コンバータ指令電圧を燃料電池の開放電圧よりも低い高電位回避電圧に維持することにより、燃料電池の総電圧が所定の高電位回避電圧閾値以上になることを抑制する燃料電池システムが開示されている。
【0007】
特許文献7には、出力上限値演算手段の出力又は目標発電量演算手段の出力のいずれか小さい方を、燃料電池から取出す出力の指令値とする燃料電池の発電量制御装置が開示されている。
特許文献8には、燃料電池内の電極触媒層の予測される劣化の状態を判定し、判定した劣化状態に応じて、燃料電池の出力電圧の上限値を決定する燃料電池システムが開示されている。
【0008】
特許文献9には、システム運転中における燃料電池の下限電圧や上限電圧を、電位変動に伴うカーボン担体の劣化の進行を考慮に入れて設定する燃料電池システムが開示されている。
特許文献10には、燃料電池の出力電圧をその開放端電圧よりも低い高電位回避電圧を上限として運転制御する制御手段と、蓄電装置の充電状態に応じて高電位回避電圧を可変設定する高電位回避電圧設定手段とを備えた燃料電池システムが開示されている。
【0009】
さらに、特許文献11には、
反応ガスの供給を受けて発電する燃料電池と、
燃料電池が発電する電力の少なくとも一部を充電する蓄電装置と、
蓄電装置の充電量が上限充電閾値に到達することが予測される時に、蓄電装置の充電量が上限充電閾値を超えないように燃料電池の下限電位を制御する制御部と
を備えた燃料電池システムが開示されている。
【0010】
燃料電池の劣化は、燃料電池を作動させる範囲(上限電位と下限電位)を定めることである程度抑制することができる。また、これによって、耐久性の向上が期待できる。しかしながら、特許文献1~7は、いずれも燃料電池を作動させる範囲が固定されており、その背反として発電効率の低下や燃料電池の出力密度の低下が生じていた。
発電効率が低下する原因は、燃料電池は低負荷であるほど発電効率が高くなるという特性を持つためである。上限電位を設定すると、効率の良い発電点で燃料電池を使用できず、発電効率が低下する。
また、出力密度が低下する原因は、下限電位を設定すると、燃料電池より掃引できる電力が制限されるためである。
【0011】
一方、特許文献8には、電極触媒層の劣化状態に応じて上限電位を可変させる方法が開示されている。しかしながら、同文献に記載の方法は、変動回数に応じて上限電位を変更することで燃料電池の延命をするに止まっており、高発電効率と高出力密度とを両立させることはできない。
特許文献9には、カーボン担体の劣化状態に応じて上限電位及び下限電位を可変させる方法が開示されている。しかしながら、同文献に記載の方法は、特許文献8と同様に、発電効率と出力密度を両立させることができない。
さらに、特許文献10、11に記載の方法は、蓄電装置の劣化(過充電)を抑制するための方法であり、燃料電池の劣化を抑制するための方法ではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2012-094257号公報
【特許文献2】特開2006-309971号公報
【特許文献3】特開2008-165994号公報
【特許文献4】特開2009-129639号公報
【特許文献5】特開2007-109569号公報
【0013】
【特許文献6】特開2009-104977号公報
【特許文献7】特開2003-036871号公報
【特許文献8】特開2012-129069号公報
【特許文献9】特開2010-021072号公報
【特許文献10】特開2009-129647号公報
【特許文献11】特開2013-098052号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明が解決しようとする課題は、燃料電池に対して負荷要求があった時に、出力密度や発電効率を犠牲にすることなく、カソード触媒の劣化が最小限に抑制されるように、燃料電池を制御することが可能な燃料電池電位制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決するために本発明に係る燃料電池電位制御装置は、
(A)固体高分子形燃料電池に対する負荷要求Pを取得し、前記Pをメモリに記憶させる第1手段と、
(B)少なくとも前記固体高分子形燃料電池の時刻iにおける総電圧V(i)を取得し、前記V(i)を前記メモリに記憶させる第2手段と、
(C)少なくとも前記V(i)に基づいて、前記時刻iにおけるカソード側の貴金属系触媒粒子に含まれる貴金属酸化物及び貴金属水酸化物の総量M(i)を算出し、前記M(i)を前記メモリに記憶させる第3手段と、
(D)前記M(i)が第1閾値ε1未満(又は前記M(i)が前記ε1以下)である時には、前記固体高分子形燃料電池の電位範囲Vrの上限電位VHを減少させ、及び/又は、前記Vrの下限電位VLを増加させ、
前記M(i)が第2閾値ε2(≧ε1)以上(又は前記M(i)が前記ε2超)である時には、前記VHを増加させ、及び/又は、前記VLを減少させ、
増加又は減少後の前記VH及び/又は前記VLを前記メモリに記憶させる第4手段と、
(E)前記Pに基づいて、出力電流IP及び出力電位VPにより定まる制御点を設定し、前記制御点を前記メモリに記憶させる第5手段と、
(F)VH>VPでない時(又は、VH≧VPでない時)は、時刻(i+1)における電圧V(i+1)として前記VHを出力し、
L<VPでない時(又は、VL≦VPでない時)は、前記V(i+1)として前記VLを出力し、
L<VP<VHである時(又は、VL≦VP≦VHである時)は、前記V(i+1)として前記VPを出力する第6手段と
を備えている。
【発明の効果】
【0016】
カソード側の貴金属系触媒粒子が高電位に曝されると、貴金属系触媒粒子中の貴金属成分が酸化し、貴金属系触媒粒子の表面に貴金属酸化物及び貴金属水酸化物を含む被膜が形成される。時刻iにおける貴金属酸化物及び貴金属水酸化物の総量M(i)は、燃料電池の作動履歴(主として、燃料電池の時刻iにおける電圧V(i))に依存する。
そのため、燃料電池の作動履歴を逐次取得すると、現時点におけるM(i)、すなわち、貴金属系触媒粒子の表面を被覆する酸化物及び水酸化物の総量を知ることができる。
【0017】
M(i)が小さいことは、貴金属系触媒粒子の表面を被覆する酸化物及び水酸化物の総量が少ないことを意味する。このような場合において、貴金属系触媒粒子に急激な電位変動が作用すると、貴金属成分の溶解・析出が進行し、これによって触媒が劣化する。
そのため、M(i)が小さい場合において、燃料電池の電位範囲Vrを狭くする(すなわち、上限電位VHを減少させ、及び/又は、下限電位VLを増加させる)と、過度の電位変動が抑制される。その結果、貴金属系触媒粒子の劣化を抑制することができる。
【0018】
一方、M(i)が大きいことは、貴金属系触媒粒子の表面を被覆する酸化物及び水酸化物の総量が多いことを意味する。このような場合において、貴金属系触媒粒子に急激な電位変動が作用しても、貴金属成分の溶解・析出が進行しにくい。
そのため、M(i)が大きい場合において、燃料電池の電位範囲Vrを広くする(すなわち、上限電位VHを増加させ、及び/又は、下限電位VLを減少させる)と、貴金属成分の溶解・析出を抑制しながら、要求通りの電力を出力し、あるいは、発電効率の高い運転条件を選択することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】酸化被膜が形成されたPt粒子の断面模式図である。
図2】触媒成分の溶出速度に及ぼす被覆率θadの影響を示す図である。
図3】燃料電池電位と酸化還元電流との関係を示す図である。
図4】被覆率θadと上限電位VHの補正量との関係の一例を示す図である。
図5】出力電流Iと出力電位Vとの関係、及び、出力電流Iと出力電力Pとの関係を示す図である。
図6】本発明に係る電位制御方法のフローチャートである。
図7】実施例1及び比較例1の燃料電池システムの劣化量、発電効率、及び出力密度の比較である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. 燃料電池電位制御装置]
本発明に係る燃料電池電位制御装置は、
(A)固体高分子形燃料電池に対する負荷要求Pを取得し、前記Pをメモリに記憶させる第1手段と、
(B)少なくとも前記固体高分子形燃料電池の時刻iにおける総電圧V(i)を取得し、前記V(i)を前記メモリに記憶させる第2手段と、
(C)少なくとも前記V(i)に基づいて、前記時刻iにおけるカソード側の貴金属系触媒粒子に含まれる貴金属酸化物及び貴金属水酸化物の総量M(i)を算出し、前記M(i)を前記メモリに記憶させる第3手段と、
(D)前記M(i)が第1閾値ε1未満(又は前記M(i)が前記ε1以下)である時には、前記固体高分子形燃料電池の電位範囲Vrの上限電位VHを減少させ、及び/又は、前記Vrの下限電位VLを増加させ、
前記M(i)が第2閾値ε2(≧ε1)以上(又は前記M(i)が前記ε2超)である時には、前記VHを増加させ、及び/又は、前記VLを減少させ、
増加又は減少後の前記VH及び/又は前記VLを前記メモリに記憶させる第4手段と、
(E)前記Pに基づいて、出力電流IP及び出力電位VPにより定まる制御点を設定し、前記制御点を前記メモリに記憶させる第5手段と、
(F)VH>VPでない時(又は、VH≧VPでない時)は、時刻(i+1)における電圧V(i+1)として前記VHを出力し、
L<VPでない時(又は、VL≦VPでない時)は、前記V(i+1)として前記VLを出力し、
L<VP<VHである時(又は、VL≦VP≦VHである時)は、前記V(i+1)として前記VPを出力する第6手段と
を備えている。
【0021】
[1.1. 第1手段]
第1手段は、固体高分子形燃料電池(以下、単に「燃料電池」ともいう)に対する負荷要求Pを取得し、Pをメモリに記憶させるための手段である。燃料電池車両の場合、Pは、アクセル操作等により、システムから燃料電池に要求される負荷に対応する。
本発明において、Pの取得方法は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な方法を選択することができる。取得されたPは、燃料電池の出力電流IP及び出力電圧VPを決定するために用いられる。この点は、後述する。
【0022】
[1.2. 第2手段]
第2手段は、少なくとも固体高分子形燃料電池の時刻iにおける総電圧V(i)を取得し、V(i)をメモリに記憶させる手段である。
第2手段は、V(i)に加えて、固体高分子形燃料電池の時刻iにおける電流I(i)及び直流抵抗R(i)を取得し、I(i)及びR(i)をメモリに記憶させる手段を含んでいても良い。
さらに、第2手段は、固体高分子形燃料電池の時刻iにおける温度Te(i)を取得し、これをメモリに記憶させる手段をさらに含んでいても良い。
【0023】
本発明において、V(i)の取得方法は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な方法を選択することができる。取得されたV(i)は、時刻iにおけるカソード触媒の触媒電位Vcat(i)の算出に用いられる。
また、I(i)及びR(i)をさらに取得した場合、これらもVcat(i)の算出に用いられる。直流抵抗R(i)の測定方法は、特に限定されないが、電流I(i)あるいは総電圧V(i)に高周波をFDC等で重畳し、測定するのが好ましい。
さらに、Te(i)を取得した場合、Te(i)は、被覆率θ1(i)~θ3(i)の補正、すなわち、M(i)の補正に用いられる。これは、θ1(i)~θ2(i)は、厳密には、Te(i)にも依存するためである。
また、Te(i)は、劣化(溶解、析出)速度にも影響するため、Te(i)に応じてVLやVHを矯正しても良い。この点については、後述する。
【0024】
ここで、「総電圧V(i)」とは、時刻iにおけるスタックの両端の電位差をいう。
「カソード触媒の触媒電位Vcat(i)」とは、厳密には、各単セルのカソードの電位に内部抵抗に起因する電位降下を加えた値をいう。Vcat(i)は、厳密には、V(i)、I(i)、及びR(i)に基づいて算出されるが、R(i)を取得できない時には、V(i)のみを用いた近似計算により算出しても良い。Vcat(i)の算出方法の詳細については、後述する。
【0025】
[1.3. 第3手段]
第3手段は、少なくともV(i)に基づいて、時刻iにおけるカソード側の貴金属系触媒粒子に含まれる貴金属酸化物及び貴金属水酸化物の総量M(i)を算出し、M(i)をメモリに記憶させる手段である。
【0026】
[1.3.1. 貴金属系触媒粒子]
本発明において、「貴金属系触媒粒子(以下、単に「触媒粒子」ともいう)」とは、貴金属元素を含む金属又は合金からなる粒子であって、酸素還元反応(ORR)に対して活性を持つものをいう。
本発明において、触媒粒子の材料は、ORR活性を示す限りにおいて、特に限定されない。触媒粒子の材料としては、
(a)貴金属(Au、Ag、Pt、Pd、Rh、Ir、Ru、Os)、
(b)2種以上の貴金属元素を含む合金、
(c)1種又は2種以上の貴金属元素と、1種又は2種以上の卑金属元素(例えば、Fe、Co、Ni、Cr、V、Tiなど)とを含む合金
などがある。
【0027】
[1.3.2. Vcat(i)の算出]
M(i)は、触媒粒子の作動履歴、すなわち、Vcat(i)に依存する。そのため、M(i)を算出するためには、まず、Vcat(i)を算出する必要がある。Vcat(i)は、V(i)の関数であるため、少なくともV(i)を取得すれば、Vcat(i)を算出することができる。Vcat(i)は、具体的には、次の式(1)又は式(2)で表される。
【0028】
【数1】
但し、
cellは、前記固体高分子形燃料電池のセルの積層数、
cellは、前記セルの面積。
【0029】
Vcat(i)は、厳密には式(1)で表される。式(1)中、第1項は、単セルの両端の電位差(セル電圧)を表す。第2項は、単セル当たりの、内部抵抗に起因する電位降下を表す。式(1)を用いると、Vcat(i)を正確に算出することができる。M(i)を正確に算出するためには、Vcat(i)の算出には、式(1)を用いるのが好ましい。
式(2)は、内部抵抗に起因する電位降下を無視したVcat(i)の近似式である。式(2)は、式(1)に比べて計算精度に劣る。しかしながら、式(2)を用いると、R(i)を取得せずに演算できるので、Vcat(i)の演算を簡略化することができる。
【0030】
[1.3.3. 酸化物の種類]
カソード側の触媒粒子が高電位に曝されると、触媒粒子から触媒成分が溶出しやすくなる。一方、触媒粒子が高電位に曝されると、触媒粒子の表面に酸化皮膜(水酸化物を含む)が形成され、触媒粒子からの触媒成分の溶出が抑制される。しかしながら、酸化被膜の形成速度は遅いため、急激にカソードの電位が変動すると、酸化被膜の形成が遅れ、触媒粒子から触媒成分が溶出しやすくなる。すなわち、急激な電位変動が繰り返される環境下で燃料電池を使用し続けると、触媒粒子がやがて劣化する。
換言すれば、カソード側の貴金属系触媒粒子の耐久性は、貴金属系触媒粒子の表面に存在する貴金属酸化物及び貴金属水酸化物の総量M(i)に依存する。
【0031】
貴金属系触媒粒子の表面に存在する貴金属酸化物は、
(a)貴金属系触媒粒子の表面に吸着している貴金属酸化物、
(b)貴金属系触媒粒子の表面に吸着している貴金属水酸化物、及び、
(c)貴金属系触媒粒子の内部に酸素が拡散することによって、粒子の表面直下に形成された貴金属酸化物
に大別される。
【0032】
図1に、酸化被膜が形成されたPt粒子の断面模式図を示す。Pt粒子が高電位に曝されると、Pt粒子表面に酸化物(水酸化物を含む)が形成される。
この場合、Pt粒子表面の酸化物は、
(a)Pt粒子の表面に吸着しているPt酸化物(PtOad)、
(b)Pt粒子の表面に吸着しているPt水酸化物(PtOHad)、及び、
(c)Pt粒子の内部に酸素が拡散することによって、Pt粒子の表面直下の内部に形成されるPt酸化物(PtOsub
からなる。
【0033】
ここで、PtOadのような貴金属系触媒粒子の表面に吸着している貴金属酸化物の時刻iにおける被覆率をθ1(i)とする。θ1(i)は、貴金属系触媒粒子の表面積(S0)に対する、貴金属系触媒粒子の表面に吸着している貴金属酸化物の面積(S1)の比率(=S1/S0)で表される。
同様に、PtOHadのような貴金属系触媒粒子の表面に吸着している貴金属水酸化物の時刻iにおける被覆率をθ2(i)とする。θ2(i)は、S0に対する、貴金属系触媒粒子の表面に吸着している貴金属水酸化物の面積(S2)の比率(=S2/S0)で表される。
同様に、PtOsubのような貴金属系触媒粒子の内部に存在している貴金属酸化物の時刻iにおける被覆率をθ3(i)とする。θ3(i)は、S0に対する、貴金属系触媒粒子の内部に存在する貴金属酸化物の面積(S3)の比率(=S3/S0)で表される。
さらに、特に、θ1(i)とθ2(i)の和をθad(i)とする。
【0034】
貴金属系触媒粒子の表面に貴金属酸化物及び/又は貴金属水酸化物が吸着すると、粒子表面からの触媒成分の溶出が抑制される。これは、θad(i)が大きい時には、触媒粒子が高電位に曝されても、触媒粒子が劣化しにくいことを意味している。
図2に、触媒成分の溶出速度に及ぼす被覆率θadの影響を示す。図2より、
(a)触媒粒子が高電位に曝されると、溶出速度が増大すること、及び、
(b)θadが大きくなるほど、溶出速度が低下すること
が分かる。
【0035】
一方、貴金属系触媒粒子の内部に貴金属酸化物が形成されると、触媒粒子が安定化し、貴金属酸化物が還元されにくくなる。これは、θ3が大きい時には、触媒粒子が低電位に曝されても、触媒粒子表面の酸化物が保持されることを意味している。
図3に、燃料電池電位と酸化還元電流との関係を示す。図3の縦軸は、酸化物(水酸化物を含む。以下、同じ。)の還元電流であり、この値が小さいほど(グラフの下にあるほど)、表面に吸着している酸化物が還元され、θad(i)が減少していることを示す。図3より、θ3(i)が大きいほど、還元電流が減少し始める電位(θad(i)が減少し始める電位)が低電位側にシフトしていることが分かる。これは、θ3(i)が大きくなるほど、触媒粒子が安定化し、酸化物が還元されにくくなるためである。
【0036】
すなわち、触媒粒子の劣化(=溶出)を抑制するためには、非酸化状態の割合が大きい時(θad(i)が小さい時)に高電位に曝されないようにするのが好ましい。そのためには、燃料電池の上限電位VHを設定するのが好ましい。
また、発電効率は高電位ほど良いため、触媒粒子を劣化させることなく発電効率を引き上げるためには、長期間に渡り触媒粒子が低電位に曝されないようにする(すなわち、θ3が過度に小さくならないようにする)のが好ましい。そのためには、燃料電池の下限電位VLを設定するのが好ましい。
【0037】
なお、精度及び効果を最大化するためには、時刻iにおけるθ1(i)、θ2(i)、及びθ3(i)をそれぞれ個別に算出することが望ましい。しかし、θ1(i)~θ3(i)を用いて、時刻iにおける貴金属酸化物及び貴金属水酸化物の総量M(i)を一般化すると、一般化されたM(i)を用いて燃料電池の電位範囲Vrを容易に制御することができる。
【0038】
[1.3.4. M(i)の算出]
時刻iにおけるカソード側の貴金属触媒粒子に含まれる貴金属酸化物及び貴金属水酸化物の総量M(i)は、具体的には、次の式(3)に基づいて算出するのが好ましい。
【0039】
【数2】
【0040】
但し、
θ1(i)は、時刻iにおける貴金属系触媒粒子の表面に付着している貴金属酸化物の被覆率、
θ2(i)は、時刻iにおける貴金属系触媒粒子の表面に付着している貴金属水酸化物の被覆率、
θ3(i)は、時刻iにおける貴金属系触媒粒子の内部に存在している貴金属酸化物の被覆率、
Γは、単位表面積当たりの最大表面被覆酸素量(定数)、
ΔTは、計算ステップ幅、
α11~α37は、それぞれ、適合係数、
PMは、貴金属系触媒粒子の総表面積。
【0041】
式(3)は、貴金属系触媒粒子の表面に形成された酸化物及び水酸化物の総量を表す。
1~v3は、各酸化物又は水酸化物(MOad、MOHad、MOsub)の形成・消失の反応速度を表す。
1~G3は、v1~v3の反応の自由エネルギーを表す。
θ1(i-1)、θ2(i-1)、及びθ3(i-1)は、それぞれ、時刻(i-1)における被覆率であり、既にメモリに記憶されている。θ1(i-1)、θ2(i-1)、及びθ3(i-1)は、初期値が分かれば、逐次計算により算出することができる。また、初期値は、前回停止時の値を保持し、これを初期値として使用してもよい。一般的に、燃料電池の停止時には低電位で保持することが多く、その際、酸化物はすべて還元される。そのため、停止後の初期値は、θ1=θ2=θ3=0としても良い。
α11~α37は、サイクリックボルタンメトリーから算出することができる。
PMは、サイクリックボルタンメトリーより、触媒の反応量を反応電流から積算することにより算出することができる。
そのため、Vcat(i)を取得すれば、式(3)よりM(i)を算出することができる。
【0042】
なお、α12、α13、α22、α23、α32、及びα33は、定数と見なしても良いが、厳密には温度Te(i)に依存する。そのため、第2手段において、燃料電池の時刻iにおける温度Te(i)を取得している場合、Te(i)に応じて、これらの適合係数を補正しても良い。次の(3.1)式に、補正式の一例を示す。
αij=αij 0/Te(i) …(3.1)
但し、
αij 0は、適合係数αijの基準値、
i=1、2、又は3、j=2、又は3。
【0043】
同様に、α11、α21、及びα31は、定数と見なしても良いが、厳密には温度Te(i)に依存する。そのため、第2手段において、燃料電池の時刻iにおける温度Te(i)を取得している場合、Te(i)に応じて、これらの適合係数を補正しても良い。次の(3.2)式に、補正式の一例を示す。
αij=kie(i)exp(αij 0/Te(i)) …(3.2)
但し、
αij 0は、適合係数αijの基準値、
iは、速度定数、
i=1、2、又は3、j=1。
αij 0及びkiは、いずれも、温度を変えたサイクリックボルタンメトリーより算出することができる。
【0044】
[1.4. 第4手段]
第4手段は、
M(i)が第1閾値ε1未満(又はM(i)がε1以下)である時には、固体高分子形燃料電池の電位範囲Vrの上限電位VHを減少させ、及び/又は、Vrの下限電位VLを増加させ、
M(i)が第2閾値ε2(≧ε1)以上(又はM(i)がε2超)である時には、VHを増加させ、及び/又は、VLを減少させ、
増加又は減少後のVH及び/又はVLを前記メモリに記憶させる手段である。
【0045】
[1.4.1. 第1閾値]
「第1閾値ε1」とは、燃料電池の電位範囲Vrを縮小するためのM(i)の閾値をいう。ε1の値は、特に限定されるものではなく、触媒粒子の組成、要求される耐久性などに応じて最適な値を選択するのが好ましい。
M(i)が相対的に小さいことは、触媒粒子の表面を保護する酸化物が少ないことを意味する。このような場合において、触媒粒子に急激な電位変動が作用すると、触媒粒子が劣化しやすい。そのため、M(i)がε1未満(又はε1以下)である場合には、Vrを縮小するのが好ましい。Vrの縮小は、上限電位VHの減少、又は、下限電位VLの増加のいずれか一方で行っても良く、あるいは、双方で行っても良い。
なお、本発明において、「M(i)がε1未満(又はε1以下)」というときは、境界上の数値(この場合は、M(i)=ε1)が命題に対して「真」の側、又は「偽」の側のいずれか一方に属していれば良いことを意味する。その他の変数の真偽を判断する場合も同様である。
【0046】
[1.4.2. 第2閾値]
「第2閾値ε2」とは、燃料電池の電位範囲Vrを拡大するためのM(i)の閾値をいう。ε2の値は、特に限定されるものではなく、触媒粒子の組成、要求される耐久性などに応じて最適な値を選択するのが好ましい。ε2は、ε1と同一の値であっても良く、あるいは、ε1より大きい値であっても良い。
M(i)が相対的に大きいことは、触媒粒子が相対的に多量の酸化物で保護されていることを意味する。このような場合において、触媒粒子に急激な電位変動が作用しても、触媒粒子は劣化しにくい。そのため、M(i)がε2以上(又はε2超)である場合には、Vrを拡大するのが好ましい。Vrの拡大は、上限電位VHの増加、又は、下限電位VLの減少のいずれか一方で行っても良く、あるいは、双方で行っても良い。
【0047】
[1.4.3. 上限電位VH及び下限電位VLの設定]
上述したように、M(i)が大きいときには、発電効率を向上させ、あるいは、出力密度を向上させるために、Vrを拡大するのが好ましい。一方、M(i)が小さい時には、触媒粒子の劣化を抑制するために、Vrを縮小するのが好ましい。さらに、Vrの拡大及び縮小は、VH又はVLのいずれか一方の増減により行っても良く、あるいは、双方の増減により行っても良い。この場合、VHの補正量及びVLの補正量は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な補正量を選択することができる。
【0048】
一般に、Vcat(i)が大きくなるほど、及び/又は、θad(i)が小さくなるほど、触媒成分の溶出量が多くなる。そのため、VHの補正量は、VHを増加させても触媒成分の溶出量が基準値に比べて増加しない値に設定するのが好ましい。
図4に、被覆率θadと上限電位VHの補正量との関係の一例を示す。図4は、被覆率θadがゼロの時の溶出速度と同一の溶出速度が得られる上限電位VHの補正量を示している。すなわち、各被覆率θadにおいて、補正後の上限電位における溶出速度は同一である。
下限電位VLの補正量も同様であり、VLの補正量は、VLを減少させても、酸化物の還元量が基準値(例えば、θ3がゼロである時の還元量)に比べて増加しない値に設定するのが好ましい。
【0049】
第4手段は、特に、
次の式(4)に基づいて前記VHを決定する手段、及び/又は、
次の式(5)に基づいて前記VLを決定する手段
を含むものが好ましい。
【0050】
【数3】
但し、
H0は、上限電位の基準値、
L0は、下限電位の基準値、
β1~β4は、それぞれ、適合係数。
【0051】
H0が高くなるほど、システムの効率は高くなるが、耐久性は悪くなる。逆に、VHOが低くなるほど、システムの効率は低くなるが、耐久性は高くなる。そのため、システムが要求する効率と耐久性に基づいて、VHOを決定するのが好ましい。
L0が高くなるほど、最大出力が低下する(すなわち、同じ出力を得るには、体格が大きくなる)が、耐久性は向上する。逆に、VLOが低くなるほど、最大出力は増加するが、耐久性は低下する。そのため、システムが要求する体格と耐久性に基づいて、VLOを決定するのが好ましい。
β1~β4は、システムが要求する耐久性に基づいて決定するのが好ましい。
【0052】
式(4)は、触媒成分の溶出速度が基準値VH0におけるそれと同一となる上限電位を表す。式(4)より、θad(i)が大きくなるほど、VHが増加することが分かる。
また、式(5)は、酸化物の還元量が基準値VL0におけるそれと同一となる下限電位を表す。式(5)より、θad(i)が大きくなるほど、及び/又は、θ3が大きくなるほど、VHが低下することが分かる。
そのため、β1~β4を適切な値に設定すると、θ1~θ3の値に応じてVH及び/又はVLを適切に増減することができる。
【0053】
さらに、式(4)及び式(5)において、VL0及びVH0は、定数と見なしても良いが、厳密には温度Te(i)に依存する。そのため、第2手段において、燃料電池の時刻iにおける温度Te(i)を取得している場合、Te(i)に応じてVH0及び/又はVL0を補正しても良い。次の式(6)及び式(7)に、それぞれ、VH0及びVL0の補正式の一例を示す。
H0=VH0'+β5e(i)/TH0 …(6)
L0=VL0'+β6e(i)/TL0 …(7)
但し、
H0'は、温度TH0のときの上限電位の基準値(定数)、
L0'は、温度TL0のときの下限電位の基準値(定数)、
H0は、上限電位のリファレンス温度(定数)、
L0は、下限電位のリファレンス温度(定数)、
β5及びβ6は、それぞれ、適合係数。
【0054】
[1.5. 第5手段]
第5手段は、Pに基づいて、出力電流IP及び出力電位VPにより定まる制御点を設定し、制御点をメモリに記憶させる手段である。
「制御点」とは、負荷要求Pに相当する電力が得られ、かつ、発電効率が最も高くなる出力電流IP及び出力電圧VPの組み合わせをいう。
【0055】
図5に、出力電流Iと出力電位Vとの関係、及び、出力電流Iと出力電力Pとの関係を示す。図5に示すように、出力電力(負荷要求P)が決まると、要求された電力を発生させるために必要な出力電流IP及び出力電位VPの組み合わせは、一義的に定まる。
【0056】
[1.6. 第6手段]
第6手段は、
H>VPでない時(又は、VH≧VPでない時)は、時刻(i+1)における電圧V(i+1)として前記VHを出力し、
L<VPでない時(又は、VL≦VPでない時)は、前記V(i+1)として前記VLを出力し、
L<VP<VHである時(又は、VL≦VP≦VHである時)は、前記V(i+1)として前記VPを出力する
手段である。
【0057】
「VH>VPでない時(又は、VH≧VPでない時)」とは、VPがVH以上(又は、VPがVH超)であることを表す。この場合、燃料電池をVPで作動させると、触媒粒子の劣化が進行する可能性が高い。このような場合には、効率は若干低下する可能性はあるが、燃料電池をVHで作動させるのが好ましい。
「VL<VPでない時(又は、VL≦VPでない時)」とは、VPがVL以下(又は、VPがVL未満)であることを表す。この場合、燃料電池をVPで作動させると、触媒粒子表面に存在する酸化物の還元が過度に進行する可能性が高い。このような場合には、出力密度は若干低下する可能性はあるが、燃料電池をVLで作動させるのが好ましい。
「VL<VP<VHである時(又は、VL≦VP≦VHである時)」とは、VPが許容される電位範囲Vr内にあることを表す。このような場合には、燃料電池をVPで作動させるのが好ましい。なお、境界上の数値(VL及びVH)は、命題に対して「真」の側、又は、「偽」の側のいずれか一方に属していれば良く、例えば、「VL≦VP<VHである時」や「VL<VP≦VHである時」であっても、燃料電池をVPで作動させる場合があることを意味する。
【0058】
[2. 電位制御方法]
図6に、本発明に係る電位制御方法のフローチャートを示す。まず、ステップ1(以下、単に「S1」ともいう)において、固体高分子形燃料電池に対する負荷要求Pを取得し、Pをメモリに記憶させる(第1手順)。
【0059】
次に、S2において、少なくとも固体高分子形燃料電池の時刻iにおける総電圧V(i)を取得し、V(i)をメモリに記憶させる(第2手順)。上述したように、S2においては、V(i)に加えて、被覆率θ1(i)~θ3(i)、酸化物及び水酸化物の総量M(i)、上限電位VH、及び/又は、下限電位VLを算出するために必要な各種センサの検出値(例えば、I(i)、R(i)、Te(i)など)をさらに取得しても良い。
【0060】
次に、S3において、少なくともV(i)に基づいて、時刻iにおけるカソード側の貴金属系触媒粒子に含まれる貴金属酸化物及び貴金属水酸化物の総量M(i)を算出し、M(i)をメモリに記憶させる(第3手順)。
M(i)は、上述した式(3)に基づいて算出するのが好ましい。式(3)に基づいてM(i)を算出した場合、同時に、θ1(i)~θ3(i)も算出される。θ3、及び、θad(i)(=θ1(i)+θ2(i))は、VH及び/又はVLを決定する際に使用される。式(3)の詳細については上述した通りであるので、説明を省略する。
【0061】
次に、S4において、
M(i)が第1閾値ε1未満(又はM(i)がε1以下)である時には、固体高分子形燃料電池の電位範囲Vrの上限電位VHを減少させ、及び/又は、Vrの下限電位VLを増加させ、
M(i)が第2閾値ε2(≧ε1)以上(又はM(i)がε2超)である時には、VHを増加させ、及び/又は、VLを減少させ、
増加又は減少後のVH及び/又はVLをメモリに記憶させる(第4手順)。
H及びVLは、それぞれ、上述した式(4)及び式(5)を用いて算出するのが好ましい。S3において算出されたθad(i)及びθ3(i)を式(4)及び式(5)に代入すると、VH及びVLを算出することができる。式(4)及び式(5)の詳細については上述した通りであるので、説明を省略する。
【0062】
次に、S5において、Pに基づいて、出力電流IP及び出力電位VPにより定まる制御点を設定し、制御点をメモリに記憶させる(第5手順)。制御点の設定方法については、上述した通りであるので、説明を省略する。
【0063】
次に、S6に進む。S6では、VH>VPか否かが判断される。VH>VPでない場合(S6:NO)は、S7に進む。S7では、時刻(i+1)における電圧V(i+1)としてVHを出力する(第6手順)。その後、S8に進む。S8では、制御を継続するか否かが判断される。制御を継続する場合(S8:YES)には、S1に戻り、上述したS1~S8の各ステップを繰り返す。
【0064】
一方、S6において、VH>VPである場合(S6:YES)には、S9に進む。S9では、VL<VPであるか否かが判断される。VL<VPでない場合(S9:NO)には、S10に進む。S10では、V(i+1)としてVLを出力する(第6手順)。その後、S8に進む。そして、制御を継続する場合(S8:YES)には、S1に戻り、上述したS1~S10の各ステップを繰り返す。
【0065】
さらに、S9において、VL<VPである場合(S9:YES)には、S11に進む。S11では、V(i+1)としてVPを出力する(第6手順)。そして、制御を修了させる(S8:NO)まで、上述したS1~S11の各ステップを繰り返す。
【0066】
[3. 作用]
カソード側の貴金属系触媒粒子が高電位に曝されると、貴金属系触媒粒子中の貴金属成分が酸化し、貴金属系触媒粒子の表面に貴金属酸化物及び貴金属水酸化物を含む被膜が形成される。時刻iにおける貴金属酸化物及び貴金属水酸化物の総量M(i)は、燃料電池の作動履歴(主として、燃料電池の時刻iにおける電圧V(i))に依存する。
そのため、燃料電池の作動履歴を逐次取得すると、現時点におけるM(i)、すなわち、貴金属系触媒粒子の表面を被覆する酸化物及び水酸化物の総量を知ることができる。
【0067】
M(i)が小さいことは、貴金属系触媒粒子の表面を被覆する酸化物及び水酸化物の総量が少ないことを意味する。このような場合において、貴金属系触媒粒子に急激な電位変動が作用すると、貴金属成分の溶解・析出が進行し、これによって触媒が劣化する。
そのため、M(i)が小さい場合において、燃料電池の電位範囲Vrを狭くする(すなわち、上限電位VHを減少させ、及び/又は、下限電位VLを増加させる)と、過度の電位変動が抑制される。その結果、貴金属系触媒粒子の劣化を抑制することができる。
【0068】
一方、M(i)が大きいことは、貴金属系触媒粒子の表面を被覆する酸化物及び水酸化物の総量が多いことを意味する。このような場合において、貴金属系触媒粒子に急激な電位変動が作用しても、貴金属成分の溶解・析出が進行しにくい。
そのため、M(i)が大きい場合において、燃料電池の電位範囲Vrを広くする(すなわち、上限電位VHを増加させ、及び/又は、下限電位VLを減少させる)と、貴金属成分の溶解・析出を抑制しながら、要求通りの電力を出力し、あるいは、発電効率の高い運転条件を選択することができる。
【実施例0069】
(実施例1、比較例1)
[1. 試験方法]
カソード触媒がPt粒子である燃料電池システムを所定の条件下で運転した時の、カソード触媒の劣化量、発電効率、及び出力密度をシミュレーションにより算出した。
シミュレーションは、
(a)図6のフローチャートに従って、燃料電池の上限電位VHを0.8V~1.0Vの範囲で可変制御し、かつ、下限電位VLを0.4V~0.7Vの範囲で可変制御した場合(実施例1)、及び、
(b)VHを1.0Vに固定し、VLを0.4Vに固定した場合(比較例1)
について行った。
【0070】
また、燃料電池の運転条件は、排出ガス測定用のパターンとして一般的に使用されるLA#4モードを使用した。
カソード触媒の劣化量は、図2に示す電位、θad、及び溶出速度の関係から、逐次溶出量を算出し、これを積算することで求めた。
発電効率は、電流量より導き出せる水素の使用量の積算値から見積もられる水素の理想エネルギーと、実際の走行に使用した仕事量の比により求めた。
さらに、出力密度は、下限電位VLの時の出力(最大出力)から求めた。
【0071】
[2. 結果]
図7に、実施例1及び比較例1の燃料電池システムの劣化量、発電効率、及び出力密度の比較を示す。図7より、本発明に係る方法を用いると、カソード触媒の劣化量は僅かに増加するが、発電効率及び出力密度が向上することが分かる。
【0072】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本発明に係る燃料電池電位制御装置は、燃料電池自動車の発電制御に用いることができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7