(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022167039
(43)【公開日】2022-11-04
(54)【発明の名称】オフセット印刷用湿し水組成物、及びそれを調製するための濃縮湿し水組成物
(51)【国際特許分類】
B41N 3/08 20060101AFI20221027BHJP
【FI】
B41N3/08 101
【審査請求】有
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021072539
(22)【出願日】2021-04-22
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2022-05-20
(71)【出願人】
【識別番号】000105947
【氏名又は名称】サカタインクス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100151183
【弁理士】
【氏名又は名称】前田 伸哉
(72)【発明者】
【氏名】福島 克彦
【テーマコード(参考)】
2H114
【Fターム(参考)】
2H114AA04
2H114DA09
2H114DA25
2H114EA04
2H114GA23
(57)【要約】
【課題】カルシウムイオンによる印刷汚れやローラーストリッピングの問題の発生を抑制することのできるオフセット印刷用の湿し水組成物を提供すること。
【解決手段】下記一般式(1)で表す化合物又はその塩を0.0005~0.1質量%含有する湿し水組成物を用いる。下記一般式(1)中、Aは、窒素原子、又は置換基としてR
5を備えた炭素原子であり、Xは、カルボキシ基又はスルホ基であり、R
1及びR
2は、少なくとも一方が下記一般式(2)で表す基であることを条件に、それぞれ独立に、水素原子、炭素数1~6のアルキル基、炭素数1~7のカルボキシアルキル基又は下記一般式(2)で表す基であり、R
5は、炭素数1~6のアルキル基、炭素数1~6のヒドロキシアルキル基、炭素数1~7のカルボキシアルキル基又は水素原子であり、nは、1~4の整数であり、下記一般式(1)にはスルホ基、カルボキシ基及び水酸基が合計で3以上含まれる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表す化合物又はその塩を0.0005~0.1質量%含有することを特徴とするオフセット印刷用湿し水組成物。
【化1】
(上記一般式(1)中、Aは、窒素原子、又は置換基としてR
5を備えた炭素原子(CR
5)であり、Xは、カルボキシ基又はスルホ基であり、R
1及びR
2は、少なくとも一方が下記一般式(2)で表す基であることを条件に、それぞれ独立に、水素原子、炭素数1~6のアルキル基、炭素数1~7のカルボキシアルキル基又は下記一般式(2)で表す基であり、R
5は、炭素数1~6のアルキル基、炭素数1~6のヒドロキシアルキル基、炭素数1~7のカルボキシアルキル基又は水素原子であり、nは、1~4の整数であり、上記一般式(1)にはスルホ基、カルボキシ基及び水酸基が合計で3以上含まれる。)
【化2】
(上記一般式(2)中、波線を付した結合は、上記一般式(1)に含まれるAへの結合であり、各R
3は、それぞれ独立に、炭素数1~6のアルキル基、炭素数1~6のヒドロキシアルキル基又は水素原子であり、各R
4は、それぞれ独立に、炭素数1~6のアルキル基、炭素数1~6のヒドロキシアルキル基又は水素原子であり、mは、1~4の整数である。)
【請求項2】
前記一般式(1)で表す化合物が下記一般式(1a)で表す化合物である請求項1記載のオフセット印刷用湿し水組成物。
【化3】
(上記一般式(1a)中、Xは、カルボキシ基又はスルホ基であり、R
1及びR
2は、少なくとも一方が下記一般式(2)で表す基であることを条件に、それぞれ独立に、水素原子、炭素数1~6のアルキル基、炭素数1~7のカルボキシアルキル基又は下記一般式(2)で表す基であり、nは、1~4の整数であり、上記一般式(1a)にはスルホ基、カルボキシ基及び水酸基が合計で3以上含まれる。)
【化4】
(上記一般式(2)中、波線を付した結合は、上記一般式(1a)に含まれる窒素原子への結合であり、各R
3は、それぞれ独立に、炭素数1~6のアルキル基、炭素数1~6のヒドロキシアルキル基又は水素原子であり、各R
4は、それぞれ独立に、炭素数1~6のアルキル基、炭素数1~6のヒドロキシアルキル基又は水素原子であり、mは、1~4の整数である。)
【請求項3】
前記一般式(2)で表す基が下記一般式(2a)又は(2b)で表す基である請求項1又は2記載のオフセット印刷用湿し水組成物。
【化5】
(上記一般式(2a)中、mは、1~4の整数である。上記一般式(2b)中、各mは、それぞれ独立に1~3の整数である。)
【請求項4】
前記Xがカルボキシ基である請求項1~3のいずれか1項記載のオフセット印刷用湿し水組成物。
【請求項5】
前記化合物が下記一般式(3)~(6)のいずれかで表す化合物ある請求項1~3のいずれか1項記載のオフセット印刷用湿し水組成物。
【化6】
(上記一般式(3)中、各mは、それぞれ独立に1~4の整数であり、nは、1~4の整数である。上記一般式(4)中、各mは、それぞれ独立に1~4の整数であり、nは、1~4の整数である。上記一般式(5)中、各mは、それぞれ独立に1~3の整数であり、nは、1~4の整数である。上記一般式(6)中、mは、1~4の整数であり、nは、1~4の整数であり、pは、1~6の整数である。)
【請求項6】
前記化合物が下記化学式(3a)~(6a)のいずれかで表す化合物である請求項5記載のオフセット印刷用湿し水組成物。
【化7】
【請求項7】
pHが5を超え9未満である請求項1~6のいずれか1項記載のオフセット印刷用湿し水組成物。
【請求項8】
さらに水溶性樹脂を含む請求項1~7のいずれか1項記載のオフセット印刷用湿し水組成物。
【請求項9】
請求項1~8のいずれか1項記載のオフセット印刷用中性湿し水組成物を調製するための濃縮湿し水組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オフセット印刷用湿し水組成物、及びそれを調製するための濃縮湿し水組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
オフセット印刷は、油性であるオフセット印刷用インキ組成物(以下、「インキ組成物」又は「インキ」と適宜省略する。)が水に反発する性質を利用した印刷方式であり、凹凸を備えた印刷版を用いる凸版印刷方式とは異なり、凹凸のない印刷版を用いることを特徴とする。この印刷版は、凹凸の代わりに親油性の画像部と親水性の非画像部とを備える。そして印刷に際しては、まず、湿し水によって印刷版の非画像部が湿潤されてその表面に水膜が形成され、次いでインキ組成物が印刷版に供給される。このとき、供給されたインキ組成物は、水膜の形成された非画像部には反発して付着せず、親油性の画像部のみに付着する。こうして、印刷版の表面にインキ組成物による画像が形成され、次いでそれがブランケット及び紙に順次転移することにより印刷が行われる。
【0003】
このときに用いられる湿し水の最も簡単な構成は水のみであってもよいが、水のみでは湿し水に要求される機能を十分に満足できないことも多い。例えば、湿し水の供給量が適正でないと、画像部へ十分にインキ組成物が転移せずに画像濃度が低下したり、非画像部にインキ組成物が付着して印刷汚れを生じたりして印刷トラブルとなるが、湿し水の構成が水のみでは適正供給量の範囲が狭く(これは、いわゆる「水幅が狭い」状態である。)、印刷条件が少し変化しただけで良好な印刷物を得ることが難しくなる。そこで、通常は、酸や塩基及びその塩類、界面活性剤、湿潤性水溶性樹脂といった各種添加剤を配合することで、湿し水の粘度、表面張力、pH、インキ組成物に対する乳化特性等を調整し、湿し水の適正供給量の範囲の拡大を図るのが一般的である。
【0004】
湿し水は、通常濃縮液の状態で販売され、印刷時に水で希釈して使用される。湿し水に含まれる成分には、リン酸塩や有機酸塩のように水中のカルシウムイオンと結合して不溶性のカルシウム塩を析出させるものがある。カルシウム塩として析出した成分は、最早湿し水の有効成分として作用しなくなるばかりでなく、印刷機のローラー等に付着して印刷に悪影響を与える原因となることがある。このように、濃縮湿し水を希釈する水にカルシウムイオンが含まれていると好ましくない影響を与えることになるので、例えば印刷工場における湿し水の調合装置には軟水化装置が併設されるのが一般的であり、湿し水を調合するのに用いる水道水や井戸水等からカルシウムイオンを除去するようになっている。
【0005】
ところで、近年、環境保全の観点から印刷用紙では古紙の使用比率が高くなってきており、これに加えて新聞印刷等で使用される更紙等では低価格化や輸送コスト低減を図るために軽量で嵩高な用紙が広く用いられるようになっている。このような背景から、印刷用紙には、古紙再生比率の高まりに伴う白色度の低下や、軽量紙の採用に伴う裏面の印刷画像が表面で透き通して見えやすいという隠蔽性の低下を抑制するため、填料(フィラー)として炭酸カルシウムを加えることが行われている。こうした炭酸カルシウムは、印刷機上で湿し水と接触して溶解したり、印刷機上での衝撃で印刷用紙から湿し水中へ脱落したりすることでカルシウムイオンとして湿し水中へ混入する。このようにして混入したカルシウムイオンは、上記のように、湿し水からリン酸塩等の有効成分を失わせて非画線部でのインキ汚れを防ぐ性能(整面性)を低下させるばかりでなく、リン酸カルシウム等のような親水性の不溶粒子を印刷機上に生じさせ、この親水性の不溶粒子が乳化インキやインキ膜表面水とともにインキ元ローラーへ運ばれてこれに付着することで、インキ元ローラーにおけるローラーストリッピングを生じさせて印刷版へのインキの供給を妨げることすらある。
【0006】
このような背景から、湿し水中へ混入したカルシウムイオンへの対策が種々講じられている。例えば特許文献1には、特定のアミノカルボン酸化合物とエチレンジアミンのポリエチレンオキシド及びエチレンオキシド付加体とを用いることが示されている。これらの化合物は、カルシウムイオンに対するキレート剤として作用すると考えられ、カルシウムイオンが湿し水中の成分と結合して析出するのを抑制している。同様に、カルシウムイオンに対してキレート剤として作用する化合物を用いた例は、特許文献2~5等を初めとして、様々なものが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2007-276298号公報
【特許文献2】特開2007-276297号公報
【特許文献3】特開平5-112085号公報
【特許文献4】特開2009-126132号公報
【特許文献5】特開2012-91461号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、以上の状況に鑑みてなされたものであり、カルシウムイオンによる印刷汚れやローラーストリッピングの問題の発生を抑制することのできるオフセット印刷用の湿し水組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、以上の課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、カルボキシアルキル基やスルホアルキル基のような酸性置換基と、ヒドロキシアルキル基とを複数併せ持つ化合物を湿し水に含ませることにより、炭酸カルシウムによる印刷中の悪影響を低減させることができることを見出し、本発明を完成するに至った。具体的には、本発明は、以下のようなものを提供する。
【0010】
(1)本発明は、下記一般式(1)で表す化合物又はその塩を0.0005~0.1質量%含有することを特徴とするオフセット印刷用湿し水組成物である。
【化1】
(上記一般式(1)中、Aは、窒素原子、又は置換基としてR
5を備えた炭素原子(CR
5)であり、Xは、カルボキシ基又はスルホ基であり、R
1及びR
2は、少なくとも一方が下記一般式(2)で表す基であることを条件に、それぞれ独立に、水素原子、炭素数1~6のアルキル基、炭素数1~7のカルボキシアルキル基又は下記一般式(2)で表す基であり、R
5は、炭素数1~6のアルキル基、炭素数1~6のヒドロキシアルキル基、炭素数1~7のカルボキシアルキル基又は水素原子であり、nは、1~4の整数であり、上記一般式(1)にはスルホ基、カルボキシ基及び水酸基が合計で3以上含まれる。)
【化2】
(上記一般式(2)中、波線を付した結合は、上記一般式(1)に含まれるAへの結合であり、各R
3は、それぞれ独立に、炭素数1~6のアルキル基、炭素数1~6のヒドロキシアルキル基又は水素原子であり、各R
4は、それぞれ独立に、炭素数1~6のアルキル基、炭素数1~6のヒドロキシアルキル基又は水素原子であり、mは、1~4の整数である。)
【0011】
(2)また本発明は、上記一般式(1)で表す化合物が下記一般式(1a)で表す化合物である(1)項記載のオフセット印刷用湿し水組成物である。
【化3】
(上記一般式(1a)中、Xは、カルボキシ基又はスルホ基であり、R
1及びR
2は、少なくとも一方が下記一般式(2)で表す基であることを条件に、それぞれ独立に、水素原子、炭素数1~6のアルキル基、炭素数1~7のカルボキシアルキル基又は下記一般式(2)で表す基であり、nは、1~4の整数であり、上記一般式(1a)にはスルホ基、カルボキシ基及び水酸基が合計で3以上含まれる。)
【化4】
(上記一般式(2)中、波線を付した結合は、上記一般式(1a)に含まれる窒素原子への結合であり、各R
3は、それぞれ独立に、炭素数1~6のアルキル基、炭素数1~6のヒドロキシアルキル基又は水素原子であり、各R
4は、それぞれ独立に、炭素数1~6のアルキル基、炭素数1~6のヒドロキシアルキル基又は水素原子であり、mは、1~4の整数である。)
【0012】
(3)また本発明は、上記一般式(2)で表す基が下記一般式(2a)又は(2b)で表す基である(1)項又は(2)項記載のオフセット印刷用湿し水組成物である。
【化5】
(上記一般式(2a)中、mは、1~4の整数である。上記一般式(2b)中、各mは、それぞれ独立に1~3の整数である。)
【0013】
(4)また本発明は、上記Xがカルボキシ基である(1)項~(3)項のいずれか1項記載のオフセット印刷用湿し水組成物である。
【0014】
(5)また本発明は、上記化合物が下記一般式(3)~(6)のいずれかで表す化合物ある(1)項~(3)項のいずれか1項記載のオフセット印刷用湿し水組成物である。
【化6】
(上記一般式(3)中、各mは、それぞれ独立に1~4の整数であり、nは、1~4の整数である。上記一般式(4)中、各mは、それぞれ独立に1~4の整数であり、nは、1~4の整数である。上記一般式(5)中、各mは、それぞれ独立に1~3の整数であり、nは、1~4の整数である。上記一般式(6)中、mは、1~4の整数であり、nは、1~4の整数であり、pは、1~6の整数である。)
【0015】
(6)また本発明は、上記化合物が下記化学式(3a)~(6a)のいずれかで表す化合物である(5)項記載のオフセット印刷用湿し水組成物である。
【化7】
【0016】
(7)また本発明は、pHが5を超え9未満である(1)項~(6)項のいずれか1項記載のオフセット印刷用湿し水組成物である。
【0017】
(8)また本発明は、さらに水溶性樹脂を含む(1)項~(7)項のいずれか1項記載のオフセット印刷用湿し水組成物である。
【0018】
(9)本発明は、(1)項~(8)項のいずれか1項記載のオフセット印刷用中性湿し水組成物を調製するための濃縮湿し水組成物でもある。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、カルシウムイオンによる印刷汚れやローラーストリッピングの問題の発生を抑制することのできるオフセット印刷用の湿し水組成物が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明のオフセット印刷用湿し水組成物(これを「本発明の湿し水組成物」等と適宜省略する。)の一実施形態、及び濃縮湿し水組成物の一実施形態について説明する。なお、本発明は、以下の実施形態に何ら限定されるものではなく、本発明の範囲において適宜変更を加えて実施することができる。
【0021】
本発明の湿し水組成物は、湿し水を用いるオフセット印刷全般に適用することが可能である。このようなオフセット印刷としては、ポスター、パッケージ、書籍等の印刷等を行う商業印刷や、新聞の印刷を行う新聞印刷等を挙げることができる。また、その印刷方式も、枚葉印刷や輪転印刷等が挙げられ、特に限定されない。なお、既に述べたように、本発明の湿し水組成物は、印刷用紙や水道水等に含まれるカルシウム成分による影響を受けにくいので、再生紙比率が高く、填料(炭酸カルシウム)を多く含む更紙を印刷用紙に用いた印刷にて特に効果を奏することになる。このような観点からは、新聞印刷や、更紙を用いた商業オフセット輪転印刷等に好ましく用いることができる。もっとも、炭酸カルシウム等のカルシウム成分は、コート紙等における表面修飾にも用いられるものなので、そのような意味では本発明は更紙を用いた印刷以外でも好ましく用いられる。
【0022】
本発明の湿し水組成物は、下記一般式(1)で表す化合物又はその塩を0.0005~0.1質量%含有することを特徴とする。以下、本発明の湿し水組成物を構成する各成分について説明する。
【0023】
下記一般式(1)で表す化合物は、酸性置換基と、ヒドロキシアルキル基とを複数併せ持つ化合物である。本発明者の検討によれば、このような化合物は、炭酸カルシウムの粒子を水中で安定に分散させるとともに、その粒子からカルシウムイオンの溶出を抑制する作用が認められる。このような効果を奏する理由は、必ずしも明らかでないが、極性基を備えた下記一般式(1)で表す化合物が炭酸カルシウム粒子の表面に結合してこれを覆うことでカルシウムイオンの溶出が抑制される一方で、この化合物が備える親水性の置換基の作用により炭酸カルシウムが水中に分散されるためと推察される。炭酸カルシウム粒子は、ローラーに付着するとローラーストリッピングを引き起こすことが知られているが、このように炭酸カルシウム粒子が細かく水中に分散することにより、炭酸カルシウム粒子がローラーに付着することを抑制できる。また、炭酸カルシウム粒子からカルシウムイオンの溶出が抑制されることにより、湿し水中に有効成分として含まれるリン酸等の水溶性塩がカルシウム塩として析出することが抑制され、湿し水中の有効成分の減少による印刷汚れや、ローラーへのカルシウム塩粒子の付着も抑制される。その結果として、印刷汚れやローラーストリッピングといった印刷トラブルが抑制される。
【0024】
実際、本発明者の検討によれば、下記一般式(1)で表す化合物であるN,N-ビス(2-ヒドロキシエチル)グリシン及び/又はN-(2-ヒドロキシエチル)イミノ二酢酸を含有する湿し水とそうでない湿し水のそれぞれについて、製紙工程で使用される軟質炭酸カルシウム微粒子を少量ずつ、緩やかに撹拌中の湿し水に添加していくと、N,N-ビス(2-ヒドロキシエチル)グリシン及び/又はN-(2-ヒドロキシエチル)イミノ二酢酸を含有する湿し水では、炭酸カルシウムは微粒子の状態で湿し水中へ速やかに分散浮遊した。また、リン酸カルシウムの析出による湿し水の白濁の発生が遅延した。さらに、炭酸カルシウム微粒子の添加を続けて濁りが発生した後も、N,N-ビス(2-ヒドロキシエチル)グリシン及び/又はN-(2-ヒドロキシエチル)イミノ二酢酸を含有する湿し水では添加した炭酸カルシウム粒子が微粒子状態で分散され、これが沈降するのを抑えた。一方、N,N-ビス(2-ヒドロキシエチル)グリシン及び/又はN-(2-ヒドロキシエチル)イミノ二酢酸を添加しない湿し水では、炭酸カルシウム粒子が集合して大きな粒子なって沈降しやすかった。また、いずれの湿し水も撹拌を止めると粒子は沈降するが、N,N-ビス(2-ヒドロキシエチル)グリシン及び/又はN-(2-ヒドロキシエチル)イミノ二酢酸を含有する湿し水では、撹拌を再開すると速やかに微粒子が液中に分散され、容器底面への炭酸カルシウムの付着はなかった。このように、N,N-ビス(2-ヒドロキシエチル)グリシンとN-(2-ヒドロキシエチル)イミノ二酢酸は、いずれも炭酸カルシウム粒子の分散を助けるとともに、炭酸カルシウム粒子の表面を覆ってカルシウムイオンの溶出を抑制するが、傾向として、N,N-ビス(2-ヒドロキシエチル)グリシンは、相対的に炭酸カルシウム粒子の表面を覆う能力に優れ、N-(2-ヒドロキシエチル)イミノ二酢酸は炭酸カルシウム粒子の分散能力に優れていた。
【0025】
【0026】
上記一般式(1)中、Aは、窒素原子、又は置換基としてR5を備えた炭素原子(CR5)であり、R5は、炭素数1~6のアルキル基、炭素数1~6のヒドロキシアルキル基、炭素数1~7のカルボキシアルキル基又は水素原子である。Aが四価である炭素原子の場合、R1、R2及びCH2基への結合の他に結合手が一つ余ることになるが、その余った結合手にR5が結合することになる。炭素数1~6のアルキル基としては、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、sec-ブチル基、tert-ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基等が挙げられる。炭素数1~6のヒドロキシアルキル基は、炭素数1~6のアルキル基における水素原子の一つがヒドロキシ基に置換されたものであり、ヒドロキシ基は当該アルキル基のどの位置に結合してもよいが、当該アルキル基の末端に結合することが好ましい。炭素数1~6のヒドロキシアルキル基を構成する炭素数1~6のアルキル基としては、上記で述べたものが挙げられる。炭素数1~7のカルボキシアルキル基は、炭素数1~6のアルキル基における水素原子の一つがカルボキシ基に置換されたものであり、カルボキシ基は当該アルキル基のどの位置に結合してもよいが、当該アルキル基の末端に結合することが好ましい。炭素数1~7のカルボキシアルキル基を構成する炭素数1~6のアルキル基としては、上記で述べたものが挙げられる。
【0027】
上記一般式(1)中、nは、1~4の整数である。nとしては、1~3の整数であることが好ましく挙げられ、1又は2であることがより好ましく挙げられる。上記一般式(1)中、Xは、カルボキシ基又はスルホ基である。すなわち、Xは、酸性置換基となる。これらの中でも、Xは、カルボキシ基であることが好ましい。
【0028】
上記一般式(1)中、R1及びR2は、少なくとも一方が下記一般式(2)で表す基であることを条件に、それぞれ独立に、水素原子、炭素数1~6のアルキル基、炭素数1~7のカルボキシアルキル基又は下記一般式(2)で表す基である。このようなアルキル基としては、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、sec-ブチル基、tert-ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基等が挙げられる。また、このようなカルボキシアルキル基としては、カルボキシメチル基、カルボキシエチル基、カルボキシプロピル基、カルボキシイソプロピル基、カルボキシブチル基、カルボキシ-sec-ブチル基、カルボキシ-tert-ブチル基、カルボキシペンチル基、カルボキシヘキシル基等が挙げられる。これらの中でも、カルボキシメチル基が好ましく挙げられる。
【0029】
【0030】
上記一般式(2)中、波線を付した結合は、上記一般式(1)に含まれるAへの結合である。複数存在し得る各R3及び各R4は、それぞれ独立に、炭素数1~6のアルキル基、炭素数1~6のヒドロキシアルキル基又は水素原子である。これらは、上記R5におけるものと同様である。上記一般式(2)中、mは、1~4の整数である。mとしては、1~3の整数であることが好ましく、1又は2であることがより好ましく、2であることがさらに好ましい。
【0031】
上記一般式(1)におけるXは1個のカルボキシ基又はスルホ基を含み、R5は0~1個の水酸基又はカルボキシ基を含み得る。また、上記一般式(1)におけるR1及びR2のうちの一方がカルボキシアルキル基である場合には、これらが1個のカルボキシ基を含む。また、上記一般式(2)で表す基は、1~3個の水酸基を含み得る。これらを合計すると、上記一般式(1)で表す化合物は、0~3個のカルボキシ基、0~1個のスルホ基、0~7個の水酸基を含み得ることになるが、本発明において、上記一般式(1)で表す化合物としては、スルホ基、カルボキシ基及び水酸基を合計で3以上含むものが用いられる。なお、水酸基は、一般式(2)の末端として示す水酸基を含め、全てヒドロキシアルキル基由来のものになる。上記一般式(1)におけるスルホ基、カルボキシ基及び水酸基の合計は3~4であることが好ましい。一般式(1)には、カルボキシ基又はスルホ基の酸性置換基が必ず1つ含まれ、この一般式(1)には、R1又はR2として一般式(2)で表すヒドロキシアルキル基が必ず1つ含まれる。すなわち、一般式(1)で表す化合物では、酸性置換基とヒドロキシアルキル基が必ず1つずつ含まれ、この他にカルボキシアルキル基及び/又はヒドロキシアルキル基が1~2個含まれるのが上記の好ましい態様ということができる。
【0032】
上記一般式(1)で表す化合物について、より好ましい態様として下記一般式(1a)で表すものを挙げることができる。
【0033】
【0034】
上記一般式(1a)は、上記一般式(1)においてAとして表す原子を窒素原子に特定したものである。その他については、上記一般式(1)におけるものと同じである。すなわち、Xは、カルボキシ基又はスルホ基であり、R1及びR2は、少なくとも一方が下記一般式(2)で表す基であることを条件に、それぞれ独立に、水素原子、炭素数1~6のアルキル基、炭素数1~7のカルボキシアルキル基又は下記一般式(2)で表す基であり、nは、1~4の整数であり、上記一般式(1a)にはスルホ基、カルボキシ基及び水酸基が合計で3以上含まれる。
【0035】
【0036】
上記一般式(2)中、波線を付した結合は、上記一般式(1a)に含まれる窒素原子への結合であり、各R3は、それぞれ独立に、炭素数1~6のアルキル基、炭素数1~6のヒドロキシアルキル基又は水素原子であり、各R4は、それぞれ独立に、炭素数1~6のアルキル基、炭素数1~6のヒドロキシアルキル基又は水素原子であり、mは、1~4の整数である。
【0037】
上記一般式(2)で表す基について、より好ましい態様として下記一般式(2a)又は(2b)で表すものを挙げることができる。
【0038】
【0039】
上記一般式(2a)中、mは、1~4の整数であり、好ましくは1~3の整数であり、より好ましくは1又は2である。上記一般式(2b)中、各mは、それぞれ独立に1~3の整数であり、それぞれ独立に1又は2であることが好ましく、1であることがより好ましい。
【0040】
上記一般式(1)で表す化合物として、より好ましくは下記一般式(3)~(6)で表す化合物を挙げることができる。
【0041】
【0042】
上記一般式(3)中、各mは、それぞれ独立に1~4の整数であり、それぞれ独立に1~3の整数であることが好ましく、それぞれ独立に1又は2であることがより好ましく、2であることがさらに好ましい。上記一般式(3)中、nは、1~4の整数であり、好ましくは1~3の整数であり、より好ましくは1又は2であり、さらに好ましくは1である。
【0043】
上記一般式(4)中、各mは、それぞれ独立に1~4の整数であり、それぞれ独立に1~3の整数であることが好ましく、それぞれ独立に1又は2であることがより好ましく、2であることがさらに好ましい。上記一般式(4)中、nは、1~4の整数であり、好ましくは1~3の整数であり、より好ましくは1又は2であり、さらに好ましくは2である。
【0044】
上記一般式(5)中、各mは、それぞれ独立に1~3の整数であり、それぞれ独立に1又は2であることが好ましく、1であることがより好ましい。上記一般式(5)中、nは、1~4の整数であり、1~3の整数であることが好ましく、1又は2であることがより好ましく、1であることがさらに好ましい。
【0045】
上記一般式(6)中、mは、1~4の整数であり、1~3の整数であることが好ましく、1又は2であることがより好ましい。上記一般式(6)中、nは、1~4の整数であり、好ましくは1~3の整数であり、より好ましくは1又は2であり、さらに好ましくは1である。上記一般式(6)中、pは、1~6の整数であり、1~3の整数であることがより好ましく、1又は2であることがさらに好ましく、1であることがさらに好ましい。
【0046】
上記一般式(1)で表す化合物の好ましい具体例として、化学式(3a)~(6a)で表す化合物を挙げることができる。なお、これらは一例であり、本発明はこれらに限定されるものではない。これら化学式(3a)~(6a)で表す化合物の中でも、化学式(3a)で表すN,N-ビス(2-ヒドロキシエチル)グリシン、及び化学式(6a)で表すN-(2-ヒドロキシエチル)イミノ二酢酸が特に好ましく挙げられる。
【0047】
【0048】
本発明の湿し水組成物において、上記一般式(1)で表す化合物の添加量は、0.0005~0.1質量%である。上記一般式(1)で表す化合物の湿し水組成物への添加量が0.0005質量%以上であることにより、炭酸カルシウムの存在による影響を抑制できるので好ましく、上記一般式(1)で表す化合物の添加量が0.1質量%以下であることにより、100倍濃縮湿し水の納入形態でも安定して長期の保管が可能であるほか、乳化インキの状態が影響を受けることに伴う非画像部でのインキ汚れを抑制できるので好ましい。この添加量としては、0.0025~0.05質量%であることを好ましく挙げることができる。なお、上記一般式(1)で表す化合物としては、複数種のものを組み合わせて用いることもできるが、その場合湿し水組成物中におけるそれらの合計含有量が上記の範囲になるようにする。また、上記一般式(1)で表す化合物として、式中のXで表す基及び/又はカルボキシアルキル基が塩を形成したものを用いてもよい。この場合の塩としては、有機塩基又は無機塩基との塩が挙げられ、一例としてナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩等、及びこれらの混合した塩を挙げることができる。
【0049】
本発明の湿し水組成物は、酸性、アルカリ性及び中性のいずれでもよい。しかしながら、液性が酸性では湿し水中への炭酸カルシウムの溶解が進み、本発明の効果が薄れることも考えられるため、そのような観点からは、本発明の湿し水組成物は、中性又はアルカリ性であることが好ましい。なお、アルカリ性の湿し水組成物では、その組成物に含まれるケイ酸塩が析出しやすいことから、炭酸カルシウムの影響を除いて考えてもローラーストリップの問題を生じがちであり、加えて、アルカリ性であることに伴う排水処理の問題も考慮しなくてはならない。そのような観点からは、本発明の湿し水組成物は、中性であることがより好ましいといえる。そうした湿し水組成物のpH範囲としては、5を超え9未満である範囲が好ましく挙げられ、5.8~8.6がより好ましく挙げられ、7.0~8.6がさらに好ましく挙げられる。
【0050】
本発明の湿し水組成物には、上記一般式(1)で表す化合物の他に、湿し水組成物として一般に用いられる化合物を含んでもよい。このような化合物としては、無機酸塩、有機酸塩、水溶性樹脂、キレート剤、防腐剤、湿潤剤、界面活性剤、消泡剤、防錆剤等が挙げられる。これらのうち、無機酸塩及び有機酸塩は、整面剤として機能する成分である。
【0051】
無機酸塩としては、硝酸塩、リン酸化合物の塩、ホウ酸塩、硫酸塩、アルミニウムミョウバン等を好ましく挙げることができる。これらの塩としては、ナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩等、及びこれらの混合した塩を好ましく挙げられる。例えば硝酸塩としては、硝酸ナトリウム、硝酸カリウム、硝酸アンモニウム、硝酸マグネシウム等が挙げられる。湿し水組成物中における、リン酸化合物の塩を除いた無機酸塩の添加量としては、湿し水組成物全体に対して0.0015~0.03質量%が好ましく挙げられ、0.0025~0.02質量%がより好ましく挙げられる。この添加量が上記の範囲であることにより、良好な印刷適性が得られるばかりでなく、濃縮湿し水とした場合の安定性が良好なものになる。なお、これらの無機酸塩は、単独で用いてもよいし、複数のものを組み合わせて用いてもよい。
【0052】
リン酸化合物の塩としては、リン酸、ピロリン酸、ヘキサメタリン酸、オルトリン酸、ポリリン酸、トリポリリン酸等のナトリウム塩、カリウム塩等を挙げることができる。これらの中でも、カルシウムイオン封鎖作用と整面作用を備えるヘキサメタリン酸塩を好ましく挙げられ、ヘキサメタリン酸ナトリウムをより好ましく挙げられる。
【0053】
ここで、下水道法では、排水に含まれるリン含有量が32mg/L未満と規定されているので、湿し水組成物に添加されたリン酸化合物の塩を純リン分に換算したときの濃度が32mg/L未満となるようにリン酸化合物の塩を添加することが好ましい。ここで、「リン酸化合物の塩を純リン分に換算したときの濃度」とは、次式で表される、リン酸化合物の塩に含まれるリン原子の濃度である。
リン原子の濃度=Ccomp.×Pncomp.×リンの原子量/Mwcomp.
Ccomp.:湿し水組成物中のリン酸化合物の塩の濃度
Pncomp.:リン酸化合物の塩1分子中に含まれるリン原子の数
Mwcomp.:リン酸化合物の塩の分子量
【0054】
なお、リン酸化合物の塩が複数種類含まれている場合は、それぞれのリン酸化合物の塩においてリン純分に換算した濃度の総和となる。例えば、湿し水組成物1L中にリン酸一ナトリウム(分子量119.98)10mg及びリン酸三ナトリウム(分子量163.92)10mgが含まれているときのリン酸化合物の塩のリン純分に換算した濃度は、(10×30.97/119.98)+(10×30.97/163.92)=4.47mg/Lとなる。
【0055】
また、本発明の湿し水組成物において、上記リン酸化合物の塩を含む場合、純リン分に換算した濃度の好ましい上限は水質汚濁防止法、東京都下水道条例の基準値を満たす16mg/Lであり、より好ましい上限は水質汚濁防止法の日間平均を満たす8mg/Lである。
【0056】
有機酸塩としては、印刷版の非画像部へのインキ付着汚れを抑制する働きをするヒドロキシカルボン酸塩や二塩基酸塩が好ましく挙げられ、例えば、クエン酸、リンゴ酸、コハク酸、酒石酸、グルコン酸、乳酸、シュウ酸、マレイン酸、マロン酸、アスパラギン酸等のナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩等を挙げることができる。これらの中でも、整面性とカルシウムイオンの封鎖作用に優れるクエン酸塩、リンゴ酸塩、コハク酸塩が好ましく挙げられ、リンゴ酸ナトリウムやクエン酸三ナトリウムをより好ましく挙げることができる。有機酸塩の添加量としては、湿し水組成物全体に対して0.0025~0.05質量%が好ましく挙げられ、0.01~0.03質量%がより好ましく挙げられ、0.01~0.02質量%がさらに好ましく挙げられる。この添加量が上記の範囲であることにより、良好な印刷適性が得られるばかりでなく、濃縮湿し水としたときの安定性が良好なものになる。なお、これらの有機酸塩は、単独で用いてもよいし、複数のものを組み合わせて用いてもよい。
【0057】
水溶性樹脂は、上記一般式(1)で表す化合物と併用することで、湿し水による炭酸カルシウム粒子に対する分散能力を一段と高める作用を備える。このような水溶性樹脂としては、ポリアクリル酸、ポリアクリル酸マレイン酸共重合樹脂等のポリアクリル酸系樹脂;カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルエチルセルロース等のセルロース樹脂等が挙げられる。なお、樹脂分子中に含まれるカルボキシ基がナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩等の塩を形成することで樹脂の水溶性が高まり、より好ましい。これらの中でも、良好な水溶性を示し他の成分との相溶性に優れる点からポリアクリル酸ナトリウムが好ましく挙げられる。
【0058】
キレート剤は、カルシウムイオン封鎖作用を備え、上記一般式(1)で表す化合物による効果をさらに高めるものである。なお、ここでいうキレート剤は、エチレンジアミン四酢酸やニトリロ三酢酸に代表されるような、カルボキシ基を3個以上備え、金属イオンと配位結合して水溶性の錯体を形成することで金属イオンを封鎖する化合物である。このようなキレート剤としては、エチレンジアミン四酢酸、ニトリロ三酢酸、ジエチレントリアミン五酢酸塩、L-グルタミン酸二酢酸塩、3-ヒドロキシ-2,2’-イミノジコハク酸塩等が挙げられる。
【0059】
湿潤剤としては、これまで湿し水組成物に用いられているものを特に限定されずに挙げることができる。このような湿潤剤の一例として、アルコール類、グリコール類又はグリセリン類等を挙げることができる。これらの湿潤剤は、単独で用いてもよいし、複数のものを組み合わせて用いてもよい。
【0060】
界面活性剤としては、これまで湿し水組成物に用いられているものを特に限定されずに挙げることができる。このような水溶性樹脂の一例として、グリセリン脂肪酸エステル系、ポリグリセリン脂肪酸エステル系、プロピレングリコール脂肪酸エステル系、ペンタエリスリトール脂肪酸エステル系、ポリオキシエチレン系(ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル類、ポリオキシエチレンポリスチリルフェニルエーテル類、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンアルキルエーテル類、ポリオキシエチレン-ポリオキシプロピレンブロックポリマー類等)等を挙げることができる。これらの界面活性剤は、単独で用いてもよいし、複数のものを組み合わせて用いてもよい。
【0061】
消泡剤としては、これまで湿し水組成物に用いられているものを特に限定されずに挙げることができる。このような消泡剤の一例として、シリコン系消泡剤等が挙げられる。これらの消泡剤は、単独で用いてもよいし、複数のものを組み合わせて用いてもよい。
【0062】
防錆剤としては、これまで湿し水組成物に用いられているものを特に限定されずに挙げることができる。このような防錆剤の一例として、テトラゾール化合物及び/又はその水溶性塩、ベンゾトリアゾール系化合物等が挙げられる。テトラゾール化合物及び/又はその水溶性塩の具体例としては、5置換-1H-テトラゾール、1置換-1H-テトラゾール、1置換-5置換-1H-テトラゾール等、及びその水溶性塩が挙げられ、中でも、1H-テトラゾール、5-アミノ-1H-テトラゾール、及びそれらの水溶性塩(特に有機窒素含有化合物の塩)が好ましく挙げられる。これらの防錆剤は、単独で用いてもよいし、複数のものを組み合わせて用いてもよい。
【0063】
本発明の湿し水組成物を調製するには、通常、純水(イオン交換水、脱塩水)、軟水等の水に上記一般式(1)で表す化合物をはじめ、必要に応じて上記の各成分を添加して、撹拌機で撹拌混合すればよい。また、濃縮湿し水組成物を調製しておき、使用時に印刷現場にて純水、軟水、水道水等の水で希釈することにより本発明の湿し水組成物を調製してもよい。この場合、湿し水組成物の濃縮倍率としては約100~300倍程度を挙げることができる。
【0064】
上記本発明の湿し水組成物を調製するための濃縮湿し水組成物もまた本発明の一つである。この濃縮湿し水組成物は、上記本発明の湿し水組成物の各成分を例えば本来の50~300倍程度の濃度で含むものであり、印刷現場での使用時に例えば50~300倍に希釈され、湿し水組成物として用いられる。
【実施例0065】
以下、実施例を示すことにより本発明の湿し水組成物をさらに具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0066】
[実施例1~14及び比較例1~7の湿し水組成物]
表1~3に示す各材料を撹拌機で混合することで、実施例1~14及び比較例1~7の湿し水組成物を調製した。なお、表1~3において、「分散剤1」は、N,N-ビス(2-ヒドロキシエチル)グリシンであり、「分散剤2」は、N,N-ビス(2-ヒドロキシエチル)グリシンナトリウム塩の50%水溶液であり、「分散剤3」は、N-(2-ヒドロキシエチル)イミノ二酢酸であり、「整面剤1」は、ヘキサメタリン酸ナトリウムであり、「整面剤2」は、トリポリリン酸ナトリウムであり、「整面剤3」は、ピロリン酸ナトリウムであり、「整面剤4」は、オルトリン酸ナトリウムであり、「整面剤5」は、クエン酸三ナトリウムであり、「整面剤6」は、D,L-リンゴ酸二ナトリウムであり、「整面剤7」は、コハク酸二ナトリウムであり、「整面剤8」は、硝酸ナトリウムであり、「整面剤9」は、クエン酸であり、「pH調整剤」は、炭酸ナトリウムであり、「水溶性樹脂」は、ポリアクリル酸ナトリウムであり、「キレート剤」は、ジエチレントリアミン五酢酸ナトリウムであり、「防腐剤」は、メチルイソチアゾリンであり、「界面活性剤」は、ポリオキシエチレンアルキルエーテルであり、「水」は、全硬度0mg/Lの軟水である。これらの各成分のうち、分散剤1~3が上記一般式(1)で表す化合物又はその塩に対応する。なお、オルトリン酸ナトリウムとしては、リン酸二水素ナトリウムを用い、ポリアクリル酸ナトリウムとしては、分子量2000から10000のものを中性の水溶液としたものを用い、その固形分が表1~3記載の配合量となるよう添加し、ジエチレントリアミン五酢酸ナトリウムとしては、5つのカルボキシ基が二水素・三ナトリウムになるよう部分中和した中性水溶液を用い、その固形分が表1~3記載の配合量となるように添加し、N,N-ビス(2-ヒドロキシエチル)グリシンナトリウム塩の50%水溶液としては、N,N-ビス(2-ヒドロキシエチル)グリシンの全てのカルボキシ基がナトリウム塩になるように水酸化ナトリウムで中和しその含有量が50質量%となるように調整したアルカリ性水溶液を用いた。また、表1~3に記載した各成分の配合量は、いずれも質量%である。
【0067】
実施例1~14及び比較例1~7の湿し水組成物のそれぞれについて、下記手順にて、炭酸カルシウム粒子の分散性、炭酸カルシウム粒子の添加に伴う析出物(これは主としてリン酸カルシウムと考えられる。)による湿し水の濁り、整面性、及び濃縮湿し水組成物の安定性の各項目について評価を行った。
【0068】
[炭酸カルシウム粒子の分散性、及び同粒子添加に伴う析出による湿し水濁りの評価]
透明なガラス瓶に500gの湿し水組成物を入れ、マグネチックスターラーにより緩やかに撹拌しながら炭酸カルシウム粒子を段階的に計量投入し、炭酸カルシウム粒子の分散状態、及び炭酸カルシウム粒子添加に伴って生じる析出物による白濁の程度を目視により評価した。なお、この評価に用いた炭酸カルシウムは、軽質炭酸カルシウムの微粉末品(白石工業株式会社製、製品名:CALSHITEC Brilliant-1500)である。なお、段階的な計量投入は、0.0005gを一回分の投入単位とし、合計の投入添加量が0.08gになるまで行った。
炭酸カルシウム粒子の分散性評価は、湿し水を撹拌しながら炭酸カルシウム粒子を添加したときの分散状態である初期分散性と、20分間撹拌した後に撹拌を止めて10分間静置することで炭酸カルシウム粒子を沈降させてから再撹拌したときの分散状態である再分散性について行った。これらの評価を行うに際しては、LEDライトを液中に照射し、拡大ルーペを用いて微粒子の状態を観察した。また、炭酸カルシウム粒子を添加したときの析出物による白濁の評価は、炭酸カルシウム粒子の添加に伴う白濁の生じる早さとその濃さを目視で観察することにより行った。なお、炭酸カルシウム粒子の分散と、析出物による濁りとでは、前者が粒子として目視されるものである一方で、後者は粒子として目視できない濁りや光散乱(チンダル現象)として観察されるものである点で明確に異なり、それぞれ独立に評価可能であることを付言しておく。また、評価中の撹拌の程度は、撹拌子の回転で液中に気泡が混入しない程度の緩やかさとした。これは、気泡を粒子と間違えないためと、分散の容易さを観察するためである。これらは、「1」が最も悪く「5」が最も良いものとして相対的に5段階で評価し、表1~3の「初期分散性」欄、「析出物による白濁」欄及び「再分散性」欄にそれぞれ示した。
【0069】
[整面性の評価]
東浜精機製新聞輪転機を用いて印刷を行うことにより、各湿し水組成物の整面性評価を行った。印刷に際して、用いたインキ組成物はサカタインクス株式会社製の新聞オフセット印刷用インキ(製品名:Luce Y-TS Magenta)とし、印刷速度は12万部/時とした。比較例2の湿し水組成物にて印刷汚れの生じない水量を標準水量とし、各湿し水組成物については、この標準水量から段階的に水量を減じて、各段階での紙面の汚れ程度を相対的に評価観察した。比較例2の湿し水組成物の結果を標準として、評価基準は次の通りとし、その評価結果を表1~3の「整面性」欄に記載した。なお、下記の各評価点のそれぞれの間に位置する評価結果だった場合には、例えば3.5等と評価した。
5:比較例2の湿し水組成物を用いたときよりも紙面汚れがかなり少なく優れていた
4:比較例2の湿し水組成物を用いたときよりも紙面汚れが少なく良好だった
3:比較例2の湿し水組成物を用いたときと同等の紙面汚れだった
2:比較例2の湿し水組成物を用いたときよりも紙面汚れが多かった
1:比較例2の湿し水組成物を用いたときよりも紙面汚れが著しく多かった
【0070】
[濃縮湿し水としたときの安定性評価]
表1~3にて示した各実施例及び比較例の湿し水組成物について、水を除いた各成分を100倍した質量%で純水に投入し、撹拌して溶解させた。この作業より、各湿し水組成物について100倍濃度の濃縮湿し水組成物が調製されることになる。撹拌終了後に濾過し、濾液(すなわち、100倍濃縮の湿し水組成物である。)を3等分してそれぞれ透明な容器に入れ、密閉した。得られた3つのサンプルを別々に、(1)冷蔵0~2℃で4日間、(2)加温50~53℃で4日間、(3)室温で1ヶ月間、にてそれぞれ保管し、沈殿又は分離、及び変色等の変質を目視観察して評価した。評価基準は次の通りとし、その評価結果を表1~3の「濃縮安定性」欄に記載した。なお、下記の「3」評価までが100倍濃縮湿し水組成物として成立するものになる。また、下記の各評価点のそれぞれの間に位置する評価結果だった場合には、例えば3.5等と評価した。湿し水組成物は、通常、印刷工場へ濃縮湿し水組成物の状態で納品され、印刷現場で所定の濃度に希釈して用いられる。濃縮湿し水組成物は、流通や在庫の段階で冬期夏期の気温条件に曝されるが、本評価はそのような条件を考慮したものとなる。
5:3種の温度条件のいずれでも外観上の変化が認められない
4:軽度な変色が認められるが、分離沈殿は認められない
3:変色が認められる。僅かに分離があっても室温に戻すと再び均一な状態になる
2:濃い変色がある。沈殿や分離があり、均一な状態にするには室温での撹拌が必要になる
1:濃い変色と沈殿分離があり、室温に戻して撹拌を行っても均一な状態には戻らない
【0071】
【0072】
【0073】
【0074】
各実施例及び比較例を対比すると、本発明における上記一般式(1)で表す化合物又はその塩を含む湿し水組成物では、炭酸カルシウムの分散性が良好であり、その添加による析出物の生成も抑制されることがわかる。一方、本発明における上記一般式(1)で表す化合物を含まない比較例1~5の湿し水組成物では、炭酸カルシウムの分散性が悪く、またその添加による析出物も早い段階で生じることがわかる。また、本発明における上記一般式(1)で表す化合物を含んだとしても、その含有量が0.0005~0.1質量%の範囲にない比較例6及び7の湿し水組成物では、炭酸カルシウムの分散性や析出の点や、濃縮湿し水を調整したときの安定性の点で問題を生じることがわかる。既に述べたように、炭酸カルシウムの分散性が悪かったり、炭酸カルシウムを添加したときに析出を生じたりする湿し水を用いた場合には、印刷中のローラーストリッピングや非画像部の汚れにつながる場合があるが、本発明の湿し水組成物を用いれば、これらの問題の発生を抑制できることが理解できる。