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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022167228
(43)【公開日】2022-11-04
(54)【発明の名称】インバータの制御装置
(51)【国際特許分類】
   H02M 7/48 20070101AFI20221027BHJP
   H02P 27/06 20060101ALI20221027BHJP
【FI】
H02M7/48 E
H02P27/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021072893
(22)【出願日】2021-04-22
(71)【出願人】
【識別番号】000004695
【氏名又は名称】株式会社SOKEN
(71)【出願人】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(74)【代理人】
【識別番号】100121821
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 強
(74)【代理人】
【識別番号】100139480
【弁理士】
【氏名又は名称】日野 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100125575
【弁理士】
【氏名又は名称】松田 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100175134
【弁理士】
【氏名又は名称】北 裕介
(72)【発明者】
【氏名】山田 哲也
(72)【発明者】
【氏名】岡田 浩幸
(72)【発明者】
【氏名】梶 武文
【テーマコード(参考)】
5H505
5H770
【Fターム(参考)】
5H505AA16
5H505BB10
5H505CC04
5H505DD03
5H505DD08
5H505EE49
5H505HA09
5H505HA10
5H505HB01
5H505JJ03
5H505JJ17
5H505KK06
5H505LL22
5H505LL24
5H505LL41
5H505LL45
5H505LL48
5H505LL58
5H505LL60
5H770AA05
5H770BA01
5H770CA06
5H770DA03
5H770DA41
5H770HA01Z
5H770HA02Y
5H770HA03W
5H770HA06Z
5H770HA07Z
(57)【要約】
【課題】雰囲気湿度が相対的に高い場合に部分放電の発生を抑制できるインバータの制御装置を提供すること。
【解決手段】制御装置50は、多相の回転電機10と、回転電機を構成する電機子巻線11U,11V,11Wに電気的に接続されたインバータ20と、を備えるシステム100に適用される。制御装置は、回転電機の駆動制御を行うために、インバータを構成する各相のスイッチSUH~SWLのスイッチング制御を行う制御部と、回転電機の雰囲気湿度が高い場合に、雰囲気湿度が低い場合に比べて、スイッチング制御におけるスイッチのスイッチング動作に伴って電機子巻線に発生するサージ電圧の発生期間が短くなるように、スイッチング動作の動作条件を設定する設定処理を行う設定部と、を備える。
【選択図】 図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
多相の回転電機(10)と、
前記回転電機を構成する電機子巻線(11U,11V,11W)に電気的に接続されたインバータ(20)と、を備えるシステム(100)に適用されるインバータの制御装置(50)であって、
前記回転電機の駆動制御を行うために、前記インバータを構成する各相のスイッチ(SUH~SWL)のスイッチング制御を行う制御部と、
前記回転電機の雰囲気湿度が高い場合に、前記雰囲気湿度が低い場合に比べて、前記スイッチング制御における前記スイッチのスイッチング動作に伴って前記電機子巻線に発生するサージ電圧の発生期間(TA)が短くなるように、前記スイッチング動作の動作条件を設定する設定処理を行う設定部と、を備えるインバータの制御装置。
【請求項2】
前記動作条件は、前記スイッチのスイッチング速度(VA)であり、
前記設定部は、前記雰囲気湿度が高い場合に、前記雰囲気湿度が低い場合に比べて、前記スイッチング速度が高くなるように設定する請求項1に記載のインバータの制御装置。
【請求項3】
前記動作条件は、前記スイッチのスイッチング周期(FA)であり、
前記設定部は、前記雰囲気湿度が高い場合に、前記雰囲気湿度が低い場合に比べて、前記スイッチング周期が長くなるように設定する請求項1又は2に記載のインバータの制御装置。
【請求項4】
前記設定部は、前記制御部が前記スイッチング動作としてターンオン動作の制御を行う場合に、前記ターンオン動作前に前記電機子巻線に流れる電流値が低電流側閾値よりも小さいことを条件として、前記設定処理を行う請求項1~3のいずれか1項に記載のインバータの制御装置。
【請求項5】
前記制御部は、前記回転電機の制御量を指令値に制御するために前記スイッチング制御を行い、
前記設定部は、前記制御部が前記スイッチング動作としてターンオフ動作の制御を行う場合に、前記指令値が指令値閾値よりも大きいことを条件として、前記設定処理を行う請求項1~4のいずれか1項に記載のインバータの制御装置。
【請求項6】
前記設定部は、前記制御部が前記スイッチング動作としてターンオフ動作の制御を行う場合に、前記ターンオフ動作前に前記電機子巻線に流れる電流値が高電流側閾値よりも大きいことを条件として、前記設定処理を行う請求項1~5のいずれか1項に記載のインバータの制御装置。
【請求項7】
前記設定部は、前記制御部が前記スイッチング動作としてターンオフ動作の制御を行う場合に、前記回転電機の回転速度が速度閾値よりも低いことを条件として、前記設定処理を行う請求項1~6のいずれか1項に記載のインバータの制御装置。
【請求項8】
前記設定部は、前記回転電機の温度が温度閾値よりも高いことを条件として、前記設定処理を行う請求項1~7のいずれか1項に記載のインバータの制御装置。
【請求項9】
前記設定部は、前記回転電機の周囲の気圧が気圧閾値よりも低いことを条件として、前記設定処理を行う請求項1~8のいずれか1項に記載のインバータの制御装置。
【請求項10】
前記システムは、移動体に搭載され、
前記回転電機は、前記移動体を移動させるための動力源である請求項1~9のいずれか1項に記載のインバータの制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多相の回転電機と、回転電機を構成する電機子巻線に電気的に接続されたインバータと、を備えるシステムに適用されるインバータの制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
この種の制御装置は、電機子巻線に電流を流して回転電機の駆動制御を行うために、インバータを構成する各相のスイッチのスイッチング制御を行う。ここで、スイッチング制御におけるスイッチング動作に伴ってサージ電圧が発生する。サージ電圧が増大し、2相の電機子巻線間で部分放電が発生した場合、回転電機の劣化を招くおそれがある。
【0003】
サージ電圧を低減するための制御装置として、特許文献1には、回転電機の雰囲気湿度が判定値を超える高湿度時において、電機子巻線の印加電圧の極性が反転する場合のスイッチング動作様態を変更するものが開示されている。詳しくは、制御装置は、電機子巻線の印加電圧の極性が反転する場合において、2相の電機子巻線間における電位差の上昇を抑制するようなスイッチング動作を行う。これにより、高湿度時において、電機子巻線の表面電荷により2相の電機子巻線間に生じる電界を弱くすることができ、部分放電の発生の抑制を図っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008-22624号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、雰囲気湿度が相対的に高い場合において部分放電の発生を抑制する技術は、2相の電機子巻線間における電位差の上昇を抑制するものに限られない。
【0006】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、雰囲気湿度が相対的に高い場合に部分放電の発生を抑制できるインバータの制御装置を提供することを主たる目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、多相の回転電機と、前記回転電機を構成する電機子巻線に電気的に接続されたインバータと、を備えるシステムに適用されるインバータの制御装置であって、前記回転電機の駆動制御を行うために、前記インバータを構成する各相のスイッチのスイッチング制御を行う制御部と、前記回転電機の雰囲気湿度が高い場合に、前記雰囲気湿度が低い場合に比べて、前記スイッチング制御における前記スイッチのスイッチング動作に伴って前記電機子巻線に発生するサージ電圧の発生期間が短くなるように、前記スイッチング動作の動作条件を設定する設定処理を行う設定部と、を備える。
【0008】
スイッチング動作に伴いサージ電圧が発生する場合には、そのサージ電圧が所定の高電圧に到達してから時間的な遅れを経て部分放電が発生する。この場合、サージ電圧が所定の高電圧に到達してから部分放電が発生するまでの期間(以下、放電遅れ期間)は、回転電機の雰囲気湿度に依存し、湿度が高いほど、放電遅れ期間が短くなる。部分放電は、放電遅れ期間が経過するまでにサージ電圧が収束しない場合に発生し、放電遅れ期間が短くなることにより、部分放電が発生し易くなる。
【0009】
そこで、本発明では、回転電機の雰囲気湿度が高い場合に、雰囲気湿度が低い場合に比べて、スイッチのスイッチング動作に伴って電機子巻線に発生するサージ電圧の発生期間が短くなるように、スイッチング動作の動作条件を設定するようにした。これにより、雰囲気湿度が相対的に高い場合において、放電遅れ期間が経過するまでにサージ電圧を収束させることができ、部分放電の発生を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】システムの全体構成図。
図2】ターンオン動作における入力電圧と部分放電との推移を示す図。
図3】部分放電の発生メカニズムを示す図。
図4】放電遅れ期間を示す図。
図5】放電遅れ期間と湿度検出値との関係を示す図。
図6】第1実施形態に係る設定処理の手順を示すフローチャート。
図7】第2実施形態に係る設定処理の手順を示すフローチャート。
図8】湿度検出値とスイッチング速度及びスイッチング周期との関係を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0011】
(第1実施形態)
以下、本発明に係るインバータの制御装置を、車載のシステム100に適用した第1実施形態について、図面を参照しつつ説明する。
【0012】
図1に示すように、システム100は、回転電機10及びインバータ20を備えている。本実施形態において、回転電機10は、ブラシレスの同期機であり、例えば永久磁石同期機である。回転電機10は、3相の電機子巻線であるU,V,W相巻線11U,11V,11Wを備えている。
【0013】
回転電機10は、インバータ20を介して直流電源としてのバッテリ30に接続されている。インバータ20は、上アームスイッチSUH,SVH,SWHと下アームスイッチSUL,SVL,SWLとの直列接続体を備えている。U相上,下アームスイッチSUH,SULの接続点PUには、U相導電部材22Uを介してU相巻線11Uの第1端が電気的に接続(以下、単に接続)されている。V相上,下アームスイッチSVH,SVLの接続点PVには、V相導電部材22Vを介してV相巻線11Vの第1端が接続されている。W相上,下アームスイッチSWH,SWLの接続点PWには、W相導電部材22Wを介してW相巻線11Wの第1端が接続されている。U,V,W相巻線11U,11V,11Wの第2端は中性点PTで接続されている。なお、各相の導電部材22U,22V,22Wは、例えば、ケーブル又はバスバーである。
【0014】
本実施形態では、各スイッチSUH~SWLとして、電圧制御形の半導体スイッチング素子が用いられており、より具体的にはNチャネルMOSFETが用いられている。各スイッチSUH~SWLには、ボディダイオードが内蔵されている。
【0015】
インバータ20とバッテリ30との間には、インバータ20に入力される電圧を平滑化するコンデンサ23が設けられている。コンデンサ23の高電位側端子には、バッテリ30の正極端子が接続され、コンデンサ23の低電位側端子には、バッテリ30の負極端子が接続されている。コンデンサ23の高電位側端子には、上アームスイッチSUH~SWHの高電位側端子であるドレインが接続されている。コンデンサ23の低電位側端子には、下アームスイッチSUL~SWLの低電位側端子であるソースが接続されている。なお、コンデンサ23は、インバータ20外部に設けられていてもよいし、インバータ20内部に設けられていてもよい。
【0016】
システム100は、電圧センサ40、電流センサ41、回転角センサ42、温度センサ43、気圧センサ44、及び湿度センサ45を備えている。電圧センサ40は、コンデンサ23の端子電圧である電源電圧を検出する。電流センサ41は、回転電機10に流れる各相電流のうち、少なくとも2相分の電流を検出する。回転角センサ42は、例えばレゾルバ又はホール素子で構成され、回転電機10の電気角を検出する。
【0017】
温度センサ43は、回転電機10の温度を検出する。回転電機10の温度は、例えば、巻線11U,11V,11Wの温度である。気圧センサ44は、回転電機10及びインバータ20の設置環境における大気圧を検出する。湿度センサ45は、回転電機10の設置環境における雰囲気湿度を検出する。各センサ40~45の検出値は、制御システムに備えられる制御装置50に入力される。
【0018】
制御装置50には、電流センサ41により検出された電流値(以下、電流検出値I)、回転角センサ42により検出された電気角θe、温度センサ43により検出された温度(以下、温度検出値TDr)、気圧センサ44により検出された大気圧(以下、気圧検出値Pr)、湿度センサ45により検出された雰囲気湿度(以下、湿度検出値Hr)が入力される。制御装置50は、電気角θeに基づいて、回転電機10の回転速度としての電気角周波数ωeを算出する。
【0019】
制御装置50は、回転電機10の制御量を指令値に制御すべく、入力された各値を用い、インバータ20を構成する各スイッチSUH~SWLのスイッチング制御を行う。本実施形態において、制御量はトルクであり、指令値はトルク指令値Trq*である。トルク指令値Trq*は、例えば、制御装置50よりも上位の制御装置から入力される。制御装置50は、デッドタイムDTを挟みつつ上,下アームスイッチを交互にオン状態とすべく、上,下アームスイッチに対応する駆動信号SAを、上,下アームスイッチに対して個別に設けられた駆動回路Drに出力する。駆動信号SAは、オン指令又はオフ指令のいずれかをとる。なお、本実施形態において、制御装置50は「制御部」に相当する。
【0020】
駆動回路Drのそれぞれは、駆動信号SAに基づいて、デッドタイムDTを設定しつつ、上,下アームスイッチが交互にオン状態とされるようなスイッチング制御を行う。そして、このスイッチング制御により、各スイッチSUH~SWLの駆動状態が切り替えられる。
【0021】
スイッチング制御では、各スイッチSUH~SWLの駆動状態の切り替えに伴って、各相の巻線11U,11V,11Wのインダクタンスやキャパシタンスに起因する共振によりサージ電圧が発生することがある。サージ電圧が増大し、回転電機10の各相の巻線11U,11V,11Wに過電圧が印加された場合、図3に示すように、近接する巻線間で部分放電HPが発生し、回転電機10の劣化を招くおそれがある。特に、湿度検出値Hrが湿度閾値Hthよりも高い高湿度時には、各相の巻線11U,11V,11Wに表面電荷が発生しやすく、かつ集中しやすい傾向にあるため、サージ電圧が増大しやすい。
【0022】
図2に、ターンオン動作における入力電圧Vinと部分放電HPとの推移を示す。入力電圧Vinは、インバータ20から回転電機10の各相の巻線11U,11V,11Wにそれぞれ入力される電圧であり、各スイッチSUH~SWLのスイッチング動作によりオン電圧Vonとオフ電圧Voffとで切り替えられる。オン電圧Vonは、バッテリ30の正極側電圧に対応した値である。オン電圧Vonは、例えば、バッテリ30の正極側電圧から、インバータ20の上アームスイッチSUH~SWH等の電圧降下量を差し引いた値である。オフ電圧Voffはバッテリ30の負極側電圧に対応した値であり、例えばグランド電圧(0V)である。
【0023】
以下、上アームを例にして説明する。図2に示すように、上アームスイッチのターンオン動作により入力電圧Vinにサージ電圧が発生すると、部分放電HPが発生する場合がある。具体的には、時刻t1に、入力電圧Vinがオン電圧Vonへの上昇を開始した後、時刻t2に入力電圧Vinがオン電圧Vonを超えてオーバーシュートし、時刻t3において入力電圧Vinが1スイッチング周期における最大値に到達する。その後、入力電圧Vinは、最大値から低下し、オン電圧Vonになる。本実施形態では、ターンオン動作が開始された後に入力電圧Vinがオン電圧Vonを上回る期間であって、入力電圧Vinが最初にオン電圧Vonを上回る時刻t2から、その後入力電圧Vinが最初にオン電圧Vonになる時刻t5までの期間をサージ発生期間TAと呼ぶ。また、サージ発生期間TAにおける入力電圧Vinをサージ電圧と呼ぶ。このサージ発生期間TAにおいて、サージ電圧が所定の高電圧に到達する時刻t3から放電遅れ期間TD経過後の時刻t4に部分放電HPが発生する。本実施形態では、サージ電圧の最大値を所定の高電圧としている。
【0024】
なお、各相において、上アームスイッチのターンオフ動作の後、下アームスイッチがターンオン動作することで、部分放電HPが発生し得る。具体的には、入力電圧Vinは、ターンオフ動作が開始された後に、オン電圧Vonから低下し、その後オフ電圧Voffを下回る。その後、入力電圧Vinは、最小値となった後、上昇に転じてオフ電圧Voffになる。本実施形態では、ターンオフ動作において、その動作の開始後に入力電圧Vinがオフ電圧Voffを下回る期間をサージ発生期間TAと呼び、このサージ発生期間TAにおける入力電圧Vinをサージ電圧と呼ぶ。このサージ発生期間TAにおいて、入力電圧Vinが所定の低電圧に到達してから放電遅れ期間TD経過後に部分放電HPが発生する。
【0025】
図3図4を用いて、放電遅れ期間TDについて説明する。以下では、ターンオン動作の場合を例にして説明する。図3に、近接するU相巻線11UとV相巻線11Vとを例にして、これら巻線11U,11Vの間に発生する部分放電HPの発生メカニズムを示す。図3に示す構成は、例えば、同一スロットに異相の巻線11U,11Vが収容されている構成である。図3の吹き出しに拡大して示すように、サージ電圧が所定の高電圧に到達すると、まずU相巻線11UとV相巻線11Vとの間の電界等によって、巻線11U,11V近傍の気体分子PAから偶発的に電子EAが電離し、破線円CAに示すように初期電子EPが発生する。図3に矢印YAで示すように、初期電子EPは、U相巻線11UとV相巻線11Vとの間の電界により加速され、他の気体分子PAに衝突する。すると、初期電子EPの衝突により他の気体分子PAから複数の電子EAが電離し、破線円CBに示すように複数の自由電子EBや、電子が離脱することで正に帯電した原子、分子の正イオンといった荷電粒子が発生する。その後、自由電子EB及び正イオン等の荷電粒子の加速、衝突、及び発生が繰り返されつつ、発生する自由電子EBや正イオンの数が増大することにより、部分放電HPが発生する。
【0026】
図4図2の一部を拡大して示す。図4に示すように、時刻t3において入力電圧Vinが最大値となってから、時刻t4において部分放電HPが発生するまでには、初期電子EPが発生するまでの期間である統計遅れ期間TB1と、自由電子EBが加速、衝突、及び発生を繰り返す期間である形成遅れ期間TB2とが必要となる。放電遅れ期間TDは、統計遅れ期間TB1と形成遅れ期間TB2とを加えたものである。
【0027】
本発明者らは、統計遅れ期間TB1及び形成遅れ期間TB2と回転電機10の雰囲気湿度との関係について検討を重ね、形成遅れ期間TB2は雰囲気湿度によらず略一定である一方、統計遅れ期間TB1は雰囲気湿度により大きく依存することを見出した。具体的には、雰囲気湿度が高いほど、統計遅れ期間TB1が短くなることを見出した。
【0028】
図5に、放電遅れ期間TDと雰囲気湿度との関係を示す。図5には、雰囲気湿度が23%,40%,及び60%である場合における放電遅れ期間TDが示されている。具体的には、各雰囲気湿度において、10回分の放電遅れ期間TDのサンプルが取得され、取得された10回分のサンプルが、昇順に整理されて示されている。
【0029】
図5に示すように、放電遅れ期間TDは、雰囲気湿度が高いほど短くなっている。これは、上述したように、雰囲気湿度が高いほど、統計遅れ期間TB1が短くなるからである。雰囲気湿度が高いほど、統計遅れ期間TB1が短くなる原因としては、雰囲気湿度が高いほど、気体分子PAが帯電しやすくなり、気体分子PAから初期電子EPが電離しやすくなったことが考えられる。
【0030】
本発明者らは、この点に着目し、高湿度時には、湿度検出値Hrが湿度閾値Hth以下となる低湿度時に比べてサージ発生期間TAが短くなるように、スイッチング動作の動作条件を設定するようにした。つまり、偶発的な電子EAの電離発生期間である統計遅れ期間TB1が雰囲気湿度に依存することに着目し、高湿度時には、サージ発生期間TAを短くすることで、初期電子EPが発生しにくくなるようにしたり、初期電子EPが発生した場合でも初期電子EPが部分放電HPまで成長しにくくなるようにしたりする。これにより、高湿度時における部分放電HPの発生が抑制される。
【0031】
続いて、図6を用いて、制御装置50が実行する設定処理の手順を説明する。この処理は、所定の制御周期で繰り返し実行される。以下では、U相を例にして説明する。
【0032】
ステップS10では、第1,第2絶縁条件が全て成立しているか否かを判定する。第1,第2絶縁条件は、回転電機10を構成する各相の巻線11U,11V,11W周囲の気体分子PAの分子密度が低くなり、回転電機10を構成するU,V,W相巻線11U,11V,11W間の絶縁耐力が低くなる状況であるか否かを判定するための条件である。つまり、部分放電HPは、近接する巻線周囲の気体分子PAを介して発生するものであり、気体分子PAの分子密度が低くなると、気体分子PA間の距離が長くなる。これにより、自由電子EBが電界により加速される距離が長くなり、自由電子EBが気体分子PAに衝突した場合における衝突エネルギが大きくなる。その結果、部分放電HPが発生しやすくなり、U,V,W相巻線11U,11V,11W間の絶縁耐力が低くなる。
【0033】
第1絶縁条件は、気圧検出値Prが気圧閾値Pthよりも低いとの条件である。なお、気圧閾値Pthは、例えば、1気圧未満の値(例えば、0.6~0.7気圧)に設定されればよい。第2絶縁条件は、温度検出値TDrが温度閾値TDthよりも高いとの条件である。なお、温度閾値TDthは、例えば、回転電機10の許容上限温度に近い温度(例えば、150℃)に設定されればよい。
【0034】
ステップS10において第1,第2絶縁条件の少なくとも1つが成立していないと判定した場合には、設定処理の実行条件が成立していないと判定し、設定処理を終了する。
【0035】
一方、ステップS10において第1,第2絶縁条件の全てが成立していると判定した場合には、ステップS11に進む。ステップS11では、第1駆動条件が成立しているか否かを判定する。第1駆動条件は、上アームスイッチSUHのターンオン動作に伴い発生するサージ電圧が大きくなる状況であるか否かを判定するための条件である。第1駆動条件は、上アームスイッチSUHのターンオン動作前に検出された電流検出値Iであるオフ電流値Ioffが低電流側閾値ILthよりも低いとの条件である。なお、低電流側閾値ILthは、上アームスイッチSUHのターンオン動作に伴い発生するサージ電圧が大きくなる状況であること判定できる値に設定され、例えば、10Aに設定されればよい。上アームスイッチSUHのターンオン動作に伴うサージ電圧は、下アームスイッチSULのボディダイオードのリカバリ動作に起因して発生する。
【0036】
ステップS11において第1駆動条件が成立していないと判定した場合には、ステップS12に進む。一方、ステップS11において第1駆動条件が成立していると判定した場合には、設定処理の実行条件が成立していると判定し、ステップS13に進む。
【0037】
ステップS12では、第2~第4駆動条件が成立しているか否かを判定する。第2~第4駆動条件は、上アームスイッチSUHのターンオフ動作に伴い発生するサージ電圧が大きくなる状況であるか否かを判定するための条件である。第2駆動条件は、上アームスイッチSUHのターンオフ動作前に検出された電流検出値Iであるオン電流値Ionが高電流側閾値IHthよりも高いとの条件である。なお、高電流側閾値IHthは、上アームスイッチSUHのターンオフ動作に伴う相電流の時間変化に起因して発生するサージ電圧が大きくなる状況であること判定できる値に設定され、例えば、回転電機10の許容上限電流値の80%に設定されればよい。また、第3駆動条件は、トルク指令値Trq*が、指令値閾値としてのトルク閾値Trqthよりも大きいとの条件である。なお、トルク閾値Trqthは、大電流を必要とする状況であること判定できる値に設定され、例えば、回転電機10の許容上限トルクの80%に設定されればよい。
【0038】
第4駆動条件は、電気角周波数ωeが、速度閾値としての低周波数閾値ωthよりも低いとの条件である。なお、低周波数閾値ωthは、高トルクでの駆動され得る状況であることを判定できる値に設定され、例えば、回転電機10の許容上限回転速度の10%の値に設定されればよい。
【0039】
ステップS12において第2~第4駆動条件のいずれもが成立していないと判定した場合には、設定処理の実行条件が成立していないと判定し、設定処理を終了する。一方、ステップS12において第2~第4駆動条件の少なくとも1つが成立していると判定した場合には、設定処理の実行条件が成立していると判定し、ステップS13に進む。
【0040】
ステップS13では、湿度検出値Hrが湿度閾値Hthよりも高いか否かを判定する。湿度閾値Hthは、部分放電HPが発生し易くなる湿度環境であることを判定するための判定値である。湿度閾値Hthは、適合等により定められていればよく、例えば、相対湿度65%に設定されればよい。ステップS13において否定判定した場合には、ステップS14に進む。ステップS14では、各スイッチSUH~SWLのスイッチング速度VSを第1スイッチング速度VB1に設定し、設定処理を終了する。
【0041】
一方、ステップS13において肯定判定した場合には、ステップS15に進む。ステップS15では、上アームスイッチSUHのスイッチング速度VSを、第1スイッチング速度VB1よりも高い第2スイッチング速度VB2に設定し、設定処理を終了する。例えば、駆動回路Drには、上アームスイッチSUHのゲートに接続される充電抵抗体及び放電抵抗体が設けられている。上アームスイッチSUHのターンオン動作において、スイッチング速度VSを第2スイッチング速度VB2に設定する場合には、第1スイッチング速度VB1に設定する場合に比べて、充電抵抗体の抵抗値を小さく設定する。これにより、上アームスイッチSUHのゲートへの電荷の流入速度が高くなり、スイッチング速度VSが高くなる。また、制御装置50は、ターンオフ動作において、スイッチング速度VSを第2スイッチング速度VB2に設定する場合には、第1スイッチング速度VB1に設定する場合に比べて、放電抵抗体の抵抗値を小さく設定する。これにより、上アームスイッチSUHのゲートからの電荷の流出速度が高くなり、スイッチング速度VSが高くなる。なお、本実施形態において、ステップS15の処理が「設定部」に相当する。
【0042】
以上詳述した本実施形態によれば、以下の効果が得られるようになる。
【0043】
回転電機10では、インバータ20を構成するスイッチSUH~SWLのスイッチング動作によりサージ電圧が発生し、サージ電圧の増大により部分放電HPが発生する。サージ電圧が発生してから部分放電HPが発生するまでには、放電遅れ期間TDが存在し、高湿度時には、低湿度時に比べて、放電遅れ期間TDが短くなる。本実施形態では、高湿度時には、低湿度時に比べてサージ発生期間TAが短くなるように、スイッチング動作の動作条件を設定する設定処理が行われる。つまり、高湿度時において、放電遅れ期間TDが相対的に短くなることに対応させて、サージ電圧が収束するまでの時間が短くなるようにサージ電圧の発生期間を制御するようにした。これにより、高湿度時において、放電遅れ期間TDが経過するまでにサージ電圧を収束させることができ、部分放電HPの発生を抑制することができる。
【0044】
本実施形態では、スイッチング動作の動作条件として、各スイッチSUH~SWLのスイッチング速度VSを用い、高湿度時には、低湿度時に比べてスイッチング速度VSが高くなるようにした。これにより、各スイッチング周期において、サージ発生期間TAを短くすることができ、部分放電HPの発生を抑制することができる。
【0045】
本実施形態では、スイッチング動作としてターンオン動作を行う場合には、オフ電流値Ioffが低電流側閾値ILthよりも低いと判定されたことを条件にスイッチング速度VSを高める処理が行われる。ターンオン動作では、オフ電流値Ioffが低電流側閾値ILthよりも低い状況で、サージ電圧が増大しやすい。サージ電圧が増大しやすい状況においてのみ上記処理が行われることで、サージ電圧を抑制しつつ、設定処理による制御装置50の処理負担の軽減を図ることができる。
【0046】
本実施形態では、スイッチング動作としてターンオフ動作を行う場合には、トルク指令値Trq*がトルク閾値Trqthよりも大きいと判定されたことを条件にスイッチング速度VSを高める処理が行われる。ターンオフ動作を行う場合には、トルク指令値Trq*がトルク閾値Trqthよりも大きい状況で、サージ電圧が増大しやすい。サージ電圧が増大しやすい状況においてのみ上記処理が行われることで、サージ電圧を抑制しつつ、設定処理による制御装置50の処理負担の軽減を図ることができる。
【0047】
また、スイッチング動作としてターンオフ動作を行う場合には、オン電流値Ionが高電流側閾値IHthよりも高いと判定されたことを条件にスイッチング速度VSを高める処理が行われる。ターンオフ動作を行う場合には、オン電流値Ionが高電流側閾値IHthよりも高い状況で、サージ電圧が増大しやすい。サージ電圧が増大しやすい状況においてのみ上記処理が行われることで、サージ電圧を抑制しつつ、設定処理による制御装置50の処理負担の軽減を図ることができる。
【0048】
さらに、スイッチング動作としてターンオフ動作を行う場合には、電気角周波数ωeが低周波数閾値ωthよりも低いと判定されたことを条件にスイッチング速度VSを高める処理が行われる。ターンオフ動作を行う場合には、電気角周波数ωeが低周波数閾値ωthよりも低い状況で、サージ電圧が増大しやすい。サージ電圧が増大しやすい状況においてのみ上記処理が行われることで、サージ電圧を抑制しつつ、設定処理による制御装置50の処理負担の軽減を図ることができる。
【0049】
温度検出値TDrが温度閾値TDthよりも高いと判定されたことを条件にスイッチング速度VSを高める処理が行われる。温度検出値TDrが温度閾値TDthよりも高い状況は、回転電機10の絶縁耐力が低くなる状況である。このような状況においてのみ上記処理が行われるため、サージ電圧を抑制しつつ、設定処理による制御装置50の処理負担の軽減を図ることができる。
【0050】
気圧検出値Prが気圧閾値Pthよりも低いと判定されたことを条件にスイッチング速度VSを高める処理が行われる。気圧検出値Prが気圧閾値Pthよりも低い状況は、回転電機10の絶縁耐力が低くなる状況である。このような状況においてのみ上記処理が行われるため、サージ電圧を抑制しつつ、設定処理による制御装置50の処理負担の軽減を図ることができる。
【0051】
(第2実施形態)
以下、第2実施形態について、先の第1実施形態との相違点を中心に図7を参照しつつ説明する。本実施形態では、設定処理において、スイッチング動作の動作条件として、各スイッチSUH~SWLのスイッチング周期FAを用いる点で第1実施形態と異なる。
【0052】
図7に、本実施形態の設定処理のフローチャートを示す。なお、図7において、先の図6に示した処理と同一の処理については、便宜上、同一のステップ番号を付して説明を省略する。
【0053】
図7に示すように、本実施形態の設定処理では、ステップS13において否定判定した場合には、ステップS20に進む。ステップS20では、回転電機10の制御を、第1スイッチング周期FB1を用いた制御に設定し、設定処理を終了する。
【0054】
一方、ステップS15において肯定判定した場合には、ステップS21に進む。ステップS21では、回転電機10の制御を、第1スイッチング周期FB1よりも長い第2スイッチング周期FB2を用いた制御に設定し、設定処理を終了する。例えば、ステップS21では、駆動信号SAの生成に用いるキャリア周波数をステップS20の場合よりも低く設定することにより、第1スイッチング周期FB1よりも第2スイッチング周期FB2を長くする。
【0055】
高湿度時にスイッチング周期FAを相対的に長く設定することで、回転電機10の駆動期間におけるサージ発生期間TAの発生頻度が少なくなる。これにより、回転電機10の駆動期間に占めるサージ発生期間TAの割合を少なくすることができ、部分放電HPの発生を抑制することができる。なお、本実施形態において、ステップS21の処理が「設定部」に相当する。
【0056】
<その他の実施形態>
なお、上記実施形態は、以下のように変更して実施してもよい。
【0057】
・移動体としては、車両に限られず、船舶又は航空機などであってもよい。移動体が船舶の場合、回転電機が船舶の航行動力源となり、移動体が航空機の場合、回転電機が航空機の飛行動力源となる。特に、移動体が航空機の場合、飛行高度により回転電機の雰囲気湿度が大きく変化しやすいため、雰囲気湿度によりサージ電圧の発生期間を制御し、部分放電の発生を抑制することが有効となる。
【0058】
・インバータを構成するスイッチとしては、NチャネルMOSFETに限らず、例えばIGBTであってもよい。この場合、スイッチの高電位側端子がコレクタとなり、低電位側端子がエミッタとなる。また、この場合、スイッチにフリーホイールダイオードが逆並列に接続されていればよい。
【0059】
・インバータ及び回転電機は、3相のものに限らず、2相のものであっても4相以上のものであってもよい。つまり、インバータ及び回転電機は、多相のものであればよい。
【0060】
・回転電機の制御量はトルクに限らず、例えば回転速度であってもよい。
【0061】
・上記実施形態では、湿度閾値Hthにより高湿度時と低湿度時と区分し、高湿度時と低湿度時とでスイッチング速度VS又はスイッチング周期FAを切り替える例を示したが、これに限られない。例えば、図8に示すように、湿度検出値Hrが高いほど、スイッチング速度VSを高くしたり、スイッチング周期FAを長くしたりしてもよい。
【0062】
・本開示に記載の制御部及びその手法は、コンピュータプログラムにより具体化された一つ乃至は複数の機能を実行するようにプログラムされたプロセッサ及びメモリを構成することによって提供された専用コンピュータにより、実現されてもよい。あるいは、本開示に記載の制御部及びその手法は、一つ以上の専用ハードウェア論理回路によってプロセッサを構成することによって提供された専用コンピュータにより、実現されてもよい。もしくは、本開示に記載の制御部及びその手法は、一つ乃至は複数の機能を実行するようにプログラムされたプロセッサ及びメモリと一つ以上のハードウェア論理回路によって構成されたプロセッサとの組み合わせにより構成された一つ以上の専用コンピュータにより、実現されてもよい。また、コンピュータプログラムは、コンピュータにより実行されるインストラクションとして、コンピュータ読み取り可能な非遷移有形記録媒体に記憶されていてもよい。
【符号の説明】
【0063】
10…回転電機、11U…U相巻線、11V…V相巻線、11W…W相巻線、20…インバータ、50…制御装置、100…システム、SUH~SWL…スイッチ、TA…サージ電圧の発生期間。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8