(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022167344
(43)【公開日】2022-11-04
(54)【発明の名称】シート材の製造方法及びそのシート材
(51)【国際特許分類】
A23L 5/00 20160101AFI20221027BHJP
【FI】
A23L5/00 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021073092
(22)【出願日】2021-04-23
(71)【出願人】
【識別番号】504160781
【氏名又は名称】国立大学法人金沢大学
(74)【代理人】
【識別番号】100114074
【弁理士】
【氏名又は名称】大谷 嘉一
(74)【代理人】
【識別番号】100222324
【弁理士】
【氏名又は名称】西野 千明
(72)【発明者】
【氏名】西脇 ゆり
【テーマコード(参考)】
4B035
【Fターム(参考)】
4B035LC16
4B035LE06
4B035LG04
4B035LG06
4B035LG26
4B035LG40
4B035LP59
(57)【要約】
【課題】従来のような成型のための原料を加えることなく、食品の成分をほぼ維持したシート材の製造方法及びそのシート材の提供を目的とする。
【解決手段】水不溶性食物繊維を含有する食品と、カルボン酸とを混合させて得られるシート材の製造方法と、セルロースを含有する食品を50質量%以上100質量%未満含み、前記セルロースがセルロースII型結晶構造を有することを特徴とするシート材。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
水不溶性食物繊維を含有する食品と、カルボン酸とを混合させて得られるシート材の製造方法。
【請求項2】
前記水不溶性食物繊維を含有する食品と前記カルボン酸とを混合後に、カルボン酸を除去してシート状に形成することを特徴とする請求項1に記載のシート材の製造方法。
【請求項3】
前記水不溶性食物繊維中のセルロースと、前記カルボン酸とを反応させることを特徴とする請求項1又は2に記載のシート材の製造方法。
【請求項4】
前記セルロース中の水酸基と前記カルボン酸とを反応させ、エステル及び/又はアセタールを形成させることを特徴とする請求項3に記載のシート材の製造方法。
【請求項5】
前記カルボン酸はギ酸、グリオキシル酸、ピルビン酸、酢酸、乳酸、クエン酸、コハク酸、リンゴ酸、酒石酸、フマル酸及びグルコン酸からなる群から選択される1種以上であることを特徴とする請求項1~4のいずれかに記載のシート材の製造方法。
【請求項6】
前記水不溶性食物繊維を含有する食品は、直径3mm以下の粉末状であることを特徴とする請求項1~5のいずれかに記載のシート材の製造方法。
【請求項7】
セルロースを含有する食品を50質量%以上100質量%未満含み、
前記セルロースがセルロースII型結晶構造を有することを特徴とするシート材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シート材の製造方法及びそのシート材に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、湿布や絆創膏のような医薬品シート、紙や不織布のような日用品シート、フェイスパックのような化粧品シート、食べられる食品シートなど、様々なシート材が種々製造されている。
例えば食品シートとしては、クレープ、薄焼き卵、オブラート、ゼラチンシート、餃子や春巻きの皮、海苔などが挙げられるが、これら食品シートは外観や食感などが良く、消費者に好まれると共に、餃子や海苔巻きのように具材等を包むことにより多様な食品文化に貢献している。
【0003】
例えばクレープや薄焼き卵は、原料の卵のタンパク質が熱で変性して固まることを利用してシート状としている。
オブラートは澱粉に水を加えて乾燥、ゼラチンシートはゼラチンに熱水を加えて冷却、餃子や春巻きの皮は小麦粉等に水を加えて練ることにより澱粉やグルテンによりシート状としている。
海苔は、水分を含んだ状態から乾燥することで繊維が絡まり合ったシートが作成される。
このように、卵のタンパク質の変性や水溶性高分子である澱粉やゼラチンを利用したシートの形成、及び繊維の絡み合いを利用したシートの形成が行われてきた。
【0004】
特許文献1に米澱粉、卵白、無脂乳固形分を含むシート状食品、特許文献2に野菜などの食材とこんにゃく、ペクチンなどの結着剤を含むシート状食品について開示する。
こんにゃくの主成分は水溶性高分子(水溶性食物繊維)であるグルコマンナンであり、ペクチンも水溶性食物繊維であるが、このような卵や水溶性高分子などの成型のための原料を添加すると、風味や食感等が変化する。
そのため、元の食品の風味などをほぼそのまま維持したシート材が求められている。
【0005】
このように、従来水溶性食物繊維がシートの成型に利用されてきた一方、食品中の水不溶性食物繊維を利用してシートを形成させることは行われてこなかった。
水不溶性食物繊維は大半がセルロースであるが、「水不溶性」の名称の通り水に溶解しない。
通常、水酸基を持つ化合物は水に溶解しやすいが、セルロースは水酸基を多く持つものの、分子内や分子間で水素結合して水和しにくいことなどから、水に難溶性である。
更に一般的な有機溶媒等にも難溶性である。
よって、これまでシートの作成に利用されることはなかった。
【0006】
発明者は、非特許文献1に示されるように、これまで木粉をカルボン酸に溶解してフィルム状、シート状の素材を開発してきた。
この手法を応用して、本シート材の製造方法及びそのシート材を発案した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2020-141607
【特許文献2】特許第6457060号
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】ACS Sustainable Chem. Eng., 5 (12), pp 11536-11542, November 2017
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、従来のような成型のための原料を加えることなく、食品の成分をほぼ維持したシート材の製造方法及びそのシート材の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係るシート材の製造方法は、水不溶性食物繊維を含有する食品と、カルボン酸とを混合させて得られることを特徴とする。
ここで、水不溶性食物繊維とは、例えばセルロース、ヘミセルロース、キチン、キトサンなどが挙げられ、これらを含有する食品としては、例えば葉物野菜、根菜、海藻、穀類、茶葉、豆、種実、きのこ類、甲殻類などが挙げられる。
【0011】
本発明においては、前記水不溶性食物繊維を含有する食品と前記カルボン酸とを混合後に、カルボン酸を除去してシート状に形成することが好ましい。
カルボン酸の除去とは、例えばセルロースの水酸基とエステルやアセタール等を形成しなかったカルボン酸の除去をいい、除去方法としては自然乾燥や減圧乾燥、加熱乾燥、洗浄、濾過等が挙げられる。
【0012】
本発明においては、前記水不溶性食物繊維中のセルロースと、前記カルボン酸とを反応させてもよく、前記セルロース中の水酸基と前記カルボン酸とを反応させ、エステル及び/又はアセタールを形成させることが好ましい。
このような反応で水酸基が修飾され水酸基同士の水素結合が弱まることで溶解が進み、シートが形成されやすくなると考えられる。
【0013】
本発明においては、水不溶性食物繊維中のセルロースの結晶構造が変化していると推定される。
従来、天然セルロースが結晶として存在することが広く知られている。
また、一旦溶媒に溶解し再生、あるいは膨潤したセルロースの多くも結晶構造を有するが、その構造は天然のセルロースI型結晶構造とは異なるセルロースII型結晶構造である。
I型は分子の充填様式が平行鎖、II型は逆平行鎖であり、I型の中にはさらに異なるタイプがあり、他にIII型やIV型も知られている。
本発明においては、水不溶性食物繊維がカルボン酸に溶解または膨潤していると考えられることから、その結晶構造が元の食品とは異なる状態、すなわちセルロースII型結晶構造に変化していると推定される。
【0014】
本発明においては、前記カルボン酸はギ酸、グリオキシル酸、ピルビン酸、酢酸、乳酸、クエン酸、コハク酸、リンゴ酸、酒石酸、フマル酸及びグルコン酸からなる群から選択される1種以上であることが好ましい。
また、前記水不溶性食物繊維を含有する食品は、直径3mm以下(粒度分布にて90%以上が直径3mm以下)の粉末状であってもよい。
【0015】
本発明に係るシート材は、セルロースを含有する食品を50質量%以上100質量%未満含み、前記セルロースが主にセルロースII型結晶構造を有することを特徴とする。
前述のようにセルロースII型結晶構造とは、元の食品中セルロース(例えばセルロースI型結晶構造)が変化したものである。
ここで、セルロースを含有する食品を100質量%未満含むと表現したのは、セルロースの結晶構造が変化してシート材に形成された後は、混合したカルボン酸をできるだけ除去し、食品そのものに近い方が好ましいからである。
結晶構造は公知の方法、例えばX線回折、赤外分光、固体NMR(nuclear magnetic resonance)等を用いて解析可能である。
なお、本発明におけるシート材は、乾燥や洗浄などの際に元の食品成分が少量失われたり、溶媒のカルボン酸が残留することを許容するものである。
【発明の効果】
【0016】
本発明により製造されたシート材は、食品の成分や香りをほぼ維持しつつ、シート状という外観で消費者に訴求できるものである。
また、様々な食品をシート状にできることから、食品文化に多彩な影響を与えることができる。
本発明に係る製造方法は食用のシートに留まらず、健康食品や医薬品として使用可能なシート、日用品としての香りシート、フェイスパックのような化粧品シートなど、様々なシート材を製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明における水不溶性食物繊維として、例えばセルロース、ヘミセルロース、キチン、キトサンなどが挙げられる。
水不溶性食物繊維を含有する食品としては、例えば葉物野菜、根菜、海藻、穀類、茶葉、豆、種実、きのこ類、甲殻類などが挙げられ、水不溶性食物繊維量が多い食品としては、例えば日本食品標準成分表を参考にすると、せん茶、玉露、抹茶、紅茶、大豆、小豆、アーモンド、ココア、おから、きな粉、餡、ごま、干しいたけ、切干大根、ごぼうなどが挙げられる。
好ましくは、直径3mm以下の粉末状である抹茶、紅茶パウダー、ココア、きな粉、さらし餡、しいたけパウダー、野菜パウダーなどであるが、粉末状でない食品の場合には、乾燥後にミルなどで粉砕し、直径3mm以下の粉末状にした後、カルボン酸と混合することが望ましい。
本発明においては、水不溶性食物繊維含有量が3%以上である食品がより好ましい。
水不溶性食物繊維を含有する食品は、単独であっても、2種以上を混合することもでき、カルボン酸に対して等量~1000分の1量程度で混合することが取り扱い易さから望ましい。
【0019】
本発明におけるカルボン酸としては、例えばギ酸、グリオキシル酸、ピルビン酸、酢酸、乳酸、クエン酸、コハク酸、リンゴ酸、酒石酸、フマル酸、グルコン酸などが挙げられ、これらは単独であってもよく、2種以上を混合してもよい。
セルロースは水酸基を多く有し、分子内や分子間で水素結合するため水に溶解しにくいが、カルボン酸がセルロースの水酸基とエステルやアセタールを形成することで水酸基同士の水素結合を弱め、セルロースの一部または全部を溶解することでシート形成しやすくなると考えられる。
そのため、カルボン酸は水溶液であってもよいが、高濃度の方が溶解しやすいため、ギ酸、酢酸、ピルビン酸などの常温で液体のカルボン酸は水を添加せず使用することが望ましい。
また、常温で固体のカルボン酸は水に溶解し得る最大の濃度で溶解した水溶液として用いるか、もしくは融点以上の温度で融解した状態で使用することが望ましい。
なお、上記カルボン酸はエステルを形成可能であり、またカルボニル基、ホルミル基を持つカルボン酸の場合にアセタールを形成可能である。
【0020】
水不溶性食物繊維を含有する食品とカルボン酸との混合方法は、スターラー、撹拌機、混錬機、ミキサー、ブレンダーなどを用いた機械的混合であっても、ヘラ、泡だて器等を用いた手動の混合でもあってもよい。
【0021】
カルボン酸の除去方法としては、例えば自然乾燥、真空乾燥、減圧乾燥、加熱による乾燥、水などの良溶媒による洗浄、半透膜を利用した透析による除去、限外濾過膜を利用した濾過等が挙げられる。
例えば、ギ酸などの沸点が低いカルボン酸の場合には自然乾燥や減圧乾燥が好ましく、グリオキシル酸などの沸点が高いカルボン酸は真空乾燥や減圧乾燥、加熱による乾燥が好ましい。
【0022】
製造されたシート材は、元の食品中セルロースとは異なるセルロースII型結晶構造を主に有するセルロースであって、このセルロースを含有する食品を50質量%以上100質量%未満含むことが好ましい。
本発明において得られるシート材は、透光性を有しやすい。
ここで透光性とは、例えば線を印刷した紙上にシート材を載せた場合に、シート材を通して上記線が透けて見えることをいう。
これは、水不溶性食物繊維がカルボン酸に溶解または膨潤することで、元の構造に変化が生じているためと推定される。
シート材の厚みは特に限定されないが、20μm未満で破れやすいなど強度が弱くなることがあるので、20μm以上であることが好ましい。
【0023】
本発明に係るシート材の製造方法においては、必要に応じて他の食品や調味料、着色料、香料などを添加することができ、カルボン酸を混合する際に併せて添加してもよい。
医薬品シート、日用品シートや化粧品シートを製造する場合には、例えば薬効成分、保湿剤、油剤、エキス類、防腐剤などを添加することもできる。
[実施例]
【0024】
本発明に係るシート材及びその製造方法を、以下の実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
また、本発明において室温とは10℃~30℃をいうが、好ましくは15℃~25℃である。
<製造方法>
【0025】
実施例1~6は、食品として抹茶(株式会社伊藤園製の「おーいお茶宇治抹茶」(登録商標))及び/又はきな粉(日本生活協同組合連合会製の「北海道の大豆100%使用きな粉」)を選択し、カルボン酸としてギ酸及び/又は酢酸を選択した。
一方、比較例1,2は、食品として上記抹茶又はきな粉を選択し、カルボン酸の代わりに精製水を用いた例である。
実施例1~6及び比較例1,2は、表1に示す比率、温度、時間条件で混合(マグネティックスターラーを用いて攪拌)した。
乾燥用容器として、蓋に突起を数か所持ち通気性があるシャーレを選択し、内側に基材であるポリエチレンテレフタラート(テトロン(登録商標))フィルムを敷いた上で、上記により得られた混合液を、流し入れた。
室温で約3日かけて自然乾燥させた後、室温で0.5時間~1時間減圧乾燥(真空ポンプを用いて約10~20hPaに減圧)し、実施例1~6及び比較例1,2を得た。
なお、蓋つき容器を用いたのは、乾燥速度が速すぎるとシートに割れなどが生じる可能性が高く、乾燥速度を適度に遅くするためである。
また、基材はシート作成後に剥がしやすくするために用い、減圧乾燥は念押しとして追加的に加えた。
【表1】
<評価方法>
【0026】
1.シート形成
得られた実施例1~6及び比較例1,2に対し、シート形成の有無を評価した。
外観上シートを形成しており、基材フィルムから剥がして厚みを計測できた場合を〇とし、それ以外の場合を×とした。
【0027】
2.シート透光性
得られた実施例1~6のシートが、透光性を有するかを評価した。
線を印刷した紙上にシートを載せ、シートを通して後ろの線が確認できた場合を○とし、それ以外の場合を×とした。
【0028】
3.シート厚み
得られた実施例1~6のシートの厚みを、マイクロメーター(ミツトヨ社製)を用いて測定した。
なお、表2は1サンプルあたり5点計測し、その平均値を記載したものである。
【0029】
4.シートの原料食品に対する質量比
カルボン酸と混合する前の食品質量を100%として、得られた実施例1~6のシート質量を測定した。
ここで、質量比が100%の場合は元の食品成分が維持されたと考えられるが、100%以下の場合は乾燥時などに食品成分が失われ、100%以上であればカルボン酸が化学結合して(一部は乾燥により除去されずに)残留したと考えられる。
【0030】
5.シート組成
得られた実施例1~6のシート組成(質量%)を、下記の計算式で算出した。
(食品の質量%)=(混合前の食品質量)/(シート質量)
(カルボン酸の質量%)=100%-(食品の質量%)
【0031】
【0032】
表2に示すように、実施例1~6はシート形成したが、比較例1,2は食品が元の粉状に戻っただけでシートが形成されなかった。
シート形成した実施例1~6は、すべて透光性を有するものであった。
シートの厚みは混合液の粘度などに影響を受けるため実施例1~6は厚みが様々であったが、いずれも20μm以上であった。
実施例2はシートに泡の痕跡が、実施例3,5はシートに溶け残り粒子が認められた。
これは、混合液が泡を含んでいても、あるいは粉末状の食品が完全に溶解しなくても、シート形成可能であることを意味する。
得られたシートの質量を測定した結果から、化学結合等によりギ酸、酢酸が残留したと考えられる。
作成されたシート組成を算出したところ、シート中の食品(抹茶及び/又はきな粉)は53質量%~88質量%であった。
【0033】
図1,2に、シート材である実施例1、3の写真画像を示す。
図1、2はそれぞれ透光性をわかりやすくするために、線を印刷した紙にシート材を載せて撮影した。
図に示すように、実施例1、3のシート材は透光感があり、後ろが透けて見えた。
実施例1~6のシート材は、柔らかく曲げることができ、それぞれ抹茶やきな粉の香りがした。
なお、シート材によって透光性や柔らかさが異なり、食品中の成分が物性に影響していると考えられる。