(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022167537
(43)【公開日】2022-11-04
(54)【発明の名称】膜電極接合体
(51)【国際特許分類】
H01M 8/1051 20160101AFI20221027BHJP
H01M 8/10 20160101ALI20221027BHJP
【FI】
H01M8/1051
H01M8/10 101
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021073385
(22)【出願日】2021-04-23
(71)【出願人】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(71)【出願人】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110227
【弁理士】
【氏名又は名称】畠山 文夫
(72)【発明者】
【氏名】星川 尚弘
(72)【発明者】
【氏名】北野 直紀
(72)【発明者】
【氏名】津坂 恭子
(72)【発明者】
【氏名】篠原 朗大
(72)【発明者】
【氏名】篠崎 数馬
(72)【発明者】
【氏名】加藤 時穂
【テーマコード(参考)】
5H126
【Fターム(参考)】
5H126AA05
5H126BB06
5H126GG11
5H126JJ05
(57)【要約】
【課題】固体高分子電解質の劣化を引き起こすラジカルの発生を抑制することが可能な膜電極接合体を提供すること。
【解決手段】膜電極接合体は、固体高分子電解質を含む電解質膜と、前記電解質膜の一方の面に接合されたアノード触媒層と、前記電解質膜の他方の面に接合されたカソード触媒層と、前記電解質膜内のアノード側に偏析している第1微粒子とを備え、前記第1微粒子は、過酸化水素を分解する機能を有する第1化合物からなる。前記第1化合物は、酸化タングステン(+IV、+V、+VI)、及び/又は、タングステン酸塩が好ましい。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体高分子電解質を含む電解質膜と、
前記電解質膜の一方の面に接合されたアノード触媒層と、
前記電解質膜の他方の面に接合されたカソード触媒層と、
前記電解質膜内のアノード側に偏析している第1微粒子と
を備え、
前記第1微粒子は、過酸化水素を分解する機能を有する第1化合物からなる
膜電極接合体。
【請求項2】
前記電解質膜の前記アノード側の表面から前記電解質膜の中央までの領域(アノード側領域)に含まれる前記第1微粒子の平均含有量が0.1mass%以上5.0mass%以下であり、
前記電解質膜の中央から前記解質膜のカソード側の表面までの領域(カソード側領域)に含まれる前記第1微粒子の平均含有量が0.1mass%未満である
請求項1に記載の膜電極接合体。
【請求項3】
前記第1化合物は、タングステン化合物からなる請求項1又は2に記載の膜電極接合体。
【請求項4】
前記第1化合物は、酸化タングステン(+IV、+V、+VI)、及び/又は、タングステン酸塩からなる請求項1から3までのいずれか1項に記載の膜電極接合体。
【請求項5】
(a)前記固体高分子電解質の酸基のプロトンとイオン交換している、ラジカルを消去する機能を有する第2金属元素のイオン、及び/又は、
(b)前記電解質膜内に分散している、前記第2金属元素を含む第2化合物からなる第2微粒子
をさらに含む請求項1から4までのいずれか1項に記載の膜電極接合体。
【請求項6】
前記第2金属元素は、Ceである請求項5に記載の膜電極接合体。
【請求項7】
次の式(1)を満たす請求項5又は6に記載の膜電極接合体。
0.0005≦M/A≦0.15 …(1)
但し、
M/Aは、前記固体高分子電解質に含まれる前記酸基のモル数(A)に対する、前記第2金属元素のモル数(M)の比。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、膜電極接合体に関し、さらに詳しくは、固体高分子電解質の劣化を引き起こすラジカルの発生を抑制する機能を持つ添加物を含む膜電極接合体に関する。
【背景技術】
【0002】
ソーダ電解装置、水電解装置、燃料電池などにおいて、電気化学反応を生じさせる部位に膜電極接合体(MEA)が用いられている。MEAは、酸素と水素の直接反応若しくは電気化学反応によって直接的に生成するラジカル、又は、過酸化水素を経て生成するラジカルにより、電解質が攻撃され劣化すると言われている。
例えば、燃料電池においては、ラジカル攻撃により電解質膜の抵抗増加、クロスリークの増加、薄膜化による短寿命化などが起こることが知られている。さらには、ラジカル攻撃により生成する劣化生成物により触媒被毒が起こり、電解性能や電池性能が低下するおそれがある。
【0003】
そこでこの問題を解決するために、従来から種々の提案がなされている。
例えば、特許文献1には、延伸PTFE膜にイオン交換材料を含浸させたコンポジット膜の一方の面に、イオン交換材料及び白金担持カーボンを含む第二層が形成された固体高分子電解質膜が開示されている。
同文献には、高強度の固体高分子電解質中に白金担持カーボンを分散させると、燃料電池の寿命が向上する点が記載されている。
【0004】
特許文献2には、高分子電解質からなる膜状の母材と、母材内に分散している貴金属微粒子とを備え、貴金属微粒子が母材の厚み方向に濃度勾配を有して分散している高分子電解質膜が開示されている。
同文献には、
(A)膜内に貴金属微粒子を分散させると、ラジカルを失活させることができる点、
(B)貴金属微粒子は、膜中に均一に分散させるよりも、カソード側に偏在させる方がラジカルを効率良く失活させることができる点、及び、
(C)貴金属微粒子の濃度の極大値は、高分子電解質膜のカソード触媒層に接する表面近傍に有することが好ましい点
が記載されている。
【0005】
特許文献3には、
(a)炭化水素系電解質からなる基材の一方の面に、含硫黄芳香族化合物を含む劣化防止剤溶液を塗布し、溶媒を除去することにより、基材の一方の面に劣化防止層を形成し、
(b)基材の劣化防止層側の表面にカソード触媒層を形成し、基材の劣化防止層を有さない表面にアノード触媒層を形成する
ことにより得られる膜電極接合体が開示されている。
同文献には、
(A)含硫黄芳香族化合物は、ラジカルを失活させる劣化防止剤としての機能と、触媒層内の白金が電解質膜内に析出するのを抑制する機能を備えている点、及び、
(B)劣化防止層を含むMEAは、劣化防止層を含まないMEAに比べて高分子電解質膜の劣化が少ない点
が記載されている。
【0006】
さらに、特許文献4には、ゾルゲル法を用いて、Ti等の酸素との親和力の強い金属を含む酸素捕集材をカソード側に偏在させた燃料電池用電解質膜が開示されている。
同文献には、
(A)電解質膜のカソード側に酸素捕集材を配置すると、酸素がカソード側からアノード側にクロスリークするのを抑制できる点、及び、
(B)これによって電解質膜の劣化を引き起こす過酸化水素の形成が抑制され、電解質膜の耐久性が向上する点
が記載されている。
【0007】
特許文献1~4には、電解質膜にある種の添加物を添加すると、電解質膜の耐久性を向上させることができる点が記載されている。また、特許文献2~3には、この種の添加物をカソード側に偏在させると、劣化抑制効果が高いことが記載されている。
【0008】
これらの添加物の内、貴金属微粒子(特許文献1、2)は、ヒドロキシラジカルを分解する効果がある。しかし、ヒドロキシラジカルの発生原因であるFeイオンは電解質膜の膜厚方向にランダムに存在しているために、ヒドロキシラジカルの生成位置もランダムである。そのため、貴金属微粒子をカソード側に偏在させても、ヒドロキシラジカルを効率的に分解できないという問題がある。
また、含硫黄芳香族化合物(特許文献3)は、有機物であるため、ヒドロキシラジカルにより分解し、効果が消失しやすいという問題がある。また、含硫黄芳香族化合物が触媒層に移動すると、触媒を被毒するという問題がある。
さらに、特許文献4に記載の方法は、金属アルコキシドを電解質膜中でゾルゲル反応させて金属酸化物とし、さらに還元して酸素捕集材とするため、製造方法が煩雑であるという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2014-139939号公報
【特許文献2】特開2012-164647号公報
【特許文献3】特開2013-175421号公報
【特許文献4】特開2007-042491号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明が解決しようとする課題は、固体高分子電解質の劣化を引き起こすラジカルの発生を抑制することが可能な膜電極接合体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために本発明に係る膜電極接合体は、
固体高分子電解質を含む電解質膜と、
前記電解質膜の一方の面に接合されたアノード触媒層と、
前記電解質膜の他方の面に接合されたカソード触媒層と、
前記電解質膜内のアノード側に偏析している第1微粒子と
を備え、
前記第1微粒子は、過酸化水素を分解する機能を有する第1化合物からなる。
【発明の効果】
【0012】
電解質膜の劣化は、
(a)カソードからアノードに透過した酸素がアノード触媒上において水素と反応することでH2O2が生成し、
(b)アノード触媒上で生成したH2O2が電解質膜内に拡散し、電解質膜中に不純物として混入しているFeとH2O2とが反応することでヒドロキシラジカルが生成し、
(c)ヒドロキシラジカルが電解質を分解する、
ことにより起こると考えられる。
【0013】
そのため、過酸化水素を分解する機能を有する第1微粒子をアノード側に偏在させると、アノードにおいて生成したH2O2がヒドロキシラジカルとなる前に水と酸素に分解される。その結果、電解質膜の分解が抑制され、電解質膜の化学的耐久性が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1(A)は、実施例5で得られた電解質膜のシャーレ側の面のSEM像である。
図1(B)は、実施例5で得られた電解質膜の空気側の面のSEM像である。
【
図2】実施例1~7及び比較例1~2で得られた電解質膜の90時間後のFイオン溶出量の累計である。
【
図3】実施例2、5及び比較例3、4で得られた電解質膜の90時間後のFイオン溶出量の累計である。
【
図4】実施例2及び比較例2で得られた燃料電池のI-V性能である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. 膜電極接合体]
本発明に係る膜電極接合体は、
固体高分子電解質を含む電解質膜と、
前記電解質膜の一方の面に接合されたアノード触媒層と、
前記電解質膜の他方の面に接合されたカソード触媒層と、
前記電解質膜内のアノード側に偏析している第1微粒子と
を備えている。
【0016】
膜電極接合体は、
(a)前記固体高分子電解質の酸基とイオン交換している、ラジカルを消去する機能を有する第2金属元素のイオン、及び/又は、
(b)前記電解質膜内に分散している、前記第2金属元素を含む第2化合物からなる第2微粒子
をさらに含むものでも良い。
【0017】
[1.1. 電解質膜]
電解質膜は、固体高分子電解質を含む。本発明において、電解質膜に含まれる固体高分子電解質の種類は、特に限定されない。固体高分子電解質は、フッ素系電解質又は炭化水素系電解質のいずれであっても良い。電解質膜には、これらのいずれか1種の固体高分子電解質が含まれていても良く、あるいは、2種以上が含まれていても良い。
また、固体高分子電解質の酸基の種類についても、特に限定されない。酸基としては、スルホン酸基、カルボン酸基、ホスホン酸基、スルホンイミド基等がある。固体高分子電解質には、これらの酸基のいずれか1種類のみが含まれていても良く、あるいは、2種以上が含まれていても良い。
【0018】
フッ素系電解質としては、例えば、ナフィオン(登録商標)、フレミオン(登録商標)、アクイヴィオン(登録商標)、アシプレックス(登録商標)などがある。
フッ素系電解質は、高分子の構造内にC-H結合を含まない全フッ素系電解質の他に、高分子の構造内にC-H結合とC-F結合とを含む部分フッ素系電解質も含まれる。
【0019】
炭化水素系電解質としては、例えば、
(a)スルホン酸基などの酸基が導入されたポリエーテルエーテルケトン、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリイミド、ポリフェニレン、ポリアミド、ポリアミドイミド、又は、これらの誘導体からなる全芳香族炭化水素系電解質、
(b)脂肪族炭化水素系電解質の高分子鎖の一部に芳香環を有する部分芳香族炭化水素系電解質、
などがある。
【0020】
さらに、電解質膜は、各種の添加剤を含む固体高分子電解質(複合電解質)のみからなるものでも良く、あるいは、複合電解質と補強材との複合体であっても良い。この場合、補強材の種類は、特に限定されない。
補強材としては、例えば、
(a)ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、パーフルオロアルコキシアルカン(PFA)、パーフルオロエチレンプロペンコポリマー(FEP)、エチレンテトラフルオロエチレンコポリマー(ETFE)などのフッ素系樹脂の多孔膜や不織布、
(b)ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)などの炭化水素系樹脂の多孔膜や不織布、
などがある。
【0021】
[1.2. アノード触媒層]
電解質膜の一方の面には、アノード触媒層が接合されている。アノード触媒層は、水素酸化反応に対して活性を有する電極触媒(アノード触媒)と、触媒層アイオノマとを備えている。アノード触媒は、水素酸化反応に対する活性を有する触媒粒子(A)のみからなるものでも良く、あるいは、触媒粒子(A)が担体表面に担持されているものでも良い。
本発明において、触媒層アイオノマ、触媒粒子(A)、及び担体の材料は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な材料を選択することができる。
【0022】
アノード側の触媒層アイオノマは、電解質膜を構成する固体高分子電解質と同一の材料からなるものでも良く、あるいは、異なる材料でも良い。
触媒粒子(A)としては、例えば、貴金属、2種以上の貴金属を含む合金、1種又は2種以上の貴金属と1種又は2種以上の卑金属との合金などがある。
担体としては、例えば、カーボンブラック、カーボンナノチューブ、カーボンナノホーン、活性炭、天然黒鉛、メソカーボンマイクロビーズ、ガラス状炭素粉末などがある。
【0023】
[1.3. カソード触媒層]
電解質膜の他方の面には、カソード触媒層が接合されている。カソード触媒層は、酸素還元反応に対して活性を有する電極触媒(カソード触媒)と、触媒層アイオノマとを備えている。カソード触媒は、酸素還元反応に対する活性を有する触媒粒子(B)のみからなるものでも良く、あるいは、触媒粒子(B)が担体表面に担持されているものでも良い。
本発明において、触媒層アイオノマ、触媒粒子(B)、及び担体の材料は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な材料を選択することができる。
【0024】
カソード側の触媒層アイオノマは、電解質膜を構成する固体高分子電解質と同一の材料からなるものでも良く、あるいは、異なる材料でも良い。
触媒粒子(B)としては、例えば、貴金属、2種以上の貴金属を含む合金、1種又は2種以上の貴金属と1種又は2種以上の卑金属とを含む合金などがある。
担体としては、例えば、カーボンブラック、カーボンナノチューブ、カーボンナノホーン、活性炭、天然黒鉛、メソカーボンマイクロビーズ、ガラス状炭素粉末などがある。
【0025】
[1.4. 第1微粒子]
[1.4.1. 材料]
「第1微粒子」とは、過酸化水素を分解する機能を有する第1化合物(無機化合物)からなる微粒子をいう。
第1化合物の種類は、過酸化水素を分解する機能を奏するものである限りにおいて、特に限定されない。第1化合物としては、例えば、タングステン化合物、ルテニウム化合物、スズ化合物、モリブデン化合物などがある。
これら中でも、第1化合物は、タングステン化合物が好ましい。タングステン化合物は、他の材料に比べて過酸化水素分解能が高いので、第1微粒子の材料として好適である。
【0026】
タングステン化合物としては、例えば、
(a)酸化タングステン(+IV、+V、+VI)、
(b)タングステン酸塩
などがある。
第1微粒子は、これらのいずれか1種からなるものでも良く、あるいは、2種以上を含む混合物であっても良い。
【0027】
酸化タングステンは、無水物であっても良く、あるいは、水和物であっても良い。酸化タングステンは、特に、WO3・(1/3)H2O又はWO3・2H2Oが好ましい。WO3の1/3水和物又は2水和物は、他の酸化タングステンに比べて過酸化水素分解能が格段に高いので、第1微粒子の材料として特に好適である。
タングステン酸塩としては、例えば、Al2(WO4)3、BaWO4、FeWO4、Ni2WO4、Cu2WO4、ZnWO4などがある。
【0028】
[1.4.2. 第1微粒子の位置]
第1微粒子は、電解質膜内のアノード側に偏析している。この点が従来とは異なる。
ここで、「アノード側に偏在」とは、アノード側領域に含まれる第1微粒子の含有量がカソード側領域に含まれる第1微粒子の含有量より多いことをいう。
「アノード側領域」とは、電解質膜のアノード側の表面から電解質膜の中央までの領域をいう。
「カソード側領域」とは、電解質膜の中央から電解質膜のカソード側の表面までの領域をいう。
【0029】
過酸化水素は、カソードからアノードに透過した酸素がアノード触媒上において水素と反応することにより生成する。アノード触媒上において生成した過酸化水素がラジカルになる前に水と酸素に分解されるには、第1微粒子の位置は、アノード側に近いほど良い。ラジカルによる劣化を抑制するためには、第1微粒子は、電解質膜のアノード側表面の直下に位置しているのが好ましい。
【0030】
[1.4.3. 第1微粒子の平均含有量]
「平均含有量」とは、アノード側領域又はカソード側領域に含まれる固体高分子電解質及び第1微粒子の総質量に対する第1微粒子の質量の割合をいう。
【0031】
アノード側領域の第1微粒子の平均含有量は、膜電極接合体の耐久性に影響を与える。アノード側領域の第1微粒子の平均含有量が多くなるほど、膜電極接合体の耐久性が向上する。このような効果を得るためには、アノード側領域の第1微粒子の平均含有量は、0.1mass%以上が好ましい。
【0032】
一方、アノード側領域の第1微粒子の平均含有量が過剰になると、機械的強度が低下して膜が割れるおそれがある。あるいは、第1微粒子の凝集体が膜を貫通し、ガスリークの起点になる場合がある。従って、アノード側領域の第1微粒子の平均含有量は、5.0mass%以下が好ましい。
【0033】
一方、アノード触媒上で生成した過酸化水素が電解質膜内を拡散し、カソード側に到達することもある。しかし、電解質膜内にフェントン反応に対する活性を持つ不純物が含まれていた場合、過酸化水素はカソードに到達する前にラジカルに分解する。そのため、カソード側領域に第1微粒子を添加しても、あまり実益がない。従って、カソード側領域の第1微粒子の平均含有量は、0.1mass%未満が好ましい。
【0034】
[1.4.4. 第1微粒子の平均粒径]
「第1微粒子の平均粒径」とは、顕微鏡観察下において、無作為に選択した200個以上の第1微粒子の最大寸法の平均値をいう。
【0035】
第1微粒子の平均粒径は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な平均粒径を選択することができる。一般に、第1微粒子の平均粒径が小さくなりすぎると、第1微粒子が凝集して表面積が小さくなり、過酸化水素を効率よく分解することができなくなる場合がある。従って、第1微粒子の平均粒径は、1nm以上が好ましい。平均粒径は、さらに好ましくは、5nm以上、さらに好ましくは、8nm以上である。
一方、第1微粒子の平均粒径が大きくなりすぎると、機械的強度が低下して膜が割れるおそれがある。また、第1微粒子が膜を貫通する形で配置されると、ガスリークが生じる場合がある。従って、第1微粒子の平均粒径は、500nm以下が好ましい。平均粒径は、さらに好ましくは、300nm以下、さらに好ましくは、65nm以下である。
【0036】
[1.5. 第2金属元素のイオン及び/又は第2微粒子]
[1.5.1. 材料]
「第2金属元素」とは、ラジカルを消去する機能を有する金属元素をいう。
「第2化合物」とは、第2金属元素を含む化合物をいう。
「第2微粒子」とは、第2化合物からなる微粒子をいう。
【0037】
ある種の金属元素を含む化合物及びイオンは、主として、ラジカルを消去する作用がある。そのため、電解質膜にこのような金属元素を含む化合物の微粒子、及び/又は、このような金属元素のイオンを適量添加すると、電解質膜の劣化をさらに抑制することができる。
【0038】
第2金属元素としては、例えば、Ce、Ag、Cs、Sn、Mn、Ti、Co、Ni、Zn、Zr、Ru、Rh、Pd、Pt、Prなどがある。電解質膜には、これらのいずれか1種が含まれていても良く、あるいは、2種以上が含まれていても良い。
これらの中でも、第2金属元素は、Ce、Ag、Cs、Sn、及びMnからなる群から選ばれるいずれか1以上の元素が好ましい。第2金属元素は、特に、Ceが好ましい。これは、これらはいずれもラジカルの生成を抑制する作用、又は、ラジカルを消去する作用が大きいためである。
【0039】
第2化合物は、水溶性の化合物であっても良く、あるいは、難溶性の化合物であっても良い。水溶性の第2化合物を用いた場合、電解質膜内において第2化合物が解離し、固体高分子電解質の酸基のプロトンの一部が第2金属元素のイオンに置換される。一方、難溶性の第2化合物を用いた場合、第2化合物は、電解質膜内に分散した状態となる。
第2化合物としては、例えば、硝酸塩、硫酸塩、炭酸塩、蟻酸塩、酢酸塩、クエン酸塩、過塩素酸塩、リン酸塩、塩化物、フッ化物、水酸化物、アセチルアセトネート化合物などがある。
【0040】
[1.5.2. 含有量]
電解質膜が第2金属元素のイオン及び/又は第2微粒子を含む場合、電解質膜は、次の式(1)を満たしているのが好ましい。
0.0005≦M/A≦0.15 …(1)
但し、
M/Aは、前記固体高分子電解質に含まれる酸基のモル数(A)に対する、前記第2金属元素のモル数(M)の比。
【0041】
電解質膜に第1微粒子のみを添加した場合であっても、電解質膜の劣化を効果的に抑制することができる。しかしながら、第1微粒子に加えて、第2金属元素のイオン及び/又は第2微粒子をさらに添加すると、これらの相乗効果により、電解質膜の劣化がさらに抑制される。このような効果を得るためには、M/A比は、0.0005以上が好ましい。M/A比は、好ましくは、0.001以上、さらに好ましくは、0.005以上である。
【0042】
一方、M/A比が大きくなりすぎると、電解質膜の伝導度が低下する場合がある。従って、M/A比は、0.15以下である必要がある。M/A比は、好ましくは、0.10以下、さらに好ましくは、0.05以下、さらに好ましくは、0.04以下、さらに好ましくは、0.03以下である。
【0043】
[1.5.3. 平均粒径]
電解質膜に第2微粒子を添加する場合、第2微粒子の平均粒径は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な平均粒径を選択することができる。第2微粒子の平均粒径に関するその他の点は、第1微粒子の平均粒径と同様であるので、説明を省略する。
【0044】
[1.5.4. 第2金属元素のイオン又は第2微粒子の位置]
第2金属元素のイオン又は第2微粒子が添加される位置は、特に限定されない。ラジカルは、必ずしもアノード側領域において生成するとは限らないので、第2金属元素のイオン及び第2微粒子は、カソード側領域に添加されていても良い。
【0045】
[2. 膜電極接合体の製造方法]
本発明に係る膜電極接合体は、
(a)アノード側に第1微粒子が偏在している電解質膜を作製し、
(b)電解質膜の両面に、それぞれ、アノード触媒層及びカソード触媒層を接合する
ことにより製造することができる。
【0046】
アノード側に第1微粒子が偏在している電解質膜は、種々の方法により製造することができる。
例えば、固体高分子電解質及び第1微粒子を溶媒に溶解又は分散させ、分散液を基材表面にキャストし、溶媒を除去すると、第1微粒子を含む電解質膜を得ることができる。この時、分散液の組成及び乾燥条件を最適化すると、乾燥が完了する前に第1微粒子が沈降する。その結果、基材側に第1微粒子が偏在している電解質膜が得られる。
あるいは、固体高分子電解質のみからなる膜と、固体高分子電解質及び第1微粒子を含む複合膜とを積層し、積層体を圧着させると、一方の表面に第1微粒子が偏在している電解質膜が得られる。
【0047】
電解質膜に第2金属元素のイオン又は第2微粒子を添加する方法としては、例えば、
(a)電解質膜を作製するためのキャスト溶液に第2微粒子、又は、第2金属元素を含む溶媒可溶性の化合物を添加する方法、
(b)電解質膜を作製した後、第2金属元素のイオンを含む溶液を電解質膜の表面に塗布し、第2金属元素のイオンを電解質膜内に拡散させる方法、
(c)電解質膜を作製した後、第2金属元素のイオンを含む溶液を電解質膜の表面に塗布し、第2金属元素のイオンを電解質膜内に拡散させ、電解質膜内において第2化合物を析出させる方法、
などがある。
【0048】
さらに、第1微粒子を含む電解質膜の表面に触媒層を形成する方法としては、例えば、
(a)基材表面に触媒層を形成し、電解質膜の表面に触媒層を転写する方法、
(b)電解質膜の表面に触媒層を形成するためのペーストを塗布し、乾燥させる方法、
などがある。
【0049】
[3. 作用]
電解質膜の劣化は、
(a)カソードからアノードに透過した酸素がアノード触媒上において水素と反応することでH2O2が生成し、
(b)アノード触媒上で生成したH2O2が電解質膜内に拡散し、電解質膜中に不純物として混入しているFeとH2O2とが反応することでヒドロキシラジカルが生成し、
(c)ヒドロキシラジカルが電解質を分解する、
ことにより起こると考えられる。
【0050】
そのため、過酸化水素を分解する機能を有する第1微粒子をアノード側に偏在させると、アノードにおいて生成したH2O2がヒドロキシラジカルとなる前に水と酸素に分解される。その結果、電解質膜の分解が抑制され、電解質膜の化学的耐久性が向上する。
特に、酸化タングステン及びタングステン酸塩は、燃料電池環境下(酸性度、電位)で溶解することがなく、微粒子の状態で電解質膜の中に存在することが可能である。そのため、溶解したイオンが電解質のスルホン酸基とイオン交換することがなく、高いプロトン伝導度を維持できるので、電池性能が低下しにくい。
また、酸化タングステンの中でも、WO3・(1/3)H2O又はWO3・2H2Oは、他の材料に比べて、格段に高い過酸化水素分解能を示す。そのため、これを、電解質膜のアノード側に偏在させると、電解質膜の化学的耐久性が向上する。
【0051】
さらに、電解質膜に対し、第1微粒子に加えて、第2金属元素のイオン及び/又は第2微粒子をさらに添加すると、これらの添加量が相対的に少量であっても、高い耐久性が得られる。これは、
(a)第1微粒子は、過酸化水素を分解して無害化する作用があり、その添加量が少量であっても、高い過酸化水素分解効果を示すため、
(b)第2微粒子及び第2金属元素のイオンは、ラジカルを消去する作用があるため、
(c)第1微粒子と、第2微粒子及び/又は第2金属元素のイオンとを共存させると、第1微粒子の過酸化水素分解効果が向上するため、及び/又は、
(d)第1微粒子により分解されなかった過酸化水素からラジカルが発生しても、第2微粒子及び/又は第2金属元素のイオンがラジカルを効果的に消去するため、
と考えられる。
【実施例0052】
(実施例1~7、比較例1~4)
[1. 試料の作製]
[1.1. 複合膜の作製]
[1.1.1. 実施例7]
20mass%のナフィオン(登録商標)溶液:9.42gに、1-プロパノール:7.48gを加え、溶液(A)を得た。また、硝酸セリウム(III)・6水和物:0.593gに超純水を加え、総質量50gの溶液(B)を得た。さらに、硝酸鉄(II)・7水和物(ラジカル発生剤):0.280gに超純水を加え、総質量100gの溶液(C)を得た。
【0053】
溶液(A)に対し、1.00gの溶液(B)、0.94gの溶液(C)、及び、0.019gのWO3を加え、超音波を照射することにより、酸化タングステンが分散している分散液を得た。
得られた分散液をシャーレにキャストし、溶媒を自然乾燥させた。次いで、シャーレのまま140℃で15分間アニールした。アニール後、膜を超純水で5回洗浄した。次いで、シャーレから膜を剥がし、自然乾燥させた。さらに、膜を80℃の超純水に20時間浸漬した後、自然乾燥させた。得られた複合膜の膜厚は、約30μmであった。
【0054】
[1.1.2. 実施例1~6]
溶液(B)に硝酸セリウムを添加せず、かつ、酸化タングステンの種類及び/又は添加量を変えた以外は、実施例7と同様にして、電解質膜を作製した。
【0055】
[1.1.3. 比較例1]
溶液(B)に硝酸セリウムを添加せず、かつ、溶液(A)に酸化タングステンを添加しなかった以外は、実施例7と同様にして、Ceイオン及び酸化タングステンを含まない電解質膜を作製した。
[1.1.4. 比較例2]
溶液(A)に酸化タングステンを添加しなかった以外は、実施例7と同様にして、Ceイオンのみを含む電解質膜を作製した。
【0056】
表1に、実施例1~7及び比較例1~2で得られた膜の平均組成を示す。なお、実施例1~7については、添加した酸化タングステンのほとんどがシャーレ面側に偏在していたので、表1に示す酸化タングステンの平均組成は、アノード側領域の酸化タングステンの平均組成にほぼ対応する。
【表1】
【0057】
[1.2. MEAの作製]
[1.2.1. 実施例1~7、比較例1~2]
得られた複合膜を2.5cm角に切り出した。複合膜の両面に触媒層を配置し、140℃、5分間、50kgf/cm2(4.9MPa)の条件でプレスすることによりこれらを複合膜に転写し、MEAを得た。なお、キャスト成膜時のキャスト面(シャーレ側の面)に接合された触媒層をアノード触媒層とし、空気側の面に接合された触媒層をカソード触媒層とした。
【0058】
[1.2.2. 比較例3~4]
実施例2と同様にして、MEAを作製した。但し、キャスト面側に接合された触媒層をカソード触媒層として用いた(比較例3)。
また、実施例5と同様にして、MEAを作製した。但し、キャスト面側に接合された触媒層をカソード触媒層として用いた(比較例4)。
【0059】
[2. 試験方法]
[2.1. 走査型電子顕微鏡(SEM)観察]
得られた膜のSEM観察を行った。
【0060】
[2.2. 開回路(OC)電圧耐久試験]
得られたMEAの両側にガス拡散層を配置し、燃料電池セルに組み付けた。電極面積は、0.64cm2とした。次いで、得られた燃料電池セルを用いて、以下の条件下で90時間の開回路(OC)電圧耐久試験を行った。
セル温度:95℃
湿度:アノード及びカソード共に30%RH
ガス流量:300cc/min(アノードガス:H2、カソードガス:空気)
背圧:133kPa
【0061】
燃料電池から排出された試験中の加湿ガスを凝縮させ、得られた水を24時間毎に回収した。回収水中には、電解質膜が化学劣化分解したFイオンが溶解している。これをイオンクロマトグラフィーにより定量し、90時間までのFイオン量の累計を算出した。
【0062】
[2.3. I-V性能]
得られた燃料電池セルを用いて、以下の条件下でI-V性能を評価した。
セル温度:95℃
湿度:アノード及びカソード共に40%RH
アノードガス流量:H2、500cc/min
カソードガス流量:空気、2000cc/min
背圧:50kPa
【0063】
[3. 結果]
[3.1. SEM観察]
図1(A)に、実施例5で得られた電解質膜のシャーレ側の面のSEM像を示す。
図1(B)に、実施例5で得られた電解質膜の空気側の面のSEM像を示す。添加したほとんどのWO
3微粒子がキャスト面に存在し、微粒子の含有量が膜厚方向に向かって勾配を持っていることが分かった。
【0064】
[3.2. OC電圧耐久試験]
図2に、実施例1~7及び比較例1~2で得られた電解質膜の90時間後のFイオン溶出量の累計を示す。
図2より、以下のことが分かる。
(1)比較例1は、Feイオンのみを添加した膜であり、Fイオン溶出量が最も多かった。
(2)比較例2は、Feイオン及びCeイオンを添加した膜である。比較例2は、比較例1に比べてFイオン溶出量が減少しており、劣化が抑制されていることが分かった。これは、H
2O
2とFeイオンとが反応して生成したヒドロキシラジカルが、Ceイオンによってクエンチされたためと考えられる。
【0065】
(3)実施例1~3は、WO2を添加した複合膜であり、実施例4~6は、WO3を添加した複合膜である。実施例1~6においても、比較例1に比べてFイオン溶出量は減少した。これは、生成したH2O2が酸化タングステンにより分解されているためと考えられる。
(4)実施例7は、CeイオンとWO3とを添加した複合膜である。実施例7は、比較例2よりもFイオン溶出量が減少しており、CeとWの複合添加の効果が見られた。
【0066】
図3に、実施例2、5及び比較例3、4で得られた電解質膜の90時間後のFイオン溶出量の累計を示す。実施例2はアノード側にWO
2が偏在しているMEAであるのに対し、比較例3はカソード側にWO
2が偏在しているMEAである。
図3より、実施例2は、比較例3よりFイオン溶出量が少ないことが分かる。
同様に、実施例5はアノード側にWO
3が偏在しているMEAであるのに対し、比較例4はカソード側にWO
3が偏在しているMEAである。
図3より、実施例5は、比較例4よりFイオン溶出量が少ないことが分かる。
以上より、アノード側に酸化タングステン微粒子を多く配置することで、電解質膜の劣化が抑制されることが示された。
【0067】
[3.3. I-V性能]
図4に、実施例2及び比較例2で得られた燃料電池のI-V性能を示す。実施例2及び比較例2は、いずれも、90時間のOC電圧耐久試験後のFイオン溶出量がほぼ同等であった。しかしながら、実施例2のI-V性能は、比較例2のそれより高くなった。これは、比較例2の電解質膜の酸基のプロトンの一部がCeイオンで置換され、電解質膜のプロトン伝導度が低下したためと考えられる。
【0068】
(実施例8~14、比較例5)
[1. 試験方法]
0.067mmolの各種添加剤を10mLの水に分散させて分散液とし、この分散液にさらに4.41mmolの過酸化水素を添加した。表2に、使用した添加剤を示す。
【0069】
【0070】
得られた分散液を80℃で1時間保持した後、分散液に残存している過酸化水素濃度を測定した。さらに、次の式(2)から過酸化水素分解率を算出した。
過酸化水素分解率(%)=(C0-C)×100/C0 …(2)
但し、
C0は、元の分散液に含まれる過酸化水素の濃度、
Cは、80℃で1時間保持後の分散液に含まれる過酸化水素の濃度。
【0071】
[2. 結果]
図5に、各種添加剤のH
2O
2分解率を示す。なお、
図5には、添加剤を添加しなかった場合(比較例5)のH
2O
2分解率も併せて示した。本実験条件において、H
2O
2は、熱による自己分解をしないことが分かった(比較例5)。一方、実施例14のWO
2だけでなく、実施例8~13の各種タングステン酸塩を用いた場合においてもH
2O
2は分解した。
以上より、タングステン酸塩を電解質と複合化し、アノード側に多く配置することで、化学劣化が抑制されることが予想される。
【0072】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。