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  • 特開-銅粉体とその製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022167683
(43)【公開日】2022-11-04
(54)【発明の名称】銅粉体とその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B22F 9/28 20060101AFI20221027BHJP
   C22C 9/00 20060101ALI20221027BHJP
   B22F 1/00 20220101ALI20221027BHJP
【FI】
B22F9/28 Z
C22C9/00
B22F1/00 L
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021073646
(22)【出願日】2021-04-23
(71)【出願人】
【識別番号】390007227
【氏名又は名称】東邦チタニウム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000408
【氏名又は名称】弁理士法人高橋・林アンドパートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】小林 諒太
(72)【発明者】
【氏名】吉田 貢
【テーマコード(参考)】
4K017
4K018
【Fターム(参考)】
4K017AA02
4K017AA08
4K017BA05
4K017BB13
4K017BB15
4K017CA01
4K017CA07
4K017DA01
4K017DA07
4K017FB05
4K017FB11
4K018BA02
4K018BB03
4K018BB04
4K018BD04
4K018KA33
4K018KA58
(57)【要約】
【課題】酸化に対して高い耐性を有する銅粉体とその製造方法を提供すること。
【解決手段】
複数の銅粒子を含む銅粉体を製造する方法は、金属銅と塩素含有ガスとの反応により塩化銅ガスを生成すること、塩化銅ガスと還元性ガスとの反応により複数の銅粒子を生成すること、分子内にチオール基若しくはチオエーテル基、およびカルボキシル基を有する化合物を含む処理剤で複数の銅粒子を処理することを含む。上記化合物は、分子内にカルボキシル基を二つ有してもよい。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属銅と塩素含有ガスとの反応により塩化銅ガスを生成すること、
前記塩化銅ガスと還元性ガスとの反応により複数の銅粒子を生成すること、
分子内にチオール基またはチオエーテル基、およびカルボキシル基を有する化合物を含む処理剤で前記複数の銅粒子を処理することを含む、銅粉体を製造する方法。
【請求項2】
前記化合物は、分子内にカルボキシル基を二つ有する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記化合物は、以下の一般式で表され、
【化1】
nは1または2であり、
1とR2は、それぞれ独立して水素、炭素数1から4の置換若しくは無置換のアルキル基、炭素数5以上の置換若しくは無置換のシクロアルキル基、置換若しくは無置換の芳香族基、カルボキシル基、炭素数1から4のアミド基、ハロゲン、炭素数1から4のアルキル基を有するアミノ基、ジアリールアミノ基、および炭素数1から4の置換若しくは無置換アルコキシ基から選択され、
3は、水素、炭素数1から4の置換若しくは無置換のアルキル基、炭素数5以上の置換若しくは無置換のシクロアルキル基、置換若しくは無置換の芳香族基から選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記化合物は、以下の一般式で表される、請求項1に記載の方法:
【化2】
【請求項5】
前記化合物は、以下の一般式で表され、
【化3】
Aは脂肪族環若しくは芳香族環であり、
4は水素、炭素数1から4の置換若しくは無置換のアルキル基、炭素数5以上の置換若しくは無置換のシクロアルキル基、置換若しくは無置換の芳香族基から選択され、
5は、水素、炭素数1から4の置換若しくは無置換のアルキル基、炭素数5以上の置換若しくは無置換のシクロアルキル基、置換若しくは無置換の芳香族基、カルボキシル基、炭素数1から4のアミド基、ハロゲン、炭素数1から4のアルキル基を有するアミノ基、ジアリールアミノ基、および炭素数1から4の置換若しくは無置換アルコキシ基から選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記化合物は、メルカプトコハク酸、メルカプト酢酸、3-メルカプトプロピオン酸、チオサリチル酸から選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記処理剤の前記処理の前に、前記複数の銅粒子を塩基で処理することをさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
前記前記処理剤の前記処理の前に、前記複数の銅粒子をアスコルビン酸、ヒドラジン、およびクエン酸から選ばれる少なくとも一つで処理することをさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
銅と含硫黄化合物を含む銅粉体であり、
レーザ回折散乱法を用いて得られる体積基準の粒子径ヒストグラムにおける累積頻度が50%になるときの粒子径D50が0.1μm以上0.5μm以下であり、
X線回折法を用いて得られる酸化第一銅と酸化第二銅の含有率が4質量%未満であり、
平均円形度が0.97以上であり、
前記平均円形度は、前記銅粉体に含まれる銅粒子の円形度の平均であり、
前記円形度は以下の式によって求められ、
【数1】
Aは前記銅粒子の投影面の周囲長、Bは前記投影面の面積と等しい面積の円の周囲長である、銅粉体。
【請求項10】
前記X線回折法を用いる測定において、酸化第一銅と酸化第二銅の含有率が1質量%未満以下である、請求項9に記載の銅粉体。
【請求項11】
前記含硫黄化合物の硫黄がチオール基として存在する、請求項9に記載の銅粉体。
【請求項12】
硫黄含有率が0.03質量%以上0.40質量%以下であり、
炭素含有率が0.02質量%以上1.5質量%以下である、請求項9に記載の銅粉体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態の一つは、銅粉体、および銅粉体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
微細な金属粒子の集合体である金属粉体は種々の分野で利用されており、金属粉体やそれを含む導電性ペーストは、低温同時焼成セラミックス(LTCC)基板の配線や端子、積層セラミックコンデンサ(MLCC)の内部電極や外部電極など、各種電子部品を製造するための原材料として幅広く利用されている。特に銅粉体は、銅の高い導電性に起因し、MLCCの内部電極の薄膜化や外部電極の小型が可能であること、周波数特性が大幅に改善可能であることから、従来多用されてきたニッケルや銀の粉体に替わる材料として期待されている。例えば特許文献1では、気相法で得られる銅粉体に対して塩素低減処理や酸素低減処理、防錆処理などを行うことで、純度と化学的安定性の高い銅粉体が製造できることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第6738460号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の実施形態の一つは、銅粉体、および銅粉体の製造方法を提供することを課題の一つとする。例えば、本発明の実施形態の一つは、酸化に対して高い耐性を有する銅粉体とその製造方法を提供することを課題の一つとする。あるいは、本発明の実施形態の一つは、極めて高い円形度を有し、酸化物の含有率が極めて小さい高純度な銅粉体とその製造方法を提供することを課題の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明に係る実施形態の一つは、複数の銅粒子を含む銅粉体を製造する方法である。この方法は、金属銅と塩素含有ガスとの反応により塩化銅ガスを生成すること、塩化銅ガスと還元性ガスとの反応により複数の銅粒子を生成すること、分子内にチオール基若しくはチオエーテル基、およびカルボキシル基を有する化合物を含む処理剤で複数の銅粒子を処理することを含む
【0006】
本発明に係る実施形態の一つは、銅粉体である。銅粉体は、銅と含硫黄化合物を含む。この銅粉体においては、レーザ回折散乱法を用いて得られる体積基準の粒子径ヒストグラムにおける累積頻度が50%になるときの粒子径D50は、0.1μm以上0.5μm以下である。X線回折法を用いて得られる銅粉体の酸化第一銅と酸化第二銅の含有率は、4質量%未満である。銅粉体の平均円形度は、0.97以上である。ここで、平均円形度とは銅粉体に含まれる銅粒子の円形度の平均であり、以下の式によって求められる。式中、Aは銅粒子の投影面の周囲長、Bは投影面の面積と等しい面積の円の周囲長である。
【数1】
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】本発明の実施形態の一つに係る、銅粉体を製造するためのフロー。
図2】実施例と比較例で得られる銅粉体のX線光電子分光スペクトル
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明の各実施形態について、図面等を参照しつつ説明する。本発明は、その要旨を逸脱しない範囲において様々な態様で実施することができ、以下に例示する実施形態の記載内容に限定して解釈されるものではない。
【0009】
1.銅粉体
本発明の実施形態の一つは、複数の銅粒子を含む銅粉体である(以下、本実施形態に係る銅粉体を銅粉体CPと記す)。後述するように、銅粉体CPは気相法を利用して製造することができる。以下、銅粉体CPの特性について述べる。
【0010】
1-1.粒子径
銅粉体CPは、粒子径やその分布が比較的小さいことが一つの特徴である。具体的には、銅粉体CPに含まれる銅粒子の体積基準の粒子径ヒストグラムにおける累積頻度が50%になるときの粒子径(メジアン径)が小さく、0.1μm以上0.5μm以下、0.1μm以上0.4μm以下、あるいは0.1μm以上0.3μm以下である。ここで、体積基準の粒子径とは、銅粉体CPに含まれる各銅粒子の体積で重みづけられた粒子径である。以下の式で表されるように、粒子径di(iは1からkの自然数、i≦k)を有する銅粒子の総体積を銅粉体CPに含まれる全銅粒子の総体積で除すことで粒子径diを有する銅粒子の頻度Fが得られる。この頻度Fを累積し、50%となるときの粒子径がメジアン径である。
【0011】
【数2】
頻度Fはレーザ回折散乱法を利用して求めてもよく、あるいは個々の銅粒子の投影像から求めてもよい。後者の場合では、銅粉体を光学顕微鏡や電子顕微鏡などの顕微鏡で観察して投影像を取得する。この投影像を内接する最小円の直径、あるいは最小長方形の長辺を銅粒子の粒子径diと見做し、この粒子径diから粒子径diを有する粒子の体積Viが得られる。niは粒子径diを有する銅粒子の個数である。粒子径diは、複数の(例えば100個から10000個、典型的には500個)銅粒子の顕微鏡像を目視で、または解析ソフトを用いて決定される。以下、レーザ回折散乱法で得られる頻度Fを用いて求められるメジアン径をD50、銅粒子の投影像から得られる頻度Fを用いて求められるメジアン径をDSEM50と記す。
【0012】
1-2.結晶子径
銅粉体CPに含まれる銅粒子のそれぞれは、単一、あるいは複数の結晶子を有している。結晶子とは、各金属粒子中で金属の単結晶と見做せる領域であり、シェラー法を用いて決定することができる。具体的には、金属粒子の集合体である金属粉体をX線解析して得られるパラメータ(使用するX線の波長λ、回折X線の広がりの半値幅β、ブラッグ角θ)を以下に示すシェラーの式に代入して計算することで銅粒子の結晶子の大きさ、すなわち平均結晶子径Dが得られる。ここで、Kはシェラー定数である。
【0013】
【数3】
【0014】
気相法による銅粉体の製造は、液相法による製造と比較してより大きな結晶子径を実現するために有用である。このため、銅粉体CPは粒子径に対する結晶子の大きさが大きい。上述したように銅粉体CPに含まれる複数の銅粒子は、そのメジアン径が小さい。したがって、メジアン径に対する平均結晶子径D(D/D50またはD/DSEM50)が大きく、例えば0.10以上0.50以下、0.12以上0.50以下、0.20以上0.50以下、0.25以上0.50以下、あるいは0.30以上0.50以下である。
【0015】
1-3.純度
(1)酸化銅
代表的な金属粉体としてニッケル粉体や銀粉体が挙げられるが、銅はニッケルや銀と比較して表面が酸化されやすく、空気中の酸素による酸化を受けて表面に酸化物を形成しやすい。さらに、この酸化は銅粒子の内部まで進行しうる。しかしながら、後述するように、銅粉体CPは、耐酸化性を向上するために、硫黄と炭素を含有する化合物(以下、抗酸化剤とも記す)と処理される。この処理によって得られる高い耐酸化性に起因し、銅粉体CPの酸化物含有率は極めて低い。具体的には、銅粉体CPのX線回折法(XRD)による分析では、酸化第一銅(Cu2O)と酸化第二銅(CuO)のそれぞれの含有率は4質量%未満、3質量%未満、または1質量%未満である。また、製造後長期間に亘ってこの低い酸化物含有率が維持される。例えば実施例で示すように、製造後数時間(例えば、1時間、3時間)分経過した後でも、1質量%未満の酸化銅含有率を維持することもできる。
【0016】
(2)硫黄
抗酸化剤による処理に起因し、銅粉体CPには微量の抗酸化剤が含まれる。銅粉体CP中の硫黄の含有率は、0.03質量%以上5.0質量%以下、0.03質量%以上0.4質量%以下、または0.2質量%以上0.4質量%以下である。抗酸化剤は、銅粒子の表面に存在するため、硫黄も銅粒子の表面に局在化する。上述した含有率で硫黄を含むため、銅粉体CPは高い耐酸化性を示し、かつ、MLCCなどの電子部品を作成する際の焼結におけるクラックの発生や剥離を防止することができる。
【0017】
後述するように、抗酸化剤は分子内にチオール基(-SH)を含むことができ、この場合、硫黄は、抗酸化剤が銅粒子表面に吸着された状態でチオール基として存在することができる。すなわち、抗酸化剤は、S-Cu間にイオン結合などの結合を形成せずに銅粒子の表面上に吸着される。したがって、銅粉体CPは、X線光電子分光(XPS)スペクトルにおける160eVから166eVのエネルギー範囲において、硫黄の2p軌道に由来する単一のピークを与えることができる。具体的には、銅粉体CPは、上記領域において複数のピークを示さず、比較的ブロードな一つのピークを示す。
【0018】
銅粉体CP中の硫黄の含有率は誘導結合プラズマ発光分光(ICP-AES:Inductively Coupled Plasma Atomic Emission Spectroscopy)分析や、走査透過型電子顕微鏡に備えられるエネルギー分散型X線分光分析器(STEM-EDS:Scanning Transmission Electron Microscope-Energy Dispersive X-ray Spectroscope)などによって測定すればよい。前者の方法では、銅粉体CPを混酸などの酸で溶解させた後、測定波長182.036nmでICP-AES分析を行うことで硫黄のバルク濃度を得ることができる。後者の方法では、銅粉体CPを樹脂に分散し、樹脂を硬化する。その後、クロスセクションポリッシャー(CP)を用いて断面を露出させ、集束イオンビーム(FIB)を用いて平面サンプリングによる薄膜試料を作製する。試料の厚さは100nm程度とすることで、銅粒子がこの厚さを有する薄膜へ成形される。その後得られた薄膜に対して銅粒子の中央を通る直線上でEDS測定を行うことで硫黄の局所濃度を得ることができる。測定の条件としては、例えば加速電圧200kV、プローブ径1nm、ピッチ幅3nm、一点あたりの測定時間15秒という条件を選択すればよい。
【0019】
(3)炭素
抗酸化剤による処理に起因し、銅粉体CPには抗酸化剤に由来する微量の炭素が含まれる。銅粉体中の炭素含有率は、具体的には0.02質量%以上1.5質量%以下、0.02質量%以上1.2質量%以下、または0.10質量%以上1.2質量%以下である。上述した含有率で炭素を含むため、銅粉体CPは高い耐酸化性を示し、かつ、MLCCなどの電子部品を作成する際の焼結におけるクラックの発生や剥離を防止することができる。
【0020】
銅粉体中の炭素含有率は、赤外線吸収法を利用することで測定することができる。例えば、アルゴンなどの不活性ガス中で銅粉体CPを加熱融解し、発生する一酸化炭素を赤外線分析計に導入し、その吸収を検出器で測定することで炭素含有率を決定すればよい(不活性ガス融解-赤外線分析法)。あるいは、銅粉体CPを燃焼炉において酸素気流下で燃焼させることによって銅粉体CP中の炭素から一酸化炭素または二酸化炭素を生成する。生成した一酸化炭素または二酸化炭素を赤外線分析計に導入し、その吸収を検出器で測定することで炭素含有率が求まる(燃焼赤外線吸収法)。
【0021】
(4)他の元素
同様に、銅粉体CPは、他の不純物の含有率も低く、高い銅純度を有する。例えば塩素の含有率は5×10-2質量%以下である。塩素の含有率の下限値は、1×10-4質量%または5×10-4質量%に至る。なお、塩素の含有率は、電量滴定法によって決定すればよい。
【0022】
1-4.形状
銅粒子の酸化は表面から内部まで進行するため、酸化が生じると表面に凹凸が発生し、その結果、銅粒子の円形度が低下する。しかしながら、銅粉体CPの酸化に対する高い耐性に起因して酸化が殆ど生じず、このため、銅粉体CPの銅粒子の形状は真球に極めて近い。より具体的には、銅粉体CPの平均円形度AC、すなわち銅粒子の円形度Cの平均は極めて高く、例えば0.90以上0.98以下または0.97以上0.98以下である。
【0023】
ここで、平均円形度ACとは、銅粉体CPに含まれる各銅粒子の形状を表すパラメータの一つであり、銅粉体CPを顕微鏡観察して得られる画像を解析し、複数の(例えば500個)銅粒子について円形度Cを求め、それを平均した値である。円形度Cは、以下の式によって表される。ここで、Aは顕微鏡像中における各銅粒子の投影面の周囲長、Bはこの投影面の面積と等しい面積の円の周囲長である。高い平均円形度ACに起因し、銅粉体CPは高い充填性を示す。
【数4】
【0024】
上述したように、銅粉体CPはメジアン径が小さいため、銅粉体CPを用いることで、より薄い電極や配線を作製することができる。また、金属粉体として汎用される金属の一つであるニッケルと比較して銅は高い導電性を有するため、銅粉体CPを用いることで、電極や配線を薄く形成しても電気抵抗の増大を避けることができる。さらに、銅粉体CPは、酸化銅や塩素などの不純物の含有率が極めて低いため、銅粉体CPを用いて作製される配線や電極においては、電気抵抗の増大の原因となる不純物の含有率が小さい。このため、配線抵抗の小さいLTCC基板などを作製することができる。一方、銅粉体CPをMLCCの作製に用いる場合、MLCCは誘電体材料を含むセラミック層と金属を含む内部電極の積層、および内部電極に接続される一対の外部電極を基本構造として有しているため、銅の高い導電性に起因して電気抵抗の増大を引き起こすことなく、内部電極の薄膜化や外部電極の小型化が達成でき、周波数特性に優れたMLCCを製造することが可能となる。
【0025】
さらに、銅粒子の小さい粒子径に起因し、銅粉体CPは有機溶媒中での分散性に優れ、銅粉体CPを含むペーストを用いて厚さの小さい電極や配線を形成した場合、厚さのばらつきが小さく、均一な厚さを有する配線を形成することができる。また、電極や配線上に凹凸が発生しにくく、平坦な表面を有する電極や配線を形成することができる。このことは、電子部品の接続不良や接続抵抗の増大を防止し、電子部品を含む電子機器の特性や信頼性の向上に寄与する。
【0026】
銅粉体をMLCCの内部電極用の原材料として使用する場合、誘電体を含む分散液と銅粉体を含む分散液を交互に塗布した後に加熱し、銅粉体と誘電体を焼結する。一般的に焼結温度は誘電体の方が高いため、焼結時には銅粉体が先に焼結する。その結果、焼成時に誘電体と内部電極間に間隙が生じ、この間隙に起因して内部電極と誘電体膜間で剥離が生じることがある。しかしながら、銅粉体CPはメジアン径に対する平均結晶子径Dが大きいため、焼結温度が高い。このため、焼結時における剥離を抑制することができる。したがって、銅粉体CPを用いることで高い歩留りでMLCCを提供することが可能となる。また、銅粉体CPは、焼結挙動や焼結で得られる膜の特性に影響を与えやすい不純物の含有率が小さいため、焼成時に不純物に起因するボイドの発生も効果的に抑制される。
【0027】
2.製造方法
銅粉体CPを製造する方法の一例を図1に示すフローを用いて説明する。ここでは、いわゆる気相法を利用する銅粉体CPの製造方法について述べる。
【0028】
2-1.塩化銅ガスの生成
まず、塩化銅ガスを生成する。塩化銅ガスを発生する方法の一つは、塩化銅の加熱である。この方法では固体の塩化銅が高温で溶融して液体となり、その後気化してガスとなる。このため、塩化銅ガスの生成量の制御が困難であり、後の還元反応における塩化銅ガスの供給量が不安定となりやすい。その結果、メジアン径の制御が困難となり、粒子径の増大を招く。また、一度液化した塩化銅が装置(例えば加熱炉)に残留すると、冷却の際の収縮によって加熱炉が破壊されることがあるため、塩化銅のほぼすべてを完全にガス化する必要がある。
【0029】
このため、塩化銅ガスは、金属銅(すなわち0価の銅)の塩化によって生成することが好ましい。この方法により、塩化銅よりも安価に入手可能な金属銅を用いることができるだけでなく、装置の破壊を防ぐことができ、また、塩化銅ガスの供給量を安定化することができる。具体的には、金属銅をその融点以下(例えば800℃以上1000℃以下)で塩素と反応させることによって塩化銅ガスを生成する。以下、塩化に用いるガスを第1の塩素含有ガスと呼ぶ。第1の塩素含有ガスは実質的に塩素のみを含んでもよく、あるいは塩素と希釈用の不活性ガス(以下、希釈ガス)の混合ガスであってもよい。希釈ガスを用いることで、塩素の量を容易に、かつ精密に制御することが可能となる。
【0030】
2-2.塩化銅の還元
次に、生成した塩化銅ガスを還元性ガスと処理する。還元性ガスとしては、例えば水素やヒドラジン、アンモニア、メタンなどを用いることができる。還元性ガスは、塩化銅ガスに対して化学量論量以上用いられ、例えば塩化銅ガスがすべて一価の銅の塩化物からなり、還元性ガスが水素の場合、還元性ガスの導入量は塩化銅ガスに対して50モル%以上10000モル%以下、500モル%以上10000モル%以下、あるいは1000モル%以上10000モル%以下とすればよい。この処理によって塩化銅は銅に還元され、生成する銅元素は銅粒子へ成長して銅粉を与える。以下、還元反応によって得られる粉体を一次粉体と記す。
【0031】
任意の工程として、塩化銅ガスの還元前に、塩化銅ガスに塩素を添加してもよい。これは、塩化銅ガスと銅は以下に示す平衡状態にあるため、生成する塩化銅の一部が銅へ戻るからである。この平衡によって銅が析出・液化すると、銅粉体CPを製造するための装置の閉塞や詰まりや破壊を誘発する。さらに、この平衡によって塩化銅ガスの濃度が低下すると、還元反応に供する塩化銅ガスの量が変動する。しかしながら塩化銅ガスに塩素を加えることで、この平衡が塩化銅側へシフトし、上述した不具合の発生を抑制することができる。以下、この平衡をシフトさせるために用いるガスを第2の塩素含有ガスと記す。第1の塩素含有ガスと同様、第2の塩素含有ガスも実質的に塩素のみを含んでもよく、希釈ガスと塩素を含んでもよい。ここで加えられる塩素は金属銅の塩化には大きく寄与しないため、その体積は第1の塩素含有ガス中に含まれる塩素の体積よりも小さくてもよい。例えば第2の塩素含有ガスに含まれる塩素の体積は、第1の塩素含有ガス中に含まれる塩素の体積の0.001%以上20%以下、あるいは0.01%以上10%以下、あるいは0.1%以上2%以下とすればよい。
【0032】
【化1】
【0033】
塩化銅ガスに塩素を添加する場合、塩化銅ガスと第2の塩素含有ガスの混合ガスの温度(第2の温度)は、塩化銅ガスを生成する温度(第1の温度)よりも高くてもよい。混合ガス温度をより高い温度とすることで、塩化銅ガスから銅を生成する逆反応をより効果的に抑制できる。例えば塩化銅の生成を800℃以上1000℃以下の範囲で選択される温度で行い、混合ガスの温度を1000℃以上1300℃以下の範囲で選択することができる。これらの温度の差は、例えば100℃以上400℃以下、150℃以上350℃以下、あるいは200℃以上300℃以下とすればよい。これにより、製造装置内における塩化銅の液化をより効果的に防止することができる。
【0034】
第2の塩素含有ガスを導入する場合、希釈ガスの量を調整することで、銅粉体CPの粒子径を制御することも可能である。例えば体積比(Cl2:希釈ガス)は5:95以上40:60以下、あるいは5:95以上30:70以下、あるいは10:90以上25:75とすることでメジアン径を小さくすることができ、その結果、高い平均円形度ACやメジアン径に対する大きな平均結晶子径Dを有する銅粉体CPを得ることができる。
【0035】
2-3.塩素含有率の低減
塩化銅を水素などの還元剤で還元する場合、金属の一次粉体とともに塩化水素が生成する。また、第1の塩素含有ガス中の未反応の塩素、あるいは第2の塩素含有ガス中の塩素が還元性ガスと反応することでも塩化水素が発生する。このため、得られる銅の一次粉体は塩化水素と反応し、その結果、表面に塩化銅が形成されうる。この問題は他の金属を用いた場合にも生じるが、塩化ニッケルの水への溶解度(54g/100mL)と比較して塩化銅のそれは0.0236g/100mLと低いため、単に水で精製するだけでは一次粉体中に多量の塩化銅が残留してしまうことがある。これは銅粉体CPの純度低下の一因となる。
【0036】
そこで本発明の実施形態の一つでは、還元後に得られる銅の一次粉体に対し、塩化銅の除去、または塩素含有率の低減を行ってもよい(以下、塩化銅の除去と塩素含有率の低減を総じて塩素含有率の低減と記す)。塩素含有率の低減は、一次粉体を洗浄液で処理することで行うことができ、洗浄液としては塩基の水溶液あるいは懸濁液が挙げられる。塩基としては、水酸化ナトリウムや水酸化カリウムなどのアルカリ金属の水酸化物が挙げられる。洗浄液には二種類の水酸化物が含まれていてもよい。洗浄液の塩基濃度は、0.1M以上、あるいは0.5M以上でよく、1.5M以下、あるいは1.2M以下でよい。
【0037】
2-4.酸素含有率の低減
ニッケルと比較して銅はイオン化傾向が低いものの、ニッケルの酸化と比較して銅の酸化はその表面だけでなく内部まで進行しやすい。このため、後述する抗酸化処理の前、例えば塩素含有率の低減処理中に酸化が進行することがある。
【0038】
そこで本実施形態では、酸化銅を除去する、または酸素含有率を低減するための処理を一次粉体に対して行ってもよい(以下、酸化銅の除去と酸素含有率の低減を総じて酸素含有率の低減と記す)。この処理は、塩素含有率の低減処理の後に行ってもよい。酸素含有率の低減は、一次粉体をアスコルビン酸やヒドラジン、クエン酸などを含む溶剤を用いて一次粉体を処理した後、水で洗浄し、ろ過、乾燥することで行うことができる。溶剤中の溶媒は水やエタノールやイソプロピルアルコールなどのアルコール、アセトンやメチルエチルケトンなどのケトン類、あるいはこれらの混合溶媒が挙げられる。アスコルビン酸を用いる場合、洗浄液中のアスコルビン酸濃度は5質量%以上あるいは10質量%以上でよく、25質量%以下あるいは20質量%以下でよい。この操作により酸化銅を取り除くことができる。
【0039】
2-5.耐酸化性向上処理
本発明の実施形態に係る銅粉体の製造方法では、塩化銅の還元によって生じる一次粉体に対し、耐酸化性を向上させるための処理(耐酸化性向上処理)を行う。耐酸化性向上処理は、塩素含有率や酸素含有率の低減処理後に行ってもよく、塩素含有率または酸素含有率の低減処理を行わない一次粉体に対して行ってもよい。酸素含有率の低減処理によっても酸化銅の生成に起因する表面の凹凸が緩和され、平均円形度や充填性の高い銅粉体CPを得ることができるが、この耐酸化性向上処理を行うことで、銅粒子の酸化が極めて効果的に抑制され、その結果、より高い平均円形度や充填性を得ることが可能である。
【0040】
耐酸化性向上処理は、一次粉体を抗酸化剤を含む処理剤で処理することによって行われる。抗酸化剤は炭素と硫黄を含む。具体的には、抗酸化剤は分子内にチオール基(SH)若しくはチオエーテル基(-S-)、およびカルボキシル基(CO2H)を有する。抗酸化剤は、分子内にチオール基とカルボキシル基をそれぞれ二つまたはそれ以上含んでもよい。例えば、抗酸化剤の一つは以下の一般式(1)で表される化合物である。
【0041】
【化2】
(1)
【0042】
一般式(1)において、nは1または2である。R1とR2は、それぞれ独立して水素、炭素数1から4の置換若しくは無置換のアルキル基、炭素数5以上の置換若しくは無置換のシクロアルキル基、置換若しくは無置換の芳香族基、カルボキシル基、炭素数1から4のアミド基、ハロゲン、炭素数1から4のアルキル基を有するアミノ基、ジアリールアミノ基、および炭素数1から4の置換若しくは無置換アルコキシ基などから選択される。R3は、水素、炭素数1から4の置換若しくは無置換のアルキル基、炭素数5以上の置換若しくは無置換のシクロアルキル基、置換若しくは無置換の芳香族基などから選択される。
【0043】
より具体的には、以下の化学式で挙げられる化合物を抗酸化剤として用いることができる。ただし、以下の化合物以外の化合物を用いてもよい。
【0044】
【化3】
【0045】
【化4】
【0046】
【化5】
【0047】
【化6】
【0048】
【化7】
【0049】
【化8】
【0050】
【化9】
【0051】
【化10】
【0052】
あるいは、抗酸化剤の一つは、以下の一般式(2)で表される化合物でもよい。
【0053】
【化11】
(2)
【0054】
一般式(2)において、Aは脂肪族環若しくは芳香族環であり、カルボキシル基炭素と結合する環上炭素に隣接する炭素(α炭素)にチオール基またはチオエーテル基の硫黄が結合する。R4は水素、炭素数1から4の置換若しくは無置換のアルキル基、炭素数5以上の置換若しくは無置換のシクロアルキル基、置換若しくは無置換の芳香族基から選択される。R5は、水素、炭素数1から4の置換若しくは無置換のアルキル基、炭素数5以上の置換若しくは無置換のシクロアルキル基、置換若しくは無置換の芳香族基、カルボキシル基、炭素数1から4のアミド基、ハロゲン、炭素数1から4のアルキル基を有するアミノ基、ジアリールアミノ基、および炭素数1から4の置換若しくは無置換アルコキシ基から選択される。
【0055】
より具体的には、以下の化学式で挙げられる化合物を抗酸化剤として用いることができる。ただし、以下の化合物以外の化合物を用いてもよい。
【0056】
【化12】
【0057】
【化13】
【0058】
【化14】
【0059】
なお、式(1)と(2)における上記芳香族基としては、芳香族炭化水素やヘテロ芳香族基が挙げられ、フェニル基、ナフチル基、アントリル基、フェナントリル基、ピリジル基、フェナントロリル基、ジアゾリル基、トリアゾリル基、チオフェニル基、ベンゾチオフェニル基などが例示される。置換アルキル基、置換シクロアルキル基、置換芳香族基、置換アルコキシ基の置換基としては、例えば炭素数1から4のアルキル基やフッ素などのハロゲンが挙げられる。アルキル基は直鎖でも分岐していてもよい。
【0060】
耐酸化性向上処理における処理剤は、上述した抗酸化剤と溶媒を含む。溶媒としては、水、メタノールやエタノール、イソプロパノールなどのアルコール、アセトンやメチルエチルケトンなどのケトン類、テトラヒドロフランやジオキサンなどのエーテル類、N,N-ジメチルホルムアミドやN,N-ジメチルアセトアミドなどのアミド類でもよい。特に、安価で毒性の無い水が好ましい。抗酸化剤の濃度は、例えば1.0×10-4Mから1.0Mの範囲で調整すればよい。
【0061】
耐酸化性向上処理は、処理剤と一次粉体を混合し、攪拌することで行われる。処理温度は、例えば0℃以上30℃以下であり、典型的には室温(25℃、またはその近傍)である。攪拌時間は1分以上1時間または5分以上30分以内から適宜選択すればよい。攪拌終了後、ろ過またはデカンテーションにより処理剤を除去し、さらに水を用いて洗浄し、その後乾燥することで銅粉体CPを得ることができる。
【0062】
耐酸化性向上処理を行うことで、実施例に示すように、銅粉体CPは殆ど酸化されることはなく、その結果、X線回折法を用いて得られる酸化第一銅と酸化第二銅の含有率は、それぞれ4質量%未満、3質量%未満、または1質量%未満となる。さらに、製造後一定時間大気下で静置した銅粉体CPの酸化第一銅と酸化第二銅の含有率も、それぞれ4質量%未満、3質量%未満、または1質量%未満となる。このことは、耐酸化性向上処理により、長期間に亘って高い耐酸化性が維持されることを示唆する。
【0063】
2-6.その他の工程
任意の工程として、得られる銅粉体CPに対し、分級や解砕、篩別などの工程を行ってもよい。
【0064】
分級は乾式分級でも湿式分級でも良く、乾式分級では、気流分級、重力場分級、慣性力場分級、遠心力場分級など、任意の方式を採用できる。湿式分級においても同様に、重力場分級や遠心力場分級などの方式を採用することができる。
【0065】
例えば分級は、メタノールやエタノール、n-プロパノール、イソプロパノールなどの炭素数が1から3の低級アルコール、あるいは20℃における蒸気圧が18.7hPa以上のアルコールを用いる低温気流分級によって行うことができる。この場合、まず銅粉体CPにアルコールを噴霧する、あるいは銅粉体CPをアルコールの蒸気で処理する。この時、飽和吸着量の40%以上1000%以下のアルコールが銅粉体CPに吸着されることが好ましい。この後、分級温度を0℃以上35℃以下の温度に保ち、分級圧力が0.2MPa以上0.8MPa以下、あるいは0.3MPa以上0.6MPa以下の条件下で分級を行う。
【0066】
解砕処理は、例えばジェットミルを用いて行えばよい。篩別処理では、所望のメッシュサイズを有する篩を振動させ、これに銅粉体CPを通過させることで行われる。分級や解砕、篩別処理を行うことで、銅粉体CPの粒子径やその分布より小さくすることが可能である。
【0067】
以上の工程により銅粉体CPが製造される。上述したように、本実施形態の製造方法では、耐酸化性向上処理が行われる。その結果、銅粉体CPの酸化銅の含有率は極めて低く、これに起因し、平均円形度と単結晶性が極めて高い銅粒子を含み、粒子径の小さい銅粉体CPを得ることができる。
【実施例0068】
以下、銅粉体CPの製造とその特性について説明する。ここでは、気相法を利用して銅の一次粉体を作製し、得られた一次粉体に対する塩素含有率と酸素含有率の低減処理、および耐酸化性向上処理を行った例について説明する。
【0069】
1.実施例
1-1.一次粉体の作製
石英製の気化補助材が床上に配置された塩化炉内に金属銅のペレットを投入した。塩化炉を900℃に、塩化炉に接続されて塩化銅ガスが導入される加熱炉を1150℃に加熱し、塩化炉の上部と下部から塩素と窒素を含む塩素含有ガス(それぞれ、第1と第2の塩素含有ガス)を導入した。それぞれ塩化炉の上部と下部から導入される第1と第2の塩素含有ガスの体積比は1:0.17であり、塩素と窒素の体積比(Cl2:N2)は、それぞれ29:61、2:98であった。
【0070】
塩化によって生成した塩化銅ガスを加熱炉に接続された還元炉に導入し、還元炉を1150℃に加熱しつつ塩化銅ガスに対して4600モル%の水素と24600モル%の窒素を導入した。生成した銅粒子を窒素ガスを用いて冷却した。
【0071】
引き続き、塩素含有率と酸素含有率の低減処理を行った。具体的には、得られた一次粉体30gに対し、1M水酸化ナトリウム水溶液を洗浄液として約300mL加え、室温で10分間攪拌した。攪拌終了後、上澄みを除去し、その後一次粉体を水を用いてpH7になるまで洗浄し、乾燥した。この後、6gのアスコルビン酸を含む水溶液(約300mL)を加え、得られた混合物を室温で30分間攪拌した。攪拌終了後混合物をろ過し、炉物を水(約500mL)で4回洗浄し、乾燥した。
【0072】
1-2.耐酸化性向上処理
さらに、一次粉体30gに対し、0.00094Mの抗酸化剤水溶液(約300mL)を処理剤として加え、室温で30分攪拌した。攪拌終了後、上澄みを除去し、水(約500mL)による洗浄を4回行った。得られた銅粒子を乾燥することで銅粉体CPを得た。抗酸化剤としては、以下の化学式で示すメルカプトコハク酸(A)、メルカプト酢酸(B)、3-メルカプトプロピオン酸(C)、チオサリチル酸(D)を用いた。抗酸化剤の種類、および抗酸化剤水溶液の濃度を表1に示すように変化させ、実施例1から12の試料を得た。
【0073】
【化15】
【0074】
2.比較例
比較例1から8として、上記実施例における耐酸化性向上処理において、抗酸化剤の替わりに以下に示すチオ尿素(E)、ベンゾトリアゾール(F)、およびチオ尿素とコハク酸を含む混合物((G)、モル比:1:1)をブランク化合物として用い、これらの水溶液で一次粉体を処理した。処理条件は抗酸化剤を用いた耐酸化性向上処理と同じであった。上記ブランク化合物の種類とその水溶液の濃度を表1に示すように変化させ、比較例1から8の試料を得た。
【化16】
【0075】
また、比較例9として湿式法で得られた一次粉体を作製し、実施例と同様の処理を行った。湿式法による銅の一次粉体の作製は、特開2003-342621号公報の記載に従って行った。この一次粉体30gに対し、実施例1と同様に塩素含有率と酸素含有率の低減処理、および耐酸化性向上処理を行った。
【0076】
3.評価
硫黄の含有率は、SIIナノテクノロジー株式会社製誘導結合プラズマ発光分光分析装置(SPS3100)を用いて測定した。炭素の含有率は、堀場製作所社製炭素・硫黄分析装置(EMIA-920V2)を用いて、JIS H1617とJIS Z2615に準じて測定した。酸化銅の含有率、結晶子径、およびメジアン径D50の測定は、スペクトリス株式会社製X線回折装置(X’Pert Pro)を用いて測定した(CuKα線、加速電圧45kV、放電電流40mA)。銅粉体の投影像は、走査透過型電子顕微鏡(日本電子株式会社製JEM-2100F)を用いて取得した。平均円形度は、倍率15000倍における走査透過型電子顕微鏡像の一つの視野中に存在する約500個の銅粒子を画像解析ソフト(株式会社マウンテック製Macview4.0)を用いて解析することで得た。銅粉体上の硫黄原子の結合状態は、X線光電子分光装置(サーモフィッシャーサイエンティフィク株式会社製k-alpha+)を用いて行った。結果を表1に示す。表1において、酸化第一銅と酸化第二銅の含有率が1質量%未満(<1)と示されているのは、上記測定による検出下限以下であったことを意味する。
【0077】
【表1】

【0078】
全ての実施例と比較例1から8から理解されるように、これらの試料のメジアン径D50は小さく、これに起因してメジアン径に対する平均結晶子径(D/D50)が大きい。一方、湿式法で作製された比較例9の銅粉体はD/D50が低い。このことは、気相法を用いることで粒子径が小さく、高い焼結開始温度を有する銅粉体が提供できることを示している。
【0079】
一例として実施例1と比較例1の銅粉体CPのXPSスペクトルを図2(A)に示す。参照として、図2(B)に硫化第一銅と硫化第二銅のXPSスペクトルを示す。図2(A)に示すように、チオ尿素を用いた比較例1の銅粉体は、160eVから166eVのエネルギー範囲において、硫黄の2s軌道に由来するシャープな二つのピークを与える。この二つのピークは、硫化第一銅と硫化第二銅のスペクトルのピーク(図3(B))と略一致している。このことはすなわち、チオ尿素の硫黄は銅とイオン結合を形成し、硫化銅として存在していることを示している。一方、実施例1の銅粉体CPは、同じエネルギー範囲では複数のピークを示さず、比較的ブロードな単一なピークを与える。このことは、銅粒子上においてメルカプトコハク酸の硫黄は銅とイオン結合を形成せず、チオール基として存在していることを示唆している。
【0080】
表1に示すように、実施例1、5、9の硫黄含有率を比較すると、抗酸化剤水溶液の濃度の増大に従って硫黄含有率と炭素含有率が増大することが分かる。同様の傾向が実施例2、6、10の比較、実施例3、7、11の比較、実施例4、8、12の比較においても確認された。さらに比較例1、4、7の比較、比較例2と5の比較、および比較例3、6、8の比較においても、ブランク化合物の水溶液の濃度の増大に従って、硫黄含有率と炭素含有率が増大することが確認された。ただし、ブランク化合物Fは硫黄を含まないため、硫黄は実質的に検出されていない(比較例2、5)。このことから、銅粉体CPで検出される硫黄と炭素は抗酸化剤に由来し、その含有率も抗酸化剤水溶液の濃度によって制御できることを意味している。
【0081】
また、実施例1から4の試料を比較すると、銅粉体CPの硫黄含有率は抗酸化剤に依らず一定であるが、抗酸化剤B、C、A、Dの順で炭素含有率が増大することが確認された。この傾向は、実施例5から8の比較と実施例9から12の比較からも分かるように、抗酸化剤水溶液の濃度に依存しない。この理由は、抗酸化剤AからDはいずれも分子内に硫黄原子を一つ含むが、B、C、A、Dの順で炭素数が増大するためである。実際、抗酸化剤B、C、A、Dの炭素数は、それぞれ2、3、4、7となる。このことから、銅粉体CPで検出される硫黄と炭素の含有率は、抗酸化剤水溶液の濃度だけでなく、抗酸化剤の種類によって独立に制御できることを意味している。
【0082】
実施例の全ての試料の酸化第一銅と酸化第二銅の含有率は、耐酸化性向上処理の完了1時間後において、上記X線回折法の検出下限以下であった。また、抗酸化剤水溶液の濃度が低い実施例1から4の試料では、温度25℃、湿度50%の大気下での保存開始から3時間後において酸化第一銅の含有率の増大が確認されたものの、他の実施例5から12の酸化第一銅の含有率は、いずれも検出下限以下を維持していた。これに対し、比較例1から8の結果から分かるように、分子内にチオール基若しくはチオエーテル基、およびカルボキシル基を同時に持たないブランク化合物を用いると、酸化第二銅の含有率は低いものの、製造1時間後でも高い酸化第一銅含有率を示した。また、酸化第一銅の含有率は時間と共に増大し、例えば比較例1の試料は保存開始3時間後に10質量%もの酸化第一銅を含むことが分かった。なお、湿式法を適用して作製された銅粉体では(比較例9)、製造1時間後でも酸化第二銅が検出された。
【0083】
ここで、ブランク化合物の水溶液濃度が同一である比較例4と6を比較すると、硫黄含有率には差が無いものの、炭素含有率が相違する。同様のことが、比較例7と8の比較からも言える。このことは、比較例6と8ではチオ尿素のみならず、コハク酸も銅粒子表面に存在していることを意味する。しかしながら、得られる銅粉体の耐酸化性は低く、実施例と比較して高い酸化第一銅含有率を示す。これらの結果は、本発明の実施形態に係る銅粉体CPの高い耐酸化性は、単にチオール基またはチオエーテル基およびカルボキシル基が独立に寄与するのではなく、これらの官能基が同時に協奏的に寄与するために発現されることを示している。
【0084】
高い耐酸化性に起因し、銅粉体CPは極めて高い円形度を示し、かつ、少なくとも3時間以内では経時的変化が生じない。これに対し、比較例1から9のいずれにおいても、平均円形度は製造直後において低いのみならず、経時的に低下することが分かる。これらの結果は、銅は大気中で容易に酸化される特性を有するものの、本発明の実施形態に係る銅粉体CPでは銅の酸化が進行しないまたは無視できる程度であることを明確に示している。
【0085】
以上述べたように、本発明の実施形態を適用することにより、純度や平均円形度が極めて高く、高い耐酸化性を有する銅粉体を提供できることが分かった。
【0086】
本発明の実施形態として上述した実施形態は、相互に矛盾しない限りにおいて、適宜組み合わせて実施することができる。また、各実施形態を基にして、当業者が適宜構成要素の追加、削除もしくは設計変更を行ったもの、または工程の追加、省略もしくは条件変更を行ったものも、本発明の要旨を備えている限り、本発明の範囲に含まれる。
【0087】
上述した各実施形態の態様によりもたらされる作用効果とは異なる他の作用効果であっても、本明細書の記載から明らかなもの、または当業者において容易に予測し得るものについては、当然に本発明によりもたらされるものと解される。
図1
図2