(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022168571
(43)【公開日】2022-11-08
(54)【発明の名称】特性模擬材料及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
G21D 1/00 20060101AFI20221031BHJP
G01N 1/28 20060101ALI20221031BHJP
【FI】
G21D1/00 Z
G01N1/28 B
G21D1/00 W
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021074118
(22)【出願日】2021-04-26
(71)【出願人】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(71)【出願人】
【識別番号】317015294
【氏名又は名称】東芝エネルギーシステムズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001092
【氏名又は名称】弁理士法人サクラ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】林 貴広
(72)【発明者】
【氏名】田中 重彰
(72)【発明者】
【氏名】小川 琢矢
(72)【発明者】
【氏名】板谷 雅雄
(72)【発明者】
【氏名】斎藤 利之
【テーマコード(参考)】
2G052
【Fターム(参考)】
2G052AA12
2G052AD32
2G052GA02
2G052JA09
(57)【要約】
【課題】延性と靭性等、材料の複数の特性のうち2つ以上の特性について同時に精度良く模擬することのできる特性模擬材料及びその製造方法を提供する。
【解決手段】発電設備の供用中に特性変化が生じる材料の特性を模擬した特性模擬材料であって、化学成分の調整及び/又は熱処理による第2相の導入と、機械的加工とを組合わせることにより、強度、延性、靭性、耐食性の複数の特性のうち2つ以上の特性について同時に模擬した。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
発電設備の供用中に特性変化が生じる材料の特性を模擬した特性模擬材料であって、
化学成分の調整及び/又は熱処理による第2相の導入と、機械的加工とを組合わせることにより、強度、延性、靭性、耐食性の複数の特性のうち2つ以上の特性について同時に模擬したことを特徴とする特性模擬材料。
【請求項2】
請求項1に記載の特性模擬材料において、
前記機械的加工に冷間圧延加工を用いることを特徴とする特性模擬材料。
【請求項3】
請求項1に記載の特性模擬材料において、
前記機械的加工に常温を超える高温で加工する温間加工又は熱間加工を用いることを特徴とする特性模擬材料。
【請求項4】
請求項1乃至3の何れか1項に記載の特性模擬材料において、
化学成分の調整に、S、P、Sn、Sb、As、Si、Mo、V、Nbのうちの少なくとも1種の元素を加えることを特徴とする特性模擬材料。
【請求項5】
発電設備の供用中に特性変化が生じる材料の特性を模擬した特性模擬材料の製造方法であって、
化学成分の調整及び/又は熱処理による第2相の導入と、機械的加工とを組合わせることにより、強度、延性、靭性、耐食性の複数の特性のうち2つ以上の特性について同時に模擬することを特徴とする特性模擬材料の製造方法。
【請求項6】
請求項5に記載の特性模擬材料の製造方法において、
前記機械的加工に冷間圧延加工を用いることを特徴とする特性模擬材料の製造方法。
【請求項7】
請求項5に記載の特性模擬材料の製造方法において、
前記機械的加工に常温を超える高温で加工する温間加工又は熱間加工を用いることを特徴とする特性模擬材料の製造方法。
【請求項8】
請求項5乃至7の何れか1項に記載の特性模擬材料の製造方法において、
化学成分の調整に、S、P、Sn、Sb、As、Si、Mo、V、Nbのうちの少なくとも1種の元素を加えることを特徴とする特性模擬材料の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、特性模擬材料及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
発電設備の高経年化に伴い、健全性評価の精度や信頼性の向上は、発電設備全体の有効活用や安全性の向上において重要である。
【0003】
供用期間中の設備の健全性を担保するために、機器や構造物で想定される経年劣化事象を考慮した設計と製造がなされ、供用開始後には適切な期間内での検査や保全の対策が取られている。設備の健全性評価では、想定される経年劣化事象の進展解析を行い、評価期間における破壊や機能喪失に至る損傷の発生あるいはその確率を指標に健全性が評価される。このような健全性評価に用いられる評価手法や基準は、劣化事象に対する評価に必要となる強度や靭性、進展速度などの材料特性データを取得し、それらに基づき設定されている。
【0004】
原子力機器に代表される発電設備の構造材は、核反応に伴う中性子照射や高温環境での熱時効により硬化や延性低下、脆化などの特性変化を示すことが知られている。このような特性が劣化した材料の評価には、従来、加速条件において照射や熱時効の処理をした材料が用いられるが、時間や費用がかかり、特に中性子照射では材料の放射化の問題もあり物量や管理上の著しい制限が生じる。
【0005】
このような制限により、評価手法や基準の整備・拡張や高精度化、適切性確認などに必要となる十分な数の材料データを取得することは、一般に極めて困難である。このことは特に、少ないデータに基づき検討された従来の評価手法に代わる新しい評価手法の検討や、実際の供用中の設備や廃止措置設備等から採取した物量も限られる貴重な材料を用いた検討、更に材料特性のばらつきを踏まえた評価の検討などにおいて、先行的な検証試験や検討を効率的かつ効果的に進める上でより重要な課題となる。
【0006】
中性子照射や熱時効により、材料強度の上昇と延性の低下、靭性の低下が生じることが知られているが、このような材料の特性劣化を模擬する方法としては、冷間加工を付与する方法や、析出物や介在物などの第2相を導入する方法がある。しかしながら、それぞれの方法により模擬する特性に対する寄与の仕方や度合いが異なる。このため、経年的に破壊形態が延性的な挙動から脆性的な挙動に徐々に遷移するような材料では、延性低下や硬化などの強度の変化と脆化による靭性の変化のバランスが複雑となり、適切に模擬できない場合が多い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平2-236139号公報
【特許文献2】特開平1-167633号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述したように、原子力機器に代表される発電設備の構造材の中性子照射や高温環境での熱時効による硬化や脆化などの特性劣化の評価を、加速条件における実際の中性子照射や熱時効の処理をした材料を用いて行う以外の方法として、冷間加工を付与する方法と、析出物や介在物などの第2相を導入する方法が知られている。しかし、それぞれの方法により模擬する特性に対する寄与の仕方や度合いが異なる。このため、供用期間中に経年的に特性が徐々に変化するような材料では、延性低下や硬化などの強度の変化と脆化による靭性の変化のバランスが複雑となり、適切に模擬することが困難であった。
【0009】
本発明は、このような従来の事情に対処してなされたものであり、延性と靭性等、材料の複数の特性のうち2つ以上の特性について同時に精度良く模擬することのできる特性模擬材料及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
実施形態の特性模擬材料は、発電設備の供用中に特性変化が生じる材料の特性を模擬した特性模擬材料であって、化学成分の調整及び/又は熱処理による第2相の導入と、機械的加工とを組合わせることにより、強度、延性、靭性、耐食性の複数の特性のうち2つ以上の特性について同時に模擬したことを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明の実施形態によれば、延性と靭性等、材料の複数の特性のうち2つ以上の特性について同時に精度良く模擬することのできる特性模擬材料及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】実施形態に係る特性模擬材料及びその製造方法を説明するための図。
【
図2】実施形態に係る特性模擬材料の特性と目標値とを示す図。
【
図3】比較例に係る特性模擬材料の特性と目標値とを示す図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、実施形態に係る特性模擬材料及びその製造方法ついて、図面を参照して説明する。
【0014】
本実施形態では、発電設備の供用中に特性変化が生じる材料として、原子炉の炉内構造物に用いられるステンレス鋼についての特性模擬材料及びその製造方法を例に説明する。炉内のステンレス鋼では、供用期間中に高速中性子照射を受けることにより、照射量の増大に伴い照射欠陥が蓄積され、材料強度と硬さの上昇、延性と破壊靭性の低下が生じる。
【0015】
このような強度特性と破壊靭性の変化は、中性子照射を受ける前の材料素材の特性や、温度や中性子束(単位時間当たりに受ける中性子照射量)などの材料が晒される環境の条件に依存する。また、それぞれの特性は、上述した強い相関を示すことが知られるものの、その変化の度合いは必ずしも決まったものではなく、模擬しようとする特性が複雑なバランスとなる場合もある。
【0016】
図1は、本実施形態に係る特性模擬材料及びその製造方法を説明するための図である。
図1において、左端部に示しているのは機械的加工としての冷間加工による模擬材の特性の変化を示しており、左側は応力、右側は靭性を示し、一点鎖線は元の特性、点線は目標特性、実線は模擬特性を示している。また、
図1において、中央部に示しているのは第2相導入による模擬材の特性の変化を示しており、左側は応力、右側は靭性を示し、一点鎖線は元の特性、点線は目標特性、実線は模擬特性を示している。また、
図1において、右端部に示しているのは、冷間加工と第2相導入とを足し合わせた場合の模擬材の特性の変化を示しており、左側は応力、右側は靭性を示し、一点鎖線は元の特性、点線は目標特性、実線は模擬特性を示している。
図1に示すように、本実施形態では、例えば、冷間加工と第2相導入等の複数の模擬方法を組み合わせることで、中性子照射を受けたステンレス鋼を、所望の特性で精度良く模擬することができる。
【0017】
強度と延性の模擬には、転位の密度や可動度が強く寄与するため、その制御は圧延や鍛造による機械的加工を最も簡便な方法として用いることができる。その他の方法として比較的微小な析出物・格子欠陥の導入や、交差滑りを阻害する化学成分の調整等の方法もある。
【0018】
靭性には、亀裂先端での塑性変形の進行に伴う空孔(ボイド)の発生・成長の起こり易さやへき開破壊の起こり易さが強く寄与するため、その制御は破壊の起点となる第2相(析出物や介在物)の導入を最も簡便な方法として用いることができる。その他の方法としては、ボイドの発生・成長やへき開破壊を助長する化学成分や熱処理条件の調整、更に転位運動や交差滑りを阻害もしくは変形の局在化を助長する化学成分や組織の調整等の方法もある。これにより、強度特性と破壊靭性とを所望のバランスで模擬した試験材を製造することができる。
【0019】
図2は、原子炉炉内構造物に用いられる316Lオーステナイト系ステンレス鋼に対して、意図的に硫黄元素(S)を0.015質量%添加した素材を用いて、機械的加工として冷間圧延を付与することにより製造した模擬材の特性を示したものである。
【0020】
硫黄元素の添加は、鋼中で硫化物の形成を促進し、これにより主に靭性の低下を意図したものである。熱処理には、硫化物の形成が製鋼プロセスで通常用いられる1000℃~1200℃程度での容体化処理において生じるため、容体化処理のみを施した。模擬材の特性の目標値は、照射ステンレス鋼の材料特性が、中性子照射量の増大と共に変化し、ある程度の照射量以上で飽和する傾向を示すことに基づき、照射量のレベルに応じて設定した。照射量レベルAは、中性子照射により材料特性に有意な変化が生じる照射量、照射量レベルCは中性子照射による材料特性が飽和に近い照射量、照射量レベルBはその中間の照射量である。
【0021】
このような各照射量レベルに対して、冷間加工率を10%、15%、20%と段階的に付与した。
図2に示されるように、化学成分の調整による第2相の導入と冷間圧延による機械的加工とを組み合わせることにより、目標とする照射材の特性値に対して、強度(0.2%耐力)、延性(伸び)及び破壊靭性の特性を精度よく模擬できている。
【0022】
なお、本模擬材の製造では、中性子照射により硬化したステンレス鋼の特性を模擬することを目的としているため、熱処理後に冷間圧延による機械的加工を施すことで、鋼材に効果的にひずみを付与し、強度と延性を模擬しているが、模擬方法は、このような熱処理と機械的加工の順序に限定されない。模擬する特性によっては、例えば、熱処理前に機械的加工を施すことで、材料中の予ひずみにより熱処理時の第2相の形成をより効果的に促進することも可能である。また、機械的加工を熱間加工や温間加工とすることで、第2相の形成とひずみの付与を同時に適切なバランスとすることも可能である。
【0023】
ここで、
図3に比較例として、機械的加工と第2相導入の組合せによる模擬方法に依らない場合の例を示す。
図3は、一般的に硫黄元素の含有量が低く抑えられていることが多い市販のステンレス鋼に、25%の冷間加工を付与した模擬材の特性を示している。このステンレス鋼の硫黄元素の含有量は0.0004質量%以下であった。目標とする特性に対して、強度(0.2%耐力)と延性(伸び)は精度よく模擬できている一方、破壊靭性には乖離がある。先述した通り、冷間加工は材料の強度の上昇や延性の低下、更には照射量の増大に伴う滑り変形の局在化と言った特有の変形挙動を模擬する方法としても有効ではあるが、それ単独では照射欠陥の蓄積や照射誘起偏析による破壊靭性の変化をも含めた特性をバランスよく模擬することが困難な場合がある。本結果はそのことを示すものであり、実施形態の特性模擬方法の有効性を示すものでもある。
【0024】
上記実施形態では、第2相の導入方法としてはステンレス鋼に対する硫黄元素の添加の場合について説明したが、第2相の導入方法としてはステンレス鋼に対する硫黄元素の添加に限定されない。鋼材の焼き戻し脆性を引き起こすことで知られるP、Sn、Sb、Asなどの不純物元素は、粒界偏析により同様に靭性の低下を模擬するための添加元素になり得る。またステンレス鋼であれば、σ相などの脆化を引き起こす第2相の生成を促進する元素として、Si、Mo、V、Nb、等の元素がある。これらの元素の添加と、粒界偏析や第2相の析出を引き起こす熱処理により、所望の靭性に調整する方法もある。また、この場合、2種以上の元素を加えても良い。
【0025】
また、機械的加工により変化させた特性は、機械的加工の方向に対応した異方性を有する。このような異方性を考慮した機械的加工方法や試験片採取方向の設定により、詳細な特性の調整が可能となる。更に、強度特性や破壊靭性と言った機械的特性に限らず、耐食性の低下を含めた模擬方法として、耐応力腐食割れ性の低下を引き起こす材料の結晶粒界でのCr欠乏を、粒界炭化物の形成とそれによるCr欠乏が生じる400℃~900℃程度での鋭敏化熱処理の適用により模擬することや、基材のCr濃度を低く調整した合金の適用などにより模擬することができる。これらの方法の組合せにより、供用期間中の材料の特性変化を所望の特性で模擬する材料の製造が可能である。
【0026】
以上に示した方法により製作した模擬材を用いて、強度特性や破壊靭性などの特性およびそれらのバランスをパラメータに強度・破壊試験を実施することにより、構造材料の経年劣化による特性や挙動の変化を定量的に評価することができる。
【0027】
以上、本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は例として掲示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。