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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022168987
(43)【公開日】2022-11-09
(54)【発明の名称】電縫鋼管
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20221101BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20221101BHJP
   B23K 13/00 20060101ALI20221101BHJP
   C21D 8/00 20060101ALN20221101BHJP
   C21D 9/46 20060101ALN20221101BHJP
【FI】
C22C38/00 301Z
C22C38/58
B23K13/00 A
C21D8/00 A
C21D9/46 T
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021074720
(22)【出願日】2021-04-27
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】田島 健三
(72)【発明者】
【氏名】富尾 悠索
(72)【発明者】
【氏名】長井 健介
(72)【発明者】
【氏名】小林 俊一
(72)【発明者】
【氏名】和田 学
【テーマコード(参考)】
4K032
4K037
【Fターム(参考)】
4K032AA01
4K032AA04
4K032AA08
4K032AA11
4K032AA14
4K032AA16
4K032AA19
4K032AA21
4K032AA22
4K032AA23
4K032AA26
4K032AA27
4K032AA29
4K032AA31
4K032AA35
4K032AA36
4K032AA40
4K032BA01
4K032BA03
4K032CA02
4K032CA03
4K032CC04
4K032CD06
4K032CE01
4K032CE02
4K037EA01
4K037EA05
4K037EA09
4K037EA11
4K037EA13
4K037EA14
4K037EA15
4K037EA17
4K037EA18
4K037EA19
4K037EA20
4K037EA22
4K037EA23
4K037EA25
4K037EA27
4K037EA31
4K037EA32
4K037EA36
4K037EB05
4K037EC01
4K037FA02
4K037FA03
4K037FB07
4K037FC03
4K037FD06
4K037FE01
4K037FE02
(57)【要約】
【課題】優れた低温靭性及び耐HIC性を有する電縫鋼管を提供する。
【解決手段】上記電縫鋼管の母材部は、質量%で、C:0.010~0.080%、Si:0.05~0.40%、Mn:0.60~1.60%、P:0~0.020%、S:0~0.0010%、Al:0.010~0.040%、N:0.0010~0.0050%、Nb:0.001~0.080%、Ti:0.001~0.020%、O:0~0.0030%、及び、Ca:0.0015~0.0035%を含有し、実施の形態で規定する式(1)を満たす化学組成を有する。母材部のフェライト分率が50~90%であり、有効結晶粒径が15.0μm以下である。電縫溶接部において、Ca、Al及びOを含有する特定介在物の数密度が2.5個/mm以下であり、特定介在物の平均アスペクト比が4.5以下である。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材部と、電縫溶接部とを備える電縫鋼管であって、
前記母材部は、質量%で、
C:0.010~0.080%、
Si:0.05~0.40%、
Mn:0.60~1.60%、
P:0~0.020%、
S:0~0.0010%、
Al:0.010~0.040%、
N:0.0010~0.0050%、
Nb:0.001~0.080%、
Ti:0.001~0.020%、
O:0~0.0030%、
Ca:0.0015~0.0035%、
Ni:0~0.50%、
Mo:0~0.50%、
V:0~0.100%、
Cr:0~0.30%、
Cu:0~0.30%、
Mg:0~0.0050%、
希土類元素:0~0.0100%、及び、
残部:Fe及び不純物、
からなり、式(1)を満たし、
前記母材部のフェライト分率が50~90%であり、有効結晶粒径が15.0μm以下であり、
前記電縫溶接部において、Ca、Al及びOを含有する特定介在物の数密度は2.5個/mm以下であり、前記特定介在物の平均アスペクト比は4.5以下である、
電縫鋼管。
0.20≦C+Si/24+Mn/6+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/3+Nb/3≦0.29 (1)
ここで、式(1)の各元素記号には、対応する元素の含有量が質量%で代入される。
【請求項2】
請求項1に記載の電縫鋼管であって、
前記母材部は、質量%で、
Ni:0.01~0.50%、
Mo:0.01~0.50%、
V:0.001~0.100%、
Cr:0.01~0.30%、
Cu:0.01~0.30%、
Mg:0.0010~0.0050%、及び、
希土類元素:0.0010~0.0100%、からなる群から選択される1種以上を含有する、
電縫鋼管。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の電縫鋼管であって、
肉厚は10.0~25.4mmである、
電縫鋼管。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、電縫鋼管に関し、さらに詳しくは、パイプラインに用いられる電縫鋼管に関する。
【背景技術】
【0002】
海底に敷設されるパイプラインは、複数の鋼管(ラインパイプ)で構成される。海底のパイプラインは、天然ガスや原油等の、パイプライン内部を通る生産流体から高い圧力を受ける。パイプラインはさらに、波浪による繰り返し歪みと海水圧とを外部から受ける。海底のパイプラインに用いられる鋼管(ラインパイプ)として、電縫鋼管が用いられる場合がある。ラインパイプとして用いられる電縫鋼管には、上述の理由により、優れた低温靭性が求められる。
【0003】
特開2020-128577号公報(特許文献1)は、低温靭性に優れたパイプライン用途の電縫鋼管を提案する。
【0004】
特許文献1に開示された電縫鋼管は、質量%で、C:0.030~0.100%、Si:0.01~0.50%、Mn:0.50~2.50%、P:0.050%以下、S:0.0050%以下、Al:0.040%以下、Ti:0.003~0.030%、Nb:0.003~0.200%、N:0.0080%以下、O:0.0050%以下、Cu:0~1.00%、Ni:0~1.00%、Cr:0~1.00%、Mo:0~1.00%、V:0~0.10%、B:0~0.0050%、Ca:0~0.0008%、及び、希土類元素(REM):0~0.0050%、を含有し、残部がFe及び不純物からなり、式(1)及び式(2)を満たす化学組成を有する。ここで、式(1)は、0.20≦C+Mn/6+(Ni+Cu)/15+(Cr+Mo+V)/5≦0.53である。式(2)は、0.120≦C+Si/30+(Mn+Cu+Cr)/20+Ni/60+Mo/15+V/10+5×B≦0.220である。シーム熱処理の熱影響部の特定領域において、平均ビッカース硬さが200~240である。さらに、特定領域のミクロ組織において、Ca、Al、O及びTiからなる群から選択される1種又は2種以上を含有する介在物の数密度が12.0個/mm以下である。熱影響部の肉厚をtとしたときに、熱影響部のt/4部のミクロ組織において、フェライトの面積率が0~40%、残部が焼戻しベイナイトであり、平均結晶粒径が15μm以下である。熱影響部のt/2部のミクロ組織において、フェライトの面積率が0~50%、残部が焼戻しベイナイトであり、平均結晶粒径が15μm以下である。母材の肉厚をtとしたときに、母材のt/4部及び母材のt/2部のミクロ組織において、フェライトの面積率が0~50%、残部がベイナイトであり、平均結晶粒径が15μm以下である。この電縫鋼管では、熱影響部及び母材部のミクロ組織を焼戻しベイナイト主体の組織とし、さらに、熱影響部の特定領域での特定介在物の数密度を抑える。これにより、高い強度と優れた低温靭性とが得られる、と特許文献1には記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2020-128577号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、パイプラインに用いられる電縫鋼管の内部を流れる生産流体は、硫化水素等の腐食性ガスを含有する場合がある。この場合、電縫鋼管には優れた低温靱性だけでなく、優れた耐HIC性も求められる。特許文献1に開示された電縫鋼管では、低温靭性と耐HIC性との両立に関する検討がされていない。
【0007】
本開示の目的は、優れた低温靭性及び優れた耐HIC性を有する電縫鋼管を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示による電縫鋼管は、
母材部と、電縫溶接部とを備える電縫鋼管であって、
前記母材部は、質量%で、
C:0.010~0.080%、
Si:0.05~0.40%、
Mn:0.60~1.60%、
P:0~0.020%、
S:0~0.0010%、
Al:0.010~0.040%、
N:0.0010~0.0050%、
Nb:0.001~0.080%、
Ti:0.001~0.020%、
O:0~0.0030%、
Ca:0.0015~0.0035%、
Ni:0~0.50%、
Mo:0~0.50%、
V:0~0.100%、
Cr:0~0.30%、
Cu:0~0.30%、
Mg:0~0.0050%、
希土類元素:0~0.0100%、及び、
残部:Fe及び不純物、
からなり、式(1)を満たし、
前記母材部のフェライト分率が50~90%であり、有効結晶粒径が15.0μm以下であり、
前記電縫溶接部において、Ca、Al及びOを含有する特定介在物の数密度は2.5個/mm以下であり、前記特定介在物の平均アスペクト比は4.5以下である。
0.20≦C+Si/24+Mn/6+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/3+Nb/3≦0.29 (1)
ここで、式(1)の各元素記号には、対応する元素の含有量が質量%で代入される。
【0009】
本開示において、有効結晶粒径とは、EBSP-OIM(Electron Back Scatter Diffraction Pattern-Orientation Image Microscopy)法において、隣り合う測定点(ピクセル)の方位差が15°を超えた位置を粒界として、粒界に囲まれた領域を結晶粒と定義し、結晶粒の円相当径を結晶粒径と定義したとき、結晶粒径が0.5μm以上の結晶粒を対象として、各結晶粒の結晶粒径と面積分率とを乗じたものの総和であるエリア平均粒径を意味する。
【発明の効果】
【0010】
本開示による電縫鋼管は、優れた低温靭性及び優れた耐HIC性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、本実施形態による電縫鋼管の連続冷却変態曲線図である。
図2図2は、電縫溶接部内の特定介在物(Ca、Al及びOを含有する介在物)の平均アスペクト比と、シャルピー衝撃試験における-20℃での吸収エネルギー(J)との関係を示す図である。
図3図3は、本実施形態による特定介在物の平均アスペクト比の測定方法を説明するための模式図である。
図4図4は、図3と関連する、本実施形態による特定介在物の平均アスペクト比の測定方法を説明するための模式図である。
図5図5は、図3及び図4と関連する、本実施形態による特定介在物の平均アスペクト比の測定方法を説明するための模式図である。
図6図6は、本実施形態による電縫鋼管の製造工程の一例を示すフロー図である。
図7図7は、実施例で用いたDWTT試験片の正面図及び側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明者らは、パイプライン用途の電縫鋼管の低温靭性、及び、耐HIC性について調査及び検討を行った。初めに、本発明者らは、電縫鋼管の耐HIC性の調査及び検討を行い、次の知見を得た。
【0013】
電縫鋼管中の介在物のうち、MnS等の硫化物は製造工程中の圧延時に伸長しやすい。伸長した硫化物には水素が集積しやすい。水素が集積した硫化物は、割れの基点となりやすい。したがって、硫化物の生成、及び硫化物の伸長をなるべく抑えられる方が好ましい。S含有量を抑えれば、硫化物の生成を抑えることができる。また、Caは、硫化物を改質し、硫化物の伸長を抑制する。そのため、硫化物への水素の集積が抑制され、割れの発生が抑制される。その結果、電縫鋼管の耐HIC性が高まる。したがって、電縫鋼管の耐HIC性の向上を考慮する場合、化学組成の観点から、S含有量をなるべく低く抑え、かつ、Caを含有することが望ましい。
【0014】
以上の観点から電縫鋼管の化学組成を検討した。その結果、電縫鋼管の母材部が質量%で、C:0.010~0.080%、Si:0.05~0.40%、Mn:0.60~1.60%、P:0~0.020%、S:0~0.0010%、Al:0.010~0.040%、N:0.0010~0.0050%、Nb:0.001~0.080%、Ti:0.001~0.020%、O:0~0.0030%、Ca:0.0015~0.0035%、Ni:0~0.50%、Mo:0~0.50%、V:0~0.100%、Cr:0~0.30%、Cu:0~0.30%、Mg:0~0.0050%、希土類元素:0~0.0100%、及び、残部:Fe及び不純物、からなる化学組成であれば、優れた耐HIC性が得られると考えた。
【0015】
そこで、上述の化学組成の母材部を有する電縫鋼管において、低温靱性を高める手段をさらに検討した。
【0016】
通常、鋼材の強度(又は硬度)と靭性とは相反する。フェライトは軟質な組織である。したがって、母材部の組織がフェライト主体であれば、電縫鋼管の母材部の低温靭性が高まる。さらに、フェライト結晶粒が微細であれば、低温靱性が高まる。
【0017】
そこで、本発明者らは、優れた耐HIC性を得るだけでなく、優れた低温靱性を得るために、上述の化学組成の母材部を有する電縫鋼管に対して、さらに化学組成の観点から、母材部のミクロ組織を微細なフェライト主体の組織とするための手段を検討した。その結果、母材部の化学組成中の各元素含有量が上述の範囲内であることを前提として、さらに、C、Si、Mn、Ni、Cr、Mo、V、及びNbが次の式(1)を満たせば、微細なフェライト主体の組織が形成され、その結果、電縫鋼管の低温靱性が高まることを見出した。
0.20≦C+Si/24+Mn/6+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/3+Nb/3≦0.29(1)
ここで、式(1)中の各元素記号には、対応する元素の含有量が質量%で代入される。
【0018】
F1=C+Si/24+Mn/6+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/3+Nb/3と定義する。F1は、鋼材のミクロ組織及び結晶粒に関する指標である。電縫鋼管の母材部の化学組成中の元素のうち、C、Si、Mn、Ni、Cr、Mo、V、及びNbはいずれも、母材部が上述の化学組成の電縫鋼管の連続冷却変態曲線図(Continuous Cooling Transformation Diagram:CCT線図)のS曲線(フェライト領域、パーライト領域、及び、ベイナイト領域)に影響を与える。
【0019】
図1は、本実施形態による電縫鋼管の連続冷却変態曲線図(CCT線図)である。つまり、図1は、母材部の化学組成中の各元素含有量が上述の範囲内である電縫鋼管のCCT線図である。図1中、Fはフェライトノーズ、Pはパーライトノーズ、及びBはベイナイトノーズを示す。
【0020】
図1を参照して、C、Si、Mn、Ni、Cr、Mo、V、及びNbで構成されるF1が低すぎれば、図1中のS曲線は左側にシフトし過ぎる。この場合、鋼材の低温靭性が低下する。この理由は次のとおりである。
【0021】
鋼材の冷却時において、オーステナイトからフェライトに変態する駆動力(相変態の駆動力)の大きさは、鋼材温度と相関する。鋼材温度が高い状態でオーステナイトからフェライトに変態する場合、相変態の駆動力は小さい。そのため、フェライト変態核は生成されにくい。さらに、鋼材温度が高いため、フェライト粒の成長は速い。その結果、生成したフェライト粒が粗大化する。一方、鋼材温度が低い状態でオーステナイトからフェライトに変態する場合、相変態の駆動力は大きい。そのため、フェライト変態核が生成されやすい。さらに、鋼材温度が低いため、生成したフェライト粒の成長は遅い。その結果、フェライト粒が微細化する。
【0022】
したがって、図1に示すCCT線図において、鋼材温度が高い状態で冷却曲線C1がフェライトノーズ(フェライト領域)に入る場合、相変態により生成したフェライト粒が粗大化しやすい。一方、鋼材温度が低い状態で冷却曲線C1がフェライトノーズ(フェライト領域)に入れば、相変態により生成したフェライト粒が微細化しやすい。
【0023】
F1が低すぎて、S曲線が図1中の左側にシフトし過ぎた場合、鋼材温度が高い状態で冷却曲線C1がフェライト領域に入る。そのため、上述のとおり、相変態により生成したフェライト粒が粗大化する。その結果、鋼材の低温靭性が低下する。
【0024】
一方、F1が高すぎれば、S曲線が図1中の右側にシフトし過ぎる。この場合、冷却曲線C1がフェライトノーズ(フェライト領域)に入る温度が低くなる。その結果、ベイナイト、マルテンサイト等の硬質組織の生成量が多くなり、組織中のフェライト分率が低下する。その結果、鋼材の低温靭性が低下する。
【0025】
F1が0.20~0.29であれば、母材部の各元素含有量が上述の範囲内であることを前提として、図1中の各相のS曲線(フェライト、パーライト、ベイナイト)がCCT線図において適切な位置に配置される。この場合、図1に示すとおり、冷却曲線C1が主としてフェライト領域を通りながら鋼材を冷却することができる。そのため、電縫鋼管の母材部において、微細なフェライト主体の組織を生成でき、高い低温靭性を得ることができる。具体的には、母材部のフェライト分率を50~90%とし、有効結晶粒径を15.0μm以下とすることができる。
【0026】
上述のとおり、母材部の化学組成中の各元素含有量が上述の範囲内であることを前提として、さらに、式(1)を満たせば、電縫鋼管の耐HIC性だけでなく、低温靭性も高まることを本発明者らは見出した。
【0027】
しかしながら、上述の構成を有する電縫鋼管であっても、依然として低温靱性が十分に高まらない場合があることが判明した。そこで、本発明者らは、上述の構成を有する電縫鋼管において低温靱性が十分に高まらなかった原因を調査した。その結果、本発明者らは、上述の構成を有する電縫鋼管では、母材部の低温靱性は十分に高まるものの、電縫溶接部において低温靱性が十分に高まらない場合があることを新たに知見した。そこで、本発明者らは、電縫溶接部における低温靱性をさらに高める手段について検討した。その結果、本発明者らは、次の知見を得た。
【0028】
母材部の化学組成の各元素含有量が上述の範囲内であり、かつ、式(1)を満たす場合、電縫溶接部には、Ca、Al及びOを含有する介在物が存在する。本明細書ではこの介在物を「特定介在物」と称する。
【0029】
電縫溶接部において特定介在物の数密度が高い場合、特定介在物を起点とした割れが発生しやすくなる。この場合、電縫溶接部の低温靱性が低下する場合がある。しかしながら、母材部の化学組成の各元素含有量が上述の範囲内であり、かつ、式(1)を満たすことを前提に、電縫溶接部における特定介在物の数密度が2.5個/mm以下であれば、電縫溶接部の低温靭性を高めることができることが判明した。
【0030】
しかしながら、特定介在物の数密度を単に2.5個/mm以下に抑えただけでは、低温靱性を十分に高めることができない場合がある。その理由は次のとおりである。
【0031】
本実施形態による電縫鋼管では、上述のとおり、耐HIC性を高めるために、化学組成中の各元素含有量を上述の範囲内とし、Ca含有量を0.0015%以上含有する。この場合、介在物にもCaが含有されやすくなり、上述の特定介在物が生成する。特定介在物はCaを含むため軟質である。そのため、電縫溶接部内の特定介在物が延伸されてアスペクト比が大きい状態で存在する場合がある。特定介在物の数密度が2.5個/mm以下であっても、アスペクト比の大きい特定介在物が存在すれば、アスペクト比の大きい特定介在物が割れの起点となる。その結果、電縫溶接部の低温靱性が低下する。
【0032】
そこで、本発明者らは、母材部の化学組成中の各元素含有量が上述の範囲内であり、式(1)を満たし、さらに、電縫溶接部の特定介在物の数密度が2.5個/mm以下の電縫鋼管において、電縫溶接部の特定介在物の平均アスペクト比と低温靱性との関係を調査し、図2を得た。
【0033】
図2を参照して、母材部の化学組成中の各元素含有量が上述の範囲内であり、式(1)を満たし、さらに、電縫溶接部の特定介在物の数密度が2.5個/mm以下の電縫鋼管において、特定介在物の平均アスペクト比が4.5よりも大きい場合、平均アスペクト比が小さくなっても、-20℃での吸収エネルギーはそれほど上昇せず、100J未満であった。一方、平均アスペクト比が4.5以下の場合、-20℃での吸収エネルギーが100J以上となり、さらに、平均アスペクト比が小さくなるに従い、-20℃での吸収エネルギーが顕著に上昇した。つまり、平均アスペクト比を4.5以下とすることにより、低温靱性が顕著に上昇した。
【0034】
以上の知見に基づいて、本実施形態の電縫鋼管は完成した。本実施形態の電縫鋼管は、次の構成を有する。
【0035】
[1]
母材部と、電縫溶接部とを備える電縫鋼管であって、
前記母材部は、質量%で、
C:0.010~0.080%、
Si:0.05~0.40%、
Mn:0.60~1.60%、
P:0~0.020%、
S:0~0.0010%、
Al:0.010~0.040%、
N:0.0010~0.0050%、
Nb:0.001~0.080%、
Ti:0.001~0.020%、
O:0~0.0030%、
Ca:0.0015~0.0035%、
Ni:0~0.50%、
Mo:0~0.50%、
V:0~0.100%、
Cr:0~0.30%、
Cu:0~0.30%、
Mg:0~0.0050%、
希土類元素:0~0.0100%、及び、
残部:Fe及び不純物、
からなり、式(1)を満たし、
前記母材部のフェライト分率が50~90%であり、有効結晶粒径が15.0μm以下であり、
前記電縫溶接部において、Ca、Al及びOを含有する特定介在物の数密度は2.5個/mm以下であり、前記特定介在物の平均アスペクト比は4.5以下である、
電縫鋼管。
0.20≦C+Si/24+Mn/6+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/3+Nb/3≦0.29 (1)
ここで、式(1)の各元素記号には、対応する元素の含有量が質量%で代入される。
【0036】
[2]
[1]に記載の電縫鋼管であって、
前記母材部は、質量%で、
Ni:0.01~0.50%、
Mo:0.01~0.50%、
V:0.001~0.100%、
Cr:0.01~0.30%、
Cu:0.01~0.30%、
Mg:0.0010~0.0050%、及び、
希土類元素:0.0010~0.0100%、からなる群から選択される1種以上を含有する、
電縫鋼管。
【0037】
[3]
[1]又は[2]に記載の電縫鋼管であって、
肉厚は10.0~25.4mmである、
電縫鋼管。
【0038】
以下、本実施形態による電縫鋼管について詳述する。元素に関する「%」は、特に断りがない限り、質量%を意味する。
【0039】
[電縫鋼管の構成]
本実施形態による電縫鋼管は、母材部と、電縫溶接部とを有する。母材部は円筒状である。電縫溶接部は電縫鋼管の長手方向に延在している。
【0040】
[化学組成]
本実施形態による電縫鋼管の母材部の化学組成は、次の元素を含有する。
【0041】
C:0.010~0.080%
炭素(C)は、鋼材の強度を高める。C含有量が0.010%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、C含有量が0.080%を超えれば、Cは炭化物を過剰に形成する。この場合、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、電縫鋼管の低温靭性が低下する。C含有量が0.080%を超えればさらに、鋼材の溶接性が低下する。したがって、C含有量は0.010~0.080%である。C含有量の好ましい下限は0.015%であり、さらに好ましくは0.020%であり、さらに好ましくは0.025%であり、さらに好ましくは0.030%である。C含有量の好ましい上限は0.075%であり、さらに好ましくは0.070%であり、さらに好ましくは0.065%であり、さらに好ましくは0.060%である。
【0042】
Si:0.05~0.40%
シリコン(Si)は、鋼を脱酸する。Si含有量が0.05%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Si含有量が0.40%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、電縫鋼管の強度が過剰に高まる。その結果、電縫鋼管の低温靭性が低下する。したがって、Si含有量は0.05~0.40%である。Si含有量の好ましい下限は0.08%であり、さらに好ましくは0.10%であり、さらに好ましくは0.13%である。Si含有量の好ましい上限は0.38%であり、さらに好ましくは0.35%であり、さらに好ましくは0.30%であり、さらに好ましくは0.27%である。
【0043】
Mn:0.60~1.60%
マンガン(Mn)は、鋼材の焼入れ性を高め、電縫鋼管の強度を高める。Mn含有量が0.60%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Mn含有量が1.60%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、電縫鋼管の強度が過剰に高まる。その結果、電縫鋼管の低温靭性が低下する。したがって、Mn含有量は0.60~1.60%である。Mn含有量の好ましい下限は0.65%であり、さらに好ましくは0.70%であり、さらに好ましくは0.75%であり、さらに好ましくは0.80%であり、さらに好ましくは0.85%であり、さらに好ましくは0.90%である。Mn含有量の好ましい上限は1.59%であり、さらに好ましくは1.58%であり、さらに好ましくは1.56%であり、さらに好ましくは1.55%であり、さらに好ましくは1.54%であり、さらに好ましくは1.53%である。
【0044】
P:0~0.020%
燐(P)は不純物である。Pは粒界に偏析して、電縫鋼管の低温靭性を低下する。したがって、P含有量は0~0.020%である。P含有量の好ましい上限は0.016%であり、さらに好ましくは0.013%であり、さらに好ましくは0.010%である。P含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、P含有量の過剰な低減は製造コストを高める。したがって、通常の工業生産を考慮すれば、P含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.001%であり、さらに好ましくは0.002%である。
【0045】
S:0~0.0010%
硫黄(S)は不純物である。SはMnと結合してMnSを形成する。MnSは、電縫鋼管の耐HIC性及び低温靭性を低下する。したがって、S含有量は0~0.0010%である。S含有量の好ましい上限は0.0009%であり、さらに好ましくは0.0008%であり、さらに好ましくは0.0007%である。S含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、S含有量の過剰な低減は製造コストを高める。したがって、通常の工業生産を考慮すれば、S含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.0001%であり、さらに好ましくは0.0002%である。
【0046】
Al:0.010~0.040%
アルミニウム(Al)は、鋼を脱酸する。Al含有量が0.010%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Al含有量が0.040%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、Al窒化物が粗大化する。その結果、電縫鋼管の低温靭性が低下する。したがって、Al含有量は0.010~0.040%である。Al含有量の好ましい下限は0.011%であり、さらに好ましくは0.012%であり、さらに好ましくは0.013%であり、さらに好ましくは0.014%である。Al含有量の好ましい上限は0.038%であり、さらに好ましくは0.035%であり、さらに好ましくは0.033%であり、さらに好ましくは0.030%である。
【0047】
N:0.0010~0.0050%
窒素(N)は、窒化物及び炭窒化物を形成して、加熱工程中のオーステナイト結晶粒の粗大化を抑制する。そのため、フェライトの有効結晶粒径を小さくする。つまり、フェライトを微細化する。その結果、電縫鋼管の低温靭性が高まる。Nはさらに、固溶強化により電縫鋼管の強度を高める。N含有量が0.0010%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、N含有量が0.0050%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、窒化物及び炭窒化物が粗大化する。その結果、電縫鋼管の低温靭性が低下する。したがって、N含有量は0.0010~0.0050%である。N含有量の好ましい下限は0.0013%であり、さらに好ましくは0.0015%であり、さらに好ましくは0.0017%である。N含有量の好ましい上限は0.0049%であり、さらに好ましくは0.0047%であり、さらに好ましくは0.0046%である。
【0048】
Nb:0.001~0.080%
ニオブ(Nb)は、鋼材中のC及び/又はNと結合して微細な炭化物、窒化物、又は炭窒化物(以下、Nb炭窒化物等という)を形成する。微細なNb炭窒化物等は、オーステナイト結晶粒の粗大化を抑制する。そのため、フェライトの有効結晶粒径を小さくする。つまり、フェライトを微細化する。その結果、電縫鋼管の低温靭性が高まる。微細なNb炭窒化物等はさらに、分散強化により電縫鋼管の強度を高める。Nb含有量が0.001%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Nb含有量が0.080%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、Nb炭窒化物等が粗大化する。その結果、電縫鋼管の低温靭性が低下する。したがって、Nb含有量は0.001~0.080%である。Nb含有量の好ましい下限は0.005%であり、さらに好ましくは0.010%であり、さらに好ましくは0.015%であり、さらに好ましくは0.020%である。Nb含有量の好ましい上限は0.075%であり、さらに好ましくは0.070%であり、さらに好ましくは0.065%であり、さらに好ましくは0.060%であり、さらに好ましくは0.055%であり、さらに好ましくは0.050%である。
【0049】
Ti:0.001~0.020%
チタン(Ti)は、鋼材中のC及び/又はNと結合して微細な炭化物、窒化物、又は炭窒化物(以下、Ti炭窒化物等という)を形成する。微細なTi炭窒化物等は、オーステナイト結晶粒の粗大化を抑制する。そのため、フェライトの有効結晶粒径を小さくする。つまり、フェライトを微細化する。その結果、電縫鋼管の低温靭性が高まる。微細なTi炭窒化物等はさらに、分散強化により電縫鋼管の強度を高める。Ti含有量が0.001%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Ti含有量が0.020%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、Ti炭窒化物等が粗大化する。その結果、電縫鋼管の低温靭性が低下する。したがって、Ti含有量は0.001~0.020%である。Ti含有量の好ましい下限は0.003%であり、さらに好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.007%である。Ti含有量の好ましい上限は0.019%であり、さらに好ましくは0.018%であり、さらに好ましくは0.017%である。
【0050】
O:0~0.0030%
酸素(O)は不純物である。Oは酸化物を形成して、電縫鋼管の耐水素誘起割れ性(耐HIC性)及び低温靭性を低下する。したがって、O含有量は0~0.0030%である。O含有量の好ましい上限は0.0028%であり、さらに好ましくは0.0025%であり、さらに好ましくは0.0023%である。O含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、O含有量の過剰な低減は製造コストを高める。したがって、通常の工業生産を考慮すれば、O含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.0001%であり、さらに好ましくは0.0002%であり、さらに好ましくは0.0005%である。
【0051】
Ca:0.0015~0.0035%
カルシウム(Ca)は、MnSの形態を制御して、MnSを球状化する。この場合、電縫鋼管の耐HIC性が高まる。Ca含有量が0.0015%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Ca含有量が0.0035%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大なCa酸化物が形成される。この場合、電縫鋼管の低温靭性が低下する。したがって、Ca含有量は0.0015~0.0035%である。Ca含有量の好ましい下限は0.0016%であり、さらに好ましくは0.0017%であり、さらに好ましくは0.0018%である。Ca含有量の好ましい上限は0.0034%であり、さらに好ましくは0.0033%であり、さらに好ましくは0.0032%である。
【0052】
本実施形態による電縫鋼管の母材部の化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、不純物とは、電縫鋼管を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、又は製造環境などから混入されるものであって、本実施形態の電縫鋼管に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0053】
[任意元素(optional elements)について]
本実施形態による電縫鋼管の母材部の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Ni、Mo、V、Cr及びCuからなる群から選択される1種以上を含有してもよい。これらの元素は任意元素であり、いずれも、電縫鋼管の強度を高める。
【0054】
Ni:0~0.50%
ニッケル(Ni)は、任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Ni含有量は0%であってもよい。含有される場合、つまり、Ni含有量が0%超である場合、Niは鋼材の焼入れ性を高め、電縫鋼管の強度を高める。Niが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Ni含有量が0.50%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、電縫鋼管の強度が過剰に高まる。その結果、電縫鋼管の低温靭性が低下する。したがって、Ni含有量は0~0.50%である。Ni含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.03%であり、さらに好ましくは0.05%であり、さらに好ましくは0.08%である。Ni含有量の好ましい上限は0.40%であり、さらに好ましくは0.30%であり、さらに好ましくは0.20%である。
【0055】
Mo:0~0.50%
モリブデン(Mo)は、任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Mo含有量は0%であってもよい。含有される場合、つまり、Mo含有量が0%超である場合、Moは鋼材の焼入れ性を高め、電縫鋼管の強度を高める。Moはさらに、鋼材中のC及び/又はNと結合して微細な炭化物、窒化物、又は炭窒化物(以下、Mo炭窒化物等という)を形成する。微細なMo炭窒化物等は、分散強化により、電縫鋼管の強度を高める。微細なMo炭窒化物等はさらに、オーステナイト結晶粒の粗大化を抑制する。そのため、フェライトの有効結晶粒径を小さくする。つまり、フェライトを微細化する。その結果、電縫鋼管の低温靭性が高まる。Moが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Mo含有量が0.50%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、電縫鋼管の強度が過剰に高まる。その結果、電縫鋼管の低温靭性が低下する。Mo含有量が0.50%を超えればさらに、Mo炭窒化物等が粗大化する。そのため、電縫鋼管の低温靭性が低下する。したがって、Mo含有量は0~0.50%である。Mo含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.03%であり、さらに好ましくは0.05%であり、さらに好ましくは0.08%である。Mo含有量の好ましい上限は0.40%であり、さらに好ましくは0.30%であり、さらに好ましくは0.20%であり、さらに好ましくは0.10%である。
【0056】
V:0~0.100%
バナジウム(V)は、任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、V含有量は0%であってもよい。含有される場合、つまり、V含有量が0%超である場合、Vは鋼材中のC及び/又はNと結合して微細な炭化物、窒化物、又は炭窒化物(以下、V炭窒化物等という)を形成する。微細なV炭窒化物等は、分散強化により、電縫鋼管の強度を高める。微細なV炭窒化物等はさらに、オーステナイト結晶粒の粗大化を抑制する。そのため、フェライトの有効結晶粒径を小さくする。つまり、フェライトを微細化する。その結果、電縫鋼管の低温靭性が高まる。Vが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、V含有量が0.100%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、V炭窒化物等が粗大化する。そのため、電縫鋼管の低温靭性が低下する。したがって、V含有量は0~0.100%である。V含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.001%であり、さらに好ましくは0.005%であり、さらに好ましくは0.010%であり、さらに好ましくは0.015%である。V含有量の好ましい上限は0.090%であり、さらに好ましくは0.070%であり、さらに好ましくは0.050%であり、さらに好ましくは0.030%である。
【0057】
Cr:0~0.30%
クロム(Cr)は、任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Cr含有量は0%であってもよい。含有される場合、つまり、Cr含有量が0%超である場合、Crは鋼材の焼入れ性を高め、電縫鋼管の強度を高める。Crが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Cr含有量が0.30%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、電縫鋼管の強度が過剰に高まる。その結果、電縫鋼管の低温靭性が低下する。したがって、Cr含有量は0~0.30%である。Cr含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.05%であり、さらに好ましくは0.10%であり、さらに好ましくは0.15%である。Cr含有量の好ましい上限は0.28%であり、さらに好ましくは0.25%であり、さらに好ましくは0.23%である。
【0058】
Cu:0~0.30%
銅(Cu)は、任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Cu含有量は0%であってもよい。含有される場合、つまり、Cu含有量が0%超である場合、Cuは鋼材の焼入れ性を高め、電縫鋼管の強度を高める。Cuが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Cu含有量が0.30%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、電縫鋼管の強度が過剰に高まる。その結果、電縫鋼管の低温靭性が低下する。したがって、Cu含有量は0~0.30%である。Cu含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.05%であり、さらに好ましくは0.10%であり、さらに好ましくは0.15%である。Cu含有量の好ましい上限は0.28%であり、さらに好ましくは0.26%であり、さらに好ましくは0.25%である。
【0059】
本実施形態による電縫鋼管の母材部の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Mg及び希土類元素からなる群から選択される1種以上を含有してもよい。これらの元素は任意元素であり、いずれも、鋼を脱酸及び脱硫する。
【0060】
Mg:0~0.0050%
マグネシウム(Mg)は、任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Mg含有量は0%であってもよい。含有される場合、つまり、Mg含有量が0%超である場合、Mgは鋼を脱酸及び脱硫する。Mgが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Mg含有量が0.0050%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、酸化物が凝集又は粗大化する。その結果、電縫鋼管の耐HIC性及び低温靭性が低下する。したがって、Mg含有量は0~0.0050%である。Mg含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.0003%であり、さらに好ましくは0.0005%であり、さらに好ましくは0.0007%であり、さらに好ましくは0.0010%である。Mg含有量の好ましい上限は0.0040%であり、さらに好ましくは0.0030%であり、さらに好ましくは0.0020%である。
【0061】
希土類元素:0~0.0100%
希土類元素(REM)は、任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、REM含有量は0%であってもよい。含有される場合、つまり、REM含有量が0%超である場合、REMは鋼を脱酸及び脱硫する。しかしながら、REM含有量が0.0100%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、粗大な酸化物が形成される。その結果、電縫鋼管の耐HIC性及び低温靭性が低下する。したがって、REM含有量は0~0.0100%である。REM含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.0003%であり、さらに好ましくは0.0005%であり、さらに好ましくは0.0007%であり、さらに好ましくは0.0010%である。REM含有量の好ましい上限は0.0040%であり、さらに好ましくは0.0030%であり、さらに好ましくは0.0020%である。
【0062】
本実施形態において、REMとは、周期律表中の原子番号57のランタン(La)から原子番号71のルテチウム(Lu)に、イットリウム(Y)、及びスカンジウム(Sc)を加えた17種の元素の総称である。REMの含有量は、これらの元素の1種以上の総含有量を意味する。
【0063】
[式(1)について]
母材部では、化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内であることを前提として、さらに、式(1)を満たす。
0.20≦C+Si/24+Mn/6+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/3+Nb/3≦0.29 (1)
ここで、式(1)の各元素記号には、対応する元素の含有量が質量%で代入される。
【0064】
上述のとおり、本実施形態による電縫鋼管の母材部の化学組成中の元素のうち、C、Si、Mn、Ni、Cr、Mo、V、及びNbは、CCT線図(図1参照)のS曲線に影響を与える。
【0065】
F1=C+Si/24+Mn/6+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/3+Nb/3と定義する。F1が低すぎれば、図1中のフェライト、パーライト及びベイナイトのS曲線が、図1中の左側にシフトし過ぎる。この場合、電縫鋼管の母材部の低温靭性が低下する。この理由は次のとおりである。
【0066】
製造工程中の熱間加工(後述)後の冷却過程において、オーステナイトからフェライトに変態する駆動力(相変態の駆動力)の大きさは、鋼材温度と相関する。図1に示すCCT線図において、鋼材温度が高い状態で冷却曲線C1がフェライトノーズ(フェライト領域)に入る場合、相変態の駆動力は小さい。そのため、フェライト変態核は生成されにくい。また、鋼材温度が高いため、フェライト粒の成長速度は速い。したがって、フェライト粒が粗大化しやすい。一方、鋼材温度が低い状態で冷却曲線C1がフェライトノーズ(フェライト領域)に入る場合、相変態の駆動力は大きい。そのため、フェライト変態核が生成されやすい。さらに、鋼材温度が低いため、フェライト粒の成長速度は遅い。したがって、フェライト粒が微細化しやすい。
【0067】
本実施形態による電縫鋼管の母材部の化学組成の各元素含有量が本実施形態の範囲内であることを前提として、F1が0.20未満である場合、F1が低すぎる。この場合、図1中のフェライト、パーライト及びベイナイトのS曲線が左側(短時間側)にシフトし過ぎる。この場合、冷却時において、鋼材温度が高い状態で冷却曲線C1がフェライト領域に入る。そのため、フェライト粒が粗大化して、母材部の有効結晶粒径が15.0μmを超える。その結果、母材部の低温靭性が低下する。
【0068】
一方、本実施形態による電縫鋼管の母材部の化学組成の各元素含有量が本実施形態の範囲内であることを前提として、F1が0.29を超えれば、F1が高すぎる。この場合、図1中のフェライト、パーライト及びベイナイトのS曲線が右側(長時間側)にシフトする。この場合、冷却曲線C1はフェライトノーズを通過しない。そのため、ベイナイトやマルテンサイトといった硬質組織が生成されやすくなる。その結果、母材部のミクロ組織中のフェライト分率が50%未満となる。その結果、電縫鋼管の母材部の低温靭性が低下する。さらに、硬質組織の結晶方位は、フェライトの結晶方位よりも揃いやすい。そのため、F1が高すぎて、フェライト分率が50%未満となれば、母材部の有効結晶粒径が15.0μmを超える。その結果、母材部の低温靭性が低下する。
【0069】
本実施形態による電縫鋼管の母材部の化学組成の各元素含有量が本実施形態の範囲内であることを前提として、F1が0.20~0.29であれば、図1中において、フェライト、パーライト及びベイナイトのS曲線が適切な位置に配置されている。そのため、製造工程において、冷却曲線C1に沿って鋼材(鋼板)を冷却した場合、母材部のフェライト分率を50~90%にすることができ、かつ、有効結晶粒径を15.0μm以下とすることができる。その結果、電縫鋼管の母材部の低温靭性を高めることができる。
【0070】
F1の好ましい下限は0.21であり、さらに好ましくは0.22であり、さらに好ましくは0.23である。F1の好ましい上限は0.28であり、さらに好ましくは0.27であり、さらに好ましくは0.26である。
【0071】
[母材部のミクロ組織について]
本実施形態による電縫鋼管の母材部のミクロ組織は、フェライト主体の組織である。具体的には、母材部のミクロ組織において、フェライト分率は50~90%である。母材部のミクロ組織は、フェライト以外の相としてパーライト及び/又は硬質相(ベイナイト及び/又はマルテンサイト)を含む。なお、本明細書でいう「母材部のミクロ組織」は、熱影響部を除く母材部のミクロ組織を意味する。
【0072】
上述のとおり、電縫鋼管の母材部のミクロ組織がフェライト主体の組織、つまり、フェライト分率が50~90%の組織であれば、母材部の化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内であって、上記式(1)を満たし、有効結晶粒径が15.0μm以下であり、特定介在物の数密度が2.5個/mm以下であり、特定介在物の平均アスペクト比が4.5以下であることを前提として、電縫鋼管の母材部の低温靭性が高まる。
【0073】
母材部の化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内であって、上記式(1)を満たし、有効結晶粒径が15.0μm以下であり、特定介在物の数密度が2.5個/mm以下であり、特定介在物の平均アスペクト比が4.5以下であっても、フェライト分率が50%未満の場合、電縫鋼管の母材部の低温靭性が低下する。なお、本実施形態による電縫鋼管の母材部の化学組成において、母材部のフェライト分率の上限は90%である。したがって、母材部のフェライト分率は50~90%である。母材部のフェライト分率の好ましい下限は53%であり、さらに好ましくは55%であり、さらに好ましくは60%である。フェライト分率の好ましい上限は88%であり、さらに好ましくは86%であり、さらに好ましくは84%である。
【0074】
フェライト分率は、次の方法で測定される。電縫鋼管の母材部のうち、電縫溶接部から周方向に90°ずれた位置の肉厚中央部(つまり、熱影響部を除く母材部分)から、試料を採取する。採取された試料の観察面をコロイダルシリカ研磨剤で30~60分研磨する。研磨された試料に対して、EBSP-OIMを用いたKAM(Kernel Average Misorientation)法により、次の方法でフェライト分率(%)を求める。なお、KAM法によるフェライト分率を測定するときの観察視野は、200μm×500μmとする。観察倍率は400倍とし、測定ステップは0.3μmとする。
【0075】
KAM法では、測定データのうち、任意の1つの正六角形のピクセルを中心のピクセルとする。この中心のピクセルに隣り合う6個のピクセルを用いた第一近似(全7ピクセル)、又は、これらの6個のピクセルのさらにその外側の12個のピクセルも用いた第二近似(全19ピクセル)、又は、これら12個のピクセルのさらに外側の18個のピクセルも用いた第三近似(全37ピクセル)について、各ピクセル間の方位差を求める。求めた方位差を平均し、得られた算術平均値をその中心のピクセルの値とする。この操作をピクセル全体に対して行う。第三近似により隣接するピクセル間の方位差5°以下となるものをマップに表示させる。本実施形態では、視野範囲の全面積に対する、方位差第三近似1°以下と算出されたピクセルの面積分率をフェライト分率と定義する。方位差第三近似1°を超えるものは、ベイナイト等のフェライト以外の組織とする。
【0076】
[有効結晶粒径について]
本実施形態ではさらに、母材部の有効結晶粒径が15.0μm以下である。有効結晶粒径が15.0μm以下であれば、母材部のミクロ組織が十分に微細である。この場合、母材部の化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内であって、上記式(1)を満たし、フェライト分率が50~90%であり、特定介在物の数密度が2.5個/mm以下であり、特定介在物の平均アスペクト比が4.5以下であることを前提として、電縫鋼管の母材部の低温靭性が高まる。
【0077】
母材部の有効結晶粒径が15.0μmを超えれば、母材部の化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内であって、上記式(1)を満たし、フェライト分率が50~90%であり、特定介在物の数密度が2.5個/mm以下であり、特定介在物の平均アスペクト比が4.5以下であっても、電縫鋼管の母材部の低温靭性が低下する。
【0078】
有効結晶粒径の好ましい上限は14.5μmであり、さらに好ましくは14.0μmであり、さらに好ましくは13.5μmである。有効結晶粒径の下限は特に限定されないが、たとえば、7.0μmである。
【0079】
有効結晶粒径は、EBSP-OIMを用いて測定する。具体的には、フェライト分率の測定と同様に試料を採取及び研磨する。具体的には、電縫鋼管の母材部のうち、電縫溶接部から周方向に90°ずれた位置の肉厚中央部(つまり、熱影響部を除く母材部分)から、試料を採取する。採取された試料の観察面をコロイダルシリカ研磨剤で30~60分研磨する。研磨された試料をEBSP-OIMを用いて解析する。測定ステップ(0.3μm)ごとの方位測定を実施して、隣り合う測定点の方位差が、15°を超えた位置を粒界とする。15°は大傾角粒界の閾値であり、一般的に結晶粒界として認識されている。粒界に囲まれた領域を結晶粒として、その粒径及び結晶粒の表面積を求める。得られた結晶粒径が0.5μm未満のものは、ノイズである可能性があるため、除外する。つまり、得られた結晶粒径が0.5μm以上のものを対象とする。得られた粒径及び表面積からエリア平均粒径を求める。具体的には、粒界に囲まれた領域を結晶粒と定義し、結晶粒の円相当径を結晶粒径と定義したとき、結晶粒径が0.5μm以上の結晶粒の各結晶粒径を対象として、各結晶粒の結晶粒径と面積分率とを乗じたものの総和をエリア平均粒径と定義する。具体的には、視野範囲中の結晶粒径が0.5μm以上の結晶粒の総面積を100%とした場合に、各結晶粒の結晶粒径と面積分率とを乗じたものの総和を求める。得られた総和をエリア平均径と定義する。本明細書中において、求めたエリア平均粒径を有効結晶粒径(μm)とする。なお、視野範囲は、肉厚中央部を中心として、200μm×500μmとする。観察倍率は400倍とし、測定ステップは0.3μmとする。
【0080】
[電縫溶接部の介在物について]
上述のとおり、本明細書において、Ca、Al及びOを含有する介在物を特定介在物と称する。本実施形態による電縫鋼管の電縫溶接部において、特定介在物の数密度は2.5個/mm以下であり、特定介在物の平均アスペクト比は4.5以下である。
【0081】
[特定介在物について]
特定介在物は、上述のとおり、Ca、Al及びOを含有する介在物である。特定介在物はたとえば、CaO及びAlの複合介在物である。
【0082】
本実施形態において、特定介在物の円相当径は、たとえば、0.5μm以上である。ここで、円相当径とは、後述のSEM(走査型電子顕微鏡:Scanning Electron Microscope)-EDX(エネルギー分散型X線分析:Energy Dispersive X-ray Spectrometry)による組織観察により得られた特定介在物の面積を円の面積と仮定した場合の直径(μm)を意味する。
【0083】
本実施形態において、介在物の特定に使用するEDXのビーム径は0.5μmとする。この場合、円相当径が0.5μm未満の介在物は、EDXでの元素分析の精度を高めることができない。円相当径が0.5μm未満の介在物はさらに、割れの起点となりにくい。したがって、本実施形態において、円相当径が0.5μm以上の特定介在物を測定対象とする。なお、特定介在物の円相当径の上限は特に限定されないが、たとえば、200μmである。
【0084】
[特定介在物の数密度について]
電縫溶接部における特定介在物の数密度が2.5個/mmを超えれば、母材部の化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内であって、上記式(1)を満たし、フェライト分率が50~90%であり、有効結晶粒径が15.0μm以下であり、特定介在物の平均アスペクト比が4.5以下であっても、電縫溶接部において特定介在物を起点とした割れが発生しやすい。さらに、母相と特定介在物との界面に沿った割れの進展が促進されやすい。その結果、電縫鋼管の低温靭性が低下する。特定介在物の数密度の好ましい上限は2.4個/mmであり、さらに好ましくは2.3個/mmであり、さらに好ましくは2.2個/mmである。特定介在物の数密度はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、Al及びCaを必須元素としているため、特定介在物はある程度生成する。したがって、特定介在物の数密度の下限はたとえば、0個/mm超である。
【0085】
電縫溶接部における特定介在物の数密度は、SEM-EDXを用いて測定する。具体的には、電縫鋼管の管軸方向に垂直な断面において、電縫溶接部の肉厚中央であって、電縫鋼管の周方向における電縫溶接部の幅中央である位置を中心位置とした場合に、中心位置を中心とした観察領域を含む断面(以下、観察面ともいう)を有する試験片を採取する。観察領域のサイズは、電縫溶接部の特定介在物を観察できるサイズであれば、特に限定されない。観察領域のサイズはたとえば、肉厚方向の高さが3.0mmであり、肉厚方向に垂直な方向の幅が5.0mmである。SEM-EDXを用いて、Ca、Al及びOを含有する特定介在物を特定する。具体的には、特定された介在物の元素分析結果において、Ca含有量が5%以上であり、Al含有量が5%以上であり、かつ、O含有量が5%以上である場合、その介在物を特定介在物と特定する。なお、割れの起点となりやすいのは、円相当径が0.5μm以上の特定介在物である。そのため、円相当径が0.5μm未満の介在物は対象から除外する。
【0086】
上記観察領域において、500~850倍の倍率で観察して、特定介在物の個数を求める。求めた特定介在物の個数と、観察領域の面積とに基づいて、特定介在物の数密度(個/mm)を求める。
【0087】
[特定介在物の平均アスペクト比について]
電縫溶接部においてさらに、特定介在物の平均アスペクト比は4.5以下である。ここで、アスペクト比とは、後述する方法で求められる特定介在物の長径L/短径Wを意味する。電縫溶接部における特定介在物のうち、特定介在物はCaを含むため軟質である。そのため、後述する製造工程中の電縫溶接時の板幅方向への加圧(アプセット)時に、Caを含む特定介在物が肉厚方向に延伸して板状になりやすい。肉厚方向に延伸した板状の特定介在物は、球状の介在物と比較して、割れの起点となりやすく、さらに、割れの進展を促進させやすい。そのため、電縫溶接部において特定介在物の数密度が2.5個/mm以下であっても、板状の特定介在物の割合が多すぎれば、電縫溶接部の低温靭性が低下する。
【0088】
電縫溶接部において、特定介在物の平均アスペクト比が4.5以下であれば、母材部の化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内であって、上記式(1)を満たし、母材のフェライト分率が50~90%であり、有効結晶粒径が15.0μm以下であり、電縫溶接部の特定介在物の数密度が2.5個/mm以下であることを前提として、優れた低温靱性が得られる。一方、電縫溶接部の特定介在物の平均アスペクト比が4.5を超えれば、母材部の化学組成中の各元素含有量が本実施形態の範囲内であって、上記式(1)を満たし、母材部のフェライト分率が50~90%であり、有効結晶粒径が15.0μm以下であり、電縫溶接部の特定介在物の数密度が2.5個/mm以下であっても、特定介在物を起点とした割れが発生しやすく、アスペクト比の大きい板状の特定介在物が割れの進展を促進させる。その結果、電縫鋼管の低温靭性が低下する。特定介在物の平均アスペクト比の好ましい上限は4.4であり、さらに好ましくは4.3であり、さらに好ましくは4.2である。特定介在物の平均アスペクト比の下限は特に限定されないが、たとえば1.0である。
【0089】
電縫溶接部における特定介在物の平均アスペクト比は、SEM-EDXを用いて測定する。具体的には、上述の特定介在物の数密度を測定した観察領域を用いて、特定介在物の平均アスペクト比を求める。上述のとおり、SEM-EDXを用いて、Ca、Al及びOを含有する介在物(特定介在物)を特定する。このとき、円相当径が0.5μm以上の特定介在物を、平均アスペクト比の算出対象とする。つまり、円相当径が0.5μm未満の特定介在物は対象から除外する。
【0090】
測定対象として特定された、円相当径が0.5μm以上の各特定介在物の長径及び短径を次のとおり測定する。図3を参照して、TD方向に延びる2辺とCD方向に延びる2辺とを有し、特定介在物SIの外縁に接する外接矩形であって、面積が最小となる最小外接矩形100を画定する。画定された最小外接矩形100の重心(最小外接矩形100の対角線の交点)を、特定介在物SIの中心点CPと定義する。
【0091】
図4を参照して、特定介在物SIの中心点CPを通り、TD方向に平行な直線SL1を配置する。さらに、直線SL1から中心点CP周りに45°ピッチで、中心点CPを通過する直線SL2~SL4を配置する。直線SL1において、特定介在物SIと重複する部分を線分S1とする。同様に、各直線SL2~SL4において、特定介在物SIと重複する部分を線分S2~S4とする。線分S1~S4のうち、最大の線分の長さをその特定介在物SIの長径Lとする(図5の場合、線分S2の長さが長径Lに相当)。線分S1~S4のうち、最小の線分の長さをその特定介在物SIの短径Wとする(図5の場合、線分S4の長さが短径Wに相当)。得られた長径L及び短径Wを用いて、アスペクト比を次の式で求める。測定された全ての特定介在物のアスペクト比の算術平均値を求め、平均アスペクト比とする。
アスペクト比=L/W
【0092】
[電縫鋼管の用途について]
本実施形態による電縫鋼管はパイプライン用途に利用可能であり、特に、サワー環境のパイプライン用途に好適である。本実施形態による電縫鋼管の肉厚は特に限定されない。本実施形態の電縫鋼管は、肉厚が10.0mm以上の厚肉の電縫鋼管であっても、優れた耐HIC性と優れた低温靱性とを両立できる。本実施形態の電縫鋼管の肉厚の下限はたとえば10.0mmである。本実施形態の電縫鋼管の肉厚の上限はたとえば、25.4mmである。
【0093】
[製造方法]
本実施形態による電縫鋼管の製造方法について説明する。なお、以下に説明する製造方法は一例であって、本実施形態による電縫鋼管の製造方法はこれに限定されない。つまり、上述の構成を有する電縫鋼管が製造できれば、以下に説明する製造方法に限定されない。ただし、以下に説明する製造方法は、本実施形態による電縫鋼管の好適な製造方法である。
【0094】
図6は、本実施形態による電縫鋼管の製造工程の一例を示すフロー図である。図6を参照して、本製造方法では、上述した化学組成を満たす溶鋼を用いて、素材であるスラブを製造する(素材準備工程:S0)。製造されたスラブに対して熱間圧延を実施する(熱間圧延工程:S1)。熱間圧延工程では、スラブを加熱炉で加熱する(加熱工程:S11)。加熱されたスラブに対して粗圧延を実施して、粗バーを製造する(粗圧延工程:S12)。さらに、粗バーに対して、仕上げ圧延機により仕上げ圧延を実施して、鋼板を製造する(仕上げ圧延工程:S13)。製造された鋼板をランアウトテーブル(ROT:Run Out Table)を用いて冷却する(ROT冷却工程:S2)。ROT冷却工程(S2)後の鋼板を巻取る(巻取り工程:S3)。以上の製造工程により、電縫鋼管の素材となる熱延鋼板が製造される。
【0095】
さらに、熱延鋼板を用いて電縫鋼管を製造する(製管工程:S4)。製管工程では、成形ロールを用いて熱延鋼板を円筒状の素管(オープンパイプ)に成形する。成形された素管では、熱延鋼板の板幅方向が、素管の周方向となるように成形されている。素管の長手方向に延びる突合せ部を電縫溶接する(溶接工程)。以上の製管工程により、電縫鋼管を製造する。以下、それぞれの工程について詳しく説明する。
【0096】
[素材準備工程(S0)]
上述の化学組成を有する素材を準備する。具体的には、上述の化学組成を有する溶鋼を製造する。溶鋼を用いて、素材(スラブ)を製造する。連続鋳造法により鋳片を製造してもよい。溶鋼を用いてインゴットを製造し、インゴットを分塊圧延して素材(スラブ)を製造してもよい。
【0097】
[熱間圧延工程(S1)]
熱間圧延工程(S1)では、スラブを加熱炉で加熱し、粗圧延機及び仕上げ圧延機を用いて熱間圧延して、鋼板にする。熱間圧延工程(S1)は、加熱工程(S11)、粗圧延工程(S12)及び仕上げ圧延工程(S13)を含む。
【0098】
[加熱工程(S11)]
加熱工程(S11)では、製造されたスラブを加熱炉で加熱する。加熱炉でのスラブの加熱温度は周知の温度で足り、たとえば、1000~1300℃である。
【0099】
[粗圧延工程(S12)]
粗圧延工程(S12)では、加熱されたスラブに対して粗圧延を実施して、粗圧延板(粗バー)を製造する。粗圧延工程では、一列に並んだ複数の圧延スタンド(各圧延スタンドは一対のワークロールを有する)を含むタンデム式の圧延機を用いた圧延を実施してもよい。また、一対のワークロールを有するリバース式圧延機を用いた圧延を実施してもよい。
【0100】
[仕上げ圧延工程(S13)]
仕上げ圧延工程(S13)では、仕上げ圧延機により仕上げ圧延を実施して、鋼板を製造する。一列に並んだ複数の圧延スタンド(各圧延スタンドは一対のワークロールを有する)を含むタンデム式の仕上げ圧延機を用いた圧延を実施してもよい。また、一対のワークロールを有するリバース式圧延機を用いた圧延を実施してもよい。
【0101】
本実施形態では、仕上げ圧延条件は次のとおりである。
950℃以下の累積圧下率:60~80%
仕上げ圧延温度:850℃以下
なお、950℃以下の累積圧下率とは、仕上げ圧延中において、鋼板温度が950℃以下である状態の鋼板での累積圧下率を意味する。
【0102】
仕上げ圧延工程(S13)において、仕上げ圧延機のうち、最終の圧下を行うスタンドの出側での鋼板の表面温度を、仕上げ圧延温度(℃)と定義する。上述のとおり、仕上げ圧延温度(℃)は、850℃以下である。仕上げ圧延温度が850℃を超えれば、電縫鋼管の母材部の有効結晶粒径が15.0μmを超える。仕上げ圧延温度が850℃以下であれば、他の製造条件を満たすことを前提として、結晶粒の粗大化を抑制することができ、有効結晶粒径が15.0μm以下となる。なお、仕上げ圧延温度(℃)の下限はAr変態点以上である。
【0103】
[ROT冷却工程(S2)]
ROT(ランアウトテーブル)冷却工程(S2)では、熱間圧延工程(S1)で製造された鋼板を冷却する。
【0104】
初めに、鋼板の表面温度が、冷却停止温度T1になるまで、鋼板を冷却する。冷却停止温度T1はたとえば、500~670℃である。この場合、フェライト分率が高まり、電縫鋼管の低温靭性が高まる。冷却はたとえば、水冷装置による水冷である。
【0105】
[巻取り工程(S3)]
巻取り工程(S3)では、ROT冷却工程(S2)により冷却された鋼板を巻取り、コイル状の熱延鋼板を製造する。
【0106】
ROT冷却工程(S2)終了後の鋼板は、空冷され、巻取り処理される。巻取り時の鋼板の表面温度(以下、巻取り温度という)T2はたとえば、430~620℃(ただし、T1>T2)である。この場合、電縫鋼管の低温靭性が高まる。
【0107】
以上の製造工程により、本実施形態による電縫鋼管の素材となる熱延鋼板が製造される。
【0108】
[製管工程(S4)]
製管工程(S4)では、コイル状の熱延鋼板を巻き戻しながら、電縫鋼管を製造する。具体的には、熱延鋼板を連続した成形ロールによる曲げ加工により筒状(オープンパイプ)にする。続いて、オープンパイプの幅方向端部同士(突合せ部)を接触させ、加圧しながら、高周波誘導加熱による電縫溶接を実施する(溶接工程)。
【0109】
上記溶接工程において、オープンパイプの肉厚(つまり、熱延鋼板の板厚)をt(mm)とした場合、電縫溶接でのアプセット量を0.76t超~1.20t(mm)とする。ここで、アプセット量は、次の式で求められる。
アプセット量(mm)=(熱延鋼板の板幅L(mm))-(溶接後の鋼管の外周L(mm))
【0110】
アプセット量が1.20t(mm)を超えれば、他の製造条件を満たしていても、オープンパイプの突合せ部の加圧力が過剰に高くなる。そのため、電縫溶接部の特定介在物が板状になりやすい。そのため、特定介在物の平均アスペクト比が大きくなる。その結果、電縫鋼管の低温靭性が低下する。一方、アプセット量が0.76t(mm)以下であれば、他の製造条件を満たしていても、オープンパイプの突合せ部の加圧力が不足する。この場合、特定介在物を鋼管の内面又は外面に十分に排出することができない。そのため、電縫溶接部に特定介在物の数密度が2.5個/mmを超える。その結果、電縫鋼管の低温靭性が低下する。したがって、アプセット量は0.76t超~1.20t(mm)である。アプセット量が0.76t超~1.20t(mm)であれば、他の製造条件を満たすことを前提として、電縫鋼管の低温靭性が高まる。
【0111】
溶接工程後の鋼管を用いて、必要に応じて、電縫溶接部に対して周知のシーム熱処理を実施する。以上の工程により、本実施形態による電縫鋼管を製造する。
【0112】
以上の製造工程により製造された電縫鋼管は、母材部のフェライト分率が50~90%であり、有効結晶粒径が15.0μm以下である。さらに、電縫溶接部において、Ca、Al及びOを含有する特定介在物の数密度は2.5個/mm以下であり、特定介在物の平均アスペクト比は4.5以下である。そのため、優れた耐HIC性及び低温靭性を両立することができる。
【実施例0113】
表1に示す鋼種番号A1~A18、及び、鋼種番号B1~B6の溶鋼を連続鋳造してスラブを製造した。
【0114】
【表1】
【0115】
表1中の「-」は、対応する元素含有量が検出限界未満であったことを示す。つまり、対応する元素が含有されていなかったことを意味する。たとえば、鋼種番号A1のNi含有量は、小数第三位で四捨五入した場合に「0」%であったことを意味する。表1に記載の元素以外の残部はFe及び不純物であった。鋼種番号A1~A18及び鋼種番号B1~B6の複数のスラブを用いて、表2に示す試験番号1~30の電縫鋼管を製造した。
【0116】
【表2】
【0117】
具体的にはスラブを、加熱炉で、表2に示す温度に加熱した。加熱されたスラブに対して粗圧延を実施した。加熱温度(℃)、仕上げ圧延工程での950℃以下の累積圧下率(%)、及び、仕上げ圧延温度(℃)は、表2に示すとおりであった。
【0118】
仕上げ圧延工程後の鋼板に対して、ROT冷却を実施した。表2に示す冷却停止温度T1(℃)となるまで冷却した。以上の製造工程により鋼板を製造した。得られた鋼板を表2に示す巻取り温度T2(℃)(ただし、T1>T2を満たす)にて巻取り、熱延鋼板を製造した。熱延鋼板の板厚t(mm)は、表2に示すとおりであった。
【0119】
上記熱延鋼板に対して、連続した成形ロールによる曲げ加工を実施し、オープンパイプに成形した。オープンパイプの突合せ部を電縫溶接法により溶接した。溶接工程におけるアプセット量(mm)は、表2に示すとおりであった。以上の製造工程により、電縫鋼管を製造した。なお、電縫鋼管の肉厚は、表2に示す熱延鋼板の板厚t(mm)と同じであった。
【0120】
[評価試験]
試験番号1~30の電縫鋼管に対して、母材部のミクロ組織観察(フェライト分率、有効結晶粒径)、電縫溶接部のミクロ組織観察(特定介在物の数密度、特定介在物の平均アスペクト比)、母材部の低温靭性試験、電縫溶接部の低温靭性試験、及び、耐HIC性評価試験を実施した。
【0121】
[母材部のミクロ組織観察]
電縫鋼管について、EBSP-OIMを用いて、母材部のフェライト分率及び有効結晶粒径を測定した。
【0122】
[フェライト分率について]
電縫鋼管の母材部のうち、電縫溶接部から周方向に90°ずれた位置の肉厚中央部から、試料を採取した。採取された試料の観察面をコロイダルシリカ研磨剤で30~60分研磨した。研磨された試料に対して、EBSP-OIMを用いたKAM法により、上述の方法でフェライト分率(%)を求めた。なお、KAM法によるフェライト分率を測定するときの観察視野は、200μm×500μmとした。観察倍率は400倍とし、測定ステップは0.3μmとした。
【0123】
[有効結晶粒径について]
フェライト分率の測定と同様に試料を採取及び研磨した。研磨された試料をEBSP-OIMを用いて解析した。より具体的には、測定ステップ(0.3μm)ごとの方位測定で、隣り合う測定点の方位差が、15°を超えた位置を粒界とした。粒界に囲まれた領域を結晶粒として、その粒径及び結晶粒の表面積を求めた。得られた結晶粒径が0.5μm未満のものは、ノイズである可能性があるため、除外した。つまり、得られた結晶粒径が0.5μm以上のものを対象とした。得られた粒径及び表面積からエリア平均粒径を求めた。具体的には、粒界に囲まれた領域を結晶粒と定義し、結晶粒の円相当径を結晶粒径と定義したとき、結晶粒径が0.5μm以上の結晶粒の各結晶粒径を対象として、各結晶粒の結晶粒径と面積分率とを乗じたものの総和をエリア平均粒径と定義した。具体的には、視野範囲中の結晶粒径が0.5μm以上の結晶粒の総面積を100%とした場合に、各結晶粒の結晶粒径と面積分率とを乗じたものの総和を求めた。得られた総和をエリア平均径と定義した。求めたエリア平均粒径を有効結晶粒径(μm)とした。なお、視野範囲は、肉厚中央部を中心として、200μm×500μmとした。観察倍率は400倍とし、測定ステップは0.3μmとした。
【0124】
[電縫溶接部のミクロ組織観察]
電縫鋼管の電縫溶接部について、SEM-EDXを用いて、Ca、Al及びOを含有する特定介在物の数密度、及び、特定介在物の平均アスペクト比を測定した。
【0125】
[特定介在物の数密度]
電縫鋼管の管軸方向に垂直な断面において、電縫溶接部の肉厚中央であって、電縫鋼管の周方向における電縫溶接部の幅中央である位置を中心位置とした場合に、中心位置を中心に、肉厚方向の高さが3.0mmであり、肉厚方向に垂直な方向の幅が5.0mmである領域(以下、観察領域ともいう)を含む断面(以下、観察面ともいう)を有する試験片を採取した。SEM-EDXを用いて、Ca、Al及びOを含有する特定介在物を特定した。具体的には、特定された介在物の元素分析結果において、Ca含有量が5%以上であり、Al含有量が5%以上であり、かつ、O含有量が5%以上である場合、その介在物を特定介在物と特定した。なお、割れの起点となりやすいのは、円相当径が0.5μm以上の特定介在物である。そのため、円相当径が0.5μm未満の介在物は対象から除外した。
【0126】
上記観察領域において、700~850倍の倍率で観察して、特定介在物の個数を求めた。求めた特定介在物の個数と、観察領域の面積とに基づいて、特定介在物の数密度(個/mm)を求めた。
【0127】
[特定介在物の平均アスペクト比]
特定介在物の数密度の測定と同様に試験片を採取した。SEM-EDXを用いて、Ca、Al及びOを含有する特定介在物を特定した。このとき、円相当径が0.5μm以上の特定介在物を、平均アスペクト比の算出対象とした。つまり、円相当径が0.5μm未満の特定介在物は対象から除外した。
【0128】
測定対象として特定された、円相当径が0.5μm以上の各特定介在物の長径及び短径を次のとおり測定した。図3を参照して、TD方向に延びる2辺とCD方向に延びる2辺とを有し、特定介在物SIの外縁に接する外接矩形であって、面積が最小となる最小外接矩形100を画定した。画定された最小外接矩形100の重心(最小外接矩形100の対角線の交点)を、特定介在物SIの中心点CPと定義した。
【0129】
図4を参照して、特定介在物SIの中心点CPを通り、TD方向に平行な直線SL1を配置した。さらに、直線SL1から中心点CP周りに45°ピッチで、中心点CPを通過する直線SL2~SL4を配置した。直線SL1において、特定介在物SIと重複する部分を線分S1とした。同様に、各直線SL2~SL4において、特定介在物SIと重複する部分を線分S2~S4とした。線分S1~S4のうち、最大の線分の長さをその特定介在物SIの長径Lとした。線分S1~S4のうち、最小の線分の長さをその特定介在物SIの短径Wと定義した。得られた長径L及び短径Wを用いて、アスペクト比を次の式で求めた。
アスペクト比=L/W
【0130】
特定介在物のアスペクト比の算術平均値を求め、平均アスペクト比と定義した。
【0131】
[母材部の低温靭性試験]
各試験番号の電縫鋼管の電縫溶接部から周方向に90°ずれた位置での肉厚中央部から、DWTT試験片を採取した。採取位置から管周方向に採取された円弧状の部材を展開して平板状とし、90°位置にノッチを加工した。DWTT試験片のサイズは図7に示すとおりであった。図7中の数値は、試験片の対応する部位の寸法(単位はmm)を示す。t1は肉厚(単位はmm)を示す。DWTT試験片の長手方向は、電縫鋼管の円周方向に相当した。DWTT試験片に対して、ASTM E 436の規定に準拠して、DWTT試験を行った。-20℃での延性破面率を求めた。-20℃での延性破面率が85%以上の場合、母材部の低温靭性が高いと判断した。
【0132】
[電縫溶接部の低温靭性試験]
各試験番号の電縫鋼管の電縫溶接部から、JIS Z2242(2018)の標準試験片に準拠したVノッチ試験片を作製した。Vノッチ試験片は、試験片の長手方向が電縫鋼管の長手方向及び肉厚方向に垂直な方向(つまり周方向)であり、かつ、試験片の長手方向中央位置に電縫溶接部が配置されるように作製した。試験片のうち、シャルピー衝撃試験において割れの伝播方向が電縫鋼管の長手方向となるように、電縫溶接部に相当する部分にVノッチを作製した。Vノッチ試験片の横断面は10mm×10mmであり、Vノッチの深さは2mmであった。Vノッチ試験片を用いて、JIS Z2242(2018)に準拠したシャルピー衝撃試験を-20℃で実施し、-20℃での吸収エネルギーを求めた。-20℃での吸収エネルギーが100J以上であれば、電縫溶接部の低温靭性が高いと判断した。
【0133】
[耐HIC性評価試験]
各試験番号の電縫鋼管の電縫溶接部から周方向に90°ずれた位置での母材部から、HIC試験片を採取した。採取位置から管周方向に採取された円弧状の部材を展開して平板状とした。HIC試験片のサイズは幅20mm×長さ100mm×肉厚(mm)であった。得られたHIC試験片を用いて、NACE-TM0284に準拠したHIC試験を実施した。具体的には、Solution A液(5mass%NaCl+0.5mass%氷酢酸水溶液)に100%のHSガスを飽和させた試験液中に、HIC試験片を96時間浸漬した。96時間浸漬後の試験片について、超音波探傷機にてHICの発生の有無を測定した。この測定結果に基づいて、下記式により割れ長さ率CLR(Crack Length Ratio)(%)を求めた。CLRが15%以下であれば、耐HIC性に優れると判断した。
CLR(%)=(割れの合計長さ/試験片長さ)×100(%)
【0134】
[試験結果]
表3に試験結果を示す。
【0135】
【表3】
【0136】
表1~3を参照して、試験番号1~18の電縫鋼管は、化学組成が適切であり、かつ、式(1)を満たし、製造条件も適切であった。そのため、各試験番号の電縫鋼管の母材部において、フェライト分率が50~90%であり、有効結晶粒径が15.0μm以下であった。さらに、電縫溶接部において、特定介在物の数密度が2.5個/mm以下であり、特定介在物の平均アスペクト比が4.5以下であった。そのため、母材部の-20℃でのDWTT延性破面率は85%以上であり、電縫溶接部の-20℃での吸収エネルギーが100J以上であった。そのため、母材部及び電縫溶接部の低温靭性が高かった。さらに、母材部のCLRが15%以下であり、耐HIC性に優れた。
【0137】
一方、試験番号19では、F1が0.29を超えた。そのため、母材部のフェライト分率50%未満であり、有効結晶粒径が15.0μmを超えた。そのため、母材部の-20℃でのDWTT延性破面率が85%未満であり、母材部の低温靭性が低かった。
【0138】
試験番号20では、Ca含有量が高すぎた。そのため、電縫溶接部において特定介在物の数密度が2.5個/mmを超えた。そのため、シャルピー衝撃試験における-20℃での吸収エネルギーが100J未満であった。その結果、電縫溶接部の低温靭性が低かった。
【0139】
試験番号21では、Ca含有量が低すぎた。そのため、母材部のCLRが15%超であり、耐HICが低かった。
【0140】
試験番号22では、Al含有量が高すぎた。そのため、電縫溶接部において特定介在物の数密度が2.5個/mmを超えた。そのため、シャルピー衝撃試験における-20℃での吸収エネルギーが100J未満であった。その結果、電縫溶接部の低温靭性が低かった。
【0141】
試験番号23では、O含有量が高すぎた。そのため、電縫溶接部において特定介在物の数密度が2.5個/mmを超えた。そのため、シャルピー衝撃試験における-20℃での吸収エネルギーが100J未満であった。その結果、電縫溶接部の低温靭性が低かった。
【0142】
試験番号24では、F1が0.20未満であった。そのため、母材部における有効結晶粒径が15.0μmを超えた。そのため、母材部の-20℃でのDWTT延性破面率が85%未満であり、母材部の低温靭性が低かった。
【0143】
試験番号25では、仕上げ圧延温度が高すぎた。そのため、母材部における有効結晶粒径が15.0μmを超えた。そのため、母材部の-20℃でのDWTT延性破面率が85%未満であり、母材部の低温靭性が低かった。
【0144】
試験番号26~28では、アプセット量が高すぎた。そのため、電縫溶接部における特定介在物の平均アスペクト比が4.5を超えた。そのため、シャルピー衝撃試験における-20℃での吸収エネルギーが100J未満であった。その結果、電縫溶接部の低温靭性が低かった。
【0145】
試験番号29及び30では、アプセット量が低すぎた。そのため、電縫溶接部において特定介在物の数密度が2.5個/mmを超えた。そのため、シャルピー衝撃試験における-20℃での吸収エネルギーが100J未満であった。その結果、電縫溶接部の低温靭性が低かった。
【0146】
以上、本開示の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本開示を実施するための例示に過ぎない。したがって、本開示は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7