(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022169188
(43)【公開日】2022-11-09
(54)【発明の名称】セルロース溶解溶媒、セルロース溶解方法およびセルロース成形体製造方法
(51)【国際特許分類】
D01F 2/04 20060101AFI20221101BHJP
【FI】
D01F2/04 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021075056
(22)【出願日】2021-04-27
(71)【出願人】
【識別番号】591167430
【氏名又は名称】株式会社KRI
(72)【発明者】
【氏名】林 蓮貞
(72)【発明者】
【氏名】福井 俊巳
【テーマコード(参考)】
4L035
【Fターム(参考)】
4L035AA04
4L035BB03
4L035BB13
4L035JJ19
(57)【要約】
【課題】 特別な前処理と水分管理を必要とすることなく、室温付近でセルロースを短時間で均一に溶解することが可能な溶媒、前記溶媒を用いたセルロースの溶解方法並びにセルロース成形体の製造方法の提供。
【解決手段】 本発明のセルロースの溶解溶媒は、水酸化テトラアルキルアンモニウム、水及びジメチルスルホキシドを含み、前記溶媒中の前記各溶媒の濃度が、水酸化テトラアルキルアンモニウムの濃度が2.0~25wt%、水の濃度が1.0~35wt%、ジメチルスルホキシドの濃度が40~97wt%の範囲内にある溶媒あることを特徴とする。そして、本発明のセルロース溶解溶媒にセルロースを加え、室温で透明な溶液になるまで攪拌することでセルロース溶解溶液を得ることができ、セルロース溶解溶液を用いてセルロース成型体を製造することができる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
セルロースの溶解に用いられる溶媒であって、
前記溶媒が、下記式で表わされる水酸化テトラアルキルアンモニウム、水及びジメチルスルホキシドを含み、
前記溶媒中の前記各溶媒の濃度が、水酸化テトラアルキルアンモニウムの濃度が2.0~25wt%、水の濃度が1.0~35wt%、ジメチルスルホキシドの濃度が40~97wt%の範囲内にある溶媒。
【化1】
式中、R1、R2、R3およびR4はそれぞれ独立して、炭素数1~4のアルキル基を表す。
【請求項2】
水酸化テトラアルキルアンモニウムが、水酸化テトラエチルアンモニウム、水酸化テトラプロピルアンモニウムおよび水酸化テトラブチルアンモニウムの少なくとも一つを含むことを特徴とする請求項1の溶媒。
【請求項3】
セルロースの溶解方法であって、セルロースと請求項1または請求項2に記載の溶媒を接触させてセルロースを溶解するセルロース溶解方法。
【請求項4】
請求項3に記載のセルロースの溶解方法で得られたセルロース溶解溶液を用いてセルロース成形体を製造するセルロース成形体製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロースの溶解に用いられる溶媒、ならびに、該溶媒を用いた成形体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
本出願人は、セルロースの溶解に用いる溶媒としてテトラアルキルアンモニウムアセテート(TAAA)と非プロトン性極性溶媒の混合液について特許を出願している(特許文献1)。
しかし、特許文献1の溶媒は、そのセルロース溶解性に及ぼす水の影響が大きい。5wt%程度の水分が含まれるとセルロースの溶解性が大幅低下する。しかしながら、該当溶媒は吸湿性が高いため、溶媒からセルロース溶液までの一連工程においての防水管理が厳しい。さらに、セルロース溶液を紡糸したりフィルム成形したりする際に凝固液として水がよく利用されている。凝固液が利用された後、水を留去しセルロース溶媒のみを回収、再利用することは一般的である。TAAAと非プロトン性極性溶媒は両方とも水分子との相互作用が強いため水分率は一定な値以下になると簡単に水分を除去できなくなる。そのため、真空と加熱を併用しながら長時間の蒸留が必要となる。その結果、TAAAや非プロトン性極性溶媒は分解したり、蒸留により大量エネルギーを消耗したりする。TAAAや非プロトン性極性溶媒は分解することによりセルロースの溶解度が低下する。その結果、セルロース溶媒のリサイクル回数が低下する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、特別な前処理と水分管理を必要とすることなく、室温付近でセルロースを短時間で均一に溶解することが可能な溶媒、前記溶媒を用いたセルロースの溶解方法並びにセルロース成形体の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、前記課題を達成するため鋭意検討した結果、以下に示す発明を完成するに至った。
〔1〕 セルロースの溶解に用いられる溶媒であって、
前記溶媒が、下記式で表わされる水酸化テトラアルキルアンモニウム、水及びジメチルスルホキシドを含み、
前記溶媒中の前記各溶媒の濃度が、水酸化テトラアルキルアンモニウムの濃度が2.0~25wt%、水の濃度が1.0~35wt%、ジメチルスルホキシドの濃度が40~97wt%の範囲内にある溶媒。
【化1】
式中、R1、R2、R3およびR4はそれぞれ独立して、炭素数1~4のアルキル基を表す。
〔2〕 水酸化テトラアルキルアンモニウムが、水酸化テトラエチルアンモニウム、水酸化テトラプロピルアンモニウムおよび水酸化テトラブチルアンモニウムの少なくとも一つを含むことを特徴とする前記〔1〕の溶媒。
〔3〕 セルロースの溶解方法であって、セルロースと前記〔1〕または〔2〕に記載の溶媒を接触させてセルロースを溶解するセルロース溶解方法。
〔4〕 前記〔3〕に記載のセルロースの溶解方法で得られたセルロース溶解溶液を用いてセルロース成形体を製造するセルロース成形体製造方法。
【発明の効果】
【0006】
本発明の溶媒は、セルロースの結晶形態に関係なく、セルロースを特別な前処理をせずに、短時間で均一に溶解することのできる溶媒である。
【0007】
そして、特許文献1の溶媒に比べて、本発明の溶媒は、30%の水を含んでも溶解度は低下しないため、溶解工程の取り扱いや凝固液のリサイクルに際して、苛酷な蒸留濃縮条件が不要のため、DMSOなどの溶媒成分の分解が避けられる。加えて凝固液をリサイクルする工程に高いエネルギーを使用しない。
【0008】
また、本発明の溶媒によりセルロースを溶解させた溶液は、室温でも流動性を有するものであり、優れた成型加工性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】実施例1、2,3、6と7で調製したセルロース溶液の写真(攪拌に用いたマグネティックスターラーの攪拌子が写り込んでいる写真がある。
図2、
図4も同じ。)
【
図2】実施例1で得たセルロースの紡糸過程と得たセルロース繊維の写真
【
図3】実施例2~4と7~9で作成したセルロース溶液のUVスペクトル
【
図4】実施例4,8と9で調製したセルロースの溶液の写真
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明のセルロース溶解溶媒の成分である水酸化テトラアルキルアンモニウムは前記〔1〕に示す化学式の水酸化テトラアルキルアンモニウムであれば何の制限もなく、単独で用いてもよく、2種以上を混合して用いてもよい。
具体的な化合物を例示すると以下のような化合物を例示できる。
水酸化テトラエチルアンモニウム、水酸化テトラプロピルアンモニウム、水酸化テトラブチルアンモニウム、水酸化メチルトリプロピルアンモニウム、水酸化メチルトリブチルアンモニウム、水酸化エチルトリプロピルアンモニウム、水酸化エチルトリブチルアンモニウム、水酸化プロピルトリブチルアンモニウム、水酸化ジメチルジプロピルアンモニウム、水酸化ジメチルジブチルアンモニウム、水酸化ジエチルジプロピルアンモニウム、水酸化ジエチルジブチルアンモニウム、等であり、より好ましくは、水酸化テトラエチルアンモニウム(TEAH)、水酸化テトラプロピルアンモニウム(TPAH)および水酸化テトラブチルアンモニウム(TBAH)であり、特に好ましくは、水酸化テトラエチルアンモニウム、水酸化テトラプロピルアンモニウムである。
【0011】
本発明のセルロースの溶解に用いられる水酸化テトラアルキルアンモニウム(TAAH)は、水溶性であり、市販の薬品が水溶液で市販されており入手が容易である。
本発明のセルロース溶解溶媒は、水酸化テトラアルキルアンモニウム(TAAH)、水及びジメチルスルホキシド(DMSO)を含むため、TAAHは水溶液としてDMSOと混合して溶解溶媒とすることができる。
【0012】
本発明のセルロース溶解溶媒は、TAAH、水およびDMSOから構成され、その構成比は、TAAHが2.0~25wt%、水が1.0~35wt%、DMSOが40~97wt%の濃度範囲内になるように調整される。より好ましくは、TAAHが2.0~22wt%、水が3.0~30wt%、DMSOが50~95wt%の濃度範囲内になるように調整される。
TAAHの濃度が2wt%より低くなると溶解度と溶解速度が低いため好ましくない。一方、25wt%より高くなるとセルロースの溶解性が低下する。加えて溶解の時又は得られたセルロース溶液を保存する時にセルロースが分解する恐れがあるため好ましくない。
【0013】
水の濃度は1.0%より低くなるとセルロースの溶解性が低下したり、TAAHが不安定で分解したりする恐れがあるため好ましくない。一方、35%より高くなるとセルロースの溶解性が低下するため好ましくない。
【0014】
本発明の溶媒は、水酸化テトラアルキルアンモニウム、水及びジメチルスルホキシド以外に、他の有機溶媒を含むこともできる。例えば、アルコール、N,N-ジメチルアセトアミド、N,N-ジメチルホルムアミド、N-メチルピロリトン、ピリジンが挙げられる。これらの溶媒を添加することでセルロースの溶解を改善したり、セルロース溶液の粘度と反応性を調整したりすることができる。
【0015】
本発明のセルロース溶解溶媒の調製方法は、特に制限しない。例えば、通常市販から購入したTAAH水溶液を所望の濃度まで調製した後、そこにDMSOを加えて攪拌することでセルロース溶媒が得られる。市販TAAH水溶液のTAAH濃度が、水の濃度を最適範囲にしたときに所望濃度より低い場合、使用する前に蒸留し所望水分率まで濃縮してから使用することが好ましい。また、所望濃度より高い場合、水を加え希釈してから使用する。混ぜる時の温度に特に制限はなく室温であればよい。
【0016】
本発明のセルロース溶解溶媒にセルロースを溶解する方法は、特に制限しない。例えば、既定量の本発明のセルロース溶解溶媒にセルロースを加え、透明な溶液になるまで攪拌することでセルロース溶液を調製する。攪拌は、通常用いられる機械式撹拌機で攪拌すればよい。ビーカースケールならマグネティックスターラーの攪拌で十分である。溶解する時の温度は、10~80℃であればよく、室温で温度調整せずに溶解させればよい。10℃より低くなるとセルロースの溶解度または溶解速度が低いため好ましくない。80℃より高くなるとセルロースやTPAH又はTEAHが分解したり分解したりする恐れがあるため好ましくない。より好ましくは15~70℃、最も好ましくは20~60℃である。
【0017】
セルロースの溶解量は、特に制限しない。セルロースの重合度(分子量)や用途により適宜に調整すればよい。例えば、1~20wt%である。溶解量が低すぎると生産性が低くなる。一方、溶解量が高すぎると、セルロースは溶解不完全であったり、溶液の均一性が低下したり、得られたセルロース溶液の流動性が失ったりする恐れがあるため好ましくない。
【0018】
本発明のセルロース溶媒に溶解するセルロースは、特に制限しない。セルロースの結晶構造、結晶化度と重合度に関わらず、例えば、木材パルプ、コットン、コットンリンターパルプ、セルロースパウダー、バクテリアセルロース、ホヤセルロース、バガスセルロースなどが溶解させるセルロースとして挙げられる。
【0019】
本発明のセルロース溶解溶媒にセルロースを溶解して得られたセルロース溶液を脱泡し成形用溶液として用いる。成形方法に特に制限しないが、一般的に湿式成形法が適用することができる。例えば、シリンジでセルロース溶液を吸い込んだ後、ノズルを付けシリンジポンプ又はマイクロフィーダーに装着しシリンジを動きながらノズルからセルロース溶液を常温の水浴に吐出し、繊維を洗浄した後巻取機で巻き取ることでセルロース繊維を調製する。
セルロースフィルムを成形する場合、例えば、セルロース溶液をガラス基板上に流延し、水又はアルコールなどの凝固液に入れて液膜を凝固させながら洗浄した後、乾燥することによりフィルムを調製する。
【実施例0020】
本発明について、実施例を用いてさらに説明する。なお、本発明は、これらの実施例のみに限定されるものではない。
【0021】
(用いた原料と溶媒)
セルロースパルプ:NBKPパルプ(キャンフォー)とコットンリンターパルプを用いた。何れも丸紅株式会社から入手した。
脱脂綿:ナカライテスク社から購入した。
40%水酸化テトラプロピルアンモニウム水溶液:東京化成工業株式会社製。
55%の水酸化テトラプロピルアンモニウム水溶液:40%の東京化成工業株式会社製品を濃縮して得た。
35%水酸化テトラエチルアンモニウム水溶液:東京化成工業株式会社製。
56%水酸化テトラエチルアンモニウム水溶液:35%の東京化成工業株式会社製品を濃縮して得た。
他の試薬は、ナカライテスク株式会社から購入した。
【0022】
(可視光線透過率の測定)
セルロース溶液を2枚のスライドガラスに挟んで、紫外可視分光光度計紫外可視透過スペクトルチャートを用いて測定し、波長450nmでの可視光線透過率を評価した。測定に用いた装置は、島津製作所製のUV-36003000で、測定波長範囲は400nm~800nmだった。なお、セルロース溶液の液膜の厚みは10μmであった。
【0023】
(セルロース溶液の粘度測定)
セルロース溶液の粘度はセコニック社製の振動式粘度計(VISOCOMATE MODEL VM-10Aシリーズ)用いて測定し、測定温度は23℃に設定した室温であった。
【0024】
[実施例1]
10mlのバイアル瓶に40%水酸化テトラプロピルアンモニウム(TPAH)水溶液0.25g、ジメチルスルホキシド4.75gを加え、室温で磁性攪拌子で攪拌しながらリンターパルプ0.1gを加え、溶解させた。一定な時間間隔で溶液の外観を観察し、均一な透明溶液になった時点をセルロースが完全に溶解した時点とし、溶解時間を測定した。測定した溶解時間と得られたセルロース溶液の色や透過率の測定結果を表1に示す。セルロース溶液の外観写真は
図1に示した。
【0025】
得られたセルロース溶液をシリンジで吸って、孔径0.5mmφを有するノズルを付けて常温の蒸留水浴中に吐出しながら、繊維状な透明ゲルを延伸した。次に、蒸留水を用いて繊維状な透明ゲルを洗浄し、水酸化テトラプロピルアンモニウムとジメチルスルホキシドを除き、室温で風乾させることでセルロース繊維を得た。得られたセルロース繊維の写真を
図2に示す。
【0026】
[実施例2~12]
表1に示す各成分の重量を秤量し、実施例1と同じ手順でセルロースを溶解、評価した。結果を表1、
図1、3と4にそれぞれ示した。得られたセルロース溶液のいずれも透明であった。
【0027】
[比較例1~5]
表1に示す各成分の重量を秤量し、実施例1と同じ手順でセルロースを溶解、評価した。結果を表1に示した。何れも透明なセルロース溶液が得られなかった。
【0028】
実施例1~12と比較例1~5の溶解条件と評価結果をまとめて表1に、溶媒の組成比を表2に示す。
【0029】
【0030】
表1に示すとおり、実施例1~12は、セルロースを前処理せず、室温で短時間に、かつ、均一にセルロースを完全に溶解することができた。一方、比較例1~5では、セルロースを溶解することができなかった。実施例5,8,9,12で調製したセルロース溶液の粘度は高く、振動式粘度計の測定範囲(1000mPa.s以下)を超えたため測定できなかった。
【0031】
上述のように、本発明のセルロース溶解溶媒によれば、セルロースの重合度と結晶形態に依存することなく、短時間で、かつ均一にセルロースを溶解することができ、従来のような厳しい防水や含水率制御の工程や作業が不要である。さらに、本発明の溶媒に溶解させたセルロース含有溶液は、優れた流動性と成形性加工を有し、セルロース成形体を製造する技術分野に広く適用することが可能である。また、本発明の溶媒に溶解させたセルロース含有溶液は、塩基性のため酢酸セルロース等のアシル化セルロース誘導体の合成にも適用できる。