(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022169221
(43)【公開日】2022-11-09
(54)【発明の名称】ミリ波・遠赤外光同調器及びミリ波・遠赤外光同調方法
(51)【国際特許分類】
H01L 29/06 20060101AFI20221101BHJP
【FI】
H01L29/06 601D
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021075107
(22)【出願日】2021-04-27
(71)【出願人】
【識別番号】510108951
【氏名又は名称】公立大学法人広島市立大学
(74)【代理人】
【識別番号】100163186
【弁理士】
【氏名又は名称】松永 裕吉
(72)【発明者】
【氏名】福島 勝
(72)【発明者】
【氏名】藤坂 尚登
(72)【発明者】
【氏名】中村 伊吹
(72)【発明者】
【氏名】冨岡 慎之介
(57)【要約】
【課題】軌道角運動量の異なるテラヘルツ波を分離して検出する。
【解決手段】ミリ波・遠赤外光同調器100Aは、その表面に複数の円柱型量子ドット9が形成された半導体基板5と、磁場を発生させて、複数の円柱型量子ドット9に対して中心軸方向に磁場102を印加する磁場印加手段6Aと、複数の円柱型量子ドット9内の電子の準位間エネルギーと軌道角運動量を持つテラヘルツ波101の波動エネルギーが同調した際の複数の円柱型量子ドット9の電気的容量変化を信号として検出する信号検出手段10と、を有する。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
その表面に複数の円柱型量子ドットが形成された半導体基板と、
磁場を発生させて、前記複数の円柱型量子ドットに対して中心軸方向に前記磁場を印加する磁場印加手段と、
前記複数の円柱型量子ドット内の電子の準位間エネルギーと軌道角運動量を持つテラヘルツ波の波動エネルギーが同調した際の前記複数の円柱型量子ドットの電気的容量変化を信号として検出する信号検出手段と、
を有することを特徴とする、ミリ波・遠赤外光同調器。
【請求項2】
前記半導体基板がシリコン、カドミウム・セレン、インジウム・ヒ素等の半導体、化合物半導体であることを特徴とする、請求項1に記載のミリ波・遠赤外光同調器。
【請求項3】
前記複数の円柱型量子ドットが二次元平面内に、その間隔がランダムな値となるように配置されたことを特徴とする、請求項1に記載のミリ波・遠赤外光同調器。
【請求項4】
前記磁場印加手段が、前記複数の円柱型量子ドットに印加される磁場の可変調整が可能であることを特徴とする、請求項1に記載のミリ波・遠赤外光同調器。
【請求項5】
前記磁場印加手段が、前記複数の円柱型量子ドットに印加される磁場の連続的な掃引が可能であることを特徴とする、請求項1に記載のミリ波・遠赤外光同調器。
【請求項6】
前記磁場印加手段が、コイルと、前記コイルが巻かれて先端がテーパー状になったコアとを有し、テーパー状の前記コアの先端面が、前記半導体基板の裏面の、前記複数の円柱型量子ドットが形成された領域の直下に近接配置されていることを特徴とする、請求項1に記載のミリ波・遠赤外光同調器。
【請求項7】
前記磁場印加手段が、前記半導体基板を上下から挟むように前記コアと対向配置された中空のコアをさらに有し、前記中空のコアにおいて前記半導体基板に面する下面が前記半導体基板の表面に近接配置されていることを特徴とする、請求項6に記載のミリ波・遠赤外光同調器。
【請求項8】
前記中空のコアの下面にメッシュ構造が設けられていることを特徴とする、請求項7に記載のミリ波・遠赤外光同調器。
【請求項9】
前記磁場印加手段が、コイルと、前記コイルが巻かれたC字状のコアとを有し、前記C字状のコアの両先端面が、前記半導体基板において前記複数の円柱型量子ドットが形成された領域を上下から挟むように配置されていることを特徴とする、請求項1に記載のミリ波・遠赤外光同調器。
【請求項10】
前記複数の円柱型量子ドットの直径は10nm程度、印加する磁場は10T程度であることを特徴とする、請求項1に記載のミリ波・遠赤外光同調器。
【請求項11】
前記信号検出手段が、前記半導体基板において前記複数の円柱型量子ドットが形成された領域を両側から挟むように対向配置された電極を有し、前記電極を通じて、前記複数の円柱型量子ドットの電気的容量変化を検出した信号に変調用信号を重畳することを特徴とする、請求項1に記載のミリ波・遠赤外光同調器。
【請求項12】
液体窒素等の冷媒やペルチエ素子等を利用した冷却手段によって、同調検出器全体を冷却することを特徴とする、請求項1に記載のミリ波・遠赤外光同調器。
【請求項13】
その表面に複数の円柱型量子ドットが形成された半導体基板を設け、磁場印加手段によって磁場を発生させて、前記複数の円柱型量子ドットに対して中心軸方向に前記磁場を印加し、前記複数の円柱型量子ドット内の電子の準位間エネルギーと軌道角運動量を持つテラヘルツ波の波動エネルギーが同調した際の前記複数の円柱型量子ドットの電気的容量変化を信号として検出することで、対象とするテラヘルツ波と選択的かつ連続的に同調させる、ミリ波・遠赤外光同調方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はミリ波・遠赤外光の同調器及びミリ波・遠赤外光の同調方法に関し、詳しくは円柱型量子ドットを利用したミリ波・遠赤外光の同調器及びミリ波・遠赤外光の同調方法に関する。
【背景技術】
【0002】
波長が数μm~十数μmである赤外光に対して、それよりも長波長である遠赤外光(波長 数10μm~100μm程度)やサブミリ波(波長100μm~1mm程度)、ミリ波(波長1mm~10mm程度)、は近年テラヘルツ波とも呼ばれ(以下、ミリ波・サブミリ波・遠赤外光を纏めてテラヘルツ波と記すことがある。)、物質に対する高い透過性や非侵襲性、また物質や状態による分光特性の違いといった特徴から、センシングやイメージングの新たな技術を提供するものとして注目されている。
【0003】
量子ドットや量子井戸などの量子型検出素子が持つ電子の離散的なエネルギー準位を利用して、テラヘルツ波が量子ドット内の電子を共鳴的に励起する(電子の離散的な準位間エネルギーとテラヘルツ波の波動エネルギーが同調して、波動エネルギーが電子に吸収される)ことで対象とするテラヘルツ波を選択的に検出する方法が知られている。
【0004】
例えば、半導体基板上に形成された単一電子トランジスタと、単一電子トランジスタに形成されたサブミクロンサイズの微小領域である単一半導体量子ドットにミリ波・遠赤外光を効率的に集中するためのボータイ・アンテナを用いて、量子ドット部に照射された電磁波を効率的に吸収することができるミリ波・遠赤外光検出器が示されている(特許文献1を参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
昨今、通信の高速化、大容量化がますます求められており、利用可能な電波領域の拡大という観点から、電波と光の中間領域の波長を持つテラヘルツ波への関心が高まっている。本願発明の発明者らは、半導体基板上に二次元的に配列された直径10nm程度の量子ドットに1mV程度の勾配電圧を印加することで、量子ドット内の電子の準位間エネルギーがテラヘルツ波の波動エネルギーと一致すること、及び複数の量子ドットの配置間隔をランダムな値とすることで量子ドット間の干渉による電子の準位間エネルギーの乱れを抑制して高SN比、かつ、連続的な同調が可能であることを見出し、先の特許出願(特願2020-052274)において、テラヘルツ領域の電磁波を選択的に吸収・同調する技術を開示した。
【0007】
そして、この度、本願発明者らは、円柱型量子ドットに磁場を印加することで、軌道角運動量の異なるテラヘルツ波を分離して検出できるという新たな知見を得るに至った。本発明は、このような知見に基づいてなされたミリ波・遠赤外光同調器及びミリ波・遠赤外光同調方法に関するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一局面に従ったミリ波・遠赤外光同調器は、その表面に複数の円柱型量子ドットが形成された半導体基板と、磁場を発生させて、前記複数の円柱型量子ドットに対して中心軸方向に前記磁場を印加する磁場印加手段と、前記複数の円柱型量子ドット内の電子の準位間エネルギーと軌道角運動量を持つテラヘルツ波の波動エネルギーが同調した際の前記複数の円柱型量子ドットの電気的容量変化を信号として検出する信号検出手段と、を有するものである。
【0009】
また、本発明の一局面に従ったミリ波・遠赤外光同調方法は、その表面に複数の円柱型量子ドットが形成された半導体基板を設け、磁場印加手段によって磁場を発生させて、前記複数の円柱型量子ドットに対して中心軸方向に前記磁場を印加し、前記複数の円柱型量子ドット内の電子の準位間エネルギーと軌道角運動量を持つテラヘルツ波の波動エネルギーが同調した際の前記複数の円柱型量子ドットの電気的容量変化を信号として検出することで、対象とするテラヘルツ波と選択的かつ連続的に同調させる、というものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明によると、軌道角運動量を持つテラヘルツ波を選択的に検出・同調することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】円柱型量子ドット電子準位のゼーマン分裂を示すグラフである。
【
図2】選択則Δl=0に従ったエネルギー準位遷移を示すグラフである。
【
図3】選択則Δl=±1に従ったエネルギー準位遷移を示すグラフである。
【
図4】l=0とl=1の遷移エネルギー差を示すグラフである。
【
図5】本発明の第1の実施形態に係るミリ波・遠赤外光同調器の全体構造を示す図である。
【
図6】本発明の第2の実施形態に係るミリ波・遠赤外光同調器の全体構造を示す図である。
【
図7】本発明の第3の実施形態に係るミリ波・遠赤外光同調器の全体構造を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
≪本発明に至った知見≫
まず、本発明の実施の形態を説明する前に、本発明に至った知見について説明する。
【0013】
1.円柱型量子ドット
磁場のない自由空間において電子のエネルギー分布は連続的であるが、磁場空間中では電子はランダウ準位による離散的なエネルギー分布となることが知られている。それと同様のことが、円柱型量子ドット(円柱状の縦型量子ドット)内でも起きる。すなわち、円柱型量子ドット内では電子は離散的なエネルギー準位を取るようになる。
【0014】
円柱型量子ドットの電子構造は、円柱井戸型ポテンシャル内の電子の運動で表される。この電子のシュレディンガー波動方程式の解(波動関数ψ
n,l,s(r,θ))は、円型太鼓の膜振動の波動方程式の解と等価であり、ψ
n,l,sの動径方向(r)はBessel関数J
n(r)、方位角方向(θ)はe
±ilθで表される(nとlは、それぞれ、動径、方位角方向の量子数である。)。固有状態のエネルギーは、次式で表され、方位角方向の電子準位はl>0では磁気量子数m
l=±|l|の2重縮重している。
【0015】
なお、(1)式で表される2重縮重したエネルギー準位は
図1に示した|B|=0の準位に対応する。
図2及び
図3においても同じである。
【0016】
電子はs=1/2の角運動量をもつスピン(関数)Sももつため、ψ
n,l,sはCを規格化定数として次式となる。
【0017】
原子などの球対称ポテンシャルに磁束密度Bを加えると、スピン軌道相互作用により電子の軌道角運動量lとスピンsの波動関数は混合する。これに対し、円柱型量子ドットの中心軸方向に磁場Bを加えても、lとsは混合しないが、縮重電子準位はゼーマン効果により分裂する。ゼーマン効果とは軌道角運動量やスピンなどの磁気モーメントμと磁場との相互作用であり、次式のように、そのエネルギー(ゼーマンエネルギー)は磁場の大きさ|B|に比例する。ここで、β
Bはボーア磁子である。
【0018】
(1)式でm=1(電子の質量)、ディラック定数hバー=1とし、量子ドットの半径をR=1および、β
B=0.2として求めた電子準位のゼーマン効果を
図1に示す。例えば、
図1において破線で示したl=0の準位は、軌道角運動量で分裂しないが、スピンはs=1/2なので、2β
B|B|幅の2つに分裂している。一方、一点鎖線で示したl=2の準位は、m
l=±l=±2と、s
z=±s=±1/2により計4つに分裂している。ここで、m
l(磁気量子数)とs
zは、lとs準位のそれぞれの2重縮重した準位を区別する量子数である。実線で示したl=1の準位も4つにゼーマン分裂しているが、
【0019】
なので、2つの準位が偶然縮重し、見かけ上3つの準位への分裂となっている。
【0020】
2.テラヘルツ波(電磁波)の軌道角運動量
テラヘルツ波の波動方程式を円柱座標(r,θ,z)で解くと、波動関数u(r,θ,z)は、軌道角運動量l、および、動径モードn=0,1,2,…,|l|-1,|l|に関して、次のLaguerre-Gaussモードで展開できる。ここでL
n
|l|(r)はLaguerre陪多項式である。
【0021】
3.量子ドットとテラヘルツ波との相互作用
物質と電磁波の相互作用は〈物質の上準位の軌道角運動量=l′|電磁波の軌道角運動量=l|物質の下準位の軌道角運動量=l″〉とブラケット表示される積分で評価でき、この積分がゼロなら遷移は禁制となる。なお、慣例に従い、物質の上下準位をそれぞれ′(プライム)と″(ダブルプライム)で区別した。
【0022】
磁場中に置かれた量子ドットの角運動量はlの縮重が解けるので、m
lで記述する必要がある。磁場中の量子ドット内の電子とテラヘルツ波との相互作用は、(2)式の電子と(3)式のテラヘルツ波の積分で表され、ブラケット表示で〈ψ
*
n′,ml′,s′|u
n,l(r,θ,z)|ψ
n″,ml″,s″〉となる。なお、*は複素共役を表す。ここでは、簡単化のため、テラヘルツ波を円柱型量子ドットの中心軸に沿った方向から入射させる。相互作用の動径成分は、J
n(r)とL
n
0(r)の積分で、非ゼロである。したがって、遷移が許可か禁制かは、方位角成分により評価できる。方位角成分は〈(e
-iml′θ)
*|e
-ilθ|e
-iml″θ〉となり、軌道角運動量l=0のテラヘルツ波の場合、積分が非ゼロとなるために、選択則Δl=0が得られる。
図2は、選択則Δl=0に従ったエネルギー準位遷移を示すグラフである。図中の矢印はl=0→0のテラヘルツ波の許容遷移を表す。
【0023】
これに対し、軌道角運動量l=1のテラヘルツ波の場合には、選択則Δl=±1が得られる。
図3は、選択則Δl=±1に従ったエネルギー準位遷移を示すグラフである。図中の矢印はl=0→+1のテラヘルツ波の許容遷移を表す。
【0024】
図4は、l=0とl=1の遷移エネルギー差を示すグラフである。
図4のグラフから、遷移エネルギーの磁場依存がテラヘルツ波の軌道角運動量lにより異なることがわかる。具体的には、l=0の遷移エネルギーは磁束密度の大きさに関わらず一定であるが、l=1の遷移エネルギーは磁束密度の大きさにより線形変化することがわかる。この事実から、円柱型量子ドットと磁場を利用して、テラヘルツ波の軌道角運動量を分離したが可能であることがわかる。
【0025】
なお、
図1ないし
図3中で破線の円で示した領域では、準位間の量子力学的な混合が起こると予想される。この混合のため、例えば、一点鎖線で示したl=2の準位(s
z=-1/2)は、実線で示したl=1の準位(s
z=±1/2)と交差後、l=1の準位(s
z=+1/2)に移り、逆に、l=1の準位(s
z=+1/2)は、l=2の準位(s
z=-1/2)に移ることがある。したがって、このような混合が起こる準位を避けてテラヘルツ波を検出・同調する必要がある。
【0026】
4.量子ドットサイズと磁束密度の見積もり
軌道角運動量を持つテラヘルツ波を検出するための量子ドットのサイズと印加すべき磁束密度を見積もる。ここでは、便宜のため、周波数1THzのテラヘルツ波のエネルギーが(n,l)=(1,0)準位と(1,1)準位の遷移エネルギーに等しくなる場合、すなわち、量子ドットの電子のエネルギー準位が(n,l)=(0,0)から(1,1)に遷移するのに必要なエネルギーを見積もる。
【0027】
【0028】
(1)式において、(n,l)=(1,0)及び(1,1)のときのαn,lはそれぞれ次のとおりである。なお、αn,lはBessel関数のゼロ点を表す。
α1,0 = 2.404825
α1,1 = 3.8317059
【0029】
詳しい途中式は省略するが、周波数1THzのテラヘルツ波の波動エネルギーは1THz=6.63×10-22(J)である。
【0030】
そして、上記各定数及びBessel関数のゼロ点を(1)式に代入して方程式E1,1-E0,1=1THzを解くと、量子ドットサイズR=10nmが得られる。
【0031】
次に、(n,l)=(1,0)準位と(1,1)準位の遷移エネルギーを1THz相当(=6.63×10-22(J))変化させるのに必要な磁束密度Bを見積もる。
【0032】
磁束密度Bによる準位エネルギーの変化量は次式で表される。
ΔE(B) = +βB(glml + gss)|B|
【0033】
この式で、mlが0から1、s(電子スピン)が-1/2から+1/2に変化するエネルギーが1THzとなるためには、B=10T(T:テスラ)必要と見積もられる。
【0034】
≪発明の実施の形態≫
以下、適宜図面を参照しながら、本発明の実施の形態を詳細に説明する。ただし、必要以上に詳細な説明は省略する場合がある。例えば、既によく知られた事項の詳細説明や実質的に同一の構成に対する重複説明を省略する場合がある。これは、以下の説明が不必要に冗長になるのを避け、当業者の理解を容易にするためである。なお、発明者は、当業者が本発明を十分に理解するために添付図面および以下の説明を提供するのであって、これらによって特許請求の範囲に記載の主題を限定することを意図するものではない。また、図面に描かれた各部材の寸法、細部の詳細形状などは実際のものとは異なることがある。
【0035】
(第1の実施形態)
図5は、本発明の第1の実施形態に係るミリ波・遠赤外光同調器の全体構造を示す図である。概して、本実施形態に係るミリ波・遠赤外光同調器100Aは、半導体基板5、局所的超高磁場発生器6A、及び電極10を備えている。
【0036】
半導体基板5は、シリコン、カドミウム・セレン、インジウム・ヒ素等の半導体、化合物半導体からなる。半導体基板5の平面形状及びサイズは任意であるが、一例を挙げると、1辺の長さが1mmから1cm程度の正方形である。なお、半導体基板5は、絶縁体で構成された基板上の薄膜として形成されるが、そのような基板は
図1では図示を省略している。
【0037】
半導体基板5の表面略中央の直径1~10μmの略円形の検出領域12に、カドミウム・セレン、インジウム・ヒ素等の化合物半導体の、複数の円柱型量子ドット9(以下、単に量子ドットと呼ぶことがある。)が形成される。量子ドット9の直径は10nm程度である。
【0038】
テラヘルツ波101は、半導体基板5の上方から検出領域12に向けて入射される。好ましくは、テラヘルツ波101は半導体基板5に対して垂直に、すなわち、量子ドット9の中心軸方向に入射する。これは、本実施形態に係るミリ波・遠赤外光同調器100Aが、量子ドット9の表面構造をアンテナとして利用し、量子ドット9の内部に量子化された電子のエネルギー準位を利用してテラヘルツ波を検出・同調するものであるからである。テラヘルツ波101を量子ドット9の中心軸方向に入射することで、テラヘルツ波101の波動エネルギーを最も効率よく量子ドット9に供給することができる。
【0039】
検出領域12に形成される量子ドット9の数は任意であるが、それぞれが等間隔にならずにランダムに配置することが好ましい。これは、量子ドット間の電子の量子力学的な干渉を防ぐためである。
【0040】
局所的超高磁場発生器6Aは、コイル61、及びコイル61が巻かれたコア62を有する電磁石である。コイル61には図略のコントローラから高精度の定電流が通電されるようになっている。
【0041】
一例として、コア62は先端がテーパー状になった円柱棒状の中実コアであり、コイル61が巻かれた胴体部分の直径は10mm程度であり、テーパー状になったコア62の先端は直径100μm程度の略円形平面(以下、これを先端面63と言う。)である。そして、先端面63は、半導体基板5の裏面、すなわち、量子ドット9が形成されていない方の面の、検出領域12の直下に配置されており、そこから半導体基板5に垂直に、すなわち、量子ドット9の中心軸方向に磁場102(磁束密度)を印加する。なお、磁束は空間で広がる性質があるため、磁束を検出領域12に集中させるためにも、コア62の先端面63は半導体基板5の裏面にできるだけ近接して配置することが望ましい。
【0042】
図5では、便宜上、半導体基板5の検出領域12(直径約1~10μm)をコア62の先端面63(直径約100μm)よりも大きく描いているが、実際には、前者に比べて後者の方が10~100倍大きい。このように、コア62の先端面63を、量子ドット9が形成された検出領域12よりも十分に大きくすることで、検出領域12内の複数の量子ドット9に対して均一な磁束密度を印加することができる。
【0043】
また、コア62の先端をテーパー状にすることにより、コア62の先端部分の局所領域において磁束密度を十分に高めることができる。一般に入手可能な市販の理科実験用電磁石で発生可能な磁束密度は高々10mTであるが、上記のように、コア62の先端面63の面積を胴体部分の断面積の1/10000にすることにより、胴体部分における磁束密度を先端面63では10000倍に高めて、先端面63の局所領域に100Tの超高密度の磁場を発生させることができる。なお、本実施形態に係るミリ波・遠赤外光同調器100Aでは、局所的超高磁場発生器6Aのコア62の先端面63における磁束密度は10T程度になるようにすればよい。
【0044】
上で見積もったように、10Tの磁束密度が印加された直径10nmの量子ドット9に周波数1THzのテラヘルツ波を照射すると、量子ドット9内の離散的な準位間エネルギーと軌道角運動量l=1のテラヘルツ波の波動エネルギーが相互作用(同調)して波動エネルギーが電子に吸収され、量子ドット9の電気的容量が変化する。そのような量子ドット9の電気的容量変化を信号として検出するために、半導体基板5に電極10が設けられている。一例として、電極10は、半導体基板5の対向両端に絶縁膜13を介して設けられている。
【0045】
電極10は、図略の信号検出器に接続されており、当該信号検出器において、軌道角運動量を持つ周波数1THzのテラヘルツ波を搬送波とする微小な信号が検出される。なお、そのような微小信号を高精度に計測するために、当該微小信号に電極10を通じて変調用信号を重畳させるようにしてもよい。これにより、よく知られた位相敏感検波等の方式を利用して微小信号を高精度に計測することができ、高精度でのテラヘルツ波の同調が可能となる。
【0046】
このように、本実施形態に係るミリ波・遠赤外光同調器100Aでは、量子ドット9に入射されるテラヘルツ波101に含まれる軌道角運動量l=1のテラヘルツ波を検出・同調することができる。
【0047】
(第2の実施形態)
図6は、本発明の第2の実施形態に係るミリ波・遠赤外光同調器の全体構造を示す図である。本実施形態に係るミリ波・遠赤外光同調器100Bは、第1の実施形態に係るミリ波・遠赤外光同調器100Aにおける局所的超高磁場発生器6Aを局所的超高磁場発生器6Bに置き換えたものである。それ以外の構成については第1の実施形態と同じであるため繰り返しの説明を省略する。
【0048】
局所的超高磁場発生器6Bは、コイル61、コイル61が巻かれたコア62、及びコア62とは分離されたコア64を有する電磁石である。コア64は外径がコア62の先端面63の直径とほぼ同じ100μm程度の円筒状の中空コアである。コア64は、半導体基板5の検出領域12の上方にコア62と同一軸上に配置されており、コア64において半導体基板5に面する下面65とコア62の先端面63とが間に半導体基板5を挟んで対向している。なお、磁束を検出領域12に集中させるためにも、コア64の下面65は半導体基板5の表面にできるだけ近接して配置することが望ましい。
【0049】
半導体基板5の検出領域12には上方からテラヘルツ波101が入射されるため、その妨げにならないように、半導体基板5の上方に配置するコア64は、コア62のような中実コアではなく中空コアにしている。したがって、テラヘルツ波101の入射の妨げにならないように、かつ、磁束をより集中させるために、コア64の下面65にメッシュ構造を設けてもよい。一例として、当該メッシュ構造は、2本の金属線を交差させたごく単純な十字型のメッシュであってもよい。
【0050】
このように、本実施形態に係るミリ波・遠赤外光同調器100Bでは、コア64を追加したことにより、局所的超高磁場発生器6Bから出力される磁束密度を、検出領域12内の量子ドット9により効率的に集中して印加することができる。
【0051】
(第3の実施形態)
図7は、本発明の第3の実施形態に係るミリ波・遠赤外光同調器の全体構造を示す図である。本実施形態に係るミリ波・遠赤外光同調器100Cは、第1の実施形態に係るミリ波・遠赤外光同調器100Aにおける局所的超高磁場発生器6Aを局所的超高磁場発生器6Cに置き換えたものである。それ以外の構成については第1の実施形態と同じであるため繰り返しの説明を省略する。なお、
図7では、便宜上、半導体基板5を簡略表示しているが、実際には、
図5と同じように、半導体基板5には複数の量子ドット9、電極10などが形成・配置されている。
【0052】
局所的超高磁場発生器6Cは、コイル61、及びコイル61が巻かれたコア66を有する電磁石である。コア66は、円断面を有し、C字状に曲げられた中実コアであり、その胴体部分66aにコイル61が巻かれ、胴体部分66aの対向両端面からそれぞれ遠ざかるように2本のアーム部66b、66cが延びている。
【0053】
一方のアーム部66bの略円形平面の先端面67と他方のアーム部66cの略円形平面の先端面68は対向しており、先端面67は半導体基板5の検出領域12の直上に近接配置され、先端面68は半導体基板5の裏面の、検出領域12の直下に近接配置されている。一例として、コア66の胴体部分66aの直径は10mm程度であり、アーム部66bの先端面67の直径は10μm程度であり、アーム部66cの先端面68の直径は100μm程度である。
【0054】
図7では、アーム部66b、66cは胴体部分66aの付け根付近ですぐに細くなっているが、アーム部66cについては先端面68の直前でテーパー状になっていればよい。あるいは、アーム部66b、66cにおける細い部分を保護するために、これらアーム部の途中まで樹脂等で固定する、または、樹脂ブロック内に設置するようにしてもよい。一方、アーム部66bについては、半導体基板5に入射されるテラヘルツ波101の妨げにならないように、図中の一点鎖線で示したテラヘルツ波101の入射範囲内で十分に細くなるようにすることが好ましい。
【0055】
また、アーム部66bの先端面67をアーム部66cの先端面68よりも小さくしているが、これは、アーム部66bの先端がテラヘルツ波101の入射の妨げにならないようにするためである。テラヘルツ波101の波長は30μm~3mm程度なので、半導体基板5の近傍のアーム部66bの先端部分の直径は、上述のように10μm程度にすることが好ましい。
【0056】
このように、本実施形態に係るミリ波・遠赤外光同調器100Cでは、C字状のコア66の先端で半導体基板5を挟み込むことにより、局所的超高磁場発生器6Cから出力される磁束密度を、検出領域12内の量子ドット9により効率的に集中して印加することができる。
【0057】
(変形例)
上記各実施形態において以下のような変形が可能である。
【0058】
コイル61に定電流を供給する図略のコントローラによってコイル61への通電量を可変調整可能とすることで、量子ドット9に印加される磁場を可変調整可能にしてもよい。これにより、量子ドット9内の電子の準位間エネルギーの調整が可能になり、入射するテラヘルツ波101の周波数に同調させた検出が可能になる。
【0059】
また、上記コントローラによってコイル61への通電量を連続的に掃引可能とすることで、量子ドット9に印加される磁場の連続的に掃引可能にしてもよい。これにより、テラヘルツ波101の連続的な同調が可能となる。
【0060】
また、量子ドット9内の電子の熱励起を抑制するため、ミリ波・遠赤外光同調器の全体は、図には示さなかった液体窒素等の冷媒やペルチエ素子等を用いた冷却装置によって冷却されていることは勿論である。
【0061】
≪テラヘルツ波多重通信への応用≫
上記各実施形態に係るミリ波・遠赤外光同調器は、軌道角運動量を持つテラヘルツ波を検出・同調するものであり、軌道角運動量l=0のテラヘルツ波は対象外である。そのような平面波のテラヘルツ波は、量子ドットに勾配電圧を印加することで選択的に検出・同調できることが本願発明者らによる先の特許出願に開示されている。したがって、上記各実施形態に係るミリ波・遠赤外光同調器と先の特許出願に開示されたミリ波・遠赤外光同調器を組み合わせることにより、搬送波にl=0及びl=1のテラヘルツ波を用いたテラヘルツ波多重通信が可能となる。
【0062】
なお、l=0のテラヘルツ波と量子ドットの相互作用は電気双極子遷移であるのに対して、l=1のテラヘルツ波と量子ドットの相互作用は磁気双極子遷移であり、量子ドットのサイズとテラヘルツ波の波長から、後者は前者の1/1000程度の遷移強度となる。そのため、l=0のテラヘルツ波に比べてl=1のテラヘルツ波は強度が弱くて検出が非常に困難である。したがって、テラヘルツ波多重通信を行う場合には、例えば、あらかじめ送信機側で、l=1のテラヘルツ波を搬送波とする送信信号の強度を、l=0のテラヘルツ波を搬送波とする送信信号の1000倍程度にしておくことよい。
【0063】
以上のように、本発明における技術の例示として、実施の形態を説明した。そのために、添付図面および詳細な説明を提供した。したがって、添付図面および詳細な説明に記載された構成要素の中には、課題解決のために必須な構成要素だけでなく、上記技術を例示するために、課題解決のためには必須でない構成要素も含まれ得る。そのため、それらの必須ではない構成要素が添付図面や詳細な説明に記載されていることをもって、直ちに、それらの必須ではない構成要素が必須であるとの認定をするべきではない。また、上述の実施の形態は、本発明における技術を例示するためのものであるから、特許請求の範囲またはその均等の範囲において種々の変更、置き換え、付加、省略などを行うことができる。
【符号の説明】
【0064】
100A、100B、100C:ミリ波・遠赤外光同調器
5:半導体基板
6A、6B、6C:局所的超高磁場発生器(磁場印加手段)
61:コイル
62:コア
64:コア(中空のコア)
66:コア(C字状のコア)
9:複数の円柱型量子ドット
10:電極(信号検出手段)
12:検出領域
101:テラヘルツ波
102:磁場