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特開2022-169933ガスセンサー素子およびガスセンサー
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022169933
(43)【公開日】2022-11-10
(54)【発明の名称】ガスセンサー素子およびガスセンサー
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/04 20060101AFI20221102BHJP
   G01N 27/00 20060101ALI20221102BHJP
【FI】
G01N27/04 F
G01N27/00 J
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021075674
(22)【出願日】2021-04-28
(71)【出願人】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】平井 孝佳
(72)【発明者】
【氏名】内藤 孝二郎
(72)【発明者】
【氏名】村瀬 清一郎
【テーマコード(参考)】
2G060
【Fターム(参考)】
2G060AA01
2G060AE19
2G060AF07
2G060AG03
2G060AG10
2G060BB08
2G060DA06
2G060DA09
2G060DA11
2G060JA01
2G060KA01
(57)【要約】      (修正有)
【課題】材料設計自由度が高く、高感度で、低温作動可能な消費電力の小さいガスセンサー素子およびガスセンサーを提供すること。
【解決手段】一対の互いに対向する電極(以下「対向電極」という)と、前記対向電極と接するカーボンナノチューブ領域と、を備えるガスセンサー素子であって、前記カーボンナノチューブ領域はカーボンナノチューブを含み、前記カーボンナノチューブの80重量%以上が半導体型カーボンナノチューブであり、前記カーボンナノチューブは、その表面の少なくとも一部に共役系重合体が付着したカーボンナノチューブ複合体である、ガスセンサー素子。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
一対の互いに対向する電極(以下「対向電極」という)と、前記対向電極と接するカーボンナノチューブ領域と、を備えるガスセンサー素子であって、
前記カーボンナノチューブ領域はカーボンナノチューブを含み、
前記カーボンナノチューブの80重量%以上が半導体型カーボンナノチューブであり、
前記カーボンナノチューブは、その表面の少なくとも一部に共役系重合体が付着したカーボンナノチューブ複合体である、
ガスセンサー素子。
【請求項2】
前記カーボンナノチューブ領域の1μmあたりの前記カーボンナノチューブ総長さ(L)を前記対向電極の間の距離である電極間距離(Lc)で割った値(L/Lc)が0.2≦L/Lc≦50である、請求項1に記載のガスセンサー素子。
【請求項3】
前記L/Lcが0.2≦L/Lc≦5である、請求項1または2に記載のガスセンサー素子。
【請求項4】
前記カーボンナノチューブの平均直径が2.0nm以下である、請求項1~3のいずれかに記載のガスセンサー素子。
【請求項5】
前記ガスセンサー素子がトランジスタ型のガスセンサー素子であり、前記対向電極がソース電極およびドレイン電極からなり、さらにゲート電極を備える、請求項1~4のいずれかに記載のガスセンサー素子。
【請求項6】
請求項1~5のいずれかに記載のガスセンサー素子を用いてなるガスセンサー。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガスセンサー素子およびガスセンサーに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、化学物質の微量検知技術(センサー)は、地球温暖化に代表される環境問題や食の安全性、健康志向の高まりから、大気中のVOC(揮発性有機化合物)検出、食品流通時の鮮度管理、人体から発せられる皮膚ガス等の検知による体調管理・診断、飛行機・列車・自動車等の複数のユーザーが利用する空間の臭い検知による快適性向上、排泄物由来ガス検知による介護者の負担軽減や被介護者のQOL向上、有害ガス検知によるセキュリティー向上など、様々な展開が期待されている。
【0003】
特に需要増加が顕著な分野であるヘルスケア分野の中でも、呼気に含まれているガスの分析は、比較的単純な物質が多く、分析し易いため、簡便な検査による病気発見、体調管理への適用を期待して近年注目されている。
【0004】
ガスをリアルタイムで高感度かつ選択的に検出する必要のあるガスセンサーの技術は、特に需要が増加している。また、ヘルスケア分野に限らず、需要増加傾向にある分野の多くが、ppbオーダーの高い検出感度と多種のガスからの選択的検知能がセンサーに求められている。
【0005】
しかしながら、広く汎用的に流通しているペリスタ型のガスセンサーや、半導体型ガスセンサー等は、検出感度がppmオーダーで感度が不十分であり、感ガス体表面でガス分子と反応させるための高い作動温度(200~500℃)が必要であり、加熱のための消費電力が高くなるとともに、劣化も早いことが長年の課題となっている。
【0006】
ガスセンサーの検出感度不足に対しては、センサーに使用する材料をナノサイズ化することによって表面積を大きくする効果で微量分子を検出しやすくし、感度を向上する方法、複数の材料を組み合わせたハイブリッド化による信号強度増幅による感度向上が検討されている。
【0007】
また、高い作動温度(200~500℃)と、検出感度不足を同時に解決する方法として、200℃以下でもガス分子の付着だけで応答性を示すカーボンナノチューブなどのナノ炭素材料を感ガス体として使用する方法が検討されている(例えば、特許文献1参照)。
【0008】
また、半導体純度を高めたカーボンナノチューブを、分散剤を使用せずに使用することによって感度が向上したとの報告(例えば、非特許文献1参照)もある。
【0009】
これに対し、半導体純度を高めたカーボンナノチューブを共役系重合体と複合化することによって、短尺化すること無くカーボンナノチューブを分散し、焼成せずそのまま用いることによってセンシング材料として使用する検討が報告されている(例えば、特許文献2、3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2008-185495号公報
【特許文献2】国際公開第2017/082253号
【特許文献3】国際公開第2017/183534号
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】ASC Sens.3,p.79-86(2018)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、特許文献1に記載の技術では、カーボンナノチューブ塗布後に、カーボンナノチューブを分散するために使用した分散剤を除去するため、300℃以上で焼成する必要があり、素子材料が高温に耐えうる材料に限定されるなど、工程や材料に制限があり、素子設計に難があった。
【0013】
非特許文献1に記載の技術では、分散剤を使用せずに有機溶媒中に超音波分散によってごく一部分散しているカーボンナノチューブを使用しているため、大部分のカーボンナノチューブを破棄してしまい、非常に無駄の多い技術であった。また、分散剤を使用しないカーボンナノチューブの有機溶媒への分散は、一般的に、カーボンナノチューブが分散剤使用時よりも短尺になる事が多く、十分に、カーボンナノチューブの性能を引き出せないことが多いという問題があった。
【0014】
特許文献2、3に記載の技術はいずれも液中での生体関連物質の検出に関する技術検討内容であり、ガスセンサーとしての効果的に使用するための技術情報は報告されていない。
【0015】
そこで本発明は、ガスセンサーの分野において、材料設計自由度が高く、高感度で、低温作動可能な消費電力の小さいガスセンサー素子およびガスセンサーを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
すなわち、本発明は、一対の互いに対向する電極(以下「対向電極」という)と、前記対向電極と接するカーボンナノチューブ領域と、を備えるガスセンサー素子であって、前記カーボンナノチューブ領域はカーボンナノチューブを含み、前記カーボンナノチューブの80重量%以上が半導体型カーボンナノチューブであり、前記カーボンナノチューブは、その表面の少なくとも一部に共役系重合体が付着したカーボンナノチューブ複合体である、ガスセンサー素子である。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、高感度、且つ、低消費電力のガスセンサー素子およびガスセンサーを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1図1は、本発明の実施の形態に係るガスセンサー素子を示した模式図である。
図2図2は、本発明の実施の形態に係るガスセンサーの構成を示すブロック図である。
図3図3は、本発明の実施例においてガスの検出に用いた測定セットの構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明に係るガスセンサー素子およびガスセンサーの好適な実施の形態を詳細に説明する。ただし、本発明は、以下の実施の形態に限定されるものではなく、目的や用途に応じて種々に変更して実施することができる。
【0020】
本発明のガスセンサー素子は、一対の互いに対向する電極(以下「対向電極」という)と、上記対向電極と接するカーボンナノチューブ(以下「CNT」という)領域と、を備えるガスセンサー素子であって、上記CNT領域はCNTを含み、上記CNTの80重量%以上が半導体型CNTであり、上記CNTは、その表面の少なくとも一部に共役系重合体が付着したCNT複合体である、ガスセンサー素子である。
【0021】
図1は、本発明の実施の形態1に係るガスセンサー素子を示した模式図である。本実施の形態1に係るガスセンサー素子では、基材1の上に、対向電極2と、対向電極2と接するCNT領域3とが形成されている。CNT領域3は、CNTを含む。
【0022】
基材1は特に制約されず、ガラス、石英、酸化被膜付シリコン、金属酸化物、セラミック焼結体、樹脂フィルム等が用いられる。基材1と対向電極2との間に、電流の流れない別の組成の材料が入っていても良い。
【0023】
(CNT)
本発明のガスセンサー素子において、CNTは感ガス体として使用される。CNTを感ガス体として使用すると有用である理由は、ガスがCNTに接触または付着するだけで抵抗値変化(電流変化)が起こる現象を利用できるため、加熱の必要のないセンサー素子として利用できるからである。また、CNTがナノ物質であることによって実質的に高表面積を有するため、ガスに対する接触面積が大きく、高感度な感ガス体として使用できるからである。
【0024】
CNTの80重量%以上が半導体型CNTであるとは、全CNT中の半導体型CNTの比率が80重量%以上であることをいう。
【0025】
通常、CNTは半導体型CNTと金属型CNTが2:1の重量比で混ざった混合物であるため、CNT中の半導体型CNTの比率は66.7重量%である。半導体型CNTは、デバイスに印加されている電圧によって、電流が流れる条件、流れない条件の閾値が存在するが、金属型CNTは特に区切りが無い。そのため、金属型CNTの比率が多いと、電極間を繋ぐCNT同士のネットワークにおいて、金属型CNT同士がつながった経路ができ易くなり、電流のonとoffの区切りが不明確になる。その結果、電子デバイスとして、スイッチングの切り替えや、シグナルの検出の区切り(シグナルとノイズの境界)が不明瞭になる。このようなCNTをセンサー素子に使用する場合は、ノイズが大きくなり感度が低下する事に繋がる。
【0026】
半導体型CNTの比率が高いほど、スイッチングや、シグナル検出の点で有利になるため、半導体型CNTの比率は高ければ高いほど良い。また、後述するが、検出分子の選択性の点でも半導体型CNTの比率は高い方が良い。
【0027】
本発明で使用するCNTは、半導体型CNTの比率が80重量%以上であることが必要であり、これにより、CNT領域内において3次元的に金属型CNTだけで繋がる部分がほとんどなくなるので、漏洩電流が流れにくくなり、高感度なセンサーになる。半導体型CNTの比率は、85重量%以上がより好ましく、90重量%以上が更に好ましく、95重量%以上が最も好ましい。検出したいガスが微量であるほど、半導体型CNTの比率は高い方が好ましい。
【0028】
半導体性CNTの含有比率を80重量%以上にする方法としては、既知の方法を用いることができる。例えば、ヨーディキサノールなどの密度勾配剤の共存下で超遠心する方法、ポルフィリン化合物やフルオレン化合物を選択的に半導体性もしくは金属性CNTの表面に付着させ、溶解性の差を利用して分離する方法、電気的性質の差を利用して電気泳動等により分離する方法、アガロースゲルへの吸着力の差を利用するゲルカラムによる分離方法、ポリビニルアルコールとデキストランによる水系2相分離状態での界面活性剤との相互作用の差を利用した分離法などを適宜利用することができる。
【0029】
半導体型CNTの含有比率を測定する方法としては、可視-近赤外吸収スペクトルの吸収面積比から算出する方法や、ラマンスペクトルの強度比から算出する方法、可視-近赤外吸収スペクトルの吸収面積比から半導体型CNTの含有比率を算出する方法等を利用可能であるが、精度の面で複数分析を組み合わせるのが好ましい。
【0030】
また、CNTは、アーク放電法、化学気相成長法(CVD法)、レーザー・アブレーション法等により得ることができる。
【0031】
一方、半導体型CNTの比率が高いということは、同一性質を有するCNT比率を高めることになり、CNT同士の相互作用が強くなり、CNTを一本一本にほぐして均一な分散体を作製することが難しくなり、加工性に難が生じることが多い。半導体性CNTの含有比率を高める工程でアモルファスカーボン等の不純物を低減することによっても、かかる課題が生じることが多い。
【0032】
この課題に対して、本発明ではCNTの表面の少なくとも一部に共役系重合体を付着させたCNT複合体(以下、単に「CNT複合体」という)を用いることによって、半導体性CNT含有比率の高いCNTの均一分散液を得ることが可能としている。これによって高い感度を有する感ガス体を得ることができ、その結果、高感度ガスセンサー素子を得ることが可能である。
【0033】
本発明において、CNTの表面の少なくとも一部に共役系重合体が付着した状態とは、CNTの表面の一部、あるいは全部を共役系重合体が被覆した状態を意味する。
【0034】
共役系重合体がCNTを被覆できるのは、それぞれの共役系構造に由来するπ電子雲が重なることによって相互作用が生じるためと推測される。定量的にはX線光電子分光(XPS)などの元素分析によって、付着物の存在とCNTに対する付着物の重量比を同定することができる。また、CNTに付着させる共役系重合体は、分子量、分子量分布や構造に関わらず用いることができるが、CNTへの付着のしやすさから、共役系重合体の重量平均分子量が1000以上であることが好ましい。ここで、共役系重合体とは、繰り返し単位が共役構造をとり、重合度が2以上の化合物を指す。
【0035】
CNTの表面の少なくとも一部に共役系重合体を付着させることにより、CNTの保有する高い電気的特性を損なうことなくCNTを溶液中に均一に分散することが可能になる。
【0036】
CNTの表面の少なくとも一部に共役系重合体を付着させる方法としては、(I)溶融した共役系重合体中にCNTを添加して混合する方法、(II)共役系重合体を溶媒中に溶解させ、この中にCNTを添加して混合する方法、(III)CNTをあらかじめ超音波等で予備分散させておき、そこへ共役系重合体を添加し混合する方法、(IV)溶媒中に共役系重合体とCNTをいれ、この混合系へ超音波を照射して混合する方法などが挙げられる。本発明では、いずれの方法を用いてもよく、いずれかの方法を組み合わせてもよい。
【0037】
本発明に用いられるCNT複合体としては、例えば国際公開第2009/139339号、国際公開第2020/066741号、特開2011-126727号公報に記載されているものが挙げられる。
【0038】
CNTの長さは、電極間の距離よりも短いことが好ましい、CNTは導電性が高いため、電極間を半導体型CNT1本で接続された状態の感ガス体は、電流が流れ過ぎてガスが付着した際の電気的変化が相対的に小さくなり、感度が低下することがある。そのため、電極間は2本以上のCNTを介した状態で接続されていることが好ましい。
【0039】
ただし、CNTは、直径によっても若干異なるが、長さ1.0μm以上では、長くなるほど長さに応じて曲線状態をとり易くなり、長さ1.0μm未満では直線状態と成りやすい。そのため、電極間隔が1.0μm以上である素子を用いる場合は、電極間隔距離と同じ長さのCNTでも、1本で電極間を接続する状態にはなりにくい。
【0040】
本発明の効果を得やすいと言う観点での、CNTの長さの目安としては、0.4nm以上10μm以下であることが好ましい。CNTの長さの下限は0.5nm以上がより好ましい。また、CNTの長さの上限は5μm以下がより好ましく、2.0μmがさらに好ましく、1.5μm以下が特に好ましい。
【0041】
CNTの長さ調整の方法としては、CNTを溶媒中に均一分散させ、分散液をフィルターによってろ過する事によってフィルター孔径よりも小さいCNTを濾液として得ることができ、フィルター孔径よりも長いCNTを濾取物として取り出せる。この場合、フィルターとしてはメンブレンフィルターが好ましく用いられる。また、その他CNTを短小化する方法として、酸処理、凍結粉砕処理などが挙げられる。
【0042】
一般に、CNTは、太さ、及び、長さにばらつきがある状態で使用されることが多いが、太さ、長さは揃っているほど、感ガス体として使用した際に感ガス体の均一性が増すので、電流が均一に流れるようになり、感度が向上する。ネットワーク全体の電流が均一であれば、電極間でネットワーク構造である感ガス体であるCNTが全体で同様の応答性を示すため、素子全体での変化が同時に積算され高感度となる。電流が不均一に流れていると、場所によって応答性が変わるため感度が低下しがちとなる。
【0043】
CNTがバンドル状態でも、1本の状態でも、電極間をつなぐネットワーク構造としては、同様の電流経路として働くが、バンドル部分は抵抗が高くなることが多く、電流がネットワーク全体を均一に流れる妨げとなることが多い。そのため、CNTを感ガス体として使用する場合、感ガス体を形成しているCNTのバンドルは少ないほど好ましく、最も好ましい形態は、電極間のネットワーク構造を形成しているCNTが単分散している状態である。また、バンドルがネットワーク構造の一部に混ざっている場合は、バンドルの直径は、小さいほど、ネットワーク構造全体の電流ばらつきが小さくなるため好ましい。
【0044】
CNT複合体を利用することによる明確なメカニズムは明らかになってはいないが、非共役系重合体をCNT表面に付着させたものを用いる場合、CNTを通常の界面活性剤により分散させたものを用いる場合と比較して、CNT同士の接点における電流の流れ等の、電気的特性を阻害しないことが特長としてあげられる。従って、CNT複合体を感ガス体として電極間にネットワーク構造を形成した場合、特許文献1の様に、CNT間の電気的特性を阻害する分散剤(ヒドロキシプロピルセルロース)を高温焼成によって取り除く工程を経ずとも、CNT複合体のまま高感度な感ガス体として使用することができる。
【0045】
また、CNT複合体では、共役系重合体がCNTの電気的特性を阻害しにくいため、CNT複合体がバンドルを組んでしまった場合でも、抵抗の上昇が小さい。そのため、電極間で形成されたCNT複合体のネットワーク構造を流れる電流が均一になりやすいので、電極間をつなぐCNTのネットワークにバンドルが混入してしまっても比較的簡便に高感度な感ガス体を形成しやすく、素子作製工程での汎用性が高くなる。
【0046】
CNTの太さは、共役系重合体との複合体を形成できる太さであれば制限は無いが、通常、平均直径が0.6nm~2.5nmの範囲であれば、複合体としての種々の効果が得られる。CNTの平均直径は、下限としてはより好ましくは0.8nm以上であり、さらに好ましくは1.0nm以上である。また、上限としてはより好ましくは2.0nm以下であり、さらに好ましくは1.8nm以下である。CNTの直径が細いと、CNT1本あたりの比表面積が大きくなることによるガスセンサーとしての効果が増す反面、チューブであるCNT表面の曲率が大きくなるため、構造上、共役系重合体のπ電子雲とCNTのπ電子雲が重なりにくくなり、複合体としての上記種々の効果が得にくくなる。CNTの直径が太いと、CNT自体のガスセンサーとしての感度は比表面積が低下する影響を受けるが、共役系重合体のπ電子雲とCNTのπ電子雲が重なりやすくなり、複合体としての上記種々の効果を得られるため、総合的にはガスセンサーとしての感度は向上する。
【0047】
また、通常、CNTの長さを調整したり、分散強化でバンドル量を減らしたりする処理を行うと、CNTが欠損を生じて劣化する事が多い。一方でそれらの処理条件を弱めると、CNT長さが揃わなかったり、バンドルが多数混入したりする。このようなトレードオフ関係の中では、上記の処理条件を都合の良いあたりに調整するしか無く、中途半端な状態でCNTを使用する事も多い。
【0048】
CNTの80重量%以上が半導体型CNTである、CNT複合体を用いることは、上記問題を解決し、ガスセンサー素子を形成した際、非常に高感度なガスセンサー素子となる。均質に半導体型CNTを分散して均質な感ガス体を形成できるだけで無く、感ガス体であるCNT複合体のネットワーク構造の容易な制御が可能となることも、本発明の特長である。
【0049】
CNT領域を形成する方法としては、抵抗加熱蒸着、電子線ビーム、スパッタリング、CVDなど乾式の方法を用いることも可能であるが、製造コストや大面積への適合の観点から塗布法を用いることが好ましく、本発明では、CNT複合体を使用することによって、塗布以外の特別な処理をしなくとも、高感度なガスセンサーを作成可能となる。具体的には、スピンコート法、ブレードコート法、スリットダイコート法、スクリーン印刷法、バーコーター法、鋳型法、印刷転写法、浸漬引き上げ法、インクジェット法などを好ましく用いることができ、塗膜厚み制御や配向制御など、得ようとする塗膜特性に応じて塗布方法を選択できる。また、形成した塗膜に対して、大気下、減圧下または窒素やアルゴン等の不活性ガス雰囲気下でアニーリング処理を行ってもよい。
【0050】
CNT領域の1μmあたりのCNT総長さ(L)を電極間距離(Lc)で割った値(L/Lc)は0.2≦L/Lc≦50であることが好ましく、0.2≦L/Lc≦10がより好ましく、0.2≦L/Lc≦5がさらに好ましい。これらの式は、電極間距離が長くなるほどCNT総長さが長くなるよう調整することを意味し、CNT総長さがこれらの範囲であると、ガスセンサー素子としての感度がより向上する。
【0051】
ここで、CNT領域の1μmあたりのCNT総長さとは、原子間力顕微鏡を用いてCNT領域の1μmの視野角を観察した際の、当該視野角に存在するCNTの長さの合計量をいう。CNT総長さの算出においては、この観察を10箇所の視野角で行い、各視野角で測定されたCNTの総長さを平均した値を採用する。
【0052】
より詳細には、対向電極の電極間距離によってCNT総長さを調整するのが好ましい。調整の方向としては、対向電極の電極間隔が小さくなるほどCNT総長さを小さくし、対向電極の電極間隔が大きくなるほどCNT長く調整するのが好ましい。CNT総長さは、塗布するCNT複合体の量を変えるか、濃度を調整することによって変えることができる。
【0053】
(電極)
本発明に係るガスセンサー素子の電極材料は、一般的に電極として使用されうる導電性材料であれば、いかなるものでもよい。そのような導電性材料としては、例えば、酸化錫、酸化インジウム、酸化錫インジウム(ITO)などの導電性金属酸化物が挙げられる。また、白金、金、銀、銅、鉄、錫、亜鉛、アルミニウム、インジウム、クロム、リチウム、ナトリウム、カリウム、セシウム、カルシウム、マグネシウム、パラジウム、モリブデン、アモルファスシリコンやポリシリコンなどの金属、これらの中から選択される複数の金属の合金、ヨウ化銅、硫化銅などの無機導電性物質が挙げられる。また、ポリチオフェン、ポリピロール、ポリアニリン、ポリエチレンジオキシチオフェンとポリスチレンスルホン酸との錯体、ヨウ素などのドーピングによって導電率を向上させた導電性ポリマーが挙げられる。さらには、炭素材料、有機成分と導電体とを含有する材料などが挙げられる。
【0054】
有機成分と導電体とを含有する材料は、電極の柔軟性が増し、屈曲時にも密着性が良く電気的接続が良好となる。有機成分としては、特に制限はないが、モノマー、オリゴマーもしくはポリマー、光重合開始剤、可塑剤、レベリング剤、界面活性剤、シランカップリング剤、消泡剤、顔料などが挙げられる。電極の折り曲げ耐性向上の観点からは、オリゴマーもしくはポリマーが好ましい。しかし、電極の導電性材料は、これらに限定されるものではない。これらの導電性材料は、単独で用いてもよいが、複数の材料を積層または混合して用いてもよい。
【0055】
また、電極の幅、厚み、および各電極間の間隔は任意である。具体的には、電極の幅は5μm以上、1mm以下であることが好ましく、電極の厚みは0.01μm以上、100μm以下であることが好ましく、対向電極の電極間距離は1μm以上、500μm以下であることが好ましく、混入している金属型CNTが短絡しにくく、且つ、高感度化を維持しやすいという点で、より好ましくは3μm以上100μm以下、用いるCNTによらず効果を得やすい汎用性の点で好ましい範囲は5μm50μm以下である。
【0056】
これらの寸法は、上記のものに限らないが、電極の構造は(「電極長さ」/「電極間距離」>1)の関係になることが好ましい。微量ガスを検出するためのガスセンサー素子は微量な変化を検出できることが重要であるが、電極の長さが長いということは、電極間がCNTのネットワークでつながっているため、電極間をつなぐ回路が並列で増えていくことに相当し、微量濃度のガスが付着した際の微量な電気的変化が積算されて読み取ることができることから、電極の長さは長い方が好ましい。電極間距離が長くなると、電極間をつなぐ回路が直列で増えていくことに相当するため、微量な電気的変化が伝わりにくくなる。ただし、単に、電極の長さを長くして、電極間隔を狭めれば良いというわけでは無い。電極構造として感度のみを増加しても、電気的ノイズも同時に増幅することになるため、電極構造のみでガスセンサーの感度が向上する訳では無い。CNTの80重量%以上が半導体型CNTであるようなCNT複合体が用いられる場合のバランスとして、電極の構造が(「電極長さ」/「電極間距離」>1)の関係が好ましい。
【0057】
電極をパターン状に形成する方法としては、特に制限されないが、例えば、上記方法で作製した電極薄膜を、公知のフォトリソグラフィー法などで所望の形状にパターン形成する方法が挙げられる。あるいは、電極および配線の導電性材料の蒸着やスパッタリング時に、所望の形状のマスクを介してパターン形成する方法が挙げられる。また、インクジェットや印刷法を用いて直接パターンを形成する方法も挙げられる。
【0058】
本発明に係るガスセンサー素子は、シグナル(S)とノイズ(N)の比S/N比が、ppbオーダーの微量化学物質検出の場合でもS/N=3~500が可能となる。また、pptオーダーの微量化学物質検出の場合でもS/N=3~300が可能となる。
【0059】
また、本発明に係るガスセンサー素子は、ガス分子の付着と脱離のみで電気的信号変化が読み取り可能であるため、繰り返し特性も良好である。繰り返し特性が良好となる温度帯は、検出する化学物質によってCNTへの吸着力が異なるため、何を検出するかによって変える必要があるが、主に、0℃~200℃以下の温度帯で良好な繰り返し特性を示す。また、ガス分子の付着量に応じた電気的変化が生じるため、酸素0%の環境下でも、ガスの検出が可能であり、0%以上50%以下の範囲でも、酸素濃度によらず使用することが可能である。
【0060】
(ガスセンサー)
図2は、本発明の実施の形態に係るガスセンサーの構成を示すブロック図である。本実施の形態に係るガスセンサーは、ガスを検知するガスセンサー素子と、ガスセンサー素子の対向電極間に一定の電圧をかける電圧調整部と、ガスセンサー素子がガスを検知したときに変化する、抵抗値、電流、電圧等の電気特性の変化を検出する電気特性検出部と、検出された変化を解析する電気特性変化解析部と、からなる。検出する電気的変化は、抵抗、または電流、または電圧のいずれか一つで構わなく、検出精度を高くする場合は2つ以上組み合わせても構わない。また、ガスセンサー素子の対抗電極間に一定の電圧をかける部位は、素子の感度と検出したいガスの種類、および使用環境によって使用の有無を切り替えることも可能である。感度の高いガスのみを検出する際は、設置しなくとも構わないが、夾雑ガスによる誤差を減らしたい場合は、一定の電圧をかけてノイズを小さくすることによってセンサーの精度を上げることが可能である。
【0061】
また、ブロック図に示す様に、本実施の形態に係るガスセンサーは、加熱のための電力消費部位を組み込まなくともガスセンサーとして作動するため、余分な電力消費を抑えられる構成が可能である。
【実施例0062】
以下、本発明を実施例に基づいてさらに具体的に説明する。なお、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0063】
(半導体型CNT/共役系重合体複合体の準備)
平均直径1.2nmのCNT:NoPo Nanotechnologies India Private Limited製を購入
平均直径1.5nmのCNT:Carbon Solutions社製のCNT(AP-SWNT、平均直径1.5nm;カタログ値))を購入
平均直径2.0nmのCNT:名城ナノカーボン社製(EC2.0、平均直径2.0nm;カタログ値)。
【0064】
それぞれのCNTを、特許第6819814号公報に記載の方法を用いて、半導体型CNTの比率がそれぞれ異なる半導体型CNTを調製した(具体的な比率は表1を参照)。準備した半導体型CNTの水溶液は、0.1μmの濾紙で濾取し、濾紙上で約200mLのメタノールで洗浄し、次いで約200mLの水で洗浄して余分な界面活性剤を除去し、最後に水分をメタノールに置換した後乾燥し、溶媒を除去して半導体CNTを得た。その後、得られた半導体型CNT1.5mgと、共役系重合体として下記に示すF8BT(アルドリッチ社製)またはP3HT(アルドリッチ社製)1.5mgとを15mLのクロロホルム中に加え、氷冷しながら超音波ホモジナイザー(東京理化器械(株)製VCX-500)を用いて出力250Wで30分間超音波撹拌し、CNT/半導体ポリマー複合体分散液(溶媒に対するCNT/半導体ポリマー複合体濃度0.1g/L)とした後、クロロホルムで希釈することによって半導体型CNT/共役系重合体複合体の濃度6.25mg/Lの分散液Aを得た。F8BTの代わりにP3HT(アルドリッチ社製)を用いて同様に、半導体型CNT/共役系重合体複合体の濃度6.25mg/Lの分散液Bを得た。
【0065】
【化1】
【0066】
(半導体型CNT/非共役系重合体複合体の準備)
特許文献1を参考に、平均直径1.5nmの半導体型CNTとヒドロキシプロプルセルロース(アルドリッチ製、以下HPCと記す)を用いた水溶液(濃度は6.25mg/L)を調製した。
【0067】
実施例1~16、比較例1~4
(センサー素子の作製)
メトロームドロップセンス社製櫛形電極基材(金電極/10μmラインギャップ(対向電極の電極間距離が10μm))/ガラス基板)、及びメトロームドロップセンス社製櫛形電極基材(金電極/5μmラインギャップ(対向電極の電極間距離が5μm)/ガラス基板)をそれぞれ、調製したCNT複合体のクロロホルム溶液に電極部分のみを垂直に浸した後、ゆっくりと引き上げ、ホットプレート上で120℃で5分乾燥することによって、図1に示す構成の素子を作製した。
【0068】
尚、引き上げる速度を変えることで、電極間の半導体型CNTの総長さの量が異なるガスセンサー素子を調製した。
【0069】
(測定)
作製したガスセンサー素子を、図3に示す形状のガラス管内にセットした状態で、空気雰囲気下、室温(25℃)で、所定の濃度になるように調製したアンモニアガスを流してガスセンサー素子に10分間曝した際の、対向電極間の抵抗変化を測定し、シグナル(S:ここでは抵抗変化量)とノイズ(N:ここではベースの抵抗変動量)の比「S/N比」を測定した。結果を表1及び表2に示す。尚、素子をアンモニアガスに曝しても抵抗が変化しない場合は、シグナルが検出できなかったと判断し、(n.d.)と記した。
【0070】
本発明のガスセンサー素子は、室温で、10ppbの濃度でも高感度な応答性を示すことが確認された。
【0071】
【表1】
【0072】
【表2】
【符号の説明】
【0073】
1 基材
2 対向電極
3 CNT領域
20 ガラス管
21 ガスセンサー素子
図1
図2
図3