(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022170855
(43)【公開日】2022-11-11
(54)【発明の名称】アルカン酸化物の製造方法
(51)【国際特許分類】
C07C 29/48 20060101AFI20221104BHJP
B01J 31/30 20060101ALI20221104BHJP
B01J 31/32 20060101ALI20221104BHJP
B01J 31/34 20060101ALI20221104BHJP
B01J 31/28 20060101ALI20221104BHJP
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C07C 47/04 20060101ALI20221104BHJP
C07C 47/06 20060101ALI20221104BHJP
C07C 45/33 20060101ALI20221104BHJP
C07C 53/122 20060101ALI20221104BHJP
C07C 53/02 20060101ALI20221104BHJP
C07C 51/215 20060101ALI20221104BHJP
C07B 61/00 20060101ALN20221104BHJP
【FI】
C07C29/48
B01J31/30 Z
B01J31/32 Z
B01J31/34 Z
B01J31/28 Z
C07C31/10
C07C31/04
C07C31/08
C07C49/08
C07C47/04
C07C47/06
C07C45/33
C07C53/122
C07C53/02
C07C51/215
C07B61/00 300
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021077098
(22)【出願日】2021-04-30
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業「N-ヘテロ環状カルベンを配位子とする酸化活性種の創製と反応場の構築」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100169764
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 雄一郎
(72)【発明者】
【氏名】小島 隆彦
(72)【発明者】
【氏名】シン ボンギ
(72)【発明者】
【氏名】小谷 弘明
(72)【発明者】
【氏名】石塚 智也
【テーマコード(参考)】
4G169
4H006
4H039
【Fターム(参考)】
4G169BC31A
4G169BC31B
4G169BC58A
4G169BC58B
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4G169BE05B
4H006AA02
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4H006BA95
4H006BE02
4H006BS10
4H006FE11
4H039CA60
4H039CA62
4H039CA65
4H039CC30
(57)【要約】
【課題】従来よりも低温の温度環境下、酸素を酸化剤として用いたアルカン酸化物の製造方法を提供する。
【解決手段】含酸素雰囲気下、アルカン、電子吸引基を有するパラベンゾキノン、金属塩及び水を含む反応溶液に光を照射する工程を有し、工程の反応温度は、0℃以上且つ反応溶液の溶媒の沸点未満であり、金属塩が有する金属元素は、Cr,Mn,Fe,Co,Ni,Cuからなる群から選ばれる少なくとも1種であり、光の波長帯域には、パラベンゾキノンの極大吸収波長を含むアルカン酸化物の製造方法。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
含酸素雰囲気下、アルカン、電子吸引基を有するパラベンゾキノン、金属塩及び水を含む反応溶液に光を照射する工程を有し、
前記工程の反応温度は、0℃以上且つ前記反応溶液の溶媒の沸点未満であり、
前記金属塩が有する金属元素は、Cr,Mn,Fe,Co,Ni,Cuからなる群から選ばれる少なくとも1種であり、
前記光の波長帯域には、前記パラベンゾキノンの極大吸収波長を含むアルカン酸化物の製造方法。
【請求項2】
前記反応溶液は、亜硝酸イオンをさらに含む請求項1に記載のアルカン酸化物の製造方法。
【請求項3】
前記パラベンゾキノンは、2,3-ジクロロ-5,6-ジシアノ-p-ベンゾキノン又はテトラクロロ-1,4-ベンゾキノンである請求項1又は2に記載のアルカン酸化物の製造方法。
【請求項4】
前記金属元素は、Cuである請求項1から3のいずれか1項に記載のアルカン酸化物の製造方法。
【請求項5】
前記金属塩は、酢酸銅である請求項4に記載のアルカン酸化物の製造方法。
【請求項6】
前記反応溶液の溶媒はアセトニトリルである請求項1から5のいずれか1項に記載のアルカン酸化物の製造方法。
【請求項7】
前記反応温度は、10℃以上40℃以下である請求項1から6のいずれか1項に記載のアルカン酸化物の製造方法。
【請求項8】
前記アルカンは、メタン、エタン、プロパン及びブタンからなる群から選ばれる少なくとも1種を含む請求項1から7のいずれか1項に記載のアルカン酸化物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルカン酸化物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
石油成分の中でもアルカンは、エネルギー源として有効に利用されている。しかし、アルカンは化学変化し難く、化学反応の原料(反応基質)として利用し難い。また、アルカンの中でも常温常圧で気体のアルカンは、保管や運搬の費用負担が大きい。このような気体のアルカンの中でもメタンは、温室効果ガスとしての側面も有している。
【0003】
そこで従来、アルカンを酸化し、得られる酸化生成物を化学反応の原料に利用する検討がなされている。
【0004】
以下の説明では、アルカンを酸化して得られる酸化生成物を「アルカン酸化物」と称する。アルカン酸化物としては、アルコール、アルデヒド、ケトン、過酸化物が挙げられる。上述の反応により、アルカンの利用用途を広げることができる。
また、常温常圧で気体のアルカンのことを、「ガス状アルカン」と称する。ガス状アルカンとしては、メタン、エタン、プロパン、ブタンが挙げられる。
【0005】
上述の酸化反応によりガス状アルカンを酸化しアルカン酸化物が得られると、利用用途が広がる。また、得られるアルカン酸化物は、常温常圧で液体である化合物が多く、取り扱いが容易となる。
【0006】
一方、アルカン、特にガス状アルカンは、C-H結合解離エネルギーが高く、酸化反応において高温条件又は反応しやすい酸化剤を使用した条件を要するものが多い。そこで近年では、室温付近でアルカンを酸化する技術が報告されている(例えば、特許文献1参照)。また、酸素を酸化剤としてアルカンを酸化する技術が報告されている(例えば、非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】L.D.Pfefferle, J. Am. Chem. Soc. 2020, 142, 17119-17130
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、特許文献1に記載の方法では、酸化剤として反応性が高い過酸化水素を用いている。非特許文献1に記載の方法では、反応温度として100℃を超える高温の条件を要する。例えば室温のような低温の温度環境下で、酸素を酸化剤として用い、アルカンを酸化する技術は実用化されておらず、改善が求められていた。
【0010】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであって、従来よりも低温の温度環境下、酸素を酸化剤として用いたアルカン酸化物の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の課題を解決するため、本発明の一態様は、以下の態様を包含する。
【0012】
[1]含酸素雰囲気下、アルカン、電子吸引基を有するパラベンゾキノン、金属塩及び水を含む反応溶液に光を照射する工程を有し、前記工程の反応温度は、0℃以上且つ前記反応溶液の溶媒の沸点未満であり、前記金属塩が有する金属元素は、Cr,Mn,Fe,Co,Ni,Cuからなる群から選ばれる少なくとも1種であり、前記光の波長帯域には、前記パラベンゾキノンの極大吸収波長を含むアルカン酸化物の製造方法。
【0013】
[2]前記反応溶液は、亜硝酸イオンをさらに含む[1]に記載のアルカン酸化物の製造方法。
【0014】
[3]前記パラベンゾキノンは、2,3-ジクロロ-5,6-ジシアノ-p-ベンゾキノン又はテトラクロロ-1,4-ベンゾキノンである[1]又は[2]に記載のアルカン酸化物の製造方法。
【0015】
[4]前記金属元素は、Cuである[1]から[3]のいずれか1項に記載のアルカン酸化物の製造方法。
【0016】
[5]前記金属塩は、酢酸銅である[4]に記載のアルカン酸化物の製造方法。
【0017】
[6]前記反応溶液の溶媒はアセトニトリルである[1]から[5]のいずれか1項に記載のアルカン酸化物の製造方法。
【0018】
[7]前記反応温度は、10℃以上40℃以下である[1]から[6]のいずれか1項に記載のアルカン酸化物の製造方法。
【0019】
[8]前記アルカンは、メタン、エタン、プロパン及びブタンからなる群から選ばれる少なくとも1種を含む[1]から[7]のいずれか1項に記載のアルカン酸化物の製造方法。
【発明の効果】
【0020】
本願発明によれば、従来よりも低温の温度環境下、酸素を酸化剤として用いたアルカン酸化物の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】
図1は、本実施形態の酸化反応を示す図である。
【
図2】
図2は、実験例2の結果について、金属塩濃度を横軸(単位:mmol/L)、総アルカン酸化物の濃度を縦軸(単位:mmol/L)として示した散布図である。
【
図3】
図3は、実験例3の結果について、DDQ濃度を横軸(単位:mmol/L)、総アルカン酸化物の濃度を縦軸(単位:mmol/L)として示した散布図である。
【
図4】
図4は、実験例4の結果について、亜硝酸ナトリウム濃度を横軸(単位:mmol/L)、総アルカン酸化物の濃度を縦軸(単位:mmol/L)として示した散布図である。
【
図5】
図5は、実験例5の結果について、水の濃度を横軸(単位:mmol/L)、総アルカン酸化物の濃度を縦軸(単位:mmol/L)として示した散布図である。
【
図6】
図6は、実験例6の結果について、照射光の強度を横軸(単位:%)、総アルカン酸化物の濃度を縦軸(単位:mmol/L)として示した散布図である。
【
図7】
図7は、実験例7の結果について、プロパンの圧力を横軸(単位:MPa)、総アルカン酸化物の濃度を縦軸(単位:mmol/L)として示した散布図である。
【
図8】
図8は、実験例8の結果について、反応時間を横軸(単位:時間)、総アルカン酸化物の濃度を縦軸(単位:mmol/L)として示した散布図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本実施形態に係るアルカン酸化物の製造方法は、含酸素雰囲気下、アルカン、電子吸引基を有するパラベンゾキノン、金属塩及び水を含む反応溶液に光を照射する工程を有する。本実施形態のアルカン酸化物の製造方法においては、雰囲気中に含まれる酸素分子が酸化剤として機能する。
【0023】
ここで、本実施形態における「酸化剤」とは、酸化反応により反応基質から奪われた電子を受け取ることで還元され、反応系外に移動させる機能を有する化合物を指す。その意味において、酸素分子は、酸化反応により反応基質から奪われた電子を受け取ることで還元され、水分子の形で電子を反応系外に移動させる。詳しくは後述する。
以下、順に説明する。
【0024】
「含酸素雰囲気」とは、雰囲気中に酸素を含む環境を指す。典型的には大気下である。
【0025】
工程の反応温度は、0℃以上且つ前記反応溶液の溶媒の沸点未満である。反応温度は、室温近傍である方が反応条件を管理しやすく好ましい。ここで「室温」とは25℃を指す。反応温度は、5℃以上であることが好ましく、10℃以上であることがより好ましい。また、反応温度は、50℃以下であることが好ましく、40℃以下であることがより好ましい。
反応温度の上限値と下限値とは、任意に組み合わせることができる。
【0026】
本発明において、反応基質であるアルカンは、大気圧下、室温環境において液体であってもよく、気体であってもよい。本発明のアルカン酸化物の製造方法では、ガス状アルカンも好適に酸化反応させることができる。
【0027】
反応基質であるアルカンは、ガス状アルカンを含んでもよい。すなわち、アルカンはメタン、エタン、プロパン及びブタンからなる群から選ばれる少なくとも1種を含んでもよい。
【0028】
電子吸引基を有するパラベンゾキノンは、酸化反応において酸化触媒として機能する。電子吸引基としては、ハロゲン原子や、シアノ基を挙げることができる。このようなパラベンゾキノンとしては、2,3-ジクロロ-5,6-ジシアノ-p-ベンゾキノン(DDQ)又はテトラクロロ-1,4-ベンゾキノン(クロラニル)が好ましい。
【0029】
なお、電子吸引基を有さないパラベンゾキノン(又はヒドロキノン)を用いると、反応中にヒドロキノンが分解してしまうことを確認している。
【0030】
金属塩が有する金属元素は、第一遷移元素であり、Cr,Mn,Fe,Co,Ni,Cuからなる群から選ばれる少なくとも1種である。金属元素は、Cuが好ましい。これらの金属元素は、レドックス活性を有するため、後述する目的の酸化反応が進行すると考えられる。
【0031】
一方、例えば、金属塩が有する金属元素がレドックス不活性である亜鉛(Zn)の場合、目的の酸化反応が進行すると考えられる。
【0032】
金属塩が有する陰イオンは、後述の溶媒に可溶な金属塩を構成するのであれば特に制限はない。陰イオンの種類としては、構成される金属塩を容易に入手可能であることから、硝酸イオン(NO3
-)、酢酸イオン、過塩素酸イオン(ClO4
-)、硫酸イオン(SO4
2-)が好ましく、酢酸イオンがより好ましい。陰イオンとして、塩化物イオンも使用可能である。
【0033】
金属塩としては、例えば酢酸銅(Cu(OAc)2)が好ましい。
【0034】
なお、用いる金属塩は、水和水を有していてもよい。例えば、上記酢酸銅は、水和水を含むCu(OAc)2・H2Oであってもよい。
【0035】
溶媒は、アルカン、パラベンゾキノン、金属塩及び水を溶解可能であり、且つ酸化反応において相対的に反応基質であるアルカンよりも酸化されにくい極性溶媒である。このような溶媒としては、アセトニトリルを好適に用いることができる。
【0036】
アルカンとしてガス状アルカンを用いる場合、ガス状アルカンは、酸素と共に反応環境の気相中に存在する。溶媒としてアセトニトリルを用いると、気相中のアルカンを好適に溶解し、酸化反応に用いることができる。
【0037】
また、本実施形態の酸化反応を、高圧環境下で行う場合には、溶媒として水を用いることもできる。水は、アルカンと比べて酸化反応を受けにくいため、反応中に溶媒が酸化分解する不具合を抑制できる。
【0038】
また、水に対するアルカンの溶解度が低いため、常圧では反応溶液中に十分なアルカンが溶解し難く、酸化反応が進行しにくい。そのため、溶媒として水を用いる場合には、高圧環境で反応させることにより、気相から溶媒中へのアルカンの溶解を促進し、酸化反応を進行させるとよい。
【0039】
反応溶液に照射する光の波長帯域には、用いるパラベンゾキノンの極大吸収波長を含む。このような波長の光を照射することにより、パラベンゾキノンが照射した光を吸収して励起し、後述するアルカンの酸化反応を進行させることができる。
【0040】
照射する光は、例えば紫外線領域の光をカットした可視光線を採用することができる。このような光は、可視光線を含む光を射出する光源から光を射出し、射出された光を例えば390nm以下の紫外線をカットするUVフィルタを透過させることで調整可能である。
【0041】
反応溶液は、さらに亜硝酸イオン(NO2
-)を含むことが好ましい。亜硝酸イオンは、酸化反応における触媒サイクルに寄与していると考えられる。そのため、反応溶液中に亜硝酸イオンが存在することにより、アルカンの酸化反応を促進することができる。
【0042】
亜硝酸イオンの濃度は、反応溶液にNaNO2等の亜硝酸塩を添加することで制御可能である。
【0043】
図1は、本実施形態の酸化反応を示す図である。
図1では、パラベンゾキノンとしてDDQを用いることとしている。また、
図1においてLで示す配位子(Ligand)は、反応系中に存在する酢酸イオン、亜硝酸イオン等の陰イオン、または金属イオンを水和する水分子を例示することができる。
発明者は、本実施形態におけるアルカンの酸化反応について、以下のように考えている。
【0044】
まず、反応溶液に光を照射すると、DDQが三重項励起状態(3DDQ*)の化学種(酸化活性種)となる(図中、符号(I))。生じた化学種は、高い還元電位(Ered=3.18V vs SCE)を有する。そのため、生じた化学種は、水分子を構成する酸素原子を用いて金属塩を酸化すると考えられる(図中、符号(II))。詳細には、反応系中において、金属塩は水分子の配位を受けアクア錯体(LMn+-OH2)を形成する。生じたアクア錯体は3DDQ*から電子移動酸化される。
【0045】
金属塩-アクア錯体(LMn+-OH2)が酸化されて生じる化学種(酸化活性種:LM(n+2)+=O、又はLM(n+1)+-O・)は、系中のアルカンと反応し、アルカンを酸化する(図中、符号(III))。一方で、化学種が酸素原子をアルカンに供与し、系中の水分子と反応することで、金属塩-アクア錯体が再生する。
【0046】
一方、三重項励起状態のDDQは、金属塩-アクア錯体を酸化することで還元体(DDQH
2)となる(図中、符号(IV))。還元体は、系中の酸素分子(O
2)で酸化され、DDQが再生する。酸素分子は、還元されて水分子となり、反応系外に移動する。酸素分子は、
図1に示す酸化反応において酸化剤として機能する。
【0047】
このとき、系中に亜硝酸イオンが存在すると、亜硝酸イオンが還元されて生じる二酸化窒素がDDQH2を酸化し、DDQに再生する反応を促進する。DDQH2を酸化して生じる一酸化窒素は、系中の酸素で酸化され、二酸化窒素が再生する(図中、符号(V))。酸素分子は、還元されて水分子となり、反応系外に移動する。
【0048】
すなわち、本実施形態におけるアルカンの酸化反応は、金属塩-アクア錯体が酸化されて生じる化学種によるアルカンの酸化サイクルAと、金属塩-アクア錯体を酸化するDDQの再生サイクルBとが寄与していると考えられる。
【0049】
なお、上記反応サイクルの他の化学種も、反応に寄与していると考えられる。アルカン(R-H)から生じるラジカル(R・)と、酸素とが結合することでペルオキシラジカル(ROO・)が生じる。生じたペルオキシラジカルが、DDQの還元体を酸化し、DDQの再生サイクルBを促進しているとも考えられる。反応生成物を分析すると、アルカン酸化物としてアルカンの過酸化物(ROOH)が検出されることから、上記反応も生じていると考えられる。
【0050】
上記触媒反応の制御因子については、以下のように説明できる。
【0051】
(光強度)
上述したように、本願発明において生じる触媒反応は、DDQの光励起がトリガーとなっている。そのため、光照射量が増加するほど、三重項励起状態のDDQが増加し、酸化反応が促進される。
【0052】
(酸素濃度)
上記触媒反応では、酸素分子がDDQの還元体DDQH2の酸化反応に寄与し、DDQを再生していると考えられる。そのため、系中の酸素量が増えると、DDQの再生サイクルBが回りやすくなり、酸化反応が促進されると考えられる。
【0053】
系中の酸素濃度は、気相の酸素の分圧を制御することで制御可能である。
【0054】
(水濃度)
上記触媒反応では、系中の水分子を構成する酸素原子で、アルカンを酸化している。そのため、水分子量が増えると、アルカンの酸化サイクルAが回りやすくなると考えられる。一方で、系中の水が増えすぎると、各化学種と水とが反応し反応を失活させることが考えられる。そのため、系中の水濃度には最適値があると考えられる。
【0055】
系中の水濃度の最適値については、反応条件により異なると考えられる。反応条件に影響を与える因子としては、アルカンの種類、金属塩の種類、金属塩の濃度、パラベンゾキノンの種類、パラベンゾキノンの濃度、光照射量、酸素濃度、亜硝酸イオンの濃度等が挙げられる。そのため、系中の水濃度の最適値については、予め予備実験により決定しておくとよい。
【0056】
(亜硝酸イオン濃度)
上記触媒反応では、系中の亜硝酸イオンがDDQの還元体DDQH2の酸化反応に寄与し、DDQを再生していると考えられる。そのため、系中の亜硝酸イオン量が増えると、DDQの再生サイクルBが回りやすくなる。一方で、系中の亜硝酸イオンが増えすぎると、亜硝酸イオンは光励起する前のDDQを還元する副反応を生じやすく(図中、符号(VI))、アルカンの酸化サイクルAに寄与するDDQが減少するおそれがある。そのため、系中の亜硝酸イオン濃度には最適値があると考えられる。
【0057】
系中の亜硝酸イオン濃度の最適値については、反応条件により異なると考えられる。反応条件に影響を与える因子としては、アルカンの種類、金属塩の種類、金属塩の濃度、パラベンゾキノンの種類、パラベンゾキノンの濃度、光照射量、酸素濃度、水の濃度等が挙げられる。そのため、系中の亜硝酸イオンの濃度の最適値については、予め予備実験により決定しておくとよい。
【0058】
(金属塩濃度)
上記触媒反応では、系中の金属塩-アクア錯体が酸化され、生じる化学種がアルカンを酸化している。そのため、金属塩-アクア錯体の量が増えると、アルカンの酸化サイクルAが回りやすくなる。一方で、系中の金属塩-アクア錯体が増えすぎると、DDQに対して相対的に金属塩が多すぎるため、アルカンの酸化サイクルAにおいて「LM(n+1)+-OH」で反応が止まってしまう金属イオン種が増えると考えられる。その結果、アルカンの酸化サイクルAが回りにくくなり、反応を失活させることが考えられる。そのため、系中の金属塩-アクア錯体の濃度には最適値があると考えられる。
【0059】
系中の金属塩-アクア錯体の濃度の最適値については、反応条件により異なると考えられる。反応条件に影響を与える因子としては、アルカンの種類、パラベンゾキノンの種類、パラベンゾキノンの濃度、光照射量、酸素濃度、水の濃度、亜硝酸イオンの濃度等が挙げられる。そのため、系中の金属塩の濃度の最適値については、予め予備実験により決定しておくとよい。
【0060】
(パラベンゾキノン濃度)
上記触媒反応では、系中のパラベンゾキノンが励起して生じる三重項励起状態の化学種が、金属塩-アクア錯体を酸化することでアルカンの酸化サイクルAを回している。そのため、パラベンゾキノンの量が増えると、アルカンの酸化サイクルAが回りやすくなる。一方で、系中のパラベンゾキノンは、アルカンを直接酸化する化合物ではないことから、反応に寄与する量の飽和量がある。そのため、系中のパラベンゾキノンの濃度には最適値があると考えられる。
【0061】
系中のパラベンゾキノンの濃度の最適値については、反応条件により異なると考えられる。反応条件に影響を与える因子としては、アルカンの種類、金属塩の種類、金属塩の濃度、光照射量、酸素濃度、水の濃度、亜硝酸イオンの濃度等が挙げられる。そのため、系中の金属塩の濃度の最適値については、予め予備実験により決定しておくとよい。
【0062】
パラベンゾキノンの濃度(モル濃度)は、金属塩の濃度(モル濃度)に対して、0.5倍以上が好ましく、1倍以上がより好ましく、1.5倍以上がさらに好ましい。また、パラベンゾキノンの濃度(モル濃度)は、金属塩の濃度(モル濃度)に対して、10倍以下が好ましく、5倍以下がより好ましく、3倍以下がさらに好ましい。濃度比の上限値と下限値とは任意に組み合わせることができる。
【0063】
理想的には、パラベンゾキノンの濃度(モル濃度)は、金属塩の濃度(モル濃度)に対して2倍であるとよい。
【0064】
以上のようにして設定した反応条件において、反応系中にアルカンを入れ光を照射することで本実施形態のアルカン酸化物の製造方法を実施することができる。
【0065】
反応容器は、照射する光を透過可能であるものを用いるとよい。反応容器は、容器全体が光を透過可能であってもよく、一部に採光窓を有する容器であってもよい。
【0066】
また、反応容器自体は遮光性を有し、反応容器の内部に上述した波長の光を照射する光源が配置され、容器の内部空間に光照射可能である構成であってもよい。
【0067】
反応容器は、高圧反応容器であってもよい。このような反応容器を用いると、気相に大気圧以上の空気やガス状アルカンを仕込むことが可能となり、反応を促進させることが可能となる。
【0068】
以上のような構成のアルカン酸化物の製造方法によれば、従来よりも低温の温度環境下、酸素を酸化剤として用いたアルカン酸化物の製造方法を提供することができる。
【0069】
以上、添付図面を参照しながら本発明に係る好適な実施の形態例について説明したが、本発明は係る例に限定されない。上述した例において示した各構成部材の諸形状や組み合わせ等は一例であって、本発明の主旨から逸脱しない範囲において設計、仕様等に基づき種々変更可能である。
【実施例0070】
以下に本発明を実施例により説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0071】
本実施例において、酸化生成物は核磁気共鳴装置(Bruker社、AVANCEIII、400MHz)を用いて1H-NMRを測定し、同定と定量とを行った。
【0072】
(実験例1)金属塩の種類
[実験例1-1]
大気下において、CD3CNに金属塩(0.2mmol/L)、DDQ(1.0mmol/L)、亜硝酸ナトリウム(1.0mmol/L)、H2O(1mol/L)を溶解し、得られた反応容器を光透過性の耐圧反応容器に仕込んだ。金属塩として、Cu(OAc)2・H2Oを用いた。
【0073】
さらに、反応容器に付属の圧力計において、0.7MPa(ゲージ圧力)となるまでガス状のプロパンを仕込んだ。反応容器の気相は空気である。
【0074】
反応液を撹拌しながら、390nm以下をカットする紫外線フィルタを介して、白色LED光源(ハヤシレピック株式会社製、ルミナーエース LA-HDF8010)から射出された光(出力70%)を反応液に照射した。フィルタを透過する前の光の出力は、24.43W、フィルタを透過した後の光の出力は、22.42Wであった。室温(25℃)で光照射を1時間続け、アルカン(プロパン)の酸化反応を行った。
【0075】
光照射の後、反応液の1H-NMRを測定し、反応に含まれる酸化生成物の同定と定量を行った。定量は、ベンゾニトリルを内部標準とした内部標準法にて求めた。
【0076】
また、下記式により触媒回転数(TON)を求めた。
触媒回転数(TON)=アルカン酸化物(mol)/金属塩(mol)
【0077】
[実験例1-2]~[実験例1-7]
用いる金属塩を、下記表1に記載の通りに変更したこと以外は、実験例1-1と同様にしてアルカンの酸化反応を行った。
【0078】
酸化生成物の種類と、TONの結果とを表1に示す。実験例1-1~1-7は実施例である。
【0079】
表1中、(1)~(6)は生成物の種類を示す。酸化生成物は、それぞれ下記のとおりである。
(1)2-プロパノール
(2)アセトン
(3)2-プロピルハイドロパーオキサイド
(4)1-プロパノール
(5)プロパナール(プロピオン酸)
(6)1-プロピルハイドロパーオキサイド
【0080】
【0081】
評価の結果、いずれの金属塩においても、室温化で光照射することでアルカンの酸化反応が進行した。中でも、酢酸銅を用いた実験例1-1は、触媒回転数が高く、反応効率が高いことが分かった。
【0082】
(実験例2)金属塩の濃度
[実験例2-1]~[実験例2-12]
金属塩として酢酸銅を用い、金属塩の濃度を下記表2に記載の通りに変更したこと以外は、実験例1-1と同様にしてアルカンの酸化反応を行った。
【0083】
酸化生成物の種類と、TONの結果とを表2に示す。また、
図2は、実験例2の結果について、金属塩濃度を横軸(単位:mmol/L)、総アルカン酸化物の濃度を縦軸(単位:mmol/L)として示した散布図である。
【0084】
実験例2-2~2-12は実施例である。金属塩を用いていない実験例2-1は、比較例である。
【0085】
表2中、(1)~(6)で示す生成物の種類は、表1と同様である。表中でカッコ内に示す数値は、各生成物の濃度(単位:mmol/L)を示す。
【0086】
【0087】
評価の結果、実験例2-5においてアルカン酸化物の生成量(濃度)が最大となり、酢酸銅の濃度を減らしても増やしてもアルカン酸化物の生成量(濃度)は減少した。金属塩の濃度について、最適値があることが分かった。
【0088】
上述のような実験は、金属塩の濃度を決定する予備実験として実施することができる。
【0089】
(実験例3)パラベンゾキノンの濃度
[実験例3-1]~[実験例3-9]
硝酸銅の濃度を0.5mmol/Lとしたこと、及びパラベンゾキノンとしてDDQを用い、DDQの濃度を下記表3に記載の通りに変更したこと以外は、実験例1-1と同様にしてアルカンの酸化反応を行った。
【0090】
酸化生成物の種類と、TONの結果とを表3に示す。また、
図3は、実験例3の結果について、DDQ濃度を横軸(単位:mmol/L)、総アルカン酸化物の濃度を縦軸(単位:mmol/L)として示した散布図である。
【0091】
実験例3-2~3-9は実施例である。DDQを用いていない実験例3-1は、比較例である。
【0092】
表3中、(1)~(6)で示す生成物の種類は、表1と同様である。表中でカッコ内に示す数値は、各生成物の濃度(単位:mmol/L)を示す。
【0093】
【0094】
評価の結果、実験例3-1~3-5までDDQ濃度を増加させるとアルカン酸化物の生成量(濃度)は増加傾向であり、実施例3-6以降はDDQ濃度を増加させてもアルカン酸化物の生成量(濃度)に大きな変化はなかった。DDQの濃度について、最適値があることが分かった。
【0095】
上述のような実験は、DDQの濃度を決定する予備実験として実施することができる。
【0096】
(実験例4)亜硝酸塩の濃度
[実験例4-1]~[実験例4-8]
硝酸銅の濃度を0.5mmol/Lとしたこと、及び亜硝酸塩として亜硝酸ナトリウムを用い、亜硝酸ナトリウムの濃度を変更したこと以外は、実験例1-1と同様にしてアルカンの酸化反応を行った。実験例4-1~4-8はいずれも実施例である。
【0097】
図4は、実験例4の結果について、亜硝酸ナトリウム濃度を横軸(単位:mmol/L)、総アルカン酸化物の濃度を縦軸(単位:mmol/L)として示した散布図である。
【0098】
評価の結果、亜硝酸ナトリウム濃度2.0mmol/Lでアルカン酸化物の生成量(濃度)が最大となり、亜硝酸ナトリウムの濃度を減らしても増やしてもアルカン酸化物の生成量(濃度)は減少した。亜硝酸ナトリウムの濃度について、最適値があることが分かった。
【0099】
上述のような実験は、亜硝酸ナトリウムの濃度を決定する予備実験として実施することができる。
【0100】
(実験例5)水の濃度
硝酸銅の濃度を0.5mmol/Lとしたこと、及び水の濃度を変更したこと以外は、実験例1-1と同様にしてアルカンの酸化反応を行った。実験例5-1~5-7はいずれも実施例である。
【0101】
図5は、実験例5の結果について、水の濃度を横軸(単位:mmol/L)、総アルカン酸化物の濃度を縦軸(単位:mmol/L)として示した散布図である。
【0102】
評価の結果、水の濃度0.5mol/Lでアルカン酸化物の生成量(濃度)が最大となり、水の濃度を減らしても増やしてもアルカン酸化物の生成量(濃度)は減少した。水の濃度について、最適値があることが分かった。
【0103】
上述のような実験は、水の濃度を決定する予備実験として実施することができる。
【0104】
(実験例6)光強度
硝酸銅の濃度を0.5mmol/Lとしたこと、及び光強度を変更したこと以外は、実験例1-1と同様にしてアルカンの酸化反応を行った。
【0105】
図6は、実験例6の結果について、照射光の強度を横軸(単位:%)、総アルカン酸化物の濃度を縦軸(単位:mmol/L)として示した散布図である。
【0106】
評価の結果、光強度と酸化生成物の総量とは線形で対応し、光強度を増やすと酸化生成物の量が増える関係にあることが分かった。
【0107】
(実験例7)アルカン濃度
硝酸銅の濃度を0.5mmol/Lとしたこと、及び反応容器に注入するプロパンのゲージ圧力を変更したこと以外は、実験例1-1と同様にしてアルカンの酸化反応を行った。
【0108】
図7は、実験例7の結果について、プロパンの圧力を横軸(単位:MPa)、総アルカン酸化物の濃度を縦軸(単位:mmol/L)として示した散布図である。
【0109】
評価の結果、プロパンの圧力と酸化生成物の総量とは線形で対応し、プロパンの圧力を高めると酸化生成物の量が増える関係にあることが分かった。反応容器内のプロパン圧力を高めると、反応溶液に溶け込むプロパンの量(濃度)も増加することから、反応系中のアルカン濃度が増加すると酸化生成物の量が増える関係にあることが分かった。
【0110】
(実験例8)反応時間
硝酸銅の濃度を0.5mmol/Lとしたこと、及び反応時間(光照射時間)を変更したこと以外は、実験例1-1と同様にしてアルカンの酸化反応を行った。
【0111】
図8は、実験例8の結果について、反応時間を横軸(単位:時間)、総アルカン酸化物の濃度を縦軸(単位:mmol/L)として示した散布図である。
【0112】
評価の結果、反応時間が長くなると酸化生成物の量が増える関係にあることが分かった。
【0113】
(実験例9)メタン、エタンの反応
[実験例9-1]
大気下において、CD3CNにCu(OAc)2・H2O(0.5mmol/L)、DDQ(1.0mmol/L)、亜硝酸ナトリウム(2.0mmol/L)、H2O(0.5mol/L)を溶解し、得られた反応容器を光透過性の耐圧反応容器に仕込んだ。
【0114】
さらに、反応容器に付属の圧力計において、0.95MPa(ゲージ圧力)となるまでガス状のエタンを仕込んだ。反応容器の気相は空気である。
【0115】
反応液を撹拌しながら、390nm以下をカットする紫外線フィルタを介して、白色LED光源(ハヤシレピック株式会社製、ルミナーエース LA-HDF8010)から射出された光(出力70%)を反応液に照射した。フィルタを透過する前の光の出力は、24.43W、フィルタを透過した後の光の出力は、22.42Wであった。室温(25℃)で光照射を15時間続け、アルカン(エタン)の酸化反応を行った。
【0116】
光照射の後、反応液の1H-NMRを測定し、反応に含まれる酸化生成物の同定と定量とを行った。定量は、ベンゾニトリルを内部標準とした内部標準法にて求めた。
【0117】
[実験例9-2]
Cu(OAc)2・H2Oの濃度を0.05mmol/Lとしたこと以外は、実験例9-1と同様にして、アルカンの酸化反応を行った。
【0118】
[実験例9-3]
アルカンとしてメタンを用いたこと以外は、実験例9-1と同様にして、アルカンの酸化反応を行った。
【0119】
[実験例9-4]
アルカンとしてメタンを用いたこと以外は、実験例9-2と同様にして、アルカンの酸化反応を行った。
【0120】
酸化生成物の種類と、TONの結果とを表4,5に示す。表中でカッコ内に示す数値は、各生成物の濃度(単位:mmol/L)を示す。
【0121】
【0122】
【0123】
評価の結果、本発明のアルカン酸化物の製造方法を用いると、メタン、エタンのように高いC-H結合解離エネルギーを有するガス状のアルカンであっても酸化し、酸化生成物が得られることが確認できた。
【0124】
実験例4の結果を踏まえれば、メタンよりもC-H結合解離エネルギーが小さいアルカン、例えばガス状アルカンであるブタンや、液状アルカンであるヘキサン等を反応基質に用いても、本発明のアルカン酸化物の製造方法によりアルカン酸化物が得られると思われる。
【0125】
以上より、本発明が有用であることが分かった。