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  • 特開-被覆切削工具 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022170884
(43)【公開日】2022-11-11
(54)【発明の名称】被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20221104BHJP
   C23C 16/34 20060101ALI20221104BHJP
   C23C 16/40 20060101ALI20221104BHJP
【FI】
B23B27/14 A
C23C16/34
C23C16/40
【審査請求】有
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021077156
(22)【出願日】2021-04-30
(71)【出願人】
【識別番号】000221144
【氏名又は名称】株式会社タンガロイ
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】範 滄宇
【テーマコード(参考)】
3C046
4K030
【Fターム(参考)】
3C046FF03
3C046FF10
3C046FF13
3C046FF16
3C046FF22
3C046FF25
3C046FF27
4K030AA03
4K030AA13
4K030AA14
4K030AA17
4K030BA38
4K030BA43
4K030BB13
4K030CA03
4K030CA11
4K030DA03
4K030FA10
4K030JA01
4K030LA22
(57)【要約】      (修正有)
【課題】本発明は、優れた耐摩耗性及び耐欠損性を有することによって工具寿命を延長することができる被覆切削工具を提供する。
【解決手段】基材1と、基材1の表面に形成された被覆層4とを備え、被覆層4が、基材1側から被覆層4の表面側に向かって、下部層2及び上部層3をこの順で含み、下部層2の表面に上部層3が形成されており、下部層が、(AlxTi1-x)Nで表される組成を有する化合物を含有し、下部層2の平均厚さが、1.0μm以上15.0μm以下であり、上部層3が、α型Al23からなるα型Al23層を含有し、上部層3の平均厚さが、0.5μm以上15.0μm以下であり、α型Al23層において、(1,1,6)面の組織係数TC(1,1,6)が、2.0以上6.0以下である、被覆切削工具。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、該基材の表面に形成された被覆層とを備え、
前記被覆層が、前記基材側から前記被覆層の表面側に向かって、下部層及び上部層をこの順で含み、前記下部層の表面に前記上部層が形成されており、
前記下部層が、下記式(1)で表される組成を有する化合物を含有し、
(AlxTi1-x)N・・・(1)
[式(1)中、xはAl元素とTi元素との合計に対するAl元素の原子比を表し、0.70≦x≦0.90を満足する。]、
前記下部層の平均厚さが、1.0μm以上15.0μm以下であり、
前記上部層が、α型Al23からなるα型Al23層を含有し、
前記上部層の平均厚さが、0.5μm以上15.0μm以下であり、
前記α型Al23層において、下記式(2)で表される(1,1,6)面の組織係数TC(1,1,6)が、2.0以上6.0以下である、被覆切削工具。
【数1】
(式(2)中、I(h,k,l)は、α型Al23層のX線回折における(h,k,l)面のピーク強度を示し、I0(h,k,l)は、α型Al23のJCPDSカード番号10-0173における(h,k,l)面の標準回折強度を示し、(h,k,l)は、(0,1,2)、(1,0,4)、(1,1,3)、(0,2,4)、(1,1,6)、(1,2,4)、(3,0,0)、(0,0,12)及び(0,2,10)の9つの結晶面を指す。)
【請求項2】
前記α型Al23層において、下記式(3)で表される(0,2,10)面の組織係数TC(0,2,10)が、1.0以上3.0以下である、請求項1に記載の被覆切削工具。
【数2】
(式(3)中、I(h,k,l)は、α型Al23層のX線回折における(h,k,l)面のピーク強度を示し、I0(h,k,l)は、α型Al23のJCPDSカード番号10-0173における(h,k,l)面の標準回折強度を示し、(h,k,l)は、(0,1,2)、(1,0,4)、(1,1,3)、(0,2,4)、(1,1,6)、(1,2,4)、(3,0,0)、(0,0,12)及び(0,2,10)の9つの結晶面を指す。)
【請求項3】
前記α型Al23層において、下記式(4)で表される(0,0,12)面の組織係数TC(0,0,12)が、1.0以上4.0以下である、請求項1又は2に記載の被覆切削工具。
【数3】
(式(4)中、I(h,k,l)は、α型Al23層のX線回折における(h,k,l)面のピーク強度を示し、I0(h,k,l)は、α型Al23のJCPDSカード番号10-0173における(h,k,l)面の標準回折強度を示し、(h,k,l)は、(0,1,2)、(1,0,4)、(1,1,3)、(0,2,4)、(1,1,6)、(1,2,4)、(3,0,0)、(0,0,12)及び(0,2,10)の9つの結晶面を指す。)
【請求項4】
前記α型Al23層において、前記組織係数TC(1,1,6)、下記式(3)で表される(0,2,10)面の組織係数TC(0,2,10)、及び、下記式(4)で表される(0,0,12)面の組織係数TC(0,0,12)の合計が、5.0以上8.5以下である、請求項1~3のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【数4】
(式(3)及び(4)中、I(h,k,l)は、α型Al23層のX線回折における(h,k,l)面のピーク強度を示し、I0(h,k,l)は、α型Al23のJCPDSカード番号10-0173における(h,k,l)面の標準回折強度を示し、(h,k,l)は、(0,1,2)、(1,0,4)、(1,1,3)、(0,2,4)、(1,1,6)、(1,2,4)、(3,0,0)、(0,0,12)及び(0,2,10)の9つの結晶面を指す。)
【請求項5】
前記α型Al23層の粒子の平均粒径が、0.2μm以上0.5μm以下である、請求項1~4のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項6】
前記被覆層全体の平均厚さが、2.0μm以上20.0μm以下である、請求項1~5のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項7】
前記基材が、超硬合金、サーメット、セラミックス又は立方晶窒化硼素焼結体のいずれかである、請求項1~6のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被覆切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、超硬合金からなる基材の表面に化学蒸着法により3~20μmの総膜厚で被覆層を蒸着形成してなる被覆切削工具が、鋼や鋳鉄等の切削加工に用いられていることは、よく知られている。被覆層としては、例えば、Tiの炭化物、窒化物、炭窒化物、炭酸化物及び炭窒酸化物並びに酸化アルミニウム(Al23)からなる群より選ばれる1種の単層又は2種以上の複層からなる被覆層が知られている。
【0003】
また、超硬合金あるいは立方晶窒化ホウ素焼結体からなる基材の表面に物理蒸着法により、Ti-Al系の複合窒化物層を蒸着形成してなる被覆切削工具が知られており、これらは、優れた耐摩耗性を発揮することが知られている。しかしながら、従来のTi-Al系の複合窒化物層を物理蒸着法により形成してなる被覆切削工具は、比較的耐摩耗性に優れるものの、高速で、且つ、断続的に負荷がかかる加工の切削条件で用いた場合に亀裂が発生しやすいことから、被覆層の改善についての種々の提案がなされている。
【0004】
例えば、特許文献1には、硬質材料で被覆され、CVDによって塗布された複数の層を有する物体であって、Ti1-xAlxN層及び/又はTi1-xAlxC層及び/又はTi1-xAlxCN層(各式中、0.7≦x≦0.9である)の上にAl23層が外層として配置され、TiN層及び/又はTiCN層は、超硬合金、サーメット、又はセラミックからなる基体本体に対する接合層であり、Ti1-xAlxN層及び/又はTi1-xAlxCN層が六方晶AlNを含有し、六方晶AlNが25%以下で存在する、硬質材料で被覆された物体が開示されている。
【0005】
例えば、特許文献2には、基材及びコーティングを含むコーティング付き切削工具であって、コーティングが、厚さ4~14μmのTi1-xAlxNの内層、0.05~1μmのTiCNの中間層、及び1~9μmのα-Al23の少なくとも1つの外層を含み、前記α-Al23層が、CuKα線及びシータ-2シータスキャンを使用して測定した場合にX線回折パターンを示し、テクスチャー係数TC(h,k,l)がHarris式
【数1】
[式中、使用される(h,k,l)反射は(0,2,4)、(1,1,6)、(3,0,0)、及び(0,0,12)であり、I(h,k,l)=(h,k,l)反射の測定される強度(ピーク強度)、I0(h,k,l)=ICDDのPDFカードNo.00-042-1468による標準強度、n=計算に使用される反射の数である]にしたがって定義され、3<TC(0,0,12)<4であることを特徴とするコーティング付き切削工具が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特表2011-516722号公報
【特許文献2】特表2020-506811号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近年の切削加工における省力化及び省エネ化の要求は強く、これに伴い、切削加工は一段と高速化及び高効率化の傾向にある。そのため、被覆切削工具には、より一層、耐摩耗性が求められるとともに、長期の使用に亘って優れた耐チッピング性及び耐欠損性が求められている。
特許文献1には、硬質材料で被覆された物体がAl23層を有することが開示されているが、Al23層の特性に関しては、一切考慮されていない。そのため、特許文献1に記載の硬質材料で被覆された物体は、耐摩耗性や耐欠損性が不十分であり、改善の余地がある。
特許文献2に記載のコーティング付き切削工具は、(0,0,12)面に配向したα-Al23層を含むので、耐クレータ摩耗性は向上している。しかしながら、(0,0,12)面に配向したα-Al23層は、内層のTiAlN層との密着性が不十分な場合がある。このため、特許文献2に記載のコーティング付き切削工具は、粒子脱落に起因したチッピングが生じる場合があり、耐欠損性が不十分であり、改善の余地がある。
【0008】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、優れた耐摩耗性及び耐欠損性を有することによって工具寿命を延長することができる被覆切削工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上述の観点から、被覆切削工具の工具寿命の延長について研究を重ねた。その結果、被覆切削工具の被覆層として、特定の組成の化合物層を含有する下部層と、α型Al23層を含有する上部層とをこの順で含み、α型Al23層における(1,1,6)面の組織係数TC(1,1,6)を特定の範囲に制御とすることで、耐クレータ摩耗性に優れるだけでなく、密着性が向上するため特に耐欠損性に優れ、その結果、被覆切削工具の工具寿命を延長できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明の要旨は以下の通りである。
[1]
基材と、該基材の表面に形成された被覆層とを備え、
前記被覆層が、前記基材側から前記被覆層の表面側に向かって、下部層及び上部層をこの順で含み、前記下部層の表面に前記上部層が形成されており、
前記下部層が、下記式(1)で表される組成を有する化合物を含有し、
(AlxTi1-x)N・・・(1)
[式(1)中、xはAl元素とTi元素との合計に対するAl元素の原子比を表し、0.70≦x≦0.90を満足する。]、
前記下部層の平均厚さが、1.0μm以上15.0μm以下であり、
前記上部層が、α型Al23からなるα型Al23層を含有し、
前記上部層の平均厚さが、0.5μm以上15.0μm以下であり、
前記α型Al23層において、下記式(2)で表される(1,1,6)面の組織係数TC(1,1,6)が、2.0以上6.0以下である、被覆切削工具。
【数2】
(式(2)中、I(h,k,l)は、α型Al23層のX線回折における(h,k,l)面のピーク強度を示し、I0(h,k,l)は、α型Al23のJCPDSカード番号10-0173における(h,k,l)面の標準回折強度を示し、(h,k,l)は、(0,1,2)、(1,0,4)、(1,1,3)、(0,2,4)、(1,1,6)、(1,2,4)、(3,0,0)、(0,0,12)及び(0,2,10)の9つの結晶面を指す。)
[2]
前記α型Al23層において、下記式(3)で表される(0,2,10)面の組織係数TC(0,2,10)が、1.0以上3.0以下である、[1]に記載の被覆切削工具。
【数3】
(式(3)中、I(h,k,l)は、α型Al23層のX線回折における(h,k,l)面のピーク強度を示し、I0(h,k,l)は、α型Al23のJCPDSカード番号10-0173における(h,k,l)面の標準回折強度を示し、(h,k,l)は、(0,1,2)、(1,0,4)、(1,1,3)、(0,2,4)、(1,1,6)、(1,2,4)、(3,0,0)、(0,0,12)及び(0,2,10)の9つの結晶面を指す。)
[3]
前記α型Al23層において、下記式(4)で表される(0,0,12)面の組織係数TC(0,0,12)が、1.0以上4.0以下である、[1]又は[2]に記載の被覆切削工具。
【数4】
(式(4)中、I(h,k,l)は、α型Al23層のX線回折における(h,k,l)面のピーク強度を示し、I0(h,k,l)は、α型Al23のJCPDSカード番号10-0173における(h,k,l)面の標準回折強度を示し、(h,k,l)は、(0,1,2)、(1,0,4)、(1,1,3)、(0,2,4)、(1,1,6)、(1,2,4)、(3,0,0)、(0,0,12)及び(0,2,10)の9つの結晶面を指す。)
[4]
前記α型Al23層において、前記組織係数TC(1,1,6)、下記式(3)で表される(0,2,10)面の組織係数TC(0,2,10)、及び、下記式(4)で表される(0,0,12)面の組織係数TC(0,0,12)の合計が、5.0以上8.5以下である、[1]~[3]のいずれかに記載の被覆切削工具。
【数5】
(式(3)及び(4)中、I(h,k,l)は、α型Al23層のX線回折における(h,k,l)面のピーク強度を示し、I0(h,k,l)は、α型Al23のJCPDSカード番号10-0173における(h,k,l)面の標準回折強度を示し、(h,k,l)は、(0,1,2)、(1,0,4)、(1,1,3)、(0,2,4)、(1,1,6)、(1,2,4)、(3,0,0)、(0,0,12)及び(0,2,10)の9つの結晶面を指す。)
[5]
前記α型Al23層の粒子の平均粒径が、0.2μm以上0.5μm以下である、[1]~[4]のいずれか記載の被覆切削工具。
[6]
前記被覆層全体の平均厚さが、2.0μm以上20.0μm以下である、[1]~[5]のいずれかに記載の被覆切削工具。
[7]
前記基材が、超硬合金、サーメット、セラミックス又は立方晶窒化硼素焼結体のいずれかである、[1]~[6]のいずれかに記載の被覆切削工具。
【発明の効果】
【0011】
本発明によると、優れた耐摩耗性及び耐欠損性を有することによって、工具寿命を延長することができる被覆切削工具を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の被覆切削工具の一例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、必要に応じて図面を参照しつつ、本発明を実施するための形態(以下、単に「本実施形態」という。)について詳細に説明するが、本発明は下記本実施形態に限定されるものではない。本発明は、その要旨を逸脱しない範囲で様々な変形が可能である。なお、図面中、上下左右等の位置関係は、特に断らない限り、図面に示す位置関係に基づくものとする。更に、図面の寸法比率は図示の比率に限られるものではない。
【0014】
本実施形態の被覆切削工具は、基材と、該基材の表面に形成された被覆層とを備え、被覆層が、基材側から被覆層の表面側に向かって、下部層及び上部層をこの順で含み、下部層の表面に上部層が形成されており、下部層が、下記式(1)で表される組成を有する化合物を含有し、
(AlxTi1-x)N・・・(1)
[式(1)中、xはAl元素とTi元素との合計に対するAl元素の原子比を表し、0.70≦x≦0.90を満足する。]、
下部層の平均厚さが、1.0μm以上15.0μm以下であり、上部層が、α型Al23からなるα型Al23層を含有し、上部層の平均厚さが、0.5μm以上15.0μm以下であり、α型Al23層において、下記式(2)で表される(1,1,6)面の組織係数TC(1,1,6)が、2.0以上6.0以下である。
【数6】
(式(2)中、I(h,k,l)は、α型Al23層のX線回折における(h,k,l)面のピーク強度を示し、I0(h,k,l)は、α型Al23のJCPDSカード番号10-0173における(h,k,l)面の標準回折強度を示し、(h,k,l)は、(0,1,2)、(1,0,4)、(1,1,3)、(0,2,4)、(1,1,6)、(1,2,4)、(3,0,0)、(0,0,12)及び(0,2,10)の9つの結晶面を指す。)
【0015】
本実施形態の被覆切削工具は、上記の構成を備えることにより、耐摩耗性及び耐欠損性を向上させることができ、その結果、工具寿命を延長することができる。本実施形態の被覆切削工具の耐摩耗性及び耐欠損性が向上する要因は、以下のように考えられる。ただし、本発明は、以下の要因により何ら限定されない。すなわち、まず、本実施形態の被覆切削工具は、被覆層が、基材側から被覆層の表面側に向かって、下部層及び上部層をこの順で含み、下部層の表面に上部層が形成されており、下部層が上記式(1)で表される組成を有する化合物を含有する。被覆層は、上記式(1)におけるAl元素の原子比xが、0.70以上であると、固溶強化により、硬さが向上するため、耐摩耗性が向上し、また、Al含有量が高くなることにより、耐酸化性が向上する。この結果、本実施形態の被覆切削工具は、耐クレータ摩耗が向上するため、切れ刃の強度低下を抑制することにより、耐欠損性が向上する。また、被覆層は、上記式(1)におけるAl元素の原子比xが0.90以下であると、Tiを含有することによる靭性が向上するので、サーマルクラックの発生を抑制することができる。この結果、本実施形態の被覆切削工具は、耐欠損性が向上する。また、本実施形態の被覆切削工具は、下部層の平均厚さが1.0μm以上であることにより、耐摩耗性が向上する。一方、本実施形態の被覆切削工具は、下部層の平均厚さが15.0μm以下であることにより、基材(例えば、超硬合金)との密着性が向上し、サーマルクラックの発生を抑制することができ、耐欠損性が向上する。また、本実施形態の被覆切削工具は、上部層がα型Al23からなるα型Al23層を含有することにより、硬くなるため、耐摩耗性が向上する。また、上部層の平均厚さが、0.5μm以上であると、被覆切削工具の耐クレータ摩耗が向上する。一方、上部層の平均厚さが、15.0μm以下であると、粒径の粗大化を抑制することができるため、チッピングを要因とする欠損の発生を抑制することができる。その結果、本実施形態の被覆切削工具は耐欠損性が向上する。また、本実施形態の被覆切削工具は、α型Al23層において、(1,1,6)面の組織係数TC(1,1,6)が、2.0以上であることにより、密着性が向上するため、耐欠損性に優れる。一方、本実施形態の被覆切削工具は、α型Al23層において、(1,1,6)面の組織係数TC(1,1,6)が、6.0以下であると、相対的に(0,0,12)面又は(0,2,10)面の組織係数TCの割合が大きくなるため、耐クレータ摩耗性が向上する。
そして、これらの構成が組み合わされることにより、本実施形態の被覆切削工具は、耐摩耗性及び耐欠損性が向上し、その結果、工具寿命を延長することができるものと考えられる。
【0016】
図1は、本実施形態の被覆切削工具の一例を示す断面模式図である。被覆切削工具5は、基材1と、基材1の表面に形成された被覆層4とを備え、被覆層4には、下部層2、上部層3がこの順序で上方向(基材側から被覆層の表面側)に積層されている。
【0017】
本実施形態の被覆切削工具は、基材とその基材の表面に形成された被覆層とを備える。被覆切削工具の種類として、具体的には、フライス加工用若しくは旋削加工用刃先交換型切削インサート、ドリル及びエンドミルを挙げることができる。
【0018】
本実施形態に用いる基材は、被覆切削工具の基材として用いられ得るものであれば、特に限定されない。そのような基材として、例えば、超硬合金、サーメット、セラミックス、立方晶窒化硼素焼結体、ダイヤモンド焼結体及び高速度鋼を挙げることができる。それらの中でも、基材が、超硬合金、サーメット、セラミックス又は立方晶窒化硼素焼結体のいずれかであると、耐摩耗性及び耐欠損性に更に優れるので好ましく、同様の観点から、基材が超硬合金であるとより好ましい。
【0019】
なお、基材は、その表面が改質されたものであってもよい。例えば、基材が超硬合金からなるものである場合、その表面に脱β層が形成されてもよい。また、基材がサーメットからなるものである場合、その表面に硬化層が形成されてもよい。これらのように基材の表面が改質されていても、本発明の作用効果は奏される。
【0020】
本実施形態に用いる被覆層は、その平均厚さが、2.0μm以上20.0μm以下であることが好ましく、これにより耐摩耗性が向上する。本実施形態の被覆切削工具は、被覆層全体の平均厚さが2.0μm以上であると、耐摩耗性が向上し、被覆層全体の平均厚さが20.0μm以下であると、被覆層の剥離が抑制されることに主に起因して耐欠損性が向上する。同様の観点から、本実施形態に用いる被覆層の平均厚さは、3.0μm以上19.5μm以下であることがより好ましく、4.0μm以上19.1μm以下であることがさらに好ましい。
なお、本実施形態の被覆切削工具における各層及び被覆層全体の平均厚さは、各層又は被覆層全体における3箇所以上の断面から、各層の厚さ又は被覆層全体の厚さを測定して、その相加平均値を計算する。
【0021】
[下部層]
本実施形態に用いる下部層は、下記式(1)で表される組成を有する化合物を含有する。
(AlxTi1-x)N・・・(1)
[式(1)中、xはAl元素とTi元素との合計に対するAl元素の原子比を表し、0.70≦x≦0.90を満足する。]
本実施形態の被覆切削工具は、基材と上部層との間に、このような下部層を備えると、耐摩耗性及び密着性が向上する。
【0022】
被覆層は、上記式(1)におけるAl元素の原子比xが、0.70以上であると、固溶強化により、硬さが向上するため、耐摩耗性が向上し、また、Al含有量が高くなることにより、耐酸化性が向上する。この結果、本実施形態の被覆切削工具は、耐クレータ摩耗が向上するため、切れ刃の強度低下を抑制することにより、耐欠損性が向上する。また、被覆層は、上記式(1)におけるAl元素の原子比xが0.90以下であると、Tiを含有することによる靭性が向上するので、サーマルクラックの発生を抑制することができる。この結果、本実施形態の被覆切削工具は、耐欠損性が向上する。同様の観点から、上記式(1)におけるAl元素の原子比xは、0.70以上0.89以下であると好ましい。
【0023】
なお、本実施形態の被覆切削工具において、例えば、被覆層の組成を(Al0.80Ti0.20)Nと表記する場合は、Al元素とTi元素との合計に対するAl元素の原子比が0.80、Al元素とTi元素との合計に対するTi元素の原子比が0.20であることを表す。すなわち、Al元素とTi元素との合計に対するAl元素の量が80原子%、Al元素とTi元素との合計に対するTi元素の量が20原子%であることを意味する。
【0024】
なお、本実施形態において、下部層は、上記式(1)で表される組成を有する化合物を含有していればよく、本発明の作用効果を奏する限りにおいて、上記式(1)で表される組成を有する化合物以外の成分を含んでもよく、含まなくてもよい。
【0025】
本実施形態に用いる下部層の平均厚さは、1.0μm以上15.0μm以下である。本実施形態の被覆切削工具は、下部層の平均厚さが1.0μm以上であることにより、耐摩耗性が向上する。一方、本実施形態の被覆切削工具は、下部層の平均厚さが15.0μm以下であることにより、基材(例えば、超硬合金)との密着性が向上し、サーマルクラックの発生を抑制することができ、耐欠損性が向上する。同様の観点から、下部層の平均厚さは、1.2μm以上14.0μm以下であることが好ましく、1.4μm以上13.0μm以下であるとより好ましい。
【0026】
[上部層]
本実施形態に用いる上部層は、α型Al23からなるα型Al23層を含有する。本実施形態の被覆切削工具は、上部層がα型Al23からなるα型Al23層を含有することにより、硬くなるため、耐摩耗性が向上する。
【0027】
また、本実施形態の被覆切削工具は、上部層の平均厚さが0.5μm以上15.0μm以下である。上部層の平均厚さが、0.5μm以上であると、被覆切削工具の耐クレータ摩耗が向上する。一方、上部層の平均厚さが、15.0μm以下であると、粒径の粗大化を抑制することができるため、チッピングを要因とする欠損の発生を抑制することができる。その結果、本実施形態の被覆切削工具は耐欠損性が向上する。同様の観点から、上部層の平均厚さが0.6μm以上14.5μm以下であることが好ましく、0.6μm以上14.0μm以下であるとより好ましい。
【0028】
また、本実施形態の被覆切削工具は、α型Al23層において、下記式(2)で表される(1,1,6)面の組織係数TC(1,1,6)が、2.0以上6.0以下である。
【数7】
(式(2)中、I(h,k,l)は、α型Al23層のX線回折における(h,k,l)面のピーク強度を示し、I0(h,k,l)は、α型Al23のJCPDSカード番号10-0173における(h,k,l)面の標準回折強度を示し、(h,k,l)は、(0,1,2)、(1,0,4)、(1,1,3)、(0,2,4)、(1,1,6)、(1,2,4)、(3,0,0)、(0,0,12)及び(0,2,10)の9つの結晶面を指す。)
本実施形態の被覆切削工具は、α型Al23層において、上記式(2)で表される(1,1,6)面の組織係数TC(1,1,6)が、2.0以上であることにより、密着性が向上するため、耐欠損性に優れる。一方、本実施形態の被覆切削工具は、α型Al23層において、上記式(2)で表される(1,1,6)面の組織係数TC(1,1,6)が、6.0以下であると、相対的に(0,0,12)面又は(0,2,10)面の組織係数TCの割合が大きくなるため、耐クレータ摩耗性が向上する。同様の観点から、α型Al23層において、上記式(2)で表される(1,1,6)面の組織係数TC(1,1,6)は、2.1以上5.9以下であることが好ましい。
なお、α型Al23層において、(1,1,6)面は、(0,0,12)面から42.3°傾いた配向である。
【0029】
また、本実施形態の被覆切削工具は、α型Al23層において、下記式(3)で表される(0,2,10)面の組織係数TC(0,2,10)(以下、単に「組織係数TC(0,2,10)」とも記す)が、1.0以上3.0以下であることが好ましい。
【数8】
(式(3)中、I(h,k,l)は、α型Al23層のX線回折における(h,k,l)面のピーク強度を示し、I0(h,k,l)は、α型Al23のJCPDSカード番号10-0173における(h,k,l)面の標準回折強度を示し、(h,k,l)は、(0,1,2)、(1,0,4)、(1,1,3)、(0,2,4)、(1,1,6)、(1,2,4)、(3,0,0)、(0,0,12)及び(0,2,10)の9つの結晶面を指す。)
本実施形態の被覆切削工具は、α型Al23層において、組織係数TC(0,2,10)が、1.0以上であることにより、耐クレータ摩耗性及び耐欠損性が向上する傾向にある。一方、本実施形態の被覆切削工具は、α型Al23層において、組織係数TC(0,2,10)が、3.0以下であると、下部層との密着性が向上するため、チッピングを要因とする欠損の発生を抑制することができる傾向にある。その結果、本実施形態の被覆切削工具は、耐クレータ摩耗性又は耐欠損性が向上する傾向にある。同様の観点から、α型Al23層において、組織係数TC(0,2,10)は、1.2以上2.9以下であることがより好ましく、1.3以上2.8以下であることがさらに好ましい。
なお、α型Al23層において、(0,2,10)面は、(0,0,12)面から30.8°傾いた配向であるため、(0,0,12)面と(1,1,6)面との中間的な性質と考えられる。
【0030】
また、本実施形態の被覆切削工具は、α型Al23層において、下記式(4)で表される(0,0,12)面の組織係数TC(0,0,12)(以下、単に「組織係数TC(0,0,12)」とも記す)が、1.0以上4.0以下であることが好ましい。
【数9】
(式(4)中、I(h,k,l)は、α型Al23層のX線回折における(h,k,l)面のピーク強度を示し、I0(h,k,l)は、α型Al23のJCPDSカード番号10-0173における(h,k,l)面の標準回折強度を示し、(h,k,l)は、(0,1,2)、(1,0,4)、(1,1,3)、(0,2,4)、(1,1,6)、(1,2,4)、(3,0,0)、(0,0,12)及び(0,2,10)の9つの結晶面を指す。)
本実施形態の被覆切削工具は、α型Al23層において、組織係数TC(0,0,12)が、1.0以上であることにより、耐クレータ摩耗性が向上する傾向にある。一方、本実施形態の被覆切削工具は、α型Al23層において、組織係数TC(0,0,12)が、4.0以下であると、相対的に(1,1,6)面又は(0,2,10)面の組織係数TCの割合が大きくなるため、下部層との密着性が向上し、チッピングを要因とする欠損の発生を抑制することができる傾向にある。その結果、本実施形態の被覆切削工具は、耐欠損性が向上する傾向にある。同様の観点から、α型Al23層において、組織係数TC(0,0,12)は、1.2以上3.8以下であることが好ましい。
【0031】
また、本実施形態の被覆切削工具は、α型Al23層において、組織係数TC(1,1,6)、組織係数TC(0,2,10)及び組織係数TC(0,0,12)の合計が、5.0以上8.5以下であることが好ましい。
本実施形態の被覆切削工具は、α型Al23層において、組織係数TC(1,1,6)、組織係数TC(0,2,10)及び組織係数TC(0,0,12)の合計が、5.0以上であることにより、耐クレータ摩耗性及び耐欠損性が向上する傾向にある。一方、本実施形態の被覆切削工具は、α型Al23層において、組織係数TC(1,1,6)、組織係数TC(0,2,10)及び組織係数TC(0,0,12)の合計が、8.5以下であると、製造するのが容易である。同様の観点から、α型Al23層において、組織係数TC(1,1,6)、組織係数TC(0,2,10)及び組織係数TC(0,0,12)の合計は、6.0以上8.3以下であることがより好ましく、6.4以上8.0以下であることがさらに好ましい。
【0032】
なお、本実施形態において、α型Al23層の各組織係数TCは、後述の実施例に記載の方法により測定することができる。
【0033】
また、本実施形態の被覆切削工具は、α型Al23層の粒子の平均粒径が0.2μm以上0.5μm以下であることが好ましい。本実施形態の被覆切削工具は、α型Al23層の粒子の平均粒径が0.2μm以上であることにより、製造するのが容易である。一方、本実施形態の被覆切削工具は、α型Al23層の粒子の平均粒径が、0.5μm以下であると、チッピングを要因とする欠損の発生を抑制することができる傾向にある。その結果、本実施形態の被覆切削工具は、耐欠損性が向上する傾向にある。同様の観点から、α型Al23層の粒子の平均粒径が0.2μm以上0.4μm以下であることがより好ましい。
【0034】
なお、本実施形態において、α型Al23層の粒子の平均粒径は、後述の実施例に記載の方法により測定することができる。
【0035】
また、本実施形態において、上部層は、α型酸化アルミニウム(α型Al23)を含有していればよく、本発明の作用効果を奏する限りにおいて、α型酸化アルミニウム(α型Al23)以外の成分を含んでもよく、含まなくてもよい。
【0036】
本実施形態の被覆切削工具において、被覆層を構成する各層は、化学蒸着法によって形成されてもよく、物理蒸着法によって形成されてもよい。各層の形成方法の具体例としては、例えば、以下の方法を挙げることができる。ただし、各層の形成方法はこれに限定されない。
【0037】
(化学蒸着法)
まず、基材の表面に、下部層を化学蒸着法で形成する。次いで、下部層の表面に上部層を化学蒸着法で形成する。
【0038】
(下部層形成工程)
下部層は、原料組成をTiCl4:0.2~0.5mol%、AlCl3:0.5~2.0mol%、NH3:2.0~5.0mol%、H2:残部とし、温度を700~900℃、圧力を3.0~5.0hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0039】
下部層における上記式(1)で表される組成を制御するためには、下部層形成工程における原料組成を適宜調整すればよい。より具体的には、TiとAlとの比率を制御する方法が挙げられる。例えば、下部層形成工程において、原料のAlCl3/(AlCl3+TiCl4)の比率を大きくすると、上記式(1)で表される組成におけるAl元素の原子比xが大きくなる傾向にある。具体的には、例えば、原料組成において、AlCl3/(AlCl3+TiCl4)の比率を0.70以上0.90以下とすることにより、上記式(1)で表される組成におけるAl元素の原子比xを上記特定の範囲に制御することができる傾向にある。
【0040】
(上部層形成工程)
上部層として、例えば、α型Al23からなるα型Al23層(以下、単に「Al23層」ともいう。)を以下のとおり形成することができる。
【0041】
まず、下部層の表面上にα型Al23層の核を形成する(核形成工程)。α型Al23層の核形成工程は、原料組成をAlCl3:1.0~2.5mol%、CO:0.05~2.0mol%、CO2:1.0~3.0mol%、HCl:2.0~3.0mol%、H2:残部とし、温度を750~850℃、圧力を60~80hPaの条件で行う。核形成工程の時間は、3~7分であることが好ましい。
【0042】
その後、α型Al23層は、原料組成をAlCl3:1.0~2.5mol%、CO2:1.2~2.5mol%、HCl:2.0~3.0mol%、H2S:0.05~0.15mol%、H2:残部とし、温度を750~850℃、圧力を60~80hPaとする化学蒸着法で形成される(成膜工程)。
【0043】
また、上部層において、α型Al23層の組織係数TC(1,1,6)を上記特定の範囲に制御する方法としては、例えば、上部層形成工程(核形成工程及び成膜工程)において、原料組成のAlCl3の量を適宜調整する方法やCO2の量を適宜調整する方法が挙げられる。具体的には、例えば、上部層形成工程において、原料組成のAlCl3の量を少なくすると、α型Al23層の組織係数TC(1,1,6)が大きくなる傾向にある。このような傾向の理由は明らかではないが、例えば、Al23の既存の核の成長速度が遅く、新たな核生成が起こりやすい状態が効いていると考えられる。既存の核とは、すでに生成された核を指す。上部層形成工程において、原料組成のAlCl3の量を少なくすると、Al23の既存の核の成長が遅くなるため、既存の核の成長の間に新たに別のAl23の核が生成される。そうすると、基材表面に対して平行な方向にAl23の既存の核が成長する前に、別の新たなAl23の核にすぐに接触し、粒界の角度勾配が大きくなると推定している。この結果、(1,1,6)面に配向したα型Al23の結晶の割合が増大すると考えられる。また、原料組成のCO2の量を少なくすると、α型Al23層の組織係数TC(1,1,6)が大きくなる傾向にある。このような傾向の理由は明らかではないが、例えば、Al23の核成長速度の影響と考えられる。
【0044】
また、上部層において、α型Al23層の組織係数TC(0,2,10)を上記特定の範囲に制御する方法としては、例えば、上部層形成工程(核形成工程及び成膜工程)において、原料組成のAlCl3の量を適宜調整する方法やCO2の量を適宜調整する方法が挙げられる。具体的には、例えば、上部層形成工程において、原料組成のAlCl3の量を少なくすると、α型Al23層の組織係数TC(0,2,10)が大きくなる傾向にある。このような傾向の理由は明らかではないが、例えば、上記と同様に、Al23の既存の核の成長速度が遅く、新たな核生成が起こりやすい状態が効いていると考えられる。また、原料組成のCO2の量を少なくすると、α型Al23層の組織係数TC(0,2,10)が大きくなる傾向にある。このような傾向の理由は明らかではないが、例えば、Al23の核成長速度の影響と考えられる。ただし、α型Al23層の組織係数TC(1,1,6)が非常に大きくなると、相対的に組織係数TC(0,2,10)は小さくなる傾向にある。
【0045】
また、上部層において、α型Al23層の組織係数TC(0,0,12)を上記特定の範囲に制御する方法としては、例えば、上部層形成工程(核形成工程及び成膜工程)において、原料組成のAlCl3の量を適宜調整する方法挙げられる。具体的には、例えば、上部層形成工程において、原料組成のAlCl3の量を多くすると、α型Al23層の組織係数TC(0,0,12)が大きくなる傾向にある。
【0046】
また、上部層において、α型Al23層の粒子の平均粒径を上記特定の範囲に制御する方法としては、例えば、上部層形成工程において、温度を適宜調整したり、原料組成のAlCl3の量を適宜調整する方法が挙げられる。具体的には、例えば、上部層形成工程において、温度を低くすると、α型Al23層の粒子の平均粒径が小さくなる傾向にあり、また、原料組成のAlCl3の量を少なくすると、α型Al23層の粒子の平均粒径が小さくなる傾向にある。より具体的には、例えば、上部層形成工程(核形成工程及び成膜工程)において、温度を750~850℃とし、原料組成のAlCl3の量を1.0~2.5mol%とすることにより、α型Al23層の粒子の平均粒径を上記特定の範囲に制御することができる傾向にある。
また、上部層と接する下部層との界面を平滑とすることもα型Al23層の粒子の平均粒径に影響すると推測される。
【0047】
本実施形態の被覆切削工具の被覆層における各層の厚さは、被覆切削工具の断面組織を、光学顕微鏡、走査型電子顕微鏡(SEM)、又は電界放射型走査型電子顕微鏡(FE-SEM)等を用いて観察することにより測定することができる。なお、本実施形態の被覆切削工具における各層の平均厚さは、刃先稜線部から被覆切削工具のすくい面の中心部に向かって50μmの位置の近傍において、各層の厚さを3箇所以上測定し、その相加平均値として求めることができる。また、本実施形態の被覆切削工具の被覆層における各層の組成は、被覆切削工具の断面組織から、エネルギー分散型X線分光器(EDS)や波長分散型X線分光器(WDS)等を用いて測定することができる。
【0048】
本実施形態の被覆切削工具は、優れた耐欠損性及び耐摩耗性を有することに起因して、従来よりも工具寿命を延長できるという効果を奏すると考えられる。ただし、工具寿命を延長できる要因は上記に限定されない。
【実施例0049】
以下、実施例によって本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0050】
基材として、ISO規格:SEMT13T3のインサート形状に加工し、87.2%WC-12.0%Co-0.8%Cr32(以上質量%)の組成を有する超硬合金を用意した。この基材の刃先稜線部にSiCブラシにより丸ホーニングを施した後、基材の表面を洗浄した。
【0051】
[発明品1~21及び比較品1~9]
発明品1~21及び比較品1~9については、基材の表面を洗浄した後、以下のとおり被覆層を化学蒸着法により形成した。まず、基材を外熱式化学蒸着装置に装入し、表2に示す原料組成、温度及び圧力の条件の下、表1に組成を示す下部層を、表1に示す平均厚さになるよう、基材の表面に形成した。その後、表3に示す条件で、下部層の表面上にα型Al23層の核を形成した。α型Al23層の核形成後、表4に示す原料組成、温度及び圧力の条件の下、表1に示す組成の上部層を、表1に示す平均厚さになるよう、下部層の表面に形成した。なお、比較品9については上部層を形成しなかった。こうして、発明品1~21及び比較品1~9の被覆切削工具を得た。
【0052】
【表1】
【0053】
【表2】
【0054】
【表3】
【0055】
【表4】
【0056】
[各層の平均厚さ]
得られた試料の各層の平均厚さを下記のようにして求めた。すなわち、FE-SEMを用いて、被覆切削工具の刃先稜線部からすくい面の中心部に向かって50μmの位置の近傍における断面での3箇所の厚さを測定し、その相加平均値を平均厚さとして求めた。測定結果を表1に示す。
【0057】
[各層の組成]
得られた試料の各層の組成は、被覆切削工具の刃先稜線部からすくい面の中心部に向かって50μmまでの位置の近傍の断面において、EDSを用いて測定した。測定結果を表1に示す。
【0058】
[組織係数TC]
得られた試料について、Cu-Kα線を用いた2θ/θ集中法光学系のX線回折測定を、出力:50kV、250mA、入射側ソーラースリット:5°、発散縦スリット:2/3°、発散縦制限スリット:5mm、散乱スリット:2/3°、受光側ソーラースリット:5°、受光スリット:0.3mm、BENTモノクロメータ、受光モノクロスリット:0.8mm、サンプリング幅:0.01°、スキャンスピード:4°/min、2θ測定範囲:20°~155°とする条件で行った。装置は、株式会社リガク製のX線回折装置(型式「RINT TTRIII」)を用いた。X線回折図形からα型Al23層の各結晶面のピーク強度を求めた。得られた各結晶面のピーク強度から、α型Al23層における組織係数TC(1,1,6)、組織係数TC(0,2,10)及び組織係数TC(0,0,12)を求めた。その結果を、表5に示す。
【0059】
[平均粒径]
得られた試料について、α型Al23層の粒子の平均粒径は、FE-SEMに付属したEBSDを用いて測定し、粒子の結晶系はX線回折測定で確認した。具体的には、ダイヤモンドペーストを用いて被覆切削工具を研磨した後、コロイダルシリカを用いて仕上げ研磨を行い、被覆切削工具の断面組織を得た。被覆切削工具の断面組織を有する試料をFE-SEMにセットし、試料の断面組織に70度の入射角度で15kVの加速電圧及び0.5nA照射電流で電子線を照射した。EBSDにより被覆切削工具の逃げ面における断面組織を、測定範囲が300μm2の範囲、0.1μmのステップサイズで測定した。このとき、方位差が5°以上の境界を結晶粒界とみなし、この結晶粒界によって囲まれる領域を粒子とした。また、ここで、粒径は、粒子の面積に相当する真円の直径とした。α型Al23層について、特定した各粒子の結晶系及び平均粒径をそれぞれ求めた。結果を表1及び表5に示す。
【0060】
【表5】
【0061】
得られた発明品1~21及び比較品1~9を用いて、下記の条件にて切削試験1及び2を行った。切削試験1及び2の結果を表6に示す。
【0062】
[切削試験1(耐摩耗性試験)]
被削材:SCM400
被削材形状:200mm×150mm×80mmの直方体形状
切削速度:330m/分
切り込み深さ:2.0mm
切削幅:75mm
1刃当たりの送り量:0.20mm/t
クーラント:なし
評価項目(耐摩耗性試験):試料の逃げ面摩耗幅が0.3mm以上に至ったときを工具寿命とし、工具寿命までの加工時間を測定した。
【0063】
[切削試験2(耐欠損性試験)]
被削材:SCM400
被削材形状:φ30mmの穴が6個ついた200mm×150mm×80mmの直方体形状
切削速度:180m/分
切り込み深さ:1.0mm
切削幅:100mm
1刃当たりの送り量:0.30mm/t
クーラント:なし
評価項目(耐欠損性試験):試料がチッピング(幅0.2mm以上)あるいは欠損に至ったときを工具寿命とし、工具寿命までに加工した回数を測定した。なお、加工回数については、直方体形状の被削材の上面(200mm×150mmの被削材の面)を数往復して全面加工したときを1回(1pass)とした。
【0064】
切削試験1(耐摩耗性試験)の工具寿命に至るまでの加工時間について、40分以上を「A」、30分以上40分未満を「B」、30分未満を「C」として評価した。また、切削試験2(耐欠損性試験)の工具寿命に至るまでの回数について、8回以上を「A」、5回以上8回未満を「B」、5回未満を「C」として評価した。これらの評価では、「A」が最も優れており、次に「B」が優れており、「C」が最も劣っていることを意味する。切削試験1の加工時間の評価が、「A」又は「B」であり、切削試験2の回数の評価が「A」又は「B」であることは、切削性能に優れることを意味する。得られた評価の結果を表6に示す。
【0065】
【表6】
【0066】
表6に示す結果より、発明品の加工時間の評価及び加工回数の評価は、いずれも「A」又は「B」であり、耐摩耗性及び耐欠損性の両方が優れることが分かった。一方、比較品の加工時間の評価及び加工回数の評価は、いずれかあるいは両方が「C」であり、発明品に比べて耐摩耗性及び/又は耐欠損性が劣ることが分かった。
以上の結果より、発明品は、耐摩耗性及び耐欠損性の両方が優れる結果、工具寿命が長いことが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明の被覆切削工具は、優れた耐摩耗性及び耐欠損性を有することにより、従来よりも工具寿命を延長できるので、そのような観点から、産業上の利用可能性がある。
【符号の説明】
【0068】
1…基材、2…下部層、3…上部層、4…被覆層、5…被覆切削工具
図1