(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022171301
(43)【公開日】2022-11-11
(54)【発明の名称】抗菌用成形体、食品用包装材、および生体内留置用装置
(51)【国際特許分類】
A61L 2/02 20060101AFI20221104BHJP
【FI】
A61L2/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021077878
(22)【出願日】2021-04-30
(71)【出願人】
【識別番号】000001100
【氏名又は名称】株式会社クレハ
(71)【出願人】
【識別番号】503361400
【氏名又は名称】国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】110002952
【氏名又は名称】弁理士法人鷲田国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】高村 渓太
(72)【発明者】
【氏名】鬼澤 香代子
(72)【発明者】
【氏名】山▲崎▼ 昌博
(72)【発明者】
【氏名】柳瀬 恵一
(72)【発明者】
【氏名】宮崎 英治
(72)【発明者】
【氏名】後藤 亜希
【テーマコード(参考)】
4C058
【Fターム(参考)】
4C058AA05
4C058AA12
4C058AA23
4C058AA25
4C058BB02
(57)【要約】
【課題】抗菌剤や銀ナノ粒子等を使用することなく、長期間に亘って抗菌性を発現可能な抗菌用成形体を提供すること。
【解決手段】上記抗菌性成形体は、深さが0.3μm以上3μm以下、かつ開口面積が12μm2以上1372μm2以下である凹部を複数有する抗菌領域を表面に有し、前記抗菌領域の総面積に対する、前記複数の凹部の前記開口面積の合計が、35%以上65%以下である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
深さが0.3μm以上3μm以下、かつ開口面積が12μm2以上1372μm2以下である凹部を複数有する抗菌領域を表面に有し、
前記抗菌領域の総面積に対する、前記複数の凹部の前記開口面積の合計が、35%以上65%以下である、
抗菌性成形体。
【請求項2】
前記抗菌領域が、大腸菌、黄色ブドウ球菌、緑膿菌、および乳酸菌からなる群から選ばれる一種以上の細菌の増殖を抑制する、
請求項1に記載の抗菌性成形体。
【請求項3】
前記抗菌領域が、前記大腸菌の増殖を抑制する、
請求項2に記載の抗菌性成形体。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一項に記載の抗菌性成形体を含む食品用包装材であって、
食品と接する面に、前記抗菌領域が配置される、
食品用包装材。
【請求項5】
請求項1~3のいずれか一項に記載の抗菌性成形体を含む、
生体内留置用装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗菌用成形体、食品用包装材、および生体内留置用装置に関する。
【背景技術】
【0002】
抗菌性を有する物品は、消費者意識の高まりから多く市場に出回っている。多くの場合、物品の表面に、抗菌剤を含むコーティングを施したり、銀ナノ粒子を包埋させたりすることで、物品に抗菌性を付与している。
【0003】
また近年、物品の表面に、微細な凹凸構造を設けることで、物理的に抗菌効果を得ようとする試みがなされている(例えば特許文献1および2)。これらの多くは、物品の表面に微細な突起を設けることで、細菌を刺殺したり、細菌の移動を抑制したりしようとするものである。したがって、細菌を刺殺するための鋭利な突起を設けたり、細菌と同程度の間隔を有する突起を設けたりしていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2019-151614号公報
【特許文献2】特開2021-000702号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ここで、上述の抗菌剤や、銀ナノ粒子を含む抗菌性の物品では、その効果が経時で消失することがあり、さらに生体への安全性等も懸念されることがあった。そのため、用途や使用環境に制限がかかる場合があった。一方、特許文献1や特許文献2のように、細菌を刺殺したり、細菌の移動を抑制したりする方法では、表面が摩耗すると効果が失われることから、耐久性の面で課題があった。
【0006】
本発明は上記課題を鑑みてなされたものである。本発明は、抗菌剤や銀ナノ粒子等を使用することなく、長期間に亘って抗菌性を発現可能な抗菌用成形体や、これを含む食品用包装材、および生体内留置用装置の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、以下の抗菌性成形体を提供する。
深さが0.3μm以上3μm以下、かつ開口面積が12μm2以上1372μm2以下である凹部を複数有する抗菌領域を表面に有し、前記抗菌領域の総面積に対する、前記複数の凹部の前記開口面積の合計が、35%以上65%以下である、抗菌性成形体。
【0008】
本発明は、以下の食品用包装材を提供する。
上記抗菌性成形体を含む食品用包装材であって、食品と接する面に、前記抗菌領域が配置される、食品用包装材。
【0009】
本発明は、以下の生体内留置用装置を提供する。
上記抗菌性成形体を含む、生体内留置用装置。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、長期間に亘って抗菌性能を発揮可能な抗菌性成形体や、これを含む食品用包装材、生体内留置用装置等が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、凹部の開口面積の求め方を説明するための図面である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
前述のように、各種成形体に抗菌性を付与する場合、抗菌剤や、銀ナノ粒子を塗布したりすることがあったが、この場合、その効果が経時で消失することがあり、さらには生体への安全性等が懸念されていた。一方、物理的に細菌を抑制する場合には、表面が摩耗すること等によって、効果が失われやすかった。
【0013】
これに対し、本発明の抗菌性成形体は、深さが0.3μm以上3μm以下、かつ開口面積が12μm2以上1372μm2以下である凹部を複数有する抗菌領域を表面に有する。また、当該抗菌領域の総面積に対する、複数の凹部の前記開口面積の合計は、35%以上65%以下である。このような抗菌性成形体では、抗菌剤や銀ナノ粒子を用いることなく、細菌の増殖抑制効果が得られる。さらに、当該抗菌成形体では、ある程度の深さを有する凹部によって細菌の増殖を抑制する。つまり、細菌を刺殺したり細菌の移動を抑制したりするための微細な凸部とは異なり、摩耗等によって消失し難い。したがって、長期間に亘って、十分に、細菌の増殖抑制効果を発揮できる。上記凹部が細菌の増殖抑制効果を発揮する理由は、以下のように考えられる。
【0014】
多くの細菌は、元来、その密度が高まると、増殖が鈍化し、死滅していく機構を備えている。また個々の細菌は、誘因物質を放出しており、当該誘因物質をセンシングすることで、その密度を認識している。つまり、誘因物質の量が多くなると、細菌の増殖が抑制され、細菌が死滅していくことにより密度が減少していく。
【0015】
ここで、本発明の抗菌性成形体は、一定の密度で複数の凹部が配置された抗菌領域を表面に有する。当該抗菌性成形体に細菌が付着した場合、細菌の一部が凹部内に入り込む。このとき、各凹部の深さや開口面積が所定の範囲に設定されているため、比較的少ない細菌量でも、細菌が放出する誘因物質の濃度が十分に高まる。その結果、比較的短時間に、かつ細菌が大きく増殖する前に、増殖が停止し、死滅していく。したがって、長期間に亘って、細菌の量が一定量以上に増え難く、細菌の少ない状態を維持できる。以下、当該抗菌性成形体について、詳しく説明する。
【0016】
[抗菌性成形体]
本発明の抗菌性成形体は、表面の一部に抗菌領域を有していればよく、その形状や種類は特に制限されない。当該抗菌性成形体の全面に抗菌領域を有していてもよく、一部のみに抗菌領域を有していてもよい。
【0017】
ここで、本発明の抗菌性成形体は、誘因物質の高濃度化により死滅等によって密度が減少する細菌であれば、いずれの細菌に対しても増殖抑制効果を発揮可能であるが、細菌の平均投影面積が0.3μm2以上15μm2以下であると、その効果を非常に発現しやすい。本明細書における、細菌の平均投影面積とは、15個以上の細菌を透過型電子顕微鏡(SEM)等によって撮影し、楕円状の細菌については、各細菌の長軸の長さおよび短軸の長さから面積を計算し、円状の細菌については、直径から円の面積を計算し、これらを平均した値である。
【0018】
上記平均投影面積を有する細菌の例には、大腸菌、黄色ブドウ球菌、乳酸菌、および緑膿菌等が含まれる。これらの中でも、抗菌性成形体は、大腸菌、黄色ブドウ球菌、および緑膿菌のうち少なくともいずれかの増殖を抑制可能であることが好ましく、少なくとも大腸菌または黄色ブドウ球菌の増殖を抑制可能であることがより好ましく、大腸菌の増殖を抑制可能であることがさらに好ましい。
【0019】
ここで、抗菌性成形体の抗菌領域が有する複数の凹部の形状は特に制限されず、例えば全ての凹部が同一の形状を有していてもよく、一部が異なる形状を有していてもよい。ただし、細菌の増殖を均一に抑制するとの観点から、全ての凹部が略同一の形状であることが好ましい。
【0020】
ここで、各凹部の開口面積は、12μm
2以上1372μm
2以下であればよく、200μm
2以上1372μm
2以下が好ましく、200μm
2以上650μm
2以下がより好ましい。本明細書において、凹部の開口面積とは、抗菌性成形体の表面における凹部の開口部の面積をいい、適宜プロファイル解析と組み合わせて、抗菌性成形体表面の平面視顕微鏡写真から測定することができる。なお、プロファイル解析は、例えば、レーザー顕微鏡や三次元光学プロファイラーを用いて行うことができる。より具体的には、形状解析レーザー顕微鏡(キーエンス社製VKX-250)での計測データに対して、マルチファイル解析アプリケーション(キーエンス社製VK-H1XM)の「プロファイル」機能を用い、高さ方向に切断した凹部の断面の形状を複数特定する。そして、各断面において、
図1に示すように、凹部10が形成されていない表面(抗菌性成形体の表面)を通る線L1と、凹部10の側面の接線Lxとを引き、L1と凹部の側面の接線Lxとのなす角αが、5°以上で且つ最も小さい値となる接線LxとL1との交点を開口部の輪郭を形成する点とする。このようにして、各凹部の全周に亘って開口部の輪郭を決定する。次に「平面計測」機能で開口部が円の場合は円の半径、楕円の場合は長軸と短軸の長さ、多角形の場合は辺の長さと辺のなす角を計測して凹部の開口面積を求める。凹部の開口面積が12μm
2以上であると、例えば大腸菌等がスムーズに凹部内に入り込みやすい。一方で、開口面積が広すぎると、凹部の内部で、上述の誘因物質の濃度が高まるまでに時間がかかりやすい。これに対し、凹部の開口面積が1372μm
2以下であれば、効率よく細菌の濃度、ひいては誘因物質の濃度を高められる。
【0021】
また、凹部の上記開口面積は、所望の細菌の平均投影面積の24倍以上2663倍以下であることが好ましく、388倍以上2663倍以下がより好ましく、388倍以上1262倍以下がさらに好ましい。凹部の開口面積が、細菌の平均投影面積の24倍未満であると、凹部に入りこんだ細菌から放出される誘因物質の濃度が十分に高まる前に、凹部から細菌が溢れてしまい、凹部内で細菌が死滅し難くなる。これに対し、凹部の開口面積が、細菌の平均投影面積の24倍以上であると、凹部内に細菌や、細菌が発する誘因物質が溜まりやすくなり、細菌の死滅が促進されやすくなる。一方、凹部の開口面積が、細菌の平均投影面積の2663倍超であると、凹部内での誘因物質の濃度上昇に時間がかかりやすく、細菌の増殖抑制効果が得られるまでに時間がかかりやすい。これに対し、凹部の開口面積が細菌の平均投影面積の2663倍以下であると、短時間で効率よく細菌の増殖を抑制しやすくなる。
【0022】
また、凹部の深さは、0.3μm以上3μm以下であればよく、0.5μm以上3μm以下が好ましく、1μm以上2μm以下がより好ましい。凹部の深さが0.3μm以上であると、凹部内に侵入した細菌が増殖しても溢れ出し難く、凹部の内部で誘因物質の濃度が高まりやすい。一方、凹部の深さが深すぎる場合には、細菌が凹部の壁面に付着して散在しやすくなり、上記誘因物質の濃度が高まり難くなる。これに対し、凹部の深さが3μm以下であると、凹部内で細菌が密集しやすく、効率よく細菌が死滅する。なお、本明細書における凹部の深さとは、抗菌性成形体の表面から底面までの深さをいう。なお、凹部の底面が平坦でない場合等には、抗菌性成形体の表面から最も深い部分までの距離をいう。例えば、凹部の深さは、当該凹部における最も高さの小さな点(最深部)と、開口部の輪郭上の任意の点(開口部端点)との垂直距離のうち、最も大きな垂直距離から特定される。より具体的には前記計測データと前記解析アプリケーションを使用して、「プロファイル」機能で開口部端点と最深部との垂直距離を測定して凹部の深さを測定することができる。
【0023】
また、凹部の断面形状は特に制限されない。断面形状は矩形状であってもよく、三角形状であってもよく、台形状であってもよく、半楕円状や不定形状等であってもよい。また、凹部を真上から垂直にみたときの凹部の形状は、円形状や楕円状、多角形状、不定形状等、いずれであってもよい。つまり、凹部は、円柱状や角柱状の窪みであってもよく、円錐状や角錐状の窪みであってもよく、円錐台状や角錐台状の窪みであってもよく、半球状や半長球状の窪み等であってもよい。これらの中でも、容積が大きく、かつ凹部内で細菌が増殖してもあふれ出し難いとの観点で、凹部は、円柱状の窪みであることが好ましい。
【0024】
また、抗菌領域は、複数の上記凹部を有するが、その個数は、抗菌領域の面積および各凹部の開口面積に応じて適宜選択される。具体的には、抗菌領域の総面積に対して、凹部の開口面積の合計の割合が、35%以上65%以下となるように、凹部の個数を設定する。抗菌領域の総面積に対する、凹部の開口面積の合計の割合は、35%以上50%以下が好ましく、35%以上40%以下がより好ましい。抗菌領域の面積に対して凹部の開口面積の合計が35%以上であると、細菌が凹部内に入り込みやすく、細菌の増殖抑制効果が得られやすくなる。一方で、凹部の開口面積の合計の割合が65%以下であると、凹部の形成されていない領域の面積が十分に大きくなりやすく、抗菌領域が摩耗し難くなる。本明細書において抗菌領域は、隣接する凹部との最も短い距離が互いに1mm以下である、開口面積が12μm2以上1372μm2以下の凹部の集合において、すべての凹部が含まれる領域を1つの抗菌領域とし、抗菌領域の面積とは、当該抗菌領域に含まれる凹部のうち、最外周にある凹部群に外接する多角形の面積をいう。また、凹部の開口面積の合計とは、開口面積が12μm2以上1372μm2以下である凹部の開口面積の合計をいう。
【0025】
さらに、上記凹部どうしの間隔は、1.0μm以上15μm以下が好ましく、1.2μm以上7.4μm以下がより好ましく、1.5μm以上5.5μm以下がさらに好ましい。凹部どうしの間隔が、当該範囲であると、凹部どうしの間に位置する領域が、摩耗し難く、長期間に亘って、抗菌性が得られやすくなる。なお、凹部どうしの間隔とは、隣り合う凹部の最も短い距離をいう。
【0026】
また、抗菌領域は、複数の凹部が、規則的に配置された領域であってもよく、複数の凹部がランダムに配置された領域であってもよい。ただし、ムラなく細菌の増殖を抑制するとの観点で、複数の凹部が規則的に配置されていることが好ましい。
【0027】
本発明の抗菌性成形体の材料は特に制限されず、抗菌性成形体の用途に応じて適宜選択される。上記抗菌領域を有していれば、抗菌性成形体の材料に関わらず、同様の効果が得られる。ここで、抗菌性成形体の材料は、例えば金属やセラミック等の無機材料であってもよく、樹脂等の有機材料であってもよく、これらの複合体であってもよい。なお、その表面には抗菌材や銀ナノ粒子を含まないことが好ましい。
【0028】
金属の例には、ステンレス鋼や、アルミニウム、銅、銀、鉄、チタン等が含まれる。また、セラミックの例には、炭化ケイ素、ジルコル酸チタン酸鉛等が含まれる。一方、樹脂は、熱可塑性樹脂であってもよいし、熱硬化性樹脂であってもよい。また、上記樹脂は、結晶性の樹脂であってもよいし、非結晶性の樹脂であってもよい。また、樹脂は、合成ゴムおよび天然ゴムなどのゴムであってもよい。
【0029】
上記樹脂の例には、ポリエチレンやポリプロピレン等のポリオレフィン系樹脂;環状オレフィン系樹脂;ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、パーフルオロアルコキシアルカン(PFA)、パーフルオロエチレンプロペンコポリマー(FEP)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリ塩化ビニル(PVC)、ポリ塩化ビニリデン(PVDC)等のハロゲン化炭化水素;ポリアミド;ポリイミド;ポリアセタール(POM);ポリウレタン;エチレン-ビニルアルコール共重合体(EVOH);アクリル系重合体;エチレン・酢酸ビニル共重合体(EVA);ポリ乳酸(PLA);ポリカプロラクトン(PCL);ポリグリコール酸(PGA);ポリスチレン(PS);ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、およびポリブチレンナフタレート(PBN)等のポリエステル;ポリフェニレンスルフィド(PPS);ポリエーテルエーテルケトン(PEEK);アクリルニトリル・スチレン共重合体(AS);アクリルニトリル・ブタジエン・スチレン共重合体(ABS);ポリカーボネート(PC);ポリアリレート(PAR);ポリフェニレンエーテル(PPE);ポリフェノール系樹脂;エポキシ樹脂;イソプレンゴム(IR)、ブタジエンゴム(BR)、スチレン・ブタジエンゴム(SBR)、ニトリルゴム(NBR)、エチレン・プロピレンゴム(EPM)等のゴム;等が含まれる。
【0030】
上記の中でも、加工性や汎用性等の観点で、ステンレス鋼、ポリカーボネートおよび環状オレフィン系樹脂が好ましい。また、ポリカーボネートおよび環状オレフィン系樹脂は透明のフィルムを形成することができ、包装材や電子機器の保護シートとして良好な外観を得られるので好ましい。
【0031】
また、抗菌性成形体の形状は、上述の抗菌領域を有していれば特に制限されず、抗菌性成形体の用途等に応じて任意の形状とすることができる。抗菌性成形体は、例えば、フィルム状、シート状、チューブ状、リング状、バルク状(立方体、直方体、円柱状、および球状等)、板状、袋状、ならびにこれらを加工して得られる3次元立体構造等、所望の形状とすることができる。
【0032】
[抗菌性成形体の用途]
上述の抗菌性成形体の用途は特に制限されず、包装材、医療器具、家電、建築物の設備、宇宙服、宇宙船内装、電子機器およびその周辺機器、自動車用部品、農業用品、文房具ならびに身体装具等を含む、広汎な用途に使用可能である。なお、上記抗菌性成形体の使用の態様には、上記抗菌性成形体がこれらの用途に使用される物品であることや、上記抗菌性成形体をこれらの物品の一部として組み入れること等が含まれる。
【0033】
包装材の例には、フィルムやシート、箱、ケース、装飾品等が含まれる。またこのとき、上記抗菌性成形体の抗菌領域は、被包装物に接する面、または被包装物に接しない面のいずれに配置してもよい。包装材に上記抗菌性成形体を使用することで、包装される物品の細菌の増殖を予防し、その保存性を高めることもできる。
【0034】
ここで、包装材の中でも、食品用包装材には、高い抗菌性が求められる。そこで、上記抗菌性成形体は、食品用包装材として特に好適であり、この場合、食品に接する面に抗菌領域を配置することが好ましい。上述のように、抗菌性成形体は、抗菌剤や銀ナノ粒子を含む必要がないため、安全性が高い。さらに、上記抗菌性成形体は、細菌が放出する誘因物質を濃化させることによって、細菌を死滅させる。したがって、多数の種類の細菌が存在する環境下より、特定の種類の細菌が存在する環境下のほうが、より効果を発揮しやすい。したがって、例えば、食品の密閉に使用される食品用包装材の内側に当該抗菌性成形体を使用すると、特定の細菌の増殖を抑え、消費期限を延ばしたりすることが可能となる。
【0035】
一方、医療器具の例には、鉗子、シリンジ、ステント、人工血管、カテーテル、創傷被覆材、再生医療用足場材、癒着防止材、およびペースメーカーなどが含まれる。特に、これらの中でも、上記抗菌性成形体は、ペースメーカー等の生体内留置用装置の部材として、非常に有用である。生体では通常、細菌の出入りがないが、手術器具等を経由して生体内に細菌が入り込んでしまうことがある。これに対し、上述の抗菌性成形体を生体内留置用装置の一部に使用することで、生体内での細菌の増殖を抑制できる。
【0036】
また、上記家電の例には、炊飯器、電子レンジ、冷蔵庫、アイロン、ヘアードライヤー、エアコンおよび空気清浄機のフィルター部位等が含まれる。
【0037】
上記建築物の設備の例には、トイレおよび便座シート、洗面化粧台、上下水の配管、足拭きマット、内装材、浴槽の手すりや外装部、浴槽本体、浴槽カバー、扉等の把手、手すりおよびスイッチ等の日常的に人の手が触れる物品などが含まれる。
【0038】
また、宇宙服や宇宙船の内装、宇宙船に持ち込まれる電子機器、各種装置等にも、上記抗菌性成形体は有用である。宇宙空間では、地上からの持ち込み物や人体を介して持ち込まれた細菌しか存在しない。ただし、宇宙空間では、人の免疫が低下するため、細菌の増殖が大きなリスクとなる。そこで、上記抗菌性成形体を各種部材に使用することで、細菌の増殖を効果的に抑制できる。
【0039】
電子機器およびその周辺機器の例には、ノートパソコン、スマートフォン、タブレット、デジタルカメラ、医療用電子機器、POSシステム、プリンター、テレビ、マウスおよびキーボード等が含まれる。
【0040】
上記自動車用部品の例には、ハンドル、シート、シフトレバーおよび各種配管が含まれる。
【0041】
上記農業用品の例には、農業ハウス用の展張フィルムなどが含まれる。
【0042】
上記身体装具の例には、上着および下着などを含む衣類、帽子、靴、手袋、おむつ、ならびにナプキンおよびその収納袋などが含まれる。
【0043】
上記の中でも、食品に接する面の少なくとも一部が上記抗菌領域である食品用包装材、またはペースメーカー等の生体内留置用の装置が好ましい。
【0044】
[抗菌性成形体の製造方法]
上述の抗菌性成形体の形成方法は特に制限されず、抗菌性成形体の材料や用途、形状等に合わせて適宜選択される。
【0045】
例えば、抗菌性成形体の金属を含む表面に上記抗菌領域を形成する場合には、レーザー加工等によって、所望の深さおよび開口面積を有する凹部を、所望の間隔で形成することができる。各凹部を形成するとき、レーザー照射は、複数回にわけて行ってもよく、一度に行ってもよい。
【0046】
また、抗菌性成形体の樹脂を含む表面に上記抗菌領域を形成する場合には、樹脂を例えば、内表面に凸部を有する金型を用いて射出成形し、上記抗菌領域を形成してもよい。一方、樹脂を用途に合わせて成形後、その表面にナノインプリント等によって抗菌領域を形成してもよい。
【実施例0047】
以下、本発明の具体的な実施例を比較例とともに説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0048】
1.抗菌性成形体の作製
[実施例1]
略平板状の成形体を成形可能な射出成型用の金型であって、10mm×4mmの領域に、直径4μm、高さ0.5μmの円柱状の凸部が規則的に、1.5μm間隔で132万個(1818個×727列)配置された金型を準備した。なお、上記間隙とは、隣り合う円柱間の最も短い部分の長さをいう。そして、当該金型を用いて、ポリカーボネート樹脂を射出成形し、一方の表面に直径4μm(開口面積12.6μm2)、深さ0.5μmの円柱状の凹部を132万個有する、厚み1.2mmの平板状の抗菌性成形体を作製した。当該抗菌性成形体の抗菌領域全体の面積は、0.4cm2であり、当該面積に対する、凹部の開口面積の合計の割合は、41.5%であった。
抗菌領域の面積、凹部の開口面積、および凹部の深さは、形状解析レーザー顕微鏡(キーエンス社製VK-X250)を使用し、測定倍率500倍で抗菌性成形体の表面を測定し、得られたデータをマルチファイル解析アプリケーション(キーエンス社製VK-H1Xm)を用いて解析した。
【0049】
[実施例2]
厚み1.5mm、20mm×20mmのステンレス鋼(SUS304)を準備した。当該ステンレス鋼の一方の面の全面に、直径12.5μm(開口部面積122.9μm2)、深さ1.6μm、5.2μm間隔の円柱状の凹部を、直径10μmに設定したレーザーを1.5μm間隔で照射することによって、127万個(1126個×1126列)作製した。ここでいう間隔は、隣り合う凹部間の最も短い部分の長さをいう。抗菌領域の面積、凹部の開口面積、および凹部の深さは、実施例1と同様に特定した。
【0050】
[実施例3~6、および比較例1]
表1に示すように、凹部の直径、深さ、および間隔を変更した以外は、実施例2と同様にステンレス鋼に複数の凹部を形成した。
【0051】
[比較例2]
厚み100μm、140mm×110mmの環状オレフィンポリマーフィルムを準備した。一方、直径(最大径)3.0μm、高さ1.0μmの六角柱状の凸部がハニカム状に配置された金型を準備した。なお、隣り合う六角柱の間隔は、0.7μmであった。そして、上記環状オレフィンポリマーフィルムに、金型を加熱しながら押し付け、120mm×80mm(96cm2)の領域に、87億個の直径3.0μm(開口面積7.5μm2)、深さ1.0μmの六角柱状の凹部を作成した。
【0052】
[比較例3]
厚み100μm、210mm×270mmのSUS基板を準備した。一方、レーザープロッターにて、95μm×95μmの正方形が105μm間隔で141万7500個(1050個×1350列)配置された描画パターンを作製したフォトマスクを準備した。脱脂洗浄を行ったSUS基板の両面にレジストを均一付着させ、フォトマスクを被せて両面を露光し、描画パターンをレジスト上に転写した。感光しなかった部分のレジストを除去し、SUS基板を露出させた。エッチングマシーンにてSUS基板の露出部を薬液で溶解除去し、95μm×95μm、深さ25μmの直方体状の凹部が105μm間隔で141万7500個(1050個×1350列)存在する、厚み100μmの平板上の抗菌性成形体を作製した。当該抗菌性成形体の抗菌領域全体の面積は567cm2であり、当該面積に対する凹部の開口面積の合計の割合は47.5%であった。
【0053】
[比較例4]
厚み100μm、210mm×270mmのSUS基板を準備した。一方、レーザープロッターにて、90μm×90μmの正方形が110μm間隔で141万7500個(1050個×1350列)配置された描画パターンを作製したフォトマスクを準備した。脱脂洗浄を行ったSUS基板の両面にレジストを均一付着させ、フォトマスクを被せて両面を露光し、描画パターンをレジスト上に転写した。感光しなかった部分のレジストを除去し、SUS基板を露出させた。エッチングマシーンにてSUS基板の露出部を薬液で溶解除去し、90μm×90μm、深さ15μmの直方体状の凹部が110μm間隔で141万7500個(1050個×1350列)存在する、厚み100μmの平板上の抗菌性成形体を作製した。当該抗菌性成形体の抗菌領域全体の面積は567cm2であり、当該面積に対する凹部の開口面積の合計の割合は38.5%であった。
【0054】
[評価方法]
JIS Z 2801(2012年)に記載の方法に準じて、上述の抗菌性成形体の大腸菌に対する抗菌性を評価した。具体的には、上述の抗菌性成形体の抗菌領域上に、以下の大腸菌を接種し、以下の条件で24時間培養した。
【0055】
(菌種)
Escherichia coli, NBRC No. 3972
(培養条件)
温度: 35℃±1℃
(生菌数の測定)
使用培地: 標準寒天培地
【0056】
接種直後および接種から24時間後に、JIS Z 2801(2012年)に記載の方法に準じて生菌数を測定し、Δlog菌数(比較用サンプルの24時間後の生菌数の対数値-評価用サンプルの24時間後の生菌数の対数値)を求めた。
【0057】
表1に、それぞれの抗菌性成形体のΔlog菌数(抗菌活性)および抗菌性の評価結果を示す。高い抗菌性が認められるもの(Δlog菌数が2.0以上)を「〇」、十分な抗菌性が認められないもの(Δlog菌数が2.0未満)を「×」とする。
【0058】
【0059】
上記表1に示されるように、深さが0.3μm以上3μm以下であり、開口面積が12μm2以上1372μm2以下である凹部を複数有し、かつ抗菌領域の面積に対して、凹部の開口面積の合計が35%以上65%以下である場合には、良好な抗菌活性が見られた(実施例1~6)。
【0060】
一方、凹部の開口面積が狭すぎる場合には(比較例2)、抗菌活性が見られなかった。開口面積が小さいと、十分に誘因物質の濃度が高まる前に細菌が凹部のから溢れてしまったため、細菌が死滅し難かったと考えられる。さらに、抗菌領域の面積に対する、開口面積の合計が低い場合には(比較例1)、凹部以外の領域に付着する細菌の数が多く、十分な効果が得られなかったと考えられる。さらに、抗菌領域の総面積に対して、複数の凹部の開口面積の合計が35%以上であったとしても、深さが3μm超であり、かつ開口面積が1372μm2を超える場合(比較例3、4)にも、十分な効果が得られなかった。この場合、深さが深すぎるため、細菌が凹部の壁面に付着して散在しやすくなり、また凹部の面積が大きすぎて細菌が底面でも散在しやすくなるため、上記誘因物質の濃度が高まり難かったと考えられる。
本発明の抗菌性成形体によれば、高い抗菌性が得られる。また、抗菌剤や銀ナノ粒子等を使用する必要がなく、安全性にも優れる。さらに、表面に凸部を設ける必要がなく、抗菌領域が摩耗することも少ない。したがって、長期間に亘って、高い抗菌性が発揮されることから、食品用包装材や、生体内留置用装置等、種々の用途に適用可能である。