(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022171533
(43)【公開日】2022-11-11
(54)【発明の名称】気流計測方法およびそのための装置
(51)【国際特許分類】
G01P 5/20 20060101AFI20221104BHJP
G01N 21/17 20060101ALI20221104BHJP
【FI】
G01P5/20 E
G01N21/17 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】18
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021177210
(22)【出願日】2021-10-29
(31)【優先権主張番号】P 2021077294
(32)【優先日】2021-04-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】宮崎 英樹
【テーマコード(参考)】
2G059
【Fターム(参考)】
2G059AA01
2G059AA05
2G059CC04
2G059EE01
2G059FF01
2G059FF04
2G059HH01
2G059JJ03
2G059KK04
2G059MM01
2G059MM14
(57)【要約】 (修正有)
【課題】トレーサ微粒子などによるパーティクル汚染がなく、簡便にしかもリアルタイム計測が可能なパッシブ型の気流計測方法およびそのための装置を提供する。
【解決手段】波長が3μm以上5μm以下の赤外光用の結像光学系と、赤外光を電気信号に変換する光電変換層を有する赤外光感知素子からなる画素素子がマトリックス状に配置された画像センサーを使用し、赤外光を結像光学系を介して画像センサー上に結像させ、結像の濃淡像を用いて気流を計測する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
波長が3μm以上5μm以下の赤外光用の結像光学系と、
前記赤外光を電気信号に変換する光電変換層を有する赤外光感知素子からなる画素素子が、マトリックス状に配置された画像センサーを使用し、
前記赤外光を、前記結像光学系を介して前記画像センサー上に結像させ、
前記結像の二酸化炭素(CO2)の濃度に基づく濃淡像を用いて気流を計測する、気流計測方法。
【請求項2】
前記濃淡像を用いる際にCO2の吸光度によるキャリブレーションを行う、請求項1に記載の気流計測方法。
【請求項3】
前記赤外光の波長が4.15μm以上4.40μm以下である、請求項1または2記載の気流計測方法。
【請求項4】
前記赤外光の波長が4.20μm以上4.35μm以下である、請求項1または2記載の気流計測方法。
【請求項5】
前記光電変換層はInSbからなる、請求項1から4の何れか1項に記載の気流計測方法。
【請求項6】
前記波長の赤外光のみを透過させるバンドパスフィルタを前記結像光学系の前または後ろに設置して、
前記バンドパスフィルタを介して、前記赤外光を前記画像センサー上に結像させる、請求項1から5の何れか1項に記載の気流計測方法。
【請求項7】
前記バンドパスフィルタは冷却されている、請求項6記載の気流計測方法。
【請求項8】
前記冷却の温度は50K以上250K以下である、請求項7記載の気流計測方法。
【請求項9】
前記濃淡像の時間変化を用いて気流を計測する、請求項1から8の何れか1項に記載の気流計測方法。
【請求項10】
前記濃淡像から気流を求める方法が動きベクトル検出法である、請求項1から8の何れか1項に記載の気流計測方法。
【請求項11】
前記濃淡像を取得するフレームレートが、10Hz以上500Hz以下である、請求項1から10の何れか1項に記載の気流計測方法。
【請求項12】
カメラと画像処理手段を具備し、
前記カメラは、波長が3μm以上5μm以下の赤外光用の結像光学系と、
前記赤外光を電気信号に変換する光電変換層を有する赤外光感知素子からなる画素素子が、マトリックス状に配置された画像センサーを有し、
前記画像処理手段は、前記画像センサーにより取得された二酸化炭素(CO2)の濃度に基づく濃淡像を動きベクトル検出法により解析して気流を求める、気流計測装置。
【請求項13】
前記画像処理手段において、前記濃淡像を前記動きベクトル検出法により解析する際に、CO2の吸光度によるキャリブレーションを行う、請求項12に記載の気流計測装置。
【請求項14】
前記赤外光の波長が4.15μm以上4.40μm以下である、請求項12または13記載の気流計測装置。
【請求項15】
前記赤外光の波長が4.20μm以上4.35μm以下である、請求項12または13記載の気流計測装置。
【請求項16】
前記光電変換層はInSbからなる、請求項12から15の何れか1項に記載の気流計測装置。
【請求項17】
前記波長の赤外光のみを透過させるバンドパスフィルタを前記結像光学系の前または後ろに設置して、
前記バンドパスフィルタを介して、前記赤外光を前記画像センサー上に結像させる、請求項12から16の何れか1項に記載の気流計測装置。
【請求項18】
前記濃淡像を取得するフレームレートが、10Hz以上500Hz以下である、請求項12から17の何れか1項に記載の気流計測装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、気流計測方法およびそのための装置に関する。
【背景技術】
【0002】
風洞実験による自動車や航空機の流体力学的解析のような特殊な実験環境から、住宅、オフィス環境、医療機関、農業用ハウス、クリーンルーム、局所廃棄設備、原子力機関、危険物取り扱い環境における空調設備、換気設備の動作検証など、気流計測は重要な基盤技術である。さらには実働環境下での流体力学的解析、都市工学、建築、土木分野での気流計測、放射性物質等の汚染物の拡散の把握のために、屋外での気流計測の重要性も高まっている。
【0003】
従来の気流計測には大別して3つの方法があった。
一つ目はタフト法で、物体表面やグリッドに細い糸を固定し、気流の向きや動きの乱れを視覚的に観察する簡便な方法である。風洞実験で用いられるが、それ以外の環境下での適用は現実的でない。
【0004】
二つ目はトレーサ粒子法で、煙やミストを発生させ、その流れを視覚的に追う方法である。トレーサの発生方法や追跡方法によりさらに様々な方法に分類できる。
(1)スモークテスター法
実際の現場で室内の換気状態の把握や空調設備の動作の確認のために用いられる簡便な方法で、発煙管に封入した塩化第二スズと空気中の水蒸気との反応により二酸化スズ粒子からなる白煙を発生させ、気流を確認するものである。
(2)スモークワイヤー法
風洞実験で用いられる方法で、高抵抗なニクロム線などの細い電線にパラフィンなどの有機物を塗布しておき、電線に電流を流し、加熱することで有機物の白煙を発生させ、気流を確認するものである。
(3)PIV法(粒子画像流速測定法)
有機物ミストなどのトレーサ粒子を発生させておき、シート状レーザ光源で照明し、取得した複数枚の画像の相関から気流場を定量的に計測する方法である。風洞に限らず、実際の室内環境でも利用でき、画像計測技術の向上により、近年発展著しい分野である。
しかしながら、トレーサ粒子を用いる方法は、粒子そのものが汚染物であるため、クリーンルームや医療施設などの環境では利用が困難である。クリーンルームでは純水のミストが利用されるが、温湿度環境の制御されたクリーンルームでは好ましい方法ではない。スモークテスター法では、トレーサ粒子自体の汚染に加えて、副生成物である塩化水素も問題になる。
また、トレーサ粒子の沈降が無視できず、正確に気流に沿って流れる保証がない。
PIV法は最近では風洞から通常の室内環境まで適用環境が広まったとは言え、屋外での使用にまでは至っていない。また、呼気の流れの測定など、被験者が関与する測定では、レーザ光に対する眼の安全対策が必要で、純粋に自然な生活環境で測定できるわけではない。
【0005】
三つ目の気流計測の方法はシュリーレン法である。これは、気体の温度分布などにより生じる密度分布を屈折率の変化として画像化する方法で、トレーサー粒子などは不要であるが、点光源からの光を正確に平行光として測定物に照射し、正確に集光する、特殊な光学系が必要なため、大型化が困難である。そのため、風洞や実験室内など、比較的小さな対象物に対してのみ適用され、屋外など開放された環境での観察には適用が困難である。
【0006】
以上に述べたのは、十分に確立され、市販の測定システムが入手できる技術であるが、近年の赤外線カメラの発達と普及に伴い、新しい方法の提案が相次いでいる。
特許文献1に開示された気流測定装置は、温度変化を可視化できる主に赤外線の波長帯のカメラを用いて、物体の表面の温度変化量の時間変化データを算出してそれを可視化するものである。
特許文献2に開示された気流計測方法は、液体窒素、ドライアイス、水蒸気など、測定したい気流とは温度差のあるサンプルガスをトレーサとして利用し、赤外線サーモグラフィ画像からクリーンルームでの気流を測定する方法である。
特許文献3に開示された気流計測装置は、温度画像を取得できる赤外線カメラを用いて、気体固有の周波数での温度変動分布画像を取得し、気流を計測するものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2019-66384号公報
【特許文献2】特表2014-528074号公報
【特許文献3】特開2020-052036号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】E.V.Kochanov,et al.J.Quant.Spectrosc.Radiat.Transfer,177,15-30(2016)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の課題は、トレーサ粒子などによるパーティクル汚染がなく、簡便にしかもリアルタイム計測が可能なパッシブ型の気流計測方法およびそのための装置を提供することである。
特に、測定対象や環境の限定がないことを特徴とする。すなわち、風洞のような特殊な実験環境はもちろん、通常の室内環境、さらには屋外ですら適用でき、また、レーザ光のような光源を用いずに、人が存在する空間でも、安全に対する配慮を必要とすることなく、気流計測できる方法および装置を提供することを課題とする。
【0010】
なお、赤外線の波長帯で測定して気流を測定する装置について開示した特許文献1、特許文献2および特許文献3は、何れも温度計測に基づいた方法である。
赤外線画像による温度計測とは、すなわち、流体を構成する分子のプランク放射を観測するものである。代表的な気流の温度として25℃を仮定し、プランクの式を適用すると、その近辺の温度では、流体の温度の1℃の変化に対して、3.8%の放射強度の変化が生じると見積もられる。これに対して、例えば特許文献1の
図6では、気流を測定するために測らねばならない温度変動はわずか±0.1℃程度の微小なものとされている。これは±0.4%の放射強度変化に相当すると見積もられる。
一般に赤外線カメラの温度分解能が数10mK-100mK程度であることを考えると、これは技術的な限界にかなり近い計測を実現せねばならないことを意味する。従って、温度計測に基づく方法では、高精度な気流計測は容易ではないと考えられる。
また、特許文献1は物体表面上の流れを見るものであり、遠方にある背景物体とカメラの間の自由空間における気流を計測できるものではない。一般にはむしろ物体表面に限らない自由空間における気流を知りたい場合の方が多い。
【0011】
一方、特許文献2は、トレーサとして用いるサンプルガスの温度が測定対象の気流とは異なることが重要である。しかし、温度差のあるガスの混合により、対流が新たに生じ、本来の気流を正しく計測できない問題がある。液体窒素とドライアイスは、空気中の水分による霧を発生させるので、測定対象である空気中において水蒸気の移動が起こり、この点でも測定対象である気流の熱力学的状態を変えてしまう。水蒸気を用いた場合には、逆に湿度を増大させ、測定対象の特性を変えてしまうだけでなく、温湿度環境の制御されたクリーンルームでは問題になり得る。
【課題を解決するための手段】
【0012】
課題を解決するための本発明の構成を下記に示す。
(構成1)
波長が3μm以上5μm以下の赤外光用の結像光学系と、
前記赤外光を電気信号に変換する光電変換層を有する赤外光感知素子からなる画素素子が、マトリックス状に配置された画像センサーを使用し、
前記赤外光を、前記結像光学系を介して前記画像センサー上に結像させ、
前記結像の二酸化炭素(CO2)の濃度に基づく濃淡像を用いて気流を計測する、気流計測方法。
(構成2)
前記濃淡像を用いる際にCO2の吸光度によるキャリブレーションを行う、構成1に記載の気流計測方法。
(構成3)
前記赤外光の波長が4.15μm以上4.40μm以下である、構成1または2記載の気流計測方法。
(構成4)
前記赤外光の波長が4.20μm以上4.35μm以下である、構成1または2記載の気流計測方法。
(構成5)
前記光電変換層はInSbからなる、構成1から4の何れか1項に記載の気流計測方法。
(構成6)
前記波長の赤外光のみを透過させるバンドパスフィルタを前記結像光学系の前または後ろに設置して、
前記バンドパスフィルタを介して、前記赤外光を前記画像センサー上に結像させる、請求項1から5の何れか1項に記載の気流計測方法。
(構成7)
前記バンドパスフィルタは冷却されている、構成6記載の気流計測方法。
(構成8)
前記冷却の温度は50K以上250K以下である、構成7記載の気流計測方法。
(構成9)
前記濃淡像の時間変化を用いて気流を計測する、構成1から8の何れか1項に記載の気流計測方法。
(構成10)
前記濃淡像から気流を求める方法が動きベクトル検出法である、構成1から8の何れか1項に記載の気流計測方法。
(構成11)
前記濃淡像を取得するフレームレートが、10Hz以上500Hz以下である、構成1から10の何れか1項に記載の気流計測方法。
(構成12)
カメラと画像処理手段を具備し、
前記カメラは、波長が3μm以上5μm以下の赤外光用の結像光学系と、
前記赤外光を電気信号に変換する光電変換層を有する赤外光感知素子からなる画素素子が、マトリックス状に配置された画像センサーを有し、
前記画像処理手段は、前記画像センサーにより取得された二酸化炭素(CO2)の濃度に基づく濃淡像を動きベクトル検出法により解析して気流を求める、気流計測装置。
(構成13)
前記画像処理手段において、前記濃淡像を前記動きベクトル検出法により解析する際に、CO2の吸光度によるキャリブレーションを行う、構成12に記載の気流計測装置。
(構成14)
前記赤外光の波長が4.15μm以上4.40μm以下である、構成12または13記載の気流計測装置。
(構成15)
前記赤外光の波長が4.20μm以上4.35μm以下である、構成12または13記載の気流計測装置。
(構成16)
前記光電変換層はInSbからなる、構成12から15の何れか1項に記載の気流計測装置。
(構成17)
前記波長の赤外光のみを透過させるバンドパスフィルタを前記結像光学系の前または後ろに設置して、
前記バンドパスフィルタを介して、前記赤外光を前記画像センサー上に結像させる、構成12から16の何れか1項に記載の気流計測装置。
(構成18)
前記濃淡像を取得するフレームレートが、10Hz以上500Hz以下である、構成12から17の何れか1項に記載の気流計測装置。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、トレーサ微粒子などによるパーティクル汚染がなく、簡便にしかもリアルタイム計測が可能なパッシブ型の気流計測方法およびそのための装置が提供される。
ここで、この装置は、生活環境やパーティクル等による汚染が許されないクリンルームなどでの実環境に簡便に持ち運び可能である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の装置の概要構成を示す説明図である。
【
図2】本発明の装置のカメラ部の構成を示す説明図である。
【
図3】本発明の装置の画像処理手段の構成を示す説明図である。
【
図4】CO
2の吸収スペクトルを示す特性図である。
【
図5】CO
2濃度の様々な増分に対し、吸収層の厚さとその中を進行する波長4.20-4.35μmの赤外光の吸収率差の関係を示す特性図である。
【
図6】実施例で用いた持ち運び可能な測定装置の写真である。
【
図7】実施例で用いたバンドパスフィルターの透過スペクトルを示す特性図である。
【
図8】実施例で用いたバンドパスフィルタの放射強度の温度特性を示す特性図である。
【
図9】本発明による気流の観察例を示す写真である。
【
図10】本発明による気流の観察例を示す写真である。
【
図11】本発明による気流の観察例を示す写真である。
【
図12】本発明による気流の観察例を示す写真である。
【
図13】本発明による気流の観察例を示す写真である。
【
図14】本発明による気流の観察例を示す写真である。
【
図15】本発明による気流の観察例を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下本発明を実施するための形態について図面を参照しながら説明する。
なお、文中に出てくるA-Bは、A以上B以下を表す。
【0016】
<装置の構成>
ここでは、気流計測装置の構成とその特徴について述べる。
【0017】
図1は、気流計測装置201の装置構成を示す概要図である。
気流計測装置201は、カメラ51と画像処理手段52を具備する。
【0018】
カメラ51は、
図2(a)に示すように、波長が3μm以上5μm以下、より感度とS/Nの向上のためには4.15μm以上4.40μm以下、さらにいっそう感度とS/Nを向上するためには4.20μm以上4.35μm以下の赤外光11用の結像光学系12と、赤外光を電気信号に変換する光電変換層を有する赤外光感知素子からなる画素素子14が、マトリックス状に配置された画像センサー13を有する。ここで、この波長帯域は、後述のように二酸化炭素(CO
2)の光吸収帯域に対応している。
【0019】
結像手段12は、カメラとしての十分な結像性能を有していれば特に規定はないが、例えばGe、Si、ZnSe、ZnS、サファイアを用いた光学レンズによるレンズ結像系、ミラーを用いた反射光学系、ミラーとレンズを併用した複合光学系を用いることができる。短焦点距離レンズでもズームレンズでも構わない。倍率やF値、許容収差なども特に限定はなく、コスト、使い勝手、重量、分解能、視野などを鑑みて適当な選択を行えばよい。
【0020】
画素素子14(赤外光感知素子)としては、InSb、HgCdTe、InAs/GaSb超格子、InGaAs/InAlAs量子井戸、GaAs/AlGaAs量子井戸などの3μm以上5μm以下波長帯域に感度をもつ光電変換素子を用いることができる。また、ボロメータ、サーモパイル、焦電素子を用いた熱型赤外光感知素子を用いても良い。この中でも特にInSbは、この波長帯域での感度とS/N特性に優れるため好んで用いることができる。
画素素子14の画素サイズおよび画素数は特に限定はない。
画素サイズを小さくすると画像センサー13の大きさも小さくなり、結像手段12も小型化が容易になる。画素サイズが大きい場合は、感度とS/Nの向上が容易になり、分解能も上げやすくなる。画素サイズとしては、例えば10×10-30×30μm2としてよい。
画素数は、特に限定はなく、装置の大きさや必要な分解能などを鑑みて適宜設定すればよい。画素数としては、例えば64×64-1920×1536を挙げることができる。
【0021】
測定する赤外光11の波長を、4.15μm以上4.40μm以下、あるいは4.20μm以上4.35μm以下に狭くするためには、バンドパスフィルタを用いることが有効である。バンドパスフィルタは小型、軽量で取り扱いも容易で、必要に応じて取り外すこともできる。なお、バンドパスフィルタとしては、例えばサファイアやゲルマニウム基板上に成膜したSiO、ZnS、Geなどから構成された多層膜などを用いることができる。
バンドパスフィルタを置く場所は、
図2(b)のカメラ102におけるバンドパスフィルタ15aに示されるように、画像センサー13から見て結像手段12の前とすることも、
図2(c)のカメラ103におけるバンドパスフィルタ15bに示されるように、結像手段12の後ろとすることもできる。前に置く場合は、バンドパスフィルタの交換や脱着が容易になるというメリットがあり、後ろに置く場合は、バンドパスフィルタが小さくて済むほか、後述の冷却を行う場合、画像センサー13とともに冷却できるというメリットがある。
【0022】
バンドパスフィルタ15a、15bや画像センサー13は、冷却されることが好ましい。冷却することにより環境や部品などからの熱輻射によるノイズを低減することができる。特にバンドパスフィルタ15a、15bが常温の場合は、そこからの熱輻射が画像センサー13の信号に大きなベースラインとして重畳し、得られる画像のコントラストを著しく低下させる。
冷却方法としては、スターリングクーラー、ペルチェ素子、液体窒素冷却などを挙げることができるが、スターリングクーラーとペルチェ素子は、取り扱いが容易なので好んで用いることができる。特に、スターリングクーラーは、ハンディサイズでも80K以下に冷却が可能であり、しかもバッテリーで稼働させることができるため特に好んで用いることができる。
【0023】
冷却温度は、50K以上250K以下が好ましい。250K以下とすることにより、ノイズレベルを1桁以上改善することができる。温度が低ければ低いほどノイズレベルは下がるが、50Kではノイズレベルが常温使用時の20桁以上下がり、このレベルでは電圧変動など他要因によるノイズが支配的になる。極低温にすると簡便性、取り扱いの容易性が低下するので、50K以上での使用が好ましい。
【0024】
画像処理手段52は、画像センサー13により取得された濃淡像から気流を求める手段で、
図3に示すように、画像インターフェース部31、CPUなどを備えた演算部32、DRAMなどを備えたメモリ部33、GPUやディスプレなどを備えた表示・出力部34および露光時間、フレームレート、コントラスト強調、空間フィルタリング、空間微分処理、時間微分処理などの指示、設定を行う条件入力・制御部35からなる。ここで、濃淡像は、CO
2の濃度分布を反映したものである。
【0025】
濃淡像から気流を可視化する方法としては、動画の時間変化を抽出する時間微分処理が有効である。
時間微分処理とは、基本的には、現在の画像から、1フレーム前の画像を減算することである。この処理により、変化があった画素だけで輝度信号が残り、変化がなかった画素では輝度値が0となるので、背景画像が消え、動きのあった領域だけが浮かび上がる。
ここで、信号のノイズが残ると強調されてしまうので、ノイズを除去することが肝要である。
代表的な方法は、現在の画像から過去Nフレームの画像の平均画像を減算する方法である。これにより、背景の物体が消去され、CO2の濃度分布の時間変化として、気流が可視化される。適切なNの値は、画像中での流れの速さや画像の品質によって決める。
しかし、これだけでは、視覚的にはわかりやすいが、定量的な計測にはならない。定量的な気流計測には、こうして抽出した気流情報から、動きベクトル検出法により、等価な点を次々に追跡していく必要がある。
【0026】
動きベクトル検出法は、時間的に連続する一連の画像の中で、各画像中の等価な領域を対応付けることにより、物体の動きを表すベクトルを抽出する手法である。相互相関法やオプティカルフロー法など種々の方法が知られている。オプティカルフロー法の中にも様々なアルゴリズムがあり、Lucas-Kanade法やHorn-Schunk法などが知られている。これらの具体的な画像処理方法としては既に様々な方法が開発、確立され、既知の技術であるので、ここでは詳細な説明は省略する。
【0027】
<測定原理>
本発明の気流計測装置201では、主にCO2ガスに着目して、その濃度変化を捉える。
CO2分子はトレーサ粒子として優れた特徴を多く兼ね備えている。
【0028】
CO
2分子の第一の特徴は、視認性、識別性である。
CO
2ガスは温暖化ガスの筆頭として挙げられることからもわかるように、赤外域に強い吸収を持つ優れた吸収体である。
CO
2分子の吸収係数を
図4に示す。本特許で主に議論するInSb赤外感知素子の感度波長域3-5μm内には、波長4.20-4.35μmに鋭く、強い吸収がある。この吸収係数は1気圧、25℃の空気中にCO
2が体積濃度400ppm含まれた状態の吸収係数である。後述するが、本特許ではこの状態を標準状態と呼ぶこととする。また、空気中に存在する主要な気体分子で、同じ波長域に強い吸収をもつものはない。従って、この波長に注目していれば、高感度にCO
2ガスの量を捉えることができ、かつ、CO
2に関する情報だけを他のガスから識別して知ることができる。
ここで、このCO
2の吸収係数は、データベースHITRANと、非特許文献1により提供されているHITRAN Application Programming Interface (HAPI)を用いて求めた。
【0029】
CO2分子の第二の特徴は、清浄性である。
従来のトレーサ粒子のように異物粒子としてクリーンルームを汚染することもないし、測定後に物体表面に付着して汚染することもない。
【0030】
CO2分子の第三の特徴は、軽量性、追従性である。
CO2は分子そのものなので、ナノ粒子と比べても圧倒的に軽い。あえて言えば、分子量44で、空気の平均分子量28.8より重いので、原理的には静置状態ではいずれ空気中で下に沈降すると考えられる。しかし、気流による輸送状態では、乱流混合効果が支配的で、沈降しない。このことは、地球の空気の組成が高度80kmまでの均質園ではCO2濃度を含めて一定であることを考えれば自明である。流れがある状態では分子量差による沈降は完全に無視でき、CO2分子は気流に忠実に従う理想的なトレーサ粒子として振る舞う。
【0031】
CO
2分子の第四の特徴は、普遍性である。
大気のCO
2の濃度は、地球温暖化の影響を受けて年々増加する傾向があるが、2020年時点で約400ppm(0.04%)である。何の手も加えていない屋外の空気、人のいない建物の中の空気など、標準状態の空気にもこれだけの量のCO
2が自然に含まれ、
図4の吸収係数をもっているのである。
しかも、CO
2は身の回りの様々なものが排出している。CO
2は人の呼気に含まれるので、人のいるオフィス、住宅など、建物内のCO
2濃度は一般に標準状態よりも高い。ビル管理法では不特定多数の人が利用する建築物内のCO
2濃度を最大1000ppm(0.1%)以下に保つように定めており、これが一般的な環境中の上限濃度を与える。しかし、換気の悪い状態ではこれを超える濃度に達することも珍しくない。したがって、通常の環境中には、数百ppmから千ppmオーダーのCO
2が自然に存在する。
【0032】
本発明の気流計測装置201は、自然に存在するCO2を使用するだけでなく、自然に外界が放射している赤外光を利用するパッシブ測定である点でも簡便で、広い適用範囲をもつものである。
【0033】
室温において、あらゆる物体はプランクの法則に従って赤外光を放射している。ウィーンの変位則に従うと、25℃の完全黒体の示す熱放射は波長9.7μmにピークをもつ。しかし、黒体放射は広い波長域に分布しており、25℃の物体は波長4μm近辺の赤外光も放射している、従って、室温では背景にあるすべての物体が自然の光源として働く。
図2で赤外光11としていたのは、このような背景の物体が放射する赤外光である。しかし、必要に応じて黒体炉やホットプレートのような熱源を光源として利用しても良い。
【0034】
背景とカメラ101、102、103の間に特定の波長の光を吸収する吸収体があると、その吸収体を透過した吸収帯の波長の光の強度は変化する。背景は広い波長域で発光しているので、狭い吸収帯の光が吸収されただけでは全体に対する変化は微小である。しかし、ここで、感知する波長を吸収体の吸収波長帯に制限しておくと、吸収体の存在によって、カメラに届く赤外光の強度は大きなコントラストで敏感に変化することになる。こうして吸収体の存在を可視化できる。
その吸収体の吸光度はビアランバート則に従い、分子固有のモル吸光係数、その分子の濃度、吸収層の厚さに比例する。標準状態の濃度に対するCO
2の吸収係数は、
図4の通りであるが、この高さが濃度に比例して変化することになる。
【0035】
本発明では、CO2をトレーサとして扱って、その濃度の揺らぎを捉えて気流計測を行う。ここで、濃度に着目するメリットは、その圧倒的な変化の幅(ダイナミックレンジ)の大きさによる。
【0036】
先述の通り、屋外や人のいない建物の空気には標準状態のCO2が含まれる。人のいる建物では1000ppm近い濃度やそれを超える場合もあり、標準状態の2-3倍のCO2濃度は当たり前に存在する。しかもその濃度は同じ建物でも部屋ごとに異なるし、廊下やロビーではまた異なることになる。
植物や土壌の存在も無視できない。例えば、農業用ハウスでは、密閉環境下での植物や土壌中の微生物の呼吸により、CO2濃度が1000ppmを超える場合も珍しくない。逆に植物は光合成によりCO2を消費するので、農業用ハウスの場合には光合成が盛んな時間帯には標準状態よりもCO2濃度が低くなる場合もある。
さらに、排出源自体のCO2濃度は遙かに高い。人の呼気は4%とされている。標準状態の100倍の濃度である。内燃機関、燃焼炉などからの排出ガスは10%、標準状態の250倍である。その他、炭酸飲料からは、100%、標準状態の2500倍の濃度のCO2ガスが放出される。
【0037】
このように、CO2濃度は、一般的な室内環境で標準状態の数倍程度、局所的には数100倍、さらには数1000倍といった大きな範囲で変動しうる。このようなCO2濃度の大きく異なる空気塊どうしが乱流混合しつつ、濃度ゆらぎをもって共存しているのが現実の空気環境である。
【0038】
一方、特許文献1-3が注目した温度による変動の幅を考えてみる。
例えば波長4.26μmにて25℃での放射の2倍の強度の放射を示す温度をプランクの式に従って求めると、44.3℃である。通常の環境を考えた時、気温25℃の空気環境下に44.3℃もの高温の空気塊が乱流混合しつつ共存している状況は、発熱体の存在する室内など、極めて特殊な場合に限られる。温度ゆらぎの範囲はせいぜい数%か、大きく見積もっても数10%程度である。
【0039】
本発明では、CO2の濃度ゆらぎに着目することにより、自然に存在する大きな濃度分布を追跡のための目印として利用でき、高精度で安定した気流計測が実現できる。
【0040】
図5には、背景からカメラの間に
図4で示した標準状態のCO
2(1気圧、25℃、400ppm)がある厚さで存在した時に、その濃度が標準状態に対して1%、10%、100%、1000%、すなわち、4ppm、40ppm、400ppm、4000ppm増加した場合に、背景から放射された赤外光が波長4.20-4.35μmの波長帯において吸収される割合がどれだけ増えるかを示している。これらは
図4の波長域4.20-4.35μmにおける吸収係数の平均値0.0119cm
-1に基づいて見積もったものである。
【0041】
例えば、7ビット(128階調)の分解能で赤外光の強度が測定できる場合、約1%の吸収による強度変化が検出できる。どのくらいの厚さの吸収体を透過したときに、この検出可能な輝度変化が生じるかを、
図5の縦軸が10
-2となる厚さとして求めてみると、濃度増加が40ppmなら10cm程度、濃度増加が400ppm(標準状態に対して2倍)なら1cmという微小なゆらぎ領域が十分に可視化できることになる。なお、濃度増加が大きいケースで、吸収層の厚い図の右端で吸収率差が減少しているのは、それらの高濃度領域の厚い吸収層では、赤外光吸収が100%に到達して飽和してしまっているためである。
現実には様々な画像強調手法が確立しており、検出できる強度変化は10
-2よりは一般にはるかに高いので、僅かな濃度ゆらぎ、僅かなボリュームでのCO
2濃度揺らぎを捉えることができる。
【0042】
図5は濃度ゆらぎがいかに大きな信号変化を起こしうるかを示すかだけではなく、定量的な濃度測定が可能であることも示している。赤外線画像とは、赤外光源で照明をしている特別な場合を除いてはパッシブな測定であり、画像の強度自体が赤外線の強さ、つまり放射体の温度を反映している。特許文献1-3に示されている従来の赤外線カメラを用いた気流計測では、流体自体、あるいは流体により冷やされる直下の物体表面の温度に依存した放射を見ていた。
【0043】
これに対して本発明は、背景の物体が放射する赤外線強度がその手前に存在するCO
2の濃度に応じた吸収によってどう変化するかを見るものである。背景画像の輝度が標準状態に比べてどの程度変化したかは、CO
2濃度の標準状態からの濃度変化量と相関がある。
ある背景画像を見ているときの標準状態と比べた輝度の比は、背景物体からカメラまでの空間の透過率を表し、-log
10(透過率)として吸光度が与えられる。吸光度は分子固有のモル吸光係数、その分子の濃度、吸収層の厚さに比例し、
図4で示したようにCO
2のモル吸光係数は既知であるので、画像の変化から、濃度と吸収層の厚さに対応した量がわかる。これを「濃度・厚さ積」と呼ぶことにする。1方向からの観察でわかるのは、濃度そのものではなく、濃度・厚さ積である。
【0044】
現実には、CO2のモル吸光係数と画像だけから正確にCO2の濃度・厚さ積を求めることは容易ではない。例えば、バンドパスフィルタの透過スペクトルとCO2の吸収スペクトルとの関係や、レンズ系の特性など、様々な要因の影響を受ける。
しかし、背景物体とカメラの関係が固定されたある特定の状況に限れば、その間に存在するCO2の濃度・厚さ積と画像の関係、さらにCO2の分布が特定できる場合にはCO2の濃度と画像の関係をあらかじめキャリブレーションしておけば、定量的に濃度・厚さ積や濃度そのものを求めることができる。
ここで、カメラにより2次元的な濃度・厚さ積を観察しているので、これを面積分すれば、濃度・厚さ積×面積として濃度×体積がわかり、CO2の総重量がわかる。ここで、本発明によりその速度がわかっているので、それを掛ければ、CO2の流量が求められる。
【0045】
本発明はCO2をトレーサ粒子として利用するものであるが、CO2自体、環境問題から大きな関心のあるガスである。本発明は単に気流計測の方法を与えるだけでなく、CO2の流量を画像を用いて計測する方法も与える。
【0046】
濃度を定量的に測定する技術として、赤外カメラと分光器を組み合わせたハイパースペクトラルイメージングが知られている。分光器はいろんな波長を選ぶことができるので、CO2に限らず、一つの装置でいろいろなガスを見ることができる。ただし、スペクトルを測っているので、スピードが遅く、1画面あたり数秒とか数分かかる。このため、気流のような動的なものの測定には不向きである。
【0047】
本発明では、バンドパスフィルタを用いたりして、一つのガスの測定に絞ったことで速度を稼いでおり、気流のような動的ものを十分な精度を伴って捉えている。これが、本発明の1つの特徴になっている。
そして、多数の実験を行った結果、気流を動画として捉え、精度をもってそれを可視化するためには、フレームレートを10Hz以上、好ましくは20Hz以上とすればよいことを見出した。なお、フレームレートの上限は、1画面当たりの画質の確保、それに基づくCO2濃度の算出精度から500Hz以下が好ましい。
【実施例0048】
(実施例1)
実施例1では、装置構成とそれを用いて観察を行った実例について説明する。当然ながら、本発明はこのような特定の形式に限定されるものではなく、本発明の技術的範囲は特許請求の範囲により規定されるものである。
【0049】
用いた装置の全体写真を
図6に示す。
装置は、カメラと、制御・観察・表示用のPC、それらを駆動するバッテリー、およびカメラを保持する三脚からなる持ち運び可能な装置である。カメラの重量は約2.5Kg、バッテリーの重量は約5Kgである。このカメラでは、家庭用のビデオカメラによる撮影と同様に、簡便に撮影を行うことができる。
【0050】
カメラ103の構成を
図2(c)に示す。
カメラ103はFLIR社製のA6796型であり、カメラ103は、3-5μmの波長域の赤外光に適応する結像手段(結像レンズ)12、透過中心波長が4.25μm付近にあるバンドパスフィルタ15b、およびInSbを用いた赤外光感知素子からなる画像素子14が640×512のマトリックス状に配置された画像センサー13を有する。
ここで、バンドパスフィルタ15bはバッテリー駆動のスターリングクーラーによって画像センサー13(画素素子14)とともに80Kに冷却される。画像センサー13(画素素子14)は、階調14ビットであり、感応波長帯域は3-5μmである。結像レンズ12としては、例えば焦点距離25mm、50mm、100mm、F値2.5のものが入手できる。
【0051】
80Kに冷却されたバンドパスフィルタ15bの透過波長特性を
図7に示す。4.0-4.4μmの波長域の赤外光を透過する。
また、
図8にバンドパスフィルタ15bを冷却したときの効果を示す。縦軸はこのバンドパスフィルタがInSb赤外光感知素子の感度波長域3-5μm内で放射する赤外光強度の総量、すなわちバンドパスフィルタに由来する赤外光信号レベルを表しており、フィルタを80Kに冷却すれば、室温(300K)より10桁以上ベースラインが低減されたコントラストの高いクリアな像が得られることが示されている。
【0052】
発明者は、以上の構成の、CO2の吸収波長に合わせて作られ、冷却されたバンドパスフィルタを結像手段と画像センサーの間に装備したカメラにて、屋内外の様々な対象物の観察事例を集積した。その結果、屋内でも屋外でも、物体表面だけでなく自由空間においても、濃度ゆらぎにより常に空気の流れが可視化できており、むしろCO2濃度が均一な状況を見出すことの方が難しいことを見出した。
【0053】
図9は、僅かに半開きにして固定したドアの隙間を通じての換気の様子を可視化した動画から切り出した静止画である。撮影条件は、露光時間45ms、フレームレート22.2Hz、レンズ焦点距離25mm、F値2.5である。
図9(a)は、気流を強調する時間微分処理を行う前の生画像である。画像中央にドアノブがあり、そこから左側がドアで、紙面奥向きに開く。その下端に幅22mmのドアストッパーを挟んで、常時隙間を空けた状態である。手前が室内で、室内環境は室温25℃、湿度60%である。ドアの向こうは廊下であるが、廊下は温度、湿度とも室内ほどは正確には空調されていない。室内側は天井の換気孔を通じて吸引と流入が等量で起こるよう設定されており、外に通じる窓は締められている。
図9(b)は、これにN=5の時間微分処理を加えた画像である。この処理により、変化があった画素だけが強調表示され、変化がなかった背景画像は消去される。ドアの境界を破線で示した。隙間から廊下から室内に向かって気流が存在していることがわかる。興味深いことに、気流の流入はドアノブよりやや上から下でのみ起こっており、その上では気流は視認されない。
【0054】
図10は、この時の同じドアを、反対に廊下側から写した映像である。
図10(a)は生画像で、ドアノブよりやや上の領域が写されている。画面右側1/3程度がドアで、ドアストッパーにより手前に半開きになった状態である。
画像強調した
図10(b)では、今度は上半分で廊下側に向かう気流が存在することがわかる。半開きのドアを通じた気流の存在はこれまで認識されていなかったが、
図9と
図10から、隙間の下半分では廊下から室内への流入、上半分では室内から廊下への流出という複雑な換気が行われていることが初めて明らかになった。流出側の気流が見えないのは、広い範囲から狭い隙間に向かって集まって行く過程であるため、濃度分布が緩慢であるためで、流出側は狭く絞り込まれた気流が吐出されるために濃度分布が強調して見えているものと考えられる。
【0055】
(実施例2)
図11は、
図9、
図10と同様の室内と廊下を隔てるドアの下部を撮影したものである。ここで、用いた装置も撮影条件も実施例1に準じている。ドアは閉じられており、室内側から撮影した。
ドアの下端から、常時、室内に流入するシート状の気流が存在することが初めて明らかになった。室内の換気システムは、吸引と流入が等量となるように設定されているが、実際には常時吸引が勝っている、あるいは廊下が陽圧であるため、定常的に廊下から流れ込む気流が生じているものと考えられる。
【0056】
(実施例3)
図12は、同じ建物の給湯室の換気扇である。用いた装置、レンズは同じであるが、露光時間50ms、フレームレート16.6Hzである点が異なる。換気扇は音もなく、見た目では実際に動作しているかどうか判別できないが、停止状態からスイッチを入れてしばらくの間の動画を撮影したところ、換気口に向かって流入していく気流の存在を確認でき、換気扇が確かに動作していることが確認できた。
【0057】
以上に見てきたように、これまでならばスモークテスター法を用いたり、専用の気流計などで測定したような見えない空気の流れが、実時間で容易に可視化できることが明らかになった。特に放射性廃棄物、アスベストなどの危険物質を扱う作業現場や、病棟でのエアロゾル、空気を通じた院内感染の対策やルート解明にこの技術は有効である。
【0058】
(実施例4)
図13は、ドラフトチャンバーの動作を確認した結果である。
これも
図9から
図12までと同じ建物であるが、化学実験が可能な別の部屋である。撮影条件は、露光時間50ms、フレームレート20.0Hz、レンズ焦点距離25mm、F値2.5である。
図13(a)は、気流を強調する画像処理を行う前の生画像である。画面左半分がドラフトチャンバーで、ドアを160mm開けて、吸引している状態である。
図13(b)、(c)、(d)は、
図9から
図12と同様の画像強調を行った動画から、代表的な3枚の静止画を抜き出したものである。全体に左右に延びる気流が見えるが、これだけを見ても、どちら向きにどのくらいの速度で流れているかはわからない。
図13(e)は、これらを含む一連の画像から、Lucas-Kanade法により算出したオプティカルフローである。画面右端から出発し、14フレーム分計算し、流線を追跡した結果である。予想されるように右から左に向かって室内の空気が吸引される様子がわかるが、同時にドラフトには吸引されずに上に登っていく一群の気流も存在することがわかった。このオプティカルフローから、右から左に向かう平均流速は0.47m/sであることがわかった。この流速は労働安全衛生法によるドラフトチャンバーの有機溶剤中毒予防規制値である最低風速0.4m/sを満足しており、この計測により、所定の性能が発揮できていることが確認できた。
【0059】
(実施例5)
図14は、屋外で停止した自動車まわりの気流を観察した結果である。
この観察時の状況を
図6に示した。撮影条件は、露光時間45ms、フレームレート20.0Hz、レンズ焦点距離25mm、F値2.5である。
図14(a)は、気流を強調する画像処理を行う前の生画像で、自動車後部を写している。測定日は気温19℃、湿度77%で、快晴であったが、風が強く(気象庁記録では測定時間帯の風速5.2m/s)、撮影時には左から右に吹いている。従って、ちょうど自動車が走行している時の気流を模擬している。
図14(b)、(c)は、
図9から
図13と同様の画像強調を行った動画から、代表的な2枚の静止画を抜き出したものである。これらの静止画1枚1枚にも、自動車に沿って細く延びる流線が認められる。
もう一つの重要な特徴として、画像全体にもやのような分布が見え、これが左から右に吹き飛ばされている。これはCO
2濃度が標準状態で一定と思われる屋外においても現実にはかなり大きなCO
2の濃度ゆらぎが存在していることを示す。この場所は自動車の手前に芝生があり、芝や土壌が排出するCO
2がわき上がっているものと思われる。同様の測定をアスファルトで覆われた駐車場で行った時には、このようなもやとして見えるほどの顕著な濃度ゆらぎは認められなかった。それが風で乱流混合されながら流され、流線の観察を可能にしているものと考えられる。
【0060】
図14(d)は、N=2にて時間微分した一連の画像から、Lucas-Kanade法により算出したオプティカルフローである。
画面左端から出発し、18フレーム分計算し、流線を追跡した結果である。
図14(b)、(c)にも現れていた自動車表面に沿って左上から右下に向かって吹き下ろす流れが、その後自動車表面から離れて自由空間に水平に流れ去っていく様子が捉えられている。このオプティカルフローから、左から右に向かう車体後部の流れの流速は0.92m/sであることがわかった。これは当日の風の強さを考えると小さな値であるが、建物に囲まれた場所で実験していること、自動車前面に吹き付けて弱まった気流を見ていることを考えると、納得できる測定結果である。
【0061】
以上、自然に空気中に存在するCO2を利用する方法について述べてきたが、クリーンで容易に手に入るトレーサ分子としてCO2を積極的に放出して、その流れを追跡しても構わない。
実施例4、実施例5のような動きベクトル図を、複数の方向から観察し、同期して共通の空気塊を追跡すれば、3次元的な気流の流れを計測することもできる。
【0062】
(実施例6)
図15は、クリーンで容易に手に入るトレーサ分子としてCO
2を積極的に放出してその流れを追跡した事例である。風洞実験において白煙を発生させるスモークワイヤーの代わりに、配管に20mmピッチで周期的に空けた直径1.0mmの孔からCO
2ガスを噴出し、流線を可視化した。
撮影条件は、露光時間40ms、フレームレート24.9Hz、レンズ焦点距離25mm、F値2.5である。
実施例6では、助走領域の短い簡易風洞を用いたために層流状態が必ずしも十分ではないが、白煙によるパーティクル汚染なく、風洞実験において流線の可視化が可能なことが示された。この実験は通常の室内光照明下で行ったが、暗闇で同じ実験を行っても同一の結果を得ることができた。
【0063】
本明細書の実施例で示したのはいずれも低速の気流で、空気が非圧縮性流体と見なせる低マッハ数の事例である。
空気を圧縮性流体と捉えねばならない高マッハ数の高速流状態では、空気の密度が無視できない変化を示すので、濃度ゆらぎがなくとも、流れによって濃度の変化が必然的に生じ、気流がさらに観察しやすくなるという新たな利点が生じる。
ここで、さらに濃度と画像の関係をキャリブレーションにより定量的に対応付けておけば、画像から圧力を定量的に測定できることになる。
マッハ数1前後の高速領域の流体力学的解析は、航空機などの気流を調べる高速風洞で行われている。そこに本発明を適用すれば、圧縮部がCO2濃度の高い領域として可視化でき、これまでにない情報を提供する特に有用な技術として効果を発揮する。