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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022172573
(43)【公開日】2022-11-17
(54)【発明の名称】産卵誘発用の経口製剤
(51)【国際特許分類】
   A01K 61/10 20170101AFI20221110BHJP
   A61K 38/24 20060101ALI20221110BHJP
   A61P 5/24 20060101ALI20221110BHJP
   A23K 50/80 20160101ALI20221110BHJP
   A23K 20/147 20160101ALI20221110BHJP
   A23K 20/184 20160101ALI20221110BHJP
   C07K 14/575 20060101ALN20221110BHJP
   C07K 7/06 20060101ALN20221110BHJP
【FI】
A01K61/10
A61K38/24
A61P5/24
A23K50/80
A23K20/147
A23K20/184
C07K14/575 ZNA
C07K7/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021078479
(22)【出願日】2021-05-06
(71)【出願人】
【識別番号】721004097
【氏名又は名称】雨澤 孝太朗
(72)【発明者】
【氏名】雨澤 孝太朗
【テーマコード(参考)】
2B005
2B104
2B150
4C084
4H045
【Fターム(参考)】
2B005GA01
2B005GA02
2B005MB04
2B104AA01
2B104BA02
2B104BA03
2B150AA08
2B150AA20
2B150AB20
2B150DC23
2B150DF05
4C084AA02
4C084BA17
4C084BA31
4C084CA59
4C084DB26
4C084MA52
4C084NA10
4C084ZC03
4C084ZC61
4H045AA10
4H045AA20
4H045AA30
4H045BA01
4H045BA15
4H045BA50
4H045CA52
4H045DA30
4H045EA07
(57)【要約】
【課題】本発明は、GnRHaの分子内に親水性部位と親油性部位を有する両親媒性という新たな機能を備える新型GnRHaを作成し、この新型GnRHaの性質によって、生体内安定性・腸管吸収性を高めることができ、生理活性(産卵誘発効果)を維持しつつ、腸吸収性・消化酵素耐性を向上させることができる産卵誘発用の経口製剤であるとともに、このホルモンは脊椎動物全般のGnRH受容体に対して高い親和性をもつことから爬虫類、両生類、魚類などの下等な脊椎動物全般に有効である非侵襲的な産卵誘発用の経口製剤を提供するものである。
【解決手段】本発明は、ペプチドホルモンであるGnRHaの可変配列を探索し、疎水性の高いアミノ酸であるナファレルアラニンに置換することで、消化酵素耐性、及び腸吸収性を向上させ、その結果、従来の1/5のコストで下等脊椎動物の催熟を可能とした。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
両親媒性ペプチドホルモンを有することを特徴とする経口製剤。
【請求項2】
前記両親媒性ペプチドホルモンは、非天然アミノ酸を1つ以上含むことを特徴とする請求項1記載の経口製剤。
【請求項3】
前記非天然アミノは、3-(2-ナフチル)-L-アラニンを1つ以上含むことを特徴とする請求項2記載の経口製剤。
【請求項4】
前記両親媒性ペプチドホルモンは、両親媒性GnRHaであることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の経口製剤。
【請求項5】
前記両親媒性GnRHaは、GnRHaにおけるアミノ酸を1~2つ欠損、置換あるいは付加してなることを特徴とする請求項4記載の経口製剤。
【請求項6】
前記GnRHaは、前記アミノ酸1つを疎水性アミノ酸に置換されてなることを特徴とする請求項5記載の経口製剤。
【請求項7】
前記疎水性アミノ酸は、3-(2-ナフチル)-L-アラニンであることを特徴とする請求項6記載の経口製剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脊椎動物全般に渡る非侵襲的な産卵誘発用の経口製剤に関するものである。特に、爬虫類、両生類、魚類などの下等な脊椎動物全般に有効である非侵襲的な産卵誘発用の経口製剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、魚類において機能性有機高分子(生殖関連ホルモン)を経口投与し、非侵襲的に産卵誘発を行う試みがなされている。
しかし、従来における生殖関連ホルモン経口投与は、ギンザケ、シートラウト(ニベ科魚類)、ギンダラでは実験レベルでの報告があるが(非特許文献)、吸収効率が非常に悪く、コスト面での問題から実用化に耐えうる経口投与技術ではなかった。
係る問題点を解決した従来技術として、第1発明の特許第6468998号(国際公開第2014/148603号)(海産の魚食性魚類の産卵誘導方法)(特許文献1)と、第2発明の特願2017-552721号(国際公開第2017/090722号)(現在・拒絶理由通知の件)(細胞膜透過性ペプチド及び細胞膜透過性ペプチドを用いた魚類飼料)(特許文献2)がある。これらは、本願発明者が発明した技術である。
第1発明は、生殖腺刺激物質GnRHaを用いて、魚類への経口投与産卵誘導を可能とした発明である。
第2発明は、生殖腺刺激物質GnRHaに細胞膜透過性ペプチドを添加して、魚類への腸管吸収性を高め、生殖腺刺激物質GnRHaの使用量を低減し、経口投与産卵誘導を可能とした発明である。
【0003】
しかしながら、当該従来技術では、生殖腺刺激物質GnRHaを効率よく吸収できるようになったものの、細胞膜透過性ペプチド自体の単価が生殖腺刺激物質GnRHaよりも高く、経済的メリットは限定的であったという問題があった。
さらに、以下のような課題もあった。
持続的な養殖を行うためには種苗生産、すなわち、親個体からの採卵が必要で、自然下において脊椎動物は様々な環境刺激に晒されることで成熟・産卵に至るが、飼育下ではそれが不足しているために成熟不全が認められる。この対策として、生殖腺刺激ホルモン放出ホルモンアナログ(GnRH: Gonadotropin Releasing Hormone analogue)の投与、すなわち一般的に催熟といわれる人為的に対象生物の成熟や産卵を促す技術が通常行われている。
上記GnRHaは、ペプチドホルモンと呼ばれるアミノ酸からなる内分泌機能を有する物質であり、ペプチドホルモンには、成長ホルモン、インスリン、アンギオテンシン、インスリン様成長因子などの医薬品・衣料品なども含まれる。
ペプチドホルモンは、消化酵素に弱く、腸吸収性が低いために、注射か固形製剤を体内に埋め込む方法(インプラント)によって投与されるのが従来一般的である。
しかしながら、一部の生物種は注射・インプラントによるダメージに弱く、非侵襲的な(ストレスを与えない)投与法が求められる。例えば、マグロ類のように泳ぎ続けることでのみ鰓に水を送り呼吸ができる高速遊泳魚では投与法が確立されていない。
また、水族館で観賞用に飼育されるサメ類や皮生産に用いるワニ類などは取り上げが大変困難であるため注射は難しい。
更に、注射の針に対して体が小さすぎる観賞用・研究用の魚類・爬虫類・両生なども例外ではない。
そこで、生理活性(産卵誘発効果)を維持しつつ、腸吸収性・消化酵素耐性が高い産卵誘発用の経口製剤が必要となる。これにより、例えば、成熟に時間がかかるクエなどは、親魚が極めて高価であるため、親魚へのストレス軽減が可能となる。
また、経済性は基より、生体内安定性・腸吸収性を高めた経口製剤は動物だけではなく養殖家にとっても人的労力を大幅に削減できるものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2014/148603号
【特許文献2】国際公開第2017/090722号
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】INTERNATIONAL ASSOCIATION FOR AQUATIC ANIMAL MEDICINE Section XII: Clinical Reports II Advances In Induced Spawning Of Teleosts
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記問題点に鑑み、経済的に問題のあった細胞膜透過性ペプチドの添加を不要とし、生殖腺刺激物質GnRHaの欠点である低調な生体内安定性・腸吸収性を高め、更に優れた消化酵素耐性を有する両媒性・機能性ペプチドの産卵誘発用の経口製剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明によれば、以下の経口製剤を実現できる。
(1)両親媒性ペプチドホルモンを有することを特徴とする経口製剤。
(2)前記両親媒性ペプチドホルモンは、非天然アミノ酸を1つ以上含むことを特徴とする(1)の経口製剤。
(3)前記非天然アミノは、3-(2-ナフチル)-L-アラニンを1つ以上含むことを特徴とする(2)記載の経口製剤。
(4)前記両親媒性ペプチドホルモンは、両親媒性GnRHaであることを特徴とする(1)乃至(3)のいずれかに記載の経口製剤。
(5)前記両親媒性GnRHaは、GnRHaにおけるアミノ酸を1~2つ欠損、置換あるいは付加してなることを特徴とする(4)記載の経口製剤。
(6)前記GnRHaは、前記アミノ酸1つを疎水性アミノ酸に置換されてなることを特徴とする(5)記載の経口製剤。
(7)前記疎水性アミノ酸は、3-(2-ナフチル)-L-アラニンであることを特徴とする(6)記載の経口製剤。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、従来のGnRHaに、親水性部位と親油性部位を有する両親媒性という機能を作成し、この新型GnRHaの性質によって、生理活性(産卵誘発効果)を維持しつつ、腸吸収性・消化酵素耐性を向上させることができる産卵誘発用の経口製剤を得ることができる。
また、このホルモン(GnRHはBPG作動軸を司る最上位のホルモン)は脊椎動物全般のGnRH受容体に対して高い親和性をもつことから、爬虫類、両生類、魚類などの下等な脊椎動物全般に有効である非侵襲的な産卵誘発法も実現できる。
例えば、(1)両親媒性ペプチドホルモンを有する経口製剤は、下等脊椎動物に経口投与するものであることを特徴とする脊椎動物の非侵襲的な人為催熟技法、(2)前記両親媒性ペプチドホルモンは、投与量が1.2mg/kg体重/日であることを特徴とする(1)記載の脊椎動物の非侵襲的な人為催熟技法、(3)前記両親媒性ペプチドホルモンは、GnRHaであることを特徴とする(1)又は(2)記載の脊椎動物の非侵襲的な人為催熟技法、(4)前記下等脊椎動物は、両生類、爬虫類、及び魚類を含むことを特徴とする上記(1)乃至(3)のいずれか記載の脊椎動物の非侵襲的な人為催熟技法の脊椎動物全般に有効である非侵襲的な産卵誘発法を実現できる。
すなわち、従来、産卵を促す環境要因は生物によって様々であるが、環境刺激を受け取り産卵に至るまでの生理機能はほぼすべての脊椎動物で共通している事項である。
脊椎動物が環境刺激を感知して、成熟・産卵を起こすメカニズムは、BPG作動軸(Brain-Pituitary-Gonad axis)と言われている。
外部刺激は感覚器(視覚や嗅覚、松果体など)で受容され、それを脳で統合されて、それを受け、脳内の神経末端から脳下垂体にGnRHが分泌され、それが刺激となり蓄えられていた生殖性刺激ホルモン(GtH: Gonadotripin Hormone)が血中に放出される。GtHは血流を介して、生殖腺に到達し、成熟・排卵を促す。
成熟した個体の脳下垂体にはGtHが多量に含まれているために、これを摘出し、すり潰し、親魚に注射したのが、従来における最初の産卵誘発の技法である。
その後、GtHより安定性が高いhCG(human Chorionic Gonadotropin)が発見されたことで、GtHに代わり用いられるようになった。
しかしながら、いずれも分子量が大きいタンパク質であり、アレルゲンとして拒絶反応を引き起こす可能性が高く、一方、GnRHは10アミノ酸ほどの短鎖のペプチドであり、分子量が小さくアレルゲンになりえない。また、生物種ごとに形の違うGtHと異なり、GnRHは種間で共通あるいは酷似した構造である。
GnRHはBPG作動軸を司る最上位のホルモンであるために、ごく少量でも作用するが、生物から単離したGnRHは不安定で、すぐに分解してしまうために、配列の一部にD型アラニンを組み込むことで生体内安定性を強化したGnRHa(GnRH analogあるいはagonist)が開発され、医療用として使われるようなった。
D型アラニンというのは生物細胞内に遊離アミノ酸として存在し、魚介類特有の刺身などに感じる「甘味」成分であるが、生体内では通常ペプチドに組み込まれることはない。1980年代には、これが魚類の産卵誘発に応用されるようになり、今では多くの生物で効果が確認されている。
魚類の産卵誘発に用いられるGnRHaは、ゴセレリンと呼ばれ、次に示すアミノ酸配列を有する。
ゴセレリンの配列:pQ H W S Y a L R P -C{pQ:ピログルタミン酸、H:ヒスチジン、W:トリプトファン、S:セリン、Y:チロシン、a:D型アラニン、L:ロイシン、R:アルギニン、P:プロリン、-C5::C末端エチルアミド修飾(特に指示がない限りL型のアミノ酸をいう)}。
なお、アミノ酸は、本明細書において、IUPAC-IUB生化学命名法委員会(Biochemical Nomenclature Commission)の推奨する一般に公知の1~3文字表記により記載している。
本発明においては、このゴセレリンの6番目のアミノ酸であるD型アラニンを3-(2-ナフチル)-L-アラニンに置換することにより疎水性を向上させた。
上記アミノ酸の疎水性は、一般的に疎水性インデックスという価で示されるが、D型アラニンは1.8であるのに対し、3-(2-ナフチル)-L-アラニンは4.5以上である。
この配列はナファレリンと呼ばれ、ヒト用の点鼻薬として用いられるが、経口投与剤に用いられた報告はなく、ナファレリンは次に示すアミノ酸配列を有する。ナファレリンの配列:pQ H W S Y X L R P -C2H5(X:3-(2-ナフチル)-L-アラニン)。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】両親媒性GnRHaを経口投与したゴマサバの産卵を示すものである。
図2】ゴマサバにおける両親媒性GnRHaの血中動態調査を示すものである。
図3】培養細胞を用いた両親媒性GnRHaの腸吸収性調査を示すものである。
図4】両親媒性GnRHaの消化酵素耐性調査を示すものである。
図5】両親媒性GnRHaの生理活性調査を示すものである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下説明する本実施例より、ナファレリンは先行事例で用いられたゴセレリンと比較して、消化酵素への耐性及び腸吸収性が高く、少なくとも5倍の費用対効果が確認されている。
また、GnRHの生理活性は脊椎動物全般に共通しており、腸吸収を司る小腸上皮細胞の機能は脊椎動物間で大きな差異はないために、生物ごとに多少の投与量の調整が必要であるものの、ほぼすべての脊椎動物に対して同様の効果がある。
以上説明したように、GnRHaの配列を一部改変することにより、分子内に親水性部位と親油性部位を有する両親媒性化(疎水性部位と親水性部位を含み細胞膜とも溶媒の水とも親和性がある物性)することで、腸吸収性が向上するというのは、他のペプチドホルモンでも起こることであり、本発明は催熟技術以外に関しても効果をもつ。例えば、アンギオテンシン、インスリン、インスリン様成長因子などは注射薬として用いられているが、これが経口投与剤となれば産業上有用である。
【0011】
本発明に係る人為催熟技法によれば、以上説明した各基本効果とともに、以下の効果を奏する。
(1)対象生物の死亡リスクが皆無である。
(2)針やメスなどの投与器具を使わない。
(3)対象生物の自然な行動を阻害しない。
(4)水族館や動物園などで展示生物を傷つけない(興行的利用)。
(5)対象生物に影響を与えず自然な産卵行動を誘発(学術的利用)。
(6)3週間に一回以上の繰り返しの投与が可能。
(7)対象生物の捕獲・麻酔・消毒処置に係る人的労力が必要ない。
(8)対象生物の捕獲器具や麻酔が必要ない。
(9)免許や特殊技能を必要としない。
(10)対象生物の産卵期であれば温度・日照制御を必要としない。
【0012】
なお、明細書中における語句は以下の如く定義して使用する。
非生体内アミノ酸:アミノ酸とはアミノ基とカルボキシ基の両方の官能基を持つ有機化合物の総称である。生体内にはタンパク質を構成する21種類のL型アミノ酸とその光学異性体(D型アミノ酸)が存在する。それ以外のアミノ酸を非生体アミノ酸とよぶ。非生体内アミノ酸が体内に残留すると健康上よくないが、血中アルブミンと呼ばれる血液中のタンパク質と結合することで尿として速やかに排出される。例えば、3-(2-ナフチル)-L-アラニンというものがある。
ペプチドホルモン:内分泌機能を有し、アミノ酸のペプチド結合により短い鎖状につながった分子の総称である。
経口製剤:口から投与するための製剤である。
両親媒性:疎水性部位と親水性部位を含み、細胞膜とも溶媒の水とも親和性がある物性。
疎水性のアミノ酸:疎水性インデックス3.0以上のアミノ酸。
ハンドリング:捕獲・麻酔・注射など、対象生物と素手あるいは専用器具を介し、接触することを伴う行動。
本発明が適用される対象生物としては、以下の例を挙げることができる。
すなわち、魚類としては、以下のとおりである。
サバ科魚類(クロマグロ、ミナミマグロ、コシナガマグロ、キハダマグロ、メバチマグロ、タイセイヨウマグロ、ビンチョウマグロ、ゴマサバ、マサバ、グルクマ、スマ、カツオ、カジキ類)、その他スズキ目養殖魚(クエ、マダイ、イシダイ、ブリ、ヒラマサ、シマアジ、マアジ、ティラピア類、テツギョ、ナイルパーチ、バラマンディ)、サケ目魚類(タイセイヨウサケ、ニジマス、マスノスケ、ギンザケ、ベニザケ、イワナ類、アユ、シナノユキマス類、キュウリウオ類等)、ナマズ目魚類(パンガシウス類、アフリカナマズ類、ニホンナマズ等)、コイ目魚類(ニシキゴイ含むマゴイ、キンギョ含むフナ、クサウオ、ハクレン、コクレン、カトラ、ロフー等)、その他の魚類(メダカ類、フグ類、カワハギ類、ウナギ類、カラシン類等)を挙げることができる。
また、虫類としては、ムカシトカゲ目、ワニ目、カメ目、トカゲ目、ヘビ目等を挙げることができ、両生類よしては、無尾目、有尾目、無足目等を挙げることができる。
【実施例0013】
ゴセレリンを用いた経口投与産卵誘発法における投与量は、最低でも6.0mg/kg魚体重/日の投与量が推奨されるが、ナファレリンの場合、1.2mg/kg魚体重/日でも同等の産卵誘発効果が得られる。
しかしながら、対象生物の捕食方法や餌料の種類によっては、経口投与時に多少の流出が生じるために、より一層多量に投与すれば(例えば、6.0-10mg/kg/日)、より一層確実な催熟が可能となる。
投与は1日2回8時間の間隔で行い、卵成長が完了した雌、精子形成が完了した雄を用いれば、一日分の投与で翌日から翌々日には産卵行動が認められる。
卵成長・精子形成が未完了な魚に投与する場合、より長期的な投与が有効である。投与に用いる餌は、生餌(生の小魚や甲殻類)でも、配合飼料でもよい。
生餌を用いる場合、ナファレリン水溶液を生餌に注射する。
この投与液を調整する際は、一度70%のエタノール水溶液に溶解した後、生理食塩水と混合する。これは、ナファレリンが従来のGnRHaよりも疎水性が高く、水に溶けにくいためである。
投与液にキタンサンガムやカラギーナン、グアーガム等の増粘剤を1-5%(重量ベース)で添加することで、粘性を高め、流出を防ぐこともできる。生餌に注射する際は、小魚ならば皮下に、エビやカニならば頭胸甲に、昆虫ならば胸部から腹部に注射する。
配合飼料(ドライペレット・エクストルーデットペレット)に上記添加をする際は、ナファレリンを70%エタノール水溶液に溶解したものを、配合飼料全体に塗布することで均一に展着できる。モイストペレットを利用する際は、70%エタノール水溶液に溶解したものを、原料に直接混ぜ込む。
両親媒性GnRHaを添加する飼料については成体用に作られたものであれば、特に制限はない。但し、受精卵の質(発生率)を考慮すると以下のような栄養素を含むことが望ましい。
・質重量ベースで25%以上の脂質を含む。
・脂質中にEPAやDHAなどの高度不飽和脂肪酸を5%以上含有。
・ビタミンEを飼料100gあたり3mg以上含有。
・質重量ベースで0.5%以上のタウリン。
・質重量ベースで30mg/kg前後のアスタキサンチンを含有。
【0014】
理論上、飼料中の脂質含量はナファレリンの展着に影響するが両親媒性であるナファレリンは幅広い脂質含量に対応する。具体的には、1.0-40%程ならば問題なく展着させることが可能である。
ナファレリンによる産卵誘発は、対象生物の適水温帯であれば効果を発揮する。
適水温は、種によって様々であるが、本発明に係る技術の対象種においては以下のように大別できる。
・カツオマグロ類 23-32℃。
・その他海産養殖魚(クエ、ブリ、タイ、サバなど) 15-23℃。
・サケ科魚類 5-20℃。
・その他温帯性淡水魚類(コイ類、ナマズ類、メダカなど) 13-25℃。
・熱帯性淡水魚類(ライギョ類、シクリッド類、カラシン類など) 23-33℃。
・スッポン・ワニなどの爬虫類 25-35℃。
【実施例0015】
試験例1:ゴマサバの産卵誘発
供試魚として館山湾で釣獲されたゴマサバを、FRP製10t水槽で3週間馴致した後、実験に用いた。
供試魚の平均体重(標準偏差)は620±44gであった。
雌供試魚のカニュレーション法により卵黄形成が完了していることを、雄供試魚は腹部を圧迫して排精することを確認した。
供試魚には馴致期間から試験期間を通して、1日2回(9時および17時)、配合飼料と冷凍オキアミを飽食給餌した。
供試魚を雌雄4尾ずつ試験水槽(FRP製1t水槽)に収容し、以下の処理を行った。
【0016】
1.ゴセレリンの経口投与区(6.0mg/kg魚体重)。
2.ゴセレリンの経口投与区(1.2mg/kg魚体重)。
3.ナファレリンの経口投与区(6.0mg/kg魚体重)。
4.ナファレリンの経口投与区(1.2mg/kg魚体重)。
5.未処理区。
【0017】
ナファレリン及びゴセレリンの飼料への添加は、2.5mlの70%水溶液を8gの配合飼料に展着させた。
なお、上記のホルモン添加飼料は投与一回分の量であり、経口投与は9時と17時に2回行った。添加飼料は食べ残しのないように供試魚に与えた後、通常の飽食給餌を行った。
経口投与後の産卵数を図1に示した。
ゴセレリン6.0mg/kg投与区、ナファレリン6.0mg/kg投与区及びナファレリン6.0mg/kg投与区では、翌日から1万粒以上の産卵が認められ三日後まで産卵は続き、90%以上がふ化した。
一方、ゴセレリン1.2mg/kg投与区は投与翌日に約1500粒の産卵が認められたのみであり、ふ化しなかった。
この実験より、ゴセレリンの1/5の投与量で、ナファレリンは有効であることが分かった。
【0018】
試験例2 血中移行量の試験・調査
ナファレリン及びゴセレリンを経口投与した際の血中移行量を比較するために、両ペプチドに蛍光標識を施すことで血中動態を調べた。蛍光標識には、分子量が小さく標識対象への影響が少ないFluorescein(FAM)を用いた。
供試魚には試験例1と同様の親魚群を用いた。
FAM標識を施したナファレリンおよびゴセレリンを1.2mg/kg、ゴマサバ4尾ずつに経口投与した後、それぞれの血中量を求めた。
投与の際は、2mlのリン酸緩衝バッファーPBS(NaCl 137mM、KCl 2.7mM、NaHPO 10mM、KHPO 1.76mM)中でグアーガム(最終濃度1%)を混合した。
混合物は挿管法にてゴマサバへ投与した後、ヘパリン処理した注射器を用いて尾部より行い経時的に採血した。
血液を4℃下16,000×gで10分間遠心分離することで血漿を採取して、逆相抽出カラムstrata-X(島津GLC株式会社)を用いて夾雑物を除去した。
フルオロメーター(Infinite 200 pro、TECAN株式会社)を用いてサンプルの蛍光強度を測定することで各ホルモンの濃度を求めた。
図2に各ペプチドの血中量推移を示した。
ナファレリンはゴセレリンに比べ血中移行量が多く、投与30分後には約2倍となった。図中の値は各試験区の平均値±標準誤差である。
なお、未投与からはFAMは検出されなかった。
【0019】
試験例3 小腸上皮細胞透過性の試験・調査
ヒト腸上皮細胞株であるCaco-2細胞を用いてFAM標識したナファレリンとゴセレリンの細胞膜透過性を比較した。
FAM標識したペプチドは、NaHPO1.2 mM、NaCl 125Mm、KCl 5mM、CaCl 1.4mM、NaHCO 10mMおよびDグルコース 11.1mMにより調整されたリンガー溶液(pH7.4)で溶解した。
実験に用いたCaco-2細胞は、大日本住友製薬株式会社(大阪、大阪)から購入した。ウシ血清(10%)とペニシリン/ストレプトマイシン溶液(100U/100μg/ml)を含むDMEM培地(シグマケミカル株式会社、セントルイス、MO、米国)を用いて、温度37&#9702;C、湿度90%、CO 5%で培養した。
【0020】
試験の際には、培地を取り除き、細胞をリンガー溶液で2回洗浄した後、内部液および外部液にそれぞれ0.5mlおよび1.5mlのリンガー液を添加した。30分間静置した後、リンガー液を捨て、ペプチド溶液0.5ml及びリンガー液1.5mlを内部液および外部液として充填した。
その後、経時的に外部液を採取してフルオロメーター(Infinite 200 pro、TECAN株式会社)によって蛍光強度を測定することで細胞膜を透過したペプチドの量を求めた。
【0021】
図3にペプチド添加後の外液へのペプチド蓄積量を示した。
図中の値は各試験区の平均値±標準誤差である。ゴセレリンに比べナファレリンは30分後から顕著に早い蓄積を示し、180分後には有意に高い値を示した(studen’s t-test, p<0.05)。
【0022】
試験例4 消化酵素への耐性試験
ナファレリンの消化酵素耐性を調べるため、魚類の主な消化酵素であるキモトリプシンを用いたIn Vitro試験を行った。α-キモトリプシン(ナカライテクス、京都)を500ug/mlの濃度でリンガー液に溶解し、そこにナファレリン、ゴセレリンおよび天然型のタイ型GnRHを添加した。
本混合液を18℃で静置した後、経時的に採取して、HPLCによって計測した。なお、本試験は別日に4回試行することで再現性を確認した。
【0023】
クロマトグラフィーのカラムにはC18担体を用い、溶出液としてアセトニトリルを用いた。
アセトニトリルは10%から80%の濃度になるように15分間の溶出を行い、210nmの吸光度をもつフィルターを用いて溶出液のペプチド濃度を測定した。得られたペプチド断片と完全長ペプチドのピーク面積の割合を求めることで、全体の何パーセントが分解されているか比較した。
【0024】
図4に完全長の非分解ペプチドの割合を示した。
各値は各反応時間における平均値±標準誤差である。図4より天然型は30分後にはほとんど分解されてしまった。一方で、ナファレリンはほとんど分解されていないことが分かる。また、ナファレリンはゴセレリンと比較しても有意に高いキモトリプシン耐性を示した(One Way ANOVA, Tukey post hoc test, p<0.005)。
【0025】
試験例5 細胞レベルでの生理活性試験
ナファレリンがゴセレリン同様に脊椎動物のGnRH受容体に結合するか調べるため、レポーター遺伝子試験を行った。
上記レポーター遺伝子とは、受容体にGnRHaが結合すると蛍光タンパク質を合成するように設計された遺伝子であり、これを用いることでGnRHaの受容体結合強度を知ることができる。
【0026】
本試験にはハムスターの卵巣細胞にマサバのGnRH受容体を発現させた培養細胞を用いた。GnRHaが受容体に結合するとカルモジュリンという物質が細胞内に放出されるため、カルモジュリンに反応しホタルの蛍光物質を発現する遺伝子を培養細胞に導入しておけば、GnRHaが受容体に結合していることが分かる。GnRHaの濃度を薄めていき、どこまで反応するか調べることで、そのGnRHaの受容体結合能力を知ることができる。
【0027】
レポーター遺伝子試験の結果を、図5に示している。
図5中の天然型GnRHというのはスズキ目魚類を含む多くの魚類が持つ天然のペプチドホルモンである。縦軸は蛍光強度、横軸はペプチド濃度を示し、曲線は各値の3次近似式を示す(破線:ナファレリン、実線:ゴセレリン、点線:天然型GnRH)。
天然GnRHは10のマイナス10乗の濃度でようやく結合能を示しているのに対し、ナファレリンはゴセレリン同様に10のマイナス14乗前後で結合のピークを示す。これは、すなわちナファレリンがゴセレリン同様に細胞レベルでも受容体に結合能を示し、天然型の1万分の1ほどの濃度でも生理活性を有するということが示された。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明に係る産卵誘発用の経口製剤、及び非侵襲的な産卵誘発法によれば、各種の魚類等々の広範な対象生物に対して安価で取り扱い簡易な優れた産卵誘発効果を実現できるとともに、爬虫類、両生類、魚類などの下等な広範な脊椎動物全般に有用で有効な優れた産卵誘発効果を実現することができる。


図1
図2
図3
図4
図5