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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022172882
(43)【公開日】2022-11-17
(54)【発明の名称】飲料缶胴用アルミニウム合金板
(51)【国際特許分類】
   C22C 21/06 20060101AFI20221110BHJP
   C22C 21/00 20060101ALI20221110BHJP
   C22F 1/047 20060101ALN20221110BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20221110BHJP
   C22F 1/04 20060101ALN20221110BHJP
【FI】
C22C21/06
C22C21/00 L
C22F1/047
C22F1/00 623
C22F1/00 630A
C22F1/04 C
C22F1/00 630K
C22F1/00 673
C22F1/00 681
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 685A
C22F1/00 685Z
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 694A
C22F1/00 694B
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021079212
(22)【出願日】2021-05-07
(71)【出願人】
【識別番号】000107538
【氏名又は名称】株式会社UACJ
(74)【代理人】
【識別番号】110000578
【氏名又は名称】名古屋国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】吉田 智徳
(72)【発明者】
【氏名】小林 亮平
(57)【要約】
【課題】耐チャイムしわ性としごき成形性とが優れている飲料缶胴用アルミニウム合金板を提供すること。
【解決手段】飲料缶胴用アルミニウム合金板は、0.10質量%以上0.70質量%のSiと、0.10質量%以上0.80質量%以下のFeと、0.10質量%以上0.30質量%以下のCuと、0.50質量%以上1.50質量%以下のMnと、1.00質量%以上1.50質量%以下のMgと、を含み、残部がAl及び不可避的不純物からなる組成を有する。相当塑性ひずみが0.01~0.03の範囲におけるn値は0.049以上である。相当塑性ひずみが0.3~1.1の範囲におけるn値は0.063以下である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Si:0.10質量%以上0.70質量%以下、Fe:0.10質量%以上0.80質量%以下、Cu:0.10質量%以上0.30質量%以下、Mn:0.50質量%以上1.50質量%以下、Mg:1.20質量%以上1.50質量%以下を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなるアルミニウム合金からなり、
相当塑性ひずみが0.01~0.03の範囲におけるn値が0.049以上であり、
相当塑性ひずみが0.3~1.1の範囲におけるn値が0.063以下である飲料缶胴用アルミニウム合金板。
【請求項2】
Si:0.10質量%以上0.70質量%以下、Fe:0.10質量%以上0.80質量%以下、Cu:0.10質量%以上0.30質量%以下、Mn:0.50質量%以上1.50質量%以下、Mg:1.20質量%以上1.50質量%以下を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなるアルミニウム合金からなり、
引張強さが315MPa以上350MPa以下であり、
相当塑性ひずみが0.01~0.03の範囲におけるn値が0.049以上であり、
相当塑性ひずみが0.3~1.1の範囲におけるn値が0.063以下である飲料缶胴用アルミニウム合金板。
【請求項3】
Si:0.10質量%以上0.70質量%以下、Fe:0.10質量%以上0.80質量%以下、Cu:0.10質量%以上0.30質量%以下、Mn:0.50質量%以上1.50質量%以下、Mg:1.20質量%以上1.50質量%以下を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなるアルミニウム合金からなり、
相当塑性ひずみが0.01~0.03の範囲におけるn値が0.049以上であり、
相当塑性ひずみが0.3~1.1の範囲におけるn値が0.063以下であり、
熱間仕上げ圧延後直ちに冷却したアルミニウム合金熱延板との比抵抗差から算出したMg固溶量が、相当塑性ひずみが0.3~1.1の範囲の圧延の後において1.20質量%以上である飲料缶胴用アルミニウム合金板。
【請求項4】
Si:0.10質量%以上0.70質量%以下、Fe:0.10質量%以上0.80質量%以下、Cu:0.10質量%以上0.30質量%以下、Mn:0.50質量%以上1.50質量%以下、Mg:1.20質量%以上1.50質量%以下を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなるアルミニウム合金からなり、
引張強さが315MPa以上350MPa以下であり、
相当塑性ひずみが0.01~0.03の範囲におけるn値が0.049以上であり、
相当塑性ひずみが0.3~1.1の範囲におけるn値が0.063以下であり、
熱間仕上げ圧延後直ちに冷却したアルミニウム合金熱延板との比抵抗差から算出したMg固溶量が0.96質量%以上であり、
相当塑性ひずみが0.3~1.1の範囲の圧延の後において、前記Mg固溶量が1.20質量%以上である飲料缶胴用アルミニウム合金板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は飲料缶胴用アルミニウム合金板に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミニウム合金からなる飲料缶として、2ピース缶がある。2ピース缶の缶胴は、飲料缶胴用アルミニウム合金板に対し、絞り工程、再絞り工程、及びしごき工程を行うことで製造される。
近年、飲料缶のコストダウンの必要性から、缶胴の薄肉化、素板の薄肉化、及び、素板の高強度化が求められている。しかしながら、素板の薄肉化は、チャイムしわと呼ばれる形状不良を発生し易くする。
【0003】
再絞り工程において、チャイム部への材料の流入量が増加すると、縮径によって円周方向圧縮応力が増大し、チャイムしわが発生し易くなる。チャイムしわの発生は座屈現象であるため、素板を薄肉化する程、チャイムしわは発生し易くなる。しごき成形性とは、しごき成形での破胴しにくさと外観不良の発生しにくさのことである。
【0004】
特許文献1~3には、飲料缶胴用アルミニウム合金板における加工硬化指数n値を高めることにより、チャイムしわを改善する技術が提案されている。しかしながら、特許文献1~3に記載の方法で、単に加工硬化指数n値を向上させると、しごき成形における缶側壁部の応力が高くなる。その結果、缶側壁部での破断(すなわち破胴)が発生し易くなり、しごき成形性が低下する。
【0005】
特許文献4には、飲料缶胴用アルミニウム合金板における加工硬化指数n値を高めつつ、加工硬化率及び引張強度の増加量を規定値以下とすることにより、耐チャイムしわ性としごき成形性とを両立させようとする技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2004-300537号公報
【特許文献2】特開2006-283112号公報
【特許文献3】特開2006-291326号公報
【特許文献4】WO2016/002226号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、高強度な飲料缶胴用アルミニウム合金板では、特許文献4に記載の技術では不十分であり、耐チャイムしわ性としごき成形性とをさらに向上させることが求められている。本開示の一局面は、耐チャイムしわ性としごき成形性とが優れている飲料缶胴用アルミニウム合金板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示の一局面は、Si:0.10質量%以上0.70質量%以下、Fe:0.10質量%以上0.80質量%以下、Cu:0.10質量%以上0.30質量%以下、Mn:0.50質量%以上1.50質量%以下、Mg:1.20質量%以上1.50質量%以下を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなるアルミニウム合金からなり、相当塑性ひずみが0.01~0.03の範囲におけるn値が0.049以上であり、相当塑性ひずみが0.3~1.1の範囲におけるn値が0.063以下である飲料缶胴用アルミニウム合金板である。
【0009】
本開示の一局面である飲料缶胴用アルミニウム合金板は、高強度であり、耐チャイムしわ性としごき成形性とが優れている。
本開示の別の局面は、Si:0.10質量%以上0.70質量%以下、Fe:0.10質量%以上0.80質量%以下、Cu:0.10質量%以上0.30質量%以下、Mn:0.50質量%以上1.50質量%以下、Mg:1.20質量%以上1.50質量%以下を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなるアルミニウム合金からなり、引張強さが315MPa以上350MPa以下であり、相当塑性ひずみが0.01~0.03の範囲におけるn値が0.049以上であり、相当塑性ひずみが0.3~1.1の範囲におけるn値が0.063以下である飲料缶胴用アルミニウム合金板である。
本開示の別の局面である飲料缶胴用アルミニウム合金板は、高強度であり、耐チャイムしわ性としごき成形性とが優れている。
本開示の別の局面は、Si:0.10質量%以上0.70質量%以下、Fe:0.10質量%以上0.80質量%以下、Cu:0.10質量%以上0.30質量%以下、Mn:0.50質量%以上1.50質量%以下、Mg:1.20質量%以上1.50質量%以下を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなるアルミニウム合金からなり、相当塑性ひずみが0.01~0.03の範囲におけるn値が0.049以上であり、相当塑性ひずみが0.3~1.1の範囲におけるn値が0.063以下であり、熱間仕上げ圧延後直ちに冷却したアルミニウム合金熱延板との比抵抗差から算出したMg固溶量が、相当塑性ひずみが0.3~1.1の範囲である圧延の後において1.20質量%以上である飲料缶胴用アルミニウム合金板である。
本開示の別の局面である飲料缶胴用アルミニウム合金板は、高強度であり、耐チャイムしわ性としごき成形性とが優れている。
本開示の別の局面は、Si:0.10質量%以上0.70質量%以下、Fe:0.10質量%以上0.80質量%以下、Cu:0.10質量%以上0.30質量%以下、Mn:0.50質量%以上1.50質量%以下、Mg:1.20質量%以上1.50質量%以下を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなるアルミニウム合金からなり、引張強さが315MPa以上350MPa以下であり、相当塑性ひずみが0.01~0.03の範囲におけるn値が0.049以上であり、相当塑性ひずみが0.3~1.1の範囲におけるn値が0.063以下であり、熱間仕上げ圧延後直ちに冷却したアルミニウム合金熱延板との比抵抗差から算出したMg固溶量が0.96質量%以上であり、相当塑性ひずみが0.3~1.1の範囲である圧延の後において、前記Mg固溶量が1.20質量%以上である飲料缶胴用アルミニウム合金板である。
本開示の別の局面である飲料缶胴用アルミニウム合金板は、高強度であり、耐チャイムしわ性としごき成形性とが優れている。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本開示の例示的な実施形態を説明する。
1.飲料缶胴用アルミニウム合金板の構成
(1-1)飲料缶胴用アルミニウム合金板の組成
本開示の飲料缶胴用アルミニウム合金板は、0.10質量%以上0.70質量%以下のSiを含む。Siは、Mg-Si系金属間化合物、Al-Mg-Cu-Si系金属間化合物、及びAl-Mn-Fe-Si系金属間化合物の形成に寄与する。Al-Mn-Fe-Si系金属間化合物は、しごき成形時において飲料缶胴用アルミニウム合金板のダイス金型への凝着を抑制する。Al-Mn-Fe-Si系金属間化合物はα相である。Al-Mn-Fe-Si系金属間化合物は、極めて高硬度な金属間化合物である。Al-Mn-Fe-Si系金属間化合物は、DI成形時に固体潤滑作用により缶胴材の表面性状を向上させる効果を奏する。
【0011】
Si含有量が0.10質量%以上であると、Al-Mn-Fe-Si系金属間化合物が十分に形成される。Si含有量が0.70質量%以下であると、Mg-Si系金属間化合物、Al-Mg-Cu-Si系金属間化合物、及びAl-Mn-Fe-Si系金属間化合物の量が過度に増加することを抑制できる。その結果、飲料缶胴用アルミニウム合金板におけるMgの固溶量が増加し、材料強度が高くなる。また、飲料缶胴用アルミニウム合金板へしごき成形相当の圧延をした後のMgの固溶量が増加し、第2のn値が低くなり、しごき成形性が向上する。しごき成形相当の圧延とは、相当塑性ひずみが0.3~1.1の範囲となるような圧延である。なお、第2のn値とは、相当塑性ひずみが0.3~1.1の範囲におけるn値である。
【0012】
本開示の飲料缶胴用アルミニウム合金板は、0.10質量%以上0.80質量%以下のFeを含む。Feは、Al-Mn-Fe-Si系金属間化合物の形成に寄与する。Feの含有量が0.10質量%以上であると、Al-Mn-Fe-Si系金属間化合物が十分に形成される。
【0013】
Fe含有量が0.80質量%以下であると、Al-Mn-Fe-Si系金属間化合物のサイズ及び量が過度に増加することを抑制でき、粗大なAl-Mn-Fe-Si系金属間化合物に起因するしごき成形時の割れを抑制できる。その結果、飲料缶胴用アルミニウム合金板のしごき成形性が向上する。
【0014】
本開示の飲料缶胴用アルミニウム合金板は、0.10質量%以上0.30質量%以下のCuを含む。Cuは材料強度に寄与する元素である。
【0015】
Cu含有量は0.10質量%以上とする。Cu含有量が0.10質量%以上であると、Cuの固溶量を最適化することができる。Cuの固溶量が最適であると、飲料缶胴用アルミニウム合金板の材料強度が向上する。また、Cu含有量は0.30質量%以下とする。Cu含有量が0.30質量%以下であると、飲料缶胴用アルミニウム合金板の材料強度が過度に高くなり難い。その結果、飲料缶胴用アルミニウム合金板のしごき成形性が向上する。
【0016】
本開示の飲料缶胴用アルミニウム合金板は、0.50質量%以上1.50質量%以下のMnを含む。Mnは、飲料缶胴用アルミニウム合金板の強度の向上に寄与するとともに、Al-Mn-Fe-Si系金属間化合物の形成に寄与する。
Mn含有量が0.50質量%以上であると、飲料缶胴用アルミニウム合金板の強度が一層向上するとともに、Al-Mn-Fe-Si系金属間化合物が十分に形成される。また、Mn含有量が1.50質量%以下であると、粗大なAl-Mn-Fe-Si系金属間化合物が過度に形成されることを抑制できる。その結果、飲料缶胴用アルミニウム合金板のしごき成形性が向上する。
【0017】
本開示の飲料缶胴用アルミニウム合金板は、1.20質量%以上1.50質量%以下のMgを含む。Mgは、固溶すると飲料缶胴用アルミニウム合金板の強度向上に寄与する。Mg含有量が1.20質量%以上であると、Mgの固溶量を最適化することができる。Mgの固溶量が最適であると、飲料缶胴用アルミニウム合金板の材料強度が向上する。また、飲料缶胴用アルミニウム合金板へしごき成形相当の圧延をした後のMgの固溶量が十分に高くなることで、第2のn値が低くなる。その結果、しごき成形性が向上する。しごき成形相当の圧延とは、相当塑性ひずみが0.3~1.1の範囲となるような圧延である。
Mg含有量が1.50質量%以下であると、飲料缶胴用アルミニウム合金板の材料強度が過度に高くなり難い。その結果、飲料缶胴用アルミニウム合金板のしごき成形性が向上する。
(1-2)飲料缶胴用アルミニウム合金板の機械的特性
本開示の飲料缶胴用アルミニウム合金板において、相当塑性ひずみが0.01~0.03の範囲におけるn値を第1のn値とする。第1のn値は0.049以上である。第1のn値が0.049以上であると、缶底チャイムテーパー部における半径方向の張力が高くなる。缶底チャイムテーパー部における半径方向の張力が高くなると、引張変形が促進されて、円周方向に圧縮された材料が半径方向に伸長し、耐チャイムしわ性が向上する。
【0018】
第1のn値が0.049未満である場合、上記効果が十分に得られず、耐チャイムしわ性が低下する。
【0019】
本開示の飲料缶胴用アルミニウム合金板において、第2のn値は、0.063以下である。DI成形では、缶側壁部に引張応力が働く。引張応力が大きいほど破胴が発生しやすい。第2のn値が0.063以下であると、しごき成形において缶側壁部にかかる引張応力が低くなり、しごき成形性が向上する。第2のn値が0.063を超える場合、しごき工程において缶側壁部にかかる引張応力が高くなり、しごき成形性が低下する。
【0020】
2.飲料缶胴用アルミニウム合金板の製造方法
本開示の飲料缶胴用アルミニウム合金板は、例えば、鋳造工程、均質化処理工程、熱間圧延工程、及び冷間圧延工程を順次行うことで製造される。以下では本開示における各工程での最適製造条件を説明する。
【0021】
(2-1)鋳造工程及び均質化処理工程
アルミニウム合金の鋳塊は、0.10質量%以上0.70質量%のSiと、0.10質量%以上0.80質量%以下のFeと、0.10質量%以上0.30質量%以下のCuと、0.50質量%以上1.50質量%以下のMnと、1.20質量%以上1.50質量%以下のMgと、を含み、残部がAl及び不可避的不純物からなる組成を有する。各成分の数値範囲の技術的意義は前述したとおりである。
【0022】
Alはアルミニウム合金鋳塊の主成分である。このアルミニウム合金鋳塊に含まれるAlは、例えば、Si、Fe、Cu、Mn、Mg、及び不可避的不純物以外の残部である。アルミニウム合金の鋳塊において、不可避的不純物の総含有量は、好ましくは0.5質量%以下である。
【0023】
通常の方法で原料を溶解し、鋳造することで、アルミニウム合金の鋳塊を得ることができる。鋳造速度は、10mm/min以上70mm/min以下であることが好ましい。鋳造速度が10mm/min以上である場合、鋳塊中に粗大な金属間化合物が晶出することを抑制できる。金属間化合物として、例えば、AlMn等が挙げられる。鋳造速度が70mm/min以下である場合、鋳塊割れの発生が抑制され、鋳造歩留まりが向上する。
【0024】
均質化処理温度は、550℃以上、620℃以下であることが好ましい。均質化処理温度が550℃以上である場合、微細なAl-Mn-Fe-Si系金属間化合物が十分に形成され、しごき成形性が向上する。均質化処理温度が620℃以下である場合、鋳塊の表面に膨れが生じること、及び、鋳塊が局所的に融解することを抑制でき、表面品質の低下を抑制できる。
均質化処理時間は1時間以上であることが好ましい。均質化処理時間が1時間以上である場合、均質化が十分になされ、鋳造工程において晶出したMg-Si系金属間化合物が十分に再固溶し、最終工程で得られる素板中のMg固溶量が高くなる。その結果、得られるアルミニウム合金板の強度低下を抑制できる。以下では、アルミニウム合金板を素板と略記することがある。
【0025】
(2-2)熱間圧延工程
熱間圧延は、例えば、熱間粗圧延と、熱間仕上げ圧延とから構成される。均質化処理後の鋳塊を、例えば、再加熱することなくそのまま熱間粗圧延工程にかけることができる。熱間粗圧延は、例えばリバーシングミルを用いて行うことができる。
熱間粗圧延開始温度は、550℃以上600℃以下であることが好ましい。熱間粗圧延開始温度が550℃以上である場合、Al-Mn-Si系金属間化合物が過剰に析出することを抑制できる。その結果、固溶Mn量が高くなり、得られる素板の強度低下を抑制できる。熱間粗圧延開始温度が600℃以下である場合、形成される酸化皮膜が過度に成長することを抑制でき、表面品質の低下を抑制できる。
【0026】
熱間仕上げ圧延後の板を300℃以上の温度で保持する時間を10時間以下とすることが好ましい。保持する時間が10時間以下である場合、MgSiの析出量が抑制され、素板中のMg固溶量が高くなる。MgSiはMg-Si系金属間化合物である。その結果、引張強さが向上する。また、飲料缶胴用アルミニウム合金板へしごき成形相当の圧延をした後のMg固溶量が高くなる。その結果、第2のn値が低くなり、しごき成形性が向上する。しごき成形相当の圧延とは、相当塑性ひずみが0.3~1.1の範囲となるような圧延である。
【0027】
(2-3)冷間圧延工程
例えば、熱間仕上げ圧延後に、圧延板を冷間圧延工程にかけることができる。冷間圧延において、最終パスの前パスの圧延終了温度は、110℃以上180℃以下であることが好ましい。冷間圧延において、最終パスの前パスの圧延終了後の板を100℃以上の温度で保持する時間を、15時間以下とすることが好ましい。保持する時間が15時間以下である場合、MgSiの析出量が抑制され、素板中のMgの固溶量が高くなる。その結果、引張強さが向上する。また、飲料缶胴用アルミニウム合金板へしごき成形相当の圧延をした後のMg固溶量が高くなる。その結果、第2のn値が低くなり、しごき成形性が向上する。しごき成形相当の圧延とは、相当塑性ひずみが0.3~1.1の範囲となるような圧延である。
【0028】
最終パスの前パスの圧延終了温度が180℃以下である場合、Mg-Si系金属間化合物が過度に析出することを抑制できる。そのため、飲料缶胴用アルミニウム合金板へしごき成形相当の圧延をした後のMg固溶量が過度に減少することを抑制できる。その結果、第2のn値が低くなり、しごき成形性が向上する。しごき成形相当の圧延とは、相当塑性ひずみが0.3~1.1の範囲となるような圧延である。
【0029】
冷間圧延において、最終パスの圧延終了温度は、140℃以上180℃以下であることがさらに好ましい。最終パスの圧延終了温度が140℃以上である場合、転位の回復が十分となり、第1のn値が高くなり、耐チャイムしわ性が向上する。
【0030】
最終パスの圧延終了温度が180℃以下である場合、Mg-Si系金属間化合物の微細析出を抑制できる。そのため、飲料缶胴用アルミニウム合金板へしごき成形相当の圧延をした後のMg固溶量が過度に減少することを抑制できる。その結果、第2のn値が低くなり、しごき成形性が向上する。しごき成形相当の圧延とは、相当塑性ひずみが0.3~1.1の範囲となるような圧延である。また、最終パスの圧延終了温度が180℃以下である場合、転位が過度に回復することを抑制でき、その結果、材料強度が向上する。
【0031】
3.実施例
(3-1)飲料缶胴用アルミニウム合金板の製造
表1に示す製造条件で、S1~8の飲料缶胴用アルミニウム合金板を製造した。S1~8の飲料缶胴用アルミニウム合金板はいずれも、0.25質量%のSiと、0.30質量%のFeと、0.22質量%のCuと、1.19質量%のMnと、1.34質量%のMgと、を含み、残部がAl及び不可避的不純物からなる組成を有する。
【0032】
【表1】
以下の方法で飲料缶胴用アルミニウム合金板を製造する点では、S1~8の全てにおいて共通する。まず、アルミニウム合金の鋳塊を半連続鋳造法により鋳造した。次に、鋳塊の表面を面削した後に、鋳塊に対し、600℃で3時間の均質化処理工程を行った。次に、鋳塊に対し、シングルリバース式の熱間粗圧延工程を行い、熱間圧延板を得た。次に、この熱間圧延板に対し、4スタンドのタンデム式の熱間仕上げ圧延工程を行い、熱間圧延板を得た。熱延開始温度は580℃であった。最後に、熱間圧延板に対し、冷間圧延工程を行い、飲料缶胴用アルミニウム合金板を得た。
S1~S8の製造におけるその他の条件は表1に示すとおりである。
【0033】
(3-2)飲料缶胴用アルミニウム合金板の評価方法
S1~8の飲料缶胴用アルミニウム合金板のそれぞれについて、以下の評価を行った。
(i)引張強さの評価
飲料缶胴用アルミニウム合金板を評価用の素板とした。素板に対し、JIS Z 2241に準じて圧延方向に引張試験を行い、素板の引張強さを測定した。測定は、N数を3個として行った。3個の素板における測定値の算術平均値を、飲料缶胴用アルミニウム合金板の引張強さとした。引張強さの測定結果を表1における「引張強さ」の列に示す。
【0034】
(ii)第1のn値の評価
前記(i)における引張強さの測定結果を用い、JIS Z 2253に基づき、相当塑性ひずみが0.01~0.03の範囲において第1のn値を求めた。3個の素板のそれぞれについて第1のn値を求め、それらの算術平均値を、飲料缶胴用アルミニウム合金板における第1のn値とした。第1のn値の測定結果を表1における「n値 ε=0.01-0.03」の列に示す。
【0035】
(iii)第2のn値の評価
飲料缶胴用アルミニウム合金板を評価用の素板とした。まず、素板に対し、相当塑性ひずみが所定値となるように、圧延による塑性変形を付与した。相当塑性ひずみの所定値は、0.3、0.6、及び1.1であった。同一の相当塑性ひずみを有する素板を、それぞれ3個作成した。
次に、塑性変形を付与した素板に対し、引張試験を行い、降伏応力を測定した。次に、相当塑性ひずみと降伏応力との両対数グラフを作成した。次に、作成したグラフにおいて、線形近似によって、相当塑性ひずみと降伏応力との関係を表す近似直線を推定した。次に、近似曲線の傾きを算出した。次に、算出した傾きから、第2のn値を算出した。第2のn値の算出結果を表1における「n値 ε=0.3-1.1」の列に示す。
【0036】
(iv)Mg固溶量の評価
しごき成形相当の圧延をしていない飲料缶胴用アルミニウム合金板と、しごき成形相当の圧延をした後の飲料缶胴用アルミニウム合金板とのそれぞれについて、Mg固溶量を評価した。Mg固溶量の評価方法は以下のとおりである。
飲料缶胴用アルミニウム合金板の導電率を渦電流式導電率計により測定し、以下の式(1)に基づき、飲料缶胴用アルミニウム合金板の比抵抗ρを算出した。測定周波数は960kHzとし、測定する板の厚さが0.6mm以下の場合は板を複数枚重ねて厚さを0.6mm以上として測定した。
式(1) ρ=100×ρCu÷EC
ρ:比抵抗(μΩ・cm)
ρCu:20℃における標準軟銅の比抵抗
EC:導電率(%IACS)
ρCuの値は1.7241μΩ・cmである。
熱延板を用意した。熱延板とは、熱間仕上げ圧延までは、Mg固溶量の評価対象である飲料缶胴用アルミニウム合金板と同様の製造方法で製造し、その後保持することなく冷却し、かつその後の冷間圧延等の工程を実施していない製造途中段階のサンプルである。Mg固溶量の評価対象である飲料缶胴用アルミニウム合金板とは、しごき成形相当の圧延をしていない飲料缶胴用アルミニウム合金板、又は、しごき成形相当の圧延をした後の飲料缶胴用アルミニウム合金板である。熱延板の比抵抗ρを、比抵抗ρの測定方法と同様の方法で測定した。比抵抗ρの単位はμΩ・cmである。
以下の式(2)により、比抵抗差Δρを算出した。比抵抗差Δρの単位はμΩ・cmである。
式(2) Δρ=ρ-ρ
算出した比抵抗差ΔρがMgSiの析出によるものと仮定した。Si、Mgの比抵抗の定数を用いて、以下の式(3)によりMg固溶量差ΔMginを算出した。ΔMginは、Mg固溶量の評価対象である飲料缶胴用アルミニウム合金板のMg固溶量から、熱延板のMg固溶量を差し引いた値を意味する。
【数1】
式(3)における各項の意味は以下のとおりである。
ΔMgin:熱延板とのMg固溶量差(質量%)
Mgin:固溶体中のMgの比抵抗の定数
Mgout:固溶体外のMgの比抵抗の定数
Siin:固溶体中のSiの比抵抗の定数
Siout:固溶体外のSiの比抵抗の定数
Mg2Si:MgSiにおけるSiに対するMgの質量比
Mginの値は0.54μΩ・cm/質量%である。XMgoutの値は0.22μΩ・cm/質量%である。XSiinの値は1.02μΩ・cm/質量%である。XSioutの値は0.088μΩ・cm/質量%である。YMg2Siの値は1.73である。
Mg固溶量差ΔMginと、熱延板のMg固溶量Mgin0とを用いて、以下の式(4)により、Mg固溶量Mginを算出した。
式(4) Mgin=Mgin0+ΔMgin
熱延板のMg固溶量Mgin0は、350℃における平衡固溶量であると仮定した。熱延板のMg固溶量Mgin0は、JMatPro-v10.1により計算した。JMatPro-v10.1は、Sente Software社製の金属物性値計算ソフトウェアである。
計算の際、MATERIALS TYPESとしてAluminum alloyを選択し、熱延板に含まれる元素のうちCu、Fe、Mg、Mn、Si、Cr、Ti、Znの質量分率(質量%)を入力した。Cu、Fe、Mg、Mn、Siの質量分率(質量%)が小数点以下2桁となり、Cr、Ti、Znの質量分率(質量%)が小数点以下3桁となるように四捨五入した。
しごき成形相当の圧延をしていない飲料缶胴用アルミニウム合金板のMg固溶量Mginを、表1における「Mg固溶量 ε=0」の列に示す。しごき成形相当の圧延をした後の飲料缶胴用アルミニウム合金板のMg固溶量Mginを、表1における「Mg固溶量 ε=1.1」の列に示す。
【0037】
(v)耐チャイムしわ性
飲料缶胴用アルミニウム合金板をカップ成形し、その後、再絞り缶の形状に絞り成形した。カップ成形前のブランク径は140mmであった。カップ成形後のカップ径は87mmであった。再絞り缶の再絞り径は66mmであった。絞り成形には、202径用DIパンチを使用した。
形状測定器を用いて缶底チャイムテーパー部の起伏振幅を全周にわたって測定し、起伏振幅の最大値を求めた。起伏振幅の最大値の測定は、N数を5個として行った。5個の試料における起伏振幅の最大値の算術平均値(以下では平均起伏振幅最大値とする)を算出した。
【0038】
平均起伏振幅最大値が500μm以下である場合は、耐チャイムしわ性が良好であると判定し、平均起伏振幅最大値が500μmを超える場合は、耐チャイムしわ性が不良であると判定した。平均起伏振幅最大値を表1における「平均起伏振幅最大値」の列にしめす。耐チャイムしわ性の判定結果を表1における「耐チャイムしわ性」の列に示す。「○」は耐チャイムしわ性が良好であることを意味する。「×」は耐チャイムしわ性が不良であることを意味する。
【0039】
(vi)しごき成形性
飲料缶胴用アルミニウム合金板から、ブランク径140mmの円板を作成した。この円板を、内径66mmとなるようにDI成形し、缶を作成した。このとき、缶底から缶開口部に近づくにつれて外径が太くなるようなパンチを使用し、3回目のしごき成形時に強制的に缶切れを起こさせる過酷しごき成形試験を行った。3回目のしごき成形前における缶側壁の最薄部での板厚aと、缶切れ時の缶側壁の板厚bとを測定した。
10個の缶のそれぞれについて、板厚aを測定した。10個の缶で測定した板厚aの平均値をAとした。また、10個の缶のそれぞれについて、板厚bを測定した。10個の缶で測定した板厚bの平均値をBとした。
以下の式(5)に基づき限界しごき率Rを計算した。限界しごき率Rは、しごき成形性の指標である。
【0040】
式(5) R(%)=((A-B)/A)×100
限界しごき率Rが50.7%以上のものを良好であると判定とし、限界しごき率が50.7%未満のものを不良であると判定した。限界しごき率Rを表1における「限界しごき率」の列に示す。しごき成形性の判定結果を表1における「しごき成形性」の列に示す。「○」はしごき成形性が良好であることを意味する。「×」はしごき成形性が不良であることを意味する。
表1に総合評価の結果を示す。耐チャイムしわ性、及びしごき成形性が良好である場合、総合評価の結果が良好であるとした。表1における「○」は、総合評価の結果が良好であることを意味する。引張強さ、耐チャイムしわ性、及びしごき成形性が良好である場合、総合評価の結果が特に良好であるとした。表1における「◎」は、総合評価の結果が特に良好であることを意味する。
【0041】
(3-3)飲料缶胴用アルミニウム合金板の評価結果
S2、4では、引張強さが315MPa以上350MPa以下であり、第1のn値が0.049以上であり、第2のn値が0.063以下であった。その結果、耐チャイムしわ性及びしごき成形性が良好であった。
【0042】
S1、3、7では、冷間圧延最終パスの圧延終了温度が低過ぎたため、転位の回復が不十分であった。その結果、第1のn値が低くなり、耐チャイムしわ性が不良であった。
【0043】
S5では、冷間圧延最終パスの圧延終了温度が最適温度よりも高かったため、Mg-Si系金属間化合物の析出量が増加し、素板におけるMg固溶量が低かった。その結果、引張強さが他に比べて相対的に低くなった。
【0044】
S6では、冷間圧延最終パスの前パスの圧延終了後の110℃以上での保持時間が長すぎたため、Mg-Si系金属間化合物の析出が増加し、素板へしごき成形相当の圧延をした後の板においてMg固溶量が低くなった。その結果、第2のn値が高くなり、しごき成形性が不良であった。しごき成形相当の圧延とは、相当塑性ひずみが0.3~1.1の範囲となるような圧延である。
【0045】
S8では、熱間仕上げ圧延後の300℃での保持時間が長過ぎたため、Mg-Si系金属間化合物の析出量が増加し、素板におけるMg固溶量が低かった。その結果、引張強さが低くなった。
S2、S4、S5では、耐チャイムしわ性、及びしごき成形性が良好であった。S2、S4では、引張強さ、耐チャイムしわ性、及びしごき成形性が良好であった。
4.他の実施形態
以上、本開示の実施形態について説明したが、本開示は上述の実施形態に限定されることなく、種々変形して実施することができる。
【0046】
(1)上記各実施形態における1つの構成要素が有する機能を複数の構成要素に分担させたり、複数の構成要素が有する機能を1つの構成要素に発揮させたりしてもよい。また、上記各実施形態の構成の一部を省略してもよい。また、上記各実施形態の構成の少なくとも一部を、他の上記実施形態の構成に対して付加、置換等してもよい。
【0047】
(2)上述した飲料缶胴用アルミニウム合金板の他、当該飲料缶胴用アルミニウム合金板を構成要素とする製品、飲料缶胴用アルミニウム合金板の製造方法、飲料缶の製造方法、缶胴の製造方法等、種々の形態で本開示を実現することもできる。