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特開2022-172987N-ビニルアミド系ポリマーから成る粒子状ゲル及びその製造方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022172987
(43)【公開日】2022-11-17
(54)【発明の名称】N-ビニルアミド系ポリマーから成る粒子状ゲル及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B01J 13/00 20060101AFI20221110BHJP
   C09K 3/00 20060101ALI20221110BHJP
   C08F 226/02 20060101ALI20221110BHJP
【FI】
B01J13/00 D
C09K3/00 103L
C08F226/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021079379
(22)【出願日】2021-05-07
(71)【出願人】
【識別番号】504143441
【氏名又は名称】国立大学法人 奈良先端科学技術大学院大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】網代 広治
(72)【発明者】
【氏名】吉田 裕安材
(72)【発明者】
【氏名】古舞 博也
【テーマコード(参考)】
4G065
4J100
【Fターム(参考)】
4G065AB18Y
4G065BA09
4G065CA14
4G065DA02
4G065EA03
4G065EA05
4G065FA01
4J100AN04P
4J100AN13Q
4J100BA02Q
4J100BA14P
4J100BA14Q
4J100CA04
4J100EA03
4J100JA51
(57)【要約】
【課題】生体適合性を有し、安全性に優れた粒子状ゲルを提供する。
【解決手段】本発明の粒子状ゲルは、N-ビニルアミド系モノマーを構成単位とし、NVA骨格を有する架橋剤による架橋構造を含む、N-ビニルアミド系ポリマーから成る粒子状ゲルである。この粒子状ゲルは、以下の反応式に示すように、N-ビニルアミド系モノマーと前記架橋剤の混合物に、重合開始剤および界面活性剤を含む液体を添加し、N-ビニルアミド系モノマーと前記架橋剤を反応させることにより形成され、分散質がN-ビニルアミド系ポリマーから成り、分散媒が前記液体から成る粒子状ゲルである。本発明の製造方法では、反応温度を、N-ビニルアミド系モノマーが所定数以上結合して成る重合体の下限臨界溶解温度よりも高く、前記液体の沸点よりも低い温度に設定したことにより、粒径の揃った粒子状ゲルを得ることができる。
【化6】
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記化学式(1)で表されるN-ビニルアミド系モノマーを構成単位とし、下記化学式(2)で表される架橋剤による架橋構造を含む、N-ビニルアミド系ポリマーから成る粒子状ゲル。
【化1】
化学式(1)中、Rは、水素原子、又は炭素原子数が1~20個の直鎖アルキル基又は分岐アルキル基を表す。
【化2】
化学式(2)中、Rは、水素原子、又は炭素原子数が1~20個の直鎖アルキル基又は分岐アルキル基を表し、Xは下記化学式(3)を表す。化学式(2)中、2個のRは同じでも良く、異なっていても良い。
【化3】
【請求項2】
前記粒子状ゲルが温度応答性を有するものである、請求項1に記載の粒子状ゲル。
【請求項3】
前記粒子状ゲルの分散媒が水である、請求項1又は2に記載の粒子状ゲル。
【請求項4】
下記化学式(1)で表されるN-ビニルアミド系モノマーと下記化学式(2)で表される架橋剤の混合物に、重合開始剤および界面活性剤を含む液体を添加し、N-ビニルアミド系モノマーと前記架橋剤を反応させて、分散質がN-ビニルアミド系ポリマーから成り、分散媒が前記液体から成る、粒子状ゲルを製造する方法であって、
反応温度を、N-ビニルアミド系モノマーが所定数以上結合して成る重合体の下限臨界溶解温度よりも高く、前記液体の沸点よりも低い温度に設定したことを特徴とする、粒子状ゲルの製造方法。
【化1】
化学式(1)中、Rは、水素原子、又は炭素原子数が1~20個の直鎖アルキル基又は分岐アルキル基を表す。
【化2】
化学式(2)中、Rは、水素原子、又は炭素原子数が1~20個の直鎖アルキル基又は分岐アルキル基を表し、Xは下記化学式(3)を表す。化学式(2)中、2個のRは同じでも良く、異なっていても良い。
【化3】
【請求項5】
前記粒子状ゲルが温度応答性を有するものである、請求項4に記載の粒子状ゲルの製造方法。
【請求項6】
前記液体が水である、請求項4又は5に記載の粒子状ゲルの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、N-ビニルアミド系ポリマーから成る粒子状ゲル及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ゲルは、高分子鎖が化学的又は物理的に架橋された三次元網目構造に多量の溶媒を吸収した状態の構造体をいう。溶媒や高分子鎖の種類を変えることによって様々な性質のゲルを得ることができる。例えば溶媒が有機溶媒や油であるゲルは、水難溶性の物質との親和性が高く、水難溶性の薬剤を経皮的に患部に投与する経皮吸収製剤の基材として利用されている(特許文献1)。また、水を溶媒とするゲルは生体組織に類似することから、ドラックデリバリーシステム(DDS)の担体(キャリア)として利用されているが、力学的強度が低く、生体内で溶解しやすいため、薬物の徐放期間を長くすることが難しい。
【0003】
そこで、ゲルを数百nmから数十μm程度の粒子状にすることで、力学的強度を高め、生体内で溶解しにくくしたものがDDSの担体として利用されつつある。マイクロゲルとも称されるゲル微粒子は、一般的な高分子材料からなる微粒子と異なり、柔らかくて変形し易いことから培養組織が傷つきにくく、組織培養用の基材としての利用も期待されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2019-123766号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来一般的な経皮吸収製剤の基材には、生体適合性が高いポリアクリルアミドからなるゲルが用いられている。ところが、ポリアクリルアミドは、側鎖が加水分解すると毒性の高い低分子アミンが形成されるという問題がある。また、アクリルアミドモノマーは神経毒性を有することが知られており、ポリアクリルアミドゲルをDDSの担体材料として利用するには安全上懸念があった。
【0006】
本発明が解決しようとする課題は、生体適合性を有し、安全性に優れた粒子状ゲルの提供である。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために成された本発明は、
下記化学式(1)で表されるN-ビニルアミド系モノマーを構成単位とし、下記化学式(2)で表される架橋剤による架橋構造を含む、N-ビニルアミド系ポリマーから成る粒子状ゲルである。
【化1】
化学式(1)中、Rは、水素原子、又は炭素原子数が1~20個の直鎖アルキル基又は分岐アルキル基を表す。
【化2】
化学式(2)中、Rは、水素原子、又は炭素原子数が1~20個の直鎖アルキル基又は分岐アルキル基を表し、Xは下記化学式(3)を表す。化学式(2)中、2個のRは同じでも良く、異なっていても良い。
【化3】
【0008】
また本発明は、下記化学式(1)で表されるN-ビニルアミド系モノマーと下記化学式(2)で表される架橋剤の混合物に、重合開始剤および界面活性剤を含む液体を添加し、N-ビニルアミド系モノマーと前記架橋剤を反応させて、分散質がN-ビニルアミド系ポリマーから成り、分散媒が前記液体から成る、粒子状ゲルを製造する方法であって、
反応温度を、前記N-ビニルアミド系モノマーが所定数以上結合して成る重合体の下限臨界溶解温度(LCST)よりも高く前記液体の沸点よりも低い温度に設定したことを特徴とする。
【化1】
化学式(1)中、Rは、水素原子、又は炭素原子数が1~20個の直鎖アルキル基又は分岐アルキル基を表す。
【化2】
化学式(2)中、Rは、水素原子、又は炭素原子数が1~20個の直鎖アルキル基又は分岐アルキル基を表し、Xは下記化学式(3)を表す。化学式(2)中、2個のRは同じでも良く、異なっていても良い。
【化3】
【0009】
本発明の粒子状ゲルは、上述した製造方法により得ることができる。上記化学式(1)で表されるN-ビニルアミド系モノマーは1種類でも良く、2種類以上でもよい。つまり、粒子状ゲルを構成するN-ビニルアミド系ポリマーは、1種類のN-ビニルアミド系モノマーの重合体でもよく、2種類以上のN-ビニルアミド系モノマーの共重合体でも良い。
【0010】
本発明の粒子状ゲルの製造方法の特徴は、重合反応の温度を、N-ビニルアミド系ポリマーが所定数結合して成る重合体の下限臨界溶解温度(LCST)よりも高い温度に設定した点にある。下限臨界溶解温度とは、その温度以下では溶媒に溶解するが、その温度を超えると溶媒には溶解しなくなるような温度をいい、特定のポリマーにみられる性質(温度応答性)である。
【0011】
本発明の製造方法では、N-ビニルアミド系モノマーと架橋剤の混合物に、重合開始剤および界面活性剤を含む液体を添加することによってN-ビニルアミド系モノマーと架橋剤が反応し、三次元網目構造を有するN-ビニルアミド系ポリマーが形成される。このポリマーが分散質となり、前記液体が分散媒となってゲルが構成される。重合反応の温度を上記のような温度に設定したことにより、N-ビニルアミド系モノマーが所定数結合して成る重合体(三次元網目構造を有する重合体)が温度応答性を示すものであり、且つ、そのLCSTよりも重合反応の温度の方が高い場合には、前記重合体が前記液体中に溶解しなくなって沈殿する。この結果、重合反応の進行が抑制され、所定の大きさの重合体となる。この重合体が、上述した三次元網目構造を有するN-ビニルアミド系ポリマーであり、このポリマーを分散質とし、前記液体を分散媒とするゲルが形成される。N-ビニルアミド系モノマーが所定数結合した時点で重合反応の進行が抑制されることから前記ゲルは大きさの揃った粒子状となる。液体中の粒子状ゲルは、遠心分離により回収することができる。このようにして得られた粒子状ゲルの粒径(直径)は、数百nmから数十μm程度であり、マイクロゲルとも呼ばれる。反応温度を変えることにより重合反応の進行が抑制されるタイミングが変化する結果、重合体の大きさ、ひいては粒子状ゲルの大きさ(粒径)が変わる。また、モノマーや架橋剤の濃度、界面活性剤の種類や濃度等を変えることによっても粒子状ゲルの粒径が変化する。つまり、本発明の製造方法によれば、反応温度等の重合反応の条件を変えることによって粒子状ゲルの粒径を調整することができる。
【0012】
本発明においては、粒子状ゲルの分散媒となる液体は粒子状ゲルの用途に応じた適宜のものを用いることができ、例として水、有機溶媒、オイルが挙げられる。本発明の製造方法において、反応温度は、前記液体の沸点、重合体の下限臨界溶解温度(LCST)、及び重合開始剤の至適温度の3点を考慮して設定される。この場合、反応温度の上限値は前記液体の沸点であり、下限値は重合体(N-ビニルアミド系ポリマー)のLCSTであるため、重合開始剤の至適温度が反応温度の上限値と下限値の間となるように、前記液体、モノマー、重合開始剤の組み合わせを選択する。
【0013】
上記の製造方法において使用される重合開始剤は炭素ラジカルを発生するラジカル重合開始剤であれば特に限定されるものではなく、このようなラジカル重合開始剤としてはアゾ基を有する水溶性アゾ重合開始剤、油溶性アゾ重合開始剤が挙げられる。
また、界面活性剤も特に限定されるものではなく、アニオン性界面活性剤、非イオン性界面活性剤、カチオン性界面活性剤、両性界面活性剤、高分子界面活性剤、反応性乳化剤等、種々の界面活性剤を使用できる。
【発明の効果】
【0014】
Nビニルアミド系ポリマーは生体適合性が高く、しかもアクリルアミド系ポリマーと異なり、側鎖が加水分解しても毒性の高い低分子アミン化合物が生成されることがないため、本発明に係る粒子状ゲルは安全性に優れる。
【0015】
また、本発明に係る粒子状ゲルの製造方法によれば、安全性に優れたNビニルアミド系ポリマーから成り、且つ粒径の揃った粒子状ゲルを、再現性良く得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本発明に係るN-ビニルアミド系ポリマーのゲル粒子の第1実施例であるN-ビニルイソブチルアミド(NVIBA)ポリマーのゲル粒子の製造に用いたNVIBAモノマーのH-NMRスペクトル。
図2】NVA骨格を有する架橋剤(5-ON-bis-NVA)1のH-NMRスペクトル。
図3】反応開始6時間後の溶液を遠心分離することにより回収された反応物のH-NMRスペクトル(a)、直鎖状のPNVIBAのH-NMRスペクトル(b)。
図4】PNVIBAのマイクロゲルへの変換率と反応開始からの経過時間との関係を示す表(a)及びグラフ(b)。
図5】PNVIBAのマイクロゲルの直径と反応開始からの経過時間との関係を示表(a)及びグラフ(b)。
図6】マイクロゲルの分散液の温度による透光性の変化を示す写真。
図7】エントリー2のサンプルから得られたマイクロゲルと直鎖状ゲルの透過率と温度との関係を示すグラフ(a)、(b)。
図8】架橋剤の濃度によるLCSTの変化を表すグラフ。
図9】架橋剤の各濃度における温度とマイクロゲルの粒径分散の違いを表すグラフ。
図10】架橋剤の各濃度における温度とマイクロゲルの平均粒径の関係を表すグラフ。
図11】温度によるマイクロゲルの粒径の変化を示すグラフ。
図12】モノマーの各濃度における温度とマイクロゲルの粒径分散の違いを表すグラフ。
図13】モノマーの各濃度における温度とマイクロゲルの平均粒径の関係を表すグラフ。
図14】マイクロゲルのSEM観察像を示す写真であり、(a)~(d)は架橋剤の濃度が1%、2%、3%、4%であるマイクロゲル、(e)、(f)は、モノマー濃度が50mM、25mMであるマイクロゲルの写真。
図15】第2実施例におけるマイクロゲルの反応式。
図16A】NVIBAとNVFの共重合体からなるマイクロゲル(マイクロゲル1)のH-NMRスペクトル。
図16B】マイクロゲ1ルを加水分解した後のマイクロゲル(マイクロゲル2)のH-NMRスペクトル。
図17】マイクロゲル1、2の光透過率と温度との関係を示すグラフ(a)、(b)。
図18】マイクロゲル1、2の25℃、55℃のときの粒径分散を表すグラフ。
図19】マイクロゲル1、2の温度による粒径の変化を示すグラフ。
図20】マイクロゲル1、2のSEM写真(a)、(b)。(b)は(a)の部分拡大写真。
図21】マイクロゲル分散液の光透過率に及ぼす架橋剤濃度(a)、分散濃度(b)、液の種類(c)の影響を示すグラフ。
図22】マイクロゲルのHCl分散液(a)、NaOH分散液(b)の70℃における外観写真。
図23A】実施例5のマイクロゲル(マイクロゲル3)のH-NMRスペクトル。
図23B】マイクロゲル3を加水分解したマイクロゲル(マイクロゲル4)のH-NMRスペクトル。
図24】マイクロゲル3、4のSEM写真(a)、(b)。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に具体的な実施例を挙げて、本発明に係る粒子状ゲルとしてのマイクロゲルおよびその製造方法について詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。なお、以下では特に断らない限り、「%」は重量%を示す。
【0018】
[実施例1]
本実施例では、N-ビニルアミド系モノマーであるN-ビニルイソブチルアミド(NVIBA)と、NVA骨格を有する架橋剤を用いてマイクロゲルを製造した。
[モノマーの合成]
以下の反応式に示される反応によって、NVIBAを合成した。下記反応式中、THFはテトラヒドロフラン(溶媒)、TEAはトリエチルアルミニウム(助触媒)を表している。この反応によってNVIBAが得られたことを、H-NMRで確認した。図1H-NMRスペクトルを示す。
【化4】
【0019】
[架橋剤の合成]
N-ビニルアセトアミド(NVA)と、ビス(4-クロロブチル)エーテルを用いて、下記反応式で示される反応によって、NVA骨格を有する架橋剤を合成した。下記反応式中、NaHは水素化ナトリウム、DMFはジメチルホルムアミドを表している。この反応によってNVA骨格を有する架橋剤(5-ON-bis-NVA)が得られたことは、H-NMRによって確認した。図2H-NMRスペクトルを示す。以下の説明では、この架橋剤を「架橋剤1」と呼ぶこととする。
【化5】
【0020】
[マイクロゲルの合成]
以下の反応式で示されるように、NVIBA(98mМ(1136mg))及び架橋剤1(2mМ(59mg))を容器に入れ、そこにアゾ重合開始剤V50(1mМ(27mg))及び界面活性剤SDS(1mМ(29mg))を含む超純水(100mL)を加えて70℃に加熱して6時間撹拌させることにより、マイクロゲルを合成した。容器内の溶液全体に占めるNVIBA及び架橋剤1の濃度が100mM、NVIBAと架橋剤1の比率(%)は98:2となるように調整した。なお、アゾ重合開始剤V50は、2,2’アゾビス(2-メチルプロピオンアミジン)ジハイドロクロライド(富士フィルム和光純薬株式会社製)、界面活性剤SDSはドデシル硫酸ナトリウム(富士フィルム和光純薬株式会社製)である。
【化6】
【0021】
約0.1時間撹拌した頃から容器内の溶液が白濁する様子が観察され、約6時間撹拌後には溶液全体が白濁していた。このことから、時間の経過とともにNVIBAと架橋剤の反応が進行してNVIBAポリマー(PNVIBA)のゲルが形成されるとともに、PNVIBAゲルが不溶化したと考えられた。
【0022】
図3(a)は、6時間撹拌した後の溶液を遠心分離することにより回収された物質のH-NMRスペクトルを示している。比較のために、図3(b)に直鎖状のPNVIBA(リニアポリマー)のH-NMRスペクトルを示す。図3(a)及び(b)から、6時間静置した後に得られた回収物はPNVIBAのゲルであることが確認された。
【0023】
次に、反応時間毎の溶液のH-NMRスペクトルを測定し、NVIBAのビニル基由来のピークからモノマー反応率(%)を算出した。また、反応時間毎の溶液の動的光散乱(DLS)測定より、マイクロゲルの直径(nm)を求めた。
【0024】
図4(a)及び(b)は、反応時間とモノマー反応率との関係を示す表及びグラフである。また、図5(a)及び(b)は、反応時間と形成されたマイクロゲルの直径との関係を示す表及びグラフである。図4から、反応時間が6時間に達した時点で用いたモノマーのほぼ全てが反応に消費されたことが分かった。また、図5から分かるように、反応時間が約2時間を超えると、マイクロゲルの粒径に大きな変化は見られなかったことから、本実験系では反応2時間後にはマイクロゲルの成長がほぼ完了していることが示された。以上の結果から、当該実験条件においては、反応時間は6時間で十分だと判断した。
【0025】
[実施例2]
[マイクロゲルの合成条件の検討]
実施例1と同様、NVIBA及び架橋剤1を容器に入れ、そこにアゾ重合開始剤V50及び界面活性剤SDSを含む超純水を加えて70℃に加熱して6時間撹拌させることにより、マイクロゲルを合成した。この実施例では、重合開始剤V50を1mM、反応時間を6時間とし、NVIBA及び架橋剤の濃度(mM)および比率を下記表1に示した条件に設定した6種類のサンプルを用いた。表1中、[Monomer]total(mM)は、NVIBAと架橋剤の合計のモル濃度(mM)を表している。表1中、エントリー2の反応条件は、実施例1と同じである。
【0026】
【表1】
【0027】
6種類のサンプル(エントリー1~6)の全てについて、6時間撹拌後の溶液が白濁していることが観察された。実施例1と同様、均一な白濁溶液が得られたことから、実施例1と類似のマイクロゲルが溶液中に形成されたことが示唆された。
6種類のサンプルから得られたマイクロゲルをそれぞれ水に分散させた分散液を60℃に加熱したときと25℃に冷却したときの外観を観察した。その結果、6種類のサンプルから得られた全てのマイクロゲルが、図6に示すように、25℃に冷却すると分散液の透光性が高まり、60℃に加熱すると分散液の透光性が低下するという、温度応答性を示した。
【0028】
[マイクロゲルの温度応答性]
次に、エントリー2のサンプル(NVIBA98%、架橋剤濃度2%)から得られたマイクロゲルの0.1%水溶液を、0.5℃/分で昇温、降温したときの波長500nmの光の透過率を測定した。また、比較例として、直鎖状のPNVIBA(NVIBAのリニアポリマー)の0.1%水溶液についても、同様に0.5℃/分で昇温、降温したときの波長500nmの光の透過率を測定した。その結果を図7(a)及び(b)に示す。図7(a)及び(b)は、それぞれマイクロゲル及びリニアポリマーの光透過率と温度との関係を示し、いずれも横軸が温度、縦軸が光透過率(%)を表す。
【0029】
図7(b)から分かるように、NVIBAのリニアポリマーは明確な温度応答性を示し、そのLCSTは約43℃であった。一方、図7(a)から分かるように、PNVIBAのマイクロゲルは、直鎖状ポリマーに比べると温度応答性が低いものの、36℃付近のLCSTを有していた。なお、ここでは、昇温時、降温時において光透過率が最大値の半分の値になったときの温度をLCSTとした。
【0030】
[架橋剤の濃度によるLCSTの変化]
図8は、NVIBAのリニアポリマーと、架橋剤の濃度を1~4%(図8においてCL1%~CL4%と示す)にしたエントリー1~4のサンプルから得られたマイクロゲルの昇温時及び降温時のLCSTを示している。図8から分かるように、架橋剤の濃度が1~4%のいずれのマイクロゲルも、リニアポリマーよりLCSTが低かった。LCSTが低くなった理由は、マイクロゲルの架橋剤の疎水性の影響によるものと思われた。また、架橋剤の濃度によるマイクロゲルのLCSTの違いはみられなかった。
【0031】
[架橋剤の濃度と温度応答性の関係]
架橋剤の濃度を1~4%にしたエントリー1~4のサンプルから得られたマイクロゲルの0.1%水溶液における、該マイクロゲルの粒径を測定した。図9(a)~(d)及び図10は、水溶液の温度を25℃、55℃にしたときの粒径分散及び平均粒径を示している。
【0032】
図9から分かるように、架橋剤の濃度による粒径分散度に違いは見られなかった。また、いずれの架橋剤濃度においても、温度が55℃の水溶液の方が25℃の水溶液よりもマイクロゲルの粒径分散度が低く、マイクロゲルの粒径が均一になり、且つ、粒径分散の中心値が小さい(つまり、平均粒径が小さい)ことが確認された。このようになった理由は、いずれのマイクロゲルも25℃と55℃の間にLCSTを有しており、その前後でマイクロゲルが膨潤、収縮するためだと考えられた。一方、図10から分かるように、温度が55℃の水溶液においては、架橋剤の濃度が高いほどマイクロゲルの粒径が大きくなる傾向がみられたが、25℃の水溶液においては、架橋剤の濃度と粒径の間に関連性が認められなかった。
【0033】
架橋剤の濃度を1%にしたマイクロゲル(エントリー1)と4%のマイクロゲル(エントリー4)の0.1%水溶液におけるマイクロゲルの粒径(直径)の、温度による変化を調べた。その結果を図11に示す。図11から分かるように、いずれのマイクロゲルも水溶液の温度が25℃から40℃に変化する間に粒径が大きく変化した。特に架橋剤の濃度が1%のマイクロゲルでは、35℃前後で粒径の急激な変化がみられ、鋭敏な温度応答性を示すことが確認された。また、水溶液の温度が25℃、55℃のときのマイクロゲルの粒径から計算により体積減少率を求めたところ、架橋剤の濃度が1%のマイクロゲルでは84.3%、架橋剤の濃度が4%のマイクロゲルでは81.5%であった。
【0034】
[モノマー濃度とマイクロゲルの粒径との関係]
モノマーの濃度が100mM、50mM、25mMである以外は同じ条件でマイクロゲルを合成したエントリー2、5、6について、マイクロゲルの0.1%水溶液におけるマイクロゲルの粒径分散及び平均粒径の、温度による違いを調べた。図12(a)~(c)、図13はその結果を示している。これらの図から分かるように、モノマー濃度が低いと、粒径の小さなマイクロゲルが得られるが、水溶液の温度が25℃、55℃のいずれの場合も粒径分散度が大きく、粒径が不均一になることが確認された。
【0035】
[乾燥マイクロゲルのSEM観察]
図14(a)~(f)は、エントリー1~6のサンプルから得られたマイクロゲルを乾燥させたものの電子顕微鏡(SEM)写真である。これらの写真から分かるように、モノマーの濃度が100mMのサンプルでは架橋剤の濃度を変化させても均一な粒径のマイクロゲルが得られた。一方、モノマー濃度を50mM、25mM(このときの架橋剤の濃度はいずれも2%)に低下させたサンプルでは、マイクロゲルの粒径が不均一になった。
【0036】
[実施例3]
[マイクロゲルの合成]
モル比が9:1のNVIBA及びNビニルホルムアミド(NVF)と架橋剤1を容器に入れ、そこにアゾ重合開始剤V50及び界面活性剤SDSを含む超純水を加えて70℃に加熱して撹拌した後、静置してマイクロゲルを合成した。続いて、容器中の溶液に1Mの水酸化ナトリウム(NaOH)を添加した。この反応では、NVIBAとNVFの合計と架橋剤1とのモル比を98:2とし、NVIBA、NVF及び架橋剤1の濃度(モノマー濃度)を100mMとした。NaOH添加前のマイクロゲルをマイクロゲル1、添加後のマイクロゲルをマイクロゲル2という。
【0037】
図15に、NVIBA及びNVFと架橋剤1からマイクロゲル1が形成され、さらに、マイクロゲル1を加水分解することによりマイクロゲル2が形成される反応式を示す。
【0038】
マイクロゲル1及び2の構造をH-NMRで確認した結果、得られたスペクトルを図16A、16Bに示す。図16A、16Bより、マイクロゲル1はNVIBAとNVFの共重合体(Poly(NVIBA-co-NVF))から成るマイクロゲルであることが、マイクロゲル2は、前記共重合体におけるNVFの側鎖が加水分解されたもの(Poly(NVIBA-co-VAm))であることが分かった。NVFの側鎖が加水分解されたことは、マイクロゲル1のH-NMRスペクトルにみられたNVFのピークが、マイクロゲル2のH-NMRスペクトルでは減少していることからも確認された。
【0039】
[マイクロゲルの温度応答性に及ぼす加水分解の影響]
図17(a)、(b)は、マイクロゲル1、2の0.1%水溶液を、0.5℃/分で昇温、降温したときの波長500nmの光の透過率を測定した結果を示している。これらの図から分かるように、マイクロゲル1、2はいずれも温度応答性を示したが、マイクロゲル1よりもマイクロゲル2の方が温度応答性が低く、NVFの側鎖の加水分解により温度応答性が低下したものと考えられた。
【0040】
図18は、マイクロゲル1、2の0.1%水溶液を25℃、55℃にしたときの粒径分散を表している。図18より、いずれのマイクロゲルも、55℃の方が25℃よりも粒径分散度が低く、マイクロゲルの粒径が均一になることが確認された。この理由は、マイクロゲル1、2はいずれも25℃と55℃の間にLCSTを有しており、その前後でマイクロゲルが膨潤し、収縮するためだと考えられた。
【0041】
マイクロゲル1、2の0.1%水溶液におけるマイクロゲルの粒径(直径)の、温度による粒径の変化を調べた。図19はその結果を示している。図19から分かるように、いずれのマイクロゲルも温度が25℃から55℃から変化する間に粒径が小さくなったが、実施例2で示したPNVIBAのマイクロゲルに比べると温度応答性が鈍感であった(図11参照)。また、マイクロゲル2は、マイクロゲル1に比べて25℃のときの粒径と55℃のときの粒径の差が大きく、NVFの側鎖の加水分解により膨潤し易く、収縮し易い粒子になったと考えられた。
【0042】
[乾燥マイクロゲルのSEM観察]
図20(a)、(b)は、マイクロゲル1、2を乾燥させたもののSEM写真である。これらの写真から、NVIBAとNVFの共重合体からなるゲルからも均一な粒径のマイクロゲルが得られることが分かった。また、マイクロゲル1,2のいずれにおいても粒子形状が揃っていることから、NVFの側鎖の加水分解が粒子形状に及ぼす影響は小さいことが分かった。
【0043】
[実施例4]
[マイクロゲル分散液の光の透過率の測定]
エントリー1~4のサンプル(架橋剤(CL)濃度1~4%)から得られたPNVIBAマイクロゲルを水に分散させた0.5mg/mL分散液(懸濁液)を調製し、これら分散液の25℃における500nmの波長の光の透過率を測定した。その結果を図21(a)に示す。
【0044】
次に、エントリー2のサンプル(架橋剤濃度2%)から得られたPNVIBAマイクロゲルを0.031mg/mL、0.063mg/mL、0.125mg/mL、0.25mg/mL、0.5mg/mLの濃度となるように水に分散させた分散液を調製し、これら分散液の25℃における500nmの波長の光の透過率を測定した。その結果を図21(b)に示す。
【0045】
次に、エントリー2のサンプル(架橋剤濃度2%)から得られたPNVIBAマイクロゲルを0.5mg/mLの濃度となるように、水、PBS(リン酸緩衝食塩水)、塩酸(HCl)溶液、水酸化ナトリウム(NaOH)溶液に分散させた分散液をそれぞれ調製し、これら分散液の25℃における500nmの波長の光の透過率を測定した。その結果を図21(c)に示す。図22は、25℃のHCl分散液、NaOH分散液の外観を示す写真である。
【0046】
図21(a)から分かるように、架橋剤の濃度が低いマイクロゲルほど、分散液の光透過率が高かった。また、図21(b)から分かるように、マイクロゲルの濃度(分散濃度)が低いほど光の透過率が高かった。さらにまた、図21(c)、図22から明らかなように、マイクロゲルを分散させる液の種類によって分散液の光透過率が異なっていた。このことから、マイクロゲル分散液の光の透過率は塩や酸、塩基の影響を受けやすいことが分かった。
【0047】
[実施例5]
モル比が8:2のNVIBA及びNビニルホルムアミド(NVF)と架橋剤1を容器に入れ、そこにアゾ重合開始剤V50及び界面活性剤SDSを含む超純水を加えて70℃に加熱して撹拌した後、静置してマイクロゲルを合成した。続いて、容器中の溶液に1Mの水酸化ナトリウム(NaOH)を添加した。この反応では、NVIBAとNVFの合計と架橋剤1とのモル比を98:2とし、NVIBA、NVF及び架橋剤1の濃度(モノマー濃度)を100mMとした。NaOH添加前のマイクロゲルをマイクロゲル3、添加後のマイクロゲルをマイクロゲル4という。
【0048】
マイクロゲル3及び4の構造をH-NMRで確認した結果、得られたスペクトルを図23A、23Bに示す。図23A、23Bから分かるように、実施例3と同様、マイクロゲル3はNVIBAとNVFの共重合体(Poly(NVIBA-co-NVF))から成るマイクロゲルであることが、マイクロゲル4は、マイクロゲル1を構成する共重合体におけるNVFの側鎖が加水分解されたもの(Poly(NVIBA-co-VAm))であった。また、図23A、23Bから分かるように、マイクロゲル3のH-NMRスペクトルにみられたNVFのピークが、マイクロゲル4のH-NMRスペクトルでは減少しており、NVFが加水分解されたことが裏付けられた。
【0049】
[乾燥マイクロゲルのSEM観察]
図24(a)、(b)は、マイクロゲル3、4を乾燥させたもののSEM写真である。これらの写真から、NVIBAとNVFを8:2のモル比で反応させて得られた共重合体からなるマイクロゲル3、4は、9:1のモル比で反応させて得られた共重合体からなるマイクロゲル1、2に比べると、粒径が均一でなく、粒子形状も不揃いであった。このことから、共重合体のマイクロゲルの場合、共重合比が粒径、粒子形状に影響を及ぼすことが分かった。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16A
図16B
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23A
図23B
図24