(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022173105
(43)【公開日】2022-11-17
(54)【発明の名称】刃物および刃物の製造方法
(51)【国際特許分類】
B26D 3/28 20060101AFI20221110BHJP
G01N 1/06 20060101ALI20221110BHJP
B26D 1/00 20060101ALI20221110BHJP
C04B 35/56 20060101ALI20221110BHJP
【FI】
B26D3/28 610T
G01N1/06 D
B26D1/00
C04B35/56 260
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022073608
(22)【出願日】2022-04-27
(31)【優先権主張番号】P 2021078928
(32)【優先日】2021-05-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2021185501
(32)【優先日】2021-11-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】505361347
【氏名又は名称】株式会社ファインテック
(74)【代理人】
【識別番号】100197642
【弁理士】
【氏名又は名称】南瀬 透
(74)【代理人】
【識別番号】100099508
【弁理士】
【氏名又は名称】加藤 久
(74)【代理人】
【識別番号】100182567
【弁理士】
【氏名又は名称】遠坂 啓太
(74)【代理人】
【識別番号】100219483
【弁理士】
【氏名又は名称】宇野 智也
(72)【発明者】
【氏名】本木 博史
(72)【発明者】
【氏名】永尾 暁
【テーマコード(参考)】
2G052
3C027
【Fターム(参考)】
2G052EC03
2G052EC04
3C027AA05
3C027AA09
3C027AA12
3C027AA17
3C027AA18
(57)【要約】 (修正有)
【課題】ミクロトームや電子部品材料など精密な切断品質が要求される材料の切断に好適な刃物において、超硬合金製刃物の切れ味を維持しつつ、且つ斜め切りを防止することができる効果的な手段を提供する。
【解決手段】刃物本体1Aと尖り部1Bを備えた超硬合金製刃物において、尖り部1Bは、刃先先端部Eの第1の領域A1と、第1の領域A1に続く第2の領域A2を備え、第1の領域A1は第1の潤滑コーティング層を、第2の領域A2は第2の潤滑コーティング層を有し、第1の潤滑コーティング層の厚みを、第1の領域A1に均一に第2の潤滑コーティング層よりも薄く、且つ刃先先端の曲率半径よりも小さくする。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
刃物本体と尖り部とを備えた超硬合金製刃物において、
前記尖り部は、刃先先端部を含む前記刃先先端部からの第1の領域と、前記第1の領域に続く第2の領域を備え、
前記第1の領域の刃物表面には第1の潤滑コーティング層を、前記第2の領域の刃物表面には第2の潤滑コーティング層が形成され、
前記第1の潤滑コーティング層の厚みを、前記第1の領域に均一に前記第2の潤滑コーティング層よりも薄く、且つ前記刃先先端部の曲率半径(R)よりも小さくしたことを特徴とする刃物。
【請求項2】
前記第1の領域における刃物表面の表面粗さは、前記第2の領域における刃物表面より平滑に形成されたことを特徴とする請求項1記載の刃物。
【請求項3】
前記刃物本体は、前記第2の領域に続く第3の領域を備え、
前記第3の領域は、前記第2の潤滑コーティング層より厚い第3の潤滑コーティング層が形成されたことを特徴とする請求項1記載の刃物。
【請求項4】
前記第2の領域における刃物表面の表面粗さは、前記第3の領域における刃物表面より平滑に形成されたことを特徴とする請求項3記載の刃物。
【請求項5】
前記刃物本体の厚みが1mm以下、前記刃先先端部の尖り角が10°~25°であり、前記第1の領域が前記刃先先端部から少なくとも1μmの領域であることを特徴とする請求項1記載の刃物。
【請求項6】
前記刃先先端部の曲率半径が15nm~30nmであることを特徴とする請求項1または2記載の刃物。
【請求項7】
前記第1の潤滑コーティング層と前記第2の潤滑コーティング層との表面を連続的に増加させたことを特徴とする請求項1記載の刃物。
【請求項8】
前記第1及び/または前記第2の潤滑コーティング層が、プライマー層とトップコート層とで構成されていることを特徴とする請求項1記載の刃物。
【請求項9】
前記超硬合金のWC粒径が0.3μm~0.7μmであることを特徴とする請求項1記載の刃物。
【請求項10】
請求項1記載の刃物の製造方法であって、
前記第1の領域の表面粗さが、前記第2の領域より平滑に形成された前記刃物の刃先を縦方向に配置して、ディッピング法により第1の潤滑コーティング層と第2の潤滑コーティング層を連続的に刃物表面に形成することを特徴とする刃物の製造方法。
【請求項11】
前記刃先を縦方向に配置したときに下端に位置し、非切断部である前記刃先の端部がC面に加工した刃物により、前記第1の潤滑コーティング層と前記第2の潤滑コーティング層とを形成する請求項10記載の刃物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は各種切断に使用される刃物、特に、ミクロトームで薄切りされるパラフィンに包埋された組織、細胞組織や電子部品材料など精密な切断品質が要求される材料の切断に好適な刃物および刃物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
刃物は人類の歴史と共に始まり、長年人類に使用されてきた。そして要求される切断品質も単に切り離せれば良いという段階から、近年、ミクロトームや電子部品材料、半導体材料等の加工用としては、切断スピード、切断面の損傷や斜め切りの無い高品質の切断が可能な刃物が要求されるようになった。
このような要求に応えるために、刃物の素材として鋼からステンレスなどを用いること、また、切断時の侵入抵抗を少なくするために、刃物の厚みを0.1mm程度まで薄くし、さらに刃先先端部をナノレベルまで尖らせたり、刃面の摩擦抵抗を低減する目的で刃面に摩擦抵抗の少ない潤滑性を有するコーティング処理をしたりすること等が行われている。
【0003】
本発明者は、長年このような刃物の製造に従事する中で、刃物の素材として、周期律表IVa,Va,VIa族金属の炭化物をFe,Co,Niなどの鉄系金属で焼結した複合材料、いわゆる超硬合金を用いた刃物を提供してきた。
超硬合金は、鋼などにくらべ非常に硬い性質を有し、耐磨耗性が要求される金属加工用の切削工具(例えば、ドリル、エンドミル、ホブ、フライス、旋盤、ピニオンカッタなど)の材料として広く使われている。また、鋼やステンレス等に比べ、鋭く尖らせた刃先先端部の摩耗も少なく、刃物材料として優れた性質を持つ材料である。
一方で、その硬さ故に、靭性が低く脆く欠けやすいという性質を有し、特に刃物製造過程で加工に手間がかかる、また、電子部品材料の切断用刃物のように1mm以下に薄くした場合、特に、斜め方向の力で刃先先端部が欠けやすいという問題がある。また、厚みを薄くすればするほど曲げ応力に対する抵抗力が低下して刃物が変形し、斜め切りの原因ともなる。
【0004】
材料の特性を示す指標としてJISZ2203に規定されている「抗折力」という指標がある。抗折力は主に加工して破断するような脆性材料の評価に用いられるもので、抗折力の値が高いほど曲げに起因する破壊は生じにくくなる。超硬合金は素材としてはこの抗折力が高いものであり、工作機械や包丁のような断面が大きなものではその特徴をいかすことができる。一方で、電子部品材料等の精密切断に使用される刃物では、刃物の厚みが0.1mm程度の薄いものもあり、このような部材厚みであると、高い「抗折力」を持つ超硬合金であっても、切断時に加わる摩擦などの応力により変形し、斜め切りの原因ともなる。
【0005】
本発明者は、このような状況の中、超硬合金素材の刃物の使用時における変形を可能な限り少なくする方法について鋭意研究を行い、従来切断時の摩擦抵抗低減のために使用されているコーティングを使用することを思いつき本発明に至った。
【0006】
なお、切断時の摩擦抵抗低減に関する技術として、特許文献1乃至6に記載されたものが知られている。
特許文献1には、切断刃を平板形状のナイフ腹部と切刃を形成するナイフエッジ部で構成し、ナイフ腹部には潤滑コーティング処理が施され、ナイフエッジ部は非コーティング処理されたものが開示されている。
また、特許文献2乃至特許文献6にも、切断時における摩擦を小さくすることを目的として潤滑コーティング層を形成することが記載されている。
【0007】
さらに、特許文献7に記載のミクロトーム用SiCコーティング刃およびその製造方法は、結晶質SiCを被覆した基体上にオリーブ油またはオレイン酸の超薄膜を被覆してなるものである。このミクロトーム用SiCコーティング刃は、結晶質炭化けい素被覆の上にオリーブ油またはオレイン酸の超薄膜を、表面温度50℃以下にして、オリーブ油またはオレイン酸の中に10分以上浸漬して、溶剤により20分~80分間洗浄することで形成している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2016-78167号公報
【特許文献2】特開2014-104546号公報
【特許文献3】実願昭55-077464号(実開昭57-8064号)のマイクロフィルム
【特許文献4】実願昭60-124394号(実開昭62-33772号)のマイクロフィルム
【特許文献5】実願平1-87322号(実開平3-27464号)のマイクロフィルム
【特許文献6】特開2004-298989号公報
【特許文献7】特開昭62-152626号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記先行技術(特許文献1-6)においては、いずれも、切れ味を損なわないようにするために、刃先先端部にはコーティングを施さない非コーティング部を設けるようにしている。このことにより、コーティングにより刃先先端部が丸みを帯びて切れ味を損なうことが無くなり、刃先先端部の尖りを維持し、無垢の状態の切れ味を維持することができるとされている。
【0010】
特許文献7においては第1図を参照とすると、刃先先端部に結晶質炭化けい素被覆が有るか否かは判別できないが、被覆が刃先先端部からテーパ面に沿って徐々に厚みが厚くなるように形成されている。従って、刃先先端部は尖っているものの、切断に寄与する領域に形成されたコーティング層は厚みが刃先先端部から離れるに従って厚くなってしまい、切れ味を低下させてしまうことが心配される。さらに切断に寄与しない刃先先端部から離れた領域では、コーティング層の耐久性を良くするためにコーティングを厚くすることが望ましいが、望ましいコーティング厚を確保できないことが心配される。
【0011】
本発明が解決すべき課題は、上記した刃物へのコーティング技術をさらに発展させ、特に、電子部品材料等の切断に使用されるような、例えば、刃厚(刃物本体の厚み)が1mm以下で、刃先先端部の尖り角(刃先先端角)が10°~25°、刃先先端部の曲率半径Rが15nm程度の刃物において、超硬合金製刃物の切れ味を維持しつつ、且つ斜め切りを防止することができる効果的な手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、包丁や日本刀等の刃厚が数mm以上の厚みのものではなく、刃厚が1mm以下の薄い刃について検討を重ねた結果、例えば、刃厚が1mmで刃先先端部の曲率半径が15nmの超硬合金製刃物においては、被切断物に切り込み、いわゆる切断に寄与している刃先部分は、病理用の薄切標本や電子部品の切断後の付着物や刃面の傷などから、刃先先端部から1μm~10μm程度の領域(以下「第1の領域」という。)であることを確認した。つまり、少なくとも第1の領域は、1μmがあればよいことが判った。さらに、この第1の領域に一定条件のコーティングを施すことで、コーティングを施さない無垢の状態と大差ない切れ味を維持しつつ、さらに、刃先を傾斜させる方向に作用する応力による刃先先端部の曲がりを効果的に防止することが可能であることが分かった。
【0013】
本発明はかかる知見に基づくもので、本発明の刃物は、刃物本体と尖り部とを備えた超硬合金製刃物において、前記尖り部は、刃先先端部を含む前記刃先先端部からの第1の領域と、前記第1の領域に続く第2の領域を備え、前記第1の領域の刃物表面には第1の潤滑コーティング層を、前記第2の領域の刃物表面には第2の潤滑コーティング層が形成され、前記第1の潤滑コーティング層の厚みを、前記第1の領域に均一に前記第2の潤滑コーティング層よりも薄く、且つ前記刃先先端部の曲率半径(R)よりも小さくしたことを特徴とする。
【0014】
第1の潤滑コーティング層、第2の潤滑コーティング層の厚みは、使用する刃物の厚み、刃先先端部の角度、使用するコーティング材の粒径により異なるが、切れ味を維持するためには、いずれにしても、第1の潤滑コーティング層の厚みは刃先先端部の曲率半径Rよりも小さいことが必要で、刃先先端部の曲率半径Rよりも大きいと、刃先先端部が無垢の状態よりも丸くなり、刃先先端部の尖りを維持することができなくなり、切れ味を維持する意味からは好ましくない。
【0015】
また、被切断物に切り込み、いわゆる「切断の働き」をする刃先先端部に、先端の曲率半径Rよりも小さい第1の潤滑コーティング層を設けることで、切れ味を維持しつつ、第1の領域においても、第2のコーティング層より薄い第1の潤滑コーティング層が形成されていることで、被切断物との摩擦力が軽減されることとなる。このことで、刃先(尖り部)を曲げる方向に作用する応力が生じた場合においても、刃先を速やかに被切断物から滑らせることで応力が作用するポイントを素早く移動させることができ、これによって刃先の曲がりを効果的に抑制することができるものと推察される。
【0016】
前記第1の領域における刃物表面の表面粗さは、前記第2の領域における刃物表面より平滑に形成されたものとすることができる。第1の領域における刃物表面の表面粗さが第2の領域における刃物表面より平滑とすることにより、コーティング層を形成する際に、表面が平滑な第1の領域には均一で薄い第1の潤滑コーティング層が形成され、第1の領域よりは荒い第2の領域には第1の潤滑コーティング層より厚く耐久性の高い第2の潤滑コーティング層が形成される。
【0017】
前記刃物本体は、前記第2の領域に続く第3の領域を備え、前記第3の領域は、前記第2の潤滑コーティング層より厚い第3の潤滑コーティング層が形成されたものとすることができる。第3の領域に形成される第3の潤滑コーティング層は第1の潤滑コーティング層および第2の潤滑コーティング層より厚いため、第3の領域の耐久性を第1,2の領域より高いものとすることができ、尖り部により切断された被切断物をスムーズに本体部を超えさせることができる。
【0018】
前記第2の領域における刃物表面の表面粗さは、前記第3の領域における刃物表面より平滑に形成されたものとすることができる。第1の領域における刃物表面の表面粗さが第2の領域における刃物表面より平滑とすることにより、コーティング層を形成する際に、第2の領域には第3の潤滑コーティング層より薄い第2の潤滑コーティング層が形成され、第3の領域には、第2の潤滑コーティング層より厚く耐久性の高い第3の潤滑コーティング層が形成される。
【0019】
本発明に用いる超硬合金は、WCの粒径が0.3μm~0.7μmであり、刃厚0.1mm、刃先先端部の尖り角15°(10°から25°)の場合、使用するコーティング層としては、超硬合金とコーティング層との密着性を向上させるため下地層としてのプライマー層を設け、また、このプライマー層の上に摩擦を減じるトップコート層としての撥水性コーティング層の2層構造が望ましい。これによって剥がれにくく摩擦低減効果のあるコーティング層となる。なお、本発明におけるコーティング層の厚みは、プライマー層がある場合、プライマー層とトップコート層の厚みの合計として表している。
プライマー層を形成するプライマー粒子の粒径はナノパウダーの無機物が好ましい。トップコート層を形成するトップコート粒子の粒径は、プライマーの粒子と合算した時に刃先先端部の曲率半径R以下であって、10nm以下のものが望ましい。
【0020】
第1の潤滑コーティング層と第2の潤滑コーティング層の境界は表面を連続的に増加させ段差を生じさせないようにすることが望ましい。この場合において、ディッピング法を用い、第1の領域の終点位置から連続して変化させて第2の潤滑コーティング層を形成する。
【0021】
潤滑コーティング層としては、第1の潤滑コーティング層と第2の潤滑コーティング層と共に、市販されている様々な製品が使用できるが、滑り抵抗、摩擦抵抗、表面硬度などの理由からは、撥水性があり、滑り抵抗が少ないフッ素系コーティング材が好ましい。
【0022】
また、本発明に使用するWC(タングステンカーバイト)の粒径としては、様々なサイズのものが使用できるが、刃先先端部を15nm程度まで加工する際の欠けを防止する観点からは、WC粒径が0.3μm~0.7μmが望ましい。
また、WCと結合剤としてのCo(コバルト)を混合し、焼結した超硬合金は、水に浸漬させると水とコバルトが反応して優先的にコバルトが溶けだしていく特性があり、コバルトが溶出すると強度低下など製品に悪影響を及ぼすこととなるが、刃先先端部にも上記した所定のコーティングを施すことで、水との直接接触を防ぎ、このような悪影響を減じることも可能となる。
【0023】
本発明は、ディッピング法により第1の潤滑コーティング層と第2の潤滑コーティング層を連続的に刃物表面に形成することが望ましい。特にディッピングコートの特性として、刃物の向きによっては、コーティング材が載りすぎることがある。そのため第1の領域における刃物表面の表面粗さが第2の領域における刃物表面より平滑に形成された刃物を用い、刃先を長手方向の側面(縦方向)となるように配置し、長手方向に向かって引き上げて、コーティングするのが膜厚のコントロールの面からは望ましい。
【0024】
また、ディッピング液中にコンタミ(コンタミネーション)があると、そこにプライマー液やトップコート液(以下、コーティング液と称することがある。)が集中し、コーティングして、コンタミが刃先に載った場合、刃先に載ったコンタミ周りに、プライマー液や、トップコート液が集まり、厚膜を形成するために、切断面に筋を発生させたりするリスクがある。そのためには、ある程度のクリーンルーム(クラス10,000以下)でコンタミがない状況でのコーティングが望ましい。
【0025】
刃先が長手方向の側面に位置していることと、第1の領域の刃先の面(刃物表面)が非常に滑らかで、鏡面に仕上がっていること、また刃先以外の第2の領域の面の方が、表面が荒いために、刃先上のコーティング材は、刃先より奥側の面に載ったコーティング材の表面張力に引かれて、刃先先端部のコーティング層を薄くすることができる。このことにより、刃の刃先先端部の切れ味が損なわれること無く、第1の領域のコーティングが第2の領域より均一で薄くなるような、目的とするコーティング層が得られる。
材料としてフッ素系コーティング液を用い、引き上げ速度を0.25mm/s~0.5mm/sとすることで、第1の潤滑コーティング層と第2の潤滑コーティング層を連続的に刃物表面に形成することができる。
【0026】
前記刃先を縦方向に配置したときに下端に位置し、非切断部である前記刃先の端部がC面に加工した刃物により、前記第1の潤滑コーティング層と前記第2の潤滑コーティング層とを形成することができる。
下端に位置した刃先の端部に付着したコーティング液は、刃先からC面を伝わって刃物本体へ流れる。従って、コーティング液が刃先に液溜まりとなって硬化してしまうことが防止できる。
【発明の効果】
【0027】
(1)尖り部先端側の第1の領域の第1の潤滑コーティング層を刃先先端部の曲率半径(R)よりも小さくしたことにより、コーティングを施さない無垢状態と同程度の切れ味を維持することができ、かつ、切断時における被切断物との摩擦応力を減じることができ、斜め切りの原因となる刃先の曲がりを効果的に抑制することができる。
【0028】
(2)刃物本体の厚みが1mm以下、刃先の尖り角が10°~25°、刃先先端部の曲率半径Rが15nm~30nmの刃物において、刃先先端部から少なくとも1μmの領域を第1の領域とし、当該領域の表面に、プライマー層とトップコート層とからなるコーティング層を形成し、プライマー層とトップコート層とのそれぞれの無機物の粒径は、2つの層の合計厚みが刃先先端部の曲率半径よりも薄く形成できるものを用いることで、切れ味の維持と刃先の曲がりを効果的に抑制することができる。
【0029】
(3)厚みが異なる第1の潤滑コーティング層と第2の潤滑コーティング層の境界部表面に段差を設けることなく連続的になだらかに増加させることで、膜厚の異なる第1の潤滑コーティング層と第2の潤滑コーティング層を設けたことによる切断時の抵抗を減じることができる。
【0030】
(4)潤滑コーティング層(第1の潤滑コーティング層,第2の潤滑コーティング層)としてプライマー層とトップコート層から構成することで、潤滑性と非剥離性の両方の条件を充たすことができる。
トップコート層として、プライマー層に対する濡れ性が良い(トップコート液の接触角が5°前後)フッ素系の撥水コーティング材を用いることで、切断抵抗を低減するために有効で、これによって、刃先が被切断物に切断しながら侵入するときは、低摩擦で侵入させることができる。
また、フッ素系の撥水コーティングは、ハスの葉上の水が玉になるように(ロータス効果と呼ばれている)フッ素が、繊毛の様に付着しており、撥水性のコーティングが、被切断物の付着防止にも有用である。
【0031】
(5)超硬合金のWC粒径を0.3μm~0.7μmとすることで、刃先をナノレベルまで研ぐ際に、WC粒子が脱落して不良品となることを防ぐことができる。
【0032】
(6)本発明の刃物の製造は、様々な既存の手法を用いて行うことができるが、刃先を縦方向に配置して所定のコーティング液に浸漬し、その後上方に引き上げて、付着の液膜を気相中で硬化させるいわゆるディップコーティング法を用いることで、第1の潤滑コーティング層と第2の潤滑コーティング層を一度に形成することができ、且つ表面張力を用いてそれぞれのコーティング膜厚のコントロールができる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【
図1】本発明の一実施例の刃物の図であり、(A)は刃物全体を示す図、(B)は刃物を一部拡大して示す図である。
【
図2】
図1に示す刃物の刃先先端部を一部省略して示す図である。
【
図3】
図1に示す刃物の第1の領域と第2の領域と第3の領域とを一部省略して示す模式図である。
【
図4】刃先にかかる応力で刃先が曲がる状態を示す説明図である。
【
図7】
図6に示す被切断物の斜め切りの評価方法を示す説明図である。
【
図8】本発明の実施例2に係る刃物における切れ味の判定基準を説明するための図であり、(A)は切断面における破断部の例を示す写真、(B)は切断部近傍のクラックの例を示す写真、(C)は切れ味の評価を示す表である。
【
図9】本発明の実施例2に係る刃物を評価した結果を示す表である。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下、本発明を図面に示す実施例に基づき説明する。
【0035】
図1は本発明の一実施例の刃物全体の図および刃物を一部拡大して示す図、
図2は
図1に示す刃物の刃先先端部を一部省略して示す図、
図3は
図1に示す刃物の第1の領域から第3の領域を一部省略して示す図であり、コーティング粒子を表示しつつ全体を表示するために、波線で表示した箇所で途中を省略して示す。
【0036】
図1乃至
図3において、本実施例の超硬合金を素材とした刃物10は、刃先が直線状に形成された平刃である。
刃物10は、刃長Lが約80mm、厚みtが約0.25mm、幅Wが約8mmに形成されている。刃物10は、幅W1が約7.2mmの本体部1A(刃物本体)と、本体部1Aから先部に形成された幅W2が約0.8mmの尖り部1Bとを備えている。
刃物10の刃先の両端は、三角形状を切り欠いたC面に加工(面取り)されている。本実施例では、四隅の角部がC面に加工されている。また、C面は、約2mmの等辺の二等辺三角形を切り欠いて形成されている。
刃物10は、刃長Lが約80mmのうち、約30mm幅の被切断物(例えば、薄切標本など)を1つまたは2つ並べて切断するため、C面が形成された刃物10の四隅の角部は、非切断部である。
【0037】
尖り部1Bは、本体部1Aから徐々に細くなるテーパ状に形成されている。
図2に示すように、尖り部1Bの刃先先端部Eは、尖り角(刃先先端角)θが20度、刃先先端部の曲率半径Rが15nmに形成されている。ここで、尖り角θとは、刃先先端部Eを形成する角度であり、尖り部1B(
図1参照)の表裏両面の刃面(刃物表面)を延長したときにできる交点における角度を示す。
【0038】
図3に示すように、尖り部1Bは、刃先先端部Eを含む刃先先端部Eからの第1の領域A1と、第1の領域A1に続き、第1の領域A1より幅広い領域の第2の領域A2とを備えている。また、本体部1Aは、第3の領域A3を備えている。
第1の領域A1は、鏡面仕上げした後に、さらに微小な研磨剤を含む研磨液により表面を滑らかにした領域であり、表面粗さRaが0.005未満の領域である。
第2の領域A2は、一般的な研削加工機により鏡面仕上げした領域であり、表面粗さRaが0.02~0.0005以下とした領域である。
第3の領域A3は、刃物を構成する基本形状を仕上げる粗削りの表面で、研磨目の方向が目視可能な領域であり、表面粗さRaが0.25以上の領域である。
【0039】
第1の領域A1には、第1の潤滑コーティング層C1が形成されている。
例えば、ミクロトームでパラフィンに包埋された硬い被切断物を細胞の薄切標本として作製するときには、高速度カメラにて撮影された画像において、刃先先端部Eから約1μmまでにパラフィンが付着していることや、切断時の刃先の摩耗状態から、この切断に寄与する範囲である第1の領域A1の範囲は、刃先先端部Eから少なくとも1μmから10μm以下であることが確認できた。
【0040】
第1の潤滑コーティング層C1は、刃先先端部Eから第2の領域A2に向かって厚みが均一になるように形成されている。第1の潤滑コーティング層C1の厚みは、約15nmとなるように形成されている。
【0041】
第1の領域A1に連続する第2の領域A2の範囲は、例えば、第1の領域A1との境界から約700μmとすることができる。第2の領域A2には、第1の領域A1との境界から第3の領域A3に向かって均一に第2の潤滑コーティング層C2が形成されている。第2の潤滑コーティング層C2の厚みは、第1の潤滑コーティング層C1よりも厚く、最大でも60nmとなるように形成されている。
【0042】
第2の領域A2に続く第3の領域A3の範囲は、例えば、本体部1A全体とすることができる。第3の領域A2は、第2の潤滑コーティング層C2よりも厚い60nmより厚く第3の潤滑コーティング層C3が均一に形成されている。
【0043】
本体部1Aおよび尖り部1Bは、その表面に、一層目(プライマー層S1)を形成するプライマー粒子2(
図2参照)と、二層目(トップコート層S2,撥水性コーティング層)を形成するトップコート粒子3(
図2参照)とがコーティングされている。
【0044】
第1の領域A1には、このプライマー粒子2とトップコート粒子3とで、厚みが15nmの第1の潤滑コーティング層C1が形成されている。
第1の潤滑コーティング層C1の厚みをプライマー粒子2とトップコート粒子3を合わせて、且つ「プライマー粒子<トップコート粒子」の関係を保ちつつ、15nm以下となることが必要になる。
一般的に市販されている無機物の粒子は、5nmから段階的に15nmまであり、その中から上記条件を満たすような、粒径の組み合わせを作ることが重要である。プライマー粒子2の粒径よりもトップコート粒子3の粒径を大きくした理由は、撥水性コーティング層として機能するトップコート層S2の表面の凸凹が小さくなり、撥水性が悪くなるからである。
プライマー層S1の上に、トップコート層S2を形成するトップコート粒子3による無機物の凸凹を構成し、トップコート粒子3にフッ素が繊毛の様に付着していることで、ロータス効果以上のコーティング層が構成される。
【0045】
プライマー層は、無機物の微粒子に陰イオン性界面活性剤に相当する、脂肪酸塩、アミノ基、アルキルベンゼンスルフォン酸塩、特殊ポリカルボン酸型高分子界面活性剤、ナフタレンスルフォン酸ホルマリン縮合物など、基材との相性に一番合うものを選択する。表面活性エネルギーと接触角等で選択された最適な材料を決定し、使用することによって、トップコート液の接触角は5°前後の角度になるものを使用した。
【0046】
コーティング層は、基本的にはフッ素系撥水コーティング材を使用するが、撥水性が接触角150°以上になるように、コーティング剤を調合し使用する。
また、非接触物に傷や、ダメージを与えないような表面の粗さを確保することが重要で、組成物質がコーティング乾燥後、微粒子で表面の凸凹を第1の領域A1の場合、30nm以下に抑える。
【0047】
刃物の素材である超硬合金は粒子の脱落をすることなく刃先を尖らせるために、タングステンカーバイトの粒径が0.3μm~0.7μmの超硬合金材を用いた。
WCの粒径を小さくすると、バインダのコバルトに対するWCの割合を増やすことができる。WCの割合を増やすと、合金は硬くなるので摩耗の少ない刃物とすることができるが、靭性が低下するので刃が欠け易くなる。反対にWCの粒径が大きくなると、コバルトに対するWCの割合は減るので、刃は欠け難くなるが摩耗しやすく、刃物に適さなくなる。従って、摩耗し難さと欠け難さのバランスから、刃物に使用する超硬合金のWCの粒径は、0.3μm~0.7μmであるのが望ましい。
【0048】
ここで、粒径とは、Sub Sieve Sizer法により測定された平均粒径である。Sub Sieve Sizer法による平均粒子径は、試料に空気を透過して流速と圧力降下の測定から比表面積を求め、粒子径を算出するもので、透過法には、フィッシャー法とブレーン法とを使用することができる。
【0049】
WCの粒径が刃先先端部の曲率半径Rの直径よりも大きいため、WCを削らなければならない、その時の切削応力が、WCを繋いでいるCoとの結合力より小さいことが重要である、結合力より大きくなると、WC粒子は剥がれ、刃面が欠けたようになる。強度の面からは、硬度90(HRC)以上、抗折力3.0GPa~4.0GPaの超硬合金材が望ましい。
【0050】
また、
図1に示す刃厚tは電子部品材料加工用として0.1mmとすることができ、薄切標本を採取するための病理用として0.25mmとすることができる。
ここで、刃厚tとは、切断時に被切断物に侵入する領域の本体部1Aの厚みのことで、平板状の本体部1Aの厚みが均一でない場合、尖り部1Bにより近い領域の基部の厚みを言うものとする。
【0051】
次いで、上記実施例に示すコーティングが施された刃物の製造方法について説明する。
刃先先端部Eに薄くコーティングするために、既知のディッピング法を用いた。ディッピングコートの特性を生かし、刃先(尖り部1B)は長手方向の側面(縦方向)に位置させ、長手方向に向かってディップした。
引き上げスピードは、速いほどコーティング層が厚くなり、遅いほど薄くなる性質を利用して、プライマー層(1層目)をコーティング後、トップコート層(2層目)をコーティングした。具体的には、引き上げスピードは、0.25mm/s~0.5mm/sのスピードで塗布する。
【0052】
そうすることで、刃先先端部Eの曲率半径Rの確保とともに、切れ味を損なうことなく2層目までのコーティングすることができる。
また、刃先先端部Eから10μmの第1の領域A1に膜厚15nm以下のコーティング層が、また第1の領域に続く第2の領域A2には厚みが15nmより厚いコーティング層が連続的に形成される。さらに、第2の領域A2に続く第3の領域A3には60nmより厚いコーティング層が連続的に形成される。
【0053】
これは、刃先が長手方向の側面に位置していることと、第1の領域A1の刃面が非常に滑らかで、鏡面に仕上がっていること、また第2の領域A2の刃物表面が第1の領域A1より荒いこと、さらに第3の領域A3の刃物表面が第2の領域A2より荒いことによるものである。
【0054】
そのために、第1の領域A1上のコーティング材は、第2の領域A2の刃物表面に載ったコーティング材の表面張力に引かれて第2の領域に移動するので、尖り部1Bにおける第2の潤滑コーティング層C2より第1の潤滑コーティング層C1を薄くすることができる。
また、同様に第3の潤滑コーティング層C3より第2のコーティング層C2を薄く形成することができる。
【0055】
なお、
図3において、第1の領域A1と第2の領域A2との境界では、第1の潤滑コーティング層C1の厚みから第2の潤滑コーティング層C2の厚みに、連続的に変化している。そのため、第1の潤滑コーティング層C1の厚みは、刃先先端部Eから境界部分Bまでの均一部分C11と、境界部分の均一部分より厚く、第2の潤滑コーティング層C2まで増加する増加部分C12とがある。
【0056】
しかし、第1の領域A1と第2の領域A2とを巨視的に見れば、これらの境界部分Bの増加部分C12の範囲は均一部分C11の範囲と比較してごく一部である。従って、第1の領域A1における第1コーティング層C1の厚みは、この均一部分C11を指す。
また、第2の領域A2における第2コーティング層C2の厚みも、同様に、均一部分C21を指す。
【0057】
このように、第1の潤滑コーティング層C1の厚みを、第1の領域A1に均一に、第2の潤滑コーティング層C2よりも薄く形成し、且つ刃先先端部Eの曲率半径Rよりも小さく形成することで、第1の領域A1の第1の潤滑コーティング層C1の厚みを薄く確保することができるので、刃先先端部Eから第1の領域A1における切れ味を損なうことなく、切断時に加わる摩擦などの応力を減少させることができる。
【0058】
また、第2の潤滑コーティング層C2は、第1の潤滑コーティング層C1より厚く形成されている。そのため、第1の領域A1により切断された被切断物の薄片が第2の潤滑コーティング層C2上を滑るときに第2の潤滑コーティング層C2への耐久性が向上する。
第3の潤滑コーティング層C3は、さらに第2の潤滑コーティング層C2より厚いため、第2の潤滑コーティング層C2から剥がれた被切断物は、第3の潤滑コーティング層C3の上を滑り、本体部1Aを超えさせることができる。また、第3の潤滑コーティング層C3の耐久性を尖り部1Bより高めることができる。
【0059】
このことにより、刃先先端部Eから第1の領域A1に渡る切れ味を損なわれること無く、刃先はコーティングが薄く、且つ斜め切りを防止することができる目的とするコーティング層が得られる。
【0060】
なお、本実施の形態では、第1の領域A1が10μmであり、第2の領域A2が700μmである。また、第1の潤滑コーティング層C1は第2の領域A2の境界部分で15nm、第2の潤滑コーティング層C2は第3の領域A3の境界部分で60nmである。
しかし、本発明は、第1の潤滑コーティング層の厚みが刃先先端部の曲率半径(R)よりも小さいことを前提として、第1の潤滑コーティング層の厚みが均一で第2の潤滑コーティング層よりも薄ければ、本発明の効果を得ることができる。
【0061】
図1に示すように刃物10は、尖り部1Bを含む角部がC面に加工されている。そのため、下端に位置した尖り部1Bの端部に付着したコーティング液は、尖り部1BからC面を伝わって本体部1Bへ流れる。従って、刃先端部にC面が形成されていても非切断部であるため切断に影響は無く、コーティング液が尖り部1Bに液溜まりとなって硬化してしまうことが防止できる。よって、下端に位置する尖り部1Bの第1の潤滑コーティング層または第2の潤滑コーティング層が層厚になることを防止することができる。
【0062】
また、刃物10では、尖り部1Bと反対側の本体部1Aの角部にもC面が加工されている。従って、尖り部1Bを滴るコーティング液と、本体部1A側を滴るコーティング液との偏りを防止することができ、コーティング液を均一に滴下させ、液切りすることができる。
【0063】
[実施例1]
上記実施例品と、第1の領域A1にコーティングされる第1の潤滑コーティング層C1を形成しない無垢の比較例1、第1の潤滑コーティング層C1の厚みが刃先先端部Eの曲率半径Rより大きい比較例2を用い、以下に示す同じ条件で切断試験をした。
切断条件
被切断物 :誘電体粉末と有機バインダ樹脂とを含有するシートの積層体
加工速度 :20mm/s
刃物加温温度:70℃
加工寸法(
図7参照) A=6.0mm B=C=3.0mm
【0064】
試験結果
実施例品については、比較例1と同等の切れ味が維持され、且つ、比較例1では、
図7に示す通り。傾斜が30μmであったのに対し、実施例品では14μmまで減じることができた。
第1の潤滑コーティングの厚みを刃先先端部Eの曲率半径Rよりも厚くした比較例2では、尖り部1Bの刃先先端部Eが丸みを帯び、
図5に示す方法で評価したところ、切れ味に変化が見られた。
【0065】
コーティングにより斜め切りが抑制されるメカニズムについては正確には解明されていないが、以下のように推察される。
切断の際に刃先が被切断物に侵入中、被切断物と尖り部1B(
図3参照)における刃先斜面に生じる研削加工由来の摩擦抵抗の僅かな差によって刃先に曲げ応力が作用する。
図4に示す通り、コーティングが施されていない場合、刃先斜面の摩擦抵抗差によって、より抵抗値が高い刃先斜面に集中荷重が一定時間かかるのに対し、第1の潤滑コーティング層C1を形成することで研削加工由来の摩擦抵抗を軽減することができ、また刃先斜面の抵抗差も軽減することができる。摩擦抵抗値を軽減する事で、曲げ応力が生じる前に荷重の開放を短時間で行うことが出来ることに起因するものではないかと推察される。
【0066】
[実施例2]
次に、第1の領域A1に形成された第1の潤滑コーティング層の厚みが、第2の領域A2に形成された第2の潤滑コーティング層より薄く、且つ前記刃先先端部の曲率半径(R)よりも小さい刃物を作製した。このとき、刃先先端部からの第1の領域A1に対応する10μmの領域を、膜厚15nm以下の第1の潤滑コーティング層C1を形成した。また10μm以外の第2の領域には膜厚15nmより厚い第2の潤滑コーティング層C2を形成した。
また、尖り角θを5°から35°までと、曲率半径Rを10nmから60nmまでとを組み合わせた刃物を作製して、切断試験を行った。
【0067】
被切断物は実施例1と同様に、誘電体粉末と有機バインダ樹脂とを含有するシートの積層体であり、他の切断条件も、実施例1と同様である。
【0068】
評価は、
図7に示す斜めに切れたときの傾斜量と、切れ味とにより行った。傾斜量は、15μm以下のときは〇、15μmより大きく25μm以下のときは△、25μmより大きいときは×とした。
切れ味は、被切断物の切断面における破断部の状態と切断部近傍のクラックの発生本数により、以下のように評価した。
被切断物の切断面における破断部の状態は、破断部が黒く見えるので、その破断部の面積割合を目視で定量化して決定した。本実施例では、10%以下を○、10%より広く50%以下を△、50%より広いときを×とした。例えば、
図8(A)に示すように、破断部が0%であるときには○となり、20%であるときは△となる。
また、切断部近傍のクラックの発生本数は、0本を○、1本から3本を△、3本より多数を×とした。例えば、
図8(B)に示すように、クラック無しであるときには○となり、クラック1本であるときには△となる。
そして、
図8(C)に示すように、破断部の状態とクラックの発生本数とで切れ味を評価する。破断部の状態とクラックの発生本数とがいずれも○であれば○、破断部の状態とクラックの発生本数とのいずれかが△であれば△、破断部の状態とクラックの発生本数とのいずれかかが×であれば×とした。
【0069】
結果を
図9に示す。なお、曲率半径Rを10nmとした場合には、刃欠けが生じて加工ができず、切断試験が行えなかった。
図9による表からも判るように、曲率半径Rが15nmから30nmで、尖り角θが10°から25°のときに、傾斜量が低く抑えられ、被切断物の切断面も良好であった。
このことから、実施例2における刃物は、切れ味の維持と刃先の曲がりを効果的に抑制できることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明の刃物は、特に、生物標本や電子部品など精密な切断品質が要求される材料の切断に広く使用できる。
【符号の説明】
【0071】
1A 本体部
1B 尖り部
E 刃先先端部
2 プライマー粒子
3 トップコート粒子
10 刃物
C1 第1の潤滑コーティング層
C11,C21 均一部分
C12 増加部分
C2 第2の潤滑コーティング層
S1 プライマー層
S2 トップコート層
R 刃先先端部の曲率半径
t 刃物本体の厚み
θ 尖り角(刃先先端角)
L 刃長
W,W1,W2 幅
A1 第1の領域
A2 第2の流域