(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022173309
(43)【公開日】2022-11-18
(54)【発明の名称】増殖予測方法、増殖予測装置およびプログラム
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/02 20060101AFI20221111BHJP
C12M 1/00 20060101ALI20221111BHJP
C12M 1/34 20060101ALI20221111BHJP
C12N 5/0775 20100101ALN20221111BHJP
【FI】
C12Q1/02
C12M1/00 A
C12M1/34
C12N5/0775
【審査請求】有
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022148900
(22)【出願日】2022-09-20
(62)【分割の表示】P 2017124528の分割
【原出願日】2017-06-26
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 刊行物名:TISSUE CULTURE RESEARCH COMMUNICATIONS 組織培養研究第36巻3号p.35 発行日:平成29年5月31日 発行者:日本組織培養学会
(71)【出願人】
【識別番号】000002897
【氏名又は名称】大日本印刷株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504179255
【氏名又は名称】国立大学法人 東京医科歯科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】下嵜 ゆり
(72)【発明者】
【氏名】佐波 晶
(72)【発明者】
【氏名】水野 満
(72)【発明者】
【氏名】関矢 一郎
(57)【要約】
【課題】細胞の将来の増殖度合いを細胞へ与える影響を抑えながら予測できる技術を提供する。
【解決手段】増殖予測方法は、第1時点の間葉系幹細胞の培養状態に基づいて、間葉系幹細胞の将来の増殖状態を予測するための指標を算出する算出ステップと、指標と判別式とに基づいて、第1時点よりも後の第2時点の間葉系幹細胞の増殖状態を予測する予測ステップと、を含む。
【選択図】
図8
【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1時点の間葉系幹細胞の培養状態に基づいて、前記間葉系幹細胞の将来の増殖状態を予測するための指標を算出する算出ステップと、
前記第1時点よりも後の第2時点において前記間葉系幹細胞の増殖状態が基準値に達していると予測されるか否かを判別するために用いる判別式を決定するステップと、
前記指標と前記判別式とに基づいて、前記第2時点の前記間葉系幹細胞の増殖状態を予測する予測ステップと、
を含み、
前記指標は、前記間葉系幹細胞の細胞群であるコロニーごとに前記間葉系幹細胞の形態情報に基づいて算出され、
前記指標は、前記コロニー内における前記間葉系幹細胞の密度を表す密度パラメータに基づいて算出され、
前記判別式を決定するステップにおいては、前記第1時点において各前記コロニーが有する前記間葉系幹細胞の個数と前記第1時点において各前記コロニーが有する前記間葉系幹細胞の密度をプロットしたプロット空間上において、前記第2時点において前記基準値を充足すると予測されるものと充足しないと予測されるものへ各前記コロニーを区分する境界面を定義する数式を特定することにより、前記判別式を決定し、
前記判別式を決定するステップにおいては、前記第1時点における前記プロットのうち前記第2時点において前記コロニーが有する前記間葉系幹細胞の個数が前記基準値以上であるものと前記基準値未満であるもののうち少なくともいずれかをラベルづけすることにより、前記数式を特定する
増殖予測方法。
【請求項2】
前記形態情報は、前記間葉系幹細胞の長さを表す長さパラメータである、
請求項1に記載の増殖予測方法。
【請求項3】
前記長さパラメータは、前記コロニーに含まれる前記間葉系幹細胞の個数に対する、長軸が所定の長さ以下の前記間葉系幹細胞の個数として算出される、
請求項2に記載の増殖予測方法。
【請求項4】
前記所定の長さは、60マイクロメートルである、
請求項3に記載の増殖予測方法。
【請求項5】
前記コロニーは、同一の前記間葉系幹細胞を起源とする間葉系幹細胞の集合である、
請求項1に記載の増殖予測方法。
【請求項6】
前記判別式は、培養を開始して96時間経過してから24時間以内の前記間葉系幹細胞の形態情報と前記培養を開始して336時間経過してから24時間以内の前記間葉系幹細胞の個数情報とに基づいて算出される、
請求項1に記載の増殖予測方法。
【請求項7】
前記第1時点は、培養を開始して96時間経過してから24時間以内の何れかの時点であり、
前記第2時点は、培養を開始して336時間経過してから24時間以内の何れかの時点である、
請求項1に記載の増殖予測方法。
【請求項8】
培養している細胞の画像を取得する取得部と、
前記画像に写った、第1時点の間葉系幹細胞の培養状態に基づいて、前記間葉系幹細胞の将来の増殖状態を予測するための指標を算出する算出部と、
前記第1時点よりも後の第2時点において前記間葉系幹細胞の増殖状態が基準値に達していると予測されるか否かを判別するために用いる判別式を決定する判別式決定部と、
前記指標と前記判別式とに基づいて、前記第2時点の前記間葉系幹細胞の増殖状態を予測する予測部と、
を備え、
前記指標は、前記間葉系幹細胞の細胞群であるコロニーごとに前記間葉系幹細胞の形態情報に基づいて算出され、
前記指標は、前記コロニー内における前記間葉系幹細胞の密度を表す密度パラメータに基づいて算出され、
前記判別式決定部は、前記第1時点において各前記コロニーが有する前記間葉系幹細胞の個数と前記第1時点において各前記コロニーが有する前記間葉系幹細胞の密度をプロットしたプロット空間上において、前記第2時点において前記基準値を充足すると予測されるものと充足しないと予測されるものへ各前記コロニーを区分する境界面を定義する数式を特定することにより、前記判別式を決定し、
前記判別式決定部は、前記第1時点における前記プロットのうち前記第2時点において前記コロニーが有する前記間葉系幹細胞の個数が前記基準値以上であるものと前記基準値未満であるもののうち少なくともいずれかをラベルづけすることにより、前記数式を特定する
増殖予測装置。
【請求項9】
培養している細胞の画像を取得する取得ステップと、
前記画像に写った、第1時点の間葉系幹細胞の培養状態に基づいて、前記間葉系幹細胞の将来の増殖状態を予測するための指標を算出する算出ステップと、
前記第1時点よりも後の第2時点において前記間葉系幹細胞の増殖状態が基準値に達していると予測されるか否かを判別するために用いる判別式を決定するステップと、
前記指標と前記判別式とに基づいて、前記第2時点の前記間葉系幹細胞の増殖状態を予測する予測ステップと、
をコンピュータに実行させ、
前記指標は、前記間葉系幹細胞の細胞群であるコロニーごとに前記間葉系幹細胞の形態情報に基づいて算出され、
前記指標は、前記コロニー内における前記間葉系幹細胞の密度を表す密度パラメータに基づいて算出され、
前記判別式を決定するステップにおいては、前記コンピュータに、
前記第1時点において各前記コロニーが有する前記間葉系幹細胞の個数と前記第1時点において各前記コロニーが有する前記間葉系幹細胞の密度をプロットしたプロット空間上において、前記第2時点において前記基準値を充足すると予測されるものと充足しないと予測されるものへ各前記コロニーを区分する境界面を定義する数式を特定することにより、前記判別式を決定するステップを実行させ、
前記判別式を決定するステップにおいては、前記コンピュータに、前記第1時点における前記プロットのうち前記第2時点において前記コロニーが有する前記間葉系幹細胞の個数が前記基準値以上であるものと前記基準値未満であるもののうち少なくともいずれかをラベルづけすることにより、前記数式を特定するステップを実行させる、
プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、細胞の増殖度合いを予測する増殖予測方法、増殖予測装置およびプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、生体から細胞を採取して培養し、培養した細胞を医療研究または薬理試験に利用することが行われている。上記のような目的で細胞を増殖させる場合、所定の期日までに所望の量へ細胞を増殖させたいという要求があることが多い。そのため、これまでに様々な培養細胞の管理方法が考案されている。
【0003】
特許文献1には、培養容器内の培養細胞の占有面積率を計測し、計測された培養細胞の占有面積率と、培養細胞の増殖状態に応じて二つの領域に分類される細胞数と占有面積率との関係とに基づいて、該二つの領域の境界に位置する占有面積率を有するか否かに応じて継代の可否を判断する培養細胞の継代判断方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載された継代判断方法は、培養細胞の増殖スピードが落ちないように継代をするタイミングを判断する発明であり、所望の期日に所望の量の細胞が得られるかについての情報を与えない。それ故、上記の継代判断方法では、例えば、培養細胞を治療用途として使用する場合、患者へ移植する日に所望の量の細胞が得られるか見通しを立てにくい。
【0006】
また、特許文献1に記載された発明では、培養細胞の占有面積率を計算するために、培養中の細胞の画像を随時取得する必要があり、この画像撮影および/またはそれに伴う諸作業が細胞の生育に悪影響を与える可能性がある。
【0007】
本開示は、上記の点に鑑みてなされたものであり、細胞へ与える影響を抑えながら細胞の将来の増殖度合いを予測できる技術を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、第1時点の間葉系幹細胞の培養状態に基づいて、前記間葉系幹細胞の将来の増殖状態を予測するための指標を算出する算出ステップと、前記指標と判別式とに基づいて、前記第1時点よりも後の第2時点の前記間葉系幹細胞の増殖状態を予測する予測ステップと、を含む増殖予測方法を提供する。
【0009】
また、培養している細胞の画像を取得する取得部と、前記画像に写った、第1時点の間葉系幹細胞の培養状態に基づいて、前記間葉系幹細胞の将来の増殖状態を予測するための指標を算出する算出部と、前記指標と判別式とに基づいて、前記第1時点よりも後の第2時点の前記間葉系幹細胞の増殖状態を予測する予測部と、を備える増殖予測装置を提供する。
【0010】
また、培養している細胞の画像を取得する取得ステップと、前記画像に写った、第1時点の間葉系幹細胞の培養状態に基づいて、前記間葉系幹細胞の将来の増殖状態を予測するための指標を算出する算出ステップと、前記指標と判別式とに基づいて、前記第1時点よりも後の第2時点の前記間葉系幹細胞の増殖状態を予測する予測ステップと、をコンピュータに実行させるためのプログラムを提供する。
【発明の効果】
【0011】
本開示によれば、細胞へ与える影響を抑えながら細胞の将来の増殖度合いを予測できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図2】コロニーの集合がグループ分けされる様子を示す図である。
【
図3】細胞の平均的な長さが異なるコロニーを複数示す図である。
【
図5】細胞の平均的な密度が異なるコロニーを複数示す図である。
【
図6】周辺細胞の数え方を説明するための図である。
【
図7】密度パラメータを算出する方法を説明するための図である。
【
図8】実施例1の増殖予測装置の構成を概略的に示す図である。
【
図9】実施例1の増殖予測装置が実行する処理のフローを示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
<概要>
本願の発明者らは、細胞培養実験を繰り返すことにより、間葉系幹細胞を培養する場合、培養を開始してから5日目の細胞の形態情報と、培養を開始してから15日目の細胞の増殖度合いと、の間に強い相関があることを確認した。そこで、発明者らは、上記知見を応用し、第1時点の細胞の形態情報に基づいて、第1時点よりも後の第2時点に所望の量の細胞が得られるか否かを判定する予測手法を開発した。
【0014】
なお、本願明細書において、「培養を開始後n日目」という用語は、培養を開始して24×(n-1)時間後から24×n時間前までの何れかの時点を指す。また、形態情報とは、例えば、細胞の長さを表す長さパラメータ、複数の細胞がどの程度密集して増殖しているかを示す密度パラメータおよび細胞の個数のことである。形態情報のより詳細な定義については後述する。以下に、図面を参照しながら上記予測手法について説明する。
【0015】
[判別式]
まず、細胞の増殖度合いを予測するための判別式の決定方法について説明する。判別式とは、第1時点における細胞群(コロニー)の形態情報が特定された際に、第1時点よりも後の第2時点に細胞が所望の量に増殖しているか否かを予測するための判断基準のことである。判別式は、例えば、培養を開始して5日目(96時間経過してから24時間以内)の間葉系幹細胞の形態情報と培養を開始して15日目(336時間経過してから24時間以内)の間葉系幹細胞の個数情報とに基づいて算出される。
【0016】
図1は、コロニーの概念を説明する図である。コロニーとは、複数の細胞が集まった細胞群を指す用語である。例えば、同一の間葉系幹細胞を起源とする間葉系幹細胞の集合を一つのコロニーとして定義する。このようにコロニーを定義すると、同一のコロニー内に含まれる細胞の成長の仕方が似るため、将来の増殖度合いを予測する指標を算出するのに好ましい。全ての細胞には、コロニーIDが付与され、どのコロニーに属しているかを判別できる。
【0017】
細胞にコロニーIDを付与する方法としては、既知の細胞トラッキング技術を使用して所定の時間間隔で細胞を培養している培養ディッシュを撮影し続け、同一の細胞から分裂した複数の細胞のそれぞれに同一のコロニーIDを付与する方法がある。または、ある時点の画像において、一定範囲内に存在する細胞に同一のコロニーIDを付与する方法がある。
【0018】
後に、どのような特徴を持つコロニーが充分に増殖するのかを知るために、培養開始後5日目において、各コロニーの形態情報が記録される。本開示において注目したコロニーの形態情報は、細胞の長軸を利用して算出する長さパラメータ、コロニー内の細胞の密集度合いに基づいて算出する密度パラメータ、コロニー内の細胞の個数である。
【0019】
続いて、培養開始後15日目において各コロニーの細胞の個数が500個以上となったかどうかを確認する。ここでは、培養開始後15日目において細胞の個数が500個以上となったコロニーを1とし、培養開始後15日目において細胞の個数が500個未満となったコロニーを0としてラベルづけした。つまり、各コロニーを特徴づけるパラメータとして、長さパラメータ、密度パラメータ、細胞の個数、コロニーに含まれる細胞の個数を識別する識別子(上記例ではバイナリ数値)、の4つがある。
【0020】
本実施形態では、培養開始後5日目の長さパラメータ、密度パラメータ、細胞の個数、何れかの組み合わせにより、線形判別法を用いて培養開始後15日目のコロニーに含まれる細胞の個数を識別する識別子であるバイナリ数値をよく分離するようにグループ分けした。分けるグループの数は、いくつであってもよいが、例えば、二つにグループ分けする。このグループの分類基準が判別式として利用される。つまり、判別式は、少なくとも、コロニーを特徴づけるパラメータの組み合わせの数だけ存在する。
【0021】
図2は、コロニーの集合がグループ分けされる様子を示す図である。ここでは、各コロニーが(密度、個数)平面上にプロットされている。
図2(a)は、培養開始後5日目の各コロニーを示す分布図である。
図2(b)は、培養開始後15日目の各コロニーを示す分布図である。
図2(b)において、細胞の個数が500個以上のコロニーは三角でプロットされ、細胞の個数が500個未満のコロニーは丸でプロットされている。
図2(c)は、線形判別法によってコロニーの集合が二つのグループに分類された様子を示す図である。
図2(c)において示されている直線が判別式を示す直線である。
【0022】
上記判別式を得た後は、培養開始後5日目の細胞の形態情報に基づいて培養開始後15日目の細胞の増殖状態を予測することができる。なお、上に説明した例では、指標を計算する第1時点を培養開始後5日目とし、細胞の増殖状態を予想する第2時点を培養開始後15日目としたが、第1時点および第2時点はそれらに限定されない。例えば、第1時点は培養開始後4日目であってもよいし、第2時点は培養開始後16日目であってもよい。また、第2時点の細胞の個数が500個以上である場合にバイナリ変数を1としたが、細胞の増殖度合いがどの程度の時にバイナリ変数を1とするかは任意に決定できる。また、識別子はバイナリ数値に限らない。第2時点の細胞の個数が600個以上である場合に識別子を1とし、第2時点の細胞の個数が400個以上600個未満である場合に識別子を0とし、第2時点の細胞の個数が400個未満である場合に識別子を-1としてもよい。
【0023】
[指標の算出方法]
上述したとおり、第1時点において、間葉系幹細胞の細胞群であるコロニーごとに間葉系幹細胞の形態情報に基づいて指標が算出される。また、計測する細胞の形態情報としては、間葉系幹細胞の長さを表す長さパラメータおよび間葉系幹細胞の密度を表す密度パラメータがあった。以下に、長さパラメータおよび密度パラメータの算出方法を詳細に説明する。
【0024】
(1)長さパラメータ
図3は、細胞の平均的な長さが異なるコロニーを複数示す図である。
図3に示すように、培養途中の細胞の長さは、均一でなく、まちまちである。本願の発明者らは、細胞の長さが一定水準よりも短いものの割合が高いと、その後の細胞の増殖度合いが高いことを見出した。そこで、コロニーに含まれる細胞の長さの目安となる長さパラメータを将来の細胞の増殖度合いを予測するための指標とし、以下のように算出することとした。
【0025】
図4は、長さパラメータの算出方法を示す図である。
図4(a)は、コロニーを概念的に示した図である。
図4(a)に示されているように、本願明細書において、長さパラメータは細胞の長軸の長さを用いて算出される。細胞の長軸の長さ(単位はμm)を計測する手法としては、細胞領域のモーメントを用いた次の式で算出する方法がある。
長軸の長さ=2×√2×√{M
0,2+M
2,0+√[(M
0,2-M
2,0)
2+4×M
1,1
2]}×A ここで、M
2,0、 M
0,2、 M
1,1 、Aはそれぞれ、画像X方向の二次モーメント、画像Y方向の二次モーメント、相乗モーメント、画像解像度により求められる数値、であり、以下の式で算出する。
M
2,0 = Σ(x-x’)
2÷N+(1÷12)
M
0,2 = Σ(y-y’)
2÷N+(1÷12)
M
1,1 = Σ{(x-x’)×(y-y’)}÷N+(1÷12)
なお、細胞領域とは、細胞が写った位相差画像をフィルタ処理した後、さらに画像を2値化して得られる2値化画像において、白い画素で表される一つ一つの閉領域のことである(2値化画像において黒い画素はバックグラウンド)。
x、yは細胞領域に含まれるピクセルの座標を示す。
x’、y’は細胞領域に含まれるピクセルの重心位置の座標を示す。
Nは細胞領域に含まれるピクセル数を示す。
Aは、画像の1ピクセルに対応する実際の長さである。例えば、対象とする画像が1ピクセル=4μmである場合、A=4となる。
【0026】
長さパラメータは、コロニーに含まれる間葉系幹細胞の個数に対する、長軸が所定の長さ以下の間葉系幹細胞の個数として算出される。上記所定の長さは、例えば、60マイクロメートルである。上述したとおり、細胞の長さが短いものの割合が高いとその後の細胞の増殖度合いが高い。本願の発明者らは、長軸の長さが60マイクロメートル以下のものの割合が高い場合、将来細胞が所望の量まで増殖している可能性が高いことを見出した。
図4(a)に示した例では、コロニーA内に間葉系幹細胞が11個含まれ、そのうち、長軸の長さが60マイクロメートル以下の細胞が8個であるため、長さパラメータは8/11=0.727と算出される。なお、細胞の長軸の長さは、上記の方法以外にも既知の細胞の長軸計測技術を用いて計測することができる。
【0027】
図4(b)は、コロニーの実際の画像を示した図である。
図4(b)において、複数の画像のそれぞれは、左から順に、位相差画像、位相差画像にフィルタ処理を施した画像、2値化画像を示す。それぞれの画像において白線で囲まれた領域がコロニーAを示す。
図4(b)に示された例では、コロニーA内に間葉系幹細胞が24個含まれ、そのうち、長軸の長さが60マイクロメートル以下の細胞が9個であるため、長さパラメータは9/24=0.375と算出される。したがって、
図4(b)に示されたコロニーは、
図4(a)に示した例よりも、長さパラメータが小さく、将来細胞の増殖度合いが低いコロニーであることがわかる。
【0028】
(2)密度パラメータ
図5は、細胞の平均的な密度が異なるコロニーを複数示す図である。
図5に示すように、培養途中の細胞の密度は、均一でなく、まちまちである。本願の発明者らは、増殖中の細胞群は、細胞の密度と増殖率とに相関があることを見出した。したがって、発明者らは細胞の密度を培養状態の評価指標として求めることにより、増殖率を精度よく予測できると考えた。本実施形態では、一つの細胞の周辺にどれぐらいの数の細胞(周辺細胞)が位置するかを密度の基準とする。このようにすると、コロニー全体の大きさと関係なく密度パラメータの値が定まるため、細胞の密集度合いを適切に反映し、細胞の増殖度合いを予測するのに良好な指標となる。
【0029】
図6は、周辺細胞の数え方を説明するための図である。周辺細胞の数を決定するには、まず、一つの細胞を選択した後、その細胞を中心としたサークルを描く。当該サークルの半径は、例えば、細胞の長軸の長さの代表値(最大値、平均値または中間値等)の半分よりも大きく、コロニー全体の大きさよりも小さい値とする。そして、当該サークル内に一部でも含まれる細胞の数をカウントし、周辺細胞の数として決定する。
【0030】
図7は、密度パラメータを算出する方法を説明するための図である。密度パラメータは、以下の手順で算出する。まず、コロニー内の一つの細胞を選択する。当該細胞を中心にして所定の範囲にある細胞の数(周辺細胞の数)をカウントする。上記カウントを全ての細胞に対して繰り返せば、コロニーに含まれる一つ一つの細胞に対して周辺細胞の数が決定される。決定した周辺細胞の数をコロニー全体で平均した値をコロニーの密度パラメータとする。
【0031】
上記のように判別式を決定すると、それ以降は第1時点における細胞の形態情報さえ得られれば、第2時点における細胞の増殖度合いを予測することができる。以下に、細胞の増殖度合いを予測できる増殖予測装置を説明する。
【0032】
<実施例1>
[増殖予測装置の構成]
図8は、実施例1の増殖予測装置1の構成を概略的に示す図である。増殖予測装置1は、記録部2と制御部3と表示部4と顕微鏡5とを備える。顕微鏡5は、例えば、撮影部6を有する倒立顕微鏡であり、培養中の細胞を撮影して画像を制御部3へ送信することができる。また、顕微鏡5が有するステージは、増殖予測装置1からの指示信号によって制御されることができ、撮影部6は複数の位置から培養中の細胞を撮影することができる。
【0033】
記録部2は、例えば、RAM(Random Access Memory)、ROM(Read Only Memory)およびSSD(Solid State Drive)を備える。RAMには、例えば、計算途中の数値および細胞の形態情報が一時的に記録される。ROMには、例えば、制御部3が実行するプログラムが記録される。SSDには、例えば、培養中の細胞の撮影画像および将来の細胞の増殖度合いに関する予測結果が記録される。また、SSDには、予め決定しておいた判別式が記録されている。
【0034】
制御部3は、記録部2に記録されているプログラムを実行することによって、取得部31、算出部32および予測部33として機能する。
【0035】
取得部31は、培養している細胞の画像を顕微鏡5から取得する。取得部31は、例えば、培養を開始してから第1時点に至るまで細胞の画像を取得し続ける。取得部31は、取得した細胞に関する画像を記録部2に記録して、算出部32に通知する。なお、取得部31は取得した画像を表示部4に表示することもできる。即ち、ユーザは顕微鏡に設置された培養中の細胞の画像を表示部4にて確認することができる。
【0036】
算出部32は、取得部31が取得した画像を用いて、各細胞にコロニーIDを付与する。また、算出部32は、第1時点の間葉系幹細胞の培養状態に基づいて、間葉系幹細胞の将来の増殖状態を予測するための指標をコロニーごとに算出する。上記第1時点は、例えば、培養を開始して96時間経過してから24時間以内の何れかの時点である。実施例1に係る増殖予測装置1では、算出部32は各コロニーの長さパラメータを指標として決定する。算出部32は、算出した当該指標を記録部2に記録し、予測部33に通知する。
【0037】
予測部33は、算出部32が算出した指標と細胞の個数と予め決定しておいた判別式とに基づいて、上記第1時点よりも後の第2時点の間葉系幹細胞の増殖状態をコロニーごとに予測する。上記第2時点は、例えば、培養を開始して336時間経過してから24時間以内の何れかの時点である。実施例1に係る増殖予測装置1では、予測部33は、各コロニーの細胞の個数と長さパラメータとに基づいて、将来の細胞の増殖度合いをコロニーごとに予測する。予測部33は、予測した結果を表示部4に表示することができる。
【0038】
[増殖予測装置が実行する処理のフロー]
図9は、実施例1の増殖予測装置1が実行する処理のフローを示すフローチャートである。処理のフローの各ステップにおける増殖予測装置1の動作は以下のとおりである。
【0039】
(S901)
取得部31が培養している細胞の画像を顕微鏡5から取得し続け、算出部32が各細胞にコロニーIDを付与する。
【0040】
(S902)
算出部32が、取得部31が第1時点において取得した画像を用いて、第1時点の間葉系幹細胞の培養状態に基づいて、間葉系幹細胞の将来の増殖状態を予測するための指標をコロニーごとに算出する。また、算出部32が第1時点における各コロニーに含まれる細胞の個数をカウントする。
【0041】
(S903)
予測部33が、算出部32が算出した指標と細胞の個数と予め決定しておいた判別式とに基づいて、上記第1時点よりも後の第2時点の間葉系幹細胞の増殖状態をコロニーごとに予測する。
【0042】
上記の構成を有する実施例1の増殖予測装置1は、第1時点の細胞の形態情報に基づいて、第1時点よりも後の第2時点の細胞の増殖度合いを予測することができる。それ故、所望の量まで細胞の増殖が見込まれない培養ディッシュについては廃棄し、再度細胞の培養を開始するなど、これまでよりも効率的な工程管理が可能となる。また、一つの時点における細胞の形態情報に基づいて将来の細胞の増殖度合いを予測するため、連続的に細胞の培養状態を観察する場合と異なり、細胞の成長に悪影響を及ぼしにくい。
【0043】
<実施例2>
実施例1に係る増殖予測装置1では、算出部32は各コロニーの長さパラメータを決定し、予測部33は、各コロニーの細胞の個数と長さパラメータとに基づいて、将来の細胞の増殖度合いを予測した。これに対して、実施例2に係る増殖予測装置1では、算出部32は各コロニーの密度パラメータを決定し、予測部33は、各コロニーの細胞の個数と密度パラメータとに基づいて、将来の細胞の増殖度合いを予測する。
【0044】
上記の構成を有する実施例2の増殖予測装置1は、実施例1の増殖予測装置1と同様に、第1時点の細胞の形態情報に基づいて、第1時点よりも後の第2時点の細胞の増殖度合いを予測することができる。
【0045】
<実施例3>
実施例1および2の説明において、増殖予測装置1は、予め決定された判別式を用いて将来の細胞の増殖度合いを決定した。増殖予測装置1は、判別式を決定する判別式決定部をさらに有してもよい。判別式決定部は、例えば、[判別式]の欄で説明したのと同様の手順で判別式を決定する。
【0046】
<実験例>
本開示の予測手法を支持する実験例を以下に記述する。
実験では、人口膝関節置換術時に採取した滑膜組織を培養することとした。まず、滑膜組織をcollagenase処理し、得られた1000個の有核細胞を6 well plateに播種した。滑膜組織を6 well plateに3時間かけて接着させ、増殖培地(αMEM, 10%FBS, 1% Antibiotic)を交換し、タイムラプス顕微鏡を用いて経過を観察した。タイムラプス顕微鏡においては、6時間ごとに14日間継続的に滑膜組織の培養状態を撮影し続け、計50万枚の画像を得た。
【0047】
上記画像に基づいて、滑膜幹細胞を播種した後、5日目の位相差像を解析し、播種した後15日目の細胞の増殖性を予測する技術の検討を行った。培養を開始後5日目の画像を利用して、4個以上の細胞を有する細胞群をコロニーとして定義した。ここで利用したコロニーの決定方法については後に変形例として説明する。コロニーとして判別できた583コロニーに対して、細胞の個数および密度パラメータを解析した。
【0048】
培養開始後5日目の細胞数と密度パラメータとを二次元プロットしたグラフに、培養開始後15日目の細胞の個数情報を反映し、コロニーの集合を線形判別法により二つのグループ(高密度群および低密度群)に分類した。高密度群に分類されたコロニーのうち、培養開始後15日目に細胞の個数が500個以上であったコロニーは全体の71%(=60/84)であった。また、低密度群に分類されたコロニーのうち、培養開始後15日目に細胞の個数が500個未満であったコロニーは全体の75%(=376/499)であった。
【0049】
上記のとおり、培養開始後5日目の細胞の個数と密度パラメータとは、培養開始後15日目の細胞の増殖度合いを予測するための指標として機能することが理解できる。
【0050】
<変形例1>
上記の説明では、同一の間葉系幹細胞を起源とする間葉系幹細胞の集合を一つのコロニーとして定義した。このコロニーの定義の場合、培養開始後から細胞の分裂をトラッキングし続ける必要がある。以下に、単一時点における画像に基づいてコロニーを定義する方法を説明する。
【0051】
まず、画像に写った一つの細胞を選択し、当該細胞から所定の範囲内に含まれる細胞に同一のコロニーIDを付与する。上記所定の範囲内に4つ以上の細胞が存在しない場合は、コロニーを形成していない孤立した細胞として扱う。既にコロニーIDを付与されたかまたはコロニーIDを付与しないことが確定した細胞を除いた残りの全ての細胞に対して上記操作を繰り返す。このようにして、単一の時点における画像に基づいてコロニーを定義することができる。
【0052】
<変形例2>
上記の説明では、第1時点の細胞の個数と長さパラメータと第2時点の細胞の個数との組み合わせの集合、または、第1時点の細胞の個数と密度パラメータと第2時点の細胞の個数との組み合わせの集合を用いて、判別式を決定した。
【0053】
判別式は、別のパラメータの組み合わせに基づいて決定してもよい。例えば、判別式は、第1時点の細胞の個数と、長さパラメータと、密度パラメータと、第2時点の細胞の個数と、に基づいて決定されてもよい。その場合、増殖予測装置1は、細胞の増殖度合いを、第1時点の第1時点の細胞の個数と、長さパラメータと、密度パラメータと、当該判別式と、に基づいて予測する。
【符号の説明】
【0054】
1…増殖予測装置、2…記録部、3…制御部、31…取得部、32…算出部、33…予測部、4…表示部、5…顕微鏡、6…撮影部