(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022173845
(43)【公開日】2022-11-22
(54)【発明の名称】液晶電解質膜、並びにアクチュエータ、圧電素子及び応力センサ
(51)【国際特許分類】
H01L 41/193 20060101AFI20221115BHJP
H02N 2/04 20060101ALI20221115BHJP
H01L 41/113 20060101ALI20221115BHJP
H01L 41/09 20060101ALI20221115BHJP
H01B 1/12 20060101ALI20221115BHJP
H01B 1/06 20060101ALN20221115BHJP
【FI】
H01L41/193
H02N2/04
H01L41/113
H01L41/09
H01B1/12 Z
H01B1/06 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021079821
(22)【出願日】2021-05-10
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000855
【氏名又は名称】弁理士法人浅村特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】吉尾 正史
(72)【発明者】
【氏名】曹 思雨
【テーマコード(参考)】
5G301
5H681
【Fターム(参考)】
5G301CD01
5H681AA06
5H681BB13
5H681BC08
5H681DD23
5H681DD37
5H681FF38
5H681GG01
5H681GG43
(57)【要約】
【課題】 新規な液晶電解質膜、並びにこれを用いたアクチュエータ、圧電素子及び応力センサを提供する。
【解決手段】 双性イオン化合物及びイオン液体を含む液晶電解質とポリマーとを含む液晶電解質膜が提供され、これを用いることにより、新規なアクチュエータ、圧電素子、及び/又は応力センサが提供される。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
双性イオン化合物及びイオン液体を含む液晶電解質とポリマーとを含む液晶電解質膜。
【請求項2】
双性イオン化合物が、イミダゾリウムスルホベタイン型の構造を有する、請求項1に記載の液晶電解質膜。
【請求項3】
双性イオン化合物が、式(I)で表される、請求項1又は2に記載の液晶電解質膜。
【化1】
【請求項4】
イオン液体が、イミダゾリウム、アンモニウム、ピリジニウム、スルホニウム、ピペリジニウム、ピロリジニウム、ホスホニウム、又はモルホリニウム型のいずれかのカチオン構造を有する、請求項1~3のいずれか一項に記載の液晶電解質膜。
【請求項5】
イオン液体が、式(II)で表されるカチオン及びアニオンを有する、請求項1~4のいずれか一項に記載の液晶電解質膜。
【化2】
【請求項6】
液晶電解質膜中の前記ポリマーが、ポリビニルアルコール、ポリ(フッ化ビニリデン)、又はパーフルオロスルホン酸ポリマーを含む、請求項1~5のいずれか一項に記載の液晶電解質膜。
【請求項7】
液晶電解質膜中の前記ポリマーが、式(III)で表される、請求項1~6のいずれか一項に記載の液晶電解質膜。
【化3】
【請求項8】
請求項1~7のいずれか一項に記載の液晶電解質膜と、該液晶電解質膜の両面に形成される電極を有し、該電極間に電圧を印加することで、該液晶電解質膜が屈曲変形するアクチュエータ。
【請求項9】
前記液晶電解質膜の厚みが、10μm~1mmである、請求項8に記載のアクチュエータ。
【請求項10】
請求項1~7のいずれか一項に記載の液晶電解質膜と、該液晶電解質膜の両面に形成される電極を有する構造体であって、該構造体を変形することで発電する、圧電素子又は応力センサ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、双性イオン化合物及びイオン液体を含む液晶電解質とポリマーとを含む液晶電解質膜、並びにこれを用いたアクチュエータ、圧電素子及び応力センサに関する。
【背景技術】
【0002】
産業用ロボットアーム、ヒューマノイドロボット、遠隔治療支援や玩具用の触覚提示(ハプティック)デバイス、医療用能動カテーテルなど、電気エネルギーを力学エネルギーに変換するメカトロニクス機器の需要が高まっており、これらの機器を実現するために、電磁モーターによる制御方法が用いられている。
しかしながら、電磁モーターを用いた制御方法では、例えば、人工筋肉のように生体筋肉と似たデリケートでなめらかな動きを電気制御により実現することが困難であり、重量及び消費電力も比較的大きいことから、かかる電磁モーターに代えて、軽量かつ省エネルギー性に優れ、スムーズかつ幅広いレンジで精密に動作する、低電圧駆動のソフトアクチュエータが注目されている(非特許文献1)。
【0003】
このようなソフトアクチュエータとして、イオン伝導性高分子を用いるもの、電子伝導性高分子を用いるもの、誘電性高分子を用いるものなどが挙げられ、電気制御等によって屈曲や伸縮運動を示す新たなアクチュエータが提案されている。
【0004】
このうち、イオン伝導性高分子を用いたアクチュエータは、他の高分子を用いたアクチュエータと比べて、比較的低い電圧で高速に変位を示すという優れた特徴を有している。
例えば、非特許文献1には、イオン伝導性を有するブロックコポリマーを利用して、数十ナノメートルスケールのイオン伝導チャンネル構造を形成し、高いイオン伝導性と機械的強度を併せもつアクチュエータについて記載されている。
また、イオン伝導性高分子の他の例として、パーフルオロスルホン酸ポリマー(ナフィオン)、ビニル高分子/イオン液体ゲル(イオンゲル)、ポリエチレングリコール/リチウム塩のイオンコンプレックスが知られている。
このような、イオン伝導性高分子を用いたアクチュエータは、イオン伝導性高分子からなるフィルムとその両面に形成される電極からなり、電極に電圧を印加することによってイオン伝導性高分子中のイオンが移動し、フィルムが屈曲変形する。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】O. Kim et al., Chem. Commun., 2018, 54, 4895-4904.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、発明者らの検討によれば、イオン伝導性の有機材料を複合化する際に、従来のイオン伝導性高分子や公知の液晶電解質を用いた場合、イオンと高分子及び/又は液晶分子とが、分子レベルで均一に混ざりにくいという問題があり、仮に混ざったとしても、必要なイオン伝導パスが形成されにくいという問題が見出されていた。また、従来のイオン伝導性高分子を用いたアクチュエータでは、屈曲変形をもたらすために、4V程度の電圧を要するという問題があり、発明者らは、より低い電圧で屈曲変位を示す材料の開発が重要であることを認識していた。
【0007】
本発明は、上記の問題点を解消するためになされたものであって、用いる材料の液晶構造、イオン伝導性、耐熱性、伸縮性などの機械的特性の調節が簡単である点にも配慮し、新規な液晶電解質膜、並びにこれを用いたアクチュエータ、圧電素子及び応力センサを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、意外なことに、双性イオン化合物及びイオン液体を含む液晶電解質とポリマーとを含む、従来には存在しなかった新規な液晶電解質膜を用いることにより、上記の課題を解決することを見出すに至り、本発明を完成した。
即ち、本発明の要旨は、以下の通りである。
[1] 双性イオン化合物及びイオン液体を含む液晶電解質とポリマーとを含む液晶電解質膜。
[2] 双性イオン化合物が、イミダゾリウムスルホベタイン型の構造を有する、[1]に記載の液晶電解質膜。
[3] 双性イオン化合物が、式(I)で表される、[1]又は[2]に記載の液晶電解質膜。
【化1】
[4] イオン液体が、イミダゾリウム、アンモニウム、ピリジニウム、スルホニウム、ピペリジニウム、ピロリジニウム、ホスホニウム、又はモルホリニウム型のいずれかのカチオン構造を有する、[1]~[3]のいずれかに記載の液晶電解質膜。
[5] イオン液体が、式(II)で表されるカチオン及びアニオンを有する、[1]~[4]のいずれかに記載の液晶電解質膜。
【化2】
[6] 液晶電解質膜中の前記ポリマーが、ポリビニルアルコール、ポリ(フッ化ビニリデン)、又はパーフルオロスルホン酸ポリマーを含む、[1]~[5]のいずれかに記載の液晶電解質膜。
[7] 液晶電解質膜中の前記ポリマーが、式(III)で表される、[1]~[6]のいずれかに記載の液晶電解質膜。
【化3】
[8] [1]~[7]のいずれかに記載の液晶電解質膜と、該液晶電解質膜の両面に形成される電極を有し、該電極間に電圧を印加することで、該液晶電解質膜が屈曲変形するアクチュエータ。
[9] 前記液晶電解質膜の厚みが、10μm~1mmである、[8]に記載のアクチュエータ。
[10] [1]~[7]のいずれかに記載の液晶電解質膜と、該液晶電解質膜の両面に形成される電極を有する構造体であって、該構造体を変形することで発電する、圧電素子又は応力センサ。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、双性イオン化合物及びイオン液体を含む液晶電解質とポリマーとを含む新規な液晶電解質膜が提供される。
本発明の一態様によれば、双性イオン構造を有する液晶分子、イオン液体及びポリマーの三成分を含む、新規な複合液晶電解質膜が提供される。
本発明によれば、双性イオン化合物及びイオン液体を含む液晶電解質とポリマーとを含む新規な液晶電解質膜を用いることにより、新規なアクチュエータ、圧電素子、及び/又は応力センサが提供される。
【0010】
本発明の一態様によれば、双性イオン液晶電解質を活用することにより、極性を有する多様なイオン液体、酸・塩基性の有機分子や無機塩を複合化できるようになるため、一次元から三次元の秩序構造を有するイオン伝導パス形成とイオン伝導度の調節が可能になり、さらに、液晶電解質に第三成分として様々な高分子材料を混合することにより、制御可能な力学的機能をもった自立性膜(伸縮性や自己修復機能など)の作製が可能となるため、従来材料と比べて繊細なアクチュエータ機能制御が可能になる。
本発明の一態様によれば、液晶分子とイオン液体が分子レベルで相溶し、イオン伝導パスを形成した液晶電解質を活用した、新規な電気駆動型アクチュエータが提供される。
【0011】
本発明の一態様によれば、双性イオン構造を有する液晶分子、イオン液体及びポリマーの三成分を含む、新規な複合液晶電解質膜を用い、これをフィルム状の電極でサンドイッチすることによって構成されるアクチュエータであって、比較的低電圧、例えば、4V程度の電圧よりも低い電圧で所望の屈曲変位を示すアクチュエータを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】化合物1と化合物2(X=CF
3SO
3)を、モル比=1:1で混合することにより得られた液晶電解質の室温での偏光顕微鏡像を示す。
【
図2】化合物1と化合物2(X=CF
3SO
3)を、モル比=1:1で混合することにより得られた液晶電解質の70℃でのX線回折パターンを示す。
【
図3】(a)左側:化合物1と化合物3を、モル比=1:3×10
-3で混合することにより得られた水溶液をポリイミド膜上に塗布した後、乾燥して得られた膜の写真を示す(化合物1の結晶が析出することで自立性膜にならない)。(a)右側:化合物1、化合物2(X=CF
3SO
3)及び化合物3を、混合モル比=1:1:3×10
-3で混合することにより得られた水溶液をポリイミド膜上に塗布した後、乾燥して得られた膜(自立性膜)の写真を示す。(b):上記の(a)右側の自立性膜をピンセットで持ち上げた写真を示す。
【
図4】化合物1、化合物2(X=CF
3SO
3)及び化合物3を、混合モル比=1:1:3×10
-3で混合することにより得られた液晶電解質膜の室温での偏光顕微鏡像を示す。
【
図5】化合物1、化合物2(X=CF
3SO
3)及び化合物3を、混合モル比=1:1:3×10
-3で混合することにより得られた液晶電解質膜の70℃でのX線回折パターンを示す。
【
図6】本願発明の液晶電解質膜と導電性高分子(PEDOT-PSS)からなるアクチュエータ素子の構造と駆動原理を示す。(a)電圧印加なしで変位なし、(b)電圧印加ありで変位あり。
【
図7】時間に対する電圧(交流0.1Hz,1V)と本願発明の短冊状のアクチュエータの短冊端から5mmの位置における変位を示すグラフ(室温での測定結果)、(b)0V印加時のアクチュエータの写真、(c)+1V印加時のアクチュエータの写真を示す。
【
図8】(a)時間に対する電圧(交流1Hz,1V)と本願発明の短冊状のアクチュエータの短冊端から5mmの位置における変位を示すグラフ(室温での測定結果)、(b)0V印加時のアクチュエータの写真、(c)+1V印加時のアクチュエータの写真を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を実施する好ましい形態の一例について説明する。ただし、下記の実施形態は本発明を説明するための例示であり、本発明は下記の実施形態に何ら限定されるものではない。
【0014】
<液晶電解質膜>
本発明の液晶電解質膜は、双性イオン化合物及びイオン液体を含む液晶電解質とポリマーとを含む。すなわち、本発明の液晶電解質膜は、双性イオン化合物、イオン液体、及びポリマーの三成分を含むことを特徴とする。本発明の液晶電解質膜は、ポリマー(高分子)を含み、フィルム状の形状を有することから、液晶電解質フィルム、液晶高分子電解質膜、液晶性高分子電解質、液晶高分子電解質フィルム、又は液晶性高分子電解質フィルムとも称することができる。
【0015】
本発明の一実施形態では、双性イオン化合物とイオン液体を混合して自己組織化させることにより、比較的長距離にわたって連続したナノメートルスケールのイオン伝導パスが形成されたイオン伝導体を提供することができる。後述する実施例で示したとおり、双性イオン化合物とイオン液体を自己組織化させることにより、二次元層状や一次元カラム状に配列したイオン伝導パスを形成することができる。
【0016】
本発明の一実施形態では、双性イオン化合物及びイオン液体を含む液晶電解質と、例えば、特定のポリマーとを混合することによって、自立性を有する液晶電解質膜を提供することができる。
【0017】
本発明の液晶電解質膜の一実施形態では、成型することによって所望の形状、例えば、所望の厚さを有するフィルム状の形状を有する液晶電解質膜を提供することができる。
【0018】
<双性イオン化合物>
双性イオン化合物としては、双性イオン液晶ないし双性イオン分子を用いることができ、例えば、イミダゾリウムスルホベタイン型の構造を共有結合で連結した棒状分子を用いることができる。
また、双性イオン化合物としては、イミダゾリウムスルホベタイン型の構造を有することに加えて、下記式(I)で表される化合物を用いることができる。
【化4】
双性イオン化合物は、四級アンモニウムなどのカチオン性オニウム構造やカルボキシレートなどのアニオン構造を有する化合物でもよい。また、双性イオン化合物は、非重合性の化合物でもよく、重合性の化合物であってもよい。
双性イオン(zwitterion)化合物は、分子内にカチオンとアニオンが共有結合で連結した部位を有する分子であり、熱を加えることによって液晶性を示すサーモトロピック液晶であることが好ましい。ただし、双性イオン化合物は単独で液晶性を示さないものでもよく、イオン液体、無機塩、酸若しくは塩基性化合物、水、又はプロピレンカーボネートなどの極性溶媒を添加することによって液晶性を発現する分子であってもよい。
双性イオン化合物は、カチオンとアニオンが連結した部位を備えるため、通常、高イオン伝導性を示さないが、イオン液体などのイオン性化合物や水などの極性溶媒が共存する状態におかれると、双性イオン化合物の双性イオン部位でイオン性化合物がイオン解離することによって、イオン伝導チャンネル構造が形成され、これにより高イオン伝導性を示し得る。
【0019】
<イオン液体>
イオン液体は、電位窓が広く、耐熱性があり、室温で液体状態にある高イオン伝導性の物質が好ましい。
イオン液体としては、イミダゾリウム、アンモニウム、ピリジニウム、スルホニウム、ピペリジニウム、ピロリジニウム、ホスホニウム、又はモルホリニウム型のいずれかのカチオン構造を有するイオン液体を用いることができる。
また、イオン液体としては、下記式(II)で表される化合物を用いることができる。
【化5】
また、イオン液体としては、グライム系リチウム溶媒和イオン液体、深共晶溶媒(水素結合ドナー性化合物と水素結合アクセプター性化合物をある一定の割合で混ぜることでつくるイオン液体に似た性質を示す室温の液体)を用いてもよい。
【0020】
<液晶電解質膜に含まれるポリマー(高分子)>
液晶電解質膜に含まれるポリマーは、自立したフィルムを形成し得る高分子材料であることが好ましく、変形のしやすさの観点ではガラス転移温度が室温より低いポリマーであることがより好ましい。
液晶電解質膜に含まれるポリマーとしては、イオン伝導性高分子であってもよく、ポリビニルアルコール、ポリ(フッ化ビニリデン)、パーフルオロスルホン酸ポリマー(ナフィオン)、ビニル高分子/イオン液体ゲル(イオンゲル)、ポリエチレングリコール/リチウム塩のイオンコンプレックスなどを用いることができる。
また、液晶電解質膜に含まれるポリマーとしては、ポリ(フッ化ビニリデン)-ポリ(ヘキサフルオロプロピレン)共重合体、ポリエチレングリコール、ポリビニルピロリドン、ポリエーテルスルフォン、ブチルゴムなどを用いてもよい。
また、液晶電解質膜に含まれるポリマーとしては、下記式(III)で表される化合物を用いることができる。
【化6】
【0021】
<液晶電解質膜のその他の特徴>
本発明の一実施形態では、ポリマーを含有させて液晶電解質膜とする前の、双性イオン化合物とイオン液体からなる液晶電解質中のイオン液体の量は、10モル%以上80モル%以下であることが好ましく、この範囲内とすることで、液晶電解質膜が比較的広い温度範囲で液晶相を形成し得るという利点がある。
また、本発明の一実施形態では、ポリマーを含有させて液晶電解質膜とする際のポリマーの量は、20質量%以上であることが好ましく、このようにすることで、液晶電解質膜に自立性をもたせた自立性フィルムを得ることができるという利点がある。
また、本発明の一実施形態では、ポリマーを含有させて液晶電解質膜とした後の厚みは、10μm以上1mm以下であることが好ましく、この範囲内とすることで、液晶電解質膜のフィルム形状の安定性を図るとともに、後述するように、これを用いたアクチュエータ、圧電素子又は応力センサの機能を好適に発現させることができる。
【0022】
<アクチュエータ>
本発明のアクチュエータは、上記の液晶電解質膜の両面に形成される電極を有し、電極間に、比較的低い電圧、例えば1Vの電圧を印加することで上記液晶電解質膜を屈曲変形させることができるいわゆるソフトアクチュエータである。一例として、本発明のアクチュエータは、双性イオン液晶とイオン液体とポリマーで構成されているフィルム状に成型された液晶電解質膜の両面に電極材料を接合したものでもよい。
【0023】
本発明の一実施形態では、上記の液晶電解質膜を、電極としての二枚の電子伝導性高分子フィルムで挟み、これらの電極フィルムに電圧を印加することにより、液晶電解質膜からイオンが電子伝導性高分子の表面に移動することによって電気二重層が形成され、アニオンとカチオンの輸率及び体積の差に起因して液晶電解質膜の変形が誘起される。
また、本発明の一実施形態では、上記の液晶電解質膜から電子伝導性高分子フィルム(層)にイオンが移動することにより、電子伝導性高分子フィルムの酸化還元状態が変化してイオンドープと脱ドープが生じ、これによってもたらされる電極材料(電子伝導性高分子フィルム)の膨潤収縮に起因してアクチュエータの変形が誘起され得る。
【0024】
本発明のアクチュエータは、上記の液晶電解質膜の構成成分である双性イオン化合物、イオン液体、及びポリマー(高分子)の化学構造及び/又は混合組成を変化させることにより、アクチュエータに必要とされる機能を制御することが可能である。
本発明のアクチュエータが備える上記の液晶電解質膜の厚みは10μm以上1mm以下であることが好ましく、この範囲内とすることで、液晶電解質膜のフィルム形状の安定性を図るとともに、アクチュエータの機能を好適に発現させることができる。
【0025】
<電極>
本発明の液晶電解質膜をサンドイッチして挟む電極としては、金属ナノ粒子、ナノワイヤー、金属箔、炭素材料(活性炭、グラフェン、カーボンナノチューブなど)、又は導電性高分子(ポリピロールやPEDOT-PSSなど)を用いることができる。
本発明の一実施形態では、電極として、電子伝導性高分子の一つである、いわゆるPEDOT-PSS(ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン)-ポリ(スチレンスルホン酸))にエチレングリコールをドープした自立フィルムを用いることができ、この電極フィルムと液晶電解質膜とを圧着してアクチュエータ素子を作製することができる。
【0026】
<圧電素子又は応力センサとしての応用>
本発明のアクチュエータは、本発明の液晶電解質膜への電圧印加に対して変位や振動を発生するアクチュエータ素子であることから、当該液晶電解質膜への圧電効果を利用して圧電素子として応用することができる他、当該液晶電解質膜への応力変形に対して電圧を発生する応力センサとして応用することも可能である。すなわち、本発明の液晶電解質膜
と、該液晶電解質膜の両面に電極が形成される構造体とし、該構造体を変形することで発電する圧電素子又は応力センサを提供することができる。
【実施例0027】
以下、実施例に基づき、本発明のリチウム空気電池の作成及びその特性について、更に詳しく説明する。なお、これらの記載は本発明の実施形態の例示であって、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0028】
[例1]
液晶電解質膜の作製プロセスの検討及び評価
前記式(I)で表される双性イオン化合物(下記式1の双性イオン分子1を指し、以下「化合物1」と称することがある)を、下記の反応スキームに沿って合成した。
【化7】
【0029】
次いで、化合物1と、前記式(II)で表されるイオン液体(下記式2(X)のイミダゾリウム型イオン液体を指し、以下「化合物2」、「化合物2(X)」、又は「イオン液体2(X)」と称することがある)が50モル%以下で所望の組成になるようにして混合し、高分子を含有させる前の液晶電解質を調製した。
【化8】
これらの二成分からなる混合物は、秤量した各分子を加熱混合することによって得られたが、メタノール溶媒とした後に溶媒を蒸発することによっても得られた。
これらの二成分からなる混合物は、化合物1の分子単独よりも、室温を含む広い温度範囲で液晶層を形成することがわかった。
イオン液体2(X)のアニオン(X)を、上記式(II)に記載された選択肢の範囲で変化させたところ、選択するアニオン(X)によって形成される液晶構造が変化することがわかった。具体的には、イオン液体2(X)の組成が50モル%の場合、X=BF
4又はCF
3SO
3では、一次元的なイオン伝導パスを形成するカラムナー液晶相が発現し、一方で、X=PF
6又は(CF
3SO
2)
2Nでは、二次元的なイオン伝導パスを形成するスメクチック液晶相が発現した。
【0030】
次いで、上記の二成分からなる液晶電解質にポリマーを混合し、自立性を有する液晶電解質膜を得た。具体的には、以下の条件を用いた。
ある条件では、二成分からなる液晶電解質に、20重量%以上のビニル高分子のポリビニルアルコール(重合度2000、ケン化率80モル%)を添加して混合することにより、カラムナー構造を形成した伸縮性を示す自立性の液晶電解質膜が得られた。
また、別の条件では、ガラス瓶の中で、二成分からなる液晶電解質に、前記式(III)で表されるポリビニルアルコール(下記式3のポリマーを指し、以下「化合物3」と称することがある)の10重量%水溶液とを添加し、マグネティックスターラーを用いて撹拌して混合することにより、均一溶液を作製し、この溶液をテフロンシャーレ内に移し、加熱乾燥することによって、フィルム状である自立性の液晶電解質膜が得られた。
【化9】
さらに、別の条件では、二成分からなる液晶電解質に20重量%以上のポリ(フッ化ビニリデン)を添加して混合することにより、繰返し曲げ性を示す自立性の液晶電解質膜が得られた。
【0031】
[例2]
液晶電解質膜
<a.双性イオン化合物(化合物1)の合成>
不活性アルゴン雰囲気下とした丸底フラスコ内で、4-(trans-4-ペンチルシクロヘキシル)フェノール(4.2g)、1,6-ジブロモヘキサン(20.7g)、及び炭酸カリウム(7.0g)を脱水N,N-ジメチルホルムアミド(100mL)に懸濁し、80℃で14時間撹拌した。得られた反応液を室温まで冷却した後、飽和塩化アンモニウム水溶液とヘキサンで分液抽出し、有機層を分離した後、無水硫酸マグネシウムを添加して脱水した。次いで、これを濾過した後、溶媒を減圧留去し、さらに120℃に減圧することで過剰量の1,6-ジブロモヘキサンを除去した。次いで、得られた固体残渣をヘキサンに溶解し、シリカゲルクロマトグラフィー(展開溶媒:ヘキサン)で精製することにより、上記の反応スキームに記載されている白色固体の化合物4(3.2g,収率46%)を得た。
【0032】
続いて、不活性アルゴン雰囲気下とした枝付き丸底フラスコ内で、該フラスコを水浴で冷却しつつ、60%水素化ナトリウム(0.62g)に少量の脱水テトラヒドロフランを添加し、次いで、セプタムキャップを介してイミダゾール(1.0g)の脱水テトラヒドロフラン溶液(20mL)を滴下し、その後室温で10分間反応させた。次いで、得られた反応液に、化合物4(3.2g)のテトラヒドロフラン溶液(20mL)を滴下し、その後80℃で12時間反応させた。得られた反応液を室温まで冷却した後、酢酸エチルと水で分液抽出し、抽出液に無水硫酸マグネシウムを添加して乾燥した。次いでこれを濾過した後、濾液を減圧乾燥した。次いで、得られた固体残渣をヘキサンに溶解し、シリカゲルクロマトグラフィー(展開溶媒:酢酸エチル)で精製することにより、上記の反応スキームに記載されている白色固体の化合物5(2.1g,収率68%)を得た。
【0033】
続いて、不活性アルゴン雰囲気下とした丸底フラスコ内で、化合物5(1.6g)の脱水ジクロロメタン溶液(10mL)に1,3-プロパンスルトン(0.99g)を滴下し、その後室温で2日間撹拌した。次いで、得られた反応液を濃縮した後、シリカゲルクロマトグラフィー(展開溶媒:体積比85:15のクロロホルムとメタノールの混合液)で精製し、さらに酢酸エチルを用いて再結晶を行うことにより、上記の反応スキームに記載されている白色固体の化合物1(1.5g,収率74%)を得た。
得られた化合物1(元素組成C29H46N2O4S)の元素分析の測定値と理論値は、それぞれ以下の通りであった。
・測定値:C,67.43;H,8.83;N,5.33;S,6.46
・理論値:C,67.14;H,8.94;N,5.40;S,6.18。
【0034】
<b.双性イオン化合物(化合物1)とイミダゾリウム型イオン液体(化合物2(X=CF
3
SO
3
))の二成分から構成される液晶電解質の調製及び構造解析>
<液晶電解質の調製>
双性イオン化合物である上記の化合物1と、イミダゾリウム型イオン液体である化合物2(イオン液体2(X=CF3SO3))を、モル比=1:1で混合することにより、液晶電解質を調整した。より具体的には、秤量した各化合物の分子を加熱混合し、あるいはメタノール溶液とした後に溶媒を蒸発させることにより、双性イオン化合物の双性イオン部位でイオン液体がイオン解離することによって、双性イオン部位でイオン対が形成されている液晶電解質を得た。
【0035】
<構造解析>
このように、化合物1と化合物2(X=CF
3SO
3)を、モル比=1:1で混合することによって得られた液晶電解質について、室温において偏光顕微鏡観察を行うとともに、70℃においてX線回折測定を行った。得られた偏光顕微鏡像とX線回折パターンをそれぞれ
図1及び
図2に示す。
図1からわかるように、化合物1と化合物2(X=CF
3SO
3)を、モル比=1:1で混合することによって得られた液晶電解質では、カラムナー液晶構造の形成を示唆する複屈折像が観察された。
また、
図2からわかるように、この液晶電解質のX線回折パターンには、ヘキサゴナルカラムナー構造の100面からの回折に由来すると考えられるd値=45Åのピーク、200面からの回折に由来すると考えられるd値=23Åのピーク、及び化合物1のアルキル鎖の運動に起因するd値=4.6Åのハローピークが存在した。
【0036】
<c.双性イオン化合物(化合物1)、イミダゾリウム型イオン液体(化合物2(X=CF
3
SO
3
))及びポリビニルアルコール(化合物3)の三成分から構成される液晶電解質膜の調製及び構造解析>
<液晶電解質膜の調製>
ガラス瓶の中で、双性イオン化合物である上記の化合物1(162mg)と、イミダゾリウム型イオン液体である上記の化合物2(イオン液体2(X=CF3SO3))(90mg)から構成される液晶電解質に、ポリマーとしてポリビニルアルコールである上記の化合物3(重合度2000、ケン化率80モル%)(75mg)の10重量%水溶液を添加し、マグネティックスターラーを用いて撹拌して混合することにより、均一溶液を作製した。このとき、化合物1、2及び3の混合モル比は、1:1:3×10-3であった。
得られた溶液を、ポリイミドテープを貼ったガラス基板上に塗布し、真空下で加熱乾燥することにより、自立性を示す液晶電解質膜(液晶電解質と高分子の重量比は77重量%:23重量%)が得られた。
【0037】
得られた液晶電解質膜の写真と、得られた液晶電解質膜をピンセット持ち上げた写真を、それぞれ
図3(a)右側と、
図3(b)に示す。これらの写真から、得られた液晶電解質膜は、たしかに自立性を示していることがわかる。
【0038】
<構造解析>
このように、化合物1、化合物2(X=CF
3SO
3)及び化合物3を、混合モル比=1:1:3×10
-3で混合することによって得られた液晶電解質膜について、室温において偏光顕微鏡観察を行うとともに、70℃においてX線回折測定を行った。得られた偏光顕微鏡像とX線回折パターンをそれぞれ
図4及び
図5に示す。
図4からわかるように、化合物1、化合物2(X=CF
3SO
3)及び化合物3を、混合モル比=1:1:3×10
-3で混合することによって得られた液晶電解質膜では、液晶形成に由来する複屈折像が観察された。
また、
図5からわかるように、この液晶電解質膜のX線回折パターンには、ヘキサゴナルカラムナー構造の100面からの回折に由来すると考えられるd値=47Åのピークと、化合物1のアルキル鎖の運動に起因するd値=4.6Åのハローピークが存在した。
【0039】
なお、この三成分系の液晶電解質膜では、上述した二成分系の液晶電解質(化合物1と化合物2(X=CF3SO3)を、モル比=1:1で混合することによって得られた液晶電解質)と比較して、ヘキサゴナルカラムナー構造の100面からの回折に由来すると考えられるd値が、45Åから47Åへと2Å増加した。これは、液晶電解質が形成したカラムナー構造の中心に位置するイオン伝導チャンネル構造の内部にポリビニルアルコールが組織化されることで、カラムナー構造が膨張したことを示唆している。
【0040】
[比較例1]
双性イオン化合物(化合物1)とポリビニルアルコール(化合物3)から構成され、イオン液体を含まない組成物
イオン液体である化合物2を含まず、且つ、化合物1と化合物3の共通溶媒であるジメチルスルホキシドを水の代わりに用いて混合溶液を作製した以外は、例2のcと同様にして、得られた溶液を、ポリイミドテープを貼ったガラス基板上に塗布し、真空下で加熱乾燥を行った。水の代わりにジメチルスルホキシドを用いた理由は、化合物1単体が水に不溶であるためである。上記の加熱乾燥によって得られたものの写真を、
図3(a)左側に示す。この写真から、加熱乾燥を行った結果として得られたものは、例2とは異なり、自立性を示す膜ではないことがわかる。これは、化合物1が粉末状の結晶として高分子である化合物3から析出したためであると考えられる。
【0041】
[例3]
アクチュエータ
<a.電極フィルムの作製>
ガラス瓶の中で、電子伝導性高分子であるPEDOT-PSSの1.3重量%水溶液(Sigma-Aldrich製)に6.0体積%のエチレングリコールを添加し、撹拌して混合することにより均一溶液を作製した。次いで、この溶液をテフロンシャーレ内に移し、60℃で加熱乾燥し、さらに120℃で熱処理を施すことによって、自立性のあるPEDOT-PSS膜を得た。
【0042】
<b.アクチュエータ素子の作製>
例2の方法で得られた液晶電解質膜(厚み35μm、25℃におけるイオン伝導度3×10-5S/cm)を、自立性のある上記PEDOT-PSS膜を電極フィルム(厚み10μm)として2枚用いてこれらで挟み、プレス機を用いて圧着し、短冊状のアクチュエータ素子(長さ15mm,幅5mm,厚み40μm)を作製した。
【0043】
<c.アクチュエータの評価方法>
短冊状の上記アクチュエータ素子の片端に、集電体として銅箔を両面にのせ、自作のアクチュエータ評価装置に設置し、ファンクションジェネーレータからの矩形波をポテンショガルバノスタットにつないで、アクチュエータの電極端子に電圧印加した。アクチュエータに印加した電圧及びイオン移動に伴う電流をデータロガー(日置製)に記録した。アクチュエータの変位は、レーザー変位計(キーエンス製)により計測し、データロガーに記録した。これらの評価は室温で行った。
【0044】
<
d.アクチュエータの特性>
短冊状の上記アクチュエータ素子(
図6(a)参照)に、交流電圧1Vの矩形波を印加したところ、正極側に屈曲した。これは、
図6(b)に模式的に示すように、アクチュエータの負極側(図の下側)にサイズの大きいカチオンが蓄積されて、膨潤したためである。
【0045】
交流電圧1Vの矩形波を印加する際に、矩形波の周波数を0.1Hzとして電圧を印加した結果を、
図7(a)(b)(c)に示す。
図7(a)は、時間に対する電圧(交流0.1Hz,1V)と短冊状の上記アクチュエータの短冊端から5mmの位置における変位を示すグラフであり、
図7(b)及び
図7(c)は、それぞれ、0V印加時及び+1V印加時のアクチュエータの写真を示す。これらの図からわかるように、わずか1Vの交流電圧を周波数0.1Hzの矩形波として電圧印加した場合、短冊状のアクチュエータの短冊端から5mmの位置において、2mmの変位を確認することができた。
【0046】
一方、矩形波の周波数を1Hzとして電圧を印加した結果を、
図8(a)(b)(c)に示す。
図8(a)は、時間に対する電圧(交流1Hz,1V)と短冊状の上記アクチュエータの短冊端から5mmの位置における変位を示すグラフであり、
図8(b)及び
図8(c)は、それぞれ、0V印加時及び+1V印加時のアクチュエータの写真を示す。これらの図からわかるように、わずか1Vの交流電圧を周波数1Hzの矩形波として電圧印加した場合、短冊状のアクチュエータの短冊端から5mmの位置における変位量は、0.1Hzの場合と比べて減少し、1mmであることが確認された。
本発明によれば、双性イオン化合物及びイオン液体を含む液晶電解質とポリマーとを含む新規な液晶電解質膜を提供することができ、このような新規な液晶電解質膜を用いることにより、新規なアクチュエータ、圧電素子、及び/又は応力センサを提供することができる。このため、本発明は、優れた電気化学特性と機械的特性の双方の特性を備えつつ、軽量かつ省エネルギー性に優れ、今後需要が大幅に拡大すると見込まれるイオン伝導性液晶材料を活用し得る様々な分野で好適に用いられることが期待できる。