(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022174015
(43)【公開日】2022-11-22
(54)【発明の名称】酒石酸抵抗性酸性ホスファターゼ5b活性の測定法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/42 20060101AFI20221115BHJP
G01N 33/52 20060101ALI20221115BHJP
G01N 33/68 20060101ALI20221115BHJP
【FI】
C12Q1/42
G01N33/52 A
G01N33/68
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022076794
(22)【出願日】2022-05-07
(31)【優先権主張番号】P 2021079485
(32)【優先日】2021-05-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】000006770
【氏名又は名称】ヤマサ醤油株式会社
(72)【発明者】
【氏名】荒井 智
【テーマコード(参考)】
2G045
4B063
【Fターム(参考)】
2G045AA13
4B063QA01
4B063QA18
4B063QQ33
4B063QR13
4B063QR50
4B063QR57
4B063QR58
4B063QS28
4B063QX02
(57)【要約】
【課題】化学発光基質を用いた測定において、TRACP-5aおよびTRACP-5bのうち、TRACP-5bを選択的に検出可能な測定法を提供する。
【解決手段】生体由来の試料中の酒石酸抵抗性酸性ホスファターゼ5b(TRACP-5b)の測定において、基質として化学発光性1,2-ジオキセタン系化合物を使用し、かつ酵素反応時の緩衝剤として、MES、MOPSO、MOPS、BES、TESおよびHEPESから成る群より選ばれる1種または2種以上の緩衝剤を使用する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体由来の試料中の酒石酸抵抗性酸性ホスファターゼ5b(TRACP-5b)の測定において、基質として化学発光性1,2-ジオキセタン系化合物を使用し、かつ酵素反応時の緩衝剤として、MES、MOPSO、MOPS、BES、TESおよびHEPESから成る群より選ばれる1種または2種以上の緩衝剤を使用することを特徴とする、TRACP-5b活性の測定方法。
【請求項2】
化学発光性1,2-ジオキセタン系化合物が、アルカリ条件下において下記[化1]で表される物質を生じるものである、請求項1に記載の測定法。
【化1】
【請求項3】
化学発光性1,2-ジオキセタン系化合物が、Disodium 3-(4-methoxyspiro {1,2-dioxetane-3,2'-(5'-chloro)tricycle [3.3.1.1(3,7)]decan}-4-yl) phenyl phosphate(CSPD、Tropix社)、Disodium 4-chloro-3-(methoxyspiro {1,2-dioxetane-3,2'-(5'-chloro)tricyclo[3.3.1.1(3,7)]decan}-4-yl) phenyl phosphate(CDP-Star、Tropix社)、Disodium 3-(4-methoxyspiro {1,2-dioxetane-3,2'-tricyclo[3.3.1.1(3,7)]decan}-4-yl) phenyl phosphate(AMPPD、Tropix社)および4-methoxy-4-(3-phosphatephenyl)spiro [1,2-dioxetane-3,2'-adamantane], disodium salt(Lumigen PPD、Lumigen社)から成るより選ばれる、請求項1記載の測定法。
【請求項4】
酵素反応時の緩衝剤に、コバルトイオンまたはマンガンイオンを添加する、請求項1記載の測定法。
【請求項5】
生体由来の試料中の酒石酸抵抗性酸性ホスファターゼ5b(TRACP-5b)の測定に用いる測定キットであって、基質として化学発光性1,2-ジオキセタン系化合物を含み、また酵素反応時に用いる緩衝剤として、MES、MOPSO、MOPS、BES、TESおよびHEPESから成る群より選ばれる1種または2種以上の緩衝剤を含むことを特徴とする測定キット。
【請求項6】
酵素反応時の緩衝剤に、コバルトイオンまたはマンガンイオンを含む、請求項5記載の測定キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酒石酸抵抗性酸性ホスファターゼ5b活性の選択的な測定法に関する。
【背景技術】
【0002】
血清中に存在するホスファターゼには、前立腺由来酸性ホスファターゼ、破骨細胞由来酸性ホスファターゼ、赤血球由来酸性ホスファターゼ、血小板由来酸性ホスファターゼなどの種々の由来のものが知られている。とくに、反応中に酒石酸を添加した場合においても、その酵素活性が阻害されない、血清中の酒石酸抵抗性酸性ホスファターゼは、Tartrate-resistant Acid Phosphatase(TRACP)と呼ばれる。
【0003】
TRACPはさらに、糖鎖へのシアル酸の結合が多いTRACP-5aと、シアル酸の結合が少ないTRACP-5bとに分類され、5aはマクロファージ等に、5bは破骨細胞に由来する。中でもTRACP-5bは破骨細胞の機能を評価するための指標、たとえば骨吸収のマーカーとして重要と考えられている(非特許文献1)ことから、TRACP-5aおよびTRACP-5bのうち、TRACP-5bを選択的に測定する方法がこれまで検討されてきた。
【0004】
従来のTRACP-5bの選択的測定法としては、例えば、TRACP-5bと赤血球や血小板由来の酒石酸抵抗性酸性ホスファターゼ活性においてフッ素に対する感受性に差のあることを利用した測定法(特許文献1)や、試料中のTRACPを抗体に結合させた後に、結合したTRACP活性をpH5.7~6.3の間で測定する方法(特許文献2)、TRACP-5bに特異的に反応を示す基質である2-ハロ-4-ニトロフェニルリン酸誘導体を用いて酵素活性を測定する方法(特許文献3)などが報告されている。
【0005】
例えば、発色基質として2-クロロ-4-ニトロフェニルリン酸を用いることにより、TRACP-5bを感度よく特異的に測定する方法(特許文献3)では、特定の条件下におけるTRACP-5bとTRACP-5aの吸光度を測定し、TRACP-5bについての吸光度がTRAPC-5aについての吸光度に比べて十分に大きいことから、検体中のTRACP-5bを感度良く特異的に測定できるとしている。
【0006】
なお、これら従来のTRACP-5b測定法は、当該酵素に対する基質として、パラニトロフェニルリン酸(pNPP)や2-クロロ-4-ニトロフェニルリン酸(CNPP)といった発色基質を用いていた。これらの発色基質を用いた測定法では、十分な吸光度を得るために、酵素反応を長時間行うことが必要となる。これに対し、基質として化学発光基質を用いると、短時間で効率的に測定を行うことが可能となる。
【0007】
そして化学発光基質を用いてTRACP-5を測定した例としては、試料中のTRACPと、化学発光性1,2-ジオキセタン系化合物とを酸性条件下で反応させた後、反応溶液をアルカリ条件にして発光強度を測定する方法が知られる(特許文献4、非特許文献2)。しかしながら当該文献では、ヒト血清よりカラム部分精製したTRACP-5aまたはTRACP-5b溶液を用いてTRACPの活性を測定したとき、酵素活性当たりの化学発光強度が良好な直線性を示したことは示しているものの、当該測定において、TRACP-5bを選択的に測定することについては全く記載討しておらず、そのための適切な緩衝液の選択等を含む測定条件の検討も一切行っていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平10-337198
【特許文献2】特表2002-510050
【特許文献3】WO2004/077059
【特許文献4】特開2011-024470
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】日本臨床 57,188-191,1999年
【非特許文献2】Clinica Chimica Acta 329, 109-115, 2003年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
したがって本願発明は、化学発光基質を用いた測定において、TRACP-5aおよびTRACP-5bのうち、TRACP-5bを選択的に検出可能な測定法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本願発明者は上記課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、化学発光性1,2-ジオキセタン系化合物を基質とし、かつ反応において特定の種別の緩衝液を用いて測定を行うと、TRACP-5aに対してTRACP-5bがきわめて強く検出され、TRACP-5bを選択的に測定することが可能であることを見出し、本願発明を完成させた。
【発明の効果】
【0012】
本願発明の方法は、従来の発色基質を使用したTRACP-5b測定法と比較しても、より明確に、TRACP-5aに対し、TRACP-5bを選択的に検出することが可能である。したがって本願の方法によれば、TRACP-5bをマーカーとする疾患の診断を行う際においても有用であると考えられる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本願の酒石酸抵抗性酸性ホスファターゼ活性の測定法では、目的試料に化学発光性1,2-ジオキセタン系化合物を添加して酵素反応させ、その結果生じる化学発光を検出すること、また当該反応時における緩衝液として、MES、MOPSO、MOPS、BES、TESおよびHEPESから成る群より選ばれる緩衝剤を使用することを特徴とするものである。
【0014】
本願発明の方法で使用する試料は、酒石酸抵抗性酸性ホスファターゼを含有するものであれば特に制限されない。具体的には、血清、血漿、尿、唾液等を例示することができ、特に血清が使用に好適である。また、これらを必要に応じて適宜精製したものであっても良い。
【0015】
本願発明の方法で使用する化学発光性1,2-ジオキセタン系化合物とは、ホスファターゼの基質となり、ホスファターゼとの反応時に開裂して、下記[化1]で表されるような物質を生じる化合物であれば、特に制限されない。
【0016】
【0017】
このような化学発光性1,2-ジオキセタン系化合物の例としては、Disodium 3-(4-methoxyspiro {1,2-dioxetane-3,2'-(5'-chloro)tricycle [3.3.1.1(3,7)]decan}-4-yl) phenyl phosphate(CSPD、Thermo Fisher SCIENTIFIC社)、Disodium 4-chloro-3-(methoxyspiro {1,2-dioxetane-3,2'-(5'-chloro)tricyclo[3.3.1.1(3,7)]decan}-4-yl) phenyl phosphate(CDP-Star、Thermo Fisher SCIENTIFIC社)、Disodium 3-(4-methoxyspiro {1,2-dioxetane-3,2'-tricyclo[3.3.1.1(3,7)]decan}-4-yl) phenyl phosphate(AMPPD、Tropix社)、4-methoxy-4-(3-phosphatephenyl)spiro [1,2-dioxetane-3,2'-adamantane], disodium salt(Lumigen PPD、Lumigen社)などを挙げることができる。あるいは、アクセス基質液(ベックマン・コールター社)のような、4-methoxy-4-(3-phosphatephenyl)spiro [1,2-dioxetane-3,2'-adamantane], disodium saltを成分として含む全自動化学発光免疫測定機専用発光基質液や、ルミジェンPPD(富士フィルム和光純薬社)のような粉末上の発光基質を2-Amino-2-methyl-1-propanolバッファー(0.75M, pH 9.6)に溶かして用いる場合などを挙げることができる。
【0018】
これらの市販の1,2-ジオキセタン系化合物を含む発光基質液はpH9以上のアルカリ性溶液であるため、そのままでは酒石酸抵抗性酸性ホスファターゼ活性を測定することができない。酒石酸抵抗性酸性ホスファターゼ活性を測定するためには、緩衝液を混合し、酵素反応時のpHを酒石酸抵抗性酸性ホスファターゼ活性測定に適したpHに調整する必要がある。緩衝液と市販の発光基質液は、予め混合してから酒石酸抵抗性酸性ホスファターゼと反応させてもよいし、酒石酸抵抗性酸性ホスファターゼに対して先に緩衝液を加えて、続いて市販の発光基質液を加えて反応させてもよい。特に、後者の方法であれば自動分析装置のように予め緩衝液と発光基質液を混合しておくことが難しい場合においても、緩衝液、発光基質液を順に加えることで酵素反応が可能になる。
【0019】
本願発明の方法では、反応における緩衝剤として、MES(2-(N-morpholino) ethanesulfonic acid)、MOPSO(3-(N-morpholino) propanesulfonic acid)、MOPS(3-morpholinopropanesulfonic acid)、BES(N,N-Bis (2-hydroxyethyl)-2-aminoethanesulfonic acid)、TES(N-Tris(hydroxymethyl) methyl-2-aminoethanesulfonic acid)およびHEPES(2-[4-(2-Hydroxyethyl)-1-piperazinyl] ethanesulfonic acid)から成る群より選ばれる緩衝剤を使用することを特徴とする。
【0020】
緩衝剤は、単独の種類を用いても良く、反応に支障を生じない範囲で2種以上の緩衝剤を組み合わせて用いても良い。これらの緩衝剤を使用することにより、TRACP-5b活性をより選択的に測定することが可能となる。
【0021】
これらの酵素反応時における緩衝剤には、さらに金属イオンとしてコバルトイオンまたはマンガンイオンを用いることが可能である。これらの金属イオンを共存させることにより、TRACP-5aに対してTRACP-5bの選択性をさらに高めることが可能となる。
【0022】
これらの金属イオンの緩衝液中の濃度はとくに限定されないが、酵素反応時の緩衝液中に0.001~100mM、さらに0.01~10mMの範囲であることが好ましい。これらの金属イオンは、塩化物、硫酸塩、酢酸塩、硝酸塩等の水溶性金属塩として添加しても良い。
【0023】
上記の他にも、反応への阻害等がない限りにおいて、反応液には他の成分を含有させることが可能である。含有させることが可能な成分として、酒石酸ナトリウムなどを挙げることができる。
【0024】
本願発明の方法は、試料に基質として上記化学発光性1,2-ジオキセタン系化合物を添加して酵素反応させ、反応の結果生じる化学発光を検出し、また当該反応時における緩衝液として、MES、MOPSO、MOPS、BES、TESおよびHEPESから成る群より選ばれる1種または2種以上の緩衝剤を使用するものである。
【0025】
酵素反応条件は、用いる緩衝剤や基質の種別に応じて適宜調節することが可能であるが、反応時、すなわち緩衝液と発光基質を混合した後の反応液のpH5~7であることが好ましく、pH6.4~6.9であることが、よりTRACP-5bへの特異性を高める等の点において好ましい。反応温度は30~45℃であることが好ましく、35~40℃であることがより好ましい。反応時間は5~60分程度とすることが好ましい。反応系に添加する基質の使用量は、小規模試験により決定すればよく、具体的には0.01~50mM、好ましくは0.1~10mMの範囲から適宜選定される。これらの好ましい範囲においては、5b/5aのRLU測定値の比の値がとくに大きくなり、5bの選択的測定に適する。
【0026】
反応終了後、化学発光を生じさせるため、反応溶液をアルカリ性にする。アルカリ条件に変化させるには、たとえば、水酸化ナトリウム水溶液、水酸化カリウム水溶液など任意の強塩基を反応溶液に添加すればよい。強塩基の添加量としては、化学発光が生じる程度、具体的には反応溶液のpHが10以上になるまで強塩基を添加することで、化学発光を誘導することができる。
【0027】
化学発光の測定は、通常用いられている方法を使用することができ、たとえば汎用のルミノメーターでの測定が可能である。
【0028】
また、本願発明の測定法は、酒石酸抵抗性酸性ホスファターゼに関する免疫学的手法を組み合わせることで、TRACP-5bをマーカーとする疾患の診断等に応用することもできる。
【0029】
診断等への応用の一例としては、TRAP5aおよび/または5bに特異的に結合するモノクローナル抗体、ポリクローナル抗体、またはF(ab’)2、Fab’、Fabなどの活性フラグメントを任意の固相に固相化し、目的試料と反応させることで、試料中のTRACP-5aおよび/または5bを捕捉する。その後、当該捕捉したTRACP-5を、MES、MOPSO、MOPS、BES、TESおよびHEPESから成る群より選ばれる1種または2種以上の緩衝剤の存在下で、化学発光性1,2-ジオキセタン系化合物と反応させ、反応条件をアルカリ条件にして発光を生じさせてから、化学発光強度を測定すればよい。このような方法を用いれば、TRACP-5bの活性を、より選択的にかつ短時間に測定することが可能となる。
【0030】
本願発明はまた、生体由来の試料中のTRACP-5bの測定に用いる測定キットであって、基質として化学発光性1,2-ジオキセタン系化合物を含み、また酵素反応時に用いる緩衝剤として、MES、MOPSO、MOPS、BES、TESおよびHEPESから成る群より選ばれる1種または2種以上の緩衝剤を含むことを特徴とする測定キットである。
【0031】
当該本願発明の測定キットは、たとえば、
(1)試薬を分注するためのマイクロプレート、
(2)化学発光性1,2-ジオキセタン系化合物を含む化学発光基質、
(3)MES、MOPSO、MOPS、BES、TESおよびHEPESから成る群より選ばれる1種または2種以上の緩衝剤を含むことを特徴とする酵素反応時に用いる緩衝剤、
(4)酵素反応停止用試薬
などから構成されていても良い。また、これらの他に、試料の前処理用試薬、標準試薬など測定法に応じた適当な試薬を適宜選択し、測定キットに添付しても良い。
【0032】
(1)のマイクロプレートには、公知のTRACP-5に特異的に反応する抗体が固相されていても良い。また、マイクロプレートの代わりに公知のTRACP-5に特異的に反応する抗体を固相した粒子でも良く、公知のTRACP-5に特異的に反応する抗体を含む溶液と、その抗体に反応する二次抗体を結合した粒子でも良い。また、(3)の緩衝剤には、金属イオンとしてコバルト(II)イオンまたはマンガン(II)イオンをさらに含んでいても良い。これらの金属イオンの緩衝液中の濃度はとくに限定されないが、酵素反応時の緩衝液中に0.001~100mM、さらに0.01~10mMの範囲であることが好ましい。これらの金属イオンは、塩化物、硫酸塩、酢酸塩、硝酸塩等の水溶性金属塩として添加されていても良い。
【実施例0033】
以下、本願発明を実施例等により説明するが、本願発明はこれらによって何ら制限されるものではない。
【0034】
(実験例:TRACP-5aとTRACP-5bの測り分けのための測定系)
TRACP-5b(以下、実施例中では、それぞれ「5a」「5b」と表記する場合がある)活性の選択的測定法を検討するに当たり、吸光度測定時における5bの吸光度測定値と5aの吸光度測定値の比(以下、「5b/5a」と表記する場合がある)を、両者の測り分けの指標とすべく、予備的な検討を行った。なお、発光測定の場合には吸光度の代わりに発光強度(RLU)を用いて、5bの発光強度測定値と5aの発光強度測定値の比(以下、「5b/5a」と表記する場合がある)を、両者の図り分けの指標とした。
【0035】
すなわち、基質としてpNPPを用いた発色ISEA(Immunoselective Enzyme Assay)法にて、5b、5aそれぞれに対する吸光度比5b/5aがおよそ1となるよう、反応系に対するTRACP-5b、TRACP-5aの添加量を検討した。
【0036】
ISEAによる測定は、下記のプロトコルに従って行った。なお、以下の実施例におけるISEA測定も、格別の付記がない限り下記のプロトコルに従って実施した。
【0037】
<ISEAプロトコル>
抗ヒトTRACP-5マウスモノクローナル抗体15A4(ヤマサ醤油)を固相した96ウェルマイクロプレートに測定サンプルを50μL添加し、25℃で60分間撹拌反応した。反応後、界面活性剤を含むトリス緩衝液を用いて洗浄操作を行った。次に酵素反応を行った。発光基質を用いる場合は、緩衝液70μLをウェルに添加し、続いて発光基質液を30μL添加し、37℃で10分間撹拌反応した。発色基質を用いる場合、例えばp-NPPを用いる場合においては、4mg/mLとなるようにp-NPPを溶解した緩衝液100μLをウェルに添加し、37℃で60分間撹拌反応した。
酵素反応後、1M NaOHを100μL/ウェル加えて反応を停止した。発光検出の場合はマイクロプレートリーダーのルミノメーターを使用して発光測定を行い、発色検出の場合はマイクロプレートリーダーで主波長405nm、副波長490nmで吸光度測定を行った。
【0038】
測定の結果、リコンビナント5aとしてrTRACP-5(ヤマサ醤油)を20ng/mLに希釈して用い、リコンビナント5bとしてニットーボーメディカル社キットオステオリンクス「TRAP-5b」に付属の標準液を0.64ng/mLに希釈して用いたとき、5b、5aの吸光度比5b/5aがおよそ0.8~0.9となった。検体希釈液の組成は、1% BSA、HEPES pH7.4、0.05% Tween20、0.1% Proclin950とした。
【0039】
したがって以下の試験では、上記測定条件に従い、リコンビナント5aの濃度を20ng/mL、リコンビナント5bの濃度を0.64ng/mLに設定し、評価を行った。
【0040】
(実施例1:基質の検討-1)
基質として、発色基質であるpNPP、化学発光基質であるAPS-5、Lumigen PPD、CDP-Starを用いて、pH5.5、6.0、6.5、6.9のそれぞれの条件下における5aと5bをISEA測定し、シグナル(吸光度・RLU)およびシグナル比(5b/5a)を算出した。なお、用いた化学発光基質のうち、Lumigen PPDおよびCDP-Starは化学発光性1,2-ジオキセタン系化合物であるのに対し、APS-5は化学発光性1,2-ジオキセタン系化合物に相当しない。
【0041】
各基質を使用したときの5b/5aの算出値を表1に示す。なお、表中のpHは緩衝剤と発光基質液を混合した後の値を示している。緩衝剤の組成は0.8M MES、50mM 酒石酸ナトリウムとした。
【0042】
【0043】
同様に、発色基質であるpNPPおよび化学発光基質であるLumigen PPDについて、抗体を介さない酵素活性測定における、シグナル比(5b/5a)を算出した。酵素活性測定法は、下記の方法によって実施した。
【0044】
<酵素活性測定法プロトコル>
抗体を結合していない96ウェルマイクロプレートに測定サンプルを10μL添加した。発光基質を用いる場合は、緩衝液と発光基質液を7:3で混合した液を90μL添加し、37℃で10分間撹拌反応した。発色基質を用いる場合、例えばp-NPP(「pNPP」に同じ、以下同様)を用いる場合においては、4mg/mLとなるようにp-NPPを溶解した緩衝液90μLをウェルに添加し、37℃で60分間撹拌反応した。酵素反応後、1M NaOHを100μL/ウェル加えて反応を停止した。発光検出の場合はマイクロプレートリーダーのルミノメーターを使用して発光測定を行い、発色検出の場合はマイクロプレートリーダーで主波長405nm、副波長490nmで吸光度測定を行った。
【0045】
各基質を使用したときの5b/5aの算出値を表2に示す。なお、表中のpHは緩衝剤と発光基質液を混合した後の値を記載した。緩衝剤の組成は0.8M MES、50mM 酒石酸ナトリウムとした。
【0046】
【0047】
結果、基質として、化学発光基質であって、かつ化学発光性1,2-ジオキセタン系化合物であるLumigen PPDおよびCDP-Starを用いたときには、発色基質であるpNPPを用いた場合と比べて5b/5aの値が大きく向上しており、TRACP-5bをより選択的に測定できていることが明らかになった。なお、この傾向はすべての化学発光基質に対してみられるものではなく、化学発光基質であっても、化学発光性1,2-ジオキセタン系化合物に相当しないAPS-5を用いた場合には、5b/5aの値の改善はみられなかった。
【0048】
(実施例2:基質の検討―2)
さらに、基質として発色基質であるCNPPを用いたときと、化学発光基質であるLumigen PPDを用いたときについても比較を実施した。基質として、発色基質であるCNPP、化学発光基質であるLumigen PPDを用いて、各pH条件下における5aと5bをISEA測定し、シグナル(吸光度・RLU)およびシグナル比(5b/5a)を算出した。なお、CNPPは従来技術においても、TRACP-5bを特異的に測定するのに適するとされてきた基質である。
【0049】
測定による5b/5aの算出値を表3に示す。なお、表中のpHは緩衝剤と発光基質液を混合した後の値を示している。
【0050】
【0051】
結果、基質として、化学発光基質であって、かつ化学発光性1,2-ジオキセタン系化合物であるLumigen PPDを用いたときには、発色基質であるpNPPやCNPPを用いた場合と比べて5b/5aの値が大きく向上しており、TRACP-5bをより選択的に測定できていることが明らかになった。
【0052】
したがって、従来TRACP-5bを選択的に測定するのに適するとされてきたpNPPやCNPPを使用した場合と比べ、Lumigen PPDのような化学発光性1,2-ジオキセタン系化合物を使用した際には、さらに選択的にTRACP-5bを測定できるものであることが明らかになった。
【0053】
(実施例3:緩衝剤の検討-1)
緩衝剤の種別により、5b/5a値への影響を検討するため、基質としてLumigen PPDおよびpNPPを用いたISEA法において、様々な緩衝剤を使用した場合における5b/5a比を算出した。緩衝剤として、MES、Piperazine-1,4-bis(2-ethanesulfonic acid)(PIPES)、N-(2-Acetamido) iminodiacetic acid(ADA)、MOPSO、Bis(2-hydroxyethyl)iminotris(hydroxymethyl)methane(Bis-Tris)、N-(2-Acetamido)-2-aminoethanesulfonic acid(ACES)、酢酸緩衝液およびクエン酸緩衝液を用いた。いずれの測定においても、発光基質液混合後のpHは6.4~6.7の範囲とした。各緩衝液には酒石酸ナトリウムを50mMになるように加えた。結果を表3に示す。
【0054】
【0055】
結果、LumigenPPDを基質として5b/5a比を求めた結果においては、緩衝剤としてMES、MOPSOを使用したときに5b/5a比の値がきわめて高く、5bをより選択的に測定できることが明らかになった。一方、他の緩衝剤を用いたときには、5b/5aはMESやMOPSOと比べて低い値となった。
【0056】
なお上記緩衝剤の種別による5b/5aの値への影響は、化学発光基質を使用して測定を行った場合に限ってみられるものであり、発色基質であるpNPPを使用したときには、同様の傾向は全く生じていなかった。
【0057】
(実施例4:緩衝剤の検討-2)
緩衝剤の種別による5b/5a値への影響をさらに検討した。
各種の緩衝剤について、実施例3と同様に、LumigenPPDを基質としたISEA法にて5b、5aの活性を測定し、5b/5aのシグナル比を算出した。結果を表4-7に示す。
【0058】
【0059】
【0060】
【0061】
【0062】
上記表4-表7に示すように、緩衝剤としてMES、MOPSO、MOPS、BES、TESおよびHEPESを選んだ時には、5b/5a比は4.8以上と高い値をとり、5bを選択的に測定するためにはこれらの中から緩衝剤を選択することが有用であることが明らかになった。
【0063】
(実施例5:金属イオンの検討)
反応系に共存させる金属イオンの種類を検討した。実施例3と同様に、LumigenPPDを基質としたISEA法にて5b、5aの活性を測定し、5b/5aのシグナル比を算出した。この際、緩衝剤としては50mMの酒石酸ナトリウムを含む0.8M MES(pH6.5)を用いた。緩衝剤に添加する金属化合物としては、塩化鉄(II)四水和物、塩化鉄(III)六水和物、塩化銅(II)二水和物、塩化マンガン(II)四水和物、塩化ニッケル(II)六水和物、塩化コバルト(II)六水和物、塩化マグネシウム六水和物、塩化亜鉛、塩化リチウム、塩化カルシウムを使用した。発光基質と緩衝剤の混合後の反応液のpHは6.9であった。
【0064】
添加した金属イオンの種類と濃度、およびそれぞれの添加時における5b/5aの算出値を下記表8に示す。
【0065】
【0066】
上記の測定結果から、金属イオンとしてマンガンイオンまたはコバルトイオンを添加することにより、金属イオンを添加しなかった場合と比べて、5b/5aの値がさらに大きくなり、TRACP-5bの測定により適する系となることが明らかになった。
【0067】
(実施例6:血清由来TRACPによる検討)
リコンビナントTRACP5bまたは5aだけでなく、血清由来のTRACPにおいても、同様の効果が得られるかについて検討を行った。ISEAによる測定は、下記のプロトコルに従って行い、測定サンプルとして、ヒト血清からCM-セファロースにより部分精製したTRACP-5aおよびTRACP-5bを使用した。測定の際、血清由来5aの濃度を11.2ng/mL、血清由来5bの濃度を4.5ng/mLとなるように調製した。
【0068】
<ISEAプロトコル>
抗ヒトTRACP-5マウスモノクローナル抗体15A4(ヤマサ醤油)を固相した96ウェルマイクロプレートに測定サンプルを50μL添加し、25℃で60分間撹拌反応した。反応後、界面活性剤とHEPES緩衝液を含む生理食塩水を用いて洗浄操作を行った。次に酵素反応を行った。発光基質(Lumigen PPD)を用いる場合は、緩衝液70μLをウェルに添加し、続いて発光基質液を30μL添加し、37℃で10分間撹拌反応した。発色基質(pNPP)を用いる場合、4mg/mLとなるようにpNPPを溶解した緩衝液100μLをウェルに添加し、37℃で60分間撹拌反応した。
酵素反応後、1M NaOHを100μL/ウェル加えて反応を停止し、マイクロプレートリーダーのルミノメーターを使用して発光測定を行った。
【0069】
吸光度比5b/5aの算出値を表9に示す。なお、表中のpHは緩衝剤と発光基質液を混合した後の値を示している。なお発光基質にはLumigen PPDを用い、酵素反応時の緩衝剤としては、MES、BES、ADA、MOPSおよびクエン酸を使用した。緩衝剤の組成は0.8M MES、50mM 酒石酸ナトリウムとした。
【0070】
【0071】
結果、血清由来のTRACPを測定する場合でも、緩衝剤としてMES、BES、MOPSを使用したときに5b/5aの値が大きく、ADA、クエン酸を使用したときと比較して、5bを選択的に測定できることが明らかになった。
【0072】
同様に、酵素反応時の緩衝液に金属イオンを添加したときの効果も検討した。金属イオンとしては、塩化マンガン(II)四水和物、または塩化コバルト(II)六水和物を用いた。発光基質としてLumigen PPDまたは発色基質としてpNPPを用い、酵素反応時の緩衝剤としてはMESを使用した。結果を下記表10に示す。
【0073】
【0074】
結果、血清由来のTRACPを測定する場合でも、緩衝剤にさらに金属イオン(マンガン、コバルト)を添加することによって、金属イオンを添加しなかった場合と比べて、5b/5aの値がさらに大きくなり、TRACP-5bの測定により適する系となることが明らかになった。