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  • 特開-経口用医薬組成物及びその製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022174317
(43)【公開日】2022-11-22
(54)【発明の名称】経口用医薬組成物及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/5377 20060101AFI20221115BHJP
   A61P 9/00 20060101ALI20221115BHJP
   A61K 47/04 20060101ALI20221115BHJP
   A61K 47/12 20060101ALI20221115BHJP
   A61K 47/32 20060101ALI20221115BHJP
   A61K 47/34 20170101ALI20221115BHJP
   A61K 47/38 20060101ALI20221115BHJP
   A61K 47/18 20060101ALI20221115BHJP
   A61K 47/22 20060101ALI20221115BHJP
【FI】
A61K31/5377
A61P9/00
A61K47/04
A61K47/12
A61K47/32
A61K47/34
A61K47/38
A61K47/18
A61K47/22
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022152235
(22)【出願日】2022-09-26
(62)【分割の表示】P 2022529745の分割
【原出願日】2021-07-01
(31)【優先権主張番号】P 2020114978
(32)【優先日】2020-07-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2021011901
(32)【優先日】2021-01-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】520242229
【氏名又は名称】ARTham Therapeutics株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100138210
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 達則
(72)【発明者】
【氏名】田中 晃
(72)【発明者】
【氏名】鮒谷 千明
(72)【発明者】
【氏名】倉 健一
(72)【発明者】
【氏名】木村 直
(57)【要約】
【課題】pH依存性の溶解プロファイルを有する医薬活性成分を経口投与するための、消化管内pHによらず優れた吸収効率を達成することが可能な医薬組成物を提供する。
【解決手段】pH依存性の溶解プロファイルを有する医薬活性成分と、無機又は有機の酸と、親水性ポリマーとを含む経口用医薬組成物。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ART-001(セラベリシブ)と、無機又は有機の酸と、親水性ポリマーとを含むドライシロップ剤である経口用医薬組成物であって、ここで無機又は有機の酸が、リン酸、塩酸、クエン酸、リンゴ酸、酒石酸、アスコルビン酸、フマル酸、コハク酸、アスパラギン酸、乳酸、酢酸、グルタミン酸、及びアジピン酸から選択される1種又は2種以上の酸である、経口用医薬組成物。
【請求項2】
無機又は有機の酸として、少なくともリン酸、クエン酸、酒石酸、及びグルタミン酸から選択される酸を含む、請求項1に記載の経口用医薬組成物。
【請求項3】
親水性ポリマーが、ポリビニルアルコール、ポビドン、ヒプロメロース、コポリビドン、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリビニルアルコール・ポリエチレングリコール・グラフトコポリマー、ヒプロメロースフタル酸エステル、及びヒプロメロース酢酸エステルコハク酸エステルから選択される1種又は2種以上のポリマーである、請求項1又は2に記載の経口用医薬組成物。
【請求項4】
ART-001(セラベリシブ)の含有率が2~40質量%の範囲である、請求項1~3の何れか一項に記載の経口用医薬組成物。
【請求項5】
ART-001(セラベリシブ)1質量部に対する無機又は有機の酸の含有割合が0.1~10質量部の範囲である、請求項1~4の何れか一項に記載の経口用医薬組成物。
【請求項6】
ART-001(セラベリシブ)1質量部に対する親水性ポリマーの含有割合が0.02~5質量部の範囲である、請求項1~5の何れか一項に記載の経口用医薬組成物。
【請求項7】
請求項1~6の何れか一項に記載の経口用医薬組成物を製造する方法であって、ART-001(セラベリシブ)、無機又は有機の酸、及び親水性ポリマーを含む混合物を湿式造粒し、乾燥することを含む方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、pH依存性の溶解プロファイルを有する医薬活性成分を投与するための経口用医薬組成物及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
医薬活性成分を経口投与するための医薬組成物は、対象の消化管による医薬活性成分の安定的な吸収を達成するべく、一定の溶解特性を示すことが好ましい。しかし、消化管内のpHは一定ではなく、特に胃内のpHは個体間の差が大きい上に、同一個体内でも体調や食事の内容等の条件によって大きな変動がある。よって、特にpH依存性の溶解プロファイルを有する医薬活性成分の場合、これを経口投与し、安定的に吸収させるのは極めて困難である。
【0003】
斯かるpH依存性の溶解プロファイルを有する医薬活性成分の例として、出願人が現在開発中の化合物ART-001(化合物名:セラベリシブ)が挙げられる。ART-001の化学式を以下に示す。ART-001は、血管奇形等の疾患に治療効果を示す医薬活性成分として、現在臨床試験が進められている。
【0004】
【化1】
【0005】
ART-001は、酸性溶液中で高い溶解性を示す一方で、中性~塩基性溶液中では極端に溶解性が低下するpH依存的な溶解プロファイルを有することが報告されている(非特許文献1)。ART-001は、過去に実施された進行性固形癌患者における臨床第I相試験において、薬物動態に高度なばらつきを認め、治療効果も限定的であった(非特許文献2)。ART-001は、健康成人における薬物動態試験においても顕著な薬物動態のばらつきを示した(非特許文献1)。さらに、同試験において、プロトンポンプ阻害剤(ランソプラゾール)の共投与によって胃酸の分泌を抑え、胃内pHを中性に調整したところ、ART-001の吸収が顕著に低下した。これらの所見から、胃内pHの変動が、ART-001の消化管内における溶解性及び吸収性に大きな影響を与えることが示唆された。また、ART-001と同様の作用機序を有するアルペリシブにおいても、pHに依存した溶解性および臨床試験における薬物動態のばらつきが確認されている(非特許文献3、4)。このように、pH依存的な溶解プロファイルを有する難溶性の医薬活性成分において、胃内のpHによらず安定して吸収される製剤の開発は、安定的な薬物動態の維持及び治療効果の発現のために望まれている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Clinical Pharmacology in Drug Development, 2019年, Vol.8, No.5, pp.637-646
【非特許文献2】Clinical Cancer Research, 2017年, Vol.23, No.17, pp.5218-5224
【非特許文献3】FDA / CENTER FOR DRUG EVALUATION AND RESEARCH, APPLICATION NUMBER: 212526Orig1s000 PRODUCT QUALITY REVIEW(S)(承認日2019年5月24日)
【非特許文献4】FDA / CENTER FOR DRUG EVALUATION AND RESEARCH, APPLICATION NUMBER: 212526Orig1s000 MULTI-DISCIPLINE REVIEW
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたもので、pH依存性の溶解プロファイルを有する医薬活性成分を経口投与するための医薬組成物であって、消化管内pHによらず優れた吸収効率を達成することが可能な医薬組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は鋭意検討の結果、斯かるpH依存性の溶解プロファイルを有する医薬活性成分を、無機又は有機の酸、及び、親水性ポリマーと共に製剤化することにより、消化管内pHによらず優れた吸収効率を達成することが可能な医薬組成物が得られることを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
即ち、本発明の趣旨は、例えば以下に関する。
[項1]pH依存性の溶解プロファイルを有する医薬活性成分と、無機又は有機の酸と、親水性ポリマーとを含む経口用医薬組成物。
[項2]医薬活性成分が、π共役系を有する芳香族化合物である、項1に記載の経口用医薬組成物。
[項3]医薬活性成分が、下記一般式Iで表される構造を有する化合物である、項1又は2に記載の経口用医薬組成物。
【化2】
(式中、
環Aは、1又は2以上の置換基を有していてもよい、5~16員の単環式又は縮合二環若しくは三環式の芳香族炭化水素基又は芳香族複素環式基を表し、
環Bは、1又は2以上の置換基を有していてもよい、5~12員の単環式又は縮合二環式の芳香族炭化水素基又は芳香族複素環式基を表し、
Lは、1又は2以上の置換基を有していてもよい、二価又は三価の連結基を表し、
pは、0又は1の整数を表し、
qは、1又は2の整数を表し、
rは、1又は2の整数を表す。)
[項4]医薬活性成分が、ART-001(セラベリシブ)、アルペリシブ、アファチニブ、ゲフィチニブ、ボスチニブ、アレクチニブ、パルボシクリブ、タセリシブ、及びコパンリシブから選択される1種又は2種以上の化合物である、項1~3の何れか一項に記載の経口用医薬組成物。
[項5]医薬活性成分のpH2.5での溶解性に対するpH6での溶解性の比率が、50%以下、又は30%以下、又は20%以下、又は10%以下、又は5%以下である、項1~4の何れか一項に記載の経口用医薬組成物。
[項6]無機又は有機の酸が、リン酸、塩酸、クエン酸、リンゴ酸、酒石酸、アスコルビン酸、フマル酸、コハク酸、アスパラギン酸、乳酸、酢酸、グルタミン酸、及びアジピン酸から選択される1種又は2種以上の酸である、項1~5の何れか一項に記載の経口用医薬組成物。
[項7]親水性ポリマーが、ポリビニルアルコール、ポビドン、ヒプロメロース、コポリビドン、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリビニルアルコール・ポリエチレングリコール・グラフトコポリマー、ヒプロメロースフタル酸エステル、及びヒプロメロース酢酸エステルコハク酸エステルから選択される1種又は2種以上のポリマーである、項1~6の何れか一項に記載の経口用医薬組成物。
[項8]医薬活性成分の含有率が、2質量%以上、又は5質量%以上、又は10質量%以上、又は15質量%以上、また、40質量%以下、又は35質量%以下、又は30質量%以下、又は25質量%以下である、項1~7の何れか一項に記載の経口用医薬組成物。
[項9]医薬活性成分1質量部に対する無機又は有機の酸の含有割合が、0.1質量部以上、又は0.3質量部以上、又は0.5質量部以上、また、10質量部以下、又は7.5質量部以下、又は5質量部以下の範囲である、項1~8の何れか一項に記載の経口用医薬組成物。
[項10]医薬活性成分1質量部に対する親水性ポリマーの含有割合が、0.02質量部以上、又は0.05質量部以上、又は0.1質量部以上、また、5質量部以下、又は3質量部以下、又は2質量部以下の範囲である、項1~9の何れか一項に記載の経口用医薬組成物。
[項11]ドライシロップ剤である、項1~10の何れか一項に記載の経口用医薬組成物。
[項12]項1~11の何れか一項に記載の経口用医薬組成物を製造する方法であって、医薬活性成分、無機又は有機の酸、及び親水性ポリマーを含む混合物を湿式造粒し、乾燥することを含む方法。
[項13]項12に記載の方法により製造される経口用医薬組成物。
【発明の効果】
【0010】
本発明の経口用組成物の一態様によれば、pH依存性の溶解プロファイルを有する医薬活性成分を経口投与した場合に、消化管内pHによらず優れた吸収効率を達成することが可能である。また、本発明の経口用組成物の一態様によれば、従来のカプセル剤や錠剤等の剤形を用いて投与した場合に比べ、個人間のばらつきを抑えた安定した薬物動態を得ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】ART-001のドライシロップ製剤(本発明の医薬組成物)を健常成人に単回投与した時のART-001の血漿中濃度推移を表すグラフである。平均値±標準偏差。
図2】ART-001のドライシロップ製剤(本発明の医薬組成物)を健常成人に7日間反復投与した時のART-001の血漿中濃度推移を表すグラフである。投与2日目から投与6日目までは前日の投与から24時間のみ採血を行った。平均値±標準偏差。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を具体的な実施の形態に即して詳細に説明する。但し、本発明は以下の実施の形態に束縛されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において、任意の形態で実施することが可能である。また、以下に記載する種々の態様のうち、任意の2以上の態様を組み合わせた態様も、その定義や文脈から明らかに矛盾する場合を除き、本発明の範囲に含まれるものとする。
【0013】
[経口用医薬組成物]
本発明の一態様は、pH依存性の溶解プロファイルを有する医薬活性成分を経口投与するための医薬組成物(適宜「本発明の医薬組成物」と称する。)に関する。本発明の医薬組成物は、斯かるpH依存性の溶解プロファイルを有する医薬活性成分に加えて、無機又は有機の酸と、親水性ポリマーとを含有する。
【0014】
こうした組成を有する本発明の医薬組成物によれば、pH依存性の溶解プロファイルを有する医薬活性成分を経口投与した場合に、消化管内pHによらず優れた吸収効率を達成することが可能である。実際に、本発明者等の検討によれば、pH依存性の溶解プロファイルを有する医薬活性成分の投与に本発明の医薬組成物を用いたところ、後述の実施例に示すように、動物投与試験において、消化管内pHによらず優れた吸収効率を達成できることが示されたほか(実施例[3.ART-001ドライシロップ製剤の評価]欄参照)、ヒト投与試験においても、従来のカプセル剤や錠剤を用いて投与した場合に比べ(参考文献:Juric et al., Clin. Cancer Res., (2017), 23[17]:5015-5023、Patel et al., Clin. Pharmacol. Drug Dev., (2019), 8[5]:637-646)、個人間のばらつきを抑えた安定した薬物動態を得られることが示された(実施例[4.ART-001ドライシロップ製剤の血中薬物動態の検討]欄参照)。斯かるドライシロップ製剤によって得られるタイトで安定した薬物動態は、有効性が期待される血中曝露を得るための用量選択を容易にすると共に、高い曝露量による副作用の回避も可能にする。
【0015】
・pH依存性の溶解プロファイルを有する医薬活性成分:
本発明の医薬組成物は、pH依存性の溶解プロファイルを有する医薬活性成分を含有する。
【0016】
本開示において「医薬活性成分」とは、医薬に含有される成分であって、所望の適応に関する生理活性を発揮する成分を意味する。本開示における医薬活性成分の適応及び生理活性は制限されないが、対象に経口投与されて消化管内(例えば胃内)で吸収されることにより、その薬効を発揮する医薬活性成分が挙げられる。
【0017】
本開示において「pH依存性の溶解プロファイル」とは、pHに応じて溶解性が変動することを意味する。なお、別途記載する場合を除き、本開示において「溶解プロファイル」及び「溶解性」とは、水性媒体への溶解性を意味する。本開示において「水性媒体」とは、水又は各種の水溶液を意味する。水性の消化液(例えば唾液、胃液等)や、消化液以外の水性の体液(血液、リンパ液、組織液、腹水等)も、水性媒体に含まれるものとする。
【0018】
一態様によれば、本開示におけるpH依存性の溶解プロファイルを有する医薬活性成分は、これに制限されるものではないが、酸性pH条件下では高い溶解性を示す一方で、pHが上がるにつれて溶解性が低下し、中性~アルカリ性pH条件下では殆ど溶解性を示さない化合物である。より具体的には、医薬活性成分の常温付近(例えば30℃)における水性溶媒に対する溶解性を比較した場合に、酸性pH条件(例えばpH2.5)での溶解性に対する中性pH条件(例えばpH6)での溶解性の比率が、通常50%以下であり、中でも30%以下、又は20%以下、又は10%以下、特に5%以下である化合物が含まれる。惹いては、本発明の医薬組成物における医薬活性成分の例としては、塩基性の含窒素複素環を有する化合物や、塩基性官能基、例えば無置換又は置換のアミノ基を有する化合物が挙げられる。
【0019】
本発明の医薬組成物における医薬活性成分の種類は、pH依存性の溶解プロファイルを有するものであれば制限されないが、例としては、安定した結晶構造を形成しうる医薬活性成分が挙げられる。斯かる医薬活性成分の例としては、π共役系を有し、π-πスタッキングを生じうる芳香族化合物が挙げられる。本開示において「π-πスタッキング」とは、2以上の芳香族化合物分子が平面上に積み重なった(スタッキング)状態でπ-π相互作用により安定化する現象を意味する。π-πスタッキングを生じうる芳香族化合物は、概して安定した結晶構造を形成可能であり、水性媒体への溶解性が低い。惹いては、斯かる芳香族化合物に本発明を適用することで、溶解プロファイルの顕著な改善効果が得られることとなる。
【0020】
一態様によれば、本発明の医薬組成物における医薬活性成分の例としては、大きなπ共役系を有する芳香族化合物、例えば縮合芳香環及び/又は複数連結芳香環を有する化合物が挙げられる。こうした化合物は、π-πスタッキングを生じやすく、惹いては結晶化して溶解性の悪化を招きやすいことから、本発明の医薬組成物を適用することによる溶解プロファイルの改善効果もより顕著となる。斯かる医薬活性成分としては、制限されるものではないが、例えば下記一般式Iで表される構造を有する化合物が挙げられる。
【0021】
【化3】
【0022】
一般式Iにおいて、環Aは、1又は2以上の置換基を有していてもよい、5~16員の単環式又は縮合二環若しくは三環式の芳香族炭化水素基又は芳香族複素環式基を表す。
【0023】
一般式Iにおいて、環Bは、1又は2以上の置換基を有していてもよい、5~12員の単環式又は縮合二環式の芳香族炭化水素基又は芳香族複素環式基を表す。
【0024】
一般式Iにおいて、環A及び/又は環Bが芳香族炭化水素基の場合、当該芳香族炭化水素基としては、これらに限定されるものではないが、以下の群から選択される基が挙げられる(なお、以下は一価の基の名称で示す。rが2である場合、環Aは以下の一価の基から更に1つの水素原子を取り去って得られる二価の基となる。)。
・(単環)フェニル基。
・(縮合二環)インデニル基、ナフチル基、アズレニル基。
・(縮合三環)アントラセニル基、フェナントナセニル基、フルオレニル基。
【0025】
一般式Iにおいて、環A及び/又は環Bが芳香族複素環式基の場合、当該芳香族複素環式基は、窒素原子、酸素原子、及び硫黄原子から選択される1又は2以上のヘテロ原子を含む。芳香族複素環式基の種類としては、これらに限定されるものではないが、以下の群から選択される基が挙げられる(なお、以下は一価の基の名称で示す。nが2である場合、環Aは、以下の一価の基から更に水素を一つ取り去って得られる二価の基となる。)。
【0026】
・(単環)ピロリル基、ピラゾリル基、イミダゾリル基、トリアゾリル基、フラニル基、チオフェニル基、オキサゾリル基、イソキサゾリル基、チアゾリル基、オキサジアゾリル基、チアジアゾリル基、ピリジニル基、ピリダジニル基、ピリミジニル基、ピラジニル基、トリアジニル基、ピラニル基。
・(縮合二環)インデニル基、インドリル基、イソインドリル基、インドリジニル基、インダゾリル基、ベンゾイミダゾリル基、アザインドリル基、アザインダゾリル基、ピラゾロピリミジニル基、プリニル基、ベンゾフラニル基、イソベンゾフラニル基、ベンゾチオフェニル基、ベンゾオキサゾリル基、ベンゾチアゾリル基、ベンゾイソオキサゾリル基、ベンゾイソチアゾリル基、キノリニル基、イソキノリニル基、キノリジニル基、キノキサリニル基、フタラジニル基、キナゾリニル基、ナフチリジニル基、ピリドピリミジニル基、ピリドピラジニル基、ベンゾピラニル基。
・(縮合三環)カルバゾリル基、ジベンゾフラニル基、アクリジニル基、フェナジニル基、フェノキサジニル基、フェノチアジニル基、フェノキサチイニル基。
【0027】
一般式Iにおいて、Lは、1又は2以上の置換基を有していてもよい、二価又は三価の連結基を表す。具体的には、後述のqが1の場合、Lは二価の連結基であり、qが2の場合、Lは三価の連結基である。連結基の種類は特に制限されないが、環A及び/又は環Bと共役し得る基であることが好ましい。
【0028】
一般式Iにおいて、Lの連結基の例としては、これらに限定されるものではないが、以下の群から選択される基が挙げられる。
【0029】
・アルキル基(メチル基、エチル基、プロピル基(n-プロピル基、イソプロピル基)、ブチル基(n-ブチル基、sec-ブチル基、イソブチル基、tert-ブチル基)、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基)、アルケニル基、又はアルキニル基から、更に1つ又は2つの水素原子を取り去って得られる二価又は三価の基。当該基の炭素原子数は特に制限されないが、通常1~10、好ましくは1~7、更に好ましくは1~5である。
・カルボニル基。
・アゾ基、ジアゾ基、(一級、二級、又は三級)アミノ基から更に1つ又は2つの水素原子を取り去って得られる二価又は三価の基、アミド基。
・スルフィド基、スルフィニル基、スルホニル基。
・オキシ基、ジオキシ基。
【0030】
また、前記の連結基のうち任意の2つ以上が任意の順序で連結されてなる基(例えば、アルコキシ基、アルケニルオキシ基、カルボキシ基、スルフィニルオキシ基、スルホニルオキシ基、カルボニルアミノ基)も、連結基の例に含まれる。
また、前記の連結基と環A及び環Bとの連結位置も特に制限されず、任意である。
【0031】
一般式Iにおいて、pは、0又は1の整数である。pが0である場合、環Aと環Bとは単結合で連結される。
【0032】
一般式Iにおいて、qは、1又は2の整数である。qが2である場合、複数の環Bはそれぞれ互いに同一であってもよく、異なっていてもよい。
【0033】
一般式Iにおいて、rは、1又は2の整数である。rが2である場合、複数のB、L、p、及びqは、それぞれ互いに同一であってもよく、異なっていてもよい。
【0034】
一般式Iにおいて、環A及び環Bの芳香族炭化水素基又は芳香族複素環式基が有していてもよい置換基、並びに、連結基Lが有していてもよい置換基としては、これらに限定されるものではないが、以下の群から選択される基が挙げられる。
【0035】
・ハロゲン原子、水酸基、カルボキシル基、ニトロ基、シアノ基、チオール基、スルフィン酸基、スルホン酸基、アミノ基、アミド基、イミノ基、イミド基。
【0036】
・炭化水素基、炭化水素オキシ基、炭化水素カルボニル基(アシル基)、炭化水素オキシカルボニル基、炭化水素カルボニルオキシ基、炭化水素置換アミノ基、炭化水素置換アミノカルボニル基、炭化水素カルボニル置換アミノ基、炭化水素置換チオール基、炭化水素スルホニル基、炭化水素オキシスルホニル基、炭化水素スルホニルオキシ基。
【0037】
ここで「炭化水素」基は、脂肪族でも芳香族でもよく、これらの組み合わせでもよい。脂肪族炭化水素は、鎖状でも環状でもよく、これらの組み合わせでもよい。鎖状炭化水素は、直鎖状でも分岐鎖状でもよい。環状炭化水素は、単環式でも複環式でもよく、複環式の場合には縮合環式でも橋かけ環式でもスピロ環式でもよく、これらの組み合わせでもよい。また、当該「炭化水素」基は、飽和でもよいが、不飽和でもよく、言い換えれば、一又は二以上の炭素-炭素二重結合を含んでいてもよい。即ち、当該「炭化水素」基は、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、シクロアルキル基、シクロアルケニル基、シクロアルキニル基、アリール基等を含む概念である。当該「炭化水素」基の炭素原子数は特に制限されないが、鎖状炭化水素基の場合、通常1~20、好ましくは1~15、更に好ましくは1~12であり、環状炭化水素基の場合、通常3~20、好ましくは4~15、更に好ましくは5~12である。なお、別途明示しない限り、当該「炭化水素」基の一又は二以上の水素原子が、任意の置換基で置換されていてもよく、炭化水素の一又は二以上の炭素原子が、価数に応じた任意のヘテロ原子に置き換えられていてもよい。ヘテロ原子の種類は制限されないが、例としては窒素原子、酸素原子、硫黄原子、リン原子、ケイ素原子等が挙げられる。
【0038】
・複素環式基、複素環オキシ基、複素環カルボニル基、複素環オキシカルボニル基、複素環カルボニルオキシ基、複素環アミノ基、複素環アミノカルボニル基、複素環カルボニル置換アミノ基、複素環置換チオール基、複素環スルホニル基、複素環オキシスルホニル基、複素環スルホニルオキシ基。
【0039】
ここで「複素環」基は、飽和でもよいが、不飽和でもよく、言い換えれば、一又は二以上の炭素-炭素二重結合を含んでいてもよい。不飽和の場合、芳香性を有していてもいなくてもよい。また、当該「複素環」基は単環式でも複環式でもよく、複環式の場合には縮合環式でも橋かけ環式でもスピロ環式でもよい。当該「複素環」基の環構成原子数は特に制限されないが、通常3以上、又は4以上、又は5以上であり、また、通常20以下、又は15以下、又は12以下である。当該「複素環」基に含まれるヘテロ原子の種類は制限されないが、例としては窒素原子、酸素原子、硫黄原子、リン原子、ケイ素原子等が挙げられる。ヘテロ原子の数も特に制限されないが、通常1~8、好ましくは1~5、更に好ましくは1~3である。当該「複素環」基が2以上のヘテロ原子を含む場合、これらのヘテロ原子は互いに同一であってもよく、異なっていてもよい。
【0040】
また、前記の置換基のうち任意の基が、その価数及び物理化学的性質が許容する限りにおいて、更に前記の置換基のうち1又は2以上の任意の基により置換された官能基も、本発明における「置換基」に含まれるものとする。なお、ある官能基が置換基を有する場合、その個数は、その価数及び物理化学的性質が許容する限りにおいて、特に限定されない。また、複数の置換基が存在する場合、これらの置換基は互いに同一であってもよく、異なっていてもよい。
【0041】
一般式Iにおいて、環A及び/又は環Bの芳香族炭化水素基又は芳香族複素環式基が置換基を有する場合、置換基の数は1つでもよいが、2つ以上であってもよい。環A及び/又は環Bの芳香族炭化水素基又は芳香族複素環式基が2つ以上の置換基を有する場合、これらの置換基は互いに同一であってもよく、異なっていてもよい。
【0042】
一般式Iにおいて、環A及び/又は環Bの芳香族炭化水素基又は芳香族複素環式基が置換基を有する場合、これらの置換基のうち2以上が互いに結合して、環A及び/又は環Bと縮合する環を形成していてもよい。
【0043】
一態様によれば、本発明の医薬組成物における医薬活性成分は、以下の表1に記載の化合物の中から選択される。
【0044】
【表1-1】
【0045】
【表1-2】
【0046】
一態様によれば、本発明の医薬組成物における医薬活性成分は、セラベリシブ、アルペリシブ、アファチニブ、ゲフィチニブ、ボスチニブ、アレクチニブ、パルボシクリブ、タセリシブ、及びコパンリシブから選択される。
【0047】
一態様によれば、本発明の医薬組成物における医薬活性成分は、セラベリシブ又はアルペリシブである。
【0048】
なお、本発明の医薬組成物は、これらの医薬活性成分のうち何れか1種を単独で含んでいてもよく、2種以上を任意の組み合わせ及び比率で含んでいてもよい。
【0049】
一態様によれば、本発明の医薬組成物における医薬活性成分は、本発明の医薬組成物中で安定した結晶構造を維持しておらず、一部非晶質化している状態である。より好適な態様によれば、斯かる医薬活性成分がπ-πスタッキングを生じうる芳香族化合物であっても、本発明の医薬組成物中では、斯かる芳香族化合物がπ-πスタッキングを生じておらず、各分子が分離された状態で存在する。なお、医薬活性成分を非晶質の状態で製剤中に含有させる手法については後述する。
【0050】
本発明の医薬組成物における医薬活性成分の含有率は、医薬活性成分の種類や、適応、剤型、投与経路等の各種条件に応じて適宜選択すればよい。一態様によれば、本発明の医薬組成物における医薬活性成分の含有率は、例えば2質量%以上、又は5質量%以上、又は10質量%以上、又は15質量%以上であり、また、例えば40質量%以下、又は35質量%以下、又は30質量%以下、又は25質量%以下である。
【0051】
なお、本発明の医薬組成物は、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において、pH依存性の溶解プロファイルを有する医薬活性成分に加えて、pH依存性の溶解プロファイルを有さない1種又は2種以上の追加の医薬活性成分を含んでいてもよい。
【0052】
・無機又は有機の酸:
本発明の医薬組成物は、無機又は有機の酸を含有する。本開示において無機又は有機の「酸」とは、プロトン(H+)を供与し得る無機又は有機の化合物(いわゆるブレンステッド酸)を意味する。理論に束縛されるものではないが、本発明の医薬組成物中では、斯かる酸が医薬活性成分の分子間に介在して存在することにより、その溶解プロファイルがpHによらず安定化するものと推測される。
【0053】
一態様によれば、本発明の医薬組成物における酸は、制限されるものではないが、酸解離定数(pKa値)が例えば4.2以下、又は3.1以下、又は2.2以下の酸である。なお、本開示における酸解離定数(pKa値)は、別途記載なき限り、水中における酸解離定数を意味するものとし、且つ、多価の酸の場合には、水素イオン1個が放出される解離反応に関する酸解離定数(いわゆるpKa1値)を意味するものとする。酸解離定数(pKa値)が前記上限以下である酸は、塩基性の医薬活性成分のプロトン化を容易にし、pH依存性の溶解プロファイルを有する医薬活性成分を可溶化する。
【0054】
一態様によれば、本発明の医薬組成物における酸は、分子質量が所定の範囲内にある酸である。具体的に、酸の分子質量は、制限されるものではないが、通常30以上、200以下である。
【0055】
本発明の医薬組成物における酸の具体例としては、制限されるものではないが、一態様によれば、リン酸、塩酸、クエン酸、リンゴ酸、酒石酸、アスコルビン酸、フマル酸、コハク酸、アスパラギン酸、乳酸、酢酸、グルタミン酸及びアジピン酸等が挙げられる。一態様によれば、酸の具体例としては、リン酸、塩酸、クエン酸、リンゴ酸、酒石酸等が挙げられる。一態様によれば、本発明の医薬組成物における酸の具体例としては、リン酸、クエン酸、酒石酸が挙げられる。なお、本発明の医薬組成物は、これらの酸のうち何れか1種を単独で含んでいてもよく、2種以上を任意の組み合わせ及び比率で含んでいてもよい。
【0056】
一態様によれば、本発明の医薬組成物における酸は、酸性官能基を2つ以上有する化合物である。酸性官能基を2つ以上有する化合物の例としては、限定されるものではないが、2以上の水酸基を有する化合物(例えばリン酸等)、2以上のカルボキシル基を有する化合物(例えばクエン酸、リンゴ酸、酒石酸等)、1以上の水酸基と1以上のカルボキシル基を有する化合物(例えば乳酸等)などが挙げられる。
【0057】
一態様によれば、本発明の医薬組成物における酸の含有率は、制限されるものではないが、例えば5質量%以上、又は10質量%以上、又は15質量%以上であり、また、例えば50質量%以下、又は45質量%以下、又は40質量%以下である。また、一態様によれば、本発明の医薬組成物における医薬活性成分に対する無機又は有機の酸の質量比は、医薬活性成分1質量部に対し、無機又は有機の酸が、例えば0.1質量部以上、又は0.3質量部以上、又は0.5質量部以上であり、また、例えば10質量部以下、又は7.5質量部以下、又は5質量部以下である。
【0058】
なお、本発明の医薬組成物は、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において、無機又は有機の酸に加えて、1種又は2種以上の単価の無機又は有機の酸を含んでいてもよい。
【0059】
・親水性ポリマー:
本発明の医薬組成物は、親水性ポリマーを含有する。理論に束縛されるものではないが、本発明の医薬組成物中では、前記の酸に加えて、斯かる親水性ポリマーが医薬活性成分の分子間に介在してその再凝集や結晶化を防止することにより、その溶解プロファイルがpHによらず安定化するものと推測される。
【0060】
本開示において「親水性ポリマー」とは、常温で水に溶解する性質を有するポリマーを意味する。具体的には、20℃・常圧条件下で1~10%水溶液の粘度が1mPa・s以上を示すポリマーを意味する。
【0061】
一態様によれば、本発明の医薬組成物における親水性ポリマーは、制限されるものではないが、親水性の置換基として、カルボキシル基、水酸基、スルホ基、アミド基等を有するものが挙げられる。斯かる親水性ポリマーは、医薬活性成分の分子間に疎水性相互作用を介してその再凝集や結晶化を防止し、惹いてはその溶解プロファイルの安定化に寄与し得る。
【0062】
本発明の医薬組成物における親水性ポリマーの具体例としては、制限されるものではないが、一態様によれば、ポリビニルアルコール、ポビドン、ヒプロメロース、コポリビドン、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリビニルアルコール・ポリエチレングリコール・グラフトコポリマー、ヒプロメロースフタル酸エステル及びヒプロメロース酢酸エステルコハク酸エステル等が挙げられる。具体的な態様によれば、本発明の医薬組成物における親水性ポリマーの具体例としては、ポリビニルアルコール、ポビドン、ヒプロメロース、ヒドロキシプロピルセルロース等が挙げられる。なお、本発明の医薬組成物は、これらの親水性ポリマーのうち何れか1種を単独で含んでいてもよく、2種以上を任意の組み合わせ及び比率で含んでいてもよい。
【0063】
一態様によれば、本発明の医薬組成物における親水性ポリマーの含有率は、制限されるものではないが、例えば1質量%以上、又は2質量%以上、又は3質量%以上であり、また、例えば15質量%以下、又は12.5質量%以下、又は10質量%以下である。また、一態様によれば、医薬活性成分に対する親水性ポリマーの質量比は、医薬活性成分1質量部に対し、親水性ポリマーが、例えば通常0.02質量部以上、又は0.05質量部以上、又は0.1質量部以上であり、また、通常5質量部以下、又は3質量部以下、又は2質量部以下である。
【0064】
なお、本発明の医薬組成物は、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において、無機又は有機の酸に加えて、1種又は2種以上の単価の無機又は有機の酸を含んでいてもよい。
【0065】
・その他の成分:
本発明の医薬組成物は、更にその他の成分を含有していてもよい。その他の成分の具体例としては、制限されるものではないが、マンニトール、エリスリトール、粉末還元麦芽糖水アメ、結晶セルロース、トウモロコシデンプン等の賦形剤;クロスポビドン、クロスカルメロースナトリウム、デンプングリコール酸ナトリウム、部分アルファー化デンプン、カルメロースカルシウム、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース等の崩壊剤;スクラロース、アスパルテーム、アセスルファムカリウム、サッカリンナトリウム、グリチルリチン酸モノアンモニウム、タウマチン等の甘味剤;流動化剤、着色剤、香料等のその他の添加物が挙げられる。これらの成分は、本発明の医薬組成物の剤形等に応じて、適宜選択して使用することが可能である。なお、本発明の医薬組成物は、これらの成分のうち何れか1種を単独で含んでいてもよく、2種以上を任意の組み合わせ及び比率で含んでいてもよい。なお、本発明の医薬組成物に使用可能な成分の詳細については、例えばUniversity of the Sciences in Philadelphia, “Remington: The Science and Practice of Pharmacy, 20th EDITION”, Lippincott Williams & Wilkins, 2000等の記載を適宜参酌することができる。
【0066】
・製剤の剤形:
本発明の医薬組成物の剤形は限定されず、経口投与可能な剤形であれば任意である。例としては、日本薬局方に記載される各種の経口投与剤形、即ち錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、経口液剤、シロップ剤、経口ゼリー剤等が挙げられる。これらの剤形は、医薬活性成分や適応の種類に応じて、適宜選択すればよい。
【0067】
一形態によれば、本発明の医薬組成物は、ドライシロップ剤の形態である。本開示において「ドライシロップ剤」とは、日本薬局方に記載される「シロップ剤」の下位分類であって、服用時に水を加えて用時溶解又は懸濁してシロップ剤に再構成可能な、顆粒状又は粉末状の乾燥固形剤を意味する。斯かるドライシロップ製剤は、その保存性・携帯性の良さや服用のし易さ等の点で、特に小児を主な投与対象とする医薬活性成分(例えばART-001、アルペリシブ等)を製剤化する場合に有利である。
【0068】
[経口用医薬組成物の製造方法]
本発明の医薬組成物を製造する方法は制限されず、剤形に応じた任意の公知の方法により製造すればよい。例えば、目的とする剤形に応じて、医薬活性成分、無機又は有機の酸、及び親水性ポリマー、並びに任意により用いられる他の成分を、公知の製剤手法を用いて混合し、適宜造粒等の処理を加えればよい。例えば顆粒製剤の場合には、乾式造粒法、湿式造粒法等の公知の造粒法を用いて原料混合物を造粒すればよい。錠剤の場合には、公知の造粒法によって得られた原料混合物の造粒物を圧縮して錠剤化し、得られた錠剤に必要に応じてコーティングを施せばよい。或いは、造粒工程を経ずに原料混合物を直接打錠法により直接打錠して製造してもよい。
【0069】
一形態によれば、本発明の医薬組成物をドライシロップ剤の形態とする場合には、医薬活性成分、無機又は有機の酸、及び親水性ポリマー、並びに任意により用いられる他の成分を原料として、以下の工程により処理する方法(適宜「本発明の製造方法」と称する。)によって製造することができる。
・前記原料を任意の混合順で混合する工程。
・前記混合物を湿式造粒する工程。
・前記湿式造粒物を乾燥する工程。
【0070】
なお、医薬活性成分以外の原料成分の一部については、任意により、湿式造粒後の原料混合物に後から添加してもよい。
【0071】
本発明の製造方法では、医薬活性成分を含む原料混合物を湿式造粒することにより、医薬活性成分の分子の凝集や結晶化を解消し、医薬活性成分の分子を製剤中に非晶質の状態で存在させることが可能となる。
【0072】
以下、特に湿式造粒工程について具体的に説明する。造粒時に使用する溶媒は特に限定されず、公知の任意の溶媒を用いることができる。例としては、水、エタノール、メタノール、アセトン、ジクロロメタン等が挙げられる。中でも、取り扱い上の観点からは、水、エタノール等が挙げられる。なお、これらの溶媒は何れか一種を単独で使用してもよく、二種以上を任意の組み合わせ及び比率で併用してもよい。斯かる溶媒と各原料成分を混合し、造粒工程に供する。使用する造粒法も特に限定されず、公知の任意の造粒法を用いることができる。例としては、押出造粒法、噴霧乾燥造粒法、流動層造粒法、攪拌造粒法等が挙げられる。一態様によれば、造粒法は、流動層造粒法である。湿式造粒機も特に限定されず、使用する溶媒及び造粒法に応じて、公知の任意の造粒機を用いることができる。例としては、円筒押出造粒機、転動流動層造粒機、噴霧乾燥造粒機、流動層造粒乾燥機、攪拌造粒機等が挙げられる。一態様によれば、造粒機は、転動流動層造粒機、流動層造粒乾燥機等である。
【0073】
また、以上の工程に加え、更に必要に応じて、各原料成分を湿式又は乾式粉砕する工程、各原料成分や原料混合物を篩通しする工程、造粒物を所定のコーティング材料でコーティングする工程等、製剤分野で周知の各種の工程を追加してもよい。
【0074】
[経口用医薬組成物の使用方法]
本発明の医薬組成物は、医薬活性成分の種類に応じた疾患や状態の治療・予防・調節等の目的で、対象に対して経口投与される。本発明の医薬組成物の投与対象は特に制限されないが、例としてはヒト、ヒト以外の哺乳類、その他の動物等が挙げられる。本発明の医薬組成物の投与量や投与回数も特に制限されないが、例えば医薬活性成分の種類や活性、投与対象の種、年齢、体重、状態等に応じて、適宜調整すればよい。また、2種以上の医薬活性成分を個別に含む2種以上の本発明の医薬組成物を、同一対象に同時に又は連続して投与してもよく、ある医薬活性成分を含む本発明の医薬組成物と、別の医薬活性成分を含む別の医薬組成物を、同一対象に同時に又は連続して投与してもよい。特に、pH依存溶解性を有する第1の医薬活性成分と、溶解性がpHに依存しない第2の医薬活性成分とを同一対象に投与する場合には、pH依存溶解性を有する第1の医薬活性成分を製剤化した本発明の医薬組成物と、溶解性がpHに依存しない第2の医薬活性成分を製剤化した従来の医薬組成物とを組み合わせて、これらを対象に同時に又は連続して投与してもよい。なお、本発明の医薬組成物との組み合わせで投与される医薬組成物は、経口投与されるものであってもよいが、別の経路で投与されるものであってもよい。
【実施例0075】
以下、本発明を実施例に則して更に詳細に説明するが、これらの実施例はあくまでも説明のために便宜的に示す例に過ぎず、本発明は如何なる意味でもこれらの実施例に限定されるものではない。
【0076】
[1.ART-001のpH依存性溶解プロファイルの検討]
様々なpH環境下におけるART-001の溶解プロファイルを、以下の手順により試験した。即ち、6規定塩酸又は10規定水酸化ナトリウム水溶液を用いて、pHを1~10の範囲内で種々調整した、50mMリン酸緩衝液(pH1、2、7、及び8)、クエン酸緩衝液(pH3、4、5、及び6)、ホウ酸緩衝液(pH9)、及び重炭酸緩衝液(pH10)に対して、過剰量のART-001を加え、室温下で攪拌した。溶解状態が平衡に到達した時点で一定量のサンプルを採取し、1000rpm、10分間の遠心分離を行ったのち、上清を採取しHPLCにて測定した。溶解始点及び溶解終点のpHも同時に測定し、記録した。
【0077】
その結果を下記表2の表に示す。この表から明らかなように、ART-001は、室温(RT)において、低pH条件下(例えばpH2.5以下)では極めて高い溶解性を示す(溶解性312mcg/mL~約10000mcg/mL)のに対し、pHが上がるにつれて溶解性が急激に低下し、高pH条件下(例えばpH6以上)では溶解性を殆ど示さない(溶解性1.3mcg/mL:低pH条件下の溶解性を100%とすると約4%)。ここから、ART-001は、極めてpH依存性の高い溶解プロファイルを有することが分かる。
【0078】
【表2】
【0079】
[2.ART-001ドライシロップ製剤の調製]
以下の手順によりART-001のドライシロップ製剤を調製した。
【0080】
・製剤A:
(1)42Mの篩を通したD-マンニトール(物産フードサイエンス(株))270g及び結晶セルロース(KG-1000、旭化成(株))30gを混合した。
(2)リン酸(国産化学(株))75g及びポピドン(PLASDONE K-25、ASHLAND)25gを精製水600gに溶解させた。
(3)ART-001(Carbogen Amcis AG)100gを前記(2)の溶液に加えて分散させた。
(4)前記(1)の混合物を流動層造粒乾燥機(FD-MP-01D/SFP型、(株)パウレック)に投入し、前記(3)の分散液を噴霧して造粒した。
(5)前記(4)で得られた造粒物を、60℃で乾燥した。
(6)前記(5)で得られた乾燥後の造粒物を30Mの篩により整粒した。
(7)前記(6)で得られた整粒物0.25gとクエン酸水和物(国産化学(株))0.15gを混合し、本発明の医薬組成物に該当する目的のドライシロップ製剤を得た。
【0081】
・製剤B:
(1)42Mの篩を通したD-マンニトール(物産フードサイエンス(株))270g及び結晶セルロース(KG-1000、旭化成(株))30gを混合した。
(2)リン酸(国産化学(株))75g及びポピドン(PLASDONE K-25、ASHLAND)25gを精製水600gに溶解させた。
(3)ART-001(Carbogen Amcis AG)100gを前記(2)の溶液に加えて分散させた。
(4)前記(1)の混合物を流動層造粒乾燥機(FD-MP-01D/SFP型、(株)パウレック)に投入し、前記(3)の分散液を噴霧して造粒した。
(5)前記(4)で得られた造粒物を、60℃で乾燥した。
(6)前記(5)で得られた乾燥後の造粒物を30Mの篩により整粒した。
(7)前記(6)で得られた整粒物0.25g、酒石酸(L(+)-酒石酸、国産化学(株))0.0583g及びL-グルタミン酸塩酸塩(富士フィルム和光純薬(株))0.035gを混合し、本発明の医薬組成物に該当する目的のドライシロップ製剤を得た。
【0082】
・製剤C:
(1)結晶セルロース(KG-1000、旭化成(株))48g及びポリビニルアルコール(部分けん化物)(ゴーセノール EG-05PW、三菱ケミカル(株))32gを混合した。
(2)42Mの篩を通したD-マンニトール(物産フードサイエンス(株))160gを前記(1)の混合物と混合した。
(3)リン酸(太平化学産業(株))120g及びポピドン(PLASDONE K-25、ASHLAND)40gを精製水960gに溶解させた。
(4)ART-001(Carbogen Amcis AG)160gを前記(3)の溶液に加えて分散させた。
(5)前記(2)の混合物を流動層造粒乾燥機(FD-MP-01D/SFP型、(株)パウレック)に投入し、前記(4)の分散液を噴霧して造粒した。
(6)前記(5)で得られた造粒物を、60℃で乾燥した。
(7)前記(6)で得られた乾燥後の造粒物を30Mの篩により整粒し、本発明の医薬組成物に該当する目的のドライシロップ製剤を得た。
【0083】
[3.ART-001ドライシロップ製剤の評価]
前記手順で調製したART-001のドライシロップ製剤を、以下に詳述する手順でイヌに投与し、ART-001の血中薬物動態を検討した。なお、対照として、0.5%メチルセルロース(MC;信越化学工業株式会社製METOLOSE、SM-100)水溶液にART-001を懸濁させた製剤も調製し、同様にイヌに投与して、ART-001の血中動態を検討した。
【0084】
即ち、北山ラベス株式会社から入手した5~6歳齢の雄イヌ6頭に、1週間以上の休薬期間を設けて計5回の投与試験を行った。各製剤投与開始の30分前に、試験1ではペンタガストリン(シグマアルドリッチ社製)を筋肉内投与して胃内pHを強酸性に調整し、試験2~試験5では各個体にファモチジン(富士フィルム和光純薬株式会社製)を静脈内投与して胃内pHを中性~弱アルカリ性に調整した。その後、各製剤投与開始直前に各群の各個体の胃内pHをpH試験紙により測定してから、試験1及び試験2では対照となるART-001の0.5%MC懸濁液を、試験3、試験4、及び試験5ではそれぞれART-001のドライシロップ製剤A~Cを、それぞれ4mg/kgの投与量で投与した。投与後、各群の各個体の橈側皮静脈から経時的に採血し、血漿中のART-001の濃度(μg/mL)をHPLCにより測定した。その結果を下記表3に示す。
【0085】
ART-001の0.5%MC懸濁液を投与した試験のうち、胃内pHが強酸性(pH約2)に調整された試験1では、投与から約0.5時間で血漿中ART-001濃度が約1.4μg/mL程度に達し、その後は徐々に低下した。一方、胃内pHが中性~弱アルカリ性(pH約8~9)に調整された試験2では、投与後に血漿中ART-001濃度は殆ど上昇しなかった。このことから、胃内pHがART-001の吸収に大きく影響することが分かる。
【0086】
一方、ART-001のドライシロップ製剤A~Cを投与した試験3~5では、胃内pHが中性~弱アルカリ性(pH約8~9)に調整されているにもかかわらず、試験1と同程度の最高血漿中ART-001濃度(Cmax)及び投与24時間までの血中濃度曲線下面積(AUC0-24h)を示した。ここから、本発明の医薬組成物に該当するART-001のドライシロップ製剤によれば、胃内pHが中性~弱アルカリ性(pH約8~9)の場合であっても、胃内pHが強酸性(pH約2)の場合と同様の吸収プロファイルを達成できることが分かる。
【0087】
【表3】
【0088】
[4.ART-001ドライシロップ製剤の血中薬物動態の検討]
前記手順で調製したART-001のドライシロップ製剤(本発明の医薬組成物)を、健康成人男性に単回投与又は反復投与し、その後のART-001の血中薬物動態を検討した。
【0089】
即ち、単回投与試験では、ART-001のドライシロップ製剤を、ART-001として50mg、100mg、200mg、300mg、又は400mgの用量でそれぞれ100mLの水に溶解し、それぞれ6名の健康成人男性に単回経口投与した。投与前から投与後48時間まで経時的に採血を行い、血漿中のART-001の濃度(ng/mL)をHPLCにより測定した。また、反復投与試験では、ART-001のドライシロップ製剤を、ART-001として100mgの用量で100mLの水に溶解し、6名の健康成人男性に1日1回、7日間経口投与し、経時的に採血を行った。
【0090】
単回投与試験の結果を図1及び表4に示す。ドライシロップ製剤の投与後、ART-001は速やかに吸収され、投与から概ね1時間程度で最高血漿中濃度(Cmax)に達したのち、徐々に低下した(図1)。ART-001のCmax及び血中濃度曲線下面積(AUClast)は、ART-001の用量に応じて増加した(表4)。血漿中濃度のばらつきの指標である変動係数(%CV)は、Cmaxで3~22%、AUClastで16~34%であった。
【0091】
【表4】
【0092】
反復投与試験の結果を図2及び表5に示す。ドライシロップ製剤の投与5日目には、ART-001の血漿中濃度のトラフ値は定常状態に達し、7日間投与後のART-001の蓄積率は、AUC0-24hで2.4倍であった(図2、表5)。また、投与7日目の%CVは、Cmaxで19%、AUC0-24hで32%であり、投与初日と同等であった。
【0093】
【表5】
【0094】
以上の結果から、本発明の医薬組成物に該当するドライシロップ製剤は、pH依存性の溶解プロファイルを有する医薬活性成分の一例であるART-001の投与に使用した場合、従来のカプセル剤や錠剤を用いて投与した場合に比べ(参考文献:Juric et al., Clin. Cancer Res., (2017), 23[17]:5015-5023、Patel et al., Clin. Pharmacol. Drug Dev., (2019), 8[5]:637-646)、個人間のばらつきを抑えた安定した薬物動態を得られることが明らかになった。斯かるドライシロップ製剤によって得られるタイトで安定した薬物動態は、有効性が期待される血中曝露を得るための用量選択を容易にすると共に、高い曝露量による副作用の回避も可能になる。
【産業上の利用可能性】
【0095】
本発明は、製剤分野において、特にpH依存性の溶解プロファイルを有する種々の医薬活性成分を投与するために広く適応でき、その利用価値は極めて大きい。
図1
図2