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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022017442
(43)【公開日】2022-01-25
(54)【発明の名称】切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20220118BHJP
   B23B 27/20 20060101ALI20220118BHJP
【FI】
B23B27/14 B
B23B27/20
【審査請求】未請求
【請求項の数】1
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021178572
(22)【出願日】2021-11-01
(62)【分割の表示】P 2020571562の分割
【原出願日】2020-07-01
(31)【優先権主張番号】P 2019142400
(32)【優先日】2019-08-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】503212652
【氏名又は名称】住友電工ハードメタル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】特許業務法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】渡部 直樹
(72)【発明者】
【氏名】原田 岳
(72)【発明者】
【氏名】久木野 暁
【テーマコード(参考)】
3C046
【Fターム(参考)】
3C046FF35
3C046FF41
3C046HH01
3C046HH04
(57)【要約】      (修正有)
【課題】切れ刃領域上に送りマークが形成されず、かつ切れ刃領域の直線性が改善される切削工具を提供する。
【解決手段】すくい面と、逃げ面と、前記すくい面および前記逃げ面を繋ぐ刃先稜線とを有し、前記刃先稜線から前記逃げ面側に距離Xだけ離れた地点Aまでを前記逃げ面上の切れ刃領域とする切削工具であって、少なくとも刃先部の素材がナノ多結晶ダイヤモンドからなるナノ多結晶ダイヤモンド工具、少なくとも前記刃先部の素材が単結晶ダイヤモンドからなる単結晶ダイヤモンド工具または少なくとも前記刃先部の素材がバインダレスcBNからなるバインダレスcBN工具であり、前記距離Xは、0.2mm以上5mm以下である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
すくい面と、逃げ面と、前記すくい面および前記逃げ面を繋ぐ刃先稜線とを有し、前記刃先稜線から前記逃げ面側に距離Xだけ離れた地点Aまでを前記逃げ面上の切れ刃領域とする切削工具であって、
前記切削工具は、少なくとも刃先部の素材がナノ多結晶ダイヤモンドからなるナノ多結晶ダイヤモンド工具、少なくとも前記刃先部の素材が単結晶ダイヤモンドからなる単結晶ダイヤモンド工具または少なくとも前記刃先部の素材がバインダレスcBNからなるバインダレスcBN工具であり、
前記距離Xは、0.2mm以上5mm以下であり、
前記切れ刃領域は、算術平均粗さRaで表される表面粗さが0.2μm以下であり、
前記刃先稜線は、5μm以上の大きさのチッピングを有さず、
前記切れ刃領域上には送りマークが形成されていない、切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、切削工具の製造方法および切削工具に関する。本出願は、2019年8月1日に出願した日本特許出願である特願2019-142400号に基づく優先権を主張する。当該日本特許出願に記載された全ての記載内容は、参照によって本明細書に援用される。
【背景技術】
【0002】
多結晶ダイヤモンド(以下、「PCD」とも記す)、単結晶ダイヤモンド(以下、「SCD」とも記す)、バインダレス立方晶窒化硼素(cBN)(以下、「BLCBN」とも記す)などの素材を用いた切削工具の製造加工では、砥石を用いた研削加工を適用した場合、加工に長時間を要し、かつすくい面および逃げ面を繋ぐ刃先稜線において欠損(以下、「チッピング」とも記す)が多発する。さらにPCD、SCDおよびBLCBNは、絶縁体であるのでこれらの製造加工に放電加工を適用することができない。これに対し、たとえば特開2016-203372号公報(特許文献1)は、レーザを用いてこの種の切削工具を製造加工することにより、加工時間の短縮およびチッピングの低減を図ることを提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2016-203372号公報
【発明の概要】
【0004】
本開示に係る切削工具の製造方法は、すくい面と、逃げ面と、上記すくい面および上記逃げ面を繋ぐ刃先稜線とを有し、上記刃先稜線から上記逃げ面側に距離Xだけ離れた地点Aまでを上記逃げ面上の切れ刃領域とする切削工具の製造方法であって、上記切削工具の製造方法は、上記逃げ面をレーザで製造加工する工程を含み、上記逃げ面を上記レーザで製造加工する工程は、上記距離Xを上記切れ刃領域の幅とする場合、上記幅と等しいか、または上記幅よりも深い焦点深度を有する第1レーザ光により上記切れ刃領域を上記刃先稜線に沿って製造加工する工程であり、上記距離Xは、0.2mm以上5mm以下である。
【0005】
本開示に係る切削工具は、すくい面と、逃げ面と、上記すくい面および上記逃げ面を繋ぐ刃先稜線とを有し、上記刃先稜線から上記逃げ面側に距離Xだけ離れた地点Aまでを上記逃げ面上の切れ刃領域とする切削工具であって、上記距離Xは、0.2mm以上5mm以下であり、上記切れ刃領域は、算術平均粗さRaで表される表面粗さが0.2μm以下であり、上記刃先稜線は、5μm以上の大きさのチッピングを有さない。
【図面の簡単な説明】
【0006】
図1図1は、浅い焦点深度を有するレーザで製造加工されたCVD単結晶ダイヤモンド工具(比較例1)の逃げ面上の切れ刃領域において、不必要な製造加工により形成されたエッジのアール形状、および送りマークを説明する図面代用写真である。
図2図2は、第1レーザ光として例示される干渉レーザ光を形成するための光学部品を含むレーザ装置の特徴を説明する説明図である。
図3図3は、焦点位置が異なる第1次光および第2次光が干渉することにより形成される干渉レーザ光を説明する説明図である。
図4図4は、第1レーザ光を得るための集光光学系を備えたレーザ装置の特徴を説明する説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0007】
[本開示が解決しようとする課題]
PCD、SCD、BLCBNなどの素材を用いた切削工具は、被削材の表面粗さを極めて小さくする所謂鏡面加工に適用される場合が多い。このためレーザを用いて上記切削工具を製造加工する場合、上記切削工具の刃先部分に対し、被削材の表面を鏡面に仕上げるのに必要となる鋭利なエッジ形状と、この鋭利なエッジ形状が被削材の切削加工中に維持される強度とが得られるように製造加工することが要求される。さらに上記切削工具の刃先部分に対し、鏡面加工が実行可能となる表面粗さが得られるように製造加工することも要求される。
【0008】
ここでレーザを用いて切削工具を製造加工する場合、一般に浅い焦点深度を有するレーザ光が用いられる。その理由は、たとえば多刃工具などの複雑な形状を有する切削工具において、製造加工を意図しない箇所がレーザ光の焦点深度内に収まることによって不必要に製造加工されることを避けるためである。しかしながら、浅い焦点深度を有するレーザ光を用いて上記切削工具を製造加工する場合、レーザ光の焦点近傍において、刃先の一部分が上記レーザ光に晒されることにより、意図しない製造加工が実行されることがあった。たとえば図1に示すように、切れ刃領域のエッジなどに丸み(以下、「アール形状」とも記す)が付与される場合があった(図1中の囲み部Xを参照のこと。また図1中の矢印は、レーザ光の照射方向を表す)。すなわち浅い焦点深度を有するレーザ光を用いて上記切れ刃領域を製造加工するとき、上記逃げ面の幅方向(図1において上下方向)と平行な方向の断面において線として現れる切れ刃領域の直線性(以下、単に「切れ刃領域の直線性」とも記す)が悪化し、切れ刃領域において図1に示すようなエッジのアール形状が形成される場合があった。
【0009】
さらに、浅い焦点深度を有するレーザ光を用いて上記切れ刃領域を製造加工するとき、製造加工後の上記切れ刃領域に、レーザ光の焦点深度の外郭線に沿って形成される加工痕(所謂送りマーク)が残り、この送りマークによって所望の表面粗さが得られない場合があった(図1中の囲み部Yを参照のこと)。したがって、切れ刃領域上に送りマークが形成されず、かつ切れ刃領域の直線性が改善された切削工具は、レーザを用いた製造加工によって未だ得られておらず、その開発が切望されている。
【0010】
以上の点に鑑み、本開示は、切れ刃領域上に送りマークが形成されず、かつ切れ刃領域の直線性が改善される切削工具を、レーザを用いた製造加工によって得るための切削工具の製造方法、および当該製造方法によって得られる切削工具を提供することを目的とする。
【0011】
[本開示の効果]
上記によれば、切れ刃領域上に送りマークが形成されず、かつ切れ刃領域の直線性が改善される切削工具を、レーザを用いた製造加工によって得るための切削工具の製造方法を提供することができる。
【0012】
[本開示の実施形態の説明]
最初に本開示の実施態様を列記して説明する。
【0013】
[1]本開示の一態様に係る切削工具の製造方法は、すくい面と、逃げ面と、上記すくい面および上記逃げ面を繋ぐ刃先稜線とを有し、上記刃先稜線から上記逃げ面側に距離Xだけ離れた地点Aまでを上記逃げ面上の切れ刃領域とする切削工具の製造方法であって、上記切削工具の製造方法は、上記逃げ面をレーザで製造加工する工程を含み、上記逃げ面を上記レーザで製造加工する工程は、上記距離Xを上記切れ刃領域の幅とする場合、上記幅と等しいか、または上記幅よりも深い焦点深度を有する第1レーザ光により上記切れ刃領域を上記刃先稜線に沿って製造加工する工程であり、上記距離Xは、0.2mm以上5mm以下である。このような特徴を備える切削工具の製造方法により、切れ刃領域上に送りマークが形成されず、かつ切れ刃領域の直線性が改善される切削工具を得ることができる。
【0014】
[2]上記逃げ面を上記レーザで製造加工する工程は、上記第1レーザ光が有する焦点深度よりも浅い焦点深度を有する第2レーザ光により、上記切れ刃領域を仕上げ加工する工程をさらに含むことが好ましい。これにより、切れ刃領域の表面粗さをより小さくした切削工具を得ることができる。
【0015】
[3]上記第1レーザ光は、第1次光および第2次光が同軸上で重なり、かつ上記第1次光および上記第2次光が互いに干渉した干渉レーザ光であり、上記第1次光は、単一または複数の光源から照射され、第1の焦点面に焦点位置を有し、上記第2次光は、上記第1の焦点面よりも上記光源から遠い第2の焦点面に焦点位置を有し、上記干渉レーザ光は、その断面強度分布が均一となる第3の焦点面を上記第1の焦点面と上記第2の焦点面との間に有することが好ましい。これにより焦点位置の前後において断面強度の変化が小さく、かつ切れ刃領域の幅と等しいか、または上記幅よりも深い焦点深度を有する第1レーザ光を容易に形成することができ、もって切れ刃領域上に送りマークが形成されず、かつ切れ刃領域の直線性が改善される切削工具を容易に得ることができる。
【0016】
[4]上記第1レーザ光は、下記式aおよび式bの関係を満足する集光光学系を通過したレーザ光であり、上記集光光学系は、集光機能を有する第1の光学部と、球面収差発生機能を有する第2の光学部とを含むことが好ましい。
|Z8|≧0.1λ または |Z15|≧0.05λ ・・・a
8/Z15≧3 または Z8/Z15<1 ・・・b
上記式aおよび式bにおいて、λは波長を表し、Z8は波面収差におけるゼルニケ・フリンジ多項式の係数のうち第8番目の係数であって3次の球面収差を表し、Z15は波面収差におけるゼルニケ・フリンジ多項式の係数のうち第15番目の係数であって5次の球面収差を表す。
【0017】
これにより切れ刃領域の幅と等しいか、または上記幅よりも深い焦点深度を有する第1レーザ光を容易に形成することができ、もって切れ刃領域上に送りマークが形成されず、かつ切れ刃領域の直線性が改善される切削工具を容易に得ることができる。
【0018】
[5]上記切削工具は、ナノ多結晶ダイヤモンド工具であることが好ましい。これにより、ナノ多結晶ダイヤモンドを素材として用いた切削工具を、切れ刃領域上に送りマークを形成することなく、かつ切れ刃領域の直線性を改善させて製造することができる。
【0019】
[6]上記切削工具は、単結晶ダイヤモンド工具であることが好ましい。これにより、単結晶ダイヤモンドを素材として用いた切削工具を、切れ刃領域上に送りマークを形成することなく、かつ切れ刃領域の直線性を改善させて製造することができる。
【0020】
[7]上記切削工具は、バインダレスcBN工具であることが好ましい。これにより、バインダレスcBNを素材として用いた切削工具を、切れ刃領域上に送りマークを形成することなく、かつ切れ刃領域の直線性を改善させて製造することができる。
【0021】
[8]本開示の一態様に係る切削工具は、すくい面と、逃げ面と、上記すくい面および上記逃げ面を繋ぐ刃先稜線とを有し、上記刃先稜線から上記逃げ面側に距離Xだけ離れた地点Aまでを上記逃げ面上の切れ刃領域とする切削工具であって、上記距離Xは、0.2mm以上5mm以下であり、上記切れ刃領域は、算術平均粗さRaで表される表面粗さが0.2μm以下であり、上記刃先稜線は、5μm以上の大きさのチッピングを有さない。このような特徴を備える切削工具は、切れ刃領域上に送りマークが形成されず、かつ切れ刃領域の直線性が改善するため、鏡面加工の用途に好適となる。
【0022】
[本開示の実施形態の詳細]
以下、本開示の実施形態(以下、「本実施形態」とも記す)についてさらに詳細に説明する。ここで、本明細書において「A~B」という形式の表記は、範囲の上限下限(すなわちA以上B以下)を意味し、Aにおいて単位の記載がなく、Bにおいてのみ単位が記載されている場合、Aの単位とBの単位とは同じである。さらに、本明細書において化合物などを化学式で表す場合、原子比を特に限定しないときは従来公知のあらゆる原子比を含むものとし、必ずしも化学量論的範囲のもののみに限定されるべきではない。
【0023】
〔切削工具の製造方法〕
本実施形態に係る切削工具の製造方法は、すくい面と、逃げ面と、上記すくい面および上記逃げ面を繋ぐ刃先稜線とを有し、上記刃先稜線から上記逃げ面側に距離Xだけ離れた地点Aまでを上記逃げ面上の切れ刃領域とする切削工具の製造方法である。上記切削工具の製造方法は、上記逃げ面をレーザで製造加工する工程を含む。上記逃げ面を上記レーザで製造加工する工程は、上記距離Xを上記切れ刃領域の幅とする場合、上記幅と等しいか、または上記幅よりも深い焦点深度を有する第1レーザ光により上記切れ刃領域を上記刃先稜線に沿って製造加工する工程である。このような特徴を備える切削工具の製造方法により、切れ刃領域上に送りマークが形成されず、かつ切れ刃領域の直線性が改善される切削工具を得ることができる。
【0024】
「逃げ面上の切れ刃領域(以下、単に「切れ刃領域」とも記す)」とは、すくい面および逃げ面を繋ぐ刃先稜線に沿った長さと、上記刃先稜線から逃げ面側に距離X(具体的には、0.2mm以上5mm以下)だけ離れた地点Aまでの幅とで規定される領域を意味する。さらに「刃先稜線」とは、すくい面と逃げ面とが交差する稜(シャープエッジ)を意味するが、本開示の効果を奏する限りにおいて、この稜を拡大視することによりアール形状が現れた場合も、これを「刃先稜線」として扱うものとする。
【0025】
本発明者らは、レーザを用いた製造加工によって、上述のように定義される切れ刃領域上に送りマークが形成されず、かつ切れ刃領域の直線性が改善される切削工具の製造方法を開発する中で、この種の切削工具の製造加工に用いられる従来のレーザ光よりも深い焦点深度を有するレーザ光に注目した。具体的には、上記切れ刃領域の幅と等しいか、または上記幅よりも深い焦点深度を有するレーザ光を用いることにより、上記切れ刃領域を上記刃先稜線に沿って製造加工することに想到した。
【0026】
この場合、上記切れ刃領域の幅方向にレーザ光を移動させて製造加工することが不要となり、もって上記切れ刃領域上に送りマークが形成されないようにすることができる。さらに上記切れ刃領域の幅方向のすべてが一つのレーザ光の深い焦点深度内に収まるため、上記切れ刃領域のエッジ(すなわち刃先稜線など)にアール形状が形成されないようにすることもできる。これにより切れ刃領域の直線性を改善することができる。
【0027】
ここで本明細書において「焦点深度」とは、レーザ光の焦点前後において、上記レーザ光が被加工体(切削工具)を加工することができるレーザ進行方向の深さを意味する。したがって本明細書において「深い焦点深度」とは、被加工体を加工することができるレーザ進行方向の深さが大きいことを意味する。本明細書において「焦点深度」の深浅は、0.2mmを境界として区別され、0.2mm以上の深さを有する焦点深度を「深い焦点深度」といい、0.2mm未満の深さを有する焦点深度を「浅い焦点深度」というものとする。レーザ光が深い焦点深度を有する場合、当該焦点深度内に上記切れ刃領域の幅方向のすべてを収めることができ、もって上記切れ刃領域上に送りマークが形成されないようにし、かつ切れ刃領域の直線性を改善することができる。深い焦点深度は、一般に焦点距離の長い長焦点レンズなどにレーザ光を通すことにより得ることができる。
【0028】
本実施形態に係る切削工具の製造方法は、後述する実施例において示されるように、切削工具の逃げ面上の切れ刃領域の幅よりも深い焦点深度(2mm)を有する第1レーザ光を所定条件下で用いることにより、切削工具を製造加工することができる。具体的には、超硬合金からなる台金部と、化学気相蒸着(CVD:Chemical Vapor Deposition)法により作製された単結晶ダイヤモンド(以下、「CVD単結晶ダイヤモンド」とも記す)からなる刃先部とを備える切削工具において、第1レーザ光を用いて上記刃先部を製造加工する。その結果、上記刃先部に含まれる逃げ面上の1mmの幅を有する切れ刃領域を、送りマークを形成することなく製造加工することができる。この場合において、上記切れ刃領域の直線性も改善される。ここで切削工具における「刃先部」とは、切削工具において台金部に蝋付けなどの手段によって保持されることにより被削材を直接切削する切れ刃として機能する部位をいい、具体的には、すくい面と、逃げ面と、上記すくい面および上記逃げ面を繋ぐ刃先稜線とを含む部位をいう。
【0029】
このような切削工具は、後述する逃げ面をレーザで製造加工する工程を含む切削工具の製造方法により得ることができる。以下、本実施形態に係る切削工具の製造方法の例示として、上記逃げ面をレーザで製造加工する工程とともに、逃げ面をレーザで製造加工する工程に供するための切削工具前駆体を準備する工程と、逃げ面をレーザで製造加工する工程に供するためのレーザ装置を準備する工程とを含む切削工具の製造方法について説明する。
【0030】
<切削工具前駆体を準備する工程>
本工程では、逃げ面をレーザで製造加工する工程に供する切削工具前駆体を準備する。このような切削工具前駆体は、多結晶ダイヤモンド(PCD)、単結晶ダイヤモンド(SCD)またはバインダレスcBN(BLCBN)などの素材を用い、従来公知の工程を経ることにより製造することができる。たとえば、所定の工具形状に形成されたPCD、SCDまたはBLCBNを、切削工具前駆体として用いることができる。さらに超硬合金などからなる台金部と、この台金部に蝋付けなどの手段によって保持されるPCD、SCDまたはBLCBNからなる刃先部とを有する切削工具前駆体を用いることもできる。
【0031】
<レーザ装置を準備する工程>
本工程では、逃げ面をレーザで製造加工する工程に供するレーザ装置を準備する。このレーザ装置は、後述する干渉レーザ光を形成するための光学部品、または集光光学系の少なくともいずれかを備えることが好ましい。すなわちレーザ装置は、レーザ媒体およびこれを有するレーザ発振器と、後述する光学部品または集光光学系の少なくともいずれかとを備えることが好ましい。上記レーザ装置に含まれるレーザ媒体、およびこれを有するレーザ発振器については、従来公知のものを用いることができる。たとえば、レーザ媒体としてはネオジム、YAG、YVO4などを用いることができる。
【0032】
<逃げ面をレーザで製造加工する工程>
本工程では、上記距離X(刃先稜線から逃げ面側に0.2mm以上5mm以下離れた地点Aまでの距離)を上記切れ刃領域の幅とする場合、上記幅と等しいか、または上記幅よりも深い焦点深度を有する第1レーザ光により上記切れ刃領域を上記刃先稜線に沿って製造加工する。これにより、上記切れ刃領域の幅方向のすべてを第1レーザ光の一つの深い焦点深度内に収めた上で、上記切れ刃領域を製造加工することができる。したがって本工程では、上記第1レーザ光を刃先稜線に沿った方向のみに移動させればよく、切れ刃領域の幅方向に移動させることを不要とすることができる。
【0033】
(第1レーザ光)
第1レーザ光は、上述のように切れ刃領域の幅と等しいか、または上記幅よりも深い焦点深度を有する。切れ刃領域の幅は、距離Xで表すことができ、具体的には距離Xは、0.2mm以上5mm以下である。したがって第1レーザ光は、切れ刃領域の幅に応じて、たとえば深さが0.3mm以上5mm以下の焦点深度を有することが好ましく、深さが1mm以上5mm以下の焦点深度を有することがより好ましい。このような第1レーザ光は、レーザ装置を準備する工程により準備されたレーザ装置により容易に得ることができる。すなわち後述する干渉レーザ光を形成するための光学部品を備えたレーザ装置、または後述する集光光学系を備えたレーザ装置により、切れ刃領域の幅と等しいか、または上記幅よりも深い焦点深度を有する第1レーザ光を容易に形成することができる。
【0034】
-干渉レーザ光-
第1レーザ光は、第1次光および第2次光が同軸上で重なり、かつ上記第1次光および上記第2次光が互いに干渉した干渉レーザ光であることが好ましい。上記第1次光は、単一または複数の光源から照射され、第1の焦点面に焦点位置を有する。上記第2次光は、上記第1の焦点面よりも上記光源から遠い第2の焦点面に焦点位置を有する。上記干渉レーザ光は、その断面強度分布が均一となる第3の焦点面を上記第1の焦点面と上記第2の焦点面との間に有する。これにより第1レーザ光は、焦点位置の前後(第1の焦点面から第3焦点面を経て第2の焦点面に至るまでの範囲)において断面強度の変化が小さくなるので、深い焦点深度を得ることができる。
【0035】
上記第1レーザ光(干渉レーザ光)は、特に制限されるべきではないが、たとえば図2に示すような光学部品を含むレーザ装置を用いることにより形成することが便宜である。これにより図3に示すような干渉レーザ光として、第1レーザ光を得ることができる。以下、光学部品の構造について説明する。
【0036】
図2に示すように、レーザ装置において光学部品1は、光生成部である回折光学素子2と、集光部である凸レンズ3とを含む。回折光学素子2および凸レンズ3は、レーザ光を照射する光源であるレーザ発振器4のレーザ照射側において、上記レーザ光の光軸と回折光学素子2および凸レンズ3の中心軸とが同軸となるように配置されている。これにより光学部品1を含むレーザ装置は、回折光学素子2および凸レンズ3を挟んで上記レーザ発振器4と反対側に、上記干渉レーザ光の断面強度分布が均一となる焦点面5を形成することができる。この焦点面5は、上述した第1の焦点面と第2の焦点面との間に位置する干渉レーザ光の第3の焦点面に相当する。
【0037】
レーザ発振器4から照射されたレーザ光は、回折光学素子2および凸レンズ3を通過することにより干渉レーザ光となる。具体的には、回折光学素子2は、レーザ発振器4から照射されたレーザ光を、焦点位置が異なる2つの回折光とする。より詳細には、回折光学素子2は、図3に示すようにレーザ発振器4から照射されたレーザ光を、第1の焦点面P1に焦点位置を有する第1次光6と、上記第1の焦点面P1よりもレーザ発振器から遠い第2の焦点面P2に焦点位置を有する第2次光7とに変換する。回折光学素子2により変換された第1次光6および第2次光7は、凸レンズによって同軸上に重ね合わされて干渉レーザ光となる。干渉レーザ光は、第1の焦点面P1と第2の焦点面P2との間に位置する第3の焦点面P3(図2における焦点面5)を有し、その第3の焦点面P3において断面強度分布がビームの中心軸(光軸)近傍で実質的に均一となる。
【0038】
回折光学素子2は、円板状でレーザ発振器4側の表面に円形の凸部が形成されている。レーザ発振器4から照射されたレーザ光は、回折光学素子2の凸部において発散角が異なる+1次と-1次の回折光となり、もって焦点位置が異なる2つのレーザ光(第1次光および第2次光)が生成される。回折光学素子2の凸部の高さは、位相差π(ラジアン)を与える高さに設定されている。凸部の直径は、回折光学素子2に照射されるレーザ光のビーム径Dに基づいて選定され、具体的には、上記レーザ光のビーム径Dの0.9~1.3倍の範囲内で選定され、好ましくは1.2倍に設定される。回折光学素子2の直径および厚さは、当該回折光学素子2に照射されるレーザ光のビーム径Dに応じて適宜選定することができる。たとえば回折光学素子2の直径は20~50mmとすることができ、厚さは3~5mmとすることができる。
【0039】
回折光学素子2においては、凸部の形状は円形に限定されず、たとえば正方形の凸部とすることもできる。回折光学素子2は、その凸部を位相差πを与える凹部に置換することができる。さらに回折光学素子2は、正方形の凸部を位相差πを与える正方形の凹部に置換することもできる。レーザ光の断面形状は円形とは限らないため、その歪みに応じて円形または正方形の凸部または凹部の形状を、楕円形または長方形の凸部または凹部の形状に変えてもよい。
【0040】
光学部品1において回折光学素子2と凸レンズ3とは、レーザ発振器4側から凸レンズ3、回折光学素子2の順に配置することもできる。以上のような干渉レーザ光は、たとえば日本国特許第5633849号公報に記載のレーザ用光学部品を用いることにより形成することができる。
【0041】
-集光光学系-
さらに第1レーザ光は、下記式aおよび式bの関係を満足する集光光学系を通過したレーザ光であることが好ましい。上記集光光学系は、集光機能を有する第1の光学部と、球面収差発生機能を有する第2の光学部とを含む。
|Z8|≧0.1λ または |Z15|≧0.05λ ・・・a
8/Z15≧3 または Z8/Z15<1 ・・・b
上記式aおよび式bにおいて、λは波長を表し、Z8は波面収差におけるゼルニケ・フリンジ多項式の係数のうち第8番目の係数であって3次の球面収差を表し、Z15は波面収差におけるゼルニケ・フリンジ多項式の係数のうち第15番目の係数であって5次の球面収差を表す。
【0042】
上記式aおよび式bの関係を満足する集光光学系を通過したレーザ光は、焦点前後における断面強度分布の断続化を来すことがなく、かつ焦点位置でのレーザ光の強度低下も来すことがない。このため上記レーザー光を、深い焦点深度を有する第1レーザ光として得ることができる。もって上記集光光学系により、切れ刃領域の幅と等しいか、または上記幅よりも深い焦点深度を有する第1レーザ光を容易に形成することができる。
【0043】
ここで図4は、第1レーザ光を得るための集光光学系を備えたレーザ装置の特徴を説明する説明図である。図4に示すように、上記集光光学系10は、集光機能を有する第1の光学部と、球面収差発生機能を有する第2の光学部とを含む。さらにレーザ光を偏光させる機能を有する一対のガルバノミラー11およびこれを駆動するガルバノスキャナ12を備える場合がある。第1の光学部としては、たとえばfθレンズ8を用いることができる。第2の光学部としては、たとえば非球面位相プレート9を用いることができる。第2の光学部としては、回折型位相プレートを用いることもできる。
【0044】
上記集光光学系10がレーザ装置に搭載された場合、たとえば図4においてレーザ発振器4より照射されたレーザ光は、レーザ発振器4の近傍に設けられた2枚のベントミラーによって進行方向を変えた後、まず第2の光学部としての非球面位相プレート9を通過することにより、球面収差を発生する。さらに上記レーザ光は、二枚のガルバノミラー11により所定の偏向角度で偏向させられ、第1の光学部としてのfθレンズ8へ導かれる。次いで、ガルバノミラー11により所定の偏向角度で偏向させられた光軸上および光軸外のレーザ光は、fθレンズ8において上記光軸と平行となり、もって加工対象物の加工位置に集光することとなる。
【0045】
上記集光光学系10は、上記非球面位相プレート9において上記のように定義されるZ8の絶対値が0.1λ以上であること、またはZ15の絶対値が0.05λ以上であることの少なくともいずれかの関係を満たし、かつZ8/Z15の値が3以上またはZ8/Z15の値が1未満の少なくともいずれかの関係を満たす。これにより、上記集光光学系10を通過したレーザ光(第1レーザ光)は、深い焦点深度を得ることができる。
【0046】
さらに上記集光光学系10は、上記非球面位相プレート9においてZ8の絶対値が1.4λ未満であること、またはZ15の絶対値が0.5λ未満であることの少なくともいずれかの関係を満たすことが好ましい。これにより、上記集光光学系10を通過したレーザ光(第1レーザ光)は、上記非球面位相プレート9を通過することによって焦点位置におけるレーザ光の強度を維持することができる。すなわち上記集光光学系は、焦点位置におけるレーザ光の強度を維持する観点から、下記式cまたは式dの少なくともいずれかの関係を満たすことがさらに好ましい。
|Z8|<1.4λ・・・c
|Z15|<0.5λ・・・d
上記式cおよび式dにおいて、λは波長を表し、Z8は波面収差におけるゼルニケ・フリンジ多項式の係数のうち第8番目の係数であって3次の球面収差を表し、Z15は波面収差におけるゼルニケ・フリンジ多項式の係数のうち第15番目の係数であって5次の球面収差を表す。
【0047】
以上のような集光光学系としては、たとえば日本国特許第5444448号公報に記載の集光光学系を挙げることができる。
【0048】
(作用)
本実施形態に係る切削工具の製造方法は、上記切削工具前駆体に対し、上記レーザ装置を適用して上述した逃げ面をレーザで製造加工する工程を実行することにより、切れ刃領域上に送りマークが形成されず、かつ切れ刃領域の直線性が改善された切削工具を製造することができる。
【0049】
さらに逃げ面をレーザで製造加工する工程は、上記第1レーザ光が有する焦点深度よりも浅い焦点深度を有する第2レーザ光により、上記切れ刃領域を仕上げ加工する工程をさらに含むことが好ましい。第2レーザ光は、第1レーザ光よりも浅い焦点深度を有するので、所望の表面粗さを得るために製造加工が必要となる上記切れ刃領域の箇所を、ピンポイントに製造加工することができる。これにより、切れ刃領域の表面粗さをより小さくした切削工具を得ることができる。第2レーザ光は、たとえば深さが0.05mm以上0.5mm未満の焦点深度を有することが好ましく、深さが0.1mm以上0.2mm未満の焦点深度を有することがさらに好ましい。第2レーザ光は、従来公知のレーザ装置により準備することができる。
【0050】
ここで上記切削工具の製造方法により得た切削工具において、切れ刃領域上に送りマークが形成されていないことは、レーザ顕微鏡を用いた以下の観察方法により確認することができる。すなわち上記製造方法により得た切削工具の逃げ面上の切れ刃領域に対し、レーザ顕微鏡(Leica社製)を用いて10倍の倍率で観察することにより送りマークの有無を確認することができる。送りマークの有無の評価については、1の切削工具につき切れ刃領域上で任意に選択した5視野を観察し、すべての視野で送りマークがないことを確認した場合にのみ、切削工具の逃げ面上の切れ刃領域に送りマークが形成されていないと判断することができるものとする。
【0051】
上記切削工具における切れ刃領域の直線性は、以下の方法により評価することができる。まず上記製造方法を用いて切削工具を製造することにより、切れ刃領域の直線性を評価する試料を得る。次いで上記試料において、切れ刃領域の一方の端となる地点A(すなわち刃先稜線から逃げ面側に距離Xだけ離れた地点A)より、上記刃先稜線を経由し、上記刃先稜線からすくい面側に100μm離れたすくい面上の点までを、輪郭形状測定器(コントレーサ、商品名:「PF60」、三鷹光器株式会社製)を用いて0.1μmの分解能で測定する。これにより、上記試料における切れ刃領域から刃先稜線を介してすくい面に至る0.1μmピッチの点描画を描出する。
【0052】
さらに、上記の点描画に対して解析ソフト(商品名:「MitakaMap」、三鷹光器株式会社製)を用いることにより、上記刃先稜線から逃げ面側に10μmだけ離れた地点を地点Sとして選択し、この選択した地点Sから上記刃先稜線までの点群に基づいて逃げ面上の直線部を作成する。同様に、上記の点描画において上記刃先稜線からすくい面側に10μmだけ離れた地点を地点Tとして選択し、この選択した地点Tから上記刃先稜線までの点群に基づいてすくい面上の直線部を作成する。次いで上記逃げ面上の直線部とすくい面上の直線部とを延長し、これらが交差した交差線を得る。最後に、上記交差線と上記点描画とを照合することにより、上記点描画における刃先稜線部分と、上記交差線の交差部とが一致するか否かを確認し、あるいは上記点描画における刃先稜線部分と、上記交差線の交差部とが一致しない場合にはそれらの間の距離を求める。本実施形態においては、上記点描画における刃先稜線部分と上記交差線の交差部との間の距離が1μm以内である場合、上記刃先稜線における稜の曲率半径が1μm以下となるため、この場合において切れ刃領域の直線性が改善されたと判断することができる。換言すれば、切れ刃領域の直線性が改善されたと判断できる場合は、上記刃先稜線における稜を拡大視することにより現れるアール形状が、1μm以下の曲率半径を有する場合に限られる。なお上記点描画における刃先稜線部分と、上記交差線の交差部とが一致する場合、それらの間の距離は0(ゼロ)であるので、上記刃先稜線における稜の曲率半径は1μm以下となる。
【0053】
〔ナノ多結晶ダイヤモンド工具〕
上記切削工具の製造方法により得られる切削工具は、ナノ多結晶ダイヤモンド工具であることが好ましい。すなわち上記製造方法は、ナノ多結晶ダイヤモンド工具を製造する切削工具の製造方法であることが好ましい。ナノ多結晶ダイヤモンドとは、粒径がナノオーダーであるダイヤモンド結晶粒を複数含んだ多結晶のダイヤモンドをいう。これによりナノ多結晶ダイヤモンド工具を、切れ刃領域上に送りマークを形成することなく、かつ切れ刃領域の直線性を改善させて製造することができる。本明細書において「ナノ多結晶ダイヤモンド工具」は、ナノ多結晶ダイヤモンドからなる切削工具の態様であってもよく、超硬合金などからなる台金部と、この台金部に蝋付けなどの手段によって保持されるナノ多結晶ダイヤモンドからなる刃先部とを有する切削工具の態様であってもよい。
【0054】
〔単結晶ダイヤモンド工具〕
上記切削工具の製造方法により得られる切削工具は、単結晶ダイヤモンド工具であることが好ましい。すなわち上記製造方法は、単結晶ダイヤモンド工具を製造する切削工具の製造方法であることが好ましい。これにより単結晶ダイヤモンド工具を、切れ刃領域上に送りマークを形成することなく、かつ切れ刃領域の直線性を改善させて製造することができる。本明細書において「単結晶ダイヤモンド工具」は、単結晶ダイヤモンドからなる切削工具の態様であってもよく、超硬合金などからなる台金部と、この台金部に蝋付けなどの手段によって保持される単結晶ダイヤモンドからなる刃先部とを有する切削工具の態様であってもよい。
【0055】
〔バインダレスcBN工具〕
上記切削工具の製造方法により得られる切削工具は、バインダレスcBN工具であることが好ましい。すなわち上記製造方法は、バインダレスcBN工具を製造する切削工具の製造方法であることが好ましい。バインダレスcBN(BLCBN)とは、cBNの粒子同士が相互にバインダー(結合材)を介することなく結合したcBN多結晶体をいう。BLCBNは、cBNを出発材料として、所定の高温高圧条件の下で結合材を用いることなく焼結することによって得ることができる。これによりバインダレスcBN工具を、切れ刃領域上に送りマークを形成することなく、かつ切れ刃領域の直線性を改善させて製造することができる。本明細書において「バインダレスcBN工具」はバインダレスcBNからなる切削工具の態様であってもよく、超硬合金などからなる台金部と、この台金部に蝋付けなどの手段によって保持されるバインダレスcBNからなる刃先部とを有する切削工具の態様であってもよい。
【0056】
〔切削工具〕
本実施形態に係る切削工具は、すくい面と、逃げ面と、上記すくい面および上記逃げ面を繋ぐ刃先稜線とを有し、上記刃先稜線との境界から上記逃げ面側に距離Xだけ離れた地点Aまでを上記逃げ面上の切れ刃領域とする切削工具である。上記距離Xは、0.2mm以上5mm以下であり、上記切れ刃領域は、算術平均粗さRaで表される表面粗さが0.2μm以下であり、上記刃先稜線は、5μm以上の大きさのチッピングを有さない。このような特徴を備える切削工具は、切れ刃領域上に送りマークが形成されず、かつ切れ刃領域の直線性が改善するため、鏡面加工の用途に好適となる。
【0057】
上記切削工具は、0.2μm以下の算術平均粗さRaで表される表面粗さを有する切れ刃領域、および5μm以上の大きさのチッピングを有さない刃先稜線を備える限り、上記切削工具を製造するための製造方法は制限されるべきではない。しかしながら、上述した切削工具の製造方法を用いることが、上述した切れ刃領域および刃先稜線の特徴を有する切削工具を歩留まりよく得ることができるので好ましい。本明細書において、上記切削工具を説明するのに用いる「逃げ面上の切れ刃領域」、および「刃先部」の用語については、〔切削工具の製造方法〕の項目において説明したとおりに定義される。
【0058】
<算術平均粗さRa>
本実施形態に係る切削工具において切れ刃領域は、算術平均粗さRaで表される表面粗さが0.2μm以下である。これにより切れ刃領域上に送りマークが形成されていないことが明らかとなる。上記切削工具において切れ刃領域は、算術平均粗さRaで表される表面粗さが0.1μm以下であることが好ましく、0.05μm以下であることがより好ましい。切れ刃領域の算術平均粗さRaで表される表面粗さは、その下限値が特に規定されるべきではないが、0.003μmとすることができる。
【0059】
上記切れ刃領域における算術平均粗さRaで表される表面粗さは、JIS B 0601(2001)に準じて求めることができる。具体的には、上記切れ刃領域に対し、レーザ式表面粗さ測定機(商品名:「OLS4500」、オリンパス株式会社製)を適用することにより求めることができる。
【0060】
<チッピングの個数>
本実施形態に係る切削工具において刃先稜線は、5μm以上の大きさのチッピングを有さない。これにより鏡面加工の用途に好適となることが明らかとなる。上記切削工具において刃先稜線は、2μm以上の大きさのチッピングを有さないことが好ましい。
【0061】
上記切削工具が刃先稜線において5μm以上の大きさのチッピングを有さないことは、光学顕微鏡を用いて500倍の倍率で刃先稜線を観察することにより確認することができる。具体的には、光学顕微鏡を用いた上記の観察から得られた刃先稜線上の欠け(凹み)に対し、刃先稜線から逃げ面方向への最大のチッピング量を測定する。同様に、刃先稜線からすくい面方向への最大のチッピング量も測定する。これらの測定において上記刃先稜線上の欠け(凹み)が、逃げ面方向またはすくい面方向のいずれかの方向へ5μmを超えないことを検証する。以上により、上記切削工具が刃先稜線において5μm以上の大きさのチッピングを有さないことを確認することができる。
【0062】
(付記)
以上の説明は、以下に付記する実施形態を含む。
【0063】
すくい面と、逃げ面と、前記すくい面および前記逃げ面を繋ぐ刃先稜線とを有し、前記刃先稜線から前記逃げ面側に距離Xだけ離れた地点Aまでを前記逃げ面上の切れ刃領域とする切削工具の製造方法であって、
前記切削工具の製造方法は、前記逃げ面をレーザで製造加工する工程を含み、
前記逃げ面を前記レーザで製造加工する工程は、前記距離Xを前記切れ刃領域の幅とする場合、前記幅と等しいか、または前記幅よりも大きい焦点深度の深さを有する第1レーザ光により前記切れ刃領域を前記刃先稜線に沿って製造加工する工程であり、
前記距離Xは、0.2mm以上5mm以下である、切削工具の製造方法。
【実施例0064】
以下、実施例を挙げて本開示をより詳細に説明するが、本開示はこれらに限定されるものではない。
【0065】
〔実施例1〕
<切削工具前駆体を準備する工程>
まず逃げ面をレーザで製造加工する工程に供する切削工具前駆体を準備する。このような切削工具前駆体として、従来公知の方法により得たCVD単結晶ダイヤモンドを刃先部として適用した切削工具前駆体を準備する。具体的には、超硬合金からなる台金部に対し、この台金部に上記CVD単結晶ダイヤモンドを刃先部として蝋付けによって保持することにより切削工具前駆体を作製する。上記切削工具前駆体は、CVD単結晶ダイヤモンドからなる刃先部において、すくい面と、逃げ面と、上記すくい面および上記逃げ面を繋ぐ刃先稜線とを有し、上記刃先稜線から上記逃げ面側に距離Xとして1mmだけ離れた地点Aまでを幅とする上記逃げ面上の切れ刃領域を有する。
【0066】
<レーザ装置を準備する工程>
次に、逃げ面をレーザで製造加工する工程に供するレーザ装置を準備する。このようなレーザ装置として、YVO4をレーザ媒体として有するレーザ発振器と、このレーザ発振器から照射されたレーザ光から、干渉レーザ光を第1レーザ光として形成する光学部品とを備えるレーザ装置を準備する。光学部品は、図2に示すような回折光学素子および凸レンズを含み、第1次光および第2次光が同軸上で重なり、かつ上記第1次光および上記第2次光が互いに干渉した干渉レーザ光を形成する。この干渉レーザ光(第1レーザ光)は、第1の焦点面から第3焦点面を経て第2の焦点面に至るまでの大きさとして、深さが2mmの焦点深度を有する。
【0067】
<逃げ面をレーザで製造加工する工程>
上記レーザ装置を適用することにより、上記切削工具前駆体において逃げ面上の1mmの幅を有する切れ刃領域を、上記刃先稜線に沿って製造加工する。本工程における第1レーザの照射条件は、以下のとおりである。
【0068】
(第1レーザの照射条件)
波長:532nm
出力:10W
パルス幅:50nsec。
【0069】
以上より、超硬合金からなる台金部上に刃先部としてCVD単結晶ダイヤモンドを用いた実施例1に係る切削工具(単結晶ダイヤモンド工具)を作製する。
【0070】
〔比較例1〕
逃げ面をレーザで製造加工する工程において、深さが0.1mmの焦点深度を有するレーザ光で切削工具前駆体の切れ刃領域を製造加工したこと以外は、実施例1と同じ工程を経ることにより比較例1に係る切削工具(単結晶ダイヤモンド工具)を作製した。
【0071】
〔各種評価〕
<送りマークの有無>
実施例1および比較例1に係る切削工具における切れ刃領域に対し、上述した方法を用いて送りマークの有無を評価する。その結果、実施例1の切削工具における切れ刃領域上には、送りマークが確認されないのに対し、比較例1の切削工具における切れ刃領域上には、30μmピッチで送りマークが確認された(図1の囲み部Y参照)。
【0072】
<切れ刃領域の直線性>
実施例1および比較例1に係る切削工具における切れ刃領域に対し、上述した方法を用いて切れ刃領域の直線性を評価する。その結果、実施例1の切削工具は、点描画における刃先稜線部分が交差線の交差部と一致することにより、切れ刃領域の直線性が改善されたと評価することができる。一方、比較例1の切削工具は、切れ刃領域のエッジに曲率半径が1μmを超えるアール形状が確認された(図1の囲み部X参照)。
【0073】
<算術平均粗さRa>
実施例1および比較例1に係る切削工具における切れ刃領域に対し、上述した方法を用いて算術平均粗さRaで表される表面粗さを求める。その結果、実施例1の切削工具における表面粗さ(Ra)は、0.1μmとなるのに対し、比較例1の切削工具における切削工具における表面粗さ(Ra)は、0.3μmとなった。
【0074】
<チッピングの個数>
実施例1および比較例1に係る切削工具における刃先稜線に対し、上述した方法を用いて5μm以上の大きさのチッピングの有無を確認する。その結果、実施例1の切削工具において上記大きさのチッピングがないことが確認されるが、比較例1の切削工具において上記大きさのチッピングは、3箇所存在した。
【0075】
〔考察〕
以上から実施例1の切削工具は、深さが2mmの焦点深度を有する第1レーザ光を用いて製造加工されることより、切れ刃領域上に送りマークが形成されず、かつ比較例1の切削工具に比して切れ刃領域の直線性が改善することが理解される。さらに実施例1の切削工具は、切れ刃領域における算術平均粗さRaで表される表面粗さが0.1μm以下となり、刃先稜線は、5μm以上の大きさのチッピングを有さないため、比較例1の切削工具に比して切れ刃領域における表面粗さ、および刃先稜線におけるチッピングの個数において、いずれも優れることが理解される。
【0076】
以上のように本開示の実施の形態および実施例について説明を行ったが、上述の各実施の形態および実施例の構成を適宜組み合わせることも当初から予定している。
【0077】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した実施の形態および実施例ではなく請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0078】
X,Y 囲み部、1 光学部品、2 回折光学素子、3 凸レンズ、4 レーザ発振器、5 焦点面、6 第1次光、7 第2次光、8 fθレンズ、9 非球面位相プレート、10 集光光学系、11 ガルバノミラー、12 ガルバノスキャナ、P1 第1の焦点面、P2 第2の焦点面、P3 第3の焦点面。
図1
図2
図3
図4