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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022174476
(43)【公開日】2022-11-24
(54)【発明の名称】価格評価システム及び価格評価方法
(51)【国際特許分類】
   G06F 17/10 20060101AFI20221116BHJP
   G06Q 10/04 20120101ALI20221116BHJP
【FI】
G06F17/10 Z
G06Q10/04
【審査請求】有
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021080297
(22)【出願日】2021-05-11
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2022-01-24
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和2年10月22日、ウェブサイト(https://arxiv.org/abs/2010.11656 https://arxiv.org/pdf/2010.11656.pdf)にて公開
(71)【出願人】
【識別番号】592131906
【氏名又は名称】みずほリサーチ&テクノロジーズ株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】303028745
【氏名又は名称】株式会社みずほフィナンシャルグループ
(74)【代理人】
【識別番号】100105957
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100068755
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 博宣
(72)【発明者】
【氏名】宇野 隼平
【テーマコード(参考)】
5B056
5L049
【Fターム(参考)】
5B056BB91
5L049AA04
(57)【要約】
【課題】量子計算の振幅推定を用いて、ノイズを低減しながら評価対象における期待値を算出するための価格評価システム及び価格評価方法を提供する。
【解決手段】演算装置20の操作部221が、金融商品の将来の値動きのシナリオの重ね合わせ状態を生成する第1演算子を取得し、第1演算子のエルミート共役を、ビット列の最後のビットが「0」の量子状態に対して、初期状態の反転演算を行なって第2状態を生成し、第2状態を、初期状態に対して反転演算を行なった第3状態を生成する操作を、状態保持部222を用いて繰り返して作成した量子状態に対して、計測部223が、全ビットが「0」になったヒット回数を古典計算部23に記録し、古典計算部23が、繰り返し回数、ヒット回数に応じた最尤推定により、前記金融商品の価格評価を行なう。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
量子状態の操作部と、前記量子状態を保持する状態保持部と、前記量子状態を観測する計測部とを含む量子計算部と、金融商品の価格を評価する古典計算部とを備えた価格評価システムであって、
前記操作部が、
金融商品の将来の値動きのシナリオの重ね合わせ状態を生成する第1演算子を取得し、
前記第1演算子のエルミート共役を、ビット列の最後のビットが「0」の量子状態に対して、初期状態の反転演算を行なって第2状態を生成し、前記第2状態を、前記初期状態に対して反転演算を行なった第3状態を生成する操作を、前記状態保持部を用いて繰り返して作成した量子状態に対して、前記計測部が前記ビット列の計測を行ない、全ビットが「0」になったヒット回数を前記古典計算部に記録し、
前記古典計算部が、前記繰り返しにおける前記ヒット回数に応じた最尤推定により、前記金融商品の価格評価を行なうことを特徴とする価格評価システム。
【請求項2】
前記繰り返しを、前記ビット列の計測において求められる精度の逆数に応じた回数で行なうことを特徴とする請求項1に記載の価格評価システム。
【請求項3】
前記古典計算部が、前記ヒット回数をもとに、古典計算により振幅の最尤推定を実施し、前記金融商品の価格を評価することを特徴とする請求項1又は2に記載の価格評価システム。
【請求項4】
量子状態の操作部と、前記量子状態を保持する状態保持部と、前記量子状態を観測する計測部とを含む量子計算部と、金融商品の価格を評価する古典計算部とを備えた価格評価システムを用いて、金融商品の価格を評価する方法であって、
前記操作部が、
金融商品の将来の値動きのシナリオの重ね合わせ状態を生成する第1演算子を取得し、
前記第1演算子のエルミート共役を、ビット列の最後のビットが「0」の量子状態に対して、初期状態の反転演算を行なって第2状態を生成し、前記第2状態を、前記初期状態に対して反転演算を行なった第3状態を生成する操作を、前記状態保持部を用いて繰り返して作成した量子状態に対して、前記計測部が前記ビット列の計測を行ない、全ビットが「0」になったヒット回数を前記古典計算部に記録し、
前記古典計算部が、前記繰り返しにおける前記ヒット回数に応じた最尤推定により、前記金融商品の価格評価を行なうことを特徴とする価格評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、量子計算の振幅推定を用いて、金融商品の価格を評価するための価格評価システム及び価格評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
量子アルゴリズムを用いることにより、従来のコンピュータでは現実的な時間や規模で解けなかった問題を解くことが期待される。そこで、この量子アルゴリズムを用いた多様な応用技術が検討されている(例えば、特許文献1)。この特許文献1に記載された検出装置は、量子ビットを操作して、ウイルスのデータに対応する複数の固有状態を重ね合わせ状態で保持する。そして、コンテンツを受信した場合は、重ね合わせ状態の固有状態のうち、コンテンツに含まれるウイルスのデータに対応する固有状態の確率振幅を反転させるユニタリ演算子を生成する。
【0003】
また、金融派生商品の価格評価への適用も検討されている。金融派生商品の価格は、株価などの原資産の未来の値動きの(リスク中立測度の下での)期待値として算出できる。この期待値の算出において、通常は大量の未来の値動きのシナリオを考慮するモンテカルロ法が使用されており、多くの計算機資源が必要となる。量子コンピュータでは、ビットの重ね合わせによる複数のシナリオの同時計算が可能なため、従来のコンピュータのモンテカルロ法よりも、計算を高速化できる可能性がある(例えば、非特許文献1)。この非特許文献1に記載された技術では、価格算出のために量子アルゴリズムを用いる。例えば、ヨーロピアンコールオプションの場合、満期時の原資産価格と権利行使価格によって、オプション価格を算出する。この場合、オプション価格Cは、期待値EQを用いて、下記式により算出できる。
【0004】
【数1】
ここで、「r」はリスクフリーレート、「T」は満期日までの期間、「f(・)」はペイオフ関数、「S(T)」は満期時点での原資産価格である。
【0005】
従来のコンピュータにおけるモンテカルロ計算において、金融派生商品の価格を精度εで算出する場合には、N=O(1/ε2)回計算を繰り返す。すなわち、O(1/ε2)個の値動きのシナリオを発生させる。
【0006】
一方、量子計算を用いて、金融派生商品の価格の算出を行なう場合には、N=O(1/ε)回の繰り返し計算で同等の精度を達成することが可能である。
量子計算では、下記の式で表される期待値の近似値を算出することが目的である。
【0007】
【数2】
ここでパスxは2n個を考慮しており、pxはパスxを取る確率、g(x)はパスxを取る際のペイオフ関数である。
【0008】
この式を量子コンピュータで計算するために、まず、原資産の将来の値動きのシナリオの重ね合わせ状態を作成する演算子P(第1演算子)を仮定する。
【0009】
【数3】
ここで、|0n〉は状態n個の量子ビットレジスタがすべて0の状態であり、計算の初期状態である。
【0010】
次に、この状態に補助ビットを1ビット追加して、補助ビットの振幅としてペイオフ関数を算出する演算子Rを仮定する。
【0011】
【数4】
演算子Pと演算子Rを合わせた演算子を以下のように定義する。
【0012】
【数5】
ここで、Ikは、kビットの恒等演算子であり、I1は、1ビットに対する恒等演算子を表す。演算子Aを初期状態|0n〉に作用させた状態|ψ〉を以下のように定義する。
【0013】
【数6】
ここで、補助量子ビットを測定すると、|1〉を観測する確率として〔数2〕の期待値が得られる。
【0014】
【数7】
この状態を繰り返し観測し、|1〉を観測する回数から期待値を推定した場合には、繰り返し回数Nと期待値の推定精度εの関係は大数の法則から以下のように表せる。
【0015】
【数8】
この場合、精度εの達成に要する繰り返し回数Nは、古典計算でのモンテカルロ法と変わらないことになる。
【0016】
そこで、量子アルゴリズムにより、繰り返し回数の低減を図る(例えば、非特許文献2)。この非特許文献2に記載された技術では、振幅増幅操作の数が異なる量子回路から生成された測定データの組み合わせに基づく最尤推定を利用する。
【0017】
図8を用いて、非特許文献2に記載された量子アルゴリズムの具体的な処理手順を説明する。
まず、〔数6〕の数式を、以下のように表記し直す(ステップS00)。
【0018】
【数9】
次に、繰り返し回数を決定する(ステップS01)。ここでは、要求する精度εの逆数を用いて、繰り返し回数kmax~(1/ε)を設定する。mk及びNk(k=0,1,…kmax)はユーザが自由に設定できる変数であるが、例えば、非特許文献2では、mk=FLOOR(2k-1)及びNk=100を使用している。
【0019】
そして、カウンターjの初期化、(j=0)、ヒット回数の初期化(hk=0)を行なう(ステップS02)。
次に、〔数9〕の|ψ〉に対してmk回、グローバー(Grover)演算子Gを作用させた状態を生成する(ステップS03)。
ここで、下記式で定義されるグローバー演算子Gを用いる。
【0020】
【数10】
ここで、U0は初期状態|0n+1〉に対して、Ufは|ψ0〉|0〉に対して、それぞれ符号を反転する演算子であり、下記式で定義される。
【0021】
【数11】
グローバー演算子Gを、下記のように、〔数9〕の|ψ〉に対してmk回、作用させる。
【0022】
【数12】
ここでグローバー演算子Gによる振幅増幅の概要を説明する。図9に示すように、グローバー演算子Gでは、〔数9〕の重ね合わせ状態|ψ〉を、基底|ψ0〉|0〉に対して反転演算を行なった第1ベクトルを生成し、この第1ベクトルを重ね合わせ状態|ψ〉に対して反転演算を行なうことにより、θの増幅を行なう。
【0023】
そして、最後のビットが「1」かどうかを判定する(ステップS04)。
最後のビットが「1」の場合(ステップS04において「YES」の場合)、ヒット回数を加算する(ステップS05)。
【0024】
最後のビットが「1」でない場合(ステップS04において「NO」の場合)、ヒット回数の加算(ステップS05)をスキップする。
そして、カウンターjが「Nk」に達したかどうかを判定する(ステップS06)。
【0025】
カウンターjが「Nk」に達していない場合(ステップS06において「NO」の場合)、カウンターjに「1」を加算して、ステップS03以降の処理を繰り返す。
一方、カウンターjが「Nk」に達した場合(ステップS06において「YES」の場合)、ヒット回数hkを記録する(ステップS07)。
【0026】
次に、繰り返し回数kが「kmax」に達したかどうかを判定する(ステップS08)。
繰り返し回数kが「kmax」に達していない場合(ステップS08において「NO」の場合)、繰り返し回数kに「1」を加算して、ステップS02以降の処理を繰り返す。
【0027】
一方、繰り返し回数kが「kmax」に達した場合(ステップS08において「YES」の場合)、下記式の尤度関数を用いて、sin(θ)の最尤推定を行なう(ステップS09)。すなわち、尤度を最大にするθを算出する。
【0028】
【数13】
ここで、Lkはhk(繰り返し回数kのヒット回数)のみを使って定義される部分尤度関数、Lは全体の尤度関数、Pは補助ビットに「1」を観測する確率密度関数である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0029】
【特許文献1】特開2017-59074号公報
【非特許文献】
【0030】
【非特許文献1】Patrick Rebentrost,Brajesh Gupt,Thomas R.Bromley、「Quantum computational finance:Monte Carlo pricing of financial derivatives」、[online]、arXiv.org、Cornell University.、2018年4月30日、[令和3年2月25日検索]、インターネット<https://arxiv.org/abs/1805.00109>
【非特許文献2】Yohichi Suzuki,Shumpei Uno,Rudy Raymond,Tomoki Tanaka,Tamiya Onodera,Naoki Yamamoto、「Amplitude estimation without phase estimation」2019年4月23日、[令和3年2月25日検索]、インターネット<https://arxiv.org/abs/1904.10246>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0031】
量子状態は、通常、システムと環境との相互作用から生じるノイズによって乱される。しかしながら、上述した最尤推定では、ノイズの影響が考慮されていない。
そこで、ノイズの影響を考慮した場合の計算を説明する。
【0032】
脱分極ノイズを想定し、動作時に毎回、次の脱分極ノイズがシステムに作用すると仮定する。
【0033】
【数14】
ρは任意の密度行列、rはノイズの強さを表す既知の定数(確率1-rでランダムなビット列になるようなノイズ)、In-1はn+1量子ビット空間上の恒等演算子である。また、d=2n+1はn+1量子ビットシステムの次元である。
【0034】
以上の脱分極ノイズ下において、グローバー演算子Gを、初期状態|ψ〉にmk回、作用させた状態の密度行列は以下となる。
【0035】
【数15】
ここで、Nq=2mk+1は演算子Aの呼出回数である。この状態から最終ビットを読み出した時に0または1が得られる確率pG,r(0;θ,Nq)及びpG,r(1;θ,Nq)は、それぞれ以下のように表現できる。
【0036】
【数16】
よって、脱分極ノイズ下では、〔数13〕の尤度関数は以下のように変更されることとなり、この尤度関数を用いることで最尤推定を実行することができる。
【0037】
【数17】

ここで一般論として、未知の母数θを含む確率モデルにおいて、Nk個の測定結果からθを推定する際の推定精度の下限は、フィッシャー情報量Fを用いて、以下のように与えられる。
【0038】
【数18】
ここで、E[・]は確率モデルの下での期待値、サーカムフレックスアクセントθは測定結果から構成されるθの不偏推定量である。測定回数Nkが十分大きい場合には、上述の不等式の下限を最尤推定によりほぼ達成可能なことが知られている。このため、以下では、手法の性能をフィッシャー情報量により評価する。
【0039】
確率分布〔数16〕に関連するフィッシャー情報Fc,G,r(θ,Nq)は以下のように表現できる。
【0040】
【数19】
このフィッシャー情報量は、以下の上包絡線を持つ。
【0041】
【数20】
一方で、図10に示すように、演算子Aを用いた任意の演算から得られるフィッシャー情報量の上限Fu(Nq)は以下のように与えられる。
【0042】
【数21】
図11には、〔数20〕及び〔数21〕を比較したものを示す(r=0.99,n=10の場合)。ここで、曲線f01は、〔数20〕のフィッシャー情報量の理論的な上限であり、曲線f02は〔数21〕から算出されるフィッシャー情報量である。図11から、両者には大きな乖離があることがわかる。ノイズ状況下で、できる限り理論的な上限の〔数21〕に近い性能を持つような具体的な手法を実現することは重要な課題である。
【課題を解決するための手段】
【0043】
上記課題を解決する価格評価システムは、量子状態の操作部と、前記量子状態を保持する状態保持部と、前記量子状態を観測する計測部とを含む量子計算部と、金融商品の価格を評価する古典計算部とを備える。そして、前記操作部が、金融商品の将来の値動きのシナリオの重ね合わせ状態を生成する第1演算子を取得し、前記第1演算子のエルミート共役を、ビット列の最後のビットが「0」の量子状態に対して、初期状態の反転演算を行なって第2状態を生成し、前記第2状態を、前記初期状態に対して反転演算を行なった第3状態を生成する操作を、前記状態保持部を用いて繰り返して作成した量子状態に対して、前記計測部が前記ビット列の計測を行ない、全ビットが「0」になったヒット回数を前記古典計算部に記録する。その後、前記古典計算部が、前記繰り返しにおける前記ヒット回数に応じた最尤推定により、前記金融商品の価格評価を行なう。
【発明の効果】
【0044】
本発明によれば、量子計算の振幅推定を用いて、ノイズの影響を抑制して金融商品価格を算出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0045】
図1】本実施形態のシステム概略図。
図2】本実施形態のハードウェア構成の説明図。
図3】本実施形態の処理手順の説明図。
図4】本実施形態の演算の説明図。
図5】本実施形態のフィッシャー情報量の説明図であって、(a)はn=1、(b)はn=10、(c)はn=100の場合の説明図。
図6】本実施形態の推定誤差の数値シミュレーション結果の説明図であって、(a)は「目標値=2/3」、(b)は「目標値=1/3」、(c)は「目標値=1/6」の場合の説明図。
図7】本実施形態の推定誤差の数値シミュレーション結果の説明図であって、(a)は「目標値=1/12」、(b)は「目標値=1/24」、(c)は「目標値=1/48」の場合の説明図。
図8】従来の処理手順の説明図。
図9】従来の演算の説明図。
図10】演算子Aを用いた任意の演算の説明図。
図11】既存手法と理論限界のフィッシャー情報量の乖離を示す説明図。
【発明を実施するための形態】
【0046】
以下、図1図7を用いて、価格評価システム及び価格評価方法の一実施形態を説明する。本実施形態では、複数のシナリオからなる価格変動モデルにおいて、原資産価格にデリバティブに応じたペイオフ関数を作用させたものの期待値を算出することで、金融商品の価格を算出する。
このため、図1に示すように、ネットワークで接続されたユーザ端末10、演算装置20を用いる。
【0047】
(ハードウェア構成の説明)
図2を用いて、ユーザ端末10、演算装置20(古典コンピュータ)を構成する情報処理装置H10のハードウェア構成を説明する。情報処理装置H10は、通信装置H11、入力装置H12、表示装置H13、記憶装置H14、プロセッサH15を備える。なお、このハードウェア構成は一例であり、他のハードウェアにより実現することも可能である。
【0048】
通信装置H11は、他の装置との間で通信経路を確立して、データの送受信を実行するインタフェースであり、例えばネットワークインタフェースや無線インタフェース等である。
【0049】
入力装置H12は、利用者等からの入力を受け付ける装置であり、例えばマウスやキーボード等である。表示装置H13は、各種情報を表示するディスプレイ等である。
記憶装置H14は、ユーザ端末10、演算装置20の各種機能を実行するためのデータや各種プログラムを格納する装置である。記憶装置H14の一例としては、ROM、RAM、ハードディスク等がある。
【0050】
プロセッサH15は、記憶装置H14に記憶されるプログラムやデータを用いて、ユーザ端末10、演算装置20における各処理を制御する。プロセッサH15の一例としては、例えばCPUやMPU等がある。このプロセッサH15は、ROM等に記憶されるプログラムをRAMに展開して、各サービスのための各種プロセスを実行する。
【0051】
プロセッサH15は、自身が実行するすべての処理についてソフトウェア処理を行なうものに限られない。例えば、プロセッサH15は、自身が実行する処理の少なくとも一部についてハードウェア処理を行なう専用のハードウェア回路(例えば、特定用途向け集積回路)を備えてもよい。すなわち、プロセッサH15は、(1)コンピュータプログラムに従って動作する1つ以上のプロセッサ、(2)各種処理のうち少なくとも一部の処理を実行する1つ以上の専用のハードウェア回路、或いは(3)それらの組み合わせ、を含む回路として構成し得る。プロセッサは、CPU並びに、RAM及びROM等のメモリを含み、メモリは、処理をCPUに実行させるように構成されたプログラムコード又は指令を格納している。メモリすなわちコンピュータ可読媒体は、汎用又は専用のコンピュータでアクセスできるあらゆる利用可能な媒体を含む。
【0052】
(システム構成)
次に、図1を用いて、ユーザ端末10、演算装置20のシステム構成を説明する。
ユーザ端末10は、利用者が用いるコンピュータ端末である。
【0053】
演算装置20は、振幅推定を行なうためのコンピュータである。
この演算装置20は、後述する処理(管理段階、量子計算段階、古典計算段階等の各処理等)を行なう。そのためのプログラムを実行することにより、管理部21、量子計算部22、古典計算部23として機能する。
【0054】
管理部21は、量子計算及び古典計算の管理を行なう。
量子計算部22は、量子計算を行なう。本実施形態では、振幅増幅アルゴリズムを実行する。量子計算部22は、操作部221、状態保持部222、計測部223を含む。
【0055】
操作部221は、状態保持部の量子ビットを操作する量子演算に応じた量子操作を行なう。この場合、操作部221は、量子ゲート等の量子回路を用いて状態保持部222が保持する状態を操作(作成)したり、磁気や光子の経路(回路)を操作することにより状態保持部222が保持する状態を操作(作成)したりする。
【0056】
状態保持部222は、複数の量子ビットを備え、任意の量子状態を保持する。各量子ビットは、電子準位、電子スピン、イオン準位、各スピン、光子等、任意の物理状態で複数の値の重ね合わせ状態を保持する。重ね合わせ状態を保持できれば、量子ビットは上記に限定されるものではない。
【0057】
計測部223は、状態保持部222の量子ビットの重ね合わせ状態の固有状態を観測する。計測部223は、状態保持部222の量子ビットの状態に応じて、ヒット回数を記録する。そして、計測部223は、観測値を、管理部21を通じて、古典計算部23に出力する。
【0058】
古典計算部23は、古典計算を行なう。本実施形態では、最尤推定アルゴリズムを実行することで、下記の補助ビットが|1〉の状態の振幅を推定し、金融商品の価格を算出する(〔数6〕の再掲)。
【0059】
【数22】
以下では、量子計算としては、振幅増幅アルゴリズムを用い、その他の部分は古典コンピュータを用いる。
【0060】
まず、管理部21は、ユーザ端末10から、演算子Aを取得する(ステップS10)。この演算子A(第1演算子)は、金融派生商品の種類に応じた関数により決定される。そして、管理部21は、操作部221で、以下の状態|ψ〉を生成する。
【0061】
【数23】
この場合、量子計算部22の操作部221は、繰り返し回数kmaxを決定する(ステップS11)。ここでは、ユーザ端末10から要求精度εを取得し、要求精度εに応じて、繰り返し回数kmax=O(1/ε)を算出する。
【0062】
そして、量子計算部22の操作部221は、カウンターjの初期化、(j=0)、ヒット回数の初期化(hk=0)を行なう(ステップS12)。
次に、量子計算部22の操作部221は、状態保持部222にて、|ψ〉に対してmk回、改良グローバー(Grover)演算子Qを作用させた状態を用意する(ステップS13)。
【0063】
ここで、演算子Aと、演算子Aのエルミート共役を用いた下記式で表される改良グローバー演算子Qを用いる。
【0064】
【数24】
グローバー演算子Gでは、|ψ0n|0〉と|ψ1n|1〉(又はA|0〉n+1と|ψ0n|0〉)との間での回転を行なう。一方、改良グローバー演算子Qは、|0〉n+1とAt0n|0〉との間での回転を行なう。
【0065】
この場合、改良グローバー演算子Qを、初期状態|0〉n+1に対して、mk回作用させた状態|ψQ(θ,Nq)〉は以下のようになる。
【0066】
【数25】
ここで、改良グローバー演算子Qによる振幅増幅の動作の概略を以下に示す。
【0067】
図4に示すように、改良グローバー演算子Qでは、まず、全n+1ビット「0」の計算基底|0〉n+1を、下記状態に対して、反転演算を行なう。
【0068】
【数26】
この結果、第2状態Atf|0〉n+1を得る。ここで、|ψ〉n+1は、すべてのビットが「0」以外の何らかの状態である。
【0069】
この第2状態を、初期状態|0〉n+1に対して反転演算を行なった第3状態Q|0〉n+1を生成する。
〔数25〕は、以上の改良グローバー演算子Qをmk回、行なったものである。
【0070】
次に、量子計算部22の計測部223は、状態保持部222において、全ビットが「0」かどうかを判定する(ステップS14)。
状態保持部222において、計測部223が全ビット「0」と判定した場合(ステップS14において「YES」の場合)、量子計算部22の操作部221は、ヒット回数を加算する(ステップS15)。具体的には、操作部221は、ヒット回数hkに「1」を加算する。
【0071】
状態保持部222において、全ビットが「0」でない場合(ステップS14において「NO」の場合)、量子計算部22の計測部223は、ヒット回数の加算処理(ステップS15)をスキップする。
【0072】
そして、量子計算部22の操作部221は、カウンターjが「Nk」に達したかどうかを判定する(ステップS16)。
カウンターjが「Nk」に達していない場合(ステップS16において「NO」の場合)、量子計算部22の操作部221は、カウンターjに「1」を加算して、ステップS13以降の処理を繰り返す。
【0073】
一方、カウンターjが「Nk」に達した場合(ステップS16において「YES」の場合)、量子計算部22の操作部221は、ヒット回数hkを記録する(ステップS17)。具体的には、操作部221は、古典計算部23に、ヒット回数hkを記録する。
【0074】
次に、量子計算部22の操作部221は、繰り返し回数kが「kmax」に達したかどうかを判定する(ステップS18)。
繰り返し回数kが「kmax」に達していない場合(ステップS18において「NO」の場合)、量子計算部22の操作部221は、繰り返し回数kに「1」を加算して、ステップS12以降の処理を繰り返す。
【0075】
一方、繰り返し回数kが「kmax」に達した場合(ステップS18において「YES」の場合)、古典計算部23は、下記式の尤度関数を用いて、sinθの最尤推定を行なう(ステップS19)。具体的には、古典計算部23は、尤度を最大にするθを算出する。
【0076】
【数27】
以上が本手法のアルゴリズムである。
次に本手法の性能評価を示し、本手法が既存の手法に対して優位な性能を持ち、かつ、理論限界に非常に近い性能を持つことを示す。
【0077】
初期状態に対して、ノイズ状況下において、改良グローバー演算子Qをmk回、作用させた後の状態は、下記式で与えられた。
【0078】
【数28】
ここで、Nq=2mkは演算子Aの呼出回数である。この状態から、全ビットを読み出した際の確率分布は、以下のように表現できる。
【0079】
【数29】
ここで、pQ,r(0;θ,Nq)は全ビットが「0」の確率、pQ,r(1;θ,Nq)はそれ以外のビット列が得られる確率を示す。
【0080】
本実施形態により、直感的には、以下のような効果を得ることができることが予想される。
(1)既存手法のグローバー演算子では、|ψ0〉|0〉への写像によりθを評価しており、上位ビットの状態が不明なため、最後のビットのみからしかノイズの情報を得ることができず、ノイズを抑制しにくいと考えられる。一方、本実施形態によれば、|0〉n+1と基底のすべてのビット列が既知であることから、すべてのビットの観測からノイズに関する情報を得ることが可能であり、ノイズをより抑制できると考えられる。
結果として、〔数29〕のp(mk)=pQ,r(0;θ,Nq)の第2項は、1/d=1/2nと、ビット数nに対して指数関数的にノイズを抑制できる。
【0081】
次に、実際に、本実施形態の優位性をフィッシャー情報量の観点から述べる。〔数29〕の確率分布に関連するフィッシャー情報量は以下のように表現できる。
【0082】
【数30】
このフィッシャー情報量は、以下の上包絡線Fc,Q,r(Nq)|envを持つ。
【0083】
【数31】
図5は、以下の呼出回数とフィッシャー情報量との関係を示している。
・〔数20〕の既存手法のグローバー演算子G
・〔数31〕の改良グローバー演算子Qのフィッシャー情報量の包絡線(Fc,G,r(Nq)|env及びFc,Q,r(Nq)|env)
・〔数22〕のフィッシャー情報量の理論的な上限(Fu(Nq))
【0084】
図5(a)に示すように、n=1(d=2)の場合、グローバー演算子Gのフィッシャー情報の包絡線の曲線f11,改良グローバー演算子Qのフィッシャー情報量の包絡線の曲線f12、フィッシャー情報量の理論的な上限f13は、ほぼ一致している。
【0085】
図5(b)は、n=10(d=210)、図5(c)は、n=100(d=2100)の場合を示している。図5(b)に示すように、改良グローバー演算子Qのフィッシャー情報量の包絡線の曲線f22は、グローバー演算子Gのフィッシャー情報の包絡線の曲線f21より大きくなり、フィッシャー情報量の理論的な上限f23に近づく。本実施形態のフィッシャー情報量(Fc,Q,r(Nq)|env)はビット数が大きい極限において、理論的な上限(Fu)に一致する。特に、図5(c)に示すように、すでに100ビット程度の比較的少数のビットにおいても、改良グローバー演算子Qのフィッシャー情報量の包絡線の曲線f32は、ほぼフィッシャー情報量の理論的な上限f33に到達している。なお、曲線f31は、グローバー演算子Gのフィッシャー情報量の包絡線を示す。
これにより、改良グローバー演算子Qを用いた場合の方が、グローバー演算子Gを用いた場合よりもフィッシャー情報量は大きくなることがわかる。
【0086】
以上はフィッシャー情報量の包絡線による議論であるが、様々なθに対して数値シミュレーションを行なうことにより、本手法が実際に有用であることも確認できる。
【0087】
図6図7に示すように、横軸を演算子Aの呼出回数Nq、縦軸をθの推定誤差として実施した数値シミュレーションの結果を示している。ここで、図6図7は、目標値(a=sin2θ)を変更した場合を示す。図6(a)は「a=2/3」、図6(b)は「a=1/3」、図6(c)は「a=1/6」である。また、図7(a)は「a=1/12」、図7(b)は「a=1/24」、図7(c)は「a=1/48」である。「丸」は既存手法、「三角」は本実施形態を用いた場合の数値シミュレーションの結果であり、呼出回数Nqが大きい場合に数倍(2~3倍)程度、本実施形態の方が良い精度を示していることがわかる。
【0088】
(2)本実施形態によれば、量子計算部22の計算結果を、古典計算部23で最尤推定することにより、状態|1>の振幅(=オプションの価格)を算出する。これにより、量子計算に用いる量子コンピュータに求められる性能の低減を図ることができる。
【0089】
本実施形態は、以下のように変更して実施することができる。本実施形態及び以下の変更例は、技術的に矛盾しない範囲で互いに組み合わせて実施することができる。
・上記実施形態では、改良グローバー演算子を用いて、金融派生商品の価格を算出する。本発明の適用範囲は、金融派生商品の価格評価に限定されるものではなく、例えば、複数のシナリオからなる価格変動モデルにおいて、資産リスク評価指標であるVAR(Value at Risk)値を算出する場合にも適用できる。その他、金融に限らず、乱数を用いて計算されるモンテカルロ計算への広範な応用が可能である。
・上記実施形態では、量子計算と古典計算とを併用する。すべてを、量子コンピュータによって実現してもよい。
【0090】
次に、上記実施形態及び別例から把握できる技術的思想について、以下に追記する。
(a)前記金融商品の価格評価として、原資産価格にデリバティブに応じたペイオフ関数を作用させたものの期待値を算出することを特徴とする請求項1に記載の価格評価システム。
(b)前記金融商品の価格評価として、資産リスク評価指標を算出することを特徴とする請求項1に記載の価格評価システム。
【符号の説明】
【0091】
10…ユーザ端末、20…演算装置、21…管理部、22…量子計算部、221…操作部、222…状態保持部、223…計測部、23…古典計算部。
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