(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022174608
(43)【公開日】2022-11-24
(54)【発明の名称】神経細胞への分化状態の評価方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/06 20060101AFI20221116BHJP
C12Q 1/6888 20180101ALI20221116BHJP
【FI】
C12Q1/06
C12Q1/6888 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021080525
(22)【出願日】2021-05-11
(71)【出願人】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100141852
【弁理士】
【氏名又は名称】吉本 力
(74)【代理人】
【識別番号】100143096
【弁理士】
【氏名又は名称】山岸 忠義
(72)【発明者】
【氏名】近藤 伸彦
(72)【発明者】
【氏名】石部 恵子
【テーマコード(参考)】
4B063
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA18
4B063QQ08
4B063QQ80
(57)【要約】
【課題】多能性幹細胞が神経細胞へ分化しているか否かを非侵襲的に評価することができる。
【解決手段】複数の培養段階を実施して多能性幹細胞を神経細胞へ分化誘導する際に、培養細胞における神経細胞への分化状態を評価する方法であって、複数の培養段階で、培養上清における指標物質の存在量を測定する測定ステップと、指標物質の存在量に基づいて、前記培養細胞の分化状態を判定する判定ステップとを備え、指標物質が、2-アミノエタノール、コリン、グルタミン酸およびセリンの少なくとも1種である。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の培養段階を実施して多能性幹細胞を神経細胞へ分化誘導する際に、培養細胞における神経細胞への分化状態を評価する方法であって、
前記複数の培養段階で、培養上清における指標物質の存在量を測定する測定ステップと、
前記指標物質の存在量に基づいて、前記培養細胞の分化状態を判定する判定ステップと
を備え、
前記指標物質が、2-アミノエタノール、コリン、グルタミン酸およびセリンの少なくとも1種である、神経細胞への分化状態の評価方法。
【請求項2】
前記判定ステップにおいて、前記指標物質の存在量の経時変化を確認することによって、前記培養細胞の分化状態を判定する、請求項1に記載の評価方法。
【請求項3】
複数の培養段階が、
前記多能性幹細胞を神経細胞へ分化誘導する分化培養段階と、
前記分化培養段階に先立って前記多能性幹細胞を培養する準備培養段階と
を備え、
前記準備培養段階で測定した前記指標物質の存在量と、前記分化培養段階で測定した前記指標物質の存在量とを比較することによって、前記培養細胞の分化状態を判定する、請求項1または2に記載の評価方法。
【請求項4】
前記準備培養段階が、
前記多能性幹細胞を未分化の状態で増殖させる維持培養段階と、
前記多能性幹細胞を順化培養する順化培養段階と
を順に備える、請求項3に記載の評価方法。
【請求項5】
前記分化培養段階が、
神経前駆細胞へ誘導するための第1分化培養段階と、
大脳皮質ニューロンへ誘導するための第2分化培養段階と
を順に備える、請求項3または4に記載の評価方法。
【請求項6】
前記指標物質が、2-アミノエタノールである、請求項1~5のいずれか一項に記載の評価方法。
【請求項7】
前記指標物質が、コリンおよびセリンの少なくとも1種である、請求項1~5のいずれか一項に記載の評価方法。
【請求項8】
前記指標物質が、グルタミン酸である、請求項1~5のいずれか一項に記載の評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経細胞への分化状態の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、細胞の分化状態を評価する手法としては、免疫染色を利用した方法やマーカー遺伝子の発現レベルを定量する方法などが広く用いられる。しかしながら、これらの方法は、細胞に対して侵襲的な処理を実施する必要があるため、評価に供した細胞を、別の目的、例えば、再生医療用の細胞源に利用することができない。そこで、近年、細胞に侵襲的な処理を実施しない方法が提案されている(特許文献1参照)。
【0003】
特許文献1の分化状態の評価方法では、分化状態が未知の多能性幹細胞を被検細胞とするとともに、分化状態が既知である多能性幹細胞を対照細胞として、被検細胞の培養上清におけるキヌレニン存在量と、対照細胞の培養上清におけるキヌレニン存在量とを比較する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1の評価方法は、多能性幹細胞が未分化状態か否かを評価することに対しては有効である。しかしながら、多能性幹細胞から神経細胞などの目的細胞へ分化誘導する場合において、目的細胞へ分化しているか否かを評価することができない不具合がある。
【0006】
本発明は、多能性幹細胞を神経細胞に分化誘導する際に、神経細胞への分化状態を非侵襲的に評価できる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の第1の態様は、複数の培養段階を実施して多能性幹細胞を神経細胞へ分化誘導する際に、培養細胞における神経細胞への分化状態を評価する方法であって、前記複数の培養段階で、培養上清における指標物質の存在量を測定する測定ステップと、前記指標物質の存在量に基づいて、前記培養細胞の分化状態を判定する判定ステップとを備え、前記指標物質が、2-アミノエタノール、コリン、グルタミン酸およびセリンの少なくとも1種である。
【発明の効果】
【0008】
本発明の第1の態様によれば、多能性幹細胞が神経細胞へ分化しているか否かを非侵襲的に評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本発明の第1の態様における神経細胞への分化状態の評価方法を説明する模式図である。
【
図2】実施例で用いた培地(StemFit)の成分例である。
【
図3】実施例で用いた培地(DMEM/F12)の成分例である。
【
図4】実施例において培養上清のLCMS分析により求められた指標物質(2-アミノエタノール)の存在量の経時変化を示すグラフである。縦軸は、標準物質に対する指標物質の面積比の差分、横軸は、培養日数を示す。
【
図5】実施例において培養上清のLCMS分析により求められた指標物質(コリン)の存在量の経時変化を示すグラフである。
【
図6】実施例において培養上清のLCMS分析により求められた指標物質(グルタミン酸)の存在量の経時変化を示すグラフである。
【
図7】実施例において培養上清のLCMS分析により求められた指標物質(セリン)の存在量の経時変化を示すグラフである。
【
図8】参考例において培養上清のLCMS分析により求められた指標物質(オルニチン)の存在量の経時変化を示すグラフである。
【
図9】参考例において培養上清のLCMS分析により求められた指標物質(シスチン)の存在量の経時変化を示すグラフである。
【
図10】参考例において培養上清のLCMS分析により求められた指標物質(リボフラビン)の存在量の経時変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
1.第1の態様
第1の態様は、複数の培養段階(培養工程)を実施して多能性幹細胞を神経細胞へ分化誘導する際に、培養細胞における神経細胞への分化状態を評価する方法である。すなわち、第1の態様は、複数の培養段階を実施する際に、培養中の細胞に対して分化状態の評価方法を実施する。
【0011】
[培養段階]
第1の態様は、準備培養段階および分化培養段階を順に備える。
【0012】
(準備培養段階)
準備培養段階では、多能性幹細胞を、分化培養の準備のために、例えば、増殖・順化などの目的に応じて、培養する。準備培養段階は、維持培養段階および順化培養段階を順に備える。
【0013】
維持培養段階(未分化維持培養段階)では、培養細胞として多能性幹細胞を用意し、多能性幹細胞を未分化の状態で増殖させる。多能性幹細胞としては、iPS細胞、ES細胞などが挙げられる。培養に用いる培地としては、多能性幹細胞の培養に一般的に使用される培地を用いれよく、例えば、StemFit(登録商標)シリーズなどが挙げられる。
図2にStemFitの構成成分の一例を示す。必要に応じて、多能性幹細胞を効率よく増殖させるために、iMatrix-511などの細胞培養基質を培養容器にコーティングしてもよい。
【0014】
順化培養段階では、増殖させた多能性幹細胞を順化培養する。具体的には神経細胞へ分化し易くさせる。培地としては、例えば、維持培養段階と同様の培地が挙げられる。必要に応じて、培地に、神経細胞への分化に誘導するための受容体阻害剤、例えば、TGF-β受容体阻害剤、BMP阻害剤、GSK3阻害剤などを添加してもよい。
【0015】
準備培養段階では、それぞれ、接着培養および浮遊培養のいずれを実施してもよく多能性幹細胞または培地の種類などに応じて常法に従い適宜決定する。第1態様では、例えば、維持培養段階および順化培養段階ともに、接着培養を採用すればよい。
【0016】
(分化培養段階)
分化培養段階では、多能性幹細胞を神経細胞へ分化誘導する。分化培養段階は、第1分化培養段階および第2分化培養段階を順に備える。
【0017】
第1分化培養段階では、準備培養段階後の多能性幹細胞(培養細胞)を、神経前駆細胞へ分化誘導する。第1分化培養段階で用いる培地としては、例えば、DMEM/F12、DMEM/F12を主成分とする培地(例えば、mTeSR1)などが挙げられる。
図3にDMEM/F12の構成成分の一例を示す。培地には、神経前駆細胞へ誘導するための添加剤を添加する。添加剤としては、糖類、アミノ酸類、緩衝剤、各種成長因子、各種阻害剤、各種サプリメントなどが挙げられる。
【0018】
第2分化培養段階では、第1分化培養段階後の多能性幹細胞(培養細胞)、すなわち、神経前駆細胞を、大脳皮質ニューロンへ分化誘導する。第2分化培養段階で用いる培養としては、第1分化培養段階の培養と同様のものを用いることができる。培地には、大脳皮質ニューロンへ誘導するための添加剤を添加する。添加剤としては、糖類、アミノ酸類、緩衝剤、各種サプリメントなどが挙げられる。必要に応じて、神経皮質ニューロンへと確実に分化させるために、ポリ-L-オルニチン、ラミニンなどの細胞培養基質を培養容器にコーティングすればよい。
【0019】
分化培養段階では、それぞれ、接着培養および浮遊培養のいずれを実施してもよく、培養細胞または培地の種類などに応じて常法に従い適宜決定する。第1態様では、例えば、第1分化培養段階では浮遊培養、第2分化培養段階では接着培養を採用すればよい。
【0020】
第1の態様では、上記の各培養段階で、それぞれ、継代培養を実施する。すなわち、培地交換を実施する。培地交換は公知の方法で実施することができる。培地交換の間隔は、例えば、準備培養段階では、1~2日おき、分化培養段階では、2~4日おきに実施すればよい。
【0021】
[評価方法]
第1の態様は、評価方法として、測定ステップおよび判定ステップを順に備える。
【0022】
(測定ステップ)
測定ステップでは、培養上清における指標物質の存在量を測定する。すなわち、培地交換ごとに、使用した培地に対してその上清を取得し、培養上清に含有される指標物質の存在量を測定する。具体的には、(a)使用前の培地における培養上清、および、(b)その培地を上記培養段階で使用した後の培地における培養上清、の両方に対して、指標物質の存在量を測定する。続いて、使用前後における指標物質の増減を算出する。
【0023】
指標物質は、2-アミノエタノール、コリン、グルタミン酸およびセリンの少なくとも1種である。
【0024】
各培養段階において、それぞれ、少なくとも1つの培地に対して、指標物質の存在量を測定すればよいが、好ましくは、使用した培地の半分以上、より好ましくは、使用した培地の全てを測定する。
【0025】
培養上清における指標物質の存在量を測定する方法としては、例えば、質量分析法による定量分析、特に、液体クロマトグラフ質量分析装置(LC-MS)、ガスクロマトグラフ質量分析装置(GC-MS)を用いた定量分析を好適に利用することができる。この他にも、例えば、培養上清を溶離液とともに液体クロマトグラフィー装置に注入して溶出された成分を、分光検出器(例えば、紫外可視分光検出器、赤外分光検出器)にて検出する方法;指標物質を特異的に発光させる試薬を培養上清に添加し、発光強度を検出する方法なども挙げられる。
【0026】
また、指標物質の存在量は、絶対量を測定してもよく、相対量を測定してもよい。例えば、質量分析法にて相対量を測定する場合、指標物質を含有するサンプルに、所定量の標準物質(例えば、イソプロピルリンゴ酸)を添加して質量分析を実施し、指標物質の測定結果(マスクロマトグラムの面積)を標準物質の測定結果で標準化した相対値を算出する。そして、その相対値を指標物質の存在量として、判定ステップにて判定してもよい。
【0027】
(判定ステップ)
判定ステップでは、上記指標物質の存在量に基づいて、培養細胞の分化状態を判定する。具体的には、各培養段階で測定した上記指標物質の存在量(より詳しくは、指標物質の増減)の経時変化を確認する。特に、準備培養段階と分化培養段階との2つの段階では、培地使用前後における上記指標物質の増減の傾向が変化する。
【0028】
例えば、指標物質が2-アミノエタノールである場合、準備培養段階では、2-アミノエタノールの存在量は全体的に減少する傾向を示す。すなわち、培地中の2-アミノエタノールが消費される傾向を示す。一方、分化培養段階では、2-アミノエタノールの存在量は全体的にほぼ一定である傾向を示す。
【0029】
指標物質がコリンである場合、準備培養段階では、コリンの存在量は全体的に減少する傾向を示す。一方、分化培養段階では、コリンは全体的に増加する傾向を示す。すなわち、コリンが産出される傾向を示す。
【0030】
指標物質がグルタミン酸である場合、準備培養段階では、グルタミン酸の存在量は全体的に増加する傾向を示す。一方、分化培養段階では、グルタミン酸の存在量は全体的に減少する傾向を示す。
【0031】
指標物質がセリン酸である場合、準備培養段階では、グルタミン酸の存在量は全体的に減少する傾向を示す。一方、分化培養段階では、グルタミン酸の存在量は全体的に増加する傾向を示す。
【0032】
また、各段階は、準備培養段階と分化培養段階との2段階で比較してもよく、また、維持培養段階と、順化培養段階と、第1分化培養段階と、第2分化培養段階との4段階で比較してもよい。
【0033】
指標物質の増減傾向は、段階ごとに、平均値で決定してもよく、また、段階ごとに、増減の数の多い方で決定してもよい。すなわち、準備培養段階で例えば10個の培地を使用した場合、10個の増減量の平均値で、増減の傾向を決定してもよい。また、10点の培地に対して、それぞれ「増加」、「一定」および「減少」のいずれかに区分し、最も多い区分を採用して、増減の傾向を決定してもよい。
【0034】
増加、一定および減少のそれぞれの区分分けは、例えば、増減の範囲が所定の閾値以内である場合を一定とし、この閾値を超える場合は、増量または減少とすればよい。閾値は、使用前後の指標物質の増減の程度や標準物質の添加量などの観点から、適宜設定すればよい。
【0035】
各培養上清の測定は、培養上清を採集した後、逐一、直ちに測定を実施してもよく、また、採集した培養上清を一時的に冷凍保存し、全ての培養上清を採取した後に、測定を実施してもよい。
【0036】
本発明の第1の態様は、多能性幹細胞が神経細胞(特に、神経前駆細胞または大脳皮質ニューロン)へ分化しているか否かを非侵襲的に評価することができる。すなわち、培養細胞(多能性幹細胞、または、それから分化誘導された神経細胞)ではなく、培養上清を測定するため、培養細胞に侵襲的な処置をする必要がなく、培養後の細胞を別用途に利用することができる。また、培養上清の2-アミノエタノール、コリン、グルタミン酸またはセリンの存在量を測定するだけで、神経細胞への分化状態を判断できるため、評価方法が容易である。加えて、第1の態様では、接着培養および浮遊培養のいずれでも測定することができるため、培養形態に限定されずに、分化状態を評価することができる。
【0037】
2.第2の態様
第1の態様では、準備培養段階が、維持培養段階と、順化培養段階とを備えているが、例えば、第2の態様では、順化培養段階を備えていなくてもよい。すなわち、第2の態様では、培養段階が、維持培養段階と、第1分化培養段階と、第2分化培養段階とを順に有する。確実に神経細胞へ分化誘導できる観点から、好ましくは、第1の態様が挙げられる。
【0038】
3.態様
上述した複数の例示的な実施形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0039】
(第1項)複数の培養段階を実施して多能性幹細胞を神経細胞へ分化誘導する際に、培養細胞における神経細胞への分化状態を評価する方法であって、前記複数の培養段階で、培養上清における指標物質の存在量を測定する測定ステップと、前記指標物質の存在量に基づいて、前記培養細胞の分化状態を判定する判定ステップとを備え、前記指標物質が、2-アミノエタノール、コリン、グルタミン酸およびセリンの少なくとも1種であってもよい。
【0040】
(第2項)第1項に記載の評価方法において、前記判定ステップでは、前記指標物質の存在量の経時変化を確認することによって、前記培養細胞の分化状態を判定してもよい。
【0041】
(第3項)第1項または第2項に記載の評価方法において、複数の培養段階が、前記多能性幹細胞を神経細胞へ分化誘導する分化培養段階と、前記分化培養段階に先立って前記多能性幹細胞を培養する準備培養段階とを順に備え、前記準備培養段階で測定した前記指標物質の存在量と、前記分化培養段階で測定した前記指標物質の存在量とを比較することによって、前記培養細胞の分化状態を判定してもよい。
【0042】
(第4項)第3項に記載の評価方法において、前記準備培養段階が、前記多能性幹細胞を未分化の状態で増殖させる維持培養段階と、前記多能性幹細胞を順化培養する順化培養段階とを順に備えてもよい。
【0043】
(第5項)第3項または第4項に記載の評価方法において、前記分化培養段階が、神経前駆細胞へ誘導するための第1分化培養段階と、大脳皮質ニューロンへ誘導するための第2分化培養段階とを順に備えてもよい。
【0044】
(第6項)第1~5項のいずれか一項に記載の評価方法において、前記指標物質が、2-アミノエタノールであってもよい。
【0045】
(第7項)第1~5項のいずれか一項に記載の評価方法において、前記指標物質が、コリンおよびセリンの少なくとも1種であってもよい。
【0046】
(第8項)第1~5項のいずれか一項に記載の評価方法において、前記指標物質が、グルタミン酸であってもよい。
【実施例0047】
次に実施例および比較例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらによって限定されない。
【0048】
<培養段階>
iPS細胞を用いて大脳皮質ニューロンへの分化誘導を、下記段階に示す通りに、実施した(
図1参照)。なお、便宜上、維持培養を実施した日を「マイナス14日目」とし、第1分化培養を実施した日を「0日目」とした。
【0049】
(維持培養段階)
ヒト末梢血単核細胞に、エピソーマルベクターを用いてpCE-HoCT3/4、pCE-mp53DD、pCE-hSK、pCE-hUL、pCXB-EBNA1を導入して、iPS細胞を樹立した。
【0050】
次いで、iMatrix-511(細胞培養基質)でコーティングした培養容器に、StemFit AK02N培地を添加した。この培養容器を用いて、樹立したiPS細胞を継代培養した。
【0051】
(順化培養段階)
次いで、StemFit AK02N培地に、SB431532(TGF-β阻害剤)、LDN193189(BMP阻害剤)、および、CHIR99021(GSK3阻害剤)を添加した。この培地を用いて、上記iPS細胞を、継代培養した。
【0052】
(第1分化培養段階)
次いで、低接着性の培養容器にDMEM/F12培地を添加し、次いで、糖類、アミノ酸類、緩衝剤、FGF2(繊維芽細胞成長因子)、LIF(白血病阻止因子)、SB431542、IWP2(Wntシグナル阻害剤)、N2サプリメントおよびB27サプリメントを添加した。この培養容器を用いて、上記iPS細胞を、浮遊培養により培養した。これにより、神経前駆細胞であるニューロスフェアを得た。
【0053】
(第2分化培養段階)
次いで、ポリ-L-オルニチンおよびラミニンを含む細胞培養基質でコーティングした培養容器に、DMEM/F12培地、糖類、アミノ酸類、緩衝剤、N2サプリメントおよびB27サプリメントを添加した。この培養容器を用いて、上記ニューロスフェアを継代培養して、大脳皮質ニューロンへと分化誘導した。
【0054】
なお、維持培養および順化培養では、細胞の被覆面積が培養容器内の70~80%に達する状態(サブコンフルエント)までの1~2日ごとに培地を交換し、細胞の植え継ぎ作業および次の培養段階への移行作業(これら2つの作業を継代と総称する)を実施した。第1分化培養では、2~4日ごとに培地を交換し、12日目に第2分化誘導へと継代した。第2分化誘導では、2~3日おきに培地を交換して、26日目まで培養を実施した。なお、継代は、1mMエチレンジアミン四酢酸を含有する細胞剥離液(商品名:TrypLE Select、Thermo Fisher Scientific 社製)を用いた。
【0055】
<評価ステップ>
培地交換ごとにおいて、使用した培養上清における指標物質の増減量として、マスクロマトグラムの面積比の差分を、下記LC-MS分析の手法に従って測定した。
【0056】
(実施例1:2-アミノエタノールのLC-MS分析)
1.培養使用前の培地の上清を採取し、サンプルとした。サンプル100μLに、内部標準物質としての0.5mMイソプロピルリンゴ酸水溶液を20μL添加し、混合した後、アセトニトリルを200μL添加して、除蛋白を実施した。その後、サンプルを遠心分離(15000rpm、室温、15分間)して上清を回収し、超純水(Milli-Q(登録商標)水、メルク株式会社)で10倍希釈してLC-MS分析に供した。LC-MS分析では、島津製作所製の「LC/MS/MSメソッドパッケージ 細胞培養プロファイリング」(以下「MP」と略す)に収録された分析条件に従った。MPは培地に含まれる化合物及び細胞から分泌される代謝物をLC-MSで分析するための分析条件パラメータが集約されたものである。化合物の同定は、MPに登録されている標準品の保持時間とサンプル中の化合物の保持時間との差が±0.3分以内であること、定量イオン、確認イオンの両ピークが検出されていること、強度値が1000以上であることを基準に実施した。また、化合物の定量は、サンプル中の各化合物に特徴的なイオン(定量イオン)についてマスクロマトグラムのピーク面積を算出する方法により実施した。
【0057】
上記測定により得られたマスクロマトグラムにおいて、2-アミノエタノールに対応するピーク面積(A)を、イソプロピルリンゴ酸に対応するピーク面積(B)で除した値(A/B)を、2-アミノエタノールの使用前の存在量(C)として算出した。
【0058】
2.培養使用後の培地の上清を採取し、サンプルとした。これを上記1.と同様にして、2-アミノエタノールの使用後の存在量(D)を算出した。
【0059】
3.使用後の2-アミノエタノールの存在量(D)を、使用前の2-アミノエタノールの存在量(C)で減じて、使用前後における存在量の増減量(D-C)を算出した。この結果を
図4に示す。
【0060】
(実施例2~4:コリン、グルタミン酸およびセリンのLC-MS分析)
コリン、グルタミン酸およびセリンについて、実施例1と同様にして、使用前後の存在量の増減を算出した。この結果を
図5(実施例2:コリン)、
図6(実施例3:グルタミン酸)、および、
図7(実施例4:セリン)に示す。
【0061】
(参考例1:指標物質以外のLC-MS分析)
上記指標物質以外での例として、実施例1と同様にして、オルニチン、シスチンおよびリボフラビンの使用前後の存在量の増減を算出した。この結果を
図8(オルニチン)、
図9(シスチン)および
図10(リボフラビン)に示す。
【0062】
<分化誘導の確認>
各培地交換の際に、培養に使用した細胞の一部を分取した。分取した細胞からmRNAを抽出し、逆転写酵素によってcDNA合成を実施し、リアルタイムPCR装置を用いて、FOXG1(終脳前駆細胞にて発現する遺伝子マーカー)、MAP2(神系細胞にて発現する遺伝子マーカー)、および、CTIP2(大脳皮質にて発現する遺伝子マーカー)を測定した。
【0063】
また、分化誘導培養後の細胞に対して、神経細胞マーカーNeuNおよび大脳脂質マーカーTbr1を標的とした免疫蛍光染色法を実施した。
【0064】
これらにより、維持培養段階および順化培養段階では分化されていないこと、第1分化段階では神経前駆細胞に分化誘導されていること、第2分化段階では神経皮質ニューロンに分化誘導されていることを確認した。
【0065】
<考察>
図4から、2-アミノエタノールは、0日以前(すなわち、準備培養段階)の培養上清では、減少(消費)の傾向であったが、0日を過ぎてから(すなわち、分化培養段階)の培養上清では、増減量が、0.05以内となり、一定であった。これにより、2-アミノエタノールは、神経細胞への分化誘導が始まると、増減の傾向が変化するため、神経細胞への指標物質として有効であることが分かる。
【0066】
図5および
図7から、コリンおよびセリンは、0日以前の培養上清では、減少の傾向であったが、0日を過ぎてからの培養上清では、増加(産出)の傾向となった。これによりコリンおよびセリンは、神経細胞への分化誘導が始まると、増減の傾向が変化するため、神経細胞への指標物質として有効であることが分かる。
【0067】
図6から、グルタミン酸は、0日以前の培養上清では、増加の傾向であったが、0日を過ぎてからの培養上清では、減少の傾向となった。これにより、グルタミン酸は、神経細胞への分化誘導が始まると、増減の傾向が変化するため、神経細胞への指標物質として有効であることが分かる。
【0068】
図8から、オルニチンは、0日以前の培養上清では、増加の傾向であり、0日を過ぎてからの培養上清でも、増加の傾向となった。これにより、オルニチンは、神経細胞への分化誘導が始まると、増減の傾向が変化しないため、神経細胞への指標物質として有効でないことが分かる。
【0069】
図9から、シスチンは、0日以前の培養上清では、減少の傾向であり、0日を過ぎてからの培養上清でも、減少の傾向となった。これにより、シスチンは、神経細胞への分化誘導が始まると、増減の傾向が変化しないため、神経細胞への指標物質として有効でないことが分かる。
【0070】
図10から、リボフラビンは、0日以前の培養上清では、一定の傾向であり、0日を過ぎてからの培養上清でも、一定の傾向となった。これにより、リボフラビンは、神経細胞への分化誘導が始まると、増減の傾向が変化しないため、神経細胞への指標物質として有効でないことが分かる。