(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022174611
(43)【公開日】2022-11-24
(54)【発明の名称】二重環縫いミシンの整糸器および該整糸器を備えるミシン
(51)【国際特許分類】
D05B 73/12 20060101AFI20221116BHJP
D05B 1/10 20060101ALI20221116BHJP
【FI】
D05B73/12
D05B1/10 A
D05B1/10 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021080529
(22)【出願日】2021-05-11
(71)【出願人】
【識別番号】000002244
【氏名又は名称】株式会社ジャノメ
(74)【代理人】
【識別番号】100186358
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 信人
(74)【代理人】
【識別番号】100191145
【弁理士】
【氏名又は名称】佐野 整博
(72)【発明者】
【氏名】小松 将大
【テーマコード(参考)】
3B150
【Fターム(参考)】
3B150AA05
3B150AA12
3B150CB11
3B150CB20
3B150CD08
3B150CE27
3B150GA06
3B150QA01
(57)【要約】
【課題】 二重環縫いミシンにおける空環形成時において、針糸の左右方向移動を制限することと、ルーパー糸の左右の移動を制限しないことを両立できる整糸器および該整糸器を備えるミシンを提供すること。
【解決手段】 複数本の針糸15と1本のルーパー糸55によって縫い目を形成する二重環縫いミシンの針板30に設けられる整糸器41であって、前記整糸器41は、前記針板30の下方に設けられ、前方から後方に向けて水平に延びる針糸保持板42と、前記針糸保持板42の後側端部は、針糸15を案内する案内部43と、針糸15の左右方向移動を規制する整糸部44と、を備え、前記整糸部44は、前記案内部43から後方に向けて直線状に突出する突出部45と、前記突出部45の左右側面に形成される平面部46と、前記突出部45の先端に形成される右から左後方に傾斜する傾斜部47と、を備えることを特徴とする。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数本の針糸と1本のルーパー糸によって縫い目を形成する二重環縫いミシンの針板に設けられる整糸器であって、
前記整糸器は、前記針板の下方に設けられ、前方から後方に向けて水平に延びる針糸保持板と、
前記針糸保持板の後側端部は、針糸を案内する案内部と、針糸の左右方向移動を規制する整糸部と、を備え、
前記整糸部は、前記案内部から後方に向けて直線状に突出する突出部と、前記突出部の左右側面に形成される平面部と、前記突出部の先端に形成される右から左後方に傾斜する傾斜部と、を備えることを特徴とする二重環縫いミシンの整糸器。
【請求項2】
前記整糸部は、突出部の下面が先端から下方に向けて傾斜することを特徴とする請求項1に記載の二重環縫いミシンの整糸器。
【請求項3】
前記整糸部は、突出部の上面が先端から上方に向けて傾斜しながら、針糸保持板から隆起することを特徴とする請求項1または2に記載の二重環縫いミシンの整糸器。
【請求項4】
前記整糸部は、前記針糸保持板に固定される固定整糸部と、前記固定整糸部の下部からミシンの動作に応じて前後方向に出没するスライド整糸部と、を備えることを特徴とする請求項1~3のいずれかに記載の二重環縫いミシンの整糸器
【請求項5】
前記請求項1~4のいずれかに記載の整糸器を備える二重環縫いミシン。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は二重環縫いミシンにおける空縫い(空環形成)時に糸を保持し、確実に空環を形成させるための整糸器および該整糸器を備えるミシンに関する。
【背景技術】
【0002】
JIS-L0120において、406、407等と呼ばれる二重環縫いを実施する際、縫い終わりの糸始末などのために、布を介在させずにミシンを駆動させ、複数本の針糸と1本のルーパー糸により縫い目(空環)のみを形成することがある。
【0003】
布が介在する場合、糸は、布を介して縫い目を形成するため、形成された縫い目の形状や位置は、布によって固定・保持される。
一方、布が介在しない場合、形成された縫い目が保持されないため、送り機構等の外部からの力や糸張力の変化により、縫い目形状が崩れたり、針糸の位置が変化してしまい、新しい縫い目を形成できなくなってしまうという問題があった。
【0004】
そこで、針糸を左右方向に所定間隔で係止する三角形状の整糸器を針板の針落ち孔付近に設けることで、布が介在しない時であっても針糸の位置を安定させ、確実な空環の形成ができる技術が提案されている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記特許文献1に記載の整糸器の役割としては、前述したように、針付近でルーパーの往復運動による横方向の力を受ける針糸に対し、左右方向所定の位置で整糸器に係止させ、保持することである。
一方で、針付近は、針糸以外の糸、つまりルーパー糸が通過するいわゆる糸道でもある。
【0007】
特に、針の上昇時、ルーパーは、針糸を捕捉しつつ、ルーパー糸を針糸内に通過させながら各針を横切るように移動する(このルーパーの横移動や同時に行われる縫い目の送り動作に伴いルーパー糸が整糸器の右下方から左上方に移動することを糸抜けと言う)。
前記整糸器は、この糸抜け時にルーパー糸の移動を邪魔してしまうおそれがあった。
【0008】
したがって、整糸器は、針糸の左右方向の移動を制限することと、ルーパー糸の左右の移動(厳密には右側から左側への移動)を制限しないこと、の相反する二つの要求を満たさなければならないという技術的な課題を持っている。
しかし、上記特許文献1に記載の整糸器は、この課題を完全に解決したとは言い切れず、針糸の左右の移動を制限するのが不確実なものとなっていた。
【0009】
本発明は、上記問題を解決することを課題とし、二重環縫いミシンにおける空環形成時において、針糸の左右方向移動を制限することと、ルーパー糸の左右の移動を制限しないことを両立できる整糸器および該整糸器を備えるミシンを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、上記の課題を解決するため、二重環縫いミシンの整糸器として、複数本の針糸と1本のルーパー糸によって縫い目を形成する二重環縫いミシンの針板に設けられる整糸器であって、前記整糸器は、前記針板の下方に設けられ、前方から後方に向けて水平に延びる針糸保持板と、前記針糸保持板の後側端部は、針糸を案内する案内部と、針糸の左右方向移動を規制する整糸部と、を備え、前記整糸部は、前記案内部から後方に向けて直線状に突出する突出部と、前記突出部の左右側面に形成される平面部と、前記突出部の先端に形成される右から左後方に傾斜する傾斜部と、を備えることを特徴とする構成を採用する。
【0011】
本発明の二重環縫いミシンの整糸器の実施形態として、前記整糸部は、突出部の下面が先端から下方に向けて傾斜することを特徴とする構成を採用し、また、前記整糸部は、突出部の上面が先端から上方に向けて傾斜しながら、針糸保持板から隆起することを特徴とする構成を採用し、また、前記整糸部は、前記針糸保持板に固定される固定整糸部と、前記固定整糸部の下部からミシンの動作に応じて前後方向に出没するスライド整糸部と、を備えることを特徴とする構成を採用する。
さらに、本発明の二重環縫いミシンとして、前記整糸器を備えることを特徴とする構成を採用する。
【発明の効果】
【0012】
本発明の二重環縫いミシンの整糸器は、前記構成を採用することにより、突出部により針糸の左右方向移動を確実に制限できるとともに、傾斜部により糸抜け時の右から左へのルーパー糸の移動を制限しないようにできる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の第1実施例に係る整糸器を備えるミシンの外観斜視図である。
【
図3】
図2の補助針板を示す説明図であり、(a)は補助針板の拡大図、(b)は整糸器の拡大図である。
【
図4】
図1の針周辺部をα平面で切断した断面図である。
【
図5】本発明の第1実施例に係る空環形成の概略図であり、(a)は第1の状態図、(b)は第2の状態図である。
【
図6】本発明の第1実施例に係る空環形成の概略図であり、(a)は第3の状態図、(b)は第4の状態図である。
【
図7】本発明の第1実施例に係る空環形成の概略図であり、(a)は第5の状態図、(b)は第6の状態図である。
【
図8】本発明の第2実施例に係る補助針板を示す説明図であり、(a)は補助針板の拡大図、(b)は整糸部の拡大図である。
【
図9】本発明の第2実施例に係る補助針板の分解概要図である。
【
図10】本発明の第2実施例に係る空環形成の概略図であり、(a)は第1の状態図、(b)は第2の状態図である。
【
図11】本発明の第2実施例に係る空環形成の概略図であり、(a)は第3の状態図、(b)は第4の状態図である。
【
図12】本発明の第2実施例に係る空環形成の概略図であり、(a)は第5の状態図、(b)は第6の状態図である。
【0014】
次に、本発明の実施形態に係る二重環縫いミシンの整糸器について、実施例に示した図面を参照して説明する。
以下の説明では、
図1の斜視図でみて、縦方向を「上下」、右上から左下方向を「前後」、左上から右下方向を「左右」とし、さらに、前後方向を「X方向」、左右方向を「Y方向」ということもある。
【実施例0015】
図1において、1はミシンNの上部に回転自在に支持される上軸、2はミシンNの下部に回転自在に支持される下軸であり、上軸1と下軸2は、上軸-下軸連動機構3により連結されており、図示しないミシンモータの回転力により同期して回転する。
【0016】
10は上軸1の回転運動により3本の針11を上下動させる針駆動装置、20は押え足21を有する押え装置、30は針板であり、針駆動装置10は、押え装置20と針板30に挟持される縫製対象物(図示せず)に縫い目を形成する。
【0017】
図2に示すように、針駆動装置10は、11L、11Mおよび11Rの3本の針11が針固定部12により針棒13に取り付けられている。
押え装置20は、押え足21が押えホルダー22により押え棒23に取り付けられている。
【0018】
針板30は、布送り方向Fと直交する方向に沿って等間隔に配置され、上方から3本の針11が貫通する3つの針落ち孔31と、これら3つの針落ち孔31からそれぞれ布送り方向Fに沿って形成される3つの溝32と、各溝32の間で布送り方向Fに延設された左爪33と、右爪34と、布送り方向Fに沿って形成され、送り歯60が出没する送り歯用スリット35と、を備えている。
【0019】
針板30の下面には、補助針板40がねじ37により固定され、補助針板40には、針11の降下位置に対して布送り方向F(前方)近傍に整糸器41が設けられる。
ルーパー50は、3本の針11に通された後述する3本の針糸15とともに、ルーパー糸55によって二重環縫い目を形成する。
【0020】
図3および
図4に示すように、整糸器41は、針11の前方に設けられ、前方から後方に向けて水平に延びる針糸保持板42と、針糸保持板42の後側端部に設けられ、3本の針糸(図示せず)を案内する3個所の案内部43(左案内部43L、中央案内部43M、右案内部43R)と、各案内部43の間に設けられ、針糸15の左右方向移動を制限する2個の整糸部44(左整糸部44L、右整糸部44R)と、を備えている。
【0021】
整糸部44は、針糸保持板42の案内部43から後方に向けて突出量Dで直線状に突出する突出部45と、突出部45の左右側面に形成される平面部46と、突出部45の先端に形成され、右から左後方に傾斜する傾斜部47と、を備えている。
【0022】
図4に示すように、突出部45は、布送り方向Fに向かって流線形をなし、特に、下面45aは、ルーパー糸55の糸抜けを良好にするために、先端から下方に向けてなだらかに傾斜している。
さらに、突出部45に形成される平面部46は、突出部45の先端から上方に向けて傾斜しながら、針糸保持板42の上面から高さHで隆起し、所定の寸法で途切れるように形成されている。
【0023】
次に、本実施例の使用態様と作用効果について説明する。
ミシンNは、針11とルーパー50に、それぞれ針糸15とルーパー糸55とを挿通させ、上軸1の回転運動を針11の上下動に、下軸2の回転運動をルーパー50や送り歯60の運動に変換し、針11やルーパー50や送り歯60を相互連動させ、針糸15とルーパー糸55を絡ませることで、二重環縫いの縫い目を形成させる。このとき、縫製対象物(布)が押え装置20と針板30に挟持されていれば縫い目は布に形成され、布がなければ縫い目(空環)のみが形成される。
【0024】
図5~
図7を用いて二重環縫いの空環形成の説明とその際の整糸器41の働きを説明する。
なお、針11の上下動軌跡を示す矢印とルーパー50の駆動軌跡を示す矢印の黒丸(●)は、各図における各要素がその軌跡のどの位置にいるか(どのタイミングか)を示している。
【0025】
図5(a)に示す第1の状態では、針11は、最下点に位置し、ルーパー50は、最右点に位置する。
なお、この時、針11の下降動作により縫い目全体が後下方向に引っ張られているが、縫い目(ルーパー糸55)が整糸器41の後端部と接触することで、縫い目が下方になだれ込むのを防いでいる。
【0026】
同時に、針糸15は、それぞれ整糸器41の右整糸部44Rおよび左整糸部44Lにより左右位置が保持(係止)されている。
したがって、針11の下降動作により縫い目全体が引っ張られても、整糸器41が存在することにより、縫い目形状は、崩れることがない。
【0027】
次に、
図5(b)に示す第2の状態では、針11が所定量上昇することで、針糸15にループβが発生し、ルーパー50が左方向に移動することにより、ルーパー50先端がループβ内に侵入する。
この時、ルーパー50による左移動の力の一部が針糸15に伝達され、針糸15は、全体的に左側に移動する力を受けるが、整糸器41の、特に各突出部45により針糸15が係止されることで、左側への移動が規制される。
【0028】
次に、
図6(a)に示す第3の状態では、ルーパー50が全てのループβを捕捉し、針11は、さらに上昇するとともに、図示しない針糸天秤の働きにより針糸15が引き締められる。
【0029】
次に、
図6(b)に示す第4の状態では、針11が最上点まで上昇し、ルーパー50は、針糸15を捕捉したまま後方向に移動する。
同時に、送り歯60により縫い目が全体的に前方に所定量送られる。
これらの動作および第3の状態での針糸天秤の引き締めにより、第4の状態では、右整糸部44Rの右下に潜り込んでいたルーパー糸55が右整糸部44Rを乗り越え、右整糸部44Rの左上に移動する(ルーパー糸55の糸抜け)。なお、この時、ルーパー糸55は、傾斜部47に沿って右整糸部44Rを乗り越えるため、確実な糸抜けが可能となる。
【0030】
次に、
図7(a)に示す第5の状態では、ルーパー50は、右に移動するが、ルーパー糸55を掬いながら針11が降下することで、針糸15とルーパー糸55が交差する。
この時、ルーパー50による右移動の力の一部が針糸15に伝達され、針糸15は、全体的に右側に移動する力を受けるが、整糸器41の、特に各突出部45により係止されることで、右側への移動が規制されるため、確実に針11がルーパー糸55を捕捉することができる。
【0031】
次に、
図7(b)に示す第6の状態から第1の状態では、ルーパー50は、さらに右に動くとともに前方向に移動することで、針糸15との係合から解除されていく。一方、針11は、ルーパー糸55を掬いながら針11が降下するため新たな縫い目が形成されていく。
以上のように、本実施例では、第1の状態から第6の状態までのサイクルを繰り返すことにより、二重環縫いによる空環が連続的に形成される。
さらに、その際に、針糸15の左右方向移動を整糸器41の突出部45により規制するとともに、整糸器41の傾斜部47の働きによりルーパー糸55の糸抜け時、ルーパー糸55の右下から左上への移動を許容することができ、布が無い状態でも空環を確実に形成することができる。
【0032】
なお、上記で説明した通り、ルーパー糸55は、糸抜け時、右整糸部44Rのみを乗り越えることが基本的な挙動ではあるが、糸の素材による柔軟性の違いや縫いの速度等の縫製条件の違いにより、ルーパー糸55は、糸抜け時、左整糸部44Lをも乗り越えることがある。
このため、右整糸部44Rだけでなく左整糸部44Lにも傾斜部47を設けることが望ましい。
このように構成することにより、突出量Dが増大したスライド突出部81により針糸15の左右の移動がより確実に規制されるとともに、突出量Dが最小値Dminとなった整糸部74の傾斜部74aの働きにより、ルーパー糸55の糸抜け時に、ルーパー糸55の右から左への移動を許容するという効果をより確実に発揮することができ、布が無い状態でも空環をより確実に形成することができる。
なお、第2実施例のバリエーションとして、補助針板70に対して整糸部74をスライドする、または針板30に対して補助針板70をスライドすることで、整糸部74をスライドさせるという構成でも実施可能である。
また、第2実施例のさらなるバリエーションとして、駆動カム83とスライドプレート82とを離反させ、スライドプレート82の前後運動を停止させることができる停止機構と、縫製対象物の有無を検出するセンサとをさらに設けてもよい。そして、このバリエーションでは、縫製対象物が無い場合には、スライド突出部81をスライドさせ、縫製対象物がある場合には、スライド突出部81のスライドを停止させることで空環形成時のみ確実に整糸器71を有効にすることができる。