(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022174952
(43)【公開日】2022-11-25
(54)【発明の名称】リングプル型キャップ用のアルミニウム合金板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 21/06 20060101AFI20221117BHJP
C22F 1/047 20060101ALI20221117BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20221117BHJP
【FI】
C22C21/06
C22F1/047
C22F1/00 602
C22F1/00 623
C22F1/00 630A
C22F1/00 650A
C22F1/00 673
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 684B
C22F1/00 684C
C22F1/00 685Z
C22F1/00 686A
C22F1/00 691A
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 692A
C22F1/00 694A
C22F1/00 694B
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021081020
(22)【出願日】2021-05-12
(71)【出願人】
【識別番号】000107538
【氏名又は名称】株式会社UACJ
(74)【代理人】
【識別番号】100101683
【弁理士】
【氏名又は名称】奥田 誠司
(74)【代理人】
【識別番号】100155000
【弁理士】
【氏名又は名称】喜多 修市
(74)【代理人】
【識別番号】100202197
【弁理士】
【氏名又は名称】村瀬 成康
(72)【発明者】
【氏名】上田 俊作
(57)【要約】
【課題】薄肉化しても、耐ブローオフ性、易開栓性、リサイクル性および長期耐クリープ性に優れたリングプル型キャップ用のアルミニウム合金板、およびそのようなアルミニウム合金板の製造方法を提供する。
【解決手段】
アルミニウム合金板は、質量基準で、Mn:0.50%以上1.10%以下、Mg:2.85%以上3.48%未満、Fe:0.20%以上0.40%以下、Si:0.05%以上0.20%以下、Cu:0.01%以上0.15%以下、任意元素として質量基準で0.10%を上限としてTiを含有し、かつ残部がアルミニウムと不可避不純物である合金組成を有する圧延板であって、190℃×10分の熱処理後の圧延方向の引張強さが280MP以上320MPa以下であり、引張強さと耐力の差が35MPa以上であり、導電率が25%IACS以上34%IACS以下であって、かつ、材料温度が80℃、試験片への負荷が100MPaの条件のクリープ試験において、試験開始から60時間以上80時間以下のクリープひずみ速度が3.0×10-4%h-1以下である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量基準で、Mn:0.50%以上1.10%以下、Mg:2.85%以上3.48%未満、Fe:0.20%以上0.40%以下、Si:0.05%以上0.20%以下、Cu:0.01%以上0.15%以下、任意元素として質量基準で0.10%を上限としてTiを含有し、かつ残部がアルミニウムと不可避不純物である合金組成を有する圧延板であって、
190℃×10分の熱処理後の圧延方向の引張強さが280MP以上320MPa以下であり、引張強さと耐力の差が35MPa以上であり、導電率が25%IACS以上34%IACS以下であって、かつ、材料温度が80℃、試験片への負荷が100MPaの条件のクリープ試験において、試験開始から60時間以上80時間以下のクリープひずみ速度が3.0×10-4%h-1以下である、リングプル型キャップ用のアルミニウム合金板。
【請求項2】
前記合金組成は、質量基準で、Ti:0.01%以上を含有する、請求項1に記載のアルミニウム合金板。
【請求項3】
前記不可避不純物に含まれるCrは、質量基準で0.01%未満である、請求項1または2に記載のアルミニウム合金板。
【請求項4】
請求項1から3のいずれかに記載のアルミニウム合金板を製造する方法であって、
前記合金組成を有するアルミニウム合金からなる鋳塊を、少なくとも400℃以上460℃以下の温度域における昇温速度が30℃/時間以上となるように加熱する工程Aと、
前記工程Aの後に、前記鋳塊を460℃以上540℃以下の第1の温度で、2時間以上24時間以下にわたって保持することによって均質化処理を施す工程Bと、
前記工程Bの後に、パス毎の圧延率を5%以上35%以下として、圧延温度:460℃以上540℃以下の第2の温度で、15分以内に終了するように熱間粗圧延を行なう工程Cと、
前記工程Cの後に、終了温度が300℃以上350℃以下の第3の温度となるように熱間仕上げ圧延を行って熱間圧延板を得る工程Dと、
前記工程Dで得られた前記熱間圧延板を20℃/時間以下の冷却速度で冷却する工程Eと、
前記工程Eの後に、中間焼鈍を行うことなく、前記熱間圧延板を圧下率:70%以上93%以下で冷間圧延を行う工程Fと、
前記工程Fの後に、180℃以上240℃以下の第4の温度で1時間以上5時間以下にわたって安定化熱処理を行なう工程Gと
を包含する、製造方法。
【請求項5】
前記工程Eの前に、前記工程Dで得られた前記熱間圧延板を、300℃以上の温度で1時間以上にわたって保持する工程をさらに包含する、請求項4に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リングプル型キャップ、特にマキシキャップの製造に好適に用いられるアルミニウム合金板およびその製造方法に関する。ここで、マキシキャップは、プルリングがプラスチックで形成されているものを含む。
【背景技術】
【0002】
リングプル型キャップ(特にマキシムキャップ)は、リングタブを引っ張り、キャップの裾部(側面)から天面に設けたスコア(切込み線、溝)に沿って、キャップを引き裂いて開栓する。リングプル型キャップは、易開栓性とともに、高い密閉性およびTE性(いたずら防止性)を備えており、飲料用途等に広く利用されている。
【0003】
近年、リングプル型キャップの薄肉軽量化が望まれている。現在の板厚の主流は、0.2mm~0.3mmであり、0.2mm未満とすることが求められている。しかしながら、単純にキャップを薄肉化することはできない。例えば、スコア部の厚さ(スコア直下のアルミニウム合金板の厚さ)が小さ過ぎると、密閉性が低下するおそれがある。また、スコアに沿ってキャプを引き裂くことが難しくなり、易開栓性が低下するおそれもある。
【0004】
また、リングプル型キャップには、耐ブローオフ性が求められる。「ブローオフ」という現象は、開栓の最初にキャップの裾部を引き裂いて容器内の圧力が解放される前に、キャップが容器の口部から勢い良く外れる(飛ぶ)現象を指す。その原因は、キャップの裾部が容器の口部を拘束する力が十分でないことにある。キャップの薄肉化は、耐ブローオフ性を低下させることも懸念される。
【0005】
また、環境負荷を低減するために、リサイクル性も求められている。リサイクルプロセスの効率化の観点からは、キャップも、アルミボトルや飲料缶等と一緒にリサイクルできることが望ましい。しかしながら、用途に応じて、組成の異なる合金が用いられており、リサイクルの効率化の障害となっている。
【0006】
特許文献1によると、アルミニウム合金の組成におけるMg、Mn、Fe、SiおよびCuの含有量、耳率の範囲、および結晶粒サイズを限定し、さらには所定の熱処理後の引張強さを限定することにより、薄肉化しても、耐ブローオフ性、易開栓性、およびリサイクル性に優れたリングプル型キャップ用のアルミニウム合金板が提供され得る。アルミニウム合金の組成は、質量基準で、Mg:2.2~2.8%、Mn:0.20~0.50%、Fe:0.20~0.40%、Si:0.05~0.20%、Cu:0.01~0.15%を含有し、かつ残部がアルミニウムと不可避不純物とされている。アルミニウム合金の組成は、質量基準で、Ti:0.01%~0.10%をさらに含んでもよいとされている。特許文献1の開示内容のすべてを参照により本明細書に援用する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2011-132592号公報(特許第5596337号公報)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明者の検討によると、特許文献1に記載のアルミニウム合金は高い耐ブローオフ性を有しているが、一層の向上が求められる。例えば、炭酸飲料用の容器に用いられる場合、容器の内圧が高いので、キャップに高い耐ブローオフ性が求められる。炭酸飲料用の容器が、例えば40℃を超える高温化で長期間保管されると、キャップは、長期間にわたって高い内圧を受けるので、キャップの形状が経時変化するおそれがある。すなわち、高温で長期間保存されると、耐ブローオフ性が低下するおそれがある。この耐ブローオフ性の低下を抑制するためには、高温下において長期間応力が負荷されても変形しない特性(長期耐クリープ性)の向上が求められる。
【0009】
そこで、本発明は、薄肉化しても、耐ブローオフ性、易開栓性、リサイクル性および長期耐クリープ性に優れたリングプル型キャップ用のアルミニウム合金板、およびそのようなアルミニウム合金板の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の実施形態によると、以下の項目に記載の解決手段が提供される。
[項目1]
質量基準で、Mn:0.50%以上1.10%以下、Mg:2.85%以上3.48%未満、Fe:0.20%以上0.40%以下、Si:0.05%以上0.20%以下、Cu:0.01%以上0.15%以下、任意元素として質量基準で0.10%を上限としてTiを含有し、かつ残部がアルミニウムと不可避不純物である合金組成を有する圧延板であって、
190℃×10分の熱処理後の圧延方向の引張強さが280MP以上320MPa以下であり、引張強さと耐力の差が35MPa以上であり、導電率が25%IACS以上34%IACS以下であって、かつ、材料温度が80℃、試験片への負荷が100MPaの条件のクリープ試験において、試験開始から60時間以上80時間以下のクリープひずみ速度が3.0×10-4%h-1以下である、リングプル型キャップ用のアルミニウム合金板。
【0011】
前記合金組成は、質量基準で、Mn:0.50%超1.06%以下、Mg:2.90%以上3.09%以下を含有してもよい。
【0012】
前記クリープひずみ速度は2.6×10-4%h-1以下であってもよい。
【0013】
[項目2]
前記合金組成は、質量基準で、Ti:0.01%以上含有する、項目1に記載のアルミニウム合金板。
【0014】
[項目3]
前記不可避不純物に含まれるCrは、質量基準で0.01%未満である、項目1または2に記載のアルミニウム合金板。
【0015】
[項目4]
項目1から3のいずれかに記載のアルミニウム合金板を製造する方法であって、
前記合金組成を有するアルミニウム合金からなる鋳塊を、少なくとも400℃以上460℃以下の温度域における昇温速度が30℃/時間以上となるように加熱する工程Aと、
前記工程Aの後に、前記鋳塊を460℃以上540℃以下の第1の温度で、2時間以上24時間以下にわたって保持することによって均質化処理を施す工程Bと、
前記工程Bの後に、パス毎の圧延率を5%以上35%以下として、圧延温度:460℃以上540℃以下の第2の温度で、15分以内に終了するように熱間粗圧延を行なう工程Cと、
前記工程Cの後に、終了温度が300℃以上350℃以下の第3の温度となるように熱間仕上げ圧延を行って熱間圧延板を得る工程Dと、
前記工程Dで得られた前記熱間圧延板を20℃/時間以下の冷却速度で冷却する工程Eと、
前記工程Eの後に、中間焼鈍を行うことなく、前記熱間圧延板を圧下率:70%以上93%以下で冷間圧延を行う工程Fと、
前記工程Fの後に、180℃以上240℃以下の第4の温度で1時間以上5時間以下にわたって安定化熱処理を行なう工程Gと
を包含する、製造方法。
【0016】
[項目5]
前記工程Eの前に、前記工程Dで得られた前記熱間圧延板を、300℃以上の温度で1時間以上にわたって保持する工程をさらに包含する、項目4に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明の実施形態によると、薄肉化しても、耐ブローオフ性、易開栓性、リサイクル性および長期耐クリープ性に優れたリングプル型キャップ用のアルミニウム合金板、およびそのようなアルミニウム合金板の製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】クリープ試験に用いた試験片について説明するものであって、試験片の平面形態説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、図面を参照して、本発明の実施形態によるリングプル型キャップ用のアルミニウム合金板およびその製造方法を説明する。本発明の実施形態によるリングプル型キャップ用のアルミニウム合金板およびその製造方法は、以下で例示するものに限定されない。
【0020】
本発明者は、特許文献1に記載のアルミニウム合金板の有する耐ブローオフ性、易開栓性、およびリサイクル性を損なうことなく、長期耐クリープ性を向上させることができる合金組成を検討した。その結果、後に実験例(実施例および比較例)の一部を示すように、Mn(マンガン)およびMg(マグネシウム)の含有率を調整することによって、他の特性を損なうことなく、長期耐クリープ性を向上させられることを見出した。
【0021】
本発明の実施形態によるアルミニウム合金板は、質量基準で、Mn:0.50%以上1.10%以下、Mg:2.85%以上3.48%未満、Fe:0.20%以上0.40%以下、Si:0.05%以上0.20%以下、Cu:0.01%以上0.15%以下、任意元素として質量基準で0.10%を上限としてTiを含有し、かつ残部がアルミニウムと不可避不純物である合金組成を有する。合金組成は、質量基準で、Mn:0.50%超1.06%以下、Mg:2.90%以上3.09%以下を含有してもよい。また、合金組成は、質量基準で、Ti:0.01%以上含有してもよい。不可避不純物に含まれるCrは、質量基準で0.01%未満であることが好ましい。
【0022】
本発明の実施形態によるアルミニウム合金板は、上記の合金組成を有する圧延板であって、190℃×10分の熱処理後の圧延方向の引張強さが280MP以上320MPa以下であり、引張強さと耐力の差が35MPa以上であり、導電率が25%IACS以上34%IACS以下であって、かつ、材料温度が80℃、試験片への負荷が100MPaの条件のクリープ試験において、試験開始から60時間以上80時間以下のクリープひずみ速度が3.0×10-4%h-1以下である。
【0023】
本発明の実施形態によるアルミニウム合金板が有する優れた長期耐クリープ性と合金組織の構造等との関係を特定することは困難であるが、本発明の実施形態によるアルミニウム合金板は少なくとも以下の方法によって製造され得る。
【0024】
本発明の実施形態による製造方法は、上記合金組成を有するアルミニウム合金からなる鋳塊を、少なくとも400℃以上460℃以下の温度域における昇温速度が30℃/時間以上となるように加熱する工程Aと、工程Aの後に、鋳塊を460℃以上540℃以下の第1の温度で、2時間以上24時間以下にわたって保持することによって均質化処理を施す工程Bと、工程Bの後に、パス毎の圧延率を5%以上35%以下として、圧延温度:460℃以上540℃以下の第2の温度で、15分以内に終了するように熱間粗圧延を行なう工程Cと、工程Cの後に、終了温度が300℃以上350℃以下の第3の温度となるように熱間仕上げ圧延を行って熱間圧延板を得る工程Dと、工程Dで得られた熱間圧延板を20℃/時間以下の冷却速度で冷却する工程Eと、工程Eの後に、中間焼鈍を行うことなく、熱間圧延板を圧下率:70%以上93%以下で冷間圧延を行う工程Fと、工程Fの後に、180℃以上240℃以下の第4の温度で1時間以上5時間以下にわたって安定化熱処理を行なう工程Gとを包含する。工程Eの前に、工程Dで得られた熱間圧延板を、300℃以上の温度で1時間以上にわたって保持する工程をさらに包含してもよい。
【0025】
発明の実施形態によるアルミニウム合金板が有する合金組成について説明する。
【0026】
Mnは、耐クリープ特性を向上させる効果を発揮し、Mnを0.50質量%以上含有するアルミニウム合金板は、優れた長期耐クリープ特性を有することを本発明者は見出した。このとき、Mnの含有率は1.10質量%以下であることが好ましい。Mnの含有率が1.10質量%を超えると、鋳造時に、Fe(鉄)等の元素と巨大な金属間化合物を形成し、成形時の割れの起点になるおそれが生じる。Mnの含有率は、0.50質量%超1.06%以下であることがさらに好ましく、強度の観点から、0.70質量%以上がさらに好ましい。
【0027】
Mgは、成形性を維持しながら、強度(耐圧性・耐ブローオフ性)および易開栓性を向上させる効果を発揮する。上記の含有率のMnを含むアルミニウム合金板において、Mgの含有率は、2.85質量%以上3.48質量%未満であることが好ましい。Mg含有率が3.48質量%以上になると、室温における時効軟化が高くなり、長期保管後の開栓時の耐ブローオフ性が低下するおそれがある。強度を高めかつ時効軟化を抑えるという観点から、Mg含有率は、2.90質量%以上3.09質量%以下であることが好ましい。
【0028】
Fe(鉄)は、Mn等と金属間化合物を形成し、熱間圧延後の再結晶粒を細かくする作用を有し、易開栓性を向上させる効果を発揮する。Feの含有率は、0.20質量%以上0.40質量%以下であることが好ましい。Feの含有率が0.20質量%未満では、上述の効果が得られ難くなる。また、地金の純度を高める必要があり、リサイクル材をそのまま使用することができなくなる。Feの含有率が0.40質量%を超えると、巨大な金属間化合物を生成し、成形時の割れの起点になるおそれが生じる。Feの含有率は、0.20質量%以上0.35質量%以下であることが好ましい。
【0029】
Si(珪素)は、不純物元素のひとつである。リサイクル材の使用を促進するために、Siの含有率は0.10質量%以上であることが好ましい。一方、Siの含有率が0.20質量%を超えると、Mgまたは、MnおよびFeと金属間化合物を形成し、MgまたはMnの固溶量を低減させ、MgまたはMnの上記の効果を低減させることがある。したがって、Siの含有率は0.20質量%以下であることが好ましい。
【0030】
Cu(銅)は、キャップとしての強度の向上に寄与する。Cu含有率は、0.01質量%以上0.15質量%以下であることが好ましい。0.01質量%未満では、Cuの効果が発揮されないことがあり、0.15質量%を超えると、強度が高くなり過ぎて、成形性が低下することがある。
【0031】
さらに、Ti(チタン)を含んでもよい。Tiは、任意元素であり、含まなくてもよいが、0.10質量%を上限として含有してもよい。Tiは、製造時にアルミニウム合金鋳塊のミクロ偏析を軽減させ、金属間化合物を細かく分散させることにより、結晶粒を細かくする効果を有し、組織を均一にすることができる。Tiの効果を得るためには、Tiの含有率は、0.01質量%以上であることが好ましい。ただし、Tiの含有率が0.10質量%を超えると、Al(アルミニウム)と巨大な金属間化合物(Al-Ti化合物)を生成することがあるので、Tiの含有率は0.10質量%以下であることが好ましい。
【0032】
本発明の実施形態によるアルミニウム合金の合金組成は、上記の元素以外の残部はAlと不可避不純物からなる。不可避不純物は、目的とするアルミニウム合金の調製に際して、必然的に混入するものであって、公知の不純物含有率で存在するように、その含有率が制御される。例えば、不可避不純物として、Zn(亜鉛)やCr(クロム)等が含有され得るが、それぞれ、0.10質量%以下であれば、上述した特性を損なうことがなく、それら成分の含有も許容され、また、その範囲内であれば、リサイクル性も損なわれることはない。ZnおよびCrの含有率はそれぞれ0.01質量%未満であることが好ましい。また、不可避不純物(Al、Mn、Mg、Fe、Si、Cu、Ti以外の元素)の合計の含有率は0.10質量%以下であることが好ましい。
【0033】
本発明の実施形態によるアルミニウム合金板は、190℃×10分の熱処理後の圧延方向の引張強さが280MP以上320MPa以下であり、引張強さと耐力の差が35MPa以上である。上記の引張強さが280MPa未満であると、耐圧性不足となることがある。また、320MPaを超えると、絞り加工時に皺が発生し、十分な密閉性が得られないおそれがあり、易開栓性が低下することがある。
【0034】
さらに、本発明の実施形態によるアルミニウム合金板は、材料温度が80℃、試験片への負荷が100MPaの条件のクリープ試験において、試験開始から60時間以上80時間以下のクリープひずみ速度が3.0×10-4%h-1以下である。本発明者の実験によると、上記の条件のクリープ試験において、試験開始から60時間以上80時間以下のクリープひずみ速度が3.0×10-4%h-1以下であれば、クリープひずみ量が0.3%に達するまでに試験時間が1000日を超える結果が得られた。クリープひずみ速度は試験時間の経過とともに遅くなるので、上記の条件のクリープ試験において、試験開始から60時間以上80時間以下のクリープ速度が3.0×10-4%h-1以下であれば、クリープひずみ量が0.3%に達するまでの試験時間は必ず1000日を超えることになる。ブローオフは、例えばクリープひずみ量が0.3%に達すると発生するおそれがある。そうすると、上記の条件を満足するアルミニウム合金板は、優れた長期耐クリープ性を有し、従来よりも長期保存による耐ブローオフ性の低下が抑制されたキャップを提供することができる。
【0035】
さらに、安定化処理後の圧延板の導電率は、25%IACS以上34%IACS以下であることが好ましい。導電率が25%IACS未満または34%IACS以上の場合は、キャップの裾部において十分な拘束力を保つことができないことがある。アルミニウム合金は、溶質元素(特に、MnおよびMg)の固溶量が多いと、導電率が低下し、加工硬化しやすくなり、キャップの成形性が低下するおそれがある。一方、溶質元素(特に、MnおよびMg)の固溶量が少ないと、導電率が上昇し、強度が低下し、拘束力が低下するおそれがある。
【0036】
本発明の実施形態によるアルミニウム合金板は、上述した工程Aから工程Gを含む製造方法で製造され得る。先ず、常法に従って鋳造し、上記の合金組成を有するアルミニウム合金からなる鋳塊を得る。得られたアルミニウム合金の鋳塊を所定の条件で加熱(工程A)した後、所定の均質化処理(工程B)、熱間粗圧延(工程C)、熱間仕上げ圧延(工程D)、冷却(工程E)、冷間圧延(工程F)、および安定化熱処理(工程G)を施す。ここで、冷却(工程E)の後、中間焼鈍を行うことなく、冷間圧延(工程F)を行う。なお、中間焼鈍とは、冷間圧延前もしくは冷間圧延のパス間に行う熱処理をいう。
【0037】
ここで、加熱(工程A)および均質化処理(工程B)においては、半連続鋳造(DC鋳造)等の公知の鋳造方法によって鋳造して得られた、スラブ厚が450mm~600mm程度のアルミニウム合金鋳塊を用いる。加熱工程では、少なくとも400℃以上460℃以下の温度域を30℃/時間以上の昇温速度で昇温させる。その後、鋳塊を460℃以上540℃以下の第1の温度で、2時間以上24時間以下にわたって保持することによって均質化処理を施す。ここで、第1の温度は、2時間以上24時間以下にわたって一定である必要はなく、460℃以上540℃以下の範囲で変化してもよい。このような均質化処理により、熱間圧延板の再結晶時に形成される再結晶集合組織であるCube方位の成長を抑制するのに有効な析出物の大きさと分布にすることができる。ここで、そのような析出物は、Al-Mn系化合物およびAl-Mn-Si系化合物であり、480℃付近で最も多く析出する。このような化合物は、母相との界面エネルギーが他の金属間化合物と比べて高く、かつ微細な球状に析出するので、Cube方位の成長を抑制する効果を発揮する。なお、再結晶化された熱間圧延板において、Cube方位に成長した結晶粒が多く集積すると、0°方向や90°方向の4山(4つの山)の耳率が大きくなり、冷間圧延後にも適正な耳率を得ることが困難となることがある。
【0038】
加熱工程における400℃以上460℃以下の温度領域における昇温速度は、上述した金属間化合物の析出挙動に特に大きく影響し、昇温速度が30℃/時間よりも低いと、その温度域における保持時間が長くなり、析出物のサイズが0.5μm以下と微細なままとなってしまう。その結果、熱間圧延終了時に十分な再結晶組織が得られないことがある。そうすると、キャップ材の強度が過度に高くなる、および/または、耳率が過度に大きくなることがある。なお、この昇温速度の上限は、例えば200℃/時間である。
【0039】
均質化処理は、上記の加熱工程の後、460℃以上540℃以下の温度域に保持することにより、行なわれる。保持温度が460℃未満では、拡散速度が遅くなるので、化合物のサイズが0.5μm以下と微細になり過ぎ、熱間圧延終了時に十分な再結晶組織が得られなくなることがある。保持温度が540℃を超えると、平衡状態で存在する化合物の量が減少するので、析出量が不十分となることがある。さらに、母相との界面エネルギーが比較的低く、析出物サイズが大きくなり易く、熱間圧延後のCube方位の成長を抑制する効果が低下することがある。また、460℃以上540℃以下の温度域での保持時間が2時間未満となると、上記の析出量が不十分となり、一方、保持時間が24時間を超えると、析出物が粗大化することがあり、熱間圧延後のCube方位の成長を抑制する効果が低下することがある。また、保持時間の長時間化は、環境負荷の観点からも好ましくない。
【0040】
均質化処理の後に実施される熱間粗圧延は、パス毎の圧延率を5%以上35%以下として、圧延温度:460℃以上540℃以下の第2の温度で、15分以内に終了するように行われる。第2の温度は、一定である必要はなく、460℃以上540℃以下の範囲で変化してもよい。第2の温度は第1の温度と独立に設定される。熱間粗圧延は、公知の圧延機を用いて行うことができるが、例えばリバース式の粗圧延機を用いることが好ましい。
【0041】
熱間粗圧延工程において、圧延温度が540℃を超えると、圧延ロールに素材が凝着し、素材の表面品質の低下を招くおそれがある。熱間圧延中は、金属間化合物の析出サイトが逐次導入されることとなるので、短時間でも密に析出することができるが、圧延温度が460℃未満では、均質化処理温度が460℃未満の場合と同様に、化合物が微細に析出し、熱間圧延終了後に十分な再結晶組織を得ることができないことがある。また、圧下率が5%未満では、加工発熱量が少なくなるために、圧延温度が460℃を下回る可能性があり、一方、圧下率が35%を超えると、加工発熱量が過大となり、圧延温度が540℃を超えるおそれが生じる。熱間粗圧延は、15分以内に終了させることが好ましく、15分を超えると、上記と同様に析出物が微細に析出する時間が増加するため、熱間圧延後に十分な再結晶組織を得ることができないことがある。このような熱間粗圧延によって、例えば、厚さが22mm~32mm程度の熱間粗圧延板が得られる。
【0042】
次に、終了温度が300℃以上350℃以下の第3の温度となるように熱間仕上げ圧延を行って熱間圧延板を得る。熱間仕上げ圧延は、公知の各種の熱間圧延機を用いて行うことができるが、例えば3スタンド以上のタンデム式熱間圧延機を用いることが好ましい。
【0043】
熱間仕上げ圧延において、終了温度が300℃よりも低いと、十分な再結晶組織が得られず、製品板の45°耳が大きくなり過ぎて、キャップ製造時の搬送トラブルになる他、口端部のうねりが大きくなり、十分な密閉性が得られないことがある。一方、終了温度が350℃を超えると、圧延素材の一部が圧延ロールに凝着し、熱間圧延板の表面品質の低下を招くおそれがある。なお、この熱間仕上げ圧延において、圧下率としては、一般に、88%~94%程度が採用される。圧下率が低くなり過ぎると、熱間仕上げ圧延中に蓄積されるひずみ量が少なく、圧延終了後の再結晶が不十分となることがあり、また、圧下率が高くなり過ぎると、スタンド毎の圧下量が増し、圧延素材の一部が圧延ロールに凝着し、熱間圧延板の表面品質の低下を招くおそれがある。このような熱間仕上げ圧延によって、例えば、厚さが1.8mm~2.8mm程度の熱間圧延板が得られる。
【0044】
熱間仕上げ圧延の施された直後の熱間圧延板を、熱間圧延終了温度の熱い状態から、冷却速度:20℃/時間以下の冷却速度で、50℃以下の常温付近にまで冷却する。これによって、熱間圧延板における再結晶化が十分に進行し、好適な耳率が得られる。なお、冷却工程に先立って、熱間仕上げ圧延直後の板を、300℃以上の温度で1時間以上保持しもよい(保持工程)。この保持工程を経た熱間圧延板を上述の条件で冷却すると、熱間圧延板の再結晶化をさらに促進することができ、耳率特性を一層向上させることができる。なお、保持工程における保持温度や保持時間の上限は、作用効果を考慮して、適宜に選定され得るが、例えば、保持温度の上限は350℃程度、保持時間の上限は、5時間程度である。
【0045】
次いで、冷却された熱間圧延板は、さらに、冷間圧延され、目的とする板厚のアルミニウム合金板が得られる。冷間圧延は圧下率が70%以上93%以下で行われることが好ましい。冷間圧延によって、例えば、厚さが0.2mm~0.7mm程度の圧延板が得られる。本発明の実施形態によるアルミニウム合金板の合金組成は、特許文献1に記載の合金組成よりも、Mg(およびMn)の含有量が多いので、加工硬化性が高い。したがって、冷間圧延の圧下率の下限値を特許文献1(83%以上)よりも低く(70%以上)にできる。
【0046】
冷間圧延において、圧下率が70%よりも低いと、十分な強度が得られないことがある。また、圧延方向に対して0°方向や180°方向における耳を十分に小さくすることができず、かつ45°方向における耳が小さくなり、その結果、キャップ成形後の搬送時に不安定となり、生産性が低下することがある。さらに、打栓後にキャップ口端部のうねりが大きくなることがあり、十分な密閉性が得られないことがある。一方、圧下率が93%を超えると、得られる圧延板の加工硬化が著しくなり、成形性や耐ブローオフ性が低下することがある。また、所望の耳率が得られず、生産性が低下することがある。
【0047】
なお、一般に、冷間圧延に際し、成形性を制御するために中間焼鈍することがあるが、本発明の実施形態による製造方法においては、冷却工程の後、中間焼鈍を行うことなく、冷間圧延を行う。中間焼鈍を行うと、Mnの固溶量が低下し、長期耐クリープ性が低下することがある。また、中間焼鈍を省略することによって、環境負荷の低減に寄与することができる。
【0048】
その後、冷間圧延されたアルミニウム合金板に、180℃以上240℃以下の第4の温度で1時間以上5時間以下にわたって安定化熱処理を行なう。ここで、第4の温度は、1時間以上5時間以下にわたって一定である必要はなく、180℃以上240℃以下の範囲で変化してもよい。安定化熱処理では、冷間圧延によって蓄積されたひずみを緩和し、圧延板表面のひずみ分布を均一化し、例えば、塗装焼付け時のウィケットマークの発生を防止することができる。安定化熱処理温度が高いほど、その効果は高いものの、240℃を超えると、材料強度が低下することがある。一方、180℃未満の温度では、ひずみを十分に緩和できないことがある。また、処理時間が1時間未満では、十分な効果が得られず、5時間を超えると、強度の低下を招くおそれがある。また、処理時間の長時間化は、環境負荷の観点からも好ましくない。
【0049】
上述したように、本発明の実施形態によると、薄肉化しても、耐ブローオフ性、易開栓性、リサイクル性および長期耐クリープ性に優れたリングプル型キャップ用のアルミニウム合金板およびその製造方法が得られる。
【0050】
以下に、実験例(実施例1~4および比較例1~4)を例示して、本発明の実施形態によるアルミニウム合金板およびその製造方法を説明する。
【0051】
-実施例1-
下記表1に示される各種合金組成を有するアルミニウム合金(実施例1~4および比較例1~4)を上述した製造方法に従って作製した。なお、490℃で2時間の均熱処理後、熱間圧延し、室温で冷延し、215℃以上233℃以下の温度範囲で2時間の安定化熱処理を行った。合金組成は、カントメーター(サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社ARL4460)によって分析した。また、比較材として、A5052合金材を供試した。なお、比較例1では、中間焼鈍を行った。中間焼鈍の条件は、加熱速度100℃/分以上、圧延板の温度を400℃以上500℃以下の範囲に10分以内保持する条件とした。
【0052】
【表1】
得られたアルミニウム合金板を試料として用いて、それぞれ、空気炉にて190℃×10分の熱処理を実施した後、放冷し、さらに、その得られた試料について、引張強さおよび耐力測定、クリープひずみの測定、導電率の測定を行なった。得られた結果を、下記の表2に示す。
【0053】
-引張強さの測定-
各試料から、圧延方向に対して0°の角度をなす方向に、JIS Z 2201の5号試験片を採取して、JIS Z 2241に準拠して引張試験を行ない、引張強さを測定した。引張強さが280MPa以上320MPa以下の範囲内かつ引張強さと耐力の差が35MPa以上のものを合格、それ以外のものを不合格とした。引張強さが低すぎると十分な剛性が得られないおそれがあり、引張強さが高すぎるとキャップの成形性を損なうおそれがある。
【0054】
-クリープひずみの測定-
図1に示す試験片10にひずみゲージ12を貼り付け、クリープひずみを測定した。
図1中の数値はmm単位の寸法を表している。各試料から、圧延方向に対して0°の角度をなす方向に、
図1に示される試験片を採取し、雰囲気温度を80℃、負荷荷重を100MPaの条件でクリープひずみを測定した。そして、試験開始60時間以上80時間以下のクリープひずみ速度が3.0×10
-4%h
-1以下を合格、それ以外のものを不合格とした。なお、クリープひずみ速度は、時間に対するクリープひずみのグラフにおいて、試験開始60時間以上80時間以下の範囲で最小二乗法により傾きを算出した。
【0055】
-導電率の測定-
各試料を合計の板厚が1mm以上となるように重ね合わせ、圧延面に対して導電率を測定し、25%IACS以上34%IACS以下のものを合格、それ以外のものを不合格とした。
【0056】
【表2】
表2には、引張強さ、耐力、引張強さと耐力の差分、クリープひずみ速度および導電率を評価した結果、そのうちの何れもが合格である場合には、総合判定において○(Good)とした。一方、それら評価結果の少なくとも何れかひとつが不合格である場合には、総合判定においては×(NG)とした。なお、表2中の「冷延率」は、冷間圧延時の圧下率を示す。他の圧延工程における圧下率は、特性に影響しない。
【0057】
実施例1~4のアルミニウム合金板は何れも総合判定が○であり、リングプル型キャップ用のアルミニウム合金板として好適に用いられることがわかる。一方、比較例1~4のアルミニウム合金板は、いずれも少なくともひとつの評価で不合格であり、リングプル型キャップ用のアルミニウム合金板として、十分な特性を有していないことがわかる。
【0058】
比較例1は、実施例2と同じ合金組成を有しているが、十分な長期耐クリープ性を有しなかった。これは、中間焼鈍を行ったために、Mnの固溶量が低下したこと等に起因していると考えられる。比較例2は、Mgの含有率が高いので、十分な長期耐クリープ性が得られなかった。これは、Mgは拡散速度が高いので、時効軟化が生じたためと考えられる。比較例3および4は、Mnの含有率が低いので、十分な長期耐クリープ性が得られなかった。Mnの含有率が低いと、固溶したMnによる転位の運動速度の低下効果が得られなかったためと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明の実施形態によるアルミニウム合金板は、例えば炭酸飲料の容器に用いられるリングプル型キャップに好適に用いられ、従来よりも長期保存時の耐ブローオフ性を提供することができる。
【符号の説明】
【0060】
10 試験片
20 ひずみゲージ