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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022175752
(43)【公開日】2022-11-25
(54)【発明の名称】加工装置、加工方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 26/53 20140101AFI20221117BHJP
   B23K 26/00 20140101ALI20221117BHJP
   B23K 26/046 20140101ALI20221117BHJP
   B23K 26/08 20140101ALI20221117BHJP
【FI】
B23K26/53
B23K26/00 M
B23K26/046
B23K26/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021082425
(22)【出願日】2021-05-14
(71)【出願人】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(71)【出願人】
【識別番号】504160781
【氏名又は名称】国立大学法人金沢大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】廣理 英基
(72)【発明者】
【氏名】金光 義彦
(72)【発明者】
【氏名】林 寛
(72)【発明者】
【氏名】水落 憲和
(72)【発明者】
【氏名】森下 弘樹
(72)【発明者】
【氏名】西川 哲理
(72)【発明者】
【氏名】徳田 規夫
(72)【発明者】
【氏名】山崎 聡
(72)【発明者】
【氏名】小林 和樹
【テーマコード(参考)】
4E168
【Fターム(参考)】
4E168AE02
4E168CA06
4E168CA07
4E168CB07
4E168DA02
4E168DA40
4E168DA43
4E168DA47
4E168HA00
4E168JA11
(57)【要約】
【課題】加工対象物に対してX,Y,Z方向のスケールが微小な加工が可能である加工装置を提供する。
【解決手段】本願発明の加工装置1は、0.1eV以上5eV以下のエネルギーを有するパルスレーザーL1を発する第一光源と、第一光源から発せされたレーザーL1を集光してダイヤモンド10(加工対象物)に照射する対物レンズ4と、対物レンズ4で集光されるレーザーL1の焦点Fとダイヤモンド10の表面10aとの間の距離Tを調整可能な距離調整手段とを備え、距離調整手段は、距離Tを、以下の条件1,2を満たす値に調整可能である。条件1:対物レンズ4に集光されるレーザーL1の焦点Fが、ダイヤモンド10の表面10aから離れる。条件2:ダイヤモンド10の表面10aにおいて、対物レンズ4に集光されるレーザーL1の強度が、ダイヤモンド10に変質部(グラファイト化部)を生じさせることの可能な強度以上である。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
0.1eV以上5eV以下のエネルギーを有するパルスレーザーを発する第一光源と、
前記第一光源から発せされたパルスレーザーを集光して前記加工対象物に照射する対物レンズと、
前記対物レンズで集光される前記パルスレーザーの焦点と前記加工対象物の表面との間の距離を調整可能な距離調整手段とを備え、
前記距離調整手段は、前記距離を、以下の条件1,2を満たす値に調整可能である加工装置。
条件1:前記対物レンズに集光される前記パルスレーザーの焦点が、前記加工対象物の表面から離れる。
条件2:前記加工対象物の表面において、前記対物レンズに集光される前記パルスレーザーの強度が、前記加工対象物に前記変質部を生じさせることの可能な強度以上である。
【請求項2】
前記距離を調整するための調整用レーザーを発する第二光源と、
共焦点顕微鏡とをさらに備え、
前記対物レンズは、前記第二光源から発せされた前記調整用レーザーを集光して前記加工対象物に照射し、
前記共焦点顕微鏡は、前記加工対象物の表面で反射された前記調整用レーザーの強度を測定し、
前記距離調整手段は、前記共焦点顕微鏡が測定した前記調整レーザーの強度に基づき、前記距離を調整可能である請求項1に記載の加工装置。
【請求項3】
前記距離調整手段は、前記共焦点顕微鏡が測定した調整用レーザーの強度に基づき前記加工対象物の傾きを調整可能なゴニオステージと、前記共焦点顕微鏡が測定した調整用レーザーの強度に基づき前記加工対象物の位置を調整可能なピエゾステージとを備える、請求項2に記載の加工装置。
【請求項4】
前記共焦点顕微鏡は、前記加工対象物の表面で反射された前記調整用レーザーのみを通過させるピンホールと、当該ピンホールを通過した前記調整用レーザーが入射されることより、前記加工対象物の表面で反射された前記調整用レーザーの強度を測定可能な検出器とを備える請求項2又は3に記載の加工装置。
【請求項5】
エネルギーが0.1eV以上5eV以下であるパルスレーザーを対物レンズで集光して加工対象物に照射する照射ステップを有し、
前記照射ステップは、前記対物レンズで集光される前記パルスレーザーの焦点と前記加工対象物の表面との間の距離が、以下の条件1,2を満たす値に調整された状態で行なわれる加工方法。
条件1:前記対物レンズに集光される前記パルスレーザーの焦点が、前記加工対象物の表面から離れる。
条件2:前記加工対象物の表面において、前記対物レンズに集光される前記パルスレーザーの強度が、前記加工対象物に前記変質部を生じさせることの可能な強度以上である。
【請求項6】
前記照射ステップは、前記距離が以下の条件3を満たす値に調整された状態で行なわれる請求項5に記載の加工方法。
条件3:前記加工対象物の表面において、前記対物レンズに集光される前記パルスレーザーの強度が、前記加工対象物に前記変質部を生じさせることの可能な強度に一致し、且つ、前記パルスレーザーの強度の減衰勾配が、前記加工対象物の表面で最大である。
【請求項7】
前記照射ステップの以前において、前記加工対象物の表面で反射された調整用レーザーの強度の測定値に基づき、前記距離を前記条件1,2を満たす値に調整する距離調整ステップをさらに有する請求項5又は6に記載の加工方法。
【請求項8】
前記加工対象物は、ダイヤモンドであり、
前記照射ステップでは、前記パルスレーザーの単パルスを前記対物レンズで集光して前記ダイヤモンドに照射する請求項5乃至7のいずれかに記載の加工方法。
【請求項9】
前記照射ステップで前記加工対象物に生じた変質部を溶融除去することで、前記加工対象物に凹部を形成する変質部除去ステップをさらに有する請求項5乃至8のいずれかに記載の加工方法。
【請求項10】
前記加工対象物は、ダイヤモンドであり、
前記変質部除去ステップでは、前記照射ステップで前記ダイヤモンドに生じた前記変質部としてのグラファイト化部を溶融除去することで、前記ダイヤモンドに前記凹部を形成する請求項9に記載の加工方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パルスレーザーを対物レンズで集光して加工対象物に照射する加工装置及び加工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ダイヤモンドは、高い絶縁耐性、高い熱伝導率、5.47 eVの大きなバンドギャップを有するため、高耐圧パワーデバイスとして期待されている。またダイヤモンド中の窒素-空孔ペアなどのカラーセンターを使った量子センサーへの応用研究が盛んにおこなわれている。これらのデバイス又はセンサーを開発するにあたり、ダイヤモンドを微細加工する方法の確立は非常に重要である。例えばSi半導体産業でみられる高集積回路・大容量デバイスの開発では、メモリアレイや回路(光回路など)をいかに高密度で形成するかが重要となる。またSTM(Scanning Tunneling Microscope:走査トンネル顕微鏡)やAFM(Atomic Force Microscope:原子間力顕微鏡)などの開発では、小さなセンサーを作るために、NVセンターを探針の先の小さな領域にいかに作製するかが重要になる。これらのことを考慮すると、nmオーダーでダイヤモンドの任意箇所を加工する技術が必要である。しかしダイヤモンドは非常に硬く、また酸耐性も強いため、そもそも加工する事自体が非常に困難である。このような観点からダイヤモンドの加工に関して様々な研究が行われており、近年、ドライエッチング、イオンビームミリング法、電子線照射などの方法で、ダイヤモンドの加工が可能になってきた。
【0003】
しかしながらドライエッチング法では、EBリソグラフィなどで形成したパターンでダイヤモンド表面を保護しエッチングすることで加工が行われる。深さ方向(Z方向)のスケールはエッチングレートを制御することでナノオーダにすることが可能であるが、X,Y方向のスケールはリソグラフィ技術で制限されており、特にダイヤモンドなどの絶縁体へのEBリソグラフィはチャージアップなどの影響によりスケールが一般的に悪化する(上記のX方向はZ方向(深さ方向)に直交し、上記のY方向はX,Z方向に直交する方向である)。このため、X,Y方向のスケールは、大きく、現状では数百nmまでしか達成されていない。
【0004】
またイオンビームミリング法や電子線照射による加工では、X,Y方向のスケールが数十nmと非常に小さい加工が可能であるものの、イオンを試料に貫通又は注入することで加工部分以外のダイヤモンド結晶構造が崩れて、格子歪みが生じNVセンターのセンサーの感度を悪化させる。
【0005】
そこで近年、加工部分以外への影響を小さく抑えることに適したダイヤモンドの加工方法として、フェムト秒レーザーを対物レンズで集光してダイヤモンドに照射する方法が行なわれている。この方法は、多光子励起過程によって生じる高エネルギー電子が炭素原子に衝突することで電離衝突を生じさせて、ダイヤモンド結晶構造を崩すものであり、レーザーの照射箇所のみ加工を行なうことができる。
【0006】
そして特許文献1には、フェムト秒レーザーを用いてダイヤモンドに穴加工を施す方法が開示されている。特許文献1の方法は、分散焦点レンズ集光装置を用いることで、主焦点を加工対象部の上方で生じさせ、且つ、主焦点よりも強度が小さい副焦点を加工対象物内で複数生じさせるものであり、主焦点と副焦点とが配置される直線に沿った穴(オリフィス)が加工対象物に形成される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2015-30039号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら上記のフェムト秒レーザーを用いる方法で現在作成可能な孔は、直径数μmの大きな穴とされている。
【0009】
例えば上記の特許文献1は、レーザーの継続的な再集束を長距離にわたって継続することで、加工対象物を貫通する長い穴(オリフィス)を形成することを目的としたものであり、特許文献1で形成される穴は、直径が5um程度であり、深さが10mm程度である大きな穴(オリフィス)とされる。
【0010】
本発明は、上記事項に鑑みてなされたものであって、その目的は、パルスレーザーを対物レンズで集光して加工対象物に照射する加工装置及び加工方法であって、加工対象物に対してX,Y,Z方向のスケールが微小な加工が可能である加工装置及び加工方法を提供することである(Z方向は、対物レンズの光軸の方向であり、X方向はZ方向と直交する一の方向であり、Y方向はX,Z方向と直交する方向である)。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本願発明者らは、対物レンズで集光して加工対象物に照射するレーザーとして、0.1eV以上5eV以下のエネルギーを有するパルスレーザーを用いることで、局所的に加工対象物の結晶構造を制御できることに着目して、本願発明を想到するに至った。本願発明は、次の項に記載の主題を包含する。
【0012】
項1.0.1eV以上5eV以下のエネルギーを有するパルスレーザーを発する第一光源と、
前記第一光源から発せされたパルスレーザーを集光して前記加工対象物に照射する対物レンズと、
前記対物レンズで集光される前記パルスレーザーの焦点と前記加工対象物の表面との間の距離を調整可能な距離調整手段とを備え、
前記距離調整手段は、前記距離を、以下の条件1,2を満たす値に調整可能である加工装置。
条件1:前記対物レンズに集光される前記パルスレーザーの焦点が、前記加工対象物の表面から離れる。
条件2:前記加工対象物の表面において、前記対物レンズに集光される前記パルスレーザーの強度が、前記加工対象物に前記変質部を生じさせることの可能な強度以上である。
【0013】
項2.前記距離を調整するための調整用レーザーを発する第二光源と、
共焦点顕微鏡とをさらに備え、
前記対物レンズは、前記第二光源から発せされた前記調整用レーザーを集光して前記加工対象物に照射し、
前記共焦点顕微鏡は、前記加工対象物の表面で反射された前記調整用レーザーの強度を測定し、
前記距離調整手段は、前記共焦点顕微鏡が測定した前記調整レーザーの強度に基づき、前記距離を調整可能である項1に記載の加工装置。
【0014】
項3.前記距離調整手段は、前記共焦点顕微鏡が測定した調整用レーザーの強度に基づき前記加工対象物の傾きを調整可能なゴニオステージと、前記共焦点顕微鏡が測定した調整用レーザーの強度に基づき前記加工対象物の位置を調整可能なピエゾステージとを備える、項2に記載の加工装置。
【0015】
項4.前記共焦点顕微鏡は、前記加工対象物の表面で反射された前記調整用レーザーのみを通過させるピンホールと、当該ピンホールを通過した前記調整用レーザーが入射されることより、前記加工対象物の表面で反射された前記調整用レーザーの強度を測定可能な検出器とを備える項2又は3に記載の加工装置。
【0016】
項5.エネルギーが0.1eV以上5eV以下であるパルスレーザーを対物レンズで集光して加工対象物に照射する照射ステップを有し、
前記照射ステップは、前記対物レンズで集光される前記パルスレーザーの焦点と前記加工対象物の表面との間の距離が、以下の条件1,2を満たす値に調整された状態で行なわれる加工方法。
条件1:前記対物レンズに集光される前記パルスレーザーの焦点が、前記加工対象物の表面から離れる。
条件2:前記加工対象物の表面において、前記対物レンズに集光される前記パルスレーザーの強度が、前記加工対象物に前記変質部を生じさせることの可能な強度以上である。
【0017】
項6.前記照射ステップは、前記距離が以下の条件3を満たす値に調整された状態で行なわれる項5に記載の加工方法。
条件3:前記加工対象物の表面において、前記対物レンズに集光される前記パルスレーザーの強度が、前記加工対象物に前記変質部を生じさせることの可能な強度に一致し、且つ、前記パルスレーザーの強度の減衰勾配が、前記加工対象物の表面で最大である。
【0018】
項7.前記照射ステップの以前において、前記加工対象物の表面で反射された調整用レーザーの強度の測定値に基づき、前記距離を前記条件1,2を満たす値に調整する距離調整ステップをさらに有する項5又は6に記載の加工方法。
【0019】
項8.前記加工対象物は、ダイヤモンドであり、
前記照射ステップでは、前記パルスレーザーの単パルスを前記対物レンズで集光して前記ダイヤモンドに照射する項5乃至7のいずれかに記載の加工方法。
【0020】
項9.前記照射ステップで前記加工対象物に生じた変質部を溶融除去することで、前記加工対象物に凹部を形成する変質部除去ステップをさらに有する項5乃至8のいずれかに記載の加工方法。
【0021】
項10.前記加工対象物は、ダイヤモンドであり、
前記変質部除去ステップでは、前記照射ステップで前記ダイヤモンドに生じた前記変質部としてのグラファイト化部を溶融除去することで、前記ダイヤモンドに前記凹部を形成する項9に記載の加工方法。
【発明の効果】
【0022】
本願発明によれば、パルスレーザーの照射により、加工対象物に対してX,Y,Z方向のスケールが微小な加工を行うことができる。特に加工対象物がダイヤモンドである場合には、パルスレーザーの照射によりX,Y,Z方向のスケールが微小なグラファイト化部(変質部)をダイヤモンドに生じさせることができる(例えばパルスレーザーの単パルスの照射により、X,Y,Z方向のスケールがnmオーダーのグラファイト化部(変質部)をダイヤモンドに生じさせることができる)。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】本願発明の実施形態に係る加工装置を示す概略図であり、第一光源がパルスレーザーを発しているときの状態を示す。
図2】本願発明の実施形態に係る加工装置を示す概略図であり、第二光源が調整用レーザーを発しているときの状態を示す。
図3図1のA範囲を拡大して示す概略図である。
図4】対物レンズに集光されるパルスレーザーの標準化強度と、焦点とダイヤモンドの表面との間の距離との関係や、前記パルスレーザーの標準化強度の減衰勾配と前記距離との関係を示す図である。
図5】1次の光子励起がダイヤモンドに生じる場合のX,Z方向のレーザーエネルギー分布を示す図である。
図6】12次の光子励起がダイヤモンドに生じる場合のX,Z方向のレーザーエネルギー分布を示す図である。
図7】1次,12次の光子励起される電子数と、焦点の中心位置からのX方向の距離との関係を示す図である。
図8】対物レンズに集光されるパルスレーザーの標準化強度と、ダイヤモンドに生じる変質部のX方向のスケールとの関係を示す図である。
図9】オイル除去ステップを行なった後のダイヤモンド表面の状態を示すAFM像である。
図10図9のA-B線に沿った変質部の断面を示す図である。
図11図9のC-D線に沿った変質部の断面を示す図である。
図12】変質部除去ステップを行った後のダイヤモンド表面の状態を示すAFM像である。
図13図12のA-B線に沿った穴の断面を示す図である。
図14図12のC-D線に沿った穴の断面を示す図である。
図15】変質部除去ステップを行った後のダイヤモンド表面の状態を示すAFM像である。
図16図15のA-B線に沿った穴の断面を示す図である。
図17図15のC-D線に沿った穴の断面を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本願発明の実施形態に係る加工方法及び加工装置を、添付図面を参照しながら説明する。なお以下では、加工対象物がダイヤモンドである場合について説明するが、本願発明によって加工可能な対象物は、ダイヤモンドに限定されない。また本願発明において、加工対象物の加工とは、加工対象物の結晶構造を崩すことで、溶融除去可能な変質部を加工対象物に生じさせることを意味する。以下に示すように加工対象物がダイヤモンドとされる場合には、加工とは、ダイヤモンドの結晶構造を崩すことで、酸等の溶剤を用いて溶融除去可能なグラファイト化部(変質部)をダイヤモンドに生じさせることを意味する。
【0025】
図1及び図2は、本願発明の実施形態に係る加工装置1を示す概略図である(図1は後述の第一光源2がパルスレーザーL1を発しているときの状態を示し、図2は後述の第二光源3が調整用レーザーL2を発しているときの状態を示す)。図3図1のA範囲を拡大して示す。
【0026】
加工装置1(図1図2)は、第一光源2と、第二光源3と、対物レンズ4と、共焦点顕微鏡5と、距離調整手段6と、ビームスプリッター7A,7Bと、ミラー8とを備える。以下、対物レンズ4の光軸の方向をZ方向と記し、Z方向と直交する一の方向をX方向と記し、X,Z方向と直交する方向をY方向と記す(X,Y,Z方向について図3参照)。
【0027】
第一光源2は、エネルギーが0.1eV以上5eV以下であるパルスレーザーL1(図1)を発する。当該パルスレーザーL1は、ダイヤモンド10を加工するために使用されるレーザーであり、例えば、エネルギーが1.20eV、波長が1,035nmであるフェムト秒レーザーとされる。
【0028】
第二光源3は、調整用レーザーL2(図2)を発する。当該調整用レーザーL2は、対物レンズ4で集光されるパルスレーザーL1の焦点F(図3)とダイヤモンド10の表面10aとの間のZ方向の距離Tを調整するために使用されるレーザーであり、例えば、波長が405nmであるCWレーザーとされる。
【0029】
対物レンズ4は、パルスレーザーL1及び調整用レーザーL2を集光してダイヤモンド10に照射する。本実施形態の加工装置1では、上記の対物レンズ4を含む構成として、対物レンズ4とダイヤモンド10との間をオイル(図示せず)で満たす油浸対物レンズが使用される。また当該油浸対物レンズとして、例えば、対物レンズ4の開口率NAが1.3である油浸対物レンズを使用できる。
【0030】
共焦点顕微鏡5は、ピンホール20や検出器21を備えており、ダイヤモンド10の表面10aで反射された調整用レーザーL2の強度を測定可能である。ピンホール20は、ダイヤモンド10の表面10aで反射された調整用レーザーL2のみを通過させるものであり、当該ピンホール20を通過した調整用レーザーL2が検出器21に入射されてデジタルデータ化されることで、ダイヤモンド10の表面10aで反射された調整用レーザーL2の強度が測定される。検出器21として、CCDカメラ或いはCMOSカメラを使用できる。
【0031】
距離調整手段6は、ダイヤモンド10を支持するものであり、ゴニオステージ及びピエゾステージを備える。ゴニオステージは、共焦点顕微鏡5が測定した調整用レーザーL2の強度に基づきダイヤモンド10の傾きを調整可能である。ピエゾステージは、共焦点顕微鏡5が測定した調整用レーザーL2の強度に基づき、X,Y,Z方向におけるダイヤモンド10の位置を調整可能である。
【0032】
距離調整手段6は、上記のゴニオステージやピエゾステージを備えることで、共焦点顕微鏡5が測定した調整用レーザーL2の強度に基づき、焦点Fとダイヤモンド10の表面10aとの間の距離T(図3)を調整可能である。
【0033】
ビームスプリッター7A,7Bは、入射光を通過光と反射光とに分ける装置である。加工装置1では、ビームスプリッター7A,7Bやミラー8の傾きが調整されることで、第一光源2がパルスレーザーL1を発する間、下記の(1)及び(2)が実現され、第二光源3が調整用レーザーL2を発する間、下記の(3)及び(4)が実現される。
【0034】
(1)第一光源2が発したパルスレーザーL1の一部が、ビームスプリッター7Aの通過及びビームスプリッター7Bでの反射を経て、対物レンズ4に向かう(図1)。
(2)ダイヤモンド10で反射されたパルスレーザーL1の一部が、ビームスプリッター7Bの通過及びミラー8での反射を経て、共焦点顕微鏡5に向かう(図1)。
(3)第二光源3が発した調整用レーザーL2の一部が、ビームスプリッター7A,7Bでの反射を経て、対物レンズ4に向かう(図2)。
(4)ダイヤモンド10で反射された調整用レーザーL2の一部が、ビームスプリッター7Bの通過及びミラー8での反射を経て、共焦点顕微鏡5に向かう(図2)。
【0035】
次に本実施形態の加工方法について説明する。本実施形態の加工方法は、上記の加工装置1を用いて実行可能な方法である。当該本実施形態の加工方法は、焦点Fとダイヤモンド10の表面10aとの間の距離T(図3)を調整する距離調整ステップと、パルスレーザーL1を対物レンズ4で集光してダイヤモンド10に照射する照射ステップと、ダイヤモンド10に付着したオイルを除去するオイル除去ステップと、照射ステップでダイヤモンド10に生じた変質部(グラファイト化部)を除去する変質部除去ステップとを有する。
【0036】
(距離調整ステップ)
距離調整ステップでは、距離調整手段6を作動させることで、焦点Fとダイヤモンド10の表面10aとの間の距離T(図3)が、下記の条件1,2を満たす値に調整される。
【0037】
条件1:対物レンズ4に集光されるパルスレーザーL1の焦点Fが、ダイヤモンド10(加工対象物)の表面10aから離れる。
条件2:ダイヤモンド10の表面10aにおいて、対物レンズ4に集光されるパルスレーザーL1の強度が、ダイヤモンド10に変質部(グラファイト化部)を生じさせることの可能な強度以上である。
【0038】
条件2は、ダイヤモンド10に変質部(グラファイト化部)を生じさせることを目的とし、条件1は、変質部(グラファイト化部)のX,Y,Z方向のスケールを微小にすることを目的とする。本実施形態の加工方法では、上記の目的を実現することに加えて、変質部の周辺に格子歪みが生じることを防止するために、距離調整ステップで、距離Tが、上記の条件1,2と共に下記の条件3も満たす値に調整される。
【0039】
条件3: ダイヤモンド10(加工対象物)の表面において、対物レンズ4に集光されるパルスレーザーL1の強度が、ダイヤモンド10に変質部(グラファイト化部)を生じさせることの可能な強度に一致し、且つ、パルスレーザーL1の強度の減衰勾配が、ダイヤモンド10(加工対象物)の表面で最大である。
【0040】
第一光源2が1.20eVのパルスレーザーL1を発する場合には、対物レンズ4に集光されるパルスレーザーL1の強度Ipと距離T(図3)との関係が、例えば、図4の曲線Mで示される関係となり、距離Tを0nmよりも大きくすることで上記の条件1が満たされる(焦点Fがダイヤモンド10の表面10aから離れる)。そしてダイヤモンド10を加工可能なパルスレーザーL1の強度Ipの閾値(ダイヤモンド10にグラファイト化部を生じさせることの可能な強度Ipの閾値)が0.65である場合には、距離Tを300nm以下とすることで上記の条件2が満たされる。
【0041】
なお上記の強度Ipは、パルスレーザーL1の強度Iの12乗値であり、曲線Mは、上記の強度Ip(以下、標準化強度Ip)と、距離Tとの関係を示している。標準化強度Ipを強度Iの12乗値としているのは、1.20eVのパルスレーザーL1の照射により、12次光子励起がダイヤモンド10に生じることによる。図4は、焦点Fの中心位置(X=0,Y=0,Z=0)における標準化強度Ipの値を1.0としたときの光軸(X=0,Y=0)の標準化強度Ipの値を縦軸に示している。曲線Mは、距離Tが300nm以下の範囲で、標準化強度Ipが閾値0.65以上になることで、光子励起によるダイヤモンド10の加工(グラファイト化)が可能であることを示唆する。なお上記標準化強度Ipの閾値は、レーザースポットや、レーザーパワー、対物レンズの性能等に応じて変わるものであり。本願発明は、上記の閾値を0.65に限定するものではない。またパルスレーザーL1がダイヤモンド(加工対象物)に12次以外のn次の光子励起を生じさせるレーザーである場合には、標準化強度Ipは、パルスレーザーL1の強度Iのn乗値とされる。
【0042】
そして上述のように標準化強度Ipと距離Tとの関係が曲線Mで示される場合には、標準化強度Ipの減衰勾配dIp/dTと距離Tとの関係が、図4の曲線Nで示される関係となり、距離Tが300nmであるときに、上記の減衰勾配dIp/dTが最大となる。したがって距離調整ステップでは距離Tが300nmに調整される。
【0043】
また距離調整ステップでは、ダイヤモンド10の表面10aで反射された調整用レーザーL2の強度の測定値に基づき、距離Tを条件1,2,3を満たす値に調整することが行なわれる(上記の例では、調整用レーザーL2の強度の測定値に基づき、距離Tを300nmに調整することが行われる)。この処理は、図2に示すように第二光源3から調整用レーザーL2を発信させて、ダイヤモンド10の表面10aで反射された調整用レーザーL2の強度を共焦点顕微鏡5によって測定し、当該強度の測定値に基づき距離調整手段6の作動を制御することで実現される。
【0044】
(照射ステップ)
照射ステップでは、図1図3に示すように、第一光源2からパルスレーザーL1の単パルスを発信させて、当該パルスレーザーL1の単パルスを対物レンズ4で集光してダイヤモンド10に照射することが行なわれる。
【0045】
当該照射ステップでは、ダイヤモンド10におけるパルスレーザーL1の照射箇所において、多光子励起で生じる高エネルギー電子が炭素原子に衝突することによる電離が生じる。これによりパルスレーザーL1の照射箇所では、ダイヤモンド結晶が崩されて、ダイヤモンド10が変質し、山構造の変質部が形成される(具体的には、ダイヤモンド10がグラファイト化して、山構造のグラファイト化部が形成される)。
【0046】
また上記の照射ステップは、これの以前に距離調整ステップが実行されていることで、距離Tが上記の条件1,2,3を満たす値に調整された状態で行なわれる(第一光源2が1.20eVのパルスレーザーL1を発する場合には、例えば、距離Tが上記の300nmに調整されることで、パルスレーザーL1の照射箇所で12次の光子励起が生じる)。
【0047】
(オイル除去ステップ)
オイル除去ステップは、油浸対物レンズが使用されることで実行されるものである。当該オイル除去ステップでは、ダイヤモンド10に付着したオイルが超音波洗浄によって除去される。当該オイル除去ステップでは、例えば、アセトンによるダイヤモンド10の超音波洗浄と、2プロパノールによるダイヤモンド10の超音波洗浄とが、順次実施される。
【0048】
(変質部除去ステップ)
変質部除去ステップでは、パルスレーザーL1の照射によって生じたダイヤモンド10の変質部(ダイヤモンド10のグラファイト化部)を酸を用いて溶融除去することで、ダイヤモンド10に凹部が形成される。上記の酸として、例えば、硝酸と硫酸とを3:1の体積比で混合させた混酸を使用できる。
【0049】
本実施形態の加工方法は、エネルギーが0.1eV以上5eV以下であるパルスレーザーL1を対物レンズ4で集光してダイヤモンド10に照射することで、3次~140次の多光子励起により、ダイヤモンド10を局所的にグラファイト化する加工を行なうものである。
【0050】
多光子励起による加工は、1次光子励起による加工に比べて1/nのエネルギー(n倍の波長)の光子で励起を生じさせることができるため、ダイヤモンド、GaN、BN、SiC、Siなどのバンドギャップ材料の加工に適している(上記のnは多光子励起の次数に相当する)。しかしながら、多光子励起は、レーザー強度Iに対して非線形な確率(レーザー強度Iのn乗に比例した確率)で生じるため、レーザー強度Iに比例して生じる1次光子励起に比べて、発生領域が狭い。
【0051】
例えば1.20VのパルスレーザーL1(波長1,035nm)を用いて、1次光子励起による加工を行なう場合と、12次光子励起によるダイヤモンド10の加工を行なう場合とを比較すると、例えば、前者では、図5に示す広い領域Sで1次光子励起による加工が行われるのに対して、後者では、図6に示す焦点近傍(Z=0の近傍)の領域Pのみで12次光子励起による加工が行われる(図5図6では、焦点を「Z(nm)=0」として、焦点よりも対物レンズ側の位置を「Z(nm)のプラスの値」で表し、焦点よりも加工対象物側の位置を「Z(nm)のマイナスの値」で表している)。
【0052】
図7の曲線Daは、図5の焦点(z=0)で1次光子励起される電子数と、焦点の中心位置(X=0,Y=0,z=0)からのX方向の距離との関係を示し、図7の曲線Dbは、図6の焦点(z=0)で12次光子励起される電子数と、焦点の中心位置(X=0,Y=0,z=0)からのX方向の距離との関係を示している。図7の縦軸に示す「光子励起される電子数の比率」は、焦点の中心位置(X=0,Y=0,Z=0)で光子励起される電子数に対する、焦点(Z=0)のX方向の任意の位置で光子励起される電子数の比率である。
【0053】
上記の電子数の比率は、焦点の中心位置を基準として、光子励起される電子数の多さを表したものであり、当該電子数の比率が所定値以上となる領域で1次,12次の光子励起による加工が行われる。12次光子励起による加工が行われるX,Y,Z方向の幅は、それぞれ1次光子励起による加工が行われるX,Y,Z方向の幅の1/121/2ほどに狭い。図7は、電子数の比率が0.65以上となる領域で1次,12次の光子励起による加工が行われる場合に、焦点(Z=0)で12次光子励起による加工が行われるX方向の幅Xbが、焦点(Z=0)で1次励起による加工が行われるX方向の幅Xaよりも狭いことを示している(幅Xbは、幅Xaの1/121/2に相当する値である)。
【0054】
なお図7の曲線Dbによって特定される電子の比率は、図4や後述の図8に示す標準化強度IPと値が一致するものである(例えば曲線Dbによって特定される(X=0,Y=0,Z=0)の比率の値1.0は、図4の曲線Mによって特定される(X=0,Y=0,Z=0)の強度Ipの値1.0や、図8の曲線Dbによって特定される(X=0,Y=0,Z=0)の強度Ipの値1.0に一致する)。図7で、標準化強度IPを用いずに、電子の比率を用いているのは、同一の条件で、1次光子励起による加工幅と、12次光子励起による加工幅とを比較することを目的とする。
【0055】
本実施形態の加工装置1及び加工方法によれば、上述のように多光子励起による加工領域がX,Y,Z方向に狭いことに加えて、距離Tが条件1を満たす値とされて焦点Fがダイヤモンド10の表面10aから離されることで、ダイヤモンド10に生じる変質部(グラファイト化部)のX,Y,Z方向のスケールを小さく抑えることができる(すなわちダイヤモンド10に対してX,Y,Z方向のスケールが微小な加工が可能である)。より具体的には、焦点Fをダイヤモンド10の表面10aに位置させる場合に比べて、ダイヤモンド10に生じる変質部(グラファイト化部)のX,Y,Z方向のスケールを小さく抑えることができる。
【0056】
上記の参考として、図6及び図8は、ダイヤモンド10を加工可能なパルスレーザーL1の強度Ipの閾値が0.65であり、1.20eVのパルスレーザーL1の単パルスがダイヤモンド10に照射される場合において、距離Tを300nmにしたときに生じる変質部のX方向のスケールXcが、距離Tを0nmにしたときに生じる変質部のX方向のスケールXbよりも小さいことを示している(また図6は、上記の距離Tを300nmにしたときに生じる変質部のZ方向のスケールZcも示している)。なお図8は、距離Tを500nmにした場合に、ダイヤモンド表面10aにおけるパルスレーザーL1の強度Ipが閾値0.65に達しないことで、ダイヤモンド10に変質部(グラファイト部)が生じないことを示唆するが、本実施形態の加工方法によれば、距離Tが条件2を満たす値に調整されることで、ダイヤモンド表面10aにおけるパルスレーザーL1の強度Ipを閾値以上にすることができる。したがってダイヤモンド10に変質部(グラファイト部)を確実に生じさせることができる(すなわちダイヤモンド10の加工を確実に行える)。
【0057】
そして本実施形態の加工方法によれば、上述のようにダイヤモンド10に生じる変質部(グラファイト化部)のX,Y,Z方向のスケールを微小にすることができるので、変質部(グラファイト化部)を酸を用いて溶融除去することにより、X,Y,Z方向のスケールが微小な凹部を加工できる。例えば上述したように、距離Tを250nmに調整した状態で、1.20eVのパルスレーザーL1の単パルスを対物レンズ4で集光してダイヤモンド10に照射すれば、X,Y,Z方向のスケールがダイヤモンドを貫通しないようなnmオーダーの凹部を加工できる。
【0058】
さらに本実施形態の加工方法によれば、距離Tが条件3も満たす値に調整されることで、対物レンズ4に集光されるパルスレーザーL1の強度の減衰勾配が、ダイヤモンド10の表面10aで最大となる。これにより、ダイヤモンド表面近傍の加工領域で、パルスレーザーL1の強度を加工強度よりも大きくしてダイヤモンド10をグライファイト化させつつ、加工領域の周辺の領域では、パルスレーザーL1の強度を加工強度から大きく下げてダイヤモンド10に格子歪みを生じさせないようにすることができる。したがって、変質部(グラファイト化部)の除去で形成される穴の周辺に、格子歪みが生じることを防止できる。
【0059】
例えば、1.20eVのパルスレーザーL1を用いる場合には、上述したように距離Tが300nmに調整されることで、距離Tが条件1,2,3を満たす値になり、ダイヤモンド10の表面10aで上記の減衰勾配が1.8×10-3dIp/dT程度の大きな値になる(図4参照)。このためダイヤモンド表面近傍の加工領域でダイヤモンド10をグライファイト化させつつ、加工領域の周辺でダイヤモンド10に格子歪みを生じさせないことができる。なお、格子歪みが生じた部分とは、グラファイト化の状態までには至らないものの、例えばDKC(diamond‐like carbon)のようにSP3構造が崩された状態にあり、酸等の溶媒を用いて溶融除去することができない部分に相当する。
【0060】
また本実施形態の加工方法によれば、ダイヤモンド10の表面10aで反射された調整用レーザーL2の強度の測定値に基づき距離Tの調整が行われるので、距離Tの実際値を条件1,2,3を満たす値に調整できる。
【0061】
特に本実施形態の加工方法では、ピンホール20を備える共焦点顕微鏡5が使用されることで、調整用レーザーL2の強度の測定値を、ダイヤモンド表面以外で反射されたレーザーL2による誤差を含まない値にすることができる。したがって本実施形態の加工方法によれば、距離Tの実際値を条件1,2,3を満たす値に正確に調整できる。
【0062】
本発明は、上記実施形態に限定されず、種々改変できる。
【0063】
例えば、第三光源4や撮影手段8は、必ずしも必要ではなく、加工装置1から省略されてもよい。
【0064】
またビームスプリッター7A,7Bやミラー8以外の手段により、パルスレーザーL1や調整用レーザーL2の進路が調整されてもよい。
【0065】
また加工装置1では、必ずしも油浸対物レンズを使用する必要はなく、パルスレーザーL1を集光してダイヤモンド10に照射可能な任意の対物レンズを使用できる(例えばダイヤモンド10を空気中に配置するドライ対物レンズが使用されてもよい)。また油浸対物レンズを使用しない場合には、オイル除去ステップは省略されて、照射ステップの次に変質部除去ステップが実行される。
【0066】
また照射ステップは、上記の条件3を満たさず、上記の条件1,2のみを満たした状態で行なわれてもよい。例えば、条件3を満たさない場合でも(つまり対物レンズ4で集光されるパルスレーザーL1の強度の減衰勾配がダイヤモンド表面10aで最大にならない場合でも)、距離Tを適宜調整することで、加工領域の周辺の領域で、パルスレーザーL1の強度を加工強度から大きく下げて格子歪みを生じさせないことが可能である。
【0067】
また本願発明は、加工領域の周辺で、ダイヤモンド10に格子歪みが生じる場合を除外するものではない。上記の場合でも、距離Tが上記の条件1,2を満たす値に調整された状態で照射ステップが行われれば、X,Y,Z方向のスケールが微小な凹部をダイヤモンド10に形成できる。
【0068】
また距離Tを条件1,2を満たす値に調整可能であれば、共焦点顕微鏡5は加工装置1から省略されてもよく、また距離調整手段6以外の手段によってダイヤモンド10が支持されてもよい。
【0069】
また本願発明で加工される対象物は、ダイヤモンド10に限定されず、例えば、GaNやBN等のワイドギャップ半導体や、SiC半導体や、Si半導体等とされ得る。
【0070】
また加工対象物の加工に使用されるレーザーL1のパルス数も、加工対象物に形成する凹部のスケール等に応じて、1以上の任意の数とされ得る。また加工対象物へのパルスレーザーL1の照射回数や、照射1回あたりのパルス数や、パルスレーザーL1の照射位置等を調整することで、3次元立体的な構造の加工を行うことも可能である。
【0071】
また変質部除去ステップでは、溶剤を用いる化学処理や、化学エッチング等により、照射ステップにおけるパルスレーザーL1の照射で加工対象物に生じた変質部が溶融除去され得る
【0072】
(実施例)
本願発明者らは、X,Y,Z方向のスケールがnmオーダーである凹部をダイヤモンド10に形成可能であることを確認する試験を行なった。以下、この試験について説明する。
【0073】
本試験では、図1図2に示す加工装置1を用いて上記実施形態に示した加工方法を実施した。
【0074】
加工装置1では、第一光源2として、エネルギー1.20eV、波長1,035nmのフェムト秒レーザー(パルスレーザーL1)を発する光源を使用した。また第二光源3として、波長405nmのCWレーザー(調整用レーザーL2)を発する光源を使用した。また開口率(NA)が1.3である対物レンズ4を備える油浸対物レンズ(オリンパス株式会社製)を使用し、オイル中にダイヤモンド10を配置した。
【0075】
距離調整ステップでは、共焦点顕微鏡5で測定したCWレーザー(調整用レーザーL2)の強度に基づき、ゴニオステージでダイヤモンド10の傾きを調整し、ピエゾステージ(0.1nm分解能)でダイヤモンド10の位置を調整した。
【0076】
照射ステップでは、上記のフェムト秒レーザー(1.20eV,1,035nm)の単パルスを、対物レンズ4(NA:1.33)で集光してダイヤモンド10に照射した。
【0077】
なお本試験では、比較のために、ダイヤモンド10の表面10aを焦点Fに57nmほど近づけた状態で(距離Tを57nmほど短くした状態で)、上記と同様、フェムト秒レーザー(1.20eV,1,035nm)の単パルスを対物レンズ4(NA:1.33)で集光してダイヤモンド10に照射することも行なった。
【0078】
オイル除去ステップでは、アセトンによるダイヤモンド10の超音波洗浄と、2プロパノールによるダイヤモンド10の超音波洗浄とを、それぞれ3分間ずつ順次行なうことで、ダイヤモンド10に付着したオイルを除去した。
【0079】
オイル除去ステップを行なった後のダイヤモンド表面10aの状態を示すAFM像を図9に示しており、レーザーエネルギーは30nJを使用した。図9のAFM像により、距離Tを250nmに調整した状態でフェムト秒レーザーの照射を行なうことで、高さが約4nmである山構造の変質部G1が生成されたことが確認された(図10は、図9のA-B線に沿った変質部G1の断面を示し、図11は、図9のC-D線に沿った変質部G1の断面を示す)。当該山構造の変質部G1は、ダイヤモンド10とオイルがフェムト秒レーザーにより変質した物質と考えられる。またダイヤモンド10の表面10aを焦点Fに57nmほど近づけた場合には、変質部G1に比して明らかにスケールの大きな山構造の変質部G2が生成されたことが確認された。
【0080】
変質部除去ステップでは、硝酸と硫酸とを3:1の体積比で混合させた540℃の混酸を用いて、ダイヤモンド10から変質部G1,G2を溶融除去した。
【0081】
変質部除去ステップを行った後のダイヤモンド表面10aの状態を示すAFM像を図12に示す。図12のAFM像により、変質部G1の除去で凹部H1が形成され、変質部G2の除去で凹部H2が形成されたことが確認された(図13は、図12のA-B線に沿った凹部H1の断面を示し、図14は、図12のC-D線に沿った凹部H1の断面を示す)。AFMの結果にガウシアンフィッティングを行ったところ、変質部G1の除去で形成された凹部H1は 半値全幅(A-B)が45.1±0.5nmであり、半値全幅(C-D)が25.1±0.2nmであり、 深さが4.5±0.1nmであった。
【0082】
また本試験では、上記の方法により、ダイヤモンド10に変質部G1を20ヶ所生成し、これらの各々を除去することで凹部H1を形成することも行なった。その結果、変質部G1から形成される凹部H1の標準偏差は、深さが3.0nmであり、FWHM(縦)が10.2nmであることが確認された。また変質部G1から形成された最小の凹部H1(図15)は、半値全幅(A-B)が 25.7±0.2nmであり, 半値全幅(C-D)が16.9±0.3nmであり、 深さが1.1±0.3nmであった(図16は、図15のA-B線に沿った凹部H1の断面を示し、図17は、図15のC-D線に沿った凹部H1の断面を示す)。これにより本発明の加工方法によれば、焦点Fがダイヤモンド10の表面10aから離れることで(条件1)、ダイヤモンド10に生じる変質部(グラファイト化部)のスケールを小さく抑え、ナノスケールの凹部をダイヤモンド10に加工可能であることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0083】
本願発明は、例えば以下の製品・分野に利用可能である。
【0084】
(ダイヤモンドナノ探針)
イオン注入法などで作った単一NVセンターを持つダイヤモンド(ドープダイヤモンドなど含む)から針を本願発明を利用して掘り出すことで、STMやAFMなどで使用できる針を形成する。これを使用することにより、ナノ分解能で磁場、電場、温度を同時測定できるセンサーを形成することができる。これにより、量子渦や局所スピンの多角的な測定が可能となる。
【0085】
(ダイヤモンドナノ粒子)
現在、NVセンターを含む数十nmほどのナノダイヤ粒子を使った研究がされているが、ナノサイズのNVセンターを持った単粒子はまだできていない(5nm粒子の凝縮体の観測はある)。本願発明を利用することで、単一NVセンターを含む100 nmの粒子などを削り、数nmのNVを持つ単粒子を形成する。このサイズは2008年にノーベル賞を受賞した緑色蛍光タンパク質のGFPと同等のサイズである。GFPは結合した分子の場所を蛍光から観測することができるが、NVセンターを含んだナノ粒子を用いれば位置だけでなく電場、磁場、温度を同時に測定することができる。これにより、発がん性タンパク質によるがん発生メカニズムの解明、変性タンパク質による老化現象の解明など、生体細胞の様々な研究への応用が期待される
【0086】
(デバイス)
現状のダイヤモンドPINやFET構造などのサイズはせいぜい数百nm程度でSi微細構造などのサイズ(数nm)には及ばない。本願発明を利用することで、数十nmのPINやFET構造を作製することができる。これにより今後のダイヤモンドデバイスの微細化に貢献できる。
【符号の説明】
【0087】
1 加工装置
2 第一光源
3 第二光源
4 対物レンズ
5 共焦点顕微鏡
6 距離調整手段
10 ダイヤモンド(加工対象物)
10a ダイヤモンドの表面(加工対象物の表面)
F 焦点
L1 パルスレーザー
L2 調整用レーザー
T 対物レンズで集光される前記パルスレーザーの焦点と前記加工対象物の表面との間の距離
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17