IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ JCRファーマ株式会社の特許一覧

<>
  • 特開-ムコ多糖症I型の治療用医薬組成物 図1
  • 特開-ムコ多糖症I型の治療用医薬組成物 図2
  • 特開-ムコ多糖症I型の治療用医薬組成物 図3
  • 特開-ムコ多糖症I型の治療用医薬組成物 図4
  • 特開-ムコ多糖症I型の治療用医薬組成物 図5
  • 特開-ムコ多糖症I型の治療用医薬組成物 図6
  • 特開-ムコ多糖症I型の治療用医薬組成物 図7
  • 特開-ムコ多糖症I型の治療用医薬組成物 図8
  • 特開-ムコ多糖症I型の治療用医薬組成物 図9
  • 特開-ムコ多糖症I型の治療用医薬組成物 図10
  • 特開-ムコ多糖症I型の治療用医薬組成物 図11
  • 特開-ムコ多糖症I型の治療用医薬組成物 図12
  • 特開-ムコ多糖症I型の治療用医薬組成物 図13
  • 特開-ムコ多糖症I型の治療用医薬組成物 図14
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022176154
(43)【公開日】2022-11-25
(54)【発明の名称】ムコ多糖症I型の治療用医薬組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 38/47 20060101AFI20221117BHJP
   A61K 47/68 20170101ALI20221117BHJP
   A61K 9/08 20060101ALI20221117BHJP
   A61K 9/19 20060101ALI20221117BHJP
   A61K 47/02 20060101ALI20221117BHJP
   A61K 47/34 20170101ALI20221117BHJP
   A61K 47/26 20060101ALI20221117BHJP
   C07K 19/00 20060101ALN20221117BHJP
   C07K 16/28 20060101ALN20221117BHJP
   C12N 15/13 20060101ALN20221117BHJP
   C07K 7/06 20060101ALN20221117BHJP
   C07K 7/08 20060101ALN20221117BHJP
   C12N 15/62 20060101ALN20221117BHJP
   C12N 15/55 20060101ALN20221117BHJP
   C12N 9/24 20060101ALN20221117BHJP
【FI】
A61K38/47 ZNA
A61K47/68
A61K9/08
A61K9/19
A61K47/02
A61K47/34
A61K47/26
C07K19/00
C07K16/28
C12N15/13
C07K7/06
C07K7/08
C12N15/62 Z
C12N15/55
C12N9/24
【審査請求】未請求
【請求項の数】48
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022078503
(22)【出願日】2022-05-11
(31)【優先権主張番号】P 2021080729
(32)【優先日】2021-05-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】000228545
【氏名又は名称】JCRファーマ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100128897
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 佳希
(74)【代理人】
【識別番号】100225118
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 慧
(72)【発明者】
【氏名】森本 秀人
(72)【発明者】
【氏名】木田 祥穂
(72)【発明者】
【氏名】曽 彩玲
(72)【発明者】
【氏名】川島 聡
【テーマコード(参考)】
4B050
4C076
4C084
4H045
【Fターム(参考)】
4B050CC03
4B050LL01
4C076AA12
4C076AA29
4C076AA95
4C076BB13
4C076CC21
4C076CC41
4C076DD09F
4C076DD23
4C076DD43
4C076DD67
4C076EE23F
4C076EE59
4C084AA02
4C084DC22
4C084MA17
4C084MA66
4C084NA13
4C084NA14
4C084ZC54
4H045AA10
4H045AA30
4H045BA09
4H045BA41
4H045CA40
4H045DA76
4H045EA20
4H045FA74
(57)【要約】      (修正有)
【課題】ムコ多糖症I型患者の処置方法を提供する。
【解決手段】抗ヒトトランスフェリン受容体抗体とヒトα-L-イズロニダーゼとの融合蛋白質を有効成分として含有する医薬組成物が,0.1~10mg/kg体重の用量で,静脈内点滴によりムコ多糖症I型の患者に投与される。投与は5日~21日の間隔で,少なくとも3ヶ月継続して行われる。これにより患者の組織内,特に中枢神経系に蓄積したデルマタン硫酸及びヘパラン硫酸が分解される。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
抗ヒトトランスフェリン受容体抗体とヒトα-L-イズロニダーゼとの融合蛋白質を有効成分として含有する医薬組成物であって,該融合蛋白質が,0.1~10mg/kg体重の用量で,静脈内注入によりムコ多糖症I型の患者に投与されるものである,医薬組成物。
【請求項2】
該融合蛋白質が,0.1~8mg/kg体重の用量で投与されるものである請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
該融合蛋白質が,1~6mg/kg体重の用量で投与されるものである請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項4】
該融合蛋白質が,2mg/kg体重又は4mg/kg体重の用量で投与されるものである請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項5】
該融合蛋白質が,0.33mg/時間~200mg/時間の速度で投与されるものである,請求項1~4の何れかに記載の医薬組成物。
【請求項6】
該融合蛋白質が,3時間かけて投与されるものである,請求項1~4の何れかに記載の医薬組成物。
【請求項7】
該融合蛋白質が,静脈内点滴により投与されるものである,請求項1~6の何れかに記載の医薬組成物。
【請求項8】
該投与が,5日~21日の間隔で,少なくとも3ヶ月継続して行われるものである請求項1~7の何れかに記載の医薬組成物。
【請求項9】
該投与が,7日の間隔で,少なくとも1ヶ月継続して行われるものである請求項1~7の何れかに記載の医薬組成物。
【請求項10】
該融合蛋白質が,初回の投与時は0.1~2mg/kg体重の用量で投与され,2回目以降の投与時は,用量を増加させて投与されるものである,請求項8又は9に記載の医薬組成物。
【請求項11】
該融合蛋白質が,初回の投与時は0.1~2mg/kg体重の用量で投与され,その後,2~6mg/kg体重の維持用量で投与されるものである,請求項8又は9に記載の医薬組成物。
【請求項12】
2mg/kg体重又は4mg/kg体重の維持用量で投与されるものである,請求項8又は10に記載の医薬組成物。
【請求項13】
該抗ヒトトランスフェリン受容体抗体が,Fabである,請求項1~12の何れかに記載の医薬組成物。
【請求項14】
該ヒトα-L-イズロニダーゼが,該抗ヒトトランスフェリン受容体抗体の軽鎖のC末端側若しくはN末端側,又は該抗ヒトトランスフェリン受容体抗体の重鎖のC末端側若しくはN末端側に,直接又はリンカーを介して結合しているものである,請求項1~13の何れかに記載の医薬組成物。
【請求項15】
該ヒトα-L-イズロニダーゼが,該抗ヒトトランスフェリン受容体抗体の重鎖のC末端側に,リンカーを介して結合しているものである,請求項1~13の何れかに記載の医薬組成物。
【請求項16】
該リンカーが,1~150個のアミノ酸残基からなるペプチドである,請求項14又は15に記載の医薬組成物。
【請求項17】
該リンカーが,1個のグリシン,1個のセリン,アミノ酸配列Gly-Ser,アミノ酸配列Gly-Gly-Ser,配列番号1のアミノ酸配列,配列番号2のアミノ酸配列,配列番号3のアミノ酸配列,及びこれらのアミノ酸配列が1~10個連続してなるアミノ酸配列からなる群より選ばれるアミノ酸配列を含んでなるペプチドである,請求項16に記載の医薬組成物。
【請求項18】
該リンカーが,配列番号3のアミノ酸配列からなるペプチドである,請求項16に記載の医薬組成物。
【請求項19】
該抗ヒトトランスフェリン受容体抗体が,軽鎖の可変領域に,CDR1として配列番号4又は配列番号5のアミノ酸配列を,CDR2として配列番号6若しくは配列番号7のアミノ酸配列又はアミノ酸配列Lys-Val-Serを,及びCDR3として配列番号8のアミノ酸配列を,それぞれ含んでなり,重鎖の可変領域に,CDR1として配列番号9又は10のアミノ酸配列を,CDR2として配列番号11又は2のアミノ酸配列を,及びCDR3として配列番号13又は14のアミノ酸配列を,それぞれ含んでなるものであり,
該ヒトα-L-イズロニダーゼが,該抗ヒトトランスフェリン受容体抗体の軽鎖のC末端側若しくはN末端側,又は該抗ヒトトランスフェリン受容体抗体の重鎖のC末端側若しくはN末端側に結合したものである,請求項1~18の何れかに記載の医薬組成物。
【請求項20】
該重鎖の可変領域が配列番号16のアミノ酸配列を含んでなるものである,請求項19に記載の医薬組成物。
【請求項21】
該重鎖がFab重鎖であり,該Fab重鎖が配列番号19のアミノ酸配列を含んでなるものである,請求項20に記載の医薬組成物。
【請求項22】
該軽鎖の可変領域が配列番号17のアミノ酸配列を含んでなるものである,請求項19~21の何れかに記載の医薬組成物。
【請求項23】
該軽鎖が配列番号18のアミノ酸配列を含んでなるものである,請求項22に記載の医薬組成物。
【請求項24】
該ヒトα-L-イズロニダーゼが,配列番号20のアミノ酸配列又は配列番号21のアミノ酸配列と少なくとも85%の同一性を有するアミノ酸配列を含んでなるものである,請求項1~23の何れかに記載の医薬組成物。
【請求項25】
該ヒトα-L-イズロニダーゼが,配列番号20のアミノ酸配列又は配列番号21のアミノ酸配列を含んでなるものである,請求項1~23の何れかに記載の医薬組成物。
【請求項26】
該抗ヒトトランスフェリン受容体抗体の軽鎖が配列番号18のアミノ酸配列を含んでなり,該抗ヒトトランスフェリン受容体抗体の重鎖が配列番号19のアミノ酸配列を含んでなり,該重鎖が,そのC末端側で,配列番号3のアミノ酸配列のリンカーを介して,配列番号20又は配列番号21のアミノ酸配列を有するヒトα-L-イズロニダーゼと結合しているものである,請求項19に記載の医薬組成物。
【請求項27】
該抗ヒトトランスフェリン受容体抗体の軽鎖が配列番号18のアミノ酸配列を含んでなり,該抗ヒトトランスフェリン受容体抗体の重鎖が配列番号19のアミノ酸配列を含んでなり,該重鎖が,そのC末端側で,配列番号3のアミノ酸配列のリンカーを介して,配列番号20のアミノ酸配列を有するヒトα-L-イズロニダーゼと結合し,それにより配列番号24のアミノ酸配列を形成しているものである,請求項19に記載の医薬組成物。
【請求項28】
凍結乾燥剤又は水性液剤である,請求項1~27の何れかに記載の医薬組成物。
【請求項29】
中性塩,二糖類,非イオン性界面活性剤,及び緩衝剤の少なくとも一つを更に含有してなる,請求項28に記載の医薬組成物。
【請求項30】
該非イオン性界面活性剤として,ポリソルベート及び/又はポロキサマーを含むものである,請求項28又は29に記載の医薬組成物。
【請求項31】
該ポリソルベートが,ポリソルベート20又はポリソルベート80であり,
該ポロキサマーが,ポリオキシエチレン(54)ポリオキシプロピレン(39)グリコール,ポリオキシエチレン(196)ポリオキシプロピレン(67)グリコール,ポリオキシエチレン(42)ポリオキシプロピレン(67)グリコール,ポリオキシエチレン(3)ポリオキシプロピレン(17)グリコール,ポリオキシエチレン(20)ポリオキシプロピレン(20)グリコール,及びポリオキシエチレン(120)ポリオキシプロピレン(40)グリコールからなる群から選択されるものである,請求項30に記載の医薬組成物。
【請求項32】
該ポリソルベートがポリソルベート80であり,該ポロキサマーがポリオキシエチレン(160)ポリオキシプロピレン(30)グリコールである,請求項30に記載の医薬組成物。
【請求項33】
該ポリソルベートの濃度が0.005~1.5mg/mLであり,該ポロキサマーの濃度が0.1~0.6mg/mLである,請求項30~32の何れかに記載の水性液剤である医薬組成物。
【請求項34】
該ポリソルベートの濃度が0.025~1.0mg/mLであり,該ポロキサマーの濃度が0.2~0.5mg/mLである,請求項30~32の何れかに記載の水性液剤である医薬組成物。
【請求項35】
該ポリソルベートの濃度が0.05~0.15mg/mLであり,該ポロキサマーの濃度が0.25~0.45mg/mLである,請求項30~32の何れかに記載の水性液剤である医薬組成物。
【請求項36】
該中性塩が塩化ナトリウムである,請求項29~35の何れかに記載の医薬組成物。
【請求項37】
該二糖類がトレハロース,スクロース,マルトース,乳糖,及びこれらの2種以上の組み合わせからなる群から選択されるものである,請求項29~36の何れかに記載の医薬組成物。
【請求項38】
該緩衝剤がクエン酸緩衝剤,リン酸緩衝剤,グリシン緩衝剤,ヒスチジン緩衝剤,炭酸緩衝剤,酢酸緩衝剤,及びこれらの2種以上を組み合わせたものからなる群から選択されるものである,請求項29~37の何れかに記載の医薬組成物。
【請求項39】
以下の(1)~(3)からなる群から選択される水性液剤である,請求項30又は31に記載の医薬組成物:
(1)該融合蛋白質の濃度が1~10mg/mLであり,該中性塩の濃度が0.3~1.2mg/mLであり,該二糖類の濃度が50~100mg/mLであり,該緩衝剤の濃度が10~30mMであり,該ポリソルベートの濃度が0.005~1.5mg/mLであり,及び該ポロキサマーの濃度が0.1~0.6mg/mLであるもの;
(2)該融合蛋白質の濃度が2~8mg/mLであり,該中性塩の濃度が0.5~1.0mg/mLであり,該二糖類の濃度が55~95mg/mLであり,該緩衝剤の濃度が15~25mMであり,該ポリソルベートの濃度が0.05~1.0mg/mLであり,及び該ポロキサマーの濃度が0.25~0.45mg/mLであるもの;及び
(3)該融合蛋白質の濃度が4~6mg/mLであり,該中性塩の濃度が0.7~0.9mg/mLであり,該二糖類の濃度が60~90mg/mLであり,該緩衝剤の濃度が15~25mMであり,該ポリソルベートの濃度が0.05~0.15mg/mLであり,及び該ポロキサマーの濃度が0.25~0.45mg/mLであるもの。
【請求項40】
pHが4.5~6.5,5.0~6.0,又は5.2~5.8の水性液剤である,請求項28~41の何れかに記載の医薬組成物。
【請求項41】
以下の(1)~(3)からなる群から選択される凍結乾燥剤である,請求項30~32の何れかに記載の医薬組成物:
(1)純水で溶解したときに,該融合蛋白質の濃度が1~10mg/mLとなり,該中性塩の濃度が0.3~1.2mg/mLとなり,該二糖類の濃度が50~100mg/mLとなり,該緩衝剤の濃度が10~30mMとなり,該ポリソルベートの濃度が0.005~1.5mg/mLとなり,及び該ポロキサマーの濃度が0.1~0.6mg/mLとなるもの;
(2)純水で溶解したときに,該融合蛋白質の濃度が2~8mg/mLとなり,該中性塩の濃度が0.5~1.0mg/mLとなり,該二糖類の濃度が55~95mg/mLとなり,該緩衝剤の濃度が15~25mMとなり,該ポリソルベートの濃度が0.05~1.0mg/mLとなり,該ポロキサマーの濃度が0.25~0.45mg/mLとなるもの;及び
(3)純水で溶解したときに,該融合蛋白質の濃度が4~6mg/mLとなり,該中性塩の濃度が0.7~0.9mg/mLとなり,該二糖類の濃度が60~90mg/mLとなり,該緩衝剤の濃度が15~25mMとなり,該ポリソルベートの濃度が0.05~0.15mg/mLとなり,該ポロキサマーの濃度が0.25~0.45mg/mLとなるもの。
【請求項42】
純水で溶解したときのpHが4.5~6.5,5.0~6.0,又は5.2~5.8となる凍結乾燥剤である,請求項28~32,36~38,及び41の何れかに記載の医薬組成物。
【請求項43】
該患者が,中枢神経系に障害を有するものである,請求項1~42の何れかに記載の医薬組成物。
【請求項44】
脳脊髄液,血清,及び尿に含まれるデルマタン硫酸及びヘパラン硫酸の濃度を減少させる作用を有するものである,請求項1~43の何れかに記載の医薬組成物。
【請求項45】
ムコ多糖症I型の患者の酵素補充療法に用いられる請求項1~44の何れかに記載の医薬組成物。
【請求項46】
免疫抑制剤と併用されるものである,請求項1~45の何れかに記載の医薬組成物。
【請求項47】
請求項1~46の何れかに記載の医薬組成物を用いたムコ多糖症I型の患者の酵素補充療法。
【請求項48】
該患者が中枢神経系に障害を有するものである,請求項47に記載の酵素補充療法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,抗ヒトトランスフェリン受容体抗体とヒトα-L-イズロニダーゼ(hIDUA)との融合蛋白質を有効成分として含有するムコ多糖症I型の治療用医薬組成物に関し,詳しくは,該医薬組成物をムコ多糖症I型の患者に非経口的に投与することにより,脳を含む臓器に蓄積したデルマタン硫酸及びヘパラン硫酸を分解させることを特徴とする,ムコ多糖症I型の治療用医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
α-L-イズロニダーゼ(IDUA)は,ヘパラン硫酸やデルマタン硫酸のようなグリコサミノグリカン(GAG)の分子内に存在する非硫酸化α-L-iduronosidic結合を加水分解する活性を有するライソゾーム酵素の1つである。ムコ多糖症I型の患者は,α-L-イズロニダーゼ活性を遺伝的に一部又は全て欠損している。この酵素の欠損は,ヘパラン硫酸及びデルマタン硫酸の代謝異常を引き起こし,それは次いで肝臓や腎臓のような組織中にそれらの分子の断片の蓄積や,更には尿中へのヘパラン硫酸及びデルマタン硫酸の排泄をも引き起こす。その結果,これらの異常により,骨格の変形及び重度の精神遅滞を含む,ムコ多糖症I型の患者における種々の症状が引き起こされる。ムコ多糖症I型は,重症型のハーラー症候群(MPS IH),中間型のハーラー-シャイエ症候群(MPS IH-S),及び軽症型のシャイエ症候群(MPS IS)に分類される。
【0003】
ムコ多糖症I型の患者がIDUA活性を僅かしか示さないという事実は,1970年代に既に知られており,IDUA遺伝子の異常がこの疾病の原因であると予想されていた。1991年には,hIDUAをコードするヒト遺伝子が単離され,この疾患に対する原因遺伝子であることが確認された(非特許文献1)。hIDUAをコードする遺伝子の単離は,組換え技術を用いて組換えhIDUA(rhIDUA)を大量生産し,この酵素を治療薬としてムコ多糖症I型の酵素補充療法に使用することを可能にした(特許文献1)。
【0004】
しかしながら,rhIDUAは血液脳関門(BBB)を通過できないため,ムコ多糖症I型患者の中枢神経系の障害を有効に改善することはできないという問題があった。かかるrhIDUAを用いたムコ多糖症I型の酵素補充療法に関する課題を解決するため,抗ヒトトランスフェリン受容体抗体とヒトα-L-イズロニダーゼとの融合蛋白質が開発されている(特許文献2,3)。この融合蛋白質は,抗ヒトトランスフェリン受容体抗体によりBBBを構成する脳内の毛細血管内皮細胞上に存在するヒトトランスフェリン受容体と結合することによりBBBを通過することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】US6149909
【特許文献2】US20180171012
【特許文献3】US20190338043
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Scott HS. et. al., Proc Natl Acad Sci USA 88:9695-9 (1991)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は,抗ヒトトランスフェリン受容体抗体とヒトα-L-イズロニダーゼとの融合蛋白質を有効成分として含有する医薬組成物をムコ多糖症I型の患者に非経口的に投与することにより,少なくとも脳に蓄積したグルコサミノグリカンを分解させることを特徴とする,ムコ多糖症I型の患者の処置方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的に向けた研究において,本発明者らは,抗ヒトトランスフェリン受容体抗体とヒトα-L-イズロニダーゼとの融合蛋白質を有効成分として含有する医薬組成物を,ムコ多糖症I型の患者に静脈注射することにより,患者の脳に蓄積したグルコサミノグリカンを分解できることを見出し,本発明を完成した。すなわち,本発明は以下を含むものである。
1.抗ヒトトランスフェリン受容体抗体とヒトα-L-イズロニダーゼとの融合蛋白質を有効成分として含有する医薬組成物であって,該融合蛋白質が,0.1~10mg/kg体重の用量で,静脈内注入によりムコ多糖症I型の患者に投与されるものである,医薬組成物。
2.該融合蛋白質が,0.1~8mg/kg体重の用量で投与されるものである上記1に記載の医薬組成物。
3.該融合蛋白質が,1~6mg/kg体重の用量で投与されるものである上記1に記載の医薬組成物。
4.該融合蛋白質が,2mg/kg体重又は4mg/kg体重の用量で投与されるものである上記1に記載の医薬組成物。
5.該融合蛋白質が,0.33mg/時間~200mg/時間の速度で投与されるものである,上記1~4の何れかに記載の医薬組成物。
6.該融合蛋白質が,少なくとも1時間かけて投与されるものである,上記1~4の何れかに記載の医薬組成物。
7.該融合蛋白質が,静脈内点滴により投与されるものである,上記1~6の何れかに記載の医薬組成物。
8.該投与が,5日~21日の間隔で,少なくとも3ヶ月継続して行われるものである上記1~7の何れかに記載の医薬組成物。
9.該投与が,7日の間隔で,少なくとも1ヶ月継続して行われるものである上記1~7の何れかに記載の医薬組成物。
10.該融合蛋白質が,初回の投与時は0.1~2mg/kg体重の用量で投与され,2回目以降の投与時は,用量を増加させて投与されるものである,上記8又は9に記載の医薬組成物。
11.該融合蛋白質が,初回の投与時は0.1~2mg/kg体重の用量で投与され,その後,2~6mg/kg体重の維持用量で投与されるものである,上記8又は9に記載の医薬組成物。
12.2mg/kg体重又は4mg/kg体重の維持用量で投与されるものである,上記8又は10に記載の医薬組成物。
13.該抗ヒトトランスフェリン受容体抗体が,Fabである,上記1~12の何れかに記載の医薬組成物。
14.該α-L-イズロニダーゼが,該抗ヒトトランスフェリン受容体抗体の軽鎖のC末端側若しくはN末端側,又は該抗ヒトトランスフェリン受容体抗体の重鎖のC末端側若しくはN末端側に,リンカーを介して結合しているものである,上記1~13の何れかに記載の医薬組成物。
15.該α-L-イズロニダーゼが,該抗ヒトトランスフェリン受容体抗体の重鎖のC末端側に,リンカーを介して結合しているものである,上記1~13の何れかに記載の医薬組成物。
16.該リンカーが,1~150個のアミノ酸残基からなるペプチドである,上記14又は15に記載の医薬組成物。
17.該リンカーが,1個のグリシン,1個のセリン,アミノ酸配列Gly-Ser,アミノ酸配列Gly-Gly-Ser,配列番号1のアミノ酸配列,配列番号2のアミノ酸配列,配列番号3のアミノ酸配列,及びこれらのアミノ酸配列が1~10個連続してなるアミノ酸配列からなる群より選ばれるアミノ酸配列を含んでなるペプチドである,上記16に記載の医薬組成物。
18.該リンカーが,配列番号3のアミノ酸配列からなるペプチドである,上記16に記載の医薬組成物。
19.該抗ヒトトランスフェリン受容体抗体が,軽鎖の可変領域に,CDR1として配列番号4又は配列番号5のアミノ酸配列を,CDR2として配列番号6若しくは配列番号7のアミノ酸配列又はアミノ酸配列Lys-Val-Serを,及びCDR3として配列番号8のアミノ酸配列を,それぞれ含んでなり,重鎖の可変領域に,CDR1として配列番号9又は10のアミノ酸配列を,CDR2として配列番号11又は2のアミノ酸配列を,及びCDR3として配列番号13又は14のアミノ酸配列を,それぞれ含んでなるものであり,
該α-L-イズロニダーゼが,該抗ヒトトランスフェリン受容体抗体の軽鎖のC末端側若しくはN末端側,又は該抗ヒトトランスフェリン受容体抗体の重鎖のC末端側若しくはN末端側に結合したものである,上記1~18の何れかに記載の医薬組成物。
20.該重鎖の可変領域が配列番号16のアミノ酸配列を含んでなるものである,上記19に記載の医薬組成物。
21.該重鎖がFab重鎖であり,該Fab重鎖が配列番号19のアミノ酸配列を含んでなるものである,上記20に記載の医薬組成物。
22.該軽鎖の可変領域が配列番号17のアミノ酸配列を含んでなるものである,上記19~21の何れかに記載の医薬組成物。
23.該軽鎖が配列番号18のアミノ酸配列を含んでなるものである,上記22に記載の医薬組成物。
24.該ヒトα-L-イズロニダーゼが,配列番号20のアミノ酸配列又は配列番号21のアミノ酸配列と少なくとも85%の同一性を有するアミノ酸配列を含んでなるものである,上記1~23の何れかに記載の医薬組成物。
25.該ヒトα-L-イズロニダーゼが,配列番号20のアミノ酸配列又は配列番号21のアミノ酸配列を含んでなるものである,上記1~23の何れかに記載の医薬組成物。
26.該抗ヒトトランスフェリン受容体抗体の軽鎖が配列番号18のアミノ酸配列を含んでなり,該抗ヒトトランスフェリン受容体抗体の重鎖が配列番号19のアミノ酸配列を含んでなり,該重鎖が,そのC末端側で,配列番号3のアミノ酸配列のリンカーを介して,配列番号20又は配列番号21のアミノ酸配列を有するヒトα-L-イズロニダーゼと結合しているものである,上記1に記載の医薬組成物。
27.該抗ヒトトランスフェリン受容体抗体の軽鎖が配列番号18のアミノ酸配列を含んでなり,該抗ヒトトランスフェリン受容体抗体の重鎖が配列番号19のアミノ酸配列を含んでなり,該重鎖が,そのC末端側で,配列番号3のアミノ酸配列のリンカーを介して,配列番号20のアミノ酸配列を有するヒトα-L-イズロニダーゼと結合し,それにより配列番号24のアミノ酸配列を形成しているものである,上記19に記載の医薬組成物。
28.凍結乾燥剤又は水性液剤である,上記1~27の何れかに記載の医薬組成物。
29.中性塩,二糖類,非イオン性界面活性剤,及び緩衝剤の少なくとも一つを更に含有してなる,上記28に記載の医薬組成物。
30.該非イオン性界面活性剤として,ポリソルベート及び/又はポロキサマーを含むものである,上記28又は29に記載の医薬組成物。
31.該ポリソルベートが,ポリソルベート20又はポリソルベート80であり,
該ポロキサマーが,ポリオキシエチレン(54)ポリオキシプロピレン(39)グリコール,ポリオキシエチレン(196)ポリオキシプロピレン(67)グリコール,ポリオキシエチレン(42)ポリオキシプロピレン(67)グリコール,ポリオキシエチレン(3)ポリオキシプロピレン(17)グリコール,ポリオキシエチレン(20)ポリオキシプロピレン(20)グリコール,及びポリオキシエチレン(120)ポリオキシプロピレン(40)グリコールからなる群から選択されるものである,上記30に記載の医薬組成物。
32.該ポリソルベートがポリソルベート80であり,該ポロキサマーがポリオキシエチレン(160)ポリオキシプロピレン(30)グリコールである,上記30に記載の医薬組成物。
33.該ポリソルベートの濃度が0.005~1.5mg/mLであり,該ポロキサマーの濃度が0.1~0.6mg/mLである,上記30~32の何れかに記載の水性液剤である医薬組成物。
34.該ポリソルベートの濃度が0.025~1.0mg/mLであり,該ポロキサマーの濃度が0.2~0.5mg/mLである,上記30~32の何れかに記載の水性液剤である医薬組成物。
35.該ポリソルベートの濃度が0.05~0.15mg/mLであり,該ポロキサマーの濃度が0.25~0.45mg/mLである,上記30~32の何れかに記載の水性液剤である医薬組成物。
36.該中性塩が塩化ナトリウムである,上記29~35の何れかに記載の医薬組成物。
37.該二糖類がトレハロース,スクロース,マルトース,乳糖,及びこれらの2種以上の組み合わせからなる群から選択されるものである,上記29~36の何れかに記載の医薬組成物。
38.該緩衝剤がクエン酸緩衝剤,リン酸緩衝剤,グリシン緩衝剤,ヒスチジン緩衝剤,炭酸緩衝剤,酢酸緩衝剤,及びこれらの2種以上を組み合わせたものからなる群から選択されるものである,上記29~37の何れかに記載の医薬組成物。
39.以下の(1)~(3)からなる群から選択される水性液剤である,上記30~32の何れかに記載の医薬組成物:
(1)該融合蛋白質の濃度が1~10mg/mLであり,該中性塩の濃度が0.3~1.2mg/mLであり,該二糖類の濃度が50~100mg/mLであり,該緩衝剤の濃度が10~30mMであり,該ポリソルベートの濃度が0.005~1.5mg/mLであり,及び該ポロキサマーの濃度が0.1~0.6mg/mLであるもの;
(2)該融合蛋白質の濃度が2~8mg/mLであり,該中性塩の濃度が0.5~1.0mg/mLであり,該二糖類の濃度が55~95mg/mLであり,該緩衝剤の濃度が15~25mMであり,該ポリソルベートの濃度が0.05~1.0mg/mLであり,及び該ポロキサマーの濃度が0.25~0.45mg/mLであるもの;及び
(3)該融合蛋白質の濃度が4~6mg/mLであり,該中性塩の濃度が0.7~0.9mg/mLであり,該二糖類の濃度が60~90mg/mLであり,該緩衝剤の濃度が15~25mMであり,該ポリソルベートの濃度が0.05~0.15mg/mLであり,及び該ポロキサマーの濃度が0.25~0.45mg/mLであるもの。
40.pHが4.5~6.5,5.0~6.0,又は5.2~5.8の水性液剤である,上記28~41の何れかに記載の医薬組成物。
41.以下の(1)~(3)からなる群から選択される凍結乾燥剤である,上記30~32の何れかに記載の医薬組成物:
(1)純水で溶解したときに,該融合蛋白質の濃度が1~10mg/mLとなり,該中性塩の濃度が0.3~1.2mg/mLとなり,該二糖類の濃度が50~100mg/mLとなり,該緩衝剤の濃度が10~30mMとなり,該ポリソルベートの濃度が0.005~1.5mg/mLとなり,及び該ポロキサマーの濃度が0.1~0.6mg/mLとなるもの;
(2)純水で溶解したときに,該融合蛋白質の濃度が2~8mg/mLとなり,該中性塩の濃度が0.5~1.0mg/mLとなり,該二糖類の濃度が55~95mg/mLとなり,該緩衝剤の濃度が15~25mMとなり,該ポリソルベートの濃度が0.05~1.0mg/mLとなり,該ポロキサマーの濃度が0.25~0.45mg/mLとなるもの;及び
(3)純水で溶解したときに,該融合蛋白質の濃度が4~6mg/mLとなり,該中性塩の濃度が0.7~0.9mg/mLとなり,該二糖類の濃度が60~90mg/mLとなり,該緩衝剤の濃度が15~25mMとなり,該ポリソルベートの濃度が0.05~0.15mg/mLとなり,該ポロキサマーの濃度が0.25~0.45mg/mLとなるもの。
42.純水で溶解したときのpHが4.5~6.5,5.0~6.0,又は5.2~5.8となる凍結乾燥剤である,上記28~32,36~38,及び41の何れかに記載の医薬組成物。
43.該患者が,中枢神経系に障害を有するものである,上記1~42の何れかに記載の医薬組成物。
44.脳脊髄液,血清,及び尿に含まれるデルマタン硫酸及びヘパラン硫酸の濃度を減少させる作用を有するものである,上記1~43の何れかに記載の医薬組成物。
45.ムコ多糖症I型の患者の酵素補充療法に用いられる上記1~44の何れかに記載の医薬組成物。
46.免疫抑制剤と併用されるものである,上記1~45の医薬組成物。
47.上記1~46の何れかに記載の医薬組成物を用いたムコ多糖症I型の患者の酵素補充療法。
48.該患者が中枢神経系に障害を有するものである,上記47に記載の酵素補充療法。
49.上記1~46の何れかに記載の医薬組成物であって,該医薬組成物がムコ多糖症I型の患者に投与されたときに,投与後に該患者から採取された脳脊髄液に含まれるヘパラン硫酸の濃度が,該医薬組成物が最初に投与される前の患者から採取された脳脊髄液に含まれるヘパラン硫酸の濃度と比較して2/3以下,1/2以下,又は1/3以下となるものである,医薬組成物。
50.上記1~46の何れかに記載の医薬組成物であって,該医薬組成物がムコ多糖症I型の患者に投与されたときに,投与後に該患者から採取された脳脊髄液に含まれるヘパラン硫酸の濃度が,2000 ng/mL以下,1800 ng/mL以下,1600 ng/mL以下,1500 ng/mL以下,又は1400 ng/mL以下となるものである,医薬組成物。
50.上記1~46の何れかに記載の医薬組成物であって,該医薬組成物がムコ多糖症I型の患者に投与されたときに,該医薬組成物が最初に投与される前と比較して,以下に示す少なくとも1つの機能改善を該患者に生じさせるものである,医薬組成物:
(1)より長時間の会話ができる;
(2)より多くの文字筆記ができる;
(3)腰や膝などの関節痛が軽減される;
(4)歩行に伴う痛みや筋肉及び関節のこわばりが軽減される;
(5)缶を開けるなどの指先の運動やバスケットボールなどの全身運動を行うことがより容易にできる;
(6)言語能力が向上する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば,例えば,ムコ多糖症I型の患者の脳を含む臓器に蓄積したデルマタン硫酸及びヘパラン硫酸,特に脳を含む中枢神経系に蓄積したヘパラン硫酸を分解させることができるので,当該患者の臓器,特に脳を含む中枢神経系の機能障害の進行を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】臨床試験(第I期)における被験薬の投与によるムコ多糖症I型の患者の脳脊髄液に含まれるヘパラン硫酸の濃度の変化を示す図。左側が被験薬投与前の値,右側が被験薬投与後の値をそれぞれ示す。縦軸はヘパラン硫酸の濃度(ng/mL)を,グラフ上の縦線はSDバーをそれぞれ示す。
図2】臨床試験(第I期)における被験薬の投与によるムコ多糖症I型の患者の脳脊髄液に含まれるデルマタン硫酸の濃度の変化を示す図。左側が被験薬投与前の値,右側が被験薬投与後の値をそれぞれ示す。縦軸はデルマタン硫酸の濃度(ng/mL)を,グラフ上の縦線はSDバーをそれぞれ示す。
図3】臨床試験(第I期)における被験薬の投与によるムコ多糖症I型の患者の血清に含まれるヘパラン硫酸の濃度の変化を示す図。左側が被験薬投与前の値,右側が被験薬投与後の値をそれぞれ示す。縦軸はヘパラン硫酸の濃度(ng/mL)を,グラフ上の縦線はSDバーをそれぞれ示す。
図4】臨床試験(第I期)における被験薬の投与によるムコ多糖症I型の患者の血清に含まれるデルマタン硫酸の濃度の変化を示す図。左側が被験薬投与前の値,右側が被験薬投与後の値をそれぞれ示す。縦軸はデルマタン硫酸の濃度(ng/mL)を,グラフ上の縦線はSDバーをそれぞれ示す。
図5】臨床試験(第I期)における被験薬の投与によるムコ多糖症I型の患者の尿に含まれるヘパラン硫酸の濃度の変化を示す図。左側が被験薬投与前の値,右側が被験薬投与後の値をそれぞれ示す。縦軸はヘパラン硫酸の量(μg/ mgクレアチニン)を,グラフ上の縦線はSDバーをそれぞれ示す。
図6】臨床試験(第I期)における被験薬の投与によるムコ多糖症I型の患者の尿に含まれるデルマタン硫酸の濃度の変化を示す図。グラフが被験薬投与前の値,右側が被験薬投与後の値をそれぞれ示す。縦軸はデルマタン硫酸の量(μg/ mgクレアチニン)を,グラフ上の縦線はSDバーをそれぞれ示す。
図7】臨床試験(第II期)第一試験における被験薬の投与によるムコ多糖症I型の患者の脳脊髄液に含まれるヘパラン硫酸の濃度の変化を示す図。×及び◇はそれぞれの患者におけるヘパラン硫酸の濃度を示す。縦軸はヘパラン硫酸の濃度(ng/mL)を,点線は非ムコ多糖症I型患者の脳脊髄液に含まれるヘパラン硫酸の濃度の平均値をそれぞれ示す。
図8】臨床試験(第II期)第一試験における被験薬の投与によるムコ多糖症I型の患者の脳脊髄液に含まれるデルマタン硫酸の濃度の変化を示す図。×及び◇はそれぞれの患者におけるデルマタン硫酸の濃度を示す。縦軸はデルマタン硫酸の濃度(ng/mL)を示す。
図9】臨床試験(第II期)第二試験における被験薬の投与によるムコ多糖症I型の患者の脳脊髄液に含まれるヘパラン硫酸の濃度の変化を示す図。白塗りの○,△及び□は2.0 mg/kg体重投与群におけるそれぞれの患者におけるヘパラン硫酸の濃度を示し,黒塗りの●,▲及び■は4.0 mg/kg体重投与群におけるそれぞれの患者におけるヘパラン硫酸の濃度を示す。縦軸はヘパラン硫酸の濃度(ng/mL)を,点線は非ムコ多糖症I型患者の脳脊髄液に含まれるヘパラン硫酸の濃度の平均値をそれぞれ示す。
図10】臨床試験(第II期)第二試験における被験薬の投与によるムコ多糖症I型の患者の脳脊髄液に含まれるデルマタン硫酸の濃度の変化を示す図。白塗りの○,△及び□は2.0 mg/kg体重投与群におけるそれぞれの患者におけるデルマタン硫酸の濃度を示し,黒塗りの●,▲及び■は4.0 mg/kg体重投与群におけるそれぞれの患者におけるデルマタン硫酸の濃度を示す。縦軸はデルマタン硫酸の濃度(ng/mL)を示す。
図11】臨床試験(第II期)第一試験における被験薬の投与によるムコ多糖症I型の患者の血清に含まれるヘパラン硫酸の濃度の変化を示す図。×及び◇はそれぞれの患者におけるヘパラン硫酸の濃度を示す。縦軸はヘパラン硫酸の濃度(ng/mL)を示す。
図12】臨床試験(第II期)第一試験における被験薬の投与によるムコ多糖症I型の患者の血清に含まれるデルマタン硫酸の濃度の変化を示す図。×及び◇はそれぞれの患者におけるデルマタン硫酸の濃度を示す。縦軸はデルマタン硫酸の濃度(ng/mL)を示す。
図13】臨床試験(第II期)第二試験における被験薬の投与によるムコ多糖症I型の患者の血清に含まれるヘパラン硫酸の濃度の変化を示す図。白塗りの○,△及び□は2.0 mg/kg体重投与群におけるそれぞれの患者におけるヘパラン硫酸の濃度を示し,黒塗りの●,▲及び■は4.0 mg/kg体重投与群におけるそれぞれの患者におけるヘパラン硫酸の濃度を示す。縦軸はヘパラン硫酸の濃度(ng/mL)を示す。
図14】臨床試験(第II期)第二試験における被験薬の投与によるムコ多糖症I型の患者の血清に含まれるデルマタン硫酸の濃度の変化を示す図。白塗りの○,△及び□は2.0 mg/kg体重投与群におけるそれぞれの患者におけるデルマタン硫酸の濃度を示し,黒塗りの●,▲及び■は4.0 mg/kg体重投与群におけるそれぞれの患者におけるデルマタン硫酸の濃度を示す。縦軸はデルマタン硫酸の濃度(ng/mL)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
ヒトの血液脳関門(Blood Brain Barrier)を形成する脳毛細血管内皮細胞(脳血管内皮細胞)の表面にはトランスフェリン受容体(hTfR)が存在する。これを抗原として認識できる抗体(抗hTfR抗体)は,hTfRに結合できる。そして脳毛細血管内皮細胞表面のhTfRに結合した抗体は,hTfRを介したトランスサイトーシスにより血液脳関門を通過して中枢神経系に到達することができる。従って,この抗体にヒトα-L-イズロニダーゼ(hIDUA)を結合させることにより,hIDUAを中枢神経系にまで到達させることができる。
【0012】
本発明において,抗hTfR抗体はFabであることが好ましい。ここでFabとは,可変領域とCL領域(軽鎖の定常領域)を含む1本の軽鎖と,可変領域とCH1領域(重鎖の定常領域の部分1)を含む1本の重鎖が,それぞれに存在するシステイン残基同士でジスルフィド結合により結合した分子のことをいう。Fabにおいて,重鎖は,可変領域とCH1領域(重鎖の定常領域の部分1)に加えて,更にヒンジ部の一部を含んでもよいが,この場合のヒンジ部は,ヒンジ部に存在して抗体の重鎖どうしを結合するシステイン残基を欠くものである。Fabにおいて,軽鎖と重鎖とは,軽鎖の定常領域(CL領域)に存在するシステイン残基と,重鎖の定常領域(CH1領域)又はヒンジ部に存在するシステイン残基との間で形成されるジスルフィド結合により結合する。Fabを形成する重鎖のことをFab重鎖という。Fabは,ヒンジ部に存在して抗体の重鎖どうしを結合するシステイン残基を欠いているので,1本の軽鎖と1本の重鎖とからなる。Fabを構成する軽鎖は,可変領域とCL領域を含む。Fabを構成する重鎖は,可変領域とCH1領域からなるものであってもよく,可変領域,CH1領域に加えてヒンジ部の一部を含むものであってもよい。但しこの場合,ヒンジ部で2本の重鎖の間でジスルフィド結合が形成されないように,ヒンジ部は重鎖間を結合するシステイン残基を含まないように選択される。
【0013】
本発明において,抗hTfR抗体はヒト抗体又はヒト化抗体であることが好ましい。ヒト抗体は,その全体がヒト由来の遺伝子にコードされる抗体のことをいう。但し,遺伝子の発現効率を上昇させる等の目的で,元のヒトの遺伝子に変異を加えた遺伝子にコードされる抗体も,ヒト抗体である。また,ヒト抗体をコードする2つ以上の遺伝子を組み合わせて,ある一つのヒト抗体の一部を,他のヒト抗体の一部に置き換えた抗体も,ヒト抗体である。ヒト抗体は,免疫グロブリン軽鎖の3箇所の相補性決定領域(CDR)と免疫グロブリン重鎖の3箇所の相補性決定領域(CDR)を有する。免疫グロブリン軽鎖の3箇所のCDRは,N末端側にあるものから順にCDR1,CDR2及びCDR3という。免疫グロブリン重鎖の3箇所のCDRは,N末端側にあるものから順にCDR1,CDR2及びCDR3という。ある一つのヒト抗体のCDRを,その他のヒト抗体のCDRに置き換えることにより,ヒト抗体の抗原特異性,親和性等を改変した抗体も,ヒト抗体である。
【0014】
本発明において,「ヒト化抗体」の語は,可変領域の一部(例えば,特にCDRの全部又は一部)のアミノ酸配列がヒト以外の哺乳動物由来であり,それ以外の領域がヒト由来である抗体のことをいう。例えば,ヒト化抗体として,ヒト抗体を構成する免疫グロブリン軽鎖の3箇所の相補性決定領域(CDR)と免疫グロブリン重鎖の3箇所の相補性決定領域(CDR)を,他の哺乳動物のCDRによって置き換えることにより作製された抗体が挙げられる。ヒト抗体の適切な位置に移植されるCDRの由来となる他の哺乳動物の生物種は,ヒト以外の哺乳動物である限り特に限定はないが,好ましくは,マウス,ラット,ウサギ,ウマ,又はヒト以外の霊長類であり,より好ましくはマウス及びラットであり,例えばマウスである。
【0015】
ヒト抗体及びヒト化抗体の軽鎖には,λ鎖とκ鎖がある。抗体を構成する軽鎖は,λ鎖とκ鎖のいずれであってもよい。また,ヒト抗体及びヒト化抗体の重鎖には,γ鎖,μ鎖,α鎖,σ鎖及びε鎖があり,それぞれ,IgG,IgM,IgA,IgD及びIgEに対応している。抗体を構成する重鎖は,γ鎖,μ鎖,α鎖,σ鎖及びε鎖のいずれであってもよいが,好ましくはγ鎖である。更に,抗体の重鎖のγ鎖には,γ1鎖,γ2鎖,γ3鎖及びγ4鎖があり,それぞれ,IgG1,IgG2,IgG3及びIgG4に対応している。抗体を構成する重鎖がγ鎖である場合,そのγ鎖は,γ1鎖,γ2鎖,γ3鎖及びγ4鎖のいずれであってもよいが,好ましくは,γ1鎖又はγ4鎖である。抗体が,ヒト化抗体又はヒト抗体であり,且つIgGである場合,その抗体の軽鎖はλ鎖とκ鎖のいずれでもあってもよく,その抗体の重鎖は,γ1鎖,γ2鎖,γ3鎖又はγ4鎖のいずれであってもよいが,好ましくは,γ1鎖又はγ4鎖である。例えば,好ましい抗体の一つの態様として,軽鎖がκ鎖であり重鎖がγ1鎖であるもの,軽鎖がλ鎖であり重鎖がγ1鎖であるものが挙げられる。
【0016】
本発明の一態様において,抗hTfR抗体は,軽鎖の可変領域に,CDR1として配列番号4又は配列番号5のアミノ酸配列を,CDR2として配列番号6又は配列番号7のアミノ酸配列若しくはアミノ酸配列Lys-Val-Serを,及びCDR3として配列番号8のアミノ酸配列を,それぞれ含んでなり,重鎖の可変領域に,CDR1として配列番号9又は10のアミノ酸配列を,CDR2として配列番号11又は12のアミノ酸配列を,及びCDR3として配列番号13又は14のアミノ酸配列を,それぞれ含んでなるものである。更に,抗ヒトトランスフェリン受容体抗体は,例えば,重鎖のフレームワーク領域3に,配列番号15のアミノ酸配列を含むものである。
【0017】
本発明の一態様において,抗hTfR抗体は,重鎖の可変領域が配列番号16のアミノ酸配列を含んでなり,また,軽鎖の可変領域が配列番号17のアミノ酸配列を含んでなる。
【0018】
本発明の好適な一態様において,抗hTfR抗体は軽鎖が配列番号18のアミノ酸配列を含んでなるものであり,重鎖が配列番号19のアミノ酸配列を含んでなるFab重鎖であるFabである。
【0019】
本発明の一態様において,抗hTfR抗体は,各CDRのアミノ酸配列が保存されている限り,可変領域又は可変領域を含むその他の部分のアミノ酸配列に,hTfRへの親和性が保持される限り,置換,欠失,付加等の変異を加えたものであってもよい。抗hTfR抗体の可変領域のアミノ酸配列のアミノ酸を他のアミノ酸へ置換させる場合,置換させるアミノ酸の個数は,好ましくは1~10個であり,より好ましくは1~5個であり,更に好ましくは1~3個であり,更により好ましくは1~2個である。抗hTfR抗体の可変領域のアミノ酸配列中のアミノ酸を欠失させる場合,欠失させるアミノ酸の個数は,好ましくは1~10個であり,より好ましくは1~5個であり,更に好ましくは1~3個であり,更により好ましくは1~2個である。また,これらアミノ酸の置換と欠失を組み合わせた変異を加えることもできる。抗hTfR抗体の可変領域にアミノ酸を付加させる場合,抗hTfR抗体の可変領域のアミノ酸配列中又はN末端側若しくはC末端側に,好ましくは1~10個,より好ましくは1~5個,更に好ましくは1~3個,更により好ましくは1~2個のアミノ酸が付加される。これらアミノ酸の付加,置換及び欠失を組み合わせた変異を加えることもできる。変異を加えた抗hTfR抗体の可変領域のアミノ酸配列は,元の抗hTfR抗体の可変領域のアミノ酸配列と,好ましくは80%以上の同一性を有し,より好ましくは85%以上の同一性を示し,更に好ましくは90%以上の同一性を示し,更により好ましくは95%以上の同一性を示し,更により好ましくは99%以上の同一性を示す。可変領域を含むその他の部分のアミノ酸配列に変異を加える場合も同様である。また,変異が加えられた抗hTfR抗体のhTfRに対するKd値は,元の抗hTfR抗体のそれと比較して,50倍以下の値であることが望ましく,例えば10倍以下の値であることが好ましい。
【0020】
本発明の一態様において,抗hTfR抗体は,hTfRの細胞外領域及びサルTfRの細胞外領域の双方に対して親和性を有するものである。その場合の,抗hTfR抗体のhTfRの細胞外領域との解離定数は1×10-10 M以下であり,サルTfRの細胞外領域との解離定数は5×10-9 M以下のものであることが好ましい。
【0021】
本発明の一態様において,「ヒトα-L-イズロニダーゼ」又は「hIDUA」の語は,特に野生型のhIDUAと同一のアミノ酸配列を有するhIDUAのことをいう。野生型のhIDUAは,配列番号20で示される628個のアミノ酸から構成されるアミノ酸配列を有する。配列番号21で示される626個のアミノ酸から構成されるアミノ酸配列を有するhIDUAのバリアントもhIDUAである。但し,これらに限らず,IDUA活性を有するものである限り,野生型のhIDUAのアミノ酸配列に置換,欠失,付加等の変異を加えたものもhIDUAに含まれる。hIDUAのアミノ酸配列のアミノ酸を他のアミノ酸へ置換させる場合,置換させるアミノ酸の個数は,好ましくは1~10個であり,より好ましくは1~5個であり,更に好ましくは1~3個であり,更により好ましくは1~2個である。hIDUAのアミノ酸配列中のアミノ酸を欠失させる場合,欠失させるアミノ酸の個数は,好ましくは1~10個であり,より好ましくは1~5個であり,更に好ましくは1~3個であり,更により好ましくは1~2個である。また,これらアミノ酸の置換と欠失を組み合わせた変異を加えることもできる。hIDUAにアミノ酸を付加させる場合,hIDUAのアミノ酸配列中又はN末端側若しくはC末端側に,好ましくは1~10個,より好ましくは1~5個,更に好ましくは1~3個,更により好ましくは1~2個のアミノ酸が付加される。これらアミノ酸の付加,置換及び欠失を組み合わせた変異を加えることもできる。変異を加えたhIDUAのアミノ酸配列は,元のhIDUAのアミノ酸配列と,好ましくは80%以上の同一性を有し,より好ましくは85%以上の同一性を示し,更に好ましくは90%以上の同一性を示し,更により好ましくは95%以上の同一性を示し,更により好ましくは99%以上の同一性を示す。
【0022】
本発明において,hIDUAがIDUA活性を有するというときは,hIDUAを抗体と融合させて融合蛋白質としたときに,天然型のhIDUAが本来有する活性に対して,3%以上の活性を有していることをいう。但し,その活性は,天然型のhIDUAが本来有する活性に対して,10%以上であることが好ましく,20%以上であることがより好ましく,50%以上であることが更に好ましく,80%以上であることが更により好ましい。抗体と融合させたhIDUAが変異を加えたものである場合も同様である。抗体は,例えば抗hTfR抗体である。
【0023】
なお本発明において,元の蛋白質(抗体を含む)のアミノ酸配列と変異を加えた蛋白質のアミノ酸配列との同一性は,周知の同一性計算アルゴリズムを用いて容易に算出することができる。例えば,そのようなアルゴリズムとして,BLAST(Altschul SF. J Mol .Biol. 215. 403-10, (1990)),Pearson及びLipmanの類似性検索法(Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 85. 2444 (1988)),Smith及びWatermanの局所同一性アルゴリズム(Adv. Appl. Math. 2. 482-9(1981))等がある。
【0024】
また,元の蛋白質(抗体を含む)のアミノ酸配列中のアミノ酸の他のアミノ酸への置換は,例えば,アミノ酸のそれらの側鎖及び化学的性質で関連性のあるアミノ酸ファミリー内で起こるものである。このようなアミノ酸ファミリー内での置換は,元の蛋白質の機能に大きな変化をもたらさない(即ち,保存的アミノ酸置換である)ことが予測される。かかるアミノ酸ファミリーとしては,例えば以下のものがある:
(1)酸性アミノ酸であるアスパラギン酸とグルタミン酸,
(2)塩基性アミノ酸であるヒスチジン,リシン,及びアルギニン,
(3)芳香族アミン酸であるフェニルアラニン,チロシン,及びトリプトファン,
(4)水酸基を有するアミノ酸(ヒドロキシアミノ酸)であるセリンとトレオニン,
(5)疎水性アミノ酸であるメチオニン,アラニン,バリン,ロイシン,及びイソロイシン,
(6)中性の親水性アミノ酸であるシステイン,セリン,トレオニン,アスパラギン,及びグルタミン,
(7)ペプチド鎖の配向に影響するアミノ酸であるグリシンとプロリン,
(8)アミド型アミノ酸(極性アミノ酸)であるアスパラギンとグルタミン,
(9)脂肪族アミノ酸である,アラニン,ロイシン,イソロイシン,及びバリン,
(10)側鎖の小さいアミノ酸であるアラニン,グリシン,セリン,及びトレオニン,
(11)側鎖の特に小さいアミノ酸であるアラニンとグリシン,
(12)分岐鎖を有するアミノ酸であるバリン,ロイシン,及びイソロイシン。
【0025】
本発明の一態様において,抗hTfR抗体とhIDUAとの融合蛋白質というときは,抗hTfR抗体とhIDUAとを,ペプチドリンカーを介して,又は直接に結合させた物質のことをいう。例えば,抗hTfR抗体とhIDUAとの融合蛋白質,抗体の重鎖又は軽鎖のC末端又はN末端に,リンカーを介して又は直接に,hIDUAのN末端又はC末端をペプチド結合によりそれぞれ結合させた物質である。
【0026】
hTfR抗体の軽鎖のC末端にhIDUAを結合させたタイプの融合蛋白質は,抗体が,軽鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列と,重鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列とを含むもの(例えばFab重鎖)であり,hIDUAが,この抗体の軽鎖のC末端に結合したものである。ここで抗体の軽鎖とhIDUAとは,直接結合してもよく,リンカーを介して結合してもよい。
【0027】
hTfR抗体の重鎖のC末端にhIDUAを結合させたタイプの融合蛋白質は,抗体が,軽鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列と,重鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列とを含むもの(例えばFab重鎖)であり,hIDUAが,この抗体の重鎖のC末端に結合したものである。ここで抗体の重鎖とhIDUAとは,直接結合してもよく,リンカーを介して結合してもよい。
【0028】
hTfR抗体の軽鎖のN末端にhIDUAを結合させたタイプの融合蛋白質は,抗体が,軽鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列と,重鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列とを含むもの(例えばFab重鎖)であり,hIDUAが,この抗体の軽鎖のN末端に結合したものである。ここで抗体の軽鎖とhIDUAとは,直接結合してもよく,リンカーを介して結合してもよい。
【0029】
hTfR抗体の重鎖のN末端にhIDUAを結合させたタイプの融合蛋白質は,抗体が,軽鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列と,重鎖の可変領域の全て又は一部を含むアミノ酸配列とを含むもの(例えばFab重鎖)であり,hIDUAが,この抗体の重鎖のN末端に結合したものである。ここで抗体の重鎖とhIDUAとは,直接結合してもよく,リンカーを介して結合してもよい。
【0030】
このときhTfR抗体とhIDUAとの間にリンカーを配置する場合,その配列は,好ましくは1~50個,より好ましくは1~20個,更に好ましくは10~17個,更により好ましくは13~17個,例えば15個のアミノ酸から構成されるものである。そのようなリンカーは,これにより連結された抗体がhTfRとの親和性を保持し,且つ当該リンカーにより連結されたhIDUAが,生理的条件下で当該蛋白質の生理活性を発揮できる限り,そのアミノ酸配列に限定はないが,好ましくは,グリシンとセリンから構成されるものであり,例えば,グリシン又はセリンのいずれか1個のアミノ酸からなるもの,アミノ酸配列Gly-Ser,アミノ酸配列Gly-Gly-Ser,配列番号1で示されるアミノ酸配列,配列番号2で示されるアミノ酸配列,配列番号3で示されるアミノ酸配列,又はこれらのアミノ酸配列が1~10個,あるいは2~5個連続してなる1~150個のアミノ酸からなる配列,2~17個,2~10個,10~40個,20~34個,23~31個,25~29個のアミノ酸からなる配列等を有するものである。例えば,アミノ酸配列Gly-Serからなるもの,配列番号3で示されるアミノ酸配列を有するものはリンカーとして好適に用いることができる。
【0031】
本発明における抗hTfR抗体とhIDUAとの融合蛋白質の好適例として,抗hTfR抗体の軽鎖が配列番号18のアミノ酸配列を含んでなり,抗hTfR抗体の重鎖が配列番号19のアミノ酸配列を含んでなり,該重鎖が,そのC末端で,配列番号3のアミノ酸配列のリンカーを介して,配列番号20又は配列番号21のアミノ酸配列を有するヒトα-L-イズロニダーゼと結合しているものが挙げられる。
【0032】
本発明における抗hTfR抗体とhIDUAとの融合蛋白質の更なる好適例として,抗hTfR抗体の軽鎖が配列番号18のアミノ酸配列を含んでなり,抗hTfR抗体の重鎖が配列番号19のアミノ酸配列を含んでなり,該重鎖が,そのC末端で,配列番号3のアミノ酸配列のリンカーを介して,配列番号20のアミノ酸配列を有するヒトα-L-イズロニダーゼと結合し,それにより配列番号24のアミノ酸配列を形成しているものが挙げられる。
【0033】
本発明における抗hTfR抗体とhIDUAとの融合蛋白質の更なる好適例として,抗hTfR抗体の軽鎖が配列番号18のアミノ酸配列からなり,抗hTfR抗体の重鎖が配列番号19のアミノ酸配列を含んでなり,該重鎖が,そのC末端側で,配列番号3のアミノ酸配列のリンカーを介して,配列番号20又は配列番号21のアミノ酸配列を有するヒトα-L-イズロニダーゼと結合しているものが挙げられる。
【0034】
本発明における医薬組成物は,有効成分として抗hTfR抗体とhIDUAとの融合蛋白質を含むものである。当該医薬組成物は,凍結乾燥剤であってもよく水性液剤であってもよい。
【0035】
本発明の一実施形態における医薬組成物は,中性塩,二糖類,非イオン性界面活性剤,及び緩衝剤の少なくとも一つを含むものである。当該医薬品は,非イオン性界面活性剤として,ポリソルベート及び/又はポロキサマーを更に含んでもよい。
【0036】
医薬組成物に含まれる非イオン性界面活性剤には,薬剤学的に許容し得るものである限り特に限定はないが,かかる非イオン性界面活性剤として,ポリソルベート及びポロキサマーが好適である。ここで,ポリソルベートとしては,ポリソルベート20,ポリソルベート80が例示できる。また,ポロキサマーとしては,ポリオキシエチレン(54)ポリオキシプロピレン(39)グリコール,ポリオキシエチレン(196)ポリオキシプロピレン(67)グリコール,ポリオキシエチレン(42)ポリオキシプロピレン(67)グリコール,ポリオキシエチレン(3)ポリオキシプロピレン(17)グリコール,ポリオキシエチレン(20)ポリオキシプロピレン(20)グリコール,ポリオキシエチレン(120)ポリオキシプロピレン(40)グリコールが例示でき,ポリオキシエチレン(160)ポリオキシプロピレン(30)グリコールが特に好適である。ポリオキシエチレン(160)ポリオキシプロピレン(30)グリコールはポロキサマー188と同義である。
【0037】
医薬組成物は2種の非イオン性界面活性剤を含むものであってもよい。医薬組成物が2種の非イオン性界面活性剤を含有するものであるときの,好ましい非イオン性界面活性剤の組み合わせとしては,一方がポリソルベートであり他方がポロキサマーであるものである。例えば,ポリソルベート20とポロキサマー188,ポリソルベート80とポロキサマー188の組み合わせが好ましく,ポリソルベート80とポロキサマー188の組み合わせが特に好ましい。これらの組み合わせに更に他の種類のポリソルベート,ポロキサマー等を組み合わせることもできる。
【0038】
医薬組成物が水性液剤である場合に,当該水性液剤が,2種の非イオン性界面活性剤としてポリソルベートとポロキサマーを含有する場合の,ポリソルベートの濃度は,好ましくは0.005~1.5 mg/mLであり,より好ましくは0.025~1.0 mg/mLであり,更に好ましくは0.05~1.0 mg/mLであり,更により好ましくは0.05~0.15 mg/mLであり,例えば,0.075 mg/mLである。また,このときのポロキサマーの濃度は,好ましくは0.1~0.6 mg/mLであり,より好ましくは0.2~0.5 mg/mLであり,更に好ましくは0.25~0.45 mg/mLであり,例えば,0.325mg/mLである。
【0039】
医薬組成物が水性液剤である場合に,当該水性液剤が,2種の非イオン性界面活性剤としてポリソルベート80とポロキサマー188を含有する場合の,ポリソルベート80の濃度は,好ましくは0.005~1.5 mg/mLであり,より好ましくは0.025~1.0 mg/mLであり,更に好ましくは0.05~1.0 mg/mLであり,例えば,0.075 mg/mLである。また,このときのポロキサマー188の濃度は,好ましくは0.1~0.6 mg/mLであり,より好ましくは0.2~0.5 mg/mLであり,更に好ましくは0.25~0.45 mg/mLであり,例えば,0.325 mg/mLである。例えば,ポリソルベート80の濃度が0.05~1.0 mg/mLであり,ポロキサマー188の濃度が0.25~0.45 mg/mLである。更に例えば,ポリソルベート80の濃度が0.075 mg/mLであり,ポロキサマー188の濃度が0.325 mg/mLである。
【0040】
医薬組成物に含まれる中性塩には,薬剤学的に許容し得るものである限り特に限定はないが,かかる中性塩としては,塩化ナトリウム,塩化マグネシウムが好適であり,特に塩化ナトリウムが好適である。
【0041】
医薬組成物に含まれる二糖類には,薬剤学的に許容し得るものである限り特に限定はないが,かかる二糖類としては,トレハロース,スクロース,マルトース,乳糖又はこれらを組み合わせたものが好適であり,特にスクロースが好適である。
【0042】
医薬組成物が水性液剤である場合の,当該水性液剤における二糖類の濃度は,好ましくは50~100 mg/mLであり,より好ましくは55~95 mg/mLであり,更に好ましくは60~90 mg/mLであり,例えば,75 mg/mLである。
【0043】
医薬組成物に含まれる緩衝剤には,薬剤学的に許容し得るものである限り特に限定はないが,クエン酸緩衝剤,リン酸緩衝剤,グリシン緩衝剤,ヒスチジン緩衝剤,炭酸緩衝剤,酢酸緩衝剤,又はこれらを組み合わせたものが好ましい。医薬組成物が水性液剤である場合の,当該水性液剤に含まれる緩衝剤の濃度は,好ましくは3~30 mMであり,より好ましくは10~30 mMであり,更に好ましくは15~25 mMであり,例えば20 mMである。水性液剤において緩衝剤としてクエン酸緩衝剤が使用される場合,水性液剤に含まれるクエン酸緩衝剤の濃度は,好ましくは3~30 mMであり,より好ましくは10~30 mMであり,更に好ましくは15~25 mMであり,例えば20 mMである。また,緩衝剤によって調整される水性液剤のpHは,好ましくは4.5~7.0であり,より好ましくは4.5~6.5であり,更に好ましくは5.0~6.0であり,更により好ましくは5.2~5.8であり,例えば5.5である。また,クエン酸緩衝剤によって調整される水性液剤のpHは,好ましくは4.5~7.0であり,より好ましくは4.5~6.5であり,更に好ましくは5.0~6.0であり,更により好ましくは5.2~5.8であり,例えば5.5である。
【0044】
水性液剤である医薬組成物の好適な組成として,以下の(1)~(3)が挙げられる:
(1)該融合蛋白質の濃度が1~10 mg/mLであり,該中性塩の濃度が0.3~1.2 mg/mLであり,該二糖類の濃度が50~100 mg/mLであり,該緩衝剤の濃度が10~30 mMであり,該ポリソルベートの濃度が0.005~1.5 mg/mLであり,該ポロキサマーの濃度が0.1~0.6 mg/mLであるもの;
(2)該融合蛋白質の濃度が2~8 mg/mLであり,該中性塩の濃度が0.5~1.0 mg/mLであり,該二糖類の濃度が55~95 mg/mLであり,該緩衝剤の濃度が15~25 mMであり,該ポリソルベートの濃度が0.05~1.0 mg/mLであり,該ポロキサマーの濃度が0.25~0.45 mg/mLであるもの;及び
(3)該融合蛋白質の濃度が4~6 mg/mLであり,該中性塩の濃度が0.7~0.9 mg/mLであり,該二糖類の濃度が60~90 mg/mLであり,該緩衝剤の濃度が15~25 mMであり,該ポリソルベートの濃度が0.05~0.15 mg/mLであり,該ポロキサマーの濃度が0.25~0.45 mg/mLであるもの。
【0045】
なお,上記(1)~(3)の水性液剤のpHは,例えば4.5~6.5,5.0~6.0,又は5.2~5.8に調整される。
【0046】
凍結乾燥剤である医薬組成物の好適な組成として,以下の(1)~(3)が挙げられる:
(1)純水で溶解したときに,該融合蛋白質の濃度が1~10 mg/mLとなり,該中性塩の濃度が0.3~1.2 mg/mLとなり,該二糖類の濃度が50~100 mg/mLとなり,該緩衝剤の濃度が10~30 mMとなり,該ポリソルベートの濃度が0.005~1.5 mg/mLとなり,及び該ポロキサマーの濃度が0.1~0.6 mg/mLとなるもの;
(2)純水で溶解したときに,該融合蛋白質の濃度が2~8 mg/mLとなり,該中性塩の濃度が0.5~1.0 mg/mLとなり,該二糖類の濃度が55~95 mg/mLとなり,該緩衝剤の濃度が15~25 mMとなり,該ポリソルベートの濃度が0.05~1.0mg/mLとなり,及び該ポロキサマーの濃度が0.25~0.45 mg/mLとなるもの;及び
(3)純水で溶解したときの該中性塩の該融合蛋白質の濃度が4~6 mg/mLとなり,濃度が0.7~0.9 mg/mLとなり,該二糖類の濃度が60~90 mg/mLとなり,該緩衝剤の濃度が15~25 mMとなり,該ポリソルベートの濃度が0.05~0.15 mg/mLとなり,及び該ポロキサマーの濃度が0.25~0.45 mg/mLとなるもの。
【0047】
なお,上記(1)~(3)の凍結乾燥剤を純水で溶解したときのpHは,例えば4.5~6.5,5.0~6.0,又は5.2~5.8である。
【0048】
水性液剤である医薬組成物は,バイアルに充填した形態としてもよく,注射器に予め充填したものであるプレフィルド型の製剤として供給することもできる。水性医薬組成物を充填するための注射器,バイアル等の容器の材質に特に限定はないが,ほう珪酸ガラス製のものが好適であり,この他,環状オレフィンとオレフィンの共重合体であるシクロオレフィンコポリマー,シクロオレフィン類開環重合体又は,シクロオレフィン類開環重合体に水素添加したもの等の疎水性樹脂製のものも好適である。
【0049】
凍結乾燥剤である医薬組成物は,これを溶解するための専用の溶液と共にキットとして供給することもできる。凍結乾燥剤は,例えば,使用前に専用の溶液,純水等で溶解して用いられる。凍結乾燥製剤を封入,充填等するためのシリンジ及びバイアル等の容器の材質に特に限定はないが,ほう珪酸ガラス製のものが好適であり,この他,環状オレフィンとオレフィンの共重合体であるシクロオレフィンコポリマー,シクロオレフィン類開環重合体又は,シクロオレフィン類開環重合体に水素添加したもの等の疎水性樹脂製のものも好適である。
【0050】
医薬組成物は,水性液剤又は凍結乾燥剤の何れの形態であっても,通常は,生理食塩水等の入った透析バックに添加し希釈して,患者に注入される。
【0051】
本発明の一実施形態において,医薬組成物はムコ多糖症I型の治療剤として用いられるものである。ムコ多糖症I型は,重症型のハーラー症候群(MPS IH),中間型のハーラー-シャイエ症候群(MPS IH-S),及び軽症型のシャイエ症候群(MPS IS)に分類されるが,当該医薬組成物は何れのタイプのムコ多糖症I型にも使用することができる。
【0052】
ムコ多糖症I型は,ヘパラン硫酸やデルマタン硫酸のようなグリコサミノグリカン(GAG)の分子内に存在する非硫酸化α-L-iduronosidic結合を加水分解する活性を有するhIDUAを遺伝的に一部又は全て欠損することを原因とする。患者は,ムコ多糖症I型のhIDUAの欠損により,脳を含む全身の組織にヘパラン硫酸及びデルマタン硫酸が異常に蓄積し,骨格の変形,重症の精神遅滞等の諸症状を呈する。
【0053】
医薬組成物の有効成分である抗hTfR抗体とhIDUAとの融合蛋白質は,BBBを通過して脳組織内においてIDUA活性を発揮し,ヘパラン硫酸やデルマタン硫酸を分解することができるので,当該医薬組成物は,特に中枢神経系に障害を有するムコ多糖症I型の患者の酵素補充療法に用いる治療薬として有効である。
【0054】
本発明の一実施形態において,非経口経路で,例えば静脈内注入によりムコ多糖症I型の患者に投与されるものであり,例えば,点滴により静脈内注入されるものである。
【0055】
当該医薬組成物は0.1~10 mg/kg 体重の用量で,例えば,1~10 mg/kg 体重,1~6 mg/kg 体重,2~6 mg/kg 体重,2 mg/kg 体重,4 mg/kg 体重,6 mg/kg 体重,又は8 mg/kg 体重の用量で,静脈内注入によりムコ多糖症I型の患者に投与される。当該医薬組成物を点滴により静脈内注入する場合,融合蛋白質が1時間当たり0.33 mg~200 mgの量で注入されるように投薬速度が調整される。通常,投薬に要する時間は30分~4時間であり,例えば3時間である。
【0056】
ムコ多糖症I型は遺伝病であり,投薬は対処療法であるので,当該医薬組成物は継続して投与される必要がある。当該医薬組成物は,好ましくは3~21日,より好ましくは5~14日の間隔を置いて投与され,例えば7日,14日等の間隔を置いて投与される。当該医薬組成物の投与継続期間に特に制限はないが,好ましくは少なくとも1ヶ月,より好ましくは少なくとも3ヶ月である。当該医薬組成物は生涯に亘って投与されることが想定される。
【0057】
当該医薬組成物の投与量は,初回の投与は少量に留め,その後漸増させることもできる。有効成分である抗hTfR抗体とhIDUAとの融合蛋白質は,患者にとって異物であるので,免疫反応等の副反応が生ずるおそれがある。投与量を漸増させる方法を採用することによって,患者に急激な副反応が生じるおそれを低減できる。
【0058】
投与量を漸増させる方法を採用する場合の投与スケジュールとしては,例えば以下の(1)~(8)が挙げられる。
(1)初回は0.1~2 mg/kg体重の用量で投与し,その後,初回の用量と比較して,用量を増加させる。
(2)初回は0.1~2 mg/kg体重の用量で投与し,その後,2 mg/kg体重,4 mg/kg体重,又は6 mg/kg体重にまで用量を増加させる。
(3)初回は0.1~0.5 mg/kg体重の用量で投与し,2回目及び3回目は1~2 mg/kg体重の用量で投与し,4回目以降は4 mg/kg体重を維持用量として投与する。
(4)初回は0.1~0.2 mg/kg体重の用量で投与し,2回目は2 mg/kg体重の用量で投与し,3回目以降は4 mg/kg体重の用量(維持用量)で投与する。
(5)初回は0.1 mg/kg体重の用量で投与し,2回目以降は2 mg/kg体重の用量(維持用量)で投与する。
(6)初回は0.1 mg/kg体重の用量で投与し,2回目は1 mg/kg体重,3回目は2 mg/kg体重の用量で投与し,4回目以降は4 mg/kg体重の用量(維持用量)で投与する。
(7)初回は0.1 mg/kg体重の用量で投与し,2回目は2 mg/kg体重の用量で投与し,4回目以降は4 mg/kg体重の用量(維持用量)で投与する。
(8)初回は1.0 mg/kg体重の用量で投与し,2回目は2 mg/kg体重の用量で投与し,4回目以降は4 mg/kg体重の用量(維持用量)で投与する。
【0059】
当該医薬組成物の好適な用法用量としては,7日の間隔を置いて,少なくとも1ヶ月間,4 mg/kg体重の用量で,少なくとも1又は2時間,例えば,3時間かけて点滴により患者に静脈内注入される。
【0060】
当該医薬組成物は,上記の用法用量で患者に投与したときに,患者に重篤な有害事象を生じさせないものである。但し,免疫反応を抑制するため,医薬組成物は免疫抑制剤と併用させることもできる。併用できる免疫抑制剤に特に限定はなく,例えば,シクロフォスファミド等のアルキル化剤,アザチオプリン,ミコフェノール酸モフェチル,メトトレキサート,ミゾリビン等の代謝拮抗剤,シクロスポリン,タクロリムス等の細胞内シグナル伝達阻害剤が使用できる。
【0061】
当該医薬組成物をムコ多糖症I型の患者の酵素補充療法に用いる治療薬として用いる場合,当該医薬組成物の投与による効果は,例えば,投与の前後において患者の脳脊髄液(CSF),血清,及び/又は尿を採取し,これらにおけるヘパラン硫酸及び/又はデルマタン硫酸の濃度を測定することにより評価することができる。ヘパラン硫酸の中枢神経系への蓄積は中枢神経系の機能障害の原因となると考えられているので,脳脊髄液中のヘパラン硫酸の濃度の減少により,患者の中枢神経系の機能が改善することが予測される。ヘパラン硫酸及び/又はデルマタン硫酸の濃度の測定は,実施例に記載の方法で行うことができる。
【0062】
当該医薬組成物は,これをムコ多糖症I型の患者に投与したときに,投与後に該患者から採取された脳脊髄液に含まれるヘパラン硫酸の濃度が,該医薬組成物を最初に投与する前の患者から採取された脳脊髄液に含まれるヘパラン硫酸の濃度と比較して,減少するものである。投与後のヘパラン硫酸の濃度は,投与前のヘパラン硫酸の濃度と比較して,好ましくは2/3以下,1/2以下,又は1/3以下となる。
【0063】
例えば,当該医薬組成物は,これをムコ多糖症I型の患者に2 mg/kg 体重又は4 mg/kg 体重の用量で,もしくは初回は1.0 mg/kg体重の用量で投与し,2回目は2 mg/kg体重の用量で投与し,4回目以降は4 mg/kg体重の用量(維持用量)で投与量を漸増させて,7日の間隔を置いて,3ヶ月(12週間)投与することにより,患者の脳脊髄液(CSF),血清,及び/又は尿におけるヘパラン硫酸及び/又はデルマタン硫酸の濃度を減少させることができるものである。当該医薬組成物は,かかる用法用量で投与した場合に,投与後に該患者から採取された脳脊髄液に含まれるヘパラン硫酸の濃度が,該医薬組成物を最初に投与する前の患者から採取された脳脊髄液に含まれるヘパラン硫酸の濃度と比較して,好ましくは2/3以下になるものであり,より好ましくは1/2以下になるものであり,更に好ましくは1/3以下になるものである。あるいは,投与後に該患者から採取された脳脊髄液に含まれるヘパラン硫酸の濃度が,好ましくは2000 ng/mL以下になるものであり,より好ましくは1800 ng/mL以下になるものであり,更に好ましくは1600 ng/mL以下になるものであり,更に好ましくは1500 ng/mL以下になるものであり,更に好ましくは1400 ng/mL以下になるものである。
【0064】
当該医薬組成物は,これをムコ多糖症I型の患者に投与したときに,ムコ多糖症I型の患者の機能障害の改善が期待できるものである。期待できる機能障害の改善としては,より長時間の会話が可能になる,より多くの文字筆記が可能になる,活力が増大する,腰や膝などの関節痛が軽減する,歩行に伴う痛みや筋肉及び関節のこわばりが軽減する,缶を開けるなどの指先の運動やバスケットボールなどの全身運動を行うことがより容易に可能になる,言語能力が向上する,が挙げられるが,これらに限定されるものではない。
【実施例0065】
以下,実施例を参照して本発明を更に詳細に説明するが,本発明が実施例に限定されることは意図しない。
【0066】
〔実施例1〕ヒト化抗hTfR抗体-hIDUA融合蛋白質発現用ベクターの構築
ヒト化抗hTfR抗体-hIDUA融合蛋白質発現用ベクターは,抗体部分として配列番号18で示されるアミノ酸配列を有する軽鎖と,配列番号19で示されるアミノ酸配列を有する重鎖のFab領域とをコードする遺伝子を用いて構築した。
【0067】
〔pE-neoベクター及びpE-hygrベクターの構築〕
pEF/myc/nucベクター(インビトロジェン社)を,KpnIとNcoIで消化し,EF-1プロモーター及びその第一イントロンを含む領域を切り出し,これをT4 DNA ポリメラーゼで平滑末端化処理した。別に,pCI-neo(インビトロジェン社)を,BglII及びEcoRIで消化して,CMVのエンハンサー/プロモーター及びイントロンを含む領域を切除した後に,T4 DNA ポリメラーゼで平滑末端化処理した。これに,上記のEF-1αプロモーター及びその第一イントロンを含む領域(平滑末端化処理後のもの)を挿入して,pE-neoベクターを構築した。pE-neoベクターを,SfiI及びBstXIで消化し,ネオマイシン耐性遺伝子を含む約1 kbpの領域を切除した。pcDNA3.1/Hygro(+)(インビトロジェン社)を鋳型にしてプライマーHyg-Sfi5'(配列番号22)及びプライマーHyg-BstX3'(配列番号23)を用いて,PCR反応によりハイグロマイシン遺伝子を増幅した。増幅したハイグロマイシン遺伝子を,SfiI及びBstXIで消化し,上記のpE-neoベクターに挿入して,pE-hygrベクターを構築した。なお,pE-neoベクター及びpE-hygrベクターの構築は,特許文献(特第6279466号)を参考にして行った。
【0068】
〔pE-IRES-GS-puroの構築〕
発現ベクターpPGKIH(Miyahara M. et.al., J. Biol. Chem. 275,613-618(2000) )を制限酵素(XhoI及びBamHI)で消化し,マウス脳心筋炎ウイルス(EMCV)に由来する内部リボソーム結合部位(IRES),ハイグロマイシン耐性遺伝子(Hygr遺伝子)及びマウスホスホグリセリン酸キナーゼ(mPGK)のポリアデニル化領域(mPGKpA)を含むDNA断片を切り出した。このDNA断片をpBluescript SK(-) (Stratagene社)のXhoI及びBamHIサイト間に挿入し,これをpBSK(IRES-Hygr-mPGKpA)とした。
【0069】
pBSK(IRES-Hygr-mPGKpA)を鋳型とし,プライマーIRES5'(配列番号24)及びプライマーIRES3'(配列番号25)を用いて,PCRによりEMCVのIRESの一部を含むDNA断片を増幅させた。このDNA断片を制限酵素(XhoI及びHindIII)で消化し,pBSK(IRES-Hygr-mPGKpA) のXhoI及びHindIIIサイト間に挿入し,これをpBSK (NotI-IRES-Hygr-mPGKpA) とした。pBSK(NotI-IRES-Hygr-mPGKpA)を制限酵素(NotI及びBamHI)で消化し,pE-hygrベクターのNotI及びBamHIサイト間に挿入し,これをプラスミドpE-IRES-Hygrとした。
【0070】
発現ベクターpPGKIHをEcoRIで消化し,mPGKのプロモーター領域(mPGKp)を含む塩基配列よりなるDNA断片を切り出した。このDNA断片をpBluescript SK(-)(Stratagene社)のEcoRIサイトに挿入し,これをmPGK promoter/pBS(-)とした。mPGK promoter/pBS(-)を鋳型とし,プライマーmPGKP5'(配列番号26)及びプライマーmPGKP3'(配列番号27)を用いて,PCRによりmPGKのプロモーター領域(mPGKp)を含むDNA断片を増幅させた。このDNA断片を制限酵素(BglII及びEcoRI)で消化し,pCI-neo(Promega社)のBglII及びEcoRIサイト間に挿入し,これをpPGK-neoとした。pE-IRES-Hygrを制限酵素(NotI及びBamHI)で消化してDNA断片(IRES-Hygr)を切り出し,pPGK-neoのNotI及びBamHIサイト間に挿入し,これをpPGK-IRES-Hygrとした。
【0071】
CHO-K1細胞からcDNAを調製し,これを鋳型とし,プライマーGS5'(配列番号28)及びプライマーGS3'(配列番号29)を用いて,PCRによりGS遺伝子を含むDNA断片を増幅させた。このDNA断片を制限酵素(BalI及びBamHI)で消化し,pPGK-IRES-HygrのBalI及びBamHIサイト間に挿入し,これをpPGK-IRES-GS-ΔpolyAとした。
【0072】
pCAGIPuro(Miyahara M. et.al., J. Biol. Chem. 275,613-618(2000))を鋳型とし,プライマーpuro5'(配列番号30)及びプライマーpuro3'(配列番号31)を用いて,PCRによりピューロマイシン耐性遺伝子(puror遺伝子)を含むDNA断片を増幅させた。このDNA断片をpT7Blue T-Vector(Novagen社)に挿入し,これをpT7-puroとした。
pT7-puroを制限酵素(AflII及びBstXI)で消化し,発現ベクターpE-neoのAflII及びBstXIサイト間に挿入し,これをpE-puroとした。
【0073】
pE-puroを鋳型とし,プライマーSV40polyA5'(配列番号32)及びプライマーSV40polyA3'(配列番号33)を用いて,PCRによりSV40後期ポリアデニル化領域を含むDNA断片を増幅させた。このDNA断片を制限酵素(NotI及びHpaI)で消化し,発現ベクターpE-puroのNotI及びHpaIサイト間に挿入し,これをpE-puro(XhoI)とした。pPGK-IRES-GS-ΔpolyAを制限酵素(NotI及びXhoI)で消化し,IRES-GS領域を含むDNA断片を切り出し,これを発現ベクターpE-puro(XhoI)のNotI及びXhoIサイト間に挿入し,これをpE-IRES-GS-puroとした。なお,pE-IRES-GS-puroの構築は,特許文献(特第6279466号)を参考にして行った。
【0074】
〔pE-mIRES-GS-puro (ΔE)の構築〕
発現ベクターpE-IRES-GS-puroを鋳型とし,プライマーmIRES-GS5'(配列番号34)及びプライマーmIRES-GS3'(配列番号35)を用いて,PCRにより,EMCVのIRESからGSにかけての領域を増幅させ,EMCVのIRESの5'側から2番目に位置する開始コドン(ATG)に変異を加えて破壊したDNA断片を増幅させた。発現ベクターpE-IRES-GS-puroを鋳型として,このDNA断片と上記のプライマーIRES5'を用いて,PCRによりIRESからGSにかけての上記領域を含むDNA断片を増幅させた。このDNA断片を制限酵素(NotI及びPstI)で消化し,切り出されたDNA断片を,pBluescript SK(-)(Stratagene社)のNotI及びPstIサイト間に挿入し,これをmIRES/pBlueScript SK(-)とした。
【0075】
発現ベクターpE-IRES-GS-puroを,SphIで消化し,SV40エンハンサー領域を切除した。残りのDNA断片をセルフライゲーションし,これをpE-IRES-GS-puro(ΔE)とした。mIRES/pBlueScript SK(-)をNotI及びPstIで消化し,改変型IRES(mIRES)及びGS遺伝子の一部を含む領域を切り出した。別に,pE-IRES-GS-puro(ΔE)を,NotI及びPstIで消化して,上記のmIRES及びGS遺伝子の一部を含む領域を挿入して,pE-mIRES-GS-puro(ΔE)を構築した。
【0076】
〔pEM-hygr(LC3)及びpE-mIRES-GSp-Fab-IDUAの構築〕
β-Globin MAR (Matrix Attachment Region),CMVエンハンサー,ヒトEF-1αプロモーター,MluI及びBamHI切断サイト,インターフェロンβ Marを含むDNA断片(CMVE-EF-1αp-IFNβMAR)を人工的に合成した(配列番号36)。このDNA断片の5’側にはHindIII配列を,3’側にはにEcoRI配列を導入した。このDNA断片をHindIII及びEcoRIで消化し,pUC57ベクターのHindIII及びEcoRIサイト間に挿入し,これをJCR69 in pUC57とした。MluI及びBamHI切断サイト,IRES,ハイグロマイシン耐性遺伝子及びmPGKポリアデニレーションシグナルを含むDNA断片(IRES-HygroR-mPGKpA)を人工的に合成した(配列番号40)。このDNA断片をJCR69 in pUC57のMluI及びBamHIサイトに挿入し,これをpEM hygroとした。
【0077】
配列番号14で示されるアミノ酸配列を有するヒト化抗hTfR抗体の軽鎖の全長をコードする遺伝子を含むDNA断片(配列番号37)を人工的に合成してpUC57-Ampに挿入し,これをJCR131 in pUC57-Ampとした。このDNA断片の5’側にはMluI配列を,3’側にはNotI配列を導入した。このプラスミドDNAをMluIとNotIで消化し,発現ベクターpEM hygroのMluI-NotI間に組み込んだ。得られたベクターをヒト化抗hTfR抗体の軽鎖の発現用ベクターであるpEM-hygr(LC3)とした。
【0078】
配列番号19で示されるアミノ酸配列を有するヒト化抗hTfR抗体のFab重鎖のC末端側に,配列番号3で示されるリンカー配列を介して,配列番号20で示されるアミノ酸配列を有するヒトIDUAが結合した,全体として配列番号38で示されるアミノ酸配列を有する蛋白質をコードする遺伝子を含む配列番号39で示される塩基配列を有するDNA断片を人工的に合成した。このDNA断片の5’側にはMluI配列を,3’側にはNotI配列を導入した。このDNA断片をMluI及びNotIで消化し,pE-mIRES-GS-puro(ΔE)のMluIとNotIの間に組み込んだ。得られたベクターをヒト化抗hTfR抗体のFab重鎖のC末端側にhIDUAを結合させた蛋白質の発現用ベクターであるpE-mIRES-GSp-Fab-IDUAとした。
【0079】
〔実施例2〕ヒト化抗hTfR抗体-hIDUA融合蛋白質の高発現細胞株の作製
CHO細胞(CHO-K1:American Type Culture Collectionから入手)を,下記の方法により,NEPA21(NEPAGENE社)を用いて,実施例1で構築したpEM-hygr(LC3)とpE-mIRES-GSp-Fab-IDUAを形質転換した。
【0080】
細胞の形質転換は概ね以下の方法で行った。CHO-K1細胞を2×107細胞/mLの密度となるようにCD OptiCHOTM培地(Thermo Fisher Scientific社)及びPBSの1:1混合液で懸濁した。50 μLの細胞懸濁液を採取し,これにCD OptiCHOTM培地及びPBSの1:1混合液で200 μg/mLに希釈したpEM-hygr(LC3)プラスミドDNA溶液を50 μL添加した。NEPA21(NEPAGENE社)を用いて,エレクトロポレーションを実施し,細胞にpEM-hygr(LC3)プラスミドDNAを導入した。37℃,5% CO2の条件下で一晩培養した後,細胞を,0.5 mg/mLのハイグロマイシンを添加したCD OptiCHOTM培地で選択培養した。得られた細胞に同手法によりpE-mIRES-GSp-Fab-IDUAプラスミドDNA(AhdIで消化し,リニアライズしたもの)を導入した。37℃,5% CO2の条件下で一晩培養した後,細胞を,0.5 mg/mLのハイグロマイシン及び10 μg/mLのピューロマイシンを添加したCD OptiCHOTM培地で選択培養した。選択培養の際,MSXの濃度を段階的に上昇させて,最終的にMSX濃度を300 μMとして,薬剤耐性を示す細胞を選択的に増殖させた。
【0081】
次いで,限界希釈法により,1ウェルあたり1個以下の細胞が増殖してくるように,96ウェルプレート上に選択培養で選択された細胞を播種し,各細胞が単クローンコロニーを形成するように約2週間培養した。単クローンコロニーが形成されたウェルの培養上清を採取し,ヒト化抗体含量をELISA法にて調べ,ヒト化抗hTfR抗体-hIDUA融合蛋白質の高発現細胞株を選択した。
【0082】
このときのELISA法は概ね以下の方法で実施した。96ウェルマイクロタイタープレート(Nunc社)の各ウェルに,ニワトリ抗IDUAポリクローナル抗体溶液を0.05 M 炭酸水素塩緩衝液で5 μg/mLに希釈したものを100 μLずつ加え,室温又は4℃で少なくとも1時間静置して抗体をプレートに吸着させた。次いで,トリス緩衝生理食塩水(pH 8.0)に0.05% Tween20を添加したもの(TBS-T)で各ウェルを3回洗浄後,トリス緩衝生理食塩水(pH8.0)に1% BSAを添加したものを各ウェルに300 μLずつ加えてプレートを室温で1時間静置した。次いで,各ウェルをTBS-Tで3回洗浄した後,トリス緩衝生理食塩水(pH 8.0)に0.1% BSA及び0.05% Tween20を添加したもの(TBS-BT)で適当な濃度に希釈した培養上清又はヒト化抗hTfR抗体-hIDUA融合蛋白質精製品を,各ウェルに100 μLずつ加え,プレートを室温で1時間静置した。次いで,プレートをTBS-Tで3回洗浄した後,TBS-BTで希釈したHRP標識抗ヒトIgGポリクロ-ナル抗体溶液を,各ウェルに50 μLずつ加え,プレートを室温で1時間静置した。TBS-Tで各ウェルを3回洗浄後,ELISA POD基質TMBキット(Nakalai Tesque社)を用いて発色させた。次いで,1 mol/L 硫酸を50 μLずつ各ウェルに加えて反応を停止させ,96ウェルプレートリーダーを用いて,各ウェルにつき450 nmでの吸光度を測定した。高い測定値を示したウェルに対応する細胞を,ヒト化抗hTfR抗体-hIDUA融合蛋白質の高発現細胞株として選択した。こうして得られたヒト化抗hTfR抗体-hIDUA融合蛋白質の高発現細胞株を,ヒト化抗hTfR抗体-hIDUA発現株とした。この細胞株が発現するヒト化抗hTfR抗体とhIDUAとの融合蛋白質をヒト化抗hTfR抗体-hIDUA融合蛋白質(ヒト化抗hTfR抗体-hIDUA)とした。
【0083】
得られたヒト化抗hTfR抗体-hIDUA発現株を,10 mg/L インスリン,16 μmol/L チミジン,100 μmol/L ヒポキサンチン,500 μg/mL ハイグロマイシンB,10 μg/mLピューロマイシン,300 μmol/L MSX及び10% (v/v) DMSOを含有するCD OptiCHOTM培地に懸濁させてからクライオチューブに分注し,種細胞として液体窒素中で保存した。
【0084】
〔実施例3〕ヒト化抗hTfR抗体-hIDUA発現株の培養
ヒト化抗hTfR抗体-hIDUAを取得するために,ヒト化抗hTfR抗体-hIDUA発現株を以下の方法で培養した。実施例2で得たヒト化抗hTfR抗体-hIDUA発現株を,細胞密度が約3 X 105個/mLとなるように,10 mg/L インスリン,16 μmol/L チミジン,100 μmol/L ヒポキサンチンを含有する,pH6.9に調整した約170 Lの無血清培地(CD OptiCHOTM培地,ThermoFisher SCIENTIFIC社)に懸濁させた。この細胞懸濁液170 Lを培養槽に移した。培地をインペラ―で概ね100 rpmの速度で撹拌し,培地の溶存酸素飽和度を約30%に保持し,34~37℃の温度範囲で,約10日間細胞を培養した。培養期間中,細胞密度,細胞の生存率,培地のグルコース濃度及び乳酸濃度を監視した。培地のグルコース濃度が3.0 g/L以下となった場合には,直ちにグルコース濃度が3.5 g/Lとなるように,グルコース溶液を培地に添加した。培養期間中,フィード液(EFFICIENTFEED A+ TM,ThermoFisher SCIENTIFIC社)を適宜培地に添加した。培養終了後に培地を回収した。回収した培地を,Millistak+HC Pod Filter grade D0HC(Merck社)でろ過し,更にMillistak+ HCgrade X0HC (Merck社)でろ過して,ヒト化抗hTfR抗体-hIDUAを含む培養上清を得た。この培養上清を,PelliconTM 3 Cassette w/Ultracel PLCTK Membrane(孔径:30 kDa, 膜面積:1.14m2,Merck社)を用いて限外ろ過し,液量が約14分の1となるまで濃縮した。次いで,この濃縮液をOpticap XL600(0.22 μm, Merck社)を用いてろ過した。得られた液を濃縮培養上清とした。
【0085】
〔実施例4〕ヒト化抗hTfR抗体-hIDUAの精製
実施例3で得た濃縮培養上清に,0.25倍容の2 M アルギニン溶液(pH 7.0)を添加した。この溶液を,カラム体積の4倍容の400 mM アルギニンを含有する25 mM MES緩衝液(pH6.5)で平衡化した,Capture SelectTM CH1-XLカラム(カラム体積:約3.1 L,ベッド高:約20 cm,Thermo Fisher Scientific社)に,100 cm/時の一定流速で負荷し,ヒト化抗hTfR抗体-hIDUAをカラムに吸着させた。Capture SelectTM CH1-XLカラムは,IgG抗体のCH1ドメインと特異的に結合する性質を有するリガンドが担体に固定化されたアフィニティーカラムである。
【0086】
次いで,カラム体積の5倍容の同緩衝液を同流速で供給してカラムを洗浄した。次いでカラム体積の3倍容の25 mM MES緩衝液(pH 6.5)を同流速で供給してカラムを更に洗浄した。次いで,カラム体積の5倍容の10 mM 酢酸ナトリウム-HCl緩衝液(pH 3.5)で,カラムに吸着したヒト化抗hTfR抗体-hIDUAを溶出させた。溶出液は,予め250 mM MES緩衝液(pH 6.0)を入れた容器に受けて,直ちに中和した。
【0087】
上記のアフィニティーカラムからの溶出液に,250 mM MES緩衝液(pH 6.5)を添加し,溶出液のpHを6.0に調整した。次いで,この溶出液を,Opticap XL600(孔径:0.22 μm, Merck社)でろ過した。このろ過後の溶液を,カラム体積の5倍容の15 mM NaClを含有する50 mM MES緩衝液(pH 6.0)で平衡化した,マルチモーダル陰イオン交換カラムであるCapto adhereカラム(カラム体積:約1.5 L,ベッド高:約10 cm,GE Healthcare社)に,300 cm/時の一定流速で負荷させた。このヒト化抗hTfR抗体-hIDUAを含む負荷液を回収した。Capto adhereは,N-ベンジル-N-メチルエタノールアミンをリガンドとするもので,静電相互作用,水素結合,疎水性相互作用等に基づく選択性を有する強陰イオン交換体である。
【0088】
次いで,カラム体積の5倍容の同緩衝液を同流速で供給してカラムを洗浄し,この洗浄液を回収した。
【0089】
上記負荷液及び洗浄液をカラム体積の4倍容の300 mM NaClを含有する25 mM MES緩衝液(pH 6.5)で平衡化した,マルチモーダル弱陽イオン交換カラムであるCapto MMCカラム(カラム体積:約3.1 L,ベッド高:約20 cm,GE Healthcare社)に,200 cm/時の一定流速で負荷させた。Capto MMCは,疎水性相互作用,水素結合形成等に基づく選択性を有する弱陽イオン交換体である。
【0090】
次いで,カラム体積の5倍容の同緩衝液を同流速で供給してカラムを洗浄した。次いで,カラム体積の10倍容の1 M NaClを含有する25 mM MES緩衝液(pH 6.5)で,弱陽イオン交換カラムに吸着したヒト化抗hTfR抗体-hIDUAを溶出させた。
【0091】
上記の弱陽イオン交換カラムからの溶出液に,0.5倍容の0.8 mg/mL NaCl及び75 mg/mL スクロースを含有する20 mM クエン酸緩衝液(pH 5.5)を加えてpHを5.8に調整した。次いで,PelliconTM 3 Cassette w/Ultracel PLCTK Membrane(孔径:30 kDa, 膜面積:0.57 m2,Merck社)を用いて限外ろ過し,溶液中のヒト化抗hTfR抗体-hIDUAの濃度が約30 mg/mLとなるまで濃縮した。次いで,この濃縮液をOpticap XL600 (0.22 μm, Merck社)を用いてろ過した。
【0092】
上記の濃縮液を,カラム体積の1.5倍容の0.8 mg/mL NaCl及び75 mg/mL スクロースを含有する20 mM クエン酸緩衝液(pH 5.5)で平衡化した,サイズ排除カラムであるBioSECカラム(カラム体積:約9.4 L, ベッド高:30 cm, Merck社)に,40 cm/時の一定流速で負荷し,更に,同緩衝液を同じ流速で供給した。このとき,サイズ排除カラムからの溶出液の流路に,溶出液の吸光度を連続的に測定するための吸光光度計を配置して,280 nmの吸光度をモニターし,280 nmで吸収ピークを示した画分を,ヒト化抗hTfR抗体-hIDUAを含む画分として回収し,これをヒト化抗hTfR抗体-hIDUA精製品とした。
【0093】
〔実施例5〕水性医薬組成物の調製
実施例4で得られたヒト化抗hTfR抗体-hIDUA融合蛋白質精製品を用いて,表1に示す組成を有する水性医薬組成物を調製した。この水性医薬組成物は,1~10 mLの液量で,ガラス製又はプラスチック製のバイアル,アンプル,又は注射器に充填・封入され,低温(例えば4℃)で貯蔵される。これが注射器に充填・封入されたものはプレフィルドシリンジ型の製剤となる。
【0094】
【表1】
【0095】
〔実施例6〕臨床試験(第I期)
実施例5で調製したヒト化抗hTfR抗体-hIDUA融合蛋白質を含有する水性医薬組成物(以下,「被験薬」という)の安全性,及びムコ多糖症I型に対する有効性を確認するため,臨床試験(第I期)を実施した。
【0096】
臨床試験(第I期)では,少なくとも表2に示される選択基準を満たすムコ多糖症I型(MPS I)患者を被験者とした。被験者数は4名とした。なお,全ての被験者は,当該試験に参加する前まで通常のムコ多糖症I型の酵素補充療法を施されていた。
【0097】
【表2】
【0098】
被験薬は表3に示される投与量及び投与法で患者に投与された。すなわち,被験薬を各被験者に,0.1mg/kg体重の用量で初回投与し,2回目に1.0 mg/kg体重,3回目に2.0 mg/kg体重,及び4回目に4.0 mg/kg体重の用量で計4回投与した。それぞれの投与は1週間の間隔を置いて行われた。また,各投与は被験者の状態を観察しながら約3時間かけて点滴静注することにより行われた。また,臨床試験の終了後,患者は通常のムコ多糖症I型の酵素補充療法が施されることとした。また,被験薬の投与前及び4回目の投与後5時間以内に各被験者から脳脊髄液を採取した。また,被験薬の投与前及び4回目の投与1週間後であって通常のムコ多糖症I型の酵素補充療法が施される前に各被験者から血清及び尿を採取した。
【0099】
【表3】
【0100】
被験薬のムコ多糖症I型に対する有効性は表4に示される項目を検査することにより評価した。なお,表4は臨床試験のプロトコールに記載された有効性の評価項目の一部を示すものである。
【0101】
【表4】
【0102】
被験薬のムコ多糖症I型の安全性は表5に示される項目を検査することにより評価した。なお,表5は臨床試験のプロトコールに記載された安全性の評価項目の一部を示すものである。
【0103】
【表5】
【0104】
〔実施例7〕臨床試験(第I期)の有効性評価
(脳脊髄液に含まれるヘパラン硫酸及びデルマタン硫酸の濃度)
実施例6で各被験者から採取した被験薬の投与前及び4回目の投与後5時間以内に各被験者から採取した脳脊髄液に含まれるヘパラン硫酸及びデルマタン硫酸の濃度の測定結果を図1及び図2にそれぞれ示す。ヘパラン硫酸についてみると,被験薬の投与前は,被験者の脳脊髄液に含まれるヘパラン硫酸の濃度の平均値は1132 ng/mLであったが,投与後の当該濃度の平均値は467 ng/mLと大幅に減少した(図1)。非ムコ多糖症患者における脳脊髄液に含まれるヘパラン硫酸の濃度の平均値は概ね360 ng/mLであることから,被験薬の投与を更に継続させることにより脳脊髄液に含まれるヘパラン硫酸の濃度を非ムコ多糖症患者レベルにまで減少させることができると予測された。なお,ヘパラン硫酸及びデルマタン硫酸の濃度は,実施例12~14に記載の方法により測定した。
【0105】
デルマタン硫酸についてみると,被験薬の投与前は,被験者の脳脊髄液に含まれるデルマタン硫酸の濃度の平均値は264 ng/mLであったが,投与後の当該濃度の平均値は213 ng/mLと大幅に減少した(図2)。デルマタン硫酸についてもヘパラン硫酸と同様に,被験薬の投与を更に継続させることにより脳脊髄液に含まれるデルマタン硫酸の濃度を非ムコ多糖症患者レベルにまで減少させることができると予測された。
【0106】
これらの結果は,患者に点滴静注により投与された被験薬が,BBBを通過して中枢神経系に到達し,そこに蓄積したグリコサミノグリカンを分解して除去したことを示すものであり,被験薬がムコ多糖症I型の中枢神経系の異常に対しても薬効があることを示すものである。また,これらの結果から,被験薬は1~6 mg/kg体重,又は1~8 mg/kg体重の用量で1週間に1回投与することにより,その薬効を奏するものと予測される。
【0107】
(血清及び尿に含まれるヘパラン硫酸及びデルマタン硫酸の濃度)
実施例6で各被験者から採取した被験薬の投与前及び4回目の投与1週間後であって通常のムコ多糖症I型の酵素補充療法が施される前に各被験者からそれぞれ採取した血清に含まれるヘパラン硫酸及びデルマタン硫酸の濃度の測定結果を図3及び図4にそれぞれ示す。ヘパラン硫酸についてみると,被験薬の投与前は,被験者の血清に含まれるヘパラン硫酸の濃度の平均値は359 ng/mLであったが,投与後の当該濃度の平均値は217 ng/mLと大幅に減少した(図3)。デルマタン硫酸についてみると,被験薬の投与前は,被験者の血清に含まれるデルマタン硫酸の濃度の平均値は965 ng/mLであったが,投与後の当該濃度の平均値は867 ng/mLと減少した(図4)。
【0108】
実施例6で各被験者から採取した被験薬の投与前及び4回目の投与1週間後であって通常のムコ多糖症I型の酵素補充療法が施される前に各被験者からそれぞれ採取した尿に含まれるヘパラン硫酸及びデルマタン硫酸の濃度の測定結果を図5及び図6にそれぞれ示す。ヘパラン硫酸についてみると,被験薬の投与前は,被験者の尿に含まれるヘパラン硫酸の濃度の平均値は31.0 μg/ mgクレアチニンであったが,投与後の当該濃度の平均値は16.0 μg/ mgクレアチニンと大幅に減少した(図5)。デルマタン硫酸についてみると,被験薬の投与前は,被験者の尿に含まれるデルマタン硫酸の濃度の平均値は22.7 μg/ mgクレアチニンであったが,投与後の当該濃度の平均値は17.1μg/ mgクレアチニンと大幅に減少した(図6)。これらの結果は,患者に点滴静注により投与された被験薬が,中枢神経系のみならず,全身の組織に蓄積したグリコサミノグリカンを分解して除去したことを示すものであり,被験薬がムコ多糖症I型の中枢神経系及びその他組織の異常に対しても薬効があることを示すものである。そして,中枢神経系及びその他組織に蓄積したグリコサミノグリカンが分解して除去された患者にあっては,より長時間の会話が可能になる,より多くの文字筆記が可能になる,活力が増大する,腰や膝などの関節痛が軽減する,歩行に伴う痛みや筋肉及び関節のこわばりが軽減する,缶を開けるなどの指先の運動やバスケットボールなどの全身運動を行うことがより容易に可能になる,言語能力が向上する等の機能障害の改善が期待できる。
【0109】
〔実施例8〕臨床試験(第I期)の安全性評価
被験薬の投与期間中,全ての被験者において重篤な有害事象は認められなかった。すなわち,被験薬が,安全に0.1~4 mg/kg体重の用量で1週間に1回投与することができることを示すものである。
【0110】
〔実施例9〕臨床試験(第II期)
臨床試験(第II期)は,被験薬を3ヶ月投与したときの,安全性及びムコ多糖症I型に対する有効性を確認するためのものである。
【0111】
臨床試験(第II期)では,少なくとも表2に示される選択基準を満たすムコ多糖症I型(MPS I)患者を被験者とする。なお,全ての被験者は,当該試験に参加する前まで通常のムコ多糖症I型の酵素補充療法を施されていた。
【0112】
臨床試験(第II期)は2つの試験からなる。臨床試験(第II期)第一試験では,被験薬は表6に示される投与量及び投与法で患者に投与される。すなわち,被験薬を各被験者に,1.0 mg/kg体重の用量で初回投与し,2回目に2.0 mg/kg体重,3回目から12回目までの10回は4.0 mg/kg体重の用量で投与される。それぞれの投与は1週間の間隔を置いて行われる。また,各投与は被験者の状態を観察しながら約3時間かけて点滴静注することにより行われる。被験者は2名とする。
【0113】
【表6】
【0114】
臨床試験(第II期)第二試験では,被験薬は表7に示される投与量及び投与法で患者に投与される。すなわち,被験者を2群に分け,被験薬を一方の群には2.0 mg/kg体重の用量で(2.0 mg/kg体重投与群),他方の群には4.0 mg/kg体重の用量で投与する(4.0 mg/kg体重投与群)。各群とも被験薬を1週間の間隔を置いて12回投与する。また,各投与は被験者の状態を観察しながら約3時間かけて点滴静注することにより行われる。試験は非盲検で行い,被験者数は15名とした。
【0115】
【表7】
【0116】
臨床試験(第II期)第一試験及び第二試験ともに,被験薬の投与前及び12回目の投与後5時間以内に各被験者から脳脊髄液を採取した。また,被験薬の投与前及び12回目の投与1週間後であって通常のムコ多糖症I型の酵素補充療法が施される前に各被験者から血清及び尿を採取した。第二試験については,予定被験者数15名のうち投与が完了した6名からのみ,これら脳脊髄液,血清及び尿を採取した。
【0117】
被験薬のムコ多糖症I型に対する有効性は表4に示される項目を検査することに加え,簡易視空間記憶テスト改訂(BVMT-R),ホプキンス言語学習テスト改訂(HVLT-R),注意変数試験(TOVA)を被験者に課すことによっても評価する。
【0118】
被験薬のムコ多糖症I型の安全性は表5に示される項目を検査することにより評価する。なお,表5は臨床試験のプロトコールに記載された安全性の評価項目の一部を示すものである。
【0119】
〔実施例10〕臨床試験(第II期)の有効性評価
(脳脊髄液に含まれるヘパラン硫酸及びデルマタン硫酸の濃度)
実施例9で第一試験の各被験者から採取した被験薬の投与前及び12回目の投与後5時間以内に各被験者からそれぞれ採取した脳脊髄液に含まれるヘパラン硫酸及びデルマタン硫酸の濃度の測定結果を図7及び図8にそれぞれ示す。ヘパラン硫酸についてみると,全ての被験者について,被験者の脳脊髄液に含まれるヘパラン硫酸の濃度が,被験薬の投与前と比べて投与後には1/3以下にまで減少した(図7)。そして,全ての被験者について,被験者の脳脊髄液に含まれるヘパラン硫酸の濃度が1400 ng/mL以下となり,また,非ムコ多糖症患者における脳脊髄液に含まれるヘパラン硫酸の濃度の平均値である約360 ng/mLを下回った。これらの結果から,被験薬の投与を更に継続させることにより脳脊髄液に含まれるヘパラン硫酸の濃度を非ムコ多糖症患者レベルにまで減少させ,かつこれを維持することができると予測された。
【0120】
デルマタン硫酸についてみると,全ての被験者について,被験者の脳脊髄液に含まれるデルマタン硫酸の濃度が,被験薬の投与前と比べて投与後には減少した(図8)。なお,非ムコ多糖症患者における脳脊髄液に含まれるデルマタン硫酸の濃度の平均値は約220 ng/mLである。デルマタン硫酸についてもヘパラン硫酸と同様に,被験薬の投与を更に継続させることにより脳脊髄液に含まれるデルマタン硫酸の濃度を非ムコ多糖症患者レベルにまで減少させ,かつこれを維持することができると予測された。
【0121】
実施例9で第二試験の各被験者から採取した被験薬の投与前及び12回目の投与後5時間以内に各被験者からそれぞれ採取した脳脊髄液に含まれるヘパラン硫酸及びデルマタン硫酸の濃度の測定結果を図9及び図10にそれぞれ示す。ヘパラン硫酸についてみると,全ての被験者について,被験者の脳脊髄液に含まれるヘパラン硫酸の濃度が,被験薬の投与前と比べて投与後には1/3以下にまで減少した(図9)。そして,全ての被験者について,被験者の脳脊髄液に含まれるヘパラン硫酸の濃度が1400 ng/mL以下となり,また,非ムコ多糖症患者における脳脊髄液に含まれるヘパラン硫酸の濃度の平均値である約360 ng/mLに近づき,もしくは下回った。被験薬の投与を更に継続させることにより脳脊髄液に含まれるヘパラン硫酸の濃度を非ムコ多糖症患者レベルにまで減少させ,かつこれを維持することができると予測された。
【0122】
デルマタン硫酸についてみると,全ての被験者について,被験者の脳脊髄液に含まれるデルマタン硫酸の濃度が,被験薬の投与前と比べて投与後には減少した(図10)。なお,非ムコ多糖症患者における脳脊髄液に含まれるデルマタン硫酸の濃度の平均値は約220 ng/mLである。デルマタン硫酸についてもヘパラン硫酸と同様に,被験薬の投与を更に継続させることにより脳脊髄液に含まれるデルマタン硫酸の濃度を非ムコ多糖症患者レベルにまで減少させ,かつこれを維持することができると予測された。なお,ヘパラン硫酸及びデルマタン硫酸の濃度は,実施例12~14に記載の方法により測定した。
【0123】
これらの結果は,患者に点滴静注により投与された被験薬が,BBBを通過して中枢神経系に到達し,そこに蓄積したグリコサミノグリカンを分解して除去したことを示すものであり,被験薬がムコ多糖症I型の中枢神経系の異常に対しても薬効があることを示すものである。また,これらの結果から,被験薬は1~6 mg/kg体重,又は1~8 mg/kg体重の用量で1週間に1回投与することにより,その薬効を奏するものと予測される。
【0124】
(血清に含まれるヘパラン硫酸及びデルマタン硫酸の濃度)
実施例9で第一試験の各被験者から採取した被験薬の投与前及び12回目の投与1週間後であって通常のムコ多糖症I型の酵素補充療法が施される前に各被験者からそれぞれ採取した血清に含まれるヘパラン硫酸及びデルマタン硫酸の濃度の測定結果を図11及び図12にそれぞれ示す。ヘパラン硫酸,デルマタン硫酸ともに,被験薬の投与前と比べて投与後の濃度が概ね減少する傾向が確認された(図11図12)。
【0125】
実施例9で第二試験の各被験者から採取した被験薬の投与前及び12回目の投与1週間後であって通常のムコ多糖症I型の酵素補充療法が施される前に各被験者からそれぞれ採取した血清に含まれるヘパラン硫酸及びデルマタン硫酸の濃度の測定結果を図13及び図14にそれぞれ示す。ヘパラン硫酸,デルマタン硫酸ともに,被験薬の投与前と比べて投与後の濃度が概ね減少する傾向が確認された(図13図14)。
【0126】
以上の結果は,患者に点滴静注により投与された被験薬が,中枢神経系のみならず,全身の組織に蓄積したグリコサミノグリカンを分解して除去したことを示すものであり,被験薬がムコ多糖症I型の中枢神経系及びその他組織の異常に対しても薬効があることを示すものである。そして,中枢神経系及びその他組織に蓄積したグリコサミノグリカンが分解して除去された患者にあっては,中枢神経系の機能障害が改善することにより,より長時間の会話が可能になる,より多くの文字筆記が可能になる,活力が増大する,腰や膝などの関節痛が軽減する,歩行に伴う痛みや筋肉及び関節のこわばりが軽減する,缶を開けるなどの指先の運動やバスケットボールなどの全身運動を行うことがより容易に可能になる,言語能力が向上する等の効果が得られることが期待できる。
【0127】
〔実施例11〕臨床試験(第II期)の安全性評価
被験薬の投与期間中,全ての被験者において重篤な有害事象は認められなかった。すなわち,被験薬が,安全に0.1 mg/kg~4 mg/kg体重の用量で1週間に1回投与することができることを示すものである。
【0128】
〔実施例12:ヘパラン硫酸及びデルマタン硫酸の測定法(各種溶液の調製)〕
試験に用いる(a)~(k)の溶液を以下の手順で調製した。
(a)MeCN/water:
0.5 mLの注射用水と4.5 mLのアセトニトリルを混合し,これをMeCN/waterとした。本溶液は用時調製とした。
(b)重水素ラベル化溶媒:
氷浴下で,1.5 mLのメタノール-d4(Sigma-Aldrich社)に240 μLのアセチルクロリドを滴下し,これを重水素ラベル化溶媒とした。本溶液は用時調製とした。
(c)PBS/クエン酸溶液:
クエン酸を純水に溶解して10 mMの濃度のクエン酸溶液を作製した。更に,クエン酸三ナトリウムニ水和物を純水に溶解して10 mMの濃度のクエン酸ナトリウム溶液を作製した。クエン酸溶液にクエン酸ナトリウム溶液を滴下してpH 3.0に調整した。この溶液を10 mM クエン酸緩衝液(pH 3.0)とした。また,18 mLの10 mM クエン酸緩衝液(pH 3.0)に2 mLのPBSを加えた溶液をPBS/クエン酸溶液とした。
(d)移動相A:
247.5 mLの純水に,2.5 mLの1 Mギ酸アンモニウム水溶液と400 μLの水酸化アンモニウム水溶液 (25% NH4OH)を添加して混合したものを,移動相Aとした。本溶液は用時調製とした。
(e)移動相B:
45 mLの純水に,5 mLの1 Mギ酸アンモニウム水溶液と,450 mLのアセトニトリルと,800 μLの水酸化アンモニウム水溶液 (25% NH4OH)とを混合したものを,移動相Bとした。本溶液は用時調製とした。
(f)ヘパラン硫酸標準原液(HS標準原液):
1.5 mLマイクロチューブにHeparan sulfate(Iduron社)を秤量し,注射用水を加えて溶解し,5.0 mg/mLの濃度の溶液を調製した。調製した溶液を0.5 mLスクリューキャップチューブに15 μLずつ分注し,使用時まで冷凍(-15℃以下)して保存した。この溶液をHS標準原液とした。
(g)デルマタン硫酸標準原液(DS標準原液):
1.5 mLマイクロチューブにChondroitin sulfate B sodium salt from porcine intestinal mucosa(Sigma-Aldrich社)を秤量し,注射用水を加えて溶解し,5.0 mg/mLの濃度の溶液を調製した。調製した溶液を0.5 mLスクリューキャップチューブに15 μLずつ分注し,使用時まで冷凍(-15℃以下)して保存した。この溶液をDS標準原液とした。
(h)デルマタン硫酸内部標準溶液(DS内部標準溶液):
ホウケイ酸ねじ口試験管に40 μLのDS標準原液を計り取り,溶媒を窒素気流下で留去した。乾固物に400 μLの重水素ラベル化溶媒を添加し,撹拌した後,65℃で75分間反応させて,重水素化メタノール分解(deuteriomethanolysis)を行った。反応後,溶媒を窒素気流下で留去した。乾固物に500 μLのMeCN/waterを添加し,超音波処理を30分間行った。調製した溶液を0.5 mLスクリューキャップチューブに20 μLずつ分注し,冷凍(-15℃以下)して保存した。この溶液をデルマタン硫酸内部標準溶液(DS内部標準溶液)とした。
(i)ヘパラン硫酸内部標準溶液(HS内部標準溶液):
ホウケイ酸ねじ口試験管に40 μLのHS標準原液を計り取り,溶媒を窒素気流下で留去した。乾固物に400 μLの重水素ラベル化溶媒を添加し,撹拌した後,65℃で75分間反応させて,重水素化メタノール分解(deuteriomethanolysis)を行った。反応後,溶媒を窒素気流下で留去した。乾固物に500 μLのMeCN/waterを添加し,超音波処理を30分間行った。調製した溶液を0.5 mLスクリューキャップチューブに20 μLずつ分注し,冷凍(-15℃以下)して保存した。この溶液をヘパラン硫酸内部標準溶液(HS内部標準溶液)とした。
(j)サンプル溶解用溶液:
5 mLのMeCN/waterに,1 μLのHS内部標準溶液及び1 μLのDS内部標準溶液を添加して撹拌した後,超音波処理を30分間行った。この溶液をサンプル溶解用溶液とした。本溶液は用時調製とした。
(k)検量線作成用溶液:
480 μLのPBS/クエン酸溶液を計り取り,これにHS標準原液とDS標準原液をそれぞれ10 μLずつ添加し,デルマタン硫酸とヘパラン硫酸を,それぞれ100 μg/mLずつ含有する溶液を調製した。この溶液をPBS/クエン酸溶液で希釈し,デルマタン硫酸とヘパラン硫酸を,それぞれ2500 ng/mLずつ含有する溶液を調製した。この溶液をPBS/クエン酸溶液で2段階希釈し,デルマタン硫酸とヘパラン硫酸を,それぞれ25~2500 ng/mLの濃度で含有する溶液を調製した。この溶液を検量線作成用溶液とした。
【0129】
〔実施例13:ヘパラン硫酸及びデルマタン硫酸の測定法(メタノリシス反応)〕
上記実施例12で調製した検量線作成用溶液を,それぞれ20 μL計り取り,個別にホウケイ酸ねじ口試験管に分取した。また,ブランクとして,PBS/クエン酸溶液をホウケイ酸ねじ口試験管に分取した。試験管中の溶媒を窒素気流下で留去した(N=1)。乾固物に,20 μLの2, 2-ジメトキシプロパンと,200 μLの塩酸の濃度が3Nである塩酸メタノールとを添加して撹拌した後,恒温水槽を用いて70℃,90分間メタノリシス反応を行った。反応後,溶媒を窒素気流下で留去した。乾固物に50 μLのサンプル溶解用溶液を添加して溶解後,遠心(15000 rpm,10分間,室温)し,上清をバイアルに採取した。
【0130】
また,上記実施例12で調製したデルマタン硫酸標準原液とヘパラン硫酸標準原液とをPBS/クエン酸溶液で希釈し,デルマタン硫酸標準原液及びヘパラン硫酸標準原液とをいずれも25.0 ng,50.0 ng/mL,500 ng/mL,及び2000 ng/mLの濃度で含有する4種類の品質管理試料(QC試料)を調製し,それぞれ,QC-LL,QC-L,QC-M,及びQC-Hとした。これらをそれぞれ20 μL計り取り,個別にホウケイ酸ねじ口試験管に分取し,試験管中の溶媒を窒素気流下で留去した。乾固物に,20 μLの2, 2-ジメトキシプロパンと,200 μLの塩酸の濃度が3Nである塩酸メタノールとを添加して撹拌した後,恒温水槽を用いて70℃,90分間メタノリシス反応を行った。反応後,溶媒を窒素気流下で留去した。乾固物に50 μLのサンプル溶解用溶液を添加して溶解後,遠心(15000 rpm,10分間,室温)し,上清をバイアルに採取した。
【0131】
また,実施例6又は9で採取した脳脊髄液,血清,及び尿を,それぞれホウケイ酸ねじ口試験管に分取し,試験管中の溶媒を窒素気流下で留去した。乾固物に,20 μLの2, 2-ジメトキシプロパンと,200 μLの塩酸の濃度が3Nである塩酸メタノールとを添加して撹拌した後,恒温水槽を用いて70℃,90分間メタノリシス反応を行った。反応後,溶媒を窒素気流下で留去した。乾固物に50 μLのサンプル溶解用溶液を添加して溶解後,遠心(15000 rpm,10分間,室温)し,上清をバイアルに採取した。
【0132】
〔実施例14:ヘパラン硫酸及びデルマタン硫酸の測定法(LC/MS/MS分析)〕
LC/MS/MS分析は,親水性相互作用超高性能液体クロマトグラフィーとタンデム四重極型質量分析装置とを組み合わせたものを用いて実施した。質量分析装置(MS/MS装置)として,QTRAP5500(エー・ビー・サイエックス社)を用い,これにHPLC装置として,Nexera X2(島津製作所)をセットした。また,LCカラムとして,Acquity UPLCTM BEH Amid 1.7 μm (2.1 X 50 mm,Waters社)を用いた。移動相として,実施例12で調製した移動相A及び移動相Bを用いた。また,カラム温度は50℃に設定した。
【0133】
6% (v/v)の移動相Aと94% (v/v)の移動相Bからなる混合液でカラムを平衡化した後,10μLの試料を注入し,表8に示す移動相のグラジエント条件で,クロマトグラフィーを実施した。なお,移動相の流速は0.4 mL/分とした。
【0134】
【表8】
【0135】
MS/MS装置のイオン源パラメーターを,QTRAP5500(エー・ビー・サイエックス社)の使用説明書に従って,表9に示すように設定した。
【0136】
【表9】
【0137】
検量線作成用溶液及びQC試料の測定により,各検量線作成用溶液に含まれていたデルマタン硫酸及びヘパラン硫酸に由来するプロダクトイオンのクロマトチャート上に検出されるピーク(検出ピーク)の面積を求めた。また,DS内部標準溶液,及びHS内部標準溶液に由来するプロダクトイオンの検出ピークの面積を求めた。検量線作成用溶液はN=1,QC試料(QC-LL,QC-L,QC-M,及びQC-H)はN=3で測定を行った。
【0138】
なお,DS内部標準溶液及びHS内部標準溶液に含まれるデルマタン硫酸及びヘパラン硫酸は重水素ラベルされている。従って,これらに由来するプレカーサーイオンの質量電荷比(m/z)は,それぞれ432及び390と,非ラベルのものと比較して大きな値をとる。非ラベルのデルマタン硫酸及びヘパラン硫酸に由来するプレカーサーイオンの質量電荷比(m/z)は,それぞれ426及び384である。従って,これらプレカーサーイオンは,四重極(Q1)において,イオンの質量電荷比(m/z)に基づいて,分離されるので,個別に検出可能となる。表10にプレカーサーイオンとプロダクトイオンの(m/z)をまとめて示す。
【0139】
【表10】
【0140】
各検量線作成用溶液に含まれていたデルマタン硫酸に由来する検出ピークの面積(DS検出ピーク面積)に対する,DS内部標準溶液に由来する検出ピーク(DS-IS検出ピーク面積)の面積比(DS検出ピーク面積/DS-IS検出ピーク面積)を求めた。この値を縦軸にとり,各検量線作成用溶液のデルマタン硫酸の濃度を横軸にとり,二次計画法を用いて回帰式を算出し検量線を作成した。
【0141】
また,各検量線作成用溶液に含まれていたヘパラン硫酸に由来する検出ピークの面積(HS検出ピーク面積)に対する,HS内部標準溶液に由来する検出ピーク(HS-IS検出ピーク面積)の面積比(HS検出ピーク面積/HS-IS検出ピーク面積)を求めた。この値を縦軸にとり,各検量線作成用溶液のヘパラン硫酸の濃度を横軸にとり,二次計画法を用いて回帰式を算出し検量線を作成した。
【0142】
上記の検量線に,各被験者の脳脊髄液,血清,及び尿の測定値を内挿し,各試料に含まれるDS及びHSの濃度を求めた。なお,尿中のDS及びHSの測定値についてはクレアチニン補正して,1mgのクレアチニンを含む尿中に含まれる量(μg/mgクレアチニン)を算出した。
【産業上の利用可能性】
【0143】
本発明によれば,例えば,ムコ多糖症I型患者に対する酵素補充療法に用いることのできる新たな薬剤を提供できる。
【配列表フリーテキスト】
【0144】
配列番号1:リンカー例1のアミノ酸配列
配列番号2:リンカー例2のアミノ酸配列
配列番号3:リンカー例3のアミノ酸配列
配列番号4:軽鎖CDR1のアミノ酸配列1
配列番号5:軽鎖CDR1のアミノ酸配列2
配列番号6:軽鎖CDR2のアミノ酸配列1
配列番号7:軽鎖CDR2のアミノ酸配列2
配列番号8:軽鎖CDR3のアミノ酸配列1
配列番号9:重鎖CDR1のアミノ酸配列1
配列番号10:重鎖CDR1のアミノ酸配列2
配列番号11:重鎖CDR2のアミノ酸配列1
配列番号12:重鎖CDR2のアミノ酸配列2
配列番号13:重鎖CDR3のアミノ酸配列1
配列番号14:重鎖CDR3のアミノ酸配列2
配列番号15:重鎖フレームワーク領域3のアミノ酸配列
配列番号16:重鎖の可変領域のアミノ酸配列
配列番号17:軽鎖の可変領域のアミノ酸配列
配列番号18:軽鎖のアミノ酸配列
配列番号19:Fab重鎖のアミノ酸配列
配列番号20:ヒトIDUAのアミノ酸配列1
配列番号21:ヒトIDUAのアミノ酸配列2
配列番号22:プライマーHyg-Sfi5’,合成配列
配列番号23:プライマーHyg-BstX3’,合成配列
配列番号24:プライマーIRES5',合成配列
配列番号25:プライマーIRES3',合成配列
配列番号26:プライマーmPGKP5',合成配列
配列番号27:プライマーmPGKP3',合成配列
配列番号28:プライマーGS5',合成配列
配列番号29:プライマーGS3',合成配列
配列番号30:プライマーpuro5',合成配列
配列番号31:プライマーpuro3',合成配列
配列番号32:プライマーSV40polyA5',合成配列
配列番号33:プライマーSV40polyA3',合成配列
配列番号34:プライマーmIRES-GS5',合成配列
配列番号35:プライマーmIRES-GS3',合成配列
配列番号36:CMVE-EF-1αp-IFNβMAR,合成配列
配列番号37:軽鎖のアミノ酸配列をコードする塩基配列,合成配列
配列番号38:Fab重鎖とヒトIDUAの融合蛋白質のアミノ酸配列
配列番号39:Fab重鎖とヒトIDUAの融合蛋白質のアミノ酸配列をコードする遺伝子を含む塩基配列,合成配列
配列番号40:IRES-HygroR-mPGKpA,合成配列
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
【配列表】
2022176154000001.app