(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022176519
(43)【公開日】2022-11-30
(54)【発明の名称】受圧素子およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 30/00 20060101AFI20221122BHJP
C22F 1/10 20060101ALI20221122BHJP
H01L 29/84 20060101ALI20221122BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20221122BHJP
【FI】
C22C30/00
C22F1/10 H
C22F1/10 Z
H01L29/84 A
C22F1/00 623
C22F1/00 624
C22F1/00 661Z
C22F1/00 683
C22F1/00 685Z
C22F1/00 686A
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 602
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021082999
(22)【出願日】2021-05-17
(71)【出願人】
【識別番号】000002325
【氏名又は名称】セイコーインスツル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100126664
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 慎吾
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 和純
(72)【発明者】
【氏名】菅原 量
(72)【発明者】
【氏名】渋谷 輝仁
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 英友
(72)【発明者】
【氏名】菅原 琢人
【テーマコード(参考)】
4M112
【Fターム(参考)】
4M112AA01
4M112CA01
4M112CA05
4M112CA16
4M112DA01
4M112EA11
4M112FA09
4M112FA20
(57)【要約】
【課題】本発明は、たわみ量とバラツキの少ないダイヤフラムを備えた受圧素子の提供を目的とする。
【解決手段】本発明の受圧素子は、Co、Ni、Cr、Moを少なくとも含むCo-Ni基合金の圧延材であり、冷間加工材である板材からなるダイヤフラムを備え、前記圧延材の圧延面から前記ダイヤフラムの表面または裏面が形成され、前記板材の公称歪み(冷間加工度)が20%以上であり、前記板材の表面または裏面における特定の第1の方向の結晶粒径(X)と該特定の第1の方向に直交する第2の方向に沿う結晶粒径(Y)のアスペクト比(Y/X)が1.0以下であり、たわみ量の標準偏差が1.5μm以下であることを特徴とする。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Co、Ni、Cr、Moを少なくとも含むCo-Ni基合金の圧延材であり、冷間加工材である板材からなるダイヤフラムを備え、前記圧延材である前記板材の圧延面と平行に前記ダイヤフラムの表面と裏面が形成され、
前記板材の公称歪み(冷間加工度)が20%以上であり、前記板材の表面または裏面における特定の第1の方向の結晶粒径(X)と該特定の第1の方向に直交する第2の方向に沿う結晶粒径(Y)のアスペクト比(Y/X)が1.0以下であり、たわみ量の標準偏差が1.5μm以下であることを特徴とする受圧素子。
【請求項2】
Co、Ni、Cr、Moを少なくとも含むCo-Ni基合金の鍛造材であり、冷間加工材である板材からなるダイヤフラムを備え、
前記板材の公称歪み(冷間加工度)が20%以上であり、前記板材の中心から周縁に向かう第3の方向の結晶粒径(X)と前記第3の方向に直交する第4の方向に沿う結晶粒径(Y)のアスペクト比(Y/X)が1.0以下であり、たわみ量の標準偏差が1.5μm以下であることを特徴とする受圧素子。
【請求項3】
前記アスペクト比が0.98以下であり、前記たわみ量の標準偏差が1.39μm以下であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の受圧素子。
【請求項4】
前記Co-Ni基合金が、質量%で、Co:25~45%、Ni:25~40%、Cr:18~26%、Mo:7~13%を含み、残部不可避不純物の組成を有することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の受圧素子。
【請求項5】
前記Co-Ni基合金が、前記組成に加え、Nb:0~2%、Ti:0~1%、Fe:1.1~5%の何れか1種または2種以上を含むことを特徴とする請求項4に記載の受圧素子。
【請求項6】
請求項1に記載の受圧素子を製造するに際し、Co、Ni、Cr、Moを少なくとも含むCo-Ni基合金を溶製し、圧延工程、溶体化工程、冷間圧延工程、切削工程、研磨工程により板材に加工し、前記冷間圧延工程を最終圧延加工度20~90%で圧延し、研磨加工後の板材に300℃~650℃で0.5~5時間の時効処理を施すことを特徴とする受圧素子の製造方法。
【請求項7】
前記アスペクト比を0.98以下とし、前記たわみ量の標準偏差を1.39μm以下とすることを特徴とする請求項6に記載の受圧素子の製造方法。
【請求項8】
前記Co-Ni基合金が、質量%で、Co:25~45%、Ni:25~40%、Cr:18~26%、Mo:7~13%を含み、残部不可避不純物の組成を有することを特徴とする請求項6または請求項7に記載の受圧素子の製造方法。
【請求項9】
前記Co-Ni基合金が、前記組成に加え、Nb:0~2%、Ti:0~1%、Fe:1.1~5%の何れか1種または2種以上を含むことを特徴とする請求項8に記載の受圧素子の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ダイヤフラムを備えた受圧素子およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
圧力計測器とは主に液体や気体の圧力を測定し、測定した圧力信号を出力する測定機器として知られ、検出圧として、ゲージ圧、絶対圧力、差圧等多くの様式がある。いずれの様式の圧力計測器においても、受圧部は圧力を受け止め、その圧力に応じた変位を直接或いは間接的に電気信号等に変換して出力するよう設計されている。
【0003】
例えば、以下の特許文献1には、歪み検出素子として、起歪部としての金属基板と、前記金属基板上に積層された絶縁膜と、この絶縁膜上に550~600℃の温度範囲で積層され、レーザアニール法により結晶化された炭化珪素膜とを備えた歪み検出素子が記載されている。この歪み検出素子では、前記炭化珪素膜のピエゾ抵抗効果により歪みを検出している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
圧力計測器に設けられる受圧素子は、圧力に応じた変形、復元を繰り返し、その歪量を測定値として変換するための計測装置の部品である。そのため大量生産される計測装置の均質性を得るためには、受圧素子の均質性が求められる。従来、受圧素子はコバルト・ニッケル基合金から鍛造により円柱棒状に延伸した素材を用い、この素材から円板状のダイヤフラムを切り出して受圧素子として用いている。ところが、以下に挙げる製造プロセスによる様々なバラツキは避けられず、受圧素子の均質性を損なっている問題がある。
【0006】
「1」受圧変形部の寸法
受圧素子において受圧変形部(ダイヤフラム)の寸法の中で特に厚さのバラツキは影響度が大きいため、厳しい寸法管理が求められる。また、受圧感度を高めるためにダイヤフラムの厚さは薄く設計される傾向にある。現在、受圧素子のダイヤフラムは切削加工によって形成されているが、切削性の悪い材料の場合、寸法管理が難しくなる問題がある。
「2」素子個体内の機械的特性
コバルト・ニッケル合金の円柱棒材から円板状のダイヤフラムを作成した場合、延伸直角方向に対し中心部と外周部において強度差が生じ、ダイヤフラムの強度が個体内で不均一になる場合がある。
【0007】
「3」素子ロット間の機械的特性
前記内外強度差を加工毎に均質制御することが難しく、ロット間バラツキを生じる。
鍛造による延伸加工では断続的に打撃して延伸するが、圧延等の連続的な加工に比べ均一に加工することが難しいため、延伸方向に対する機械強度のバラツキが生じる。ダイス引きや圧延では鍛造のような機械強度の不均一が生じ難い一方、ダイヤフラム中心部の機械強度が低下する傾向があり、個体内の機械強度の不均一が生じる問題がある。
【0008】
本発明は、以上説明のような従来の実情に鑑みなされたものであり、大量生産しても寸法バラツキの小さいダイヤフラムを備えた受圧素子を提供できるとともに、機械的特性のバラツキの小さいダイヤフラムを備えた受圧素子およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
(1)本発明に係る受圧素子は、Co、Ni、Cr、Moを少なくとも含むCo-Ni基合金の圧延材であり、冷間加工材である板材からなるダイヤフラムを備え、前記圧延材である前記板材の圧延面と平行に前記ダイヤフラムの表面と裏面が形成され、前記板材の公称歪み(冷間加工度)が20%以上であり、前記板材の表面または裏面における特定の第1の方向の結晶粒径(X)と該特定の第1の方向に直交する第2の方向に沿う結晶粒径(Y)のアスペクト比(Y/X)が1.0以下であり、たわみ量の標準偏差が1.5μm以下であることを特徴とする。
【0010】
(2)本発明に係る受圧素子は、Co、Ni、Cr、Moを少なくとも含むCo-Ni基合金の鍛造材であり、冷間加工材である板材からなるダイヤフラムを備え、前記板材の公称歪み(冷間加工度)が20%以上であり、前記板材表面の中心から周縁に向かう第3の方向の結晶粒径(X)と前記第3の方向に直交する第4の方向に沿う結晶粒径(Y)のアスペクト比(Y/X)が1.0以下であり、たわみ量の標準偏差が1.5μm以下であることを特徴とする受圧素子。
【0011】
Co、Ni、Cr、Moを少なくとも含むCo-Ni基合金の板材からなるダイヤフラムを備え、板材表面の第1の方向の結晶粒径(X)と第2の方向の結晶粒径(Y)のアスペクト比(Y/X)が1.0以下であれば、たわみ量の標準偏差の少ないダイヤフラムを提供できる。
従って、大量生産してもダイヤフラムの内外強度差など、機械的特性のバラツキが少なく、たわみ量の標準偏差の少ない受圧素子を提供できる。
【0012】
(3)本発明に係る受圧素子は、前記アスペクト比が0.98以下であり、前記たわみ量の標準偏差が1.39μm以下であるダイヤフラムを有することを特徴とする。
【0013】
Co、Ni、Cr、Moを少なくとも含むCo-Ni基合金の板材からなるダイヤフラムを備え、アスペクト比が0.98以下であるダイヤフラムであるならば、たわみ量の標準偏差のより少ないダイヤフラムを備えた受圧素子を提供できる。
【0014】
(4)本発明に係る受圧素子において、前記Co-Ni基合金が質量%で、Co:25~45%、Ni:25~40%、Cr:18~26%、Mo:7~13%を含み、残部不可避不純物の組成を有することが好ましい。
【0015】
Co-Ni基合金が特定量のCoとNiとCrとMoを備えた組成であるならば、高い機械特性(耐力)を有するので、ダイヤフラムを薄型化することが可能となり、使用できる圧力範囲の広い受圧素子を提供できる。
【0016】
(5)本発明に係る受圧素子において、前記Co-Ni基合金が前記組成に加え、Nb:0~2%、Ti:0~1%、Fe:1.1~5%の何れか1種または2種以上を含むことが好ましい。
【0017】
Co-Ni基合金が特定量のCoとNiとCrとMoを含み、更に特定量のNb、Ti、Feを含む組成であるならば、高い機械特性(耐力)を有するので、ダイヤフラムを薄型化することが可能となり、使用できる圧力範囲の広い受圧素子を提供できる。
【0018】
(6)本発明に係る受圧素子の製造方法は、(1)に記載の受圧素子を製造するに際し、Co、Ni、Cr、Moを少なくとも含むCo-Ni基合金を溶製し、圧延工程、溶体化工程、冷間圧延工程、切削工程、研磨工程により板材に加工し、前記冷間圧延工程を最終圧延加工度20~90%で圧延し、研磨工程後の板材に300℃~650℃で0.5~5時間の時効処理を施すことを特徴とする。
【0019】
前記製造方法により、板材表面の第1の方向の結晶粒径(X)と第2の方向の結晶粒径(Y)のアスペクト比(Y/X)が1.0以下であり、たわみ量の標準偏差の少ないダイヤフラムを提供できる。
このため、大量生産してもダイヤフラムの内外強度差など、機械的特性のバラツキが少なく、たわみ量の標準偏差の少ない受圧素子を提供できる。
また、上述の時効処理を経ることで、Co-Ni基合金について、引張り強さを向上させ、優れた伸びを有し、硬度を高めるとともに、疲労限に優れた受圧素子を得ることができる。
【0020】
(7)本発明に係る受圧素子の製造方法において、(6)に記載の前記アスペクト比を0.98以下とし、前記たわみ量の標準偏差を1.39μm以下とすることが好ましい。
(8)本発明に係る受圧素子の製造方法において、前記Co-Ni基合金が、質量%で、Co:25~45%、Ni:25~40%、Cr:18~26%、Mo:7~13%を含み、残部不可避不純物の組成を有することが好ましい。
(9)本発明に係る受圧素子の製造方法において、前記Co-Ni基合金が、前記組成に加え、Nb:0~2%、Ti:0~1%、Fe:1.1~5%の何れか1種または2種以上を含むことが好ましい。
【発明の効果】
【0021】
本発明に係る受圧素子であるならば、Co、Ni、Cr、Moを少なくとも含むCo-Ni基合金の板材からなるダイヤフラムを備え、板材表面の第1の方向の結晶粒径(X)と第2の方向の結晶粒径(Y)のアスペクト比(Y/X)が1.0以下であれば、ダイヤフラムの内外強度差など、機械的特性のバラツキが少なく、たわみ量の標準偏差も少ないダイヤフラムを備えた受圧素子を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図3】同受圧素子を製造する場合に用いる第1の素材を示す斜視図。
【
図4】同受圧素子を製造する場合に用いる第1の素材に対し素子切り出し位置を示す斜視図。
【
図5】
図4に示す素材から切り出した受圧素子の一例を示す斜視図。
【
図6】同受圧素子を製造する場合に用いる第2の素材を示す斜視図。
【
図7】同受圧素子を製造する場合に用いる第2の素材に対し素子切り出し位置を示す斜視図。
【
図8】
図7に示す素材から切り出した受圧素子の一例を示す斜視図。
【
図9】実施例において製造した受圧素子におけるダイヤフラムの硬度測定位置を示す横断面図。
【
図10】
図9に示す測定位置における硬度測定結果を示すグラフ。
【
図11】実施例において得られたダイヤフラムにおける結晶粒のアスペクト比(Y/X)とたわみ量の偏差値(σ:μm)の関係を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下に本発明に係る受圧素子の一実施形態について図面に基づいて説明する。
図1、
図2に示す本実施形態の受圧素子1は、肉厚のリング状の周縁部1Aを有し、その内側底部に均一厚さの薄肉のダイヤフラム1Bが形成されている。
この実施形態の受圧素子1は、図示略のケーシング等に収容されて配管などに取り付けられ、配管の内部を流れる流体の圧力を受けてダイヤフラム1Bが変形し、変形量に応じて流体圧を計測する計測機器などに適用される。検出圧は、ゲージ圧、絶対圧力、差圧などのいずれでも良い。
図1、
図2に示す受圧素子1において、ダイヤフラム1Bの2つの面(表面または裏面)のうち流体の圧力を受ける面、具体的にはダイヤフラム1Bの上面(内面)がダイヤフラム面であり、
図2の矢印方向がダイヤフラム変形方向を意味する。また、ダイヤフラム1Bの形状は平板状の他に球面の一部を切り取った形状など、特に問わない。
【0024】
受圧素子1は、第1の例として、Co、Ni、Cr、Moを少なくとも含むCo-Ni基合金の圧延材であり、冷間加工材である板材からなるダイヤフラム1Bを備える。
前記圧延材の圧延面と平行な面が前記ダイヤフラム1Bの表面または裏面とされる。また、前記板材の公称歪み(冷間加工度)が20%以上である。更に、ダイヤフラム1Bの表面または裏面における特定の第1の方向の結晶粒径(X)と該特定の第1の方向に直交する第2の方向に沿う結晶粒径(Y)のアスペクト比(Y/X)が1.0以下であり、たわみ量の標準偏差が1.5μm以下であることが好ましい。
【0025】
受圧素子1は、第2の例として、Co、Ni、Cr、Moを少なくとも含むCo-Ni基合金の鍛造材であり、冷間加工材である板材からなるダイヤフラム1Bを備える。
また、前記板材の公称歪み(冷間加工度)が20%以上である。更に、ダイヤフラム1Bの表面または裏面において中心から周縁に向かう第3の方向の結晶粒径(X)と前記第3の方向に直交する第4の方向に沿う結晶粒径(Y)のアスペクト比(Y/X)が1.0以下であり、たわみ量の標準偏差が1.5μm以下であることが好ましい。
【0026】
前記アスペクト比は、0.98以下であることがより好ましく、前記たわみ量の標準偏差は1.39μm以下であることがより好ましい。
前記Co-Ni基合金は、質量%で、Co:25~45%、Ni:25~40%、Cr:18~26%、Mo:7~13%を含み、残部不可避不純物の組成を有することが好ましい。
更に、前記Co-Ni基合金は、前記組成に加え、Nb:0~2%、Ti:0~1%、Fe:1.1~5%の何れか1種または2種以上を含んでいてもよい。
【0027】
本発明に係る受圧素子1は、合金組成にCr、Moを多量に含むために、特別な表面処理を施さなくとも受圧素子1の製造工程を経るだけで表面にクロムを主体とする強固な不動態皮膜を形成し、耐食性、非触媒作用性に優れた素子となる。
また、パーティクルやアウトガスの発生を抑えるために、C、Si、S、P、N、O などの不可避微量元素は極力少ない方が好ましい。
【0028】
次に、前記Co-Ni基合金の組成限定理由を述べる。
Coはマトリクスを強化し、Niはマトリクスを軟化させて塑性加工性を高める。Coは元々HCP構造であるが、Niを加えると合金構造はFCC構造になる。Co:25% 以上、Ni:25% 以上、Co/Ni比が約2以下の範囲において合金構造は安定したFCC構造になり、塑性加工による相変態を生じない。
前記Co-Ni基合金は、高い合金強度と良好な塑性加工性を得ることができる。但し、高価なCoが多すぎると経済的に不利であり、Niには触媒作用性を高める逆効果があることから、Co:25~45% 、Ni:25~40% が適正範囲である。さらに好ましい範囲はCo:28~38% 、Ni:28~35% である。
【0029】
Crは耐食性、非触媒作用性を高める最も重要な元素である。優れた耐食性、非触媒作用性を得るにはCr:18%以上必要であるが、Cr含有量が26%を超えるとσ相を析出して脆くなる危険性があることから、Cr:18~26% が適正範囲である。さらに好ましい範囲はCr:19~24 % である。
MoはCrとの共存において耐食性を高める効果、及びFCC相を固溶強化して材料強度、耐熱性を高める効果があり、十分な効果を得るには7%以上必要であるが、12%を超えるとσ相を析出して脆くなる危険性があることから、Mo7~12%が適正範囲である。さらに好ましい範囲はMo:8~11% である。
【0030】
Feは塑性加工性の向上と経済性に寄与するが、多すぎると耐酸化性が低下することから、Fe:1.1~5% が適正範囲である。さらに好ましい範囲はFe:1.2~3%である。この組成にNb、Tiを一種以上加えてもよい。
Nbは材料強度、耐熱性の向上に寄与するが、多すぎるとδ相を析出して塑性加工性が低下することから、Nb:0~2%が適正範囲である。さらに、好ましい範囲はNb:0 .3~1.5% である。
Tiは結晶粒の微細化、材料強度、耐熱性の向上に寄与するが、多すぎるとη相を析出して塑性加工性が低下することから、Ti:0~1%が適正範囲である。
【0031】
受圧素子1を製造する方法として、以下に説明する2種類の製造方法を選択できる。
「第1の製造方法」
第1の製造方法は、前述の組成のCo-Ni基合金を真空溶解にて溶製してインゴットに鋳造し、圧延工程、溶体化工程、冷間圧延工程、切削工程、研磨工程を経て
図1に示す円盤状の受圧素子1の形状に加工する。
【0032】
例えば、前記組成のCo-Ni基合金を真空溶解により溶製し、熱間圧延、溶体化処理、常温で最終圧延加工度20~90%(20%以上)で圧延加工することにより
図3に示す薄板材3を得ることができる。
この薄板材3の中央部を
図4の鎖線に示すように円盤状にプレス加工などで打ち抜き、この円盤の周縁部を残して中央部を切削加工などにより薄く加工することで、周縁部5Aとダイヤフラム5Bを有する形状とした後、上述の時効処理を施すことで受圧素子5を得ることができる。
上述の組成のCo-Ni基合金であるならば、切削性も充分に高いので、均一な厚さのダイヤフラム5Bを製造できる。
【0033】
「第2の製造方法」
第2の製造方法は、前述のCo-Ni基合金を真空溶解にて溶製してインゴットに鋳造し、鍛造工程、溶体化工程、スウェージング工程、センタレス研磨工程を経て
図6に示す円柱棒材6に加工する。この円柱棒材6から
図7に鎖線で示す切断線に沿って円盤状に切り出し、切り出した円盤に機械加工を施してダイヤフラムを形成する。これにより、
図1に示す周縁部7Aとダイヤフラム7Bを有する受圧素子7を得ることができる。スウェージング加工は、加工度20~90%(20%以上)で円柱棒材の外周方向から加工する。
【0034】
これらの受圧素子5、7においてダイヤフラム5B、7Bの上面側が接ガス面(ダイヤフラム面)となるので、ポリッシング等により鏡面加工することが望ましい。例えば、面粗度Ra0.03μm以下に加工することが好ましい。次いで、この鏡面加工後の受圧素子5、7に300℃~650℃、例えば、520℃で0.5時間~5時間、例えば、2時間程度の時効処理を施す。
前述の組成のCo-Ni基合金は冷間加工を施すとFCC構造のまま変形双晶を形成するため加工硬化して強度が増大する。研磨工程後に上述の温度範囲で時効処理を施すことにより、時効硬化してさらに強度が増大する。柔軟性を必要とする場合には800℃~1100℃の温度で焼鈍すれば良い。
上述の時効処理を経ることで、前記組成のCo-Ni基合金について、引張り強さを向上させ、優れた伸びを有し、硬度を高めるとともに、疲労限に優れた受圧素子5、7を得ることができる。
【0035】
「結晶方位」
圧延による板材を切削して作成したダイヤフラム5Bは、結晶方位解析を行うと、ダイヤフラム5Bの面方向から見て結晶粒の<101>方向が優勢な結晶粒が、<111>方向と<001>方向が優勢な結晶粒よりも多い分布となる。従って、ダイヤフラム5Bの結晶方位は、ダイヤフラムの面方向から見て[101]面優勢な結晶組織となる。
また、ダイヤフラム5Bの断面方向から見て結晶粒の<111>方向が優勢な結晶粒が、<001>方向と<101>方向が優勢な結晶粒よりも多い分布となる。なお、ダイヤフラムの断面方向から見てとは、
図2に示すダイヤフラム1Bの断面をとった場合に観測できる結晶組織を意味する。
【0036】
鍛造による円柱棒材6から作製したダイヤフラム7Bは、結晶方位解析を行うと、ダイヤフラム7Bの面方向から見て結晶粒の<111>方向が優勢な結晶粒が、<001>方向と<101>方向が優勢な結晶粒よりも多い分布となる。従って、ダイヤフラム7Bの結晶方位は、ダイヤフラムの面方向から見て[111]面優勢な結晶組織となる。
また、ダイヤフラム7Bの断面方向から見て結晶粒の<101>方向が優勢な結晶粒が、<001>方向と<101>方向が優勢な結晶粒よりも多い分布となる。
【0037】
以上の結晶方位の分布は、例えば、FE-SEM(電界放出型走査電子顕微鏡)/EBSD(電子線後方散乱回折)を用いた結晶方位解析により求めることができる。
【0038】
ダイヤフラム5B、7Bの上述の結晶方位解析の結果と、後述する平均たわみ量の測定結果、たわみ量の標準偏差などから、受圧素子5、7では、上述の結晶方位を有するとともに、ダイヤフラム面における以下の結晶方位アスペクト比が特定の範囲のものが特に優れている。
「アスペクト比の算出」
ダイヤフラム5Bにおいて、ダイヤフラム面を上述のFE-SEM/EBSDで観察すると、結晶組織を観測できるので、結晶組織の観察画像に対し任意の長さ(例えば、長さ500μmあるいは長さ100μm)の直線をX方向(任意の第1の方向)とY方向(第2の方向)に描く。そして、観察画像上において前述の直線が捕捉する結晶粒をX個またはY個などのように個数計測する。前記直線の長さを結晶粒の数で割り、各方向での平均の結晶粒径を算出する。
ダイヤフラム7Bにおいて、ダイヤフラム面を上述のFE-SEM/EBSDで観察すると、結晶組織を観測できるので、結晶組織の観察画像に対し任意の長さ(例えば、長さ500μmあるいは長さ100μm)の直線をX方向(ダイヤフラム5Bの径方向:第3の方向)とY方向(ダイヤフラム5Bの円周方向:第4の方向)に描く。そして、観察画像上において前述の直線が捕捉する結晶粒をX個またはY個などのように個数計測する。前記直線の長さを結晶粒の数で割り、各方向での平均の結晶粒径を算出する。
【0039】
上述の受圧素子5、7のダイヤフラム5B、7Bでは以下のように定義することができる。
ダイヤフラム5B:X方向(圧延方向:第1の方向)、Y方向(圧延直角方向:第2の方向)
ダイヤフラム7B:X方向(円柱棒材中心方向:円柱棒材径方向:第3の方向)、Y方向(円柱棒材円弧方向:第4の方向)
アスペクト比を各方向の結晶粒径の比:Y/Xにて算出することができる。
以上の結晶粒径の計数は、JIS G 0551:2013 切断法による評価を参考としている。
【0040】
「たわみの算出」
受圧素子5、7の受圧面(ダイヤフラム面)に対し、一定の圧力をかけた時のダイヤフラム面のたわみ量(μm)を算出する。前記一定の圧力はダイヤフラム面の内面側から外面側向きに(
図5、
図8において下向きに)印加した。
各たわみ量から、平均たわみ量を算出し、たわみ量の標準偏差(σ)を計算することができる。
【0041】
第1の方向(X)とこの方向に直交する第2の方向(Y)に沿う各結晶粒径のアスペクト比(Y/X)が1.0以下であると、たわみ量の標準偏差を1.5μm以下にできる優れたダイヤフラムを提供できる。また、アスペクト比(Y/X)が0.98以下であると、たわみ量の標準偏差を1.39μm以下にできるより優れたダイヤフラムを提供できる。これらの結果は、後述する実施例において計測した結果によっている。
【0042】
本実施形態のダイヤフラム5Bにおいては、板材表面の第1の方向の結晶粒径(X)と第2の方向の結晶粒径(Y)のアスペクト比(Y/X)が1.0以下であれば、平均たわみ量の小さい、たわみ偏差の少ないダイヤフラム5Bを提供できる。
本実施形態のダイヤフラム7Bにおいては、板材表面の第3の方向の結晶粒径(X)と第4の方向の結晶粒径(Y)のアスペクト比(Y/X)が1.0以下であれば、平均たわみ量の小さい、たわみ偏差の少ないダイヤフラム7Bを提供できる。
従って、大量生産してもダイヤフラム5B、7Bの内外強度差など、機械的特性のバラツキが少なく、たわみ偏差の少ない受圧素子5、7を提供できる。
【実施例0043】
以下の表1に示す組成を有する試験例1のCo-Ni基合金の溶製材から、熱間圧延と冷間圧延(加工率は表2参照)により平面視長方形状の板材(縦130mm、横870mm、厚さは表2に記載)を作成した。
この板材から直径13mmの円盤を切り出し、中央部上面を切削加工して周縁部の外径12.5mmmmとし、その内側に厚さ0.2mm、内径9.5mmのダイヤフラムを形成した。
以下の表1に示す組成を有する試験例2~4のCo-Ni基合金の溶製材から円柱棒材(直径22mm)を作成し、表2に示す加工率でスウェージング加工により直径14.3mmの円柱棒材を作成した。この円柱棒材は、さらにセンタレス研磨工程を施し直径14.0mmの円柱棒材とした。
この円柱棒材から切削加工して周縁部の外径12.5mmとし、その内側底部に厚さ0.2mm、内径9.5mmのダイヤフラムを形成した。
【0044】
【0045】
得られた各受圧素材について、以下に示す結晶粒径、アスペクト比、及びたわみ量を測定した。その結果を表2に示す。
ここで、たわみ量の測定は、受圧素子5、7の受圧面(ダイヤフラム面)に700kPaの圧力をかけた時のダイヤフラムの受圧面の変位量(μm)を算出することにより行った。試験例1の結果は10個のサンプルを作製し、それらの平均値(ave)及び標準偏差(σ)を示し、試験例2~4の結果は13個のサンプルを作製し、それらの平均値(ave)及び標準偏差(σ)を示すものである。
【0046】
【0047】
表2に示すアスペクト比(Y/X)を求める基となった試験例1~4における結晶数の測定結果を表3に示し、試験例1~4における結晶粒径(μm)の測定結果を表4に示す。
結晶数及び結晶粒径については、試験例1~4それぞれ5個のサンプルずつを評価したものである。
【0048】
【0049】
【0050】
表2に示すたわみ量の平均値(ave)と、たわみ量の標準偏差(σ)の結果から、試験例1の結果が最も優れていた。
次に、試験例1のダイヤフラムと、試験例1のCo-Ni基合金の溶製材について試験例2~4と同様の方法により作製した2つのダイヤフラム(試験例5、6)について、
図9に示すように中心から直径方向両側に均等距離離間する6ヶ所の位置毎(合計13箇所)の硬度(Hv)を測定した。その結果を
図10に示す。
図10に示すように、試験例1はダイヤフラムの中心から周縁部にかけて、硬度差が最も少ないことが明らかである。つまり、上述の第1の製造方法により作製したダイヤフラムは、たわみ量及びたわみ偏差に加えて、ダイヤフラム内の硬度差が少ない良好な結果を得ることができた。なお、試験例5、6が示す硬度分布であっても、従来の一般的なダイヤフラムに比較し、硬度差のバラツキは少ないと言える。しかし、試験例1のダイヤフラムは試験例5、6に比べて極めて硬度差の少ない均一なダイヤフラムであると説明できる。
【0051】
「結晶方位解析結果」
各試験例の受圧素子の各ダイヤフラムについて、FE-SEM/EBSD(日立テクノロジーズ株式会社製 SU5000+EDAX Pegasus EDS/EDS/EBSP)を用いた結晶方位解析を実施した。
その結果、圧延による板材からなる試験例1のダイヤフラムは、結晶方位解析を行うと、ダイヤフラムの面方向から見てtotal fraction 値が<101>方向で0.423、<111>方向で0.056、<001>方向で0.026となった。従って、ダイヤフラムの結晶方位は、ダイヤフラムの面方向から見て[101]面優勢な結晶方位であった。
また、ダイヤフラムの断面方向から見てtotal fraction 値が<111>方向で0.275、<001>方向で0.087、<101>方向で0.117であった。
【0052】
また、鍛造による板材からなる試験例5のダイヤフラムは、結晶方位解析を行うと、ダイヤフラムの面方向から見てtotal fraction 値が<111>方向で0.624、<001>方向で0.206、<101>方向で0.020となった。
従って、ダイヤフラムの結晶方位は、ダイヤフラムの断面方向から見て[101]面優勢な結晶方位となった。
また、ダイヤフラムの断面方向から見てtotal fraction 値が<101>方向で0.3265、<111>方向で0.112、<001>方向で0.061であった。
【0053】
以上の結果から、圧延材からなるダイヤフラムであれば、結晶粒がダイヤフラム面方向に伸長し、鍛造材からなるダイヤフラムであれば、結晶粒がダイヤフラムの厚さ方向に扁平であることが判った。
【0054】
図11は、表2に示す試験例1~4のアスペクト比(Y/X)とたわみ量の偏差値(σ:μm)の関係に関し、横軸にアスペクト比を、縦軸にたわみ量の偏差値を採用したグラフに表示した図である。
図11に示す関係から、アスペクト比を1.0以下にすると、たわみ量の偏差値を低くすることができ、アスペクト比を0.98以下にすると、たわみ量の偏差値をより低くできることが分かった。