IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 国立大学法人秋田大学の特許一覧

特開2022-176722ルテニウム回収剤、および、ルテニウムの回収方法
<>
  • 特開-ルテニウム回収剤、および、ルテニウムの回収方法 図1
  • 特開-ルテニウム回収剤、および、ルテニウムの回収方法 図2
  • 特開-ルテニウム回収剤、および、ルテニウムの回収方法 図3
  • 特開-ルテニウム回収剤、および、ルテニウムの回収方法 図4
  • 特開-ルテニウム回収剤、および、ルテニウムの回収方法 図5
  • 特開-ルテニウム回収剤、および、ルテニウムの回収方法 図6
  • 特開-ルテニウム回収剤、および、ルテニウムの回収方法 図7
  • 特開-ルテニウム回収剤、および、ルテニウムの回収方法 図8
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022176722
(43)【公開日】2022-11-30
(54)【発明の名称】ルテニウム回収剤、および、ルテニウムの回収方法
(51)【国際特許分類】
   C22B 3/24 20060101AFI20221122BHJP
   C22B 11/00 20060101ALI20221122BHJP
   C22B 3/26 20060101ALI20221122BHJP
【FI】
C22B3/24 101
C22B11/00 101
C22B3/26
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021083285
(22)【出願日】2021-05-17
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度独立行政法人環境再生保全機構 環境研究総合推進費「特異的イオン対形成を利用した白金族金属リサイクル技術の開発」による委託研究業務 産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504409543
【氏名又は名称】国立大学法人秋田大学
(74)【代理人】
【識別番号】100129838
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 典輝
(72)【発明者】
【氏名】松本 和也
(72)【発明者】
【氏名】寺境 光俊
(72)【発明者】
【氏名】畠 勇気
(72)【発明者】
【氏名】瀬崎 勇斗
【テーマコード(参考)】
4K001
【Fターム(参考)】
4K001AA41
4K001BA19
4K001DB36
(57)【要約】      (修正有)
【課題】湿式法を用いて、他の白金族金属に優先して効率的にルテニウムを回収することができる、ルテニウムの回収剤および回収方法を提供する。
【解決手段】所定の芳香族第一級アミン化合物、または、所定の脂肪族第一級アミン化合物から選ばれる少なくとも一つのアミン化合物を含有し、ルテニウムを回収後に、1mol/L以上のいずれかの濃度にある塩酸に対して不溶の固体である、ルテニウム回収剤。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(1)の芳香族第一級アミン化合物、または、式(2)の脂肪族第一級アミン化合物から選ばれる少なくとも一つのアミン化合物を含有し、ルテニウムを回収後に、1mol/L以上のいずれかの濃度にある塩酸に対して不溶の固体である、ルテニウム回収剤。
【化1】
(式(1)中のXは、水素、R、O-R、O-Phであり、Rは炭素数1~8のアルキル基であり、Rは炭素数1~6のアルキル基である。)
【化2】
(式(2)中のYは、炭素数6~18のアルキル基である。)
【請求項2】
前記アミン化合物として、前記式(1)の芳香族第一級アミン化合物を含有し、Xが炭素数1~8のアルキル基である、請求項1に記載のルテニウム回収剤。
【請求項3】
請求項1または2のルテニウム回収剤を用いて、ルテニウムを含む混合物から、ルテニウムを回収する方法であって、前記ルテニウム回収剤と前記混合物とを濃度1.0mol/L以上の塩酸に含ませ、前記ルテニウム回収剤に前記ルテニウムを吸着させる、ルテニウムの回収方法。
【請求項4】
前記混合物が、白金およびパラジウムから選ばれる少なくとも1つと、ルテニウムとを含む、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記ルテニウム回収剤に含まれるアミノ基と前記混合物に含まれる前記ルテニウムとのモル比(NH/ルテニウム)を10以上とする、請求項3または4に記載の方法。
【請求項6】
前記塩酸の濃度を、5.0mol/L以上とする、請求項3~5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
芳香族第一級アミン化合物、または、脂肪族第一級アミン化合物から選ばれる少なくとも一つのアミン化合物を含有するルテニウム回収剤を用いて、ルテニウムを含む混合物からルテニウムを回収する方法であって、前記ルテニウム回収剤、前記混合物および有機溶媒を塩酸に添加して、アミン化合物とルテニウム塩化物との複合体を有機溶媒に回収する、ルテニウムの回収方法。
【請求項8】
前記有機溶媒が、クロロホルム、ジクロロメタン、トルエン、キシレンの何れか一種または二種以上の混合物である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記混合物が、白金およびパラジウムから選ばれる少なくとも1つと、ルテニウムとを含む、請求項7または8に記載の方法。
【請求項10】
前記芳香族第一級アミン化合物が、下記式(4)で示される化合物である、請求項7~9のいずれか1項に記載の方法。
【化3】
(式(4)中のXは、炭素数4以上12以下のアルキル基、または、炭素数4以上8以下のアルコキシ基である。)
【請求項11】
前記脂肪族第一級アミン化合物が、下記式(5)で示される化合物である、請求項7~10のいずれか1項に記載の方法。
【化4】
(式(5)中のYは、炭素数8以上12以下のアルキル基である。)
【請求項12】
が、炭素数4以上12以下のアルキル基である、請求項7~11のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ルテニウム回収剤、および、ルテニウムの回収方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ルテニウムは白金族金属の一つであり、白金やパラジウムとの合金が電気接点に用いられるほか、有機化学分野における触媒として多用されている。さらにルテニウムは、電気電子工業製品として使用されハードディスクドライブの記録層の下地として使用されている。
【0003】
ルテニウムは、塩酸溶液中でRu(III)またはRu(IV)の状態で存在し、それぞれ [RuCl3-または[RuOCl104-などの構造の錯体を形成する。しかし、Ru(III)は一般に用いられる溶媒抽出法では抽出不活性のため回収が困難であることが知られており、また、Ru(IV)の2核錯体である[RuOCl104-については回収の報告例がない。
【0004】
ルテニウムは従来、RuOとして酸化蒸留法を用いて回収されている(非特許文献1)。しかし、RuOは毒性及び反応性が高く化学的に不安定であるため、爆発する事故が報告されている。そのため近年では、溶媒抽出法などの湿式法を用いて回収されるのが望ましいとされているが、ルテニウムの湿式法を用いたリサイクルの報告例は未だ少ない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献1】H. Nagai, E. Shibata and T. Nakamura: J. MMIJ, 2013, 129, 694-700.
【非特許文献2】A. V. Bashilov et al.: J. Anal. Chem., 2003, 58, 845-851.
【非特許文献3】T. SUZUKI et al.: Metals, 2018, 8, 558.
【非特許文献4】K. Matsumoto et al.: ACS Omega, 2019, 4, 1868-1873.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ルテニウムは、従来の酸化蒸留法ではなく湿式法を用いて、他の白金族金属に優先して選択的に回収することが困難であり、効率的な回収方法が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題について鋭意検討した結果、所定のアミン化合物を用いることにより、白金やパラジウムを含む塩酸溶液から、Ruを優先的かつ選択的に回収することができることを見出し、以下を完成させるに至った。
【0008】
[1] 式(1)の芳香族第一級アミン化合物、または、式(2)の脂肪族第一級アミン化合物から選ばれる少なくとも一つのアミン化合物を含有し、ルテニウムを回収後に、1mol/L以上のいずれかの濃度にある塩酸に対して不溶の固体である、ルテニウム回収剤。
【0009】
【化1】
(式(1)中のXは、水素、R、O-R、O-Phであり、Rは炭素数1~8のアルキル基であり、Rは炭素数1~6のアルキル基である。)
【0010】
【化2】
(式(2)中のYは、炭素数6~18のアルキル基である。)
【0011】
[2] 前記アミン化合物として、前記式(1)の芳香族第一級アミン化合物を含有し、Xが炭素数1~8のアルキル基である、[1]に記載のルテニウム回収剤。
【0012】
[3] [1]または[2]のルテニウム回収剤を用いて、ルテニウムを含む混合物から、ルテニウムを回収する方法であって、前記ルテニウム回収剤と前記混合物とを濃度1.0mol/L以上の塩酸に含ませ、前記ルテニウム回収剤に前記ルテニウムを吸着させる、ルテニウムの回収方法。
【0013】
[4] 前記混合物が、白金およびパラジウムから選ばれる少なくとも1つと、ルテニウムとを含む、[3]に記載の方法。
【0014】
[5] 前記ルテニウム回収剤に含まれるアミノ基と前記混合物に含まれる前記ルテニウムとのモル比(NH/ルテニウム)を10以上とする、[3]または[4]に記載の方法。
【0015】
[6] 前記塩酸の濃度を、5.0mol/L以上とする、[3]~[5]のいずれか1項に記載の方法。
【0016】
[7] 芳香族第一級アミン化合物、または、脂肪族第一級アミン化合物から選ばれる少なくとも一つのアミン化合物を含有するルテニウム回収剤を用いて、ルテニウムを含む混合物からルテニウムを回収する方法であって、前記ルテニウム回収剤、前記混合物および有機溶媒を塩酸に添加して、アミン化合物とルテニウム塩化物との複合体を有機溶媒に回収する、ルテニウムの回収方法。
【0017】
[8] 前記有機溶媒が、クロロホルム、ジクロロメタン、トルエン、キシレンの何れか一種または二種以上の混合物である、[7]に記載の方法。
【0018】
[9] 前記混合物が、白金およびパラジウムから選ばれる少なくとも1つと、ルテニウムとを含む、[7]または[8]に記載の方法。
【0019】
[10] 前記芳香族第一級アミン化合物が、下記式(4)で示される化合物である、[7]~[9]のいずれか1項に記載の方法。
【0020】
【化3】
(式(4)中のXは、炭素数4以上12以下のアルキル基、または、炭素数4以上8以下のアルコキシ基である。)
【0021】
[11] 前記脂肪族第一級アミン化合物が、下記式(5)で示される化合物である、[7]~[10]のいずれか1項に記載の方法。
【0022】
【化4】
(式(5)中のYは、炭素数8以上12以下のアルキル基である。)
【0023】
[12] Xが、炭素数4以上12以下のアルキル基である、[7]~[11]のいずれか1項に記載の方法。
【発明の効果】
【0024】
本開示のルテニウム回収剤、および、ルテニウムの回収方法によれば、他の白金族金属を含む混合物から、ルテニウムを優先的かつ選択的に回収することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1図1は、実施例(沈殿回収)の実験手順を示す概念図である。
図2図2は、4-ヘキシルアニリンとルテニウムとのモル比(NH/ルテニウム)を30とし、振とう時間を30分とし、塩酸濃度を1mol/Lから10mol/Lの範囲で変化させた場合におけるルテニウム、パラジウム及び白金の回収率を示す図である。
図3図3は、塩酸濃度を8mol/Lとし、振とう時間を30分とし、4-ヘキシルアニリンのモル比(NH/ルテニウム)を4~100の範囲で変化させた場合における白金、パラジウム、および、ルテニウムの回収率を示す図である。
図4図4は、4-ヘキシルアニリンとルテニウムとのモル比(NH/ルテニウム)を30とし、塩酸濃度を8mol/Lとし、振とう時間を1分~1時間の範囲で変化させた場合におけるルテニウム、パラジウム及び白金の回収率を示す図である。
図5図5は、RuClを10mol/L塩酸に溶解させた溶液と、その溶液に亜ジチオン酸ナトリウムを添加した溶液の紫外可視吸収スペクトルである。
図6図6は、4-ヘキシルアニリンを用いて作製した沈殿のX線光電子分光スペクトルである。
図7図7は、振とう時間を30分とし、4-ヘキシルアニリンのモル比(NH/ルテニウム)を4~100の範囲で変化させた場合におけるルテニウム抽出率を示す図である。
図8図8は、4-ヘキシルアニリンのモル比(NH/ルテニウム)を30とし、振とう時間を1分~1時間の範囲で変化させた場合におけるルテニウム抽出率を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
<ルテニウム回収剤>
本開示のルテニウム回収剤は、式(1)の芳香族第一級アミン化合物、または、式(2)の脂肪族第一級アミン化合物から選ばれる少なくとも一つのアミン化合物を含有し、ルテニウムを回収後に、1mol/L以上のいずれかの濃度にある塩酸に対して不溶の固体となる。
【0027】
ここで、「ルテニウム回収剤」とは、ルテニウムを回収可能な回収剤であることを意味する。
また、「ルテニウムを回収後に、1mol/L以上のいずれかの濃度にある塩酸に対して不溶」とは、ルテニウムを回収後の回収剤が、1mol/L以上の濃度範囲のうちの少なくとも一部において不溶であればよいという意味である。
また、「ルテニウムを回収後」とは、回収剤にルテニウムが吸着・結合した状態を意味する。すなわち、本開示の回収剤は、ルテニウムを吸着・結合した状態において、1mol/L以上のある濃度の塩酸に不要な固体状である。
【0028】
本開示のルテニウム回収剤は、アミン化合物として、芳香族第一級アミン化合物、または、脂肪族第一級アミン化合物を含有する。以下、順に説明する。
【0029】
(芳香族第一級アミン化合物)
芳香族第一級アミン化合物は、式(1)で表される。
【0030】
【化5】
(式(1)中のXは、水素、R、O-R、O-Phであり、Rは炭素数1~8のアルキル基であり、Rは炭素数1~6のアルキル基である。)
【0031】
、Rのアルキル基は、直鎖であっても分岐鎖であってもよいが、直鎖であることが好ましい。Rは、炭素数4~8のアルキル基であることが好ましく、Rは、炭素数6のアルキル基であることが好ましい。
【0032】
(脂肪族第一級アミン化合物)
脂肪族第一級アミン化合物は、式(2)で表される。
【0033】
【化6】
(式(2)中のYは、炭素数6~18のアルキル基である。)
【0034】
のアルキル基は、直鎖であっても分岐鎖であってもよいが、直鎖であることが好ましい。また、Yとしては、炭素数6~18のアルキル基であることが好ましく、ルテニウムの回収率の点から、アルキル基の炭素数の上限は、18以下であることが好ましく、16以下であることがさらに好ましい。
【0035】
ルテニウムの選択性の点から、アミン化合物として、Xが炭素数4~8のアルキル基を有する4-アルキルアニリンを用いることが好ましい。
【0036】
本開示のルテニウム回収剤は、ルテニウム回収後に、1mol/L以上のいずれかの濃度にある塩酸に対して不溶の固体である必要がある。これにより、ルテニウム回収後のルテニウム回収剤を沈殿回収法により回収することができる。
【0037】
なお、ルテニウム回収前の回収剤は固体、液体のどちらの状態のものであっても良い。例えば、アミン化合物としてアニリンを使用する場合は、回収剤は、使用前は液体であるが、ルテニウム回収後に固体として析出するため本開示のルテニウム回収剤に含まれる。
【0038】
<ルテニウムの回収方法(沈殿回収)>
本開示のルテニウムの回収方法(沈殿回収)は、上記したルテニウム回収剤を用いて、ルテニウムを含む混合物から、ルテニウムを回収する方法であって、該ルテニウム回収剤と該混合物とを濃度1.0mol/L以上の塩酸に含ませ、該ルテニウム回収剤に該ルテニウムを吸着させる方法である。
【0039】
ここで、「ルテニウムを含む混合物」とは、少なくとも、ルテニウムを含んでおり、さらにその他の金属や貴金属が含まれていてもよい意味である。本発明者らの知見によれば、混合物中にルテニウム以外の貴金属として、パラジウム及び白金から選ばれる少なくとも一つが含まれていたとしても、本開示のルテニウム回収剤によってルテニウムを優先的に回収できる。例えば、銅製錬の電解精製工程で得られる電解スライムの浸出液に適応することができる。
【0040】
また、「ルテニウムの回収方法」とは、混合物がルテニウムを含有する場合に、他の金属・貴金属と共にルテニウムを回収する、あるいは、他の金属・貴金属に優先して、選択的にルテニウムを回収することを意味し、好ましくは、他の金属・貴金属に優先して、選択的にルテニウムを回収することを意味する。
【0041】
本開示の回収方法(沈殿回収)において、「該ルテニウム回収剤と該混合物とを濃度1.0mol/L以上の塩酸に含ませ」とは、例えば、ルテニウムを含む廃棄物を塩酸に溶解させた溶液に、固体状のルテニウム回収剤を浸漬することにより行うことができる。
【0042】
塩酸の濃度は、ルテニウムの選択性を発揮させる観点から、下限は、1.0mol/L以上が好ましく、5.0mol/L以上がより好ましく、6.0mol/L以上がさらに好ましく、8.0mol/L以上が特に好ましい。また、上限は、12mol/L以下が好ましく、10mol/L以下がより好ましい。
【0043】
本発明者らは、上記した回収剤とRu(IV)を含む塩酸溶液においては、以下の複合体が形成されていると推定している。
【0044】
【化7】
(式(3)中のZは、アミン化合物の残基を表す。)
【0045】
Ru(IV)は、塩酸中において、2核錯体([RuOCl104-)を形成する。これまで、Ru(III)が安定な酸化数として考えられていたが、空気中の塩酸溶液では容易に酸化し、主にRu(IV)として存在することを、本発明者らは、後に示す分析により見出した。また、当業者の常識としては、4価のアニオンであるRu(IV)の2核錯体に対して4つのアンモニウムカチオンが結合したイオン対が形成されると考えられていたが、本発明者らは、上記式(3)の複合体が形成されていることを、後に示す分析により見出した。
式(3)の複合体においては、2核錯体のアニオンに対して、8つのアンモニウムカチオンと、4つの塩化物アニオンが複合体化している。
式(3)において、Zは、上記したアミン化合物の残基を表している。よって、アミン化合物が芳香族第一級アミン化合物の場合は、Zは、「X-Ph-」を表し、アミン化合物が脂肪族第一級アミン化合物の場合は、Zは「Y-」を表す。
【0046】
(回収剤に対する、ルテニウムのモル比)
本開示の回収方法(沈殿回収)において、ルテニウム回収剤に含まれるアミノ基と混合物に含まれるルテニウムとのモル比(NH/ルテニウム)は、ルテニウム回収率の観点から、10以上とすることが好ましく、15以上がより好ましく、20以上がさらに好ましく、25以上が特に好ましい。
【0047】
(その他の条件)
上述の通り、本開示のルテニウム回収剤は、ルテニウム回収後に上記の所定濃度の塩酸に対して不溶であることが前提である。この前提を維持できる限り、ルテニウム回収時の温度や圧力や雰囲気については特に限定されるものではない。常温・常圧・大気雰囲気でも効率的にルテニウムを回収できる。
【0048】
本発明者らの知見では、回収剤及び混合物の塩酸への浸漬時間については、特に限定されるものではなく、短時間の浸漬で回収剤にルテニウムを吸着・結合させることができる。ただし、浸漬の際は、振とうや攪拌を行うことが好ましい。本開示の方法では、例えば、1分という短時間の振とうによりルテニウムの選択的回収を行うことができる。
【0049】
<ルテニウムの回収方法(溶媒抽出)>
本開示のルテニウムの回収方法(溶媒抽出)は、芳香族第一級アミン化合物、または、脂肪族第一級アミン化合物から選ばれる少なくとも一つのアミン化合物を含有するルテニウム回収剤を用いて、ルテニウムを含む混合物からルテニウムを回収する方法であって、前記ルテニウム回収剤、前記混合物および有機溶媒を塩酸に添加して、アミン化合物とルテニウム塩化物との複合体を形成させて、該複合体を有機溶媒に回収する方法である。
【0050】
ここで、「ルテニウムを含む混合物」とは、上記回収方法(沈殿回収)と同じ意味である。
また、「ルテニウムの回収方法」についても、上記回収方法(沈殿回収)と同じ意味である。
【0051】
本開示のルテニウムの回収方法(溶媒抽出)では、芳香族第一級アミン化合物、または、脂肪族第一級アミン化合物から選ばれる少なくとも一つのアミン化合物を含有するルテニウム回収剤を用いる。以下、順に説明する。
【0052】
(芳香族第一級アミン化合物)
芳香族第一級アミン化合物は、下記式(4)で表される。
【0053】
【化8】
(式(4)中のXは、炭素数4以上12以下のアルキル基、または、炭素数4以上8以下のアルコキシ基である。)
【0054】
(脂肪族第一級アミン化合物)
前記脂肪族第一級アミン化合物は、下記式(5)で表される。
【0055】
【化9】
(式(5)中のYは、炭素数8以上12以下のアルキル基である。)
【0056】
ルテニウム回収率の観点から、アミン化合物としては、Xが炭素数4~12のアルキル基を有する4-アルキルアニリンを用いることが好ましく、炭素数が4~6のアルキル基を有する4-アルキルアニリンを用いることがさらに好ましい。
【0057】
本開示の回収方法(溶媒抽出)は、工程毎に記載すれば、例えば、添加工程、混合工程、ルテニウム回収工程に分けることができるので、以下、その順に説明する。
【0058】
(添加工程)
添加工程においては、ルテニウム回収剤、ルテニウムを含む混合物、および、有機溶媒を塩酸に添加する。
なお、本開示の回収方法(溶媒抽出)は、所定のルテニウム回収剤と有機溶媒とを用いて、ルテニウムを含む塩酸溶液からルテニウムを回収する点に特徴があり、該特徴に影響しないそれ以外の部分を適宜変更した形態も権利範囲に含む。例えば、ルテニウムを含む混合物を塩酸に添加しないで、当初から、ルテニウムが溶解した塩酸溶液に対して、ルテニウム回収剤および有機溶媒を添加するような形態も、ここでいう添加に含む。
【0059】
本開示の回収方法(溶媒抽出)において使用するルテニウム回収剤は、ルテニウムとの複合体が有機溶媒に溶解すればよいのであり、ルテニウム回収剤自体は、必ずしも有機溶媒に溶解する必要はない。その点で、従来の溶媒抽出法とは異なっており、従来の溶媒抽出法では使用できないような回収剤も使用できる点で、回収剤の適用範囲が広がっている。
【0060】
ルテニウム回収剤を構成するアミン化合物のアミノ基と、混合物中のルテニウムとのモル比(NH/ルテニウム)は、4以上100以下とすることが好ましく、効率の点から、上限は50以下とすることがより好ましく、30以下とすることがさらに好ましい。
【0061】
(有機溶媒)
本開示の回収方法(溶媒抽出)において使用する有機溶媒としては、アミン化合物とルテニウム塩化物との複合体を溶解可能であれば、特に限定されずに種々のものを使用可能である。また、有機溶媒は二種以上を混合して使用してもよい。有機溶媒としては、例えば、クロロホルム、ジクロロメタン、トルエン、キシレンを挙げることができ、また、これら二種以上の混合物を用いてもよい。また、有機溶媒としては、水と完全に相溶する溶媒は使用できない。
【0062】
(塩酸)
本発明において使用する塩酸の濃度は、ルテニウムの抽出率の観点から、下限が1.0mol/L以上が好ましく、5.0mol/L以上がより好ましく、6.0mol/L以上がさらに好ましく、8.0mol/L以上が特に好ましい。また、本発明の方法では、高濃度の塩酸中であっても、下記の複合体が有機溶媒(好ましくは塩素系有機溶媒)に溶解できるため、塩酸濃度の上限は特に限定されないが、実用上は、12.0mol/L以下が好ましく、10mol/L以下がさらに好ましい。
また、高いルテニウム選択性を発揮する観点からは、塩酸の濃度を5mol/L以上とすることが好ましい。
【0063】
(混合工程)
混合工程においては、上記したルテニウム回収剤、ルテニウムを含む混合物、有機溶媒、および、塩酸を混合して、アミン化合物とルテニウム塩化物との複合体を形成する。
混合は、振とう、または、攪拌により行うことができる。振とう条件や、攪拌条件については、特に限定されず、溶媒抽出においてこれまで採用されてきた条件を適宜採用可能である。振とう、攪拌時間としては、1分以上が好ましく、5分以上がより好ましく、10分以上がさらに好ましい。なお、上限は特に限定されないが、概ね60分以上となると、攪拌の効果が見られないことから、効率の点から、60分以下とすることが好ましい。
【0064】
(ルテニウム回収工程)
上記した混合工程において形成した有機溶媒に溶解した複合体を回収して、所定の精製操作ののち、ルテニウムを回収することができる。精製操作は、特に限定されないが、例えば、塩基性水溶液でルテニウムまたはルテニウムのみ抽出する方法や複合体を燃焼させる方法などが挙げられる。塩基性水溶液としては、アンモア水を使用することができる。アンモニア水の濃度は特に限定されないが、例えば、1~5Mのものを使用することが好ましい。
【実施例0065】
<沈殿回収>
<実施例1-1>
白金、パラジウム、および、ルテニウムをそれぞれ1mMずつ含む塩酸に、回収剤として4-ヘキシルアニリンを浸漬した後で、振とう及び遠心分離し、上澄み液を回収して、当該上澄み液に含まれる白金、パラジウム、および、ルテニウムの濃度をICPにて分析することで、回収剤に吸着・結合した白金、パラジウム、および、ルテニウムの回収率(金属沈殿率)を算出した。参考までに図1に実験手順の詳細を示す。
【0066】
塩酸の濃度、アミン添加量、および、振とう時間を変化させて、白金、パラジウム、および、ルテニウムの回収率をそれぞれ確認した。結果を図2~4に示す。
【0067】
図2に、4-ヘキシルアニリンとルテニウムとのモル比(NH/ルテニウム)を30とし、振とう時間を30分とし、塩酸濃度を1.0mol/Lから10mol/Lの範囲で変化させた場合における白金、パラジウム、および、ルテニウムの回収率を示す。図2から明らかなように、塩酸濃度1.0~4.0mol/Lにおいて、4-ヘキシルアニリンは、ルテニウム、パラジウム及び白金すべてについて吸着性を示した。一方で、塩酸濃度5mol/L以上10.0mol/L以下の範囲では、ルテニウムに対してのみ、選択吸着性を示した。
【0068】
図3に、塩酸濃度を8mol/Lとし、振とう時間を30分とし、4-ヘキシルアニリンのモル比(NH/ルテニウム)を4~100の範囲で変化させた場合における白金、パラジウム、および、ルテニウムの回収率を示した。図3から明らかなように、ルテニウムは4-ヘキシルアニリンのモル比が10以上のときに効率的に回収された。
【0069】
図4に、モル比(NH/ルテニウム)を30とし、塩酸濃度を8mol/Lとし、振とう時間を1分~1時間の範囲で変化させた場合における白金、パラジウム、および、ルテニウムの回収率を示した。図4から明らかなように、ルテニウムは4-ヘキシルアニリンに早期に吸着し、30分以上では振とう時間を増大させても、ルテニウム回収率にほとんど変化がなかった。
【0070】
<実施例1―2~1-9>
ルテニウムのみを100ppm含む塩酸に、表1に示す所定の回収剤を浸漬した後で、振とう及び遠心分離し、上澄み液を回収して、当該上澄み液に含まれるルテニウムの濃度をICPにて分析することで、回収剤に吸着・結合したルテニウムの回収率(金属沈殿率)を算出した。各実施例の塩酸の濃度、および、モル比(NH/ルテニウム)は表1に示した通りである。
【0071】
【表1】
【0072】
表1に示したように、所定構造のアミンによって、ルテニウムの沈殿回収が可能であることが示された。
【0073】
<比較例1―1、1-2>
表2に示す所定の回収剤を用い、実施例1―2~1-9と同様の操作にて金属回収試験を行うことでルテニウム回収率を算出した。各実施例の塩酸の濃度、および、モル比(NH/ルテニウム)は表2に示した通りである。
【0074】
【表2】
【0075】
表2に示したように、第一級アミン化合物であっても分子構造によっては、ルテニウムの沈殿回収ができないことが示された。
【0076】
<参考例1-1>
RuClを10mol/L塩酸に添加し、空気中で撹拌させて溶解させた溶液の紫外可視吸収スペクトル測定を行った。また、得られた溶液に還元剤である亜ジチオン酸ナトリウムを溶液の色が薄黄色になるまで添加した溶液についても紫外可視吸収スペクトル測定を行った。
【0077】
図5に吸収スペクトルを示した。RuClを溶解させた塩酸溶液のスペクトル(図5実線)は非特許文献2(A. V. Bashilov et al.: J. Anal. Chem., 2003, 58, 845-851.)に記載のRu(IV)2核錯体([RuOCl104-)と一致し、Ru(III)が空気中における塩酸への溶解によって酸化し、Ru(IV)となることが示された。また、亜ジチオン酸ナトリウムを添加した溶液のスペクトル(図5破線)は非特許文献3(T. SUZUKI et al.: Metals, 2018, 8, 558.)に記載のRu(III)錯体([RuCl3-)と一致し、Ru(IV)が還元剤の作用によってRu(III)となることが示された。
【0078】
<参考例1-2>
実施例1で得られた沈殿物を塩酸で十分に洗浄し、過剰な回収剤を除去した固体を得た。この固体のX線光電子分光(XPS)測定を行った。
【0079】
図6にXPSスペクトルを示した。XPSスペクトルからはルテニウム、窒素、炭素、塩素の存在が確認でき、これらの原子比を計算すると、Ru:N:Cl=1:4:7となった。回収剤として4-ヘキシルアニリンを用いた式(3)の複合体はRu:N:Cl=1:4:7であることから、XPSスペクトルの結果と一致した。
【0080】
<実施例1-10>
参考例1-1で調製したRu(III)溶液を希釈し、ルテニウム100ppmを含む8mol/L塩酸溶液とし、回収剤として4-フェノキシアニリンを浸漬した後で、30分の振とう及び遠心分離し、上澄み液を回収して、当該上澄み液に含まれるルテニウムの濃度をICPにて分析することで、ルテニウムの回収率を算出した。その結果、60%のルテニウムを沈殿として回収した。
【0081】
実施例1-6に示すように、4-フェノキシアニリンはRu(IV)をほとんど回収することができないが、実施例1-10に示すようにRu(III)を回収することができる。これにより、Ru(IV)とRu(III)の回収機構は異なることがわかる。非特許文献4(K. Matsumoto et al.: ACS Omega, 2019, 4, 1868-1873.)にはRh(III)の錯体([RhCl3-)とアミンからなるイオン対構造が示されており、Ru(III)の錯体([RuCl3-)も同様の構造をとることが想定される。このRu(III)とアミンからなるイオン対構造は式(3)に示したRu(IV)とアミンからなるイオン対構造と大きく異なるため、Ru(III)とRu(IV)では回収挙動が異なると考えられる。
【0082】
<溶媒抽出>
<実施例2-1~2-5>
ルテニウムを表3に示す濃度で含む、表3に示す所定の濃度の塩酸溶液1mLに、表3に示す回収剤をルテニウムとのモル比(NH/ルテニウム)が、それぞれ表3に示す値となるように添加し、さらに表3に示す有機溶媒1mLを加えて30分間振とうさせた。水層を回収し、当該水溶液に含まれるルテニウムの濃度をICPにて分析することで、有機層に移動したルテニウムの割合(ルテニウム抽出率)を算出した。結果を表3に併せて示す。
【0083】
【表3】
【0084】
表3に示したように、所定構造のアミンによって、ルテニウムの溶媒抽出が可能であることが示された。
【0085】
<実施例2-6>
ルテニウムを100ppm含む、8mol/Lの塩酸溶液1mLに、4-ヘキシルアニリンおよびクロロホルム1mLを添加し、振とうさせた。水層を回収し,当該水溶液に含まれるルテニウムの濃度をICPにて分析することで、有機層に移動したルテニウムの割合(ルテニウム抽出率)を算出した。アミン添加量、および、振とう時間を変化させた際のルテニウム抽出率を図7および8に示す。
【0086】
図7に、振とう時間を30分とし、4-ヘキシルアニリンのモル比(NH/ルテニウム)を4~100の範囲で変化させた場合におけるルテニウム抽出率を示した。図7から明らかなように、ルテニウムは4-ヘキシルアニリンのモル比が4以上のときに効率的に抽出された。
【0087】
図8に、4-ヘキシルアニリンのモル比(NH/ルテニウム)を30とし、振とう時間を1分~1時間の範囲で変化させた場合におけるルテニウム抽出率を示した。図8から明らかなように、ルテニウムは1分間の振とうで94%抽出され、振とう時間を増大させても、ルテニウム抽出率にほとんど変化がなかった。
【0088】
<実施例2-7>
パラジウム,白金及びルテニウムをそれぞれ1mMずつ含む8mol/L塩酸1mLに4-ヘキシルアニリンをルテニウムとのモル比(NH/ルテニウム)が30となるように添加し、さらにトルエン1mLを加えて30分間振とうさせた。有機相を8Mの塩酸で2度洗浄し、得られたすべての水相をICP分析することにより、各金属の抽出率を算出した。結果を表4に示す。
【0089】
【表4】
【0090】
表4に示すように、ルテニウムを選択的に抽出することができた。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8