(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022176735
(43)【公開日】2022-11-30
(54)【発明の名称】酵素電極を用いるバイオ燃料電池
(51)【国際特許分類】
H01M 4/90 20060101AFI20221122BHJP
H01M 8/16 20060101ALI20221122BHJP
【FI】
H01M4/90 Y
H01M8/16
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021083309
(22)【出願日】2021-05-17
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成27年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業 研究成果最適展開支援プログラム「バイオ燃料電池を搭載したウェアラブルヘルスケアデバイスの創成」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】000000011
【氏名又は名称】株式会社アイシン
(74)【代理人】
【識別番号】110001818
【氏名又は名称】弁理士法人R&C
(72)【発明者】
【氏名】榎原 真二
【テーマコード(参考)】
5H018
【Fターム(参考)】
5H018AA07
5H018AS07
5H018EE16
5H018HH05
(57)【要約】
【課題】酵素電極を用いるバイオ燃料電池において、電子伝達物質の最適化による効率的かつ安定的な酵素/電極基材間の電子伝達を通して、燃料から最大限に電気エネルギーを生成することができるバイオ燃料電池の構築。
【解決手段】酵素電極をアノードとして含むバイオ燃料電池であって、酵素電極は、電極基材と、燃料を酸化する電極触媒としてのNAD(P)依存型燃料酸化酵素と、前記燃料酸化酵素による燃料の酸化に伴って生成する還元型NAD(P)の存在下でフラビンを還元するNAD(P)フラビン還元酵素と、0.5mM~100mMの濃度範囲のフラビンと、を含んで構成され、ここで、フラビンが、FAD及びその誘導体、並びに、FMN及びその誘導体から選択される一種以上である、バイオ燃料電池。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
酵素電極をアノードとして含むバイオ燃料電池であって、
前記酵素電極は、
電極基材と、
燃料を酸化する電極触媒としてのニコチンアミドアデニンジヌクレオチド依存型燃料酸化酵素又はニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸依存型燃料酸化酵素と、
前記燃料酸化酵素による燃料の酸化に伴って生成する還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド又は還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸の存在下でフラビンを還元するニコチンアミドアデニンジヌクレオチド依存型フラビン還元酵素又はニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸依存型フラビン還元酵素と、
0.5mM~100mMの濃度範囲のフラビンと、を含んで構成され、
ここで、前記フラビンが、フラビンアデニンジヌクレオチド及びその誘導体、並びに、フラビンモノヌクレオチド及びその誘導体から選択される一種以上である、バイオ燃料電池。
【請求項2】
前記フラビンは、フラビンアデニンジヌクレオチド又はフラビンモノヌクレオチドである、請求項1に記載のバイオ燃料電池。
【請求項3】
前記フラビンは、5mM~50mMの濃度範囲である、請求項1又は2に記載のバイオ燃料電池。
【請求項4】
前記ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド依存型燃料酸化酵素又は前記ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸依存型燃料酸化酵素は、グルコースデヒドロゲナーゼである請求項1~3の何れか一項に記載のバイオ燃料電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酵素電極を用いるバイオ燃料電池に関する。詳細には、本発明は、フラビン還元酵素及びフラビンの酸化還元反応系の利用により、酵素/電極基材間の電子伝達の効率化を図ったバイオ燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、酵素や微生物が持つエネルギー変換システムを利用したバイオ燃料電池の開発が進められている。バイオプロセスを利用するバイオ燃料電池は、緩和な条件かつ高い選択性を有し、燃料として糖やアルコール等の環境中に存在する多様な有機物を利用するものである。有機物は、高い重量エネルギー密度を有するため電池の軽量化を図れるという利点を有すると共に、サステナビリティの観点からも優れている。このような有機物をエネルギー源として用いるバイオ燃料電池は、軽量であり、かつ、安全で環境負荷が小さいことから、ドローンや携帯型機器、体内埋込型機器等の小型電子機器の電源等として更なる発展が期待されている。
【0003】
酵素を電極触媒として用いるバイオ燃料電池の場合、一般的には、酵素による燃料の酸化反応を行うアノード(酵素電極)と還元反応を行うカソードを含み、アノードとカソードは外部回路で接続され、必要に応じてアノードとカソードを隔離する隔膜を含んで構成される。アノードで燃料の酸化反応を行う酵素として、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(以下、「NAD」と略する場合がある)依存型燃料酸化酵素又はニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(以下、「NADP」と略する場合がある)依存型燃料酸化酵素が汎用される(以下、「NAD」及び「NADP」を「NAD(P)」と総称する場合がある)。当該NAD(P)依存型燃料酸化酵素を用いるアノードでは、NAD(P)依存型燃料酸化酵素の触媒機能により燃料から引き抜かれた電子は、酸化型NAD(P)(以下、「NAD(P)+」と略する場合がある)に伝達され、NAD(P)+は、還元型NAD(P)(以下、「NAD(P)H」と略する場合がある)に還元される。生成したNAD(P)Hから電極に電子が伝達されるが、かかるNAD(P)Hから電極基材への電子の伝達効率は低いことから、充分な電池出力を得られないのが現状である。
【0004】
そこで、バイオ燃料電池の性能向上を目指し、酵素/電極基材間の電子の移動の効率化等の観点から研究開発が進められている。例えば、酵素/電極基材間の電子移動の効率化のため、補酵素酸化酵素を用いたバイオ燃料電池が報告されている(例えば、特許文献1等を参照のこと)。特許文献1は、電極基材上に電極触媒としてNAD(P)依存型酸化還元酵素を固定化した酵素電極をアノードとして用いるバイオ燃料電池に関する。実施例には、当該バイオ燃料電池のアノードが、燃料(グルコース)、燃料酸化酵素(NAD依存型グルコースデヒドロゲナーゼ)、酸化型補酵素(NAD+)、補酵素酸化酵素(ジアフォラーゼ)、電子伝達物質(2-アミノ-1,4-ナフトキノン(以下、「ANQ」と略する場合がある))、電極の順に電子が授受されるように構成されたものが例示されている。つまり、当該バイオ燃料電池は、燃料酸化酵素の触媒機能によって燃料から取り出された電子が、ジアフォラーゼ及びANQを介して、電極基材へ伝達するように構成されている。このように構成することにより、-0.3V(対Ag/AgCl)にて、45mA/cm2の電流密度が得られたことが報告されている。しかし、バイオ燃料電池の性能向上のためには、更なる電池出力の向上が必要となる。
【0005】
また、酵素/電極基材間の電子の移動を、フラビンの酸化還元反応を利用して行う技術も報告されている(例えば、非特許文献1及び非特許文献2を参照のこと)。非特許文献1は、電極基材上に電極触媒としてNAD(P)依存型フラビン還元酵素を固定化した酵素電極を作用極として用いるフラビン検出のためのバイオセンサーに関する。当該バイオセンサーの作用極では、当該フラビン還元酵素の触媒機能によって、NAD(P)HとH+と酸化型フラビンが、NAD(P)+と還元型フラビン、即ち、ジヒドロフラビンに変換され、このジヒドロフラビンが電極基材に電子を伝達するように構成されている。
【0006】
非特許文献2は、電極基材上に電極触媒としてNAD(P)依存型乳酸デヒドロゲナーゼを固定した酵素電極を作用極として用いる乳酸検出のためのバイオセンサーに関する。当該バイオセンサーの作用極は、NAD(P)依存型乳酸デヒドロゲナーゼ、NAD(P)+、NAD(P)依存型フラビン還元酵素、リボフラビン、電極の順に電子が授受されるように構成されている。つまり、当該バイオセンサーは、乳酸デヒドロゲナーゼの触媒機能によって検出対象物質である乳酸から取り出された電子が、フラビン還元酵素及びリボフラビンを介して、電極基材に伝達するように構成されている。
【0007】
ここで、フラビンは、イソアロキサジン骨格を持った化合物の総称であり、代表的には、リボフラビン、フラビンアデニンジヌクレオチド(以下、「FAD」と略する場合がある)、フラビンモノヌクレオチド(以下、「FMN」と略する場合がある)等がある。非特許文献1では、フラビンとして、上記3種を比較したところ、リボフラビンを用いた場合に最も高い電流値が得られたことが確認されている。しかし、リボフラビンはFAD及びFMNに比べて水への溶解性が低いことから、高濃度で酵素電極に供給できない。そのため、非特許文献1及び非特許文献2のバイオセンサーは何れも、フラビンは0.1mM以下の濃度で用いられている。一方、バイオセンサーと比較して一般的に高い電流密度が要求されるバイオ燃料電池を構築する場合には、酵素/電極基材間の電子伝達効率の向上のために電子伝達物質であるフラビン量を増大させる必要が生じる。しかし、リボフラビンの溶解性の低さが障壁となることが予想される。
【0008】
また、水溶液中の還元型フラビンは酸素によって速やかに酸化され、酸化型フラビンに変換される。そのため、酸素の存在下では、電極基材への電子の伝達効率が低下することが予想される。当該技術常識を鑑みて、非特許文献1及び非特許文献2のバイオセンサーでの測定はアルゴン雰囲気下で行われている。しかし、バイオ燃料電池において、アノード側を嫌気性環境に保つためには、燃料等をアルゴン等の不活性ガスでパージする必要などが生じ、バイオ燃料電池の作製及び作動に際して煩雑な工程を要求し、また、コストが嵩むことが予想される。
【0009】
このような実情を鑑み、現在まで、フラビン還元酵素及びフラビンの酸化還元反応系を、バイオ燃料電池酵素/電極基材間の電子伝達系に適用した例は報告されていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Serge C.他著、“A Poly(amphiphilic pyrrole)-Flavin Reductase Electrode for Amperometric Detemination of Flavins”、Anal. Chem.(1997年)、第69巻、第15号、第3095~3099頁
【非特許文献2】Serge C.他著、“An Original Electroenzymatic System: Flavin Reductase-Riboflavin for the Improvement of Dehydrogenase-Based Biosensors. Application to the Amperometric Detection of Lactate”、Electroanalysis(1997年)、第9巻、第9号、第685~688頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上記した通り、従来において、酵素/電極基材間の効率的な電子伝達のための種々の技術が報告されているが、バイオ燃料電池の電池出力等の電池性能の点で十分に期待に応えるものではなかった。
【0013】
そこで、本発明は、酵素電極を用いるバイオ燃料電池において、電子伝達物質の最適化による効率的かつ安定的な酵素/電極基材間の電子伝達を通して、燃料から最大限に電気エネルギーを生成することができるバイオ燃料電池の構築を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
そこで、発明者らは上記課題を達成するべく、鋭意研究を行った結果、バイオ燃料電池において、酵素/電極基材間の電子伝達にフラビン還元酵素、及び、特定種類かつ特定濃度範囲のフラビンを用いることで、効率的な酵素/電極基材間の電子伝達が達成でき、電池出力の向上を図れることを見出し、かかる知見に基づいて本発明を完成するに至った。
【0015】
即ち、本発明は、以下の[1]~[4]を提供する。
【0016】
[1]酵素電極をアノードとして含むバイオ燃料電池であって、
前記酵素電極は、
電極基材と、
燃料を酸化する電極触媒としてのニコチンアミドアデニンジヌクレオチド依存型燃料酸化酵素又はニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸依存型燃料酸化酵素と、
前記燃料酸化酵素による燃料の酸化に伴って生成する還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド又は還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸の存在下でフラビンを還元するニコチンアミドアデニンジヌクレオチド依存型フラビン還元酵素又はニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸依存型フラビン還元酵素と、
0.5mM~100mMの濃度範囲のフラビンと、を含んで構成され、
ここで、前記フラビンが、フラビンアデニンジヌクレオチド及びその誘導体、並びに、フラビンモノヌクレオチド及びその誘導体から選択される一種以上である、バイオ燃料電池。
【0017】
上記[1]の構成によれば、フラビン還元酵素、及び、特定種類かつ特定濃度範囲のフラビンを用いて、効率的かつ安定的な酵素/電極基材間の電子伝達が可能なバイオ燃料電池を提供できる。これにより、糖やアルコール、有機酸等の燃料の化学エネルギーを効率的かつ安定的に電気エネルギーに変換でき、バイオ燃料電池の高出力化を図ることができる。従来において、電極触媒であるNAD(P)依存型燃料酸化酵素の触媒機能によって燃料から引き抜かれた電子を、NAD(P)+の還元によりNAD(P)Hを介して電極基材へ伝達した場合に、当該NAD(P)Hの電極基材への電子伝達効率が低いために充分な電池出力を得ることができなかった。本構成のバイオ燃料電池は、高い酵素/電極基材間の電子伝達効率を有することから、リチウムイオン電池に匹敵する出力が可能となり、ドローン用電池などの小型機器への電源の提供など、電子、医療、食品、環境分野等の種々の技術分野への応用が期待される。
【0018】
[2]前記フラビンが、フラビンアデニンジヌクレオチド又はフラビンモノヌクレオチドである、上記[1]のバイオ燃料電池。
【0019】
上記[2]の構成によれば、フラビンアデニンジヌクレオチド又はフラビンモノヌクレオチドは、取り扱い及び入手が容易であり、かつ、安価であることから、バイオ燃料電池の工業的な量産化及び経済面等において特に有利である。
【0020】
[3]前記フラビンは、5mM~50mMの濃度範囲である、上記[1]又は[2]のバイオ燃料電池。
【0021】
上記[3]の構成によれば、フラビンの濃度範囲の更なる好適化を図ったことから、特に効率的かつ安定的な酵素/電極基材間の電子伝達が可能なバイオ燃料電池を提供できる。
【0022】
[4]前記ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド依存型燃料酸化酵素又は前記ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸依存型燃料酸化酵素は、グルコースデヒドロゲナーゼである上記[1]~[3]の何れかのバイオ燃料電池。
【0023】
上記[4]の構成によれば、取り扱い及び入手が容易であり、かつ、安価なグルコースを燃料とできることから、バイオ燃料電池の工業的な量産化及び経済面等において特に有利である。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】本発明の一実施形態のバイオ燃料電池のアノードの電極構成の模式図。
【
図2】フラビン還元酵素の電子伝達機能評価を行った実施例3-1の結果であって、pH緩衝液としてリン酸緩衝液を用いた場合の結果を示すグラフ。
【
図3】フラビン還元酵素の電子伝達機能評価を行った実施例3-2の結果であって、pH緩衝液としてイミダゾール緩衝液を用いた場合の結果を示すグラフ。
【
図4】フラビン還元酵素の電子伝達機能評価を行った実施例3-3の結果であって、フラビン還元酵素を用いた場合の比較としてジアフォラーゼを用いた場合の結果を示すグラフ。
【
図5】フラビン還元酵素の電子伝達機能評価を行った実施例3-4の結果であって、フラビンとして、FAD、FMN、及び、リボフラビンを用いて比較した結果を示すグラフ。
【
図6】フラビンとフラビン還元酵素の濃度依存性の評価を行った実施例4-1の結果であって、種々の濃度のフラビンを用いて電極性能に与える影響を評価した結果を示すグラフ。
【
図7】フラビンとフラビン還元酵素の濃度依存性の評価を行った実施例4-2の結果であって、種々の濃度のフラビン還元酵素を用いて電極性能に与える影響を評価した結果を示すグラフ。
【
図8】グルコースを電子供与体とした電極の電極性能評価を行った実施例5の結果を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明の一実施形態のバイオ燃料電池は、少なくともアノードが、酵素を電極触媒として含む酵素電極として構成される。アノードの酵素電極は、NAD(P)依存型燃料酸化酵素を含む酵素を電極触媒とし、当該酵素と電極基材間の電子伝達にNAD(P)依存型フラビン還元酵素、及び、特定種類かつ特定濃度範囲のフラビンを用いるものとして構成される。
【0026】
[アノード]
本発明の一実施形態のバイオ燃料電池のアノードの電極構成について
図1に模式的に図示する。アノードは、NAD(P)依存型燃料酸化酵素、燃料、NAD(P)、NAD(P)依存型フラビン還元酵素、特定種類かつ特定濃度範囲のフラビン、及び、電極基材を含んで構成される。ここで、NAD(P)依存型燃料酸化酵素は、NAD(P)
+の存在下で燃料を酸化する触媒機能を有する電極触媒である。NAD(P)依存型フラビン還元酵素は、NAD(P)依存型燃料酸化酵素による燃料の酸化伴って生成したNAD(P)Hの存在下で酸化型フラビンを還元する触媒機能を有する酵素である。フラビンは、当該フラビン還元酵素の基質である。以下、各構成要素について詳細に記載するが、当該記載に限定されるものではなく適宜改変することができる。
【0027】
<NAD(P)依存型燃料酸化酵素>
NAD(P)依存型燃料酸化酵素は、本発明の一実施形態のバイオ燃料電池のアノードの電極触媒であり、NAD(P)の存在下で燃料の酸化反応を触媒すると同時に、当該燃料の酸化反応に伴う2電子還元によりNAD(P)+をNAD(P)Hに変換するものとして用いられる。つまり、NAD(P)依存型燃料酸化酵素は、以下の反応式に示すように、燃料とNAD(P)+とを、燃料の酸化生成物とNAD(P)HとH+とに可逆的に変換する反応を触媒する機能を有するものである。
燃料+NAD(P)+=燃料の酸化生成物+NAD(P)H+H+
【0028】
本発明の一実施形態のバイオ燃料電池で用いられるNAD(P)依存型燃料酸化酵素としては、上記触媒機能を有する限り、特に限定するものではない。したがって、NAD(P)+の存在下で糖類やアルコール類、有機酸等の有機物を分解できる酵素を好ましく用いることができる。例えば、酸化還元酵素を用いることができ、特には、デヒドロゲナーゼやオキシダーゼ等を用いることができる。具体的には、グルコースデヒドロゲナーゼ、フルクトースデヒドロゲナーゼ、アルコールデヒドロゲナーゼ、グルコン酸デヒドロゲナーゼ、乳酸デヒドロゲナーゼ、グルタミン酸デヒドロゲナーゼ、ピルビン酸デヒドロゲナーゼ、アルデヒドデヒドロゲナーゼ、グルコースオキシダーゼ、フルクトースオキシダーゼ、アルコールオキシダーゼ、乳酸オキシダーゼ、グルタミン酸オキシダーゼ、ピルビン酸オキシダーゼ、アルデヒドオキシダーゼ等が例示され、特には、実施例5で用いたグルコースデヒドロゲナーゼ等を好ましく用いることができる。しかし、これらに限定されるものではなく、バイオ燃料電池に供給される燃料の種類等に基づいて適宜選択することができる。
【0029】
NAD(P)依存型燃料酸化酵素は、一種類単独で、若しくは複数種の酵素を組み合わせて用いることができる。複数種の酵素を組み合わせる場合には、同一の反応を触媒する酵素であってもよいし、異なる反応を触媒する酵素を組み合わせてもよい。したがって、例えば、任意の酵素とその酵素と共役して機能することができる他の種類の酵素とを組み合わせて用いてもよい。また、任意の酵素とその酵素による触媒反応の後段の反応を触媒する他の酵素と組み合わせて、多段階反応系を構築するように構成してもよい。
【0030】
NAD(P)依存型燃料酸化酵素は、アノードの電極基材に固定してもよいし、適当な溶媒に溶解させた酵素溶液としてアノードに供給されてよい。また、ゲル等の形態で供給してもよい。溶媒は、水性媒体であり、蒸留水の他、適当な緩衝液であってもよい。緩衝液に含まれる緩衝液成分としては、例えば、リン酸カリウムやリン酸ナトリウム等のリン酸塩、イミダゾール、炭酸塩、ホウ酸塩、酒石酸塩、クエン酸塩、トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン(TRIS)、4-(2-ヒドロキシエチル)-ピペラジン-1-エタン スルホン酸(HEPES)、3-モルフォリノプロパン スルホン酸(MOPS)等を例示することができる。これらは単独で用いてもよいが、2種類以上を組み合わせて用いることができる。
【0031】
NAD(P)依存型燃料酸化酵素は、NAD(P)に加えて、他の補酵素や補因子を要求するものであってもよい。例えば、補因子としては、銅、鉄、マンガン、セレン、マグネシウム、亜鉛、カルシウム等の金属イオンが挙げられる。ただし、これらに限定されるものではなく、酵素の種類に応じて酵素の触媒機能の発現に必要な物質が適宜選択される。また、酵素の形態は、アポ形態、ホロ形態の別をも問わないが、電極反応に際してその触媒機能を発揮できるように構成される。例えば、アポ形態として電極基材上に固定した場合には、酵素電極の作動に際して補酵素及び補因子を固定化酵素に供給する等、活性型のホロ形態に変換するための手段が適宜設けられる。
【0032】
NAD(P)依存型燃料酸化酵素は、上記触媒機能を有する限り、その由来等は特に制限されない。したがって、天然に存在する生物体から適当なタンパク質の単離精製技術により精製された天然由来のものであってよく、また遺伝子工学的手法により組み換え体として製造されたものあるいは化学的に合成されたものあってもよい。更には、市販品を用いることもできる。
【0033】
更に、上記した所望の触媒機能を有する限り、微生物、細胞小器官及び細胞等の生物体自体であってもよい。また、これらの生物体からの粗精製物であってもよい。
【0034】
NAD(P)依存型燃料酸化酵素の使用量は、バイオ燃料電池の使用目的や燃料の種類、当該酵素の種類や形態等に応じて適宜変更することができる。
【0035】
<NAD(P)依存型フラビン還元酵素>
NAD(P)依存型フラビン還元酵素は、本発明の一実施形態のバイオ燃料電池において、NAD(P)依存型燃料酸化酵素の燃料の酸化反応に伴って生成されたNAD(P)Hの存在下でフラビンの還元反応を触媒するものとして用いられる。フラビン還元酵素は、酸化型フラビンを還元型フラビンに還元する反応を触媒する。同時に、当該還元反応に伴って、NAD(P)依存型燃料酸化酵素の燃料の酸化反応に伴って生成されたNAD(P)Hを酸化し、NAD(P)+に変換する反応を触媒する。つまり、NAD(P)依存型フラビン還元酵素は、以下の反応式に示すように、酸化型フラビンとNAD(P)HとH+とを、還元型フラビンとNAD(P)+とに可逆的に変換する反応を触媒する機能を有するものである。
酸化型フラビン+NAD(P)H+H+=還元型フラビン+NAD(P)+
【0036】
本発明の一実施形態のバイオ燃料電池で用いられるNAD(P)依存型フラビン還元酵素としては、上記触媒機能を有する限り、特に限定するものではない。したがって、実施例1で作製したフラビン還元酵素等を例示することができるが、これらに限定されるものではない。バイオ燃料電池の構成に基づいて適宜選択することができる。
【0037】
NAD(P)依存型フラビン還元酵素は、一種類単独で、若しくは複数種の酵素を組み合わせて用いることができる。複数種の酵素を組み合わせる場合には、同一の反応を触媒する酵素であってもよいし、異なる反応を触媒する酵素を組み合わせてもよい。
【0038】
NAD(P)依存型フラビン還元酵素は、アノードの電極基材に固定してもよいし、適当な溶媒に溶解させた酵素溶液としてアノードに供給されてよい。また、ゲル等の形態で供給してもよい。溶媒は、水性媒体であり、蒸留水の他、適当な緩衝液であってもよい。緩衝液に含まれる緩衝液成分については、上記した通りである。
【0039】
NAD(P)依存型フラビン還元酵素は、NAD(P)に加えて、他の補酵素や補因子を要求するものであってもよい。補因子としては、銅、鉄、マンガン、セレン、マグネシウム、亜鉛、カルシウム等の金属イオンが例示される。ただし、これらに限定されるものではなく、酵素の種類に応じて酵素の触媒機能の発現に必要な物質が適宜選択される。また、酵素の形態は、アポ形態、ホロ形態の別をも問わないが、電極反応に際してその触媒機能を発揮できるように構成される。詳細には、上記で説明したNAD(P)依存型燃料酸化酵素と同様に構成される。
【0040】
NAD(P)依存型フラビン還元酵素は、上記触媒機能を有する限り、その由来等は特に制限されない。したがって、上記したNAD(P)依存型燃料酸化酵素と同様に調製することができる。
【0041】
NAD(P)依存型フラビン還元酵素の使用量は、バイオ燃料電池の使用目的やフラビンの種類、当該酵素の種類や形態等に応じて適宜変更することができる。例えば、1mg/mL~200mg/mL、好ましくは5mg/mL~50mg/mLの濃度範囲で用いることができる。
【0042】
<フラビン>
フラビンは、本発明の一実施形態のバイオ燃料電池において、電子を電極基材に伝達する電子伝達物質として機能する。フラビンは、イソアロキサジン骨格を有する化合物の総称であり、上記したNAD(P)依存型フラビン還元酵素の基質となり得る化合物である。
【0043】
本発明の一実施形態のバイオ燃料電池で用いられるフラビンは、0.5mM以上の濃度範囲で用いられ、好ましくは0.5mM~300mMの濃度、より好ましくは0.5mM~100mM、特に好ましくは5mM~50mMの濃度範囲で用いられる。
【0044】
フラビンは、上記濃度範囲でNAD(P)依存型フラビン還元酵素に接触できるように構成される。フラビンは、電極基材に固定してもよいし、適当な溶媒に溶解させた溶液としてアノードに供給されてよい。また、ゲル等の形態で供給してもよい。溶媒は、水性媒体であり、蒸留水の他、適当な緩衝液であってもよい。緩衝液に含まれる緩衝液成分については、上記した通りである。例えば、フラビンを燃料溶液に含ませて供給する場合には、NAD(P)依存型フラビン還元酵素に接触時の燃料溶液のフラビンの最終濃度が上記濃度範囲になるように調製する。また、燃料溶液とは別個の溶液として調製する場合にも、同様に、NAD(P)依存型フラビン還元酵素に接触時のフラビンの最終濃度が上記濃度範囲になるように調製する。したがって、フラビンは、NAD(P)依存型フラビン還元酵素の基質であると共に、水溶液として上記濃度範囲に調製できる溶解性を有するものであることが好ましい。
【0045】
具体的には、フラビンは、フラビンアデニンジヌクレオチド(以下、「FAD」と略する場合がある)及びFADの誘導体、フラビンモノヌクレオチド(以下、「FMN」と略する場合がある)及びFMNの誘導体から選択される1種以上である。なお、フラビンとして汎用されるリボフラビンは、水性媒体への溶解性の面で、本発明の一実施形態のバイオ燃料電池への使用に適さない。
【0046】
FAD誘導体及びFMN誘導体は、それぞれFAD及びFMNと同様に、上記性質を有する限り、特に制限はない。FAD誘導体及びFMN誘導体とは、FAD及びFMNの任意の位置への置換基の導入や置換、酸化や還元などの任意の化学反応によって、FAD及びFMNの分子の任意の部分に改変が施された化合物を意味する。このとき、置換基の種類、数及び導入や置換位置については特に制限はない。また、FAD誘導体及びFMN誘導体には、FAD及びFMNがナトリウム等の任意の金属イオン等と塩を形成した塩形態や、水分子を含む水和物形態のFAD及びFMNも含まれる。
【0047】
FAD誘導体及びFMN誘導体としては、例えば、FAD及びFMNのイソアロキサジン環の任意の位置(例えば、3位の窒素原子及び6位~9位の炭素原子の位置)の水素原子が任意の置換基に置換された化合物や、イソアロキサジン骨格上の置換基(例えば、7位及び8位の炭素原子上のメチル基並びに当該メチル基の水素原子)が他の置換基に置換された化合物等が挙げられる。また、リビトール部分の任意の位置の水素原子が任意の置換基に置換された化合物等も挙げられる。また、FADのアデニン部分のプリン環の任意の位置(例えば、2位及び8位の炭素原子の位置)の水素原子が任意の置換基に置換された化合物や、プリン環上の置換基(例えば、6位の炭素原子上のアミノ基及び当該アミノ基の水素原子)が他の置換基に置換された化合物などが挙げられる。更に、FADのリボース部分のテトラヒドロフラン環の任意の位置(例えば、2位~5位の炭素原子の位置)の水素原子が任意の置換基に置換された化合物や、テトラヒドロフラン環上の置換基(例えば、3位及び4位のヒドロキシ基並びに当該ヒドロキシ基の水素原子)が他の置換基に置換された化合物などが挙げられる。
【0048】
置換基としては、例えば、水素原子、ハロゲン基、ヒドロキシ基、ニトロ基、シアノ基、カルボキシ基、アミノ基、スルホ基、ホルミル基、スルファニル基、リン酸基、脂肪族炭化水素基、脂環式炭化水素基、脂環式複素環基、芳香族炭化水素基、又は、芳香族複素環基等が例示されるが、これらに限定されるものではない。
【0049】
ハロゲン基は、フルオロ基、クロロ基、ブロモ基、ヨード基等から選択される。
【0050】
脂肪族炭化水素基は、直鎖及び分枝の別を問わず、飽和及び不飽和の別も問わない。また、その鎖長についても特に制限はない。脂肪族炭化水素基としては、これらに限定するものではないが、好ましくは炭素原子数1~10個、特に好ましくは炭素原子数1~5個のアルキル基、アルケニル基、アルキニル基が例示される。
【0051】
脂環式炭化水素基は、環構成原子間の結合は飽和及び不飽和の別は問わず、環員数についても特に制限はない。また、単環だけでなく、縮合環やスピロ環等の環集合を持つものも含まれる。脂環式炭化水素基としては、これらに制限するものではないが、好ましくは炭素原子数3~10個、特に好ましくは3~7個のシクロアルキル基、好ましくは炭素原子数4~10個、特に好ましくは4~7個のシクロアルケニル基等が例示される。
【0052】
脂環式複素環基は、環構成原子として1個又は複数個のヘテロ原子を有する非芳香族複素環基である。単環だけでなく、縮合環やスピロ環等の環集合を持つものも含まれる。環構成原子間の結合は飽和及び不飽和の別は問わず、環員数についても特に制限はない。ヘテロ原子としては、好ましくは、酸素原子、窒素原子、硫黄原子等が例示されるが、ヘテロ原子の種類は特に制限はなく、また、ヘテロ原子の数及び導入位置等についても制限はない。例えば、炭素原子数が、好ましくは2~7個、特に好ましくは、2~5個、ヘテロ原子数が、好ましくは1~5個、特に好ましくは1~3個である脂環式複素環基が挙げられる。なお、複数個のヘテロ原子を有する場合には、同一種類の原子であっても異なる種類の原子であってもよい。
【0053】
芳香族炭化水素基(アリール基)は、芳香環を有する限り特に制限はない。単環だけでなく、縮合環やスピロ環等の環集合を持つものも含まれる。環員数についても特に制限はない。例えば、炭素原子数が、好ましくは6~22個、特に好ましくは、6~14個である芳香族炭化水素基が挙げられる。
【0054】
芳香族複素環基は、環構成原子として1個又は複数個のヘテロ原子を有する芳香族複素環基である。単環だけでなく、縮合環やスピロ環等の環集合を持つものも含まれる。環員数についても特に制限はない。ヘテロ原子としては、好ましくは、酸素原子、窒素原子、硫黄原子等が例示されるが、ヘテロ原子の種類は特に制限はなく、また、ヘテロ原子の数及び導入位置等についても制限はない。例えば、炭素原子数が、好ましくは1~5個、特に好ましくは、3~5個、ヘテロ原子数が、好ましくは1~4個、特に好ましくは1~3個である芳香族複素環基が挙げられる。なお、複数個のヘテロ原子を有する場合には、同一種類の原子であっても異なる種類の原子であってもよい。
【0055】
また、これらの置換基は、更に適当な置換基で置換されていてもよい。したがって、上記した置換基の複数を任意に組み合わせたものも含まれ、例えば、アルキルオキシ基、アリールオキシ基、アルキルアミノ基、アリールアミノ基、アルキルチオ基、アリールチオ基、ハロゲン化アルキル基、ハロゲン化アリール基、アルキルカルボキシ基、アリールカルボキシ基等が挙げられるが、これらに限定するものではない。
【0056】
<電極基材>
電極基材は、外部回路に接続可能で電子を伝達できる導電性の基材である。したがって、当該性質を有する限り、材質や形状等には特に制限はない。カーボンクロス、カーボンペーパー、グラファイト、及びグラッシーカーボン等のカーボン材、アルミニウム、銅、金、白金、銀、ニッケル、パラジウム等の金属又は合金、SnO2、In2O3、WO3、TiO2等の導電性酸化物等が例示できる。しかし、これらに限定するものではなく、当該技術分野で公知の材質の導電性の基材を用いることができる。
【0057】
また、これを単層又は2種類以上の層の積層構造をもって構成してもよい。また、導電性向上のため、市販のケッチェンブラック等のカーボンブラック、活性炭粉末等の導電性カーボン微粒子を基材に塗布してもよい。その際に、PVDF等のバインダーを用いてもよい。電極基材の大きさ及び形状等は特に限定されるものではなく、使用目的に応じて適宜調整することができる。したがって、マイクロメートルオーダーに電極面積を小さくした微小電極として構成することができる。
【0058】
好ましくは、電極基材には、NAD(P)依存型燃料酸化酵素及びNAD(P)依存型フラビン還元酵素が固定されるが、固定せずに酵素溶液等として電極基材上に供給するように構成してもよい。また、一方の酵素のみを固定し、他方を酵素溶液等として供給してもよいし、また、酵素の一部のみを固定し、残りの酵素を酵素溶液等として供給してもよい。電極基材に酵素を固定する場合には、物理的吸着、イオン結合,共有結合を介して固定する担体結合法等の当該技術分野で公知の方法によって行うことができる。また、グルタルアルデヒド等の二価性官能基をもつ架橋試薬で架橋固定する架橋法をも利用できる。更には、アルギン酸、カラギーナン等の多糖類、導電性ポリマー、酸化還元ポリマー、光架橋性ポリマー等の網目構造をもつポリマー、透析膜等の半透性膜内に封入して固定する包括法等をも利用することができる。また、これらを組み合わせて用いてもよい。例えば、物理的吸着により酵素を電極基材に固定する場合には、電極基材に酵素溶液を接触させ、これを乾燥させることによって簡便に固定できる。
【0059】
また、固定に際しては、NAD(P)依存型燃料酸化酵素及びNAD(P)依存型フラビン還元酵素がその触媒活性を発揮し得るように固定される。したがって、当該酵素は、その触媒活性の発揮に必要な補酵素や補因子を含むホロ形態で固定しても、また、含まないアポ形態で固定してもよい。アポ形態で固定する場合には、補酵素及び補因子を同一又は別の層として固定してもよい。また、その他の当該酵素の触媒機能の発現のために必要な物質を固定してもよく、当該酵素と同一又は別の層として固定することができる。例えば、電極基材には、電極基材への電子伝達を担うフラビンを固定してもよく、当該酵素と同一又は別の層として固定することができる。
【0060】
<アノードの反応機構>
本発明の一実施形態のバイオ燃料電池におけるアノードでは、
図1に示す通り、NAD(P)依存型燃料酸化酵素が、NAD(P)
+の存在下で燃料を酸化すると同時に、NAD(P)+が還元されてNAD(P)Hに変換される。続いて、NAD(P)依存型フラビン還元酵素が、NAD(P)Hの存在下で、酸化型フラビンを還元し還元型フラビンに変換すると同時に、NAD(P)HはNAD(P)
+に酸化される。生成した還元型フラビンが電子を電極基材に伝達し、酸化型フラビンに変換される。このようなサイクルを繰り返すことで、燃料から引き抜かれた電子が電極基材に効率的かつ安定的に伝達されるように構成されている。
【0061】
[バイオ燃料電池]
本発明の一実施形態のバイオ燃料電池は、上記の通り構成されたアノードを含んで構成される。バイオ燃料電池は、酸化反応を行うアノードと還元反応を行うカソードを含み、アノードとカソードは外部回路で接続され、及び必要に応じてアノードとカソードを隔離する隔膜を含んで構成される。バイオ燃料電池では、燃料の酸化によって生じた電子を電極基材に取り出すと共に、プロトンを発生する。そして、この電子は、上記したアノードの反応機構に示す通り、アノードの電極基材に受け渡される。そして、アノードから外部回路を通ってカソードに電子が受け渡されることによって電流が発生する。一方、アノード側で発生したプロトンが隔膜を通って、カソード側に移動し、外部回路を通してアノード側から移動してきた電子と共に水生成に供される。カソードは、酸素や過酸化水素等の酸化剤を還元して電子を伝達することのできる触媒を固定して構成されることが好ましく、アノード側で発生したプロトンが酸素と反応することによって水を生成するように構成される。
【0062】
本発明の一実施形態のバイオ燃料電池におけるカソードとしては、例えば、ピルビン酸オキシダーゼ、アスコルビン酸オキシダーゼ、ラッカーゼ等のマルチ銅酵素等の酵素触媒や白金等の金属触媒を用いることができる。カソード側の反応に酵素触媒機構を利用する場合には、好ましくは、当該酵素は適当な電極基材に固定されるが、固定せずに酵素溶液として適当な電極基材上に供給するように構成してもよい。このとき、電極基材としては、アノードの電極基材として例示されたものを同様にして用いることができる。
【0063】
本発明の一実施形態のバイオ燃料電池における燃料は、NAD(P)依存型燃料酸化酵素の種類に応じて適宜設定され、NAD(P)依存型燃料酸化の基質となる化合物を燃料とすることができる。例えば、グルコースやフルクトース、スクロースなどの糖類、メタノール等のアルコール類、グルコン酸や乳酸、グルタミン酸等、ピルビン酸等の有機酸等を燃料とすることができる。
【0064】
燃料は、NAD(P)依存型燃料酸化酵素と接触するように供給される限り、その供給形式に特に制限はない。燃料は、好ましくは、適当な溶媒に溶解させた燃料溶液として供給されるが、ゲル等の形態で供給してもよい。溶媒は、水性媒体であり、蒸留水の他、適当な緩衝液であってもよい。緩衝液に含まれる緩衝液成分については、上記した通りである。
【0065】
燃料溶液には、NAD(P)依存型燃料酸化酵素、NAD(P)依存型フラビン還元酵素、フラビン等を含めて供給してもよい。また、NAD(P)依存型燃料酸化酵素、NAD(P)依存型フラビン還元酵素、フラビン等を、燃料溶液とは別個の溶液として、適当な緩衝液に溶解させた形態で供給してよい。
【0066】
また、NAD(P)依存型燃料酸化酵素及びNAD(P)依存型フラビン還元酵素を触媒活性の発現に必要な補酵素や補因子等を含まないアポ酵素の形態で調製した場合には、燃料溶液にこれらの補酵素や補因子を含めて調製してもよい。また、これらの補酵素や補因子は、燃料溶液とは別個の溶液として、適当な緩衝液に溶解させた形態で供給してよい。また、その他の当該酵素の触媒活性の発現のために必要な物質を燃料溶液に含めて調製してもよいし、別個の溶液として調製してもよい。
【0067】
本発明の一実施形態のバイオ燃料電池で用いられる隔膜は、プロトン等を透過できるイオン伝導性を有すると共に、プロトン等のイオン以外の負極側の構成成分及び正極側の構成成分を透過させないという性質を有する限り、その素材及び形状等に制限はない。例えば、セルロース膜等を用いることができ、また、固体電解質膜を用いることができる。固体電解質膜としては、スルホ基、リン酸基、ホスホン基、及びホスフィン基等の強酸基、カルボキシ基等の弱酸基、及び極性基を有する有機高分子等のイオン交換機能を有する固体膜等が例示されるが、これらに限定するものではない。具体的にはセルロース膜、及びテトラフルオロエチレンとパーフルオロ〔2-(フルオロスルフォニルエトキシ)プロピルビニルエーテル〕:tetrafluoroethyleneとperfluoro[2-(fluorosulfonylethoxy)propylvinyl ether]の共重合体であるナフィオン(登録商標)等のパーフルオロカーボンスルホン酸(PFS)系の樹脂膜を用いることができる。
【0068】
本発明の一実施形態のバイオ燃料電池において、フラビンが酵素/電極基材間の電子の伝達を担う電子伝達物質として機能するため、追加の電子伝達物質は特に要求されない。しかし、追加の電子伝達物質を含めることを妨げるものではない。したがって、例えば、2,6-ジクロロインドフェノール(DCIP)、フェリシアニド、2,2’-アジノビス(3-エチルベンゾチアゾリン-6-スルホン酸)(ABTS)、ベンゾキノン誘導体、オスミウム錯体類、ルテニウム錯体類等の公知の電子伝達物質を必要に応じて含めてもよい。
【0069】
このように構成することにより、フラビン還元酵素、及び、特定種類かつ特定濃度範囲のフラビンを用いて、効率的かつ安定的な酵素/電極基材間の電子伝達が可能なバイオ燃料電池を提供できる。これにより、糖やアルコール、有機酸等の燃料の化学エネルギーを効率的かつ安定的に電気エネルギーに変換でき、バイオ燃料電池の高出力化を図ることができる。従来において、電極触媒であるNAD(P)依存型燃料酸化酵素の触媒機能によって燃料から引き抜かれた電子を、NAD(P)+の還元によりNAD(P)Hを介して電極基材へ伝達した場合に、当該NAD(P)Hの電極基材への電子伝達効率が低いために充分な電池出力を得ることができなかった。本発明の一実施形態のバイオ燃料電池は、高い酵素/電極基材間の電子伝達効率を有することから、リチウムイオン電池に匹敵する出力が可能となる。また、酸素の存在による、酵素/電極基材間の電子伝達効率の大幅な低下等も観察されなかった。製造に際して煩雑な工程や高価な試薬等を要求せず、経済面でも非常に有利である。このように、本発明の一実施形態のバイオ燃料電池は、ドローン用電池などの小型機器への電源の提供など、種々の技術分野への応用が期待される。
【実施例0070】
以下、実施例により、本発明を更に詳細に説明する。しかし、本発明は以下の実施例に限定されるものではなく、様々な実施形態が可能であることは明確に理解されるべきである。
【0071】
実施例1.酵素作製
本実施例では、バイオ燃料電池の構成要素であるNAD(P)依存型フラビン還元酵素を遺伝子工学的に作製した。
【0072】
本実施例では、表1に示す4種類のNAD(P)依存型フラビン還元酵素を作製した。
【0073】
【0074】
各NAD(P)依存型フラビン還元酵素(FRD-1~4)をコードする核酸分子を人工合成により作製(Genscript社)し、酵素のC末端側にHis-tagが付加するようにNde I- Xho Iサイトにより、各核酸分子をpET-22b(+)(Novagen社製)ベクターに挿入した。発現宿主には大腸菌BL21(DE3)株を用い、上記ベクターで形質転換した。形質転換したBL21(DE3)株をLB培地にて振とう培養した。O.D.600nmが0.4~0.6となるまで37℃で培養し、終濃度0.4mMのイソプロピル-β-D-チオガラクトピラノシド(isopropyl-β-D-thiogalactopyranoside:IPTG)を添加した後、28℃で16時間培養を行った。培養終了後、BugBuster(ミリポア:71456-3)により菌体を溶解し、可溶性画分から目的酵素を精製し、酵素サンプルとした。酵素の精製には、TALON(TaKaRa:Z5501N)樹脂を用いた。得られた酵素サンプルを以下の実施例で用いた。
【0075】
実施例2.電極性能評価
以下の実施例において、NAD(P)依存型フラビン還元酵素及びフラビンの酸化還元反応系による電極基材への電子伝達機能を評価した。本実施例では、電極の性能を評価する電極性能評価の方法を説明する。
【0076】
(反応液の調製)
反応液は、pH緩衝液に、NADH(Roche:10107735001)と、フラビンとしてFAD(東京化成:F0014)、FMN(富士フイルム和光純薬:065-00171)、又は、リボフラビン(東京化成:R0020)と、上記実施例で作製した各NAD(P)依存型フラビン還元酵素を含めて調製した。pH緩衝液には、終濃度0.5Mのリン酸緩衝液(pH 7.0)又は2Mのイミダゾール緩衝液(pH 7.0)を用いた。
【0077】
(電極性能の測定)
電極性能の測定はサイクリックボルタンメトリー(CV)により行い、測定には電気化学アナライザー(BAS600)を用いた。作用極には、直径7mmの円形に打ち抜いたカーボンクロス(日本カーボン:GF-20-S9)と、集電用の白金線(BAS:002233)を用いた。参照極には銀塩化銀電極(BAS:013393)、対極にはセロハン(フタムラ化学:普通セロハンP-5 、番手300、等級A)で蓋をしたプラスティック管を反応液と同じ緩衝液で満たし、そこに白金線(BAS:002222)を挿入したものを用いた。各条件でのCV測定は、上記で調製した反応液40μLをカーボンクロスに滴下後、室温条件にて-0.55Vから-0.25Vの範囲で掃引速度0.05V/sにて行った。
【0078】
実施例3.NAD(P)依存型フラビン還元酵素の電子伝達機能評価
本実施例では、実施例2の電極性能評価方法に基づいて、NAD(P)依存型フラビン還元酵素及びフラビンの酸化還元反応系による電極基材への電子伝達機能を評価した。
【0079】
3-1.反応液の構成:NADH、FAD、NAD(P)依存型フラビン還元酵素、リン酸緩衝液
pH緩衝液としてリン酸緩衝液(pH7.0)を用い、0.1MのNADH、0.5mMのFAD、5mg/mLの各NAD(P)依存型フラビン還元酵素(FRD-1~4)を含む反応液での電極性能評価をCV測定により行った。また、NAD(P)依存型フラビン還元酵素を含まない反応液でも同様に評価を行った。結果を
図2に示す。その結果、NAD(P)依存型フラビン還元酵素を含まない場合に比べて、FRD-1~4の何れのNAD(P)依存型フラビン還元酵素を含む反応液を用いた場合にも酸化電流が確認された。電位-0.3Vでの酸化電流は、FRD-1>FRD-2>FRD-3>FRD-4の順に高かった。
【0080】
3-2.反応液の構成:NADH、FAD、NAD(P)依存型フラビン還元酵素、イミダゾール緩衝液
pH緩衝液としてイミダゾール緩衝液(pH7.0)を用いた場合についても、上記3-1と同様に電極性能評価をCV測定により行った。結果を
図3に示す。その結果、リン酸緩衝液(pH7.0)を用いた場合と同様に、FRD-1~4の何れのNAD(P)依存型フラビン還元酵素を含む反応液を用いた場合にも酸化電流が確認された。電位-0.3Vでの酸化電流は、FRD-3>FRD-1>FRD-4>FRD-2の順に高く、リン酸緩衝液を用いた場合とは順番が異なっていた。また、リン酸緩衝液を用いた場合に比べ全体的に電流値が低く、-0.35V以上の電位で一定の電流値となった。
【0081】
3-3.反応液の構成:NADH、FAD、ジアフォラーゼ、0.5M リン酸緩衝液
上記にて先行技術文献として例示した特許文献1で用いられているジアフォラーゼは、当該技術分野においてNAD(P)Hの酸化に多用される酵素である。かかるジアフォラーゼを用いた場合の電極基材への電子伝達機能についても同様に評価した。ここでは、2種類のジアフォラーゼ(東洋紡:DAD-301及びDAD-311)について評価を行った。詳細には、NAD(P)依存型フラビン還元酵素の代わりにジアフォラーゼを、pH緩衝液として0.5M リン酸緩衝液を用いた反応液に添加したことを除いては、上記実施例と同様に電極性能評価をCV測定により行った。結果を
図4に示す。その結果、3-1及び3-2で用いたNAD(P)依存型フラビン還元酵素とは異なり、明確な酸化電流は観測されなかった。このことから、ジアフォラーゼはフラビンを還元する機能を有しないと考えられ、上記3-1及び3-2で観察された酸化電流はNAD(P)依存型フラビン還元酵素によるものと判断できる。
【0082】
3-4.反応液の構成:NADH、FAD、FMN又はリボフラビン、NAD(P)依存型フラビン還元酵素、0.5M イミダゾール
フラビンとして、FADの他に、FMNとリボフラビンを用いた場合についても、上記実施例と同様に電極性能評価をCV測定により行った。FMNはFADと同様に終濃度0.5mMで測定を行ったが、リボフラビンは溶解度が低く同濃度に調製ができなかったため、終濃度0.1mMで測定を行った。結果を
図5に示す。その結果、FMNはFADと同等の大きさの酸化電流を示したが、リボフラビンも明確な酸化電流を示したが、その電流値は小さいものであった。したがって、NAD(P)依存型フラビン還元酵素は、何れのフラビンも電子伝達物質として用いることができるものの、その電子伝達効率からFAD又はFMNを用いることが好ましいと考えられる。特に、バイオ燃料電池のように比較的高い電流値が要求される場合には、FAD又はFMNを用いることが好ましいと考えられる。
【0083】
実施例4.フラビンとNAD(P)依存型フラビン還元酵素の濃度依存性の評価
本実施例では、実施例2の電極性能評価方法に基づいて、NAD(P)依存型フラビン還元酵素及びフラビンの酸化還元反応系による電極基材への電子伝達機能を、フラビンとNAD(P)依存型フラビン還元酵素の濃度依存性の観点から評価した。
【0084】
4-1.フラビンの濃度依存性
FAD濃度を変化させた反応液での電極性能評価を、上記実施例と同様にCV測定により行った。反応液は、pH緩衝液としてイミダゾール緩衝液(pH7.0)を用い、0.2MのNADH、0.5、1、5又は10mMのFAD、10mg/mLのNAD(P)依存型フラビン還元酵素(FRD-3)を含むように調製した。結果を
図6に示す。その結果、FAD濃度の上昇と共に酸化電流も増大し、FAD濃度10mMにおいて電位-0.3Vでの酸化電流が80mA/cm
2を超える高い電流値を示した。
【0085】
4-2.NAD(P)依存型フラビン還元酵素の濃度依存性
NAD(P)依存型フラビン還元酵素濃度を変化させた反応液での電極性能評価を、上記実施例と同様にCV測定により行った。反応液は、pH緩衝液としてイミダゾール緩衝液(pH7.0)を用い、0.2MのNADH、10mMのFAD、10、20又は30mg/mLのNAD(P)依存型フラビン還元酵素(FRD-3)を含むように調製した。結果を
図7に示す。その結果、何れのFRD-3濃度においても、濃度の上昇に伴い酸化電流も増大し、FRD-3濃度が30mg/mLにおいて電位-0.3Vでの酸化電流が150mA/cm
2を超え、非常に高い電流値が得られた。
【0086】
実施例5.グルコースを電子供与体とした電極の電極性能評価
本実施例では、実施例2の電極性能評価方法に基づいて、電子供与体としてNAD(P)Hではなくグルコースを用いて、NAD(P)依存型フラビン還元酵素及びフラビンの酸化還元反応系による電極基材への電子伝達機能を評価した。
【0087】
(電極構成)
通常、バイオ燃料電池においては、電子供与体は、NAD(P)Hではなく、バイオ燃料電池の燃料である。そこで、電子供与体をグルコースとし、グルコースから電子を取り出す燃料酸化酵素としてNAD(P)依存型グルコースデヒドロゲナーゼを用いた電極における、NAD(P)依存型フラビン還元酵素及びフラビンの酸化還元反応系による電極基材への電子伝達機能を評価した。電極構成は、
図1に示す通りであり、グルコースが燃料に該当し、NAD(P)依存型グルコースデヒドロゲナーゼがNAD(P)依存型燃料酸化酵素に該当する。
【0088】
(反応液の調製)
反応液は、pH緩衝液に、0.6Mのグルコース、20mg/mLのグルコースデヒドロゲナーゼ(天野エンザイム:GLUCDH“Amano”NA)、25mMのNAD(Roche:10127965001)、10mMのFAD、上記実施例1で作製した30mg/mLのNAD(P)依存型フラビン還元酵素(FRD-3)と、を含めて調製した。pH緩衝液には、終濃度2Mのイミダゾール緩衝液(pH 7.0)を用いた。
【0089】
(電極性能の測定)
電極性能の測定は、上記実施例と同様にCV測定により行った。結果を
図8に示す。その結果、NADHを電子供与体とした時よりも更に高い酸化電流が得られた。電位-0.3Vでの酸化電流は200mA/cm
2以上であり、非常に高い電流密度が達成できた。このように低い電位で高電流を発生することが可能であるため、アノード側の電極基材の電子伝達にNAD(P)依存型フラビン還元酵素及び特定種類及び特定濃度範囲のフラビンを用いる本発明の一実施形態のバイオ燃料電池は、高出力電池として構築することができる。
本発明は、酵素電極を用いるバイオ燃料電池に関し、酵素/電極基材間の効率的かつ安定的な電子伝達を達成でき、高出力のバイオ燃料電池を提供できる。本発明は、バイオ燃料電池が要求されるあらゆる分野、例えば、電子、医療、食品、環境分野等の種々の産業分野において利用可能である。特にドローン、卓上電卓等の携帯型機器、心臓ペースメーカー等の体内埋め込み式機器等の小型電子機器の電源等への応用が可能である。