(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022177040
(43)【公開日】2022-11-30
(54)【発明の名称】ダイカスト用アルミニウム合金及びアルミニウム合金ダイカスト材
(51)【国際特許分類】
C22C 21/06 20060101AFI20221122BHJP
B22D 17/00 20060101ALI20221122BHJP
B22D 21/04 20060101ALI20221122BHJP
【FI】
C22C21/06
B22D17/00 B
B22D21/04 A
【審査請求】有
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022137452
(22)【出願日】2022-08-31
(62)【分割の表示】P 2020555996の分割
【原出願日】2019-10-30
(31)【優先権主張番号】P 2018209675
(32)【優先日】2018-11-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000004743
【氏名又は名称】日本軽金属株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】507073859
【氏名又は名称】日軽エムシーアルミ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001885
【氏名又は名称】弁理士法人IPRコンサルタント
(72)【発明者】
【氏名】山元 泉実
(72)【発明者】
【氏名】磯部 智洋
(72)【発明者】
【氏名】堀川 宏
(57)【要約】 (修正有)
【課題】アルミニウム合金ダイカスト材に優れた引張特性(0.2%耐力及び伸び)と耐食性を付与することができる、良好な鋳造性を有する非熱処理型のダイカスト用アルミニウム合金を提供する。また、優れた引張特性(0.2%耐力及び伸び)と耐食性を有するアルミニウム合金ダイカスト材も提供する。
【解決手段】ダイカスト用アルミニウム合金は、Mg:3.7~9.0質量%、Mn:0.8~1.7質量%、Be:0.001~0.1質量%、を含有し、残部がAl及び不可避不純物からなること、を特徴とする。Mnの含有量は0.9~1.7質量%であることが好ましく、Mgの含有量は4.7~9.0質量%であることが好ましい。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Mg:3.7~9.0質量%、
Mn:0.8~1.7質量%、
Be:0.001~0.1質量%、を含有し、
残部がAl及び不可避不純物からなること、
を特徴とするダイカスト用アルミニウム合金。
【請求項2】
更に、任意添加元素として、
Ti:0.001~1.0質量%を含むこと、
を特徴とする請求項1に記載のダイカスト用アルミニウム合金。
【請求項3】
非熱処理型合金であること、
を特徴とする請求項1又は2に記載のダイカスト用アルミニウム合金。
【請求項4】
請求項1~3のうちのいずれかに記載のダイカスト用アルミニウム合金からなるダイカスト材であって、
0.2%耐力が140MPa以上、伸びが11%以上の引張特性を有すること、
を特徴とするアルミニウム合金ダイカスト材。
【請求項5】
初晶Al-Mn系化合物の長手方向における最大粒径が150μm以下であること、
を特徴とする請求項4に記載のアルミニウム合金ダイカスト材。
【請求項6】
請求項1~3のうちのいずれかに記載のダイカスト用アルミニウム合金からなる溶湯を用い、
金型のキャビティ内の空気を活性ガスで置換した後、前記金型に前記溶湯を注湯してアルミニウム合金ダイカスト材を得ること、
を特徴とするアルミニウム合金ダイカスト材の製造方法。
【請求項7】
前記アルミニウム合金ダイカスト材に熱処理を施さないこと、
を特徴とする請求項6に記載のアルミニウム合金ダイカスト材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は非熱処理型の高靭性ダイカスト用アルミニウム合金に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車をはじめとした車両において、燃費性能の向上、環境負荷の低減を目的とした車両軽量化への取り組みが活発であることから、車両用部材の素材として、鉄と比べて軽量なアルミニウム合金が注目されている。アルミニウム合金による車両用部材の作製方法は種々存在するが、低コストでの部材の大量生産に適している手法としてはダイカスト法を挙げることができる。
【0003】
難形状部材を作製する場合、展伸材に塑性加工を加えることで部材を形成する工法と比較して、ダイカスト法では形成される部材が鋳造時点で最終形状に近い形となるため、その後の加工工程数が少なくなり、コスト面での優位性がある。しかしながら、ダイカスト材において車両用部材に必要な機械的性質を得るには、鋳造後の製品に対して熱処理が必要となることも多かった。熱処理には高温で長時間加熱する溶体化処理や、比較的低温で加熱保持する時効処理があるが、いずれの工程も長時間の作業が含まれる上、加熱工程において無視できない燃料費用が発生すること、また、熱処理後においても、過熱冷却に伴い発生した部材の歪を矯正する必要があり、付加的なコスト上昇要因が多々存在する。これらを鑑みれば、部材作製において、工法をダイカストとすることによるコスト低減効果を十分に発揮できているとは言えない。従って、鋳造後の熱処理を必要としない非熱処理型合金は、製造コストを更に抑えることができるという点において重要視されている。
【0004】
このような背景から、車両部材の素材選定の際には、対象となる部材にて要求される機械的性質と製造にかかるコストとの間にトレードオフな関係が存在する。このような状況において、非熱処理型ダイカスト用アルミニウム合金において、高い機械的性質、特に車両用部材に必要な強度及び靭性を引き出すことは、非熱処理型合金の適用範囲拡大につながり、車両製造コストを押し下げる効果を持つという意味で、その実現が望まれてきた。
【0005】
ここで、非熱処理型のダイカスト用アルミニウム合金としては、Al-Si-Mg-Fe系合金やAl-Si-Cu-Mg系合金、Al-Mg-Mn系合金などが存在するが、これらの中でも特にAl-Mg-Mn系合金は際立って高い靭性を示す。
【0006】
例えば、特許文献1(特許第1866145号公報)では、重量%濃度で、Mn:2.04%~3.0%、Mg:5.0%~8.0%を含有し、残部がAl及び不可避不純物で構成されることを特徴とする耐食性ダイカスト用アルミニウム合金が開示されている。この発明では、重量%濃度で2%前後という高濃度のMnを添加することで、合金中に金属間化合物Al6Mnが形成されることを利用し、耐食性を損なわない形で強度の向上を図れる、とされている。
【0007】
また、特許文献2(特開平11-293375号公報)においては、質量%濃度で、Mg:2.5~7%、Mn:0.2~1.0%、Ti:0.05~0.2%、残部がAl及び不可避不純物で構成され、特にFeとSiについては、Fe:0.3%未満、Si:0.5%以下であることを特徴とする、アルミニウム合金ダイカストにおける合金組成が開示されている。この発明では、合金中のAl-Mg系化合物が靭性を向上させる一方で、Mg-Si系化合物及びAl-Si-Fe系化合物は靭性に悪影響を及ぼすことに着眼し、Mgを高濃度で添加し、Fe及びSiを低濃度に規制することにより、合金に高い靭性をもたらす組成が得られる、とされている。
【0008】
更に、特許文献3(特開平11-80875号公報)においては、重量%濃度で、Mg:2.5~6.5%、Mn0.5~1.4%、0.5%未満のSi、0.5%未満のFe、0.15%未満のTi、残部がアルミニウム及び不可避不純物からなるアルミニウム合金が開示されている。この発明では、当該合金組成を採用することで車両用フレーム部材に適した溶接性、強度と伸び、腐蝕・応力腐食に対する抵抗力を持たせることが可能である、とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特許第1866145号公報
【特許文献2】特開平11-293375号公報
【特許文献3】特開平11-80875号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
構造用部材に用いられるアルミニウム合金には、元々高強度・高靭性な材料であることが要求されてきていたが、近年は車両軽量化の機運がますます高まっており、ダイカスト用アルミニウム合金として従来使用されてきた合金では、強度・靭性の向上という要望に応えることが困難になりつつある。
【0011】
上記特許文献1の実施例にある試料No.1~7では、いずれも比較的高い濃度のMg及びMnが添加されており、これに起因して多くの試料で耐力は比較的高い値を示しているが、伸びは10%前後に留まっている。また、上記特許文献2の実施例2として開示されている組成においては、Mnが低濃度ということもあり、比較的良好な伸びを有しているものの、車両用部材に必要な耐力が得られていない。その他の実施例についても十分な耐力と伸びを備えている例は存在しておらず、また、鋳造性改善に効果のあるMnの含有量が低いことに起因すると思われる、鋳造品質による伸びのばらつきが認められる。更に、上記特許文献3の実施例で開示されている組成についても、昨今の車両部材用アルミニウム合金に要求されている耐力と伸びを共に満たしている例は存在しない。
【0012】
また一方で、車両用部材へのアルミニウム合金の適用範囲が拡大するにつれ、外部に露出される部材や、あるいは直接的には外部に現れなくとも消費者の目に留まり得る部分など、耐食性や部材表面の美麗さが強度面と並び重要視される部位へのアルミニウム合金の採用が増加傾向にあることから、耐食性・光輝性に優れた合金開発も同時に求められている。しかしながら、上記特許文献1~3のアルミニウム合金においては、これらの特性が十分に考慮されていない。
【0013】
以上のような従来技術における問題点に鑑み、本発明の目的は、アルミニウム合金ダイカスト材に優れた引張特性(0.2%耐力及び伸び)と耐食性を付与することができる、良好な鋳造性を有する非熱処理型のダイカスト用アルミニウム合金を提供することにある。また、本発明は、優れた引張特性(0.2%耐力及び伸び)と耐食性を有するアルミニウム合金ダイカスト材を提供することも目的としている。なお、以下、0.2%耐力は単に耐力と称する場合がある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記目的を達成すべく、ダイカスト用アルミニウム合金及びアルミニウム合金ダイカスト材について鋭意研究を重ねた結果、Al-Mg-Mn系合金において、Mg及びMnの添加量を厳密に制御すること等が極めて有効であることを見出し、本発明に到達した。
【0015】
即ち、本発明は、
Mg:3.7~9.0質量%、
Mn:0.8~1.7質量%、
Be:0.001~0.1質量%、を含有し、
残部がAl及び不可避不純物からなること、
を特徴とするダイカスト用アルミニウム合金、を提供する。
【0016】
本発明のダイカスト用アルミニウム合金においては、Mg及びMnの添加によってアルミニウム合金の耐力を向上させている。また、Mnを適量添加することで、金型への溶湯の焼き付きを抑制している。一方で、Mgの添加量の上限を規定することで鋳造性(ダイカスト性)や延性が低下することを抑制し、Mnの添加量の上限を規定することで延性低下の原因となるAl-Mn系化合物の粗大晶が生成することを抑制している。
【0017】
ここで、Al-Mn化合物の自然電極電位はAl(母相)と同じであり、Mnの添加はダイカスト用アルミニウム合金の耐食性を低下させない。また、Al-Mg系は耐食性が良いことが知られており、ダイカスト用アルミニウム合金の耐食性に及ぼすMg添加の影響は小さく、良好な耐食性を維持することができる。
【0018】
また、光輝性については純Alが最も優れているが、Mnの添加量が2.0質量%程度まではAl-Mn化合物の面積率が殆ど増加せず、光輝性に及ぼす影響を最小限に抑えることができる。加えて、Al-Mg系は光輝性が良いことが知られており、ダイカスト用アルミニウム合金の光輝性に対する悪影響は少ない。
【0019】
本発明のダイカスト用アルミニウム合金においては、前記Mnの含有量が0.9~1.7質量%であることが好ましく、1.2~1.7質量%であることがより好ましい。更に、Mn含有量の上限については、1.65質量%とすることが好ましく、1.60質量%とすることがより好ましい。また、前記Mgの含有量が4.7~9.0質量%であることが好ましく、5.2~6.5質量%であることがより好ましく、5.5~6.0質量%とすることが最も好ましい。Mn及びMgの含有量をこれらの範囲とすることで、上述の効果をより確実に得ることができる。
【0020】
また、本発明のダイカスト用アルミニウム合金においては、前記不可避不純物のうち、Siの含有量を0.3質量%以下に規制していること、が好ましい。Siの含有量を0.3質量%以下とすることで、靭性低下の原因となる脆弱なMg2Si化合物の形成を抑制することができる。
【0021】
また、本発明のダイカスト用アルミニウム合金においては、前記不可避不純物のうち、Feの含有量を0.4質量%以下に規制していること、が好ましい。Feの含有量を0.4質量%以下とすることで、靭性低下の原因となる脆弱なAl-Mn-Fe系化合物の形成を抑制することができる。
【0022】
また、本発明のダイカスト用アルミニウム合金においては、更に、任意添加元素として、Ti:0.001~1.0質量%及び/又はB:0.0001~0.1質量%を含むこと、が好ましい。Ti及びBを添加することで組織が微細化され、アルミニウム合金の靭性を向上させることができる。一方で、靭性を低下させる粗大晶出物が形成されることを抑制するため、添加量の上限値が規定されている。
【0023】
また、本発明は、本発明のダイカスト用アルミニウム合金からなるダイカスト材であって、0.2%耐力が140MPa以上、伸びが11%以上の引張特性を有すること、を特徴とするアルミニウム合金ダイカスト材も提供する。
【0024】
本発明のアルミニウム合金ダイカスト材は、本発明のダイカスト用アルミニウム合金からなるダイカスト材であることから、高い水準で耐力と伸びが両立している。ここで0.2%耐力は150MPa以上であることが好ましく、160MPa以上であることがより好ましい。また、伸びは12%以上であることが好ましく、15%以上であることがより好ましく、20%以上であることが最も好ましい。
【0025】
また、本発明のアルミニウム合金ダイカスト材は、初晶Al-Mn系化合物の長手方向における最大粒径が150μm以下であること、が好ましい。初晶Al-Mn系化合物の長手方向における最大粒径が150μm以下となっていることで、優れた延性及び耐食性が実現されている。ここで、初晶Al-Mn系化合物の長手方向における最大粒径は100μm以下であることが好ましく、50μm以下であることがより好ましい。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、アルミニウム合金ダイカスト材に優れた引張特性(0.2%耐力及び伸び)と耐食性を付与することができる、良好な鋳造性を有する非熱処理型のダイカスト用アルミニウム合金を提供することができる。また、本発明によれば、優れた引張特性(0.2%耐力及び伸び)と耐食性を有するアルミニウム合金ダイカスト材を提供することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図1】実施例1で得られた試験片断面の光学顕微鏡写真である。
【
図2】実施例2で得られた試験片断面の光学顕微鏡写真である。
【
図3】比較例1で得られた試験片断面の光学顕微鏡写真である。
【
図4】比較例2で得られた試験片断面の光学顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明のダイカスト用アルミニウム合金及びアルミニウム合金ダイカスト材についての代表的な実施形態について詳細に説明するが、本発明はこれらのみに限定されるものではない。
【0029】
1.ダイカスト用アルミニウム合金
本発明のダイカスト用アルミニウム合金は、Mg:3.7~9.0質量%、Mn:0.8~1.7質量%、を含有し、残部がAl及び不可避不純物からなること、を特徴とするダイカスト用アルミニウム合金からなっている。以下、各成分について詳細に説明する。
【0030】
Mg:3.7~9.0質量%
Mgは、主に合金のマトリクス中に固溶することで、耐力を向上する効果を有している。但し、高濃度で添加されている場合には溶湯の粘性が高くなり、また鋳造中に溶湯表面に形成される酸化皮膜が溶湯の流動を阻害するため、品質の良い鋳造が難しくなる。これを理由とする伸びの低下を防ぐため、Mg含有量の上限は9.0質量%とする必要がある。一方で、Mgの含有量が少ないと本発明にて目標とする耐力を満足できないため、下限は3.7質量%としている。より高い水準での耐力・伸びの両立を実現するためには、Mgの含有量を4.7~9.0質量%とすることが好ましく、5.2~6.5質量%とすることがより好ましく、5.5~6.0質量%とすることが最も好ましい。
【0031】
Mn:0.8~1.7質量%
Mnは、主にマトリクス中に固溶することで、耐力を向上する効果を有している。Mnの固溶が靭性に与える影響は小さいものの、添加量が増加しAl-Mn系化合物の粗大晶が現れるようになると、それが破壊の起点となり、伸びの低下が観察されるようになる。よって、Mnの含有量の上限は1.7質量%とする必要がある。また、Mnはダイカスト鋳造時、溶湯の金型への焼き付きを改善するなど、鋳造性に関して有利な効果を有している。従って、Mn含有量が0.8質量%を下回ると、焼き付きを防止しきれず鋳造後の離型が困難になるため、含有量の下限を0.8質量%とする必要がある。鋳造性と伸びを両立するための好ましいMnの含有量は0.9~1.7質量%であり、より好ましい含有量は1.2~1.7質量%である。加えて、ダイカスト用アルミニウム合金に優れた光輝性を付与する観点からも、Mnの添加量は1.7質量%以下となっている。また、Mn含有量の上限については、1.65質量%とすることが好ましく、1.60質量%とすることがより好ましい。
【0032】
Si:0.3質量%以下
本発明のダイカスト用アルミニウム合金の組成において、Siが添加されると脆弱なMg2Si化合物が形成され、靭性が低下する。従って、不可避不純物のうちでも、Siの含有量については0.3質量%以下に規制することが好ましく、0.2質量%以下とすることがより好ましい。
【0033】
Fe:0.4質量%以下
本発明のダイカスト用アルミニウム合金の組成において、Feが添加されると脆弱なAl-Mn-Fe系化合物が形成され、靭性が低下する。従って、不可避不純物のうちでも、Feの含有量については0.4質量%以下に規制することが好ましく、0.3質量%以下とすることがより好ましい。加えて、Feの添加はダイカスト用アルミニウム合金の耐食性を低下させるため、当該観点からも添加量は0.4質量%以下に規制されている。
【0034】
Ti:0.001~1.0質量%
Tiは任意の添加元素として、0.001~1.0質量%を添加することが好ましい。Tiは組織を微細化することでアルミニウム合金の靭性を向上させ、また、それに起因して鋳造割れを防止する効果も有している。0.001質量%未満ではその効果が小さく、1.0質量%を超えて含有させた場合、Al-Ti系化合物の粗大晶出物が形成され、逆に靭性に悪影響を及ぼすようになるため、添加量は上記範囲で制限される。
【0035】
B:0.0001~0.1質量%
Bは任意の添加元素として、0.0001~0.1質量%を添加することが好ましい。Bは組織を微細化することでアルミニウム合金の靭性を向上させ、また、それに起因して鋳造割れを防止する効果も有している。0.0001質量%未満ではその効果が小さく、0.1質量%を超えて含有させても効果は向上しないため、添加量は上記範囲で制限される。
【0036】
Be:0.001~0.1質量%
BeはMgの減耗を防止するために有効であり、任意の添加元素として使用することが可能である。Beを添加する場合、0.001質量%未満ではMgの減耗防止効果が十分でなく、また、0.1質量%を超えて添加しても、既に十分にMgの減耗防止効果は得られているので、コストの上昇要因となる。
【0037】
上記の元素以外で、付加的な添加が可能なものとしては、Cr、Zn、V、Ni、Zr、Sr、Cu、Mo、Sc、Y、Ca、Baを挙げることができる。これらはそれぞれ、Cr:0.5質量%以下、Zn:1.0質量%以下、V:0.5質量%以下、Ni:0.5質量%以下、Zr:0.5質量%以下、Sr:0.5質量%以下、Cu:0.5質量%以下、Mo:0.5質量%以下、Sc:0.5質量%以下、Y:0.5質量%以下、Ca:0.5質量%以下、Ba:0.5質量%以下であれば、靭性あるいは耐食性に与える影響は少なく、添加が許容される。
【0038】
Cr、Zn、V、Cu、Mo、Sc、Yは、主にアルミニウム合金のマトリクス中に固溶することでアルミニウム合金の強度を向上する効果、Niは、溶湯の金型への焼き付き防止を始めとした鋳造性の改善効果、Zr、Srは、組織の微細化によって生じる靭性・耐鋳造割れ性の向上効果、Ca、Baは溶湯中の元素の酸化減耗を防止する効果が見込まれる。
【0039】
2.ダイカスト用アルミニウム合金の製造方法
以下、上記の組成を有する本発明のダイカスト用アルミニウム合金の製造方法について詳細に説明する。
【0040】
(1)アルミニウム合金溶湯の溶製
アルミニウム合金の製造プロセスにおいて、高温の合金溶湯では元素の酸化減耗が引き起こされる。酸化の進行度合いは含有元素ごとに異なり、反応性の高い元素ほど酸化減耗の進行が速やかである。ここで本発明のアルミニウム合金の成分に含まれるMgは反応性の高い元素であり、Mgが含まれる溶湯は過熱されると溶湯表面にマグネシウム酸化物を形成し、溶湯中のMg濃度は低下する。減耗を見越して余分にMgを添加しておくことも可能であるが、Mg含有量が刻々と減少していくことに伴う濃度調節の困難さ、また、余分なMgを添加するには付加的なコストを要することなど、操業にあたり好ましくない点が多い。このMgの酸化減耗は、10ppm以上のBeの添加により改善することが知られており、操業上添加されることが好ましい。
【0041】
酸化減耗防止効果を有する元素は、溶湯の成分調整の際、Mgよりも先に溶湯へ加えられることが好ましい。これは先にMgを添加してしまうと、Mgの添加ののち、酸化減耗防止効果を有する元素を入れるまでの時間で、少なからずMgの減耗が引き起こされてしまうためである。
【0042】
(2)鋳造前処理
大気雰囲気下で溶製される溶湯には、水素ガス・酸化物等の不純物が混入しており、この溶湯をそのまま鋳造した場合、凝固の際にポロシティ等の欠陥となって現れ、生成された部材の靭性を阻害する。これらの欠陥を防止するには、溶湯溶製後かつダイカストの前段階において、窒素やアルゴンガス等の不活性ガスによるバブリングを行うことが効果的である。溶湯の下部より供給された不活性ガスは、浮上する際、溶湯中の水素ガスや不純物を補足し、溶湯表面へと除去する作用を有する。
【0043】
3.アルミニウム合金ダイカスト材
本発明のアルミニウム合金ダイカスト材は、本発明のダイカスト用アルミニウム合金からなるダイカスト材であって、0.2%耐力が140MPa以上、伸びが11%以上の引張特性を有することを特徴としている。
【0044】
優れた0.2%耐力と伸びの両立は基本的に組成を厳密に最適化したことによって実現されており、アルミニウム合金ダイカスト材の形状及びサイズに依らず、当該引張特性が得られている。ここで0.2%耐力は150MPa以上であることが好ましく、160MPa以上であることがより好ましい。また、伸びは12%以上であることが好ましく、15%以上であることがより好ましく、20%以上であることが最も好ましい。
【0045】
本発明のアルミニウム合金ダイカスト材は、初晶Al-Mn系化合物の長手方向における最大粒径が150μm以下であることが好ましい。初晶Al-Mn系化合物の長手方向における最大粒径が150μm以下となっていることで、優れた延性及び耐食性が実現されている。ここで、初晶Al-Mn系化合物の長手方向における最大粒径は100μm以下であることが好ましく、50μm以下であることがより好ましい。
【0046】
初晶Al-Mn系化合物のサイズを求める方法は特に限定されず、従来公知の種々の方法で測定すればよい。例えば、アルミニウム合金ダイカスト材を切断し、得られた断面試料を光学顕微鏡又は走査型電子顕微鏡で観察し、初晶Al-Mn系化合物のサイズを算出することで求めることができる。その際、初晶Al-Mn系化合物のサイズが大きくなるように測定し、例えば、初晶Al-Mn系化合物のアスペクト比が大きい場合は長手方向に対するサイズを測定する。なお、観察手法に応じて、断面試料には機械研磨、バフ研磨、電解研磨及びエッチング等を施せばよい。
【0047】
なお、本発明の効果を損なわない限りにおいて、ダイカスト材の形状及びサイズは特に限定されず、従来公知の種々の部材として使用することができる。当該部材としては、例えば、フレーム材等の車体構造材を挙げることができる。
【0048】
4.アルミニウム合金ダイカスト材の製造方法
本発明のアルミニウム合金ダイカスト材は、本発明のダイカスト用アルミニウム合金からなるダイカスト材であって、上記の組成を有している。以下、本発明のダイカスト用アルミニウム合金の製造方法について詳細に説明する。
【0049】
本発明のダイカスト用アルミニウム合金の組成においては、固溶強化を目的とした元素が含まれていることから、ダイカスト材の製造にあたって冷却速度に注意を払う必要がある。鋳造時の冷却速度が遅いとMgやMnをマトリクス中に十分に固溶させることができないため、鋳造の際は、50℃/秒以上の冷却速度を確保することが好ましい。この際、鋳造圧力は50MPaから150MPaに設定するとよい。
【0050】
また、ダイカスト法を用いた部材作製においては、高圧・高速で金型へ溶湯を注ぎ込む関係上、溶湯中に金型内の空気が巻き込まれ、あるいは凝固収縮により、部材に気泡・巣等の鋳造欠陥が発生してしまう場合がある。こういった欠陥が多く存在すると部材の靭性に悪影響が及ぶため、鋳造にあたっては、これらの欠陥を少なくする方策を施すことが好ましい。
【0051】
例えば、鋳造前の金型キャビティ内の空気を引き、真空状態にすることで、溶湯中への空気の巻き込みを防止する真空ダイカスト法や、金型のキャビティ内の空気を活性ガス、例えば酸素ガスで置換した後に、溶湯を注湯する無孔性ダイカスト法(PF:Pore Free法、PFダイカスト法)等が有効である。真空ダイカスト法によれば、そもそもキャビティ内に存在する空気の量が少ないため鋳造欠陥を緩和することができ、無孔性ダイカスト法によれば、キャビティ内に充填された活性ガス、例えば酸素は、アルミニウム溶湯と反応して微細な酸化膜(Al2O3)になって部材内に分散するため、部材特性への悪影響を抑制することができる。
【0052】
本発明のダイカスト用アルミニウム合金が属する合金系、すなわちAl-Mg-Mn系合金は、従来ダイカスト用合金として多く用いられているAl-Si系合金とは異なり、鋳造性改善に効果のあるSiを積極的に添加していない(もしくは含有量を規制している)関係上、湯流れ性に劣るという課題を有する場合があった。
【0053】
しかしながら、真空ダイカスト法においては、注湯の際に金型キャビティ内が負圧となっているため、溶湯の金型充填性が促進され、また無孔性ダイカスト法の場合には、金型キャビティ内に充填した活性ガスとアルミニウム合金溶湯とが反応して、真空ダイカスト法と同様にキャビティ内が負圧となり、溶湯の金型充填性が向上するため、結果として合金の湯流れ性を向上することと同種の効果を付与できる。そのため、従前はダイカスト法において品質の良い鋳造が困難と考えられ、先行文献においては高濃度のMn添加などにより改善が試みられていたAl-Mg-Mn系合金において、本発明のダイカスト用アルミニウム合金の組成のMn濃度においても良好な品質で鋳造可能であり、更に、Mnの低濃度化による伸びの向上効果をも発現させることができる。
【0054】
また、本発明のダイカスト用アルミニウム合金は非熱処理型のアルミニウム合金であり、ダイカスト材において車両用部材に必要な機械的特性を得るための鋳造後の製品に対する熱処理が不要である。その結果、熱処理工程及び当該熱処理工程によって発生する歪みの矯正等に関するコストを削減することができる。
【0055】
以上、本発明の代表的な実施形態について説明したが、本発明はこれらのみに限定されるものではなく、種々の設計変更が可能であり、それら設計変更は全て本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例0056】
≪実施例1≫
表1に実施例1として記載の成分(仕込値)となるように溶解材を調整し、ランズレー試験片を製造した。ここで、溶解温度及び鋳造温度は「液相線温度+100℃」、ランズレー型の型温は「150±50℃」とした。得られたランズレー試験片の組成を発光分光分析にて測定し、得られた結果(測定値)を表1に併記した。なお、表1の値は質量%である。
【0057】
【0058】
ランズレー試験片の断面を鏡面研磨し、光学顕微鏡観察にて初晶Al-Mn系化合物のサイズを測定したところ、最大のもので33μmであった。光学顕微鏡写真を
図1に示す。
【0059】
ランズレー試験片をJIS規格CT71型引張試験片の形状に加工し、室温環境下で引張試験を行った。得られた結果を表2に示す。引張試験は合計3回行っているが、1本の試験片では0.2%耐力が136MPaとなっているものの、それ以外については140MPa以上の0.2%耐力及び11%以上の伸びが得られている(0.2%耐力の平均値は140MPa)。
【0060】
【0061】
≪実施例2≫
表1に実施例2として記載の成分となるように溶解材を調整したこと以外は実施例1と同様にして、ランズレー試験片を得た。実施例1と同様にして当該ランズレー試験片の組成を測定し、得られた結果を表1に示した。
【0062】
また、実施例1と同様にして初晶Al-Mn系化合物のサイズを測定したところ、最大のもので37μmであった。光学顕微鏡写真を
図2に示す。
【0063】
また、実施例1と同様にして引張試験を行い、得られた結果を表2に示した。全ての試験片で0.2%耐力が140MPa以上、伸びが11%以上となっている。
【0064】
≪実施例3≫
表3に示す組成のアルミニウム合金を溶製した後、ダイカストによってアルミニウム合金ダイカスト材を得た。なお、表3の値は質量%であり、発光分光分析の測定結果である。
【0065】
【0066】
ダイカストの工法としては、無孔性ダイカスト法を採用し、ダイカスト材を作製した。この際用いた金型の寸法は110mm×110mm×3mmであり、ダイカスト時の鋳造圧力は120MPaとし、溶湯温度が730℃、金型温度が170℃ の条件にて鋳造を行った。なお離型剤は水溶性のものを用いた。
【0067】
得られたアルミニウム合金ダイカスト材よりJIS-Z2241に定められる14B号試験片を採取し、室温にて引張試験を行ったところ、0.2%耐力は174MPa、伸びは21%であった。当該結果より、本発明のダイカスト用アルミニウム合金から得られるアルミニウム合金ダイカスト材は170MPa以上という高い耐力と20%超の伸びを備えており、例えば、自動車用部材にも好適に使用できることが確認された。
【0068】
≪実施例4≫
表4に示す組成のアルミニウム合金を溶製した後、実施例3と同様のダイカストによってアルミニウム合金ダイカスト材を得た。なお、表4の値は質量%であり、発光分光分析の測定結果である。
【0069】
【0070】
得られたアルミニウム合金ダイカスト材よりJIS-Z2241に定められる14B号試験片を採取し、室温にて引張試験を行ったところ、0.2%耐力は140MPa、伸びは14%であった。
【0071】
≪実施例5≫
表5に示す組成のアルミニウム合金を溶製した後、実施例3と同様のダイカストによってアルミニウム合金ダイカスト材を得た。なお、表5の値は質量%であり、発光分光分析の測定結果である。
【0072】
【0073】
得られたアルミニウム合金ダイカスト材よりJIS-Z2241に定められる14B号試験片を採取し、室温にて引張試験を行ったところ、0.2%耐力は152MPa、伸びは12%であった。
【0074】
≪実施例6≫
表6に示す組成のアルミニウム合金を溶製した後、実施例3と同様のダイカストによってアルミニウム合金ダイカスト材を得た。なお、表6の値は質量%であり、発光分光分析の測定結果である。
【0075】
【0076】
得られたアルミニウム合金ダイカスト材よりJIS-Z2241に定められる14B号試験片を採取し、室温にて引張試験を行ったところ、0.2%耐力は155MPa、伸びは13%であった。
【0077】
≪比較例1≫
表1に比較例1として記載の成分となるように溶解材を調整したこと以外は実施例1と同様にして、ランズレー試験片を得た。実施例1と同様にして当該ランズレー試験片の組成を測定し、得られた結果を表1に示した。
【0078】
また、実施例1と同様にして初晶Al-Mn系化合物のサイズを測定したところ、最大のもので62μmであった。光学顕微鏡写真を
図3に示す。
【0079】
また、実施例1と同様にして引張試験を行い、得られた結果を表2に示した。0.2%耐力は高い値を示しているが、伸びが10%未満となる場合が存在する。
【0080】
≪比較例2≫
表1に比較例2として記載の成分となるように溶解材を調整したこと以外は実施例1と同様にして、ランズレー試験片を得た。実施例1と同様にして当該ランズレー試験片の組成を測定し、得られた結果を表1に示した。
【0081】
また、実施例1と同様にして初晶Al-Mn系化合物のサイズを測定したところ、最大のもので254μmであった。光学顕微鏡写真を
図4に示す。
【0082】
また、実施例1と同様にして引張試験を行い、得られた結果を表2に示した。0.2%耐力は高い値を示しているが、全ての試験片において伸びが10%未満となっている。初晶Al-Mn系化合物の粗大化によって伸びが顕著に低下したものと考えられる。
【0083】
≪比較例3≫
表7に示す組成のアルミニウム合金を溶製した後、実施例3と同様のダイカストによってアルミニウム合金ダイカスト材を得た。なお、表7の値は質量%であり、発光分光分析の測定結果である。
【0084】
【0085】
得られたアルミニウム合金ダイカスト材よりJIS-Z2241に定められる14B号試験片を採取し、室温にて引張試験を行ったところ、0.2%耐力は126MPa、伸びは19%であった。
【0086】
≪比較例4≫
表8に示す組成のアルミニウム合金を溶製した後、実施例3と同様のダイカストによってアルミニウム合金ダイカスト材を得た。なお、表8の値は質量%であり、発光分光分析の測定結果である。
【0087】
【0088】
得られたアルミニウム合金ダイカスト材よりJIS-Z2241に定められる14B号試験片を採取し、室温にて引張試験を行ったところ、0.2%耐力は137MPa、伸びは15%であった。
【0089】
≪比較例5≫
表9に示す組成のアルミニウム合金を溶製した後、実施例3と同様のダイカストによってアルミニウム合金ダイカスト材を得た。なお、表9の値は質量%であり、発光分光分析の測定結果である。
【0090】
【0091】
得られたアルミニウム合金ダイカスト材よりJIS-Z2241に定められる14B号試験片を採取し、室温にて引張試験を行ったところ、0.2%耐力は137MPa、伸びは15%であった。
【0092】
以上の結果より、Mg含有量が3.7~9.0質量%かつMn含有量が0.8~1.7質量%の場合、140MPa以上の0.2%耐力と11%以上の伸びが得られている。また、Mg含有量が4.7~9.0質量%かつMn含有量が0.9~1.7質量%の場合、150MPa以上の0.2%耐力と12%以上の伸びが得られている。更に、Mg含有量が5.2~6.5質量%かつMn含有量が1.2~1.7質量%の場合、160MPa以上の0.2%耐力と15%以上の伸びが得られている。