(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022177810
(43)【公開日】2022-12-01
(54)【発明の名称】硬質皮膜被覆工具の製造方法
(51)【国際特許分類】
B23P 15/28 20060101AFI20221124BHJP
B24C 1/10 20060101ALI20221124BHJP
C23C 14/06 20060101ALI20221124BHJP
【FI】
B23P15/28 A
B24C1/10 E
C23C14/06 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022079295
(22)【出願日】2022-05-13
(31)【優先権主張番号】P 2021083607
(32)【優先日】2021-05-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000005197
【氏名又は名称】株式会社不二越
(74)【代理人】
【識別番号】100192614
【弁理士】
【氏名又は名称】梅本 幸作
(74)【代理人】
【識別番号】100158355
【弁理士】
【氏名又は名称】岡島 明子
(72)【発明者】
【氏名】河口 誠司
(72)【発明者】
【氏名】圓山 謙治
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 嗣紀
【テーマコード(参考)】
4K029
【Fターム(参考)】
4K029BA03
4K029BA07
4K029BA58
4K029CA03
4K029CA05
(57)【要約】
【課題】高速度工具鋼製工具の素材表面および素材内部に存在する炭化物を除去し、空隙の無い硬質皮膜を工具素材の表面に被覆する製造方法を提供することを課題とする。
【解決手段】本発明の硬質皮膜被覆工具の製造方法は、高速度工具鋼製工具の素材にショットピーニング処理を行う第1工程、第1工程後に高速度工具鋼製工具の素材をピロリン酸塩とメタリン酸カリウムの混合水溶液および過酸化水素水溶液に浸漬する第2工程、第2工程後に高速度工具鋼製工具の素材へ硬質皮膜を被覆する第3工程から形成する。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
高速度工具鋼製工具の素材にショットピーニング処理を行う第1工程と、前記第1工程後に前記高速度工具鋼製工具の素材をリン酸系水溶液に浸漬する第2工程と、前記第2工程後に前記高速度工具鋼製工具の素材へ硬質皮膜を被覆する第3工程と、から形成されることを特徴とする硬質皮膜被覆工具の製造方法。
【請求項2】
前記リン酸系水溶液は、ピロリン酸塩とメタリン酸カリウムの混合水溶液であることを特徴とする請求項1に記載の硬質皮膜被覆工具の製造方法。
【請求項3】
前記リン酸系水溶液に浸漬した後、前記高速度工具鋼製工具の素材を引き続き過酸化水素水溶液に浸漬することを特徴とする請求項1に記載の硬質皮膜被覆工具の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高速度工具鋼製の工具素材の表面に硬質皮膜を被覆する硬質皮膜被覆工具の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、TiAlNやAlCrNなどに代表される硬質皮膜を被覆した工具について、これらの硬質皮膜を工具の素材表面に被覆する場合、硬質皮膜と工具の素材表面との密着性を高めるために種々の改良方法が行われていた。
【0003】
例えば、工具素材の表面にショットピーニング法等の機械的な処理を施すことで工具素材の表面に圧縮応力を付与することで、工具表面に硬質皮膜を被覆した際に密着強度を向上させる方法がある(特許文献1および2参照)。
【0004】
また、工具素材が高速度工具鋼である場合、予め工具素材である高速度工具鋼を薬剤に浸漬し、表面の炭化物を溶かす(溶出する)ことで炭化物を除去する方法がある(特許文献3ないし5参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008-264988号公報
【特許文献2】特開昭62-278224号公報
【特許文献3】特開2009-297864号公報
【特許文献4】特開2005-186227号公報
【特許文献5】特開2005-264331号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1および2に開示された方法には、工具素材の表面に存在する炭化物等を除去することができないので、工具素材の表面に硬質皮膜を被覆する場合も炭化物等が残存する。また、特許文献3ないし5に開示された方法を用いると、工具素材の表面の炭化物は除去されて、炭化物が存在していた箇所が空隙となる。
【0007】
例えば、工具素材の表面における炭化物(
図5中のA部分)が除去された後の空隙(
図6中のA部分)は、その後に硬質皮膜を被覆する際に空隙の底から硬質皮膜が成長するため問題はない。
【0008】
しかし、炭化物を除去する際に使用した薬剤は、工具素材の表面に一部だけ表出している炭化物(
図5のB部分)や工具素材の表面より深い位置にある炭化物(
図6のC部分)まで工具素材の表面に存在する微小クラックから入り込んで溶出させる。
【0009】
そのため、
図7に示す様に工具素材の表面に硬質皮膜を被覆しても、これらの空隙は工具素材に残存した状態となり、工具の使用時にはこれらの空隙部分が起点となって、最終的には硬質皮膜が破壊され、寿命低下の一因となっていた。
【0010】
そこで、本発明は高速度工具鋼製工具の素材表面および素材内部に存在する炭化物を除去しつつ、空隙の無い工具素材の表面に硬質皮膜を被覆する製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の高速度工具鋼製工具の素材にショットピーニング処理を行う第1工程と、第1工程後に高速度工具鋼製工具の素材をリン酸系水溶液に浸漬する第2工程と、第2工程後に高速度工具鋼製工具の素材へ硬質皮膜を被覆する第3工程と、から形成される硬質皮膜被覆工具の製造方法とする。リン酸系水溶液としては、ピロリン酸塩、メタリン酸カリウム等の水溶液やこれら複数の混合水溶液であっても構わない。また、これらの水溶液への浸漬後に過酸化水素水溶液を用いた、2度目の浸漬を行うこともできる。
【発明の効果】
【0012】
本発明は、高速度工具鋼製工具の素材表面および素材内部に存在する炭化物を除去しつつ、空隙の無い硬質皮膜を高速度工具鋼の表面により密着した状態で被覆できるので、工具の使用寿命が向上するという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の硬質皮膜被覆工具の製造方法による工具素材の表面状態を示す模式図である。
【
図2】本発明の硬質皮膜被覆工具の製造方法による工具素材の表面状態を示す模式図である。
【
図3】本発明の硬質皮膜被覆工具の製造方法による工具素材の表面状態を示す模式図である。
【
図4】本発明の硬質皮膜被覆工具の製造方法による工具素材の表面状態を示す模式図である。
【
図5】従来の工具素材の表面状態を示す模式図である。
【
図6】従来の工具素材の表面状態を示す模式図である。
【
図7】従来の工具素材の表面状態を示す模式図である。
【
図8】実施例における比較材の切れ刃(逃げ面側)の写真である。
【
図9】実施例における比較材の切れ刃(すくい面側)の写真である。
【
図10】実施例における発明材の切れ刃(逃げ面側)の写真である。
【
図11】実施例における発明材の切れ刃(すくい面側)の写真である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の硬質皮膜被覆工具の製造方法の一実施形態について説明する。本発明の硬質皮膜被覆工具の製造方法は、大きく分けて以下の第1ないし第3工程から構成される。すなわち、工具素材の表面への圧縮応力の付与とクラックの除去を目的として高速度工具鋼製の工具素材に対してショットピーニングを行う第1工程、炭化物の溶解除去を目的として薬剤を用いて炭化物を溶出する第2工程、最後にアークイオンプレーティング法,電子銃溶融蒸着法,るつぼ溶融型イオンプレーティング(溶解法),スパッタリング法等による硬質皮膜の被覆を行う第3工程である。
【0015】
本発明の硬質皮膜被覆工具の製造方法を用いた工具素材の表面状態の変化を
図1~4(模式図)に示す。工具素材(高速度工具鋼)に硬質皮膜を被覆する前の表面状態は、
図1に示す様に工具素材の表面に大きく出ている炭化物(
図1中のA部分)、一部のみが表面に出ている炭化物(
図1中のB部分)、表面近傍に存在しており微小なクラックで表面とつながっている炭化物(
図1中のC部分)など種々の形態が存在する。
【0016】
図1に示す工具素材の表面に対して、まず本発明の第1工程として
図2に示す様にショットピーニングによりあらかじめ工具素材の表面に圧縮応力を付与する。同時に、工具素材の表面の微小なクラックを押しつぶして、次の工程における薬液が侵入する経路を消失させる役割を果たす。
【0017】
例えば、ショットピーニングはエアーブラストサクション式(エア圧:0.1~2.5MPa)やインペラ式などを使用することができる。使用するメディアは、各種金属製メディア(平均粒子径:2~200μm)やジルコニア等のセラミック製メディア(平均粒子径:0.1~400μm )を使用することができる。
【0018】
次に、本発明の第2工程として工具素材をリン酸系水溶液に浸漬して、
図1のA部分に示す炭化物を除去する。この際、一部のみが表面に出ていない炭化物(
図1中のB部分)も溶出するが、当該炭化物が溶出した後に工具素材の表面は圧縮応力が解放されて、結果的にその空隙は塞がれる。なお、リン酸系水溶液としてピロリン酸塩とメタリン酸カリウムの混合水溶液を用いるのが好ましい。また、リン酸系水溶液への浸漬後に引き続き、過酸化水素水溶液に浸漬することもできる。
【0019】
しかし、工具素材の内部の存在する炭化物(
図1中のC部分)は、薬液の侵入する経路も第1工程のショットピーニングによって塞がれているため溶出しない。
【0020】
最後に、第3工程として成膜装置を用いてアークイオンプレーティング法やスパッタリング法等によって工具素材の表面に硬質皮膜を被覆する。このとき、第2工程において
図1のA部分に示す炭化物が溶出された跡(凹み)は、当該硬質皮膜によって充填される。
【実施例0021】
本発明の製造方法により製造したスカイビングカッタ(以下、発明材という)と従来の製造方法によって製作したスカイビングカッタ(以下、比較材という)の2種類のスカイビングカッタを使用した切削加工試験(以下、本試験という)を行い、スカイビングカッタの切れ刃の摩耗量を比較したので、その試験結果について以下に説明する。
【0022】
本試験に用いたスカイビングカッタは、発明材については高速度工具鋼製のスカイビングカッタ素材に対して、ショットピーニング処理およびリン酸系水溶液による浸漬処理を経てから素材の外面に硬質皮膜を被覆した。なお、ショットピーニング処理およびリン酸系水溶液浸漬処理の各処理条件は以下の通りとした。
【0023】
これに対して、比較材は高速度工具鋼製のスカイビングカッタ素材に対して、前述のショットピーニング処理およびリン酸系水溶液による浸漬処理を一切行うことなく、素材の外面に硬質皮膜のみ被覆したものを使用した。
【0024】
(ショットピーニング処理条件)
ショット法:サクション式エアーブラスト
エア圧 :0.5MPa
メディア :ジルコン製セラミックビーズ(平均粒径:63μm)
照射方向 :スカイビングカッタのすくい面とは反対側からメディアを逃げ面に向かう方向へ照射
照射回数 :毎秒5mmの速度でノズル移動×4パス
【0025】
(リン酸系水溶液による浸漬処理条件)
主剤 :水酸化カリウム 15g/l
酸化還元剤 :過酸化水素 10~20%
イオン封止剤1:グルコン酸Na 50g
イオン封止剤2:EDTA・4Na 30g/l
腐食防止剤 :チオグリコール酸Na 1g/l
溶出抑制剤 :トリポリリン酸Na 50g/l
反応起動剤 :シュウ酸NH4 5g/l
浸漬時間 :120秒
浸漬温度 :60~65℃
【0026】
次に、本試験は前述の2種類のスカイビングカッタにより被削材に対して合計8パスの切削加工を行った。切削加工時の1パス毎の切削速度、切込み量、切削送り量の切削条件を表1に示す。なお、本試験に使用したスカイビングカッタおよび被削材の諸元は以下の通りとした。
【0027】
【0028】
(スカイビングカッタの諸元)
・歯数:23
・工具径:106mm
・公差角:20°
・すくい角:10°
・外周逃げ角:7.6°
・硬質皮膜:AlCrN
【0029】
(被削材の諸元)
・材質:クロムモリブデン鋼(SCM440)
・歯数:76
・モジュール:4.0
・ねじれ角:0°
・歯長:60mm
【0030】
本試験の結果、比較材を用いて20個の被削材を切削加工した後に切れ刃の摩耗量を測定した結果、0.132mmの摩耗が確認された。本試験後の比較材の逃げ面側から撮影した切れ刃の摩耗状態を
図8、同比較材のすくい面側から撮影した切れ刃の摩耗状態を
図9にそれぞれ示す。本試験後の比較材の切れ刃は、
図8および
図9に示す様に切れ刃先端部のみ大きく摩耗し、切れ刃のすくい面には部分的に損傷した形跡が確認された。
【0031】
これに対して、発明材を用いて20個の切削加工を行った後の切れ刃の摩耗量は0.054mm、40個の切削加工を行った後の切れ刃の摩耗量は0.115mmであった。本試験後の発明材の逃げ面側から撮影した切れ刃の摩耗状態を
図10、同発明材のすくい面側から撮影した切れ刃の摩耗状態を
図11にそれぞれ示す。
【0032】
本試験後の発明材の切れ刃は、
図10および
図11に示す様に切れ刃先端部が摩耗しているものの、比較材の切れ刃の様に摩耗の程度が抑制されており、切れ刃のすくい面における損傷も比較材の場合に比べて大きく低減されている。
【0033】
以上の試験結果より、本発明の硬質皮膜被覆工具の製造方法である、硬質皮膜を被覆する前にショットピーニング処理およびリン酸系水溶液による浸漬処理を行うことで、スカイビングカッタの切れ刃の摩耗を大幅に抑制できることがわかった。