(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022178583
(43)【公開日】2022-12-02
(54)【発明の名称】スポット溶接継手の板厚推定方法
(51)【国際特許分類】
G01N 3/32 20060101AFI20221125BHJP
G01L 1/00 20060101ALI20221125BHJP
G01N 25/18 20060101ALN20221125BHJP
【FI】
G01N3/32 K
G01L1/00 G
G01N3/32 P
G01N25/18 L
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021085485
(22)【出願日】2021-05-20
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001748
【氏名又は名称】特許業務法人まこと国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】上田 秀樹
(72)【発明者】
【氏名】牧野 泰三
(72)【発明者】
【氏名】白水 浩
【テーマコード(参考)】
2G040
2G061
【Fターム(参考)】
2G040AA01
2G040AB08
2G040BA14
2G040BA26
2G040HA16
2G061AA01
2G061AA11
2G061AB05
2G061BA20
2G061CA02
2G061CB01
2G061CB19
2G061DA11
2G061EA01
2G061EA03
2G061EB07
2G061EC02
(57)【要約】
【課題】スポット溶接継手の溶接部における板材の板厚を推定可能な方法を提供する。
【解決手段】本発明は、スポット溶接継手10の数値解析モデルを対象として連成有限要素法解析を実行することで、想定荷重差ΔPを溶接部13の外面応力σfの線形関数で表した場合の当該線形関数の傾きuを板材11の板厚t毎に算出して、前記線形関数の傾きuと板厚tとの関係式を導出する関係式導出手順S1と、熱弾性応力測定法を用いて、荷重差ΔP’毎に評価対象であるスポット溶接継手の溶接部の外面応力σirを測定する外面応力測定手順S2と、評価対象の溶接部の外面応力σirと、荷重差ΔP’を溶接部の外面応力σirの線形関数で表した場合の当該線形関数の傾きu’を算出し、当該傾きu’を前記関係式に入力することで、評価対象の溶接部の板材の板厚t’を算出する板厚算出手順S3と、を含む。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
重ね合わせられた板材をスポット溶接することにより形成されるスポット溶接継手の溶接部における前記板材の板厚を推定する方法であって、
前記板材の板厚tを変更した前記スポット溶接継手の複数の数値解析モデルを対象として、それぞれ前記スポット溶接継手に付加されるせん断方向の繰り返し荷重の想定最大荷重及び想定最小荷重を用いた応力場及び温度場の連成有限要素法解析を、前記想定最大荷重と前記想定最小荷重との差である想定荷重差ΔPを変更して複数回実行することで、前記想定荷重差ΔP毎に前記溶接部の外面応力σfを算出し、前記想定荷重差ΔPを前記溶接部の外面応力σfの線形関数で表した場合の当該線形関数の傾きuを前記板材の板厚t毎に算出して、前記線形関数の傾きuと前記板材の板厚tとの関係式を導出する関係式導出手順と、
評価対象である前記スポット溶接継手に、前記繰り返し荷重を付加し、熱弾性応力測定法を用いて、前記溶接部の外面応力σirを測定するステップを、前記繰り返し荷重の最大荷重と最小荷重との差である荷重差ΔP’を変更して複数回実行することで、前記荷重差ΔP’毎に前記溶接部の外面応力σirを測定する外面応力測定手順と、
前記荷重差ΔP’を前記溶接部の外面応力σirの線形関数で表した場合の当該線形関数の傾きu’を算出し、当該傾きu’を前記導出した関係式に入力することで、前記評価対象である前記スポット溶接継手の前記溶接部における前記板材の板厚t’を算出する板厚算出手順と、を含む、
ことを特徴とするスポット溶接継手の板厚推定方法。
【請求項2】
前記関係式導出手順で実行する連成有限要素法解析は、
前記数値解析モデルを対象として、前記繰り返し荷重の想定最大荷重及び想定最小荷重を用いた応力解析を行い、前記数値解析モデルの応力分布を算出する応力解析ステップと、
前記応力解析ステップで算出した前記数値解析モデルの応力分布と、前記スポット溶接継手の材料特性と、前記繰り返し荷重の周波数とを用いて、熱流束を算出する熱流束算出ステップと、
前記熱流束算出ステップで算出した熱流束を用いた伝熱解析を行い、前記数値解析モデルの温度分布を算出する伝熱解析ステップと、を含み、
前記熱流束算出ステップ及び前記伝熱解析ステップを前記繰り返し荷重を付加する所定時間だけ繰り返し実行することで、前記所定時間経過後の前記数値解析モデルの温度分布を算出し、
前記所定時間経過後の前記数値解析モデルの温度分布に基づき、前記溶接部の外面温度を算出し、前記溶接部の外面温度を前記溶接部の外面応力σfに換算する換算ステップを更に含む、
ことを特徴とする請求項1に記載のスポット溶接継手の板厚推定方法。
【請求項3】
前記関係式導出手順で算出する前記関係式は、前記板厚tを前記線形関数の傾きuの指数関数で表したものである、
ことを特徴とする請求項1又は2に記載のスポット溶接継手の板厚推定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、いわゆる熱弾性応力測定法の測定結果を用いて、重ね合わせられた板材をスポット溶接することにより形成されるスポット溶接継手の溶接部における前記板材の板厚を推定可能な方法に関する。
【背景技術】
【0002】
重ね合わせられた鋼板等の板材をスポット溶接(抵抗スポット溶接)することにより形成されるスポット溶接継手は、スポット溶接の生産性が高く、低コストであるため、自動車や家電製品の部材として広く用いられている。
スポット溶接継手の溶接部のナゲット(溶融凝固した部分)は、重ね合わせられた板材の重ね合わせ面(内面)側に生成される。スポット溶接継手の溶接部の場合、応力集中が生じて破壊の危険性があるのは、ナゲットが生成される内面側の部位である。しかしながら、溶接部のナゲットを直接目視することで溶接部の良否を検査することはできない。また、溶接部の外面から応力集中部位である内面までの距離、すなわち、溶接部における板材の板厚は、加工等によって変化し得るが、溶接部を外面から目視してもこれを推定することができない。
【0003】
目視検査できない構造物等の被測定物の検査方法(具体的には、応力評価方法)として、有限要素法(以下、適宜「FEM」(Finite Element Method)という)解析が用いられる場合がある。
しかしながら、FEM解析の数値解析モデルは、計算機上で幾何情報を数値化して作成されるため、スポット溶接継手の溶接部のナゲットのような複雑な形状を正確にモデル化することは困難である。また、FEM解析の数値解析モデルは、六面体等の要素(メッシュ)に分割されるため、スポット溶接時に溶接部のナゲット以外の部位(本明細書において「熱影響部」と称する)に生じる圧痕など、微妙な変化を有する形状を反映できない場合がある。
したがって、FEM解析のみを用いて、スポット溶接継手の溶接部の内面応力(板材の重ね合わせ面側の応力)を精度良く評価することが困難な場合がある。また、FEM解析を用いても、変化し得る溶接部における板材の板厚を推定することはできない。
【0004】
一方、被測定物に発生する応力を非接触で測定する方法として、赤外線撮像装置(サーモグラフィ)を用いた熱弾性応力測定法が提案されている(例えば、非特許文献1参照)。
熱弾性応力測定法は、被測定物が断熱的に弾性変形する際に温度変化が生じるという熱弾性効果を利用し、繰り返し荷重が付加される被測定物を赤外線撮像装置を用いて連続的に撮像することで被測定物の温度の時間的変化(所定時間内における温度の変化)を測定し、この測定した温度の時間的変化を被測定物の応力の時間的変化(所定時間内における応力の変化)に換算する方法である。応力の初期値を把握していれば(実際に応力を測定して把握している場合のみならず、想定可能な場合も含む)、この初期値に応力の時間的変化を加算することで、所定時間経過後の応力を測定可能である。
【0005】
この熱弾性応力測定法を用いて被測定物の温度の時間的変化を測定する際、被測定物の周囲の熱(赤外線)が被測定物の表面で反射し、赤外線撮像装置で受光される場合がある。換言すれば、赤外線撮像装置を用いて測定した被測定物の温度の時間的変化に、熱弾性効果によって生じる温度変化(被測定物から放射される赤外線の強度変化)以外の要因で生じた温度変化が含まれる場合がある。熱弾性効果によって生じる温度変化は極微小であるため、被測定物表面における赤外線の反射率が大きければ、熱弾性効果によって生じる温度変化が被測定物表面における赤外線の反射強度の変化に埋もれてしまい、被測定物の応力の時間的変化を精度良く算出できないおそれがある。
【0006】
このため、非特許文献1に記載の技術では、赤外線撮像装置から出力された画像信号から、測定対象とする熱弾性効果によって生じる温度変化に応じた信号波形をロックイン処理している。すなわち、赤外線撮像装置から出力された画像信号から、所定の周波数成分のみを抽出している。
具体的には、例えば、被測定物に繰り返し荷重を付加する疲労試験機から出力され、付加する繰り返し荷重と同じ周波数の参照信号を利用する。この参照信号で画像信号を同期検波し、参照信号に応じた周波数帯域の画像信号成分のみ(参照信号と同じ周波数を有する画像信号成分のみ又は参照信号と同じ周波数を含む狭周波数帯域の画像信号のみ)を抽出することで、測定すべき熱弾性効果によって生じる温度変化のS/N比を向上させている。そして、抽出した画像信号成分の大きさと、予め記憶されている画像信号成分の大きさ及び温度の対応関係とに応じて、被測定物の温度の時間的変化(赤外線撮像装置で撮像した撮像画像を構成する画素毎の温度の時間的変化)を算出する。次いで、被測定物の温度の時間的変化と、温度の時間的変化及び応力の時間的変化の間の所定の関係式とに基づき、被測定物の応力の時間的変化を算出する。
【0007】
このように、ロックイン処理を用いれば、原理的には、被測定物の応力の時間的変化、ひいては被測定物の応力を精度良く算出することが可能であると考えられる。そして、赤外線撮像装置を用いて実際に被測定物を撮像した撮像画像に基づき、被測定物の応力を算出するため、溶接部のような複雑な形状にも適用可能である。
したがって、スポット溶接継手の溶接部を検査する際、具体的には、溶接部の内面応力を評価する際に、FEM解析ではなく、ロックイン処理を適用した熱弾性応力測定法を用いることが考えられる。
【0008】
しかしながら、スポット溶接継手の溶接部の内面応力を評価する際に熱弾性応力測定法を用いる場合、赤外線撮像装置は、溶接部の外面(板材の重ね合わせ面と反対側の面)を撮像することになる。このため、熱弾性応力測定法で直接測定できる応力は、溶接部の外面応力(外面側の応力)であって、溶接部の内面応力ではない。また、赤外線撮像装置が溶接部の外面を撮像するため、溶接部における板材の板厚を直接推定することはできない。
【0009】
特許文献1~4には、熱弾性応力測定法の測定精度を高める方法について提案されているものの、上記の問題を解決できるものではない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】矢尾板達也、他2名、「赤外線カメラによる応力測定と疲労限界点の予測測定」、自動車技術会秋季学術講演会、No.98-03、(2003)
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2018-179730号公報
【特許文献2】特開2015-001392号公報
【特許文献3】特開2016-024057号公報
【特許文献4】特開2018-128431号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、上記のように、溶接部の内面応力を直接測定できないことや、溶接部における板材の板厚を直接推定することはできないという、熱弾性応力測定法をスポット溶接継手の溶接部の検査に用いる際に生じる問題点のうち、特に、溶接部における板材の板厚を推定可能な方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
前記課題を解決するため、本発明者らは鋭意検討し、以下の(1)~(3)の知見を得た。
(1)スポット溶接継手の数値解析モデルを対象として、スポット溶接継手に付加する繰り返し荷重の最大荷重及び最小荷重を用いて熱弾性応力測定法を模擬した応力場及び温度場の連成有限要素法解析を実行することで、熱弾性応力測定法で測定した溶接部の外面応力と同等の外面応力σfを算出可能である。すなわち、熱弾性応力測定法を用いた溶接部の外面応力の測定を、連成有限要素法解析で再現可能である。
(2)数値解析モデルの板材の板厚tと、数値解析モデルに付加するものとして設定した繰り返し荷重の最大荷重(想定最大荷重)と最小荷重(想定最小荷重)との差である想定荷重差ΔPとを種々の値に変更して連成有限要素法解析を実行することで、想定荷重差ΔP毎に溶接部の外面応力をσfを算出すると、同じ板厚tについては、想定荷重差ΔPが外面応力σfの線形関数で精度良く近似でき、この線形関数の傾きuは板厚tによって変化する。この線形関数の傾きuと板材の板厚tとの関係は、指数関数等の関係式で表すことができる。
(3)上記の(1)及び(2)から、評価対象であるスポット溶接継手に、繰り返し荷重を付加し、熱弾性応力測定法を用いて、溶接部の外面応力σirを測定するステップを、繰り返し荷重の最大荷重と最小荷重との差である荷重差ΔP’を変更して複数回実行することで、荷重差ΔP’毎に溶接部の外面応力σirを測定し、荷重差ΔP’を溶接部の外面応力σirの線形関数で表した場合の当該線形関数の傾きu’を算出すれば、この傾きu’と、上記の(2)の関係式(線形関数の傾きuと板材の板厚tとの関係式)とを用いて、評価対象であるスポット溶接継手の溶接部における板材の板厚t’を推定可能である。
【0014】
本発明は、本発明者らの上記の知見に基づき完成したものである。
すなわち、前記課題を解決するため、本発明は、重ね合わせられた板材をスポット溶接することにより形成されるスポット溶接継手の溶接部における前記板材の板厚を推定する方法であって、以下の(A)~(C)の手順を含む、ことを特徴とするスポット溶接継手の板厚推定方法を提供する。
(A)関係式導出手順:前記板材の板厚tを変更した前記スポット溶接継手の複数の数値解析モデルを対象として、それぞれ前記スポット溶接継手に付加されるせん断方向の繰り返し荷重の想定最大荷重及び想定最小荷重を用いた応力場及び温度場の連成有限要素法解析を、前記想定最大荷重と前記想定最小荷重との差である想定荷重差ΔPを変更して複数回実行することで、前記想定荷重差ΔP毎に前記溶接部の外面応力σfを算出し、前記想定荷重差ΔPを前記溶接部の外面応力σfの線形関数で表した場合の当該線形関数の傾きuを前記板材の板厚t毎に算出して、前記線形関数の傾きuと前記板材の板厚tとの関係式を導出する。
(B)外面応力測定手順:評価対象である前記スポット溶接継手に、前記繰り返し荷重を付加し、熱弾性応力測定法を用いて、前記溶接部の外面応力σirを測定するステップを、前記繰り返し荷重の最大荷重と最小荷重との差である荷重差ΔP’を変更して複数回実行することで、前記荷重差ΔP’毎に前記溶接部の外面応力σirを測定する。
(C)板厚算出手順:前記荷重差ΔP’を前記溶接部の外面応力σirの線形関数で表した場合の当該線形関数の傾きu’を算出し、当該傾きu’を前記導出した関係式に入力することで、前記評価対象である前記スポット溶接継手の前記溶接部における前記板材の板厚t’を算出する。
【0015】
本発明において、「板材の板厚」とは、重ね合わせられた各板材の重ね合わせ方向の寸法のうち、熱弾性応力測定法を適用する側(熱弾性応力測定法に用いる赤外線撮像装置を対向配置する側)の板材の重ね合わせ方向の寸法を意味する。
本発明において、「せん断方向」とは、板材の重ね合わせ方向に直交する方向を意味する。
本発明において、「想定最大荷重」とは、スポット溶接継手の数値解析モデルに付加するものとして設定した繰り返し荷重の最大荷重を意味する。外面応力測定手順でスポット溶接継手に実際に付加する繰り返し荷重の最大荷重と必ずしも同じ値である必要はない。実際に付加する繰り返し荷重の最大荷重が不明である場合、想定最大荷重は任意の値に設定すればよい。
本発明において、「想定最小荷重」とは、スポット溶接継手の数値解析モデルに付加するものとして設定した繰り返し荷重の最小荷重を意味する。外面応力測定手順でスポット溶接継手に実際に付加する繰り返し荷重の最小荷重と必ずしも同じ値である必要はない。実際に付加する繰り返し荷重の最小荷重が不明である場合、想定最小荷重は任意の値に設定すればよい。
本発明において、「外面応力」とは、板材の重ね合わせ面と反対側の面側の応力を意味する。また、「溶接部の外面応力」として、具体的には、板材の重ね合わせ方向から見て、溶接部のナゲットの中心部に対応する位置にある溶接部の熱影響部の応力を例示できる。ただし、これに限るものではなく、溶接部のナゲットと熱影響部との境界部分に対応する位置にある熱影響部の応力や、溶接部の外面側の所定部位の平均応力等を算出することも可能である。
本発明において、「溶接部の外面応力σfを算出する」とは、溶接部の外面応力そのものを算出する場合の他、溶接部の外面応力の時間的変化を算出する場合も含む概念である。
本発明において、「溶接部の外面応力σirを測定する」とは、溶接部の外面応力そのものを測定する場合の他、溶接部の外面応力の時間的変化を測定する場合も含む概念である。
【0016】
本発明によれば、関係式導出手順において、板材の板厚tを変更したスポット溶接継手の複数の数値解析モデルを対象として、それぞれ連成有限要素法解析を想定荷重差ΔPを変更して複数回実行することで、想定荷重差ΔPを溶接部の外面応力σfの線形関数で表した場合の当該線形関数の傾きuと、板材の板厚tとの関係式を導出する。次に、外面応力測定手順において、評価対象であるスポット溶接継手に、熱弾性応力測定法を用いて溶接部の外面応力σirを実際に測定するステップを荷重差ΔP’を変更して複数回実行することで、荷重差ΔP’毎に溶接部の外面応力σirを測定する。最後に、板厚算出手順において、荷重差ΔP’を外面応力測定手順で実際に測定した溶接部の外面応力σirの線形関数で表した場合の当該線形関数の傾きu’を算出し、当該傾きu’を導出した関係式に入力することで、評価対象であるスポット溶接継手の溶接部における板材の板厚t’を算出する。
以上のように、本発明によれば、連成有限要素法解析で導出した関係式と、熱弾性応力測定法で実際に測定した評価対象であるスポット溶接継手の溶接部の外面応力σirとを用いて、スポット溶接継手の溶接部における板材の板厚t’を算出(推定)可能である。
【0017】
なお、関係式を導出するには、板材の板厚が既知で且つ互いに板厚が異なる複数の試験片を用意し、各試験片について熱弾性応力測定法を荷重差を変更して複数回実行することも考えられるものの、試験片の製作や熱弾性応力法を実行するための工数やコストが嵩むという問題がある。本発明によれば、連成有限要素法解析で関係式を導出するため、このような問題が生じない。本発明では、評価対象であるスポット溶接継手に対してのみ、傾きu’を算出するために荷重差ΔP’を変更して少なくとも2回の熱弾性応力測定法を実行するだけでよいため、工数やコストを抑制可能である。
また、本発明において、関係式導出手順を1回実行して関係式を導出しておけば、複数の評価対象に対して外面応力測定手順及び板厚算出手順を実行する際に、導出した同じ関係式を繰り返し用いることが可能である。すなわち、本発明によって複数の評価対象の溶接部における板厚を推定する際、関係式導出手順を評価対象の数だけ実行する必要はなく、予め1回だけ実行しておけばよい。
【0018】
ここで、本発明の関係式導出手順で実行する連成有限要素法解析を、繰り返し荷重を付加する所定時間だけ行うには、繰り返し荷重の周期毎に所定時間だけ計算を繰り返す必要があり、計算時間が増大するため、コストが嵩むという問題がある。
そこで、本発明者らは鋭意検討し、線形変形の弾性解析であれば、繰り返し荷重によって生じる応力の時間的変化が、繰り返し荷重の各周期間で殆ど変わらないことに着目し、これを利用すればよいことに想到した。具体的には、応力場の解析は、繰り返し荷重の周期毎に計算を繰り返すことなく、1周期における繰り返し荷重の想定最大荷重及び想定最小荷重を条件として用いて1回だけ行い、これにより算出される応力の時間的変化を温度場の解析に利用すれば、熱弾性効果によって生じる温度変化のみを、迅速に且つ十分な精度で容易に算出できることに想到した。
【0019】
以下の好ましい方法は、本発明者らの上記の知見に基づき完成したものである。
すなわち、好ましくは、前記関係式導出手順で実行する連成有限要素法解析は、前記数値解析モデルを対象として、前記繰り返し荷重の想定最大荷重及び想定最小荷重を用いた応力解析を行い、前記数値解析モデルの応力分布を算出する応力解析ステップと、前記応力解析ステップで算出した前記数値解析モデルの応力分布と、前記スポット溶接継手の材料特性と、前記繰り返し荷重の周波数とを用いて、熱流束を算出する熱流束算出ステップと、前記熱流束算出ステップで算出した熱流束を用いた伝熱解析を行い、前記数値解析モデルの温度分布を算出する伝熱解析ステップと、を含み、前記熱流束算出ステップ及び前記伝熱解析ステップを前記繰り返し荷重を付加する所定時間だけ繰り返し実行することで、前記所定時間経過後の前記数値解析モデルの温度分布を算出し、前記所定時間経過後の前記数値解析モデルの温度分布に基づき、前記溶接部の外面温度を算出し、前記溶接部の外面温度を前記溶接部の外面応力σfに換算する換算ステップを更に含む。
【0020】
上記の好ましい方法において、「溶接部の外面温度を算出」するとは、溶接部の外面温度そのものを算出する場合の他、溶接部の外面温度の時間的変化を算出する場合も含む概念である。
上記の好ましい方法によれば、応力解析ステップにおいて、スポット溶接継手の数値解析モデルを対象として、繰り返し荷重の想定最大荷重及び想定最小荷重を用いた応力解析を行い、数値解析モデルの応力分布を算出する。この応力解析ステップは、繰り返し実行する必要がなく、繰り返し荷重の想定最大荷重及び想定最小荷重を用いて1回実行すればよい。
次に、上記の好ましい方法によれば、熱流束算出ステップにおいて、応力解析ステップで算出した数値解析モデルの応力分布と、スポット溶接継手の材料特性と、繰り返し荷重の周波数とを用いて、熱流束を算出する。熱流束算出ステップで用いるスポット溶接継手の材料特性としては、スポット溶接継手(板材)の熱弾性係数、密度及び比熱を例示できる。
次に、上記の好ましい方法によれば、伝熱解析ステップにおいて、熱流束算出ステップで算出した熱流束を用いた伝熱解析を行い、数値解析モデルの温度分布を算出する。
そして、上記の熱流束算出ステップ及び伝熱解析ステップを繰り返し荷重を付加する所定時間だけ繰り返し実行することで、所定時間経過後の数値解析モデルの温度分布を算出可能である。
最後に、上記の好ましい方法によれば、換算ステップにおいて、所定時間経過後の数値解析モデルの温度分布に基づき、溶接部の外面温度を算出可能であり、この溶接部の外面温度を溶接部の外面応力σfに換算可能である。溶接部の外面温度を外面応力σfに換算するには、温度と応力との間の公知の関係式を用いればよい。
【0021】
前記関係式導出手順で算出する前記関係式としては、前記板厚tを前記線形関数の傾きuの指数関数で表したものを例示できる。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、熱弾性応力測定法の測定結果を用いて、スポット溶接継手の溶接部における板材の板厚を推定可能である。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】本発明の一実施形態に係るスポット溶接継手の板厚推定方法の手順を概略的に示すフロー図である。
【
図2】スポット溶接継手の数値解析モデル(有限要素解析モデル)の一例を示す。
【
図3】
図1に示す関係式導出手順S1において、想定荷重差ΔP毎に算出した外面応力σfの一例を示す図である。
【
図4】
図1に示す関係式導出手順S1において、板材11の板厚t毎に算出した線形関数の傾きuの一例を示す図である。
【
図5】関係式導出手順S1で実行する連成有限要素法解析の手順を概略的に示すフロー図である。
【
図6】本発明の実施例において、連成有限要素法解析を実行することで得られた数値解析モデルの外面応力分布の一例を示す。
【
図7】本発明の実施例において、熱弾性応力測定法を実行することで得られた外面応力分布の一例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、添付図面を適宜参照しつつ、本発明の一実施形態に係るスポット溶接継手の板厚推定方法(以下、適宜、単に「板厚推定方法」という)について説明する。
図1は、本実施形態に係る板厚推定方法の手順を概略的に示すフロー図である。
図2は、スポット溶接継手の数値解析モデル(有限要素解析モデル)の一例を示す。
図2(a)は数値解析モデルの半分を示す斜視図であり、
図2(b)は
図2(a)の破線Aで囲った領域の拡大斜視図である。
図2において、X方向は、スポット溶接継手に繰り返し荷重を付加する方向(せん断方向)を示す。Z方向は、スポット溶接継手の板材の重ね合わせ方向を示す。Y方向は、スポット溶接継手に繰り返し荷重を付加する方向及びスポット溶接継手の板材の重ね合わせ方向に直交する方向を示す。
図2(a)は、数値解析モデル全体を溶接部の中心を通りXZ平面に平行な平面で分割した数値解析モデルの半分である。
【0025】
図2に示すように、本実施形態に係る板厚推定方法は、重ね合わせられた板材11、12をスポット溶接することにより形成されるスポット溶接継手10に、疲労試験機等によってせん断方向(X方向)の繰り返し荷重を付加して、スポット溶接継手10の溶接部13の外面応力を測定することで、スポット溶接継手10の溶接部13における板材の板厚を推定する方法である。
溶接部13の外面応力は、溶接部13に生じる応力のうち、板材11、12の重ね合わせ面(板材11、12の互いに対向する面である、板材11の面11a及び板材12の面12a)と反対側の面(板材11の面11b及び板材12の面12b)側の応力を意味する。具体的には、溶接部13の外面応力として、板材11、12の重ね合わせ方向(Z方向)から見て、溶接部13のナゲット13aの中心部131に対応する位置にある溶接部13の熱影響部の部位111又は部位121の応力を例示できる。
本実施形態では、後述の外面応力測定手順S2において、赤外線撮像装置を板材11の表面(外面)に対向配置し、溶接部13の板材11側の外面応力(例えば、溶接部13の熱影響部の部位111の応力)を測定する場合を例に挙げるため、後述の関係式導出手順S1で用いる板材の板厚として、板材11の板厚tを使用する。この場合、後述の板厚算出手順S3で算出される溶接部13における板材の板厚は、溶接部13における板材11の板厚t’である。ただし、後述の外面応力測定手順S2において、赤外線撮像装置を板材12の表面(外面)に対向配置し、溶接部13の板材12側の外面応力を測定することも可能である。この場合には、後述の関係式導出手順S1で用いる板材の板厚は、板材12の板厚tであり、後述の板厚算出手順S3で算出される溶接部13における板材の板厚は、溶接部13における板材12の板厚t’である。
図2に示す例では、関係式導出手順S1で用いる数値解析モデルの板材11、12の板厚は同じ値のtであるが、異なる値にすることも可能である。
【0026】
図1に示すように、本実施形態に係る板厚推定方法は、関係式導出手順S1と、外面応力測定手順S2と、板厚算出手順S3と、を含む。以下、各手順S1~S3について順に説明する。
【0027】
<関係式導出手順S1>
図1に示す関係式導出手順S1では、
図2に示すようなスポット溶接継手10の数値解析モデルを対象として、繰り返し荷重の想定最大荷重及び想定最小荷重を用いた応力場及び温度場の連成有限要素法解析(連成FEM解析)を実行する。
具体的には、板材11の板厚tを変更した複数の数値解析モデルを対象として、それぞれ連成FEM解析を、想定最大荷重と想定最小荷重との差である想定荷重差ΔPを変更して複数回実行することで、想定荷重差ΔP毎に溶接部13の外面応力σfを算出する。連成FEM解析の具体的な内容については後述する。
【0028】
より具体的には、関係式導出手順S1では、ある板厚tの数値解析モデルについて、溶接部13の外面応力σfを想定荷重差ΔP毎に算出し、次に、別の板厚tの数値解析モデルについて、溶接部13の外面応力σfを想定荷重差ΔP毎に算出する。以上の手順を全ての板厚tの数値解析モデルについて繰り返し実行する。
図3は、板厚tの異なる複数の数値解析モデルについて、想定荷重差ΔP毎に算出した外面応力σfの一例を示す図である。
図3に示す例では、板厚t=0.8mm、1.2mm、1.6mm、2.0mmの各数値解析モデルについて、異なる想定荷重差ΔP毎に外面応力σfを算出している。
図3に示すように、本発明者らの知見によれば、同じ板厚tについては、想定荷重差ΔPが外面応力σfの線形関数で精度良く近似でき、この線形関数の傾きuが板厚tによって変化することが分かった。すなわち、以下の式(1)が成立することが分かった。
ΔP=u・σf+v ・・・(1)
上記の式(1)において、u、vは、所定の定数を意味する。
図3に示すように、線形関数の傾きuは、板厚tが大きくなるほど大きくなる。
なお、想定荷重差ΔPを近似する式(1)の線形関数は、想定荷重差ΔP毎に算出した外面応力σfに基づき、最小二乗法等の近似計算によって算出可能である。
【0029】
次に、関係式導出手順S1では、式(1)に示すように、想定荷重差ΔPを溶接部13の外面応力σfの線形関数で表した場合の当該線形関数の傾きuを板材11の板厚t毎に算出する。
図4は、関係式導出手順S1において、板材11の板厚t毎に算出した線形関数の傾きuの一例を示す図である。具体的には、
図4は、
図3に示すデータを用いて、板材11の板厚t毎に算出した線形関数の傾きuを示す図である。
図4に示すように、本発明者らの知見によれば、板材11の板厚tは、線形関数の傾きuの指数関数で精度良く近似できることが分かった。すなわち、以下の式(2)が成立することが分かった。
t=c・e
d・u ・・・(2)
上記の式(2)において、c、dは、所定の定数を意味し、eは、自然対数の底を意味する。
したがって、関係式導出手順S1では、線形関数の傾きuと板材11の板厚tとの関係式として、式(2)を導出する。なお、板厚tを近似する式(2)の指数関数は、板厚t毎に算出した線形関数の傾きuに基づき、最小二乗法等の近似計算によって算出可能である。
【0030】
<外面応力測定手順S2>
図1に示す外面応力測定手順S2では、評価対象であるスポット溶接継手10に繰り返し荷重を付加し、熱弾性応力測定法を用いて、評価対象であるスポット溶接継手10の溶接部13の外面応力σirを実際に測定する。具体的には、板材11の表面(外面)に対向配置した赤外線撮像装置を用いて、疲労試験機等によってせん断方向の繰り返し荷重が所定時間だけ付加されるスポット溶接継手10の溶接部13を含む板材11の表面(外面)を連続的に撮像する。そして、好適には、赤外線撮像装置から出力された画像信号から、測定対象とする熱弾性効果によって生じる温度変化に応じた信号波形をロックイン処理する。これにより、評価対象であるスポット溶接継手10の撮像領域の外面応力の分布を測定でき、ひいては溶接部13の外面応力σirを測定可能である。
外面応力測定手順S2では、上記のような溶接部13の外面応力σirを測定するステップを、繰り返し荷重の最大荷重と最小荷重との差である荷重差ΔP’を変更して複数回実行することで、荷重差ΔP’毎に溶接部13の外面応力σirを測定する。
なお、熱弾性応力測定法のより具体的な内容については公知であるため、ここでは詳細な説明を省略する。
【0031】
<板厚算出手順S3>
図1に示す板厚算出手順S3では、外面応力測定手順S2における荷重差ΔP’を溶接部13の外面応力σirの線形関数で表した場合の当該線形関数の傾きu’を算出する。
具体的には、関係式導出手順S1で想定荷重差ΔPを近似する式(1)の線形関数を算出したのと同様に、荷重差ΔP’毎に測定した外面応力σirに基づき、最小二乗法等の近似計算によって、以下の式(1)’で表される線形関数の傾きu’を算出する。
ΔP’=u’・σir+v’ ・・・(1)’
上記の式(1)’において、u’、v’は、所定の定数を意味する。
なお、外面応力算出手順S2において、2つの荷重差ΔP’についてのみ外面応力σirを測定した場合には、線形関数は、各荷重差ΔP’と各荷重差ΔP’について測定した外面応力σirとを座標とする2点を結ぶ直線として算出される。
【0032】
次に、板厚算出手順S3では、上記のようにして算出した傾きu’を関係式導出手順S1で導出した関係式(式(2))に入力することで、評価対象であるスポット溶接継手10の溶接部13における板材11の板厚t’を算出する。具体的には、式(2)の右辺のuの代わりにu’を入力することで得られる左辺の値を板厚t’として算出する。すなわち、以下の式(2)’によって板厚t’を算出する。
t’=c・ed・u’ ・・・(2)’
【0033】
以下、関係式導出手順S1で実行する連成FEM解析の具体的な内容について説明する。
図5は、関係式導出手順S1で実行する連成FEM解析の手順を概略的に示すフロー図である。
図5に示すように、関係式導出手順S1で実行する連成FEM解析は、応力解析ステップS11と、熱流束算出ステップS12と、伝熱解析ステップS13と、換算ステップS15と、を含む。以下、各ステップS11~S15について順に説明する。
【0034】
[応力解析ステップS11]
応力解析ステップS11では、
図2に示すようなスポット溶接継手10の数値解析モデルを対象として、スポット溶接継手10に付加される繰り返し荷重の想定最大荷重及び想定最小荷重を用いた応力解析を行い、数値解析モデルの応力分布を算出する。この応力解析には、スポット溶接継手10に付加される繰り返し荷重の想定最大荷重及び想定最小荷重の他、板材11、12のヤング率及びポアソン比や、境界条件(対称条件、拘束条件など)が用いられる。
具体的には、本実施形態の応力解析ステップS11では、応力解析を実行することで、数値解析モデルの応力分布の時間的変化を算出する。換言すれば、数値解析モデルの要素毎に応力(主応力和ともいう)の時間的変化Δσを算出する。
なお、応力解析を実行するためのソフトウェアとしては、例えば、SIMULIA社製の汎用非線形有限要素解析プログラム「Abaqus」を好適に用いることができるが、本発明はこれに限るものではない。算出した数値解析モデルの応力分布の時間的変化は、後述の熱流束算出ステップS12で用いるため、例えば、各ステップS11~S15を実行するためのコンピュータが具備するメモリ、ハードディスク、CD-ROM等の記憶媒体に保存すればよい。
【0035】
[熱流束算出ステップS12]
熱流束算出ステップS12では、応力解析ステップS11で算出した数値解析モデルの応力分布(応力分布の時間的変化)と、スポット溶接継手10の材料特性(例えば、板材11、12の熱弾性係数、密度及び比熱)と、繰り返し荷重の周波数とを用いて、熱流束を算出する。
具体的には、本実施形態の熱流束算出ステップS12では、まず以下の式(3)に基づき、数値解析モデルの要素毎に温度の時間的変化ΔTを算出する。
ΔT=-K・T・Δσ ・・・(3)
上記の式(3)において、ΔTは温度の時間的変化を、Kは板材11、12の熱弾性係数を、Δσは応力の時間的変化を、Tは数値解析モデルの温度を意味する。なお、熱流束算出ステップS12を最初に実行する際、Tには初期温度として雰囲気温度(例えば、20℃)が入力される。
【0036】
次に、熱流束算出ステップS12では、以下の式(4)又は式(5)に基づき、数値解析モデルの要素毎に熱流束Fを算出する。
F=-2・ΔT・ρ・Cp・Hz ・・・(4)
F=2・ΔT・ρ・Cp・Hz ・・・(5)
上記の式(4)及び式(5)において、Fは熱流束を、ρは板材11、12の密度を、Cpは板材11、12の比熱を、Hzは繰り返し荷重の周波数を意味する。圧縮方向に荷重が変化するときには上記の式(4)が用いられ、引張方向に荷重が変化するときには上記の式(5)が用いられる。
なお、熱流束算出ステップS12を実行するためのソフトウェアは、例えば、上記の式(3)~式(5)を実行するプログラムをSIMULIA社製の汎用非線形有限要素解析プログラム「Abaqus」が具備するユーザーサブルーチンとして作成することができるが、本発明はこれに限るものではない。
【0037】
[伝熱解析ステップS13]
伝熱解析ステップS13では、熱流束算出ステップS12で算出した熱流束Fを用いた伝熱解析を行い、数値解析モデルの温度分布を算出する。具体的には、本実施形態の伝熱解析ステップS13では、伝熱解析を実行することで、数値解析モデルの温度分布の時間的変化を算出する。換言すれば、数値解析モデルの要素毎に温度の時間的変化ΔTを算出する。
具体的には、伝熱解析には、熱流束Fの他、数値解析モデルの温度T、板材11、12の対流熱伝達係数及び放射率が用いられる。なお、伝熱解析ステップS13を最初に実行する際、Tには初期温度として雰囲気温度(例えば、20℃)が入力される。
なお、伝熱解析を実行するためのソフトウェアとしては、例えば、SIMULIA社製の汎用非線形有限要素解析プログラム「Abaqus」を好適に用いることができるが、本発明はこれに限るものではない。
【0038】
そして、関係式導出手順S1では、上記の熱流束算出ステップS12及び伝熱解析ステップS13を所定時間(外面応力測定手順S2で実際に赤外線撮像装置を用いてスポット溶接継手10を連続的に撮像する所定時間と同じ時間)だけ繰り返し実行する。すなわち、
図5のステップS14で、所定時間が経過したか否かを判断し、所定時間が経過していない場合(
図5のステップS14で「No」の場合)には、再び熱流束算出ステップS12及び伝熱解析ステップS13を実行する。所定時間が経過した場合(
図5のステップS14で「Yes」の場合)には、熱流束算出ステップS12及び伝熱解析ステップS13での計算を終了する。これにより、所定時間経過後の数値解析モデルの温度分布の時間的変化を算出可能である。
【0039】
[換算ステップS15]
換算ステップS15では、所定時間経過後の数値解析モデルの温度分布(温度分布の時間的変化)に基づき、溶接部13の外面温度を算出する。そして、この溶接部13の外面温度を溶接部13の外面応力σfに換算する。外面応力σfへの換算には、温度と応力との間の公知の関係式を用いればよい。
【0040】
以上に説明した連成FEM解析を関係式導出手順S1で実行することにより、外面応力測定手順S2で熱弾性応力測定法を用いて測定する溶接部13の外面応力σirと同等の外面応力σfを算出可能である。
【0041】
以上に説明した本実施形態に係る板厚推定方法によれば、連成FEM解析で導出した関係式と、熱弾性応力測定法で実際に測定した評価対象であるスポット溶接継手10の溶接部13の外面応力σirとを用いて、スポット溶接継手10の溶接部13における板材11の板厚t’を算出(推定)可能である。
なお、本実施形態に係る板厚推定方法によって推定される溶接部13における板材11の板厚t’は、溶接部13の外面11bから応力集中部位である内面11aまでの距離である。このため、スポット溶接継手10に限らず、一般的な板材に対しても本実施形態に係る板厚推定方法を適用することで、板材の表面から応力集中部位である板材の内部に存在する欠陥までの距離を推定できることが期待できる。
【0042】
以下、本実施形態に係る板厚推定方法を実行した実施例について説明する。
本実施例では、590Mpa級鋼板である板材11、12をスポット溶接することにより形成されるスポット溶接継手10を評価対象として、疲労試験機を用いて周波数が7Hzのせん断方向の繰り返し荷重(引張荷重)を所定時間(10sec)だけ付加し、板材11の板厚t’を推定した。
【0043】
本実施例において、関係式導出手順S1では、
図2に示すような複数(板厚t=0.8mm、1.2mm、1.6mm、2.0mmの4種類)の数値解析モデルを対象として、繰り返し荷重の想定荷重差ΔPを、板厚t=0.8mmについては0.5kN~1.7kNの範囲で変更し、板厚t=1.2mmについては0.8kN~2.6kNの範囲で変更し、板厚t=1.6mmについては1.1kN~3.5kNの範囲で変更し、板厚t=2.0mmについては1.3kN~4.3kNの範囲で変更して、それぞれ連成FEM解析を実行することで、想定荷重差ΔP毎に溶接部13の外面応力σfを算出した。何れの想定荷重差ΔPについても、応力比R(R=想定最小荷重/想定最大荷重)は0.05とした。また、板材11、12のヤング率を205.9GPa、ポアソン比を0.3とした。
連成FEM解析の熱流束算出ステップS12では、数値解析モデルの初期温度を20℃とし、板材11、12の熱弾性係数Kを3.14e
-6(eは自然対数の底)とした。また、板材11、12の密度ρを7.8e
-6kg/mm
3(eは自然対数の底)とし、板材11、12の比熱Cpを460kJ/kgとした。さらに、熱流束Fを算出する際に、繰り返し荷重の想定最大荷重から想定最小荷重に変化する際には前述の式(4)を用い、想定最小荷重から想定最大荷重に変化する際には前述の式(5)を用いた。
連成FEM解析の伝熱解析ステップS13では、数値解析モデルの初期温度を20℃とし、板材11、12の対流熱伝達係数を11.628W/(m
2・K)とし、板材11、12の放射率を0.8とした。
本実施例の関係式導出手順S1では、以上に述べた条件で、想定荷重差ΔPを溶接部13の外面応力σfの線形関数で表した場合の当該線形関数の傾きuを板材11の板厚t毎に算出して、線形関数の傾きuと板材11の板厚tとの関係式を導出した。具体的には、前述の式(2)の定数c、dの値を導出した。この導出した定数c、dの値は、後述の本実施例の板厚算出手順S3で使用する式(2)’に用いた。
【0044】
図6は、本実施例において、連成FEM解析を実行することで得られた数値解析モデルの外面応力分布の一例を示す。具体的には、
図6は、周波数が7Hzで想定荷重差ΔPが2.6kN(応力比R=0.05)の繰り返し荷重の想定最大荷重を付加した場合における外面応力分布であり、板厚t=1.2mmの数値解析モデル全体を溶接部13の中心を通りXZ平面に平行な平面で分割した数値解析モデルの半分の外面応力分布を示す。
図6に示す数値解析モデルの外面応力分布に基づき算出された溶接部13の外面応力σfは135MPa(圧縮応力)であった。
【0045】
前述の
図3に示す例は、本実施例の関係式導出手順S1によって得られた想定荷重差ΔP毎の外面応力σfである。また、前述の
図4は、本実施例の関係式導出手順S1によって得られた板材11の板厚t毎の線形関数の傾きuである。
【0046】
本実施例において、外面応力測定手順S2では、前述のように、評価対象であるスポット溶接継手10に疲労試験機を用いて周波数が7Hzのせん断方向の繰り返し荷重(引張荷重)を所定時間(10sec)だけ付加し、熱弾性応力測定法(ロックイン処理あり)を用いて、溶接部13の外面応力σirを実際に測定した。荷重差ΔP’は2.0kN(応力比R=0.05)、0.8kN(応力比R=0.05)の2条件で外面応力σirを測定した。荷重差ΔP’=2.0kNのときの外面応力σir=117MPa、荷重差ΔP’=0.8kNのときの外面応力σir=53MPaであった。
図7は、熱弾性応力測定法を実行することで得られた外面応力分布の一例を示す。具体的には、
図7は、
図6に結果を示す連成FEM解析の場合と同様に、荷重差ΔP’が2.6kN(応力比R=0.05)の繰り返し荷重の最大荷重を付加した場合に、熱弾性応力測定法を実行することで得られた外面応力分布である。
図7に示す外面応力分布は、
図6に示す連成FEM解析を実行することで得られた数値解析モデルの外面応力分布に近似した分布になっていることが分かる。
図7に示す外面応力分布に基づき算出された外面応力σirは139MPa(圧縮応力)であり、
図6に示す外面応力分布に基づき算出された外面応力σf=135MPa(圧縮応力)と同等であった。
【0047】
本実施例において、板厚算出手順S3では、外面応力測定手順S2における荷重差ΔP’(ΔP’=2.0kN、0.8kN)を溶接部13の外面応力σir(σir=117MPa、53MPa)の線形関数で表した場合の当該線形関数の傾きu’を算出した。具体的には、各荷重差ΔP’と各荷重差ΔP’について測定した外面応力σirとを座標とする2点を結ぶ直線の傾きとして、傾きu’を算出し、
u’=(2.0-0.8)/(117-53)=0.01875
が得られた。
このu’を前述の式(2)’の右辺に代入することで、板厚t’=1.22mmとなった。
評価対象であるスポット溶接継手10の溶接部13における板材11の実際の板厚は1.2mmであったため、誤差は(1.22-1.2)/1.2×100≒1.2%であり、溶接部13における板材11の板厚を精度良く推定できることが分かった。
【符号の説明】
【0048】
10・・・スポット溶接継手
11、12・・・板材
13・・・溶接部
S1・・・関係式導出手順
S2・・・外面応力測定手順
S3・・・板厚算出手順