(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022178743
(43)【公開日】2022-12-02
(54)【発明の名称】原子力緊急時の意思決定支援装置、方法及びプログラム
(51)【国際特許分類】
G06Q 50/26 20120101AFI20221125BHJP
G06Q 10/04 20120101ALI20221125BHJP
【FI】
G06Q50/26
G06Q10/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021085763
(22)【出願日】2021-05-21
(71)【出願人】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(71)【出願人】
【識別番号】317015294
【氏名又は名称】東芝エネルギーシステムズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001380
【氏名又は名称】弁理士法人東京国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】石崖 芙美絵
(72)【発明者】
【氏名】田原 美香
(72)【発明者】
【氏名】堀江 英樹
(72)【発明者】
【氏名】竹澤 伸久
【テーマコード(参考)】
5L049
【Fターム(参考)】
5L049AA04
5L049CC35
(57)【要約】
【課題】不確実性を持つ情報に基づいて、安全な公衆避難を立案するための原子力緊急時の意思決定支援技術を提供する。
【解決手段】原子力緊急時の意思決定支援装置10は、イベントツリー20を登録する第1登録部11と、処置事項17(17a,17b…)の実行結果(成功/失敗)を判定する判定部22と、シーケンスSを判定部22の判定に基づいて抽出する抽出部25と、各々の処置事項17における分岐確率を登録する第2登録部12と、シーケンスS(S
1,S
2,…)の到達頻度P(P
1,P
2,…)を分岐確率Qに基づいて計算する計算部26と、各々のシーケンスSにおいて放射性物質が環境放出されるまでの開始時間Tを登録する第3登録部13と、抽出されたシーケンスS(S
1,S
2,…)の各々における開始時間T(T
1,T
2,…)と到達頻度P(P
1,P
2,…)とに基づいてグラフを作成する作成部27と、を備える。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
原子力災害の起因事象の進展を防止する一連の処置事項における成功/失敗の実行結果で分岐が定義される複数のシーケンスにより構成したイベントツリーを登録する第1登録部と、
発生した前記起因事象を運転情報に基づいて特定し、さらに対応する前記イベントツリーにおける前記処置事項の前記実行結果を判定する判定部と、
前記判定部の判定に基づいて、終状態に到達する可能性を持ち放射性物質を環境放出させる蓋然性を持つ前記シーケンスを抽出する抽出部と、
各々の前記処置事項における前記実行結果が成功又は失敗したかの分岐確率を登録する第2登録部と、
前記実行結果が未定である前記処置事項に位置する前記分岐の前記分岐確率に基づいて、前記抽出された前記シーケンスの各々における前記終状態までの到達頻度を計算する計算部と、
前記シーケンスの各々において、前記起因事象が発生してから前記放射性物質が環境放出されるまでの開始時間を登録する第3登録部と、
前記抽出された前記シーケンスの各々における前記開始時間と前記到達頻度とに基づいてグラフを作成する作成部と、を備える原子力緊急時の意思決定支援装置。
【請求項2】
請求項1に記載の原子力緊急時の意思決定支援装置において、
前記環境放出の規模に基づいて、前記抽出された前記シーケンスの各々に対する公衆避難の重大性を評価する第1評価部を備える原子力緊急時の意思決定支援装置。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の原子力緊急時の意思決定支援装置において、
前記グラフにおける前記到達頻度の時間積算値が閾値に達した時点に基づいて、公衆避難の緊急性を評価する第2評価部を備える原子力緊急時の意思決定支援装置。
【請求項4】
請求項2又は請求項3に記載の原子力緊急時の意思決定支援装置において、
気象情報及び環境放射線情報の少なくとも一方を含む環境情報に基づいて、前記公衆避難の重大性又は緊急性が評価される原子力緊急時の意思決定支援装置。
【請求項5】
請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の原子力緊急時の意思決定支援装置において、
取得される前記運転情報に基づいて、前記原子力災害の情勢に応じ、前記登録されている前記分岐確率及び前記開始時間の少なくとも一方を更新する更新部を備える原子力緊急時の意思決定支援装置。
【請求項6】
原子力災害の起因事象の進展を防止する一連の処置事項における成功/失敗の実行結果で分岐が定義される複数のシーケンスにより構成したイベントツリーを登録するステップと、
発生した前記起因事象を運転情報に基づいて特定し、さらに対応する前記イベントツリーにおける前記処置事項の前記実行結果を判定するステップと、
前記判定に基づいて、終状態に到達する可能性を持ち放射性物質を環境放出させる蓋然性を持つ前記シーケンスを抽出するステップと、
各々の前記処置事項における前記実行結果が成功又は失敗したかの分岐確率を登録するステップと、
前記実行結果が未定である前記処置事項に位置する前記分岐の前記分岐確率に基づいて、前記抽出された前記シーケンスの各々における前記終状態までの到達頻度を計算するステップと、
前記シーケンスの各々において、前記起因事象が発生してから前記放射性物質が環境放出されるまでの開始時間を登録するステップと、
前記抽出された前記シーケンスの各々における前記開始時間と前記到達頻度とに基づいてグラフを作成するステップと、を含む原子力緊急時の意思決定支援方法。
【請求項7】
コンピュータに、
原子力災害の起因事象の進展を防止する一連の処置事項における成功/失敗の実行結果で分岐が定義される複数のシーケンスにより構成したイベントツリーを登録するステップ、
発生した前記起因事象を運転情報に基づいて特定し、さらに対応する前記イベントツリーにおける前記処置事項の前記実行結果を判定するステップ、
前記判定に基づいて、終状態に到達する可能性を持ち放射性物質を環境放出させる蓋然性を持つ前記シーケンスを抽出するステップ、
各々の前記処置事項における前記実行結果が成功又は失敗したかの分岐確率を登録するステップ、
前記実行結果が未定である前記処置事項に位置する前記分岐の前記分岐確率に基づいて、前記抽出された前記シーケンスの各々における前記終状態までの到達頻度を計算するステップ、
前記シーケンスの各々において、前記起因事象が発生してから前記放射性物質が環境放出されるまでの開始時間を登録するステップ、
前記抽出された前記シーケンスの各々における前記開始時間と前記到達頻度とに基づいてグラフを作成するステップ、を実行させる原子力緊急時の意思決定支援プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、原子力緊急時の意思決定支援技術に関する。
【背景技術】
【0002】
原子力施設において異常事態が発生した際、事故時の公衆の放射線被ばくリスクを低減するために、原子力規制委員会が制定した原子力災害対策指針では、放射性物質の環境への放出前に公衆の予防的避難を行うこととしている。そして、原子力施設の状態に対応した緊急時活動レベル(EAL)に基づき警報を発令し、公衆避難の準備・実施をするという運用が検討されている。
【0003】
緊急時活動レベル(EAL:Emergency Action level)とは、原子力施設において異常事態が発生した際の、緊急性を判断する基準である。そしてEALは、施設の情報、放射線量等に基づき「警戒事態」、「施設敷地緊急事態」及び「全面緊急事態」の三種類に大きく分類されている。
【0004】
原子力災害が発生した場合、国あるいは事業者が、EALによる警報発令、および原子力災害対策指針の考え方に基づき、原子力発電所事故の状況に応じて、避難等の対応について自治体に指示する。これを受けて自治体は、地域防災計画に基づき、地域の実情を勘案して、具体的な避難経路、避難先を立案すると共に、住民に対して避難等を指示する。
【0005】
一方において、原子力施設の運転情報に基づいて起因事象を同定し、同定した起因事象からの事象進展を解析し、この解析結果から導かれる被ばく予測に基づいて、避難計画を立案する原子力緊急時対応システムが公知となっている。この公知技術によれば、放射性物質の放出開始時間を予測することができる。
【0006】
さらに、事象進展解析に基づいたEALのタイミング評価や、炉心損傷時間および格納容器破損までの余裕時間を考慮して防護措置実施時の被ばくリスクを評価する評価手法が公知となっている。この公知技術によれば、EALタイミングおよび格納容器破損までの余裕時間を予測することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】S/NRA/R Research Report「緊急時活動レベル(EAL)に係るリスク情報活用等の研究」RREP-2020-2003 ,2020
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述した地域防災計画では、防護最適化の判定指標に、公衆避難の完了時間が用いられている。このため地域防災計画では、EALによる警報が発令されてから最短時間のうちに公衆避難が完了するように、準備・実施手順が計画されている。したがって、これまでの地域防災計画では、EALによる警報が発令されてから放射性物質の放出が開始されるまでどの程度の時間的余裕があるか、あるいは避難の緊急性がどの程度のものか、といった情報を把握できない。このため、原子力施設に異常事態が発生した場合に、公衆避難を準備・実施する自治体にとって、安全な避難計画の立案に支障をきたしてきた。
【0010】
また上述した公知技術では、想定した事故シナリオにおいて、放射性物質の放出開始時間の予測は可能である。しかし、現実には、現象の不明さや時々刻々と変化する状況によって、放射性物質の放出開始時間の予測値は、大きな不確実性を有する。このような不確実性を持つ情報に基づいては、自治体の意思決定を支援させることが、困難であった。
【0011】
本発明の実施形態はこのような事情を考慮してなされたもので、不確実性を持つ情報に基づいて、安全な公衆避難を立案するための原子力緊急時の意思決定支援技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
実施形態に係る原子力緊急時の意思決定支援装置において、原子力災害の起因事象の進展を防止する一連の処置事項における成功/失敗の実行結果で分岐が定義される複数のシーケンスにより構成したイベントツリーを登録する第1登録部と、発生した前記起因事象を運転情報に基づいて特定しさらに対応する前記イベントツリーにおける前記処置事項の前記実行結果を判定する判定部と、前記判定部の判定に基づいて終状態に到達する可能性を持ち放射性物質を環境放出させる蓋然性を持つ前記シーケンスを抽出する抽出部と、各々の前記処置事項における前記実行結果が成功又は失敗したかの分岐確率を登録する第2登録部と、前記実行結果が未定である前記処置事項に位置する前記分岐の前記分岐確率に基づいて前記抽出された前記シーケンスの各々における前記終状態までの到達頻度を計算する計算部と、前記シーケンスの各々において前記起因事象が発生してから前記放射性物質が環境放出されるまでの開始時間を登録する第3登録部と、前記抽出された前記シーケンスの各々における前記開始時間と前記到達頻度とに基づいてグラフを作成する作成部と、を備える。
【発明の効果】
【0013】
本発明の実施形態により、不確実性を持つ情報に基づいて、安全な公衆避難を立案するための原子力緊急時の意思決定支援技術が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の第1実施形態に係る原子力緊急時の意思決定支援装置のブロック図。
【
図2】複数のシーケンスにより構成されるイベントツリー。
【
図3】分岐確率に基づいて求めるシーケンスの終状態までの到達頻度の計算式。
【
図4】(A)最初の処置事項の実行結果が「成功」である場合、シーケンスの抽出状況を示すイベントツリー、(B)次の処置事項の実行結果が「失敗」である場合、シーケンスの抽出状況を示すイベントツリー。
【
図5】起因事象の発生時刻から後の現在時刻における、放射性物質の環境放出の開始時刻とその確率を示すグラフ。
【
図6】第2実施形態に係る原子力緊急時の意思決定支援装置のブロック図。
【
図7】(A)第2実施形態において、シーケンスの各々における公衆避難の重大性の評価指標を示すテーブル、(B)公衆避難の緊急性を示す表示結果。
【
図8】第2実施形態において、(A)起因事象の発生後、最初の処置事項の実行結果が「成功」である場合、放射性物質の環境放出の開始時刻とその確率を示すグラフ、(B)最初の処置事項の実行後、次の処置事項の実行結果が「失敗」である場合、放射性物質の環境放出の開始時刻とその確率を示すグラフ。
【
図9】第3実施形態に係る原子力緊急時の意思決定支援装置のブロック図。
【
図10】第4実施形態に係る原子力緊急時の意思決定支援装置のブロック図。
【
図11】実施形態に係る原子力緊急時の意思決定支援方法の工程及びその意思決定支援プログラムのアルゴリズムを示すフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0015】
(第1実施形態)
以下、本発明の実施形態を添付図面に基づいて説明する。
図1は本発明の第1実施形態に係る原子力緊急時の意思決定支援装置10A(10)(以下、単に「装置10A」という)のブロック図である。
図2は複数のシーケンスS(S
1,S
2,…)により構成されるイベントツリー20である。
図3は分岐確率Q(Q
a,Q
b…)に基づいて求めるシーケンスS(S
1,S
2,…)の終状態までの到達頻度P(P
1,P
2…)の計算式である。
【0016】
このように装置10Aは、原子力災害の起因事象16(
図2)の進展を防止する一連の処置事項17(17a,17b…)における成功/失敗の実行結果で分岐14(14a,14b…)が定義される複数のシーケンスS(S
1,S
2,…)により構成したイベントツリー20を登録する第1登録部11と、発生した起因事象16を運転情報15に基づいて特定しさらに対応するイベントツリー20における処置事項17(17a,17b…)の実行結果(成功/失敗)を判定する判定部22と、を備えている。
【0017】
さらに装置10Aは、終状態に到達する可能性を持ち放射性物質を環境放出させる蓋然性を持つシーケンスSを上記判定に基づいて抽出する抽出部25と、各々の処置事項17(17a,17b…)における前記実行結果が成功又は失敗したかの分岐確率(図示は「失敗」の分岐確率Q(Q
a,Q
b…))を登録する第2登録部12と、抽出されたシーケンスS(S
1,S
2,…)の各々における終状態までの到達頻度P(P
1,P
2,…)(
図3)を実行結果が未定である処置事項17に位置する分岐14の分岐確率Qに基づいて計算する計算部26と、を備えている。
【0018】
さらに装置10Aは、各々のシーケンスSにおいて起因事象16が発生してから放射性物質が環境放出されるまでの開始時間Tを登録する第3登録部13と、抽出されたシーケンスS(S1,S2,…)の各々における開始時間T(T1,T2,…)と到達頻度P(P1,P2,…)とに基づいてグラフを作成する作成部27と、を備えている。
【0019】
図2に示すシーケンスS(S
1,S
2,…)の左端の起因事象16は、放射性物質を環境放出させる重大事故(炉心損傷など)に至る事故進展の発生要因になりえる事象であり、例えば確率論的リスク評価(PRA:Probabilistic Risk Assessment)において複数のものが同定されている。そして、この起因事象16を出発端として、放射性物質の環境放出を防止する複数の対策が、処置事項17(17a,17b…)として時系列にヘディングされている。そしてシーケンスS(S
1,S
2,…)の各々は、それぞれの処置事項17(17a,17b…)の実行結果の成功/失敗で定義される分岐14(14
a,14
b…)により右端の終状態まで展開されている。
【0020】
ここでシーケンスS(S1,S2,…)各々の終状態は、放射性物質の環境放出を防止したか「OK」又は防止できなかったか「NG」に関連付けされており、さらに放射性物質の環境放出を防止できなかった「NG」の場合は、さらに環境放出の規模についても関連付けられている。そして、複数種類の起因事象16の各々により規定された複数のイベントツリー20が第1登録部11に登録されている。
【0021】
そして、各々の処置事項17(17a,17b…)は、実行結果が「成功」すれば起因事象16の進展防止に寄与し、「失敗」すれば起因事象16の進展を促進させてしまう。そこで、処置事項17(17a,17b…)の各々は、実行結果が成功又は失敗したかの分岐確率Q(Qa,Qb…)を持っており、その初期値が第2登録部12に登録されている。これら分岐確率Q(Qa,Qb…)は、詳細な説明を省略するが、処置事項17を実行する複数の構成機器のフォールトツリー解析等により、予め求めることができる。
【0022】
図3に示すように、起因事象16が発生直後で全ての処置事項17(17a,17b…)の実行結果(成功/失敗)が未定である場合、各々のシーケンスS(S
1,S
2,…)の終状態までの到達頻度P(P
1,P
2…)は、このような計算式で表される。なお、
図3に示す計算式は、典型的な部分を示したものであり、実際にはその他の係数や変数が付加されていたり変形式であったりする場合もある。
【0023】
ところで、起因事象16の発生後、一連の処置事項17(17a,17b…)の実行結果(成功/失敗)が順次確定していくに従って、各々のシーケンスS(S1,S2,…)の終状態までの到達頻度P(P1,P2…)も変化する。
【0024】
具体的に説明すると、最初の処置事項17aの実行結果が「成功」である場合、失敗の分岐確率Qa=0となり、P1=(1-Qb)・(1-Qc)、P2=(1-Qb)・Qc、P3=Qb・(1-Qc)、P4=Qb・Qc、P5=P6=P7=P8=0に変化する。そして、最初の処置事項17aの実行結果が「失敗」である場合、失敗の分岐確率Qa=1となり、P1=P2=P3=P4=0、P5=(1-Qb)・(1-Qc)、P6=(1-Qb)・Qc、P7=Qb・(1-Qc)、P8=Qb・Qcに変化する。
【0025】
運転情報15は、原子力施設のプロセス信号等といった時々刻々と変化する制御値であって、取得部21においてリアルタイムに取得される。この原子力施設に万が一の災害が生じた場合、その起因事象16に対応した特有の運転情報15が取得される。さらに、この起因事象16の進展を防止するため処置事項17(17a,17b…)が実行された場合、その成功/失敗の結果に対応した特有の運転情報15が取得される。
【0026】
判定部22は、リアルタイムに取得した運転情報15を解析することで、原子力施設に発生した起因事象16を特定し、対応するイベントツリー20を第1登録部11から呼び出す。さらに続けて判定部22は、リアルタイムに取得した運転情報15を解析することで、イベントツリー20における一連の処置事項17(17a,17b…)の実行結果(成功/失敗)を判定する。そして、この判定の確定がつき次第、実行結果(成功/失敗)を出力する。
【0027】
図4(A)は最初の処置事項17aの実行結果が「成功」である場合における、シーケンスS(S
1,…S
M)の抽出状況を示すイベントツリー20である。
図4(B)は次の処置事項17bの実行結果が「失敗」である場合における、シーケンスS(S
m+1,…S
M)の抽出状況を示すイベントツリー20である。このようにイベントツリー20は、起因事象16の位置から判定部22が現在判定中の処置事項17に対応する分岐14の位置まで、シーケンスSのルートが強調表示されている。
【0028】
抽出部25(
図1)では、終状態に到達する可能性を持つシーケンスSを判定部22の出力に基づいて抽出する。すなわち、
図4(A)に示すように、処置事項17aの実行結果が「成功」(分岐確率Q
a=0;
図3)が確定した時点で、「失敗」の分岐14aを持つシーケンスSの到達頻度P=0となり終状態への到達が不可能になる一方で、「成功」の分岐14aを持つシーケンスSの到達頻度Pが有限値をとり終状態への到達が可能になる。また他方において
図4(B)に示すように、処置事項17bの実行結果が「失敗」(分岐確率Q
a=1;
図3)が確定した時点で、「成功」の分岐14bを持つシーケンスSの到達頻度P=0となり終状態への到達が不可能になる一方で、「失敗」の分岐14bを持つシーケンスSの到達頻度Pが有限値をとり終状態への到達が可能になる。
【0029】
さらに抽出部25では、シーケンスS(S1,S2,…)各々の終状態が、既述したように、放射性物質の環境放出を防止したか「OK」又は防止できなかったか「NG」に関連付けされていることに基づいて、環境放出させる蓋然性を持つシーケンスSの抽出を行う。
【0030】
計算部26(
図1)では、
図4(A)(B)の強調表示の終端で示される現時点から終状態までの到達頻度P(P
1,P
2,…)(
図3)を、抽出されたシーケンスS(S
1,S
2,…)の各々に関して計算する。つまり計算部26は、実行結果(成功/失敗)が未定である処置事項17に位置する分岐14の分岐確率Qに基づいて、抽出されたシーケンスS(S
1,S
2,…)の到達頻度P(P
1,P
2,…)(
図3)を計算する。
【0031】
第3登録部13には、各々のシーケンスS(S1,S2,…)において起因事象16が発生してから放射性物質が環境放出されるまでの開始時間Tが登録されている。この開始時間Tは、例えば、米国電力研究所(EPRI)によって開発されたMAAPコード等を用いて予め求められる。このMAAPコードは、軽水炉の炉心損傷、原子炉圧力容器(RPV)破損、原子炉格納容器(PCV)破損からコア・コンクリート反応、放射性物質の発生・移行・放出に至る事故進展の一連のプロセスを解析することができる。
【0032】
すなわち、各々のシーケンスS(S1,S2,…)において、起因事象16の発生後、炉心を冷却可能な状態にすることができて終息するか、あるいはPCVが機能喪失し放射性物質を環境放出するといった重大事故に発展するか、といったプロセス解析を行うことができる。
【0033】
第1登録部11に登録されているイベントツリー20(
図2)のうち、このような解析を通じて、放射性物質の環境放出を防止できたシーケンスSの終状態には、上述したように「OK」が関連付けられている。そして、放射性物質の環境放出が防止できなかったシーケンスSの終状態には、上述したように「NG」が関連付けられている。さらに「NG」の終状態については、この解析から得られる環境放出の規模についての情報も関連付けられている。さらに「NG」の終状態を持つシーケンスSについては、第3登録部13に登録された開始時間Tが関連付けられている。
【0034】
図5は、起因事象16の発生時刻から後の現在時刻における、放射性物質の環境放出の開始時刻Tとその確率を示すグラフである。このグラフにおいて、横軸の開始時刻を一定間隔で区切った階級に、起因事象16の「発生時刻」からの開始時間Tを設定し、対応するシーケンスS(S
1,S
2,…)の到達頻度P(P
1,P
2…)を積み上げて、縦軸の確率としている。このグラフは表示部28に表示される。
【0035】
作成部27(
図1)は、「現在時刻」において抽出部25で抽出されたシーケンスS(S
1,S
2,…)の各々における開始時間T(T
1,T
2,…)と到達頻度P(P
1,P
2,…)とに基づいてグラフ(
図5)を作成する。これにより、放射性物質の環境放出に関する不確実性を持つ情報に基づいて、安全な公衆避難を立案することができる。そして、一連の処置事項17(17a,17b…)の実行結果(成功/失敗)が確定していくにつれ、放射性物質の環境放出に関する不確実性が減少し、より安全な公衆避難を立案できる。
【0036】
(第2実施形態)
次に
図6から
図7を参照して本発明における第2実施形態について説明する。
図6は第2実施形態に係る原子力緊急時の意思決定支援装置10B(10)(以下、単に「装置10B」という)のブロック図である。なお、
図6において
図1と共通の構成又は機能を有する部分は、同一符号で示し、重複する説明を省略する。
【0037】
図6に示すように第2実施形態の装置10Bは(適宜、
図2参照)、第1実施形態の装置10Aと同様に、イベントツリー20の第1登録部11と、処置事項17(17a,17b…)の判定部22と、シーケンスS(S
1,S
2,…)の抽出部25と、分岐確率Q(Q
a,Q
b…)の第2登録部12と、到達頻度P(P
1,P
2,…)の計算部26と、環境放出の開始時間Tの第3登録部13と、グラフ(
図8)の作成部27と、を備えている。
【0038】
さらに第2実施形態の装置10Bは、環境放出の規模に基づいて、抽出されたシーケンスS(S1,S2,…)の各々に対する公衆避難の重大性を評価する第1評価部31と、グラフにおける到達頻度P(P1,P2,…)の時間積算値が閾値35に達した時点に基づいて公衆避難の緊急性を評価する第2評価部32とを備えている。
【0039】
図7(A)は第2実施形態において、シーケンスS(S
1,S
2,…)の各々における公衆避難の重大性の評価指標を示すテーブルである。
図7(B)は公衆避難の緊急性を示す表示結果である。このように第1評価部31では、到達頻度P、開始時間T、環境放出の規模の情報等に基づいて、シーケンスS(S
1,S
2,…)の各々の重大度について
図7(A)に示すようにランク(A,B,C…)付けする。さらに
図7(B)に示すように、表示部28に表示する。
【0040】
図8(A)は、
図4(A)に示されるように起因事象16の発生後、最初の処置事項17aの実行結果が「成功」である場合、放射性物質の環境放出の開始時刻Tとその確率を示すグラフである。
図8(B)は、
図4(B)に示されるように最初の処置事項17aの実行後、次の処置事項17bの実行結果が「失敗」である場合、放射性物質の環境放出の開始時刻Tとその確率を示すグラフである。
【0041】
このように第2実施形態のグラフでは、開始時刻の階級の横軸に、確率として縦軸に沿って積み上げた到達頻度P(P
1,P
2…)が、シーケンスS(S
1,S
2,…)の重大度のランク毎に識別されている。更に、
図8(A)から
図8(B)に示すように、一連の処置事項17の実行結果(「現在時刻」の経過)に伴って、環境放出の重大度ランクの確率が更新されていく様子も視認することができる。
【0042】
第2評価部32(
図6)は、時刻経過とともに積み上がった到達頻度P(P
1,P
2…)が閾値35に達する時点を、公衆避難を促進させる緊急事態宣言等の「発令予定時刻」に設定する。この「発令予定時刻」も、
図8(A)から
図8(B)に示すように、一連の処置事項17の実行結果(「現在時刻」の経過)に伴って変化する。
【0043】
これにより、放射性物質の環境放出に関する不確実性を持つ情報に基づいて、さらに安全な公衆避難を立案することができる。自治体が時間的余裕を考慮した、より安全な避難経路や避難タイミングを提示できることにより、避難支援人員の不足や道路混雑を回避することが可能となり、救助率を向上させることが可能となる。また、簡潔明瞭な表示方法により、原子力災害に関する知識の有無を問わず状況を把握することが可能となり、情報伝達等においても混乱を招きにくくなる。
【0044】
(第3実施形態)
次に
図9を参照して本発明における第3実施形態について説明する。
図9は第3実施形態に係る原子力緊急時の意思決定支援装置10C(10)(以下、単に「装置10C」という)のブロック図である。なお、
図9において
図1又は
図6と共通の構成又は機能を有する部分は、同一符号で示し、重複する説明を省略する。
【0045】
図9に示すように第3実施形態の装置10Cは(適宜、
図2参照)、第2実施形態の装置10Bと同様に、イベントツリー20の第1登録部11と、処置事項17(17a,17b…)の判定部22と、シーケンスS(S
1,S
2,…)の抽出部25と、分岐確率Q(Q
a,Q
b…)の第2登録部12と、到達頻度P(P
1,P
2,…)の計算部26と、環境放出の開始時間Tの第3登録部13と、グラフ(
図8)の作成部27と、公衆避難の重大性の第1評価部31と、公衆避難の緊急性の第2評価部32とを備えている。
【0046】
さらに第3実施形態の装置10Cは、気象情報及び環境放射線情報の少なくとも一方を含む環境情報30に基づいて、第1評価部31及び第2評価部32において、公衆避難の重大性又は緊急性が評価される。
【0047】
環境情報30としては、気象庁から発表される降雨量、降雪量、風向、気温等といったアメダス(AMeDAS:Automated Meteorological Data Acquisition System:自動気象データ収集システム)の気候データや、SPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)および緊急時モニタリングポスト等による放射能分布データおよび分布予測データから構成される。
【0048】
輸送解析部36では、放射性物質が環境放出される位置及び規模から、環境情報30に基づいて、放射性物質の輸送方向及び輸送距離を解析する。これにより、周辺地域の方位や距離別に、公衆避難の重大性や緊急性を、地域に特化してきめ細かく評価することができる。これにより、自治体が地域毎に安全な避難経路と避難タイミングを提示することが可能となる。これにより、避難支援人員の不足や道路混雑を回避することが可能となり、救助率を向上させることが可能となる。
【0049】
(第4実施形態)
次に
図10を参照して本発明における第4実施形態について説明する。
図10は第4実施形態に係る原子力緊急時の意思決定支援装置10D(10)(以下、単に「装置10D」という)のブロック図である。なお、
図10において
図1、
図6、
図9と共通の構成又は機能を有する部分は、同一符号で示し、重複する説明を省略する。
【0050】
図10に示すように第4実施形態の装置10Dは(適宜、
図2参照)、第1実施形態の装置10Aと同様に、イベントツリー20の第1登録部11と、処置事項17(17a,17b…)の判定部22と、シーケンスS(S
1,S
2,…)の抽出部25と、分岐確率Q(Q
a,Q
b…)の第2登録部12と、到達頻度P(P
1,P
2,…)の計算部26と、環境放出の開始時間Tの第3登録部13と、グラフ(
図8)の作成部27と、を備えている。
【0051】
さらに第4実施形態の装置10Dは、取得される運転情報15に基づいて、原子力災害の情勢に応じ、第2登録部12及び第3登録部13のそれぞれに登録されている分岐確率Q及び開始時間Tの少なくとも一方を更新する更新部40を備えている。
【0052】
原子力災害の起因事象16が進展していき、原子力施設の状態が変化していくに連れて、処置事項17(17a,17b…)の各々の分岐確率Q(Qa,Qb…)も、第2登録部12における初期登録値から刻々と変化する場合がある。もしくは起因事象16が進展とは無関係に、メンテナンス不良や不慮の故障により、特定の機器が使用不全となり分岐確率Qが初期登録値から変化する場合がある。同様の理由で、放射性物質が環境放出されるまでの開始時間T(T1,T2,…)も、第3登録部13における初期登録値から刻々と変化する場合がある。
【0053】
そこで更新部40は、この原子力施設の状態変化を反映した運転情報15に基づいて、第2登録部12及び第3登録部13のそれぞれに登録されている分岐確率Q及び開始時間Tを更新する。これにより、分岐確率Q(Q
a,Q
b…)及び開始時間T(T
1,T
2,…)は、随時(例えば1時間毎)更新することが可能となる。これにより、グラフ(
図5、
図8)も、時々刻々と変化する原子力施設の状態に応じて随時更新することが可能となる。
【0054】
これにより、自治体がより安全な公衆避難を立案するに際し、意思決定をより効果的に支援する情報を提示することが可能となる。また、更新部40において、分岐確率Q又は開始時間Tの更新が無い場合は、原子力施設の状態変化は一定時間がないという、意思決定の支援情報を提示してくれることになる。
【0055】
図11のフローチャートに基づいて、実施形態に係る原子力緊急時の意思決定支援方法の工程及びその意思決定支援プログラムのアルゴリズムを説明する。まず、予め作成もしくは演算されている、イベントツリー20、処置事項17(17a,17b…)の成功/失敗の分岐確率Q(Q
a,Q
b…)、放射性物質の環境放出の開始時間Tが初期登録される(S11,S12,S13)。このうち分岐確率Q(Q
a,Q
b…)及び開始時間Tについては、原子力施設から取得される運転情報15に基づいて初期登録から更新される場合がある。
【0056】
原子力施設の運転情報15を取得しつつ、起因事象16が発生した場合はこれを特定し(S14 No Yes)、対応するイベントツリー20を登録から呼び出す(S15)。さらに運転情報15の取得を続けて、このイベントツリー20における処置事項17の実行結果(成功/失敗)を判定する(S16 No Yes)。そして、この判定した実行結果(成功/失敗)に基づいて、終状態に到達する可能性を持ち放射性物質を環境放出させる蓋然性を持つシーケンスSを抽出する(S17)。
【0057】
抽出されたシーケンスS(S1,S2,…)のうち、処置事項17の実行結果が未定である分岐14の分岐確率Q(Qa,Qb…)を、登録から呼び出す(S18)。そして、この分岐確率Q(Qa,Qb…)に基づいてシーケンスS(S1,S2,…)の終状態までの到達頻度P(P1,P2,…)を計算する(S19)。
【0058】
次に抽出されたシーケンスSに関連付けされている環境放出の開始時間Tを登録から呼び出す(S20)。そして、抽出されたシーケンスS(S
1,S
2,…)の各々における開始時間T(T
1,T
2,…)と到達頻度P(P
1,P
2,…)とに基づいてグラフ(
図5,
図8)が作成され表示される(S21)。そして、シーケンスSにおける一連の処置事項17の実行結果が全て確定するまで、(S16)から(S21)までの処理が繰り返される(S22 No Yes END)。
【0059】
以上述べた少なくともひとつの実施形態の原子力緊急時の意思決定支援装置によれば、イベントツリーを構成するシーケンスの開始時間と到達頻度とに基づいてグラフを作成することにより、不確実性を持つ情報に基づいて、安全な公衆避難を立案することができる。
【0060】
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更、組み合わせを行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれると同様に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれるものである。
【0061】
以上説明した意思決定支援装置は、専用のチップ、FPGA(Field Programmable Gate Array)、GPU(Graphics Processing Unit)、又はCPU(Central Processing Unit)などのプロセッサを高集積化させた制御装置と、ROM(Read Only Memory)やRAM(Random Access Memory)などの記憶装置と、HDD(Hard Disk Drive)やSSD(Solid State Drive)などの外部記憶装置と、ディスプレイなどの表示装置と、マウスやキーボードなどの入力装置と、通信I/Fとを、備えており、通常のコンピュータを利用したハードウェア構成で実現できる。このため意思決定支援装置の構成要素は、コンピュータのプロセッサで実現することも可能であり、意思決定支援プログラムにより動作させることが可能である
【0062】
また意思決定支援プログラムは、ROM等に予め組み込んで提供される。もしくは、このプログラムは、インストール可能な形式又は実行可能な形式のファイルでCD-ROM、CD-R、メモリカード、DVD、フレキシブルディスク(FD)等のコンピュータで読み取り可能な記憶媒体に記憶されて提供するようにしてもよい。
【0063】
また、本実施形態に係る意思決定支援プログラムは、インターネット等のネットワークに接続されたコンピュータ上に格納し、ネットワーク経由でダウンロードさせて提供するようにしてもよい。また、意思決定支援装置は、構成要素の各機能を独立して発揮する別々のモジュールを、ネットワーク又は専用線で相互に接続し、組み合わせて構成することもできる。
【符号の説明】
【0064】
10(10A,10B,10C,10D)…意思決定支援装置、11…第1登録部、12…第2登録部、13…第3登録部、14(14a,14b…)…分岐、15…運転情報、16…起因事象、17(17a,17b…)…処置事項、20…イベントツリー、
21…取得部、22…判定部、25…抽出部、26…計算部、27…作成部、28…表示部、30…環境情報、31…第1評価部、32…第2評価部、35…閾値、36…輸送解析部、40…更新部、P(P1,P2,…)…到達頻度、Q(Qa,Qb…)…分岐確率、S(S1,S2,…)…シーケンス、T(T1,T2,…)…開始時間。