(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022179047
(43)【公開日】2022-12-02
(54)【発明の名称】分光スペクトルの多変量解析装置、および多変量解析方法
(51)【国際特許分類】
G01N 21/65 20060101AFI20221125BHJP
G01N 21/27 20060101ALI20221125BHJP
【FI】
G01N21/65
G01N21/27 E
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021086275
(22)【出願日】2021-05-21
(71)【出願人】
【識別番号】000232689
【氏名又は名称】日本分光株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100092901
【弁理士】
【氏名又は名称】岩橋 祐司
(74)【代理人】
【識別番号】100188260
【弁理士】
【氏名又は名称】加藤 愼二
(72)【発明者】
【氏名】樋口 祐士
(72)【発明者】
【氏名】▲会▼澤 見斗
【テーマコード(参考)】
2G043
2G059
【Fターム(参考)】
2G043AA01
2G043CA03
2G043EA03
2G043NA01
2G043NA05
2G059AA01
2G059BB04
2G059EE01
2G059EE03
2G059EE12
2G059FF03
2G059HH01
2G059HH02
2G059HH03
2G059MM01
2G059MM09
2G059MM10
(57)【要約】
【課題】従来技術の課題は、成分不明の物質を分析する場合に、純スペクトルを適正に決定することは容易でなく、MCR法の信頼性を向上させる上での障害だった。
【解決手段】多変量解析装置1は、m個の測定スペクトル(a1,a2,...am)から暫定数(f個)の暫定純スペクトル(k1,k2,...kf)を分離し、その暫定純スペクトルおよび当該暫定純スペクトルごとの暫定濃度値(c)を算出する多変量カーブ分解部10と、算出された暫定濃度値(c)に基づいて、m個の測定点の位置に対する暫定濃度値(c)の分布情報を、暫定純スペクトル(k)ごとに生成する暫定画像生成部22と、暫定数(f個)の暫定濃度分布画像を、画像の一致度に基づいてグループ分けし、グループ数に基づいて試料の複数成分の数(f’個)を決定するグルーピング部24と、を備える。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数成分からなる試料の多数の測定点を分光測定して得られた複数の測定スペクトルを多変量カーブ分解する多変量解析装置であって、
前記測定スペクトルが、複数の純スペクトルのそれぞれに当該純スペクトルごとの濃度値を掛けたものの一次結合で表されることを前提に、前記複数の測定スペクトルから暫定的に設定した数の暫定純スペクトルを分離し、前記暫定純スペクトルおよび当該暫定純スペクトルごとの暫定濃度値を算出する多変量カーブ分解部と、
算出された暫定濃度値に基づいて、測定点の位置に対する暫定濃度値の分布情報を、暫定純スペクトルごとに生成する暫定濃度分布生成部と、
前記暫定純スペクトルごとに生成された暫定濃度分布情報を、当該暫定濃度分布情報の一致度に基づいてグループ分けし、グループ数に基づいて前記複数成分の数を決定するグルーピング部と、を備えることを特徴とする多変量解析装置。
【請求項2】
請求項1記載の多変量解析装置において、さらに、前記グルーピング部で同じグループとされた複数の暫定濃度分布情報の暫定濃度値を合算して成分ごとの濃度値を決定する濃度値決定部を備えることを特徴とする多変量解析装置。
【請求項3】
請求項2記載の多変量解析装置において、
さらに、前記濃度値決定部により決定された濃度値に基づいて、成分ごとの濃度分布情報を生成する濃度分布生成部と、
生成された前記濃度分布情報を重ね合わせて可視化画像を形成する画像出力部と、
を備えることを特徴とする多変量解析装置。
【請求項4】
請求項1から3のいずれかに記載の多変量解析装置において、
さらに、前記グルーピング部で同じグループとされた複数の暫定濃度分布情報に対応する複数の暫定純スペクトルの中から、寄与率の最も高い暫定純スペクトルを純スペクトルに決定する純スペクトル決定部を備えることを特徴とする多変量解析装置。
【請求項5】
請求項1から3のいずれかに記載の多変量解析装置において、
さらに、前記グルーピング部で同じグループとされた複数の暫定濃度分布情報に対応する複数の暫定純スペクトルを合成して純スペクトルを決定する純スペクトル決定部を備えることを特徴とする多変量解析装置。
【請求項6】
請求項1から5のいずれかに記載の多変量解析装置において、
前記多変量カーブ分解部は、さらに、前記グルーピング部で決定された複数成分の数に基づいて、純スペクトルおよび濃度値を算出するように構成されていることを特徴とする多変量解析装置。
【請求項7】
複数成分からなる試料の多数の測定点を分光測定して得られた複数の測定スペクトルをコンピュータにより多変量カーブ分解する多変量解析方法であって、
前記測定スペクトルが、複数の純スペクトルのそれぞれに当該純スペクトルごとの濃度値を掛けたものの一次結合で表されることを前提に、前記複数の測定スペクトルから暫定的に設定した数の暫定純スペクトルを分離し、前記暫定純スペクトルおよび当該暫定純スペクトルごとの暫定濃度値を算出する多変量カーブ分解工程と、
算出された暫定濃度値に基づいて、測定点の位置に対する暫定濃度値の分布情報を、暫定純スペクトルごとに生成する暫定濃度分布生成工程と、
前記暫定純スペクトルごとに生成された暫定濃度分布情報を、当該暫定濃度分布情報の一致度に基づいてグループ分けし、グループ数に基づいて前記複数成分の数を決定するグルーピング工程と、を含むことを特徴とする多変量解析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数成分を含む物質について多数の測定点の分光スペクトルを測定した際に、その測定スペクトルデータセットから各成分の純スペクトルと濃度値を測定点ごとに算出することができる多変量解析装置に関し、特に、多変量カーブ分解(MCR)法に基づく演算が可能な多変量解析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
製品基板上に付着した異物を分析する場合、例えば顕微赤外分光装置を用いて、異物を含んだ基板上の複数点の吸収スペクトルを測定すれば、多変量解析装置を用いて、測定したスペクトルデータセットから複数の純スペクトルおよびそれぞれの濃度値を算出し、これらを各測定点の位置にプロットして濃度分布画像(ケミカルイメージ)を作成することができる。また、既存のスペクトルライブラリーを使ってそれぞれの純スペクトルに該当する成分名を特定し、その成分名を濃度分布画像に一緒に表示させることもできる。
【0003】
多変量解析法の1つに多変量カーブ分解(MCR)法があり、試料中に含まれている成分数が多くても、測定スペクトルから成分ごとの純スペクトルを良好に分離することができるというメリットがある。特許文献1には、MCR法をさらに改善して、成分数が多い場合の純スペクトルデータの分離精度を向上させる技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、このような多変量カーブ分解(MCR)法では、成分数の設定が適切でないと、適正な純スペクトルが得られないため、成分数の設定を慎重に行う必要がある。
【0006】
成分数を多く設定すると、含有率が高いといった重要な成分を示すスペクトルが過剰に分離されて、分離前よりも濃度データが低い複数のスペクトルになってしまう場合があるからである。例えば、寄与率70%のスペクトルが、寄与率40%の過剰分離スペクトルと寄与率30%の過剰分離スペクトルに分離されてしまい、解析結果の表示上、本来、寄与率が低いはずの他の成分が上位に表示されてしまう。また、成分数を少なく設定すると、必要なすべての成分を検出できない。異物の分析の例のように、成分不明の物質を分析する場合には、成分数を適切に設定することは容易でなく、MCR法の計算結果に対する信頼性を向上させる上での障害になっていた。
【0007】
本発明は、前記従来技術の課題に鑑みなされたものであり、その目的は、多変量カーブ分解(MCR)法における成分数の設定に関わらず、適切な純スペクトルの計算結果を出すことのできる多変量解析装置、および多変量解析方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記目的を達成するために、本発明にかかる多変量解析装置は、
複数成分からなる試料の多数の測定点(m点)を分光測定して得られた複数の測定スペクトル(a)を多変量カーブ分解する多変量解析装置であって、
測定スペクトル(a)が、複数(f個)の純スペクトル(k)のそれぞれに当該純スペクトルごとの濃度値(c)を掛けたものの一次結合(a1=c11k1+c12k2+...c1fkf)で表されることを前提に、複数の測定スペクトル(a1,a2,...am)から暫定的に設定した数(f個)の暫定純スペクトル(k1,k2,...kf)を分離し、暫定純スペクトル(k1,k2,...kf)および当該暫定純スペクトルごとの暫定濃度値(c)を算出する多変量カーブ分解部と、
算出された暫定濃度値(c)に基づいて、測定点(m点)の位置に対する暫定濃度値(c)の分布情報を、暫定純スペクトル(k)ごとに生成する暫定濃度分布生成部と、
暫定純スペクトル(k)ごとに生成された暫定数(f個)の暫定濃度分布情報を、当該暫定濃度分布情報の一致度に基づいてグループ分けし、グループ数に基づいて複数成分の数(f’個)を決定するグルーピング部と、を備えることを特徴とする。
【0009】
さらに、グルーピング部で同じグループとされた複数の暫定濃度分布情報の暫定濃度値(c)を合算して成分ごとの濃度値を決定する濃度値決定部を備えていてもよい。
【0010】
また、濃度値決定部により決定された濃度値に基づいて、成分ごとの濃度分布情報を生成する濃度分布生成部と、生成された濃度分布情報を重ね合わせて可視化画像を形成する画像出力部と、を備えていてもよい。
【0011】
さらに、グルーピング部で同じグループとされた複数の暫定濃度分布情報に対応する複数の暫定純スペクトルの中から、寄与率の最も高い暫定純スペクトルを純スペクトルに決定するように構成された純スペクトル決定部を備えていてもよい。あるいは、グルーピング部で同じグループとされた複数の暫定濃度分布情報に対応する複数の暫定純スペクトルを合成して純スペクトルを決定する純スペクトル決定部を備えていてもよい。
【0012】
また、多変量カーブ分解部は、さらに、グルーピング部で決定された複数成分の数(f’個)に基づいて、純スペクトルおよび濃度値を算出するように構成されていてもよい。
【0013】
本発明にかかる多変量解析方法は、
複数成分からなる試料の多数の測定点(m点)を分光測定して得られた複数の測定スペクトル(a)をコンピュータにより多変量カーブ分解する多変量解析方法であって、
測定スペクトル(a)が、複数(f個)の純スペクトル(k)のそれぞれに当該純スペクトルごとの濃度値(c)を掛けたものの一次結合(a1=c11k1+c12k2+...c1fkf)で表されることを前提に、複数の測定スペクトル(a1,a2,...am)から暫定的に設定した数(f個)の暫定純スペクトル(k1,k2,...kf)を分離し、暫定純スペクトル(k1,k2,...kf)および当該暫定純スペクトルごとの暫定濃度値(c)を算出する多変量カーブ分解工程と、
算出された暫定濃度値(c)に基づいて、測定点(m点)の位置に対する暫定濃度値(c)の分布情報を、暫定純スペクトル(k)ごとに生成する暫定濃度分布生成工程と、
暫定純スペクトル(k)ごとに生成された暫定数(f個)の暫定濃度分布情報を、当該暫定濃度分布情報の一致度に基づいてグループ分けし、グループ数に基づいて複数成分の数(f’個)を決定するグルーピング工程と、を含むことを特徴とする。
【0014】
以上の本発明にかかる多変量解析装置では、暫定濃度分布生成部の構成により、多変量カーブ分解法で暫定的に算出された数(f個)の暫定純スペクトル(暫定成分)ごとの濃度分布情報が生成される。そして、グルーピング部の構成により、暫定数(f個)の暫定濃度分布情報が、その暫定濃度分布情報の一致度に基づいてグループ分けされて、グループ数に基づいた本来の複数成分の数(f’個)が決定される。
【0015】
<暫定濃度分布をグループ分けすることの意義>
従来の多変量カーブ分解法によって、測定スペクトルデータが本来の成分数よりも多い数の暫定純スペクトルに分解されてしまう場合とは、1つの成分を表すはずであった純スペクトルが複数の暫定純スペクトルに分解されてしまっていることを意味する。発明者らは、設定される暫定成分数が多すぎると、その暫定純スペクトル毎に作成される暫定濃度分布の中に、暫定濃度分布の状況が類似または一致するものが見つかることに着目した。そして、暫定濃度分布の状況が類似または一致しているものについては、同じ成分を表すものであると判断することで、暫定成分数の数を減らし、結果として、適正な純スペクトルを決定できるようになった。
【発明の効果】
【0016】
本発明の構成を備えた多変量解析装置、および多変量解析方法によれば、純スペクトルを適正に決定することが可能となり、そのような適正な純スペクトルに基づく濃度分布情報を取得することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の一実施形態に係る多変量解析装置の構成を示す図である。
【
図2】本発明の一実施形態に係る多変量解析方法を示す処理フロー図である。
【
図3】基盤上に付着している3成分からなる粉体試料の観察画像である。
【
図4】
図3の粉体試料の測定スペクトルをMCR処理して得た暫定濃度値を用いて作成した暫定数(20)の濃度分布画像を示す図である。
【
図5】
図4の暫定濃度分布画像に対するグルーピング処理を説明する図である。
【
図6】前記グルーピング処理の結果を示す図である。
【
図7】前記グルーピング処理後に決定された暫定濃度値を用いて表示した
図3の粉体試料の全成分のケミカルイメージである。
【
図8】
図3の粉体試料について、別の測定条件で取得した測定スペクトルをMCR処理して得た暫定濃度値を用いて作成した暫定数(20)の濃度分布画像を示す図。
【
図9】
図8の暫定濃度分布画像に対するグルーピング処理を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、図面に基づき本発明の好適な実施形態を説明する。
図1には本発明の一実施形態にかかる多変量解析装置1の概略構成と、その周辺機器の構成が示されている。同図に示す多変量解析装置1は、コンピュータ等の演算処理装置で構成され、MCR処理部10と、画像処理部20とを備える。また、
図1には、周辺機器として、スペクトル測定部2と、MCR条件入力部4と、画像出力部30と、表示部40と、データベース検索部50と、スペクトルライブラリー60とが示されている。
【0019】
MCR処理部10は、外部のスペクトル測定部2からの測定スペクトルデータセットに基づいて測定スペクトル行列Aを設定する設定部12と、暫定純スペクトル行列Kの初期値を設定する設定部14と、拘束条件を使った反復計算によって暫定濃度行列Cおよび暫定純スペクトル行列Kの収束値を算出する記憶・演算部16と、を機能ブロックとして含んでおり、算出された暫定濃度行列Cおよび暫定純スペクトル行列Kの数値が画像処理部20に渡される。
【0020】
MCR処理部10の処理対象は、散乱光分析、IR分析、紫外可視光分析、蛍光分析など、様々な分析法で測定された複数成分からなる試料の測定スペクトルデータセットであり、そのデータセットには、試料の多数の測定点をマッピング測定して得られた複数の測定スペクトルデータが含まれる。外部のスペクトル測定部12は、例えば、顕微ラマン分光装置(試料にレーザー光を照射し、試料からの散乱光のスペクトルを測定する装置)、顕微赤外装置(試料に赤外干渉波を照射し、試料からの反射光または透過光を検出し、フーリエ変換によって吸収スペクトルを取得する装置)、顕微紫外可視近赤外分光装置(試料に紫外・可視・近赤外光を照射し、試料からの反射光または透過光の吸収スペクトルを測定する装置)などであり、MCR処理部10と連動させてもよい。
【0021】
画像処理部20は、MCR処理部10からの暫定濃度行列Cの数値および暫定純スペクトル行列Kの数値に基づいて、暫定成分毎の濃度分布画像を作成する暫定画像生成部22(本発明の暫定濃度分布生成部に相当する。)と、さらに、これらの暫定濃度分布画像をグループ分けするグルーピング記憶・演算部24と、暫定濃度値の決定部26と、純スペクトルの決定部28と、を機能ブロックとして含んでいる。
【0022】
<MCR処理の概要>
図2と後述の行列式(1)を用いて、本実施形態に係る多変量解析方法を概念的に説明する。まず、手順S12で、測定スペクトル行列設定部12は、試料のm点の測定点に対応するm本の測定スペクトル数列を行列成分とする測定スペクトル行列「A」を設定する。1本の測定スペクトル数列を「a」で表すと、測定スペクトルaはn個の数値の列であり、すなわち、n個の波数点のスペクトル値で構成される。そして、m点の測定点の測定スペクトル数列を「a1,a2,...am」で表して、これらを行列成分として有しているのが測定スペクトル行列Aである。行列Aの横方向は、スペクトルの波数方向に対応し、縦方向は、測定位置に対応する。
【0023】
次に、手順S14で、暫定純スペクトル行列設定部14は、暫定的に設定されたf個の暫定成分に対応するf本の純スペクトル数列を行列成分とする暫定純スペクトル行列「K」の初期値を設定する。1本の暫定純スペクトル数列を「k」で表すと、暫定純スペクトルkはn個の数値の列、すなわちn個のスペクトル値で構成される。そして、f個の暫定成分の純スペクトル数列を「k1,k2,...kf」で表して、これらを行列成分として有しているのが暫定純スペクトル行列Kである。行列Kの縦方向は成分数に対応し、横方向はスペクトルの波数方向に対応している。
【0024】
この手順S14では、例えば、暫定純スペクトル行列設定部14が、測定スペクトル行列Aに対して主成分分析(PCA)処理を実行して、暫定純スペクトル行列Kを推定してもよい。試料に含まれる暫定成分の数(f)は、例えば、特許文献1の累積寄与率Rの大きさを参考に決定することができる。そして、累積寄与率Rに基づいて採用した暫定的な主成分スペクトルを初期値として暫定純スペクトル行列Kを設定することができる。
【0025】
暫定純スペクトルの初期値をどのように設定するかは、とくに限定されない。公知の方法で初期値が設定される。暫定純スペクトルの初期値の設定条件をユーザーが指定できるように、MCR条件入力部4を構成してもよい。
【0026】
例えば、測定スペクトルデータセットに対するPCA処理の結果、主成分が3個であるならば、それよりも多い例えば6~10個の成分数を暫定的に設定してもよい。ここで、暫定成分数fを10個に設定する場合、PCAで算出される10個の主成分スペクトルを本実施形態の暫定純スペクトルの初期値として用いることになる。
【0027】
あるいは、PCA処理で算出可能な主成分の最大数(例えば20個)を暫定純スペクトルの成分数fに設定し、予備分析の全ての主成分スペクトルを暫定純スペクトルの初期値として用いてもよい。
【0028】
また、PCAを使わずに、測定スペクトルデータセットの中から含まれていると予想され得る成分の標準スペクトルに近いものを適宜抽出し、暫定純スペクトルの初期値に採用してもよい。いずれにしても、本実施形態では、暫定的に成分数を設定すればよく、予想よりも多めに成分数を設定しても支障はない。
【0029】
なお、暫定濃度行列「C」は、測定点に含まれている暫定成分の濃度値を行列成分として有する。1つの測定点の物質に含まれている1つの暫定成分の濃度値を「c」で表すと、1番目の測定点における各暫定成分の濃度値は「c11,c12,...c1f」で表され、m番目の測定点における各暫定成分の濃度値は「cm1,cm2,...cmf」で表される。これらの暫定濃度値を行列成分として有しているのが暫定濃度行列Cである。行列Cの横方向は暫定成分数に対応し、縦方向は測定位置に対応している。
【0030】
手順S16、S18、S20に示すように、多変量カーブ分解(MCR)法は、測定スペクトルaが複数の暫定純スペクトルkに暫定濃度値cを掛けたものの一次結合で表されることを前提に、このことを測定スペクトル行列A、暫定濃度行列C、および暫定純スペクトル行列Kを使って、
【0031】
【数1】
の関係式で表し、これを満たすような暫定濃度行列Cと暫定純スペクトル行列Kの収束値を、非負条件(行列C,行列Kの各成分は負ではない。)等の拘束条件に基づく反復計算によって算出する手法である。
【0032】
仮に物質がf個の暫定成分で構成され、各暫定成分が物質中を2次元または3次元的に分布しているとすると、物質のm個の測定点の分光スペクトルは、そこに分布する暫定成分の濃度に応じて重みづけられた暫定純スペクトルの一次結合で表される。上述のm本の測定スペクトル数列「a1,a2,...am」と、f本の暫定純スペクトル数列「k1,k2,...kf」と、m番目の測定点におけるf個の暫定成分の濃度値「cm1,cm2,...cmf」と、を使って説明する。
【0033】
1番目の測定点の測定スペクトル数列a1は、
a1=c11×k1+c12×k2+...+c1f×kf ・・・(2)
で表される。暫定濃度値c11は、1番目の測定点の測定スペクトルa1を構成する第1暫定成分の純スペクトルk1の濃度であり、スカラー量である。測定スペクトル数列a1は、f個の暫定純スペクトル数列k1,k2,...kfと、f個の暫定濃度値c11,c12,...c1fとの一次結合で表される。
【0034】
同様に、2番目の測定点の測定スペクトル数列a2は、
a2=c21×k1+c22×k2+...+c2f×kf ・・・(3)
となり、m番目の測定点の測定スペクトル数列amは、
am=cm1×k1+cm2×k2+...+cmf×kf ・・・(4)
で表される。
【0035】
従って、式(1)のA=CKの関係式は、上記の式(2)~(4)をまとめて行列で表したものとなっていることが分かる。
図1の暫定濃度行列・暫定純スペクトル行列の記憶・演算部16は、行列Aから行列Cと行列Kを分離する手段であり、ここでは、公知の多変量カーブ分解(MCR)法を採用することができる(例えば、特許文献1の手法)。
【0036】
暫定ループ処理(S16~S20)では、まず、手順S16で、行列Aと行列Kから暫定濃度行列Cを求める。測定スペクトル行列A、暫定濃度行列C、暫定純スペクトル行列Kの各行列の関係は、ランベルトベールの式を多成分、多波長(多波数)に拡張した以下の式で表わされる。
A=CKより、AKT=C(KKT)が導かれ、さらに、
AKT(KKT)-1=CKKT(KKT)-1となる。よって、暫定濃度行列Cは次式(5)で表される。
C=AKT(KKT)-1 ・・・(5)
手順S16では、式(5)から暫定濃度行列Cを求める。このとき暫定濃度行列Cに負の要素があるときは、負の要素を0に置き換えるという拘束条件が適用される。
【0037】
次いで、手順S18で、暫定純スペクトル行列Kを一旦空白にし、行列Cと行列Aとを用いて次式(6)により暫定純スペクトル行列Kを求める。
K=(CTC)-1CTA ・・・(6)
ここでKに負の要素があれば、負の要素を0に置き換えるという拘束条件が適用される。
【0038】
以上のような、暫定濃度行列Cを一旦空白にし、暫定純スペクトル行列Kと測定スペクトル行列Aとを用いて暫定濃度行列Cを求め、拘束条件を適用する処理(S16)と、純スペクトル行列Kを一旦空白にして暫定濃度行列Cと測定スペクトル行列Aとを用いて暫定純スペクトル行列Kを求め、拘束条件を適用する処理(S18)を、終了条件(S20)を満たすまで繰り返す。これにより暫定濃度行列Cと暫定純スペクトル行列Kの各収束値が求められる。
【0039】
この終了条件としては暫定濃度行列C及び暫定純スペクトル行列Kの変動が十分に小さくなる条件が好ましい。例えば、S16~S20までの処理を所定の回数(例えば100回)繰り返すことをMCR処理の終了条件としてもよい。
【0040】
<画像処理>
次に、手順S22で、暫定画像生成部22では、MCR処理からの暫定純スペクトル数列の数fを「暫定成分の数」として、暫定濃度行列Cの成分である暫定濃度値cに基づいて、暫定成分ごとの暫定濃度分布画像が作成される。ここで、暫定濃度値cmfは、m番目の測定点の物質に含まれる第f暫定成分の濃度を示す。すなわち、暫定濃度行列Cの各列が各暫定成分の濃度分布を示しているので、暫定濃度行列Cを用いれば、各暫定成分の濃度分布をモニタに分かりやすく表示することができる。
【0041】
ここでは、便宜的に、暫定濃度分布を画像と表現するが、コンピュータの処理においては、暫定濃度分布を画像として可視化させる必要がない。従って、暫定濃度分布画像の代わりに、測定点の位置ごとの暫定濃度値の分布状態を確認可能に並べられた「暫定濃度値の数列」を暫定濃度分布情報として設定することでも構わない。なお、敢えて、暫定濃度分布画像として可視化させたい場合は、暫定成分の数であるf枚の個別暫定ケミカルイメージを作成することができる。その場合、暫定成分の濃度分布は、暫定濃度値cに基づいて彩度(濃淡)表示や、色彩表示(RGB)や、等高線表示等で可視化できる。
【0042】
図3の粉体試料を用いて、ここでの手順を具体的に説明する。この粉体試料は、Kbr基板に付着した3成分の粉体(PS,PMMA,ODS)からなる。縦横100μmの測定範囲に1万点の測定点を設定し、それぞれのラマン散乱光をマッピング測定し、ラマンスペクトルデータセットを取得した。そして、上述のMCR処理を実行して暫定濃度行列Cを得た。暫定濃度行列Cに基づく20成分の暫定濃度分布画像を
図4に示す。
図4の暫定濃度分布画像1~20は、暫定純スペクトルの寄与率の高い順位である。仮に、暫定純スペクトルの設定において、暫定純スペクトルの設定数fを寄与率に基づいて「3」に設定された場合には、暫定濃度分布画像も3枚のみとなり、4つ目のODSの成分が見落とされる可能性がある。
【0043】
そこで、
図4のように、実際の成分数よりもかなり多い20個の暫定純スペクトルを設定して、暫定画像生成部22が、20枚の暫定濃度分布画像を得るようにした。
【0044】
次いで、手順S24で、グルーピング記憶・演算部24が、20枚の暫定濃度分布画像について、画像の一致度(相関係数など)に基づいてグループ分けを実行し、そのグループ数に基づいて試料に含まれる成分数(f’)を決定することにした。画像の一致度については、公知の画像マッチング法を適用できる。本実施形態では一致度の評価関数に、正規化相互相関(NCC:Normalized Cross-Correlation)方式を採用した。NCC法では、暫定濃度分布画像をベクトルとみなして内積を計算して相関係数を算出するので、2つのベクトルの向きが近いほど相関係数の値が大きくなり、最大で1、最小で0になる。相関係数が0.3以上であれば、ある程度の相関がある、と言える。公知の画像マッチング法として、他に、SSD(差分の二乗和を評価する手法)、SAD(差分の絶対値の和を評価する手法)、ZNCC(平均値を差し引いてから正規化相互相関を計算する手法)等があり、それぞれの評価関数に応じた閾値を設定して、これらを適宜用いてもよい。
【0045】
図5を使って、グループ分けの具体例を示す。まず、暫定純スペクトルの寄与率の一番高い画像1を取り出す。そして、取り出した画像1と残りの画像との相関係数を算出する。相関係数が閾値(例えば0.3)以上である画像を取り出す。取り出された画像を1番目のグループに設定する。この例では、1番目のグループとして6枚の画像(画像1,7,9,12,15,18)が取り出された。
【0046】
次に、残りの14枚の画像から暫定純スペクトルの寄与率が一番高い画像2を取り出す。同様に、画像2と残りの画像との相関係数を算出する。この場合、相関係数が0.3以上である画像はなく、画像2だけが2番目のグループに設定された。
【0047】
続けて、残りの13枚の画像から暫定純スペクトルの寄与率の一番高い画像3を取り出す。同様に、画像3と残りの画像との相関係数を算出し、相関係数が0.3以上である画像を取り出し、3番目のグループに設定する。この例では、3番目のグループとして5枚の画像(画像3,5,6,8,16)が取り出された。
【0048】
同様に、残りの8枚の画像から暫定純スペクトルの寄与率の一番高い画像4を取り出す。同様に、画像4と残りの画像との相関係数を算出する。この場合、相関係数が0.3以上である画像はなく、画像4だけが4番目のグループに設定された。
【0049】
続けて、残りの7枚の画像から暫定純スペクトルの寄与率の一番高い画像5を取り出す。同様に、画像5と残りの画像との相関係数を算出する。この場合、相関係数が0.3以上である画像はなかった。
【0050】
本実施形態では、グループに設定される画像が1枚のみの場合が2回続いた場合は、その直前に設定されたグループ(4番目のグループ)までを有効とし、残った7枚の画像は削除するという条件にした。この結果、
図6に示す4グループが有効と判断され、試料の複数成分の数(f’)が4に決定される。
【0051】
以上のように、MCR処理では暫定的な成分数fにて暫定純スペクトル行列Kを設定したが、画像処理において、成分数fの暫定濃度分布画像のグルーピングを実行することで、本来の複数成分の数(f’)を決定することができる。
【0052】
本実施形態では、さらに、手順S26で、濃度値決定部26が同じグループとされた複数の暫定純スペクトルについての暫定濃度値を合算などによって決定する。ここで決定された濃度値(c’)がMCR法の分析結果になる。そして、手順S28で、暫定画像生成部22が、決定された濃度値(c’)に基づいて、本来の複数成分数f’のケミカルイメージを生成する。
【0053】
次いで、手順S30で、画像出力部30が、暫定画像生成部22により生成されたf’枚の個別ケミカルイメージを、全ての成分について重ね合わせて表示部40に表示させる。
図7に4成分に決定された粉体試料のケミカルイメージを色分け図で示す。
【0054】
また、本実施形態では、手順S32で、純スペクトル決定部28が、同じグループとされた複数の暫定純スペクトルの中から、寄与率の最も高い暫定純スペクトルを残し、同じグループ内の残りの暫定純スペクトル数列を削除する。これをグループ毎に実行して、成分数f’の純スペクトルが決定される。
【0055】
あるいは、手順32で、純スペクトル決定部28が、同じグループとされた複数の純スペクトルを合成することによって、成分数f’の純スペクトルを決定する。
【0056】
純スペクトル決定部28により決定された純スペクトルのデータセットがMCR法の分析結果として扱われる。
【0057】
なお、手順S32では、MCR処理部10が、画像処理部20で決定された成分数f’に基づいてMCR処理を再実行し、純スペクトル行列および濃度行列を決定してもよい。
【0058】
そして、手順S34で、データベース検索部50が、前述のいずれかの方法で決定された成分数f’の純スペクトルを使って、スペクトルライブラリー60で該当する物質を検索すれば、純スペクトルの成分を高い正答率で同定することができる。そして、画像出力部30において、同定された成分名をケミカルイメージに表示させることもできる。
【0059】
なお、多変量解析装置1には図示しない記憶装置があって、MCR処理部10および画像処理部20にそれぞれの機能ブロックを実現させるためのMCR処理プログラムおよび画像処理プログラムを記憶している。各処理部が適宜、これらの処理プログラムを実行することにより機能が発揮される。
【0060】
図3と同じ粉体試料について、別の測定条件でラマンスペクトルデータセットを取得した。そして、MCR処理して得た暫定濃度値に基づいて作成した暫定数(20)の濃度分布画像を
図8に示す。
図8の20枚の画像PC1~PC20の順番はランダムである。表1に、暫定濃度分布画像PC1~PC20の全ての組み合わせについて、相関係数の計算結果を示す。
【0061】
表1には便宜的に全ての組み合わせの相関係数を示すが、本実施形態のグルーピングにおいては、必要な組み合わせの相関係数だけを算出するようにしてもよい。表1を使って、グループ分けの手順を説明する。まず、暫定純スペクトルの寄与率の一番高い画像PC1を取り出す。そして、取り出した画像PC1と残りの画像との相関係数を算出する(表1の1行目)。相関係数が0.3以上である画像PC7, PC13, PC19を取り出す。取り出された画像を1番目のグループに設定する。
【0062】
【0063】
次に、残りの16枚の画像から暫定純スペクトルの寄与率が一番高い画像PC3を取り出す。同様に、画像PC3と残りの画像との相関係数を算出する(表1の3行目)。もちろん、1番目のグループとして取り出し済みの画像は比較の対象外になる。相関係数が0.3以上である画像PC11,PC18を取り出す。取り出された画像を2番目のグループに設定する。
【0064】
続けて、残りの13枚の画像から暫定純スペクトルの寄与率の一番高い画像PC9を取り出す。同様に、画像PC9と残りの画像との相関係数を算出し(表1の9行目)、相関係数が0.3以上である画像PC12を取り出し、3番目のグループに設定する。
【0065】
同様に、残りの11枚の画像から暫定純スペクトルの寄与率の一番高い画像PC4を取り出す。同様に、画像PC4と残りの画像との相関係数を算出する(表1の4行目)。この場合、相関係数が0.3以上である画像はなく、画像PC4だけが4番目のグループに設定される。
【0066】
その後、残りの10枚の画像から暫定純スペクトルの寄与率の一番高い画像PC5を取り出して、同様に相関係数を算出したが、同じグループに入る画像はなかった。
【0067】
このようにグループ分けされた結果を
図9に示す。グループピングによって、成分数が4に決定された。そして、本実施形態では、純スペクトル決定部28が、1番目のグループとされた画像PC1,PC7,PC13,PC19の暫定純スペクトルの中から、寄与率の最も高い暫定純スペクトル(PC1)を残し、同じグループ内の残りの暫定純スペクトル数列を削除する。残されたPC1の暫定純スペクトルが1つ目の純スペクトルに決定される。あるいは、純スペクトル決定部28が、同じグループとされた画像PC1,PC7,PC13,PC19の暫定純スペクトルを合成することによって、1つ目の純スペクトルを決定してもよい。他のグループの純スペクトルについても同様に処理される。この結果、決定された成分数「4」の純スペクトルを得ることができる。もちろん、決定された成分数に基づいて、MCR処理を再実行することによって、純スペクトルを決定してもよい。
【0068】
本発明の装置・方法は、様々な多点スペクトルデータセットや時間経過スペクトルデータセットを多変量解析する際に有効に適用される。本発明は、例えば、試料にレーザー光を照射し、その散乱光のスペクトルを測定する顕微ラマン分光装置、試料に赤外干渉波を照射し、その反射光・透過光を検出してフーリエ変換し、吸収スペクトルを取得する顕微赤外分光装置、試料に紫外・可視・近赤外光を照射し、その反射光・透過光の吸収スペクトルを測定する顕微紫外可視近赤外分光装置などに有効に適用される。
【符号の説明】
【0069】
1・・・多変量解析装置
4・・・MCR条件入力部
10・・・MCR処理部
12・・・測定スペクトル行列設定部
14・・・暫定純スペクトル行列設定部
16・・・暫定濃度行列・暫定純スペクトル行列の記憶・演算部(暫定ループ処理部)
20・・・画像処理部
22・・・暫定画像生成部(暫定濃度分布生成部)
24・・・グルーピング記憶・演算部
26・・・濃度値決定部
28・・・純スペクトル決定部
30・・・画像出力部
40・・・表示部
50・・・データベース検索部
60・・・スペクトラルライブラリー