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特開2022-179387反芻動物の胃不調の有無を判定する方法及び装置
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022179387
(43)【公開日】2022-12-02
(54)【発明の名称】反芻動物の胃不調の有無を判定する方法及び装置
(51)【国際特許分類】
   A01K 29/00 20060101AFI20221125BHJP
【FI】
A01K29/00 D
A01K29/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022079318
(22)【出願日】2022-05-13
(31)【優先権主張番号】P 2021085120
(32)【優先日】2021-05-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】521218113
【氏名又は名称】農事組合法人吉浦牧場
(71)【出願人】
【識別番号】595061705
【氏名又は名称】株式会社アニモ
(74)【代理人】
【識別番号】100103528
【弁理士】
【氏名又は名称】原田 一男
(72)【発明者】
【氏名】田村 勇耕
(72)【発明者】
【氏名】松田 祥弘
(72)【発明者】
【氏名】山口 卓
(72)【発明者】
【氏名】金山 陸貴
(57)【要約】
【課題】反芻動物の胃不調の有無を簡易に判定できるようにする。
【解決手段】本判定方法は、(A)反芻動物の腹部の音データに対して所定の雑音除去処理を実行するステップと、(B)所定の雑音除去処理を実行した後の音データから、時間変化する音圧レベルを算出するステップと、(C)算出された音圧レベルの度数分布に基づき、反芻動物の胃不調の有無を判定する判定ステップとを含む。なお、判定ステップにおいて、算出された音圧レベルの自己相関係数の値にさらに基づき、反芻動物の胃不調の有無を判定するようにしても良い。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
反芻動物の腹部の音データに対して所定の雑音除去処理を実行するステップと、
前記所定の雑音除去処理を実行した後の音データから、時間変化する音圧レベルを算出するステップと、
算出された前記音圧レベルの度数分布に基づき、前記反芻動物の胃不調の有無を判定する判定ステップと、
を、コンピュータに実行させるためのプログラム。
【請求項2】
前記判定ステップが、
算出された前記音圧レベルの度数分布に基づき、音圧レベルが閾値以上となるフレームの数、又は当該フレームの数の、総フレーム数に対する割合を算出する算出ステップと、
前記フレームの数又は前記割合が基準値を超えたか否かに基づき、前記反芻動物の胃不調の有無を判定するステップと、
を含む請求項1記載のプログラム。
【請求項3】
前記算出ステップが、
前記閾値を、算出された前記音圧レベルの度数分布に基づき決定するステップ
を含む請求項2記載のプログラム。
【請求項4】
前記閾値を、前記フレーム毎の音圧レベルのうち所定パーセントタイルの音圧レベルを特定し、当該特定された音圧レベルに基づき決定する
請求項3記載のプログラム。
【請求項5】
前記判定ステップにおいて、
算出された前記音圧レベルの自己相関係数の値にさらに基づき、前記反芻動物の胃不調の有無を判定する
請求項1記載のプログラム。
【請求項6】
前記判定ステップが、
算出された前記音圧レベルの度数分布に基づき、音圧レベルが閾値以上となるフレームの数、又は当該フレームの数の、総フレーム数に対する割合を算出する算出ステップと、
前記フレームの数又は前記割合が基準値以下である場合には、前記自己相関係数の値が所定条件を満たすか否かを判定するステップと、
前記自己相関係数の値が所定の条件を満たさない場合には、前記反芻動物に胃不調があることを出力するステップと、
を含む請求項5記載のプログラム。
【請求項7】
前記所定の条件が、ラグが一定値以上の自己相関係数の値のうち最大値が、第2の閾値以上であるという条件である
請求項6記載のプログラム。
【請求項8】
前記フレームの数又は前記割合が基準値を超える場合又は前記自己相関係数の値が前記所定の条件を満たす場合には、前記反芻動物に胃不調がないことを出力するステップ
をさらに含む請求項6記載のプログラム。
【請求項9】
反芻動物の腹部の音データに対して所定の雑音除去処理を実行するステップと、
前記所定の雑音除去処理を実行した後の音データから、フレーム毎に音圧レベルを算出するステップと、
算出された前記音圧レベルの度数分布に基づき、前記反芻動物の胃不調の有無を判定する判定ステップと、
を含み、コンピュータが実行する判定方法。
【請求項10】
前記判定ステップにおいて、
算出された前記音圧レベルの自己相関係数の値にさらに基づき、前記反芻動物の胃不調の有無を判定する
請求項9記載の判定方法。
【請求項11】
反芻動物の腹部の音データに対して所定の雑音除去処理を実行する手段と、
前記所定の雑音除去処理を実行した後の音データから、フレーム毎に音圧レベルを算出する手段と、
算出された前記音圧レベルの度数分布に基づき、前記反芻動物の胃不調の有無を判定する判定手段と、
を有する情報処理システム。
【請求項12】
前記判定手段が、
算出された前記音圧レベルの自己相関係数の値にさらに基づき、前記反芻動物の胃不調の有無を判定する
請求項11記載の情報処理システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、反芻動物の胃不調の有無を判定する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
近年畜産を支援する様々な情報処理技術が提案されている。ある文献では、牛に活動状態センサモジュールを装着させて管理装置により健康状態を判定する技術が開示されている。この活動状態センサモジュールは、3軸加速度センサ及び気圧センサを含んでいる。管理装置は、活動状態センサモジュールから受信した牛の活動データに基づいて、牛の活動状態を予め設定された行動特定モデルを利用して特定し、特定された牛の活動状態に対応する牛の行動系指標、静止系指標、及び反芻系指標を算出する。さらに、管理装置は、牛の行動系指標、静止系指標、及び反芻系指標の時間的変動量を予め設定された閾値と比較し、牛の行動系指標、静止系指標、及び反芻系指標のいずれかの変動量が閾値を超えた場合、所定の判定モデルにより牛の健康状態の異常の有無を判定する。
【0003】
この文献で記載されている技術では、牛に上記のような活動状態センサモジュールを装着しなければならず、その他にも付随的な通信装置も用いるため、コストが掛かる。また、反芻動作自体は特定されるが、直接的に胃の状態を観測できているわけではない。さらに、判定モデルは、各指標及び当該指標に含まれる活動量の中の特定の組み合わせが、牛の特定の異常(疾病や体調不良)と関連するという過去の事例や記録データに基づいて、予め設定された複数の判定基準で構成されたモデルであり、多量のデータが蓄積されていることが前提となっているが、胃の状態を直接観測できていないにも拘わらず精度良く判定するのに要するデータの蓄積は容易ではない。すなわち、このような技術は、コスト的にも実際的にも実施が難しい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2019-122368号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、一側面によれば、反芻動物の胃不調の有無を簡易に判定できるようにする技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る判定方法は、(A)反芻動物の腹部の音データに対して所定の雑音除去処理を実行するステップと、(B)所定の雑音除去処理を実行した後の音データから、時間変化する音圧レベルを算出するステップと、(C)算出された音圧レベルの度数分布に基づき、反芻動物の胃不調の有無を判定する判定ステップとを含む。
【発明の効果】
【0007】
一側面によれば、反芻動物の胃不調の有無を簡易に判定できるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1図1は、本発明の実施の形態に係るシステムの構成を表す図である。
図2図2は、第1の実施の形態に係る処理内容を表す処理フローを示す図である。
図3A図3Aは、健康な牛の腹部の音データの一例を示す図である。
図3B図3Bは、胃不調の牛の腹部の音データの一例を示す図である。
図4A図4Aは、健康な牛の腹部の、フィルタリング後の音データの一例を示す図である。
図4B図4Bは、胃不調の牛の腹部の、フィルタリング後の音データの一例を示す図である。
図5A図5Aは、健康な牛の腹部の音圧レベルの時間変化の一例を示す図である。
図5B図5Bは、胃不調の牛の腹部の音圧レベルの時間変化一例を示す図である。
図6A図6Aは、健康な牛の腹部の音圧レベルに対する閾値の一例を示す図である。
図6B図6Bは、胃不調の牛の腹部の音圧レベルに対する閾値の一例を示す図である。
図7A図7Aは、健康な牛の腹部の音圧レベルが閾値を超える範囲の一例を示す図である。
図7B図7Bは、胃不調の牛の腹部の音圧レベルが閾値を超える範囲の一例を示す図である。
図8図8は、第2の実施の形態に係る処理内容を表す処理フローを示す図である。
図9図9は、第2の実施の形態に係る処理内容を表す処理フローを示す図である。
図10A図10Aは、胃不調の牛の腹部の、フィルタリング後の音データの一例を示す図である。
図10B図10Bは、胃不調の牛の腹部の音圧レベルの時間変化一例を示す図である。
図10C図10Cは、胃不調の牛の自己相関係数の変化を表す図である。
図11A図11Aは、健康な牛の腹部の、フィルタリング後の音データの一例を示す図である。
図11B図11Bは、健康な牛の腹部の音圧レベルの時間変化一例を示す図である。
図11C図11Cは、健康な牛の自己相関係数の変化を表す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の実施の形態では、反芻動物の一例として牛の場合について説明するが、羊その他の反芻動物であっても良い。
【0010】
[実施の形態1]
牛などの反芻動物は、胃の中で食べたものをかき混ぜて消化しやすくする。この胃の運動で、食べた物と空気が消化器官を移動し、健常な牛では、ギュルルといった音が発生する。このような音は胃音と呼ばれ、胃音は、胃の運動によって生じる音の総称である。一方、病気などの理由で胃の運動が弱った牛では、胃音は観測されないか、発生時間が短くなる。すなわち、胃音の有無、発生時間などと、個別の牛の健康状態にはある程度の相関関係があると考えられる。
【0011】
本実施の形態では、このような知見に基づき構築されるシステムについて説明する。
【0012】
図1に、本実施の形態に係るシステムの一例を示す。本実施の形態では、牛1000の腹部に、電子聴診器100をあてて、腹部の音データを取得する。なお、電子聴診器100は、ディジタルの音データを蓄積する機能を有しており、当該ディジタルの音データを、本実施の形態における主要な処理を実行する情報処理装置200に取り込んで処理を行う。なお、電子聴診器100とは異なるアナログ機器にて、牛の音データを測定し、後にA/D(Analog-to-Digital)変換して、情報処理装置200に取り込むようにしても良い。電子聴診器100と情報処理装置200との間の通信は、無線でも有線でも良い。
【0013】
情報処理装置200は、例えばパーソナルコンピュータ、タブレット、スマートフォンなどであり、場合によっては、パーソナルコンピュータ等の端末装置とサーバその他のコンピュータ(仮想的なコンピュータであっても良い)との組み合わせにて実施される場合もある。
【0014】
情報処理装置200は、測定データ格納部201と、帯域制限フィルタ部203と、第1データ格納部205と、音圧レベル算出部207と、第2データ格納部209と、判定部211と、出力部213とを有する。
【0015】
測定データ格納部201は、例えば電子聴診器100から取り込まれたディジタルの音データを格納する。帯域制限フィルタ部203は、胃音に係る周波数帯の信号のみを抽出するフィルタリングを行い、処理結果を第1データ格納部205に格納する。音圧レベル算出部207は、第1データ格納部205に格納された音データから、所定のフレーム毎に音圧レベルを算出し、算出された音圧レベルのデータを第2データ格納部209に格納する。判定部211は、第2データ格納部209に格納された音圧レベルのデータに基づき、判定対象の牛に胃の不調があるか否かを判定し、出力部213は、当該判定結果を出力する。出力部213は、例えば情報処理装置200の表示部に表示したり、印刷装置や他の情報処理装置に判定結果を出力する。
【0016】
次に、図2乃至図7Bを用いて、情報処理装置200の処理内容について説明する。
【0017】
まず、情報処理装置200は、電子聴診器100等から、反芻動物の腹部の音データを取得し、測定データ格納部201に格納する(図2:ステップS1)。
【0018】
健康な牛について電子聴診器100によって測定された音データは、例えば図3Aに示すような波形を有する。図3Aにおいては、縦軸は振幅[V]を表し、横軸は時間[秒]を表しており、この例では、最初に0.5秒程度、電子聴診器100が牛の腹部に接触していない部分を含んでいる。一方、胃不調の牛について電子聴診器100によって測定された音データは、例えば図3Bに示すような波形を有する。図3Bでも、縦軸は振幅[V]を表し、横軸は時間[秒]を表しており、この例でも、最初に0.5秒程度、電子聴診器100が牛の腹部に接触していない部分を含んでいる。このような波形には、電子聴診器100と牛との接触ノイズや、牛の心拍音その他のノイズが含まれている。なお、サンプリング周波数は、例えば4000Hzである。
【0019】
次に、帯域制限フィルタ部203は、測定データ格納部201に格納されている音データに対して、所定の帯域制限フィルタ(例えばIIR(Infinite Impulse Response)フィルタ)を適用し、処理結果を第1データ格納部205に格納する(ステップS3)。牛の場合、胃音に係る周波数帯は200Hz乃至600Hzであり、200Hz未満の接触ノイズや心拍音などや、600Hzを超える音を除去する。なお、このような帯域制限フィルタを用いるのではなく、スペクトルサブトラクション法等を用いて雑音除去を行っても良い。
【0020】
図3Aに示した音データに対して上記のような帯域制限フィルタを適用すると、図4Aに示すような波形の音データが得られる。一方、図3Bに示した音データに対して上記のような帯域制限フィルタを適用すると、図4Bに示すような波形の音データが得られる。
【0021】
そして、音圧レベル算出部207は、第1データ格納部205に格納されている音データから、フレーム毎に音圧レベルを算出し、第2データ格納部209に格納する(ステップS5)。
【0022】
音圧レベル算出部207は、まず、第1データ格納部205に格納されている音データに対して、値域が-1乃至+1となるように正規化を施す。その後、例えば、フレーム幅100ms、フレームのシフト幅50msで、以下の式に従って、音圧レベル[dB]を算出する。
【数1】
ここで、1フレームに含まれる音サンプルがW個であり、i番目の音サンプルの振幅値がa[i]であるものとする。音圧レベルは、音の大きさを表し、実効値レベルとも呼ぶ。
【0023】
例えば、図4Aに示すような波形の音データの音圧レベルは、図5Aに示すように時間変化する。図5Aでは、縦軸は音圧レベル[dB]を表し、横軸は時間を表す。一方、図4Bに示すような波形の音データの音圧レベルは、図5Bに示すように時間変化する。この例では、健康な牛の方が、音圧レベルの変化が大きく、胃不調の牛の方は、音圧レベル全体が高くなっているが変化は小さい。
【0024】
そして、判定部211は、第2データ格納部209に格納されている音圧レベルのデータに基づき閾値を決定する(ステップS7)。本実施の形態では、動的に音圧レベルに対する閾値を算出する。例えば、判定部160は、音圧レベルの値を昇順にソートすることで音圧レベルの度数分布を生成し、当該度数分布においてq(例えばq=5)パーセントタイルを特定する。より具体的には、フレーム数×q/100番目の音圧レベルの値を特定する。そして、qパーセントタイル+α(例えば10)を閾値として決定する。
【0025】
図5Aの場合、図6Aに示すように、点線で表される音圧レベルが5パーセントタイルを表しており、それに基づき決定された閾値が実線で表される。図5Bの場合、図6Bに示すように、点線で表される音圧レベルが5パーセントタイルを表しており、それに基づき決定された閾値が実線で表される。
【0026】
音圧レベルの全体的な高低は、測定毎に異なっており、固定の閾値では正確に判定ができない。従って、本実施の形態では、算出された音圧レベル群のうち統計的に着目すべき部分の音圧レベルを特定して、当該特定された音圧レベルから閾値を決定するものである。これによって、閾値との関係で、音圧レベルが高い部分を特定するものである。
【0027】
また、判定部211は、決定された閾値を超える音圧レベルが得られたフレーム数を計数する(ステップS9)。
【0028】
図6Aの場合、図7Aで示すように、範囲A乃至Dにおいて、おおよそ閾値以上の音圧レベルが得られており、この例では、総フレーム数2999のうち1273フレームが閾値以上となっている。一方、図6Bの場合、図7Bで示すように、範囲E及びFにおいて、おおよそ閾値以上の音圧レベルが得られており、この例では、総フレーム数2999のうち160フレームが閾値以上となっている。
【0029】
このように健康な牛の場合には、胃音が現れていると考えられるフレームが多くなり、胃不調の牛では、胃音が現れていると考えられるフレームが少なくなる。
【0030】
そして、判定部160は、計数されたフレーム数/総フレーム数により、音圧レベルが閾値以上となっているフレームの割合を算出する(ステップS11)。フレームが一定の時間を有するので、時間割合とも呼ぶ。このように、判定部160は、音圧レベルの度数分布に基づき、適切な閾値を設定すると共に、当該閾値以上となるフレームの数(総フレーム数が変化する場合には閾値以上となるフレーム数/総フレーム数)を指標値として算出して胃不調の有無について判定するものである。
【0031】
判定部211は、算出された割合が基準値を超えたか否かを判断する(ステップS13)。判定部211は、この判断の結果を出力部213に出力する。基準値は、例えば実験的に決定する値であり、上で述べた例では、0.2が設定される。図7Aの場合には、割合は0.424なので、ステップS13の条件を満たしている。一方、図7Bの場合には、割合は0.053なので、ステップS13の条件を満たしていない。
【0032】
ステップS13の条件を満たしている場合には、出力部213は、判定対象の反芻動物が「健康」である旨の出力を行う(ステップS15)。そして処理を終了する。
【0033】
一方、ステップS13の条件を満たしていない場合には、出力部213は、判定対象の反芻動物が「胃不調」である旨の出力を行う(ステップS17)。そして処理を終了する。
【0034】
これまで、獣医師が聴診器を反芻動物の腹部に当て、聴診器から伝わる音を直接耳で聞き、胃不調の有無を判断していた。しかし、聴診器から伝わる音は胃音以外にも、上で述べたようなノイズがあり、聞き分ける際の障害となっていた。また、獣医師個人の経験や体調によって判断にばらつきが生じるという問題もあった。
【0035】
本実施の形態によれば、判定対象の反芻動物にセンサを装着させたり、機械学習を行うのに要する量のデータの収集を行わずとも、簡易な構成で確実に胃不調の有無を判定できるようになる。なお、獣医師でない者が、獣医師の最終判断を行う前に、スクリーニングを行うことも可能となる。
【0036】
[実施の形態2]
第1の実施の形態では、閾値を超える音圧レベルが得られたフレーム数の割合を基に判断するものであったが、以下に示すように自己相関係数を追加的に用いることでさらに判定精度を向上されることが分かった。これは、健康な反芻動物の胃音には、ある周期性がある、という新たな知見が得られたためである。
【0037】
本実施の形態に係る処理フローを図8及び図9に示す。なお、図1で示した情報処理装置200の判定部211の一部の処理内容が、第1の実施の形態とは異なっており、その部分を主に説明する。すなわち、図8に示したステップS1乃至S11については、第1の実施の形態に係る図2のステップS1乃至S11と同じであるから、説明は省略する。
【0038】
図8における端子Aを介して移行した後の図9に示す処理の説明に移行して、判定部211は、算出された割合が基準値を超えたか否かを判断する(ステップS13)。このステップは、第1の実施の形態と同じである。ステップS13の条件を満たしている場合には、判定部211は、ステップS13の条件を満たしている旨の通知を、出力部213に行う。よって、出力部213は、判定対象の反芻動物が「健康」である旨の出力を行う(ステップS15)。そして処理を終了する。
【0039】
一方、ステップS13の条件を満たしていない場合には、判定部211は、予め定められたラグX以上の自己相関係数を算出する(ステップS21)。
【0040】
例えば、i番目の音圧レベルをxと表し、音圧レベルの平均値をxaveと表し、hをラグとすると、自己相関係数rは、以下のように表される。
【数2】
ここでは、h=X(例えば30秒)以上のラグについて、自己相関係数rを算出する。
【0041】
そして、判定部211は、ラグX以上について算出された自己相関係数の最大値を特定する(ステップS23)。後に述べるが、ラグによって自己相関係数は変化するので、ラグX以上について最大値を特定する。そして、判定部3100は、自己相関係数の最大値は、所定の閾値以上であるか否かを判断する(ステップS25)。ステップS25の条件を満たす場合には、判定部211は、ステップS25の条件を満たしている旨の通知を、出力部213に行う。そして処理は、ステップS15に移行する。すなわち、出力部213は、判定対象の反芻動物が「健康」である旨の出力を行う
【0042】
一方、ステップS25の条件を満たしていない場合には、判定部211は、出力部213に対して、ステップS13及びS25の条件を満たしていない旨の通知を行う。これに対して、出力部213は、判定対象の反芻動物が「胃不調」である旨の出力を行う(ステップS17)。そして処理を終了する。
【0043】
このように、閾値を超える音圧レベルが得られたフレーム数の割合が閾値以下であっても、音圧レベルの自己相関係数によって胃音に、ある周期性が見出されれば、健康な反芻動物であると判断するものである。
【0044】
胃不調がある牛の例について、図10A乃至図10Cを用いて説明する。図10Aは、ステップS3の処理結果を表している。すなわち、縦軸は振幅[V]を表し、横軸は時間[秒]を表す。このような音データの波形に対してステップS5を実行すると、図10Bのような音圧レベル[dB]の時間変化が得られる。なお、音圧レベルの周期性を概観するのに適しているので、実際には算出されない、音圧レベルの平滑線aをも表している。このように、胃不調がある牛には、音圧レベルの時間変化の中に、明確な周期性は表れない。そして、ステップS21を実行すると、図10Cに示すように、各ラグに対する自己相関係数の値が得られる。図10Cでは、縦軸は自己相関係数を表し、横軸はラグh[秒]を表す。図10Cの例では、ラグh=30秒未満についても算出されているが、実際には例えばラグh=30以上について算出すれば良い。この例では、h=47秒あたりに0.16程度の最大値が検出される。ここで閾値を0.2とすると、ステップS13の条件を満たしていない場合には、ステップS25の条件も満たされないことになるので、胃不調が検出されるようになる。
【0045】
これに対して、健康な牛の例について、図11A乃至図11Cを用いて説明する。図11Aは、ステップS3の処理結果を表している。すなわち、縦軸は振幅[V]を表し、横軸は時間[秒]を表す。このような音データの波形に対してステップS5を実行すると、図11Bのような音圧レベル[dB]の時間変化が得られる。図10Bと同様に、実際には算出されない、音圧レベルの平滑線bをも表している。このように、健康な牛には、音圧レベルの時間変化の中に、明確な周期性が現れる。そして、ステップS21を実行すると、図11Cに示すように、各ラグに対する自己相関係数の値が得られる。図11Cでも、ラグh=30秒未満について算出されているが、実際にはラグh=30以上について算出すれば良い。この例では、h=62秒あたりに0.48程度の最大値が検出される。ここで閾値0.2とすると、ステップS13の条件を満たしていない場合でも、ステップS25の条件は満たされているので、健康と判断されるようになる。
【0046】
以上本発明の実施の形態を説明したが、本発明はこれに限定されるものでは無い。例えば、牛の場合における数値例を示したが、他の反芻動物の場合には、それに合わせた数値を用いることになる。また、上では割合を算出しているが、総フレーム数を一定値とする場合には、フレーム数で判断するようにしても良い。また、上で述べた例では音圧レベルの度数分布から閾値を決定して当該閾値を用いて胃不調の判定を行っていたが、混合ガウスモデル(GMM:Gaussian Mixture Model)などの手法を用いて判定するようにしても良い。
【0047】
自己相関係数の最大値を特徴量として用いているが、複数のピーク値を抽出して当該ピーク値から特徴量を算出するようにしても良い。
【0048】
また、図1の機能ブロック構成は一例であって、プログラムモジュール構成とは一致しない場合がある。図2に示した処理フローについても、処理結果が同じであれば、並列実行したり順番を入れ替えたりしても良いステップが含まれる場合もある。
【0049】
また、情報処理装置200は、一台の装置として実施される場合もあれば、複数の装置として実施される場合もある。このように情報処理装置200は、1又は複数の装置で実現される情報処理システムとして構築される場合もあり、1台の装置の場合を含めて情報処理システムと呼ぶ場合がある。一方、電子聴診器100自体が、情報処理装置200の機能を併せ持つような構成であっても良い。この場合でも電子聴診器100は、情報処理システムとなる。
【0050】
なお、上で述べた情報処理装置200は、コンピュータ装置であって、メモリとCPU(Central Processing Unit)とハードディスク・ドライブ(HDD:Hard Disk Drive)と表示装置に接続される表示制御部とリムーバブル・ディスク用のドライブ装置と入力装置とネットワークに接続するための通信制御部とがバスで接続されている。オペレーティング・システム(OS:Operating System)及び本実施例における処理を実施するためのアプリケーション・プログラムは、HDDに格納されており、CPUにより実行される際にはHDDからメモリに読み出される。CPUは、アプリケーション・プログラムの処理内容に応じて表示制御部、通信制御部、ドライブ装置を制御して、所定の動作を行わせる。また、処理途中のデータについては、主としてメモリに格納されるが、HDDに格納されるようにしてもよい。本発明の実施の形態では、上で述べた処理を実施するためのアプリケーション・プログラムはコンピュータ読み取り可能なリムーバブル・ディスクに格納されて頒布され、ドライブ装置からHDDにインストールされる。インターネットなどのネットワーク及び通信制御部を経由して、HDDにインストールされる場合もある。このようなコンピュータ装置は、上で述べたCPU、メモリなどのハードウエアとOS及びアプリケーション・プログラムなどのプログラムとが有機的に協働することにより、上で述べたような各種機能を実現する。
【0051】
以上述べた本実施の形態をまとめると以下のようになる。
【0052】
本実施の形態に係る判定方法は、(A)反芻動物の腹部の音データに対して所定の雑音除去処理を実行するステップと、(B)所定の雑音除去処理を実行した後の音データから、時間変化する音圧レベルを算出するステップと、(C)算出された音圧レベルの度数分布に基づき、反芻動物の胃不調の有無を判定する判定ステップとを含む。
【0053】
反芻動物の胃不調の有無は、上記のような音圧レベルの度数分布に表れる。本実施の形態では、このような簡易な構成にて牛などの反芻動物の胃不調の有無を判定できるようになる。
【0054】
また、上で述べた判定ステップは、(c1)算出された音圧レベルの度数分布に基づき、音圧レベルが閾値以上となるフレームの数、又は当該フレームの数の、総フレーム数に対する割合を算出する算出ステップと、(c2)上記フレームの数又は上記割合が基準値を超えたか否かに基づき、反芻動物の胃不調の有無を判定するステップとを含むようにしても良い。例えば、常に一定数のフレームについて音圧レベルを算出する場合にはフレーム数で判断でき、総フレーム数が変動する場合には上記のような割合を算出することで、判定を行うことができるようになる。
【0055】
なお、上で述べた算出ステップは、上記閾値を、算出された音圧レベルの度数分布に基づき決定するステップを含むようにしても良い。このようにすれば、様々な環境や反芻動物に対して適切な閾値を設定できるようになる。
【0056】
また、上で述べた閾値を、上記フレーム毎の音圧レベルのうち所定パーセントタイルの音圧レベルを特定し、当該特定された音圧レベルに基づき決定するようにしても良い。統計的に基準となる音圧レベルを特定すれば、適切な閾値が設定されるようになる。
【0057】
さらに、上で述べた判定ステップにおいて、算出された音圧レベルの自己相関係数の値にさらに基づき、反芻動物の胃不調の有無を判定するようにしても良い。反芻動物は健康であればその胃音の音圧レベルに周期的な変化が生じているという新規な知見に基づく。このような構成を採用することにより、反芻動物の胃不調をより精度良く検出できるようになる。
【0058】
なお、上で述べた判定ステップが、算出された音圧レベルの度数分布に基づき、音圧レベルが閾値以上となるフレームの数、又は当該フレームの数の、総フレーム数に対する割合を算出する算出ステップと、上記フレームの数又は上記割合が基準値以下である場合には、自己相関係数の値が所定条件を満たすか否かを判定するステップと、自己相関係数の値が所定の条件を満たさない場合には、反芻動物に胃不調があることを出力するステップとを含むようにしても良い。自己相関係数を採用することで、精度良く反芻動物の胃不調を検出できるようになる。
【0059】
さらに、上で述べた所定の条件が、ラグが一定値以上の自己相関係数の値のうち最大値が、第2の閾値以上であるという条件である場合もある。反芻動物について得られた新規な知見に基づくものである。
【0060】
さらに、上で述べた判定方法は、上記フレームの数又は上記割合が基準値を超える場合又は自己相関係数の値が所定の条件を満たす場合には、反芻動物に胃不調がないことを出力するステップをさらに含むようにしても良い。
【0061】
なお、上記処理を実行するためのプログラムを作成することができ、当該プログラムは、例えばフレキシブルディスク、光ディスク(CD-ROM、DVD-ROMなど)、光磁気ディスク、半導体メモリ、ハードディスク等のコンピュータ読み取り可能な記憶媒体又は記憶装置に格納される。尚、中間的な処理結果はメインメモリ等の記憶装置に一時保管される。
【符号の説明】
【0062】
100 電子聴診器
200 情報処理装置
201 測定データ格納部 203 帯域制限フィルタ部
205 第1データ格納部 207 音圧レベル算出部
209 第2データ格納部 211 判定部
213 出力部
図1
図2
図3A
図3B
図4A
図4B
図5A
図5B
図6A
図6B
図7A
図7B
図8
図9
図10A
図10B
図10C
図11A
図11B
図11C