(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022179708
(43)【公開日】2022-12-02
(54)【発明の名称】癌の治療/転移の阻害
(51)【国際特許分類】
A61K 45/00 20060101AFI20221125BHJP
A61P 35/04 20060101ALI20221125BHJP
A61K 31/495 20060101ALI20221125BHJP
A61K 31/428 20060101ALI20221125BHJP
【FI】
A61K45/00
A61P35/04
A61K31/495
A61K31/428
【審査請求】有
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022164142
(22)【出願日】2022-10-12
(62)【分割の表示】P 2020143419の分割
【原出願日】2010-10-13
(71)【出願人】
【識別番号】520010248
【氏名又は名称】セレックス・オンコロジー・イノヴェーションズ・リミテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100108453
【弁理士】
【氏名又は名称】村山 靖彦
(74)【代理人】
【識別番号】100110364
【弁理士】
【氏名又は名称】実広 信哉
(74)【代理人】
【識別番号】100133400
【弁理士】
【氏名又は名称】阿部 達彦
(72)【発明者】
【氏名】ムスタファ・ビルギン・アリ・ジャムゴズ
(57)【要約】
【課題】電位依存性ナトリウムチャネル電流の一過性部分を排除することなく、該電流の持続性部分を少なくとも減少させる効果により、VGSC発現癌における転移挙動を減少または防止するための物質および方法が開示される。公知薬物であるラノラジンおよびリルゾールを使用した剥離性、側方運動性、横断的移動および浸潤性などの転移性細胞挙動の阻害が実証されている。
【解決手段】VGSC発現癌における転移挙動を減少または防止するためのラノラジンの提供。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
患者における
(a) 電位依存性ナトリウムチャネル(VGSC)を発現する悪性細胞の転移挙動を減少させる方法において、または、
(b) 電位依存性ナトリウムチャネル(VGSC)を発現する悪性細胞の転移挙動を防止する方法において
使用するための組成物であって、前記組成物は、
-VGSC電流の一過性及び持続性部分の大きさに対し異なった影響を与え、
-高用量でVGSC電流を完全に遮断し、且つ
-より低用量で投与された場合、VGSC電流の一過性部分を完全に遮断することなく、VGSC電流の持続性部分を減少することができる
薬物を含む、組成物。
【請求項2】
悪性細胞を破壊させない、転移挙動を減少または防止する方法において使用するための、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
悪性細胞の増殖する能力を妨げない、転移挙動を減少または防止する方法において使用するための、請求項1または2に記載の組成物。
【請求項4】
転移挙動の減少または防止が、
(i) 悪性細胞の接着性の増加、
(ii) 剥離した悪性細胞の運動性の減少、
(iii) 剥離した悪性細胞の浸潤性の減少、および
(iv) 剥離した悪性細胞の移動性の減少
の少なくとも1つである、転移挙動を減少または防止する方法において使用するための、請求項1から3のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項5】
悪性細胞が乳癌の細胞である、転移挙動を減少または防止する方法において使用するための、請求項1から4のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項6】
悪性細胞が前立腺癌の細胞である、転移挙動を減少または防止する方法において使用するための、請求項1から4のいずれか一項に記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、癌の治療に関し、排他的ではないが、特に乳癌または前立腺癌などの転移性癌の治療に関する。
【背景技術】
【0002】
乳癌および前立腺癌などの転移性癌の進行は一般に、以下のような5つの相を含むとみなされている:
1. 発生(Genesis)、即ち、正常細胞の癌細胞への最初の形質転換。
2. 増殖、即ち、癌細胞の数が増加して、サイズが漸増する原発性腫瘍を形成する。
3. 発生相または増殖相の間の、癌細胞に転移挙動の潜在性がない状態から転移挙動の潜在性を有する状態への切り替え。
4. 原発性腫瘍からの癌細胞の剥離(Detachment)と、その後の、循環系に向かう、同じ器官内の組織の周辺領域中への剥離細胞の移動。
5. 転移、即ち、他の器官において二次腫瘍を形成する、循環(血液またはリンパ)を介した他の器官への剥離細胞の移動。
【0003】
細胞中で生じ、上記相3における状態の切り替えを引き起こす顕著な変化は、機能的電位依存性ナトリウムチャネル(voltage-gated sodium channel)(VGSC)の発現である。乳癌では、これは発現されたNavl.5チャネルであり、前立腺癌の場合には、これはNavl.7チャネルである。VGSCは、新生児形態および/または成人形態で発現され得る。乳癌の場合、これは、発現された新生児形態のNavl.5チャネル(nNavl.5)である。前立腺癌の場合、どの形態が発現するかは現在知られていない。かかるチャネルが存在しない場合、細胞は浸潤の潜在性を有さず、従って転移挙動がない。
【0004】
ある場合には、発生相は、当初から転移の潜在性を有する癌細胞の成長を含む。
【0005】
転移を防止するための先行技術の提案
本発明以前には、この分野における焦点は、以下のうち1つまたは複数によって転移を防止するための治療を見出す試みであった:
(a)機能的VGSCの発現を防止する;
(b)発現された機能的VGSCの活性を完全に遮断する;または
(c)細胞を死滅させる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は異なるアプローチを提案する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
VGSCを介して電流が間欠的に流れる、即ち電流がパルスで流れる。各パルスは一過性(即ちピーク)部分と、その後の低レベルDC部分(後期即ち持続性電流として知られる)を含むことが公知である。適切な用量の公知薬物ラノラジンまたはリルゾールが、一過性部分に影響がないかまたは一過性部分が部分的に減少しただけにして、電流の持続性部分を阻害することも公知である。
【0009】
以下でより完全に記載される、本発明に関連して実施した実験作業は、以下を実証した:
(i)それぞれ乳癌および前立腺癌においてNavl.5電流およびNavl.7電流の持続性部分を阻害することで、転移挙動が阻害される;
(ii)転移挙動を阻害するために、これらの電流の一過性部分を阻害することが必要なわけではない;
(iii)適切な用量のラノラジンまたはリルゾールは、増殖を防止することも腫瘍の細胞を破壊することもなく転移挙動を阻害するであろう;および
(iv)電流の持続性部分に対するラノラジンおよびリルゾールの阻害効果は、低酸素に予め曝した細胞においてより高く、これは、成長している腫瘍において生じる状態であり、転移プロセスに対し決定的にポジティブに寄与する。
【0010】
ラノラジンおよびリルゾールは共に、心臓の状態の治療について知られている。これらはそれぞれ、VGSC電流の一過性部分および持続性部分の大きさに対し異なった影響を与えることがさらに知られており、その効果は、用量依存的様式である。高用量のこれらの薬物は、VGSC電流を完全に遮断する。心臓はその機能を実行するためにこれらの電流を必要とするので、これらの薬物または心臓組織においてVGSC電流を完全に遮断する効果を有する他の任意の薬物の投薬は、患者にとって致死的である。
【0011】
しかし、本発明の一態様によれば、癌における転移挙動は、VGSC電流の一過性部分を遮断することなく、または少なくとも、一過性部分を完全に遮断することなく、VGSC電流の持続性部分を阻害または減少させるのに適切な投薬量でラノラジンもしくはリルゾールまたは別の物質を投与することによって、阻害または減少される。従って、癌における転移は、致死的な薬物の用量を投与する必要なしに、この方法で阻害または減少され得る。
【0012】
リルゾールは、特定の癌、特に前立腺癌および黒色腫の治療において既に提案されている。両方の場合において、リルゾールは、癌性細胞が死滅するような方法で投与すべきであると提案された。
【0013】
以下でより完全に説明される本発明のさらなる態様によれば、リルゾールまたはラノラジンは、VGSC電流の一過性部分を遮断することなく、または一過性部分を完全に遮断することなく、かつ細胞死を直接的に引き起こすことなく、VGSC電流の持続性部分を阻害する投薬量レベルで、投与される。
【0014】
細胞死を引き起こさずに転移挙動が阻害または減少され得るという事実は顕著な利点であり得るが、これは、最近の研究により、細胞を死滅させることによる癌の治療は、短期間の利益があるものの、それにもかかわらず癌が復帰して増殖するという意味で、少なくともある場合においては逆効果であり得ることが示唆されているからである。従って、本発明は、癌細胞を実際に死滅させることから生じ得る潜在的な問題なしに、転移挙動を阻害または防止する可能性を提供する。
【0015】
転移挙動はいくつかの段階を含む。即ち:
(a)腫瘍からの細胞の剥離;
(b)剥離細胞の周辺組織中への移動;
(c)循環系に向かう、周辺組織を介した移動;および
(d)循環系(細胞は最終的にここから出て行き、二次腫瘍を形成し得る)中への移動。
【0016】
従って、これらの段階のうちいずれか1つまたは複数において細胞の活性を阻害または減少させることは、少なくとも転移の減少に寄与するであろう。これらの下位段階のそれぞれに対する薬物の効果は、以下でより完全に説明するように、多数の実験によって決定することができる。即ち:
(a)細胞の接着性に対する薬物の効果を試験する;
(b)細胞の側方運動性(lateral motility)に対する薬物の効果を試験する;
(c)細胞の横断的移動(transverse migration)に対する薬物の効果を試験する;および
(d)細胞の浸潤性(即ち、細胞が消費する培地を介して移動する細胞の能力)に対する薬物の効果を試験する。
【0017】
以下でより完全に記載されるように、本発明に関連して実施された実験は、種々の投薬量レベルでラノラジンまたはリルゾールを投与することで、細胞の接着性を増加させること、ならびに/または細胞の側方運動性、横断的移動および浸潤性のうち1つまたは複数を減少させることができることを示している。
【0018】
従って、本発明の別の態様によれば、好ましくは細胞死を直接的に引き起こすことなく転移を阻害または減少させるために、転移性癌細胞におけるVGSCの一過性部分に影響がないかまたは一過性部分が部分的に減少しただけにして、持続性部分を阻害または減少させるのに適切な用量で使用されるかまたは使用されることが意図される、化合物、組成物または他の物質が提供される。
【0019】
本発明から導かれる利点は、少なくとも特定の態様または形態において、以下である:
(a)患者が重大な不利益なしに乳癌および前立腺癌(ならびにVGSCが発現される他の癌)を有しながら生きることが可能であり得るように、かかる癌を含有し得る;
(b)結果として、癌性細胞を破壊するための積極的な治療(化学療法または放射線療法などによる)を患者が受ける必要性が回避され得る;
(c)患者が乳癌もしくは前立腺癌または他の転移性癌を有する疑いがある場合、適切な用量のラノラジンまたはリルゾール(あるいは適切な特性を有する他の物質)を用いた即座の治療が、確定試験の結果を待ちながら転移を阻害または防止させるために与えられ得る;
(d)これを達成するのに必要な投薬量は、VGSC電流の持続性部分を阻害するのに充分に高くなければならないだけである;
(e)治療的に許容可能な用量のラノラジンまたはリルゾールは、これらの電流の持続性部分の必要な阻害を達成するが、一過性部分は実質的に影響がないままである;および
(f)ラノラジンおよびリルゾールは市場に出ており、長年にわたってヒトでの使用が承認されているので、本発明は、副作用などに関する全ての長期の試験を経る必要なしに、臨床使用に入れることができる。
【0020】
本発明は、添付の図面および以下に示す実験データを参照してさらに記載される。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】原発性腫瘍発生から二次腫瘍の形成(転移)までの癌進行の時系列の模式図である。
【
図2】癌の開始および転移への進行の間に発生する細胞プロセスの模式図である。
【
図3】(3a) 電流の一過性部分および持続性部分の両方を示し、正常酸素条件下および低酸素条件下の両方での電流もまた示す、VGSCを介した電流を示すスケッチである(3a)。(3b)は、VGSC電流成分に対する異なる濃度のラノラジンの効果を示すスケッチである。(3c)は、VGSC電流成分に対する異なる濃度のリルゾールの効果を示すスケッチである。
【
図4】細胞の接着を個別に測定するための細胞接着測定装置の模式図である。
【
図5】細胞の側方運動性を測定するために使用される装置の模式図である。図(a)は、半コンフルエント層の細胞を含有する細胞培養皿の上からの平面図である。図(b)は、プレートした細胞の模式的側断面図である。図(c)は、時間t=ゼロ(このとき、傷跡が細胞の層を貫いて作られた)におけるプレートした細胞の平面図である。図(d)は、細胞が移動して傷が部分的にふさがった、より後の時間(t=24時間)でのプレートした細胞の平面図である。
【
図6】細胞の横断的移動を測定するために使用される装置の模式的側断面図である。
【
図7】細胞の浸潤性を測定するために使用される装置の模式的側断面図である。
【
図8】ヒト転移性乳癌MDA-MB-231細胞の単一細胞接着に対する、誘導された化学的低酸素の濃度依存的効果を示すグラフである。
【
図9】正常酸素下および化学的に誘導された低酸素下での、MDA-MB-231細胞の単一細胞接着に対するラノラジンの用量依存的効果を示すグラフである。
【
図10】正常酸素下および低酸素下での、MDA-MB-231細胞の側方運動性に対するラノラジンの用量依存的効果を示すヒストグラムである。
【
図11】正常酸素下および低酸素下での、MDA-MB-231細胞の横断的移動に対するラノラジンの用量依存的効果を示すヒストグラムである。
【
図12】正常酸素下および低酸素下での、MDA-MB-231細胞の浸潤性に対するラノラジンの用量依存的効果を示すヒストグラムである。
【
図13】低酸素下で異なる持続時間にわたりラノラジンで事前処理したMDA-MB-231細胞の浸潤性に対するラノラジンの用量依存的効果を示す一連のヒストグラムである。図(a)は、アッセイの間の24時間のみ処理した(即ち、事前処理なし)細胞についての、5μMラノラジンの効果を示すヒストグラムである。図(b)は、72時間にわたり薬物で事前処理した細胞についての、5μMラノラジンの効果を示すヒストグラムである。図(c)は、アッセイの間の24時間のみ処理した(即ち、事前処理なし)細胞についての、25μMラノラジンの効果を示すヒストグラムである。図(d)は、48時間にわたり薬物で事前処理した細胞についての、25μMラノラジンの効果を示すヒストグラムである。図(e)は、72時間にわたり薬物で事前処理した細胞についての、25μMラノラジンの効果を示すヒストグラムである。
【
図14】正常酸素下ではMDA-MB-231細胞の成長に対してラノラジンの効果がないことを示す一連のヒストグラムである。
【
図15】正常酸素下ではMDA-MB-231細胞の生存能に対してラノラジンの効果がないことを示すヒストグラムである。
【
図16】正常酸素下および低酸素下での、転移性の強いラット前立腺癌Mat-LyLu細胞の横断的移動に対するラノラジンの用量依存的効果を示すヒストグラムである。
【
図17】正常酸素下および低酸素下での、Mat-LyLu細胞の浸潤性に対するラノラジンの用量依存的効果を示すヒストグラムである。
【
図18】正常酸素下および低酸素下ではMat-LyLu細胞の増殖に対してラノラジンの効果がないことを示すヒストグラムである。
【
図19】正常酸素下および低酸素下ではMat-LyLu細胞の生存能に対してラノラジンの効果がないことを示すヒストグラムである。
【
図20】正常酸素下および低酸素下での、MDA-MB-231細胞の側方運動性に対するリルゾールの用量依存的効果を示すヒストグラムである。
【
図21】正常酸素下および低酸素下での、MDA-MB-231細胞の横断的移動に対するリルゾールの用量依存的効果を示すヒストグラムである。
【
図22】正常酸素下および低酸素下での、MDA-MB-231細胞の浸潤性に対するリルゾールの用量依存的効果を示すヒストグラムである。
【
図23】低酸素下で>72時間にわたり5μMリルゾールで事前処理したMDA-MB-231の浸潤性に対する比較効果を示す一対のヒストグラムである。図(a)は、アッセイの間の24時間のみ処理した(即ち、事前処理なし)細胞についての、5μMリルゾールの効果を示すヒストグラムである。図(b)は、72時間にわたり薬物で事前処理した細胞についての、5μMリルゾールの効果を示すヒストグラムである。
【
図24】正常酸素下での、MDA-MB-231細胞の成長に対するリルゾールの用量依存的効果を示すヒストグラムである。
【
図25】正常酸素下での、MDA-MB-231細胞の生存能に対するリルゾールの用量依存的効果を示すヒストグラムである。
【
図26】正常酸素下および低酸素下での、Mat-LyLu細胞の浸潤性に対するリルゾールの用量依存的効果を示すヒストグラムである。
【
図27】正常酸素下および低酸素下での、Mat-LyLu細胞の成長に対するリルゾールの用量依存的効果を示すヒストグラムである。
【
図28】正常酸素下および低酸素下での、Mat-LyLu細胞の生存能に対するリルゾールの用量依存的効果を示すヒストグラムである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
図1を参照すると、時系列101は、腫瘍の発達における3つの連続する相、即ち、癌性細胞の発達前の相102、相102後の、癌細胞の発生が起きる間の相103、および相103の後の、癌性細胞が増殖して成長する腫瘍を形成する間の相104を示している。増殖相104は、発生相103が始まった直後に始まり得る。
【0023】
ヒト乳癌細胞およびヒト前立腺癌細胞が、最初は機能的VGSCを全く含まない可能性があること、かかるチャネルが腫瘍で発現されない限り腫瘍細胞は浸潤性にならないことが証明されている。しかし、多数のかかる腫瘍では、最初にVGSCが存在しない場合であっても、ある時点で機能的VGSCが発現される。これが、腫瘍が拡散し得る条件への変化を誘発する。
図1は、最初は細胞が機能的VGSCを全く含有しないが、時間105中のある時点において機能的VGSCの発現が開始する状況を示している。これは、発生相103の開始後の任意の時点で生じ得る。
【0024】
図1中の時系列106は、時間105後に生じる相を示し、この時点で癌が転移性になる。
【0025】
時間105の後の最初の相107において、転移性細胞が腫瘍から剥離する。その後、相108において、それらの細胞が浸潤し、循環系(特に、血管系および/またはリンパ系)に向かって、同じ器官内の周辺領域を介して移動する。相109において、転移性細胞は循環系に入り、次いで身体中の他の器官に移動し得、そこで二次腫瘍の形成を引き起こし得る。
【0026】
上記相を
図2で絵を用いて示す。図中、参照番号200は、乳房または前立腺などの器官の一部を示す。乳房または前立腺の健康な細胞201が、基底膜202上に支持され、癌性腫瘍203を取り囲んでいるところが示されている。癌性腫瘍203は、発生相103を通過して増殖相104に入っていると推定される。
【0027】
癌性腫瘍203の特定の細胞204が、腫瘍203から剥離し、基底膜202の分解された領域202aを通過して、腫瘍203を含有する器官の隣接領域205に入っていくところが示され、この領域は、主にコラーゲン線維を含み得る。腫瘍から剥離して基底膜202を通過した癌細胞206が、領域205を通過して血管207に向かうところが示されている。癌性細胞208が、血管207の壁を通って血流209中に移動しているところが示されている。
【0028】
既に血流中に入っている細胞210が、血流内で領域211に運ばれているところが示され、領域211で、細胞212が、リンパ腺または肝臓などの別の器官213に向かって、血管207の壁を通って外側に移動したところが示され、そこで細胞212は二次腫瘍を形成し得る(図示せず)。
【0029】
参照番号214は、血管207の壁上に単に定着したまたは血管207の壁に隣接した、休止状態の癌性細胞を示す。
【0030】
以下でより完全に説明されるように、本発明は、記載された種々の相で生じる癌細胞の転移挙動のうち1つまたは複数を防止または減少させるための治療または手段を提供する。特に、本発明は以下のための治療または手段を提供する:
(a)腫瘍中の細胞の接着性を増加させ、細胞が剥離する可能性を低くする;および/または
(b)剥離した細胞の運動性を減少させ、細胞が基底膜へおよび基底膜を介して周辺組織中へ移動する可能性を低くする;および/または
(c)細胞が組織を介して循環系に向かって移動する能力を減少させることによって、周辺組織に入った細胞の浸潤性を減少させる;および/または
(d)その組織からその壁を介して細胞が循環系中に移動する能力を減少させる。
【0031】
機能的VGSCが発現していない癌性細胞が浸潤性の挙動をしないことを上で説明してきた。さらに、電流がパルスでVGSCを通過し、そのそれぞれが一過性部分即ちピーク部分と、その後のかなり低いレベルの持続性部分即ち後期部分とを含むことが知られている。本発明の一態様によれば、上記転移挙動のうちの1つまたは複数が、電流のピーク部分を排除することなく持続性部分を阻害または減少させることにより阻害または減少されるので、電流の持続性部分を優先的に減少させる薬物を使用することが可能になる。
【0032】
いくつかのかかる薬物は、不整脈または狭心症などの心臓の状態を治療することについて知られている。心臓を治療する場合、心臓の機能性およびそのリズムを維持するために必須であるため、電流のピーク部分が排除されないことを確実にすることが重要である。従って、本発明の一態様によれば、VGSC電流のピーク部分を排除することなく持続性部分を阻害または減少させるために以前から使用されていたラノラジンまたはリルゾールなどの公知薬物が、癌、特に乳癌または前立腺癌における転移挙動を阻害または減少させるために使用される。
【0033】
VGSC電流の性質、およびそれに対するラノラジンまたはリルゾールでの処理の効果を、
図3(a)、3(b)および3(c)を参照してさらに説明する。
【0034】
図3(a)を参照すると、連続線で示される曲線301は、正常酸素条件下で機能的VGSCを介して流れる電流パルスを示し、横軸は時間であり、縦軸は電流の振幅即ち大きさである。理解できるように、この電流パルスは、ピーク即ち一過性部分302および持続性即ち後期部分303を含む。実際、持続性部分303が持続する期間は、一過性部分302の期間よりも非常に大きいが、
図3(a)は、実験データから実際に得られた曲線ではなく図表的スケッチであるので、それは図中には示していない。
【0035】
一点鎖線で描かれた曲線304は、低酸素条件下のVGSC電流のパルスを示す。理解できるように、低酸素条件下の電流のピーク部分305は、正常酸素条件下のピーク部分302よりも小さいが、低酸素条件下の持続性部分306は、正常酸素条件下の持続性部分303よりも大きい。以下に記載する実験結果の検討から明らかになるように、低酸素条件下および正常酸素条件下でのこれらの曲線間の差異は意味があるが、これは、癌性腫瘍中の細胞の多くが、他の癌性細胞による血液循環系からの部分的隔離に起因して低酸素だからである。
【0036】
図3(b)は、それぞれVGSC電流の一過性部分および持続性部分に対する漸増用量のラノラジンの効果を示すスケッチである。理解できるように、横軸はラノラジンの投薬量レベルを示し、縦軸は正規化したVGSC電流を示す。実線の曲線305は、漸増する投薬量に対してプロットした電流の一過性部分の大きさを示し、破線の曲線306は、漸増するラノラジン投薬量に対する電流の持続性部分の大きさを示し、投薬量レベルは横軸上に示す。
【0037】
図3(b)からさらに理解できるように、範囲1~10μMの投薬量レベル(ヒトにとって治療的に許容可能である)で、電流の持続性部分は、一過性部分よりも顕著に減少している。2つの減少間の差異は、両矢印307によって
図3(b)中に示される。
【0038】
漸増用量のリルゾールによる類似の効果が、
図3(c)から理解できる。図中、実線の曲線308は、漸増用量のリルゾールに対してプロットした電流の一過性部分の大きさを示し、破線の曲線310は、電流の持続性部分の大きさを示す。ヒトにとって治療的に許容可能な用量のリルゾールは、1μMから10μMの範囲を含む。
図3(c)で理解できるように、また両矢印311によって示されるように、電流の持続性部分の大きさの減少は、一過性部分の大きさの減少よりもかなり大きい。
【0039】
図3(a)と同様に、
図3(b)および3(c)の曲線は、特定の実験結果に基づいたものではなく、電流を説明するためのスケッチである。
【0040】
以下により完全に記載される実験を、特定の癌性株化細胞の転移挙動のうち1つまたは複数に対する、種々の投薬量レベルのラノラジンおよびリルゾールの効果を測定するために実施した。具体的には、これらの実験において、細胞の接着性、細胞の側方運動性、細胞の浸潤性および細胞の横断的移動のうち1つまたは複数の測定を、種々の投薬量レベルでこれらの各薬物について実施した。さらに、細胞の増殖活性および細胞の生存能(即ち、薬物が細胞を死滅させるか否か)に対する、これら用量のいくつかの効果を決定するための実験を実施した。
【0041】
実験およびそこから得られた定量結果を記載する前に、以下の表が、得られた結果を定性的に要約する。これらの表、ならびに実験および得られた結果の引き続く詳細な考察から、種々の転移挙動の減少が、細胞の増殖に影響を与えることも細胞を死滅させることもなく、治療的に許容可能なレベルで達成できることが理解できる。後者は特に重要であり得るが、これは、死滅させる治療が中断された後、癌がより攻撃的な形態で再出現し得るので、細胞を死滅させることによる癌の治療は逆効果であり得ることが最近示唆されているからである。従って、癌性細胞を死滅させることなく癌性細胞の浸潤性を防止または減少させることは、細胞を死滅させる従来型の治療を超えるかなりの利点を有する治療であり得る。
【0042】
Table 1(表1)およびTable 2(表2)は、ヒト乳癌細胞およびラット前立腺癌細胞(ラット前立腺細胞はヒト前立腺細胞と類似している)に対して種々の投薬量レベルのラノラジンを用いた実験の結果を要約する。Table 3(表3)およびTable 4(表4)は、種々の投薬量レベルのリルゾールで同じ株化細胞の細胞を処理することにより得られた結果を要約する。
【0043】
【0044】
【0045】
【0046】
【0047】
単一細胞接着アッセイ
図4は、Palmerら(2008)による論文に最初に記載された単一細胞接着測定装置(single-cell adhesion measurement apparatus)(SCAMA)の模式図である。
【0048】
MDA-MB-231株化細胞由来のヒト乳癌細胞を、2.5×104細胞/mlの密度でプレートし、測定前に細胞培養皿401中に48時間静置した。培地を除去し、2mlの研究薬物を10分間適用した。プラスチックチュービング404を介して真空ポンプ403に接続されたガラスマイクロピペット402を使用して、接着を測定した。マイクロピペットのチップを、約20μm(範囲17~24μm)のチップ直径まで引き出した。真空ポンプを使用して、リザーバー405の内側に陰圧を生成し、密封可能なT字型部品406の開放端に親指を押し付けることによって、マイクロピペットのチップにこの陰圧が適用できるようにした。ランプ408の照明下で20×の顕微鏡対物レンズ407を使用して細胞を観察した。RS232ケーブル411を介してコンピュータ410に接続されたデジタル圧力計409を使用して、圧力を測定した。
【0049】
マイクロマニピュレータ412を使用して、マイクロピペット402を、単一細胞の周辺に位置付けた。T字型部品406を閉鎖すると、陰圧が調査対象細胞に適用され、細胞が培養皿401から剥離することが観察されたまさにその時に、T字型部品406を開放することによって圧力を解放した。細胞を剥離させるのに必要な陰圧を、圧力スパイクとしてコンピュータ上に記録した。スパイクのピーク(「剥離陰圧(detachment negative pressure)」(DNP))を、細胞の接着性の尺度として使用した。この技術を使用して、いくつかの記録を、数分以内に単一の皿から取得した。
【0050】
細胞に対する低酸素条件をシミュレートするために、試験前の最後の24時間にわたり過酸化水素(1~500μM)を適用することによって、低酸素を化学的に誘導した。
【0051】
所与の効果の可逆性について試験するために、薬理学的試薬を洗浄して除き、新たな培地を添加し、プレートを再測定の前にさらに10分間インキュベートした。各処理を、少なくとも2皿の細胞に対して実施し、少なくとも100細胞/皿を測定し、実験を3回繰り返した(対応するコントロールと共に)。
【0052】
側方運動性アッセイ
このアッセイを使用して、局所的拡散の間の癌細胞の「自由な」運動性を示した。
図5(a)は、その表面上に半コンフルエント層の細胞502を有する細胞培養皿501の上からの平面図であり、細胞は水性培地503中に存在している。
【0053】
側方運動性を決定するために、「創傷治癒(「スクラッチ」)」試験を実施し、この試験では、細胞培養皿の側断面図である
図5(b)に示すように、細胞の層を貫いて約0.5mmのスクラッチ504を作製した。
【0054】
スクラッチ形成後の24時間の期間中に、細胞はギャップへと移動した。
【0055】
図5(c)および5(d)は、それぞれスクラッチ504の幅がw
0である時点である時間t=ゼロおよびスクラッチ504の幅がw
24である時点である時間t=24時間における、細胞培養皿501の模式的平面図である。
【0056】
横断的移動アッセイ
このアッセイを使用して、細胞が血管内侵入/血管外遊出する際の細胞の移動能力を示した。
図6は、チャンバーを、簡便さのためにチャンバーの上部区画603および下部区画604と呼ぶ2つの区画に分離するTranswell(登録商標)インサート602を有した移動チャンバー601の模式的側断面図を示す。インサート602は、その基部に貫通した8μmの細孔606を有する移動フィルタメンブレン605を有する。
【0057】
細胞607を、フィルタメンブレン605上に2×104/mlの密度でプレートし、1%ウシ胎仔血清(FBS)を含有する成長培地608下に置いた。チャンバーの下部区画604中に10%FBSを含有する成長培地609を配置することによって、フィルタメンブレン605を横断する走化性勾配を生成した。
【0058】
細胞を、24時間の期間にわたってフィルタメンブレン605を横断して移動させ、細胞は、フィルタメンブレン605の下面に移動して接着した。
【0059】
各アッセイの最後に、非移動細胞を、2回の異なる拭き取りでインサート602の上部表面から除去した。
【0060】
インサート602の下面に移動した細胞の数を、クリスタルバイオレット染色を使用して決定した。移動した細胞を、氷冷メタノールで15分間固定した。次いで、0.5%のクリスタルバイオレット(25%メタノール中)を、15分間添加した。インサートを再度拭き取り、次いで水中で洗浄して乾燥させた。次いで、1インサート当たり12個の別個の視野(倍率×200)を使用して細胞を計数した。
【0061】
浸潤アッセイ
このアッセイは、上記した横断的移動アッセイの拡張である。「浸潤する」ために、細胞は、(i)横断的移動アッセイと同様に移動することおよび(ii)それらの周辺を消化するタンパク質分解酵素を分泌することの両方を必要とする。従って、酵素分泌によって細胞が隣接組織を浸潤する能力を、Transwell(登録商標)インサートの多孔性メンブレン全域に広がったMatrigel(商標)(BD Biosciences)の層を使用することによって、評価した。Matrigel(商標)は、ラミニン、IV型コラーゲン、ナイドジェン/エナクチン(enactin)およびプロテオグリカン(基底膜タンパク質に相当する組成)からなる。
【0062】
図7は、チャンバーを上部区画703および下部区画704に分離するTranswell(登録商標)インサート702を備えた浸潤チャンバー701の模式的側断面図である。インサート702は、その基部に貫通する8μmの細孔706を有する移動フィルタメンブレン705を有する。フィルタメンブレン705を被覆するMatrigel(商標)層707が示される。
【0063】
細胞708を、製造業者の指示に従って、24ウェルプレート(Becton-Dickinson)中のMatrigel(商標)層707上に2×104/mlの密度でプレートした。50μlのMatrigel(商標)を、インサート上に1:7希釈(10mg/mlストック)で播種し、一晩おいた。細胞を播種する前に、添加物なしの培地を使用してMatrigel(商標)を再水和した。この培地を除去した後、細胞を播種した。
【0064】
細胞を、1~5%FBSの走化性勾配中に一晩(12時間)プレートした。チャンバーの上部区画703中の培地709中の栄養素濃度は、下部区画704中の培地710中の栄養素の濃度よりも低く、Matrigel(商標)層707および細孔706を通ったフィルタメンブレン705の下面への細胞の移動を誘導した。各アッセイの最後に、非浸潤/非移動細胞を、2回の異なる拭き取りでインサート702の上部表面から除去した。
【0065】
インサート702の下面に浸潤した細胞の数を、クリスタルバイオレット染色を使用して決定した。浸潤した細胞を、氷冷メタノールで15分間固定した。次いで、0.5%のクリスタルバイオレット(25%メタノール中)を、15分間添加した。インサートを再度拭き取り、次いで水中で洗浄して乾燥させた。次いで、1インサート当たり12個の別個の視野(倍率×200)を使用して細胞を計数した。2つのコントロールインサートを浸潤した細胞の平均数における差異が40%より高かった場合、その実験を退けた。
【0066】
細胞生存能アッセイ
細胞を、35mmのFalcon組織培養皿中に5×104細胞/mlの密度で播種した。所与の薬物で処理した後、培地を除去し、800μlの成長培地および200μlの0.4%トリパンブルー(Sigma、Dorset、UK)で置き換え、インキュベータ中で10分間インキュベートした。トリパンブルーを除去し、細胞を3mlの成長培地で1回洗浄した。各処理について、30個のランダムな視野からの細胞を、100×の倍率下で計数した。青く染色された死細胞の数を、各視野において計数した。データは、所与の視野中の総細胞数のうちの生存細胞の割合として表した。割合を平均し、コントロールと処理との間の差異を、少なくとも3回の独立した実験から比較した。
【0067】
細胞成長(増殖)アッセイ
細胞を、24ウェルプレート(Becton-Dickinson)中に2×104細胞/mlでプレートし、一晩静置した。次いで、24時間毎に培地を交換して、必要なインキュベーション時間(24時間+)にわたって細胞を処理した。処理の最後に、培地を除去し、その後比色3-[4,5-ジメチルチアゾ-ル-2-イル]-2,5-ジフェニルテトラゾリウムブロミド(MTT)アッセイ(Grimesら、1995)を行った。簡潔に述べると、0.1mlのMTT(成長培地中で5mg/mlにしたもの)および0.4mlの成長培地を各ウェルに添加し、プレートを37℃で3~4時間インキュベートした。次いで培地をチャンバーから除去し、0.5mlジメチルスルホキシド(DMSO)および0.063mlグリシン緩衝液(0.1Mグリシンおよび0.1M NaCl;pH10.5)で置き換えた。グリシン緩衝液の添加の15分後、570nmでの吸光度を決定した。結果を、個々の浸潤ウェルからの各処理対コントロールの分光光度計読み取りの9回の繰り返しの平均として、計算した。
【0068】
組織培養
実験を、2種の強い転移性の株化細胞に対して実施した:
(i)ヒト転移性乳癌MDA-MB-231、および
(ii)ラットの強い転移性の前立腺癌Mat-LyLu。
細胞は、公知の方法(例えば、Grimesら、1995;Fraserら、2005)を使用して培養した。
【0069】
正常酸素条件および低酸素条件
以下の段落で考察する単一細胞接着試験を除き、実験は以下のいずれかの下で実施した:
(i)通常の正常酸素条件(95%酸素、5%二酸化炭素)、または
(ii)アッセイの間中続く、次の24時間の低酸素での事前処理(2%O2、5%CO2、93%N2)。
【0070】
単一細胞接着実験では、24時間にわたる過酸化水素(1~500μM)の適用によって、低酸素を化学的に誘導した。
【0071】
(実施例)
(実施例1)
MDA-MB-231細胞の単一細胞接着に対する化学的低酸素の効果
化学的低酸素を、異なる濃度の過酸化水素で細胞を24時間処理することによって誘導した。上記されかつ
図4に示した技術を使用して、単一細胞接着を測定した。剥離陰圧の変化(ΔDNP)は、未処理細胞のコントロール集団に対する割合として示した。
図8に示されるように、低酸素は細胞接着を減少させ、過酸化水素濃度を増加させる(即ち、低酸素の程度を増加させる)と、細胞接着の減少がより大きくなった。この図中、縦軸は、下に向けて増加する剥離陰圧の変化(ΔDNP)を示し、より高い負の値は、細胞のより低い接着、即ち剥離する傾向を示す。横軸は、左から右へと増加する、過酸化水素濃度の対数目盛りである。
【0072】
MDA-MB-231株化細胞由来のヒト乳癌細胞を、2.5×10
4細胞/mlの密度で細胞培養皿中にプレートし、測定の前に48時間静置した。細胞を、1μM、10μMおよび100μMの過酸化水素濃度に供し、細胞培養皿の底から細胞を剥離するのに必要な陰圧を測定した。それぞれの過酸化水素濃度で、少なくとも100細胞/皿で、少なくとも2皿の細胞に対して測定値を取得した。実験を3回繰り返した。剥離陰圧の測定値は、
図8中に平均±SEMで示す。
【0073】
図8において、データポイント801は、1μMの濃度の過酸化水素に曝露された細胞が約-9%の平均剥離陰圧を有したことを示し、データポイント802は、10μMの濃度の過酸化水素に曝露された細胞が約-14%の平均剥離陰圧を有したことを示し、データポイント803は、100μMの濃度の過酸化水素に曝露された細胞が約-20%の平均剥離陰圧を有したことを示す。従って、過酸化水素濃度を増加させることで、細胞の接着が低下し、細胞の剥離が容易になった。言い換えると、低酸素条件の過酷さを増加させると、細胞の剥離性(detachability)の増加が導かれた。
【0074】
(実施例2)
正常酸素条件下および低酸素条件下でのMDA-MB-231細胞の単一細胞接着に対するラノラジンの効果
上記しかつ
図4に示した技術を使用して、異なる濃度のラノラジンに曝露させた、正常酸素条件下および低酸素条件下のヒトMDA-MB-231細胞について、単一細胞接着を測定した。ラノラジンは、用量依存的な様式で、正常酸素下で細胞の基材接着を増加させた。細胞接着における用量依存的な増加は、低酸素下でさらに顕著であった。
図9を参照のこと。この図中、縦軸は細胞接着の尺度を示す。横軸は、左から右へと増加する、ラノラジン濃度の対数目盛りである。データは、各条件につきn=7の独立した実験から収集したものであり、
図9中に平均±SEMで示す。
【0075】
MDA-MB-231株化細胞由来のヒト乳癌細胞を、2.5×104細胞/mlの密度で細胞培養皿中にプレートし、測定の前に48時間静置した。
【0076】
正常酸素実験(曲線901)では、異なる皿のプレートした細胞を、0.1μM、0.5μM、1μM、10μM、20μMおよび100μMの濃度のラノラジンで処理した。最も低い濃度0.1μMでは、ラノラジンは細胞接着に対して効果を有さなかった。0.5μM、1μM、10μM、20μMおよび100μMの濃度のラノラジンでは、接着は用量依存的な様式で増加した。接着の増加量は、100μMの濃度のラノラジンで横ばいになったように見えた。
【0077】
低酸素実験(曲線902)では、過酸化水素(50μmol)で細胞を24時間処理することによって低酸素を化学的に誘導した。異なる皿のプレートした細胞を、0.1μM、1μM、10μMおよび100μMの濃度のラノラジンで処理した。0.1μMラノラジンの最も低い濃度でさえ、低酸素細胞の接着および接着は増加し、1μM、10μMおよび100μMの濃度にわたるラノラジンで、用量依存的な様式で増加し続けた。接着の増加量は、100μMの濃度のラノラジンで横ばいになったように見え、正常酸素実験での曲線および低酸素実験での曲線は、この濃度の辺りで収束するように見えた。
【0078】
正常酸素下(曲線901)および低酸素下(曲線902)での細胞接着に対するラノラジンの効果の比較から、ラノラジンの効果は、より高い薬物濃度での収束の前には、低酸素において約10倍大きかった。
【0079】
(実施例3)
正常酸素下および低酸素下でのMDA-MB-231細胞の側方運動性に対するラノラジンの効果
上記しかつ
図5に示した技術を使用して、細胞の側方運動性を測定した。
【0080】
図10を参照すると、縦軸は、測定した細胞の運動性指数を示し、正常な運動性についての参照ポイントは、100%に正規化した、正常酸素下および薬物なしのMDA-MB-231細胞のコントロールサンプル(ヒストグラムのブロック1001)によって示される。横軸にわたり、正常酸素下で実施した実験の結果のセットは左側にプロットし、低酸素下で実施した実験の結果のセットは右側にプロットする。結果の各セットについて、使用したラノラジンの濃度は、左から右に増加する。
【0081】
ブロック1005は、低酸素条件下のMDA-MB-231細胞についてコントロールサンプル(薬物なし)で得られた結果である。ブロック1001と1005との比較から、低酸素が運動性を増加させたことが理解できる。
【0082】
MDA-MB-231株化細胞由来のヒト乳癌細胞を、正常酸素下および低酸素下で、異なる濃度のラノラジンで処理した。正常酸素実験では、薬物なし(コントロール)および1μM、10μMおよび100μMの濃度のラノラジンで細胞を処理した後に、細胞の運動性を測定した。結果を、それぞれブロック1001、1002、1003および1004として
図10中に示す。ラノラジン濃度を増加させると、細胞の側方運動性は減少したが、濃度100μMのラノラジンでの減少だけが統計的に有意であった。
【0083】
同様に、低酸素実験では、薬物なし(コントロール)および1μM、10μMおよび100μMの濃度のラノラジンで細胞を処理した後に、細胞の運動性を測定した。結果を、それぞれブロック1005、1006、1007および1008として
図10中に示す。ラノラジン濃度を増加させると、細胞の側方運動性が減少し、試験した各濃度のラノラジンは、細胞の側方運動性における統計的に有意な減少を与えた。
【0084】
データは、各条件につきn=3の独立した実験から収集し、平均±SEMで示す。(*)はP<0.05の有意性を示す;(**)はP<0.01の有意性を示す。
【0085】
(実施例4)
正常酸素下および低酸素下でのMDA-MB-231細胞の横断的移動に対するラノラジンの効果
上記しかつ
図6中に示した技術を使用して、細胞の横断的移動を測定した。
【0086】
図11を参照すると、縦軸は、測定した細胞の横断的移動についての相対値を示し、正常な横断的移動についての参照ポイントは、100%に正規化した、正常酸素下および薬物なしのMDA-MB-231細胞のコントロールサンプル(ブロック1101)によって示される。横軸にわたり、正常酸素下で実施した実験の結果のセットは左側にプロットし、低酸素下で実施した実験の結果のセットは右側にプロットする。結果の各セットについて、使用したラノラジンの濃度は、左から右に増加する。
【0087】
ブロック1105は、低酸素条件下のMDA-MB-231細胞についてコントロールサンプル(薬物なし)で得られた結果である。ブロック1101と1105との比較から、低酸素が横断的移動を増加させたことが理解できる。
【0088】
MDA-MB-231株化細胞由来のヒト乳癌細胞を、正常酸素下および低酸素下で、異なる濃度のラノラジンで処理した。正常酸素実験では、薬物なし(コントロール)ならびに1μM、10μMおよび100μMの濃度のラノラジンで細胞を処理した後に、細胞の移動を測定した。結果を、それぞれブロック1101、1102、1103および1104として
図11中に示す。ラノラジン濃度を増加させると、細胞の横断的移動は僅かだけ減少し、結果は統計的に有意ではなかった。
【0089】
低酸素実験では、薬物なし(コントロール)ならびに1μM、10μMおよび100μMの濃度のラノラジンで細胞を処理した後に、細胞の移動を測定した。結果を、それぞれブロック1105、1106、1107および1108として
図11中に示す。1μMおよび10μMの濃度のラノラジンは、統計的に有意に細胞の横断的移動を減少させた;100μMの濃度のラノラジンも細胞の横断的移動を減少させたが、その減少は統計的に有意ではなかった。
【0090】
データは、各条件につきn=3の独立した実験から得ており、平均±SEMで示す。(*)はP<0.05の有意性を示す。
【0091】
(実施例5)
正常酸素下および低酸素下でのMDA-MB-231細胞の浸潤性に対するラノラジンの効果(事前処理なし)
上記しかつ
図7中に示した技術を使用して、細胞の浸潤性を測定した。
【0092】
図12を参照すると、縦軸は、測定した細胞の浸潤性についての相対値を示し、正常な浸潤性についての参照ポイントは、100%に正規化した、正常酸素下および薬物なしのMDA-MB-231細胞のコントロールサンプル(ブロック1201)によって示される。横軸にわたり、正常酸素下で実施した実験の結果のセットは左側にプロットし、低酸素下で実施した実験の結果のセットは右側にプロットする。結果の各セットについて、使用したラノラジンの濃度は、左から右に増加する。
【0093】
図12は、ブロック1202および1208として図中に表示された、さらなる対のコントロールについての結果も含んでいる。これらのさらなるコントロールでは、細胞を毒素テトロドトキシン(TTX)(その結合部位は、VGSCの孔開口部に位置する)に曝露させた。TTX測定値は、ナトリウムチャネル活性が調査中の転移性細胞挙動に実際に寄与する(促進する)ことを確認するポジティブコントロールである。ここで使用したTTXの濃度(10μmol)では、VGSCの遮断が完全ではないことに留意すべきである。従って、試験したより高い濃度では特に、薬物(ラノラジン)は、毒素(TTX)よりも強力なように見える。
【0094】
ブロック1207は、低酸素条件下のMDA-MB-231細胞についてコントロールサンプル(薬物なし)で得られた結果である。ブロック1201と1207との比較から、低酸素が浸潤性を増加させたことが理解できる。
【0095】
MDA-MB-231株化細胞由来のヒト乳癌細胞を、正常酸素下および低酸素下で、異なる濃度のラノラジンで処理した。正常酸素実験では、薬物なし(コントロール)ならびに10μM、20μM、50μMおよび300μMの濃度のラノラジンで細胞を処理した後に、細胞の浸潤性を測定した。結果を、それぞれブロック1201、1203、1204、1205および1206として
図12中に示す。ラノラジンでの処理は、10μM、20μMおよび300μMの濃度で細胞の移動を減少させたが、50μMの濃度でのラノラジンの効果は統計的に有意ではなかった。
【0096】
低酸素実験では、薬物なし(コントロール)ならびに5μM、10μM、20μM、50μMおよび300μMの濃度のラノラジンで細胞を処理した後に、細胞の移動を測定した。結果を、それぞれブロック1207、1209、1210、1211、1212および1213として
図12中に示す。ラノラジンでの処理は、20μM、50μMおよび300μMの濃度で細胞の移動を減少させたが、5μMおよび10μMの濃度でのラノラジンの効果は統計的に有意ではなかった。
【0097】
データは、各条件につきn=3の独立した実験から収集したものであり、平均±SEMで示す。(*)はP<0.05の有意性を示す;(**)はP<0.01の有意性を示す。
【0098】
(実施例6)
細胞の事前処理を伴う、正常酸素下および低酸素下でのMDA-MB-231細胞の浸潤性に対するラノラジンの効果
低酸素下で低濃度のラノラジンでの浸潤性の減少は統計的に有意でなかったので、改変版の浸潤性アッセイを実施した。この改変版アッセイでは、対応するコントロール条件(即ち、ラノラジンの適用なし)と比較して、異なる期間にわたりラノラジンで細胞を事前処理した。
【0099】
図13(a)および(b)は、in vitroの低酸素条件下でのMDA-MB-231細胞の浸潤に対する5μMラノラジン(ran)の効果を示す。このヒストグラムは、対応するコントロール条件(即ち、ラノラジンの適用なし)と比較して、異なる期間にわたり5μMラノラジンで処理した後の、浸潤するMDA-MB-231細胞の数を示す。
【0100】
図13(a)において、ブロック1301は、24時間のアッセイ持続期間にわたり、浸潤する細胞についてコントロール条件(薬物なし)下で得られた浸潤性の結果を示す(即ち、事実上事前処理を使用していない)。ブロック1302は、5μMラノラジンで処理した、浸潤する細胞についての、24時間のアッセイ持続期間にわたる浸潤性の結果を示す(事前処理なし)。5μMラノラジンで処理した細胞の浸潤性に対する効果は、統計的に有意ではなかった。
【0101】
図13(b)において、ブロック1303は、24時間のアッセイ持続期間にわたり、浸潤する細胞についてコントロール条件(薬物なし)下で得られた浸潤性の結果を示す(即ち、事実上事前処理を使用していない)。ブロック1304は、5μMラノラジンで72時間事前処理した、浸潤する細胞についての、24時間のアッセイ持続期間にわたる浸潤性の結果を示す。5μMラノラジンで72時間事前処理した細胞の浸潤性は、非常に顕著に減少した。
【0102】
図13(a)および(b)のそれぞれにおいて、「浸潤する細胞」の数は、2つの別個のインサート(実験)からランダムに選択した24個の視野中で計数した細胞数の平均を示す。
【0103】
図13(c)~(e)は、in vitroの低酸素条件下でのMDA-MB-231細胞の浸潤に対する25μMラノラジン(ran)の効果を示す。このヒストグラムは、対応するコントロール条件(即ち、ラノラジンの適用なし)と比較して、異なる期間にわたり25μMラノラジンで処理した後の、浸潤するMDA-MB-231細胞の数を示す。
【0104】
図13(c)において、ブロック1305は、24時間のアッセイ持続期間にわたり、浸潤する細胞についてコントロール条件(薬物なし)下で得られた浸潤性の結果を示す(即ち、事実上事前処理を使用していない)。ブロック1306は、25μMラノラジンで処理した、浸潤する細胞についての、24時間のアッセイ持続期間にわたる浸潤性の結果を示す(即ち、事前処理なし)。25μMラノラジンで処理した細胞は、未処理の細胞よりも、統計的に有意に浸潤性が低かった。
【0105】
図13(d)において、ブロック1307は、24時間薬物なしで維持し、測定前の引き続く24時間にわたり浸潤する細胞についての、コントロール条件下で得られた浸潤性の結果を示す。ブロック1308は、25μMラノラジンで24時間事前処理し、測定前の引き続く24時間にわたり浸潤する細胞についての浸潤性の結果を示す。24時間の長期アッセイを開始する前に25μMラノラジンで24時間事前処理した細胞は、未処理の細胞よりも有意に浸潤性が低かった。
【0106】
図13(e)において、ブロック1309は、48時間薬物なしで維持し、測定前の引き続く24時間にわたり浸潤する細胞についての、コントロール条件下で得られた浸潤性の結果を示す。ブロック1310は、25μMラノラジンで48時間事前処理し、測定前の引き続く24時間にわたり浸潤する細胞についての浸潤性の結果を示す。24時間の長期アッセイを開始する前に25μMラノラジンで48時間事前処理した細胞もまた、未処理の細胞よりも有意に浸潤性が低かった。
【0107】
上記のように、
図13(c)~(e)のヒストグラム中の「浸潤する細胞」の数は、2つの別個の実験からランダムに選択した24個の視野中で計数した細胞数の平均を示す。
【0108】
試験した両方の濃度(5μMおよび25μM)で、細胞をラノラジンで事前処理することにより、細胞の浸潤性における統計的に有意な減少がもたらされる。in vitro試験における薬物での細胞のかかる事前処理は、患者が継続的な治療的用量の薬物を受けるin vivo治療を表すとみなされる。
【0109】
(実施例7)
正常酸素下および低酸素下でのMDA-MB-231細胞の成長に対するラノラジンの効果
「細胞成長(増殖)アッセイ」の見出しの下に上記した技術を使用して、細胞の成長を測定した。
【0110】
図14を参照すると、縦軸はプレートしたサンプル中の総細胞数を示し、正常な成長についての参照ポイントは、正常酸素下および開始時には薬物なしの、それぞれ24時間後および48時間後の、MDA-MB-231細胞のコントロールサンプル(ブロック1401、1405および1409)によって示される。横軸にわたり、3セットの結果は、開始時、24時間および48時間の成長後に取得した測定値について示されている。ここで、用語「成長」には細胞増殖および細胞死が含まれ、薬物ありおよび薬物なしの両方のこのアッセイにおいて、経時的な細胞数の全体的な増加が存在した。3セットの結果のそれぞれについて、使用したラノラジンの濃度は左から右に増加する。
【0111】
MDA-MB-231株化細胞由来のヒト乳癌細胞を、正常酸素下で異なる濃度のラノラジンで処理した。
【0112】
開始時(0時間)に、薬物なし(コントロール)ならびに1μM、10μMおよび100μMの濃度のラノラジンで細胞を処理した後に、細胞数を測定した。結果を、それぞれブロック1401、1402、1403および1404として
図14中に示す。ラノラジン濃度を増加させても、開始時の細胞数に対して効果はなかった。
【0113】
24時間後、各濃度のラノラジンでの細胞数を再度計数した。結果を、ブロック1405、1406、1407および1408として
図14中に示す。コントロールサンプル中の細胞数(ブロック1405)と1μM、10μMおよび100μMの濃度のラノラジンで処理したサンプル中の細胞数(それぞれブロック1406、1407および1408)との間には、有意な差異は存在しなかった。
【0114】
さらに24時間の後(合計48時間)、各濃度のラノラジンでの細胞数を再度計数した。結果を、ブロック1409、1410、1411および1412として
図14中に示す。コントロールサンプル中の細胞数(ブロック1409)と1μM、10μMおよび100μMの濃度のラノラジンで処理したサンプル中の細胞数(それぞれブロック1410、1411および1412)との間には、統計的に有意な差異は存在しなかった。
【0115】
同様に、低酸素実験では、薬物なし(コントロール)ならびに1μM、10μMおよび100μMの濃度のラノラジンで細胞を処理した後に、細胞の運動性を測定した。結果を、それぞれブロック1005、1006、1007および1008として
図10中に示す。ラノラジン濃度を増加させると、細胞の側方運動性が減少し、その結果、各濃度のラノラジンが統計的に有意であった。
【0116】
データは、各条件につきn=3の独立した実験から収集し、平均±SEMで示す。
【0117】
低酸素下での同じ濃度のラノラジンも、MDA-MB-231細胞の成長に対して影響を与えなかった(結果は
図14中に示していない)。
【0118】
(実施例8)
正常酸素下でのMDA-MB-231細胞の生存能に対するラノラジンの効果
「細胞生存能アッセイ」の見出しの下に上記した技術を使用して、細胞の生存能を測定した。
【0119】
図15を参照すると、縦軸はプレートしたサンプル中の細胞の相対的生存能を示し、正常な生存能についての参照ポイントは、正常酸素下および薬物なしの、MDA-MB-231細胞のコントロールサンプル(ブロック1501)によって示される。異なるサンプルの細胞を処理したラノラジンの濃度は、横軸にわたり、左から右に増加してプロットされる。
【0120】
MDA-MB-231株化細胞由来のヒト乳癌細胞を、正常酸素下で異なる濃度のラノラジンで処理した。薬物なし(コントロール)ならびに1μM、10μMおよび100μMの濃度のラノラジンで細胞を48時間処理した後に、細胞の生存能を測定した。結果を、それぞれブロック1501、1502、1503および1504として
図15中に示す。細胞生存能に対してラノラジンは効果がなかった。
【0121】
データは、各条件につきn=3の独立した実験から収集し、平均±SEMで示す。
【0122】
(実施例9)
正常酸素下および低酸素下でのMat-LyLu細胞の横断的移動に対するラノラジンの効果
上記しかつ
図6中に示した技術を使用して、細胞の横断的移動を測定した。
【0123】
図16を参照すると、縦軸は、測定した細胞の横断的移動についての相対値を示し、正常な横断的移動についての参照ポイントは、100%に正規化した、正常酸素下および薬物なしのMat-LyLu細胞のコントロールサンプル(ブロック1601)によって示される。横軸にわたり、正常酸素下で実施した実験の結果のセットは左側にプロットし、低酸素下で実施した実験の結果のセットは右側にプロットする。結果の各セットについて、使用したラノラジンの濃度は、左から右に増加する。
【0124】
図16は、ブロック1602および1607として図中に表示された、さらなる対のコントロールについての結果も含んでいる。これらのさらなるコントロールでは、細胞を毒素テトロドトキシン(TTX)(その結合部位は、VGSCの孔開口部に位置する)に曝露させた。TTX測定値は、ナトリウムチャネル活性が調査中の転移性細胞挙動に実際に寄与する(促進する)ことを確認するポジティブコントロールである。ここで使用したTTXの濃度(1μmol)では、VGSCの遮断が完全ではないことに留意すべきである。従って、試験したより高い濃度では特に、薬物(ラノラジン)は、毒素(TTX)よりも強力なように見える。
【0125】
ブロック1606は、低酸素条件下のMat-LyLu細胞についてコントロールサンプル(薬物なし)で得られた結果である。ブロック1601と1606との比較から、低酸素が横断的移動を増加させたことが理解できる。
【0126】
Mat-LyLu株化細胞由来のラット前立腺癌細胞を、正常酸素下および低酸素下で、異なる濃度のラノラジンで処理した。正常酸素実験では、薬物なし(コントロール)ならびに20μM、50μMおよび300μMの濃度のラノラジンで細胞を処理した後に、細胞の移動を測定した。結果を、それぞれブロック1601、1603、1604および1605として
図16中に示す。ラノラジンの濃度を増加させると、20μMおよび50μMの濃度のラノラジンで細胞の横断的移動が減少した。横断的移動に対する300μMの濃度でのラノラジンの効果は、統計的に有意ではなかった。
【0127】
低酸素実験では、薬物なし(コントロール)ならびに20μM、50μMおよび300μMの濃度のラノラジンで細胞を処理した後に、細胞の移動を測定した。結果を、それぞれブロック1606、1608、1609および1610として
図16中に示す。20μM、50μMおよび300μMの濃度のラノラジンはそれぞれ、細胞の横断的移動を統計的に有意に減少させた。
【0128】
データは、各条件につきn=3の独立した実験から得たものであり、平均±SEMで示す。(*)は、コントロールと比較したP<0.05の有意性を示す。
【0129】
(実施例10)
正常酸素下および低酸素下でのMat-LyLu細胞の浸潤性に対するラノラジンの効果
上記しかつ
図7中に示した技術を使用して、細胞の浸潤性を測定した。
【0130】
図17を参照すると、縦軸は、測定した細胞の浸潤性についての相対値を示し、正常な浸潤性についての参照ポイントは、100%に正規化した、正常酸素下および薬物なしのMat-LyLu細胞のコントロールサンプル(ブロック1701)によって示される。横軸にわたり、正常酸素下で実施した実験の結果のセットは左側にプロットし、低酸素下で実施した実験の結果のセットは右側にプロットする。結果の各セットについて、使用したラノラジンの濃度は、左から右に増加する。
【0131】
図17は、ブロック1702および1707として図中に表示された、さらなる対のコントロールについての結果も含んでいる。これらのさらなるコントロールでは、細胞を毒素テトロドトキシン(TTX)(その結合部位は、VGSCの孔開口部に位置する)に曝露させた。TTX測定値は、ナトリウムチャネル活性が調査中の転移性細胞挙動に実際に寄与する(促進する)ことを確認するポジティブコントロールである。ここで使用したTTXの濃度(1μM)では、VGSCの遮断が完全ではないことに留意すべきである。従って、試験したより高い濃度では特に、薬物(ラノラジン)は、毒素(TTX)よりも強力なように見える。
【0132】
ブロック1706は、低酸素条件下のMat-LyLu細胞についてコントロールサンプル(薬物なし)で得られた結果である。ブロック1701と1706との比較から、低酸素は細胞の浸潤性に影響を与えないように見えた。
【0133】
Mat-LyLu株化細胞由来のラット前立腺癌細胞を、正常酸素下および低酸素下で、異なる濃度のラノラジンで処理した。正常酸素実験では、薬物なし(コントロール)ならびに20μM、50μMおよび300μMの濃度のラノラジンで細胞を処理した後に、細胞の浸潤性を測定した。結果を、それぞれブロック1701、1703、1704および1705として
図17中に示す。ラノラジンでの処理は、試験した各濃度のラノラジンで、統計的に有意に細胞の移動を減少させた。
【0134】
低酸素実験では、薬物なし(コントロール)ならびに20μM、50μMおよび300μMの濃度のラノラジンで細胞を処理した後に、細胞の移動を測定した。結果を、それぞれブロック1706、1708、1709および1710として
図17中に示す。ラノラジンでの処理は、試験した各濃度のラノラジンで、統計的に有意に細胞の移動を減少させた。
【0135】
データは、各条件につきn=3の独立した実験から得たものであり、平均±SEMで示す。(*)は、正常酸素コントロールと比較したP<0.05の有意性を示す;(*)は、正常酸素コントロールおよび低酸素コントロールの両方と比較した、P<0.05の有意性を示す。
【0136】
(実施例11)
Mat-LyLu細胞の成長に対するラノラジンの効果
「細胞成長(増殖)アッセイ」の見出しの下に上記した技術を使用して、細胞の成長を測定した。
【0137】
図18を参照すると、縦軸は、プレートしたサンプル中の総細胞数を示し、正常な成長についての参照ポイントは、100%に正規化した、正常酸素下および薬物なしのMat-LyLu細胞のコントロールサンプル(ブロック1801)によって示される。横軸にわたり、正常酸素下で実施した実験の結果のセットは左側にプロットし、低酸素下で実施した実験の結果のセットは右側にプロットする。結果の各セットについて、使用したラノラジンの濃度は、左から右に増加する。用語「成長」には細胞増殖および細胞死が含まれることに留意のこと。
【0138】
Mat-LyLu株化細胞由来のラット前立腺癌細胞を、正常酸素下および低酸素下で、異なる濃度のラノラジンで処理した。正常酸素実験では、薬物なし(コントロール)ならびに20μM、50μMおよび300μMの濃度のラノラジンで細胞を24時間処理した後に、細胞数を測定した。結果を、それぞれブロック1801、1802、1803および1804として
図18中に示す。ラノラジン濃度を増加させても、細胞数に対する統計的に有意な効果を生じなかった。
【0139】
同様に、低酸素実験では、薬物なし(コントロール)ならびに20μM、50μMおよび300μMの濃度のラノラジンで細胞を24時間処理した後に、細胞数を測定した。結果を、それぞれブロック1805、1806、1807および1808として
図18中に示す。20μMおよび50μMの濃度のラノラジンでは、ラノラジン濃度を増加させても、細胞数に対する統計的に有意な効果を生じなかった。300μMの濃度のラノラジンでは、細胞数が減少した。
【0140】
まとめると、Mat-LyLu細胞の成長は、低酸素下300μMのラノラジンを除いて、試験した全ての条件で変化しなかった。データは、各条件につきn=3の独立した実験から収集したものであり、平均±SEMで示す。(*)は、正常酸素コントロールおよび低酸素コントロールの両方と比較したP<0.05の有意性を示し、(x)は統計的差異がないことを示す。
【0141】
(実施例12)
Mat-LyLu細胞の生存能に対するラノラジンの効果
正常酸素条件下または低酸素(2%O
2)条件下で、[20μM]、[50μM]および[300μM]の異なる濃度のラノラジンで細胞を24時間処理した。得られた結果を
図19に示す。濃度に関係なく、かつ細胞が正常酸素条件下にあるか低酸素条件下にあるかに関係なく、ラノラジンは細胞の生存能に対して効果がなかった。データは、各条件につきn=3の独立した実験から収集したものであり、平均±SEMで示す。
【0142】
(実施例13)
正常酸素下および低酸素下での、MDA-MB-231細胞の側方運動性に対するリルゾールの効果
上記しかつ
図5中に示した技術を使用して、細胞の側方運動性を測定した。
図20を参照すると、このヒストグラムのブロック2001は、100%に正規化した、正常酸素下および薬物なしのMDA-MB-231細胞のコントロールサンプルについての運動性指数を示す。ブロック2005は、低酸素条件下のMDA-MB-231細胞に対する対応するコントロールサンプル(薬物なし)である。ブロック2001と2005との間の比較から、低酸素が運動性を有意に増加させたことが理解できる。
【0143】
正常酸素下および低酸素下で、異なる濃度のリルゾール([1μM]、[10μM]および[100μΜ])で細胞を処理した。リルゾールの濃度を増加させると、細胞の側方運動性が減少し、この効果は低酸素下においてより大きかった。データは、各条件につきn=5の独立した実験から収集したものであり、平均±SEMで示す。(*)は、P<0.05の有意性を示す;(**)は、P<0.01の有意性を示す。
【0144】
(実施例14)
正常酸素下および低酸素下でのMDA-MB-231細胞の横断的移動に対するリルゾールの効果
上記しかつ
図6中に示した技術を使用して、細胞の横断的移動を測定した。
図21を参照すると、ブロック2101は、100%に正規化した、正常酸素下および薬物なしのMDA-MB-231細胞のコントロールサンプルについて観察された横断的移動の割合を示す。ブロック2105は、低酸素条件下のMDA-MB-231細胞に対する対応するコントロールサンプル(薬物なし)である。ブロック2101と2105との比較から、低酸素は横断的移動を増加させたように見えたが、この増加は、完了した試験実行の数について統計的に有意ではなかった。
【0145】
正常酸素下および低酸素下で、異なる濃度のリルゾール([1μM]、[10μM]および[100μM])で細胞を処理した。正常酸素下では、リルゾールでの処理は、1μMおよび100μMの濃度で、細胞の横断的移動を統計的に有意に減少させた。低酸素下では、リルゾールの濃度を増加させると、横断的移動が統計的に有意に減少した。データは、各条件につきn=3の独立した実験から得ており、平均±SEMで示す。(*)は、P<0.05の有意性を示す。
【0146】
(実施例15)
正常酸素下および低酸素下でのMDA-MB-231細胞の浸潤性に対するリルゾールの効果(事前処理なし)
上記しかつ
図7中に示した技術を使用して、細胞の浸潤性を測定した。結果を
図22に示す。5μMの濃度のリルゾールは、事前処理なしであっても、浸潤性を顕著に阻害した。「浸潤する細胞」の数は、2つの別個のインサート(実験)からランダムに選択した24個の視野中で計数した細胞数の平均を示す。
【0147】
(実施例16)
正常酸素下および低酸素下でのMDA-MB-231細胞の浸潤性に対するリルゾールの効果(72時間の事前処理)
実施例6に関して上記したのと同じ技術を使用して細胞の浸潤性を測定し、細胞を5μMの濃度のリルゾールで72時間事前処理した。結果を
図23に示す。5μMの濃度のリルゾールで72時間事前処理した細胞もまた、顕著に阻害された浸潤性を示した。上述のように、「浸潤する細胞」の数は、2つの別個のインサートからランダムに選択した24個の視野中で計数した細胞数の平均を示す。
【0148】
(実施例18)
正常酸素下および低酸素下でのMDA-MB-231細胞の成長に対するリルゾールの効果
異なる濃度のリルゾール([1μM]、[10μM]および[100μM])で細胞を48時間処理した。得られた結果を
図24に示す。100μMの濃度のリルゾールは、24時間目および48時間後に、細胞の増殖を統計的に有意に減少させた。データは、各条件につきn=3の独立した実験から収集したものであり、平均±SEMで示す。(*)は、P<0.05の有意性レベルを示す。
【0149】
(実施例19)
正常酸素下および低酸素下でのMDA-MB-231細胞の生存能に対するリルゾールの効果
異なる濃度のリルゾール([1μM]、[10μM]および[100μM])で細胞を48時間処理した。得られた結果を
図25に示す。10μMおよび100μMの濃度のリルゾールは、細胞生存能を低下させた。データは、各条件につきn=3の独立した実験から収集したものであり、平均±SEMで示す。(*)は、P<0.05の有意性レベルを示す。
【0150】
低酸素下での同じ濃度のラノラジンも、MDA-MB-231細胞の成長に対して影響を与えなかった(結果は
図25中に示していない)。
【0151】
(実施例20)
正常酸素下および低酸素下でのMat-LyLu細胞のMatrigel(商標)浸潤に対するリルゾールの効果(事前処理なし)
上記しかつ
図7中に示した技術を使用して、細胞の浸潤性を測定した。
図26を参照すると、ブロック2601は、100%に正規化した、正常酸素下および薬物なしのMat-LyLu細胞のコントロールサンプルについての浸潤指数を示す。ブロック2604は、低酸素条件下でのMat-LyLu細胞に対する対応するコントロールサンプル(薬物なし)である。ブロック2601と2604との比較から、低酸素が浸潤を統計的に有意に増加させたことが理解できる。
【0152】
1μMの濃度のリルゾールは、事前処理なしであっても、正常酸素下および低酸素下での浸潤性を顕著に阻害した。データは、各条件につきn≧3の独立した実験から得たものであり、平均±SEMで示す。(*)は、コントロールと比較したP<0.05の有意性を示す。
【0153】
(実施例21)
Mat-LyLu細胞の成長に対するリルゾールの効果
正常酸素条件下または低酸素(2%O
2)条件下で、[3μM]、[5μM]、[10μM]および[30μM]の異なる濃度のリルゾールで細胞を24時間処理した。得られた結果を
図27に示す。リルゾールは、正常酸素下および低酸素下の両方で、用量依存的に細胞増殖を低下させた;その効果は低酸素下においてより大きかった。データは、各条件につきn=3の独立した実験から収集したものであり、平均±SEMで示す。(*)は、コントロールと比較したP<0.05の有意性を示し、(x)は統計的差異がないことを示す。
【0154】
(実施例22)
Mat-LyLu細胞の生存能に対するリルゾールの効果
正常酸素条件下または低酸素(2%O
2)条件下で、[10μM]、[30μM]および[100μM]の異なる濃度のリルゾールで細胞を24時間処理した。結果を
図28に示す。リルゾール(10~100μM)は細胞の生存能に対して効果がなかった。データは、各条件につきn=3の独立した実験から収集したものであり、平均±SEMで示す。
【0155】
本発明を、ラノラジンおよびリルゾールに関連して主に記載してきたが、一過性VGSC電流を排除することなく持続性VGSC電流を減少させる効果を有する他の物質、例えばバルプロ酸塩、フレカイニド、リドカイン、メキシレチンまたはF15845も使用され得る。
【0156】
さらに、本発明を、乳癌および前立腺癌に関連して主に記載してきたが、本発明は電位依存性ナトリウムチャネルを発現する全ての転移性癌に適用可能である。
【0157】