(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022180013
(43)【公開日】2022-12-06
(54)【発明の名称】酵母用培地
(51)【国際特許分類】
C12N 1/16 20060101AFI20221129BHJP
【FI】
C12N1/16 D
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021086889
(22)【出願日】2021-05-24
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】518148478
【氏名又は名称】シーシーアイホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100162396
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 泰之
(74)【代理人】
【識別番号】100194803
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 理弘
(72)【発明者】
【氏名】若尾 保乃佳
(72)【発明者】
【氏名】尾崎 弘貴
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA72X
4B065AC20
4B065BB08
4B065BB19
4B065BB20
4B065BB23
4B065BC12
4B065CA55
4B065CA56
(57)【要約】
【課題】アステロトレメラ・ヒュミコラ2-141-1株を、迅速に培養することができ、増えた菌体濃度を維持することができる培地を提供すること。
【解決手段】炭素源、窒素源、フマル酸、アスコルビン酸を含み、
受託番号NITE BP-02641として寄託された酵母菌2-141-1株用である酵母用培地。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素源、窒素源、フマル酸、アスコルビン酸を含み、
受託番号NITE BP-02641として寄託された酵母菌2-141-1株用であることを特徴とする酵母用培地。
【請求項2】
抗菌剤として、白子由来タンパク質を含むことを特徴とする請求項1に記載の酵母用培地。
【請求項3】
フマル酸濃度が、0.03重量%以上0.6重量%以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の酵母用培地。
【請求項4】
アスコルビン酸濃度が、0.03重量%以上1.0重量%以下であることを特徴とする請求項1~3のいずれかに記載の酵母用培地。
【請求項5】
炭素源、窒素源、フマル酸、アスコルビン酸、クエン酸、クエン酸塩を含む粉末状であり、
受託番号NITE BP-02641として寄託された酵母菌2-141-1株用であることを特徴とする粉末培地。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酵母菌の一種であるアステロトレメラ・ヒュミコラ2-141-1株用の培地に関する。
【背景技術】
【0002】
食品工場等からの排水(廃水)には多量の油脂が含まれている場合がある。日本国では、下水道法、水質汚濁防止法により、事業所からの排水に含まれる油脂の量について基準が定められており、油分分離槽や流動調整槽などの処理槽を備える除害施設が設けられている。
除害施設は、除去性能を維持するために定期的に集積した油脂を取り除く必要があり、手間とコストがかかる。そこで、処理槽に集積した油脂を減量してメンテナンス頻度を少なくするために、集積した油脂を微生物で生分解する方法が検討されている。
【0003】
排水は、排出される食品残渣等によってpHが大きく変化する場合がある。そのため、油脂を生分解するための微生物には、広範なpH(例えば、pH2.0以上11.0未満)の水質環境においても油脂を分解できることが求められる。そして、出願人は、pH2以上11未満という広範な条件下において、油脂を分解できる酵母であるアステロトレメラ・ヒュミコラ(Asterotremella humicola)2-141-1株(受託番号NITE BP-02641、以下、2-141-1株ともいう)を報告している(特許文献1)。
【0004】
ここで、処理槽中の2-141-1株を投入した場合、2-141-1株は、排水とともに少しずつ流出するため、定期的に一定量の2-141-1株を処理槽に投入する必要がある。そのため、投入する菌体量を確保するために培養を行う必要がある。
そして、培養の頻度を減らすために、短い期間で菌体を増やすことができ、かつ、培養した菌体濃度を1週間程度維持できることが求められる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、アステロトレメラ・ヒュミコラ2-141-1株を、迅速に培養することができ、増えた菌体濃度を維持することができる培地を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
1.炭素源、窒素源、フマル酸、アスコルビン酸を含み、
受託番号NITE BP-02641として寄託された酵母菌2-141-1株用であることを特徴とする酵母用培地。
2.抗菌剤として、白子由来タンパク質を含むことを特徴とする1.に記載の酵母用培地。
3.フマル酸濃度が、0.03重量%以上0.6重量%以下であることを特徴とする1.または2.に記載の酵母用培地。
4.アスコルビン酸濃度が、0.03重量%以上1.0重量%以下であることを特徴とする1.~3.のいずれかに記載の酵母用培地。
5.炭素源、窒素源、フマル酸、アスコルビン酸、クエン酸、クエン酸塩を含む粉末状であり、
受託番号NITE BP-02641として寄託された酵母菌2-141-1株用であることを特徴とする粉末培地。
【発明の効果】
【0008】
本発明の酵母用培地により、アステロトレメラ・ヒュミコラ2-141-1株を、迅速に増やすことができ、さらに、その増えた菌体濃度を1週間程度維持することができる。本発明の酵母用培地は、コンタミネーション(雑菌の繁殖)が起こりにくく、2-141-1株の培養に適している。本発明の酵母用培地により、アステロトレメラ・ヒュミコラ2-141-1株を迅速に増やすことができ、その高い菌体濃度を1週間程度維持することができるため、例えば、1週間に一度培養を仕込み、この培養液から毎日一定量を処理槽に投入することにより、高い生分解処理能力を維持することができる。そのため、培養を仕込む頻度を少なくすることができる。
本発明の粉末培地は、乾燥した状態で長期間保管することができ、必要なときは水に溶解して使用することができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明は、NITE BP-02641として寄託された酵母菌であるアステロトレメラ・ヒュミコラ2-141-1株用の培地に関する。
なお、本明細書において、「A~B」(A、Bは数値)との記載は、A以上B以下を意味する。
【0010】
(2-141-1株)
アステロトレメラ・ヒュミコラ(Asterotremella humicola)2-141-1株は、NITE BP-02641として、独立行政法人 製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(NPMD)(日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8(郵便番号292-0818))に、2018年2月21日付で国際寄託されている。
【0011】
2-141-1株は、菜種油:大豆油=1:1(w/w)の混合物である油脂を1%(w/v)含む排水に対し、1.5×106CFU/mLの接種量で、pH2以上11未満かつ15~35℃の範囲内において24時間で50重量%以上の油脂を分解することができ、pH2.5以上9.0以下かつ30℃において24時間で90重量%以上の油脂を分解することができる。
処理槽では、排水とともに少しずつ菌が流出して減少するため、菌体を定期的に補給する必要があるが、2-141-1株は、補給してわずか24時間以内に高い油脂減少率を示すことができるため、実用性に非常に優れている。
【0012】
(培地)
本発明の酵母用培地は、2-141-1株用であり、炭素源、窒素源、フマル酸、アスコルビン酸を含む。
・炭素源
炭素源は、2-141-1株が資化できる炭素源であれば特に制限することなく使用することができる。具体的には、グルコース、フラクトース、セロビオース、ラフィノース、キシロース、マルトース、ガラクトース、ソルボース、グルコサミン、リボース、アラビノース、ラムノース、スクロース、トレハロース、α-メチル-D-グルコシド、サリシン、メリビオース、ラクトース、メレジトース、イヌリン、エリスリトール、リビトール、キシリトール、グルシトール、マンニトール、ガラクチトール、イノシトール、N-アセチル-D-グルコサミン、デンプン、デンプン加水分解物、糖蜜、廃糖蜜等の糖類、麦、米等の天然物、グリセロール、メタノール、エタノール等のアルコール類、酢酸、乳酸、コハク酸、グルコン酸、グルクロン酸、ピルビン酸、クエン酸等の有機酸類、ヘキサデカン等の炭化水素などが挙げられ、1種または2種以上を混合して使用することができる。これらの中で、グルコース、ガラクトース、ソルボース、グルコサミン、アラビノース、ラムノース、スクロース、マルトース、トレハロース、α-メチル-D-グルコシド、セロビオース、サリシン、メリビオース、ラクトース、メレジトース、デンプン加水分解物、グリセロール、エリスリトール、リビトール、キシリトール、グルシトール、マンニトール、ガラクチトール、イノシトール、グルコン酸、グルクロン酸、乳酸、コハク酸、クエン酸、グルコン酸、エタノールが好ましい。
炭素源の配合量(2種以上用いる場合はその合計量)は、酵母培養用培地全量に対して、例えば0.01~20.0w/v%であり、好ましくは0.1~10.0w/v%であり、より好ましくは0.5~3.0w/v%である。
【0013】
・窒素源
窒素源としては、肉エキス、魚肉エキス、ペプトン、ポリペプトン、トリプトン、酵母エキス、麦芽エキス、麦エキス、大豆加水分解物、大豆粉末、カゼイン、ミルクカゼイン、カザミノ酸、グリシン、グルタミン酸、アスパラギン酸等の各種アミノ酸、コーンスティープリカー、その他の動物、植物、微生物の加水分解物等の有機窒素源;アンモニア、硝酸アンモニウム、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウムなどのアンモニウム塩、硝酸ナトリウム、硝酸カルシウムなどの硝酸塩、亜硝酸ナトリウムなどの亜硝酸塩、尿素等の無機窒素源などが挙げられ、1種または2種以上を混合して使用することができる。これらの中で、魚肉エキス、トリプトン、酵母エキス、麦芽エキス、塩化アンモニウムが好ましい。
窒素源の配合量は、炭素源1質量部に対して、好ましくは0.01~5.0質量部であり、より好ましくは0.1~2.5質量部である。
【0014】
・フマル酸、アスコルビン酸
本発明の培地は、フマル酸とアスコルビン酸をともに含む。フマル酸とアスコルビン酸をともに含むことにより、雑菌の繁殖(コンタミネーション)を抑え、2-141-1株を効率的に培養することができる。
フマル酸濃度は、0.03重量%以上0.6重量%以下であることが好ましく、0.55重量%以下であることがより好ましく、0.5重量%以下であることがさらに好ましい。
アスコルビン酸濃度は、0.03重量%以上1.0重量%以下であることが好ましく、0.8重量%以下であることがより好ましく、0.6重量%以下であることがさらに好ましい。
【0015】
・白子由来タンパク質
本発明の培地は、抗菌剤として白子由来タンパク質を含むことが好ましい。白子由来タンパク質は、魚類、特に、ニシン、サケ等の白子から得られるタンパク質であり、酵母を含む真菌類、細菌類に対して、広い抗菌性を示すことが知られている。2-141-1株は、酵母であるにも関わらず、白子由来タンパク質による影響をほとんど受けない。そのため、抗菌剤として白子由来タンパク質を含む培地を用いることにより、雑菌の繁殖(コンタミネーション)を抑えながら、2-141-1株を効率的に培養することができる。
白子由来タンパク質の濃度は、2-141-1株の増殖を阻害せず、雑菌の繁殖を抑えられる範囲内であれば特に制限されないが、例えば、0.001重量%以上0.05重量%以下であり、0.002重量%以上0.03重量%以下が好ましい。
【0016】
本発明の培地は、その他、マグネシウム、マンガン、カルシウム、ナトリウム、カリウム、リン、ホウ素、硫黄、銅、鉄、亜鉛などの微量元素、リン酸塩、塩酸塩、硫酸塩、酢酸塩、炭酸塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、塩化物、及びこれらのハロゲン化物などの無機塩を含むことができる。
【0017】
本発明の培地は、液体状、固体状、固形状のいずれでも良いが、大量培養が容易なため、液体状であることが好ましい。本発明の培地は、pHが2.5以上4.2以下の範囲内であることが好ましい。pHをこの範囲内とすることにより、雑菌の繁殖(コンタミネーション)をより長期的に抑制し、2-141-1株を効率的に培養することができる。
培地のpHの調整は、塩酸、硝酸、炭酸、硫酸などの無機酸、およびクエン酸、乳酸などの有機酸等の任意の酸やこれらの塩により行うことができる。これらの中で、クエン酸とクエン酸塩(ナトリウム塩)を用いることが、粉末培地とすることができるため好ましい。粉末培地は、乾燥した状態で長期に亘って保存することができ、保管に必要なスペースが小さい。なお、使用時には、水に溶解して液体培地として使用することが好ましい。
【0018】
・培養方法
2-141-1株の培養は、通常の方法によって行うことができ、液体状培地、固体状培地のどちらも使用することができるが、大量培養に適した液体状培地で培養することが好ましい。液体状培地の調製に使用する水は特に制限されず、純水、蒸留水、脱イオン水等を用いることができる。さらに、本発明の培地を用いることにより、雑菌の繁殖を抑えることができるため、水道水をそのまま使用することもできる。
培養条件は、2-141-1株が、増殖できる条件であれば特に制限されないが、例えば、培養温度は、通常15~35℃であり、好ましくは20~30℃である。培養開始時のpHは、2.5以上4.2以下であることが好ましい。培養中に、pHは変化するが、培養中にpHをこの範囲内で維持してもよく、維持しなくてもよい。
【実施例0019】
(生菌製剤の調製)
終濃度が0.18%(w/v)ポリペプトン、0.12%(w/v)肉エキス、0.07%(w/v)NaHCO3、0.005%(w/v)NaCl、0.002%(w/v)KCl、0.002%(w/v)CaCl2・2H2O、0.003%(w/v))MgSO4・7H2Oとなるように純水に溶解した。塩酸にてpH5に調整後、オートクレーブ滅菌したものを液体培地とした。
2-141-1株を液体培地に接種して、ジャーファーメンターにて30℃で48時間(撹拌速度:300rpm)培養し、培養液を得た。
【0020】
培養液を10分間遠心分離(×10,000g)し、菌体(固形分30重量%)を回収した。得られた菌体(固形分30重量%)を37重量%、トレハロースを15重量%、スキムミルクを1重量%となるように蒸留水に添加し、混合して噴霧液を調製した。
【0021】
流動層造粒機(FA-LAB-1、株式会社パウレック社)に300gの珪藻土(平均粒径75μm、嵩密度0.32g/ml、ラヂオライト(登録商標)♯3000、昭和化学工業株式会社)をセットした。珪藻土に対して、1077gの上記噴霧液を143g/分の速度で噴霧するとともに、40℃の温風を送風して内容物を流動させた状態で乾燥させた。噴霧後、引き続いて流動層造粒機内で40℃の温風を40分間送風して、造粒物を乾燥させた。これにより、生菌製剤を得た。生菌製剤の水分含量は5.5重量%であった。
【0022】
(酵母の培養1)
以下の方法により、酵母を培養した。
(1)表1の組成となるように各成分を蒸留水に溶解し、酵母用培地を調製した。
(2)500mLのトールビーカーに各酵母用培地を200mL分注した。
(3)(2)のトールビーカーに上記調製した生菌製剤を6mg(2-141-1株:8.0×10
4CFU/mL)添加した。
(4)30℃、168時間で好気培養した。
【表1】
【0023】
(生菌数の算出)
培養開始から24時間ごとに培養液をサンプリングし、5%Tween80溶液で段階希釈し、寒天で固化させたNB培地の表面に塗布した。塗布後30℃で48時間培養して培地上に形成された2-141-1株のコロニーと、他の菌(雑菌)のコロニーを測定し、全菌量に対する雑菌の割合からコンタミ率(雑菌のコロニー数/全体のコロニー数×100)を求めた。また、培養開始から24時間ごとに培養液のpHを測定した。
結果を表2に示す。
【0024】
【0025】
アスコルビン酸を含まない比較例1、フマル酸を含まない比較例2の培地を用いると、96時間頃から雑菌が繁殖し、168時間後には全菌量の約3割が雑菌となった。
それに対し、本発明である実施例1~8の培地は、2-141-1株を優先的に培養することができ、また、培養168時間まで、その菌体濃度を高く維持することができた。特に、白子由来タンパク質を0.32重量%(=0.02×16%)以上含む実施例1~6、8の培地は、雑菌が全く見られなかった。また、実施例7は僅かに雑菌が繁殖したが、雑菌の割合は168時間後も3%程度であった。
【0026】
(酵母の培養2)
下記表3に示すようにして、クエン酸とクエン酸ナトリウムの配合量によりpHを調整した酵母用培地を用いた以外は、上記実施例1と同様にして、2-141-1株の培養と生菌数の算出を行った。
実施例1とともに、結果を表3に示す。
【表3】
【0027】
【0028】
培養開始時のpHが2.9~3.72である実施例1、9、10は、培養168時間後も雑菌の繁殖が抑制され、2-141-1株を優先的に増殖することができた。培養開始時のpHが4.38である実施例11は、培養168時間後には雑菌の割合が11%程度であったが、96時間まではほぼ雑菌の繁殖を抑えることができた。
また、いずれの実施例も、培養168時間まで、2-141-1株の菌体濃度を高く維持することができた。
【0029】
(酵母の培養3)
S.cerevisiae BY4741株(ATCC 201388)
P.pastoris CBS7435株(ATCC 76273)
Y.lipolytica PO1f(ATCC MYA-2613)を用いた以外は、上記実施例1と同様にして、酵母の培養と生菌数の算出を行った。
実施例1とともに、結果を表5に示す。
【0030】
【0031】
本発明の2-141-1株用培地による培養では、2-141-1株は順調に増殖し、また、その数を168時間(1週間)維持することができた。
それに対し、本発明の2-141-1株用培地を用いた培養では、他の酵母は2-141-1株と比較して菌体量を増やすことができず、比較例4のCBS7435株で6%、比較例3、5のBY4741株、PO1f株で3%程度であった。