(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022180175
(43)【公開日】2022-12-06
(54)【発明の名称】アルミニウム合金アトマイズ粉末、アルミニウム合金押出材及びアルミニウム合金押出材の製造方法
(51)【国際特許分類】
B22F 1/00 20220101AFI20221129BHJP
C22C 21/02 20060101ALI20221129BHJP
C22F 1/043 20060101ALI20221129BHJP
C22C 1/04 20060101ALI20221129BHJP
B22F 3/20 20060101ALI20221129BHJP
B22F 3/24 20060101ALI20221129BHJP
B22F 9/08 20060101ALI20221129BHJP
B21C 23/01 20060101ALI20221129BHJP
B21C 23/00 20060101ALI20221129BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20221129BHJP
【FI】
B22F1/00 N
C22C21/02
C22F1/043
C22C1/04 C
B22F3/20 C
B22F3/24 C
B22F9/08 A
B21C23/01 B
B21C23/00 A
C22F1/00 628
C22F1/00 621
C22F1/00 687
C22F1/00 683
C22F1/00 691B
C22F1/00 692Z
C22F1/00 612
C22F1/00 692
C22F1/00 694B
C22F1/00 681
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021087127
(22)【出願日】2021-05-24
(71)【出願人】
【識別番号】000002004
【氏名又は名称】昭和電工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100141139
【弁理士】
【氏名又は名称】及川 周
(74)【代理人】
【識別番号】100163496
【弁理士】
【氏名又は名称】荒 則彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(72)【発明者】
【氏名】脇坂 拓生
【テーマコード(参考)】
4E029
4K017
4K018
【Fターム(参考)】
4E029AA06
4K017AA04
4K017BA01
4K017BB06
4K017BB08
4K017BB16
4K017CA07
4K017FA14
4K018AA16
4K018BA08
4K018BB04
4K018CA02
4K018CA11
4K018EA31
4K018FA08
(57)【要約】
【課題】押出方向と押出垂直方向との機械的特性の異方性が少ないアルミニウム合金押出材の製造原料として有利に用いることができるアルミニウム合金アトマイズ粉末を提供する。
【解決手段】Feを2.9質量%以上6.0質量%以下の範囲内、Siを17.8質量%以上22.3質量%以下の範囲内、Vを0.5質量%以上1.7質量%以下の範囲内、Cuを1.4質量%以上5.0質量%以下の範囲内の量にて含有し、残部がAl及び不可避不純物であって、VとCuの合計量に対するFeの含有量の比が2.3以下であって、立方晶のAl-Fe-Si-V化合物を含むアルミニウム合金アトマイズ粉末。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Feを2.9質量%以上6.0質量%以下の範囲内、Siを17.8質量%以上22.3質量%以下の範囲内、Vを0.5質量%以上1.7質量%以下の範囲内、Cuを1.4質量%以上5.0質量%以下の範囲内の量にて含有し、残部がAl及び不可避不純物であって、
VとCuの合計量に対するFeの含有量の比が2.3以下であって、
立方晶のAl-Fe-Si-V化合物を含むアルミニウム合金アトマイズ粉末。
【請求項2】
Feを2.9質量%以上6.0質量%以下の範囲内、Siを17.8質量%以上22.3質量%以下の範囲内、Vを0.5質量%以上1.7質量%以下の範囲内、Cuを1.4質量%以上5.0質量%以下の範囲内の量にて含有し、残部がAl及び不可避不純物であって、
VとCuの合計量に対するFeの含有量の比が2.3以下であって、
斜方晶のAl-Fe-Si化合物を含み、
押出方向の伸びδLに対する押出垂直方向の伸びδLTの比δLT/δLが0.8以上1.2以下の範囲内にあるアルミニウム合金押出材。
【請求項3】
請求項1に記載のアルミニウム合金アトマイズ粉末を圧縮成形して圧粉体を得る圧縮形成工程と、
前記圧粉体を熱間で押出成形し、押出材を得る押出成形工程と、
前記押出材を、480℃以上500℃以下の温度で加熱し、次いで水冷した後、180℃以上280℃以下の温度で加熱する熱処理工程と、を含むアルミニウム合金押出材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム合金アトマイズ粉末、アルミニウム合金押出材及びアルミニウム合金押出材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アルミニウムは、密度が低く軽量で、加工性が高く、熱伝導性や導電性に優れることから様々な用途に利用されている。特に、アルミニウムにケイ素を高濃度で添加したAl-Si系合金は、耐摩耗性や剛性に優れることから、自動車のエンジンピストンなどのアルミニウム合金製品の材料として用いられている。
【0003】
ケイ素を高濃度で含有するAl-Si系合金は、初晶Siが粗大に晶出したり、偏析したりすることによって、強度及び靱性が低下することがある。このため、Al-Si系合金を用いたアルミニウム合金製品の製造方法として、Al-Si系合金粉末を用いて押出法により作製した押出材を成形加工する方法が行われている。Al-Si系合金粉末としては、ガスアトマイズ法によって製造されたアトマイズ粉末が広く利用されている。
【0004】
Al-Si系合金アトマイズ粉末の耐クリープ性や加工性などの特性を改良するために、Al-Si系合金に、Fe、Mn、Ni、Mo、Cr、Zr、V、Cu、Mgなどの金属を添加することが検討されている(特許文献1,2)。さらに、Al-Si系合金アトマイズ粉末の押出成形性を向上させると共に、その粉末を用いて製造した押出材の引張強度や伸びを向上させるために、Al-Si系合金アトマイズ粉末の粒子表面に、Al-Fe系金属間化合物もしくはAl-Si-Fe系金属間化合物の一部をアルミニウム母相から突出させて、粒子表面に微小な凹凸を付与することが検討されている(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭63-192838号公報
【特許文献2】特開昭63-230842号公報
【特許文献3】特許第6670635号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ケイ素を高濃度で含有するAl-Si系合金アトマイズ粉末を用いたアルミニウム合金押出材は、耐摩耗性や剛性に優れることから、自動車のエンジンピストンのような高強度が要求されるアルミニウム合金製品の材料として有用である。しかしながら、アルミニウム合金押出材は、押出法による製造時の押出方向(L方向)と押出垂直方向(LT方向)で機械的特性に異方性がある。この機械的特性の異方性により、アルミニウム合金押出材を成形加工する際には、設計上の制約が多く、用途が広がりにくい。
【0007】
本発明は、前述した事情に鑑みてなされたものであって、押出方向と押出垂直方向との機械的特性の異方性が少ないアルミニウム合金押出材及びその製造方法を提供することを目的とする。また、本発明は、押出方向と押出垂直方向との機械的特性の異方性が少ないアルミニウム合金押出材の製造原料として有利に用いることができるアルミニウム合金アトマイズ粉末を提供することもその目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記の目的を達成するために、本発明者は鋭意研究の結果、Fe、Si、V、Cuの各元素を所定の量にて含有し、立方晶のAl-Fe-Si-V化合物を含むアルミニウム合金アトマイズ粉末を用いて作製した押出材に対して熱処理を施すことによって、押出方向と押出垂直方向との機械的特性の異方性が少ないアルミニウム合金押出材を得ることが可能となることを見出した。そして、上記のアルミニウム合金アトマイズ粉末を用いて製造した押出材に対して熱処理を行なうことによって、斜方晶(β相)のAl-Fe-Si化合物を含み、押出方向の伸びδLに対する押出垂直方向の伸びδLTの比δLT/δLが0.8以上1.2以下の範囲内にあるアルミニウム合金押出材を得ることが可能となることを確認して本発明を完成させた。
したがって、本発明は、上記課題を解決するため、以下の手段を提供する。
【0009】
[1]Feを2.9質量%以上6.0質量%以下の範囲内、Siを17.8質量%以上22.3質量%以下の範囲内、Vを0.5質量%以上1.7質量%以下の範囲内、Cuを1.4質量%以上5.0質量%以下の範囲内の量にて含有し、残部がAl及び不可避不純物であって、VとCuの合計量に対するFeの含有量の比が2.3以下であって、立方晶のAl-Fe-Si-V化合物を含むアルミニウム合金アトマイズ粉末。
【0010】
[2]Feを2.9質量%以上6.0質量%以下の範囲内、Siを17.8質量%以上22.3質量%以下の範囲内、Vを0.5質量%以上1.7質量%以下の範囲内、Cuを1.4質量%以上5.0質量%以下の範囲内の量にて含有し、残部がAl及び不可避不純物であって、VとCuの合計量に対するFeの含有量の比が2.3以下であって、斜方晶のAl-Fe-Si化合物を含み、押出方向の伸びδLに対する押出垂直方向の伸びδLTの比δLT/δLが0.8以上1.2以下の範囲内にあるアルミニウム合金押出材。
【0011】
[3]上記[1]に記載のアルミニウム合金アトマイズ粉末を圧縮成形して圧粉体を得る圧縮形成工程と、前記圧粉体を熱間で押出成形し、押出材を得る押出成形工程と、前記押出材を、480℃以上500℃以下の温度で加熱し、次いで水冷した後、180℃以上280℃以下の温度で加熱する熱処理工程と、を含むアルミニウム合金押出材の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、押出方向と押出垂直方向との機械的特性の異方性が少ないアルミニウム合金押出材及びその製造方法を提供することが可能となる。また、本発明によれば、押出方向と押出垂直方向との機械的特性の異方性が少ないアルミニウム合金押出材の製造原料として有利に用いることができるアルミニウム合金アトマイズ粉末を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】実施例1で得られたアルミニウム合金アトマイズ粉末のSEM写真である。
【
図3】実施例1で得られたアルミニウム合金アトマイズ粉末のX線回折パターンである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の一実施形態に係るアルミニウム合金アトマイズ粉末、アルミニウム合金押出材及びアルミニウム合金押出材の製造方法について、詳細に説明する。
【0015】
<アルミニウム合金アトマイズ粉末>
本実施形態のアルミニウム合金アトマイズ粉末は、アルミニウム合金押出材の原料として用いられる。本実施形態のアルミニウム合金アトマイズ粉末は、Fe、Si、V、Cuの各元素を含有し、残部がAl及び不可避不純物であって、立方晶のAl-Fe-Si-V化合物を含む。なお、不可避不純物は、製造原料または製造工程において不可避的に混入する不純物である。
【0016】
Feは、Si、V、Cu及びAlと共に、Al-Fe-Si化合物、Al-Fe-Si-V化合物、Al-Fe-Si-Cu化合物などの化合物を生成する。Al-Fe-Si化合物は、主に斜方晶(β相)を形成する。立方晶のAl-Fe-Si化合物は準安定相であって、Vが結晶内に取り込まれることによって安定化する。よって、Al-Fe-Si-V化合物は、立方晶を形成する。本実施形態のアルミニウム合金アトマイズ粉末において、Feは主として立方晶のAl-Fe-Si-V化合物として存在する。また、本実施形態のアルミニウム合金アトマイズ粉末を用いて作製した押出材に含まれる立方晶のAl-Fe-Si-V化合物は、熱処理を施すことによって、下記の反応によって斜方晶のAl-Fe-Si化合物に変化する。すなわち、立方晶のAl-Fe-Si-V化合物はCuと反応して、立方晶のAl-Fe-Si-Cu化合物とVとを生成する。立方晶のAl-Fe-Si-Cu化合物は、斜方晶のAl-Fe-Si化合物を生成する。
【0017】
【0018】
立方晶のAl-Fe-Si-V化合物は、斜方晶のAl-Fe-Si化合物と比較して異方性が低い。このため、アルミニウム合金アトマイズ粉末を用いて作製した押出材に含まれる立方晶のAl-Fe-Si-V化合物はランダムな方向に分散している。このため、押出材を熱処理することによって、ランダムな方向に延びた斜方晶のAl-Fe-Si化合物が生成する。これにより、熱処理後の押出材は、押出方向と押出垂直方向との機械的特性の異方性が低減する。
【0019】
アルミニウム合金アトマイズ粉末のFeの含有量は、2.9質量%以上6.0質量%以下の範囲内とされている。Feの含有量が2.9質量%未満であると、押出材の異方性を低減させるために十分な量の斜方晶のAl-Fe-Si化合物が得られないおそれがある。一方、Feの含有量が6.0質量%を超えると、押出材中にAl-Fe化合物及び過剰な斜方晶のAl-Fe-Si化合物が生成し、押出材の延性や成形性が悪化するおそれがある。
【0020】
Siは、Alに固溶してAl-Si合金を形成することによって、アルミニウム合金の耐摩耗性や剛性を向上させる作用がある。また、Siは、Fe、V、Cu及びAlと共に、Al-Fe-Si化合物、Al-Fe-Si-V化合物、Al-Fe-Si-Cu化合物などの化合物を生成する。
【0021】
アルミニウム合金アトマイズ粉末のSiの含有量は17.8質量%以上22.3質量%以下の範囲内とされている。Siの含有量が17.8質量%未満であると、押出材の異方性を低減させるために十分な量の斜方晶のAl-Fe-Si化合物が得られないおそれがある。一方、Siの含有量が22.3質量%を超えると、アルミニウム合金アトマイズ粉末中に粗大な初晶Siが生じ、アルミニウム合金アトマイズ粉末及び押出材の脆化をもたらすおそれがある。
【0022】
Vは、Fe、Si及びAlと共に、立方晶のAl-Fe-Si-V化合物を生成する。
アルミニウム合金アトマイズ粉末のVの含有量は、0.5質量%以上1.7質量%以下の範囲内とされている。Vの含有量が0.5質量%未満であると、押出材の異方性を低減させるために十分な量の斜方晶のAl-Fe-Si化合物が得られないおそれがある。一方、Vの含有量が1.7質量%を超えると、Al-Fe-Si-V化合物の状態で安定し、押出材中のAl-Fe-Si-V化合物が斜方晶のAl-Fe-Si化合物に変化しにくくなるおそれがある。
【0023】
Cuは、Fe、V及びAlと共に、Al-Fe-Si-Cu化合物を生成する。
アルミニウム合金アトマイズ粉末のCuの含有量は、1.4質量%以上5.0質量%以下の範囲内とされている。Vの含有量が1.4質量%未満であると、押出材の異方性を低減さえるために十分な量の斜方晶のAl-Fe-Si化合物が得られないおそれがある。一方、Cuの含有量が5.0質量%を超えると、アルミニウム合金アトマイズ粉末の押出加工性が低下するおそれがある。
【0024】
本実施形態のアルミニウム合金アトマイズ粉末は、VとCuの合計量に対するFeの含有量の比Fe/(V+Cu)は2.3以下とされている。比Fe/(V+Cu)が2.3を超えると、押出材中にAl-Fe化合物及び過剰な斜方晶のAl-Fe-Si化合物が生成し、押出材の延性や成形性が悪化するおそれがある。
【0025】
アルミニウム合金アトマイズ粉末の立方晶のAl-Fe-Si-V化合物の有無は、X線回折パターンによって確認することができる。例えば、X線源としてCuKαを用いたX線回折パターンにおいて、立方晶のAl-Fe-Si-V化合物は、2θの回折角度として、22.4±0.5度、26.5±0.5度、41.8±0.5度、43.1±0.5度、44.3±0.5度、49.1±0.5度にピークを示す。アルミニウム合金アトマイズ粉末は、アルミニウムに起因する2θの回折角度38.5±1.0度のピークの強度に対して、立方晶のAl-Fe-Si-V化合物に起因する2θの回折角度41.8±0.5度のピークの強度は1/12以上1/5以下の範囲内にあることが好ましい。
【0026】
また、アルミニウム合金アトマイズ粉末は、斜方晶のAl-Fe-Si化合物を含まないか、含んでいるとしても立方晶のAl-Fe-Si-V化合物のよりも含有量が少ないことが好ましい。斜方晶のAl-Fe-Si化合物の有無は、X線回折パターンによって確認することができる。例えば、X線源としてCuKαを用いたX線回折パターンにおいて、立方晶のAl-Fe-Si-V化合物に起因する2θの回折角度41.8±0.5度のピークの強度に対して、斜方晶のAl-Fe-Si化合物に起因する2θの回折角度34.1±0.5度のピークの強度は1/3以下であることが好ましい。
【0027】
本実施形態のアルミニウム合金アトマイズ粉末に含まれる、立方晶のAl-Fe-Si-V化合物は形状の異方性が低い。このため、本実施形態のアルミニウム合金アトマイズ粉末は、粒子表面に針状結晶の突出物が析出しにくい。アルミニウム合金アトマイズ粉末は、平均粒子径(D50)が50μm以上150μm以下の範囲内にあることが好ましい。アルミニウム合金アトマイズ粉末の平均粒子径は、レーザー回折・散乱法で測定した値である。
【0028】
本実施形態のアルミニウム合金アトマイズ粉末は、アトマイズ法によって製造される。アトマイズ法は、アルミニウム合金の溶湯を気体(アトマイズガス)を用いて噴霧して、急冷することによって凝固させる方法である。アルミニウム合金アトマイズ粉末の製造方法としては、アトマイズガスとして酸化性ガス(例えば、空気)を用いて、アルミニウム合金の溶湯を上方に噴霧することにより、微小液滴として霧化させながら酸化性雰囲気中(例えば空気中)で急冷凝固させる方法を用いることができる。
【0029】
アルミニウム合金アトマイズ粉末の製造用のアトマイズ装置としては、例えば、特許第6670635号公報に記載のアトマイズ装置を用いることができる。ただし、アトマイズ装置はこれに限定されるものではなく、アルミニウム合金アトマイズ粉末の製造用として用いる各種のアトマイズ装置を利用することができる。
【0030】
<アルミニウム合金押出材>
本実施形態のアルミニウム合金押出材は、Fe、Si、V、Cuの各元素を含有する。これらの元素の含有量は、上述した本実施形態のアルミニウム合金アトマイズ粉末の場合と同じである。
【0031】
本実施形態のアルミニウム合金押出材は、斜方晶のAl-Fe-Si化合物を含む。斜方晶のAl-Fe-Si化合物は、結晶形状が針状となり易いため、結晶自体は異方性が高い。本実施形態のアルミニウム合金押出材は、斜方晶のAl-Fe-Si化合物がランダムな方向に配向しているため、押出材全体としては、異方性が低くなる。このため、押出方向の伸びδLに対する押出垂直方向の伸びδLTの比δLT/δLが0.8以上1.2以下の範囲内となる。
【0032】
アルミニウム合金押出材の斜方晶のAl-Fe-Si化合物の有無は、X線回折パターンによって確認することができる。例えば、X線源としてCuKαを用いたX線回折パターンにおいて、斜方晶のAl-Fe-Si化合物は、2θの回折角度として、18.7±0.5度、20.6±0.5度、34.1±0.5度、43.5±0.5度、46.9±0.5度、48.5±0.5度にピークを示す。アルミニウム合金押出材は、斜方晶のAl-Fe-Si化合物の含有量が2.0質量%以上12.0質量%以下の範囲内にあることが好ましい。斜方晶のAl-Fe-Si化合物の含有量は、例えば、アルミニウム合金押出材のX線回折パターンを、リートベルト解析を用いることによって算出することができる。具体的には、X線回折パターンをリートベルト解析により、空間群Fm-3mのAl相、空間群Fd-3mのSi相、空間群Im-3の立方晶のAl-Fe-Si-V相、空間群A2/aの斜方晶のAl-Fe-Si相、空間群P4/mncのAl-Cu-Fe相の5つの相のX線回折パターンに分離し、これらのX線回折パターンの割合から算出することができる。
【0033】
<アルミニウム合金押出材の製造方法>
本実施形態のアルミニウム合金押出材の製造方法では、上述した本実施形態のアルミニウム合金アトマイズ粉末を原料として用いる。本実施形態のアルミニウム合金押出材の製造方法は、圧縮形成工程と、押出成形工程と、熱処理工程と、を含む。
【0034】
圧縮成形工程は、アルミニウム合金粉末を圧縮成形して圧粉体を得る工程である。圧縮成形工程では、例えば、プレス成型機を用いて、アルミニウム合金粉末を加圧することによって圧粉体を得る。圧縮成形時の形成圧は、例えば、0.5ton/cm2以上3.0ton/cm2以下の範囲内にある。圧縮成形は加熱しながら行ってもよい。加熱温度は、例えば、350℃以上400℃以下の範囲内である。
【0035】
押出成形工程は、圧縮成形工程で得られた圧粉体を熱間で押出成形して押出材を得る工程である。押出成形工程では、例えば、押出成型機を用いて、圧粉体を加熱しながら押出成形することによって押出材を得る。加熱温度は、アルミニウム合金の再結晶化温度以上であれば特に制限はなく、例えば、450℃以上500℃以下の範囲内である。押出圧力は、例えば、10MPa以上25MPa以下の範囲内である。押出比は、例えば、5.0以上50以下の範囲内である。
【0036】
押出材の形状は特に制限はなく、例えば、円柱状、角柱状、円筒状、角筒状としてもよい。押出形成直後の押出材中は、前述のとおり、立方晶のAl-Fe-Si-V化合物を含む。押出成形によって作製される押出材は、成形時の押出方向の伸びδLが押出垂直方向の伸びδLTがよりも相対的に大きくなる。押出成形工程で得られる押出材は、押出方向の伸びδLに対する押出垂直方向の伸びδLTの比δLT/δLが0.7未満であってもよい。
【0037】
熱処理工程は、押出成形工程で得られた押出材を熱処理することによって、押出方向と押出垂直方向との機械的特性の異方性を低減させる工程である。熱処理工程では、押出材を480℃以上500℃以下の温度で加熱し、次いで水冷した後、180℃以上280℃以下の温度で加熱する。
【0038】
押出材を480℃以上500℃以下の温度で加熱することによって、押出材中の立方晶のAl-Fe-Si-V化合物が斜方晶のAl-Fe-Si化合物に変化する。押出材中の立方晶のAl-Fe-Si-V化合物はランダムな方向に配向しているため、生成する斜方晶のAl-Fe-Si化合物もまたランダムな方向に配向する。このため、加熱後の押出材は押出方向と押出垂直方向との機械的特性の異方性が低減し、押出方向の伸びδLに対する押出垂直方向の伸びδLTの比δLT/δLが小さくなる。加熱時間は、押出材のサイズなどの条件によって異なるが、通常は、2時間以上4時間以下の範囲内である。
【0039】
次いで、押出材の水冷をすることによって、斜方晶のAl-Fe-Si化合物を安定化させる。冷却用水の水温は、例えば、0℃以上50℃以下の範囲内にあってもよい。
【0040】
次いで、押出材を180℃以上280℃以下の温度で加熱することによって、冷却によって生じた押出材の残留応力を除去する。加熱時間は、押出材のサイズなどの条件によって異なるが、通常は、0.5時間以上1時間以下の範囲内である。
【0041】
以上のようにして、斜方晶のAl-Fe-Si化合物を含み、押出方向の伸びδLに対する押出垂直方向の伸びδLTの比δLT/δLが0.8以上1.2以下の範囲内にあるアルミニウム合金押出材を得ることができる。
【0042】
本実施形態のアルミニウム合金アトマイズ粉末は、Fe、Si、V、Cuの各元素を上記の範囲内の量で含有し、VとCuの合計量に対するFeの含有量の比Fe/(V+Cu)が上記の範囲内にあって、立方晶のAl-Fe-Si-V化合物を含む。本実施形態のアルミニウム合金アトマイズ粉末を用いて作製した押出材はその内部にランダムな方向に配向した立方晶のAl-Fe-Si-V化合物を含むため、熱処理によって、立方晶のAl-Fe-Si-V化合物を斜方晶のAl-Fe-Si化合物に変化させることによって、押出方向と押出垂直方向との機械的特性の異方性が小さい押出材を得ることができる。よって、本実施形態のアルミニウム合金アトマイズ粉末は、押出方向と押出垂直方向との機械的特性の異方性が少ないアルミニウム合金押出材の製造原料として有利に用いることができる。
【0043】
本実施形態のアルミニウム合金押出材は、押出方向の伸びδLに対する押出垂直方向の伸びδLTの比δLT/δLが0.8以上1.2以下の範囲内にあり、押出方向と押出垂直方向との機械的特性の異方性が小さく、機械加工が容易である。よって、本実施形態のアルミニウム合金押出材は、成形加工する際の設計上の制約が少なく、種々のアルミニウム合金押出材の製造に利用することができる。
【0044】
本実施形態のアルミニウム合金押出材によれば、押出方向と押出垂直方向との機械的特性の異方性が小さいアルミニウム合金押出材を、工業的に有利に製造することができる。
【実施例0045】
[実施例1]
(1)アルミニウム合金アトマイズ粉末の作製
Feの含有量が4.7質量%、Siの含有量が19.5質量%、Vの含有量が1.0質量%、Cuの含有量が2.8質量%、残部がAlで、Fe/(V+Cu)比が1.24のアルミニウム合金を用意した。このアルミニウム合金を、特許第6670635号公報に記載のアトマイズ装置を用いて、アルミニウム合金アトマイズ粉末を作製した。アトマイズ装置のアトマイズガス(空気)の流量は3m3/分とし、アルミニウム合金の溶湯の温度は1100℃とした。
【0046】
得られたアルミニウム合金アトマイズ粉末の平均粒子径を、レーザー回折・散乱法により測定した。その結果、アルミニウム合金アトマイズ粉末の平均粒子径(D50)は、73.0μmであった。また、得られたアルミニウム合金アトマイズ粉末について、組成を誘導結合プラズマ発光分光分析により測定した。その結果、アルミニウム合金アトマイズ粉末の組成は、原料のアルミニウム合金の組成と同じであった。
【0047】
また、得られたアルミニウム合金アトマイズ粉末の表面形状を、SEM(走査型電子顕微鏡)を用いて観察した。その結果を、
図1と
図2に示す。また、アルミニウム合金アトマイズ粉末から任意に選択した100個の粒子について表面を観察した結果、全ての粒子の表面に針状結晶が見られなかった。
【0048】
また、得られたアルミニウム合金アトマイズ粉末のX線回折パターンを、X線回折装置(SmartLab、株式会社リガク社製)を用いて測定した。X線源にはCuKαを用い、測定温度は25℃とした。得られたX線回折パターンを、
図3に示す。
図3において、矢印で示されたピークは、立方晶のAl-Fe-Si-V化合物に起因するX線回折ピークである。よって、
図3のX線回折パターンから、得られたアルミニウム合金アトマイズ粉末は、立方晶のAl-Fe-Si-V化合物を含むことがわかる。
【0049】
(2)アルミニウム合金押出材の作製
上記(1)で得られたアルミニウム合金アトマイズ粉末をプレス成型機に投入して、成型温度380℃、成形圧1.5ton/cm2の条件でプレス成型して、圧粉体を得た。
【0050】
得られた圧粉体を495℃で、1.5時間加熱した。次いで、加熱した圧粉体を押出成型機に投入して、押出比6.0、押出圧力11~16MPaの条件で押出成型して、アルミニウム合金押出材を得た。
【0051】
得られたアルミニウム合金押出材について、押出方向の伸びδLと押出垂直方向の伸びδLTとを測定し、その比δLT/δLを求めた。その結果、比δLT/δLは0.5であり、押出方向の伸びδLが押出垂直方向の伸びδLTに対して2倍となった。
なお、押出方向の伸びδLと押出垂直方向の伸びδLTは、接触式自動伸び計(SIE-560、SHIMADZU社製)により測定した。
【0052】
得られたアルミニウム合金押出材のX線回折パターンを、X線源にCuKαを用いたX線回折装置(SmartLab、株式会社リガク社製)を用いて測定した。X線源にはCuKαを用い、測定温度は25℃とした。
得られたX線回折パターンを用いて、上記の方法より斜方晶のAl-Fe-Si相の含有量(質量%)を算出した。その結果、斜方晶のAl-Fe-Si相の含有量は、4.3質量%であった。
【0053】
(3)アルミニウム合金押出材の熱処理
上記(2)で得られたアルミニウム合金押出材を、室温から490℃まで4時間かけて昇温し、さらに490℃で3時間加熱した。次いで、アルミニウム合金押出材を水中に投入して、室温まで水冷した後、アルミニウム合金押出材を水中から取り出し、アルミニウム合金押出材に付着している水分を十分に拭き取った。水分を拭き取ったアルミニウム合金押出材を、室温から220℃まで1時間かけて昇温し、さらに220℃で1時間加熱した。次いで、アルミニウム合金押出材を室温まで空冷した。
【0054】
熱処理後のアルミニウム合金押出材について、押出方向の伸びδLと押出垂直方向の伸びδLTとを測定し、その比δLT/δLを求めた。その結果、比δLT/δLは1.1であり、押出方向の伸びδLと押出垂直方向の伸びδLTとの差が熱処理前と比較して顕著に小さくなった。
【0055】
得られたアルミニウム合金押出材のX線回折パターンを、X線源にCuKαを用いたX線回折装置を用いて測定した。
得られたX線回折パターンを用いて、上記の方法より斜方晶のAl-Fe-Si相の含有量(質量%)を算出した。その結果、斜方晶のAl-Fe-Si化合物の含有量は、10.4質量%であり、熱処理前に対する熱処理後の斜方晶のAl-Fe-Si化合物の含有量の変化量は142質量%であった。
【0056】
以上の結果から、実施例1で得られたアルミニウム合金押出材は、熱処理によって、斜方晶のAl-Fe-Si化合物が生成することが確認された。そして斜方晶のAl-Fe-Si化合物が生成することによって、アルミニウム合金押出材の押出方向の伸びδLと押出垂直方向の伸びδLTとの差が熱処理前と比較して顕著に小さくなることが確認された。
【0057】
[実施例2~8、比較例1~5]
(1)アルミニウム合金アトマイズ粉末の作製において、アルミニウム合金として、Fe、Si、V、Cuの含有量及びFe/(V+Cu)が下記の表1に記載の値のものを用いたこと以外は、実施例1と同様にしてアルミニウム合金アトマイズ粉末を作製した。
【0058】
実施例2~8及び比較例1~5で得られた各アルミニウム合金アトマイズ粉末について、組成を実施例1と同様にして測定した。その結果、各アルミニウム合金アトマイズ粉末の組成は、原料のアルミニウム合金の組成と同じであった。
【0059】
実施例2~8及び比較例1~5で得られた各アルミニウム合金アトマイズ粉末について、SEMを用いて表面形状(針状結晶の有無)を観察した。また、アルミニウム合金アトマイズ粉末のX線回折パターンを測定して、立方晶のAl-Fe-Si-V化合物に起因するX線回折ピークの有無を確認した。その結果を、下記の表1に示す。
【0060】
実施例2~8及び比較例1~5で得られた各アルミニウム合金アトマイズ粉末を用いたこと以外は、実施例1と同様にしてアルミニウム合金押出材の作製し、得られたアルミニウム合金押出材を熱処理した。
熱処理前と後で得られたX線回折パターンをリートベルト解析により解析して、斜方晶のAl-Fe-Si相の含有量(質量%)を算出した。そして、熱処理前に対する熱処理後の斜方晶のAl-Fe-Si化合物の含有量の変化量を算出した。その結果を表1に示す。
【0061】
【0062】
表1の結果から、Fe、Si、V、Cuの各元素を本発明の範囲内の量で含有し、VとCuの合計量に対するFeの含有量の比Fe/(V+Cu)が本発明の範囲内にあって、立方晶のAl-Fe-Si-V化合物を含むアルミニウム合金アトマイズ粉末を用いて作製した押出材は、所定の熱処理を施すことによって、斜方晶のAl-Fe-Si化合物の含有量が顕著に増加することがわかる。このアルミニウム合金押出材に含まれる斜方晶のAl-Fe-Si化合物はランダムな方向に配向しているので、アルミニウム合金押出材は、押出方向と押出垂直方向との機械的特性の異方性が少なくなる。
【0063】
これに対して、比較例1で得られたアルミニウム合金アトマイズ粉末は、押出材の段階で加熱しても斜方晶のAl-Fe-Si化合物が生成しなかった。これは、Feの含有量が少なくなりすぎたためと考えられる。比較例2で得られたアルミニウム合金アトマイズ粉末はSiの含有量が少なくなりすぎたため、押出材の段階で加熱したときの斜方晶のAl-Fe-Si化合物の増加量が少なくなったと考えられる。比較例3で得られたアルミニウム合金アトマイズ粉末はVの含有量が少なくなりすぎたため、立方晶のAl-Fe-Si-V化合物が生成せず、押出材の段階で加熱したときの斜方晶のAl-Fe-Si化合物の増加量が少なくなったと考えられる。比較例4で得られたアルミニウム合金アトマイズ粉末はCuの含有量が少なくなりすぎたため、押出材の段階で加熱したときの斜方晶のAl-Fe-Si化合物の増加量が少なくなったと考えられる。比較例5で得られたアルミニウム合金アトマイズ粉末は比Fe/(V+Cu)が大きくなりすぎたため、押出材の段階で加熱したときの斜方晶のAl-Fe-Si化合物の増加量が少なくなったと考えられる。