IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 大同特殊鋼株式会社の特許一覧

(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022180208
(43)【公開日】2022-12-06
(54)【発明の名称】鋼材及びこれを用いた鋼製品
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20221129BHJP
   C22C 38/46 20060101ALI20221129BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20221129BHJP
   C21D 9/00 20060101ALI20221129BHJP
【FI】
C22C38/00 302E
C22C38/46
C22C38/60
C22C38/00 301H
C21D9/00 M
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021087176
(22)【出願日】2021-05-24
(71)【出願人】
【識別番号】000003713
【氏名又は名称】大同特殊鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100076473
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 昭夫
(74)【代理人】
【識別番号】100112900
【弁理士】
【氏名又は名称】江間 路子
(74)【代理人】
【識別番号】100198247
【弁理士】
【氏名又は名称】並河 伊佐夫
(72)【発明者】
【氏名】河野 正道
【テーマコード(参考)】
4K042
【Fターム(参考)】
4K042AA25
4K042BA03
4K042BA09
4K042DA01
4K042DA02
4K042DC02
4K042DC03
(57)【要約】
【課題】球状化焼鈍性、被削性、焼入性、耐ヒートチェック性および軟化抵抗性に優れた鋼材を提供する。
【解決手段】鋼材は、質量%で、0.310≦C≦0.410、0.001≦Si≦0.35、0.45≦V≦0.70、Cr≦6.00、6.25≦Mn+Cr、Mn/Cr≦0.155、Cu+Ni≦0.84、0.002≦P≦0.030、0.0003≦S≦0.0060、P+5S≦0.040、2.03<Mo<2.40、0.001≦Al≦0.050、0.003≦N≦0.050、を含有し、残部がFe及び不可避的不純物の組成を有する。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
0.310≦C≦0.410
0.001≦Si≦0.35
0.45≦V≦0.70
Cr≦6.00
6.25≦Mn+Cr
Mn/Cr≦0.155
Cu+Ni≦0.84
0.002≦P≦0.030
0.0003≦S≦0.0060
P+5S≦0.040
2.03<Mo<2.40
0.001≦Al≦0.050
0.003≦N≦0.050
を含有し、残部がFe及び不可避的不純物の組成を有することを特徴とする鋼材。
【請求項2】
請求項1において、前記Cr及びMnを質量%で、
5.58≦Cr≦6.00
0.60≦Mn≦0.86
含有することを特徴とする鋼材。
【請求項3】
請求項1,2の何れかにおいて、質量%で、
0.30<W≦2.00
0.30<Co≦1.00
の少なくとも1種を更に含有することを特徴とする鋼材。
【請求項4】
請求項1~3の何れかにおいて、質量%で、
0.0002<B≦0.0080
を更に含有することを特徴とする鋼材。
【請求項5】
請求項1~4の何れかにおいて、質量%で、
0.004<Nb≦0.100
0.004<Ta≦0.100
0.004<Ti≦0.100
0.004<Zr≦0.100
の少なくとも1種を更に含有することを特徴とする鋼材。
【請求項6】
請求項1~5の何れかにおいて、質量%で、
0.0005<Ca≦0.0500
0.03<Se≦0.50
0.005<Te≦0.100
0.01<Bi≦0.50
0.03<Pb≦0.50
の少なくとも1種を更に含有することを特徴とする鋼材。
【請求項7】
請求項1~6の何れかに記載の鋼材であって、該鋼材から作製した12mm×12mm×55mmの角棒を真空炉による下記条件1の熱処理によって45.5~46.5HRCに調質し、この角棒から衝撃試験片を作製し、衝撃試験を15~35℃において実施した時の衝撃値が20[J/cm2]以上であることを特徴とする鋼材。
条件1の熱処理:1250℃で0.5H(Hはhourを意味する)保持し、その後の冷却において、1000℃までを2℃/min(minはminuteを意味する)から10℃/minで冷却し、1000℃から600℃までを2℃/minで冷却し、600℃から150℃までを2℃/minから10℃/minで冷却する。続いて、Ac3点+25℃に加熱し、Ac3点+25℃で1H保持後の冷却において620℃までを15℃/Hで冷却し、620℃から150℃までを30℃/Hから60℃/Hで冷却する。続いて、1030℃で1Hの保持後の冷却において600℃までを60℃/minから100℃/minで冷却し、600℃から450℃までを45℃/minから100℃/minで冷却し、450℃から250℃までを30℃/minから100℃/minで冷却し、250℃から150℃までを5℃/minから30℃/minで冷却する。続いて、580℃から630℃の温度域への加熱と100℃以下への冷却のサイクルを1回以上与える。
【請求項8】
請求項1~6の何れかに記載の鋼であって、最大長さが0.3μmを超える炭化物について観察したとき50μm以下の間隔で断続的に連なる炭化物の最大長さが0.3μmを超え且つ0.6μm未満であるか、若しくは、最大長さ0.6μm以上の炭化物が50μm以下の間隔で断続的に連なった領域が300μm未満であることを特徴とする鋼材。
【請求項9】
請求項7,8の何れかに記載の鋼材から成ることを特徴とする鋼製品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、鋼材及びこれを用いた鋼製品に関し、更に詳しくは、ダイカストなどの各種の鋳造、素材を加熱して加工する鍛造、ホットスタンプ(鋼板を加熱し成形し焼きを入れる工法)、押出し加工,樹脂(プラスチックやビニール)の射出成形やブロー成形、ゴムや繊維強化プラスチックの成形や加工などの素材として用いられる鋼材及びこれを用いた鋼製品に関する。
【背景技術】
【0002】
ダイカスト金型等の素材として用いられる鋼材の製造工程は、主な工程だけで示せば「溶解-精錬-鋳造-均質化熱処理-熱間加工-(焼ならし-焼戻し)-球状化焼鈍」である。焼ならしと焼戻しは、両方あるいは片方が省略されることもある。
そしてこの鋼材からの金型の製造工程としては、「荒加工(大まかな金型形状への機械加工)-焼入れ-焼戻し-仕上げの機械加工-表面改質」の順に行われるHT工程を例示することができる。
【0003】
上記の工程の中で鋼材及び金型に求められる重要な5特性は「(1)球状化焼鈍性(SA性)、(2)被削性、(3)焼入れ性(焼入れ速度が小さい場合の衝撃値)、(4)耐ヒートチェック性、(5)軟化抵抗性」である。(1)SA性は鋼材の製造で問題となる。(2)被削性と(3)焼入れ性は鋼材から金型を製造する際に問題となる。また(3)焼入れ性~(5)軟化抵抗性は、金型の使用において問題となる。以下では、この5特性が必要な理由を説明する。
【0004】
<(1)SA性について>
SA(球状化焼鈍)とは、鋼材を炉内でAc3点に対するマイナス10℃~プラス50℃の温度域に加熱して得た「オーステナイト相の中に炭化物が分散し、フェライト相が非常に少ないまたは皆無である組織」に対して、例えば徐冷法を適用することを指す。
徐冷法は、5~60℃/Hで制御冷却(冷却速度は成分や粒径による)し、母相をフェライトに変態させてゆくと共に炭化物を成長させ、オーステナイトがなくなったら(成分や冷速によるが550~800℃まで冷却したら)制御冷却を終了し、鋼材を炉から出す。
上記の加熱温度は、鋼材の成分によるが830~950℃であることが多く、SA後の鋼材はビッカース硬さで260Hv以下になる。
【0005】
炉から出した時点で鋼材に未変態のオーステナイトが残留していると、そのオーステナイトが炉出し後の冷却でベイナイトやマルテンサイトに変態する。このような鋼材では、「ベイナイトやマルテンサイトの硬い(300Hv以上)部分」と、「フェライトの母相中に炭化物が分散した部位、つまりSA組織となった軟質(およそ260Hv以下)な部分」が混在する。このようなSA不良の様子を図1に示す。
【0006】
図1はSA不良の鋼材を鏡面研磨して薬液で腐食した状態であり、灰色の領域と白い領域が混在していることが分かる(色調やコントラストは、薬液・腐食時間・画像がカラーかモノクロか、などで異なる)。それぞれの領域にビッカースの圧子を打痕して硬さを測定した。図中、矢印で示した「◆」が圧痕である。灰色の領域は圧痕が大きく198Hvであった。これは正常なSA組織の硬さであり、灰色の領域はSAによって確実に軟化した「フェライトの母相中に炭化物が分散した部位」であることが分かる。一方、白い領域は圧痕が小さく462Hvと非常に硬い。これは、徐冷法の制御冷却が終了した鋼材を炉から出した時点で残っていた未変態のオーステナイトが、その後の冷却でベイナイトやマルテンサイトに変態した領域である。
【0007】
SA不良部を含む鋼材を鋸で切断すると、図2のように、切断面に面粗さや光沢が周囲と違う部位が現れる。この「粒」に見える部位が300Hv以上の硬い(マルテンサイトやベイナイト)領域である。
【0008】
図2のようなSA不良の鋼材から、先述のHT工程で金型を製造すると、例えば、硬い部分が機械加工(切削)の工具を激しく損耗させ、工具寿命が短くなるといった不具合が発生する。
このため鋼材には「SA性の良い」ことが求められる。ただし、SA性の良い鋼材は焼入れ性が悪い。一般に、SA性の良い鋼材は高C-低Mnである場合が多く、このような鋼材は焼入れの冷却中に炭化物が析出しやすくフェライト変態も進行しやすいため、ベイナイトやマルテンサイト組織を得にくい。
【0009】
<(2)被削性について>
金型の製造工程では機械加工が必ず入る。機械加工において削れられる鋼材には、高速で加工しても加工工具をあまり損耗させないことが求められる。工具の損耗が激しいと、工具の交換頻度が高くなることでコストが増加するうえ、加工速度を下げなければならないため加工効率が低下する。機械加工は安く早く完遂させたい。したがって鋼材には、低コストで効率的に加工できること、つまり「被削性の良さ」が求められる。ただし、被削性の良い鋼材は耐ヒートチェック性が悪い。一般に、被削性の良い鋼材は高Si-高P-高Sであり、このような鋼は熱伝導率が低く、脆く、異物となるS化合物が多いため、亀裂の発生や進展が早い素地に高い熱応力が作用することになるためである。
【0010】
<(3)焼入れ性(焼入れ速度が小さい場合の衝撃値)について>
金型は、焼入れ焼戻しで所定の硬さに調質されてダイカストに用いられる。金型には、硬さだけでなく高い衝撃値も必要である。この理由は、衝撃値の高い金型は大割れしにくいためである。衝撃値は焼入れ速度が大きいほど高くなるため、焼入れでは急冷が指向される。焼入れ速度が大きいと衝撃値が高い理由は、マルテンサイト組織になるためである。焼入れ速度が小さいと、ベイナイト組織になるため衝撃値が低い。
【0011】
近年、ダイカスト金型は大型化の傾向にある。その背景には、自動車の大型化を受けてダイカスト鋳造品が単体で大型化している事情がある。金型が大きくなると、焼入れの冷却速度が小さく(冷えにくく)なる。この傾向は、特に金型の内部で顕著である。このため、近年の金型の大型化にともなって、金型内部の衝撃値低下が大きな問題になってきた。大きな金型でも高い衝撃値を得るために焼入れの冷却を強化すると、冷却中に焼割れが発生しやすく、割れない場合にも過度に大きな熱変形が発生しやすい。
以上の経緯から、焼入れ速度が小さい場合にも高い衝撃値の得られる鋼材、つまり「焼入れ性の良い」鋼材(焼入れ速度が小さくても粗大なベイナイトにならない)が強く求められている。ただし、焼入れ性の良い鋼材はSA性が悪い。一般に、焼入れ性の良い鋼材は低C-高Mnであり、このような鋼材はSAの冷却中に炭化物が成長しにくくフェライト変態も進行しにくいため、フェライトの母相中に炭化物が分散したSA組織を得にくい。
【0012】
<(4)耐ヒートチェック性について>
ダイカスト金型の表面は、溶湯との接触による温度上昇と離型剤の塗布による冷却、のサイクルに晒される。このような温度振幅によって熱応力が発生し、型締めや射出による機械応力も加わり、金型表面には疲労による亀裂(ヒートチェック)が発生する。ひび割れのように見えるヒートチェックは、平面や曲面では網目状や格子状で分布することが多い。金型を切断してヒートチェックを観察すると、金型表面にヒートチェックの開口部がある。開口部に溶湯が入り込んで凝固すると、そこは凸部となって鋳造品表面に転写される。こうしてヒートチェックが鋳造品に転写されると、鋳造品の表面品質が劣化する。
【0013】
以上の理由から、金型にはヒートチェックが発生しにくいこと、つまり「耐ヒートチェック性の良い」ことが求められる。ただし、耐ヒートチェック性の良い鋼材は被削性が悪い。一般に、耐ヒートチェック性の良い鋼材は低Si-低P-低Sであり、このような鋼材は切削工具に凝着しやすく、切削面に潤滑作用をもたらすS化合物が少なく、高靭性で粘りがあるため、削りにくいのである。
【0014】
<(5)軟化抵抗性について>
ダイカスト金型の表面は、溶湯との接触によって温度が上昇する。鋳造ショット数が増えると高温に晒される累積時間も長くなり、金型表面の硬さが低下することもある。このような軟化は高温強度の低下を招き、その結果として耐ヒートチェック性が悪化する。
以上の理由から、ダイカスト金型には軟化しにくいこと、つまり「軟化抵抗性の高さ」が求められる。ただし、軟化抵抗性の高い鋼材は高温強度が低い。一般に、軟化抵抗性の高い鋼材は低Crであり、このような鋼材は高温での固溶強化に乏しいためである。
【0015】
上記(1)~(5)の重要な5特性の全てが良い鋼材は存在しない。ダイカスト金型用の汎用鋼であるSKD61に欠ける特性は、(3)焼入れ性、(4)耐ヒートチェック性、(5)軟化抵抗性である。SKD61の(3)(4)(5)の特性を改良した鋼に欠ける特性は、(1)SA性、(2)被削性、である。すなわち、元素の影響が相反する特性を共に高めることが非常に難しい。
【0016】
尚、本発明の関連技術として例えば下記特許文献がある。この特許文献には、金型形状への加工が工業的に可能な切削性を備えるとともに、汎用金型用鋼に比べて熱伝導率及び衝撃値が高い熱間工具鋼が開示されている。しかしながらこの特許文献には、本発明が達成しようとする上記5つ特性全てをバランス良く高める思想は無く、そこには本発明の化学組成を具体的に満たした実施例の開示もない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0017】
【特許文献1】特開2011-1572号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
本発明は以上のような事情を背景とし、球状化焼鈍性、被削性、焼入性、耐ヒートチェック性及び軟化抵抗性に優れた鋼材及びこれを用いた鋼製品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明者等は、上記課題を解決するために種々検討した結果、以下の点を見出した。
(i)熱間加工後の冷却で、粗大なネットワーク状に分布する炭化物が生じた場合、かかる炭化物はその後の熱処理では解消されず、金型の衝撃値を低下させる要因となる。そしてSi量とV量を適正化することで、かかる炭化物の析出が抑制され衝撃値の高位安定化が可能である。
(ii)パラメータ「Cr、Mn+Cr、Mn/Cr」によりMn量及びCr量を狭い範囲で規定することで、元素の影響が相反する(1)SA性と(3)焼入れ性を両立させ、また元素の影響が相反する(3)焼入れ性と(5)軟化抵抗性も両立させることができ、これら(1)SA性・(3)焼入れ性・(5)軟化抵抗性を高く保つことができる。
(iii)低Si系の鋼材では(2)被削性の確保が難しいが、パラメータ「P+5S」によりP量及びS量を狭い範囲で規定することで、低Siであっても実用に耐える被削性を有し、かつヒートチェックも発生しにくく衝撃値の低下も最小限に抑制できる。
【0020】
本発明は上記知見に基づいてなされたものであり、本発明の要旨は次の通りである。
[1] 質量%で、0.310≦C≦0.410、0.001≦Si≦0.35、0.45≦V≦0.70、Cr≦6.00、6.25≦Mn+Cr、Mn/Cr≦0.155、Cu+Ni≦0.84、0.002≦P≦0.030、0.0003≦S≦0.0060、P+5S≦0.040、2.03<Mo<2.40、0.001≦Al≦0.050、0.003≦N≦0.050、を含有し、残部がFe及び不可避的不純物の組成を有することを特徴とする鋼材。
【0021】
[2] 前記Cr及びMnを質量%で、5.58≦Cr≦6.00、0.60≦Mn≦0.86、含有することを特徴とする[1]に記載の鋼材。
【0022】
[3] 質量%で、0.30<W≦2.00、0.30<Co≦1.00の少なくとも1種を更に含有することを特徴とする[1]、[2]の何れかに記載の鋼材。
【0023】
[4] 質量%で、0.0002<B≦0.0080を更に含有することを特徴とする[1]~[3]の何れかに記載の鋼材。
【0024】
[5] 質量%で、0.004<Nb≦0.100、0.004<Ta≦0.100、0.004<Ti≦0.100、0.004<Zr≦0.100、の少なくとも1種を更に含有することを特徴とする[1]~[4]の何れかに記載の鋼材。
【0025】
[6] 質量%で、0.0005<Ca≦0.0500、0.03<Se≦0.50、0.005<Te≦0.100、0.01<Bi≦0.50、0.03<Pb≦0.50、の少なくとも1種を更に含有することを特徴とする[1]~[5]の何れかに記載の鋼材。
【0026】
[7] [1]~[6]の何れかに記載の鋼材であって、該鋼材から作製した12mm×12mm×55mmの角棒を真空炉による下記条件1の熱処理によって45.5~46.5HRCに調質し、この角棒から衝撃試験片を作製し、衝撃試験を15~35℃において実施した時の衝撃値が20[J/cm2]以上であることを特徴とする鋼材。
条件1の熱処理:1250℃で0.5H(Hはhourを意味する)保持し、その後の冷却において、1000℃までを2℃/min(minはminuteを意味する)から10℃/minで冷却し、1000℃から600℃までを2℃/minで冷却し、600℃から150℃までを2℃/minから10℃/minで冷却する。続いて、Ac3点+25℃に加熱し、Ac3点+25℃で1H保持後の冷却において620℃までを15℃/Hで冷却し、620℃から150℃までを30℃/Hから60℃/Hで冷却する。続いて、1030℃で1Hの保持後の冷却において600℃までを60℃/minから100℃/minで冷却し、600℃から450℃までを45℃/minから100℃/minで冷却し、450℃から250℃までを30℃/minから100℃/minで冷却し、250℃から150℃までを5℃/minから30℃/minで冷却する。続いて、580℃から630℃の温度域への加熱と100℃以下への冷却のサイクルを1回以上与える。
【0027】
上記の衝撃試験片の形状はJIS Z2242に準じる(10mm×10mm×55mm,ノッチ先端の円弧半径1mmでノッチ深さ2mm,ノッチ底下部の試験片断面積が0.8cm2)。ここで言う衝撃値[J/cm2]とは、吸収エネルギー[J]を試験片ノッチ底下部の断面積0.8[cm2]で割った値であり、試験片10本の衝撃値の平均値を指す。
また、ここで言うAc3点とは200℃/Hの速度で試験片を加熱した場合にフェライト相の比率がほぼ0%になる温度として測定される値であり、試験片10本の平均値を指す。
【0028】
[8] [1]~[6]の何れかに記載の鋼材であって、最大長さが0.3μmを超える炭化物について観察したとき50μm以下の間隔で断続的に連なる炭化物の最大長さが0.3μmを超え且つ0.6μm未満であるか、若しくは、最大長さ0.6μm以上の炭化物が50μm以下の間隔で断続的に連なった領域が300μm未満であることを特徴とする鋼材。
【0029】
[9] [7]、[8]の何れかに記載の鋼材から成ることを特徴とする鋼製品。
ここで「鋼製品」には、ダイカストなどの各種の鋳造、素材を加熱して加工する鍛造、ホットスタンプ、押出し加工,樹脂の射出成形やブロー成形、ゴムや繊維強化プラスチックの成形や加工に用いられる金型や部品が含まれる。更に、本発明の鋼材からなる金型や部品で、表面処理やシボ加工が施されたものも含まれる。
【発明の効果】
【0030】
本発明によれば、球状化焼鈍性、被削性、焼入性、耐ヒートチェック性および軟化抵抗性に優れた鋼材及びこれを用いた鋼製品を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
図1】SA不良部の組織を示した顕微鏡写真である。
図2】SA不良部を含む鋼材の切断面の写真である。
図3】(A)は衝撃値が低い鋼材のマルテンサイト組織の模式図、(B)及び(C)は(A)の炭化物の形態例を示した模式図である。
図4】熱間加工後の冷却速度が衝撃値に及ぼす影響を調査した際の熱処理工程を示した図である。
図5】熱間加工後の冷却速度と衝撃値との関係を示したグラフである。
図6】Si量と衝撃値との関係を示したグラフである。
図7】V量と衝撃値との関係を示したグラフである。
図8】衝撃値に対するSiとVの相乗効果を示したグラフである。
図9図8の衝撃値が得られた衝撃試験片の破面の状態を示した写真である。
図10】X=1℃/minで冷却されたSKD61材における工程中の組織を示す顕微鏡写真である。
図11】X=100℃/minで冷却されたSKD61材における工程中の組織を示す顕微鏡写真である。
図12】X=1℃/minで冷却されたSKD61材における炭化物形態の変化を示す顕微鏡写真である。
図13図12とは異なる部位における炭化物形態の変化を示す顕微鏡写真である。
図14図12および図13で示した焼入れ材における炭化物を拡大して表した顕微鏡写真である。
図15】Mn及びCrがSA性に及ぼす影響を調査した際の熱処理工程を示した図である。
図16】SA性に及ぼすMn及びCrの影響を示したグラフである。
図17】焼入れ性を評価した際の熱処理工程を示した図である。
図18図17の制御焼入れの詳細を示した図である。
図19】焼入れ性に及ぼすMn及びCrの影響を示したグラフである。
図20】Mn量及びCr量の適正範囲を示したグラフである。
図21】衝撃値に及ぼすP及びSの影響を示したグラフである。
図22図21の衝撃値が得られた衝撃試験片の破面の状態を示した写真である。
図23】衝撃値を評価する試験片を作製した際の熱処理工程を示した図である。
図24】SA性を評価する試験片を作製した際の熱処理工程を示した図である。
図25】焼入れ性を評価する試験片を作製した際の熱処理工程を示した図である。
図26図25の制御焼入れの詳細を示した図である。
図27】(A)及び(B)は比較例01における炭化物の形態を示した写真である。(C)は実施例01における炭化物の形態を示した写真である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
次に本発明の鋼材について詳しく説明する。
【0033】
(本発明の端緒となった知見)
ダイカスト金型用鋼の代表はJIS規格鋼のSKD61である(0.40C-1.03Si-0.40Mn-5.00Cr-1.21Mo-0.86V)。SKD61は被削性が良い反面、Mn+Crが5.4%しかないため焼入れ性は低い。そこで、焼入れ性を高めるためSKD61のMnを0.8%に、Crを5.9%に高めた鋼(以下、SKD61Hと呼ぶ)で基礎検討をおこなった。
【0034】
工業的な設備と製法によって、SKD61Hの幅800mm、厚さ350mm、長さ2300mmの鋼材(以下、このような素材をブロック材と呼ぶ)を製造した。さらに、Ac3点を超える加熱920℃のSAによって機械加工が容易な100HRB以下の硬さに軟化させた。このブロック材から製作した493kgの金型を1030℃から焼入れ、580~630℃における複数回の焼戻しで45.5~46.5HRCに調質し、金型中心部付近から切り出した素材で衝撃試験をおこなったところ、11J/cm2という非常に低い値であった。ダイカスト金型には、使用中の大割れを回避するために20J/cm2以上の衝撃値が必要である。したがって、焼入れ性が高いSKD61Hのこの低い衝撃値は「焼入れ性以外の要因」によるものと考えられた。
【0035】
そこで、上記ブロック材の中心付近から切り出した素材で焼入れ速度が充分に大きい場合、つまり焼入れ性が問題とならない条件で衝撃値を評価し、焼入れ性が高いにもかかわらずSKD61Hの衝撃値が低かった原因の究明を試みた。
衝撃試験片は10本作製し、その形状はJIS Z2242に準じた(10mm×10mm×55mm、ノッチ先端の円弧半径1mmでノッチ深さ2mm、ノッチ底下部の試験片断面積が0.8cm2)である。衝撃値[J/cm2]とは、室温で得られた吸収エネルギー[J]を試験片ノッチ底下部の断面積0.8[cm2]で割った値であり、試験片10本の平均値である。これ以降で扱う衝撃値とは、ここで述べた試験片形状と評価方法(室温、吸収エネルギーを断面積で割る、10本平均)に準じたものである。
上記ブロック材の中心付近から作製した12mm×12mm×55mmの素材を真空中で1030℃に加熱し、1H保持後に急冷で焼入れてマルテンサイト組織とした。衝撃値に大きな影響を及ぼす450℃から250℃への冷却速度は30℃/minと大きい(大きなダイカスト金型だと、450℃から250℃への冷却速度は1.2~10℃/min)。引き続き、580~630℃における複数回の焼戻しで45.5~46.5HRCに調質した後、棒材から試験片を作製して衝撃値を評価した。その結果、衝撃値は14J/cm2と低く、先述の493kgの金型の中心部よりやや高い程度であった。破面は、粗大な結晶粒が脱落したような非常に粗い状態を呈している。493kgの金型中心部から切り出した試験片も、このような粗い破面であった。
【0036】
焼入れが急冷でマルテンサイト組織であるにもかかわらず衝撃値が低く破面が粗い理由は、粗大なネットワーク状に分布する炭化物や炭窒化物(以下、単に「炭化物」と呼ぶ)の存在であった。この様子を模式的に図3(A)に示す。焼入れ時のオーステナイト結晶粒径の平均値は100μm以下と微細である(図中、小さな正方形の格子で表現)。一方、低倍率では多角形に見える炭化物のネットワーク(図中、太い線の分布状態から六角形に見える領域)は非常に粗大である。多角形の一辺に相当する部位の長さは200μmを超える場合があり、そういったケースでは多角形としての直径Dが300μmを超える。この炭化物の粗大なネットワークが破面単位となり、微細なオーステナイト結晶粒から変態したマルテンサイトであるにもかかわらず非常に衝撃値が低く、粗大な結晶粒が脱落したような粗い破面になった。
炭化物のネットワークは辺の閉じた多角形に必ずなるとは限らず、辺の欠けた多角形状、不定形状、U字状や、また図3(B)、(C)で示すように、単に直線状や弧状であることも少なくない。なお、図3(A)では炭化物の分布やネットワークを分かりやすいように誇張して表現している。
【0037】
上記の「粗大なネットワーク状に分布する炭化物」の来歴を解明するためブロック材の製造工程を確認し、数値解析で温度推移を見積もった。製造工程は「溶解-精錬-鋳造-均質化熱処理-熱間加工-焼ならし-焼戻し-SA」であった。熱間加工は、均質化処理されたインゴットをブロック状に成形する工程である。具体的には、1150~1350℃で均質化熱処理されたインゴットを鍛造などの塑性加工によって成形する。所定形状への熱間加工の終了後は、ブロック材を割れないように急冷を避けてゆっくり冷却する。
【0038】
図3(A)に示した「粗大なネットワーク状に分布する炭化物」は、「熱間加工終了後に600℃までの冷却中に析出」した可能性が高い。根拠は2つある。1つ目の根拠は、ネットワークのサイズや形状が熱間加工時のオーステイト結晶粒に酷似していることである。2つ目の根拠は、炭化物の析出に必須となる炭素の拡散は600℃以上の温度域で活発なことである。600℃未満は、ベイナイト変態やマルテンサイト変態といった無拡散変態が起こる温度域であり、炭素が粒界へ拡散し炭化物を形成することは難しい。
【0039】
上記の認識に基づき、熱間加工の終了から600℃までの冷却速度を数値解析で見積もると、幅800mm、厚さ350mmのブロック材の中心部で約1℃/minであった。ブロック材のサイズは、幅が200~1500mm、厚さは80~600mmと様々であるが、一般に「大きな」と扱われるブロック材は、幅が300mm以上で厚さは200mm以上である(慣例的に、寸法の小さな方を厚さと扱う)。このような大きなブロック材を熱間加工後に割れないように急冷を避けてゆっくり冷却した場合の中心部の600℃までの冷却速度は、およそ1.5℃/min以下であった。
【0040】
そこで、熱間加工終了から600℃までの冷却速度がSKD61Hの衝撃値に及ぼす影響を調査した。工業的な製法を想定した熱処理工程を図4に示す。鋼材の製造工程「溶解-精錬-鋳造-均質化熱処理-熱間加工-(焼ならし-焼戻し)-SA」の中で、熱間加工以降を模擬しており、焼ならし後の焼戻しは省略した。SA後の焼入れと焼戻しは金型の調質に相当する.12mm×12mm×55mmの素材10本を図4の工程で45.5~46.5HRCに調質した後、この棒材から試験片を作製して衝撃値を評価した。
なお、ここでは一連の熱処理には真空炉を用いている。また、図4における1030℃焼入れの「急冷」とは、衝撃値に大きな影響を及ぼす450℃から250℃への冷却速度が30℃/minと大きいことを意味する。
【0041】
得られた衝撃値を図5に示す。横軸の冷却速度Xは、熱間加工を模擬した1250℃加熱の終了から600℃までの冷却速度である(図4参照)。図5で示すようにXが小さくなると、つまり熱間加工を模擬した加熱後の冷却が遅いと衝撃値は低くなる。それに対応し、図4中の状態(a)、即ち熱間加工後の冷却が終了した状態における「粗大なネットワーク状に分布する炭化物」もXが小さいほど顕著であった。
【0042】
上記一連の検証によれば、1030℃焼入れの冷却速度が大きくマルテンサイトになっても、熱間加工後の600℃までの冷却速度Xが小さかった場合、高い衝撃値を得られない成分系の鋼材がある。この現象は従来は知られていなかった知見である。
本発明の鋼材は、発見した上記の現象を端緒として開発されたものであり、熱間加工後の冷却が遅い場合でも粗大なネットワーク状に分布する炭化物の析出が抑制されるように各種合金元素の含有量が規定されている。
【0043】
(化学成分等の限定理由)
本発明の鋼材における化学成分等の限定理由を以下に詳述する。尚、以降の説明では、特にことわりがない限り「%」は「質量%」を意味するものとする。
【0044】
0.310≦C≦0.410
C<0.310の不具合は以下の通りである。1000~1050℃の焼入れ加熱時に、オーステナイト結晶粒の成長を抑制する直径0.6μm未満の微細な粒子(炭化物や炭窒化物)、いわゆる「ピン止め粒子」の量が不足するため結晶粒が粗大化し、衝撃値や破壊靭性値や延性などの鋼材特性が劣化する。ピン止め粒子の量が不足する傾向は、Si量とV量とN量が少ないと顕在化する。
また、C<0.310では、555℃以上の温度域で2H以上の焼戻しをおこなった際に52HRC以上を得にくい。52HRC以上の高硬度は、非常に高い耐ヒートチェック性を確保したい場合に必要である。また、555℃以上で焼き戻す理由は2つある。1つ目は軟化抑制である.ダイカスト金型の表面は溶湯との接触で555℃程度に達することがある。このような高温に晒された場合の軟化を抑制するため、焼入れた金型を予め555℃以上で焼き戻しておくのである。555℃以上で焼き戻す2つ目の理由は残留オーステナイトの分解である.ダイカスト金型として使用中に残留オーステナイトが分解すると応力が発生して金型寿命を悪化させることがある。このような不具合を避けるため、焼入れた金型を予め555℃以上で焼き戻して残留オーステナイトを分解しておくのである。
【0045】
0.410<Cの不具合は以下の通りである.「溶解-精錬-鋳造-均質化熱処理-熱間加工-(焼ならし-焼戻し)-SA」という鋼材の製造工程において、鋳造の凝固時に粗大な状態で晶出する炭化物や炭窒化物が多くなる。これらの粗大な晶出物を後続する熱処理(均質化熱処理、焼ならし、SA)で固溶させて消失させることは難しい。最終的に、焼入れ焼戻し後まで晶出物は固溶しきらずに残存する(均質化熱処理で固溶して小さくなるが、それでも直径が1μmを超える状態で観察される)。そして、固溶しきらず残存した晶出物が破壊の起点となって衝撃値や疲労強度が低下する。粗大な晶出物に起因する不具合は、Si量とV量とN量が多い場合に顕在化しやすい。
さらに、0.410<Cでは、熱間加工後の冷却速度が小さかった場合に衝撃値の低下する現象(図5参照)が明瞭になる。この傾向は、Si量とV量とN量が多い場合に顕在化しやすい。
好適な範囲は0.315≦C≦0.405で、さらに好ましくは0.325≦C≦0.400である。
【0046】
0.001≦Si≦0.35
Si<0.001の不具合は以下の通りである。Si含有量の低い高価な原材料を用いなければならず、鋼材のコストが高くなる。また、精錬時に酸素の低減が難しくなり、粗大なアルミナやそのクラスターが増える。このようなアルミナが破壊の起点となって衝撃値や疲労強度が低下する。さらに、極低Siでは被削性が著しく低下し、工業的に安定して機械加工をおこなうことが難しい。
0.35<Siの不具合は以下の通りである。C量とV量とN量が多い場合、粗大な晶出物が多くなる。また、熱間加工後の冷却速度が小さかった場合に衝撃値の低下する現象(図5参照)が明瞭になる。さらに、高Siでは熱伝導率の低下によって鋳造時の熱応力が高くなり、耐ヒートチェック性が悪くなる。破壊靱性値が低下することで大割れの危険性も高まる。
好適な範囲は0.005≦Si≦0.33で、さらに好ましくは0.010≦Si≦0.31である。耐ヒートチェック性の良さを重視する場合は、被削性をやや犠牲にしたSi≦0.15が良い。
【0047】
以下では、熱間加工後の冷却速度が小さかった場合の衝撃値の観点から、Si量の規定理由を述べる。図6はSKD61のSi量を変化させた全6種類の鋼材の衝撃値である。焼入れ性が問題にならない条件(小さな試験片を大きな冷却速度で焼入れる)での検証になるため、SKD61を基準鋼として用いた。12mm×12mm×55mmの試験片用素材材の熱処理工程と条件は図4に準じ、1250℃加熱後のX=2℃/minの場合である。SKD61からSiを減量してゆくと衝撃値は上昇した。ダイカスト金型に必要な20J/cm2以上になる条件はSi≦0.35である。したがって、上限をSi≦0.35と規定した。なお、ダイカスト金型に理想的に必要とされる25J/cm2以上を満たす条件はSi≦0.15である。
【0048】
0.45≦V≦0.70.
V<0.45の不具合は以下の通りである。焼入れ加熱時のピン止め粒子の量が少なくなる。炭化物や炭窒化物と同じくピン止め粒子として作用するV系の窒化物の量も少なくなる。ピン止め粒子の量が少なくなる傾向は、C量とSi量とN量が少ないと顕在化する。また、V<0.45では焼戻しの2次硬化能が低いため、555℃以上で2H以上の焼戻しをおこなった場合に52HRC以上を得にくい。
0.70<Vの不具合は以下の通りである。粗大な晶出物が増加する。この傾向は、C量とSi量とN量が多い場合に顕在化する。また、熱間加工後の冷却速度が小さかった場合に衝撃値の低下する現象が明瞭になる。さらに、原材料としてのV化合物は高価であるため、0.70<Vでは鋼材のコストが高くなる。好適な範囲は0.46≦V≦0.69で、さらに好ましくは0.47≦V≦0.68である。
【0049】
以下では、熱間加工後の冷却速度が小さかった場合の衝撃値の観点から、V量の規定理由を述べる。図7はSKD61のV量を変化させた全9種類の鋼材の衝撃値である。12mm×12mm×55mmの試験片用棒材の熱処理工程と条件は図4に準じ、1250℃加熱後の冷却速度X=2℃/minの場合である。SKD61からVを減量してゆくと衝撃値は上昇した。ダイカスト金型に必要な20J/cm2以上になる条件はV≦0.70である。したがって、Vの上限を0.70%とした。なお、ダイカスト金型に理想的には必要とされる25J/cm2以上を満たす条件はV≦0.68である。
【0050】
Vを0.7%から更に減量すると衝撃値は上昇してゆくが、Vが0.5%以下になると衝撃値は急減する。これは、ピン止め粒子の減少によって焼入れ時の結晶粒が粗大化したことによる。V=0.45%では、ダイカスト金型に理想的には必要とされる25J/cm2を試験片10本の平均値で達成しているが、ピン止め粒子の量の僅かな差による粒径のバラツキが顕著な領域であり、結晶粒が粗大な場合には20J/cm2程度の衝撃値になる場合もある。そこで、ダイカスト金型に必要な20J/cm2以上を安定して得られる0.45%をVの下限とした。
【0051】
上記の通り、X=2℃/minであってもSi量とV量を適正化すれば、衝撃値を高位安定化できることが分かった.2℃/minは、熱間加工後の厚さ200mm以上の大きなブロック材を割れや過大な熱変形が発生しない条件で速く冷却した場合に得られる冷速に該当する。
【0052】
SiとVの相乗効果をXの影響と併せて図8に示す。12mm×12mm×55mmの試験片用素材の熱処理工程と条件は図4に準じた。すなわち、図8のSKD61のデータは図5と同じである。SKD61(●)のSiを0.11%に低減した水準(△)は10℃/min≦Xの衝撃値が50J/cm2以上と高く、X=2℃/minでも25J/cm2を達成できる。Si減量の効果を改めて確認した。
【0053】
また、SKD61(●)のVを0.57%に低減した水準(○)は、6℃/min<Xでは0.11Si鋼よりも低衝撃値だが、X≦6℃/minでは0.11Si鋼よりも高位であり、X=2℃/minでも30J/cm2以上の高い衝撃値が得られる。V減量の効果を改めて確認したと同時に、低V化の効果はXが小さい場合に顕在化することも明らかになった。
【0054】
さらに、SKD61(●)のSiを0.11%に、Vを0.57%にそれぞれ低減した水準(▲)は、0.11Si鋼と0.57V鋼の長所を兼備した状態となり、Xの小さい領域から大きい領域まで高い衝撃値が得られる。0.11Si-0.57V鋼はX=1℃/minでも39J/cm2であり、この値はSKD61がX=100℃/minであった場合の45J/cm2に匹敵する。
【0055】
図8の衝撃値が得られた試験片の破面を図9に示す。各水準とも10本で評価したうちの、衝撃値が最高の試験片と最低の試験片の2本の様子である。写真の下に記載した衝撃値は試験片10本の平均値である。SKD61のX=1℃/minでは粗大な結晶粒が脱落したような破面を呈している。この粗大な領域が破面単位となったため衝撃値が低い。一方、SKD61でもX=100℃/minでは破面が滑らかで高衝撃値である。SKD61のSiを0.11%にVを0.57%にそれぞれ低減した鋼は、X=1℃/minでもSKD61のX=100℃/minと同様の破面であり、衝撃値も高い。また、0.11Si-0.57V-SKD61はSKD61の100℃/minよりもシェアリップが発達した好ましい破面である。
【0056】
図8および図9の実験は、工程中の組織変化(図4における状態(a)(b)(c))を追跡しながら実施した。図10にSKD61のX=1℃/minの場合を示す。矢印は炭化物を指しており、粗大なネットワーク状に分布していることを示す。炭化物は1250℃加熱後の600℃までの冷却中にオーステナイト結晶粒界に析出したため、その分布は1250℃加熱時のオーステナイト結晶粒のサイズに相当する。そして、この旧オーステナイト結晶粒界の炭化物は後続する熱処理でも消失せず、SA後の状態(b)と焼入れ焼戻し後の状態(c)に残存する。図9においてSKD61のX=1℃/minが粗大な結晶粒の脱落したような破面を呈した理由は、この炭化物の粗大なネットワークが破面単位となったためである。
【0057】
図11にSKD61のX=100℃/minの場合を示す。図10とは異なり、粗大なネットワーク状に分布する炭化物はほとんど認められない。図9においてSKD61のX=100℃/minが微細な破面を呈した理由は、炭化物の粗大なネットワークがないことから、1030℃焼入れ時の微細なオーステナイト結晶粒が破面単位になったためである。したがって、衝撃値も高かった。
SKD61では、1250℃加熱後の600℃までの冷却中にオーステナイト結晶粒界に析出する炭化物を軽減するには、冷却速度Xを大きくしなければならない。一方、SiやVを減量した本発明の鋼ではXが小さくても炭化物の析出が抑制され、図11と同様の組織が得られていた。このため、Xが小さくても高衝撃値が得られた(図8参照)。
【0058】
以上によって、SiとVを低減すれば熱間加工後の冷却速度が小さくても、衝撃値の高位安定化が達成できることを明確化した。Si≦0.35かつV≦0.70であれば、X=2℃/minでも20J/cm2以上の衝撃値(46HRC)を確保できる。
【0059】
なお、熱間加工を模擬した1250℃加熱から600℃まで冷却する過程において、オーステナイト結晶粒界での炭化物の析出が顕在化する温度域は1000℃以下であることが別の実験で判明している。工業的な製造工程に当てはめれば、熱間加工の終了から鋼材断面内で最も冷却の遅い部位(中心部)が1000℃になるまでの冷却速度は炭化物の析出にあまり影響せず、1000℃から600℃への400℃の区間の冷却速度が炭化物の析出(つまり衝撃値)に大きく影響を及ぼす、と言える。
【0060】
以下では、衝撃値を低下させる「粗大なネットワーク状に分布する炭化物」の形態を定量化する。図10および図11の(a)(b)(c)は同一の部位ではなく、各状態において別の部位を観察している。また、状態(c)は焼戻し後であるため、問題となる炭化物がやや分かりにくい。そこで、SA材の「粗大なネットワーク状に分布する炭化物」が焼入れ後に残留する確証を得るため、焼入れの前後で同じ部位を追跡した。結果を図12に示す。図4の状態(b)でSA材を組織観察し、「粗大なネットワーク状に分布する炭化物」の領域にビッカース硬さ測定の圧子を押し込み、追跡する部位を圧痕でマーキングした。左上の光学顕微鏡写真の4隅にある◆が圧痕である。
【0061】
倍率を上げてSA材を見てゆくと(上段の写真を右側へ見てゆくと)、SA時のオーステナイト(図中、旧γと表記)結晶粒の粒界に炭化物が点列状で断続的に連なっている。これが、問題となる「粗大なネットワーク状に分布する炭化物」である。旧γ結晶粒内は、右端のSEM写真のように、平均粒径0.6μm未満の微細な炭化物がフェライトの母相中に分散している。成分やSA条件によるが、炭化物の平均粒径は0.15~0.30μmであることが多い。適正なSA組織は全面がこの状態であり、「粗大なネットワーク状に分布する炭化物」が存在しないか非常に少ない。
【0062】
SA材を1030℃から焼入れ、圧痕が消滅しないように軽度に研磨して再腐食して組織を観察した状態が、図12の下段3枚の写真である。左下の写真における圧痕の位置から、焼入れ前後で同じ部位を観察したことが分かる。図12の下段3枚の写真に示すとおり、SA材の「粗大なネットワーク状に分布する炭化物」が「焼入れ後も形態を大きくは変えず残存している」ことが証明された。
【0063】
図13は別の部位であるが、図12と同様に、SA材の「粗大なネットワーク状に分布する炭化物」が「焼入れ後も形態を大きくは変えず残存している」ことが明らかである。もう1つの特徴は、その粗大な炭化物の断続的に連なった直線状あるいは弧状の領域が300μm以上にわたっていることである。その領域を図中では破線で囲ったが、このような領域同士が形成するネットワーク(すなわち、オーステナイト結晶粒の輪郭)の模式図が図3である。また、このネットワークが単位となり衝撃試験の破面が粗大になる(図9参照)。
【0064】
図14に示す通り「粗大なネットワーク状に分布する炭化物」は個々にも大きく、炭化物Aは1.3μm、炭化物Bは3.0μm、炭化物Cは0.8μm、炭化物Dは0.6μm、である。SA材のフェライトの母相中に分散する微細な炭化物(図13の右端の写真)および焼入れ時のオーステナイトの母相中に分散する微細な炭化物が直径0.6μm未満であることに対し、明らかに大きい。そして、このような0.6μm以上の大きな炭化物が50μm以内の距離で断続的に連なっている。その連なりは直線状あるいは弧状で、300μm以上にわたる。断続的な連なりの中に0.6μm未満の炭化物が含まれることもある。
【0065】
焼入れ時のオーステナイト結晶粒は平均粒径が100μm以下と微細であっても、0.6μm以上の大きな炭化物が50μm以内の距離で断続的に直線状あるいは弧状で300μm以上にわたって連なると、その連なりが破壊においては結晶粒であるかのように作用し、粗い破面と低い衝撃値の原因になるのである。断続的な連なりが短ければ、破面が粗くなり衝撃値が低下するという悪影響も小さい。したがって、かかる炭化物の断続的な連なりは、「最大長さ0.6μm以上の炭化物が50μm以下の間隔で断続的に連なった領域が300μm未満」であることが望ましい。
なお、上述の炭化物の大きさ(長さ)は最大サイズ(最大長さ)を意味する。炭化物のサイズが一番大きく計測される方向で評価した値であり、楕円や棒状で言えば長軸側の値である。炭化物が「く」の字(あるいはV字)型の場合も、単に投影長が最大になる大きさを評価した。また最大長さ0.6μm以上の炭化物における炭化物の間隔とは、最大長さ0.6μm未満の炭化物を考慮しない状態での間隔(図3(B)で示す間隔δ)を意味する。
【0066】
以上の通り、回避すべき粗大な炭化物の形態、粗大な炭化物が析出しにくいSiとVの量、を明確化した。以下では、Cr-Mn-Cu-Niで焼入れ性を検証した内容を述べる。
【0067】
Cr≦6.00
6.00<Crの不具合は以下の通りである。軟化抵抗性が低くなる。軟化抵抗性は分散強化と呼ばれる鋼材の強化機構に対応し、微細な粒子が多く分散するほど軟化抵抗性は高く(硬さの低下が少なく)なる。Ac1変態点未満の高温に晒すと、Cr系の炭化物はMo系やV系の炭化物よりも粗大化しやすいため、高Crであるほど軟化抵抗性は悪くなる。つまり、ダイカスト金型として使用中に溶湯との接触で高温になる金型表面が軟化しやすく、軟化により高温強度が低下するため耐ヒートチェック性も悪くなる。また、6.00<Crでは熱伝導率の低下が大きく、熱応力が高くなることからも耐ヒートチェック性が悪くなる。さらに、低Siの場合に高Cr化すると被削性の低下が著しい。好適な範囲はCr≦5.95で、さらに好ましくはCr≦5.90である。
Crの下限は凡そ5.40%であるが、SA性を支配する「Mn/Cr」および焼入れ性を支配する「Mn+Cr」という2種類のパラメータのMn量に応じてCrの下限は決まる。CrはSA性・焼入れ性・高温強度を高めるため、軟化抵抗性とのバランスをとる必要がある。SA性を高める観点からはCrを5.58%以上含有させることが好ましい。
【0068】
Mn/Cr≦0.155
0.155<Mn/Crの不具合は以下の通りである。SA性が悪化し、Ac3点を超える加熱温度のSAにおいて、冷却速度を10℃/H未満にしなければ100HRB以下に軟化しなくなり、SA工程が長くなるため生産性が低下する。また、結晶粒が粗大な場合には、10℃/H未満でも図1および図2のようなSA不良が発生しやすい。好適な範囲はMn/Cr≦0.153で、さらに好ましくはMn/Cr≦0.151である。
【0069】
以下では、SA性に及ぼすMn/Crの影響を説明する。研究的な小サイズのインゴットを用いて断面の小さい角棒を製造し、その角棒から作製した試験片に対して工業的な製法(金型用素材および金型)を模擬した熱処理工程を与えた。
【0070】
鋼材の主成分は0.37C-0.12Si-0.012P-0.0018S-0.08Cu-0.11Ni-2.36Mo-0.63V-0.023Al-0.020Nであり、MnとCrを系統的に変化させた。これらの鋼材の150kgのインゴットをソーキング後に厚さ80mm、幅85mm、長さ2200mmの角棒に熱間加工した。室温付近まで冷却した角棒に対し、Ac3点+25℃への加熱後に620℃まで15℃/Hで冷却するSAを施した。各鋼種のAc3点は事前に別の実験によって把握している。ここで言うAc3点とは、200℃/Hの速度で加熱した場合の値であり、かつ試験片10本の平均値である。この厚さ40mm、幅65mm、長さ2000mmの角棒から、SA性評価用の12mm×12mm×20mmの試験片を作製した。
【0071】
上記の試験片に対して図15の真空熱処理をおこないSA性を評価した。図15は鋼材の製造工程「溶解-精錬-鋳造-均質化熱処理-熱間加工-(焼ならし-焼戻し)-SA」の中で、熱間加工以降を模擬しており、焼ならし-焼戻しは省略した。
また、熱間加工を模擬した1250℃加熱後の600℃までの冷速は2℃/minとした。これは、厚さ200mm以上の大きなブロック材を割れや過大な熱変形が発生しない条件で速く冷却した場合に該当する。
【0072】
図15の工程を経た試験片の硬さを図16に示す。図中の△は100HRBを超えた硬い水準でSA性が悪く、図1図2のようなSA不良を起こした。SA工程中、620℃まで冷却された時点で残留していた未変態オーステナイトがマルテンサイトやベイナイトに変態したためである。ただし、マルテンサイトやベイナイトの面積率は水準によって異なっていた。●は100HRB以下に軟化した水準でSA性が良い。
図中の破線は●と△の境界に該当するMn/Cr=0.155であり、本発明の請求範囲Mn/Cr≦0.155の根拠である。先述の通り、好適な範囲はMn/Cr≦0.153であるが、この範囲ではAc3点+25℃からの冷却速度を18℃/Hに大きくしても100HRB以下に軟化する。さらに好ましい範囲はMn/Cr≦0.151であるが、この範囲ではAc3点+25℃からの冷却速度を21℃/Hに大きくしても100HRB以下に軟化する。Mn/Crが小さいほど大きな冷却速度で軟化するため、熱処理工程の効率が良くなる。
【0073】
6.25≦Mn+Cr
Mn+Cr<6.25の不具合は以下の通りである。焼入れ性が不足し、大きな金型の特に内部で衝撃値の低下が著しい。好適な範囲は6.27≦Mn+Crで、さらに好ましくは6.30≦Mn+Crである。
以下では、焼入れ性に及ぼすMn+Crの影響を説明する。SA性を評価した場合と同じ製法で製造した厚さ80mm、幅85mm、長さ2200mmの角棒から、12mm×12mm×55mmの素材10本を作製した。鋼材の主成分は0.37C-0.12Si-0.012P-0.0018S-0.08Cu-0.11Ni-2.36Mo-0.63V-0.023Al-0.020Nで、MnとCrを系統的に変化させた。
上記の素材に対して図17図18の真空熱処理をおこない45.5~46.5HRCに調質した。図17は熱処理工程の全体であり、鋼材の製造工程「溶解-精錬-鋳造-均質化熱処理-熱間加工-(焼ならし-焼戻し)-SA」の中で、熱間加工以降を模擬している。焼ならし-焼戻しは省略した。
【0074】
図17ではSAまでが「金型用素材の製造」に該当する。熱間加工を模擬した1250℃加熱後の600℃までの冷速は2℃/minとした。これは、厚さ200mm以上の大きなブロック材を割れや過大な熱変形が発生しない条件で速く冷却した場合に該当する。先述の通り、1000℃までの冷却速度は炭化物の粒界析出に(すなわち、衝撃値に)あまり影響しないことから、温度制御を簡素化するため1250℃から600℃までを2℃/minとした。SA後の制御焼入れと焼戻しは金型の調質に該当する。制御焼入れ工程の詳細が図18であり、大きな金型(慣例的に300kg以上)を焼入れた場合の、金型断面内で冷却が最も遅い部位を模擬している。衝撃値に大きな影響を及ぼす450℃から250℃への冷却速度は1.2℃/minとした。大きなダイカスト金型の450℃から250℃への冷却速度は、金型断面内で冷却が最も遅い部位で1.2~10℃/minである。
【0075】
図17図18の工程を経た素材から試験片を作製して衝撃値を評価した。結果を図19に示す(46HRC)。図中の△は20J/cm2未満の低衝撃値の水準で焼入れ性が悪い。●は20J/cm2以上の高衝撃値の水準で焼入れ性が良い。図中の破線は●と△の境界に該当するMn+Cr=6.25であり、本発明の請求範囲6.25≦Mn+Crの根拠である。先述の通り、好適な範囲は6.27≦Mn+Crであるが、この範囲では46.5~47.5HRCに硬さを上げても20J/cm2以上が得られる。さらに好ましい範囲は6.30≦Mn+Crであるが、この範囲では47.5~48.5HRCに硬さを上げても20J/cm2以上が得られる。つまり、Mn+Crが大きいほど20J/cm2以上を得られる硬さが高くなる。
【0076】
大割れを回避するため、ダイカスト金型には20J/cm2以上の衝撃値が要求される。衝撃値は硬さと反比例するため、高い衝撃値を得るために硬さを下げなければならないことが多い。硬さは耐ヒートチェック性に非常に大きく影響し、硬さが低いと耐ヒートチェック性は悪くなる。つまり、硬さを下げれば耐ヒートチェック性が悪くなり、硬さを上げれば大割れしやすくなる。大割れ回避と耐ヒートチェック性の良さは両立が難しい。
これに対し、Mn+Crの大きい本発明の鋼材は20J/cm2以上を得られる硬さが高いので、大割れしにくさと耐ヒートチェック性の良さを兼備する。図19中、JIS SKD61に相当する位置はMn=0.4かつCr=5.0であり、SKD61の焼入れ性は非常に低いことが明らかである。
【0077】
(CrとMnの範囲)
上記Crの説明で述べた通り、軟化抵抗性の観点からCr≦6.00が必要である。また、図15図19によってSA性と焼入れ性に及ぼすCrとMnの影響も明らかになった。以上の情報から規定されるCrとMnの範囲を図20に示す。3本の実線に囲まれた三角形の領域が本発明の請求範囲である。Cr≦6.00は軟化抵抗によって、Mn/Cr≦0.155はSA性によって、6.25≦Mn+Crは焼入れ性によって、それぞれ規定される。図15図20で示した「CrとMnの適正化」は「本発明の2つ目の特徴」である。「Cr、Mn+Cr、Mn/Cr」というパラメータの導入により、(1)SA性・(3)焼入れ性・(5)軟化抵抗性が高く保たれるMn量とCr量の狭い範囲を見出した。元素の影響が相反する(1)SA性と(3)焼入れ性を両立し、元素の影響が相反する(3)焼入れ性と(5)軟化抵抗性も両立させた。
【0078】
Cu+Ni≦0.84
本発明では、SA性・焼入れ性・軟化抵抗性をCrとMnのバランスで確保する。CuとNiは焼入れ性を高める効果を有するが、焼鈍性を劣化させ、軟化抵抗への影響はあまり大きくなく、むしろ悪影響が目立つ。そこで、CuとNiは焼入れ性や焼鈍性への影響が小さい範囲を上限として規定する。以下に、その内容を説明する。
合金元素が鋼の焼入れ性を高める効果の指標に「焼入れ性特性値」がある。この数字が大きいほど、焼入れ性を高める効果が高い。焼入れ性特性値は合金元素とその添加量ごとに決まっている。成分の異なる鋼の焼入れ性は、合金元素の種類と量に応じた焼入れ性特性値の加算値で評価する。
ここで、Mn0.10%添加の焼入れ性特性値は0.125である.一方、Ni0.42%添加の焼入れ性特性値は0.062、Cu0.42%添加の焼入れ性特性値も0.062である。つまり、CuとNiをそれぞれ0.42%添加(合計0.84%添加)した場合の焼入れ性特性値(加算値)は0.124であり、この値はMn0.10%添加の焼入れ性特性値である0.125とようやく同等である。すなわち、焼入れ性改善に対しては、Cu+Ni≦0.84%は影響が小さい。高温強度の向上に対しても、Cu+Niが0.84%程度では影響が小さい。
一方で、Cu+Niが0.84%程度になると様々な不具合が顕在化する。具体的には、熱間加工時に割れやすくなる、SA性が劣化する、コストが増加する、などである。そこで、Cu+Ni≦0.84%と規定した。焼入れ性を確保するMn+Crが6.25%以上であることからも、Cu+Ni≦0.84%が焼入れ性に大きく影響しないことは明らかである。熱間加工性やSA性やコストの観点から、Cu+Niは好ましくは0.60%以下、さらに好ましくは0.39%以下、である。
【0079】
(P、S、P+5Sについて)
Si≦0.35の鋼材は被削性があまり良くない。そこで、Pの適量添加によって母材をやや脆化させ、Sの適量添加によってMnSをわずかに分散させることで、被削性の改善を図る。最も重要なことは、衝撃値の低下抑制である。
SA性や焼入れ性を評価した場合と同じ製法で製造した厚さ80mm、幅85mm、長さ2200mmの角棒から、12mm×12mm×55mmの素材10本を作製した。鋼材の主成分は0.37C-0.11Si-0.75Mn-0.09Cu-0.09Ni-5.77Cr-2.36Mo-0.63V-0.023Al-0.019Nで、PとSを系統的に変化させた。
上記の棒材に対して図17図18の真空熱処理をおこない45.5~46.5HRCに調質した.その素材から試験片を作製して衝撃値を評価した。結果を図21に示す(46HRC)。図中の△は20J/cm2未満の低衝撃値の水準、●は20J/cm2以上の高衝撃値の水準である。本発明の鋼はX=2.0℃/minかつ大きな金型に相当する小さな焼入れ速度でも高い衝撃値を発揮する成分系であるが、PとSの増加によって20J/cm2以上を満たせなくなる。この理由は、Pの増加によって粒界に偏析するPも増えることから脆化が顕在化し、Sの増加によって分散するMnSも増え亀裂の発生や伝播が容易になるため、である。
図中の破線は●と△の境界に該当し、これを本発明の請求範囲とした。具体的には、0P≦0.030、S≦0.0060、P+5S≦0.040、である。なお、ダイカスト金型に理想的には必要とされる25J/cm2以上を満たす条件は、P≦0.020、S≦0.0040、P+5S≦0.030、である。
【0080】
図22は衝撃試験片の破面状態に及ぼすPとSの影響である。0.018P-0.0021Sの破面は凹凸が目立ち、亀裂が方向を変えながら進展したことを示唆している。このため、衝撃値が高い。一方、0.027P-0.0055Sの破面は平坦で、亀裂の伝播に対する抵抗が少なかったことを示唆している。このため、衝撃値が低い。
【0081】
0.002≦P≦0.030
P<0.002の不具合は以下の通りである。純度の高い原材料を使用しなければならないため鋼材の製造コストが上昇する。
0.030<Pの不具合は図21で示した通りであるが、衝撃値だけでなく破壊靭性値や延性も低下する。また、諸特性の異方性が大きくなる。異方性とは、素材からの試験片の採取方向によって特性が異なる状態を意味する。好適な範囲は0.002≦P≦0.025で、さらに好ましくは0.003≦P≦0.020である。
【0082】
0.0003≦S≦0.0060
S<0.0003の不具合は以下のとおりである。純度の高い原材料を使用しなければならないため鋼材の製造コストが上昇する。
0.0060<Sの不具合は図21で示した通りであるが、衝撃値だけでなく破壊靭性値や延性も低下する。また、諸特性の異方性が大きくなる。好適な範囲は0.0003≦S≦0.0050で、さらに好ましくは0.0004≦S≦0.0040である。
【0083】
P+5S≦0.040
好適な範囲はP+5S≦0.035で、さらに好ましくはP+5S≦0.030である。
【0084】
2.03<Mo<2.40
Mo≦2.03の不具合は以下の通りである。軟化抵抗性と高温強度が不足し、耐ヒートチェック性が悪い。
2.40≦Moの不具合は以下の通りである。被削性が低下する。特に、Si量が少ない場合に被削性の低下が著しい。また、2.40≦Moでは破壊靱性が低下する。この傾向はSi量が多い場合に顕在化する。さらに、原材料としてのMo化合物は高価であるため、Moの過度の増量は鋼材のコストを増大させる。好適な範囲は2.05≦Mo≦2.39で、さらに好ましくは2.07≦Mo≦2.38である。
【0085】
0.001≦Al≦0.050
本発明の鋼材では熱間加工後の冷却速度が小さくても高い衝撃値を得るため、0.70%以下にVを規定している。このため、焼入れ加熱時のピン止め粒子となるV系の炭化物や炭窒化物や窒化物の量がSKD61よりも少ない。そこで、0.001≦Al≦0.050の範囲でAlを含有させ、オーステナイト結晶粒の成長抑制にAlN粒子も併用する。
Al<0.001の不具合は以下の通りである。精錬時に酸素の低減が難しくなり、酸化物が増えて衝撃値が下がる。ピン止め粒子となるAlNの量が不足し、焼入れ加熱時にオーステナイト結晶粒が粗大化して衝撃値や破壊靭性値や延性が低下する。
0.050<Alの不具合は以下の通りである。粗大なアルミナ粒子が増え、衝撃値や疲労強度が下がる。熱伝導率が低下し、耐ヒートチェック性が悪くなる。好適な範囲は0.002≦Al≦0.045で、さらに好ましくは0.003≦Al≦0.040である。なお、被削性改善のためにCaを添加する場合、化合物の形態を適正化するうえでAl量が非常に重要である。
【0086】
0.003≦N≦0.050
焼入れ加熱時のオーステナイト相中にAlN粒子を分散させるため、Al量と併せてN量も規定する。
N<0.003の不具合は以下の通りである。ピン止め粒子となるAlNの量が不足し、焼入れ加熱時にオーステナイト結晶粒が粗大化して衝撃値や破壊靭性値や延性が低下する。また、同じくピン止め粒子であるV系の炭窒化物や窒化物の量も不足する。
0.050<Nの不具合は以下の通りである。通常の精錬で調整可能なN量を超えるため、専用の設備を用いてのNの積極添加が必要となり素材コストが高くなる。また、粗大な晶出物が増加する。この傾向は、C量とSi量とV量が多い場合に顕在化する。さらに、粗大なAlNが過度に多くなり、衝撃値が低下する.好適な範囲は0.004≦N≦0.045で、さらに好ましくは0.005≦N≦0.040である。
【0087】
以上、本発明における鋼材の基本成分について説明したが、本発明では必要に応じて以下の元素を適宜含有させることができる。
【0088】
0.30<W≦2.00、0.30<Co≦1.00
本発明の鋼材は市販の高性能鋼よりもMoとVが低いため、用途によっては強度が不足する。そこで、高強度化のためにWとCoの少なくとも1種を添加することが有効である。いずれの元素も、請求範囲を超えて添加すると素材コストの上昇、偏析の顕在化による機械的性質の劣化や異方性の増大を招く。
【0089】
0.0002<B≦0.0080
Pの含有量が高い場合、粒界に偏析するPが粒界強度を下げ、衝撃値は低くなる。粒界強度を改善するには、Bの添加が有効である。Bは鋼中で単独で(化合物を形成せず)存在しなければ粒界強度を改善する効果を発揮しない。BがBNを形成しては、B添加の意味がないのである。そこで、Nを含有する鋼にBを添加する際には、NをB以外の元素と結合させる必要がある。具体的には、窒化物を形成しやすいTi、Zr、Nbなどの元素とNを結合させる。これらの元素量は不純物レベルでも効果があるが、不足であれば下記の量を添加する。なお、被削性改善のためにBNを分散させたい場合は、Nを窒化物形成元素と積極的に結合させる手段を採る必要はない。
【0090】
0.004<Nb≦0.100、0.004<Ta≦0.100、0.004<Ti≦0.100、0.004<Zr≦0.10
熱間加工後の冷却速度が小さくても高い衝撃値を得るため、本発明の鋼材は0.70%以下にVを規定している.このため、焼入れ加熱時のピン止め粒子となるV系の炭化物や炭窒化物や窒化物の量がSKD61よりも少ない。AlNもピン止め粒子として併用するが、それでも、高温かつ長時間の焼入れ加熱においてはオーステナイト結晶粒が過度に成長しやすい。そこで、炭化物あるいは窒化物あるいは炭窒化物を増量して粒成長を抑制する。具体的には、Nb、Ta、Ti、Zrの少なくとも1種を添加する。いずれの元素も請求範囲を超えて添加すると、炭化物あるいは炭窒化物あるいは窒化物が粗大な状態で鋳造の凝固時に晶出し、それが均質化熱処理やSAや焼入れでも消失せず、衝撃値や疲労強度などを低下させる原因となる。また、素材コストの上昇を招く。
【0091】
0.003<S≦0.250、0.0005<Ca≦0.0500、0.03<Se≦0.50、0.005<Te≦0.100、0.01<Bi≦0.50、0.03<Pb≦0.5
本発明の鋼材はSi量が多くない高Cr系のため、切削条件によっては被削性が十分でない場合がある。被削性の改善には、S、Ca、Se、Te、Bi、Pbの少なくとも1元素を添加することが有効である。請求範囲を超えて添加すると、熱間加工時に割れやすくなる、衝撃値や疲労強度などが低くなる、といった不具合がある。
【0092】
なお、本発明の鋼材において、上記以外の残部はFeおよび不可避的不純物である。
下記に示す成分が下記範囲で不可避的不純物として含まれ得る。
O≦0.005、W≦0.30、Co≦0.30、B≦0.0002、Nb≦0.004、Ta≦0.004、Ti≦0.004、Zr≦0.004、Ca≦0.0005、Se≦0.03、Te≦0.005、Bi≦0.01、Pb≦0.03、Mg≦0.02、などである。鋼材には偏析が不可避的に存在するが、上記の元素量は偏析部のような非常に狭い領域を分析(EPMAなどで)した値ではなく、偏析の濃い部分・偏析の薄い部分・偏析が平均的な部分を含むある体積の鋼材を酸に溶解し化学的な分析手法によって導き出された「その鋼材の平均的な元素量」である。
【0093】
(製造方法)
本発明の鋼材は、溶解-精錬-鋳造-均質化熱処理-熱間加工-焼ならし-焼戻し-球状化焼鈍の各工程を経て製造することができる。
【0094】
溶解・精錬・鋳造では、所定の成分となるように配合された原料を溶解させ、溶湯を鋳型に鋳込んでインゴットを得る。
【0095】
均質化熱処理では、得られたインゴットの成分を均一化させる。均質化熱処理は、通常インゴットを1150~1350℃で10~30時間程度保持することにより行われる。
【0096】
熱間加工では、1150~1350℃で鍛造などの塑性加工を施しインゴットを所定の形状に成形する。所定形状への熱間加工が終了した後は急冷を避けてゆっくり冷却する。ここで厚さ200mm以上、幅300mm以上、長さ2000mm以上の大きな鋼材を冷却する場合、「粗大なネットワーク状に分布する炭化物」を抑制する観点から、鋼材断面内で冷却速度が最も小さい部位における1000℃から600℃への冷却速度を2℃/min以上とすることが望ましい。
なお鋼材を冷却する際の方法としては、空気や不活性ガスを強制的に鋼材に当てることによる冷却、230℃以下の液体に鋼材を浸漬することによる冷却、300℃~600℃の恒温槽中へ鋼材を装入することによる冷却、の何れかを用いることができる。またこれらの冷却方法を複合的に用いることも可能である。
【0097】
球状化焼鈍は、鋼材の硬さがビッカース硬さで260Hv以下なるように行うのが望ましい。球状化焼鈍は、先述のように、鋼材を炉内でAc3点に対するマイナス10℃~プラス50℃の温度域に加熱して得た「オーステナイト相の中に炭化物が分散し、フェライト相が非常に少ないまたは皆無である組織」に対して、前述の徐冷法等を適用することにより行われる。
なお、熱間加工との球状化焼鈍と間に、結晶粒の微細化や素材の軟化等を目的とする焼ならしや焼戻しを適宜実施することも可能である。
【0098】
そして本発明では、上記鋼材を用い、「荒加工(大まかな金型形状への機械加工)-焼入れ-焼戻し-仕上げの機械加工-表面改質」の順に行われるHT工程を経て金型を製造することができる。
【0099】
荒加工は、軟化させた素材(鋼材)を所定の形状になるよう機械加工することにより行われる。
焼入れ・焼戻しは、荒加工された素材を所望の硬さにするために行う。焼入れ条件および焼戻し条件は、それぞれ、成分及び要求特性に応じて最適な条件を選択するのが望ましい。焼入れは、通常、1000~1050℃で0.5~5時間保持した後、急冷することにより行われる。焼戻しは、通常580~630℃で1~10時間保持することによって行われる。焼戻しは所定の硬さを得るために複数回実施することが可能である。
【0100】
仕上げの機械加工後の表面改質には2種類ある。1つ目は、窒化やPVDなどによって、鋼材とは成分の異なる層や膜を形成させる処理である。2つ目は,ショットピーニングやスパークデポなどによって、残留応力を導入したり表面粗さを変えたり表面に凹凸をつける処理である。表面改質は省略することもある。
【実施例0101】
次に本発明の実施例を以下に説明する。ここでは、工業的な大きなサイズ(1000kg以上)のインゴットではなく、試験サイズの小さなインゴットを用い鋼材特性を検証する。鋼材特性の検証においては、工業的な工程を模擬することによって、実用に供された場合の性能を正確に判断する。
対象は下記表1に示した実施例および比較例の計29鋼種である。いずれも、分類としては5.0~6.5Crの熱間ダイス鋼である。
【0102】
これらの鋼種をそれぞれ150kgのインゴットに鋳込み、1240℃における24Hrの均質化熱処理後に熱間加工によって厚さ80mm、幅85mm、長さ2200mmの角棒を製造した。室温付近まで冷却した角棒に対し、Ac3点+25℃への加熱後に620℃まで15℃/Hで冷却するSAを施した。さらに、成分によっては図1のようなSA不良を起こすことが予想されたため、Ac1点未満の680℃で8H保持する焼鈍をSA後に加え、試験片の機械加工が可能な硬さに軟化させた。
上記の角棒を用い「熱間加工を模擬した加熱後の冷却速度が小さい場合にも高衝撃値である」ことを確認した後に、同じく上記の角棒を用いて(1)SA性、(2)被削性、(3)焼入れ性(焼入れ速度が小さい場合の衝撃値)、(4)耐ヒートチェック性、(5)軟化抵抗性、を調査した。
【0103】
【表1】
【0104】
<熱間加工を模擬した加熱後の冷却速度が小さい場合の衝撃値の調査>
上記の焼鈍された厚さ80mm、幅85mm、長さ2200mmの角棒から12mm×12mm×55mmの素材10本を作製し、図23で示した工程で45.5~46.5HRCに調質した後、この棒材から試験片を作製して衝撃値を評価した。試験片形状や評価方法はこれまでに述べてきた内容と同じである。SA以前の工程は金型用ブロック材の製造を想定し、焼入れ以降はブロック材から製作した金型の調質を想定している。図23図4と思想の同じ実験であるが、2点の違いがある。
1点目の違いは、1250℃から1000℃への冷却速度である。先述の通り、1000℃を超える温度域の冷却速度は衝撃値に大きくは影響しないため、図23では1250℃から1000℃までを2℃/minで冷却し、以降の600℃までの冷却速度Xを制御した。
2点目の違いは、SA前の焼ならしを省略したことである。
【0105】
冷却速度Xは、1℃/min、2℃/min、30℃/minの3水準とした。Xは工業的な熱間加工後に冷却されるブロック材の中心部を想定している。厚さ200mm以上の大きなブロック材が割れを避けるためにゆっくり冷却された場合はX≦1.5℃/min、厚さ200mm以上の大きなブロック材が割れを避けながら早く冷却された場合が2℃/min≦X、小さなブロック材が水冷など冷却強度の非常に強い方法で冷却された場合が30℃/min≦X、である。大きなブロック材を想定した今回の検証では、小さなブロック材のX=30℃/minに近い高衝撃値をX=2℃/minでも得ることが必達であり、併せて、一般的なX=1℃/minでの衝撃値も確認する。
【0106】
結果を表2に示す.判定は、30J/cm2≦衝撃値が「S」、25J/cm2≦衝撃値<30J/cm2が「A」、20J/cm2≦衝撃値<25J/cm2が「B」、衝撃値<20J/cm2が「C」、である。C判定は、ダイカスト金型に必要な20J/cm2を満たさない非常に悪い水準である。AとSは、ダイカスト金型に理想的には必要とされる25J/cm2以上を満たす水準である。
X≦2℃/minにおいてSとAの判定であれば、後述の焼入れ性を議論することに意味のある鋼材、と判断できる。今回の検証は、焼入れ性が問題にならない条件(小さな試験片を大きな冷却速度で焼入れる)である.具体的には、図23における1030℃焼入れの「急冷」とは、衝撃値に大きな影響を及ぼす450℃から250℃への冷却速度が30℃/minと大きい(冷却されにくい大きなダイカスト金型だと1.2~10℃/min)ことを意味する。したがって、急冷の検証で高い衝撃値を得られなければ、いくらMn+Crの値が大きくても、大きなブロック材から製造された大きな金型(焼入れ速度が小さい)の衝撃値は高くならず、焼入れ性を議論する意味がないからである。
【0107】
【表2】
【0108】
表2で示すように、実施例はいずれのXにおいてもSあるいはAであり、低Siかつ低Vによる効果が狙い通りに得られていた。実施例09がX=1℃/minでA判定になった理由は、CとSiが多いためにX=1℃/minの緩冷で粒界に析出する炭化物が他の実施例よりも多いためである。ただし、X=2℃/minではS判定となることから、工業的な工程に当てはめて考えれば、熱間加工後のブロック材の割れを避けながら2℃/min以上で冷却すれば、衝撃値を高位安定化できる、と言える。
【0109】
実施例19がA判定の理由は、被削性を向上させるためのCa添加によって介在物の形態が変化したためである。それでもXによらず安定してA判定である。他の実施例は、X=1℃/minでも高い衝撃値を示す。工業的な工程に当てはめて考えれば、熱間加工後のブロック材に割れ回避の緩冷を適用しても高い衝撃値が得られる、と言える。すなわち、冷却強度の高い冷却方法の適用によって、割れや過大な熱変形の発生するリスクを負うことなく、従来のゆっくりした冷却でも高い衝撃値が得られる。また、同じS判定でもXの大きい方が衝撃値も高かった。したがって、熱間加工後のブロック材の割れを避けながら2℃/min以上で冷却する方法を確立すれば、低Siかつ低Vによる衝撃値の高位安定化の効果を更に高めることができる。
【0110】
比較例については、比較例05と比較例08も実施例と同様にSあるいはAである。これらの鋼種も低Siかつ低Vであるためである。比較例08はCとVが多いためにX=1℃/minの緩冷で粒界に析出する炭化物が他の実施例よりも多いためである。一方で、低Siかつ低Vでも、Al量が多い比較例09は衝撃値が低い。この理由は、酸素の含有量も高かったことから粗大なアルミナとそのクラスターが増え、亀裂の発生や伝播が加速されたためである。他の比較例は、SiかVのいずれかが多いため、特にX=1℃/minでの衝撃値が低い。比較07はMoが過度に多いため衝撃値が低めである。X=2℃/minの判定がBやCの鋼もあり、熱間加工後のブロック材の割れを避けながら2℃/min以上で冷却する方法を確立できたとしても、高い衝撃値は得られないことが分かる。工業的な工程に当てはめて考えれば、比較例05と比較例08以外の比較例は、小さなブロック材では高衝撃値を得られるが、大きなブロック材では高衝撃値を得られない、と言える。
【0111】
尚、衝撃値を調査した試験片については、衝撃試験後に研磨及び腐食を行い、光学顕微鏡や電子顕微鏡やEPMAなどで観察あるいは分析し、オーステナイト結晶粒界に析出する炭化物についての調査を併せて行った。
図27(A)~(C)に観察された炭化物(炭窒化物も含む)を示している。図27(A)は、「比較例01のX=1℃/min」で衝撃値が13J/cm2であった試験片である。同図において左の図は分析視野の状態、右の図はC濃度に応じて濃淡(実際はカラーである)を付けた状態を示している。図27(A)は本発明が回避を目指す悪い組織で、0.6μm以上の大きな炭化物が連なっているのが認められる。
図27(B)は、「比較例01のX=2℃/min」で衝撃値が17J/cm2であった試験片である。比較例01はSiとVが多い鋼種であるため、冷却速度Xを大きくしても、0.6μm以上の炭化物の連なりは解消されていない。
一方、図27(C)は、「実施例01のX=2℃/min」で衝撃値が45J/cm2であった試験片である。炭化物の連なりは不明瞭ながら認められるが、炭化物のサイズは0.6μm未満である。
調査の結果、表2の衝撃値についての判定結果が「S」または「A」であった試験片においては、最大長さが0.3μmを超える炭化物について観察したとき50μm以下の間隔で断続的に連なる炭化物の最大長さが0.3μmを超え且つ0.6μm未満であるか、若しくは、最大長さ0.6μm以上の炭化物が50μm以下の間隔で断続的に連なった領域が300μm未満であった。一方、判定結果が「S」または「A」以外の試験片については、300μm以上の長さにわたって前記炭化物が断続的に連なった領域が認められた。
【0112】
以上より、熱間加工を模擬した1250℃加熱後の冷却速度が2℃/min以下でも、実施例は高い衝撃値を有することが判明した。そこで以下では、(1)SA性、(2)被削性、(3)焼入れ性(焼入れ速度が小さい場合の衝撃値)、(4)耐ヒートチェック性、(5)軟化抵抗性、を評価する。
【0113】
<SA性の評価>
上記の焼鈍された厚さ80mm、幅85mm、長さ2200mmの角棒から作製した12mm×12mm×20mmの試験片に対し、図24の真空熱処理をおこなってSA性を評価した。図24図15と思想の同じ(Ac3点の事前把握、SA前の焼ならし省略の考え方、など)実験であり、SAの冷却速度として15℃/Hと30℃/Hの2水準を設定した。工業的には、工程時間を短くするためにSAの冷却速度は大きくしたい。そこで、SAの冷却速度の影響も検証することにした。
【0114】
SA後の試験片の切断面を先ず目視で観察し、次に試験片を研磨して硬さを測定した。更に腐食して顕微鏡で組織を観察し、組織と硬さの観点からSA性を評価した。
結果を表3に示す。判定は、試験片の全面に図1のような硬い部分がなくHRB硬さは100以下の軟らかい状態が「S」である。「C」判定は、図1のような硬い部分(ベイナイトやマルテンサイト)が存在し、ベイナイトやマルテンサイトを含む領域に硬さ測定の打痕が当たることによって、HRB硬さが100を超える測定点が発生する場合である。C判定は図1のようなSA不良であり、工業的にはこれを絶対に避けなければならない。SA後は適正な組織か不良な組織か、のいずれかなので判定もSかCかの2択になる。
【0115】
【表3】
【0116】
いずれの冷却速度においても実施例はMn/Cr≦0.155かつCu+Ni≦0.84であることからS判定となった。実施例は優れたSA性を有することが確認できた。Mn/Crの小さな鋼では、工程時間を短くするためにSAの冷却速度を30℃/Hを超えて更に大きくしても100HRB以下に軟化することが期待できる。
比較例については、実施例と同様に冷却速度によらずS判定なのは、比較例01と比較例02と比較例04と比較例06と比較例08である。これらの鋼種はMn/Cr≦0.125である。比較例03はMn/Crが0.129と小さいもののCu+Niが1.12と大きいため、いずれの冷却速度でもC判定である。一方、Ni+Cu=0.74の比較例07、Mn/Cr=0.154の比較例09、の2鋼種は、一般的な冷却速度である15℃/HではS判定だが30℃/HではC判定であり、工程時間を短くするためにSAの冷却速度を大きくする、というニーズには応えられないことが分かる。ただし、一般的な15℃/Hである限り図1のようなSA不良を起こすことはない。
【0117】
上記の結果を工業的なSA工程に当てはめると、以下の通りである。1000kg以上の大きなインゴットから製造された大きなブロック材を炉内でAc3点を超える適正な温度に加熱して保持し、そこから30℃/H以下の速度で冷却して620℃になった時点でブロック材を炉から取り出す、という条件に該当する。このような実生産を模擬したSA工程において、実施例は100HRB以下に軟化した。したがって、大きな金型用ブロック材の実生産においても実施例の鋼はSA性が良い、と判断される。
【0118】
<被削性の評価>
上記の焼鈍された厚さ80mm、幅85mm、長さ2200mmの角棒から50mm×55mm×200mmの素材を作製した。この素材のエンドミル被削性を、切削速度400m/minで切削距離30mに達した時点での切削工具の摩耗量で判定した。結果を表4に示す。
判定は、摩耗量≦0.15mmが「S」、0.15mm<摩耗量≦0.30mmが「A」、0.30mm<摩耗量≦0.50mmが「B」、0.50mm<摩耗量が「C」、である。C判定は、摩耗量が大きいと同時に切削工具の欠けが発生している場合も多く、ダイカスト金型の機械加工に必要な被削性を満たさない非常に悪い水準である。B判定も良くはないが、実用に耐える被削性は有し、ダイカスト金型の機械加工は工業的に可能である(ただし、加工効率は下げる必要がある)。AとSの判定は被削性が良い状態で、特にS判定では機械加工でトラブル問題を起こしにくい非常に好ましい状態である。
【0119】
【表4】
【0120】
実施例は実施例19と実施例20の他はB判定である。0.004Siの実施例08はC判定になる恐れもあったが、P+5S=0.031とすることでB判定の被削性を確保した。Si量を0.01まで増加した実施例05は、P+5Sは実施例08より低い0.023だがB判定である.快削元素を添加した実施例19と実施例20はA判定である。実施例は低Si系のため被削性は決して良くないが、実用に耐える被削性を有することが確認できた。
比較例は0.01SiかつP+5S=0.002の比較例05がC判定である。SiとP+5Sが共に低いため被削性が悪い。Siが0.4~0.5程度の比較例02と比較例03と比較例07はA判定である。さらにSi量の多い比較例01(SKD61)はS判定であり、SKD61の被削性は非常に良いという産業界の評価と一致した.他の比較例はSi量が実施例と同等であるため、判定も実施例と同じBである。
【0121】
上記の結果を工業的なSA工程に当てはめると、以下の通りである。1000kg以上の大きなインゴットから製造された大きなブロック材を焼鈍で軟化させ、それから機械加工でダイカスト金型を荒加工する工程に該当する。このような実生産を模擬した工程において、実施例は実用に耐える被削性を示した。したがって、大きなブロック材からの機械加工による金型の加工においても、実施例の鋼材を加工する切削工具の摩耗が著しく加速されることはなく、実施例鋼の機械加工は工業的に成立する、と判断される。
【0122】
<焼入れ性(焼入れ速度が小さい場合の衝撃値)の評価>
上記の焼鈍された厚さ80mm、幅85mm、長さ2200mmの角棒から12mm×12mm×55mmの素材10本を作製し、図25図26の真空熱処理をおこない45.5~46.5HRCに調質した。SA以前の工程は金型用ブロック材の製造を想定し、焼入れ以降はブロック材から製作した金型の調質を想定している。1250℃加熱後の600℃までの冷速2℃/minは、厚さ200mm以上の大きなブロック材を割れや過大な熱変形が発生しない条件で速く冷却した場合に該当する。
図25および図26図17および図18と思想(1250℃から1000℃への冷却速度が炭化物の粒界析出に及ぼす影響、SA前の焼ならし省略の考え方、など)の同じ実験であるが1点の違いがある。それは、図26(b)に示した通り急冷材も評価することである。急冷とは、衝撃値に大きな影響を及ぼす450℃から250℃への冷却速度が30℃/minと大きく理想的であることを意味する。450℃から250℃への冷却速度は、冷却されにくい大きなダイカスト金型だと1.2~10℃/minであり、これを最悪条件として模擬したのが図26(a)である。
【0123】
図25図26の工程で45.5~46.5HRCに調質された素材から試験片を作製して衝撃値を評価した。結果を表5に示す.判定は、30J/cm2≦衝撃値が「S」、25J/cm2≦衝撃値<30J/cm2が「A」、20J/cm2≦衝撃値<25J/cm2が「B」、衝撃値<20J/cm2が「C」、である。C判定は、ダイカスト金型に必要な20J/cm2を満たさない非常に悪い水準である。AとSは、ダイカスト金型に理想的には必要とされる25J/cm2以上を満たす水準である。緩冷材が急冷材と同等の高い衝撃値であれば、その鋼は焼入れ性が高いと言える。
【0124】
【表5】
【0125】
いずれの実施例も、緩冷材(1.2℃/min)が急冷材(30℃/min)と同じSあるいはAの判定で焼入れ性の高いことが分かる。A判定は実施例09と実施例19の2鋼種のみで、他はS判定である.実施例09はCとSiが高いため、熱間加工を模擬した1250℃加熱後の2℃/minの冷却中における炭化物の粒界析出の量が他の実施例よりは多くなり、衝撃値がやや低下してA判定となった.実施例19はSiとVが少なく、かつMn+Crが6.40と多いものの、被削性を向上させるためのCa添加によって介在物の形態が変化し、それが衝撃値に悪影響を及ぼしA判定となった。
【0126】
比較例のうち、実施例と同様にSあるいはAの判定となったのは比較例05と比較例08である.これらはSiとVの量が実施例と同等に低いことから、熱間加工を模擬した1250℃加熱後の2℃/minの冷却中における炭化物の粒界析出の量が少なく、Mn+Crが6.60以上と大きいためである。一方、SiとVの量が比較例08と同等の比較例09は、Alが多いために粗大なアルミナやそのクラスターも多くなり、亀裂の発生や伝播を加速するために衝撃値が低い。SiとVを少なくし、Mn+Crを大きくしても、他の元素の種類と量が適正でないと緩冷材の衝撃値を高くできないことが分かる。SKD61である比較例01は、SiとVが多いだけでなくMn+Crも小さいため、炭化物の粒界析出と焼入れ性の2つの問題から非常に衝撃値が低い。この結果は図5とも一致する。上記の試験工程を工業的な工程に当てはめると、以下の通りである。1000kg以上の大きなインゴットから熱間加工で製造された大きなブロック材を冷却する際に、ブロック材中心部の1000℃から600℃への冷却速度を2℃/min以上とし、このブロック材を焼鈍で軟化させ、それから機械加工で大きなダイカスト金型を作製し、焼入れにおいては450℃から250℃への冷却速度を1.2℃/min以上とし、焼戻しで46HRCに調質した場合に該当する。このような実生産を模擬した工程において、実施例は25J/cm2以上の高い衝撃値を示した。したがって、実施例の鋼材からなる実際の大きなダイカスト金型においても高い衝撃値が得られる、と判断される。
【0127】
<耐ヒートチェック性の評価>
上記の焼鈍された厚さ80mm、幅85mm、長さ2200mmの角棒から直径73mm×51mmの素材2個を作製し、図25図26の真空熱処理をおこない45.5~46.5HRCに調質した.この素材から直径72mm×50mmの試験片(片側の端面はC5の面取り)を作製して耐ヒートチェック性を評価した。面取り側の端面を高周波で575~585℃に加熱後、噴射水で40~100℃に冷却し、放冷中の復熱で120~180℃になった時点で再び高周波加熱に移る、という熱サイクルを25000回繰り返した。到達温度に幅があるのは、鋼材の熱伝導率が異なるためである。この熱サイクル試験では、実際のダイカスト金型でも熱伝導率による到達温度の違いが発生することを模擬している。25000サイクル後は試験片の加熱冷却面を5か所(面の中央部、中央と端の中間点を円周方向に90°間隔で4か所)切り出し、亀裂の深さを評価し、亀裂の最大長で耐ヒートチェック性を判断した。
結果を表6に示す。判定は、亀裂の最大長<1.5mmが「S」、1.5mm≦亀裂の最大長<2.5mmが「A」、2.5mm≦亀裂の最大長<3.5mmが「B」、3.5mm<亀裂の最大長が「C」、である。C判定は、実際のダイカスト金型であれば大割れに至る危険性の高い非常に悪い水準である.
【0128】
【表6】
【0129】
いずれの実施例もSあるいはAの判定で、亀裂が浅く好ましい状態である。制御焼入れの速度が1.2℃/minと小さい場合にも30℃/minの急冷と同じ性能を発揮しており、焼入れ性の高さが耐ヒートチェック性の高さにも寄与していることが分かる。また、Si≦0.15の実施例がS判定であり、耐ヒートチェック性へのSiの影響が大きいことも分かる。
比較例でS判定なのは比較例05と比較例08と比較例09であり、これら3鋼種は実施例と同様に焼入れ性が高く(Mn+Cr≦6.25)、かつSi≦0.15である。焼入れ性の悪い鋼は、制御焼入れの速度が1.2℃/minと小さい場合の耐ヒートチェック性が30℃/minの急冷よりも悪くなる。
【0130】
<軟化抵抗性の評価>
上記の焼鈍された厚さ80mm、幅85mm、長さ2200mmの角棒から12mm×12mm×20mmの素材2個を作製し、図25図26の真空熱処理をおこない45.5~46.5HRCに調質した。この素材を真空中で580℃に加熱し24H保持後に室温まで冷却しての硬さを測定した。この580℃加熱後の硬さ低下が小さいほど、軟化抵抗性が高く好ましい。
結果を表7に示す。判定は、硬さ低下<2.5HRCが「S」、2.5HRC≦硬さ低下<3.2HRCが「A」、3.2HRC≦硬さ低下<4.0HRCが「B」、4.0HRC<硬さ低下が「C」、である。C判定は、実際のダイカスト金型であれば表面の軟化が著しく、耐ヒートチェック性を大きく劣化させる要因となる非常に悪い状態である。
【0131】
【表7】
【0132】
いずれの実施例もSあるいはAの判定で、硬さ低下の少ない好ましい状態である。制御焼入れの速度が1.2℃/minと小さい場合にも30℃/minの急冷と同じ性能を発揮しており、焼入れ性の高さが軟化抵抗性の高位安定化にも寄与していることが分かる。実施例のうちA判定の5鋼種はSiが0.23以上であり、Siが多いとCの排出が加速されて炭化物が粗大化し、硬さの低下しやすいことも分かる。
比較例でS判定なのは比較例04と比較例05と比較例06であり、これら3鋼種はSiが少なくCrが少なくMoが多い。このため、炭化物が粗大化しにくく硬さも低下しにくい。Crの多い比較例08はC判定である。炭化物の粗大化が加速されるため、高Cr鋼は硬さが低下しやすいのである。比較例01と比較例07は制御焼入れが1.2℃/minの方が30℃/minの場合よりも軟化抵抗性が高い。この理由は、焼入れ性が悪いため焼入れ速度が小さい場合はベイナイトになることである。ベイナイトはマルテンサイトよりも軟化抵抗が高い。
【0133】
<特性の総括>
表2~表7の結果を表8にまとめて示す。実施例は5つの重要な特性に「C」がない。一方、比較例には少なくとも1つの「C」がある.このように、実施例は従来の課題を全て解決しており、(1)SA性、(2)被削性、(3)焼入れ性、(4)耐ヒートチェック性、(5)軟化抵抗性、のバランスが非常に良い。また、熱間加工後の冷却速度が小さかった場合にも高い衝撃値を得られることが「焼入れ性の高さを最大限に引き出す下地」となっている。
【0134】
【表8】
【0135】
以上本発明について詳しく説明したが、本発明は実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。上記実施例はダイカスト金型を想定して検証をおこなったが、本発明はダイカストに限らず各種の鋳造に用いられる金型や部品に適用できる。また、鋳造の他にも、素材を加熱して加工する鍛造、ホットスタンプ(鋼板を加熱し成形し焼きを入れる工法)、押出し加工、樹脂(プラスチックやビニール)の射出成形やブロー成形、ゴムや繊維強化プラスチックの成形や加工、などに用いられる金型や部品に適用できる。検証においては46HRCで特性を評価したが、当然ながら、用途に応じて幅広い硬さに調整して金型や部品に適用できる。
【0136】
特性の検証では溶製のブロック材を例として挙げたが、本発明の鋼材は粉末状や棒状や線状にして利用することもできる。本発明の鋼材を粉末にすれば、積層造形(SLM方式やLMD方式など)やPPWといった各種の逐次造形に適用できる。本発明の鋼材を溶製の棒状にして、それから金型や部品を製造することもできる。本発明の鋼材を溶製の棒状や線状にし、それを肉盛る(TIGやレーザー溶接など)逐次造形や補修に適用できる。本発明の鋼材を板状にすれば、その接合によって金型や部品を製造することも可能である。もちろん、本発明の鋼材から成る部材を接合して金型や部品を製造することも可能である。上記の通り、本発明の鋼材の成分は様々な形状に適用できる。また、本発明の鋼材の成分からなる様々な形状の素材から、様々な方法で金型や部品の製造や補修が可能である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23
図24
図25
図26
図27