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特開2022-180377受容体タンパク質を標的とする治療薬、検査薬、受容体タンパク質に結合する抗体、及び分子標的薬のスクリーニング方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022180377
(43)【公開日】2022-12-06
(54)【発明の名称】受容体タンパク質を標的とする治療薬、検査薬、受容体タンパク質に結合する抗体、及び分子標的薬のスクリーニング方法
(51)【国際特許分類】
   A61K 45/00 20060101AFI20221129BHJP
   C12N 15/113 20100101ALI20221129BHJP
   C12N 15/115 20100101ALI20221129BHJP
   C07K 16/28 20060101ALI20221129BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20221129BHJP
   C12Q 1/6876 20180101ALI20221129BHJP
   C12Q 1/686 20180101ALI20221129BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20221129BHJP
   A61K 48/00 20060101ALI20221129BHJP
   A61K 31/7088 20060101ALI20221129BHJP
   A61K 31/7105 20060101ALI20221129BHJP
   A61K 31/711 20060101ALI20221129BHJP
   A61K 39/395 20060101ALI20221129BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20221129BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20221129BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20221129BHJP
【FI】
A61K45/00
C12N15/113 Z ZNA
C12N15/115 Z
C07K16/28
C12Q1/02
C12Q1/6876 Z
C12Q1/686 Z
A61P35/00
A61K48/00
A61K31/7088
A61K31/7105
A61K31/711
A61K39/395 N
G01N33/15 Z
G01N33/50 Z
G01N33/53 D
【審査請求】有
【請求項の数】17
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022134818
(22)【出願日】2022-08-26
(62)【分割の表示】P 2019567188の分割
【原出願日】2019-01-25
(31)【優先権主張番号】P 2018011937
(32)【優先日】2018-01-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】522419805
【氏名又は名称】イムノバイオ エージー
(74)【代理人】
【識別番号】110001139
【氏名又は名称】SK弁理士法人
(74)【代理人】
【識別番号】100130328
【弁理士】
【氏名又は名称】奥野 彰彦
(74)【代理人】
【識別番号】100130672
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 寛之
(72)【発明者】
【氏名】神田 光郎
(57)【要約】      (修正有)
【課題】受容体タンパク質を介した分子標的治療薬を提供する。
【解決手段】NPTXRを標的とする抗体医薬、核酸医薬のような分子標的治療薬によって、腫瘍増殖を抑制することができる。新たな分子標的であることから、既存の治療薬が奏効しなかった症例の治療を行うことも可能となる。
【選択図】図11
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Neuronal pentraxin receptor(NPTXR)の発現を中和、又は抑制する物質を有効成分として含有する分子標的治療薬。
【請求項2】
前記有効成分が、
抗体、又は核酸であることを特徴とする請求項1記載の分子標的治療薬。
【請求項3】
前記有効成分が、
NPTXRのCESGLPRGLQGAGPRRDT(配列番号10)、
又はKERVALSHSSRRQRQEVE(配列番号11)のいずれかを認識するものであることを特徴とする請求項1、又は2記載の分子標的治療薬。
【請求項4】
前記有効成分が抗体であることを特徴とする請求項3に記載の分子標的治療薬。
【請求項5】
前記抗体が受託番号NITE BP-02856で表されるハイブリドーマにより産生されるものである請求項4記載の分子標的治療薬。
【請求項6】
前記有効成分が、NPTXRに対するsiRNA、miRNA、アンチセンスオリゴ、アプタマー、又はデコイであることを特徴とする請求項1、又は2に記載の分子標的治療薬。
【請求項7】
前記分子標的治療薬の対象疾患が、
胃癌、大腸癌、乳癌、肺癌、膵癌、食道癌であることを特徴とする請求項1~6記載の分子標的治療薬。
【請求項8】
NPTXRのCESGLPRGLQGAGPRRDT(配列番号10)、
又はKERVALSHSSRRQRQEVE(配列番号11)を認識する抗体。
【請求項9】
受託番号NITE BP-02856で表されるハイブリドーマにより産生されるモノクローナル抗体。
【請求項10】
受託番号NITE BP-02856で表されるハイブリドーマ。
【請求項11】
配列番号12(GLPRGLQGAGPRRDT)で表されるエピトープを認識する抗体。
【請求項12】
NPTXRを認識する抗体、又はNPTXRのmRNA発現を定量するプライマー、及び測定に必要な試薬を含む検査キット。
【請求項13】
前記NPTXRを認識する抗体が、
CESGLPRGLQGAGPRRDT(配列番号10)、
又はKERVALSHSSRRQRQEVE(配列番号11)のいずれかを認識するものであることを特徴とする請求項12記載の検査キット。
【請求項14】
前記NPTXRを認識する抗体が、
受託番号NITE BP-02856で表されるハイブリドーマにより産生されるものである請求項12記載の検査キット。
【請求項15】
前記NPTXRのmRNA発現を定量するプライマーが配列番号3及び4であることを特徴とする請求項12記載の検査キット。
【請求項16】
被験物質と
NPTXRの細胞表面に表出している領域への結合性を指標とする分子標的薬のスクリーニング方法。
【請求項17】
被験物質存在下で細胞を培養し、
NPTXRの発現を指標とすることにより分子標的薬をスクリーニングする方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、受容体タンパク質を標的とする治療薬、及び検査薬に関する。癌細胞表面で多く発現している受容体、及び当該受容体の下流のシグナルを担うシグナル伝達系を標的とする標的医薬、特に受容体タンパク質に対する抗体医薬、核酸医薬に関する。さらに、上記分子標的薬を投与する際のコンパニオン診断薬、あるいは再発など予後を予測する検査薬に関する。また、受容体タンパク質標的とする医薬のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
胃癌は全世界で罹患数は4位、癌関連死亡数は2位の癌である(2012年統計)。胃癌は日本、中国、韓国などのアジア、南米に多い癌であり、日本の癌患者の統計によれば、胃癌新規罹患数は133,000人(3位)、死亡者数49,400人(3位)(2015年統計)と、罹患率が高く優先的に克服すべき重要な疾患である。
【0003】
我が国では癌検診の普及によって早期発見される例が増えたことから胃癌の死亡率は減少傾向にある。しかしながら、早期胃癌ではほとんど症状がないことから、いまも進行胃癌として発見されることも多く、死亡者数が多い原因となっている。切除不能進行再発胃癌に対する一次治療としては、S-1(テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合剤)とシスプラチンの併用療法が我が国では標準療法として確立している。さらに、HER2陽性症例に対しては、抗HER2抗体であるトラスツズマブが標準治療薬となっている。また、抗VEGFR-2抗体のラムシルマブが二次治療として、さらに免疫チェックポイント阻害剤である抗PD-1抗体のニボルマブが承認されている(非特許文献1、2)。
【0004】
従来の抗癌剤が細胞傷害により癌細胞を死滅させることを狙うのに対し、抗体医薬のような分子標的薬は癌細胞で過剰に発現している分子を標的とすることから作用機序が異なる。その結果、今まで効果が得られなかった患者に対しても効果が得られる可能性が高い。胃癌の分子標的治療薬も、新たな抗体医薬の開発が行われている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2017-511342号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Apicella M., et al., Oncotarget. 2017 ,Vol. 8(34), p. 57654-57669.doi: 10.18632/oncotarget.14825. PMID: 28915702
【非特許文献2】大沼 啓之、北海道外科雑誌、2017年、Vol.62、No.1、p.23-28
【非特許文献3】Bartolini, A., etal., 2015, Cancer Res.Vol.75(20), p.4265-4271
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、現在のところ進行胃癌に対してはHER2、VEGFなど限られた増殖因子を標的とする薬剤しか使用できない。HER2陽性胃癌は、進行、再発胃癌の約20%程度であり、トラスツズマブはHER2陽性胃癌にのみ有効であるにすぎない。また、新たに承認された免疫チェックポイント阻害薬であるニボルマブの奏効率も20%程度にとどまることが治療の限界を生みだしている。また、米国で進行胃癌の治療に承認されているラムシルマブは、予後延長効果がさほど大きいものとはいえない。そのため、まったく別の機序から胃癌の進展を制御し得る阻害薬創製が治療成績改善のために必須である。
【0008】
本発明は、胃癌進展に関与する分子を同定することによって、標的となり得る分子を見出し、標的治療薬を提供することを課題とする。また、標的となる分子が発現している癌細胞であれば、同様の作用機序により効果を奏すると考えられることから、胃癌だけではなく他の癌に対しても効果を有することが期待される。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、以下の分子標的薬、抗体、検査薬、及び分子標的薬のスクリーニング方法に関する。
(1)Cholinergic Receptor Nicotinic Beta 2 Subunit (CHRNB2)の発現を中和、又は抑制する物質を有効成分として含有する分子標的治療薬。
(2)前記有効成分が、抗体、又は核酸であることを特徴とする(1)記載の分子標的治療薬。
(3)前記有効成分が、CHRNB2のWKPEEFDNMKKVRLPSKH(配列番号8)、又はTFLHSDHSAPSSK(配列番号9)のいずれかを認識するものであることを特徴とする(1)、又は(2)記載の分子標的治療薬。
(4)前記有効成分が抗体であることを特徴とする(3)に記載の分子標的治療薬。
(5)前記抗体が受託番号NITE BP-02857で表されるハイブリドーマにより産生されるものである(4)記載の分子標的治療薬。
(6)前記有効成分が、CHRNB2に対するsiRNA、miRNA、アンチセンスオリゴ、アプタマー、又はデコイであることを特徴とする(1)、又は(2)に記載の分子標的治療薬。
(7)前記分子標的治療薬の対象疾患が、胃癌、大腸癌、乳癌、肺癌、膵癌、食道癌であることを特徴とする(1)~(6)記載の分子標的治療薬。
(8)受託番号NITE BP-02857で表されるハイブリドーマにより産生されるモノクローナル抗体。
(9)受託番号NITE BP-02857で表されるハイブリドーマ。
(10)CHRNB2を認識する抗体、又はCHRNB2のmRNA発現を定量するプライマー、及び測定に必要な試薬を含む検査キット。
(11)前記CHRNB2を認識する抗体が、CHRNB2のWKPEEFDNMKKVRLPSKH(配列番号8)、又はTFLHSDHSAPSSK(配列番号9)のいずれかを認識するものであることを特徴とする(10)記載の検査キット。
(12)前記CHRNB2を認識する抗体が、受託番号NITE BP-02857で表されるハイブリドーマにより産生されるものである(10)記載の検査キット。
(13)前記CHRNB2のmRNAを定量するためのプライマーが配列番号1及び2で表されるプライマーであることを特徴とする(10)記載の検査キット。
(14)被験物質とCHRNB2の細胞表面に表出している領域への結合性を指標とする分子標的薬のスクリーニング方法。
(15)被験物質存在下で細胞を培養し、CHRNB2の発現を指標とすることにより分子標的薬をスクリーニングする方法。
(16)Neuronal pentraxin receptor(NPTXR)の発現を中和、又は抑制する物質を有効成分として含有する分子標的治療薬。
(17)前記有効成分が、抗体、又は核酸であることを特徴とする(16)記載の分子標的治療薬。
(18)前記有効成分が、NPTXRのCESGLPRGLQGAGPRRDT(配列番号10)、又はKERVALSHSSRRQRQEVE(配列番号11)のいずれかを認識するものであることを特徴とする(16)、又は(17)記載の分子標的治療薬。
(19)前記有効成分が抗体であることを特徴とする(18)に記載の分子標的治療薬。
(20)前記抗体が受託番号NITE BP-02856で表されるハイブリドーマにより産生されるものである(19)記載の分子標的治療薬。
(21)前記有効成分が、NPTXRに対するsiRNA、miRNA、アンチセンスオリゴ、アプタマー、又はデコイであることを特徴とする(16)、又は(17)に記載の分子標的治療薬。
(22)前記分子標的治療薬の対象疾患が、胃癌、大腸癌、乳癌、肺癌、膵癌、食道癌であることを特徴とする(16)~(21)記載の分子標的治療薬。
(23)NPTXRのCESGLPRGLQGAGPRRDT(配列番号10)、
又はKERVALSHSSRRQRQEVE(配列番号11)を認識する抗体。
(24)受託番号NITE BP-02856で表されるハイブリドーマにより産生されるモノクローナル抗体。
(25)受託番号NITE BP-02856で表されるハイブリドーマ。
(26)配列番号12(GLPRGLQGAGPRRDT)で表されるエピトープを認識する抗体。
(27)NPTXRを認識する抗体、又はNPTXRのmRNA発現を定量するプライマー、及び測定に必要な試薬を含む検査キット。
(28)前記NPTXRを認識する抗体が、CESGLPRGLQGAGPRRDT(配列番号10)、又はKERVALSHSSRRQRQEVE(配列番号11)のいずれかを認識するものであることを特徴とする(27)記載の検査キット。
(29)前記NPTXRを認識する抗体が、受託番号NITE BP-02856で表されるハイブリドーマにより産生されるものである(27)記載の検査キット。
(30)前記NPTXRのmRNA発現を定量するプライマーが配列番号3及び4であることを特徴とする(27)記載の検査キット。
(31)被験物質とNPTXRの細胞表面に表出している領域への結合性を指標とする分子標的薬のスクリーニング方法。
(32)被験物質存在下で細胞を培養し、NPTXRの発現を指標とすることにより分子標的薬をスクリーニングする方法。
(33)(1)~(7)記載の分子標的治療薬を用いることを特徴とする治療方法。
(34)CHRNB2発現が高い腫瘍を対象とすることを特徴とする(33)記載の治療方法。
(35)(10)~(13)記載の検査キットを用いてCHRNB2発現を検査することを特徴とする(34)記載の治療方法。
(36)(16)~(22)記載の分子標的治療薬を用いることを特徴とする治療方法。
(37)NPTXR発現が高い腫瘍を対象とすることを特徴とする(36)記載の治療方法。
(38)(27)~(30)記載の検査キットを用いてNPTXR発現を検査することを特徴とする(37)記載の治療方法。
【発明の効果】
【0010】
現在治療に使用されている抗癌剤とは作用機序の異なる治療薬であることから、今までの治療で奏功が得られなかった患者に対しても効果を有することが期待される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】胃癌細胞株でのCHRNB2、NPTXRのmRNA発現を解析した図。
図2】CHRNB2ノックアウト細胞を用いてCHRNB2の機能解析を行った図。(A)は細胞増殖能を、(B)はアポトーシス比率、(C)は遊走能、(D)は浸潤能、(E)は接着能の解析結果を示す。
図3】NPTXRノックアウト細胞を用いてNPTXRの機能解析を行った図。(A)は細胞増殖能を、(B)はアポトーシス比率、(C)は遊走能、(D)は浸潤能、(E)は接着能の解析結果を示す。
図4】NPTXR発現がアポトーシス経路に与える影響の解析結果を示す図。(A)はミトコンドリアの脱分極を、(B)はカスパーゼ活性の解析結果を示す図。(C)は代表的なカスパーゼファミリー分子の活性の解析結果を示す図。
図5】NPTXR発現の細胞周期に対する影響を解析した図。(A)はセルソーターにより、(B)は顕微鏡観察による解析結果を示す図。
図6】NPTXR発現の癌幹細胞性に対する影響の解析結果を示す図。
図7】NPTXR発現の細胞増殖に対する影響の解析結果を示す図。(A)は癌細胞の増殖に影響を及ぼすPI3K経路の解析結果を示す図。(B)は抗癌剤5-FUへの感受性の解析結果を示す図。
図8】(A)マウス皮下腫瘍モデルにおけるCHRNB2ノックアウト細胞の造腫瘍能の解析結果を示す図。(B)マウス皮下腫瘍モデルにおけるNPTXRノックアウト細胞の造腫瘍能の解析結果を示す図。
図9】抗CHRNB2抗体、抗NPTXR抗体の細胞増殖に対する効果の解析結果を示す図。
図10】マウス腹膜播種モデルにおける抗CHRNB2抗体の効果の解析結果を示す図。
図11】マウス腹膜播種モデルにおける抗NPTXR抗体の効果の解析結果を示す図。
図12】抗CHRNB2モノクローナル抗体の細胞増殖に対する効果の解析結果を示す図。
図13】抗CHRNB2モノクローナル抗体腹膜内投与の腹膜播種治療効果の解析結果を示す図。
図14】抗NPTXRモノクローナル抗体の細胞増殖に対する効果を検討した図。(A)はMKN1細胞を用いた解析結果を示す図。(B)はMIKN1細胞の他、種々の臓器由来の癌細胞株を用いた解析結果を示す図。
図15】抗NPTXRモノクローナル抗体腹膜内投与の腹膜播種治療効果の解析結果を示す図。
図16】(A)はCHRNB2の、(B)はNPTXRのsiRNAの細胞増殖に対する効果の解析結果を示す図。
図17】胃癌患者におけるCHRNB2の発現を解析した図。(A)はステージによるmRNA発現量を、(B)は再発・死亡に対するmRNA発現量のROC曲線解析を、(C)は計算されたカットオフ値と予後の関係を、(D)は胃癌組織中のタンパク質発現の解析結果を示す図。
図18】胃癌患者におけるNPTXRの発現を解析した図。(A)はステージによるmRNA発現量を、(B)は再発・死亡に対するmRNA発現量のROC曲線解析を、(C)は計算されたカットオフ値と予後の関係を、(D)は胃癌組織中のタンパク質発現の解析結果を示す図。
図19】胃癌患者組織におけるNPTXRの各ステージでのmRNA発現量の解析結果を示す図。
図20】各種器官・正常組織における発現分布を解析した結果を示す。(A)はCHRNB2発現を、(B)はNPTXR発現分布を示す図。
図21】大腸における発現解析結果を示す図。(A)はCHRNB2発現を、(B)はNPTXR発現分布を示す。
図22】乳腺における発現解析結果を示す図。(A)はCHRNB2発現を、(B)はNPTXR発現分布を示す。
図23】肺における発現解析結果を示す図。(A)はCHRNB2発現を、(B)はNPTXR発現分布を示す。
図24】膵における発現解析結果を示す図。(A)はCHRNB2発現を、(B)はNPTXR発現分布を示す。
図25】食道における発現解析結果を示す図。(A)はCHRNB2発現を、(B)はNPTXR発現分布を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明者は、胃癌進展に関与する分子を同定するために、胃切除術後の症例を経過に応じて分類し、胃癌原発巣組織から得られたmRNAを対象に次世代シーケンサーを用いた網羅的発現分析を行った。その結果、受容体分子であるCHRNB2、及びNPTXRが、胃癌の進展に関連する分子であることを明らかにした。
【0013】
CHRNB2、及びNPTXRは、公開データベースGeneCardsによれば、いずれも脳など神経系の器官で発現が高い遺伝子である。CHRNB2は胃を含めその他の臓器では発現はあまり高くはなく、各臓器間での差も認められない。また、NPTXRは、神経系以外の臓器でも発現が一様に認められるものの、臓器間で発現に差は認められない。また、これらの遺伝子の機能については、神経芽腫においてNPTX/NPTXRの関与を示唆する結果が得られているものの(非特許文献3)、CHRNB2については胃癌をはじめとする腫瘍との関連や腫瘍での役割は今までに報告がなく明らかではない。また、NPTXRについても、上述のように神経芽腫については報告はあるものの、他の癌種についての報告はなく、上皮性腫瘍での役割についても不明である。
【0014】
本発明者が解析を進めた結果、これら受容体分子と腫瘍進展との関係や、腫瘍での作用が明らかになった。また、これら分子の中和抗体や発現を阻害する核酸には、腫瘍細胞の増殖抑制や抗腫瘍活性が認められた。したがって、CHRNB2、及びNPTXRタンパク質の機能を阻害する、あるいは遺伝子発現を阻害する物質は分子標的治療薬として機能する。
【0015】
以下に示すように、実施例においてはCHRNB2、及びNPTXRの発現を中和、あるいは阻害する物質として、抗体、siRNAを用いている。しかし、これら抗体やsiRNAだけではなく、CHRNB2、及びNPTXRの発現を中和、あるいは阻害する物質であればどのような物質を用いてもよい。
【0016】
また、CHRNB2、及びNPTXRの発現を中和、あるいは阻害する物質に腫瘍細胞の増殖抑制や抗腫瘍活性が認められたことから、CHRNB2やNPTXRを標的とする治療薬をスクリーニングすることも可能となる。
【0017】
具体的には、CHRNB2、又はNPTXRの細胞表面に表出している領域との結合性を評価すれば良い。CHRNB2、又はNPTXRの細胞表面に表出している領域は、タンパク質の立体構造を解析するプログラムによって予測することが可能である。例えば、配列番号8~11で表されるペプチドは細胞表面に表出していると考えられることから、これらペプチドとの結合性を評価することによってスクリーニングをすることができる。
【0018】
また、CHRNB2、又はNPTXRの発現を阻害する物質に効果が認められることから、CHRNB2、又はNPTXRの発現を指標として、分子標的薬をスクリーニングすることもできる。具体的には、候補物質存在下で、CHRNB2、又はNPTXRを発現している細胞を培養し、CHRNB2、又はNPTXRのmRNA、又はタンパク質を定量し、候補物質の効果を検討すれば良い。遺伝子発現、タンパク質発現は公知の方法を用いることができるが、例えば、遺伝子発現はRT-PCRによって、タンパク質発現はELISAなどによって測定することができる。
【0019】
本発明で抗CHRNB2抗体、及び抗NPTXR抗体とは、CHRNB2、又はNPTXRと結合する免疫グロブリン分子をいう。さらに、以下に示すように、本発明者はCHRNB2、及びNPTXRに対するポリクローナル抗体を取得しているだけではなく、モノクローナル抗体もすでに取得している。これらモノクローナル抗体を遺伝子組換え技術を利用してヒト型キメラ抗体、ヒト化CDR移植抗体などとしたヒト化抗体、遺伝子改変マウスを用いたヒト抗体もまた本発明の抗体に含まれる。ヒト化抗体、ヒト抗体は、ヒトに投与した場合、ヒト以外の動物の抗体に比べ副作用が少なく、その治療効果が長時間持続する。また、Fab、Fab´、(Fab´)、Fv断片などの抗体断片、直鎖状抗体、一本鎖Fv(scFv)、二重特異性抗体なども本発明の範囲に含まれる。
【0020】
さらに、抗NPTXRモノクローナル抗体はエピトープ解析も行っている。「エピトープ」とは、抗体によって認識される抗原の一部をいい、本明細書において開示される抗体可変領域を含むドメインが結合する抗原上の部位を意味する。NPTXRのようなポリペプチドを抗原とする場合には、抗体は直線的なアミノ酸配列を認識する場合も、3次元的な立体構造を認識する場合もあるが、エプトープは、アミノ酸配列や抗原の構造によって定義することができる。同一エピトープに結合する抗体については、同様の性質を備えていると考えられることから、抗NPTXRモノクローナル抗体についてはエピトープ配列によって規定することもできる。
【0021】
また、核酸医薬としては、以下の実施例で示すsiRNAだけではなく、CHRNB2、又はNPTXR遺伝子の発現を阻害するものであればよく、siRNAに限らず、miRNA、アンチセンスオリゴのように、mRNA発現を阻害するものを含む。また、アプタマー、デコイなど、抗体のようにCHRNB2、又はNPTXRタンパク質に結合し、その活性を中和する核酸を含む。
【0022】
さらに、CHRNB2、又はNPTXR受容体の下流に位置するシグナル伝達系を阻害することによって、これら受容体からのシグナルを無効にするような薬剤であっても構わない。例えば、以下に示すように、NPTXRの下流のシグナルとして、PI3K/Aktシグナル経路の存在が確認された。したがって、NPTXR高発現の腫瘍の治療に、PI3K/Akt阻害剤を単独で治療に用いたり、NPTXRの発現を中和、あるいは抑制する分子標的治療薬と併用して使用することにより効果が増強する可能性がある。
【0023】
また、CHRNB2やNPTXRの発現を中和、あるいは抑制する分子標的治療薬を投与する場合には、無駄な治療を行わないためにも予めCHRNB2やNPTXR発現を調べておく必要がある。CHRNB2やNPTXRの発現は以下に示すように、PCR、あるいは抗体による免疫組織化学染色によって調べることができる。発現を測定するためPCRに用いるプライマーセット、又は抗体、及び測定に必要な試薬を合わせて検査キットとすることができる。CHRNB2やNPTXRの発現は、予後とも深い相関があることから、これら検査キットを用いて予後予測を行うことも可能である。
【0024】
以下に示すデータは、胃癌の解析から得られたものであるが、CHRNB2やNPTXRを標的とする分子標的治療薬は、胃癌だけではなく、CHRNB2やNPTXRを高発現している種々の癌種、あるいはCHRNB2やNPTXRを過剰発現している疾患に適用することが可能である。
【0025】
TCGA(THE CANCER GENOME ATLAS)の癌ゲノムデータベースによれば、CHRNB2は胃癌と同等以上に、急性骨髄性白血病、乳癌、胆管癌、神経膠芽腫、神経膠腫、肺癌、悪性黒色腫、悪性中皮腫、膵臓癌、子宮癌、子宮肉腫、ブドウ膜黒色腫、腎細胞癌で発現が高い。脳・神経系では正常組織でもCHRNB2の発現が高いことから、神経膠芽腫、神経膠腫でCHRNB2の発現が高いことは、元の組織の発現を反映しているものと考えられる。しかしながら、急性骨髄性白血病、乳癌、胆管癌、肺癌、悪性黒色腫、悪性中皮腫、膵臓癌、子宮癌、子宮肉腫、腎細胞癌は、元の器官でのCHRNB2の発現は胃と同等、あるいはそれ以下である。したがって、これらの癌種におけるCHRNB2の発現の高さは、発癌と相関している可能性が高い。また、以下の実施例において示すように、CHRNB2の発現を中和、あるいは抑制することにより癌細胞の増殖が抑制されることから、CHRNB2を標的とする医薬がこれら癌種においても効果を奏する可能性が高い。
【0026】
また、NPTXRは胃癌と同等以上に、膀胱癌、乳癌、食道癌、神経膠芽腫、神経膠腫、肺癌、悪性黒色腫、卵巣癌、悪性褐色細胞腫、前立腺癌、精巣性胚細胞腫瘍、甲状腺癌、膵臓癌、子宮癌、腎細胞癌で発現が高い。したがって、これら癌腫においても胃癌と同様に、NPTXRを標的とする医薬が効果を奏する可能性が高い。
【0027】
また、以下に示す実施例では、CHRNB2、NPTXRを標的とする抗体、あるいは核酸を単独で用いているが、それぞれ併用して用いることができる。本発明者は、抗CHRNB2抗体、抗NPTXR抗体に、それぞれ2箇所標的となり得る領域を見出した。したがって、CHRNB2、あるいはNPTXRに対するこれら2種類の抗体を同時に使用してもよいし、CHRNB2とNPTXR、2つの分子に対する抗体を併用して用いてもよい。また、すでに承認されている化学療法剤やトラスツズマブ、ラムシルマブ、ニボルマブなどの標的医薬と併用して用いることも可能である。
【0028】
以下にデータを示しながら説明する。
1.CHRNB2、NPTXRの同定
<標的分子となり得る胃癌進展に関与する分子の同定>
これまでに名古屋大学医学部において、ステージIII胃癌で治癒切除術が施行され、術後補助療法としてS-1内服を行った症例を経過に応じて群分けした。胃癌患者は大別すると、長期無再発群と再発転移群に分けることができる。5年以上の長期無再発群は「現行治療で制御し得た胃癌」であり、これをコントロールとし、再発転移群と比較した。また、転移には腹膜播種、肝転移、リンパ節転移という異なる種類の転移があることから、再発転移群を腹膜播種再発群、肝転移再発群、リンパ節再発群に分け、5年以上の長期無再発群と合わせて4群、各4例の胃癌原発巣組織から得られたRNAを対象にトランスクリプトーム解析による発現プロファイリングを行った。
【0029】
手術サンプルは、RNeasy kit(QIAGEN社製)を用いて、RNAを抽出した。抽出したtotalRNAは、TruSeq RNA Sample Prep Kit(illumina社製)を用いて、標準プロトコルに従いシーケンス用ライブラリーの調整を行った。
【0030】
次に、次世代シーケンサーHiseq(illumina社製)を用いて、Paired-Endシーケンシングを行い、トランスクリプトーム解析を行った。読み取り塩基長は100塩基/リード、参考取得リード数は1億リードペア(2億リード)/レーン、参考取得データ量は20Gb/レーンでデータの取得を行った。
【0031】
解析はHiSeq softwareを用いて、指定参照配列へのマッピング処理を行い、FPKM(Fragments per kilobase of exon per million mapped sequence reads)値に基づく遺伝子毎の発現量を算出し、検体間比較テーブルを作成することにより行った。
【0032】
57749分子の発現量をトランスクリプトーム解析により網羅的に解析し、5年以上の長期無再発群と他の3群とを比較して、再発転移群で高発現している分子の検出を行った。いずれの転移形式においても発現が増加していること、阻害薬創製へのロードマップを考慮して抗体医薬でのアプローチを前提とできる受容体分子であることの2点に着目して解析したところ、条件を満たす候補分子としてCHRNB2、及びNPTXRが選出された。
【表1】
【0033】
表1に示すように、CHRNB2、NPTXRは、いずれの再発群でも、コントロールである5年以上の長期無再発群と比較して有意に高発現している。CHRNB2、NPTXRどちらの分子も悪性腫瘍における役割は不明であったが受容体タンパク質であり、既存の胃癌分子標的薬と全く異なる機序の創薬標的となる可能性があるため、さらに検討を行った。
【0034】
<胃癌細胞株でのCHRNB2、NPTXRのmRNA発現量の定量的解析>
14種の胃癌細胞株、及び非腫瘍性腺管上皮細胞株であるFHS74を用いて、定量的PCRによってCHRNB2、NPTXRのmRNA発現量を定量した(図1)。RNAはRNeasy kit(QIAGEN社製)によって抽出、精製し、定量的PCRは、ABI STEPOnePlus Real-Time PCR System(Applied Biosystems社製)を用いて、95℃10分加熱後、95℃10秒、60℃30秒で40サイクルのPCR条件で増幅を行い解析した。なお、各RNAの値を正規化するためにコントロールとしてglyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase(GAPDH)を用いた。用いたPCRプライマーの配列は下記のとおりである。
【0035】
[CHRNB2]
Forward:AGCGAGGACGATGACCAG(配列番号1)
Reverse:GGTGCCAAAGACACAGACAA(配列番号2)
[NPTXR]
Forward:TCATTCTGGAGCTGGAGGAC(配列番号3)
Reverse:GGCAGCTGAGAGGTTCACA(配列番号4)
[コントロールGAPDH]
Forward:GAAGGTGAAGGTCGGAGTC(配列番号5)
Reverse:GAAGATGGTGATGGGATTTC(配列番号6)
Probe:CAAGCTTCCCGTTCTCAGCC(配列番号7)
【0036】
非腫瘍性腺管上皮細胞株であるFHS74では、CHRNB2、NPTXRいずれの分子も発現量は非常に低値であった。これと比較して、CHRNB2は14種の胃癌細胞株中11種(79%)、NPTXRは9種(64%)で発現増加を認めた。すなわち、CHRNB2、NPTXRは、再発・転移群の患者の胃癌組織、及び胃癌細胞株で発現増加が認められることが分かった。
【0037】
2.細胞株を用いたCHRNB2、NPTXRの機能解析
<ノックアウト細胞株を用いた解析結果>
(1)CHRNB2ノックアウト細胞株を用いた機能解析
悪性度の高い胃癌細胞株として知られているMKN1を用い、CRISPR-CAS9法(Gene Art Platinum Cas9 nuclease;Thermo Fisher Scientific社製)によるゲノム編集によってCHRNB2のノックアウト(KO)細胞を作製した。ノックアウト細胞はシングルセルクローニングを経て選択し、ダイレクトシーケンスもしくはWestern blotting法によりノックアウトされていることを確認した。増殖能、アポトーシス比率、遊走能、浸潤能、接着能について、コントロール(未処理のMKN1)細胞と比較した(図2)。
【0038】
細胞の増殖能は以下の方法で解析した。各々1×10個になるよう、96ウェルプレートに播種し、2%ウシ胎児血清を添加したDMEM培地で5日目まで経時的に細胞増殖を測定した。測定は、10μLのCell Counting Kit-8(Dojindo Molecular Technologies社製)を添加して吸光度を測定し、測定開始時の値を1として表示した(図2A)。CHRNB2をノックアウトしたMKN1細胞(KO-CHRNB2細胞)では、細胞増殖率が低下し、播種1日後から細胞数に有意な差が認められた(図中*で示す。以下、有意差が認められたものは同様に表示する。)。また、KO-CHRNB2細胞は、播種5日後でもほとんど増殖が見られなかった。なお、有意差はMann-Whitney検定により解析している。
【0039】
アポトーシス細胞比率は以下のようにして解析した。Annexin V Alexa Fluor 568 conjugate(Thermo Fisher Scientific社製)を用いて、Annexin V染色を行った。1×10個の細胞に対して10μLのAnnexin V試薬を添加し、15分間室温で静置したのちにスライド上に載せ、蛍光顕微鏡(FSX100、Olympus社製)を用いて細胞数とAnnexin V陽性細胞数を計測した。
【0040】
KO-CHRNB2細胞では、アポトーシス比率が有意に増加していた(図2B)。図2Aに示すように、CHRNB2をノックアウトすることによって、細胞増殖能が親株である胃癌細胞MKN1細胞に比べて著しく低下していた。この結果から、KO-CHRNB2細胞の増殖が抑制される機序の一つにアポトーシス誘導があることが明らかとなった。すなわち、CHRNBが過剰発現していることによって、アポトーシスが誘導されにくく、そのために悪性度が高くなっているものと考えられる。
【0041】
細胞の遊走能は、創傷治癒アッセイ(Wound-healing assay)により評価を行った。各細胞は各々2×10個になるように、12ウェルプレートにibidi Culture insert method(ibid社製)を予め定めた幅でwound gapを形成して播種し、無血清培地で培養した。播種24時間後にインサートを除去し、6時間ごとに200μm間隔でwound幅を測定した。測定は、40倍の倍率の顕微鏡を用い、各ウェル10か所を測定して平均及び標準偏差を求めた(図2C)。CHRNB2をノックアウトすることで、遊走能も有意に低下することが明らかとなった。
【0042】
細胞の浸潤能は、コントロール細胞、KO-CHRNB2細胞をマトリゲル浸潤アッセイ(Matrigel invasion assay)により評価した。BioCoat Matrigel invasion Chambers(BD Biosciences社製)を用い、プロトコルにしたがってアッセイを行った。具体的には、各細胞を1ウェルあたり各々2.5×10個になるように播種し、無血清DMEM培地で24時間培養後、膜底面の細胞を固定し、ディフクイック(シスメックス社製)で染色して顕微鏡下で観察し細胞数を数えた。顕微鏡観察は200倍の倍率で行い、ランダムに選択した5つの視野の平均と標準偏差を求めた。CHRNB2をノックアウトすることで浸潤能も有意に低下していた(図2D)。
【0043】
細胞接着能はCytoSelect 48-Well Cell Adhesion Assay(Cell Biolabs社製)を用いて、以下のようにして解析した。接着因子のコーティングしてあるプレート上に、各細胞を1ウェルあたり7.5×10個になるように播種し、無血清DMEM培地で1時間培養後に各吸光度を測定した。5種類の細胞接着因子に対する接着能を解析したところ、KO-CHRNB2細胞では接着能も低下していることが明らかとなった(図2E)。
【0044】
これらの結果から、CHRNB2の発現を失うことでMKN1細胞は、増殖能、アポトーシス比率、遊走能、浸潤能、接着能といった癌進展にかかわる性質が著しく変化していることが明らかとなった。したがって、CHRNB2の作用を阻害することにより、胃癌細胞の癌進展を抑制できる可能性がある。
【0045】
(2)NPTXRノックアウト細胞株を用いた機能解析
次に、NPTXRについても、同様にして、胃癌細胞株MKN1でCRISPR-CAS9法を用いたノックアウト細胞を作製し、増殖能、アポトーシス比率、遊走能、浸潤能、接着能について解析を行った(図3)。
【0046】
図3に示すように、NPTXRをノックアウトした細胞(NPTXR-KO-1、NPTXR-KO-2細胞)では、増殖能、遊走能、浸潤能、接着能は、いずれも有意に親株であるMKN1細胞に対して低下し、アポトーシス比率が有意に増加していた。独立して樹立された2つのノックアウト細胞株を作製して検討を行った結果、いずれの株も増殖能、遊走能、浸潤能、接着能は、有意に親株であるMKN1細胞に対して低下し、アポトーシス比率が有意に増加するという結果が得られた。したがって、CHRNB2同様、NPTXRを失うことによって、胃癌細胞MKN1の癌進展に関わる性質が著しく損なわれることが明らかとなった。
【0047】
上記結果から、NPTXR発現が、アポトーシスに影響を及ぼし、細胞増殖を亢進していることが示唆された。そこで、NPTXRノックアウト細胞株を用いて、アポトーシスに関連する性質について解析を行った。ミトコンドリアはアポトーシスに深く関わっていることが知られている。ミトコンドリアの膜電位の消失がチトクロームcの放出を促し、カスパーゼカスケードが活性化され、アポトーシスが誘導されることが知られている。そこで、NPTXR発現がミトコンドリアを介したアポトーシスに関与するか解析を行った(図4)。
【0048】
まず、ミトコンドリアの膜電位を可視化し、ミトコンドリアの脱分極が生じている生細胞、すなわちアポトーシスが誘導されている細胞を可視化した(図4(A))。NPTXRノックアウト細胞であるNPTXR-KO-1とNPTXR-KO-2、及びコントロールとして親株であるMNK1細胞を各1×10個ずつ、Muse MitoPotential kit(Merck Millipore社製)で染色し、セルソーターで解析を行った。
【0049】
NPTXRをノックアウトした2つの細胞株は、いずれも脱分極が生じた生細胞の割合が、親株であるMNK1細胞に比べて6.5~10倍程度増加していた。ミトコンドリアの脱分極は、アポトーシスがミトコンドリアを介したものであることを示している。これらの結果は、NPTXR発現が、ミトコンドリアを介したアポトーシスを抑制することを示している。
【0050】
次に、NPTXRノックアウト細胞において、アポトーシスを進行させるプロテアーゼであるカスパーゼ活性を解析した。各細胞株各1×10個ずつMuse Multi-Caspase kit(Merck Millipore社製)で染色し、セルソーターにより解析した。いずれのノックアウト細胞株でもカスパーゼ陽性細胞(Caspase+/Dead、及びCaspase+/Live分画)が増加していることが観察された。すなわちNPTXR発現はカスパーゼの活性を阻害しアポトーシスを抑制していると考えられる。
【0051】
次に、カスパーゼファミリーのどのカスパーゼが活性化しているかを、Caspase Colorimetric Assay Kit(BioVision社製)を用いて解析を行った(図4(C))。カスパーゼはアポトーシス誘導の初期に関わるイニシエーター・カスパーゼと、アポトーシスの実行に関わるエフェクター・カスパーゼが存在する。カスパーゼ3はエフェクター・カスパーゼ、カスパーゼ8、9はイニシエーター・カスパーゼである。カスパーゼ12はマウスのみで発見されているカスパーゼで小胞体ストレスによるアポトーシスを誘導するイニシエーターとして作用するのではないかと考えられている。
【0052】
NPTXR発現をノックアウトすることによって、エフェクター・カスパーゼであるカスパーゼ3と、イニシエーター・カスパーゼであるカスパーゼ9が活性化することが認められた。これらの結果から、NPTXR発現により、ミトコンドリア経路のアポトーシスの誘導が抑制され、その結果、カスパーゼの活性化も抑制されることが示された。
【0053】
次に、細胞増殖に関する特徴について解析を行った。まず、NPTXR発現の細胞周期に対する影響の解析を行った。Muse Cell Cycle kit(Merck Millipore社製)を用いセルソーター(図5(A))で解析、あるいはCell Cycle Assay Cell-Clock Kit (Biocolor社製)を用いて顕微鏡下(図5(B))で各周期の細胞数を8視野で数え、解析を行った。いずれの解析においても、NPTXRノックアウト細胞株では、G2/M期での細胞周期休止が起こっており、NPTXR発現が細胞周期にも関与していることが示された。
【0054】
癌細胞は、上記で示したような高い増殖力、アポトーシスに対する抵抗性、浸潤・転移能を備えているという特徴がある。しかし、すべての癌細胞が、同じような性質を備えているわけではなく、癌細胞の一部が幹細胞の性質を備え、癌が発生するという癌幹細胞仮説が提唱されている。幹細胞で発現されているアルデヒド脱水素酵素(Aldehyde Dehydrogenase、ALDH)活性を指標として、幹細胞の比率を解析した。ALDEFLOUR fluorescent reagent system(Stem Cell Technologies社製)によって、ALDH陽性細胞の比率を測定した(図6)。親株であるMKN1細胞、NPTXRノックアウト細胞を夫々1×10細胞ずつ染色し解析を行った。
【0055】
処理前の細胞(Control)と試薬投与後(test)の値を比較すると、NPTXRノックアウト細胞では、親株であるMKN1細胞に比べるとALDH陽性細胞が減少していることが示された。すなわち、NPTXR発現は幹細胞性に対しても影響を及ぼしていることが示された。
【0056】
次に癌細胞の増殖性について解析を行った(図7)。PI3キナーゼ(PI3K)は、細胞内シグナル伝達系であり、Aktを介する生存、増殖、タンパク合成、Racを介する細胞運動など多彩な機能の調節を行い、癌とも深い関係があり、種々の癌で高発現することが知られている。
【0057】
NPTXRノックアウト細胞におけるPI3Kの活性をMuse PI3K Activation Dual Detection Kit(Millipore社製)を用いて測定した(図7(A))。親株であるMKN1細胞ではほとんどの細胞でPI3Kが活性化しているのに対し、NPTXRノックアウト細胞では、PI3K陽性細胞の比率の減少が認められた。NPTXR発現が消失することによって、PI3K活性が抑制されることが示された。
【0058】
さらに、胃癌において一般的に用いられる抗癌剤である5-FUへの感受性に対して、NPTXR発現が影響を及ぼすか解析した(図7(B))。コントロールである親株のMKN1、NPTXR-KO-1、及びNPTXR-KO-2細胞を、5×10細胞ずつウェルに播種し、0、0.01、0.1、1、10、100mg/Lの5-FUに暴露し、72時間後の細胞数をCell Counting Kit-8により測定した。
【0059】
NPTXRノックアウト細胞では、いずれも5-FUへの感受性が増強していた。特に、0.1、及び1mg/Lという低濃度領域で、親株であるMKN1と比較して有意に感受性に差が認められた。
【0060】
この結果は、NPTXR発現を抑制することによって5-FUに対して感受性が高まることを意味しており、NPTXR発現抑制剤と5-FUを併用することによって、より効果が得られる可能性を示唆している。
【0061】
(3)マウス皮下腫瘍モデルを用いた解析
CHRNB2、あるいはNPTXRをノックアウトしたMKN1細胞、未処理のMKN1細胞を9週齢のヌードマウス(BALBcnu/nu、日本SLC社より入手)の両肩皮下に1×10個移植し、腫瘍体積を経時的に測定した。なお、各群3匹のマウスを用い、腫瘍体積は短径×短径×長径/2によって計測し、算出した。
【0062】
マウス皮下腫瘍モデルを作成し造腫瘍能を比較すると、コントロール(未処理のMKN1)では経時的に腫瘍が増大したが、CHRNB2をノックアウトした細胞では、移植後4週目から有意(図8中*で示す。)に腫瘍体積に差が見られ、CHRNB2をノックアウトすることにより造腫瘍能が低下していることが明らかとなった(図8(A))。また、NPTXRをノックアウトした細胞を移植したマウスでは、移植後3週目から有意に腫瘍体積に差が見られ、造腫瘍能が低下していることが明らかとなった(図8(B))。
【0063】
マウス皮下腫瘍モデルで、CHRNB2、あるいはNPTXRをノックアウトした細胞では、有意に腫瘍の増殖が低下していたことは、これらの分子を標的とした医薬が腫瘍に対して抑制効果を有することを示唆している。そこで、これら分子の中和抗体、核酸医薬を作製し、効果の検討を行った。
【0064】
3.CHRNB2、NPTXRの分子標的薬の作製
(1)抗体医薬の作製
[実施例1]
<CHRNB2中和抗体(ポリクローナル抗体)の作製>
CHRNB2の特異的抗体を作用させその活性を抑制することにより、胃癌細胞の活性を阻害できるか検証を行った。エピトープ検索ツール(コスモバイオ社製)を用いて親水性、2次構造、抗原性の推定と最適抗原部位検索を行った。標的配列として以下の2つの配列を選択して、常法に従いウサギを免疫し、CHRNB2(アクセッション番号:NP_000739)に対するポリクローナル抗体を2種作製した。なお、CHRNB2抗体-1は94-111位(標的配列1、配列番号8)、CHRNB2抗体-2は490-502位(標的配列2、配列番号9)のアミノ酸配列を免疫して得られた抗体である。
【0065】
標的配列;
CHRNB2抗体-1:WKPEEFDNMKKVRLPSKH(配列番号8)
CHRNB2抗体-2:TFLHSDHSAPSSK(配列番号9)
【0066】
最初に、これら標的配列に対する抗体が、in vitroで胃癌細胞株MKN1の増殖を阻害するか検討した。MKN1細胞を1×10個になるよう、96ウェルプレートに播種し、各抗体を0.7μg/mL濃度になるように添加し、経時的に細胞増殖をWST-1アッセイにより測定した(図9上)。なお、コントロールとしてプレブリード血清を用いた。胃癌細胞株MKN1に対して2種類のCHRNB2抗体を添加すると、標的配列1、2いずれに対する抗体を用いた場合でも、MKN1細胞は12時間後には有意(*)に細胞増殖抑制を示すことが認められた。
【0067】
[実施例2]
<NPTXR中和抗体(ポリクローナル抗体)の作製>
NPTXRの特異的抗体を作用させその活性を抑制し、胃癌細胞の活性を阻害できるかを検証するため、同様にしてエピトープ検索ツールを用いて親水性、2次構造、抗原性の推定と最適抗原部位検索を行った。標的配列として以下の2つの配列を選択して、常法に従いウサギを免疫し、NPTXR(アクセッション番号:NP_055108)に対するポリクローナル抗体を2種作製した。なお、NPTXR抗体-1は161-178位(標的配列1、配列番号10)、NPTXR抗体-2(標的配列2、配列番号11)は251-268位のアミノ酸配列に対する抗体である。
【0068】
標的配列;
NPTXR抗体-1:CESGLPRGLQGAGPRRDT(配列番号10)
NPTXR抗体-2:KERVALSHSSRRQRQEVE(配列番号11)
【0069】
これら標的配列に対する抗体のin vitroでの細胞増殖阻害活性の解析を同様にして行った(図9下)。胃癌細胞株MKN1に対して2種類のNPTXR抗体を添加すると、標的配列1、2いずれの抗体を用いた場合でも、MKN1細胞は24時間後から有意(*)な細胞増殖抑制を示すことが認められた。
【0070】
[実施例3]
<CHRNB2中和抗体のマウス腹膜播種モデルを用いた効果の検討>
次に、上記2種類の標的を認識するCHRNB2抗体の効果をマウス腹膜播種モデルによって解析した。1×10個のMKN1細胞を8週齢のヌードマウス(BALBcnu/nu、日本SLC社より入手)の腹腔内に移植し治療効果を調べた。なお、各群4匹のマウスを用い、図10に示す投与スケジュールのように、CHRNB2抗体(夫々CHRNB2抗体-1は6.5μg/500μL、CHRNB2抗体-2は8.7μg/500μL)を週2回、6週間腹腔内投与しコントロール群と胃癌腹膜播種形成量を比較した。なお、コントロールは抗体投与を行っていない群である。
【0071】
コントロール群、CHRNB2抗体-1、CHRNB2抗体-2投与群の6週間後の開腹肉眼的所見を示す(図10、写真)。肉眼所見において、腹膜播種が観察された箇所を矢印で示している。CHRNB2抗体投与群では、どちらの抗体を用いた場合でも腹膜播種結節はわずかに認めるのみであり、その治療効果が示された。
【0072】
開腹したマウスから播種結節を回収し、各マウスにおける播種結節の総重量を測定した(図10下)。抗体投与群は、コントロールに対して総腫瘍重量が有意(*)に減少していた。
【0073】
[実施例4]
<NPTXR中和抗体のマウス腹膜播種モデルを用いた効果の検討>
実施例3と同様にして、NPTXRの2箇所の標的を認識するNPTXR抗体の効果をマウス腹膜播種モデルによって解析した(図11)。
【0074】
コントロール群、NPTXR抗体-1、NPTXR抗体-2投与群の6週間後の治療後の開腹肉眼的所見を示す(図11上)。NPTXR抗体投与群では、どちらの抗体を用いた場合でも腹膜播種結節はわずかに認めるのみであり、その治療効果が示された。
【0075】
また、開腹したマウスから播種結節を回収し、各マウスにおける播種結節の総重量を測定した(図11下)。抗体投与群は、コントロールに対して総腫瘍重量が有意(*)に減少していた。
【0076】
実施例1、2に示したin vitroの系でも、実施例3、4に示したin vivoの系でも、CHRNB2、NPTXRを標的とし、その発現を中和することにより、癌細胞の増殖を有意に抑制することができる。したがって、CHRNB2、NPTXRを認識する抗体を医薬として用いれば、再発・転移性の胃癌の治療を行うことができる。
【0077】
また、上述のようにCHRNB2、NPTXRは胃癌だけではなく、多くの癌で発現が増加している。それらの癌についても同様にCHRNB2、NPTXRの中和抗体を用いて治療を行うことができる蓋然性が高い。
【0078】
[実施例5]
<抗CHRNB2モノクローナル抗体の樹立>
配列番号9で表されるペプチドを抗原として、CHRNB2に対するモノクローナル抗体を常法により樹立した。得られたハイブリドーマから3つのクローンを選択し、モノクローナル抗体を得た。実施例1と同様にして、MKN1細胞を1×10個になるよう、96ウェルプレートに播種し、各抗体を0.7μg/mL濃度になるように添加し、経時的に細胞増殖をWST-1アッセイにより測定した(図12)。いずれのクローンから得られた抗体も細胞増殖に対して同様の阻害効果を示した。
【0079】
このうち、クローン3(以下、CH-01という)は、受託番号NITE BP-02857として、2019年1月7日に、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE) 特許微生物寄託センター(NPMD)(日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室)に寄託されている。
【0080】
<CH-01抗体のマウス腹膜播種モデルに対する効果>
抗CHRNB2モノクローナル抗体(クローン3、CH-01)のマウス腹膜播種モデルに対する治療効果を調べた(図13)。2×10個のMKN1細胞を8週齢のヌードマウス(BALBcnu/nu)の腹腔内に移植し治療効果を調べた。抗CHRNB2モノクローナル抗体25μg/500μlを週3回、4週間腹腔内投与し、無治療群と胃癌腹膜播種形成量を比較した(各群n=5)。
【0081】
抗CHRNB2モノクローナル抗体投与群では、肉眼的に明瞭な腹膜播種進行の抑制が観察された(図13上)。さらに、胃癌腹膜播種結節を回収し、重量を比較したところ、抗CHRNB2モノクローナル抗体投与群では、総腫瘍量が顕著に減少していた(図13下)。
【0082】
[実施例6]
<抗NPTXRモノクローナル抗体の樹立>
配列番号10で表されるペプチドを抗原として、NPTXRに対するモノクローナル抗体を樹立した。実施例1と同様にして、MKN1細胞を1×10個になるよう、96ウェルプレートに播種し、各抗体を0.7μg/mL濃度になるように添加し、経時的に細胞増殖をWST-1アッセイにより測定した(図14(A))。いずれのクローンも細胞増殖に対して同様の阻害効果を示した。
【0083】
さらに、種々の臓器由来の癌細胞株に対して、抗NPTXRモノクローナル抗体クローン1の効果を解析した。各癌細胞株に対して、上記と同様にして抗体を添加し、5日目の抗体投与群のコントロールに対する増殖比率を算出した(図14(B))。いずれの細胞株においても、抗体添加によって、細胞の増殖が抑制されることが示された。特に、胃癌から樹立された細胞株であるMKN1、NUGC4に対しては抗体の強い細胞増殖抑制効果が見られた。
【0084】
<抗NPTXRモノクローナル抗体のマウス腹膜播種モデルに対する効果>
抗NPTXRモノクローナル抗体のマウス腹膜播種モデルに対する治療効果を調べた(図15)。2×10個のMKN1細胞を8週齢のヌードマウス(BALBcnu/nu)の腹腔内に移植し、クローン1~3から得られた抗体の治療効果を調べた。抗NPTXRモノクローナル抗体25μg/500μlを週3回、2週間腹腔内投与し、無治療群と胃癌腹膜播種形成量を比較した(各群n=3)。
【0085】
抗NPTXRモノクローナル抗体投与群では、肉眼的に明瞭な腹膜播種進行の抑制が観察された(図15上)。特に、クローン1から得られた抗体を投与した群では、腹膜播種病巣を肉眼的に検出することができなかった。さらに、胃癌腹膜播種結節を回収し、重量を比較した(図15下)。いずれの抗体投与群においても、総腫瘍量は顕著に減少していた。
【0086】
なお、クローン1(以下、NP-01という)は、受託番号NITE BP-02856として、2019年1月7日に、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE) 特許微生物寄託センター(NPMD)(日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室)に寄託されている。
【0087】
<NP-01抗体のエピトープマッピング>
NP-01抗体のエピトープ解析を行った。NPTXRタンパク質の151位から190位の領域において、表2に示すように、15アミノ酸からなるペプチドを1つずつN末からC末にずらしながら合成した。各ペプチドに対する結合を競合酵素結合免疫吸着検査法によって測定し、エピトープを決定した(表3)。その結果、164位から178位のアミノ酸配列、GLPRGLQGAGPRRDT(配列番号12)をエピトープとして強く認識していることが明らかとなった。同一のエピトープを認識する抗体は同じような性質を備えていると考えられることから、配列番号12で表されるペプチドを認識する抗体は、NPTXRに対して結合し、癌細胞の増殖を抑制する効果があるものと考えられる。
【0088】
【表2】

【表3】
(2)核酸医薬の作製
[実施例7]
<CHRNB2に対する核酸医薬の検討>
核酸医薬によってCHRNB2発現を阻害することにより、胃癌細胞の増殖を抑制できるか解析を行った。CHRNB2に対する特異的siRNAを用いて増殖能への影響をin vitroで解析した。CHRNB2のsiRNA(siCHRNB2)、コントロールsiRNA(siControl)はいずれも北海道システムサイエンス社より得た。また、コントロールは無処理の細胞の増殖を示す。
【0089】
LipoTrust(登録商標)EX Oligo(北海道システムサイエンス社製)を用いてMKN1細胞にsiRNAを導入し、72時間無血清DMEM培地で培養後、増殖能の評価を行った(図16(A))。
【0090】
左のグラフはCHRNB2 mRNAの発現量を定量的PCRで解析した結果を、右は細胞増殖をCell Counting Kit-8により解析した結果を示す。CHRNB2に対する特異的siRNAにより、胃癌細胞の増殖能は有意(*)に低下した。
【0091】
[実施例8]
<NPTXRに対する核酸医薬の検討>
次に、NPTXRに対する特異的siRNAを用い、実施例7と同様にして、増殖能への影響をin vitroで解析を行った。MKN1細胞にNPTXRのsiRNAを導入し、72時間無血清DMEM培地で培養後、増殖能の評価を行った(図16(B))。
【0092】
左のグラフはNPTXR mRNAの発現量を定量的PCRで解析した結果を、右は細胞増殖をCell Counting Kit-8により解析した結果を示す。NPTXRに対する特異的siRNAにより、胃癌細胞の増殖能は有意(*)に低下した。
【0093】
上記結果から、CHRNB2、NPTXRいずれの場合もmRNA発現を阻害することによって、細胞増殖を抑制できることが明らかとなった。抗体医薬同様、核酸医薬によって、これら分子の発現抑制を行うことにより、癌の進展を抑制することが可能である。
【0094】
4.ヒト臨床データを用いたCHRNB2、NPTXR発現解析
CHRNB2、NPTXRを分子標的とする医薬を臨床で用いる場合には、CHRNB2、NPTXRの発現を予め確認して、腫瘍組織で発現が増強している患者にのみ治療を行えば無駄な治療を行うことがない。そこで、胃癌組織中のCHRNB2、NPTXRのmRNA発現量を切除検体によって解析した。また、予後とmRNA発現量の相関性をROC曲線解析で評価し、mRNA発現量が予後予測に使用できるか検討した。
【0095】
[実施例9]
<胃癌組織中のCHRNB2発現量の定量的解析>
網羅的解析データの再現性を確認するため、300例の胃癌症例から得られた胃癌組織中のCHRNB2のmRNA発現量を定量的PCR法で調べた。正常胃粘膜、ステージI、IIの胃癌121症例、ステージIII、IVの胃癌179症例から得られた組織中のCHRNB2発現を定量的PCRによって測定した(図17(A))。
【0096】
CHRNB2の発現は、胃癌組織中では正常胃粘膜に比べ発現が高く、さらに、ステージI、IIに対して、ステージIII、IV胃癌で有意に発現が増加していた。これらのデータから、CHRNB2の発現はステージが進行するにしたがって増強しているものと認められる。
【0097】
ROC曲線解析により、再発・死亡に対する胃癌原発巣組織中のCHRNB2 mRNA発現量のカットオフ値を求めた。カットオフ値を0.0013に設定することにより、感度54%、特異度75%、AUC=0.667という結果を得た(図17(B))。この結果を用いて、300例の胃癌症例をCHRNB2高発現群と低発現群に分けて解析すると、CHRNB2高発現群は有意に予後不良であった(図17(C)左)。この結果は、Web公開(http://kmplot.com/analysis/)されている欧米4カ国の統合データで再現された(図17(C)右)。したがって、CHRNB2発現を予後予測に用いることができる。
【0098】
さらに、免疫組織化学染色法によって胃組織中のCHRNB2タンパク質の検出を行った(図17(D))。CHRNB2に対するポリクローナル抗体を用いて、常法によって組織の免疫染色を行った。腫瘍部組織中に明瞭に発現を認める症例と、発現のない症例を判定することが可能である。したがって、免疫組織化学染色によってCHRNB2タンパク質の発現を確認することができる。
【0099】
[実施例10]
<胃癌組織中のNPTXR発現量の定量的解析>
実施例9と同様にして、300例の胃癌症例から得られた胃癌組織中のNPTXRのmRNA発現量を定量的PCR法で調べた(図18(A))。NPTXRの発現は、ステージに関わらず、胃癌組織中では正常胃粘膜に比べ発現が有意に増加していた。
【0100】
さらに、NPTXRについては、上記300症例について詳細にステージ毎に分け、上記と同様にして定量的PCR法で調べた(図19)。NPTXRの発現は、ステージが進行するにしたがって、増加する傾向が認められ、正常組織とステージI、ステージIIとIIIで有意に発現に差があることが認められた。
【0101】
さらに、ROC曲線解析により、再発・死亡に対する胃癌原発巣組織中のNPTXR mRNA発現量のカットオフ値を求めた。カットオフ値を0.0086に設定することにより、感度58%、特異度66%、AUC=0.638という結果を得た(図18(B))。この結果を用いて、300例の胃癌症例をNPTXR高発現群と低発現群に分けて解析すると、NPTXR高発現群は有意に予後不良であった(図18(C)左)。この結果は、Web公開(http://kmplot.com/analysis/)されている欧米4カ国の統合データで再現された(図18(C)右)。したがって、NPTXR発現も予後予測に用いることができる。
【0102】
さらに、免疫組織化学染色法によって胃組織中のNPTXRタンパク質の検出を行った(図18(D))。NPTXRに対するポリクローナル抗体を用いて、常法によって組織の免疫染色を行った。腫瘍部組織中に明瞭に発現を認める症例と、発現のない症例を判定することが可能である。したがって、免疫組織化学染色によってNPTXRタンパク質の発現を確認することができる。
【0103】
CHRNB2抗体、NPTXR抗体は、CHRNB2、NPTXRを標的とした分子標的治療の適応患者の選別を可能とするコンパニオン診断に応用可能であることが示された。また、CHRNB2、NPTXRは、長期無再発群と再発転移群を対比し、発現に差が認められたタンパク質であることから、CHRNB2、NPTXR発現を予後予測マーカーとしても用いることができる。免疫組織化学染色は少量の組織検体からも判定可能であるため、手術検体のみならず内視鏡検査時の生検検体も対象となる。また、免疫組織化学染色は、臨床で通常行われている検査であることから、検体中のこれらタンパク質の発現を抗体によって確認できることは、臨床上非常に意味がある。
【0104】
[実施例11]
<組織マイクロアレイによる発現分布>
(1)各種器官・正常組織における発現分布
CHRNB2、NPTXRに結合する抗体医薬、あるいは発現を阻害する医薬を用いた場合の安全性を検討するデータとして、CHRNB2、NPTXRの各種器官・正常組織における発現分布の解析を行った(図20)。
【0105】
組織マイクロアレイ(Provitro社製)を用い、免疫組織化学染色法によって、CHRNB2、NPTXR発現を解析した。組織染色の結果、解析した組織を、発現なし、低発現、高発現に分類し、その比率をグラフに表している。なお、グラフ上に(n)として解析した組織の数を表している。ヒト正常組織中には、CHRNB2発現、NPTXR発現ともに少なく、目的としない器官に対して有害事象が発現する可能性は低いことが示唆される。
【0106】
2.種々の器官の癌における発現分布
組織マイクロアレイ(Provitro社製)を用い、種々の癌におけるCHRNB2、NPTXRの発現解析を行った。上記と同様にして、組織染色の結果、解析した組織を、発現なし、低発現、高発現に分類し、グラフに表している。大腸におけるCHRNB2、NPTXR発現解析を行った。CHRNB2は大腸癌の約70%、NPTXRは約50%で発現が認められた(図21)。以下の癌種においても同様にして解析を行った。
【0107】
乳癌におけるCHRNB2、NPTXR発現解析を行った(図22)。CHRNB2は乳癌の約40%、NPTXRは約30%で発現が認められた。肺癌におけるCHRNB2、NPTXR発現解析を行った(図23)。CHRNB2、NPTXRともに、肺癌の約50%で発現が認められた。膵癌におけるCHRNB2、NPTXR発現解析を行った(図24)。CHRNB2は膵癌の約40%、NPTXRは約50%で発現が認められた。食道癌におけるCHRNB2、NPTXR発現解析を行った(図25)。CHRNB2、NPTXRともに、食道癌の約50%で発現が認められた。
【0108】
上記組織アレイの結果によれば、CHRNB2、NPTXRの発現は、正常組織での発現は低く、また、胃癌だけではなく、乳癌、肺癌、膵癌、食道癌など種々の癌で発現が認められる。したがって、これらの癌においてもCHRNB2、NPTXR発現を阻害する阻害薬、あるいはCHRNB2、NPTXRに結合する抗体医薬によって、治療を行えることが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0109】
標準的治療に位置づけられているS-1術後補助療法の施行された症例群から、CHRNB2、NPTXR高発現群が見出されているということは、これら2つの分子は既存治療では制御できなかった状況を克服するための鍵となる分子であると言える。CHRNB2、NPTXRの発現を中和、抑制する医薬は、既存の増殖因子受容体中心の分子標的治療薬の標的と全く異なるため、完全に新しい治療薬となる。また、胃癌に限らず、CHRNB2、NPTXR高発現の腫瘍に対して効果を有する医薬となり得る。
図1
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【配列表】
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