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特開2022-180854SiC基板の表面加工装置および表面加工方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022180854
(43)【公開日】2022-12-07
(54)【発明の名称】SiC基板の表面加工装置および表面加工方法
(51)【国際特許分類】
   H01L 21/304 20060101AFI20221130BHJP
【FI】
H01L21/304 621B
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021087582
(22)【出願日】2021-05-25
(71)【出願人】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(74)【代理人】
【識別番号】110001128
【氏名又は名称】弁理士法人ゆうあい特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】青木 一史
(72)【発明者】
【氏名】丸野 尚紀
(72)【発明者】
【氏名】ソルタニ バーマン
(72)【発明者】
【氏名】加藤 裕也
(72)【発明者】
【氏名】高武 恭平
(72)【発明者】
【氏名】向田 慎二
(72)【発明者】
【氏名】富坂 学
(72)【発明者】
【氏名】石原 康生
(72)【発明者】
【氏名】中澤 秀作
(72)【発明者】
【氏名】山口 哲司
【テーマコード(参考)】
5F057
【Fターム(参考)】
5F057AA14
5F057BA12
5F057BB09
5F057CA11
5F057DA04
5F057DA34
5F057EB15
(57)【要約】
【課題】陽極酸化を利用した、SiC基板の表面加工装置および表面加工方法において、従来よりも優れた加工特性を実現可能とする技術を提供すること。
【解決手段】SiC基板(W)の表面加工装置(1)は、表面加工パッド(3)と、電源装置(5)とを備えている。表面加工パッドは、砥石層(32)を有する。砥石層は、SiC基板の被加工面(W1)と対向配置される。電源装置は、砥石層による加工対象である被加工面を陽極酸化するための、周期が0.01秒を超え且つ20秒以下のパルス電流を、電解液(S)の存在下でSiC基板を陽極として通流させる。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
SiC基板(W)の表面加工装置(1)であって、
前記SiC基板の被加工面(W1)と対向配置される砥石層(32)を有する表面加工パッド(3)と、
前記砥石層による加工対象である前記被加工面を陽極酸化するための、周期が0.01秒を超え且つ20秒以下のパルス電流を、電解液(S)の存在下で前記SiC基板を陽極として通流させるように設けられた電源装置(5)と、
を備えた表面加工装置。
【請求項2】
SiC基板(W)の表面加工方法であって、
周期が0.01秒を超え且つ20秒以下のパルス電流を、電解液(S)の存在下で前記SiC基板を陽極として通流させることで、前記SiC基板の被加工面(W1)を陽極酸化し、
砥石層(32)を有する表面加工パッド(3)における前記砥石層を前記被加工面と対向配置させ、陽極酸化により前記被加工面に生成した酸化物を前記砥石層により選択的に除去する、
表面加工方法。
【請求項3】
前記パルス電流は、オフ時間とオン時間とを有し、前記オフ時間は0.01秒以上且つ10秒以下である、
請求項2に記載の表面加工方法。
【請求項4】
前記周期は、0.02~1秒である、
請求項2または3に記載の表面加工方法。
【請求項5】
前記周期は、0.1秒以上である、
請求項2~4のいずれか1つに記載の表面加工方法。
【請求項6】
前記被加工面の陽極酸化と、前記被加工面に生成した酸化物の前記砥石層による選択的な除去とを、同時または順次に行う、
請求項2~5のいずれか1つに記載の表面加工方法。
【請求項7】
前記砥石層は、前記パルス電流の印加により陽極酸化された前記被加工面を、研削または研磨する、
請求項6に記載の表面加工方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、SiC基板の表面加工装置および表面加工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1は、単結晶SiC等の難加工材料を、スクラッチフリー且つダメージフリーな高品位表面を有する目的形状に高能率に創成できる、陽極酸化を援用した研磨方法を提供する。具体的には、特許文献1に開示された研磨方法は、陽極酸化プロセスと研磨プロセスとを含む。陽極酸化プロセスは、電解液の存在下で被加工物を陽極として電圧を印加して所定電流密度の電流を流し、被加工物の表面に酸化膜を形成するプロセスである。研磨プロセスは、モース硬度が被加工物と酸化膜との中間硬度を有する研磨材料を用いて、酸化膜を選択的に研磨除去するプロセスである。そして、特許文献1に開示された研磨方法は、陽極酸化プロセスと研磨プロセスとを同時に進行させて、被加工物の表面を平坦化加工する。なお、特許文献1に開示された技術は、ECMPと称される。ECMPはElectro-Chemical Mechanical Polishingの略である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2017-92497号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
例えば、発明者は、SiC基板を被加工物とする従来のECMPにおいて、電流密度を大きくして加工を高速化しようとしても、陽極酸化における酸化速度が飽和することで、加工速度の向上に限界があるという課題を見出した。
【0005】
本発明は、上記に例示した事情等に鑑みてなされたものである。すなわち、本発明は、例えば、陽極酸化を利用した、SiC基板の表面加工装置および表面加工方法において、従来よりも優れた加工特性を実現可能とする技術を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
請求項1に記載の、SiC基板(W)の表面加工装置(1)は、
前記SiC基板の被加工面(W1)と対向配置される砥石層(32)を有する表面加工パッド(3)と、
前記砥石層による加工対象である前記被加工面を陽極酸化するための、周期が0.01秒を超え且つ20秒以下のパルス電流を、電解液(S)の存在下で前記SiC基板を陽極として通流させるように設けられた電源装置(5)と、
を備えている。
請求項2に記載の、SiC基板(W)の表面加工方法は、
周期が0.01秒を超え且つ20秒以下のパルス電流を、電解液(S)の存在下で前記SiC基板を陽極として通流させることで、前記SiC基板の被加工面(W1)を陽極酸化し、
砥石層(32)を有する表面加工パッド(3)における前記砥石層を前記被加工面と対向配置させ、陽極酸化により前記被加工面に生成した酸化物を前記砥石層により選択的に除去する。
【0007】
なお、出願書類中の各欄において、各要素に括弧付きの参照符号が付されている場合がある。この場合、参照符号は、同要素と後述する実施形態に記載の具体的構成との対応関係の単なる一例を示すものである。よって、本発明は、参照符号の記載によって、何ら限定されるものではない。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】本発明の一実施形態に係る表面加工方法を実施するための表面加工装置の概略構成図である。
図2図1に示された表面加工装置を用いることで実現可能な、SiCウェハの概略的な製造工程を示す図である。
図3】印加電流のパルス化による、陽極酸化処理中のSiCウェハ被加工面の近傍領域におけるOH濃度の回復効果をシミュレーションした結果を示すグラフである。
図4図3に示されたシミュレーション結果に基づく、単位時間あたりのOH総反応量の試算結果を示すグラフである。
図5】印加電流のパルス化による陽極酸化における酸化速度の向上を確認するための実験結果を示すグラフである。
図6】パルス電流印加時における電流密度と加工速度との関係を示すグラフである。
図7】比較例としての直流且つ定電流印加時における電流密度と加工速度との関係を示すグラフである。
図8】パルス電流印加時における被加工面上の酸化膜の均一性を評価した結果を示す図である。
図9】比較例としての直流且つ定電流印加時における被加工面上の酸化膜の均一性を評価した結果を示す図である。
図10】パルス電流印加時における周期と酸化速度との関係を示すグラフである。
図11】パルス電流印加時におけるデューティ比と酸化速度との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
(実施形態)
以下、本発明の実施形態を、図面に基づいて説明する。なお、一つの実施形態に対して適用可能な各種の変形例については、当該実施形態に関する一連の説明の途中に挿入されると、当該実施形態の理解が妨げられるおそれがある。このため、変形例については、当該実施形態に関する一連の説明の途中には挿入せず、その後にまとめて説明する。
【0010】
(表面加工装置)
図1を参照すると、本実施形態に係る表面加工装置1は、単結晶SiCウェハであるSiC基板Wを被加工物とする加工装置であって、SiC基板Wにおける被加工面W1に対して陽極酸化を利用した研磨加工または研削加工を実施可能に構成されている。すなわち、表面加工装置1は、ECMP装置またはECMG装置としての構成を有している。ECMGはElectro-Chemical Mechanical Grindingの略である。
【0011】
表面加工装置1は、容器2と、表面加工パッド3と、駆動装置4と、電源装置5とを備えている。本実施形態においては、容器2は、SiC基板Wを、エッチャント成分を含まない電解液Sに浸漬しつつ収容可能に構成されている。エッチャント成分は、陽極酸化によって被加工面W1上に生成された酸化膜(すなわち膜状に生成されたSiC酸化物)の溶解能を有する溶解液を構成する成分(すなわち例えばフッ化水素酸等)である。電解液Sは、例えば、塩化ナトリウム、塩化カリウム、あるいは硝酸ナトリウム等の水溶液である。
【0012】
表面加工パッド3は、電極31と砥石層32とを有している。電極31は、金属等の良導体からなる板状部材であって、例えば銅板等により形成されている。砥石層32は、電極31に接合されている。すなわち、表面加工パッド3は、電極31と砥石層32とが表面加工パッド3の厚さ方向に接合された構成を有している。砥石層32は、モース硬度が単結晶SiCとその酸化膜との中間硬度を有する研磨材料を有している。すなわち、砥石層32は、SiC基板Wの被加工面W1と対向配置されつつ駆動装置4により回転駆動されることで、陽極酸化により被加工面W1に生成した酸化膜を選択的に研磨除去あるいは研削除去可能に構成されている。本実施形態においては、表面加工パッド3は、砥石層32がSiC基板Wの被加工面W1に対して電解液Sを挟んで対向配置されるように設けられている。
【0013】
駆動装置4は、表面加工パッド3を上記の厚さ方向と平行な所定の回転軸周りに回転駆動するとともに、かかる回転軸と直交する面内方向にSiC基板Wと表面加工パッド3とを相対移動可能に構成されている。電源装置5は、電解液Sの存在下で被加工物であるSiC基板Wを陽極とし表面加工パッド3における電極31を陰極として電圧を印加することで、砥石層32による加工対象である被加工面W1を陽極酸化するための電流を通流させるように構成されている。本実施形態においては、電源装置5は、周期が0.01秒を超え且つ20秒以下のパルス電流を印加する(すなわちSiC基板Wと電極31との間に通流させる)ように設けられている。
【0014】
(実施形態の表面加工方法の概要)
本実施形態に係る表面加工装置1は、従来のECMPよりも優れた加工特性(例えば加工速度あるいは平坦性)を実現すべく、以下に示す処理を有する、SiC基板Wの表面加工方法(すなわち研磨方法または研削方法)を実施可能に構成されている。なお、(2)の陽極酸化と(3)の酸化膜選択除去とは、同時または順次に行うことが可能である。
(1)表面加工パッド3を、電解液Sを挟んで、SiC基板Wの被加工面W1と対向配置させる。
(2)周期が0.01秒を超え且つ20秒以下のパルス電流を、電解液Sの存在下でSiC基板Wを陽極として通流させることで、砥石層32による加工対象である被加工面W1を陽極酸化する。
(3)パルス電流の印加により陽極酸化された被加工面W1を、砥石層32により研削または研磨することで、被加工面W1上の酸化膜(すなわち膜状に生成された酸化物)を選択的に除去する。
【0015】
図2におけるA~Cは、図1に示された表面加工装置1を用いた、SiCウェハすなわちSiC基板Wの概略的な製造工程図である。なお、図2に示した、比較例としての従来製法Pは、図1に示された表面加工装置1によるECMPあるいはECMGに代えて、周知のCMPを用いた場合の、SiCウェハの概略的な製造工程を示す。CMPはChemical Mechanical Polishingの略である。
【0016】
まず、従来製法Pの概略について説明する。従来製法Pは、インゴット成形工程と、スライス工程と、ウェハ研削工程と、粗CMP工程と、仕上げCMP工程とを、この順に含む。インゴット成形工程は、結晶成長させた単結晶SiCの塊を円柱状のインゴットに加工する工程である。スライス工程は、ワイヤスライスによりインゴットから薄円板状のSiCウェハであるSiC基板Wを得る工程である。ウェハ研削工程は、スライス工程においてSiC基板Wに生じる「うねり」を、研削により除去して、SiC基板Wを平坦化する工程である。粗CMP工程および仕上げCMP工程は、SiC基板Wにおける被加工面W1を、半導体デバイス製造工程に好ましい表面状態である鏡面に加工する工程である。
【0017】
一般に、ウェハ研削工程において、SiC基板Wにおける被加工面W1およびその近傍部分に、或る程度の「表面下ダメージ」を有する「ダメージ層」が形成される。「表面下ダメージ」は、例えば、クラック、残留応力、等である。そこで、まず、粗CMP工程により、被加工面W1が鏡面仕上げされる。そして、続く仕上げCMP工程により、ダメージ層が除去される。
【0018】
特許文献1にて開示されているように、ダメージフリーな研磨工程であるECMPによれば、CMPを上回る加工速度が得られる。このため、CMP工程をECMP工程に置き換えることで、被加工面W1に対する高速且つダメージフリーな研磨が実現され得る。ECMP工程においては、砥石層32として、比較的軟質の砥粒(例えばセリア砥粒等)を含有する軟質砥石が用いられる。
【0019】
そこで、本実施形態においては、例えば、図2に示された製法Aのように、従来製法Pにおける粗CMP工程を粗ECMP工程に置き換えるとともに、従来製法Pにおける仕上げCMP工程を仕上げECMP工程に置き換えることが可能である。これにより、製造コストを従来製法Pから約40%低減させることが可能となる。
【0020】
また、砥石層32として、比較的硬質の砥粒(例えばダイアモンド砥粒等)を含有する硬質砥石を用いることで、ECMG工程が実現され得る。すなわち、図2に示された製法Bのように、従来製法Pにおけるウェハ研削工程を、ECMG工程に置き換えることが可能である。これにより、製造コストを従来製法Pから約20%低減させることが可能となる。
【0021】
ここで、低ダメージな研削工程であるECMG工程によれば、従来製法Pにおけるウェハ研削工程よりも、表面下ダメージの発生が低減される。このため、従来製法Pにおけるウェハ研削工程をECMG工程に置き換えた場合、製法Bを製法Cのように変容することも可能である。製法Cにおいては、従来製法Pにおける粗CMP工程が省略されつつ、従来製法Pにおける仕上げCMP工程が仕上げECMP工程に置き換えられる。これにより、製造コストを従来製法Pからほぼ半減させることが可能となる。
【0022】
(電流パルス化による酸化速度向上)
発明者は、SiC基板を被加工物とする従来のECMPにおいて、電流密度を大きくして加工を高速化しようとしても、陽極酸化における酸化速度が飽和するために、加工速度の向上に限界があるという課題を見出した。発明者の検討によれば、このような、電流密度の上昇に伴う酸化速度の上昇が飽和する原因は、被加工面W1の近傍領域における電解液S中の反応種すなわちOHの供給量が不足することであると考えられる。なお、被加工面W1の近傍領域を、以下「表面近傍領域」と略称する。
【0023】
具体的には、陽極酸化により、表面近傍領域において、OHが消費されることでOH濃度が低下する。すると、OHは、電解液Sにおけるバルク領域、すなわち、表面近傍領域よりも被加工面W1から離れた領域から、物質拡散の原理で、表面近傍領域に供給される。このため、表面近傍領域におけるOH濃度は、フィックの法則に従い、被加工面W1に近づくにしたがって低下する。
【0024】
表面近傍領域におけるOHの供給量が充分であるか否かは、酸化速度すなわちOHの消費速度と、バルク領域からのOHの供給速度との関係によって定まる。この点、陽極酸化における電流条件が直流且つ定電流である従来のECMPにおいては、OHの供給速度が不足することで、表面近傍領域におけるOHの供給量が不足する。
【0025】
そこで、発明者は、陽極酸化のための印加電流を、オン時間とオフ時間とを有するパルス状とし、オフ時間中にバルク領域から表面近傍領域にOHを供給して表面近傍領域におけるOH濃度を回復させることで、酸化速度が向上することを見出した。ここで、「オフ時間」とは、電流が実質的にゼロである時間をいうものとする。また、かかるオフ時間を比較的短時間(具体的には例えば0.01~10秒程度)とすることで、オン時間中における良好な酸化速度を保持しつつ、総加工時間の長時間化を良好に回避することができることを見出した。
【0026】
図3は、陽極酸化電流にオフ時間を設けることによる、表面近傍領域におけるOH濃度の回復効果を示す、計算機シミュレーション結果である。ここで、「陽極酸化電流」とは、陽極酸化のための印加電流、すなわち、電源装置5からSiC基板Wに流入する電流のうち、電解液Sの電気分解ではなく実際に被加工面W1の陽極酸化に供された電流をいうものとする。図中、横軸の「Toff」は、オフ時間の長さを示す。縦軸は、被加工面W1を平坦面と仮定し、かかる平坦面から10μm離れた位置における、OH濃度を示す。シミュレーションにおける前提条件は、以下の通りである。
拡散係数D=1.9×10-9/s
バルク領域OH濃度C=6.02×1017個/cm
【0027】
図4は、図3に示されたシミュレーション結果に基づく、単位時間あたりのOH総反応量の試算結果を示す。図中の水平な実線は、Toff=0すなわち直流且つ定電流の場合を示す。なお、「直流且つ定電流」を、以下単に「定電流」と略称する。
【0028】
図3および図4から明らかなように、陽極酸化電流をパルス電流として、0.01秒以上のオフ時間を設けることで、表面近傍領域におけるOHの供給量不足が良好に解消され得る。具体的には、発明者は、図3および図4に示されているように、0.01秒以上且つ10秒以下のオフ時間において、表面近傍領域に対する良好なOHの供給が可能であることを、シミュレーションにより確認している。但し、オフ時間を設けることによるOH濃度の回復効果は、Toffが或る程度長い領域においては飽和する傾向にある。このため、オフ時間は、0.1~1秒程度であることが、さらに好適であると考えられる。
【0029】
そこで、発明者は、定電流印加とパルス電流印加との間の、陽極酸化における酸化速度の違いを確認するための実験を、30mm角ウェハを用いて行った。パルス電流は、オン時間1秒,オフ時間1秒(すなわち、周期2秒,デューティ比0.5)の矩形波状である。陽極酸化処理後、フッ化水素酸で酸化膜を除去し、除去量により酸化速度を算出した。実験結果を図5に示す。図5において、丸形のプロットはパルス電流の場合を示し、菱形のプロットは定電流の場合を示す。パルス電流の場合の電流密度の値は、オン時間中の値である。
【0030】
図5から明らかなように、定電流の場合、10mA/cm以上の大電流密度であっても、高い酸化速度は得られない。これに対し、パルス電流印加の場合、小~大電流密度領域において、高い酸化速度が得られている。そして、電流密度の上昇に伴い、酸化速度も上昇している。このため、パルス電流印加によれば、電流密度を大きくすることによる加工の高速化が、良好に図られ得る。特に、大電流密度の電流印加により表面近傍領域におけるOHを大量に消費しても、オフ時間中に表面近傍領域におけるOH濃度を良好に回復させることができる。したがって、パルス電流印加によれば、大電流密度の電流印加による高速加工を実現することが期待できる。
【0031】
(電流パルス化による加工速度向上)
加工速度は、酸化速度のみならず、酸化膜の性状による影響も受ける。具体的には、従来のECMPにおいては、比較的小さい電流密度による定電流印加により、密度が比較的高く硬度も比較的高い酸化膜が形成されていた。そこで、従来のECMPに対応する定電流印加により生成された酸化膜の組成をXPS装置により分析したところ、SiOCが40%程度、SiOが30%程度、Siが10%程度、それぞれ含有されていた。XPSはX-ray Photoelectron Spectroscopyの略である。
【0032】
これに対し、パルス電流印加により生成された酸化膜の組成を、XPS装置により分析したところ、定電流印加により生成された酸化膜よりも、SiOCの含有量が大幅に低下する一方で、SiOの含有量が大幅に増加した。また、断面の透過電子顕微鏡像を確認したところ、パルス電流印加により生成された酸化膜においては、定電流印加により生成された酸化膜よりも、内部のボイド層の生成が顕著であった。また、パルス周期を上げることで、ボイド層におけるボイド量の増加傾向が見られた。具体的には、デューティ比0.5の条件で、周期が0.02秒の場合でも定電流の場合よりもボイド層の発生が顕著に見られ、周期が0.1秒、1秒、と長くなる毎にボイド量が増加した。すなわち、発明者は、周期0.02~1秒の範囲で、比較的低密度で易研磨性あるいは易研削性となり得る酸化膜が形成されることを確認した。
【0033】
以上の結果を考察すると、パルス電流印加による効果として、以下の事項が考えられる。表面近傍領域にOHが良好に供給されてSiCの陽極酸化が促進されることで、SiOCよりも酸化度合がより進行したSiOがより多く発生する。SiOC,SiOの順に酸化度合が進行するほど、膨張率が大きくなり、酸化膜内における内部応力によるボイドの発生が促進される。このため、SiOがより多く発生することで、酸化前後の膨張率の差により発生するボイド層の生成がより顕著となる。このようにSiOを多く含有しボイド層におけるボイド量が増加した酸化膜は、硬度が低くなり、研削あるいは研磨の速度が向上する。さらに、ボイドの発生により酸化膜の表面に多数のクラックが発生すると、反応種であるOHがクラックから膜内部に侵入することで、陽極酸化がさらに促進され得る。このように、印加電流のパルス化による効果として、研磨速度の向上効果が期待できる。
【0034】
図6および図7は、電流密度を上昇させた場合の研磨速度の向上効果を、パルス電流印加の場合と定電流印加の場合とで比較した結果を示す。すなわち、図6は、パルス電流印加における電流密度を変化させた場合の、電流密度と研磨速度との関係を示す。パルス電流は、周期2秒,デューティ比0.75である。図7は、定電流印加における電流密度を変化させた場合の、電流密度と研磨速度との関係を示す。研磨加工対象としては4インチウェハを用いた。研磨速度の算出方法は、以下の通りである:試料である4インチウェハ表面における中心を通る直線上の、中心付近の位置を含む略等間隔の9か所で、研磨前後のウェハの厚さ変化を測定し、9か所の測定点における単位時間内の厚さ変化量の平均値を計算し、ウェハの研磨速度とした。
【0035】
図7に示されているように、定電流印加の場合、15mA/cm以下の電流密度領域においては、電流密度の上昇に伴って研磨速度も向上している。しかしながら、20mA/cm以上の電流密度領域においては、10~15mA/cmの場合よりも逆に研磨速度が低下し、5mA/cm程度の小電流領域と同様の研磨速度となった。これに対し、図6に示されているように、パルス電流印加の場合、40mA/cm以上の大電流領域においても、電流密度の上昇に伴って研磨速度が向上することが確認された。
【0036】
(電流パルス化による平坦性向上)
上記の通り、定電流印加の場合、表面近傍領域におけるOH濃度を回復させることが困難である。このため、酸化膜の生成が進行するにしたがって、陽極酸化電流を維持することが困難となる。具体的には、例えば、10mA/cmを超える大きな定電流の通流を企図して所定電圧を印加しても、電流値は、目標値に対応するピーク値まで急激に上昇した後、直ちに急激に下降する。また、10mA/cm以下で比較的安定的に陽極酸化が可能であると思われる電流印加条件であっても、通流した電流の一部が、陽極酸化ではなく電解液Sの電気分解に供される。さらに、陽極酸化に供される電流と電気分解に供される電流との比率も、表面近傍領域におけるOH濃度の低下により変動する。陽極酸化電流が変動すると、形成される酸化膜の均一性が損なわれる。
【0037】
一方、パルス電流印加の場合、陽極酸化電流が良好に維持され得る。発明者は、特に0.1秒以上の周期の場合に、極めて良好な電流維持効果が得られることを確認している。このように、印加電流のパルス化によって陽極酸化電流が安定的に維持されることで、酸化膜の均一性を向上することができ、平坦性すなわちTTVの向上が期待できる。TTVはTotal Thickness Variationの略である。
【0038】
図8は、パルス電流印加の場合の、酸化膜の均一性の評価結果を示す。図9は、比較例としての定電流印加の場合の、酸化膜の均一性の評価結果を示す。電流印加条件は以下の通りである。
・定電流:電圧50V(すなわち電流密度20mA/cm相当),電流印加40分
・パルス電流:電圧50V(すなわち電流密度20mA/cm相当),周期0.5秒,デューティ比0.5,電流印加20分
【0039】
評価方法は以下の通りである。陽極酸化処理前のウェハ表面上に、1本目のマスキングテープを、ウェハ中心を通るように直線状に貼付する。次に、2本目のマスキングテープを、ウェハ中心を通り且つ1本目のマスキングテープと直交するように直線状に貼付する。このように、陽極酸化処理前のウェハ表面上に2本のマスキングテープが互いに直交するように略「X」字状に貼付された状態で、かかるウェハ表面を陽極酸化する。
【0040】
マスキングテープが貼付されていた領域には、陽極酸化による酸化膜が形成されない。このため、陽極酸化後にマスキングテープを剥離すると、マスキングテープが貼付されていた領域とその隣接領域との間には、酸化膜の有無に起因する段差が生じる。この段差の高さを複数個所で測定することで、酸化膜の厚さの均一性を評価することが可能である。
【0041】
1本目のマスキングテープ貼付部分に相当する未酸化部分を「第一ライン」と称し、2本目のマスキングテープ貼付部分に相当する未酸化部分を「第二ライン」と称する。第一ラインと第二ラインとのそれぞれにおいて、等間隔で14箇所、段差の高さを測定する。図8および図9において、横軸の数字1~14は、それぞれ、ライン上の測定点を示す。菱形のプロットは第一ライン上の測定結果を示し、丸形のプロットは第二ライン上の測定結果を示す。図8および図9から明らかなように、パルス電流印加により、酸化膜の厚さの均一性が向上した。パルス電流印加により、研磨後の平坦度もTTV=1.756μmが達成された。
【0042】
(パルス周期)
図10は、パルス電流における周期を変化させた場合の酸化速度の変化の様子を示す。図中、縦軸は酸化速度を示し、横軸Tは周期を示す。また、図中の水平な実線は、比較例としての定電流の場合の値を示す。
【0043】
評価条件は以下の通りである。試料として、4インチのウェハを用いた。各電流印加条件の間で、電荷量を一致させるため、デューティ、電流密度、および印加時間を同一とした。デューティ比は0.5とし、電流密度は20mA/cmとした。
【0044】
図10から明らかなように、周期が少なくとも0.01~20秒の範囲で、定電流よりも高い酸化速度が得られた。ここで、上記の通り、表面近傍領域におけるOH濃度の回復のため、オフ時間を0.01秒以上設ける必要がある。したがって、良好な酸化速度が得られる周期は、0.01秒を超え且つ20秒以下となる。特に、周期が0.01秒の場合、オフ時間が0.005秒となるため、酸化速度は定電流の場合よりも若干高い程度であった。よって、例えば、オフ時間の最低値0.01秒において、後述のようにデューティ比が0.25~0.75であるとすると、好適な周期の最低値は0.02秒程度となる。
【0045】
また、上記の通り、低密度の酸化膜形成による易加工性を考慮すると、周期は0.02~1秒の範囲であることが好適である。さらに、図10に示されているように、周期が20秒を超える領域において、酸化速度が定電流の場合よりも若干高い程度となった。この理由は、オフ時間を設けることによる酸化速度の向上効果が上記のように飽和する一方で、全体のサイクルタイムが長時間化してしまうことであると考えられる。このため、図3および図4に示されたシミュレーション結果と、図10に示された実際の酸化速度の評価結果と、実際の製造工程におけるサイクルタイムとを総合考慮すると、周期は0.1秒以上且つ2秒以下であることが好適である。
【0046】
以上の点を総合考慮すると、好適な周期は0.02~2秒であり、より好適には0.02~2秒であり、さらに好適には0.02~1秒あるいは0.1~2秒であり、最も好適には0.1~1秒である。
【0047】
(デューティ比)
図11は、パルス電流におけるデューティ比を変化させた場合の酸化速度の変化の様子を示す。図中、縦軸は酸化速度を示し、横軸はデューティ比を示す。また、図中の水平な実線は、比較例としての定電流の場合の値を示す。
【0048】
評価条件は以下の通りである。試料として、4インチのウェハを用いた。各電流印加条件の間で、電荷量を一致させるため、電流密度を同一(すなわち20mA/cm)とし、デューティ比と印加時間との積が一定となるように印加時間を調整した。図11に示されているように、デューティ比を0.25~0.75とすることで、定電流よりも高い、良好な酸化速度が得られた。
【0049】
(電流パルス化による効果まとめ)
上記の通り、陽極酸化における印加電流をパルス化することで、酸化速度の向上のみならず、酸化膜の密度および硬度の低下に伴う易研磨性あるいは易研削性と、酸化膜の均一性向上による平坦性向上とが達成され得る。これにより、研磨あるいは研削の高速化、および、これによるウェハ製造コストの低減が、良好に実現され得る。
【0050】
ウェハサイズに関しては、上記の実施例のような4インチからさらに大口径化した場合であっても、同等の研磨速度を得ることが可能である。具体的には、本実施形態に係る表面加工方法は、例えば、1~8インチのウェハサイズに対して、良好に適用可能である。
【0051】
(変形例)
本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。故に、上記実施形態に対しては、適宜変更が可能である。以下、代表的な変形例について説明する。以下の変形例の説明においては、上記実施形態との相違点を主として説明する。また、上記実施形態と変形例とにおいて、互いに同一または均等である部分には、同一符号が付されている。したがって、以下の変形例の説明において、上記実施形態と同一の符号を有する構成要素に関しては、技術的矛盾または特段の追加説明なき限り、上記実施形態における説明が適宜援用され得る。
【0052】
本発明は、上記実施形態にて示された具体的な装置構成に限定されない。すなわち、図1は、本発明に係る表面加工装置1、および、これにより実施可能な表面加工方法の概要を簡易に説明するための、簡素化された概略図である。したがって、実際に製造販売される表面加工装置1の構成は、必ずしも、図1に示された例示的な構成と一致するとは限らない。また、実際に製造販売される表面加工装置1の構成は、図1に示された例示的な構成から適宜変更され得る。
【0053】
例えば、表面加工パッド3の構成は、上記実施形態にて示された具体的な装置構成に限定されない。具体的には、電極31と砥石層32とは、表面加工パッド3の厚さ方向に接合されていなくてもよい。より詳細には、例えば、電極31と砥石層32とが、表面加工パッド3の厚さ方向と直交する面内方向に隣接配置していてもよい。すなわち、表面加工パッド3が回転あるいは移動することで、被加工面W1における特定の部分に対して、電極31と表面加工パッド3とが時間的に交互に対向するように、表面加工装置1が構成され得る。あるいは、電極31は、表面加工パッド3とは別体のものであってもよい。すなわち、被加工面W1における全体あるいは特定の部分に対して、電極31と表面加工パッド3とが時間的に交互に対向するように、表面加工装置1が構成され得る。砥石層32に含有される砥粒の種類等についても、特段の限定はない。
【0054】
電解液Sは、エッチャント成分を含んでいてもよい。すなわち、本発明に係る表面加工装置1、および、これにより実施可能な表面加工方法は、陽極酸化により生じた酸化膜をエッチャントおよび表面加工パッド3の双方を用いて選択的に除去することで、被加工面W1を研磨あるいは研削するものであってもよい。
【0055】
本発明に係る表面加工装置1、および、これにより実施可能な表面加工方法は、典型的には、図2に示された製法A~製法CにおけるECMG工程、粗ECMP工程、および仕上げECMP工程のいずれに対しても適用可能である。しかしながら、例えば、製法Aにおいて、粗ECMP工程の後の被加工面W1は、良好に鏡面仕上げされ、且つ、粗ECMP工程に起因する表面下ダメージをほとんど有さないことが期待できる。したがって、仕上げECMP工程については、従来の定電流印加によるECMPを用いることが可能である。
【0056】
上記実施形態を構成する要素は、特に必須であると明示した場合および原理的に明らかに必須であると考えられる場合等を除き、必ずしも必須のものではないことは言うまでもない。また、構成要素の個数、量、範囲等の数値が言及されている場合、特に必須であると明示した場合および原理的に明らかに特定の数値に限定される場合等を除き、その特定の数値に本発明が限定されることはない。同様に、構成要素等の形状、方向、位置関係等が言及されている場合、特に必須であると明示した場合および原理的に特定の形状、方向、位置関係等に限定される場合等を除き、その形状、方向、位置関係等に本発明が限定されることはない。
【0057】
変形例も、上記の例示に限定されない。すなわち、例えば、上記に例示した以外で、複数の実施形態同士が、技術的に矛盾しない限り、互いに組み合わされ得る。同様に、複数の変形例が、技術的に矛盾しない限り、互いに組み合わされ得る。
【符号の説明】
【0058】
1 表面加工装置
2 容器
3 表面加工パッド
31 電極
32 砥石層
4 駆動装置
5 電源装置
S 電解液
W SiC基板
W1 被加工面
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11