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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022181074
(43)【公開日】2022-12-07
(54)【発明の名称】摩擦材組成物および摩擦材
(51)【国際特許分類】
   C09K 3/14 20060101AFI20221130BHJP
   F16D 69/02 20060101ALI20221130BHJP
【FI】
C09K3/14 520C
C09K3/14 520M
C09K3/14 530
F16D69/02 F
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021087907
(22)【出願日】2021-05-25
(71)【出願人】
【識別番号】301065892
【氏名又は名称】株式会社アドヴィックス
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】氏田 淳一
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 博紀
【テーマコード(参考)】
3J058
【Fターム(参考)】
3J058BA32
3J058BA41
3J058CA02
3J058CA42
3J058EA02
3J058EA12
3J058FA01
3J058GA27
3J058GA45
3J058GA62
3J058GA63
3J058GA65
3J058GA73
3J058GA82
3J058GA92
(57)【要約】
【課題】高温域での高速制動時の効きおよび耐摩耗性に優れると共に、常用の温度域においても十分な耐摩耗性を有する摩擦材を提供する。
【解決手段】繊維基材、結合材、有機充填材、および無機充填材を含有する摩擦材組成物であって、前記摩擦材組成物中の銅の含有量が銅元素として5質量%以下であり、且つ前記無機充填材としてマグネサイトを含む。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
繊維基材、結合材、有機充填材、および無機充填材を含有する摩擦材組成物であって、
前記摩擦材組成物中の銅の含有量が銅元素として5質量%以下であり、且つ
前記無機充填材としてマグネサイトを含む、摩擦材組成物。
【請求項2】
前記摩擦材組成物中の前記マグネサイトの含有量が、1質量%以上、10質量%以下である、請求項1に記載の摩擦材組成物。
【請求項3】
前記マグネサイトの平均粒径が、50μm以下である、請求項1または2に記載の摩擦材組成物。
【請求項4】
前記摩擦材組成物中の前記銅の含有量が銅元素として0.5質量%以下である、請求項1から3のいずれか1項に記載の摩擦材組成物。
【請求項5】
前記繊維基材としてクロム含有金属繊維を含み、
前記摩擦材組成物中の前記クロム含有金属繊維の含有量が、1質量%以上、5質量%以下である、請求項1から4のいずれか1項に記載の摩擦材組成物。
【請求項6】
請求項1から5のいずれか1項に記載の摩擦材組成物を成形してなる摩擦材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は摩擦材組成物および摩擦材に関する。
【背景技術】
【0002】
ディスクブレーキ、ドラムブレーキ等の制動装置のディスクブレーキパッドおよびブレーキシューには摩擦材が使用されている。
【0003】
特許文献1には、摩擦材組成物中に元素としての銅を含まない、または銅の含有量が摩擦材組成物全体に対して0.5質量%以下である組成において、無機充填剤として、融点2000℃以上、ビッカース硬度500~1500、かつ平均粒子径15~50μmの粒子を1~50質量%含有するとともに、チタン酸塩を5~30質量%含有する摩擦材組成物が記載されている。当該摩擦材組成物を成形してなる摩擦材は、高速・高負荷制動時に高い摩擦係数を維持するとともに優れた耐摩耗性を発現することができることが記載されている。
【0004】
特許文献2には、摩擦材組成物中に元素としての銅を含まない、または銅の含有量が摩擦材組成物全体に対して0.5質量%以下である組成において、特定の平均粒径を有する、γアルミナ、ドロマイト、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、二酸化マンガン、酸化亜鉛、四三酸化鉄、酸化セリウム、およびジルコニアから選ばれる1種または2種以上の無機充填材を含有する摩擦材組成物が記載されている。当該摩擦材組成物を成形してなる摩擦材は、耐フェード性と500℃を超える高温の耐摩耗性に優れることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2017-2230号公報
【特許文献2】国際公開第2016/060129号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上述のような従来技術の摩擦材は、高速・高負荷制動時のような高温域での耐摩耗性に優れる一方で、市街地走行時のような常用の温度域での摩耗が多いため、摩擦材の寿命が短いという点では不十分であり、改善の余地がある。
【0007】
本発明の一態様は、高温域での高速制動時の効きおよび耐摩耗性に優れると共に、常用の温度域においても十分な耐摩耗性を有する摩擦材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意検討した結果、銅の含有量が銅元素として5質量%以下である組成において無機充填材としてマグネサイトを含む摩擦材は、高温域での高速制動時の効きおよび耐摩耗性に優れると共に、常用の温度域においても十分な耐摩耗性を発現し得ることを初めて見出し、本発明を完成させるに至った。すなわち、本発明の一態様に係る摩擦材組成物は、繊維基材、結合材、有機充填材、および無機充填材を含有する摩擦材組成物であって、前記摩擦材組成物中の銅の含有量が銅元素として5質量%以下であり、且つ前記無機充填材としてマグネサイトを含む構成である。
【発明の効果】
【0009】
本発明の一態様によれば、環境負荷の高い銅の含有量が銅元素として5質量%以下である組成において、高温域での高速制動時の効きおよび耐摩耗性に優れると共に、常用の温度域においても十分な耐摩耗性を有する摩擦材を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
<1.摩擦材組成物>
本発明の一態様に係る摩擦材組成物は、繊維基材、結合材、有機充填材、および無機充填材を含有する摩擦材組成物であって、前記摩擦材組成物中の銅の含有量が銅元素として5質量%以下であり、且つ前記無機充填材としてマグネサイトを含む。本態様の摩擦材組成物は、上述の原料(摩擦材原料)を配合したものが意図される。本態様の摩擦材組成物は、後述する摩擦材に用いることができる。
【0011】
〔特徴〕
本態様の摩擦材組成物は、摩擦材組成物中の銅の含有量が銅元素として5質量%以下であるので環境に優しく、且つ無機充填材としてマグネサイトを含むことにより、従来の摩擦材と比較して、高温域での高速制動時の効きおよび耐摩耗性に優れると共に、常用の温度域においても十分な耐摩耗性を有している摩擦材を提供できるという効果を奏する。
【0012】
本態様の摩擦材組成物を用いた摩擦材は、高温域(例えば600℃以上)での高速制動時の耐摩耗性と常温の温度域(例えば、200℃以下)での耐摩耗性とを両立させることができるため、従来の摩擦材と比較して長寿命であるという優れた効果を奏する。さらには、本態様の摩擦材組成物を用いた摩擦材は、耐摩耗性に優れることで、摩耗により放出される粉塵が少ない。その結果、粉塵によってホイールが汚れにくく、且つ環境負荷が高いPM2.5の排出量が少ないという優れた効果を奏する。
【0013】
〔用途〕
上述のような特徴を有する本態様の摩擦材組成物は、電気自動車(EV)やハイブリッド車(HEV)用のディスクブレーキ用パッド、ドラムブレーキ用ブレーキシューの摩擦面に使用される摩擦材に用いるため摩擦材組成物として特に有用である。なぜなら、EV/HEVは、大型バッテリー搭載により従来のガソリン車と比べ車両重量が重く、高速制動時においては回生ブレーキの寄与度が低いという傾向があり、従来のガソリン車と比べて高温域での高速制動時にブレーキパッドまたはブレーキシューの温度が上がりやすく、高温に達する頻度が増加するためである。
【0014】
本態様の摩擦材組成物の用途はEV/HEV用に特に限定されるものではなく、二輪車を含む車両全般において採用されるディスクブレーキ用パッド、ドラムブレーキ用ブレーキシュー等の摩擦面に使用される摩擦材に好適に用いることができる。
【0015】
〔原料〕
以下に、本態様の摩擦材組成物に含まれている原料(摩擦材原料)について説明する。
【0016】
(銅)
本発明の一態様に係る摩擦材組成物は、摩擦材組成物中の銅の含有量が銅元素として5質量%以下である。本発明の一態様に係る摩擦材組成物は、環境有害性の高い銅および銅合金の含有量が少ないため、環境に優しい摩擦材を提供できるという効果を奏する。環境により優しい摩擦材を提供する観点から、摩擦材組成物中の銅の含有量は、銅元素として0.5質量%以下であることが好ましく、0質量%(銅フリー)であることがより好ましい。
【0017】
本発明の一態様に係る摩擦材組成物中に含まれる銅は、繊維基材として添加された銅繊維に由来するものであり得る。この場合、常用の温度域における摩耗抑制の観点から、摩擦材組成物中の銅繊維の含有量は5質量%以下であることが好ましい。
【0018】
(マグネサイト)
本発明の一態様に係る摩擦材組成物は、無機充填材としてマグネサイトを含む。マグネサイトは、無水炭酸マグネシウムとも称される。マグネサイトは、マグネシウム成分をMgO換算で46質量%以上含んでいる。一方、工業的に生産されている一般的な炭酸マグネシウムは、塩基性炭酸マグネシウム(nMgCO・MgOH・mHO、ここでmは3~5、nは3~7)であり、マグネシウム成分量がMgO換算で40質量%以上、44質量%以下である。このことから、マグネサイトは一般的な炭酸マグネシウムとは明確に区別される。
【0019】
(マグネサイトの作用および効果)
マグネサイトに含まれているマグネシウム成分は、高温域での高速制動時に温度上昇とともに硬度および降伏応力が低下するため、摩擦によって摩擦面に平滑な被膜を形成する。この被膜は、摩擦面における接触面積を増加させて摩擦係数(μ)を向上させると共に、摩擦面を保護することによって耐摩耗性を向上させる。
【0020】
マグネサイトは塩基性炭酸マグネシウムと異なり水和水を有していないので、温度上昇によって水和物が脱離することがない。従って、マグネサイトを含む摩擦材は、水和物の脱離による体積変化や、水和物が摩擦材組成物中の樹脂を分解することによる強度低下が起こりにくい。その結果、高温域での高速制動時に強度低下による摩擦材の欠けが起こりにくく、常用の温度域での耐摩耗性も良好となる。
【0021】
(マグネサイトの含有量)
摩擦材組成物中のマグネサイトの含有量は特に限定されず、マグネサイトを含有することによる所期の効果が十分に発現される範囲で適宜決定することができる。摩擦材の高温域での高速制動時の性能(効きおよび耐摩耗性)を向上させる観点から、摩擦材組成物中のマグネサイトの含有量は、摩擦材組成物100質量%に対して1質量%以上であることが好ましく、5質量%以上であることが好ましく、10質量%以上であることがより好ましい。また、摩擦材の常用の温度域での寿命性能を向上させる観点から、摩擦材組成物中のマグネサイトの含有量は、摩擦材組成物100質量%に対して15質量%以下であることが好ましく、10質量%以下であることが好ましく、6質量%以下であることがより好ましい。摩擦材組成物中のマグネサイトの含有量が、摩擦材組成物100質量%に対して1質量%以上、10質量%以下である場合、高温域での高速制動時の寿命性能と常温の温度域での寿命性能とをバランスよく両立させることができ、且つ摩擦材組成物中に含まれている他の成分との配合バランスも良いため好ましい。
【0022】
(マグネサイトの好ましい粒径)
マグネサイトの粒径は限定されないが、マグネサイトの平均粒径が50μm以下であれば、摩擦材組成物の製造時に偏りなく均一に混合することが可能となること、および制動時にマグネサイトの粒子が摩擦面から脱落しにくいことから、摩擦材の高温域での高速制動時の性能(効きおよび耐摩耗性)の向上効果が安定して得られるため好ましい。また、摩擦材組成物の製造時の取扱い性の観点から、マグネサイトの平均粒径が1μm以上であることが好ましい。マグネサイトの平均粒径は、JIS Z 8825「粒子径解析-レーザ解析・散乱法」により得られる体積基準の中位径(メジアン径)とする。摩擦材形成後にマグネサイトの粒子径を確認する場合は、摩擦材の断面の電子顕微鏡画像からマグネサイトに該当する粒子の平均粒径をJIS Z 8827-1「粒子径解析-画像解析法-第1部:静的画像解析法」により体積基準の粒度分布を測定し、中位径を求めればよい。
【0023】
(繊維基材)
繊維基材としては、例えば、有機繊維、無機繊維、金属繊維等を挙げることができる。これらの繊維は、天然繊維であってもよく、人工的に合成した合成繊維であってもよい。有機繊維としては、例えば、芳香族ポリアミド繊維(アラミド繊維)、アクリル繊維、セルロース繊維、炭素繊維等を挙げることができる。無機繊維としては、ロックウール、ガラス繊維等を挙げることができる。金属繊維としては、スチール、ステンレス、アルミニウム、亜鉛、スズ等の単独金属からなる繊維、並びに、それぞれの合金金属からなる繊維を挙げることができる。繊維基材は、1種類を単独でまたは複数種類を組み合わせて使用することができる。
【0024】
摩擦材組成物中の繊維基材の含有量は特に限定されないが、繊維基材として金属繊維を含む場合は、常用の温度域における摩擦材の摩耗抑制の観点から、摩擦材組成物中の金属繊維の含有量は5質量%以下であることが好ましい。また、高温域での最低摩擦係数を向上させる観点から、金属繊維としてクロム含有金属繊維を1質量%以上含んでいることが好ましい。クロム含有金属繊維としては、例えば、ステンレス繊維(SUS繊維、クロム含有量は10.5質量%以上)、クロム鋼(クロム含有量は1質量%程度)等を挙げることができる。クロム含有金属繊維中のクロム含有量は特に限定されないが、クロム含有量が1質量%以上、30質量%以下のクロム含有金属繊維を好適に使用することができ、好ましくはステンレス繊維である。
【0025】
(結合材)
結合材は、摩擦材組成物中の摩擦材原料を結合させる機能を有している。結合材としては、前記性能を発揮できるものであれば特に限定されず、当該技術分野で公知の結合材を好ましく使用することができる。結合材の具体例としては、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、メラミン樹脂、イミド樹脂等の樹脂を挙げることができる。結合材は、1種類を単独でまたは複数種類を組み合わせて使用することができる。摩擦材組成物中の結合材の含有量は特に限定されず、当該技術分野で通常採用される含有量とすることができる。
【0026】
(有機充填材)
有機充填材は、耐摩耗性等を向上させるための摩擦調整材としての機能を有している。有機充填材としては、前記性能を発揮できるものであれば特に限定されず、当該技術分野で公知の有機充填材を好ましく使用することができる。有機充填材の具体例としては、カシューダスト、ゴム粉、タイヤ粉、フッ素樹脂、メラミンシアヌレート、ポリエチレン樹脂等を挙げることができる。有機充填材は、1種類を単独でまたは複数種類を組み合わせて使用することができる。また、有機充填材は、リン酸やフッ素樹脂によって表面を被覆していてもよい。摩擦材組成物中の有機充填材の含有量は特に限定されず、当該技術分野で通常採用される含有量とすることができる。
【0027】
(マグネサイト以外の無機充填材)
本態様の摩擦材組成物は、本発明の効果を損なわない範囲で、マグネサイト以外の無機充填材を含んでいてもよい。マグネサイト以外の無機充填材としては、当該技術分野で公知の無機物を好ましく使用することができ、例えば、酸化ジルコニウム、硫酸バリウム、マイカ、酸化鉄(酸化第一鉄、酸化第二鉄等)、チタン酸塩、水酸化カルシウム等を挙げることができる。チタン酸塩としては、例えば、チタン酸アルカリ金属塩、チタン酸アルカリ金属・第二族塩等を挙げることができ、具体例として、チタン酸カリウム、チタン酸ナトリウム、チタン酸リチウム、チタン酸リチウムカリウム、チタン酸マグネシウムカリウム等を挙げることができる。これらの無機充填材は、1種類を単独でまたは複数種類を組み合わせて使用することができる。無機充填材の含有量は特に限定されず、当該技術分野で採用される含有量とすることができる。また、無機充填材の粒径は特に限定されず、当該技術分野で通常採用される平均粒径を有する無機物を好ましく使用することができる。
【0028】
(潤滑剤)
本態様の摩擦材組成物は、本発明の効果を損なわない範囲で、潤滑剤をさらに含んでいてもよい。潤滑剤としては特に限定されず、当該技術分野で公知の潤滑剤を好ましく使用することができる。潤滑剤の具体例としては、コークス、黒鉛、カーボンブラック、グラファイト、金属硫化物等を挙げることができる。金属硫化物としては、例えば、硫化スズ、三硫化アンチモン、二硫化モリブテン、硫化ビスマス、硫化鉄、硫化亜鉛、硫化タングステン等を挙げることができる。これらの潤滑剤は、1種類を単独でまたは複数種類を組み合わせて使用することができる。潤滑剤の含有量は特に限定されず、当該技術分野で通常採用される含有量とすることができる。
【0029】
(摩擦材組成物の製造方法)
本態様の摩擦材組成物は、上述した摩擦材原料を配合し、それらを混合する混合工程を含む製造方法によって製造することができる。摩擦材原料を均一に混合する観点から、混合工程は、粉体状の摩擦材原料を混合する工程であることが好ましい。混合工程における混合方法および混合条件は、摩擦材原料を均一に混合することができる限り特に限定されず、当該技術分野で公知の方法を採用することができる。例えば、フェンシェルミキサ、レーディゲミキサ等の公知の混合機を使用して、摩擦材原料を常温で10分間程度混合すればよい。混合工程では、混合中の摩擦材原料が昇温しないように、公知の冷却方法によって摩擦材原料の混合物を冷却しながら混合してもよい。
【0030】
<2.摩擦材>
本発明の一態様に係る摩擦材は、前述した本発明の一態様に係る摩擦材組成物を成形してなる。本態様の摩擦材の効果、用途等は本発明の摩擦材組成物について説明したとおりであるのでここでは繰り返さない。
【0031】
(摩擦材の製造方法)
本態様の摩擦材は、本発明の一態様に係る摩擦材組成物を成形する成形工程を含む製造方法によって製造することができる。成形工程における成形方法および成形条件は、本発明の摩擦材組成物を所定の形状に成形することができる限り特に限定されず、当該技術分野で公知の方法を採用することができる。例えば、本発明の摩擦材組成物をプレス等で押し固めることにより成形することができる。プレスによる成形方法としては、本発明の摩擦材組成物を加熱して押し固めて成形するホットプレス工法および本発明の摩擦材組成物を加熱せずに常温で押し固めて成形する常温プレス工法のいずれかを好適に採用することができる。ホットプレス工法で成形する場合には、例えば、成形温度を140℃以上、200℃以下(好ましくは160℃)とし、成形圧力を10MPa以上、40MPa以下(好ましくは20MPa)とし、成形時間を3分以上、15分以下(好ましくは10分)とすることで、本発明の摩擦材組成物を摩擦材に成形することができる。常温プレス工法で成形する場合には、例えば、成形圧力を50MPa以上、200MPa以下(好ましくは100MPa)とし、成形時間を5秒以上、60秒以下(好ましくは15秒)とすることで、本発明の摩擦材組成物を摩擦材に成形することができる。更に、必要に応じて、摩擦材の表面を研磨して摩擦面を形成する研磨工程を行ってもよい。
【0032】
<3.摩擦部材>
本発明の一態様に係る摩擦材を摩擦面として用いた摩擦部材も本発明の範疇に含まれる。摩擦部材としては、本発明の摩擦材のみを備える構成、または裏板としての金属板等の板状部材と本発明の摩擦材とを一体化した構成とすることができる。本態様の摩擦部材の効果、用途等は本発明の摩擦材組成物について説明したとおりであるのでここでは繰り返さない。
【0033】
本態様の摩擦部材を、板状部材と本発明の摩擦材とが一体化した構成とする場合は、本発明の摩擦材と板状部材とをクランプ処理し、その後、熱処理することによって本発明の摩擦材と板状部材とを接着することができる。クランプ処理の条件は特に限定されないが、例えば、例えば、180℃、1MPa、10分間である。また、クランプ処理後の熱処理の条件も特に限定されないが、例えば、150℃以上、250℃以下、5分以上、180分以下であり、好ましくは、230℃、3時間である。
【0034】
〔まとめ〕
本発明の態様1に係る摩擦材組成物は、繊維基材、結合材、有機充填材、および無機充填材を含有する摩擦材組成物であって、前記摩擦材組成物中の銅の含有量が銅元素として5質量%以下であり、且つ前記無機充填材としてマグネサイトを含む、構成である。このような構成によれば、環境に優しく、且つ従来の摩擦材と比較して、高温域での高速制動時の効きおよび耐摩耗性に優れると共に、常用の温度域においても十分な耐摩耗性を有している摩擦材を提供できるという効果を奏する。
【0035】
本発明の態様2に係る摩擦材組成物は、前記の態様1において、前記摩擦材組成物中の前記マグネサイトの含有量が、1質量%以上、10質量%以下であることが好ましい。このような構成によれば、高温域での高速制動時の寿命性能と常温の温度域での寿命性能とをバランスよく両立させることができ、且つ摩擦材組成物中に含まれている他の成分との配合バランスが良好となる。
【0036】
本発明の態様3に係る摩擦材組成物は、前記の態様1または2において、前記マグネサイトの平均粒径が、50μm以下であることが好ましい。このような構成によれば、摩擦材組成物製造時にマグネサイトを偏りなく均一に混合することが可能となること、および制動時にマグネサイトの粒子が摩擦面から脱落しにくいことから、摩擦材の高温域での高速制動時の性能(効きおよび耐摩耗性)の向上効果が安定して得られる。
【0037】
本発明の態様4に係る摩擦材組成物は、前記の態様1から3のいずれか1つにおいて、前記摩擦材組成物中の前記銅の含有量が銅元素として0.5質量%以下であることが好ましい。このような構成によれば、環境負荷の高い銅の含有量が少ないため、環境に優しい摩擦材を提供することができる。
【0038】
本発明の態様5に係る摩擦材組成物は、前記の態様1から4のいずれか1つにおいて、前記繊維基材としてクロム含有金属繊維を含み、前記摩擦材組成物中の前記クロム含有金属繊維の含有量が、1質量%以上、5質量%以下であることが好ましい。このような構成によれば、高温域での最低摩擦係数をより向上させることができる。
【0039】
本発明の態様6に係る摩擦材は、前記の態様1から5のいずれか1つの摩擦材組成物を成形してなる、構成である。
【0040】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例0041】
<摩擦材原料>
実施例および比較例で用いた摩擦材原料は以下のとおりである。
【0042】
・ステンレス繊維:クロム含有量10.5質量%
・マグネサイト(無水炭酸マグネシウム):平均粒径1μm、8μm、20μm、または50μm
・塩基性炭酸マグネシウム:平均粒径10μm
・ドロマイト:平均粒径8μm
・酸化マグネシウム:平均粒径2μm
上述した摩擦原料以外の原料は、当技術分野で通常用いられるものを使用した。
【0043】
〔実施例1〕
<ブレーキパッドの作製>
表1に示す配合比率に従って各原料を配合し、レーディゲミキサを使用して、常温(20℃)で10分間程度混合することで、摩擦材組成物を得た。なお、表1の各原料の配合量の単位は、摩擦材組成物中の質量%である。
【0044】
成形プレスを使用して、ホットプレス工法によって摩擦材組成物を加熱しつつ押し固めて成形して成形品を得た。ホットプレス工法による成形条件は、以下のとおりであった:
成形温度:160℃
成形圧力:20MPa
成形時間:10分間。
【0045】
得られた成形品の表面を、研磨機を用いて研磨し摩擦面を形成して、摩擦材を得た。この摩擦材を使用して実施例1のブレーキパッドを作製し、高温試験および走行シミュレーション試験を行った。なお、実施例1で作製したブレーキパッドは、摩擦材の厚み12.5mm、摩擦材投影面積55cmであった。
【0046】
〔実施例2~13〕
表1に示す配合比率に従って各原料を配合したこと以外は、実施例1と同様の方法で実施例2~13のブレーキパッドを作製した。
【0047】
〔比較例1~12〕
表2に示す配合比率に従って各原料を配合したこと以外は、実施例1と同様の方法で比較例1~12のブレーキパッドを作製した。
【0048】
<高温試験>
AMSフェード試験(独自動車雑誌auto motor und sportに掲載の評価条件:車速130km/時間、最高ロータ温度600℃以上)を実施し、実施例1~13および比較例1~12のブレーキパッドについて、以下の評価を行った。
【0049】
(最低摩擦係数)
AMSフェード試験時の最も低い摩擦係数を、下記の方法で測定した。
(最低摩擦係数の測定方法)
1制動中の最低トルクを用いて、各制動の摩擦係数をJIS D 0106記載の計算式で算出した。試験中で最も低い摩擦係数を最低摩擦係数とした。
【0050】
最低摩擦係数の測定結果を、以下に示す基準に従って1~5の5段階のスコアで評価した。
5:比較例1に対して20%を超えて良化
4:比較例1に対して10%以上、20%以下良化
3:比較例1と同じまたは同等
2:比較例1に対して10%以上、20%以下悪化
1:比較例1に対して20%を超えて悪化
ここでは、評価対象のブレーキパッドの最低摩擦係数が比較例1のブレーキパッドの最低摩擦係数に対して10%以上増加した場合に「良化」と評価し、評価対象のブレーキパッドの最低摩擦係数が比較例1のブレーキパッドの最低摩擦係数に対して10%以上減少した場合に「悪化」と評価した。評価対象のブレーキパッドの最低摩擦係数の増減が比較例1のブレーキパッドの最低摩擦係数に対して10%未満の場合は、比較例1と同じまたは同等と評価した。
【0051】
(摩耗量)
AMSフェード試験後のブレーキパッドの摩耗量を、下記の方法で測定した。
(摩耗量の測定方法)
JASO C427 6.計測方法に準じて摩耗量を測定した。
【0052】
試験後、ブレーキパッド1点につき8か所のパッド摩耗量を測定し、その平均値を「パッド摩耗量」とした。つまり、表1および2に記載の「パッド摩耗量」は、後述する「パッド平均摩耗量」と同義である。
【0053】
摩耗量の測定結果を、以下に示す基準に従って1~5の5段階のスコアで評価した。
5:比較例1に対して20%を超えて良化
4:比較例1に対して10%以上、20%以下良化
3:比較例1と同じまたは同等
2:比較例1に対して10%以上、20%以下悪化
1:比較例1に対して20%を超えて悪化
ここでは、評価対象のブレーキパッドの摩耗量が比較例1のブレーキパッドの摩耗量に対して10%以上減少した場合に「良化」と評価し、評価対象のブレーキパッドの摩耗量が比較例1のブレーキパッドの摩耗量に対して10%以上増加した場合に「悪化」と評価した。評価対象のブレーキパッドの摩耗量の増減が比較例1のブレーキパッドの摩耗量に対して10%未満の場合は、比較例1と同じまたは同等と評価した。
【0054】
(欠けの有無)
AMSフェード試験後のブレーキパッドの外観観察を目視で行い、ブレーキパッドにおける欠けの有無を確認した。
【0055】
<走行シミュレーション磨耗試験>
ロサンゼルス(L.A.)の市街地走行を模擬した台上試験機による試験(通称LACTシミュレーション試験)を行い、ブレーキパッドの推定寿命(パッド推定寿命)(マイル)を以下の式(1)から算出した。
パッド推定寿命(マイル)=パッド厚み(mm)÷パッド平均摩耗量(mm)×試験の走行距離(マイル) ・・・(1)
ここで、「パッド厚み(mm)」は、LACTシミュレーション試験前のブレーキパッドの厚みであり、「パッド平均摩耗量(mm)」は、LACTシミュレーション試験前のブレーキパッドの平均摩耗量であり、その測定方法は、JASO C427 6.計測方法に準じた。
【0056】
パッド推定寿命の算出結果を、以下に示す基準に従って1~5の5段階のスコアで評価した。
5:比較例1に対して20%を超えて良化
4:比較例1に対して10%以上、20%以下良化
3:比較例1と同じまたは同等
2:比較例1に対して10%以上、20%以下悪化
1:比較例1に対して20%を超えて悪化
ここでは、評価対象のブレーキパッドのパッド推定寿命が比較例1のブレーキパッドのパッド推定寿命に対して10%以上増加した場合に「良化」と評価し、評価対象のブレーキパッドのパッド推定寿命が比較例1のブレーキパッドのパッド推定寿命に対して10%以上減少した場合に「悪化」と評価した。評価対象のブレーキパッドのパッド推定寿命の増減が比較例1のブレーキパッドのパッド推定寿命に対して10%未満の場合は、比較例1と同じまたは同等と評価した。
【0057】
<結果>
高速試験における各評価結果および走行シミュレーション磨耗試験における評価結果を表1および2に示した。
【表1】
【表2】
【0058】
表1に示すとおり、実施例1~13のブレーキパッドは、無機充填材としてマグネサイトを含有することにより、比較例1のブレーキパッドと比較して、高温域での高速制動時の効きおよび耐摩耗性に優れると共に、常用の温度域においても十分な耐摩耗性を有していることが確認された。
【0059】
一方、塩基性炭酸マグネシウム(比較例2~4)、ドロマイト(比較例5~6)、または酸化マグネシウム(比較例8~9)を無機充填材として含む比較例のブレーキパッドは、高温域での高速制動時の性能向上と、常用の温度域における耐摩耗性とを両立させることができなかった。
【0060】
塩基性炭酸マグネシウムは、市街地走行時にはこの水和物脱離温度に特に到達し易いため、塩基性炭酸マグネシウムを含む比較例2~4のブレーキパッドは、常用の温度域における耐摩耗性が低下したと考えられた。
【0061】
また、ドロマイトは、マグネシウムおよびカルシウムの炭酸塩であり、高温域での高速制動時の摩擦によって分解して、酸化カルシウムを生じる。酸化カルシウムは、強アルカリ性であり、摩擦材組成物中のアルカリ成分が過剰になるため、ドロマイトを含む比較例5~7のブレーキパッドは、摩擦材中の樹脂を分解し摩擦面近傍の摩擦材強度が低下し、その結果、600℃以上の高温域では摩擦係数(μ)が上がりにくく、摩擦材に欠けが発生したと考えられた。
【0062】
また、マグネサイトのモース硬度は3.5~4.5程度であるのに対し、酸化マグネシウムは、モース硬度が6前後と高い。このため、酸化マグネシウムを含む比較例8~9のブレーキパッドは、常用の温度域における耐摩耗性が低下したと考えられた。
【0063】
以上の結果から、マグネシウム成分を含んでいる無機充填材としてマグネサイトを採用した結果、高温域での高速制動時の性能向上と、常用の温度域における耐摩耗性と両立させ得たことが明らかになった。
【0064】
また、実施例2と比較例10との比較から、マグネサイトを含有する組成において、摩擦材組成物中の銅成分の含有量が増加すると高温域での高速制動時の性能が向上するが、その一方で、常用の温度域における耐摩耗性が低下することが示された。従って、摩擦材組成物中に金属繊維として銅繊維を含有させる場合は、摩擦材組成物中の銅の含有量を銅元素として5質量%以下とすることが好ましく、摩擦材組成物中の銅の含有量を銅元素として0質量%(銅フリー)とすることがより好ましいことが明らかになった。
【0065】
また、実施例11および実施例12と比較例11および比較例12との比較から、摩擦材組成物中に金属繊維としてSUS繊維等のクロム含有繊維を含有させる場合は、摩擦材組成物中のクロム含有繊維の含有量を1質量%以上、5質量%以下の範囲とすることで、高温域での高速制動時の性能向上と、常用の温度域における耐摩耗性と比較的良好に両立させ得ることが明らかになった。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明の一態様に係る摩擦材組成物および摩擦材は、自動車等の車両の制動装置における摩擦部材に好適に利用することができる。