(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022181458
(43)【公開日】2022-12-08
(54)【発明の名称】金属抽出剤組成物
(51)【国際特許分類】
C07F 9/09 20060101AFI20221201BHJP
C22B 3/38 20060101ALI20221201BHJP
【FI】
C07F9/09 Z
C22B3/38
【審査請求】未請求
【請求項の数】1
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021088409
(22)【出願日】2021-05-26
(71)【出願人】
【識別番号】000004341
【氏名又は名称】日油株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100097490
【弁理士】
【氏名又は名称】細田 益稔
(74)【代理人】
【識別番号】100097504
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 純雄
(72)【発明者】
【氏名】下瀬川 紘
(72)【発明者】
【氏名】奥山 雄太
(72)【発明者】
【氏名】藤田 博也
【テーマコード(参考)】
4H050
4K001
【Fターム(参考)】
4H050AA03
4H050AB82
4K001AA07
4K001AA09
4K001AA19
4K001BA19
4K001DB31
(57)【要約】 (修正有)
【課題】湿式精錬における銅、コバルト等の金属種をより選択的に除去可能とする、リン酸エステル系の金属抽出剤を提供する。
【解決手段】金属抽出剤組成物は、(a)リン酸ジ2-エチルヘキシル等のモノ-又はジ-アルキルリン酸エステルを95~99.9質量%、および(b)脂肪酸を0.1~5質量%含有する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)式(1)で表されるリン酸エステルを95~99.9質量%、および(b)式(2)で表される脂肪酸を0.1~5質量%含有することを特徴とする、金属抽出剤組成物。
【化1】
(式(1)中、
R
1は炭素数4~10の直鎖または分岐鎖のアルキル基を示し、
R
2は炭素数4~10の直鎖または分岐鎖のアルキル基または水素を示す。)
【化2】
(式(2)中、
R
3は炭素数8~20の直鎖または分岐鎖のアルキル基を示す。)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属抽出剤組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
ニッケルは優れた耐食性や導電性を特徴とし、ステンレス素材やニッケル・水素充電池を始めとする広範な分野で使用される重要な金属種である。ニッケルは、主に硫化鉱を原料に精錬されており、従来は乾式精錬による大量生産が行われていたが、近年は湿式精錬がより安価な製法として注目されている。
【0003】
湿式精錬法は、特に近年発見された最大級のニッケル鉱床として知られるVoisey Bayから得られるニッケル、コバルト、銅を含む原料に対し研究されており、代表的な例では以下のような工程順に精錬している。
(1) 鉱石から金属イオン水溶液を得る工程
(2) 金属イオン水溶液から溶媒抽出と洗浄により銅を除去する工程
(3) 残存する少量の銅等を金属抽出剤により除去する工程
(4) 他品種の金属抽出剤を用いてコバルトを除去する工程
(5) 電解採取でニッケルを得る工程
【0004】
このうち工程(3)においては、水層にニッケルを残存させながら抽出層にニッケル以外の他の金属種を除去する目的で、通例、金属抽出剤としてリン酸エステルが使用されている。リン酸エステルは、ニッケルよりも優先的に他の金属種を吸着する特性の費用対効果が高い一方で、抽出操作においてニッケルも除去されてしまうことが知られている。このため、リン酸エステルの金属種の選択性をより高めることが求められている。
【0005】
ニッケルの高純度化に寄与する金属抽出剤は様々に検討されてきた。特許文献1では、炭素数9~11の分岐脂肪酸を金属抽出剤とすることで、ニッケル、コバルトを選択的に抽出し、モリブデン、バナジウム等の金属種を残存させる手法が挙げられている。
【0006】
特許文献2では、銅、ヒ素、鉄、亜鉛、コバルト等の不純物を少量ずつ含む硫酸ニッケルに対し、硫化、脱鉄、抽出、脱コバルト、中和、電解採取により精製ニッケルにする手法が挙げられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平10-310433号公報
【特許文献2】特開2007-270291号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、特許文献1記載の手法では、ニッケル、コバルトの抽出によるモリブデン、バナジウムの高効率な除去が可能であるが、ニッケル、コバルトを抽出層に取り込む点で一般的な湿式精錬法と異なるため、プロセスへの取り込みが困難であるほか、銅やコバルトに対するニッケルの選択性については記載されていない。
【0009】
また、特許文献2記載の手法では、リン酸エステルを使用する工程においてはニッケル、銅、ヒ素、亜鉛、コバルトを含む水溶液からの亜鉛除去のみが高精度で行われており、この亜鉛除去工程において銅、コバルト等の除去が不十分であった。
【0010】
本発明の課題は、リン酸エステル系の金属抽出剤を改良し、湿式精錬における銅、コバルト等の金属種をより選択的に除去可能とすることである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、(a)式(1)で表されるリン酸エステルを95~99.9質量%、および(b)式(2)で表される脂肪酸を0.1~5質量%含有することを特徴とする、金属抽出剤組成物に係るものである。
【化1】
(式(1)中、
R
1は炭素数4~10の直鎖または分岐鎖のアルキル基を示し、
R
2は炭素数4~10の直鎖または分岐鎖のアルキル基または水素を示す。)
【化2】
(式(2)中、
R
3は炭素数8~20の直鎖または分岐鎖のアルキル基を示す。)
【発明の効果】
【0012】
本発明により、リン酸エステルのニッケルに対する銅、およびコバルトの選択性を、これら金属種の抽出効率を落とさずに高めることが可能となった。
【発明を実施するための形態】
【0013】
<(a)成分>
本発明に含まれる(a)成分は、式(1)で表されるリン酸エステルである。
式(1)で示すリン酸エステルについて、R1は炭素数4~10の直鎖または分岐鎖のアルキル基を示し、R2は炭素数4~10の直鎖または分岐鎖のアルキル基または水素を示す。
【0014】
R1、R2に用いられるアルキル基の炭素数は、6以上が更に好ましく、また、8以下が更に好ましい。また、R1、R2に用いられるアルキル基としては、例えばブチル基、ヘキシル基、オクチル基、デシル基、2-エチルヘキシル基などが挙げられる。好ましくは、オクチル基、2-エチルヘキシル基であり、特に好ましくは2-エチルヘキシル基である。
【0015】
<(b)成分>
本発明の組成物に含まれる(b)成分は、式(2)で表される脂肪酸である。
式(2)で示す脂肪酸について、R3は直鎖または分岐のアルキル基を示し、R3の炭素数が8未満のアルキル基である脂肪酸は、金属吸着能が大きすぎるために抽出時の水層に金属石鹸の沈殿を生じるので、R3の炭素数は8以上であり、9以上とすることが好ましい。また、R3の炭素数が20超の脂肪酸は金属抽出能が低下するほか、溶解性が低く溶媒抽出時の析出を生じやすくなるので、R3の炭素数は20以下であり、14以下とすることが好ましい。
【0016】
本発明に用いられる脂肪酸としては、例えばカプリル酸、カプリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、ヤシ油脂肪酸などが挙げられる。好ましくはラウリン酸、ヤシ油脂肪酸であり、特に好ましくはヤシ油脂肪酸である。
【0017】
(a)式(1)で表されるリン酸エステルと(b)式(2)で表される脂肪酸との合計量を100質量%としたき、脂肪酸の添加量が0.1質量%未満(リン酸エステルの量が99.9質量超)の際は本発明の効果が得られないので、0.1質量%以上とするが、0.5質量%以上とすることが更に好ましい。また、脂肪酸の添加量が5質量%を超えると(リン酸エステルの量が95質量未満の場合には)、金属の選択性が低下するので、5質量%以下とするが、3.0質量%以下とすることが更に好ましい。
【0018】
本発明を用いた金属抽出操作においては、ニッケルを含み、さらにコバルト及び銅の少なくとも一方を含有する水溶液(金属イオン水溶液と呼ぶ)と、本発明による金属抽出剤組成物の有機溶媒による希釈液を混合し、一定のpH条件で分液操作し、液液抽出を行う。
【0019】
この液液抽出操作においてニッケルに対するコバルトおよび銅の抽出選択性を高めるためには、抽出時のpH条件は2~6が好ましい。抽出時のpHを2以上とすることによって、金属種は金属抽出剤組成物に吸着され易くなり、pHを6以下とすることによって、水溶液における金属種の残存率が更に向上する。またこのとき、金属イオン水溶液の濃度は0.1~3mol/Lが好ましく、特に好ましくは0.5~2mol/Lである。
【0020】
金属抽出剤組成物の希釈溶媒としては、ケロシン、トルエンなど水と混和しないものを使用する。金属抽出剤組成物の濃度は0.1~3 mol/Lが好ましく、特に0.5~2 mol/Lが好ましい。またこのとき、混合する金属抽出剤組成物の希釈液と金属イオン水溶液の混合比率は体積比で1 : 1~1 : 3が好ましい。
【実施例0021】
以下に本発明の実施例について説明する。
<実施例1>
リン酸ジ2-エチルヘキシル 98.5質量%およびヤシ油脂肪酸 1.5質量%を含む金属抽出剤組成物について、リン酸エステルの2mol/Lのトルエン溶液を調整し、抽出溶媒とした。イオン濃度1mol/Lのニッケル水溶液、銅水溶液およびコバルト水溶液をそれぞれ調整し、これら水溶液を体積比1:1:1で混合したものを抽出前水溶液とした。このとき、抽出前水溶液の調整には、水酸化ニッケルと塩酸、硫酸銅五水和物、硝酸コバルト六水和物をそれぞれ用いた。抽出溶媒と抽出前水溶液を体積比で1:1となるよう混合し、よく撹拌しながら、28質量%アンモニア水を用いてpHを5にそれぞれ調整し、その後70℃の水浴で10分間撹拌した後に30分間静置した。
【0022】
得られた下層(以下、抽出後水溶液と呼称する)を精製水で10倍希釈し、UV吸収強度を測定した。以上の操作はN=2で行い、平均値を取得した。
このとき、各金属種水溶液のUV吸収波長を確認するため、各金属種における1mol/L水溶液、および抽出前水溶液を精製水で25倍希釈したものについて190~1,100nmにおける吸収波長の測定を行った。このとき、ニッケルにおいて390nm、コバルトにおいて510nm、銅において800nmに吸収ピークがあり、これら吸収ピークは各金属種が混合された抽出前水溶液の25倍希釈品においても同様に確認された。同波長におけるUV吸収強度を用いた以下の計算方法で、ニッケル、銅、コバルトの有機層への抽出率、および水層への残存率(%)をそれぞれ算出した。
【0023】
有機層への抽出率(%)=
[(抽出前水溶液25倍希釈品のUV吸収値×25)-(抽出後水溶液10倍希釈品のUV吸収値×10)]×100
水層への残存率(%)= 100-(有機層への抽出率(%))
【0024】
また、得られた各抽出率に基づき、ニッケルに対する銅の優先抽出比およびニッケルに対するコバルトの優先抽出比を以下の計算方法で算出した。
ニッケルに対する銅の優先抽出比=
[(銅の有機層への抽出率(%))/(銅の水層への残存率(%))]/
[(ニッケルの有機層への抽出率(%))/(ニッケルの水層への残存率(%))]
ニッケルに対するコバルトの優先抽出比=
[(コバルトの有機層への抽出率(%))/(コバルトの水層への残存率(%))]/[(ニッケルの有機層への抽出率(%))/(ニッケルの水層への残存率(%))]
【0025】
<実施例2>
リン酸ジ2-エチルヘキシル 97.0質量%およびヤシ油脂肪酸 3.0質量%を含む金属抽出剤組成物について、リン酸エステルとして2mol/Lのトルエン溶液を調整し、抽出溶媒とした。以下、実施例1と同様に操作を行った。
【0026】
<実施例3>
リン酸ジ2-エチルヘキシル 98.5質量%およびラウリン酸 1.5質量%を含む金属抽出剤組成物について、リン酸エステルとして2mol/Lのトルエン溶液を調整し、抽出溶媒とした。以下、実施例1と同様に操作を行った。
【0027】
<実施例4>
リン酸ジ2-エチルヘキシル 97.0質量%およびラウリン酸 3.0質量%を含む金属抽出剤組成物について、リン酸エステルとして2mol/Lのトルエン溶液を調整し、抽出溶媒とした。以下、実施例1と同様に操作を行った。
【0028】
<比較例>
リン酸ジ2-エチルヘキシル100質量%を金属抽出剤とし、2mol/Lのトルエン溶液を調整し、抽出溶媒とした。以下、実施例1と同様に操作を行った。
【0029】
得られた結果に基づき、比較例の金属抽出剤に対する各実施例の金属抽出剤組成物の抽出能力向上度を確認した。すなわち、比較例と各実施例の結果を比較するために、以下の計算方法で、ニッケル残存の向上率(%)、ニッケルに対する銅の優先抽出比向上率(%)、およびニッケルに対するコバルトの優先抽出比向上率(%)を算出した。
ニッケル残存の向上率(%)=
[(各実施例におけるニッケルの水層への残存率(%))-(比較例におけるニッケルの水層への残存率(%))]/(比較例におけるニッケルの水層への残存率(%))×100
ニッケルに対する銅の優先抽出比向上率(%)=
[各実施例における(ニッケルに対する銅の優先抽出比)/
比較例における(ニッケルに対する銅の優先抽出比)]×100
ニッケルに対するコバルトの優先抽出比向上率(%)=
[各実施例における(ニッケルに対するコバルトの優先抽出比)/
比較例における(ニッケルに対するコバルトの優先抽出比)]×100
【0030】
各実施例および比較例における金属抽出剤組成物の内訳、およびニッケル、銅、コバルトの有機層への抽出率(%)、さらにニッケル残存の向上率(%)、ニッケルに対する銅の優先抽出比向上率(%)、ニッケルに対するコバルトの優先抽出比向上率(%)を、表1に示す。
各金属種の油層への抽出率については、比較例の抽出率を基準として、下記のように判定基準を定めて評価を行った。
ニッケルの抽出率:70%未満を「◎」、70%以上75%未満を「〇」、75%以上80%未満を「△」、80%以上を「×」とした。
銅の抽出率:99%以上を「◎」、98%以上99%未満を「〇」、97%以上98%未満を「△」、98%未満を「×」とした。
コバルトの抽出率:90%以上を「◎」、85%以上90%未満を「〇」、80%以上85%未満を「△」、80%未満を「×」とした。
また、各金属種の選択性については、比較例の抽出率との相対比率を求め、下記判定基準に基づいて評価を行った。
すなわち、ニッケル残存の向上率(%)、ニッケルに対する銅の優先抽出比向上率(%)、およびニッケルに対するコバルトの優先抽出比向上率(%)については、各数値が5%以上のものを「◎」、2%以上~5%未満のものを「〇」、0%以上~2%未満のものを「△」、0%未満のものを「×」とした。
【0031】
【0032】
表1の実施例1~4においては、ニッケル残存向上率(%)は、抽出効率を落とさずに、いずれの実施例においても向上しており、本発明において水溶液におけるニッケルの残存率が高められることを確認した。また、ニッケルに対する銅の優先抽出比向上率(%)、およびニッケルに対するコバルトの優先抽出比向上率(%)のいずれにおいても、抽出効率を落とさずに、比較例からの改善が認められ、本発明において銅、およびコバルトにおけるニッケルに対する選択率が向上することを確認した。