(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022181583
(43)【公開日】2022-12-08
(54)【発明の名称】レーザ加工用のパルスレーザ装置およびレーザ加工装置
(51)【国際特許分類】
H01S 3/00 20060101AFI20221201BHJP
H01S 3/113 20060101ALI20221201BHJP
H01S 3/098 20060101ALI20221201BHJP
B23K 26/0622 20140101ALI20221201BHJP
【FI】
H01S3/00 B
H01S3/113
H01S3/098
B23K26/0622
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021088614
(22)【出願日】2021-05-26
(71)【出願人】
【識別番号】000102212
【氏名又は名称】ウシオ電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 賢樹
(74)【代理人】
【識別番号】100133215
【弁理士】
【氏名又は名称】真家 大樹
(72)【発明者】
【氏名】山▲崎▼ 祐
(72)【発明者】
【氏名】影林 由郎
【テーマコード(参考)】
4E168
5F172
【Fターム(参考)】
4E168AD07
4E168AD11
4E168BA00
4E168BA81
4E168BA90
4E168CB07
4E168DA28
4E168DA43
4E168JA01
4E168JA14
4E168JA17
5F172NN13
5F172NN14
5F172NN27
5F172NQ07
5F172NQ53
(57)【要約】
【課題】効率を改善したレーザ加工装置に使用可能なパルスレーザ装置を提供する。
【解決手段】パルスレーザ装置200はワークWにレーザ光を照射する加工装置に使用される。励起光源212は励起光を出力する。レーザ共振器220には、レーザ媒質および可飽和吸収体が組み込まれ、受動Qスイッチ-モードロック動作することにより、複数のパルス光を含む光パルス群802を所定の周期Tbで間欠的に出力可能に構成される。光パルス群の周期Tbが、ワークWに生ずるプルームの時間特性に応じて設計される。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ワークにレーザ光を照射する加工装置に使用可能なパルスレーザ装置であって、
励起光を出力する励起光源と、
レーザ媒質および可飽和吸収体が組み込まれ、受動Qスイッチ-モードロック動作することにより、複数のパルス光を含む光パルス群を所定の周期で間欠的に出力可能に構成される共振器と、
を備え、前記光パルス群の周期が、前記ワークに生ずるプルームの時間特性に応じていることを特徴とするパルスレーザ装置。
【請求項2】
前記光パルス群の周期は0.4μs以上であることを特徴とする請求項1に記載のパルスレーザ装置。
【請求項3】
レーザ照射によってプルームが発生するワークにレーザ光を照射する加工装置用のパルスレーザ装置であって、
励起光を出力する励起光源と、
レーザ媒質および可飽和吸収体が組み込まれ、受動Qスイッチ-モードロック動作することにより、パルス列を含む光パルス群を所定の周期で間欠的に出力可能に構成される共振器と、
を備え、前記光パルス群の周期が、0.4μs以上であることを特徴とするパルスレーザ装置。
【請求項4】
前記光パルス群の周期は2μs以上であることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載のパルスレーザ装置。
【請求項5】
前記光パルス群の周期が、前記励起光の強度に応じて調節可能であることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載のパルスレーザ装置。
【請求項6】
前記プルームの生成開始時刻は、前記光パルス群の強度包絡線のピークより後ろであることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載のパルスレーザ装置。
【請求項7】
前記プルームの生成開始時刻は、前記光パルス群の強度包絡線が前記ピークの1/2となる時刻より後ろであることを特徴とする請求項6に記載のパルスレーザ装置。
【請求項8】
請求項1から3のいずれかに記載のパルスレーザ装置を備え、
前記ワークに対する前記パルスレーザ装置の出力光の照射位置を、前記光パルス群のオフ期間中に変化させることを特徴とするレーザ加工装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、パルスレーザ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
レーザ加工は、高エネルギーのレーザ光を加工対象物(試料、あるいはワークという)に照射し、熱エネルギーで試料を局所的に融解・蒸発させる加工技術である。レーザ加工は、刃物を用いた加工に比べて、非接触であるが故に多くの利点を有しており、幅広い用途で使用されている。
【0003】
レーザ加工において試料にレーザ照射すると、試料は高エネルギーを吸収してプルームを形成して照射点の周囲に飛散する。プルームはプラズマ状態であり、プルームが存在すると後続のパルスは吸収されてしまい、試料表面へ照射されなくなり、損失となる。
【0004】
図1(a)~(c)は、従来のレーザ加工におけるレーザ光の照射波形を説明する図である。
図1(a)では、プルームの影響がない程度の時間間隔T
1(周波数f=1/T
1)で、パルスが照射される。時間間隔T
1は、レーザ光の照射からプルームの形成までの遅延時間τ
1と、プルームの持続時間(寿命)τ
2の合計より長く定めれば、プルームでの光の吸収は生じない。ただし、単位時間当たりに試料に照射できるパルス数が少ないため、単位時間当たりの加工面積、あるいは加工体積は小さくなるから、加工時間が長くなる。
【0005】
図1(b)では、パルスレーザ光の繰り返しの時間間隔T
2が遅延時間τ
2よりも十分に短く定められる。
図1(b)の方式では、
図1(a)と比べて、プルームが発生していない区間に、多くのエネルギーを試料に照射できるため、加工速度の観点から有利である。一方で、プルームの持続時間τ
2の間は、レーザ光のエネルギーがプルームによって吸収されるために損失となる。
【0006】
図1(c)では、
図1(b)の場合と同様に周波数が十分に高いパルスレーザを用いるが、プルームの発生期間τ
2の間は、パルス列の一部を、シャッターを用いて間引くことにより、バースト状に照射される。この方式では、
図1(a)と
図1(b)の両方の利点を享受できる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】E.L. Gurevich and R. Hergenroder: Applied Spectroscopy. 61 [10](2007)233A
【非特許文献2】B. Rethfeld、 K. Sokolowski-Tinten、 D. von der Linde and S.I. Anisimov: Applied Physics A. 79 [4-6](2004)767.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本出願人は、
図1(c)の方式に関連する技術として、特願2020-106620(以下、先行出願という、本出願時において未公開)を出願している。
【0009】
先行出願では、音響光学(AO:Acousto-Optic)素子(AO変調器ともいう)を、シャッターとして用いている。AO素子およびRF電源の立ち上がり・立ち下がり時間はそれぞれ約200~300ns程度必要であるため光パルス群の周期を400ns以下とすることが難しく、ワークの種類によっては採用できない場合があった。
【0010】
また、AO素子の挿入損失があり、エネルギーを無駄にしてしまう問題があった。またAO素子には、ファンクションジェネレータ、駆動電源が必要であり、装置を大型化する要因の一つであった。
【0011】
間引いたエネルギーは熱となり、エネルギー効率を低下させ、さらに冷却機構を必要とする問題があった。
【0012】
本開示は係る課題に鑑みてなされたものであり、そのある態様の例示的な目的のひとつは、効率を改善したレーザ加工装置に使用可能なパルスレーザ装置の提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本開示のある態様は、ワークにレーザ光を照射する加工装置に使用可能なパルスレーザ装置である。パルスレーザ装置は、励起光を出力する励起光源と、レーザ媒質および可飽和吸収体が組み込まれ、受動Qスイッチ-モードロック動作することにより、複数のパルス光を含む光パルス群を所定の周期で間欠的に出力可能に構成される共振器と、を備え、光パルス群の周期が、ワークに生ずるプルームの時間特性に応じて定められる。
【0014】
本開示の別の態様は、レーザ照射によってプルームが発生するワークにレーザ光を照射する加工装置に使用可能なパルスレーザ装置である。パルスレーザ装置は、励起光を出力する励起光源と、レーザ媒質および可飽和吸収体が組み込まれ、受動Qスイッチ-モードロック動作することにより、複数のパルス光を含む光パルス群を所定の周期で間欠的に出力可能に構成される共振器と、を備え、光パルス群の周期が、0.4μs以上である。
【0015】
なお、以上の構成要素を任意に組み合わせたもの、本開示の構成要素や表現を、方法、装置、システムなどの間で相互に置換したものもまた、本開示の態様として有効である。
【発明の効果】
【0016】
本開示のある態様によれば、レーザ加工における効率を改善できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】
図1(a)~(c)は、従来のレーザ加工におけるレーザ光の照射波形を説明する図である。
【
図2】実施形態に係るレーザ加工装置を示す図である。
【
図3】実施形態に係るパルスレーザ装置を示す図である。
【
図4】
図3のパルスレーザ装置を備えるレーザ加工装置の動作を説明する図である。
【
図5】レーザ光の強度の波形を好適な一例を示す図である。
【
図6】簡略化されたレーザ光の強度の波形を示す図である。
【
図7】レーザ光の強度の波形を好適な一例を示す図である。
【
図8】レーザ光の強度の波形を好適な一例を示す図である。
【
図10】
図9のパルスレーザ装置の出力光のRFスペクトルの実測値を示す図である。
【
図11】
図11(a)~(c)は、励起光強度8.3mWのときのパルスレーザ装置の出力光の時間波形(実測)を示す図である。
【
図12】
図12(a)~(c)は、励起光強度144mWのときのパルスレーザ装置の出力光の時間波形(実測)を示す図である。
【
図13】励起光強度と、光パルス群の周波数の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
(実施形態の概要)
本開示のいくつかの例示的な実施形態の概要を説明する。この概要は、後述する詳細な説明の前置きとして、実施形態の基本的な理解を目的として、1つまたは複数の実施形態のいくつかの概念を簡略化して説明するものであり、発明あるいは開示の広さを限定するものではない。またこの概要は、考えられるすべての実施形態の包括的な概要ではなく、実施形態の欠くべからざる構成要素を限定するものではない。便宜上、「一実施形態」は、本明細書に開示するひとつの実施形態(実施例や変形例)または複数の実施形態(実施例や変形例)を指すものとして用いる場合がある。
【0019】
一実施形態に係るパルスレーザ装置はワークにレーザ光を照射する加工装置用である。パルスレーザ装置は、励起光を出力する励起光源と、レーザ媒質および可飽和吸収体が組み込まれ、受動Qスイッチ-モードロック動作することにより、複数のパルス光を含む光パルス群を所定の周期で間欠的に出力可能に構成される共振器と、を備え、光パルス群の周期が、ワークに生ずるプルームの時間特性に応じている。
【0020】
この構成によると、受動Qスイッチ動作によって間欠的な光パルス群が形成される。光パルス群の周期を、プルームの時間特性、具体的な、レーザ照射から発生までの遅延時間や、プルームの持続時間などに応じて定めることにより、プルームを避けて、複数のパルス光を含む光パルス群をワークに照射することができ、効率を改善できる。この構成では、AO素子や機械的なシャッターなどの間引き機構をレーザ照射装置に搭載する必要がなくなり、装置を小型化、低コスト化できる。またAO素子では光パルス群の照射時間を500nsより短くすることが困難であったが、受動Qスイッチ動作によって、短い照射時間を実現できる。
【0021】
一実施形態において、光パルス群の周期は0.4μs以上であってもよい。これにより、レーザ照射からプルーム発生までの遅延時間とプルームの持続時間の合計が、0.4μsより短いワークを加工する場合に、効率を改善できる。
【0022】
一実施形態において、光パルス群の周期は2μs以上であってもよい。これにより、レーザ照射からプルーム発生までの遅延時間とプルームの持続時間の合計が、2μsより短いワークを加工する場合に、効率を改善できる。
【0023】
一実施形態に係るパルスレーザ装置は、レーザ照射によってプルームが発生するワークにレーザ光を照射する加工装置用である。パルスレーザ装置は、励起光を出力する励起光源と、レーザ媒質および可飽和吸収体が組み込まれ、受動Qスイッチ-モードロック動作することにより、複数のパルス光を含む光パルス群を所定の周期で間欠的に出力可能に構成される共振器と、を備え、光パルス群の周期が、0.4μs以上である。
【0024】
一実施形態において、光パルス群の周期が、励起光の強度に応じて調節可能であってもよい。励起光強度を変えることで光パルス群のオフ時間(すなわち光パルス群の周期)を制御できるため、ファンクションジェネレータを用いる必要がなくなり、装置の制御が容易になる。
【0025】
一実施形態において、パルスレーザ装置は、プルームの生成開始時刻が、光パルス群の強度包絡線のピークより後ろとなるように構成されてもよい。より好ましくは一実施形態において、パルスレーザ装置は、プルームの生成開始時刻が、光パルス群の強度包絡線がピークの1/2となる時刻より後ろとなるように構成されてもよい。これにより、プルームに吸収される光パルス群のエネルギーを抑制できる。
【0026】
(実施形態)
以下、好適な実施形態について図面を参照しながら説明する。各図面に示される同一または同等の構成要素、部材、処理には、同一の符号を付するものとし、適宜重複した説明は省略する。また、実施の形態は、開示や発明を限定するものではなく例示であって、実施の形態に記述されるすべての特徴やその組み合わせは、必ずしも開示や発明の本質的なものであるとは限らない。
【0027】
また図面に記載される各部材の寸法(厚み、長さ、幅など)は、理解の容易化のために適宜、拡大縮小されている場合がある。さらには複数の部材の寸法は、必ずしもそれらの大小関係を表しているとは限らず、図面上で、ある部材Aが、別の部材Bよりも厚く描かれていても、部材Aが部材Bよりも薄いこともあり得る。
【0028】
図2は、実施形態に係るレーザ加工装置100を示す図である。レーザ加工装置100は、ワークWにレーザ光を照射し、ワークWを加工する。加工の種類は特に限定されず、切断、穴あけ、溶接、焼入などが例示される。またワークWの材料も特に限定されず、金属、樹脂、ガラスなどさまざまなものを対象とすることができるが、本実施形態では特に、レーザ照射によってプルーム(プラズマ)が発生する物質を対象とする加工に好適である。
【0029】
レーザ加工装置100は、パルスレーザ装置200、光学系110、ステージ120、コントローラ130を備える。パルスレーザ装置200は、光パルス群801を所定の周期(バースト周期ともいう)Tbで間欠的に出力する。光パルス群801はそれぞれ、複数のパルス光(パルス列)を含んでいる。
【0030】
ステージ120は、ワークWを支持・搬送する。光学系110は、パルスレーザ装置200の出力光をリレーし、ワークWの表面に集光する。
【0031】
コントローラ130は、レーザ加工装置100全体を統合的に制御する。コントローラ130は、ステージ120によってワークWを移動させるか、あるいは光学系110に設けられた可動ミラー(不図示)を変化させることにより、レーザの照射位置を制御してもよい。
【0032】
続いて、パルスレーザ装置200の構成を説明する。
【0033】
図3は、実施形態に係るパルスレーザ装置200を示す図である。パルスレーザ装置200は、シードレーザ装置210および増幅器230を備える。
【0034】
シードレーザ装置210は、光パルス群であるシード光802を所定の周期Tbで間欠的に出力する。シード光802は、増幅器230によって増幅され、光パルス群801が生成される。
【0035】
シードレーザ装置210は、励起光源212およびレーザ共振器220を備える。励起光源212は、励起光803を出力する。レーザ共振器220には、励起光803により励起されるレーザ媒質および可飽和吸収体が組み込まれており、受動Qスイッチ-モードロック動作することにより、光パルス群であるシード光802をバースト周期Tbで間欠的に出力する。つまり、受動Qスイッチ動作によって周期Tbが定まり、光パルス群に含まれる複数のパルスの幅/周期はモードロックによって定まる。光パルス群の周期Tbは、ワークWに生ずるプルームの時間特性に応じて定められる。
【0036】
以上がパルスレーザ装置200の構成である。続いてその動作を説明する。
【0037】
図4は、
図3のパルスレーザ装置200を備えるレーザ加工装置100の動作を説明する図である。上段は光パルス群の強度を、下段はプルームを示す。
【0038】
光パルス群は、周期Tbの包絡線を形成している。光パルス群の発生区間をオン時間TONと称し、非発生区間をオフ時間TOFFと称する。ここではパルス群の周期Tbを、パルス群のリーディングエッジの間隔として示す。プルームの時間特性は、主に、レーザ照射からプルームが発生するまでの遅延時間τ1と、プルームの持続時間τ2(寿命)で定義づけることができる。その他、プルームの時間特性は、プルームの成長速度などを含みうる。
【0039】
図4において、周期Tbは、τ
1+τ
2以上となるように定められる。さらに光パルス群の発生時間(オン時間T
ON)は、遅延時間τ
1以下である。
Tb≧τ
1+τ
2 …(1)
T
ON≦τ
1 …(2)
なお、この2つの関係(1)、(2)は理想条件であり、実際の実装において、必ずしもこれらの関係を満たす必要はなく、それに準ずる状態で動作させることにより、以下で説明する効果を奏することが理解される。
【0040】
非特許文献1、2には、ピコ秒以上の時間幅を有するパルスを照射した場合、レーザの照射後、プラズマ(プルーム)が形成されるまでの時間τ1は100ns程度とされている。またプルームの寿命τ2は300~2000nsとされている。プルームの寿命が300nsである場合、バースト周期Tbを400ns(0.4μs)より長く定めれば、関係式(1)が満たされる。そこで、
Tb≧0.4μs
を満たすように、パルスレーザ装置200を設計すればよい。
【0041】
プルームの寿命τ2が900nsのワークWを想定する場合、
Tb≧1μs
を満たすように、パルスレーザ装置200を設計すればよい。プルームの寿命τ2が1.9nsであるワークWを想定する場合、
Tb≧2μs
を満たすようにパルスレーザ装置200を設計すればよい。
【0042】
以上がパルスレーザ装置200の基本動作である。このパルスレーザ装置200によれば、プルームが生じる前に複数個のパルスを照射することで、単位時間当たりの加工体積を増やすことができる。またパルスがプルームに吸収されて無駄になるエネルギーを減らすことができる。
【0043】
この場合において、
図2のレーザ加工装置100では、光パルス群のオフ時間中に、ワークWまたはビームを移動させることが望ましい。これにより、シャッターなどの機構を用いて一時的にビームを遮断せずに、任意箇所のみを加工することができ、またエネルギーの無駄を抑制できる。
【0044】
さらに、AO素子およびそれに付随する駆動回路を含む間引き機構が不要となるため、装置を小型化、簡素化することができる。AO素子を用いる場合には、変調の周期を制御するために、ファンクションジェネレータなどが必要であった。本実施形態では、詳しくは後述するように励起光の強度を変えることで光パルス群のオフ時間TOFFを制御できる。したがって、プルームの寿命τ2に応じて励起光強度を調整してバースト周期Tbを最適化することができる。これにより、ファンクションジェネレータなどのハードウェアが不要となり、また装置の制御が容易になる。
【0045】
またAO素子をシャッターとして用いる場合には、シャッターが開いた状態においても、無視できない透過損失が存在する。これに対して、受動Qスイッチモード同期を利用する手法では、オフ時間TOFFの間の光エネルギーは可飽和吸収体に一時的にエネルギーが蓄えられているため、AO素子を用いた場合に比べて損失を減らすことができる。
【0046】
続いて、光パルス群の好ましい波形のいくつかの例を説明する。
【0047】
図5は、レーザ光の強度の波形を好適な一例を示す図である。実際の光パルス群の包絡線は、矩形波よりも、ガウシアン分布などのように山なりに近い形状を有しており、言い換えると、リーディングエッジ(前縁、立ち上がりエッジ)とトレーリングエッジ(後縁、立ち下がりエッジ)にスロープを有する。この場合、ある包絡線のリーディングエッジの始点(裾)から、次の包絡線のリーディングエッジの始点(裾)を、バースト周期Tbとすることができる。また包絡線の裾と裾の間隔をオン時間T
ONとしており、残りがオフ時間T
OFFとなる。
【0048】
図5の例では、プルームの発生開始時刻t
1が、そのプルームの原因となった先行する光パルス群の包絡線の立ち下がりの裾の時刻t
2よりも前である。すなわちプルームの発生区間(持続時間τ
2)が、光パルス群のオン時間T
ONの後縁(トレーリングエッジ)部分とオーバーラップしている。つまり、Tb≧τ
1+τ
2の関係(1)は満たしているが、T
ON≦τ
1の関係(2)は満たしていない。
【0049】
この場合、光パルス群の後縁部分(t
1~t
2)のエネルギーは、プルームにより吸収されることになるが、残りの大部分は吸収されずに、ワークWに照射される。プルームの発生開始時刻t
1が、包絡線のピークt
0より遅ければ、言い換えるとt
0<t
1の条件が成り立つとき、光パルス群のエネルギーの1/2以上が、ワークWに照射されることが保証される。この場合であっても、
図1(a)よりも高速な加工が可能であり、また
図1(b)よりもエネルギーの損失を低減できる。
【0050】
なお、
図5では、時間τ
1の始点である照射時刻を、光パルス群の立ち上がりの裾としているが、プラズマが発生するためには、レーザ光の強度があるしきい値を超えている必要がある。したがって、実際には、τ
1の始点は、
図5で示すタイミングよりも、包絡線のピークt
0に近い位置にシフトする場合もある。
【0051】
図6は、簡略化されたレーザ光の強度の波形を示す図である。ここでは説明の簡略化のために、光パルス群の包絡線を三角波で近似している。
図6において、ハッチングを付している部分の面積が、プルームによって吸収されるエネルギーを表す。
【0052】
簡単のため、TON=2、レーザ光のピーク強度を1とすると、1個の光パルス群のエネルギーは1となる。t1-t0=Δt1とすると、ハッチングを付した部分の面積、すなわち吸収されるエネルギーEは、
E=0.5×(1-Δt1)2
となる。Δt1=0とした場合、つまり、t0とt1が一致する場合、E=0.5であり、エネルギーの半分が吸収される。用途によっては、1/2の損失も許容しうる。
【0053】
Δt1=0.5とした場合、E=0.125となり、エネルギーの1/8が吸収される。これは、レーザ光の強度がピークの1/2まで低下した時刻において、プルームが発生する状況に相当する。1/8程度の損失であれば、十分に許容できるケースが増える。
【0054】
Δt1=0.75とした場合、E=0.03125となり、エネルギーの1/32が吸収される。これは、レーザ光の強度がピークの1/4まで低下した時刻において、プルームが発生する状況に相当する。この程度の損失はほぼ無視できると言える。
【0055】
Δt1をオン時間TONとの関係で表現すると、Δt1≧0であることが好ましく、より好ましくは、Δt1>TON/4あり、より好ましくはΔt1>3/8×TONである。
【0056】
この例では、パルス幅TONを、裾から裾で定義したが、裾を明確に確定することが難しい場合もある。その場合、半値全幅をパルス幅TON(FWFM)としてもよい。三角波の場合、TON=2TON(FWHM)が成り立つから、Δt1をオン時間TON(FWFM)との関係で表現すると、Δt1≧0であることが好ましく、より好ましくは、Δt1>TON(FWHM)/2あり、より好ましくはΔt1>3/4×TON(FWHM)である。
【0057】
図7は、レーザ光の強度の波形を好適な一例を示す図である。
【0058】
図7の例では、光パルス群の包絡線の立ち上がりの裾の時刻t
3が、1つ前の光パルス群により誘起されたプルームの終了時刻t
4に先行している。すなわちプルームの発生区間(持続時間τ
2)が、光パルス群のオン時間T
ONの前縁(リーディングエッジ)部分とオーバーラップしている。つまり、T
ON≦τ
1の関係(2)は満たしているが、Tb≧τ
1+τ
2の関係(1)は満たしていない。
【0059】
この場合、光パルス群の前縁部分(t
3~t
4)のエネルギーは、プルームにより吸収されることになるが、残りの大部分は吸収されずに、ワークWに照射される。プルームの終了時刻t
4が、包絡線のピークt
5より前であれば、言い換えるとt
4<t
5の条件が成り立つとき、光パルス群のエネルギーの1/2以上が、ワークWに照射されることが保証される。この場合であっても、
図1(a)よりも高速な加工が可能であり、また
図1(b)よりもエネルギーの損失を低減できる。
【0060】
上述したように、レーザ光強度の包絡線として三角波を仮定する。TON=2、レーザ光のピーク強度を1とすると、1個の光パルス群のエネルギーは1となる。t5-t4=Δt2とすると、ハッチングを付した部分の面積、すなわち吸収されるエネルギーEは、
E=0.5×(1-Δt2)2
となる。Δt2=0とした場合、つまり、t4とt5が一致する場合、E=0.5であり、エネルギーの半分が吸収される。用途によっては、1/2の損失も許容しうる。
【0061】
Δt2=0.5とした場合、E=0.125となり、エネルギーの1/8が吸収される。これは、レーザ光の強度がピークの1/2まで低下した時刻において、プルームが消失する状況に相当する。1/8程度の損失であれば、十分に許容できるケースが増える。
【0062】
Δt2=0.75とした場合、E=0.03125となり、エネルギーの1/32が吸収される。これは、レーザ光の強度がピークの1/4まで低下した時刻において、プルームが消失する状況に相当する。この程度の損失はほぼ無視できると言える。
【0063】
Δt2をオン時間TONとの関係で表現すると、Δt2≧0であることが好ましく、より好ましくは、Δt2>TON/4あり、より好ましくはΔt2>3/8×TONである。
【0064】
半値全幅をパルス幅TON(FWFM)とする場合、Δt2をオン時間TON(FWFM)との関係は、Δt2≧0であることが好ましく、より好ましくは、Δt2>TON(FWHM)/2あり、より好ましくはΔt2>3/4×TON(FWHM)である。
【0065】
図8は、レーザ光の強度の波形を好適な一例を示す図である。プルームの発生開始時刻t
1が、そのプルームの原因となった先行する光パルス群の包絡線の立ち下がりの裾の時刻t
2よりも前である。また、光パルス群の包絡線の立ち上がりの裾の時刻t
3が、1つ前の光パルス群により誘起されたプルームの終了時刻t
4に先行している。つまり、光パルス群の前縁部分と後縁部分の両方が、プルームの発生期間τ
2とオーバーラップしている。つまり、Tb≧τ
1+τ
2の関係(1)とT
ON≦τ
1の関係(2)のいずれも満たしていない。
【0066】
この場合であっても、オーバーラップする区間Δt1、Δt2が短ければ、エネルギーの損失を許容範囲内に抑えることができる。
【0067】
続いて、パルスレーザ装置200の具体的な構成例を説明する。
図9は、パルスレーザ装置200の構成例を示す図である。上述のように、パルスレーザ装置200は、シードレーザ装置210および増幅器230を備える。
【0068】
シードレーザ装置210は、励起光源212およびレーザ共振器220を備える。励起光の波長は、レーザ媒質の材料に応じて決めればよい。たとえば励起光源212は、波長804~808nmのレーザダイオードを用いることができる。なお、レーザダイオードに代えて発光ダイオードを用いてもよい。
【0069】
レーザ共振器220は、一対のミラー、すなわちSESAM(半導体可飽和吸収ミラー)224と高反射ミラー226を含む。レーザ共振器220内には、レーザ媒質222が設けられている。
【0070】
レーザ媒質222は、ファイバであり、コアとクラッドを含む。コアは、Ndを添加したシリカガラス、クラッドは、シリカガラスを用いてもよい。
【0071】
たとえば、ゼオライト法を用いてNdを添加したシリカガラス母材を製作し、φ=3mmのロッド状に研削する。ドープ濃度は、たとえば1.25wt%程度が好適である。このロッドは、クラッド222bとなる石英管の中に挿入、固定され、母材(プリフォーム)が構成される。この母材を、外径φ125μmとなるように線引き装置によって線引きし、所定の長さ(一例として40mm)でカットすることにより、レーザ媒質222を作製できる。
【0072】
励起光源212が出力する励起光は、WDM(波長多重)カプラ218および結合光学系216を介して、レーザ共振器220に結合される。
【0073】
増幅器230は、励起光源232、ファイバ234、WDMカプラ236を含む。励起光源232は、たとえば波長975nmのレーザダイオードを用いることができる。ファイバ234は、Ybドープのシングルモードファイバである。
【0074】
以上がパルスレーザ装置200の構成例である。続いてその動作を説明する。
【0075】
図10は、
図9のパルスレーザ装置200の出力光のRFスペクトルの実測値を示す図である。
図10には、シードレーザ装置210を出力強度P
OUT=27.2mWと0.8mW(励起光の強度P
PUMP=144mW,8.3mW)として動作させたときの2つのスペクトルが示される。いずれの出力においても、発振周波数すなわちモードロックによって決まる光パルスの周波数は2.57GHzであった。
【0076】
図11(a)~(c)は、励起光強度8.3mWのときのパルスレーザ装置の出力光の時間波形(実測)を示す図である。また
図12(a)~(c)は、励起光強度144mWのときのパルスレーザ装置の出力光の時間波形(実測)を示す図である。なお、光強度は正であるところ、
図11(a)~(c)および
図12(a)~(c)において負をとっているのは、測定系(主としてオシロスコープのプローブ)の影響である。
図11(a)~(c)は時間スケールが異なっており、同様に
図12(a)~(c)も時間スケールが異なっている。
図11(a)を参照すると、P
PUMP=8.3mWのとき、バースト周期Tbはおよそ9μsであるのに対して、
図12(a)を参照すると、P
PUMP=144mWのとき、バースト周期Tbはおよそ0.8μsである。このように、励起光の強度P
PUMPを変化させることによって、バースト周期Tbが大きく変化していることが分かる。
【0077】
図11(b)および
図12(b)には、光パルス群の波形図が示される。励起光の強度にかかわらず、光パルス群のオン時間T
ONは裾から裾までで400ns程度であり、半値全幅のオン時間T
ON(FWFM)は160ns程度である。
【0078】
プルームの発生時間τ1が100nsであるとすると、400nsのオン時間TONは長すぎる場合もある。この場合、オン時間TONは共振器220の設計を変更することにより調節することが可能である。
【0079】
なお、T
ON=400nsであったとしても、時間τ
1の始点となる実効的なレーザ照射時刻が、レーザ光強度がピークの半値まで上昇した時刻(
図11(b)、
図12(b)における120ns)であるとすれば、τ
1=100ns経過後のプルームの終了時刻は、包絡線のピークの発生時刻(
図11(b)、
図12(b)の200ns)よりも後ろに位置することになるため、
図5を参照して説明した条件を満たすことになる。
【0080】
図11(c)および
図12(c)には、光パルス群を構成する個々の光パルスの波形が示されている。叙述のように発振周波数が2.6GHzであるから、パルスの周期は0.38nsとなる。
【0081】
図13は、励起光強度と光パルス群の周波数の関係を示す図である。光パルス群の周波数は、励起光強度に対して、ほぼ線形に変化させることができる。バースト周期Tbは、光パルス群の周波数の逆数であるから、バースト周期Tbは、励起光強度に対して実質的に反比例すると言える。
【0082】
図3を参照する。励起光源212は、励起光の強度を可変に構成するとよい。そして、ワークWの種類などに応じて、ユーザがマニュアルで、あるいはコンピュータによる自動制御で、励起光強度を調節することで、バースト周期Tbを、プルームの時間特性に応じて設定することが可能となる。
【0083】
実施の形態には、請求の範囲に規定された本発明の思想を逸脱しない範囲において、多くの変形例や配置の変更が認められ、そうした変形例も本発明の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0084】
100 レーザ加工装置
W ワーク
110 光学系
120 ステージ
130 コントローラ
200 パルスレーザ装置
210 シードレーザ装置
212 励起光源
216 結合光学系
218 WDMカプラ
220 レーザ共振器
222 レーザ媒質
224 SESAM
226 高反射ミラー
230 増幅器
232 励起光源
234 ファイバ
236 WDMカプラ