(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022181697
(43)【公開日】2022-12-08
(54)【発明の名称】クラッチピストン
(51)【国際特許分類】
F16D 25/0638 20060101AFI20221201BHJP
F16D 25/12 20060101ALI20221201BHJP
F16J 15/3232 20160101ALI20221201BHJP
【FI】
F16D25/0638
F16D25/12 B
F16J15/3232
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021088773
(22)【出願日】2021-05-26
(71)【出願人】
【識別番号】521229544
【氏名又は名称】二本松NOK株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000004385
【氏名又は名称】NOK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100109380
【弁理士】
【氏名又は名称】小西 恵
(74)【代理人】
【識別番号】100109036
【弁理士】
【氏名又は名称】永岡 重幸
(74)【代理人】
【識別番号】100125335
【弁理士】
【氏名又は名称】矢代 仁
(72)【発明者】
【氏名】栗山 秀樹
【テーマコード(参考)】
3J006
3J057
【Fターム(参考)】
3J006AE25
3J006CA01
3J057AA04
3J057BB04
3J057CA03
3J057EE04
3J057JJ04
(57)【要約】
【課題】シール部材の封止性能が高く、かつ摩擦が小さいクラッチピストンを提供する。
【解決手段】クラッチピストンは、オイルが流入するピストン室内を往復移動するピストンと、ピストン室内のオイルを封止するシール部材とを備える。シール部材は、ピストンに取り付けられた基部と、ピストンが往復移動するときに、ピストン室の円柱状の壁面に対して摺動するシールリップとを有する。シールリップは、円柱状の壁面に面接触するシール面を有し、シール面は、円柱状の壁面に接触しない非圧縮状態で、ほぼ円柱状の形状を有する。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
オイルが流入するピストン室内を往復移動するピストンと、
前記ピストン室内のオイルを封止するシール部材であって、前記ピストンに取り付けられた基部と、前記ピストンが往復移動するときに、前記ピストン室の円柱状の壁面に対して摺動するシールリップとを有する、シール部材とを備え、
前記シールリップは、前記円柱状の壁面に面接触するシール面を有し、前記シール面は、前記円柱状の壁面に接触しない非圧縮状態で、ほぼ円柱状の形状を有する
ことを特徴とするクラッチピストン。
【請求項2】
前記シールリップの前記シール面は、前記ピストンの移動方向において前記ピストン室の奥側に配置されるべき奥側部分と、前記移動方向において前記ピストン室の手前側に配置されるべき手前側部分を有し、
前記シール面が前記円柱状の壁面に面接触する圧縮状態で、前記奥側部分が前記手前側部分よりも前記円柱状の壁面に高い接触圧で接触するように、前記シール面は、前記円柱状の壁面に接触しない非圧縮状態で傾斜している
ことを特徴とする請求項1に記載のクラッチピストン。
【請求項3】
前記ピストンと対向し、前記ピストンとの間にオイル室を画定するキャンセラと、
前記オイル室内のオイルを封止するさらなるシール部材であって、前記キャンセラに取り付けられた基部と、前記ピストンが往復移動するときに、前記ピストンの前記オイル室を形成する円柱状の内壁面に対して摺動するさらなるシールリップとを有する、さらなるシール部材とをさらに備え、
前記さらなるシールリップは、前記円柱状の内壁面に面接触するさらなるシール面を有し、前記さらなるシール面は、前記円柱状の内壁面に接触しない非圧縮状態で、ほぼ円柱状の形状を有する
ことを特徴とする請求項1または2に記載のクラッチピストン。
【請求項4】
前記さらなるシールリップの前記さらなるシール面は、前記ピストンの移動方向において前記オイル室の奥側に配置されるべきさらなる奥側部分と、前記移動方向において前記オイル室の手前側に配置されるべきさらなる手前側部分を有し、
前記さらなるシール面が前記円柱状の内壁面に面接触する圧縮状態で、前記さらなる奥側部分が前記さらなる手前側部分よりも前記円柱状の内壁面に高い接触圧で接触するように、前記さらなるシール面は、前記円柱状の内壁面に接触しない非圧縮状態で傾斜している
ことを特徴とする請求項3に記載のクラッチピストン。
【請求項5】
オイルが流入するピストン室内を往復移動するピストンと、
前記ピストンと対向し、前記ピストンとの間にオイル室を画定するキャンセラと、
前記オイル室内のオイルを封止するシール部材であって、前記キャンセラに取り付けられた基部と、前記ピストンが往復移動するときに、前記ピストンの前記オイル室を形成する円柱状の内壁面に対して摺動するシールリップとを有する、シール部材とを備え、
前記シールリップは、前記円柱状の内壁面に面接触するシール面を有し、前記シール面は、前記円柱状の内壁面に接触しない非圧縮状態で、ほぼ円柱状の形状を有する
ことを特徴とするクラッチピストン。
【請求項6】
前記シールリップの前記シール面は、前記ピストンの移動方向において前記オイル室の奥側に配置されるべき奥側部分と、前記移動方向において前記オイル室の手前側に配置されるべき手前側部分を有し、
前記シール面が前記円柱状の内壁面に面接触する圧縮状態で、前記奥側部分が前記手前側部分よりも前記円柱状の内壁面に高い接触圧で接触するように、前記シール面は、前記円柱状の内壁面に接触しない非圧縮状態で傾斜している
ことを特徴とする請求項5に記載のクラッチピストン。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クラッチピストンに関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等に使用される変速機、例えば自動変速機(AT)または無段変速機(CVT)の多板クラッチを作動させるクラッチピストン機構が知られている(特許文献1)。クラッチピストン機構は、オイルが流入するピストン室内を往復移動するピストンを有し、ピストンは多板クラッチを作動させる。ピストンには、ピストン室内のオイルを封止するシール部材が取り付けられている。
【0003】
特許文献1に記載のクラッチピストン機構は、ピストンと対向し、ピストンとの間にオイル室を画定するキャンセラを有する。キャンセラには、ピストンと接触して、オイル室内のオイルを封止するシール部材が取り付けられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ピストン取り付けられてピストン室内のオイルを封止するシール部材は、ピストンが多板クラッチを作動させるため、油圧に耐えてピストン室内のオイルを漏れないように封止することが好ましい。一方、クラッチの作動応答性を向上させるためには、このシール部材とピストン室の壁面の間の摩擦が小さいことが好ましい。
【0006】
キャンセラに取り付けられてオイル室内のオイルを封止するシール部材も、オイル室内の油圧を維持するため、油圧に耐えてオイル室内のオイルを漏れないように封止することが好ましい。一方、クラッチの作動応答性を向上させるためには、このシール部材とオイル室の壁面の間の摩擦が小さいことが好ましい。
【0007】
そこで、本発明は、シール部材の封止性能が高く、かつ摩擦が小さいクラッチピストンを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明のある態様に係るクラッチピストンは、オイルが流入するピストン室内を往復移動するピストンと、前記ピストン室内のオイルを封止するシール部材とを備える。シール部材は、前記ピストンに取り付けられた基部と、前記ピストンが往復移動するときに、前記ピストン室の円柱状の壁面に対して摺動するシールリップとを有する。前記シールリップは、前記円柱状の壁面に面接触するシール面を有し、前記シール面は、前記円柱状の壁面に接触しない非圧縮状態で、ほぼ円柱状の形状を有する。
【0009】
この態様においては、シールリップのシール面が非圧縮状態でほぼ円柱状の形状を有し、圧縮状態ではピストン室の円柱状の壁面に適応した円柱状の形状を有する。したがって、非圧縮状態と圧縮状態でのシールリップの形状変化、ひいては歪が小さく、シール面は安定した状態でピストン室の円柱状の壁面に接触し、シール部材の封止性能が高い。また、非圧縮状態と圧縮状態でのシールリップの形状変化が小さいため、圧縮状態でシール面がピストン室の円柱状の壁面に与える反力、ひいては摩擦力が小さい。また、ピストンが移動しても、ピストンの移動に伴うシールリップの変形は小さく、シールリップの寿命が長い。
【0010】
本発明の他の態様に係るクラッチピストンは、オイルが流入するピストン室内を往復移動するピストンと、前記ピストンと対向し、前記ピストンとの間にオイル室を画定するキャンセラと、前記オイル室内のオイルを封止するシール部材とを備える。シール部材は、前記キャンセラに取り付けられた基部と、前記ピストンが往復移動するときに、前記ピストンの前記オイル室を形成する円柱状の内壁面に対して摺動するシールリップとを有する。前記シールリップは、前記円柱状の内壁面に面接触するシール面を有し、前記シール面は、前記円柱状の内壁面に接触しない非圧縮状態で、ほぼ円柱状の形状を有する。
【0011】
この態様によれば、シールリップのシール面が非圧縮状態でほぼ円柱状の形状を有し、圧縮状態ではオイル室の円柱状の内壁面に適応した円柱状の形状を有する。したがって、非圧縮状態と圧縮状態でのシールリップの形状変化、ひいては歪が小さく、シール面は安定した状態でオイル室の円柱状の内壁面に接触し、シール部材の封止性能が高い。また、非圧縮状態と圧縮状態でのシールリップの形状変化が小さいため、圧縮状態でシール面がオイル室の円柱状の内壁面に与える反力、ひいては摩擦力が小さい。また、ピストンが移動しても、ピストンの移動に伴うシールリップの変形は小さく、シールリップの寿命が長い。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の実施形態に係るクラッチピストンを示す断面図である。
【
図2】
図1のクラッチピストンの非圧縮状態のシール部材とその付近を拡大して示す断面図である。
【
図3】
図1のクラッチピストンの圧縮状態のシール部材とその付近を拡大して示す断面図である。
【
図4】圧縮状態の実施形態に係るシール部材の面圧分布の例を示す図である。
【
図5】比較例に係る非圧縮状態のシール部材とその付近を拡大して示す断面図である。
【
図6】比較例に係る圧縮状態のシール部材とその付近を拡大して示す断面図である。
【
図7】圧縮状態の比較例に係るシール部材の面圧分布の例を示す図である。
【
図8】比較例に係る非圧縮状態のシール部材とその付近を拡大して示す断面図である。
【
図9】比較例に係る圧縮状態のシール部材とその付近を拡大して示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、添付の図面を参照しながら本発明に係る実施形態を説明する。図面の縮尺は必ずしも正確ではなく、一部の特徴は誇張または省略されることもある。
【0014】
図1に示すように、実施形態に係るクラッチピストン1は、自動車のクラッチハウジング2のクラッチ室4内に配置された多板クラッチ6を作動させるために使用される。多板クラッチ6は、例えば自動変速機(AT)または無段変速機(CVT)に設けられている。クラッチ室4の一部は、クラッチピストン1が配置されるピストン室8として利用される。ピストン室8には、クラッチハウジング2に形成されたオイル供給路9が接続されており、このオイル供給路9から供給されるオイルによりピストン室8内の圧力を変化させることができる。
【0015】
実施形態に係るクラッチピストン1は、ピストン10、キャンセラ12、およびリターンスプリング18を備える。
【0016】
ピストン10は、概略的には、板金を例えばプレス加工により折り曲げることにより形成されている。ピストン10は、オイル供給路9から供給されるピストン室8内のオイルの圧力の変化に応じて、ピストン室8内を往復移動する。
【0017】
キャンセラ12も、概略的には、板金を例えばプレス加工により折り曲げることにより形成されている。キャンセラ12は、ピストン10と対向し、キャンセラ12とピストン10との間にオイル室14が画定されている。オイル室14には、クラッチハウジング2に形成されたオイル供給路15が接続されており、オイル供給路15からオイルが供給される。
【0018】
キャンセラ12は、クラッチハウジング2に固定されたシールワッシャ16により支持されており、シールワッシャ16によって
図1の下方へのキャンセラ12の移動が規制されている。
【0019】
リターンスプリング18は、ピストン10に支持されたスプリングリテーナ11と、キャンセラ12に支持されたスプリングリテーナ13に保持されている。リターンスプリング18は、オイル室14の内部に配置されたスプリング(例えばコイルスプリング)であり、キャンセラ12に支持されてピストン10をピストン室8の奥(
図1の上方)に向けて押し戻す力を常にピストン10に与えている。
【0020】
オイル供給路9の調整によりピストン室8内のオイルの圧力が増大すると、リターンスプリング18の力に抗して、ピストン10は、
図1の下方に移動し、多板クラッチ6を締結し、多板クラッチ6が自動車の動力を伝達可能にする。オイル供給路9の調整によりピストン室8内のオイルの圧力が減少すると、リターンスプリング18の力によって、ピストン10は、ピストン室8の奥に押し戻され、これにより多板クラッチ6の締結が解除され、動力の伝達がされなくなる。このようにピストン10は、クラッチハウジング2およびキャンセラ12に相対的に往復移動する。
【0021】
図1において、クラッチハウジング2、多板クラッチ6、ピストン10およびキャンセラ12の共通軸線Cを示す。
図1は、クラッチハウジング2、多板クラッチ6、ピストン10およびキャンセラ12の左側部分のみを示すが、これらは回転対称な構造を有する。したがって、ピストン10およびキャンセラ12は、円環状である。
【0022】
クラッチハウジング2、ピストン10およびキャンセラ12は、共通軸線Cを中心にして回転する。クラッチハウジング2とピストン10の回転に伴いピストン室8内のオイルには遠心力が与えられる。キャンセラ12は、ピストン10にとってピストン室8とは反対側にオイル室14を画定し、ピストン室8内のオイルの遠心力を相殺する遠心力をオイル室14内のオイルに発生させるために設けられている。遠心力の相殺によって、ピストン室8内のオイルの圧力変化に対するピストン10の応答性(ひいては多板クラッチ6の応答性)が向上する。
【0023】
キャンセラはバランサとも呼ばれる。このようなキャンセラを有するクラッチピストンは、ボンデッドピストンシールまたはシールボンデッドピストンと呼ばれる。
【0024】
ピストン室8内のオイルを封止するため、クラッチピストン1は、外側ピストンシール部材20と内側ピストンシール部材22をさらに有する。
【0025】
外側ピストンシール部材20は、エラストマー材料から形成され、円環形状を有する。外側ピストンシール部材20は、ピストン10の外壁のコーナー部に固定されており、ピストン室8の外側の円柱状の壁面に摺動可能に接触する。
【0026】
内側ピストンシール部材22は、エラストマー材料から形成され、円環形状を有する。内側ピストンシール部材22は、ピストン10の内端縁10aに固定されており、ピストン室8の内側の円柱状の壁面に摺動可能に接触する。
【0027】
オイル室14内のオイルを封止するため、クラッチピストン1は、キャンセラシール部材24をさらに有する。キャンセラシール部材24は、エラストマー材料から形成され、円環形状を有する。キャンセラシール部材24は、キャンセラ12の外端縁12aに固定されており、オイル室14の外側の円柱状の壁面(すなわちピストン10の内壁面)に摺動可能に接触する。
【0028】
キャンセラ12の内端縁とクラッチハウジング2の間の隙間は、円環状のシールワッシャ16で封止されている。シールワッシャ16の遠心力による直径の膨張を規制するため、シールワッシャ16の周囲にはストッパ26が配置されている。円環状のシールワッシャ16に代えて、周方向の一部分が不連続なC字状のシールワッシャを使用して、オイル室14内から少量のオイルが不連続部分を通じて流出するのを許容してもよい。
【0029】
シール部材20,22,24の各々は、ピストン10またはキャンセラ12に取り付けられた基部30と、基部30から突出したシールリップ32を有する。各シールリップ32は、基部30よりもピストン10の移動方向においてピストン室8の奥(
図1の上方)に向けて斜めに突出する。
【0030】
具体的には、外側ピストンシール部材20の基部30は、ピストン10の外壁のコーナー部に固定されており、外側ピストンシール部材20のシールリップ32は、基部30から径方向外側かつピストン室8の奥に向けて斜めに突出する。このシールリップ32は、ピストン10が往復移動するときに、ピストン室8の外側の円柱状の壁面に対して摺動する。さらに、外側ピストンシール部材20は、それの基部30から延びてピストン10の外周面の一部を覆う延長部20aを有する。
【0031】
内側ピストンシール部材22の基部30は、ピストン10の内端縁10aに固定されている。この基部30は、ピストン10の内端縁10aの両面と内端面を覆う。内側ピストンシール部材22のシールリップ32は、基部30から径方向内側かつピストン室8の奥に向けて斜めに突出する。このシールリップ32は、ピストン10が往復移動するときに、ピストン室8の内側の円柱状の壁面に対して摺動する。さらに、内側ピストンシール部材22は、それの基部30から延びてピストン10の内周面の一部を覆う延長部22aを有する。
【0032】
キャンセラシール部材24の基部30は、キャンセラ12の外端縁12aに固定されている。この基部30は、キャンセラ12の外端縁12aの両面と外端面を覆う。キャンセラシール部材24のシールリップ32は、基部30から径方向外側かつオイル室14の奥に向けて斜めに突出する。このシールリップ32は、ピストン10が往復移動するときに、ピストン10のオイル室14を形成する円柱状の内壁面に対して摺動する。
【0033】
図2および
図3は、各シール部材の基部30とシールリップ32とその付近を拡大して示す。外側ピストンシール部材20の延長部20aと内側ピストンシール部材22の延長部22aの図示は省略する。
図2は、クラッチピストン1が組み立てられる前の非圧縮状態のシール部材を示し、シールリップ32は壁面36(仮想線で示す)に接触していない。
図3は、クラッチピストン1が組み立てられた後の圧縮状態のシール部材を示し、シールリップ32は壁面36に接触している。
【0034】
壁面36は、外側ピストンシール部材20にとってはピストン室8の外側の円柱状の壁面に相当し、内側ピストンシール部材22にとってはピストン室8の内側の円柱状の壁面に相当し、キャンセラシール部材24にとってはピストン10のオイル室14を形成する円柱状の内壁面に相当する。
【0035】
シールリップ32は、シール面34と、傾斜面37と、傾斜面38を有する。傾斜面37は、シール面34に隣接し、シール面34よりもピストン室8またはオイル室14の奥側(図の上方)に位置する。傾斜面38は、シール面34に隣接し、シール面34よりもピストン室8またはオイル室14の手前側(図の下方)に位置する。傾斜面37,38は円柱状の壁面36に対面し、シール面34は円柱状の壁面36に面接触する。シール面34は、円柱状の壁面36に接触しない非圧縮状態で、ほぼ円柱状の形状を有する。
【0036】
この実施形態では、シールリップ32のシール面34が非圧縮状態でほぼ円柱状の形状を有し、圧縮状態ではピストン室8またはオイル室14の円柱状の壁面36に適応した円柱状の形状を有する。したがって、非圧縮状態と圧縮状態でのシールリップ32の形状変化、ひいては歪が小さく、シール面34は安定した状態でピストン室8またはオイル室14の円柱状の壁面36に接触し、シール部材の封止性能が高い。
【0037】
また、ピストン10が移動しても、ピストン10の移動に伴うシールリップ32の変形は小さく、シールリップ32の寿命が長い。
【0038】
十分な封止性能を確保するため、クラッチピストン1の軸線方向における、ほぼ円柱状のシール面34の非圧縮状態での長さLeは、ある程度の大きさ以上であることが好ましく、シール面34の壁面36に対する最大の締め代Inは、ある程度の大きさ以上であることが好ましい。
【0039】
また、非圧縮状態と圧縮状態でのシールリップ32の形状変化が小さいため、圧縮状態でシール面34が円柱状の壁面36に与える反力、ひいては摩擦力が小さい。したがって、多板クラッチ6の作動応答性が良好である。
【0040】
シール面34の形状変化を低減するため、シール面34の壁面36に対する最大の締め代Inは、ある程度の大きさ以下であることが好ましい。さらにシール面34と壁面36の間の摩擦力を低減するため、クラッチピストン1の軸線方向における、ほぼ円柱状のシール面34の非圧縮状態での長さLeは、ある程度の大きさ以下であることが好ましい。
【0041】
シールリップ32のシール面34は、ピストン10の移動方向においてピストン室8またはオイル室14の奥側(図の上方)に配置されるべき奥側部分34aと、移動方向においてピストン室8またはオイル室14の手前側(図の下方)に配置されるべき手前側部分34bを有する。最大の締め代Inをある程度大きく確保するため、シール面34が円柱状の内壁面36に面接触する圧縮状態で、奥側部分34aが手前側部分34bよりも円柱状の内壁面36に高い接触圧で接触するように、シール面34は、円柱状の内壁面36に接触しない非圧縮状態で角度θ3をもって傾斜している。
【0042】
つまり、外側ピストンシール部材20においては、奥側部分34aの直径は手前側部分34bの直径より大きい。内側ピストンシール部材22においては、奥側部分34aの直径は手前側部分34bの直径より小さい。キャンセラシール部材24においては、奥側部分34aの直径は手前側部分34bの直径より大きい。
【0043】
最大の締め代Inは、奥側部分34aの奥側端部に生ずる。一方、最小の締め代は、手前側部分34bの手前側端部34cに生ずる。最小の締め代は、部品の製造誤差および/または偏心があっても、0mm以上であることが好ましい。
【0044】
図4は、圧縮状態の実施形態に係るシール部材のシール面34の面圧分布PDの例を示す。この実施形態によれば、シール面34が非圧縮状態で傾斜しており、圧縮状態で、シール面34の奥側部分34aが手前側部分34bよりも円柱状の壁面36に高い接触圧で接触する。したがって、圧縮状態でシール面34が円柱状の壁面36に与える反力が小さくても、シール部材の封止性能が高い。
【0045】
シール部材の封止性能を適切に確保し、シール面34と壁面36の間の摩擦力を適切に低減するため、非圧縮状態のシール面34の軸線方向に対する傾斜角度θ3は、ある程度の範囲にあることが好ましい。
【0046】
シール面34の傾斜角度θ3は、非圧縮状態の傾斜面38の軸線方向に対する傾斜角度θ2より小さく、好ましくは、傾斜面38の傾斜角度θ2は、非圧縮状態の傾斜面37の軸線方向に対する傾斜角度θ1より小さい。傾斜面37の傾斜角度θ1が大きいことにより、ピストン室8またはオイル室14の奥側から、シール面34と壁面36の間にオイルがわずかに侵入しやすい。したがって、シール面34と壁面36との潤滑性が向上し(摩擦が低減し)、ピストン室8内のオイルの圧力の変化に応答して、ピストン10を迅速に移動させることができる。
【0047】
図5および
図6は比較例に係るシール部材40の基部42とシールリップ44とその付近を拡大して示す。
図5は、クラッチピストン1が組み立てられる前の非圧縮状態のシール部材40を示し、シールリップ44は壁面36(仮想線で示す)に接触していない。
図6は、クラッチピストン1が組み立てられた後の圧縮状態のシール部材40を示し、シールリップ44は壁面36に接触している。
【0048】
シールリップ44は、径方向に突出するリップエッジ46を有する。リップエッジ46は、ある程度の締め代Inをもって円柱状の壁面36に摺動可能に接触する。非圧縮状態でリップエッジ46は円弧形状の輪郭を有し、圧縮状態でリップエッジ46は壁面36に接触して圧縮変形させられ、円柱形状になる。締め代Inが大きい場合には、高い封止性能が確保されるが、圧縮状態でシール面34が円柱状の壁面36に与える反力、ひいては摩擦力が大きく、多板クラッチ6の作動応答性が低い。
図7は、圧縮状態の比較例に係るシール部材のシールリップ44の面圧分布PDの例を示す。また、ピストン10の移動に伴い、リップエッジ46が図の上下に大きく変形し、シールリップ32の寿命が短い。
【0049】
摩擦力低減のため、同じシール部材40について、
図8に示すように、締め代Inを小さく設計することが考えられる。しかし、この場合には、シールリップ44と壁面36の接触面積が小さくなり、封止性能が低下するおそれがある。
【0050】
あるいは、摩擦力低減のため、
図9に示すように、あらかじめ捩じり力Fをシールリップ44に与えて、リップエッジ46が壁面36に接触するように、同じシール部材40を配備することが考えられる。しかし、この場合にも、シールリップ44と壁面36の接触面積が小さくなり、封止性能が低下するおそれがある。
【0051】
上記の実施形態では、これらの比較例の問題を解決することが可能である。
【0052】
以上、本発明の好ましい実施形態を参照しながら本発明を図示して説明したが、当業者にとって特許請求の範囲に記載された発明の範囲から逸脱することなく、形式および詳細の変更が可能であることが理解されるであろう。このような変更、改変および修正は本発明の範囲に包含されるはずである。
【0053】
例えば、上記の実施形態においては、3つのシール部材20,22,24に同じ改良を適用しているが、シール部材20,22,24のいずれか1つまたは2つに上記の改良を適用してよい。
【0054】
上記の実施形態では、クラッチピストン1は、キャンセラ12を有するボンデッドピストンシールである。但し、本発明は、キャンセラを持たないクラッチピストン、すなわちボンデッドピストンシールではないクラッチピストンに適用してよい。
【0055】
本発明の態様は、下記の番号付けされた条項にも記載される。
【0056】
条項1. オイルが流入するピストン室内を往復移動するピストンと、
前記ピストン室内のオイルを封止するシール部材であって、前記ピストンに取り付けられた基部と、前記ピストンが往復移動するときに、前記ピストン室の円柱状の壁面に対して摺動するシールリップとを有する、シール部材とを備え、
前記シールリップは、前記円柱状の壁面に面接触するシール面を有し、前記シール面は、前記円柱状の壁面に接触しない非圧縮状態で、ほぼ円柱状の形状を有する
ことを特徴とするクラッチピストン。
【0057】
条項2. 前記シールリップの前記シール面は、前記ピストンの移動方向において前記ピストン室の奥側に配置されるべき奥側部分と、前記移動方向において前記ピストン室の手前側に配置されるべき手前側部分を有し、
前記シール面が前記円柱状の壁面に面接触する圧縮状態で、前記奥側部分が前記手前側部分よりも前記円柱状の壁面に高い接触圧で接触するように、前記シール面は、前記円柱状の壁面に接触しない非圧縮状態で傾斜している
ことを特徴とする条項1に記載のクラッチピストン。
【0058】
この条項によれば、シール面が非圧縮状態で傾斜しており、圧縮状態で、シール面の奥側部分が手前側部分よりもピストン室の円柱状の壁面に高い接触圧で接触する。したがって、圧縮状態でシール面がピストン室の円柱状の壁面に与える反力が小さくても、シール部材の封止性能が高い。
【0059】
条項3. 前記シールリップは、前記シール面よりも前記ピストン室の奥側に位置する第1の傾斜面と、前記シール面よりも前記ピストン室の手前側に位置する第2の傾斜面を有し、非圧縮状態の前記シール面の軸線方向に対する傾斜角度は、非圧縮状態の前記第2の傾斜面の軸線方向に対する傾斜角度より小さく、非圧縮状態の前記第2の傾斜面の軸線方向に対する傾斜角度は非圧縮状態の前記第1の傾斜面の軸線方向に対する傾斜角度より小さい
ことを特徴とする条項2に記載のクラッチピストン。
【0060】
この条項によれば、第1の傾斜面の傾斜角度が大きいことにより、ピストン室の奥側から、シール面と壁面の間にオイルがわずかに侵入しやすい。したがって、シール面と壁面との潤滑性が向上し(摩擦が低減し)、ピストン室内のオイルの圧力の変化に応答して、ピストンを迅速に移動させることができる。
【0061】
条項4. 前記ピストンと対向し、前記ピストンとの間にオイル室を画定するキャンセラと、
前記オイル室内のオイルを封止するさらなるシール部材であって、前記キャンセラに取り付けられた基部と、前記ピストンが往復移動するときに、前記ピストンの前記オイル室を形成する円柱状の内壁面に対して摺動するさらなるシールリップとを有する、さらなるシール部材とをさらに備え、
前記さらなるシールリップは、前記円柱状の内壁面に面接触するさらなるシール面を有し、前記さらなるシール面は、前記円柱状の内壁面に接触しない非圧縮状態で、ほぼ円柱状の形状を有する
ことを特徴とする条項1から3のいずれか1項に記載のクラッチピストン。
【0062】
この条項によれば、さらなるシールリップのさらなるシール面が非圧縮状態でほぼ円柱状の形状を有し、圧縮状態ではオイル室の円柱状の内壁面に適応した円柱状の形状を有する。したがって、非圧縮状態と圧縮状態でのさらなるシールリップの形状変化、ひいては歪が小さく、さらなるシール面は安定した状態でオイル室の円柱状の内壁面に接触し、さらなるシール部材の封止性能が高い。また、非圧縮状態と圧縮状態でのさらなるシールリップの形状変化が小さいため、圧縮状態でさらなるシール面がオイル室の円柱状の内壁面に与える反力、ひいては摩擦力が小さい。また、ピストンが移動しても、ピストンの移動に伴うさらなるシールリップの変形は小さく、さらなるシールリップの寿命が長い。
【0063】
条項5. 前記さらなるシールリップの前記さらなるシール面は、前記ピストンの移動方向において前記オイル室の奥側に配置されるべきさらなる奥側部分と、前記移動方向において前記オイル室の手前側に配置されるべきさらなる手前側部分を有し、
前記さらなるシール面が前記円柱状の内壁面に面接触する圧縮状態で、前記さらなる奥側部分が前記さらなる手前側部分よりも前記円柱状の内壁面に高い接触圧で接触するように、前記さらなるシール面は、前記円柱状の内壁面に接触しない非圧縮状態で傾斜している
ことを特徴とする条項4に記載のクラッチピストン。
【0064】
この条項によれば、さらなるシール面が非圧縮状態で傾斜しており、圧縮状態で、さらなるシール面のさらなる奥側部分がさらなる手前側部分よりもオイル室の円柱状の内壁面に高い接触圧で接触する。したがって、圧縮状態でさらなるシール面がオイル室の円柱状の内壁面に与える反力が小さくても、さらなるシール部材の封止性能が高い。
【0065】
条項6. 前記さらなるシールリップは、前記さらなるシール面よりも前記オイル室の奥側に位置する第3の傾斜面と、前記さらなるシール面よりも前記オイル室の手前側に位置する第4の傾斜面を有し、非圧縮状態の前記さらなるシール面の軸線方向に対する傾斜角度は、非圧縮状態の前記第4の傾斜面の軸線方向に対する傾斜角度より小さく、非圧縮状態の前記第4の傾斜面の軸線方向に対する傾斜角度は非圧縮状態の前記第3の傾斜面の軸線方向に対する傾斜角度より小さい
ことを特徴とする条項5に記載のクラッチピストン。
【0066】
この条項によれば、第3の傾斜面の傾斜角度が大きいことにより、オイル室の奥側から、シール面と壁面の間にオイルがわずかに侵入しやすい。したがって、シール面と壁面との潤滑性が向上し(摩擦が低減し)、ピストン室内のオイルの圧力の変化に応答して、ピストンを迅速に移動させることができる。
【0067】
条項7. オイルが流入するピストン室内を往復移動するピストンと、
前記ピストンと対向し、前記ピストンとの間にオイル室を画定するキャンセラと、
前記オイル室内のオイルを封止するシール部材であって、前記キャンセラに取り付けられた基部と、前記ピストンが往復移動するときに、前記ピストンの前記オイル室を形成する円柱状の内壁面に対して摺動するシールリップとを有する、シール部材とを備え、
前記シールリップは、前記円柱状の内壁面に面接触するシール面を有し、前記シール面は、前記円柱状の内壁面に接触しない非圧縮状態で、ほぼ円柱状の形状を有する
ことを特徴とするクラッチピストン。
【0068】
条項8. 前記シールリップの前記シール面は、前記ピストンの移動方向において前記オイル室の奥側に配置されるべき奥側部分と、前記移動方向において前記オイル室の手前側に配置されるべき手前側部分を有し、
前記シール面が前記円柱状の内壁面に面接触する圧縮状態で、前記奥側部分が前記手前側部分よりも前記円柱状の内壁面に高い接触圧で接触するように、前記シール面は、前記円柱状の内壁面に接触しない非圧縮状態で傾斜している
ことを特徴とする条項7に記載のクラッチピストン。
【0069】
この条項によれば、シール面が非圧縮状態で傾斜しており、圧縮状態で、シール面の奥側部分が手前側部分よりもオイル室の円柱状の内壁面に高い接触圧で接触する。したがって、圧縮状態でシール面がオイル室の円柱状の内壁面に与える反力が小さくても、シール部材の封止性能が高い。
【0070】
条項9. 前記シールリップは、前記シール面よりも前記オイル室の奥側に位置する第3の傾斜面と、前記シール面よりも前記オイル室の手前側に位置する第4の傾斜面を有し、非圧縮状態の前記シール面の軸線方向に対する傾斜角度は、非圧縮状態の前記第4の傾斜面の軸線方向に対する傾斜角度より小さく、非圧縮状態の前記第4の傾斜面の軸線方向に対する傾斜角度は非圧縮状態の前記第3の傾斜面の軸線方向に対する傾斜角度より小さい
ことを特徴とする条項8に記載のクラッチピストン。
【0071】
この条項によれば、第3の傾斜面の傾斜角度が大きいことにより、オイル室の奥側から、シール面と壁面の間にオイルがわずかに侵入しやすい。したがって、シール面と壁面との潤滑性が向上し(摩擦が低減し)、ピストン室内のオイルの圧力の変化に応答して、ピストンを迅速に移動させることができる。
【符号の説明】
【0072】
1 クラッチピストン
8 ピストン室
10 ピストン
12 キャンセラ
14 オイル室
20 外側ピストンシール部材
22 内側ピストンシール部材
24 キャンセラシール部材
30 基部
32 シールリップ
36 壁面
34 シール面
34a 奥側部分
34b 手前側部分
37 傾斜面(第1の傾斜面、第3の傾斜面)
38 傾斜面(第2の傾斜面、第4の傾斜面)